尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2013年2月25日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、弟子たちに殊勝で得がたい機会と大修行者との朝食を取る時間を与え、この度法会に参加した弟子全体を招集して貴重な佛法を開示した。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、その他のホテルから来た弟子に席を探して座るように指示し、続けて開示した。本日、リンチェンドルジェ・リンポチェは、法会の中で弟子たちを連れ、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王にマンダラを捧げ、その時、法会には多くの人がいた。なぜならマンダラを捧げる人が来たことをチベット人は知っていたからである。今回、法会を主催した委員会では、幾人かの基底層の人はチベット人で、漢民族人に対する誤解やコンプレックスを消せずにいた。この度リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェ・ツァン法王に対してマンダラを捧げたが、それには難癖も受けたのだが、それは今回の重要な点ではない。

寶吉祥佛教文化交流協会理事長と関連スタッフはマンダラを捧げる手配をした時の秩序について、あなた方各人は、皆指揮に従い、自分の意見や自分の考えを持たないようリンチェンドルジェ・リンポチェは指示した。リンチェンドルジェ・リンポチェは、責任あるスタッフに対し、弟子がおかしな事をしたり、スタッフの案内に従わなかったり、異なる意見を言ったりした時には、すぐに追い出すように指示をした。更に、あなた方は泣いてはいけないし、また演技をしてもいけない、自分を信仰心が篤いようにみせかけてはいけないと言った。なぜなら、あなた方は台湾でも泣かないではないか?インドに来たからそのように演技するのか?あなた方はこの悪い癖がすでに数十年になっているが、目覚めなければならない。あなた方は話を聞かない。良いこともあなた方によって台無しになる昨日、朝あなた方を連れて直貢チェ・ツァン法王に謁見した。直貢チェ・ツァン法王があなた方に加持をする時、はっきりと跪いてはいけないと言ったのに、直貢チェ・ツァン法王もあなた方に跪かなくても良いと言ったのに、それでも二三人の弟子は話を聞かず、他の人の動作に全く留意せず、前の人がしていることを見もしなかった。

昨日、リンチェンドルジェ・リンポチェは、法会の中で、多くの弟子が缶やビン類を持って法会に参加しているのを見た。あなた方は初めて出国したのか?それとも自分はリンポチェであり、必ずお茶と共にいなければならないのか?あなた方が法会に参加するのに大きなカバンや小さな袋は不要である。法会の時には使う物を持ち、貴重品だけ身につけ、その他は持たない。リンチェンドルジェ・リンポチェはあなた方が小学生だと思って教えなければならないのか、常識すら持たないのか。パスポートと財布は身につけ、無くさないようにとあなた方に言わなかったのか。

あなた方は、リンチェンドルジェ・リンポチェに従ってマンダラを奉じる時、どんな手荷物も持ってはいけない。手荷物はすべてのリーダーからガイドに渡して見てもらう。リーダーとガイドは賑やかさに推されてリンチェンドルジェ・リンポチェが何をしているのかを見ていてはいけない。一つの手荷物がなくなっただけで面倒になる。弟子たちは手荷物を集中して置けばよく、リーダーとガイドが囲んでいる。見張りの時、あちらこちらを見ていてはダメで、ちょっと注意を怠ると、周りの人に機会を与えてしまう。手荷物ドアの傍に置いてはいけない、またテントの地面に置いてもいけない。外の人がテントを蹴って手荷物を持って行ってしまう。

あなた方は、行列してマンダラを奉じようとする時、あちらこちらを見てはいけないし、リンチェンドルジェ・リンポチェが何をしているのかを見なければならないと考える。スタッフの先導に従い、傍の弟子はそのとおりに動かなければならず、その他動作をしてはいけないし、おかしな事をしてはいけない。今回の団体は二百人余りであるため、起立が必要で、動作は一致しなければならず、寶吉祥佛法センターの秩序を見せなければならない。動作監督を担当する弟子は、しっかりと見なければならず、弟子の中でおかしいものがいたならば、すぐに追い出す必要がある。リンチェンドルジェ・リンポチェはあなた方が会社でどのような職位を持っているのかには一切関知せず、それが総裁や部長であっても同じであり、リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子はその指揮を受けなければならない。間違いを犯すことを恐れてはならず、あなた方が話を聞きさえすれば、間違いは犯さない。

その時、各弟子は皆ハダを持っているが、そのハダを高く上げすぎてはいけない。それは自分が、信仰心が篤いと表すことになる。リンチェンドルジェ・リンポチェは、その場で、ハダをどのように持つかを慈悲深く自ら示し、引き続き開示した。あなた方はハダを手に持つ時両手をただ広げるだけでよく、自然に胸の前に置けばよい。その時、一人の弟子がリンチェンドルジェ・リンポチェの動作と共に両手を挙げ、即座にリンチェンドルジェ・リンポチェの叱責に遭った。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に今年何歳なのかと尋ね、こんなに簡単な動作も一緒にやってみないといけないのか、それでは4歳の子供ではないか?と言った。

