尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2013年1月3日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥仏法センターにて、自ら殊勝な「地蔵菩薩祈福法会」を主催して、参列者が日本地元の信者11人、台湾の信者8人、日本と台湾の弟子121人を含んで、合計で140人が今回極めて珍しくて得難い法会に参加した。

法会が始まる前に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは既に日本京都寶吉祥仏法センターに来て、自ら天馬旗を加持して、そして弟子に天馬旗台を仏法センターの庭の内に立つように開示した。当日の日本の気候が厳寒で、風向きが力強くて、空はもともと黒い雲がすきまなく広がって、気象予報によって、当日に恐らく雨が降るか雪が降るでしょうと言われたが、しかし尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが真言を唱えて天馬旗を加持するところ、日光が突然雲から抜いて出てきて、暖かくて光り輝く光芒があまねく大地を照らして、薄暗い群雲が次第に散っていって、大きく広い青空が現れて、土砂が舞いどんよりしている天気が晴れるようになった。この殊勝な瑞相は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの主催する「地蔵菩薩祈福法会」が清浄な仏法にて一切の衆生に利益して、衆生に苦しみを離れて楽を得られるように助けることを表すのである。

午後2時、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法席に上がって、慈悲に地蔵菩薩法門を修めて、そして法会の参列者に貴重な仏法の開示を与えた。

今日修めるのは地蔵菩薩であり、地蔵菩薩が中国、日本、韓国などはとてもよく知られているのであり、地蔵菩薩の正式な名称は「大願地蔵王菩薩」である。仏法では、八大菩薩があり、菩薩が初地から十地まで、十地以上の菩薩が仏果を証得することができるから、大菩薩と称する。リンチェンドルジェ・リンポチェは今日、何故地蔵菩薩を修めるのか。2011年の日本東北大地震で、リンチェンドルジェ・リンポチェはテレビニュースの報道で津波の画面を見て、多くの家がすべて海水に流し落とされて、津波の後、被災者は石造の地蔵菩薩を再度立て上がって、その上とても誠心に供養している。リンチェンドルジェ・リンポチェがこのニュースを見た後に、心がとても感動して、被災者はとても大きな苦難と恐れを経たが、しかし地蔵菩薩への信心が消えてなくなっていない。彼らは誠心に祭るが、これは別に彼らが仏を学ぶことを表すのではなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェは1人の修行者として見れば、これらの被災者は敬虔であるが、しかし彼らが如法の供養のやり方を習っていないため、功徳を累積することができないから、リンチェンドルジェ・リンポチェはとても悲しいと感じさせた。

中国、韓国、日本などの地で、多くの信者達は地蔵菩薩にとても大きな誤った見解を持っている。日本では、墓場でさえあれば、きっと地蔵菩薩像があり、子供を流産させた女も皆一つ地蔵菩薩の像をつくった。しかし地蔵菩薩は死んだ衆生を度するだけではなくて、人間道、天道、修羅道、地獄道、餓鬼道、畜生道など六道の一切衆生を度するのである。 地蔵菩薩の願力は「地獄不空、誓不成仏。(地獄を空かないと、成仏しないと決意する」とのことである。地蔵菩薩も「我不入地獄、誰入地獄。(わたしが地獄に入り済度せねば、誰が地獄へ入ろうか。)」と諭された。「地獄不空、誓不成仏。(地獄を空かないと、成仏しないと決意する」が含まれている意味は、世の中の人間がすべて業がとても重くて、地蔵菩薩が地獄の衆生を救って地獄を離れて助けて、且つ衆生に再び地獄に堕ち込む機会がないように助ける。もっと衆生が地獄に堕ちることさえ増えなければ、地獄の衆生の業報が終わることとなったら、地獄で苦を受ける衆生が無くなるだろう。ただ一人は生前仏法を学んで仏法を修めることさえすれば、その上善行を行っていて、たとえ生前に修めて果まで証明できなくても、地蔵菩薩は彼を救いにきて、彼を地獄に落ち込ませないのである。

地蔵菩薩の諭された「我不入地獄、誰入地獄。(わたしが地獄に入り済度せねば、誰が地獄へ入ろうか。)」が含まれている意味は、仏法は最も苦しい衆生を助けるので、衆生が悪を行ったため地獄に落ちるが、しかし、もし地獄で突然に懺悔の心を発して、仏菩薩を思い出して、聞いた仏法を思い出すことができれば、同じくこの因縁のため、地蔵菩薩が地獄まで救って助けることを得るのである。だから、人が生きる時にできるだけ多く仏法に接触して、仏法を聞いて、因果を了解して深く信じて、生きている時にこの資糧を備えて、たとえ往生した時に、他の人が地獄を離れることを助けることが無くても、もしこの資糧があって地獄の中で仏法を思い出したら、きっと地蔵菩薩の助けを得る。

