尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示

2012年7月1日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで殊勝な施身法法会を主催された。合計で1,477人が法会に参加した。

まずは、ある弟子は自分の悪行を懺悔して、且つ尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼を助けて、加持した事跡を恩に着た。

2005年、彼が婚礼を準備しているところ、、父は鬱病のため飛び降り自殺した。それから3ヶ月続き、彼は死亡通知を出しながら、結婚式の招待状を出して、内心が非常に苦しいと感じた。披露宴は彼も菜食料理を使っていないで、自分の結婚のため、無数な衆生を傷つけてしまい、その後、妻が妊娠して七週目の時に、胚胎が動悸がなくて壊死して、彼は直ちに殺生の因果応報を味わった。

2009年、ある兄弟子の紹介により、彼は寶吉祥仏法センターには大成就者リンチェンドルジェ・リンポチェがいて、そしてリンチェンドルジェ・リンポチェが毎月定期的に施身法法会を催して、彼の父のように自殺した衆生を済度することが役に立つことを知っている。その故、彼は数回もリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁し、そして懺悔する仏法録音を求めて、茹素し始まって、最後はついに皈依することを祈り求めた。

皈依した後に、彼は道場のボランティアを担当して急速に福報を累積することができると誤解して、同時にまた自分の前途と運勢が自殺死亡の父に影響される事を恐れて、そのため貪念を持って積極的に道場のボランティアの仕事を申し込んで、ただ父に少し速くてリンチェンドルジェ・リンポチェの済度を得させて、自分がよい生活を過ごすことが出来るためである。

自ら名乗り出て一役買って、彼は撮影チームに参加して、同時にまた場外案内のボランティアを兼ねて、自分では高価な新しいカメラを買って良い写真を撮ることができると思って、他の兄弟子の貴重なアドバイスを信じないで、貢高我慢で、尊きガチェンリンポチェは寶吉祥仏法センターで主法された法会で、彼が写真を撮ることを担当したが、結果は撮影した写真が非常に悲惨で見られないで、メンツが好きな彼はそこで兄弟子に彼が新しいカメラの操作についてまだ熟練していないからと言った。同年、尊勝なる直貢チェツァン法王は台湾に来て祖師ジッテン・サムゴン記念大法会を主法されて、兄弟子は彼が道場の階下で、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝なる直貢チェツァン法王が下車することを迎える画面を撮影するように指示した。彼はこの任務を受け取ってと誇らしくなって、自分の悪習を改正しないで、地下室であちこち写真を取って試みて、もっと良い角度を獲得して良い写真を摂ることができると望んで、その時自分が寶吉祥の赤いベストを身につけていたことを全然に考慮に入れていない。待っている過程には、警備は彼に、どんなイベントを行なうかどうか、どの重要な人物が来るのか、と尋ねたが、彼はこれが実は護法神が彼に気づかせていることを全然思い付かなかって、そしてカメラが故障してしまい、緊迫している彼がカメラを引き続き持っていろいろな方法を試みて、カメラを正常な運作の状態にさせたい。この時、リンチェンドルジェ・リンポチェは現れて彼を責めて、もし万一居住する人達は赤いベストを身につけている彼が地下室でむやみに彼らの車に写真を取ったことを見たら、居住する人達はどのように思っているのかと教えた。そして直ちに彼の撮影チームのボランティアを担当する資格を取り消した。この時の彼は頭が一面の空白となり、事後はやっと自分が任務を完成していないだけではなくて、さらに更に上師と道場を保護する責任を尽くしていないことを知っていて、彼は深く懺悔する。

2010年、「阿弥陀仏無遮大済度法会」の時に、彼は交通アクセスの計画を立てる仕事を担当したが、計画が適当でなくて、タクシーが来る数が足りないから、法会が終わる時に信者達に地下室で長く待たせた。

2011年の「阿弥陀仏無遮大済度法会」では、彼はズックを提供して、観覧車の信者に踏んで、信者が捻挫する危険性を免じるけど、法会が終わった後回収するのを忘れたから、無くなった。彼は再び過ちを犯した。バイトさんに提供した案内用の立て看板は使った後、主動に回収する事を追及しなくて、事後に総務の兄弟子に心を使って善後処理されてくれた。それは彼は自分が事情を処置する時にいつも繊細せず、終わるまでの細目を忘れたから、大きい間違いを起こった。彼は懺悔した。

今年祖師ジッテン・サムゴン記念大法会に於いて駐車場の案内の立て看板は依然として運転手の立場で詳しく考えず、たて看板の中の矢印が寶吉祥及び大法会の関連の文字より大き過ぎ、参列者に大法会の入場方向をはっきりと判明できない。彼はポスターの問題を発見したのに、すぐ修正しなくて、心の中に唯どうせ法会が明日に始まるから、いい加減に使いましょうと考えた。このようなかりそめにしている気持ちで大法会の細目を重視しなかった。弟子として、するべきな仕事を欲やら無くて、リンチェンドルジェ・リンポチェに心配を欠けた、

彼は回想したたが、企業で仕事するに於いて私利私欲で同僚を軽視して、いつも自分の仕事をしっかり行えばいいと思って、他のことは自分と関わらない。自分が仕入れ時、繊細に仕入れ設備の規格は契約と一致性を処理しなくて、会社の仕入れは状況が出てきた。拒否される或いは公開した後メーカーと争って法律問題が起こった。いつも入獄するかもしれない。若しリンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲で衆生を捨てず、大功徳で彼を守って彼に仏を学ぶ障碍を減少させないと、今かれは恐らくこの清浄な道場にしっかりに仏を学べない。

外でスタッフを担当する間、彼は今まで他人の立場に立って考えなかった。完全に慈悲心を持たず、車椅子を押して斜面に登る時、前輪は動かず、もうすこし兄弟子にほぼ車椅子から落ちさせる。彼は自分が確実に『仏子三十七頌』を修めていないことを反省して、兄弟子が公開に彼が提出した到着の届の内容が間違いと指摘した時、彼は却ってすぐ兄弟子に何処が間違ったかと返事した。完全にリンチェンドルジェ・リンポチェが開示された仏法、「全ては自分の過ちだ」と忘れた。更に彼は通常に仏法を生活の中に確実に使わずしっかりに自分の行為を修正しなかった。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔した。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは観音法門を口伝したとき、嘗て兄弟子と討論できないと訓示した。当時彼は専念に上師が仏法を伝授する事を聞かないから、その後修行する時障碍に遭った。教えに従わない彼は法会に参加するとき真剣に仏法を聞かず、観想を間違って胸が痛いと起した。また彼の妻にリンチェンドルジェ・リンポチェの伝授の内容を知らせたので、破戒した。娘はアキ護法の法本を唱える時、彼は独り善がりで娘を指摘した。その後自分が間違いに唱えたのを発見した。彼は上師ではないのに他人を指摘して、再度不妄語の戒を破った。