続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子たちにハダを持つ時に動作を一致させるように指示した。その時、隊列の後方からシグナルを鳴らすので、皆は前に向かって伝え、各人は一本のハダを配るが、二百数本のハダの重さがはかなり重たい。あなた方は、自分で頭を働かせてどうすれば良いかを考え、こんなことにもリンチェンドルジェ・リンポチェに処理させてはいけない。もしも、年齢が高く、体が不自由なら、上げなくても良い。その時に無頭ハエのようにふらふらと迷っていてはいけない。特にもしもあなた方が、理事長がこのような状況であるのを見たなら、気づかせてあげるように。続いて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子たちにトイレに行ってよく、食事を済ませた後出発の準備をすることができると指示した。

午前8時,尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、204名の弟子を連れてインドヂャンチュウプリン寺へ向かい、長寿法会とマンダラを奉じる儀軌に参加した。法会開始前、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子たちの隊列を連れて尊勝なる直貢チェ・ツァン法王に謁見した。音楽が響き渡った後、見たことのない尊勝なる直貢チェ・ツァン法王が現場に現れ、リンチェンドルジェ・リンポチェは即座に前に進み出て大門に近寄り、お迎えし、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王の傍に寄り添い、そこここでは上師に対して慕う心を表示した。

法会中、リンチェンドルジェ・リンポチェは、自らラピスラズリ製の長寿佛の鉢を持って壇城を歩き、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王にマンダラを献上し、非常に珍貴なラピスラズリ鉢を恭敬して供養した。寶吉祥佛法センターの大旗は風に吹かれて翻り、204名の寶吉祥の赤ベストを身につけた弟子たちは手にハダを持ち、二列に整然と整列し、リンチェンドルジェ・リンポチェの指導に合わせて尊勝なる直貢チェ・ツァン法王へハダを献上した後お辞儀と挨拶を行い、隊伍は非常に荘厳で盛大であった。尊勝なる直貢チェ・ツァン法王は非常に喜び、会場のチベットラマ僧たちはリンチェンドルジェ・リンポチェが連れてきた寶吉祥佛法センターの多くの弟子を見て、遠く台湾からインドへやって来て尊勝なる直貢チェ・ツァン法王にマンダラを献上したので、非常に称賛し、その賞賛は鳴り止まぬほどであった。この度の長寿法会はすべての花、米、オイルランプと多瑪は、すべて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが護持し、リンチェンドルジェ・リンポチェは更にこの度の長寿佛法会に参加して供養する総計600余名の僧侶と尼僧を特別に指示して準備した。直貢噶舉学会の桑丹林尼寺の總管と風紀室主任は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの桑丹林尼寺への護持に対して非常に感恩して称賛し、特に法会中、リンチェンドルジェ・リンポチェの法座でリンチェンドルジェ・リンポチェ向かってハダを献上して敬意を示した。

法会が円満に終了した後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥の弟子たちを連れてヂャンチュウプリン寺を離れ、体が不自由な年配のチベット民の前を通り過ぎた時、更に自ら慈悲深く加持を行った。沿道を通り過ぎる信徒は皆、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを敬い深く見つめ、多くの信徒は、リンチェンドルジェ・リンポチェに着いて車の前まで近づき、大成就者の加持を祈祷した。リンチェンドルジェ・リンポチェは信徒の願いを慈悲深く満たし、信徒たちは皆非常に喜び歓喜、感恩した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの車がその場を離れる時、多くの信徒は座車に着いて歩き、それは追いつかなくなるまで続いた。

その日の晩、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、この度の法会団に参加した弟子全体に大修行者との合同晩餐会の機会を慈悲深く与えた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが晩餐を挙行するホテルに到着した時、現地の人は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェへの重視と恭敬を表すため、生花を献上して大修行者の到来を迎えた。晩餐が始まると、リンチェンドルジェ・リンポチェは二名の出家弟子に指示して珍しい多瑪を弟子たちに分けるように言いつけた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、これはリンポチェレベルのテーブルにこそある多瑪であり、もしも二名の出家弟子が分ける技術が優れているなら、皆が得ることができる。もしも技術がよくなければ、何名かは手に入れることができない。弟子たちは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感恩した。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、皆が食事前に或る件について話をして、食前酒ならぬ、食前話としようと開示した。今朝、マンダラを献上した時、皆の態度はまあ良かった。参加した弟子は声を揃えて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感恩した。リンチェンドルジェ・リンポチェはユーモアを交えて、これは或る一つのことを証明している。高圧手段は有効である。弟子たちはそれを聞いて思わず笑い、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な教えに心から感恩した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、開示した。この度の法会を主催した委員会の中には貧しい人たちが含まれている。彼らは出家衆ではなく、一般のチベット民であり、その中には学のある人もいるし、外国で長く学んできた若者もいる。彼らは漢民族人に対して誤解をしている。その一部の原因は、文化大革命と関係があるため、一人の漢民族がリンポチェの称号を得ていることを受け入れることができない。前日の夜、主催機関ではマンダラを献上する関連手配をしている時、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにその他のリンポチェと一緒にマンダラを献上するのか?それとも他の弟子たちと共にマンダラを献上するのか?と尋ねた。リンチェンドルジェ・リンポチェは考えて、マンダラを献上する伝統に従い、前面に並ぶのは大リンポチェであり、続いて一般であり、称号順に並んでいく。もしもリンチェンドルジェ・リンポチェがその他リンポチェと共にマンダラを献上したなら、前に並んでいる人たちはその他の人を不愉快させるだろうし、後ろに並べばリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子たちは不愉快に思うだろう。今朝(2月25日)すべてのリンポチェは共にマンダラを献上した。そしてリンチェンドルジェ・リンポチェは最後に自分をリンポチェとせずに、弟子たちと共に最後にマンダラを献上したなら、それは卑屈というものである。

