尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示

2012年6月14日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北国際会議中心で、「チベット仏教直貢噶舉派祖師ジッテン・サムゴン795年記念大法会」を主法して、正統なる仏法を広めて伝承し、直貢噶舉派の法脈を続けて、そして台湾この土地及び世界の平和を祈るためである。

午前10時、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは経幡、宝傘、楽器、薫香炉、八供女などの先導の下で、法会の現場に歩いて入って壇城に上がった。3人のケンポス僧、3人の直貢噶舉派のラマ僧、1人のゲルク派のラマ僧及び74人の顕教出家衆がついて行って入った。会場には米国、フランス、日本、香港、インドネシア、マレーシア、フィリピンなど国からの貴賓、及び日本、中国大陸、台湾からの弟子と信者達など、3,400人を上回った参加者も同じく静かに起立して、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが会場に入ることを恭しく迎えた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは先ずは、尊勝なる直貢チェツァン法王、チョンツァン法王のお写真及び仏菩薩に恭しく頂礼して、そして燃灯して仏を供養してから、主法の法座に昇った。この時、壇城の下で、300人の信者の代表は順番に300個の灯を点して仏を供養して、この300人の信者は入場する時に自らくじ引きして抽選されて、更にいかなる費用を支払う必要がないのである。

法会に出席する大衆は1段の皈依祈祷、発心などお経文を唱えてから、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示された。

今日は直貢噶舉派 祖師ジッテン・サムゴン795年記念大法会であり、多くの人はチベット仏教についてあまり知っていない。チベット仏教の意味は、仏法がチベットに伝えて入って来た後に、チベットの文化と風習を加入した。漢伝仏教は仏法が中国に入って来たのになった後に、漢人の文化と風習を加入した。仏法は異なる地方に伝わって、形式ができるだけ少し異なって、チベット仏教は保留して比較的に完備しているのである。

仏を学ぶのは、あちこちに行って固定の道場が無くとしないで、1名の具徳の上師を探し当て、上師に従ってよく勉強してください。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの世に2名の上師に皈依したことがあるが、一名は以前顕教を学んだ時の上師であり、それから尊勝なる直貢チェツァン法王に皈依して、密法を学んでいる。釈迦牟尼仏の年代には仏教という名詞がない。釈迦牟尼仏が49年間説法して伝授された8万4千種類の法門はすべて、人に生死に解脱するように教えるので、すべて仏法である。直貢チェツァン法王も嘗て、「衆生のため輪廻を解脱して助ける方法でさえあれば、すべては仏法である。」と開示された。

顕教と密法はすべて釈迦牟尼仏から伝承されるのである。顕教が言うことは仏法の理論であり、密法が言うことは修行する方法である。理論を知っていて、更にどのようにやったらいいかを分からなければならない。どうして顕教と称するか。顕教の「顕」は明らかに見られるので、そなたの意識を使って理解することができて、人の意識でそなたにお経の上に言われる意味を知らせることができる。密法は出現法であり、そなたの意識で理解できるものではない。密法の「密」は神秘を指すのではなくて、秘密を指すのではなくて、密法の密は2層の意味があり、1つは「牢密(牢固と細密の意味)」という意味を指して、密法を学ぶ人は衆生を利益する心が非常にしっかりとしかも細密であり、非常に丈夫なので、破壊してはいけなくて、何故かと言うと外在や内在の原因により変化することがない。だから、密法を金剛乗仏法とも称する。もう一つの意味は、密法を学ぶ人がきっと先に十年の顕教基礎が必要である。仏法の理論がすべてはっきりと知ってから、初めて密法を学ぶことが出来る、同時に福徳因縁を備えなければならなく、上師がそなたにようやく伝わることができて、つまり、そなたは密法を学ぶ根器を持つ人ではないと、上師はそなたに密法を伝えないから。密法は必ず単独に伝授するので、公的に講じることではなくて、そなた達が耳にすることを恐れるのではない。そなた達は密法を学ぶ根器ではなくて、そなた達が聞いても知らない。そなた達は密法に対して好奇心を持つ必要がなくて、まるで小学生が大学の教授の教える内容を聞いて分からないと同じように、あれが理解できない秘密だと自然と感じて、まして金剛乗は博士の中の博士に相当するのはなおさらである。チベットで、必ず顕教を10年間も学んで、閉関修行を3年間行って、更に上師の許可をもらった後に、ようやく密法を学ぶことができる。各位は今すべて幼稚園とても幼いクラスでの程度であり、基礎は先に必ず作り終わらなければならなくて、ステップアップアップして学ぶことができる。