仏法に従わない行為は全て、ようやく去年にリンチェンドルジェ・リンポチェに従ってディクンティ寺へ行く途中にアキ護法にピックアップされた。ラサ空港から出ると、彼は酸欠なので、胸の痛みの状況は尚更に悪くなった。殆ど心停止して2秒を超えて、呼吸できなかった。唯観覧車或いはホテルに横たわって酸素を吸うだけ。チベットにいる第一日、彼は食べられず、嘔吐して胃酸しか残らなかった。慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェは特に晩餐で加持された食べ物を兄弟子にホテルに持ち帰させた。大変な高山病に罹った彼は上師に加持されたご飯を食べた後、始めて吐き気も感じなくて食べられて、胸の痛みも緩和した。当日の夜朝まで寝て、勿論アキ護法を修めることを忘れた。翌日回復した彼はまたリンチェンドルジェ・リンポチェが皆の指示、約7割ぐらい食べたらもう十分であり、酸素を多く消耗するのを免じるため。青空を見て興奮にならないようにできるだけ休みなどを忘れた。教えに従わない彼は昼ごはんが終わった後彼方此方に写真を撮って、ホテルに帰るとカップラーメンを食べた。結局すぐ酸欠になって顔色は黒くなった。第三日目観覧バスはディクンティ寺に登れなくて、体が弱い彼は車から降りなかった。彼は同車の兄弟子を感謝して、兄弟子は車を降りて歩いて山を登った。車の重量を減ったから、最後ディクンティ寺に登れた。その後は彼は兄弟子の分かち合う事を聞いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て開示されたが、観覧バスは山に登れないのは同車の人の中に確実にアキ護法を修めないと表した。彼は深く懺悔して、自分はしっかりにアキ護法を修めないから、同車の兄弟子に巻き添えを食った。

彼はリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、自分に公開に発露懺悔させる機会を与えた。彼は殺生戒を破ったのを懺悔した。幼い頃アルコールでゴキブリの体に注いで、その体に熱くて煙を起して、苦しくて転んで死なせる事が好きだ。煉瓦でカタツムリの殻を打って、割れの音を聞くととても喜んでいると感じた。猪の肉を食べる事が好きなので、胃潰瘍に罹った。勃起を促すため、海鮮を食べる事が好きで無数な水族衆生を傷付けて、痛風に罹った。藥燉排骨が好きなので、膝関節の十字靱帯が磨損しした。皈依して菜食した後、鶏のから揚げの匂いを嗅ぐと、よだれを流した。寝るとき夢の中に肉食料理を食べたが、すぐ懺悔せず、引き続きに寝ていた。妻と同じで菜食料理を注文したけど、彼の菜食料理は肉食料理が現れた。リンチェンドルジェ・リンポチェが開示された通りに、本心に菜食しなくて、唯罰を受けるのを恐がった。彼は自分の貪欲、瞋恚が重すぎだと懺悔した。また、レスリングの番組を見るのが好きでクラスメートを虐めてクラスメートに頭が破れ血が流れた。自分が懺悔したが、海賊版のアダルトビデオ及びピクチャーを見た後、友達に見せて自慢だった。自分が懺悔したが、結婚した後、他の女の子にナンパして、邪淫戒を破った。更に彼女を連れて肉料理を食べた。自分が懺悔したが、仕事の時に真剣せず、インターネットで株取引をした。会社のプリンターを利用して、私人の書類を印刷した。会社の文具を持ち帰って家で使って、偸盗戒を破った。自分が懺悔して教えに従わず、教えに従って奉じなくて、完全に懺悔心、感謝心、慈悲心、菩提心を持たず更に発願しなかった。供養する時よく計算して、両親を親孝行せず、先生や年寄りを敬わず、未確定な事実は話に尾ひれを付ける事が好き、一切の悪は極めて多くていくら書きたくても終わられない。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔した。

人身受け難く、仏法聞き難し、上師に合い難し。彼は知っている。尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが教導する仏法に従って如実修行して、自分の生活の中に時々刻々仏法と一体に融和して、戒を師として、浄土へ往生するように発願してはじめて五濁悪世の中に生死を離脱して、師恩に報いることが出来る。彼は尊勝なる直貢チェツァン法王の法体が健康で、尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法輪がいつもまわって、正法を広げて、六道の一切有情を利益するように祈る。

続いてもう一人女弟子は尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェと諸仏菩薩に感恩し、彼女にチャンスをあらせて、公然的に発露懺悔することを出来させた。

彼女は2008年11月2日に皈依した。2005年7月末の事を思い出し、彼女の父親は救急室に運ばれて診療を受け、大腸癌の第3期と疑われるため、普通な病室に移して、更に治療する必要だ。しかし、普通の病室が全部満員と思わなかった。心は火が燃やすように2日間を待った後、突然に2年前友達が嘗て紹介してくれた上師リンチェンドルジェ・リンポチェを思い出した。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し込んだ事があり、そうして、リンチェンドルジェ・リンポチェの様子を観想し始めた。心の中に懇切的にリンチェンドルジェ・リンポチェに助けてくれるように願った。結局、2時間も立たない内に家族の電話があり、父親が既に一般の病室に移ったと教えた。あの頃本当に不思議と思った。心の中に、また時間を割いてリンチェンドルジェ・リンポチェにお礼を言うように寶吉祥宝石店へ行くと考えた。

彼女の父親の化学検査報告が出て、やはり大腸癌の第3期、またリンパまで移転した。母親の家族は癌症の病歴があったため、お医者さんがリンパに移転したと言った時、心の中に時間がもう多くないと知った。人の寿命を控える事が出来ないと知っているが、父親が癌症の末期の苦痛を受けるのを忍びないので、リンチェンドルジェ・リンポチェに願いしたい、父親に往生する前苦しみを受けさせない。

寶吉祥宝石店に行って、リンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れて、リンチェンドルジェ・リンポチェは父親に加持すると表示した。彼女はわけもわからなく、突然に余計なことを聞いた:「お父さんはどれだけの寿命がまだあるか?」リンチェンドルジェ・リンポチェは申された:「3ヶ月だ。」彼女はまた愚かに聞いた:「この時間はどのようにお父さんを助けるか?」リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲で仰った:「父の名義で多くの善事をして、そして母に私に会いに来てもらう。」あの日の夕食から彼女が菜食し始め、その後、母親に同伴して、リンチェンドルジェ・リンポチェに伺い、母親は父親の情況を説明した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは聞いた:「そなたはどの手伝いを望むか?」母親は言った:「夫の病気はよく直ると望んだ。」リンチェンドルジェ・リンポチェは親切で笑いながら開示された:「誰でも死ぬ。」リンチェンドルジェ・リンポチェは母親に家に帰った後良く考えさせた。翌日母親はお1人でリンチェンドルジェ・リンポチェに伺いに行った。リンチェンドルジェ・リンポチェは母親に金曜日の施身法法会に参加させた。母親も従った。

彼女は事後に発見した。リンチェンドルジェ・リンポチェは既に知った。金曜日は夫のおばあさんの法事で、彼女は施身法法会と法事を選択するかもしれない。衆生にどの悩みも起こさせないように、母親にお1人で皆の代表として参加させた。これらは全部リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲と智恵の現れだ。3ヵ月後、父親は平安で無事になった。彼女は胸に感激をあふれて、リンチェンドルジェ・リンポチェにお礼しに行った。

リンチェンドルジェ・リンポチェは異なる方法で父、母と彼女を救った。父親が入院していた期間、同僚の父親、夫のおばも癌にかかり、彼らは全部落ち着いて往生することが出来なかった。しかし彼女の父親はこの間リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を得て今まで既に7年間、依然として健康で、日常生活は全て自分が出来る。リンチェンドルジェ・リンポチェは何時も母親と彼女との承諾を守り、彼女は自分を反省して、上師に対して、良く仏を勉強する承諾を守らなく、また上師、相弟子に迷惑をかけた。

2011年6月25日の法会、彼女は奉仕労働をしていた時保全人員とチャットして、保全人員に仕事をするのを影響し、彼女はこの故で奉仕労働が出来なくて、深く懺悔と感じた!あの保全人員は「阿弥陀仏無遮大超度法会」が参加したいと表示した時、彼が精神上に状況があるのを発見した。その後、保全人員がリンチェンドルジェ・リンポチェに会いたい時、彼女も事前に彼に説明しなくて、彼が骨董屋に電話をかけて、騒動を起こすことをさせた。彼女はすぐ状況報告を提出せず、解決が出来なかったらはじめて報告した。また問題を残し、上師と道場を守る責任を持たなくて深く懺悔した。彼女は自分の心がゆがんで、戒を守らなくて、仕事を細かくなく、始めてこんな事を発生させた。彼女は深く懺悔と感じた。