チベット人は、いつも一種の観念を持ち、佛法はチベット人のものである、チベット人だけが学べると思っている。しかし、この種の考えは間違っている。佛法はチベット人だけのものではない。もしも、チベット人のものだけならば、釈迦牟尼仏はずっと前に經典の中で明らかにしたことだろう。もしも、佛法はチベット人だけが学べて漢民族は学べないのなら、こんなにも尊勝なる直貢チェ・ツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェを育てることができなかったろう。佛法は異なる民族、文化、背景を取り込むことができる。あなた方もこの度の法会のなかで多くの異なる種族と文化背景の人が集まっているのを見たと思う。それは佛法が平等であるということである。佛が初めにインドで佛法を広めた時、インドには古くからカースト制度があり、各種異なる文化を受け入れていることに慣れていた。まだ理解できない人もいるだろう。しかし、構わない。なぜなら、かれらにはそのような誤解があって、それは実は非常に複雑な要素がある。

なぜ、リンチェンドルジェ・リンポチェは、こんなにも弟子に厳しいのか?多くの人は、寶吉祥佛法センターでの学びは非常に厳しいと知っている。本日、リンチェンドルジェ・リンポチェは、あなた方の要求に対して、寶吉祥佛法センターは紀律ある団体であることが見て取れる。もしも、あなた方がやはり遅刻したり、不満を言ったり、何に対しても文句を言っていたなら、それは一般人と同じである。佛を学ぶ人は周囲の人の冷たい目にも堪えなければならない。多くの人は寶吉祥佛法センターの団体を見ていて、私達の一挙一動は漢民族が佛を学ぶのに影響を与える。佛法は平等を説いていて特定民族のものではない。チベット人は漢民族人への誤解に対して歴史的背景があり、リンチェンドルジェ・リンポチェは主催者と争いたいと思わず、彼らの手配に委ねたい。彼らは、我々の体の全てに於いて受け入れているが、それはかれらの父母がチベット人だからではなく、我々が彼らの好意を認めているからであり、我々の努力によって、チベット人と漢民族の間の誤解を変えることができる事を希望する。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子たちを連れて最後にやっとマンダラを報じたが、中国人は一番の見ものは最後を務めるという。主催機関は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに最後に舞台に上がって欲しいと手紙で希望を言ったが、リンチェンドルジェ・リンポチェは返事を書かなかった。なぜなら、教派内の大リンポチェはみなリンチェンドルジェ・リンポチェを知っているが、その他の小リンポチェはあまり知らない。法会申込み担当者の中には、在家のチベット人もいて、彼らは、漢民族では修めることができないと思っている。しかし、それもどうでも良いことだ。彼らはそのようにしてリンチェンドルジェ・リンポチェに六波羅蜜の中の第二番目の法門である忍辱を修めさせようとしている。

この度、デラドゥンヂャンチュウプリン寺では長寿法会の縁起が挙行された。実際、去年(2012年)リンチェンドルジェ・リンポチェは、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王の誕生日の時に長寿佛を修め、直貢チェ・ツァン法王の長寿を祈祷するため、寶吉祥佛法センター弟子を伴い、24時間ノンストップで長寿佛心咒を念じた。この度のヂャンチュウプリン寺長寿法会を執り行う索南ラマ僧はその時、寶吉祥佛法センターの法会に参加してその様子を見た。漢民族もできることを見届けた後、インドへ帰って申込みをした。そして、今日、この場で尊勝なる直貢チェ・ツァン法王のための長寿法会を行った。一般的に、法会の参加は、初日に参加するものである。しかし、今回リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子たちを連れて最後の2日に参加した。今回の法会の縁起は寶吉祥佛法センターにあったため、終了時にリンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥佛法センターの弟子たちを伴い参加し、法会は円満に終了した。みなは今回法会に参加したことで自分が何を得られたか?功徳があったか?福報があったか?を考えてはいけない。それらはすべて大切なことではない。重要なのは尊勝なる直貢チェ・ツァン法王のために行った長寿法会が円満であった、そして佛法が衆生の輪廻解脱を助けたということである。