皆は現在、チベット仏教だけが忿怒相の仏像があると思っているが、事実上、顕現の中に忿怒相を現す仏像もある。例えば、皆さんが比較的によく知っているのは顕教の焦面大士である。焦面大士は観世音菩薩の化身である。仏菩薩は同類と化現して六道衆生を度する。仏菩薩は人道の衆生を度する時、人の様子と化現して人を助けてあげる。仏菩薩は畜生道の衆生を度する時、禽獣の様子と化現する。仏菩薩は地獄道の衆生を度する時、地獄道の衆生の様子と化現して、意図は衆生に自分の同類と見させることで、比較的に受け取ることができて、これはいわゆる「四撮法」の中「同事」である。多少法界の衆生が比較的に怖いから、観世音菩薩は必ず忿怒相を現さなければならなくて、ようやくこれらの衆生を教化することができる。忿怒相のもう一つの解釈は、そなた達が子供に教えるように、彼が一回話を聞いてくれない時に、そなたはにこやかに彼と言うが、2回も、3回もがすべて話を聞いてくれなくなると言った後に、そなたが顔が起き始まって彼を説教し、甚だしきに至っては怒っている様子を現する。だから表相は忿怒であるが、しかし内心はきわめて慈悲である。

どうして今日にチベット仏教直貢噶舉派祖師ジッテン・サムゴン記念大法会」を開催するのか。チベット暦から言えば、今日は祖師ジッテン・サムゴンが指定する記念日であり、今日に紀念法会を催す加持力がもちろん比較的に大きくて、祖師ジッテン・サムゴンは竜樹菩薩の化身であり、祖師の指定する日に従うと、話を聞き取って大人しいので、ようやく加持を得ることができる。ジッテン・サムゴンがこの日を指定することは密法との原因がある。空行母と関係がある、早めることもできないし、延びることもできない。チベット暦は国暦の期日と違い、たとえ今日は休日ではないとしても、日曜日ではなくて、普通な出勤する日であるが、皆は休暇を取ってようやく参加しにくることができる。やはり今日にこの法会を行って、時間を変更することができない。

祖師ジッテン・サムゴンが指定する記念日はチベット暦であるから、リンチェンドルジェ・リンポチェは毎年三恩根本上師直貢チェツァン法王に伺いを立てて、国暦のどの日を確定して、直貢チェツァン法王はいつの日があの日だと言ってもらって、同時に直貢チェツァン法王の承諾を頂いて、はじめて祖師記念大法会を開催することができて、直貢チェツァン法王の承諾を頂いたら、加持を頂くのである。今日約3,400人は参加しに来ることができて、リンチェンドルジェ・リンポチェはまず皆の社長に感謝して、彼らがそなた達の休暇申請を許したから、今日ようやくこの法会がある。その故に皆の社長も布施、供養をしているのである。供養は決して金銭を使うのではなくて、そなた達の社長は皆に法会に参加させて、これも供養の1つである。そなた達はほんの少しの自分の小さな利益を犠牲し、この殊勝な法会に参加しにくることができて、これも布施であり、そなた達の心が自在となって、もう財産、仕事など事に縛らないことを現すのである。

