尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2012年9月2日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで共修法会を主催されて、そして大衆に貴重な仏法の開示を与えた。

法会が始まる前に、2011年皈依したある夫婦と息子と娘は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感恩して、そして母は息子がリンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲に救ってもらった経過を分かち合った。

2008年6月、彼女の息子は2歳7ヶ月であり、エンテロウイルス71型の重症に罹ったことが診断されて、その時深刻に人事不省になって、気管挿管と経鼻胃管により、生命を維持している。脳部がウィルスに凄く侵犯されたため、知力と行動の能力が大変損なっている事態を招いて、それで呼吸器に依存しなければならない。数回も挿管チューブが抜けたり挿入したりしても、依然として自主的に呼吸することができないから、気管切開の手術を受けることを選ぶしかできない。半年以降に呼吸器を離れたが、しかし飲み込むことができないため、だから長期にわたり経鼻胃管に依存して食事をしなければならない。飲み込む機能を訓練するために、気管切開チューブをしばらく移して離れることができない。毎回息子にこの二つのチューブを替える時、彼の苦痛で必死な頑張りの表情は、今なお依然としてありありと目の前で見えるようなことを思い出した。この期間、彼らの夫婦の2人はたくさんのところを走って神頼みや占いにすがって、息子が助けを得ることができることを望んでいたが、しかし情況はやはり改善していなくて、苦痛で悲しくて、助けがない状況の中で、過ごすことしかできなかった。

2010年11月に、彼らは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに行って、彼らはとても緊迫していて、リンチェンドルジェ・リンポチェの前で跪いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に、「どうしたんですか。」と聞いた。その時彼らはリンチェンドルジェ・リンポチェが息子の状況がわからないことを恐れて、独りよがりに1回詳しく述べて、最後に「リンチェンドルジェ・リンポチェは私の息子を助けてください、お願いします。」と言い出した。リンチェンドルジェ・リンポチェは、「もう、すこし助けてあげた」と言って、そして彼らを大いに加持した。リンチェンドルジェ・リンポチェはとっくに、彼らの夫婦が信じていないでただちょっと試みてみる心理状態を抱いて以前の方法を用いてあちこちに行って求めたり礼拝したりすることを見抜いて、だから彼らが道場の後で反省しなさいと要した。この時、彼らがやっと分かったのは、以前に自分がただ上師と諸仏菩薩だけを利用して、心構えが全然間違って、少しも懺悔の心が無いのである。それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは再度彼らに法座の前に戻って来る機会を与えて、慈悲に彼らに対して開示して、これらの病苦はすべて、肉を食べてもたらしたので、彼らに菜食精進料理を食べることができるのかと聞いた。彼らはすぐうなずいて、できると答えて、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に、彼らが共修法会と施身法に参加することを許した。

3ヶ月後、彼らは再度リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して、息子の経鼻胃管を抜くことができるかどうかと伺いを立てた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らの心の中がとても緊迫していることを知っていて、だから面は微笑って開示して、「年配者が心配するのを恐れる。」と言った。その時彼らはまだ馬鹿であり、よく分からないで、そこでリンチェンドルジェ・リンポチェは再度、「旧暦1月15日」と開示した。しかし愚かな彼らは上師に信心を十分に備えていなくて、当日の昼間、依然として抜く勇気がなくて、夜に仕事がひけた後に、やっと口から凝乳を食べさせてみて、息子が本当に凝乳を飲み込んだ。息子が脳の傷で飲み込む神経を傷つけたから、神経が損なうと再び回復することができない、西洋医の医者にと言われた。彼女は息子が飲み込むことができることを見る時に、彼女と看護さんは目がすべて赤くなって、心の中は本当にこの上なく感謝して、この時にやっと、リンチェンドルジェ・リンポチェが真な大医王であることを知っている。彼女はその日の夜、息子に経鼻胃管を抜いて手伝ってしまった。翌日、息子は更に自然に口で一本の薩摩芋を食べることができた。その後、彼らは再度リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して感謝を表した。しかし利己的な彼らは息子の気管切開のチューブを抜くようにお願いして、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に貪欲で飽くことを知らないように叱らなかっただけではくて、かえって優しい父と同じように、「そなたが母親とするのはもう少し大変で、気管切開チューブがちょっと待って」と開示した。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に加持したことにとても感謝した。そして彼らに息子の口もとの周囲を注意しなさい、気管切開チューブのため、よだれが流出することを招いて発疹することが多くて、寶圓膏で塗って発疹が治れることができる、と言い聞かせた。

そして3ヶ月後、彼らは再度リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見し、気管切開チューブを取り離すことができるかということを伺いを立てた。リンチェンドルジェ・リンポチェは医者に確認しに行ける、と開示した。医者は息子のチューブを抜くことに賛成したが、しかし安心していないから、また彼らに息子を入院させて3日観察することを要求した。入院する期間、血の酸素の濃度がすげて99-100%だと監視測定されたが、医者は息子が長期に気管切開チューブを使っているため、気管が軟化したことを招いて、もし気管切開チューブを抜いてしまったら再建の手術をしなければならないと言った。その上、長期にも経鼻胃管を使って、胃食道逆流症が深刻となり、もともと西洋医学の医者は、胃粘膜皺と胃瘻造設の手術を受けなければならないと言った。しかし息子は宝吉祥漢方医診療所での保養のもとで、胃食道逆流症の状況がすでに著しく改善し、体がますます良くなった。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝して、息子のすべての進展はとても順調であるから。病院の耳鼻咽喉科の医者とたくさんの医療人員は、息子の実例を使って討論して、全ては舌を鳴らしたり言い立てたり珍しさに感心して、不思議だと言った。

この機会を利用して、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの加持で、彼女が毎週日曜日に順調に法会に参加することができることに感謝した。彼女は看護婦の仕事に従事していたが、もともとは交替勤務となっていて、日曜日ごとに法会に参加することが非常に難しい。しかし尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見した後に間もなくて、彼女は人事異動で順調に外来診察部門に出勤して、日曜日ごとに全て法会に参加することができる。彼女は以前は人事異動の面接試験にも参加したことがあるが、しかし採用していなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝して、彼女が仏を学ぶ道を順調にさせた。

同時に、彼女は発露懺悔して、雲林の田舎に生まれて、小さい時から家は農業に従事して、多くの鳩、鶏、ガチョウ、羊、豚を飼って、しかも殺して食べてしまい、またよく海鮮を食べて、たくさん多くの殺業を犯したが自分がまだ分からなくて、たくさんの衆生の肉を食べて、肉がないと喜ばなかった。小さい時には、常にコガネムシと昆虫をつかんで遊んで、すぐそれらが急速に死んだようにさせた。その後、家は養殖業に従事して、衆生の命で金を儲けて、無数の殺業を犯した。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示のように、殺業が重い者は、必ず寿が短くて、病気が多くて、眷属が円満ではない。彼女の2番目の伯母は若い時に意外に遭って死亡して、父は白血病で往生して、2人の叔父は中年に病気で死亡した。彼女が出勤し始まった後に、常にこっそり会社のものを個人用に使って、会社のコピー機を使って自分のプライベートの資料を印刷して、同僚と付き合う時によく言い争って、文句を言って、よく怒って、他人に厳しく、自分に甘い。無数な衆生を傷つけて、因果を信じないで、今仏を学んだ後にやっと間違ったことを知っている。このすべては、もし上師と仏法の助けがなければ、彼女はまだ苦難に満ちた生活の中にいる。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝して、彼女が皈依してそして殊勝な正法を幸運にも聞くことができて、因果の恐ろしさを分かって、彼女の生命が拠り所があるようにさせたから。教法に従って素直に遂行して、努力して自分の行為を改正する事を除いて、彼女は上師の恩恵に報いるものがないのである。

最後、彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの御身体が安康で、法輪を常に転じて、常にこの世に住するようご祈願する。直貢噶舉派が永遠に広く伝わることをご祈願する。

そして、もう一人の女子の弟子は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女と彼女の家族をどのように助けた経過を分かち合って、同時に彼女は自分の様々な悪行をも発露懺悔した。

彼女は2009年にリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。2008年に初めてリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見した時、彼女の母はすでに法会に参加しているから、彼女に法会に参加することを求めに来るように励ました。彼女は最初とてもいらいらして、あまり来たくなかった。しかし、彼女の母は彼女に気づかせて、このような法会が老年が間が抜けている祖母と歴代の祖先を本当に助けることができると言った。彼女が自分が親不孝であることを懺悔した。小さい時から、彼女は祖父と祖母、母方の祖父と祖母の世話と配慮を受けたが、孝行をしていなくて、積極的に彼らを助けると思っていなかった。彼女の母、祖母と彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの面の前にひざまずいた時に、彼女は突然にとても感動して、しかもとても涙を落としたいと思った。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に「何かご用ですか」と聞いた。彼女たちは法会に参加することを求めたいと答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、「それでは必ず菜食料理を食べなければならない。」と開示した。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた特に彼女を見た。彼女の母はもともと多少奇怪だと感じて、彼らの家が菜食料理を食べているから。しかし彼女の母はそれから、彼女が他の人と外に行く時に、こっそり肉を食べるだけではなくて、更に自分が肉入りの食物を買って食べたことを発見した。実はリンチェンドルジェ・リンポチェはとっくに知っている。