彼女はこの件でリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見するときに、リンチェンドルジェ・リンポチェは理事会が彼女の懲罰を決めさせた。理事会は彼女に法会に参加することを禁止することを通知した。その場で、彼女はこれがただ小さなことでなぜこのような重くて処罰されたと思っていて、心の中にまた少しの不満があって、が、しばらくの後、彼女は深くて懺悔し、なぜならば、上師に対する信心に量られた。彼女は理事会を服しないならば上師を服しないで、このような小さいなところで自分はいうことを聞くかどうかをすぐにテストされて、上師に対する信心が足りないことは彼女が深くて懺悔した。

彼女は上師に感謝し、護法に感謝し、もしっこの事件を発生していないならば、彼女は同じように無知で暮らしていて、自分が仏を学ぶことがあると思っている。彼女も上師に感謝し、この事件にて彼女に再度自分を検討させて、自分がとても悪な人を発見し、すべての考えは自分のためにだけで、いつも私利私欲を貪って、独りよがりで、もっとも憎らしいのは自分がリンチェンドルジェ・リンポチェ開示されるミイラで、外部に対してすべて関心していないで、ただ自分だけで関心し、自分が傷害をうけることを恐れる人間である。

彼女は若い時に両親をだまして、両親を口答えして、両親に心配させて、とても親孝行をしなかった。彼女は学校時代に授業を逃げて、カンニング、クラスメートをいじめて、先生をだまして、学生のあるべきな本分をやり遂げなかったを懺悔した。。彼女は仕事する時に、会社の時間と盗んで、会社の文具を盗んで、上司を罵って、是非を唆して、真剣に働いていないで、社員を働くべき責任を尽くさなかったことを懺悔した。彼女は結婚してから舅と姑を自分の両親にしていないで、家庭の集まりを逃げて、心の中から舅と姑を親孝行をしていないで、舅と姑が彼女の仏を学ぶことの支持に感謝していないで、つまとする尽くす義務をしていなかったことを懺悔した。彼女は家にご主人の薦めを聞かないで、家庭に気にしないで、女性優越主義を信じていて、家事をすることをすぎではないで、ご主人に家事で煩悩を常に起こさせて、妻とする尽くすはず責任を尽くさないことを懺悔した。彼女は自分がよく直していないので、家族に仏法の殊勝を感じられないので、いま、家の中にただ彼女が皈依して仏を学ぶだけである。

彼女は下記のことを懺悔した。仏を学ぶ道に何か障碍があって、が、同時にすべての障碍に感謝した。その他、無数な衆生の肉を食べたことがあって、無数な昆虫を殺したことがあって、堕胎したことがある。高慢心があって、嫉妬心があって、分別心があって、顔色をみることができないで、話をする分別を知らないで、絶えずに衆生に煩悩を起こさせて、他人に厳しくてみて、自分に易しくてみて、仏法にて他人に検討し、ただ他人の欠点をみて、衆生のすべての一切のがすべて自分を成就し、供養でも計算し、海賊版をつかって、五戒十善の殺生、偸盗、悪口、両舌、邪淫、綺語、妄語、貪、瞋、痴のいろいろなことがとても徹底的をして、彼女はこれにより深くて懺悔した。

彼女はこのような悪な人で、この世にようやく幸運に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに出会われて、が、大切にしていないで、仏法を生活で実行していないで、毎日に依然として悪事をしていて、自分の身口意を管理されないで、自分の仏を学ぶ心を気ままにして、いい加減に自分を検討し、皈依してから今まで、寝る前に恥ずかしくないで自分がリンチェンドルジェ・リンポチェが自分の弟子を言われないで、彼女が深くて懺悔した。

3年で皈依しているが、彼女は自分の仏を学ぶ心がすでに緩んでいたことに気がついて、皈依したばかりの何も求まないこころに及ばない。現在の彼女は福報を貪って、功徳を貪って、心が清浄ではなくてまた緩んでいて、このような彼女が上師恩、菩薩恩、両親恩、衆生恩を完全に謝って、彼女が深くて懺悔した。彼女は固くて密な仏を学ぶこころ構えがあって、深くて因果を信じていて、依然として輪廻苦海にいて、自分の死亡を掌握するころができない、彼女が深くて懺悔した。同時に、彼女も上師が直接に彼女の心の奥にある欠点を指摘し、上師が彼女に仏法を聞かせないことに感謝し、上師が彼女に対する頂門の1針に感謝し、彼女に自分がとても厳重な間違ったを知らせて、彼女に自分がこのようにあくなことを発見させた。

彼女は法会に参加できない時間には、直ちにリンチェンドルジェ・リンポチェに開示に聞こえないで、ただ事後でネットワークの日誌を読むことしかできなくて、しかし、日常生活の中でいつもリンチェンドルジェ・リンポチェの加持と教導を感じている。今年(2012年)正月初二の天気は寒くて、家に扇風機型の電気ストーブが開いていて、夜に彼女と先生は頭が痛くて我慢できないで、風邪なので早くて寝て、その時に、彼女の意識がすでにとても薄くて、突然にご主人はテレビのニュースが報道の酸素をかけるので中毒になる人を思い出して、だから、彼女の夫が最後の力を支えて、家のすべての窓をあげて、それから、ベッドの上横になった。空気が家に入ってから、彼女の意識がますます回復し、起きて頂礼したご、家の中に置く酸素缶を吸い込んで、2時間後で病状がやっとだんだん取り除いて、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持と命を救うことに感謝した。今年(2012年)4月、直行して左を向いている黄灯の交差点で、左を向くため、直行するオートバイに向ってに対してぶつかって、相手は急に空に跳んで落ちて、相手の車のスピードの速さとぶつかる力の大きさを想像できた。本来警局が記録をやり終えた後で病院に行って相手を見回すつもりで、意外で相手がすでに退院し、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に本当に感謝し、相手の間違いでも、相手の身体は何か傷があったら、彼女の心の中に気持ちもとてもよくなくて、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの加持ですので、相手に無事にならせることにとても感謝した。

彼女は上師が彼女のこのようなとても悪名でしを放棄していないことに感謝し、彼女にさまざまな教導と助けを絶えずに与えた。彼女は兄弟子たちが彼女のすべての悪行を例をして、上師に信じていて、諸仏菩薩に信じていて、いかなることを発生しても、すべて因果で、上師に十分な信心をもつことが必要で、つまり、上師が伝えるもっとも殊勝な「いうことを聞く」という二つ言葉を呼びかけた。最後、彼女は再度尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝し、アチ護法に感謝し、諸仏菩薩に感謝し、すべての衆生に感謝した。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上がった後に、法会に参加した大衆に貴重な仏法の開示を与えた。

今日多くの人は初めて法会に参加しに来たので、今日修める法は漢文で翻訳すると「施身法」である。と言うのは、法を修める行者が必ず自分の体を衆生に布施してあげることを観想しなければならなくて、その故に「身を施す」と訳したのである。布施、供養は仏を学ぶのが最も重要なことであるが、しかしどのように布施したらいいのか。釈迦牟尼仏は成仏する前、嘗てたくさんの布施をなされたことがあり、鳩を救うために自分の身の肉を切って鷹に餌をやったこと、自身の生命を犠牲して雌トラの食品になって、雌トラに小さいトラを飼うことができるようにさせたことを含んだ。施身法はチベット仏教の八大成就法の1つであり、いわゆる成就とはもし行者が一生に施身法を専門に修行するならば、この世にの生死を解脱して輪廻を離れることができるのである。