今日はリンチェンドルジェ・リンポチェの会社の多くの社員は法会に参加しにきて、だから リンチェンドルジェ・リンポチェの会社が一日の商売も無くなったが、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは気にしなくて、何故かと言うと、世の中の事業がすべて仏法ほど重要ではないから。2007年、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェがネパールにあるラキ雪山へ3ヶ月閉関修行しに行くことを指示して、リンチェンドルジェ・リンポチェが1つの話が無くて、ただ「はい」と答えて、閉関修行に行った。閉関修行がとても簡単だと思わないでください。閉関修行する期間には1つの部屋の中に泊まって外に出ていくことができなくて、ドアに外から施錠されて、閉関修行する期間には人に会うことができなく、話をすることができなく、入浴することができなく、同じく外部と電話することができなくて、たとえ死んでも、閉関の部屋の中に死ぬことしかできない。もしそなたであれば、たぶん自分がこんなに長い時間を離れたら、旦那さんがどのようにするか、息子と娘がどのようにするか、作業がどのようにするか、ということを心配して、皆は放下できない理由がたくさんあるべきであろう。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の家族と商売が問題が発生するかどうかを心配していないで、ただ社員のために3ヶ月分の給料を事前に用意しただけ。リンチェンドルジェ・リンポチェは閉関修行が終わって、会社も何も問題がなくて、破産していないのである。

仏を学ぶのは福報がなくてはいけない。ここで福報とは、一般世間の福報ではない。今生に仏を学ぶことができるのは、すべて過去世に修めたことがあって、今生の行為は来世を修理するため。《阿弥陀経》には「不可欠な福徳因縁」を記載されて、どのように福徳因縁を累積するのは大法会に参加するのである。いわゆる大法会は数十人、数百人の法会ではなくて、きっと千人以上を上回る法会は大法会と言える。今日3千数百人は大法会に参加して、更に殊勝なのは顕密四衆が全部集めたのであり、顕教の男女出家衆、直貢噶舉派のケンポス僧とラマ僧を含んで、それはお経が諭された僧団であり、比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷など四衆である。だからこの大法会に参加できるのはそなたが自分で家で十年間修行することよりもっと役に立つ。

チベットは密法を最も完備に保存している地方であるが、しかしチベットで密法を習い得ることができるのではない。チベット人は修行する人ではないのも多い。チベット人は仏法がわかると思わないでください。チベットのリンポチェが全て密法を修めることができるとも思わないでください。そなた達は仏法がすべて同じであるが、何故密宗がそんなに多くの流派に分けるかと好奇する。歴史から見ると、以前は西康チベット地区が土地が広くて、交通が非常に便利ではなくて、たとえ今でも同様に余り便利ではない。交通が便利ではないから、情報は順次伝えることができない。地方は伝法の上師が教授することに従って、自然に1つの法脈になって、だからいくつか地区性の寺院が現地の住民と解け合ってきて、地域性の異なることにより、ようやく異なる教派が発生したが、しかしすべては釈迦牟尼仏の伝わられてくる正法である。そなたはどの上師に追随して仏法を学習するか、そなたがこの上師の累世の因縁と関係がある。

チベット仏教はなど噶舉(カギュー)派(白教)、寧瑪(ニンマ)派(紅教)、薩迦(サキャ)派(花教)、格魯(ゲルク派)(黄教)など四大教派がある。各教派の修行する法門と過程は違う。ニンマ派の成就の法門は大円満であり、噶舉派は大手印であり、大手印はちょっと禅宗と似て人の心をまっすぐに指す方法である。修める法門は異なるが、しかし結果はすべて、生死に解脱して、成仏して衆生を利益するためである。今日皆が参加するのは直貢噶舉派の法会であり、「直貢」は地名であり、「噶舉」は口伝する意味であり、つまりいわゆる黄金の伝承であり、すでに8百年余りの歴史があった。釈迦牟尼仏が法を伝える時、彼の弟子はノートを書いていないで、あの時もテープ・レコーダー或いはDVDがなくて、すべて口伝されるのである。

ある者は密法が説かれた双修を誤解した。双修は一般人が言われた通り、男女の欲ではない。若し、男女の欲は修行して成仏できるなら、この世に毎日多くの人は双修しているのに、成仏する人は一人でもいない。そうすると、仏を学んで修行する必要があるわけではないだろう。だから、それは密法への誤解だった。実は顕教の角度から見ると、密法の双修は慈悲及び智慧の修行を説かれた。勿論尚更に深い意味がある。それは別の境界であり、全ての人は行えない。