彼女はよくこっそり肉を食べて、殺生したのが無数であり、たくさん多くの鶏、魚、牛、豚、海老を食べて、その上またこっそり酒を飲んだことを懺悔した。その他に、リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見した時、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女がとても前髪を長く残すことを見ると、「目がとてもきれいで、遮らないでください。」と開示した。実は小さい時から、彼女は母と祖母に髪の毛が目を遮らないでと言われたが、しかし彼女がどうしても言うことを聞かないで、親孝行ではなくて、どうしてもリンチェンドルジェ・リンポチェの指摘を待たなければ、改正し始めない。

彼女も自分がずっと私利私欲と横暴であることを懺悔した。ある日、施身法法会に行くMRTの電車の上で、彼女は側の旅客が鞄を抱いていることを顧みないで、すぐ座ってしまい、その上他の人と押し合った後、また他の人に気づかせられた。当日の法会の時、彼女は依然として利己的に足が動いたが、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは一目で見えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは力を入れて彼女を加持して、「足はもう動かないでください。そなたはどうしてそんなに利己的であるのか。側の人はすべて顧みない。そなたがメンツさえ要らないか。」と言った。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの頂門の1針に感謝して、彼女を自分のずっと重ねた誤りが見せたから。

彼女はこう懺悔した。自分が小さい時から利己的で、他人の言うことを聞かないで、他の人を顧みないで、他の人に損をさせて、親孝行ではなくて、いらいらして、よく口答えをしている。皈依した後に、教えに従って遂行していないで、《仏子行三十七頌》の教法にも従っていないで、加護を求める心構えで法会に参加する。上師に対してたいへん恭敬しない心が起きて、そして嘗て供養にけちけちしたことがある。法会のボランティアを担当するのは真面目にしなくて、あれこれと選り好みをして、まだ場外案内の仕事をやり終えていないで道場に帰りたくて、そして信者が切符を取れないことを齎した。彼女は更にいつも両親に文句を言って、払うことをしたくないが求めることが多く、両親の苦労を思い遣らなかったなどことに懺悔した。彼女は小さい時からよく人を苛めて、他の人に嫉妬する、よくものを盗んで、その上いつも嘘をついて悪い言葉を出ったことに懺悔する。

皈依して間もなくて、彼女は外国へ行って読書して、彼女は国外でいつも真面目に仏を学ぶことを忘れてしまい、よく自分の心を放縦して、欲求がとても重くて、いつも方法を考えつくして自分が欲しいものを得る。そして、いくつかの不良書籍を見た。自分のよくない行為をも改正していなかった。上師をほめたたえていなかった。以上のすべては、全部懺悔する。

彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェにがいつもいとま請いをせず苦労して衆生を度して、更に慈悲に彼女の全家族を助けたことに感謝する。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の母方の祖父、祖母を加持しただけではなくて、施身法法会で彼女の祖父、祖母を済度して、また彼女に栄養バランスのことを気づかせて、更に彼女を加持して、彼女の焦って傲慢な心を静めさせて本を読んで及び仏を学ぶことができる。その上、リンチェンドルジェ・リンポチェも彼女の父に仕事の機会と殊勝な仏法の開示を与えた。彼女は父親に、リンチェンドルジェ・リンポチェが衆生を度した事績をあまり分かち合わないだけではなくて、そして父親に叱られることを恐れるため、父親に自分が出国して法会に参加したことをはっきり言う勇気がなくて、父親によく了解させないで、父親にリンチェンドルジェ・リンポチェの法会を主催する殊勝さが分かる事ができないことに懺悔した。しかし彼女の父親は嘗て、リンチェンドルジェ・リンポチェが分別の心がなくて、慈悲に衆生を利益したことを目撃したことがあるから、その故に彼女の母と彼女が法会に参加することに賛成した。彼女は自分が嘗て宝吉祥会社でリンチェンドルジェ・リンポチェに出会ったのに、挨拶しなかったので、本当にとても無礼で恭敬しないことに懺悔する。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝して、彼女に自分の年長者を尊重しない心が見せたから。上師は彼女の母親の前で彼女に国外で愛慕される者がいるかと聞いたが、言うことを聞かない彼女におとなしく国外にだれかが自分を愛慕している事を自白させた、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に、ちょっと待って決定しないで、と開示した。

同時に、彼女もリンチェンドルジェ・リンポチェが高校が卒業する前に、彼女が終業式にリンチェンドルジェ・リンポチェの一段の指示を読み上げた機会を与えたことに感謝した。この終業式のイベントは異なる宗教の学生の代表が舞台に上がって1段の祈祷文を唱えるのである。彼女は仏教徒を代表して舞台に上がって祈祷文を唱えるから、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに手紙を書いて開示を求めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは返事する時に、リンチェンドルジェ・リンポチェがインドで1篇の講演の原稿を付け加えた。そして手紙の中で、「これは我が数年前にインドのある大学で講演の原稿である。仏法はあまりに浩瀚広大なので、短い時間の中で学生さんに適するのを探し出すことが難しい。あなたは我が講演の原稿を読み上げることができて、そしてこれはあなたの上師リンチェンドルジェ・リンポチェがC. L. Schoolのすべての師長と学生などへの加持と激励だと説明しなさい、と開示した。当日にたくさんの師長はリンチェンドルジェ・リンポチェの講演の原稿を耳にして、とても感動した。しかし、彼女はどのぐらい長さの祈祷文を唱えることができることを事前によく確認しないで、その結果はただ原稿の中の1段だけを読み上げることしかできなくて、参列者に上師の全部の講演の内容を聞く機会を無くさせた。

最後、彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝する。もしリンチェンドルジェ・リンポチェがいなければ、彼女は今まで依然として自分の過ちが全然見えない大悪人である。彼女は間違ったことを知っている。徹底的に懺悔して、教えに従って素直に遂行して、よく仏を学んで、生死輪廻に解脱しなければならない。同時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの御身体が安康で、法輪を常に転じて、常にこの世に住して、仏法の事業が盛んになるようご祈願する。

共修法会が始まって、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上がって、そして法会に参列する大衆に貴重な仏法の開示を与えた。

前数回の法会に、リンチェンドルジェ・リンポチェはガムポパ大師の開示した弟子が上師に依止する10個条件の7個を開示した。今日は、その他の条件を引き続き開示する前に、そなた達が以前に仰ったのに対してあまり印象がないことを恐れるから、先ずは皆のために以前の開示した内容を復習してあげよう。ガムポパ大師の教えによって、弟子が上師に依止する第一個の条件は、「疲れと飽きることが少しもない信仰を以て、善知識に依止すべき」である。ここで言われる信条とは、他の宗教が言ったようなものと違って、そなたがただ信じれば、そなたは鬼神に求めたら、何でも貰えて或いは上師を神と同様に崇拝するのは迷信である。ここでいわゆる信仰は浄土宗の諭されう「信乃是一切功德之母。(信はすべての功徳の始まり」」であり、つまり、仏を学ぶ方面に自分の考えがなくて、完全に上師の教えに従って、上師がどのように教えて自分がどのように遂行しなければならくて、自分が少し増えたり減ったりすることができなくて、まったく上師の言ったとおりに、遂行しなければならない。信仰の仰は敬慕であり、そなたは上師に対して敬慕する時に、そなたはまた自分の考えがあるのか。本当に仏法の教えを確かにやり遂げることができることを信じて、はじめて仏法はそなたに役に立つことができる。もし仏法と上師に対して信心が起きないならば、功徳が起きることが出来ない。

一部の人は自分が家で読経して修め得ることができると思っていて、以前にある信者はリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見した時、自分が家で修行していて、また観世音菩薩が彼を世話すると言った。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは、このように修行する方式が役に立つことがあり得ない、と開示した。ある人は自分が仏菩薩を見ると思っていて、甚だしきに至っては菩薩が彼と話をすることを夢見ると言って、他の人に自分が修行して成就があると言った。仏は固定的な様子と音がないので、法界の中では言語を使って疎通するのは人類だけである。天界の天人は話す必要がなくて、目つきで疎通することができて、リンチェンドルジェ・リンポチェはこのような経験があって、確かにこのようなことだと知っている。