本日、リンチェンドルジェ・リンポチェが尊勝なる直貢チェ・ツァン法王を供養したのは、ラピスラズリで作った鉢であったのは、非常に深い意味がある。尊勝なる直貢チェ・ツァン法王は出家者であり、鉢は、出家者にとって非常に重要であり、鉢は即ち佛法上のダーマを表し、ずっとそのように伝えられてきたことは出家者が最もよく理解している。続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは皆に説明するように一人の出家弟子に指示した。出家弟子は衣と鉢は出家者にとって、非常に重要である。出家衆でも服は着なければならないし、鉢は食事する器具として必要である。しかし、衣鉢には他に意味がある。それはいわゆる衣鉢を弟子に伝える、即ちその人の佛法の心を継承するということで、伝承を表す。一人の衣鉢弟子はつまりその人の継承者を指している。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、続いて開示した。この鉢を直貢チェ・ツァン法王に供養していただくということはすべての佛法の伝承は直貢チェ・ツァン法王の身にあることで、また佛法は永遠に継承することを表す。あなた方からはこれは非常に小さな鉢に見えるだろうが、あなた方はラピスラズリがどれくらいあってこの鉢が作られているか知っているか?リンチェンドルジェ・リンポチェは35キログラムの重さのラピスラズリでやっと小さな鉢が作られる。阿弥陀佛、長寿佛と釈迦牟尼仏の手に持つのは青色の鉢である。直貢噶舉鉢はその他教派のものと異なり、特別な形であり、釈迦牟尼仏の鉢と同じである。今日、リンチェンドルジェ・リンポチェが供養した尊勝なる直貢チェ・ツァン法王の鉢もこの造型で製作した。阿弥陀佛、長寿佛と釈迦牟尼仏の鉢は青色で、ラピスラズリはこの色だけであるが、ラピスラズリの取得は非常に困難で、一種の宝石である。更に一般的に、ラピスラズリは層状に分布する構造であるため、切割時に切断紋ができやすく、鉢を製造するのは非常に難しい。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、10数年前にこの願いを持つようになり、ラピスラズリで製作した鉢で尊勝なる直貢チェ・ツァン法王を供養したいと願った。しかし、ずっと適したものが見つからなかった。そのため、あなた方は自分が平時に供養しようと思ってできることだと考えてはいけない。必要な福報があってこそ、できるものなのである。リンチェンドルジェ・リンポチェ自身は宝石であり、このような物は非常に困難であるとわかっていた。良質なラピスラズリはアフガニスタンにしかないが、それを得るのは非常に難しい。ソ連がアフガニスタンに侵攻してから取得が非常に困難になった。長い間、当地で全体主義政府が倒れた後、やっと採掘を始めた。その前はちょうど弟子の友人がこの商売をしていたので、リンチェンドルジェ・リンポチェが見つけられた。この宝石が出た時間が調度良く、見つけたのが早すぎれば尊勝なる直貢チェ・ツァン法王を供養する意義がそれほど深くなかったし、見つかったのが遅すぎたのなら、今回の法会の機会を逃してしまい、この度の殊勝な長寿法会を供養することできなかった。この鉢は半年前から作り始めたが、リンチェンドルジェ・リンポチェはあなた方に話したことはなかった。あなた方は35キログラムのラピスラズリがいくらなのか考えているのだろうか?更に加工費を加えたらその金額は天文学的数字になる。もしもあなた方であったなら、あなた方は惜しいと感じるだろうか?このようなことから見ることができるのは、ただあなたが十分な恭敬心があるかどうかで、或る日、あなたもすることができる。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは福報の蓄積が十分だったので、物は自然に現れたのだ。

鉢を供養する時、中は空ではいけないので、その鉢の中に,多くの宝石を入れる。真珠、最も良いのは赤珊瑚、他には500グラムのゴールドがある。尊勝なる直貢チェ・ツァン法王は非常に喜び、マンダラを献上する時、リンチェンドルジェ・リンポチェはラピスラズリ鉢を持ち上げ、直貢チェ・ツァン法王は即座に侍者を呼び、鉢を仕舞わせた。尊勝なる直貢チェ・ツァン法王は、この度の供養を非常に重視し、先ず行文を各機関に渡してリンチェンドルジェ・リンポチェが供養するすべての物はすぐに直貢チェ・ツァン法王に渡すように指示した。尊勝なる直貢チェ・ツァン法王は一人の修行者であり、そのためこの度の供養を重視することで、ラピスラズリ鉢が貴重なのではなく、その鉢が佛法で非常に意義があるということである。