中国、日本、韓国の仏寺はすべて鐘があって、日本人が鐘をたたくことが好運と金運を齎すためと思う。実は仏法では、鐘をたたく音の効果は六道衆生に驚かせて目を覚ますことができて、彼らに意識が回復させて、心の中の雑念を一時停止して、特に地獄の衆生に対してとても役に立って、地獄の衆生に苦痛を一時停止させることができるから、このような布施の功徳がとても大きくて、もし自分のために時計をたたければ、功徳と福報を累積することができない。チベット仏教では、鈴を使うのである。

多くの人は仏法に対して誤解と迷信がある。多くの弘法する人は仏法の真義を信者に教えていないで、ただ定価を決めて信者が供養して法を修めることを要するだけ。今日、リンチェンドルジェ・リンポチェが修めるのは密法で、法を修める儀軌の中で、もともと《地蔵菩薩本願経》を唱えなければならないが、しかし唱えるのが3~4時間ぐらいかかる。リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子達は根気があるが、しかし日本の信者達は恐らくこのような根気がないかもしれない。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは今日半時間を使って《地蔵菩薩本願経》の真な意味を釈明する。リンチェンドルジェ・リンポチェも日本の一部の仏寺の坊さんが仏像の前にひざまずいて、急速にお経のページを展開して、仏にお経を見せて仏が楽しくなって、或いはこのようにページを展開してこのお経をもう唱えたと思っている。しかし、仏はまだお経を見る必要があるのか。お経は何方が諭された話であるか。仏ではないか。またお経を展開して仏に見せるのがどんな意味であるか。実は少し直接に言えば、このようにする人はあまりまめでなくて、お経を唱え終わりたくなくて、これらの坊さんの後の信者達はまたとても楽しく参与するが、実は、このようにするのは功徳がないのである。

お経は仏が諭された話であり、仏法の理論と根拠であり、いかなる仏を学ぶ人はお経の諭されたことを離れて修行してはいけない。仏を学ぶ人はどうしてお経を唱えなければならないのか。お経を唱えるねらいは、お経を唱えることを通して、仏が私達への教え及び言いつけを繰り返し覚えることができる。リンチェンドルジェ・リンポチェは1つの例を挙げて、日本で仏を学ぶ風習が1つあって、それは日本人が冬滝の下に行って、一方で冷たい水で体に流されて、一方で呪文を唱えて、そうするとすべての罪を洗い流すことができると思っている。リンチェンドルジェ・リンポチェはお経を見て、お経にこのような修行の方法を記載することを会ったことが無くて、これがただ日本現地の風習だと言えるしかできない。仏法はいかなる民族の風習と文化を攻撃しなくて、いかなる民族に適応することができて、彼らに仏法を受けさせる。仏法は釈迦牟尼仏がインドから中国に伝われて来るので、その他の多くの地方まで広めて、各地の文化を溶け込むことができて、いかなる衆生はすべて仏と同じに成仏する条件があるから、学びたければ、きっとよく学んで、よく修めることができるのである。