釈迦牟尼仏は《金剛経》で、「若以色相求我,以音聲求我,是人行邪道,不能見如來。(もし色を以て我を見、音声を以て我を求むるときは、この人は邪道を行ずるもの、如来を見ること能わざるなり。)」、とはっきりと開示された。仏陀はどうして皆に色相で求めないでくださいように勧めるのか。その原因の1つはそなた達が本当に仏が見えることが出来ないから。しかし最も主な原因はあなた達を保護するために、そなた達が会う幽霊であり、幽霊にだまされる事を恐れるのである。この空間の中で、多くの幽霊が行き来して、鬼が鬼通があり、そなたが何が要るかを知っていて、もしそなたは万一ある腕白な幽霊に出会って悪戯をしたい場合であれば、あなたが感応を求めたくて、仏菩薩を見たり聞いたりしたいと思って、そなたに何かを見えたり聞いたりするようにさせて、あなたに自分が神通があって、感応があってと思わせる。そなたが《普門品》を唱えたいことを知っていて、彼はあなたに《普門品》を唱えることを教える。そなたが天語を聞きたいことを知っていて、もし彼はあなたにいくつか聞いて分からない話を言って、あなたに天語だと思わせてk、これは今多くの人が精神に問題が出る原因である。

釈迦牟尼仏は3,000年前に既に開示したことがあって、仏でも菩薩でもすべては法、報、化など三身があると言った。化身とは仏を代表するのであり、お経、仏像、法器、上はすべて仏の化身である。仏の報身は、必ず既に菩薩の果位まで修め得た行者がやっと見られるので、あなた達は報身仏を見る資格がないのである。法身の境界まで修め得ることが出来ないと、法身の仏陀にも会って、事の真相をすっかり悟ることが有り得ない。

今台湾では菩薩戒を受戒することはとても流行っていて、多くの人はすべて菩薩に自任して、手の上にいくつかの傷痕にやけどをして自分が菩薩だと思って、市中の人は年齢の大きい信者を「老菩薩」と称し、これらの言い方はすべて間違って、多くの人を害した。《宝積経》は、菩薩の果位まで修め得る者がどのような言語、行為と顔立ちを持つのか、すべてはっきりと諭されて、どのようにすれば一人の菩薩だと言えることをと説明して、別に自分が菩薩だと言って菩薩である。ある人はこのような呼び方が理論の上の菩薩だと言えると弁解するかもしれなくて、しかし菩薩の果位は理論の菩薩と実際の菩薩に分けていなくて、修め得たらあって、修め得ていないならばないのである。

故に釈迦牟尼仏は《阿弥陀経》に説かれたが、此れは信じにくい法である。何故信じにくい法と言われただろうか。それは仏はこの五濁悪世の中にそなた達に仏法を信じさせるのは本当に極めて難しい。見濁は五濁の一つであり、末法時代の衆生は間違い見解があると示した。仏法は何故信じにくいだろうか。それは人生経験法と全く違う。多くの人は独り善がりの方法で仏法を習って、自分の方法しか信じない。そなた達は全て自分の考え方で仏法を学ぶから、自然に因果を信じない。そなた達は上師が説かれた仏法を信じるべき、自分がいい加減にしないで。そなた達は頭で事を考えさせないではなく、逆に抵抗しないで。若しそうであれば、尚更に多くの法会に参加しても仏法の開示を多く聞いても、そなたは相変わらず受けなくて役に立たない。そなた達はまだ法身を証していない前に仏及び上師が説かれた仏法を聞くべき。しかし、此れは自分の意識がとても強いそなた達にとって、難しく行えない。

だから、家で自分が唱えて、自分が拝めれば観音菩薩に会えると思わないで。それは仏菩薩がそなた達が思ったように固定の姿或いは特定な声があるわけではない。例えば、中国唐朝、北魏前の仏像は西洋人に似て、高い鼻と深い目があって、顔の輪郭はかなり深い。唐朝以後の仏像は中土の容貌に似た。そうすればどちが仏の本当の容貌だろうか。実は全て人が考えたから、仏は仏の色相及び音声を求めないと説かれたのは皆に間違い道を歩かないと望んだ。自分が見るやある音を聞くや呪文をよく唱えれば修行、成就が有ると思わない。

ある者は傲慢に自分が善根があるから、仏を学びに来たと思った。傲慢の人は慈悲心を修められなくて、更に仏を学ぶのは難しい。実は逆に悪を作った人は仏を学んだ。仏を学んだから、自分が間違いに行ったのを分かった。そう言えば、仏法は悪を作る人に学ぶはず。そなた達は問題がないなら、此処に来てリンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏を学ぶわけではない。そなた達は全て悪を作る人だが、上師は仏法を透して悪を作った人を修正して善人に成させる。そなたは若し純粋の善の人であれば、既に浄土にいる。《阿弥陀経》に開示されたとおり、浄土へ往生する者は必ず善根、福徳、因縁を具える善男子、善女人である。そなた達は全て過去世に仏法を接触して仏を学んだ事が有るから、此の世に機会があって法会に参加できた。前世は若し十善を行なわないと、此の世に人に成った事が出来ない。しかし、まだ貪、瞋、痴、慢、疑があるから、相変わらず輪廻の中にいる。更に阿弥陀の仏光は十方法界一切六道衆生を広めて照らしたから、そなた達は累世六道輪廻していて、必ず嘗て仏法の助けを受けた事がある。一切有情衆生は皆仏性を具えるが、畜生道も含めて全て未来成仏の条件を具える。だから、自分が善根を持つから傲慢を感じないで。自分が他人と違うと思わない。それは衆生が全て平等である。

善根を具えるとは何だろう。いくつの方面から見える。此の世に仏を学ぶ間に明師に逢えるかどうか。若しそなたは徳を具える上師に逢えば、そなたは上師に完全に信じるかどうか。上師の教導に対して、全て聞きこめるかどうか。仏法に完全に受けるかどうか。尚更にそなたは通常の言語、行為、思想などを含めてこの条件で検視して、そなたは善根を具えるかどうかを見える。善根を具える人はこの世にもし危難があれば、観音菩薩はそなたを救う。それはこの人は極めて得難くて、未来仏である。そなたは善根を具えるかどうか事は自分が勝手に言えるわけではなく、上師、善知識、大修行者がそなたの一切行為から見る。

観音菩薩は人を救える。しかし、必ずある条件を満たさなければならない。つまり善人であり、自分の欲望を満足ために追求する人ではない。もしそなたは自分の欲望を連れて仏を学ぶなら、仏は救わない。仏は分別心があってそなたを救うわけではない。そなたは条件を具えなくて、相変わらず貪、瞋、痴、慢、疑を満たしている。そなたを救えば、逆にそなたに尚更に大きい力で悪を作らせる。却って他の衆生に尚更に多いの傷害を起す。《普門品》に観音菩薩が声を聞き、危難を救う例を沢山に記載された。若しある者は海に宝を探して遭難すれば、観音菩薩を求めると、観音菩薩は救いに来る。しかし、この人は全て善人であり、宝を探すのは自分の利益のためではなく、供養のためだ。善人とは十善法を修める人である。そなたは十善法を行えば、菩薩と護法は必ずそなたを守り、求める必要がない。此れは媽祖を拝むと違う。漁師は海に出て魚を狩り、魚を殺すが、悪を作るのに媽祖に加護を求める。リンチェンドルジェ・リンポチェは此の世に観音菩薩に嘗て一回を救われた。祖師 ジッテン・サムゴンはリンチェンドルジェ・リンポチェを二回救った。仏菩薩は何故リンチェンドルジェ・リンポチェを救っただろうか。それはリンチェンドルジェ・リンポチェは善根を具えて、将来多くの衆生を利益できるから。リンチェンドルジェ・リンポチェはラプチ雪山に閉関修行する時、元々死ぬはずだが、将来に尚更に多くの衆生を利益できるから、護法はリンチェンドルジェ・リンポチェを生きさせた。そうしないと、2007年7月にリンチェンドルジェ・リンポチェは亡くなった。

現在皆まだ仏菩薩に救われた条件を具えないから、必ず上師を信じて、上師の話を聞いて行わなければならない。此の世に十善法を修めれば、済度を得る因縁を得られる。悪を作った後に懺悔すれば、いい日々を過ごせると思わない。若しそうであれば、皆は先に強盗になって懺悔すればいい。民間の信仰じゃ皆に過ちを行った後懺悔して謝ると役に立つと思う。リンチェンドルジェ・リンポチェは再び強調して懺悔とは唯そなたに新たに人になる機会を与えるだけ、自分が行った悪業、悪果を一切受けて、今後再び犯さない。懺悔すれば無事ではないが、重要なのはそなたは懺悔した後しっかりに修行しなければならない。因果を深く信じて、そなた達は現在受けたのは過去に行った。懺悔した後果報が変わるのを望めれば、因果法則を違反する。若しそなた達は懺悔すればそなたに過去悪行の果報を発生しないなら、そなたは懺悔の果報も無くなる。