仏教は他の宗教と違い、ただ人に善行をするように勧めるだけではなくて、衆生に宇宙の中で真実に存在する因果法則を教えるのである。そなた達は因果を信じると思わないでください。そなた達は一人も因果を信じていない。もしそなた達は因果を信じるならば、こんなに多くの悩みがなくて、こんなに多くの苦しみを受けないだろう。どうして事が自分の身で発生したかと聞かないだろう。もしそなた達は因果を信じるならば、精進して努力して仏陀を学ぶだろう。そなた達は法会に参加に来て、すべては自分の事をよく転ずることができるように望むが、しかし事故が起きる原因は以前に悪を行なったからであり、法会に参加して善の果もある。仏は因果を変えることができなくて、もしそなた達は法会に参加して事がすぐ変わることを要するならば、それでは法会に参加する善の果も現れることができないだろう。

事実上、現代の人はどうして病気にかかって、災難が発生するか、それはすべて殺業と関係がある。そなたは殺生して相手に苦しくさせて、彼はそなたに気持ちよくさせないだろう。考えてみてください。そなた達は結婚する時に、少なくとも披露宴を30テーブル並べて、1テーブルごとに魚を1匹、1ロブスターを1皿、鶏を1羽など、結婚のためにいくら殺したか。妊娠している時に、体のため食補して、更に多く殺したのである。交通事故に遭ったような事は、相手のミスだと思わないでください。地球にはこのように人数が多くて、どうしてそなたが遭ったのか。もしそなたは殺業をつくっていないならば、このような事に遭うことができない。因があって必ず果がある。殺業を作ったら、きっと悪の報いがある。

この時、ある男性の信者は小さい女の子供を抱いていて壇城近くの座席に座っていて、この女の子供が絶えずに大声で泣いて喧しくて、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの男性の信者に、そなたの子供がこのような反応があったのはこの席に慣れないから、そなたは後の席に座ったらいい、と開示された。この男性の信者は指示に従って女の子供を抱いて起立して後方の席区まで歩いて行きたいところ、この男性の信者が席から起立すると、小さい女の子供がすぐ泣くことを止めてやかましくなくなって、法会に出席する大衆は全部にっこりして、拍手して、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は本当にとても賢いと賛嘆した。リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続いてこう開示した。自分も父をして、子供を持っているから。父とする苦しみを知っていて、子供の需要を知っている。だからこの信者に助けてあげることができる。

《 観世音菩薩普門品》には記録されるように、観世音菩薩は衆生を度する時に衆生と同様な相を現れて、はじめて衆生を助けて与えることができる。そなたは居士(在俗の仏教徒)であれば居士の身を現れてそなたを助けて、菩薩であれば菩薩の身を現れて度するのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分が観世音菩薩の化身だと言う勇気が無いが、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達と同じに在家であり、そなた達の直面した問題を知っているから、そなた達の問題をも解決することができる。幸いには、リンチェンドルジェ・リンポチェは在家の相を現れて、もしそなた達は自分の直面する問題を出家衆に伺いを立てれば、出家衆の回答がそなた達の在家の生活様式と衝突があって、なかなか受けにくいと感るかもしれない。

出家して修行するのはとても良い事である。リンチェンドルジェ・リンポチェのある1世も出家衆であるが、しかしどの世かそなた達に教えない。リンチェンドルジェ・リンポチェは今世に在家の相を現れるのであり、現代人がすべて出家をあまりしたくなくて、出家者は在家者と同じように忙しいから、リンチェンドルジェ・リンポチェは今世に在家の行者として衆生を度するのである。衆生を度する能力がある前に、リンチェンドルジェ・リンポチェは既に様々な在家の苦しみを経験して、例えば父が早死したこと、皮膚癌に罹ったこと、子供が大人しくないこと、離婚、商売の失敗など。現場の皆さんは、こんなに多くの苦しみを経験したことがあるのはめったにない。リンチェンドルジェ・リンポチェは人生の苦難を経験したことがあったから、在家者の様々な悩みが了解することができる。もし生まれてから出家するならば、どうしてこれらの在家者の悩みを体得することができるだろうか。また在家者が必要とする助けをどうして与えることができるだろうか。

施身法のチベット語は「断つ」との意味であり、この法門は私達にすべての執着と煩悩を断って助けることができる。人は様々な悩みがあって、釈迦牟尼仏が8万4千種類の法門を伝えたのは、人間の8万4千種類の悩みを対治するためである。。これらの悩みが帰納すると、貪、嗔、痴、慢、疑など5つの毒である。私達は執着のため、貪念が起きて、ようやく各種の悩みが出来る。貪念は私達の欲求であり、いかなる事がすべて私達の期待に達しなければならないことを望んで、自分の意に及ばなければ、貪念を満足させることができない時、嗔、恨の心が起きるのである。

皆はすべて子供であったことがあるだろう。誰かが自分のおもちゃを持って行く時、怒るだろうか。少なくとも相手をちょっと見張るだろう。ある者は甚だしきに至っては人を殴ることがある。これは貪念のため、嗔、恨の心が起きるのである。そなたの嗔念が重い時に、そして痴となり、因果を信じないで、因縁を信じないで、どんな事でもやる。両親がそなた達に教える話を、そなた達が受けないで、また両親が自分を余り分かってくれないと感じて、両親が経験したことを信じないで、これは痴である。貪念、欲望を満足させると、きっと誇らしくなる。仏を学んだ後に、自分は唱えるのが他の人より多くて、他の人より良いと思って、自分が他の人より良く修行していると感じる。これは我慢である。誇らしい心が起きたら、仏法の慈悲と縁が無くなる。我慢の心が起きた後に、仏法、上師の教授を疑い始める。これは疑である。仏菩薩はずっと私達を加持しているが、この5つの毒は私達の心にごまかさせられて、心が開けていないで、仏の光はあまねく照らすと感じることができない。

殺生したことさえあれば、この1世はきっと病気にかかって、交通事故に遭って、これは因果である。お経が記載され事が、ストーリを言って、或いは他の人の事を言うからそなたと関係ないと思わないでください。仏陀は余計な話を言わなくて、そなた達が毎日多くの意味がない事を言っていると違わない。仏陀の開示した一言はすべて、衆生を助けるためである。《地蔵経》は多くの因果を開示して、特に人の因果である。地蔵王菩薩は六道衆生を度していると言われるが、しかし人道の衆生と特に縁がある。これも釈迦牟尼仏が地蔵王菩薩が言う事を要なされたのである。お経の中でも言及されるのは、地蔵王菩薩のある1世の母がスッポンの卵を食べることが大好きであるから、結果が死んた後に悪道に落ち込んだ。これらの因果はすべての人の身で発生する可能であり、すべての人に適用することができ、そなた達はこれらの事が自分と関係がないと思わないでください。

福報があるのはようやく仏法を学ぶことができる。だから、仏は皆に悪行を止めて善行をして福報を累積することを教える。そなた達は1つの悪のことをしたら、ただ1つの善のことをしたら弁済できると思わないでください。善悪が相殺することができない。もしできれば、それで善の因果応報も現れない。善と悪は2本の平行線で、2つの事であるを知ってください。そなた達は発心して仏を学び始める時に、もう悪事をやらなくて、絶えずに多くの善をやり続けて、善の力が悪より大きくなる時、悪の力を軽減させるか一時停止することができて、多くの事は徐々に良く転ずることができる。もともとはとても大きな災難が発生するのはが、比較的に軽い傷害と換わって、そなたにただ蚊に少し刺されるように感じさせて、これは重い報いを軽く受けるのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは今世に努力して仏を学んで修行をすることで、たとえリンポチェの果位まで修行しても、たまに皮膚も切り傷があり、ましてそなた達はなおさらであるか。しかし大部分の人はすべて善、悪、悪、善をひっきりなしにしていて、その故に善の事、悪の事は絶えずに発生する。そなた達もこれまである人がずっと非常によく過ごしていることに会ったことがないだろう。たとえ結構な金持ちでも同じである。これは因果である。