普通な所はすべて地蔵菩薩を修めるのではなくて、法本は開示されたことがあって、法を修める所は必ず綺麗さを備えなければならなく、つまりここで一度も殺生する事業或いは作業に従事したことがなくて、これまでタバコと酒をも売ったことが無くて、或いは色情に関する商売をしたことが無い。ここは必ず一度も人を殺害したことが無くて、周囲には汚いものが無くて、例えば汚水かゴミなど、これらの条件を満たす所と家は、ようやく地蔵菩薩を修めることができる。法本は地蔵菩薩を修める家が必ず清潔・円満を備えなければならないと言われて、掃除して綺麗にすることだけを言うではなくて、前に述べる事を一度も行ったことがないのである。それ以外に、地蔵菩薩を修める壇城は特別な要求があって、別に石で地蔵菩薩像を彫って花を供えて、地蔵菩薩が来て助けてあげるように祈ることができるのではない。法を修める者もとても重要であり、必ず清浄な発心を備えなければならなくて、法を修めるのはお金のためではなくて、もし台湾か日本の一部の人は法を修めて費用を受け取ることは、それなら清浄ではない。法を修める者は有名になるために法を修めてはいけなくて、菩提心と慈悲心を備えなければならなくて、このように発心して自分の体を清浄する後に始めてこの法を修めて、その上法を修める時は必ず禅定の中に維持するべきであり、初めて地蔵菩薩が壇城まで来て、弟子と信者達に助けを与えるように祈請することができる。地蔵菩薩を修めるのは必ずこれらの条件に合わなければならなくて、ただ合掌して数珠だけ掛かって目を閉じて祈ったらいいのではない。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは地蔵菩薩を修め始めて、この土地を加持してここが浄土、仏土と同じようにして、家を加持してこの部屋が仏の宮殿と同じようにして、法を修める者の法席を加持してこの法席が仏の法席と同じようにして、及びすべての供え物を加持する。引き続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは、出家の弟子が一緒に上がって、衆生を代表して右膝で地面にひざまずく姿勢をして、そして法会の参列者が真似って行うように開示して、その後、出家の弟子が衆生を代表して地蔵菩薩にハダ(薄絹)を捧げた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは引き続き法を修めて、暫くして、出家の弟子と法会に参与する大衆が座るように要して、そして皆が今座った席が加持された後に、すでに普通な席ではなくて、仏の座る金剛席のようである、と開示した。今日、リンチェンドルジェ・リンポチェが修める法は金剛乗の法で、密法で、衆生は全て成仏する条件を備えているから、皆はすべて仏と同じ条件があって、上師の導くことを通して、そなた達の誠心を仏に供養させて、そなた達の仏と無別な清浄な本性を現すようにさせることができて、だからそなた達は今仏の座るような金剛席に座っているから、もう妄想をたくましくしないでください。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは続く法を修める過程に、地蔵菩薩の法相を紹介した。地蔵菩薩は身が黄色で、上着が黄色で、目が赤色を持って、頭が青い花つるをつけて、右手が果実を手に持って、左手が蓮の花を持って、頭の上に五方仏冠にかぶっていて、無量の緑色の光を放する。リンチェンドルジェ・リンポチェは法を修めて皆の福徳資糧を累積したが、しかし福徳を累積するのが健康、長寿、金があるなど世の中の事を求めるためではなくて、そなた達が続けて仏法を聞いて学習することができるようにするためである。

そして、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは《地蔵菩薩本願経》の偈を唱えて、偈がこの経典を紹介する頌文である。リンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示した。これから法を修める過程は皆の智慧資糧を累積して、仏菩薩が我々を憐れむことを求めて、私達が仏法を学ぶことを助けて、この段はもともと地蔵菩薩の経典を唱えるはずであるが、しかし日本信者の根気が足りなくて、法会に参加した後にまだ他の所に急いで行かなければならないことを恐れて、その故リンチェンドルジェ・リンポチェは簡単に皆にこの経典を紹介する。

まずは、そなた達は《地蔵菩薩本願経》が何方が諭されたのかを知るはずである。お経には、まずは「如是我聞(にょぜがもん。このように私は聞いた。)」である。仏は生きている時に諭された仏法はすべて、弟子が現場で耳にして、仏が涅槃に入った後に、500人の阿羅漢果位を証明した弟子が集まって、彼らが仏の弘法なされ49年間に聞いたすべての仏の言動を書き記された。「如是我聞」の意味は「これは私が聞いた正しいことである。」であり、別に「私が知っている」、「私が言った」と「私が思う」ではない。この経典は釈迦牟尼仏が忉利天で母のために言った法で、仏の母は仏を生んだ後で往生して、その後、天界の1つ――忉利天で生まれた。仏は成仏した後に、忉利天まで行って母のために仏法を開示した。そなた達は人が死んで天界に行くのがとても良いと思っているが、しかし天界までいって幸せに暮らしても、依然として輪廻しなければならなくて、だから釈迦牟尼仏がやっと天界に行って母に仏法を講じた。仏が法を講じるため、多くの仏と大菩薩が法を請け、釈迦牟尼仏の法を講じるのを聞きに来た。文殊菩薩は仏に、地蔵菩薩が何の功徳があるかとお聞きした。だから、仏陀が地蔵菩薩の功徳が何なのであるかと説明した。地蔵菩薩は不可説の時間(計算できない時間)の以前に、ある長者の息子で、彼がその時に他のもう一人の仏に、どのように仏のこんなに良い相と福報荘厳な体を修めるのか、とお聞きした。仏は、身口意を以って永久にすべての苦を受けている衆生を度り脱することを証明しなければならない、と答えた。その故に地蔵菩薩は生々世々にもずっと衆生を助けると発願した。