法会中、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがマンダラを奉納する時、なぜ、あなた方はハダを抱えてリンチェンドルジェ・リンポチェの後ろに並ぶのか?仏教典に置いて、三十三人の天帝の話をしたことがある。三十三人の天帝は、三十三層の天帝ではなく、一天帝は「三十三人の天帝」と呼ぶ。以前、或る人は善事をした三十二人の人を探し、その後、それらの人は、昇天した。主事者の福報は大きく、その他人の福報は小さかったが、みんな天界へ昇天し、三十三人すべては天帝になり、「三十三人の天帝」と呼ばれた。本日、リンチェンドルジェ・リンポチェを加え、寶吉祥佛法センターは合計で205人参加した。リンチェンドルジェ・リンポチェは205人の天帝を望まない。なぜなら皆が浄土へ行くからである。本日、あなた方が参加できた法会はあなた方に福報を積み仏教を学び続ける機会を得た。これに来なかった人は、ないのだろうか?そうではないはずで、なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥佛法センターを伴い、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王に対してマンダラを献上し、来なかった弟子たちも寶吉祥佛法センターの一人である。この度の弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェの代わりに事をさせることができない。或る人々はお金がないが、或る人たちは家族が反対するから等々と言い、複雑な理由がある。本日は、私たちは法会で供養、回向等の祈祷文があり、回向を行い、あなた方は自分が何を得るかを考えなくてもよく、来られない人こそが法会に参加してしかるべきであると考える。この度の表面上はリンチェンドルジェ・リンポチェが尊勝なる直貢チェ・ツァン法王を供養し、しかし、その実あなた方は平時にリンチェンドルジェ・リンポチェの物を供養し、リンチェンドルジェ・リンポチェはあなたに代わって供養するチャンスを待っており、待っている間に行動する。

あなた方は、この度の法会に参加して、得たものは、使った費用よりもはるかに多い。一般の法師は団体を連れてインドに来ると、その使った金額はこれだけでは済まない。出家弟子は一番はっきりわかっている。リンチェンドルジェ・リンポチェにとって、食べることに関してこだわりはない。良い物を食べても一食、悪くても一食、決して不満を言わない。しかし、あなた方がお金を出しているので、リンチェンドルジェ・リンポチェは止むなく悪人になり、ホテルに対して食事の品質に文句を言う。あなた方は自分がお金を出せば偉い人だと思ったり、お金を出せば欲しいものは何でも手に入ると思ったりしてはいけない。そしてどんなことも多くの人の努力と頑張りを知ることで、あなた方は感恩の心を持つことを知ることができる。まるでこの度の法会団のようにこんなに大きな団体は、旅行会社にとって、準備時間が非常に詰まっていて、多くのことを準備しなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは英語ができるので、もしも良くないサービスがあれば、あなた方に代わって言って上げることができるし、あなた方に代わって問題を解決することもできる。二日前、リンチェンドルジェ・リンポチェは別のホテルに居たので、今日、このホテルに来て、食事は良いか、部屋は良いか、リーダーは良いか?を見た。弟子たちは声を揃えてすべていいですと答えた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは続いて開示した。あなた方の口は良いというのに、どうしてあなた方は親戚友人に旅行者の旅行団に参加するように薦めないのか?あなた方が欲している方向ではないから薦めないのだと言ってはいけない。多くの人はこの理由を用いるが、薦めていないのは、集めることができなかったということではない。例え、あなた方がエアチケットを買ったところで、100、200元が旅行会社の利益になるだけである。リンチェンドルジェ・リンポチェの経営は、値下げ競争をして客を騙して手に入れ旅行会社の生死に関心も示さないというのではなく、サービスと品質を重視することをあなた方も見たことだと思う。あなた方は一日中、安さを求めてはいけない、安物に良い物はあるだろうか?一円は一円の価値の品でしかない。はっきり言えば、お金を節約したいなら、出国しないのがよく、国内旅行で楽しめばよいのである。旅行会社は商店のキックバックは受け取らず、ショッピングのスケジュールを手配しない。頼んだガイドとリーダーの品質は最上であり、食事と宿の手配は心配りをしている。あなた方は皆はっきりとわかっていると思う。

あなた方この度来ての旅館の食堂にリンチェンドルジェ・リンポチェの法照が掛かっているのを見たと思う。今日の晩餐会場にもリンチェンドルジェ・リンポチェの巨大な法照が掛かっていた。これは今年(2013年)正月、日本で法会の時に撮った写真であり、インド支社の主管は見た後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは益々若くなっていくと褒めた。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの写真は確かに本人よりもずっとよく見える。ここ数日、リンチェンドルジェ・リンポチェのスケジュールは非常にタイトであったため、すでに疲れきってしまったとユーモアを持って言った。

今晩、皆は食べ物を残してはいけないし、満腹してないのに帰ってはいけない。満腹になってホテルに戻り眠れなくても構わない。またダイエットには少ししか食べてはいけないと考えてはいけない。一食ぐらい関係ない。あなた方が食べ終え無いなら、彼らは料理を捨ててしまう。太ったのなら、漢方医にかかれば良い。食事が始まってしばらくしたら、リンチェンドルジェ・リンポチェは食堂で用意した料理がたくさん残っていることがわかったなら、皆さんにもっと食べるか?と聞くリンチェンドルジェ・リンポチェはユーモアで数え始めた。「一、二、三」、言い終わらない内に動き出し、多くの弟子は急いで料理を取りに行った。