何故真に懺悔して仏を学ぶ人は物事はよく順調で、多くの困難を乗り越えるだろうか。問題はよく変えるだろうか。此処に言われたのは仏を学んだ後、悪い事は全て発生しないとは言えないが、仏菩薩はそなた達を助けて少し止めさせて、そなた達の冤親債主に伝えて暫く妨げなくて、彼に機会を与えて仏を学ぶ。祖師 ジッテン・サムゴンも嘗て開示されたが、多くの人は仏菩薩の助けを得た後、病が治ったのに仏を学ばなくて、自分の身、口、意を放任すれば、この病は再発する。寶吉祥仏法センターに於いて、このような事は既に何回も発生した。寶吉祥仏法センターはとても特別なので、此処に皆に仏法が現れた例を多く見せて、皆にどんな事を行った後どんな因果が有るとも見せた。

懺悔とは自分が行った悪業を受けて、引き受ける。自分にいい日々を過ごさせるだけではなく、そなたに改めてやり直す機会を与える。昔ミラレパ尊者は母の話を聞いて、沢山な人を殺した後、ミラレパ尊者は上師マルパ尊者の指示を受けて、一生に洞穴で修行している。地獄に堕ちないだけではなく、今世に全ての債を返済して仏果を修めた。ミラレパ尊者は必ず懺悔したが、重要なのは懺悔した後行った事だ。ミラレパ尊者は修行して成就を得た後、たとえ国王は何回も自らミラレパ尊者に洞穴を出て仏法を広める事を要請しても、ミラレパ尊者は完全に上師マルパ尊者の指示に従って、相変わらず一生に洞穴で修行している。上師が亡くなった後でも同じだ。それはミラレパ尊者が分かったが、自分は此の世の機会しかいない。来世がなくて、必ず此の世に返済しなければならない。だから、必死に懺悔して、必死に修行していた。何故そなた達は行えないだろうか。それは自分はまだ機会があると思うから。

世間の言い方とは、懺悔はそなたが他人の金を借りるように、そなたは懺悔するから、そなたに利子を少し返さなくてもいいかもしれない。しかし、相変わらず返済しなければならない。過ちを承認すれば、金を返さないではない。そなたは懺悔したから、仏菩薩はそなたを助けて、暫く債主を妨げて、彼達にそなたに時間を与える。だから尚更に頑張って金を儲けて返済するわけではない。仏法で言えば、必死に修行して、福報を累積してそなたの冤親債主に返す。

そなた達は徳を具える上師の話を聞き、憧れる心で上師が説かれた全てを深く信じて、ちっとも疑わない。上師を利用して仏を学ぶ気持ちを持たない。若し信仰は疲れて嫌がる状況を起すと、上師に依止できない。現在多くの人は少しの仏法を学んだ後、自分が分かると思って、始めて他人に仏法を説く。長く皈依しているから、自分が上師の好みを分かると思って、始めて命令して上師の鼻を引きように上師に馬鹿としてみて、批判の言葉でも言った。多くの人は仏を学ぶのは全て加護を求めて、仏菩薩と上師は必ず自分が思った通りに行う。このような心で学ぶのは全て間違い。間違うと、修復すればとても難しい。だから皆は再び仏菩薩を利用しない。

第二、「貪らず吝嗇がない財供を以て、善智識に依止すべき。」

第三、「汚染がない増上心を以て、善智識に依止すべき。」増上心の意味はいつも頑張って行なって、善心を増やして自分が仏を学ぶ信心を増やして欲しくて、仏法を学ぶ方面に尚更に進歩だ。汚染がないとは自分の考えを持たず、清浄心で求めずに上師に従って仏法を学ぶ。例えば、リンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝なる直貢チェツァン法王に皈依して、清浄で汚染がない心で皈依する。自分がいつかリンポチェになる事は一切考えなくて、唯完全に直貢チェツァン法王の教導に従って行った。本当に考えないが、自然に行った。そなた達のように仏菩薩を利用して、仏菩薩に自分の考えのように行うなら、しっかりに仏を学ぶと同じではない。そなた達は仏法を取引としてみる。

ある弟子は教えに従わず、自分が自分の話に従わない相手に会えないと思う。結局運が悪くて出会った。例えば、リンチェンドルジェ・リンポチェは信者と弟子を接見するとき、ある弟子は自分が過ちを犯したのに自分が分からないと解釈して、わざと相手を連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁して、リンチェンドルジェ・リンポチェを利用して彼を叱るのを望んで、相手に変える。このような心は清浄ではなくて、唯仏菩薩を利用して、それはちっとも汚染がない増上心で善智識に依止するのではない。

ある者はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁する時、汚染の心で拝謁した。嘗てある信者はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁する時、自分が仏を学びたいのは衆生を利益するため。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、実は仏菩薩が発願するのは修めて、行ったからはじめて発願する。現在の人は自分の問題さえ解決できなくて、悪い習慣さえ修正しなくて、自分が如何なる生死を解脱できるかどうか把握できないのに、ほらを吹き衆生を利益するのを言って、此れは傲慢の心だ。このような話を言う人は全て我慢貢高だ。

多くの人は自分が衆生を利益すると言えば、大願を発して仏を学ぶと思った。世間に於いてもこのような言い方がある。しかし、発願とは実は有る徳を具える上師がそなた達を率いて次第に行えば、始めて発願を行える。簡単に考えれば行えるわけではない。上師の教導に従って次第に修行した後、自然に発願できる。発願すればいいではない。世間に於いて我々を教えて発願するが、重要なのはそなたは決心して輪廻生死を離れるかどうか。若し自分が輪廻を離れるのを確定して、再び発願して戻れば、衆生を利益できる。

多くの境界はそなた達が行えない。少なくとも此の世に行えない。だから何故そなた達は必ず発願して浄土を往生させて、毎回法会の最後にそなた達に「求生極楽浄土祈請文」を唱えるだろうか。それはそなた達が必ず確定に行えること、更に此の世に行える。そなた達は完全に上師の教えに従って行えれば。

ある者は自分の病が治れるため、リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁する時、自分が年寄る母があって、妻もまだ若くて、子供がまだ幼いが、自分の責任がまだ終わらないと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェに圧力を与えて、リンチェンドルジェ・リンポチェに必ず彼を助けなければならない。仏菩薩に完全に恭敬心を持たない。実は彼達は何の責任が終わらないだろうか。国家元首ではない。此れは様々な方式で上師を威喝して自分の考えに達成する。この例は全て汚染の心で上師を祈る。

第四、「ちっとも覆われない智慧を以て、善智識に依止すべき。」智慧は全ての人が生まれたから持つものだ。唯そなた達の本性は貪、瞋、痴、慢、疑など五毒に覆われたから、智慧は現れない。仏を学ぶ人は必ず五毒を減らして、更に此れを起さない。そなた達は今此れを完全に消滅できないが、少なくとも仏を学ぶ心でこの五毒を放置して、自分の欲望を達成する目的を抱いて仏を学ばない。多くの人はリンチェンドルジェ・リンポチェを求めて、彼達に智慧を与える。しかし、実は一切衆生は元々智慧を具えるが、仏法を学ぶと戒を守るのを透して、智慧が開く。仏を学ぶ、修行が得たのは後得智だ。後得智があった後、元々具える智慧を開けて、根本智に現れる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗てある者が「聞思修」を思惟の過程、「戒定慧」を行動のを解釈して、この内容を段落を分けて解釈する事を聞いた。実はそうではないが、「聞」は考えるだけではない。実は一つの動作だ。そなた達は戒を守ると、始めて定の中に仏法を聞ける。此れも何故尊勝なる直貢チェツァン法王は法会の中にチベット語で仏法を開示する時、リンチェンドルジェ・リンポチェはチベット語を分からないけど、相変わらず定の中に仏法を聞いた。それは戒を円満に守ったから、たとえチベット語で開示されても、自然に行える。こうすれば本当に「聞」を行えた。

戒を守る事はとても重要である。仏を学ぶ人は必ず戒を守らなければならない。戒を守らなくて、全てめちゃくちゃな考えがあれば、心は静まれない。そなたは戒を守って清浄な心で仏法を聞いて更に定を得て、自分の行為が仏法の教導と違う所を思惟すれば、修正できる。「戒」と「聞」は全て具えれば、定静の中に安住できて、「思」と「修」して、更に智慧を開く。だから、聞思修と戒定慧は必ずお互いに繋がって行えれば役に立つ。