多くの人は釈迦牟尼仏は密法を説かないと言った。実は経典に密法が現れた。唯密法を学ばない人は見えない。例えば、そなた達は見た事があって、顕教の問訊の手の印はと眉の間に指した。問いなので、口に置くはずなのに、何故おでこ、眉と眉の間に置いただろうか。また、釈迦牟尼仏の定印に関して、定印を結ぶのは「定」という意味で心が定めるはずだが、何故へその下丹田に置いて、胸の中央の心に置かないだろうか。更に釈迦牟尼仏の吉祥臥は何故右手を肘枕にして横たわって、左手を肘枕にして横たわらないだろうか。何故このような寝姿があるだろう。実は此れは全て密法と関わる。リンチェンドルジェ・リンポチェもポワ法を学んだ後、始めて何故吉祥臥はこのような寝姿を分かった。何故右側に向け寝て、決して左側に向け寝ないだろうか。このような事は誰でもはっきりに解釈していない。リンチェンドルジェ・リンポチェは密法を学んだ後、始めて此れは全て密法と関わるのを分かった。唯今日解釈する時間がない。仏が行った事は全て衆生を助けて輪廻苦海を離れるため。仏は余計な事をしない。

「リンポチェ」の意味は人間の寶であり、衆生を助け苦しみを離れる。リンポチェになるのはとても派手だと思わない。リンポチェになるのはとても大変で世界中に最も危険な仕事である。一般人は仏を学ぶのは他の宗教と同じで、人に勧めて良い事を行う。しかし、良い事を行う事は唯人として基本な条件だ。《阿弥陀経》にも記載されたが、浄土に往生するのは必ず福徳因縁を具える善男子、善女人である。此処で言われた善は善を行う事ではなく、善を行うのは人として根本である。此処で言われた善は十善法を行うことだ。仏法の特有な修行法門は慈悲を培養する。「慈」は自分の最もいい物を衆生に与えて、衆生の苦しみを交換する。「悲」は衆生を助けて、三悪道を離れて輪廻苦海を離れる。慈心及び悲心は水のように灌漑すれば、菩提心の種に菩提大樹を生じて、仏果を結べる。他には修行者はまず自分の生死に把握を持つと、始めて能力があって衆生を助けて生死を離れる。

今日そなた達はこの法会に参加して、祖師ジッテン・サムゴンと極めて良い縁を始めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは面白くおっしゃった。そなた達は既に捕まえられた。皆今日来ると、今後逃げられない。必ず此の世ではないけど、将来必ずある世に仏を学ぶ。リンチェンドルジェ・リンポチェは此の世に嘗て祖師ジッテン・サムゴンに二回を救われた。ある一回、大変な交通事故に遭った。ある一回、自分の修行と関わった。だから大修行者と縁を結ぶのはとても重要だ。仏経に説かれたが、「利益で引かれる」先にそなた達の欲望を満足して、そなた達に仏法を受けさせて、更に仏を学んで、一切輪廻の行為を修正させて、生死を解脱できる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皆と同じで在家衆であり、皆と違うわけではない。事業があり、母親があり、子供もあった。顕教を学ぶ時毎日仏経を読み、真言を唱えて仏を拝んだ時間は少なくとも4時間、毎日1時間に坐禅していた。現場にいる人は出家衆以外、他にはリンチェンドルジェ・リンポチェより多く唱えた人はいないはず。しかし、たとえこのように行っても、リンチェンドルジェ・リンポチェは当時自分が入定出来ないと発見した。境界が来る時、相変わらず仏経に説かれた境界を行えない。自分の未来も何も把握できない。リンチェンドルジェ・リンポチェは始めて何故自分が行えないのを疑った。しかし、経典を疑うではなく、それは仏が説かれた事は正しい。密法を学ぶまで、始めて昔自分が行ったのは理論だが、方法が無いから、行えない。36歳に因縁があって直貢チェツァン法王に会うまで、始めて昔に行ったのは唯助縁で修行と関わらない。昔は行えないのは密法を学ばないから、理事円融できないから。