さっき法会が開始する前に分かち合った男性弟子はでたらめを言って、ボランティアをするのがとても大きな福報を累積できるとのことである。多くの人は病院あるいは道場で、ボランティアをして福報を累積していると思うが、実はボランティアがただ助縁の一種であり、修行するのではなくて、ただ実修だけは私達に福報を累積して生死を解脱することを助けられる。そなた達は読経して、懺悔して、呪文を唱えるのが修行するのだと思うが、実はさもなくば、直貢チェツァン法王はこれらがただ助縁だと開示したことがあり、1日中お経を持って読経したら加護があるとも思わないでください。いわゆる実修とは、釈迦牟尼仏が教導された仏法をしっかりと従って次第により順番にやる。仏菩薩は私達にやり遂げるように手伝うことができなくて、仏菩薩と上師は私達に教えるだけのであり、私たちが自分でやらなければならない。本当な福報は修行して功徳を累積するものであり、生死を解脱することに用いるのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは35歳から始めて菜食して、36歳に顕教に皈依した。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達と違って、仏法を接触した後非常に頑張っていた。顕教を学んだ時、在家だけど、毎日読経や坐禅の時間について、少なくとも4時間であり、常に4時間以上を超えた。此れはそなた達より多く行っただろう。しかし、いくら多くしても、リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも自分が仏経に説かれた境界まで行えないと感じて、自分の業力を変えなくて、衆生を助けられない。上師三恩根本直貢チェツァン法王に皈依して密法を習った後、始めて何故自分が昔行えないのを分かった。リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも仏経に説かれたことが全て正しくて、全て行えるのを信じたが、始めて仏法を習った後分かったが、仏法に説かれた境界を行えるのは方法が必要である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは35歳以前肉食を食べて、多くの海鮮を食べた。その後菜食して仏を学んだけど、殺生の果報は相変わらず存在している。45歳の時皮膚癌に罹ったが、そなた達なら必ず修めない。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏を学んで因果を信じる。自分は昔殺生したから必ず果報があるのを分かった。当時医師弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェが罹った皮膚癌は極めて大変な黒色素のこぶと診断した時、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達のように手術を受けるや治療をしなくて、唯自分の因果を受けて、自分が昔殺生した果報を分かったから、仏菩薩を求めず、上師に法を修めることを求めなかった。癌に罹って十数年に経って、2007年ラプチ雪山に閉関修行した後、皮膚癌の最後のかさぶたが取って完全に治った。この間に癌はリンチェンドルジェ・リンポチェにちっとも影響しなかった。

昨日ある弟子の兄はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。彼は罹った皮膚癌はリンチェンドルジェ・リンポチェが昔に罹ったのと同じだけど、彼は歩けないほど痛めて、多くの苦しみを受けた。そなた達は状況があるから法会に参加して、法会を一回参加すれば自分の事情を解決して欲しい。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェさえ十数年間に仏を学んで修行したから、自分の癌を処置できた。そなた達は如何なる法会を一回や二回参加すれば、そなた達の病気に治させるわけではないだろう。そうすれば因果法則が存在しないではないか。

人生は短くて全ての人は死ななければならない。そなた達は必ず無常を深く信じなければならない。そなた達は仏を学んで法会に参加してそなた達に時間を長く生かせるのはそなた達に仏を学ばせるため、所謂未完成のことをさせない。例えば法会前に分かち合った女弟子が言ったとおり、彼女の父親は癌に罹ってもこの数年間に癌に影響されない。此れは仏菩薩は彼女の父親にもう少し時間を与えて、子女に安心に仏を学べる。そなた達はどんな原因のため法会に参加しても、表面的に病気に罹るや交通事故など、全てはそなた達に仏法を接触する因縁である。仏を学ぶ縁を大切にして、簡単に断たない。此の世に人になったのは前世に十善法を修めたから。好い人になって、善事を行うのは元々人として行うべき、仏を学ばなくてもいい事をするべきだ。そなた達は此の世に機会があって仏を学べるのは全て前世嘗て修行したから。そうしないと、仏を学ぶ縁がなくて、今日直貢噶舉派の法会に参加できない。

何故リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の癌に治るまで行えたが、そなた達は行えないだろうか。それはリンチェンドルジェ・リンポチェは完全に因果を受けて、仏が開示された事は必ず存在するのを深く信じて、完全に上師の教導に従って修めた。しかし、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェと最大の違いは決心をしなくて、仏法の教導に従って自分の貪、瞋、痴、慢、疑を修正しない。

殺業の果報はとても怖ろしい。一般的に謂われる刀兵劫は戦争に遇った事など指した。此れも殺生から起こった。現台湾では、戦争がないが、刀兵劫に遭ったとは病気に罹って手術を受ける或いは交通事故に遭う。殺業が重い人はこのせいで死ぬかもしれない。たとえ死なず怪我になれば、手術を受けるかどうか。多くの人はこのような事故に遇ったのは幽霊に会ったと思うが、実は全て殺生から起こった。女性は妊娠の時体の栄養を補充するため、沢山に殺した。だから、出産の時に常に手術を受けて苦しみを受ける必要である。

そなた達は既に法会に参加したから、仏の教導を聞き込まなければ成らない。尚更にリンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に法会に参加する事を要求せず、世間でスピーチをするように費用を受け取らない。リンチェンドルジェ・リンポチェにとって、このようにそなた達に怒らせるのは割に合わないけど、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏経に説かれないことをしないけど、必ず仏経に説かれたことを行う。若しそなた達は少し緩めると、法会に参加する人数は必ず現場より多いと信じられる。また、リンチェンドルジェ・リンポチェは既にこのように厳しいのに、相変わらず多くの人がいる。若しそなた達は聞き込まなくて、仏を学ぶのは加護を求めると思うと、今後もはや来ないで、他の所へ行ける。現在沢山な所は人を欠けるから、そなた達は行けば、彼達はとても喜んでいる。そなた達は行うかどうかを問わない。寶吉祥仏法センターは大功徳主や小功徳主を分けず、金を多く寄付すれば、前に座れると言わないが、全ては平等である。

昔リンチェンドルジェ・リンポチェは信者に法会に来る当日必ず菜食するのを要求した。今リンチェンドルジェ・リンポチェは法会に参加する信者に一生菜食しなければいけないと要求した。しかし可笑しいのはリンチェンドルジェ・リンポチェはいくら人を追い払っても制限が益々厳しくなっても来る人は相変わらず多くなる。理事長は尚更に大きい道場を買うのを計画しないと、今の道場はもはや空間がない。参列者は此処まで聞くと、皆喜んで拍手した。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に先に拍手しないで、たとえ本当にそうすれば、前提はリンチェンドルジェ・リンポチェがまだ生きている。

そなた達は自由民主の台湾に生まれたが、この大福報を大切しなければならない。台湾は宗教が自由の国であり、どんな宗教活動があっても法律を違反しないなら、政府はあまりに妨げない。若し他の所であれば、宗教に関して沢山に制限されて、仏法を接触する機会は尚更に簡単ではない。或いは仏法が無い所に生まれた所、例えばアフリカに生まれれば、因縁がなくて仏を学べない。だから、福報を惜しんで決心して此の世にしっかりに仏を学ばなければいけない。そうしないと人は転生した後、所謂隔陰迷があって、前世の事を忘れて、そなたが此の世の環境に従って家族の習慣など含めて新しい業力を起す。例えば、リンチェンドルジェ・リンポチェは広東に生まれて香港で育てられた。香港人は海鮮が好きなので、リンチェンドルジェ・リンポチェは昔も多くの海鮮を食べた。若しその後仏を学ばず、直貢チェツァン法王に会わないと、尚更に多くの悪業を作って、此の世も無駄にする。

