尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示

2012年8月26日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北世界貿易センターの南港展覧館で、八回目に殊勝な「チベット仏教直貢噶舉派阿弥陀仏無遮大超度法会」を主催した。今回の法会は、チベット仏教の直貢噶舉派ケンポス、ラマ僧、ニンマ派のンガパ、ラマ僧、ゲルク派のラマ僧、及び30人の顕教出家衆が参加した。それ以外、米国、カナダ、フランス、ドイツ、オランダ、南アフリカ、インド、インドネシア、フィリピン、ベトナム、マレーシア、シンガポール、香港、マカオ、中国大陸、日本、及び台湾などから法会に参加した弟子と信者達の人数はほぼ2万2千人であり、顕密四衆が集めて、共に今回の殊勝な大済度法会に参与した。中華民国総統(大統領)の馬英九様は、特に「功徳円満」を題辞して、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが主法する「第八屆チベット仏教直貢噶舉派阿弥陀仏無遮大超度法会」が円満で殊勝であり、その功徳が無辺の衆生に広く被ることを祝福なされた。

8時20分に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは経幡、薫香炉、楽器、八供女と宝傘の先導及び迎えの下で、電動車に乗っていて、ゆっくりと会場に入って、リンチェンドルジェ・リンポチェは法相が荘厳で、威儀が素晴らしくて、先導の楽器の音が連綿に続いて絶え間なくて、広大で深くて広くて、人の心を揺るがして、法会に参列した大衆は全部静かで厳かで、両手が合掌して、恭しく起立して、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを恭しく迎えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは壇城の上に歩いてから、諸仏菩薩に恭しく頂礼して、そして尊勝なる直貢チェツァン法王とチョンツァン法王の如意宝法座にハタを捧げて、点灯して仏を供えて、そして法座に上がった。

法会が始まって、領衆弟子は法会の参列した大衆を連れて「八聖吉祥祈祷文」を唱えて、「チベット仏教直貢噶舉派阿弥陀仏無遮大超度法会」の序幕を開いた。引き続いて「七支供養」と「弥陀讚 」など祈請文を唱えている音の中、ナンジュ・ケンポスは出家衆、八供女、及び入場する時に自分で抽選して選ばれた5人の信者代表を連れて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにマンダラを献上した。

法を修める前に、リンチェンドルジェ・リンポチェは先に法会の参列者に貴重な仏法の指示をこう与えた。

今日皆さんはご苦労様でした。このように早く起きて法会に参加しに来て、一日の休暇期間を犠牲して、その上台風が来る日であったから。しかし、幸いなのは台風が移っていって、皆に影響していないで、諸仏菩薩の加持で、皆がやっと安心に法会に参加することができるのである。

今日皆が参加したのは「チベット仏教直貢噶舉派阿弥陀仏無遮大超度法会」である。チベット仏教の「チベット」はチベットという地方を指して、チベット仏教がインドからチベットに伝わて、顕教と密教を結び付けた。チベット仏教とはチベット地区の仏法の伝承ということである。釈迦牟尼仏はインドで弘法した後、仏法が北へ中国まで伝われて、大乗仏法である。南へタイ、ミャンマー、及びスリランカなどの所まで伝われて、小乗仏法である。仏法が中国に伝われた後に、中国の文化の影響を受けて、その故に一部の軌儀はお経には記載されていなかったのである。チベットのマルパ尊者はインドまで法を求めに行って、たくさんの経典と法本を訳して、そして弟子のミラレーパに伝わった。

中国に伝われた大乗仏法は主に顕教であるが、チベット仏教は顕教と密法を最も完全に保存して、たくさんの経典と法本がある。リンチェンドルジェ・リンポチェは最初にも顕教を学んで、それからチベット仏教の仏法を学んだ後に、多くの内容が経典に記載されるのと同じであることを発見した。密法は神秘的ではなくて、しかし密法を修習する前に、少なくとも10年間顕教を学ばなければならないのである。

直貢噶舉の「直貢」は地名であり、「噶舉」は口伝する意味である。もし、その中の意味を説明するならば、とても長い時間かかるので、今日は釈明しない。噶舉派はチベット仏教の四大教派の1つである。今日皆が法会に参加するこの因縁は、直貢噶舉伝承の始まりである。