その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは現場に勝手に法本を開く出家衆に開示された。そなた達は法本を持って自分が唱えれば、修めると思わない。法本は皆が唱えるが、その中の密法は書かない。上師が口伝した後、修められる。だから、そなた達は法本を開かないが、唱えても役に立たない。よく考えてみて、そなたは小学校一年生、始めて授業する時、先生に言った通りにした。教科書の第一ページを開くと言うと、そなたは第一ページを開いた。そなた達に席を前後交換するのを指示すれば、そなた達も確実に教えに従った。今大人になって、自分が出来るから教えに従わないと思う。直貢チェツァン法王は嘗てリンチェンドルジェ・リンポチェに法を伝授する時、直接法本の中に書かない部分を口伝した。多くのリンポチェはこの法本を持っているけど、その中に口伝の内容がない。だから、そなた達は法本を持って勝手に開いて、上師が法を伝授しないから、如何なる読んでも役に立たなく、修められない。だから、開く必要がない。リンチェンドルジェ・リンポチェはとても人を叱る事が好きでしょうか。仕方が無いが、それはリンチェンドルジェ・リンポチェの前世の修行はこれと関わる。

過去世の修行はとても重要だ。それは仏法を学ぶ因縁を累積するから。しかし、過去世どうでも、唯過去世に仏を学ぶ事、全ての記録の累積だった。最も重要なのはこの世の修行である。善根を具えるかどうか以外、仏を学ぶのは必ず上師の引導が必要だ。ある者は上師に制御される事が嫌いが、自分が家で好きな通りに修めると思って、自分がテレビを見て仏法を聞けばいい、そうすれば自分が修めると思った。無事なら、姿が現れなく、事故に遭えば、姿が現れて上師の助けを求める。

今日この場所を選んだが、リンチェンドルジェ・リンポチェは実は此処が好きではない。何故なら、そなた達は必ず考えないが、それは此処の席はとても快適だから。そなたは快適に背を椅子に頼って座った時、始めて彼方此方を見て、右の投影幕がはっきりなのか、左の投影幕がはっきりなのかを比較しながら、また真ん中のはかなりはっきりに見えそうだ。続いて、始めて頭を垂れて、寝てしまった。仏経に記載されたが、法会の中に寝れば、来世ペットになる。それは仏法を信じないのは貪、瞋、痴の中に「痴」である。そなた達が見たが、多くの動物は毎日十数時間に寝ていた。そなた達は法会に参加した事があって、福報があるのに、仏法を聞かないから、畜生道に堕ちた後ペットになって、人に胸の中に抱かれて、息子や娘を呼ばれた。リンチェンドルジェ・リンポチェは因果を深く信じるから、法席に座って決して妄語しないから、そなた達は信じないわけではない。

チベットで法会に参加する時このような条件があるわけではない。リンポチェ及びガムポだけ席及び机を用意して座れる以外、一般的には法会に参加するチベット人は全て地面に座った。座布団があればもう十分だ。そなた達はこのような快適な椅子に座ったが、背中は椅子に頼らないで。此れは坐禅の時、体はまっすぐに座ると、気は通れると同じな道理だ。リンチェンドルジェ・リンポチェの法席の後ろに背中を頼る板があるが、リンチェンドルジェ・リンポチェは決して頼らなくて、体にまっすぐに座るようにさせた。その時大会のカメラはリンチェンドルジェ・リンポチェの横を取れた。リンチェンドルジェ・リンポチェは今まで体をまっすく座って、法席の後ろの板と一メートル以上の距離がある。

チベット仏教に於いて、法を修めると必ず七支供養を行って、衆生を代表して仏菩薩、本尊及び護法を供養して、衆生に福報を得させて。仏法をの助けを受けられる。法を修める時、前行、正行及び迴向を分けた。前行はそなた達が法会に参加する動機であり、前行は最も重要な部分である。前行は正しく行えないと、その後の正行及び迴向は役に立たない。そなた達はどんな目的で来たのを問わず、今日の法会はそなた達に未来因縁を持って仏を学んで生死を解脱できて、機会があって輪廻を離れる。続いて唱える儀軌は諸仏菩薩への賛嘆であり、仏菩薩の功徳はとても大きいと賛嘆して、皆はまっすぐに座って恭敬心を具えなければならない。