「聞思修」と「戒定慧」は必ず一緒に修めなければならない。必ず両者と一緒に進めなければならない。そうすれば、そなたの智慧は始めて上師の智慧と相応できる。相応とは何を見るや何を聞くではなく、上師が教える仏法を確実に自分の生活の中に活かして、上師と仏菩薩の願力と相応すれば、上師と諸仏菩薩の功徳大海に入られる。若し修行は智慧を開かなくて上師と相応できないなら、そなたは必ず自我の意識で自分の身口意の問題を感じられない。この内容は一般人は難しくてはっきりに開示できないが、リンチェンドルジェ・リンポチェは金を捨てて、命を捨てる修行しているから、始めて成就を得られて、そなた達にこの開示を与える。

上師はどうして重要であるか。上師は経験がある修行者なので、そなた達が仏を学んでいる過程で困難に遭遇することをよく知っている。リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子を教える方法と同じように殆ど違って、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達が最も必要とする時にそなた達に教導してあげて、もしそなたは必要がないならば、口を開かない。そなたが問題にあうことを見ると直ちに行動する、これもどうして上師に依止することがとても重要である。しかし上師に依止する前、上師がそなたに依止される資格を備えているかどうかをはっきり見なさい。

嘗てある一回リンチェンドルジェ・リンポチェはある雑誌に取材された時、おっしゃったが、リンポチェの果位もAランク、Bランク、Cランクがある。そなた達の能力で自分が出会った上師はどんな果位を分からない。若しDランクの上師に会えば、仕方がない。更にそなた達も誰がAランクのリンポチェを分別できない。現在多くの人は突然に現れて自分が既にリンポチェの果位を証したと言ったが、伝承をはっきりに言えない。ある者は仏を学ぶのを分かるが、勝手に自分の家に最も近い道場を探して、相手が修行の経歴と伝承をはっきりに分からないのに衝動に依止した。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏を学ぶかどうか構わないが、リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも自分の上師及び伝承を公開に説明した。

第五、所謂「ちっとも我慢ない恭敬を以て、善智識に依止すべき。」此処に開示されたのは上師にちっとも我慢がない恭敬を具える。リンチェンドルジェ・リンポチェは此処で皆に有る例を挙げた。直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに仏法を伝授する時、多くの法本があるから、ある時直貢チェツァン法王は法を伝授する時も法本を読む必要だ。ある時前日直貢チェツァン法王はこのように法を伝授したが、翌日少し修正するかもしれない。若しそなた達なら、心の中に上師が法を伝授するのは法本を読む必要があるが、余りに修めないではないかと思うかもしれない。そなた達は上師と論議して、上師が間違って昨日はそう言われたではない。いったい昨日言われたのは正しいか今日言われたのは正しいかそうすれば如何なる修めるか分からない。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェの心は一つの考えしかいない。上師はどんな事を行っても全て弟子を教えて、弟子のためだ。だから、何故上師の話は繰り返して変わるかを考えない。上師は修正すれば修正する。此れは直貢チェツァン法王がわざとリンチェンドルジェ・リンポチェに試練して、上師に本当に敬うかどうかかもしれない。

所謂「法無定法」とは仏法を学ぶ事は一定の修行方式と階段がないのではなく、次第によって修めるのである。しかし衆生はそれぞれ根器と因縁が違うので仏の教導法門も縁に従って生滅し、必ずどうしてはいけないとは言えない。リンチェンドルジェ・リンポチェのような果位を修めた上師は勝手にすると全部衆生を助ける方法だ。釈迦牟尼仏は花を持って微笑んで、大迦葉尊はすぐ悟ったようである。そなた達なら、きっと「釈尊は如何かしら?なぜ1本の花を持ったか?」と思った。上師は違う方法で弟子を助け、一切方法でそなた達が悟る事を手伝う。しかし悟った後仏になるとは限られない。悟るも多くの段階と階層に分けている。例え、そなた達に自分が何を執着するか例え家庭、事業などを分からせてから、執着を下ろして集中で仏を勉強する。仏を学ぶことの最終目的は生死より離脱するのを知らせても1つの悟ると言える。

小さい所より見れば、一部の者はちっとも我慢ない恭敬で上師に依止するのではない。この間、直貢チェツァン法王の誕生日、直貢チェツァン法王に供養する長寿仏心呪の法会に、リンチェンドルジェ・リンポチェは長寿仏の心呪を読んでいた時見た、ある弟子は離れる前まず壇城に御礼をしたが、ある弟子は起きてから慌てて立ち去って、これこそ恭敬心がない。これ等の者が法会に参加したのは皆が全部参加して自分が参加しなかったら世論の圧力があり、また参加しないと悪いと思った、或いは参加しないとリンチェンドルジェ・リンポチェに処罰されると思って始めて参加して、只誤魔化す。こんな考え方は大変良くない、恭敬のない心も彼らに将来に仏を学ぶ事には障害を生じさせた。

ある夫妻はリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し込む時、口を開けたら「私と私の同修…」と言った、こんな考え方は即ち傲慢だ。この話を耳にするとリンチェンドルジェ・リンポチェは賛成することが出来ない。所謂同修とは同じ道場で、同じの上師のご教導もとに、同じの法門を学ぶ者ははじめて同修と呼ばれる。仏経には夫婦は同修だと言ったことはない。現在発明家になることが好き者は多くて、仏法名詞を濫用する。どうして今こんな文人気取りの言い方が流行っているか知らない。

第六、所謂「少しもためらわない親孝行で善知識に依止すべき。」此処で説いたのは我等は善知識に依止する時、親に親孝行する児女のように、上師の全ての教導に対して、全部少しの迷いもなく深く信じる。

この点はそなた達が大変し難い、現在の人は全て親孝行しないから。親も自分の子供を可愛がって、子供は成長したが働かないで、またお金をやって彼らに友達と遊びに行かせて、彼らはまだ成長しないと良いわけを言い、息子は既に彼女が出来て、娘は彼氏が出来たのに、まだ成長しないか?多くの若い者は良く働かないで、或いは職場で悪い目にあったと辞めて家に帰って、親に養われて、親のお金を使って、自分が働かなくても大丈夫、どうせ親はお金を持つと思った。現在道場の中にこんな状況が多くて、そなた達の父母は即ち台湾未来の社会の米虫を作るわけ。米虫とは働かずにごろごろして、社会にとって何の役にも立たず、只米を食べる者である。だから、父母として子供が幼いより彼らに勤労、親孝行を訓練すべき。家族は全部冤親債主で、この一生に返して済めば終わりで、そなた達は子供を連れて法会に参加すればしまいと思わないで、倫理道徳をやはり教えるべきだ。実は子供が順従するかどうかそなた達の福報と関係があり、リンチェンドルジェ・リンポチェの子供は本来不順従で、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏法を修行して福報を蓄積してから、子供は自然と順従になった。

嘗てある信者はリンチェンドルジェ・リンポチェと面会を申し込んで、自分が仏を勉強したいため法会の参加することを求め、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を見て、彼女は既に40才になって、まだ働かないで、仏を学ぶのを自分の生活の模式として、働かなくても言いと思った。そしtリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に申された:「働かなければ、道場に来て仏を学ぶ事を許さない。」現在の仕事があんなに多くて、見つけないわけはない。後程彼女は本当に仕事を見つけて、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に仏を勉強しに来させた。仕事さえしなければ、仏を勉強するなんで言うことはない。今多くの社長は従業員を募集する事が出来ない。働きチャンスは非常に多いなのに、失業率はやはり大変高くて、それは多くの者は働かないのである。

そなた達は自分が既に成長して、世間を知り、両親は年を取って、家にいて何にも知らずを思って、生意気で父母を責める。或いは自分が既に大きくなって、親が支配できないので、不順従になって、こんなは不親孝行と言う。父母の話に従って、し間違う事はあるか?人様は親孝行であれば、父母を心配させないで、順従すべきだ。