台北市内であるキリスト病院があって、病院の中に全ての人、医師と看護婦は皆菜食している。仏経に菜食する事を説かれたが、そなた達は仏菩薩を求めて、如何なる菜食しないわけではないだろう。仏経に説かれたが、半斤を食べると、必ず八両を返済しなければならない。いくら食べても必ず同様に返済する。そなた達は肉を一口食べれば、福報を少し減った。肉を一口食べれば、そなたの寿命は少し減った。人は生を受けるときから福報は始めて消耗している。ご飯を食べても服を着ても全て福報が必要である。病気に罹って事故に遇えるのは福報は既に消耗して始めて足りない。また、仏を学んで修行を通して、福報を少し補充しない。法会に参加するのはそなた達を助けて福報を稼ぐため、例えば金と同じでいつか終わる時があって、引き続きに金を儲ける必要である。

現在の人は癌に罹ると全て恐がってすぐ死ぬと感じた。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェに求めて、そなた達に死なせない。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、元々人は必ず死ななければならない。癌に罹って早めに死ぬわけではなく、車に乗って交通事故に遭えば、死ぬ。たとえ車に乗らず、歩いても車にぶつかって死ぬかもしれない。餅を食べるさえ喉が詰まってすぐ死なせる。そなた達は何故恐がって車を運転する、車に乗る、道に歩く、餅を食べる勇気がないだろうか。多くの信者はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁する時、皆自分が家庭、妻、子供があって責任が終わらないから死ぬ事が出来ないと強調した。リンチェンドルジェ・リンポチェも単刀直入で開示されて、彼は心配なのは今後妻は別人と結婚して、子供は名字を変えることであり、自分が見たくないだろう。

何故そなた達に法会に参加させる。それは人が沢山に集まって場面が盛るためではない。そなた達は自分に頼るだけなら、福報を難しく累積できない。法会に参加すれば、そなた達を助けて福と慧を累積できて、つまり二つの資糧を累積できる。施身法の法本の中に説かれたが、早めに二つの資糧を累積できる。資糧とは福報を累積してそなたに仏を学ぶために使う。福と慧を累積した後、そなた達始めて仏が説かれたことを徐々に理解できる。先日にリンチェンドルジェ・リンポチェもそなた達に《観世音菩薩普門品》を唱えさせる事を指示したが、そなた達も唱えたけど、その中の意味を体得できない。若しリンチェンドルジェ・リンポチェが《観世音菩薩普門品》の内容を開示すれば、全て説くのは少なくとも一年にかかる必要である。その中に常に観音菩薩を念じて敬うと説かれたが、「常に念じる」とはどんな意味だろうか。リンチェンドルジェ・リンポチェは再び出家衆に聞いて、出家弟子は誰でもすぐ回答できない。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、この中に密法があるから、密法を学ぶ人は見るとすぐ分かる。

地獄に堕ちるとはとても簡単で、一つの念があれば十分だ。地獄に堕ちる事は大した事ではないと思わない。此れはそなた達が言われた十八年後に再び改めて転生できることと違う。地獄に堕ちれば、人類の時間で計算すれば、少なくとも千年しか出られない。人として生まれるのはとても簡単ではない。そなた達は今地球の人口は益々多くなるから、人としてとても簡単だと思わない。地獄にいる衆生は益々減ると思う。今地球に於いて約六十億人口があって、昔より多くなる。それは畜生道の衆生の数量が減ったから、沢山に殺されて人道に転生する関係である。そなた達は見えたが、今多くの人は動物しか行わない行為をして、このような人に人の道理や仏法を説くと、彼達も聞き込めない。此れは畜生道から生まれるから。

我らは四つの事のためにこの世に来た:借金の取立、弁済、恩返し、復讐のである。所謂冤親債主でなければ家族になれない。冤親債主とは外の人ではなく、自分の家にいるのである。外の人が意外を起した時、皆は自分と関係ないと思った。しかし、自分の家に発生すると、例えば、家族の中に1人が病気にかかったら、皆は手か足か如何すれば良いかわからなくなるんだろう?彼の世話をすると、また支出をオーバーし、大きい影響を受ける。常にこんなに団結しないのに、家族の中に1人が何かあったら、家族皆は全部集めて来て、表面的に団結になったようで、実はこの家族皆が全部この病気にかかった者に返済しに来た。

それより、そなたの子供が不順従であれば、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたにおめでとうと言い、そなたが返済したから。ある信者は自分の子供が良く教えなかったら、連れて来て、仏菩薩の手伝いを求めに来て、仏菩薩にやらせる。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らに聞く:そなたはこの一生に幾らの善事をしたか?何に基づいて自分が親孝行の子供を生むのが出来るか?しかしそなた達は弁済、借金の取立と思って、教えなくて、彼らに自由にさせる。仏経にも載せてあり、両親は子供を教える責任がある。父母として必ず子供に道徳、倫理の観念を教えるべき。子供は小さい頃良く教えなければ、大きくになるとある社会に危害ことをしたら、父母親の罪も大変重い。

そなた達は法会に参加しに来て、三宝に対して、恭敬心があるべき、恭敬心があれば即ち供養で、供養があるこそ福報がある。また懺悔心があるべきだ。過去自分が悪業をしなければ、今日も事故が起きることはでき(ありえ)ない。そなた達は今日法会に参加して、信心があるべき。言った者がいたが、そなたは信心が備えれば、どのことでも変わることが出来る。しかし、所謂信とは、信心があれば、そなた達がほしい効果に達することが出来るのではない。例え、人事不省になる家族を目が覚めるとか、仏菩薩を強烈信じれば、そなた達の考えを満足が出来るとか、仏は因果に背いてそなた達を手伝う事が出来ない。「此処所謂「信」とはそなた達は仏菩薩が必ず衆生を利益するのを信じて、自分が必ず上師と仏菩薩の教導に従って、自分に輪廻させる行為を改めて、仏が全て仰った、自分が必ず出来る事を信じる。」

仏菩薩は衆生に対しての加持と配慮は平等で、仏菩薩の光は何時も一切の衆生をあまねく照らして、まるで、太陽の光はいつも大地をあまねく照らす。しかし受け取れるかどうか、そなた達を決める。そなた達は仏菩薩を受け取ることができるこそ、始めて火事を得ることが出来る。そなたは自分が信じなければ、まるで自分が仏菩薩の光を遮るように、自然に加持を得られない。まるで信号の発送、1つは信号の発送、もう1つは信号を受け、仏菩薩は何時も信号を発送して、そなあの心も仏の教導にしたがってして、信号を受け取るならはじめて出来る。

仏菩薩は因果を変わることが出来ない、縁がある者を始めて助けが出来、縁がなければどうしようもない。ある者が聞くかもしれない:仏菩薩があんなに慈悲なのになぜ、苦しみを受けて、意外にあった者がまだいるか?どうして地獄に堕ちる衆生がまだいるか?まさか仏が知らないか?リンチェンドルジェ・リンポチェは申された:「仏が知らないのではなく、縁がないから。仏がどんなに助けても、助ける事が出来ない。仏法を耳に入れて、仏菩薩の考えと相応して、はじめて縁があると言え。仏の教導を受け取らずに、やはり悪行をし続ければ、縁がないのである。」