ただ今、リンチェンドルジェ・リンポチェはが行なった儀軌はもともとラマ僧が唱えれば、丸1日の時間がなくてはいけない。しかし今はビジネス社会なので、皆さんがこんなに多くの時間がなくて、だからそなた達の時間を節約するため、リンチェンドルジェ・リンポチェは少し大変に自ら唱えて、スピードは比較的に速くて、比較的に速いのは別にいくつかの儀軌を省略するのではなくて、それはリンチェンドルジェ・リンポチェが禅定に入っていて、雑念がないから、スピードが少し速くなるのである。

続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは禪定灌頂の儀軌を進める。灌頂の前に開示された。そなた達は自分の心を甘やかすことを慣れた。常につまらないと言った人は心はとても散乱したから。そなた達は子供が皆あちこち動いているのを見た。それは彼達は自分の心をコントロールできないから。何故そなた達は坐禅のとき心は相変わらず乱れるだろうか。それはそなた達はまだ多くの執着を持って、多くの物を捉まえて放せないから。此れを持って欲しいやあれを捨てないが全ても手に摑まえたい。坐禅の時、明心見性して開悟を考え、智慧を開くのを考えて、特定な物を見て欲しいや能力があって衆生を利益するなど此れは全て禅を修めない。禅の意味は簡単である。そなた達の心はとても複雑だから、入定できない。皆の心は全部あちこち動いて、心は多く動くと体は悪くなる。リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも定の状態に入っている。既に65歳になってたけど、体調は皆よりいい。真の仏を学ぶ人の心はとても単純で生死を解脱するため修めて、仏が説かれた真義を分かった後、何を持って欲しくない、何を失っても恐がらない。境界が現れる時何も恐がらないが、そなたは全ての物事に恐がらないなら、そなたは始めて定の境界を修められる。

そなた達は禅定灌頂を受けないと入定できない。灌頂は授権という意味であり、仏菩薩はそなたにこの法を学んで修められるのを同意と現した。リンチェンドルジェ・リンポチェは顕教を学ぶ時、毎日少なくとも1時間坐禅していた。しかし、参話頭、数息、放空の方法とも試したが、坐禅の間に相変わらず真に心を定められない。密法を学んだ後、始めてこの前の坐禅は何故要領を得られないのを分かった。それは禅定の灌頂を受けないから。法本に記載されたが、禅定灌頂を受ければ、修行者は三摩地を修めることを通して、離戯瑜伽の境界を達する事が出来る。禅定灌頂を受けた後、そなたに続いて静にさせる。

若し祈れば、加持を得ると修行する必要がないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは毎日直貢チェツァン法王に求めて加持を賜ればいい、自分は何も行わないだろうか。加護は求められないが、自分が修めないと得られない。出世法をうまく修めれば、世間法は自然によくなる。それは出世の法門を修行して成就を得れば、生死を解脱できて、世間の事も自然に障碍が無い。

常にある者は「退転」という言葉を言った。そなた達は退転で形容する資格がない。退転とは菩薩或いは菩薩道を修めて既に証果した修行者である。衆生が多すぎで済度できないから、その衆生を済度する心は後退した。或いは衆生は難しく済度するのを感じて厭きて、自分が修めればいいと考えた。此れは菩提行、菩提心は退転した。そなた達は菩薩果位まで修めないから、退転と言われない。唯懈怠しか言えない。現在の言葉から言うと、怠けだ。そなた達はテレビを見る時間があり、他人の是非を話す時間があるのに、心を静まる時間が無い。唯言い訳を沢山探して、子供が大人になるや引退まで自分が時間があって仏を学べると思った。