皆が今日参加したのは無遮大法会であり、「無遮」の意味は「無有遮障,包容一切。(遮障が無くて、一切を包容すること」で、その意味は貧乏、貴賎、或いは身分、地位を分別しなくて、いかなる条件制限も無くて、ただ心があれば、縁があれば、すべての有情衆生は全部参加することが出来る。古代のインドで無遮の法会がたくさんあり、中国では梁武帝から無遮の大法会を行い始まった。無遮の法会は功徳主を設けないで、そなた達が今日この法会に参加すると同じように、入場するのは料金を取らないで、済度名簿に登録することも料金を取らないで、法会のすべての費用は全部寶吉祥仏法センターの全体弟子から護持されて、いかなる商業の雰囲気がなくて、とても清浄な法会である。本当に清浄で如法の法会は衆生を利益する事ができて、きっと諸仏菩薩の加護・護持を得られて、さらに順調に進んで完成する事が出来るのである。

今日2万数千人は法会に参加したが、しかしこの法会は完全にテレビ或いは他のメディアの宣伝を通していないで、菜食料理屋あるいは他の場所に行って1枚のポスターをも貼ったことがない。どうして宣伝しなくても、2万数千人が法会に参加しに来たのか。その中の原因は仏法が「因縁」を講じるから。直貢噶舉伝承祖師ジッテン・サムゴンは生前、最に多い時に18万人の出家衆に追随されて仏法を学んだ。昔の通信が発達していない時代に、祖師ジッテン・サムゴンははこんなに多くの弟子がどのように来たのか。それは口耳相伝で来て、縁があるから。表面上から見ると、皆は親友の紹介でこの法会に参加しに来たが、しかし実は各位が過去世にきっと阿弥陀仏と縁があるので、その故に今日ようやく縁があって法会に参加することができる。

阿弥陀仏は釈迦牟尼仏が末法時代の衆生のために紹介してくれる本尊である。多くの人はある誤解があって、亡者のために読経したら、亡者を浄土に往生させることができると思っている。しかし浄土を修めるのは、いくつかの仏号を唱えたり、いくつか懺悔を礼拝したりしたら、浄土に行くことができることではない。《阿弥陀経》の中ははっきりと説かれたように、善根、福徳、因縁が不可欠な善男子、善女子が往生することを発願して、1日~7日間執持名号をしなければならなくて、一心不乱に続けていて、ようやく浄土に往生することができる。お経で言及される1日~7日執持名号をすることは、八関斎戒の条件の下で、阿弥陀仏の名号を唱えるということである。これらの善根、福徳、因縁及び一心不乱に呪文を唱えることなど条件は、そなた達がすべてやり遂げたか。もし、まだ全部をやり遂げなければ、どのようにただ亡者のため読経してあげることを通して、亡者を浄土に往生させることができるのか。

経典に説かれた浄土宗は簡便な法門である。またこの法門は「難信(信じにくい)」の法だと説かれた。リンチェンドルジェ・リンポチェは密法を接触した後、始めて経典に説かれた真の意義が分かった。「難信(信じにくい)」とは二層の意義がある。第一、地球の業が重い衆生にこの法門を信じさせるのはとても難しい事である。第二、末法時代に仏を学ぶ人が阿弥陀仏浄土へ行くまで修めるのはとても簡単ではない。釈迦牟尼仏が仏法を説く相手は一般人ではなく、菩薩、阿羅漢、大比丘、長者など全て果位を証した大修行者である。だから、釈迦牟尼仏が説かれた法は彼達が聞くとすぐ分かった。しかし、我々は凡夫なので、仏経が教えた仏法をやり遂げるはなかなか難しい。リンチェンドルジェ・リンポチェは始めて顕教を学んだ後、毎日読経し、三時間や四時間に坐禅していたが、相変わらず仏経に説かれた事は自分が完全に行えない。だから、仏は阿弥陀仏を紹介して、在家衆のために修める。それは末法時代に殆ど仏を学ぶ人は在家衆だから。仏経に説かれた舎利弗は在家修行の居士であり、出家衆ではない。釈迦牟尼仏は末法時代の在家修行者に知らせたが、自分が舎利弗と同じように在家の身分で修行できる。今日法会に参加した人は九十九パーセントは在家衆である。