食事も終わりの頃、一人の弟子は、皆はこの数日に受けたリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な加持の過程を分かち合うことにした。彼女は、二日前別のホテルであった。しかし、今日は全団員がここにいる。彼女は再び分かち合うことにして、皆にリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女を助けた殊勝な事蹟を話し始めた。

彼女はインドへ出発する前、わけも分からず声が出なくなり、7,8日にもなった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に、この度声が出なくなったのは、食べ違いが原因で中毒になったと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に食べ違いの話をした時、彼女は自分が甘い物を食べピーナッツ汁を飲んだからだと理解した。結果、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の禍の元はピーナッツ汁であると言った。新鮮でないピーナッツにはアフラトキシンが発生し、彼女は自分が中毒になるとは思わなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に以前癌に罹ったことがあり、だから中毒になりやすい体質になっているのだと開示した。インドに着いた後、彼女の声はやはり回復せず、二日前にリンチェンドルジェ・リンポチェと同じテーブルで同席した時、リンチェンドルジェ・リンポチェは見ていられず、突然彼女に自分の水を持ってくるように言いつけた。彼女はその時、反応できず、リンチェンドルジェ・リンポチェがなぜ彼女に手元の水を持ってくるように言ったかがわからなかった。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェはコップの水に対して真言を唱え始め、彼女は感動してその場で涙を流した。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが加持した水を二口飲んだ。3秒間の間に、自分がかすれた声が出ることを感じた。それで急いで、皆とリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女を助けた過程を分け合おうと思ったと述べた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェには咳治療の権威の医師弟子がいて、もしも失声であればいくつかの状況、喉の炎症、腫れ、麻痺、もしくは神経系統と関係ある等々と表示した。この医師弟子は自分の咳を治した事があり、この弟子の症状から彼でさえもアフラトキシンが引き起こした中毒で声が出なくなったとわからなかった。一般的に、治療では最高濃度のステロイドを用い、少なくとも3から5日使用し、多い場合には一、二週間使用すると、徐々に回復してくるもので、短時間で声が出るようになったりはしない。またこの弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェが加持した水を飲んだ後、3秒間で声が出て話ができ、翌日には普通に発声できるようになった。これは非常に不思議なことである。医師弟子は、皆にこの事績を愛惜することを薦めた。

少し前まで声を失っていた弟子は、引き続き、分かち合いの話を続けた。少し前まで彼女は息の音だけで話をしていた。リンチェンドルジェ・リンポチェが加持した水を飲んだ後、すぐに声が出て話せるようになり、今は正常に声が出る。リンチェンドルジェ・リンポチェは、彼女がピーナッツ汁を飲んだことを認めた後、彼女を叱責した。彼女は大金持ちではないがお金がないわけではない。コーヒー店では品質の良い飲み物を彼女は飲まず、ほんの少しの安さを追求してピーナッツ汁を飲み、そして中毒になった!この弟子は、これは非常に重要なことで、彼女が戒めを受け、彼女と同じ間違いをおかさないことを望んだ。この弟子は心を込めて誠実に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、正に殊世の宝であり、弟子たちは真に大切にし、よく佛を学び、教えに従って行うことが大切であると話した。

続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは皆に珍しい開示を与えた。リンチェンドルジェ・リンポチェの所以は、この声を失った弟子を助けたからで、それはこの弟子が一途に供養したからであり、彼女がこの度中毒に当たったからであり、リンチェンドルジェ・リンポチェが自ら彼女を助けたのである。その前、別の弟子も毒に当たりリンチェンドルジェ・リンポチェに助けられた。当時、リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥宝石店で信徒に接見していた。その弟子が担がれて入ってきた。入ってきた時、彼女の口は歪み、全身が無力で彼女は口を開いていなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐに彼女のこの状況は海鮮に当たったからだと開示した。初め彼女はまったく認めなかった。その後認めたことに依ると、高雄で結婚式に出席した時、他の人が彼女に菜食でも少しくらい食べても構わない、彼女に対して彼女の上師はそれほど優れているわけではないからあなたが海鮮を食べてもわかりっこないと言うので、彼女はカニを食べ、そして神経に毒が回った。リンチェンドルジェ・リンポチェが常に菜食にするように言うのは慈悲の心からだけでなく、菜食によって健康を保つことができ、多くの問題や障害を避ける事ができるからである。