その後、経典は地蔵菩薩の歴史について言及された。地蔵菩薩はある一世に1戸の家の娘と生まれたことがあって、母親が逝去した後に、母親がどこに生まれたか知らないので仏に祈った。彼女の母親が生前たくさんの悪業を行ったから、神識が無間地獄に堕ちた。地蔵菩薩はその世に母親が生前因果を信じないことを知っていて、経典には地蔵菩薩がどのように母に地獄を離れるように助けることを言及された。経典は、もし三宝を謗って、酸っぱい言葉で風刺して、たとえ暫く信じても、その後でまた三宝を恭敬しないと、全ては地獄に堕ちると開示した。釈迦牟尼仏は文殊菩薩に、どのように衆生に地獄を離れるように助けるかを教えて、そして地蔵菩薩が娑婆の世界(つまり地球)で弥勒菩薩が出世するまでずっと衆生を助けるように要して、地蔵菩薩もこのようにすることを承諾した。

経典には、続いて言及するのは地蔵菩薩が釈迦牟尼仏の母親に法を講じて、地蔵菩薩は南閻浮提(地球の衆生)が親孝行をしなくて、甚だしきに至っては両親を殺害して、無間地獄に落ち込んで、離れることができない。もし、出仏身血(すいぶつしんけつ)、三宝を誹謗すること、経典を尊重しないこと、侵損常住(常住を横領して損なうこと)、玷汙僧尼(僧と尼を傷付けること)、伽藍内恣行淫慾(仏寺の中で淫欲の行為が行う)、常住財物を盗むこと(仏寺の内の供え物を盗むこと及び事前に問わないで自分で取って使うこと)など行為をしたら、全ては無間地獄に落ち込む。もし衆生は出家衆のふりをして、或いは外観が出家の相を現すが内心が出家ではない、白衣を騙して欺くことをして、つまり大衆を騙して、仏の諭されたのに従って衆生を助けていないが、信者にもう彼を助けたことを言って、これは妄語を言って戒律に背くのである。出家衆の戒律はたくさん多くて、最も重要なのは出家衆が男女の慾があることができなくて、商売をしてお金を集まることができなくて、破戒したら地獄に落ちる。もし常住(仏寺)の飲食、金銭、衣服と身の回り品を盗むならば、問わないで持つことでされすれば地獄に落ち込む。

経典には、地獄が多くの種類があることに言及して、今日詳しく説明しない。地獄の特色はとてもぎっしりなことを感じるので、衆生がたくさん多く、或いはたとえただ一人が地獄の中にいても、全てはとてもぎっしりなことだと感じる。ある人はすべての宗教と民族の地獄が異なると言って、経典は地獄の中で男女、邦人と外国人、老人と若者、貴賤、竜神天鬼を分けることが無いと言われて、ただ同様な間違いだけを犯したら、同様な地獄に落ち込んで罪を受けなければならなくて、さっき開示したのは五無間地獄である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続いて、経典には仏は地蔵菩薩に地球の衆生がずっと絶えずに輪廻すると言って、仏はこれらの苦を受けている衆生を心配するため、そのため地蔵菩薩が願をかけてすべての衆生を度する、と開示した。経典は、光目女(こうもくにょ)という名の娘に言及して、彼女の母が死んた後に地獄に堕ちてとても大きな苦しみを受けた、と言った。ある羅漢が光目女に、彼女の母が生前何の仕事をしたのか、どうして今このように苦を受けているか、聞いた。ここを話及ぶ時、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは極めて慈悲に法会の日本人の参列者に居眠りをしてはいけないと気づかせて、そして引き続き開示して、光目女の母は生前魚、スッポンを食べることが好きで、つまり海鮮を食べることが好きで、魚の卵を食べることが好きで、つまり日本人のいわれる明太子であり、炒めたり煮たりして、思う存分食べて、だからようやく地獄に落ち込んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはその場で一人の日本の信者が明太子が大好きであることを指摘して、だからも恐らく地獄に落ち込むかもしれない。仏は真実ではない話を言うことがありえなくて、経典の後に多くの因果のストーリに言及された。