引き続いて、南珠ケンポスは出家衆と入場する時自由に抽選に当った5名信者と連れて一切有情衆生の代表として、壇城へマンダをを献上し、宇宙の珍宝を上師と諸仏菩薩へ供える。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王が授けたガムポパ法帽をかぶって仏菩薩の代表として供養を受け取り、また申された:「先ほど行った曼荼羅を献上する、これはチベット仏教の中にの法を要請する儀軌だ。そなた達が見たリンチェンドルジェ・リンポチェの頭にかぶったこの法帽は尊勝なる直貢チェツァン法王が授けたのである。異なる教派の法帽はそれぞれ違うスタイル、リンチェンドルジェ・リンポチェの法帽とラマ僧のとも同じではなく、在家のリンポチェのも出家のリンポチェのとも違う。法帽はそなたがかぶりたければ買って或いは自分が作ってかぶってもいいのではない。リンチェンドルジェ・リンポチェの法帽は全部三恩根本上師直貢チェツァン法王が授けた。法帽は只特別な情況にかぶり、例えば法会の中にの特の儀軌する時に始めてかぶり、一日中にかぶって至る所走るのでもない。法帽をつけるのは上師が仏菩薩の代表としての意味である。リンチェンドルジェ・リンポチェは在家衆、常にも法衣を着て至る所歩く事をしない。」

そなた達は今日法会に来て、法会の中に慈善バザーのイベントがないことを発見し、法会の中に商業の気息があるべきではない。リンチェンドルジェ・リンポチェさえ、自分が商売をしても、法会の現場で商売をしない。そなた達が法会に来て法会に参加して、点灯など全部無料で、リンチェンドルジェ・リンポチェがお金を儲けたければある者のように大衆にお金を取って講演をすれば結構だ。今日の法会は寶吉祥仏法センターが自らで護持し、如何なる外部の賛助を受け取らない。仏法は利益の交換するもんではなく、お金があれば行い、なければしない、無理にして商売の行為があるのをしない。

《伝記十方三世》この祈請文はアティーシャ尊者の法語によって、直貢チェツァン法王に編修されたのであり、そのため修持力が十分殊勝である。先ほど唱えた祈請文の中に、そなた達が見え、全て求めるのは生死より離脱するのであり、事業、健康、相手の不倫方或いは冤親債主が離れて行くのではない、法本の中にこれ等を書いてあらない。仏菩薩の願いは即ち衆生に輪廻の苦海より離脱するのを助け、そなたが願いすることはこれであれば、全ての仏菩薩と歴代上師が全部そなたを加持に来る。各位は只世間の福報を求めるなら、毎月持続的に固定的で1筆のお金を寄付して、良い事をして、3、5年をこのように続けた後、そなた達が自然にお金があり、しかし仏法に求める福報はこんなものではなく、生死より離脱するのである。

引き続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは上師供養法を行い始め、それに参列者皆を引き連れて祖師ジッテン・サムゴンの心呪を唱える。心呪は必ず上師より伝授されるこそ加持力があり、また入定の内に呪文を読んで、力が現れることは出来る。テレビのある呪文の教える番組を見て、従って唱えてから、仏菩薩にこれ、あれを願い事が出来るのではない。そうであれば、皆は真剣に仏を学ぶ必要がない。呪文は仏菩薩或いは上師の功徳、願力が現れる音で、本尊の心呪を唱えるのは本尊の願力と相応するのである。例え観世音菩薩の心呪は六字大明呪で、阿弥陀仏を読むことは実阿弥陀仏の心呪を唱えるのであり、阿弥陀仏の名号が中文に通訳したら「無量光無量寿仏」べきで、阿弥陀仏の心呪の音は漢文に通訳したら阿弥陀仏で、漢人はそれの上に「南無」をつけて、「南無阿弥陀仏」になった。人道の衆生は耳で仏法を聞き取る。観世音菩薩は「耳根圓通」により修め得、耳、耳根、耳所、耳能の方へ修行する。科学家は発見した、宇宙の形成は音よりし始めた。呪文の唱え、聞くを通じて、我らの業障を清浄することが出来る。業障を清浄するのは業障を消えさせるのではなく、業障を我らの仏の勉強するに邪魔させないのである。