この以前カニを食べた弟子には娘がいた。そしてその娘もリンチェンドルジェ・リンポチェの皈依弟子であった。少し前、彼女の娘は間もなく結婚するところであった。彼女の娘は双方の親を連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た。そしてリンチェンドルジェ・リンポチェが彼らに代わって結婚式の日を選んでほしいと頼んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは一目見て、新郎側は精進料理の宴会に異なる意見を持っていることがわかったので、手伝うことはやめた。彼女の娘は新郎側を連れて謁見し、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に代わって新郎側を叱ることを望んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはわざと悪人になったりはしない。あなた方は良い時には、リンチェンドルジェ・リンポチェの分はないのに、なぜリンチェンドルジェ・リンポチェを悪人にするのか?このようにカニを隠れて食べて中毒になる母親にはこのような娘がいて精進料理の宴会はしない新郎と知り合う。自分は菜食だとわかっているのに、肉食する男性と知り合おうとする。あなた方の多くはこのようであり、自分は相手を変えられると思っている。それはあの弟子の娘のように、まずは結婚した後、ゆっくりと相手を変えていけば良いと思っている。結果相手は精進料理宴会も望まない。その弟子は初めに毒に当たった。命によってリンチェンドルジェ・リンポチェが救いだした。だからリンチェンドルジェ・リンポチェは彼らに言う資格があるのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは普段、彼女の娘と息子(同じく皈依弟子)二人がブランド物を買っているのを知っている。こう言うのはあなた方にブランド物を買ってはいけないと言っているのではない。彼女の娘は自分の業が重いと考えたくない。だから努力して業障を消したり、減らしたりしたいと思っている。

もしも毒に当たったのなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず助ける。なぜなら毒に当たった後は多くの層に影響があるからだ。なぜこの声を失った弟子を助けたのか?なぜなら彼女はいつも供養していたからで、もしも彼女が供養もせず、この度の彼女が人の話も聞かずに食べていたなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を助けたりしなかった。供養は金額の多寡ではない。あなたが多額を出して供養してもそれはあなたが供養しているというわけではない。あなたが少しのお金しか出してないからと言ってあなたは供養をしていないということではない。今日の法会は一日中供養をしたここから供養を知ることは非常に重要である。昨日の法会はまったく長寿佛を修めなかった。今朝長寿佛を修めたが、後半部である。

供養をするのは、あなた方がしたいと思ってできるものではない。少し前、リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て阿弥陀佛と釈迦牟尼仏の鉢は青色で、その鉢は必ずラピスラズリを用いて作らないといけないと言ったことがある。もしも漆器を使ったのなら、それほど貴重ではないし、更にラピスラズリだけがこの色なのである。あなた方には鉢は小さく見えるかもしれないが、35キログラムを使ってやっと出来るのなら、あなた方は必ず惜しいと思うだろうし、35キログラムを使って鉢ができた後、残ったものは何かの用途に使うことだろう。更にこのラピスラズリの青は特別な青色であり、価値はつけられない。リンチェンドルジェ・リンポチェ自体が、宝石であるのだから、この方面に対して、あなた方より少しわかっている。その他、その鉢が非常に特別なのは、上面に更に二重の金色の輪があり、それには非常に深い意味がある。

およそ、佛法と関係があるのだが、リンチェンドルジェ・リンポチェは先ず直貢チェ・ツァン法王に指示を仰いだ。直貢チェ・ツァン法王を供養することはもちろん、すべてはまずお伺いを立てる。なぜなら、直貢チェ・ツァン法王に面倒をお掛けしたくないからである。もしも、まったく使えないものを供養したなら、上師に面倒をかけてしまう。或る人が嘗てリンチェンドルジェ・リンポチェに南アメリカの土地を供養したことがある。飛行機で40時間も乗らないと着かない場所の土地である。それはつまり自分が行かないものであり、彼のそのようなやり方は自分の要らないものを出したということで、それは供養とは言わない。或る人はリンチェンドルジェ・リンポチェに食べ物を供養する。リンチェンドルジェ・リンポチェは基本的に受け取らない。なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェが食べるものは非常に少ないし、すべてのものが食べられるわけではないからである。

或る一人の医師弟子はずっと奥さんが家の家計を握ってきて、稼いだすべてのお金を出してきた。しかし、この医師弟子はこんなに長い年数の間、リンチェンドルジェ・リンポチェにこのことについて話をしなかったし、リンチェンドルジェ・リンポチェに助けを求めたこともなかった。あれらの弟子のようでなく、毎週土曜日、リンチェンドルジェ・リンポチェが信徒に接見している時、傍で跪いていて、まるで本当のようであった。この医師弟子はすべてを受け入れていて、彼はそれを自分の業と障礙だと思っていたので、上師の話を聞いて行うだけだとわかっていた。或る日、事情が変わった。彼は去年、退職した後、別の病院で働き始めた時にすべてが突然に変わった。今、彼は自分のお金を自分で管理することができ、着るシャツも前より新しくしている。当然、彼には今も奥さんがいる。あなた方は彼が今、お金があるので近づくことができると考えてはいけない。リンチェンドルジェ・リンポチェは、ユーモアを以て、リンチェンドルジェ・リンポチェは非常に厳しい。今は医師弟子を助ける道は絶たれてしまった。