両親に対してすこしも迷わずに親孝行する者は絶対に上師に順従することが出来ない。それはなぜ大法会に放送する映画は理事達が一週間前始めてリンチェンドルジェ・リンポチェにあげて、皆は全部自分の考えにより、自分の好きの内容を編集して、全然上師の方を考えなかった。最後に、やはりリンチェンドルジェ・リンポチェは自分で映画を処理して、2日間完成した。なぜリンチェンドルジェ・リンポチェは2日間で出来て、そなた達はかえって出来なかったか?それはリンチェンドルジェ・リンポチェはリンポチェだから出来るわけではなく、そなた達は父母を不親孝行であり、通常は父母の需要を注意せず、自然に上師に対して順従することが出来ない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは幼いより大変親孝行して、今も何時もはは親の需要を注意する。例え、リンチェンドルジェ・リンポチェの母親は現在台湾にいて、母親が何時も水を飲むことを見ると、すぐ年寄り者は口の中にの唾液の分泌が出来ないと思って、直ちに漢方薬診療所のお医者を呼んで母親を見てくれた。漢方医者は薬をつけて、母親に毎日2粒をくわえさせて、やはり母親の問題を解決した。そなた達なら、それを見ると彼らにぜいぜい「あんなに多くの水を飲まないで、水腫するから。」とぶつぶつ言って、解決方法をかえって考えない。そなた達は問題にとまって、解決方法を続けて考えない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは親孝行して、父母の行為と需求を注意して、自然と上師を親孝行して、上師を注意する。所謂上師を注意するのは、そなた達に上師のプライベート生活を関心させるのではなく、何にか上師の需求するものかを注意するのである。毎回リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王の側にいる時、直貢チェツァン法王の侍者が注意しないところさえリンチェンドルジェ・リンポチェは何時も上師の需要を気がついて、すぐ侍者に教える。多くの古代の大修行者、例えマルー・パ聖者、ミラレバ尊者及びガムポパ大師彼らは親孝行をするため修め得た。

リンチェンドルジェ・リンポチェは幼い勉強する時、先生の評語は何時も「性格が天邪鬼」である。この世界中にリンチェンドルジェ・リンポチェを変えることが出来るのは只直貢チェツァン法王である。直貢チェツァン法王は何か仰ったとリンチェンドルジェ・リンポチェは是非従う。例え、昔青海には多くの寺院は全部リンチェンドルジェ・リンポチェが護持し、毎年これ等寺院の護持金は全部八つの数字以上だった。

ある時、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに「これらの寺院はお金が足りてもう護持しなくでも良い」とリンチェンドルジェ・リンポチェにご指示された。直貢チェツァン法王はそう仰ったとリンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ護持する事を止めた。そなた達なら、寺院を護持するのは良い事と思って、こっそりとし続ける。或いは、上師がそうするのはこのお金を上師に供養させるかと思った。しかし上師はこう話しもしないのに。直貢チェツァン法王もこのお金を供養金に変わると言い付けなかった。直貢チェツァン法王はどう仰って、リンチェンドルジェ・リンポチェはどうして、上師の話を信じて、彼の話は必ず道理があり、きっと弟子のためにするから。リンチェンドルジェ・リンポチェは本当に親孝行が出来た。、

しかし今この社会に長幼尊卑の区別を注意する者は段々少なくなり、例え現在の新聞報道は年寄り者を老翁と言い、50才あまりも老翁と呼ばれ、年輩と言わない。それは今これ等の新聞を書く記者は全部20才あまりの若い者で、心より年輩に対して尊敬しないから。そう言っても今ある年寄りもいくらかあるのも年寄り風を吹かせて、後輩を愛護しないで、それでこの社会はますます乱れていく。

引き続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェはガムポパ大師が全て教えた第七の条件「少しもない騙すの正直で、善知識に依止すべき。」これは我等は善知識に依止する時、偽りと騙すことを取り除くべきで、言行は心からなるべきで、表裏とも上師に恭しくて承事すべき。

ある家庭は家にの年輩者が亡くなった為、家族皆リンチェンドルジェ・リンポチェに面会を求めた。その中にの娘婿は表と行いはとても恭敬と現れ、しかしリンチェンドルジェ・リンポチェは彼の心の中に全く信じないと分かった。リンチェンドルジェ・リンポチェは2人亡者の生前と往生した後のことを全部言い出して、これ等の事は彼ら家族でないと分からないのである。言い終わった後この娘婿に申された:「そなたはもともと恭敬心がなく、今聞いた後やっと本当の恭敬心が起きた。」相手は聞いた後頷いた。これはリンチェンドルジェ・リンポチェが彼の心を知って彼に恭敬を教え、例え彼の心を知らなかったら、彼を助ける事も出来ないとの現われだ。

過去にもある夫婦は病気にかかった子供を連れて、リンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し込んだ。表面の行いよりも大変恭敬で、泣いたりお辞儀したりして、「お医者さんさえも匙を投げ。」と言って、リンチェンドルジェ・リンポチェに彼らを法会に参加するように求め、彼らの子供を助けると願った。そなた達なら絶対に彼らの表より彼らの内心の本当な考えを知る事ができない。しかしリンチェンドルジェ・リンポチェはなんとなくどこかおかしいと感じて、入定して見るとはっきりと彼らの内心の考えを分かり、そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らに教えた。かれらは法会に参加するのは子供の病気を直るため願いに来るのではなく、只試みに来た。それは前にも多くの所へ行って、願って、只やってみるから。仏法も彼らのため病気をやり直ることが出来ない、彼らにお医者を見に行かせた。あの頃、リンチェンドルジェ・リンポチェは割合に大きい声で彼らに申されて、同時に他の者にも聞かせて、やはり彼らはあれからもう現れない。それは彼らは本当に恭敬ではない、そなた達ならきっと騙された。リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ1人法律の知る弟子に聞き、その後彼らの考えに満足が出来なかったら、彼らはどうするか?あの弟子は回答した:「リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らの子供の病気をやり直さなければ、彼らは多分謗佛或いは法会を批判する。」

この条目の重点はそなた達は恭しふりをするな。実は、そなた達は何の問題があり、心の中に何が考えている、リンチェンドルジェ・リンポチェの心のなかに十分分かって、只ある時分からない振りする。何時かそなた達に薬をやるか或いは先ずそなたを相手にしないか、リンチェンドルジェ・リンポチェの心の中に既に決まった。そなた達は自分が隠すことが出来ると思わないで。実は避けられない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは神通がなくても、後ろには大きいスポンサーーアキ・ドロルマ護法がいる。そなた達はし間違った時、上師と教派を傷付かなければ、護法はまだ措置しない。そなたの心は上師或いは直貢噶舉派に害をする時、アキ・ドロルマは行動を始める。護法は絶対にそなたを処罰しないが、そなたを自動的に離れさせ、そなたは自らで上師の加持を切って、上師との縁が無くなって、自然とびくびくしていられなくなったから。

以前、嘗てある新聞社の記者は上司に命令されて、何か報道する価値ある新聞を捜しに寶吉祥仏法センターに来た。この記者はまるで一年間を居た後、リンチェンドルジェ・リンポチェが本当に正信仏法を広めているのを発見した。また多くの者は好奇で彼女になぜ仏を勉強しに来たと聞いて、彼女は答えが出来なくて、ますますびくびくして、最後居られなくなって、自動的に道場を離れ、それに、上司に「この道場は本当に仏法を発揚して、何の問題も無い。」と報告した。そう言ったらおかしいがあの時期になぜ突然に多くの女弟子が彼女になぜ仏を学びに来たかと聞き、彼女にびくびくと感じさせて離れた。もう1人はリンチェンドルジェ・リンポチェの会社の社員だ。何時もある事を良く隠して、結局分けも無くある事を起して、皆に彼女の事を分からせ、自動的に辞めた。それはリンチェンドルジェ・リンポチェは如法で修行して、護法は一層守ってくれて、事柄を明らかになって、リンチェンドルジェ・リンポチェに害を受けさせない。

数日前に、ある弟子は彼が規制されたくないと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示はすでにこのような考えがあって、仏を学んでくることが要らないのである。最近、テレビには放生するイベントに言及した。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子に対して常に「放生したら」、つまり彼を放して、彼に自分の生活を暮らせるとユーモアに仰った。そなた達は皈依して仏を学ぶ以降、上師と仏菩薩がそなたに保護し、ある保護ネットでそなたを覆るように、そなたに仏を学ぶことを障碍させる善業と悪業にそなたに障碍することをしらばく停止し、あるいは、そなたに対する傷害を最も少なさを減らすのである。

一旦、そなたは破戒すると、諸仏菩薩と護法がそなたに処罰しないで、しかし、上師と仏菩薩がそなたに対する加持を止めた。一旦、この保護網が消えると、そなたはただそなたの本来の業力により暮らしている。保護網を抜いてから、ハエとカなどが来て邪魔しに来る。そなたは傷だらけの後で、リンチェンドルジェ・リンポチェに再び求めたいなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは同じようにそなたに助けて、が、間に合わないかもしれない。もしすでに間に合わないなら、身体がすでに使われないで、リンチェンドルジェ・リンポチェはただそなたに三悪道に堕ちずことを助けるだけである。

第八、所謂「少しも傲慢がない謙遜を以て、善知識に依止すべきだ」とは我々は善知識に依止する時に、心性が再び粗野に傲慢すべきでないで、人種と家柄を傲慢すべきでないで、むやみに誇示すべきでないで、自分の心は寂静で調順に特質があるべきだ。経論にも記載されている教勅も「金剛上師は教誨が賜れば、もし書いているなら、この時に、一つ動作でも、続けてしないべきである。