現在我々が生きている時代は仏経に描いた五濁悪世である。その内の一濁は「見濁」である。末法時代の衆生は自分の考えを多く持って、自分の人生経験で仏法を考えて習った。なぜなら釈迦牟尼仏は浄土法門が信じにくい法と開示された。例を挙げて、リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗てある30以上年出家した比丘尼を助けた。彼女は癌に罹って、亡くなる前一ヶ月に夜寝る勇気がない。それは彼女は経典の意味を誤解して、自分が一旦寝た後、阿弥陀仏は彼女を迎えに行く時、彼女が見えないと浄土へ行けないと思った。この比丘尼はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に《阿弥陀経》にこの浄土に往生する条件の意義を解釈して、彼女は了解して、はじめて眠れた。多くの人はこの比丘尼と同じようにこの状況がある。此れも何故《阿弥陀経》の中に「不可顛倒」と説かれた。この状況があるのは生死を解脱するために仏を学ぶのではないから。例えばある者は自分が未来世に再び人になることを望むようだ。

仏経に説かれた善男子、善女人の「善」とは十善法を修める人である。更に十善法の第一条は不殺生である。《十善経》は皆が見やすいから、今日説かない。上師は皆を助けて、福報、功徳を累積させて、因縁を作れるが、十善を修めるなら自分が修めるしかない。仏菩薩は皆を助けて修められない。ある信者は癌に罹って、先月リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁する時、自分が既に大法会に二回参加したと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に、もう菜食しているかどうかと聞いた。信者はしていないと返事した。既に大法会に参加したのに、菜食しなくて、肉食し続けて問題が出ると、リンチェンドルジェ・リンポチェが助けられる所は有限である。リンチェンドルジェ・リンポチェは再び強調して、浄土へ往生すれば、必ず善根、福徳及び生々世々の因縁を具えなければならない。しかし、善根を撒く事は自分しか頼れない。

今日そなた達は超度法会に参加して、表面に亡者を済度するが、実は主にそなた達を済度する。別に人が死んだから済度が必要するわけではなく、生きている人も済度が必要だ。それはそなた達の煩悩がとても多くて、将来三悪道に堕ちるかもしれない。今日の大法会は二万人余り参加して、リンチェンドルジェ・リンポチェは主法者であるけど、そなた達を感謝した。それはそなた達が参加するから、この法会がある。だから、そなた達は主役であり、リンチェンドルジェ・リンポチェは唯共演者である。そなた達は法会に参加して、リンチェンドルジェ・リンポチェに自利利他させて、そなた達を助けて仏を学ぶ障碍を削除できるのは菩薩道を行う。そなた達は仏を学ぶ障碍は必ず冤親債主とは限らない。あるとてもそなたを愛している人が現れるかもしれない。或いはそなたは突然にとても金持ちになるや子供が大學試験を合格するなど、この世間に言われたいい変更もそなたを妨げて、そなたに懸念させて仏を学べない。若しそなた達は決心出来なくて、悪い習慣を変えないと、亡くなった後必ず機会があって、三悪道に堕ちる。

法会に参加する事について、最も重要なのは参列者の誠心と恭敬心である。つまり、仏法に対して恭敬心がある。他には主法者の条件を見なければならない。主法者は必ず大手印離戯瑜伽の境界まで修めなければならない。また既に空性を悟った。離戯瑜伽の意味について、簡単に言えば執着しない。世間に発生した全ての事を遊戯として見る。同時、主法者は必ずポワ法を修めて成就を得る修行者である。自身は既に浄土へ往生できると確定できて、更にポワ法を修めて他人を助けて浄土へ往生できる。

法会に参加する動機はとても重要である。第一、清浄心があり、自分が仏法を理解できないや仏法を分からないなど考えないで。皆は専念しなければならない。第二、恭敬心がある。恭敬心は最もいい供養である。供養があれば福報を累積できて、仏法の助けを受けられる。若し皆も恭敬心で参加すれば、最もいい供養である。始めて発心する菩薩に供養すれば、既に成仏の菩薩より功徳は尚更に大きい。それは始めて発心する菩薩は悪を断ち善を行いを決める修行者であり、諸仏菩薩は皆賛嘆する。