経典は言及して、もし男女が善行をしないで悪を行って、因果を信じないで、例えば一部の人が何故心臓病に罹ったのか、それは一生他の人を計算しているため、自分が利を貰えるから。しかし経典が仰ったとおり、もしすぐに地蔵菩薩に懺悔するならば、地蔵菩薩はそなたに三悪道に落ち込まないように助ける。もし殺生が好きで、殺生事業に従事して、例えば屠殺の仕事或いは肉料理のレストランを経営することなど、恐らく短命になりしかも意外で死亡するだろう。今多くの人はなぜ癌、高血圧、心臓病、糖尿病と脳卒中に罹るのか、すべては殺生して肉を食べるためである。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、経典の後は引き続き、どんな因を植えてどんな果を得る、多くの例を挙げるが、今日時間は有限で詳しく述べることができない、と開示した。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはここで1つの重点を説明する。この10数年20年、全世界はたくさんの天災が発生して、多くの衆生が傷害を受けさせた。どんな原因であるのか。これは両親を親孝行しなくて両親に逆らって、天地災殺報を得るのである。日本信者は園芸の作業に従事して、有毒の農薬を使って昆虫を殺害して、恐らく短命報をも得るかもしれない。。

因果は迷信ではなくて、先週の土曜日、リンチェンドルジェ・リンポチェは台湾で信者を接見した時、一人の約40歳の信者は中国語の俗称の「漸凍人」(筋萎縮性側索硬化症、amyotrophic lateral sclerosis、通称ALS)という病気に罹って、これは1種の全世界の医者の手の施しようがない病気で、この病気に罹った人は全身筋肉が徐々に動くことができなくて、最後は目の玉、心臓さえ動いて死ぬ。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの信者衆の中枢神経が中毒したことが見られて、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に殺生の仕事に従事しているかどうかと聞いて、信者が自分がコックをしたことがあると答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に開示して、彼がコックをして野菜を植えてきっと農薬を噴き出したことがあって、あれらの昆虫が徐々に動くことができなくて、最後にこわばって亡くなって、徐々に凍る人と同じように、そしてこの信者に、彼がその故にこの病気に罹った、と教えた。

引き続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは経典が言及された「飲食無度(節度がないこと)」を引き続き開示して、つまり物を食べて酒を飲んで節度がなくて、その因果応報は恐らく餓死するだろう。多くの人は日本で人が餓死することがありえないと思うが、しかしそなた達はあれらの癌に罹った者を見て、病気になった最後は物を食べることができなくて、餓死してしまう。また一部の患者が水を飲むことができなくて、点滴注射が必要で、それはつまり飲食することができない。口、咽喉が癌に罹るのは多分飲食について節度がなくて、肉の食べ物を食べて招くだろう。仏法は迷信ではなくて、事実で言えば、他人の物を盗んで、お金をだまして、たとえお金を儲けても、この世の財物も保有できないのである。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは参列者が精神を集中しない状況を見て、慈悲に鈴を振って再び参列者に注意させて居眠りをしないことを指摘した。そなた達は行ったことが全て因を撒いて、全ての因は果がある。地獄はとても遠い所だと思わないで。経典に言われた地獄は地球にいて、地球の東方にいる。経典の中に全ての地獄の名前と苦しみの程度を形容した。その中にある経文の一段落は非常に重要であるが、リンチェンドルジェ・リンポチェは慎重に皆は真剣に聞くことを指示した。地球の衆生は悪を行う業力はとても大きいが、海より深く、山より高く。我々の心を妨げた。故に、衆生は小さい悪を軽視しないで、小悪は無罪だと思うなら、死んだ後必ず報いが有って、少しも減らない。更に誰でもそなたに代わり罪を受けない。経典の中に更に商売の人は若し他人を騙して、手を抜き材料をごまかすと地獄に堕ちるかもしれない。

経典の中に引き続きに説かれたが、若し仏法に従って地蔵菩薩に供えれば、とても大きい利益がある。地蔵菩薩は女の心をはっきりに分かるが、若し女は自分がぶすや多病が嫌いなら、若し地蔵菩薩像前に仏法に従って誠心に供養して礼拝すれば、この人は千万劫の中に多くの世に生じた相貌と体もとても円満である。また、この人は未来に多くの世に姫、王妃、大臣或いは大人物の長女になると言われた。経典の中に説かれたが、若しある人は往生する時、如何なる地蔵菩薩に祈るや様々の悪夢とその意味と説かれた。更に若し生まれたばかりの赤ちゃんは如何なる地蔵菩薩の加護を祈るのも説かれた。