教誨を賜ることを言うと、上師が言う諭しに従って教法により実際な行うのである。いま、そなた達は多くの人々が上師が開示する時に、心の中にずっととても多くの考えを起こして、このようになったら、この点を遣り遂げなかった。上師が言うときに、たとえ重要なことをしても、動作を止めて上師が言うことを一心になる。今日、ある随侍する弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに罵られて、上師が言う内容を注意しなかったわけである。

多くの人々は「私が知らない」にて口実になることが好きだ。実は、そなた達は「私が知らない」を言う時に、リンチェンドルジェ・リンポチェに対してある粗野である。このように言う人は恭敬の心がない。考えてみて、そなたはあるところへ行ってある人に会う時に、もしそなたは本当にそのところと人を尊重するなら、そなたが分かるかどうかに関わらず、そなたの言う言葉をとても注意するだろう。とても慎重に観察してどのようにすべきだろう?しかし、そなたは「私が知らない」、「わたしが初めです」を言うなら、つまり粗野で傲慢なことで、誇りである。誰かが始めがないのでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェは顕教師父を初めて皈依し、直貢チェツァン法王に初めて謁見した時に、誰かが如何にすべきなことを教える人がいないで、ただ恭しくて自然的に一切もとても順調であった。

所謂人種と家柄で傲慢すべきでないとはこれはインドにかつてカースト制度があったので、チベットと中国が前に貴族の制度もあって、これらの制度がいままで同じように存在する。台湾にはいま政府役人あるいは立法委員などの異なる身分と背景を持つ人がいる。ある家庭が富む女の弟子はかつてある者をリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して連れて来た。しかし、彼女の友たちはリンチェンドルジェ・リンポチェに恭敬しないで、彼女の友たちがすべてお金持ちで、だから、比較的に誇らしいわけである。実は、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたがお金があるかどうかを見ないで、そなたがお金持ちなので話して、お金持ちではないので花しないのではない。が、特別にお金がない人を助けて、お金がある人を助けたないとはいえない。そなたのお金と学問と身分地位はすべてそなたの過去世で修めてもらえる福報で、が、福報が随時に増減し、使って尽して消滅させて、永遠なものではなくて、却って幻だ。その上、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたのお金を使わないで、そなたがお金があってもリンチェンドルジェ・リンポチェと何を関係があるのでしょうか。誇る理由がない。

この間、リンチェンドルジェ・リンポチェはある弟子の息子にもし菜食することができないならリンチェンドルジェ・リンポチェにふたたび謁見しないで、道場に入られないことをすでに説いた。昨日。この弟子は彼女の菜食せず息子を再び連れて道場に来てリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して、結局、彼女の息子が再度道場に離させた。もしこの女の弟子は次回彼女の菜食せず息子を再度連れたら、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女さえ一緒に離させる。上師に同意することをいつも要求しても、上師が同意しなければならないと思っていけない。彼女は上師を利用して彼女の息子に加持してくれたいで、自分が少しの身分地位があって、違う待遇があるべきだと思っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏の教導により仏法を広めて、彼女に影響されない。

そなたは如何なる考えと要求があって、上師が遣り遂げることを望むならば、寂淨ではない。「淨」は清浄な心である。ただそなたは如何なる少しの上師に恭敬しない考えがあったら、すぐに調順すべきで、また、上師の言行の方式に従って、自分の恭敬しない考えを調順し、このことがとても重要である。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの前にこれらの条件を見たことがないで、今日見ると自分がすでに遣り遂げたことを知っている。が、そなた達は遣り遂げていないて、だから、今日、そなた達に開示した。

最近、リンチェンドルジェ・リンポチェはある弟子の最高な長官がリンチェンドルジェ・リンポチェが主法する「阿弥陀仏無遮大超度法会」をすでに7年目に参加したことを知って始めた。このニュースを聞いて、リンチェンドルジェ・リンポチェはとても嬉しくて、リンチェンドルジェ・リンポチェが違法のことをしないを示した。もし、リンチェンドルジェ・リンポチェは如何なる違法のことをしたら、この長官が7回目を参加することをしない。彼はこの方面について非常にはっきりしてまたとても注意するわけである。また、地位と権力がこのような高い長官は静かに来て、大々的になっていないで、静かに坐っていて法会に参加して、これは彼が謙虚さをやり遂げたと示している。大法会は2万人余りに参加し、リンチェンドルジェ・リンポチェは誰でも認識しなかった。そなた達のようではなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達に認識しないことを恐れて、供養した後、リンチェンドルジェ・リンポチェが知ったことを望んでいる。そなたは供養をしたら、リンチェンドルジェ・リンポチェが知ってるとは限らないで、供養していないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェ逆に知ってるかもしれない。

多くの人々は上師の前に自分の能力を誇示するをしたくて、上師が自分を注意していないで自分がどのぐらい素晴らしさを知らないことを深くて恐れた。たとえそなたはちょっと多くの仏法名詞を知っても、ただそなたは他人に比べて仏法の方面の常識がちょっと多くなることを示すだけで、修行があることを代表できない。リンチェンドルジェ・リンポチェに対して、誰かが特に好きで、あるいが誰かが好きではないことがない。それぞれは衆生で、全ての弟子が同じである。たまには、リンチェンドルジェ・リンポチェはある者に多くて言っても、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼に特に好きだと代表していないで、却って、彼がその場で需要があるわけだ。もし彼はいま需要がないならば、リンチェンドルジェ・リンポチェが一言も説かないで、リンチェンドルジェ・リンポチェはよく話しをする人ではなくて、無用な話を言うこともしない。

もしリンチェンドルジェ・リンポチェは上記に開示されるこれらの条件を遣り遂げていないなら、「阿弥陀仏無遮大超度法会」を連続的に8年目を主催することが無理だ。たとえ主催することができても、法会がこのような円満になったことができない。たとえ法会が円満になることができても、法会の前後に、すべてのそなた達のそれらの済度されることを待った祖先がそなた達に彼らがとても歓喜であることを知らさせることができない。鬼は鬼通があって、誰かが彼らに真に助けてくれて、鬼道の衆生がはっきりだ。そなた達はうそになることができて、しかし、鬼に騙さない。そなた達はある考えを起きて済度法会に参加する時に、そなた達の祖先はすでに非常に嬉しくて、なぜならば、彼らはようやく能力があって彼らに助けてくれる修行人に会える。リンチェンドルジェ・リンポチェは「彼たちは嬉しいなので待つことができなくて、すでに65歳のリンチェンドルジェ・リンポチェが寝過ごすことを恐れて、だから、前の日にリンチェンドルジェ・リンポチェに思い出させてくれて、リンチェンドルジェ・リンポチェに全ての夜を寝させなかった」とユーモアを言った。

リンチェンドルジェ・リンポチェは大法会の前の日にすべて寝付いていないで、しかし、翌日の大法会に依然として元気一杯に4時間に連続して修法して開示した。昨日、7時間に信者を接見していて、今日、依然として元気一杯に仏法を続けて開示することができて、そなた達も先リンチェンドルジェ・リンポチェが力があって罵られたことを見た。漢方医者はリンチェンドルジェ・リンポチェは65歳だが、身体の状態が30歳あまりようにさえと言った。

なぜ今回大法会にリンチェンドルジェ・リンポチェを紹介する映画を放送するのでしょうか?理事はずっと会議をして真夜中まで、法律の問題があると言って、しかし、解決できなかった。なぜならば、彼らは心から上師と衆生のためのではなかった。道場には法律顧問がいて彼らに聞かせられて、なぜこれらの専門家に教えてもらっていないで、が、みずから常に真夜中まで会議をしたのでしょうか?つまり自分の能力を誇示したいだけである。その上、最後、作った内容はリンチェンドルジェ・リンポチェに血を吐かせて、なぜならば、その中に大法会の人数が一部のところで参加人数が1万人で書いて、一部のところに申し込む人数が2万人で書いて、また口実を探して、場所が2万人を入られないで、すべて書いたら法律を違反することを恐れるといった。

リンチェンドルジェ・リンポチェはその場である法律が分かる弟子が立ち上げてみなにこのように書いたら法律を犯すかどうかを説明させて、法律がわかる弟子が法律を犯していないと説明した。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は皆が勉強したことがあって、申し込みが参加と同じではないを知るべきで、申し込んでも参加してくるとは限らないで、意外にもまた事実に捻じ曲がったのである。皈依した時に、そなた達に上師の功徳を褒め称えることを教えて、彼らがこのようにして、上師の功徳を褒め称えていなくて、さらに上師の功徳を下げた。この法律が分かる弟子も間違いがあって、立ち上がっていて立場を堅持することをしないで、兄弟子に感情を害したくなくて、しかし、上師に感情を害することができて、なぜならば、リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲深くてよい苛め、彼に言い争うことをしないと思っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは確かに彼と言い争ってないで、しかし、彼は今日このように上師に対応し、未来も因果応報がある。