法を修める前、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者に提示して、体を真っすぐに座って、法会の中に居眠りをしないで。法会に参加して居眠りをする人とは自分が仏法を聞きたくないと現した。来世は畜生道に堕ちるかもしれない。しかし、法会に参加した事があって、福報を少し持ってから、ペットになるかもしれない。だから、隣に座る人は居眠りをするのを見ると、知り合うかどうかを問わず提示を協力しなさい。若し隣に座る人は年寄りなら、彼が眠るのを見ると協力して彼に目覚めなさい。若し子供は余り座りたく動きたいなら、彼に起させて動いてもいい。子供は大きい場所を見ると運動したいから、ただ他人を妨げないと構わない。

今日リンチェンドルジェ・リンポチェは急いで修法して、多くの衆生は既に待っているから。今日半分以上の人は始めて法会に参加したが、始めて法会に参加する人は連れた衆生も比較的に多い。リンチェンドルジェ・リンポチェは今日の法会のため、二日前に閉関修行して、閉関修行の第一日目の夜によく眠ったが、二日目に余り眠られなかった。今日大法会があってリンチェンドルジェ・リンポチェは緊張するわけではなく、この法会は既に連続に八年に主催しているから、リンチェンドルジェ・リンポチェは緊張しない。眠れないのは済度されたい衆生は沢山があって非常に急いで全て着いたから。リンチェンドルジェ・リンポチェはユーモアに言ったが、皆の財産は沢山があって、皆はとても金持ちであると言えないが、多くの冤親債主を連れて、彼達は一秒でも早めに済度されたいから、法会の前日の夜に現れた。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは一晩中眠れなかった。

正式に修法する前、リンチェンドルジェ・リンポチェは申された:「今日修める法は密法であり、毎段階の修法は先ずチベット語で法本の内容を読んで、その中に顕教の部分はまた皆に簡単に説明して、密法の部分なら公然的と宣伝することが出来ない。所謂「法は六耳に伝わない。」とは、単独で密法を伝えるのである。尊勝なる直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに法を伝える時、即ち一対一で法を伝授した。顕教と金剛乗は全部仏法だが、顕教は因地より修め、金剛乗は果地より修め始める。

リンチェンドルジェ・リンポチェは修法し始め、先ず三皈依と発心の儀軌を行い、続いて、阿弥陀仏浄土の中の阿弥陀仏、観音菩薩と金剛手菩薩の荘厳な法相と功徳を賛嘆した。そして法会に参加出来ない衆生に多瑪を布施した。その後、法会が順調で進むことを邪魔する一切の魔軍を追い払い、それに阿弥陀仏の功徳を賛嘆し、また本尊を壇城まで迎え、行者の身、口、意を清浄して、阿弥陀仏と区別しないようにさせた。

引き続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは供養儀軌を行い、リンチェンドルジェ・リンポチェは暫く修法した後、「先ほど大体全部供養で、本尊と護法達などに供養する。」と開示した。リンチェンドルジェ・リンポチェは特にこう仰った。供養する時、供養は無量光明に変わって虚空を遍照し、上に阿弥陀仏と一切諸仏菩薩に供養して、また六道の有情衆生を広く照って、強烈な光も自身に融和し、太陽と月の光ように、行者の心の呪文を本尊の心続と接触させる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、「それから、灌頂の儀軌で、顕教と密法との違いは、密法では「灌頂」があり、「灌頂」とは上師が諸仏菩薩を代表して行者に授権し、行者に本尊の法門を修習し始める事が出来させる。」と開示した。先ず行うのは寶瓶の灌頂で、皆はお体を真っ直ぐ座って、目がリンチェンドルジェ・リンポチェの手の中にある寶瓶を見なさい。リンチェンドルジェ・リンポチェは法本を読み始めて寶瓶の灌頂を授けた。それから行うのは「語」の灌頂であり、リンチェンドルジェ・リンポチェは法本を読んだ後、「語」の灌頂はそなた達の喉の気結の脈を開き、今後呪文を唱える時、障碍がない、そなた達に語の清浄を得させる、と開示した。続いて智恵の灌頂を行い、最後に第四灌を進んだ。四つの灌頂が終った後、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆を引き連れて阿弥陀仏の心呪を長く唱えていた。

それから8名チベット族のアパレルを身につける八供女は舞台に上がって澄みきる歌声で諸仏菩薩に供養した。リンチェンドルジェ・リンポチェは、八供女がそなた達の代表として歌声で諸仏菩薩に供え、内容が仏菩薩の功徳と慈悲を称賛するのである、開示した。リンチェンドルジェ・リンポチェは諸仏菩薩を代表して歌声の供養を受取った。彼女達が歌う曲は人類に作られたのではなく、空行母の歌である。空行母とはそなた達はあまり分からないかもしれないが、飛天と言ったら、そなた達が恐らく分かるだろう。」