経典の中に説かれたが、地球の人は全ての動き、考えは全て業であり、罪である。更に自分を放任して、衆生を殺して、偸盗、邪淫、嘘つきを行った。全て懺悔すべきだ。その後説かれたが、地球の衆生は簡単に地蔵菩薩に助けられた事を忘れて、また悪を作った。更に地球の全ての人に提示して、即死するとき、必ずどんな衆生でも殺さないで。死ぬ前に魚を食べるや肉のスープを飲むなどしないで。また鬼神を拝まないで。そうすれば臨終者の罪を増やす。若しこの事を行えば、亡者はたとえ善道に往生しても彼が善道へ往生時間を延ばす。

経典の中に説かれたが、如何なる亡者を助けて悪道に堕ちない。日本に於いて、ある人は閻魔を拝んだ。閻魔は実は菩薩の化身である。閻魔も忉利天に行って仏に教示を求めた。何故地蔵菩薩は衆生を助けて苦しみを離れたが、しかし、衆生は早めに再び悪を作っただろうか。何故衆生は悪業を離れて善に向かないだろうか。釈迦牟尼仏は閻魔に開示したが、地球の衆生は性格が剛強自用である。つまり、他人の話を聞かなく、忠告を聞かなく、理由を探して反駁した。他には地球の衆生も調伏しにくいが、如何なる勧めても聞かなくて、たとえ全ての方法を使っても納得できなく、他人の意見を聞かないのは地球人の特質だ。先程リンチェンドルジェ・リンポチェはある園芸に従事する信者は農薬で衆生を殺すから将来悪果があるかもしれないと指摘された。しかし、この信者は心に考えたが、皆はこのやり方で仕事をするが、問題を発生しないけど。彼はこのように考えるのは剛強自用で調伏しにくい。そなた達は仏ぼさつが真実ではない事或いは人を騙すことを言わない。経典の後ろに引き続きに説かれたが、如何なる地蔵菩薩に供養すべき。若し仏法に従って行う人なら、どんな悪いことでも彼の部屋に近づかない。それは地蔵菩薩と鬼王は皆彼の家を守るから。

焼香、合掌、果物を供えると、閻魔はそなたの命を狙わないではない。そなたの寿命はまだ終わらないと、たとえ閻魔はそなたの前に立てもそなたを連れない。閻魔の仕事は二つがある。善を行う人を助けて地獄に堕ちない及び既に地獄に入った衆生を助けて早めに離れる。実は閻魔は恐くないが、人はもっと恐い。そなた達は見えたが、地球に国はある理由のためにお互いに殺しているが、閻魔は人の命を取らなく、人は取る。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きに開示されたが、経典の後ろにある段落はとても重要である。人は子供を生む時、難産や育て難い状況がある。それは人は生きても死んでもある鬼はそなたに苦しめて、そなたに善道から離れる。経典の中に如何なるこの事を処理するのを説かれた。例えば大供養を行う。それは仏も全ての鬼王は地球の衆生が生と死を向き合う時に彼達を守るのを期待している。しかし、一つの条件があり、仏法を深く信じて、更に努力に行う。

民族によって異なる風俗は生死に対して、助けがない。仏法を聞くだけ、更に仏法を理解すれば助けがある。経典の後ろに説かれたが、地蔵菩薩は仏に報告した。衆生は仏菩薩に敬って得られる利益及び布施すればどんな功徳を得るなど。仏も説かれたが、地球人は布施の功徳は軽いもあり重いもある。今日皆は聞く根気がないから、リンチェンドルジェ・リンポチェは簡単に皆に説明して、布施は我々に対して極めて重要であり、呼吸のように人は助けが必要が分かれば、殺生、貪欲或いはエゴ、法律違反など事ではないなら、聞くと、力を尽くして彼を助ける。我々は如何なる仏菩薩に供養や布施などことは他の経典にも沢山に説かれる。

布施とは沢山な財を与えるだろうか。経典にあるひと言を説かれた。布施の時に賛嘆、恭敬の心を持つと、無量の大果報を得られる。また金で福を買うことではない。若し金で福を買えれば、リンチェンドルジェ・リンポチェは始めて自分が修めないと宣告した。我々は人を助ける時どんな心を持つだろうか。何も求めない心だ。名誉を求めなく、報いを求めない。更に我々は善事を一件行う時心は貪る事が出来ない。このように布施を行えば役に立つ。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きに開示された。今日唯簡単に説明したが、若しそなた達はこの経を習って、地蔵菩薩の功徳を理解したいなら、リンチェンドルジェ・リンポチェに法を求められる。釈迦牟尼仏は観音菩薩に指示したが、それは観音菩薩は地球人と因縁がとてもいいから、仏は観音菩薩に広めて地蔵菩薩の法門を説く。此れも何故観音菩薩法門を修める修行者は多く、その後自然に地蔵菩薩の法門を修める原因である。