寶吉祥仏法センターの理事達はこの映画を1年で準備していて、結局、最後まで、内容が同じように多くの問題があった。なぜ映画の資料をリンチェンドルジェ・リンポチェに手渡した後に、二日に完成したのでしょうか?その上、10分以内の時間にて、直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェの間の伝承関係、また、リンチェンドルジェ・リンポチェの修行過程をとても系統的はっきり紹介したのでしょうか?なぜならば、リンチェンドルジェ・リンポチェの心はとても細くて、映画を作るのが完全に衆生のためだ。そなた達のようではなくて、「上師が仰ったことがないで、してはいけなくて、あるいは罵られる」と常にいった。リンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝なる直貢チェツァン法王に多くのことがすべて主動的に上師によく考えて、主動的にしていって、遣り遂げると、直貢チェツァン法王が知って始めた。しかし、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに罵ったことがないで、リンチェンドルジェ・リンポチェがいつも上師の需要を注意し、上師の立場で考えて、如何に上師に対する恭敬と教派に対する用意を遣り遂げるわけである。そなた達はなぜぞっと間違っているか?日本語の通訳も間違って、英語の通訳も間違って、つまり、そなた達は従来に上師の立場で考えないで、ただずっと自分の考えにてするわけである。

いわゆる「教法に従ってしっかり実践する」とは、ここの「教法」は多くの人々が仏教と釈明し、実は決してこのようにではない、却って、上師が曰くすべての教導のである。「教法に従ってしっかり実践する」とは上師が教導することによりしていって、上師がどのように言っても、ただ遣り遂げるのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは法席で言うことがそなた達が仏法の開示として、聞いて遣り遂げていく。リンチェンドルジェ・リンポチェは法席を下りて言う話がそなた達が仏法をとしていないで、これは教法に従ってしっかり実践することではない。実は、リンチェンドルジェ・リンポチェは随時に言うことがすべて仏法である。

今度、「阿弥陀仏無遮大超度法会」を行った前に、ある夫妻の弟子は寶吉祥仏教文化交流協会の理事長に、自分がこのようなイベントを専らにして、価格の方面がメーカーととてもよい特恵をもらわれて、理事長がイベントを彼らに手渡してさせるべきだと思っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は二人の弟子が自分が専門家だと思っていて、しかし、全ての法会がリンチェンドルジェ・リンポチェの構想を思いつかないで、すべてのメーカーがリンチェンドルジェ・リンポチェの同意の下に協力してこられた。二人の弟子は商売をして道場に行って、これにより、彼らが上師に対して恭敬心がなかったを見える。リンチェンドルジェ・リンポチェが気にするのはお金のではなくて、さらに、これらのメーカーが本当に一心に2万に人に仕えるかどうかのである。ましてこれは道場のお金で、リンチェンドルジェ・リンポチェのお金のではなかった。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェはお金の用途をさらに慎重にする。

2002年、桃園で万人大法会を主催してから、この数年間に、これらの協力するメーカーはリンチェンドルジェ・リンポチェが要求することをだんだん知っていた。上師が弟子の話を聞かないのではなくて、しかし、直貢チェツァン法王が指示する時には、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず一心に諭しを全部聞いて、それから、自分の分析と考えを報告し、上師が採納するかどうかが上師が決めるのである。しかし、そなた達は常に傲慢な態度を持って、相手が必ずそなたの意見を受けなければならなくて、そなたの考えによりして行って、そなた達が言うなら上師に受けさせなければならないと思っていて、全然恭敬しなかった。直貢チェツァン法王の福報が足りて、リンチェンドルジェ・リンポチェの一人の弟子が十分だ。リンチェンドルジェ・リンポチェの業障が重いので、千人余りの弟子がいて、しかし、問題が多くて、これにより、リンチェンドルジェ・リンポチェがはじめて放生しなければならない。

多くの場合に、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王にチャットの方法で外の社会の状況を報告し、修行人が普通な人と違って、たとえ本来の専業領域ではないでも、しかし、ただ少し聞いてあるいは学んでから分かって、少し話すと分かる。数年前に、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に同行して台湾の北部のある信者の家に行って、その夜、直貢チェツァン法王は将棋を見て、リンチェンドルジェ・リンポチェにそれはなにかを尋ねて、リンチェンドルジェ・リンポチェは将棋と回答し、直貢チェツァン法王に遊び方に報告した後、師弟の二人が一緒に将棋をした。最初の第一局に、リンチェンドルジェ・リンポチェは勝って、第二局に、リンチェンドルジェ・リンポチェが上師に尊重したので、すこし緩くて、直貢チェツァン法王がすぐに勝った。

直貢チェツァン法王は初めて将棋をして、しかし、聞くとすぐに分かって、これは修行者の智慧が啓いて、たとえ学んだことがないでも、すこし言うさえすれば、すぐに分かる。上師は弟子につまらなくならせなて、弟子と一緒に将棋をさせて、弟子とするのがすこし優先させるべきだ。そなた達が将棋したら、ただ勝つことがほしくて、ずっと、勝って行った。上師に対することを言わないで、ある目上に対して、ただ勝たせることができるのでしょうか?

南港の大法会のように、場所がとても大きいので、音響の手配がとても困難だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは音響が分からないで、普段に大金にかかって音響を買って家に置いたこともないで、しかし、このような大きな場所がこだまが必ず厳しいことを知っていて、ただ一言でこの問題を解決した。その時に、音響の手配を担当する弟子は参列者に報告し、この場所が大きすぎで、本来音響をすることに適しないで、メーカーもこだまの問題も解決することができないで、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェが報告を聞いてから、ただ彼らに45度でスピーカーを上げしてみることを気づかせただけで、この問題を解決し、こだまの問題を場所の縁及び後ろだけで、制御して、本当にすごすぎて、専業なメーカーさえ説得されて、費用を下げたこともした。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示はこれは修行者が自分のためではなくて、衆生を利益するためにこの大法会を行って、護法がおのずから助けて、たとて分からないでも、本性から現る智慧にて問題を解決することができる。

ある者は自分が世の中の学問を持つと思って、ある方面で修行者に比べてもっと分かって、そして、修行者に対して恭敬しなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは市中に一部の信者が修行者に対して甚だしきに至っては言うことが不遜になる。例えば、一回、リンチェンドルジェ・リンポチェはある歯医者が彼が前の道場の法師と電話をしたことを聞いて、意外にこのような言い方を言った。「私はお前に言うのではなくて、法師がこのように言わないでください。お前は分からない。」このような人はすこしの我慢がない恭敬がなかった。彼は自分が歯医者だと思っていて、身分地位と学問が他人に比べて高くて、しかし、修行者に対して言わないで、目上に対して言う時にある程度ほ尊重があるのでしょうか。

ただ修行者であれば、必ずある条件がそなた達に欠けるのである。出家衆あるいは在家上師の修行人に対して、そなた達は尊敬しなければならない。相手は出家衆で、また、根気が良くてこの歯医者が言い終わってやっと電話に終わって、もし金剛乗を修める上師のリンチェンドルジェ・リンポチェに替ったら、弟子がこのように躾がない言ったら、相手が終わる必要がないで、とっくに雷はぱらと叱り付ける。

今の社会はすべて乱して、もう儒家思想に従いなくて、倫理道徳も教えなくて、家庭教育の中でも子供に両親に親孝行をするように教えなかった。なぜ仏法は中国人に受けやすいのでしょうか?仏法が親孝行を重んじて、儒家思想を言う親孝行が同じだ。なぜこの数年に台湾の台風が特別に多くて、台風が多いのがこのところの人々が因果を信じていないで、倫理道徳を重んじないのである。台湾はなぜ社会の混乱の状況がますます多くなるのでしょうか?皆は社会ニュースを見ると恐れる程のでしょうか?これは皆が因果を信じていないで、心の中にすべてしてから考えて、パースしてから考えると思っていて、事後で問題があったら再度仕方を考えて解決させた。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆だ仏法を学ぶことを経由して、次世代の心理状態と行為を調整してきて、普通な人が暮らすはず生活方式に回復し、お互いに騙しあう生活のではなかった。今日、第八点まで開示し、残りの二点が次回から再度開示する。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皈依していない信者は先に道場を離れることを指示し、そして、アチ護法を口伝をして新しき皈依弟子に伝えた。

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2012 年 09 月 28 日 更新