供養儀軌が終わってから、薈供儀軌を行い続け、係り者達は壇城上に仏へ供え物を全ての参列者に配って、一緒に受用させた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、こう開示した。後程供え物を配り、便所へ行く者は早く席に戻れ、まだ行かない者はちょっと我慢して、薈供を貰った時、皆は少しを取り出して楽しみして、それは仏菩薩と一緒に食べ物を享受するとの現われだ。それも未来世に仏菩薩と一緒に受用できる因を植えた。また少しのを回供として取り出して、皆は布施との現れで、仏菩薩と一緒に受用できるチャンスを大切にするべき。供え物を配る係り者も注意して、席を外した者には配らないで、仏菩薩と一緒に薈供を享受することさえもしたくないので、彼のため残さなくても良い、その後、補ってはいけない。薈供と甘露水を配る時、壇城上にの出家衆弟子は衆生を代表して、諸仏菩薩に茶とご飯を供え、またナンジュ・ケンポスより皆を引き連れて供茶文と供飯文を唱えた。

薈供が終わった後、リンチェンドルジェ・リンポチェはこう申された。実は現在皆が分かった「中元お盆」は本来仏法の中の典故である。釈迦牟尼仏が在世の時、側に神通が一番いい弟子目犍連尊者は自分の母親が餓鬼道に苦しんでいるのを知った。そして神通力で食べ物を化現して母親に食用させたいが、やはり母親に苦を離れることを手伝う事が出来ないので、仏に助けを願った。釈迦牟尼仏はその故彼に7月結夏行者が閉関円満出来た時、斎を用意して僧徒に供えるのを教えた。弟子は仏のご指示に従って、僧徒に供養する功徳で彼の母親が餓鬼道を離れて天道へ行くことに役に立った。これも「于蘭盆」法会の由来である。仏経の上には「鬼門が開く」ことを載せない、こんな事があれば、これ等の鬼達は出た後また戻りたいか?仏経の中にも紙お金を焼くことも言い及ばない。鬼達はこれらのお金を取ることが出来ない。鬼に礼拝して地面に捨てたお金と食べ物を奪い取る者はいる。鬼が触ったものは良いものではないだろう。

リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続いて済度儀軌を行い、または席を外している者を早く席に戻って座らせた。先ず出家衆弟子は亡者の代表として諸仏菩薩に三回頂礼した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは済度儀軌を修め始め、それに参列者に大きい声で済度したい亡者の名前を三回言わせた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは法本の1つの段落を読んだ後、先程進んだのは亡者が生前の障碍を取り消して助けたのである。亡者は生前嘗て肉を食べて、お酒を飲んで、タバコを吸って、騙した事があって、先程の儀軌を通じて障碍を取り消し、仏法の助けを受取る事が出来るようにさせる、と開示した。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に席を戻らせるのは、そなた達が現場にいれば、そなた達と関係があるかないか一切の衆生ははじめて助けを得られる。そなた達が現場にいなければ、済度名簿にいくら名前を書けても、すべては助けを得ることが出来ない。

それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者に起立させて、死者に代わって壇城の上に諸仏菩薩に三敬礼させた。リンチェンドルジェ・リンポチェ参列者を連れで「中陰恐懼閻魔關、煩惱痛苦所折磨、淒涼處境徘徊著、慈悲之力祈救度。」の祈請文を唱えた。そして、済度儀軌を行った。2万余りの参列者が恭敬して起立し、両手を合十し、会場がすべて静かって何も声がなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは極めて深厚の禅定を以って、自身が累積した広大な功徳にて、来たすべての衆生を済度し、リンチェンドルジェ・リンポチェの無比な慈悲摂受力を十分で見えて、参列者がすべて感動して恩を着た。