続いて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは密法で地蔵菩薩を修める。リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者に丁寧に言った。今日皆は地蔵菩薩の法会に参加したが、続いて数日間に殺生しないで。簡単に言えば、菜食する事である。若し貧乏や病を離れたいなら、地蔵菩薩に求めれば助けがある。経典の中に釈迦牟尼仏も地蔵菩薩の功徳を賛嘆した。若し有る衆生は此の世の業により、悪道、地獄に堕ちるべき、たとえ既に悪趣に堕ち、更に既に地獄の扉の前に着いても、若し一つの仏の名号、一つの菩薩の名号或いは仏経の内容の一言を覚えれば、地蔵菩薩はそなたを救ってそなたに三悪道に堕ちさせない。リンチェンドルジェ・リンポチェは今日簡単に《地蔵菩薩本願経》を紹介したのはそなた達にこの経典に恭敬、敬虔な心を起したいが、どんな懐疑心を起さないで。若し行えばそなた達にとても大きい利益がある。

続いて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは皆に20分の休み時間を与えて、若しトイレに行きたい人は時間を利用して行ってもいい。

休み時間が終わって、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは再び法座を昇って、参列者のために殊勝な地蔵菩薩法門を修める。まず修めるのは受持功徳である。修行者は若しこの呪文を唱えれば、未来に証する功徳、更に皆は未来に得る功徳を授記する事を表した。若し皆は機会があって、仏法に従って閉関修行してこの呪文を唱えて、108回を唱える功徳は極めて大きい。皆は若し誠心に呪文を唱えて、誠心で疑わない心、拒否しない心、根気がよい心或いは欲望や所要がない心で懇切にこの呪文を唱えれば、必ず早めに此の世に解脱できて苦しみを離れる。リンチェンドルジェ・リンポチェはユーモアに言ったが、現在法本に一言を皆を引いて、法本に説かれたが、若しこの真言(呪文)を唱えて閉関修行すれば、修行者は一切行いたい事は全て行える。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは出家弟子が代表として日本現地信者を率いてマンダラを差し上げた。壇城組の弟子は儀軌の順番を間違いに報告したが、リンチェンドルジェ・リンポチェは極めて慈悲なので、すぐ厳しくこの弟子を叱った。マンダラを差し上げる儀軌が円満した後、引き続きに参列者に貴重な仏法開示を与えた。

法本に説かれたが、今日修めた地蔵菩薩法門は煩悩と悲痛を除ける。如何なる煩悩及び悲痛を除くだろうか。過去に撒いた因、現在に発生した果は全て受ければいい。現在始めて努力して一切の善を行って、再び悪を行わないなら、自然にもはや煩悩及び悲痛がない。最も簡単な方法は皆は今から始めて菜食する。多くの人は菜食すれば栄養がないと思って、菜食すれば友達と家族がないと思った。また多くの人は菜食すればビジネスが出来ないと思った。しかし、この言い方はリンチェンドルジェ・リンポチェの状況と合わない。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分がビジネスをうまく経営すると言えないけど、しかし確かに引き続きに業績が上がる。此れは始めて菜食して、殺生する機会を減るから、沢山な欲望は減る。一旦そなた達は始めて行えれば、いつか必ず善の果報を味わう。

リンチェンドルジェ・リンポチェの家族は伝統に高血圧と心臓病の問題がある。リンチェンドルジェ・リンポチェの兄弟の体は全て問題を起して、手術を受けた。それはリンチェンドルジェ・リンポチェの曾祖父は当年絹織物商売をして、無数な蚕を殺した。だから、曾祖父以後、家族内の男性は全て60歳以上生きられなかった。更に皆の婚姻はとても円満ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは36歳から始めて菜食して仏を学んだから、今既に66歳だけど、一般男性が年寄って前立腺に関わる病気に罹らなかった。更にリンチェンドルジェ・リンポチェの心臓はとてもよく、糖尿病或いは高血圧もなかった。それはリンチェンドルジェ・リンポチェは仏が教えた方法に従って引き続きに行ったから、全ての人生が変わった。リンチェンドルジェ・リンポチェの家族メンバーは病気、短寿だったが、先程開示された《地蔵菩薩本願経》に悪を行う因果はリンチェンドルジェ・リンポチェの家族は全てある。家に兄弟が仲良くしないことを含めて全て殺業に関わった。