あなた方は、皈依して1年、2年、3年経った後、自分のすべてのことが良くなることを望んでいるが、あなた方が皈依する前に福報はすでに使い終わっていることを忘れている。この度のリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子を連れてインドに来て法会に参加したのは、皆の福報が集まり、佛を続けて学ぶことが累積されたからである。あなた方はこの度来ることができて何もなかった、法会に参加したらすぐに良いことが起こると思ってはいけない。

食べることができる。着る服がある。それも福報である。あなたにお金があったからではなく、人があなたに仕えたからである。人があなたに仕えるとは、あなたに福報があるからである。今日、あなた方はご飯を食べた。それは多くの人の手間と努力の賜物であった。我々が毎食ご飯を食べられることで、我々の福報を使い終わっている。あなた方は自転車に乗って家賃を集金に行く。お金を使うのも節約する。お金があってそれを貯めて使わなければそれは本当にお金が有るということにはならない。あなた方はお金を使ったと思ってはいけない。それはなんでも道理に合う。旅行会社が毎日あなた方に渡すミネラルウオーターを馬鹿にしてはいけない。それは最も良いミネラルウオーターである。インドでミネラルウオーターを飲めるのは容易なことではない。もしもリンチェンドルジェ・リンポチェが自分で旅行会社を開設してなければ、未だインドで支社を作り、支社の主任は考え、能力の有るインド人に事をさせただろう。さもなければリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子を連れてインドへ来ることなどできなかった。なぜなら罠が余りに多すぎ、ミネラルウオーターでさえ偽物の可能性がある。

尊勝なる直貢チェ・ツァン法王は、非常にお疲れになり、去年(2012年)体を壊してしまった。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェ・ツァン法王に台湾に来て三ヶ月間休養されることをお勧めした。衣食住、航空チケットの一切はリンチェンドルジェ・リンポチェが支払いますと伝えた。しかし、あなた方はこの事を何も知らない。中国医学的に見ると、直貢チェ・ツァン法王の体は気血が衰えている。その他、リンポチェは直貢チェ・ツァン法王に代わって手伝いたかったが、中国の薬がわからないのと、加えて直貢チェ・ツァン法王の食事が良くないのだと思い、これらが原因だと考えた。尊勝なる直貢チェ・ツァン法王は三ヶ月の療養の後、次に閉関し、今年から体の状態が回復してきている。直貢チェ・ツァン法王は、尊き転生八回の法王であるため、大福報があり、そのため、体の状況が持ち直したが、それでも病気はする。しかし直貢チェ・ツァン法王は大福報があり、法の所有者であるため、或る時には多くの大リンポチェと弟子が主となって助ける。それでは、あなた方はどうなのか?あなた方に何かがあったなら誰があなたを助けるのか?リンチェンドルジェ・リンポチェの他に、誰があなた方を助けるのか?

リンチェンドルジェ・リンポチェは、1200名の弟子がいるが、一部は言うことを聞かない。リンチェンドルジェ・リンポチェは、今はまだ引っ張りだしてきていないが、いつかきっと分かる時がくる。或る人は、一人でこっそり、してはいけないことをしていて、リンチェンドルジェ・リンポチェは知らないと思っている。またはリンチェンドルジェ・リンポチェは知らないが、護法はきっと知っていると思っている。あなた方はその時になってからリンチェンドルジェ・リンポチェを尋ねてはいけないし、その時には見つからないだろう。

今年七月、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王は、ラダックへ行く予定で、リンチェンドルジェ・リンポチェも行く。ラダックの人々はこの二日間で多くのリンチェンドルジェ・リンポチェの写真を撮った。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らがなぜ写真を撮ったのかわからない。そしてユーモアを以て答えた。彼らが写真を撮ったのは二種の可能性がある。一つはリンチェンドルジェ・リンポチェに対応するため、もうひとつは彼らもまたデラドゥンと同じく、至る所にリンチェンドルジェ・リンポチェの写真を貼り付けるつもりなのかもしれない。さきほど、リンチェンドルジェ・リンポチェはあなた方にもう少し満腹にしなければならないと言った。なぜなら、このようにあなた方が開示を聞く時、長い時間聞いていられるからである。明日、一部の弟子は先に離れ、その弟子たちの帰り道は、必ずスムーズで安全である。

弟子たちは、皆尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに非常に感激し、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、心を込めて弟子たちの手配をし、弟子たちに貴重な佛法の開示を惜しまずに慈悲深く与えた。それは全ては弟子たちに対しての極めて殊勝な教えである。弟子たちは、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ勝妙な開示を拝聴し、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法語の一言一言はまるで温かい日差しのように弟子を常に加持して守り続け、弟子たちに上師への比類なき信心を起こし、弟子たちは感恩を感じる。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、この日曜日、リンチェンドルジェ・リンポチェは台湾で金剛薩埵灌頂を授け、大衆と共に歓喜雷動するとその場で指示し、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感恩した。晩餐が円満に終了し、弟子たちは皆起立して、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを送った。

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2013 年 06 月 08 日 更新