済度儀軌が終わった後で、領衆弟子は参列者を連れで回向文を唱え、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者を連れで中国語とチベット語で「求生極樂淨土祈請文(極楽浄土に生まれしことを求める祈祷文)」を唱えていた。修法が円満になって終わった後、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者の為に灑淨をする。灑淨をする前に、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示はいま皆のために甘露水にて灑淨し、皆がうまく座って、車に従っては走ってはいけないで、仏法を信じる人は甘露水に被られないでも、ただ信じていて、諸仏菩薩の加持をもらえる。信じない人は多くの水を頭に被られても、役に立たない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは壇城を降りて、電動の車に上がって、八供女の先導の下、何度も会場をすべて回って、甘露水にて2万余りの参列者に灑淨して加持し、みなの身口意を清浄した。リンチェンドルジェ・リンポチェの大摂受力の下、参列者はすべて静かって席で恭しく待っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは灑淨をする時に、手を持つ吉祥草が甘露水をいっぱい吸い込むのために無比に重くて、リンチェンドルジェ・リンポチェは自身の脊柱側弯症の病状と右肩の関節の痛みを全然気にしないで、手を持つ吉祥草を絶えずに撒き散らし、甘露水を恭敬に合掌する参列者に撒き散らした。灑淨の過程には、リンチェンドルジェ・リンポチェは口で絶えずに真言を唱えて参列者に加持した。参列者は絶えずに拍手にてリンチェンドルジェ・リンポチェの無私の払いに感謝した。

参列者に20分で灑淨した後に、リンチェンドルジェ・リンポチェはすでに疲れて極限に達していて、再度壇城に上がった時に、依然として、参列者のために慈悲に開示した。

台湾はビジネス社会であり、みんなはすべてとても忙しくて、日曜日さえもとても忙しくて、みんなは今日このように早くここに来て、とても容易ではなかった。チベットで、この法を修めるのは丸1日の時間が掛かる。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に配慮して、法本には多くの内容を本来ラマ僧を唱えていて、リンチェンドルジェ・リンポチェがベストを求めるので、自ら法本を唱えて、出来るだけ法本を唱えて、速く修法した。スピードはよく速くて、時間がより短いが、しかし、手を抜き材料をごまかしていないで、法本の精華を濃縮して、午前に修法が円満になった。

皆は今日参加するこの法会はすでに準備の手続きを一年間やり続けた。寶吉祥仏法センターはこの法会を主催して、名声と利益を求めないで、名聞利養のためではない。1千人の弟子は何も求めないで多くの時間を犠牲し、圧力もとても大きくて、なぜならば、リンチェンドルジェ・リンポチェはとても厳格で、また、完璧な主義である。皆はリンチェンドルジェ・リンポチェが法座で弟子を罵ることを見て、弟子が何かミスがあって皆に仏法を誤解させることを望まないから。これらの弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェより若くて、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェの動作に比べて遅くなった。もし、今日、弟子たちは何か不注意あるいはよくないところがあったら、これらの弟子が無にも文句がないで、何も報いを求めないで法会を準備することにて、皆にどうか大目に見てやってください。今日、リンチェンドルジェ・リンポチェはただそなた達のために助けて、そなた達に仏菩薩と因縁を結ばせて、法縁を結んでいる。そなた達は本当に感謝したら、本当に仏を学ぶことを始めましょう。しかし、寶吉祥仏法センターに来ないでください。寶吉祥仏法センターはすでにたくさん弟子があって、台湾が如法の上師が多くて、皆が他のところへ行って仏を学ぶことが出来る。

皆はこの法会を主催したら、リンチェンドルジェ・リンポチェに何か利益があるかを必ず考えている。もちろん利益がある。なぜかというと、リンチェンドルジェ・リンポチェは多くの衆生に利益することが出来て、だから、未来に必ず大法会を続けて主催することができで、もっと多くの衆生に利益することができる。この法会に参加して終わってから、そなたの未来世に、きっと有益があって、未来のある世に、そなた達は今日の法会が無駄に来ないことを知っている。

この時、参列者は拍手して、リンチェンドルジェ・リンポチェへの感謝を表示した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者に、リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝しないで、尊勝なる直貢チェツァン法王に感謝しなさいと要した。三恩根本上師尊勝なる直貢チェツァン法王を言うと、リンチェンドルジェ・リンポチェは涙にむせんで言葉を言い難くなった。しばらく数秒停止した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは続けて開示し、直貢チェツァン法王がいなければ、今日のリンチェンドルジェ・リンポチェがいない。チベット人はより保守であり、直貢チェツァン法王はチベット仏教の伝統を打ち破って、仏法を伝授し、その上、成就がある漢民族の修行人をリンポチェになることを証された。