法会に参加する動機が大変重要で、そなた達自分のことをばかり考えないで、今日そなた達が法会参加に来て、しかしまだ多くの衆生が法会に参加することが出来ない。後ほど、修法する時、そなた達はこの法会が一切苦しみを受ける衆生に全て仏法の助けを得る事が出来させて、六道の中にそなたと関係あり衆生を助ける。只自分の親友を考えるのではなく、そなた達も苦しみを受ける衆生の一員だ。法の主催する者は只リンチェンドルジェ・リンポチェ1人で、現場の参列者がこんなに多くて、毎人に修法の効果が全部同じではない、それはそなた達が法会に参加する考えに決める。考えが正しいべきで、只自分のため法会に参加するのを考えないで、広げて衆生のためにして、そうして、今日法会に参加するのはそなた達に役に立った。

仏法が説いた「慈悲」とは、慈が自分の一番いいものを衆生の痛苦と交換し、一般の善行とは同じではない、これはそなた達が出来ないものだ。そなた達が全て言った善行とは、只自分が余った者を他人に上げ、そなた達は自分の一切のものを上げてもいいか?悲とは、衆生を輪廻の苦しい海より抜き出させる事が出来るのである。仏経には載せてあり、衆生の肉を食べると慈悲の種を断つ。なぜそなた達は衆生の肉を食べる事を断つか?1つはそなた達を衆生ともう悪縁を結ばない。もう1つは慈悲心を培養するのである。そなたは慈悲心があって、慈悲心之種を発芽させて始めて菩提心を培養する事が出来て、更に生死より離脱して、仏になり、衆生を利益する。

施身法はチベットの女ヨガに作られた、女ヨガ士は結婚して、子供を生んだ行者で、これは「大般若経」の空性の慈悲、布施と智恵により、全て書いた法門である。密法は自分で修め、と他人のため修める法と分けてある。今日リンチェンドルジェ・リンポチェが全て行なう施身法は、即ち他人のため修める法であり、一般的に修める者が少ない、非常に辛いから。つらいとはそなた達が修法者が修法の過程の中に受けた苦しいのではなく、修法ものは必ず深厚な顕密基礎があり、多くのを修めた後この法門をはじめ学ぶ事が出来た。また修め得て、成就を修めるのは自分が口で言うばかりのではなく、閉関の中に法本の中に全て説いた象徴が全部現れて、また上師の確認を得るこそ、とても大変容易のではない。自分を利益することが出来るまで修め得る。これ等修行の過程が出来てから、他人のため修める法本を始めて学ぶ事が出来、密法を修めて成就を得るものは大変少ないだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは修行経験がある者で、とてもわかり、自利利他まで修め得るのは必ず閉関することを通じて、或いは奥の山の中で修行する。しかしそなた達は現在全部閉関する因縁福報がない、只仏を勉強する因縁を蓄積する。そなた達は必ず三宝に対して恭しくて、上師の話にしたがい、これはそなた達が仏を勉強、生死より離脱することにきっと役に立った。リンチェンドルジェ・リンポチェが全て開示した仏法はそなた達にたいして全部いいで、人生経験法で判断する必要がない。仏法と人生経験法と関係ないから。

修行する者は通常自分を守るため、ある聖物、仏像をつけ、多すぎる者を接見するから。しかし、この法を修める時何にもつけることが出来ない、全部外す必要で、自分を全く布施して、衆生にいかなる恐れの心を起こさせないで、行者の助けと済度を受け取りに来る。

尊いリンチェンドルジェ・リンポチェは施身法の儀軌を行い始めた。リンチェンドルジェ・リンポチェが法座で苦労をして修法をなさい、その過程に、特定な勇猛な音を出した時、寶吉祥仏法センターに同時に放送する数個液晶のスクリーンの上に、リンチェンドルジェ・リンポチェの尊身より瞬間で一つ1つ丸い荘厳な光、殊勝な加持力が全体を揺り動かし、修法能力の強さは想像より超えた。尊いリンチェンドルジェ・リンポチェは自分の密法の成就で、苦労を問わず、生命で修法して、無数な衆生を利益する。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは修法が円満になった後大衆に開示した。先リンチェンドルジェ・リンポチェはみなにつれで六字大明呪を唱えて、リンチェンドルジェ・リンポチェは1千回で唱えて、今日、1,470の参加者がすべての人々が従って唱えるなら、総計が140万回目を唱えた。この数字はそなた達が家に一年間に唱えられない。多く人々は同じ考えで同じことをしたら、この力の大きさが難しくて想像する。一人は家に唱えたらこのような力ができない。先の140万回目の六字大明呪はただこのような千人以上の法会に参加してから短時間でやり遂げられて、その上、上師からそなた達につれて唱えなければならない。だから、自分は家にお経と唱えて真言を唱えてやり遂げることを思ってはいけない。いわゆる「居間の大道場」ということがない、仏経にこのように記載されたことがない、また、一部の人々が噴水器をもってあちこちを噴き出して、このようにしたら衆生にたすけると思っていて、これも仏経に記載されたことがない。

お経の中で記載されていないことはしたら如法しない。仏が忘れることをおもってはいけない。釈迦牟尼仏は49年に仏法を諭していて、絶対に言うことを抜かすことがない。2、3千年以降のことでも諭される。釈迦牟尼仏は千年後、世の中にどのような病気があるというこまかいこと早めに予知した。だから、仏が説かないことが自分が発明しないでください。そなた達は自分が家ににて毎日に一時間に唱えたら修められることが思ってはいけない。多くの人々は家に唱えることも同じだと思っている。が、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示はもちろん違うのである。閉関して修行した後、真言を唱えてお経を唱えてから衆生に助けられて始める。そなたたちは毎日に家に真言を唱えて、仏を礼拝し、ただそなたに自分が仏を学ぶ人に覚えさえるだけである。

さき、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者をつれて六字大明咒を唱えていたときに、ある女の信者の真言を唱える声がとても大声で、これはいま仏を学ぶ者の欠点で、真言を唱えて、仏号と唱える声が大声であれば、仏菩薩が聞こえて、自分がとても恭敬だ示して、あるいは、このようにしたら他人の声を聞こえないで、ただ自分の声を聞こえしかないで、このようにしたら一心で効果があると思っている。実はそうではない、このように方式で唱えないてください。このように唱えたら身体に傷つけて、時間が長くなったら、身体によくなくなる。

リンチェンドルジェ・リンポチェはその時に、ある出家弟子は「金剛誦」を説明させた。この出家弟子は「身体から唱える声で、しかし、いかに形容することがしらない」と確定していないで言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは何か裏から唱えるのでしょうか?いかに唱えられるか?この出家弟子はいかに形容することがわからないのは密法を修めていない。多くの人々は「金剛誦」を聞こえたことがあって、しかし、この意味がわからないで、金剛が唱えるのではなくて、大声で唱えるのは金剛誦ではない。チベット仏教が修めるのは金剛乗で、金剛誦は「金剛乗」中の「金剛」の意味で、心を動かない。さき、リンチェンドルジェ・リンポチェが真言を唱えるときに、心が動かないで、みなもリンチェンドルジェ・リンポチェが真言を唱えるときに口も動かないことをみえて、腹の言葉ではなくて、これは金剛誦である。金剛誦はわざわざであるいは意識で唱えるのではなくて、自性からの真言を唱えて、おのずから現れて、わざとらしくない。そなた達は真言を唱えることが意識で唱えていて、そなた達の意識が妄念で、妄念と雑念で真言を唱えるなら効果がない。