今日皆は法会に参加した後、因果に対して注意しなければならない。因果は釈迦牟尼仏が発明したではなく、宇宙の真相であり、我々に教えたが、どんな事を行っても関連な因果は現れる。唯果報はいつか現れるだけ。仏法は我々に加護を求めるのを教えるわけではなく、悪を行うから善を行うことを変えた。そうすれば全ての人は健康である。若し一つの地区の人はもはや殺業を作らないと、沢山な天災を減られる。

続いて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは大衆を率いて、アキ護法儀軌を修めた。護法を修める時、鈸を打つ弟子は演奏する時力が不足だった。リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐこの弟子に責めて、まだ食事していないだろうか。何故音楽の音は弱いだったか。口調が厳しいけど、リンチェンドルジェ・リンポチェは根気がよく自ら弟子を指導して如何なる正しい手法で演奏する。その後リンチェンドルジェ・リンポチェは出家弟子を指示して、参列者を率いて迴向儀軌を行った。更に慈悲に日本現地の信者に壇城に上がって、自ら《地蔵菩薩本願経》で全ての日本信者の頭に置いて加持した。また長く呪文を唱えて加持した。日本信者たちは敬って順番に殊勝な加持を受けて、皆は極めて喜んで感謝する気持ちを感じた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは全ての信者に加持された後、引き続きにいとま請いをせず苦労して参列者に心からの教戒及び提示を与えた。今年(2013年)の天気の変化はとても極端である。乾季の時とても乾燥して、雨が降らない時とても困るが、雨が降ると、どしゃ降りである。若し今年皆は悪を作るのを止めて、善の方向へ行えば、沢山な災難を免じる。2013年は相変わらず変化が激しい一年なので物事を行う時、少し保守的にしたほうがいい。そなた達に投資せず、仕事させなく、事をさせないわけではない。唯どんな事をする前に必ずよく観察して考えて、衝動しない。今年皆は食べ物を食べる時かなり慎重して、胃腸方面に伝える疾病はかなり大変かもしれない。若し海鮮や肉を食べる人は簡単に罹りやすい。現在間もなく春になるが、若し皆は風邪、胃腸など病は春の前に治さなければならない。特に肺部に痰が有り、咳が有り、タバコを吸い、氷を食べる人は2013年に病気に罹る機会はかなり高い。

2013年全世界で空気がよくない。現在リンチェンドルジェ・リンポチェはまだ原因を分からない。日本は今核発電を廃止する事を提唱しているが、若し火力発電を使えば、また空気汚染になる。世間の事は円満や完璧ではない。2013年は吉と凶がお互いに交替する一年である。仏は我々に善を行わせるのは我々に仏を信じるわけではなく、悪行を断ち一切の善を行えば、悪を離れて幸福が来る。リンチェンドルジェ・リンポチェは今日の修法が日本信者に助けがあるのを望んだ。全ての開示は全部仏が教えた事である。それはリンチェンドルジェ・リンポチェは絶対に因果を信じる修行者であり、法座に座って皆に開示を与えて、話した事は全て仏経の内容、尊勝なる直貢チェツァン法王が教えた事である。信じるかや受けるかどうか全てそなた達が自分が決め、受けた利益もそなた達は自分が得た。《地蔵菩薩本願経》に説かれたが、地球の人類は剛強自用で調伏しにくい。そなた達は今日の開示を聞き込むかどうか次第である。今日リンチェンドルジェ・リンポチェは此処まで開示されて、皆はよい年があるのを祝福した。

法会が円満に終わって、参列者は全て一斉に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な修法及び開示を感謝して、起立して合掌してリンチェンドルジェ・リンポチェが法座を降りるのを恭しく見送った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、慈悲に衆生を憐憫して、衆生が苦しみを受けるを見たくないから、衆生にこの殊勝で得難い因縁を与えて、日本京都寶吉祥仏法センターで貴重な「地藏菩薩祈福法会」を参加させて、正知正信仏法を聞けて、仏を学ぶ福慧及び資糧を累積できた。法会の当日天気は寒かったけど、法を修める間に沢山な参列者は全身が熱いと感じて、極めて殊勝な加持を受領した。更にリンチェンドルジェ・リンポチェは自身の成就で法を修めて衆生を利益する事を賛嘆した。一年の始まり、リンチェンドルジェ・リンポチェは殊勝に主法した「地藏菩薩祈福法会」は必ず日本を加護して虚空無数な衆生を利益して、日本及び世界の平和に対して、更に不思議な加持力を具える。

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2013 年 03 月 09 日 更新