リンチェンドルジェ・リンポチェは再度、善根、福徳、因縁が不可欠な善男子、善女子が往生することを発願して、1日~7日間執持名号をしなければならなくて、一心不乱に続けていて、ようやく浄土に往生することができる、と強調した。末法時代には、悪の力は善の力より強くて多いので、そなた達は悪をし続ければ、例えば肉食をして酒を飲んで、あるいは騙したら、すべて悪をするのである。悪を続けてしたら、悪の共業に巻き込まれる機会がとても大きいのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは前の日に寝られないで、緊張ではなくて、なぜというと、そなた達の冤親債主が待たれないで、すべてリンチェンドルジェ・リンポチェに見付かって来て、リンチェンドルジェ・リンポチェは今日多くの人々は初めて来て、多くの冤親債主が済度されたことがないを知っていた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは再度皆に、肉食を再びしないでくださいと勧めた。今日、皆は命の危険を冒して法会に参加しにきて、台風日に法会に参加したら、皆がもらえる功徳が普段により1万倍になる。しかし、続けて肉食をしたら、今日、法会に参加する功徳が無くして、すべての功徳が人天福報と転じて、ただ来世に使って、この世に使えないようになったのである。

ある地区は風害が多ければ、この地区の多数の人々が因果を信じないで、倫理道徳を守らないことを表示する。台湾の人々は倫理道徳をますます信じなくなって、だから、最近、このように多くの事件がある。台風の中に多くの竜族と鬼衆があって、また、いくつかの傷つけられた衆生が風に従って来て、だから、とても大きな災害を起こさなくても、そなた達に恐れと煩悩の心を起こさせた。リンチェンドルジェ・リンポチェは日本にいたときに、二つの台風がくることを知っている。だから、修法して先に追い駆けさせた。アフリカに1種の新しいウィルスがあって、名前をイラクポーラのウィルスと称して、厳重であれば、人々に死なせる。なぜこのようなウィルスが現れるか?あちらの人々が因果を信じないわけである。熱帯降雨林の木をよく切ったから、これらのウィルスはもともと宿主と一緒に森に生きていて、住むところがなくなったので、いま、人々と一緒に住むしかない。

法会にて、皆とこの土地、、甚だしきに至って全世界にすべて平和させて、皆が調和と共存することができて、皆の家庭がすべて平和で調和が出来ることを祝福する。

リンチェンドルジェ・リンポチェは法会に参加するケンポス、オンがバ、ラマ僧、出家衆に挨拶した後、経幡、薰香爐、楽器の先導と寶傘の保護で、電動車に乗って会場を離れた。前場の2万余り参列者は起立してリンチェンドルジェ・リンポチェを恭しく見送った。リンチェンドルジェ・リンポチェは手を持つ数珠を高くてあげて、慈悲な目で衆生を同情し、口の中に絶えずに真言を唱えて参列者を加持した。参列者絶えずに拍手してリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝する意味を表示し、数回も口を揃えて、リンチェンドルジェ・リンポチェが殊勝に修法して済度して、珍しい開示と加持したことを感謝した。

法会は昼ごろ12時40分に円満に終わって、多くの参列者はリンチェンドルジェ・リンポチェと諸仏菩薩の恩沢に感謝し、次から次へと壇城の前に行って絶えずに恭しく頂礼した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの大摂受力の下、今度の大法会はすべて整然として乱れがないで、たとえ2万2千人が参列しても、少しの騒がしくて混乱している感じがなくて、参列者はこの大法会の荘厳殊勝さを深く感じた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは完全に教法により従って、名聞利養のためではなくて、自身の密法修行の大成就にて、無私に仏法を広めて衆正を度して、無数有情衆生に利益した。

内政部社会司の代表、弁護士、銀行の代表の共同証明の下で、リンチェンドルジェ・リンポチェは今回の大法会のすべての参列者の供養金698万台湾ドル余りを全数に内政部社会司に寄贈し、社会福利事業のため使って、参列者に衆生と広くて善縁を結む得難い機会を与えた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法会が円満に終わった後、すぐに寶吉祥仏法センターに戻って、自ら弟子を連れてアチ護法の儀軌を修めて、護法に大法会が殊勝で円満に終了したことを護持することに感謝した。

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2012 年 09 月 08 日 更新