リンチェンドルジェ・リンポチェが金剛誦ができるのは密法の修行して閉関し、中脈を通し、その上、本尊に相応できるを修めて、唱える真言が衆生に利益してはじめる。「中脈を通す」の意味は業がすでになくして、ほとんど悪業はないで、ただ善業がある。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが真言を唱えるスピードがとても速くて、これはリンチェンドルジェ・リンポチェの中脈を通して、真言を唱える気が連綿して絶えないで、その上、定で唱えていて、心の中に妄念がないで、真言で一心して、だから、スピードはより速いのである。

前日、ある日本信者は台湾へ電話をかけてきてリンチェンドルジェ・リンポチェに助けを求めた。彼の母は日本で魚の小骨で咽喉に押さえられて、診察してもらって、医者が先に薬を飲んで観察して、できないなら手術して扁桃腺を切るといった。リンチェンドルジェ・リンポチェは電話で真言をとなえてこの日本信者の母に加持し、翌日、彼女が薬がないでも治された。今日、このことを話して、リンチェンドルジェ・リンポチェの神通がいかにすばらしさのではなくて、そなた達に仏法が真にやり遂げて、やり遂げるなら、このように衆生に利益することができる。

衆生に利益することをやりとげるなら、自分が家に修めることが無理で、必ず上師に従わなければならない。直貢噶舉は特に口伝を重視し、『大蔵経』のような多くてお経を唱える前でも、上師の口伝も必要である。一部の人々は自分がお金があって、約束させたくないで、家に自分で唱えてもできて、同じようにお経を唱えて、同じように仏菩薩だといった。そのとおりだ。同じ仏菩薩だが、分別もある。『阿弥陀経』に記載されていて、弥陀讃にも記載されていて、仏と菩薩が法報化の三身があって、人々が浄土にいって化身仏菩薩にて接引をしてくれなければならなくて、化身仏あるいは化身菩薩はつまり凡夫身の上師で、菩薩果位を修めると、報身仏が接引をしてくれる。

みなはこの数年に台湾の天災が減らすことを感じるかどうか?たとえ台湾を襲っても大きな災害がなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の能力をいえないが、毎年に絶えずに大法会に主催して、ほかの道場もしたがって法会を行う。だから、金剛乗の上師はとても大変で、法会を主催するのは最初から最後までつづけて修法し、つづけて唱えて、線香を立から離れるのではない。ある地方は常に法会に主催し、その上、人々が菜食したら、このところの災害がより少ない。リンチェンドルジェ・リンポチェは毎年に大法会に主催するわけが我々の個人からもっと多くの人々に影響することを望んでいる。

そなたたちに常に法会に参加させるのはそなた達に仏菩薩と縁を結ばれて、そなた達に仏を学ぶ因縁があらせる。仏菩薩と縁を結ばないなら、そなたが災難がある時に、仏菩薩がそなた達に助けたいでも仕方がない。リンチェンドルジェ・リンポチェはユーモアで説いた。多く人々は法会に参加してから一切が順調になると思っていて、法会に参加してから王子様にあえて、できない、法会に参加してからほかの相手をあうかもしれない。法会に参加した後、一切がよくなるとはいえない、特に菜食しないのが多くの人が恐らく下痢をして、菜食をしていない人が毒をみにつけて、取り除くことが必要わけである。これは法会に参加するので、そなた達に重い報いを軽くて受けて返却させた。

リンチェンドルジェ・リンポチェはみなに菜食することを勧めて、仏を学ぶのではなくて、みなの健康、家庭、この土地のために、みなが菜食をしなけれなならないわけである。一部の人々は自分が菜食してから、付き合うことができないで、これはただ自分が決心がないで分けを探すだけである。ある菜食する人はある肉食する人と付き合うなら、以降に問題を起こして易くて、強情で肉食をしたい男であればやめてください。いらないでください。諺による臭い男でいうのでしょうか?つまり、肉食する男は易くて体臭がある。そなたは彼と一緒に付き合うなら類は友を呼ぶのである。

末法時代には悪の共業は多くて、われわれが変え難くて、みながすべて共業の影響をうける。みなは以降でここで生きているので、自分と関係がないと思ってはいけない。前回の法会にリンチェンドルジェ・リンポチェが挙げる例である。そなたの隣のビルのエレベーターで痴漢がいたら、そなたが出入りする時に少々注意しなければならないでしょう。一部の人々は口答えをするかもしれない、もしみなは全部菜食をしたら、屠殺業が商売できないでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェの開示はこの心配が余分で、悪をする衆生が簡単で済度して尽くすのではない。

ある人は菜食したら両親がうれしくないことを心配するといった。それでは、そなたたちは子供ごろに、両親がそなたに食べさせても、そなたがどのようにしてもたべない。なぜいま菜食したら両親に罵られることを恐れるをいうのでしょうか?そなたたが両親とするのは子供が菜食したら栄養がないことを心配がいらない。リンチェンドルジェ・リンポチェは菜食することを決めるときに、友たちは悪事をするので菜食するかとからかう様にいった。リンチェンドルジェは友たちに自分が確かに多くの悪事をしたと回答し、自分の悪さを承認したら十分である。菜食するのは個人の行為で、リンチェンドルジェ・リンポチェが前に菜食するときに、自分の子供に菜食させること強いないで、一緒に食事をしても、彼が肉食して、リンチェンドルジェ・リンポチェが菜食し、関係ない。一部の人々は菜食してなべと碗でも新しきでかわらなければならないと言って、それでは、そなたがなべと碗を食べて、あるいは食事をするのでしょうか?

いま、多くの人々はおかしい病気あるいは癌にかかって、すべて自分あるいは祖先がした殺業と関係がある。例を挙げて、リンチェンドルジェ・リンポチェの曾祖父の時代にカイコを飼って糸業に従事して金持ちになって、結局、リンチェンドルジェ・リンポチェのこの世に、リンチェンドルジェ・リンポチェの弟、妹、母がすべて手術をおこなって、菜食する30年あまりの長姉も糖尿病にかかって、次姉が子供から智力の問題がある。ただリンチェンドルジェ・リンポチェは仏法を学ぶので、65歳までには手術をおこわないで、これからわからなかった。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは会社人になるときに。、最初の仕事がレストランの炊事場で働いて、が、ただパンを焼いて、クリームをつくるという簡単なことをして、刀を持って肉を切ることがなくて、これは過去世で殺生の考えがないほどを修めるわけで、だから、この世に殺生の行業がない。が、この世に依然として肉食をして、海鮮が好きで、だから、同じように皮膚癌に罹っていった。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは手術をして切ったことがないで、仏法を修行により、皮膚癌に治されました。

リンチェンドルジェ・リンポチェは再度みなに薦めて、法会が終わってから、帰宅して心を静めて考えて、食べて行ってはいけないで、牛肉のタンメンを食べるとも思わないでください、この中に牛肉がないでも菜食だと思ってはいけない、自らを欺き人をも騙さないでください!あるいは、自分は他人と約束があって絶対にいって、そなたたちは普段に多くの方法があって約束をいかない。今日、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞いてから、帰宅して自分の行為と思想方式を考えて、リンチェンドルジェ・リンポチェと開示する内容がなにか違いがるか?あるいは自分がとこでやり遂げないのでしょうか?

そなたたちは聞き入れるなら、信じていて、仏法を受けられて、三宝を恭敬し、絶えずに次第に釈迦牟尼仏の教導によりして、そなたたちの未来が必ずよくなっていて、そなたたちに改善をみられる。そなたたちは善行を行って善果があることを信じている。今日、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたに少し返却させてもらって、そなたたちが決心を決めなければならない。あるいはリンチェンドルジェ・リンポチェの体力とこの2時間あまりを無駄させた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは諭しが終わってから、参列者は口をそろえて金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが自身の苦労を顧みないで、無数な衆生に修法して利益することに感謝した。

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2012 年 07 月 14 日 更新