続いて、薈供儀軌のである。リンチェンドルジェ・リンポチェは申された:現在薈供儀軌を進んでいて、皆は係員から1パックの供物をもらい、その中より1つを取り出して食べる。供物は置けばいいではなく、リンチェンドルジェ・リンポチェが加持した後、諸仏菩薩に始めて供えることが出来る。そなた達に食用させるのは、仏菩薩と一緒に食べることが出来させて、皆のために以後ある世に仏菩薩と一緒に食べる善縁を植えたのである。供物は食べ終わらないで、残った分は持ち帰って外の人に配る。少しを食べたら良い、さもないとそなた達がお腹いっぱいになると眠りたくなる。また、係員はそなた達に一つの供物を回収し、それを外に置いて、今日法会に参加する因縁がない空虚中にあれら衆生に食用させる。

それから茶供の儀軌を行い、チベットでは、天気が寒くて、上師は修法半ばに体力が持たない事に恐れるため、酥油茶を飲んで体力を補充し、その故に茶供がある。続いて供飯の儀軌で、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の体つきを維持するため少しだけで食べると気楽に仰った。チベットで行う法会に、全ての参列者は全部供茶と供飯がもらい、しかし今日は皆のために用意することが出来ない、出家衆しか提供しない。

仏経の中に載せてあり、阿弥陀仏は48の願いを起した。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前聞いた、ある者がまた二つをたして50の願いを起すと言った。阿弥陀仏が48の願いを起したのは、法身菩薩を証した後、自分が確かにこの48の願いが出来る後はじめて言い出し、累世修行の深刻思惟を通じて始めて考え出したのであり、一切衆生に利益する願いをすでに含み、凡夫はその他の願いを加えることが出来るわけがない。願いとはそなたが望み、欲しいのではなく、本当に出来ることである。

引き続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは出家衆に皆を連れて「度母七頌」を唱えると指示された。「度母七頌」は祖師ジッテン・サムゴンが仏果を成就した時、閉関の洞穴の中に自ら七度母を見て、度母の功徳を称賛するため書いたのである。そなた達は先ほど一緒に唱えれば、とても大きい加持を得られ、唱えなかった者は現在必ず大変悔しかった。「私は法会に参加しに来て、KTVするのではない、どうして唱えなければならないか?」と考える者いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示された:「法会の中に全てするもんは全部皆に福報と因縁を蓄積するのを助けるのである。福徳があって、因縁が十分備えて始めて一切輪廻の行為を改めることが出来、そなたがやりたければ出来るものではない。」

それから八供女が壇城にあがって、献供歌を唱えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは申された:「先ほど8名チベットの伝統な服装を着た女の子が唱えたこの献供歌は、我ら世間で一般な者が聞く私はあなたが愛して、そなたが私が愛し、私が信じる、私が出来るのような愛情の歌ではなく、その歌詞は全部上師と仏菩薩を称賛、供えるのである。この歌は人が Do Re Mi Fa So La Si で書いた歌曲ではない、空行母が1人上師に教えて記録したのである。敦煌の仏像がよく知っている人ならば、全て壁画にの飛天を知っているべきだ。実は飛天即ち密法の中に説いた空行母であり、全て密法を修習する者は全部空行母の手伝いが必要で、修行することにはさらに多くの障碍を減らすことが始めて出来る。彼女達が献供歌を唱える時、表面的にリンチェンドルジェ・リンポチェが聞き、実は諸仏菩薩も聞いている。入定して聞いた者なら、大変大きい加持を得るのを感じるはずだ。チベット人はいつもいくつの仏菩薩を称賛する歌曲を書き、まるで敦煌の壁画の中にの飛天も楽器を奏でて仏菩薩を供える。

坊間の者は全部「十」この数字こそ円満だと言った。そうであればなぜ八名女の子に献供歌を唱えさせたか、十名ではなかった?「十」だと円満ではないか?2名を漏られたか?≪阿弥陀経≫を読んだ者は全部知っていて、経典の中に「八功徳水」を載せてあり、しかしどうして「八」か「十」この円満な数字ではないか?実は「八」この数字は密法の中に大変重要だ。もう1つの例を挙げ:釈迦牟尼仏は生まれると七歩を歩いた。なぜ七歩で、八歩、九歩ではないか?リンチェンドルジェ・リンポチェは以前顕教を学ぶ時も了解しなくて、密法を接触した後始めて分かった。釈迦牟尼仏が全て説いた言葉、全てした動作には全部特殊な意味をして、全部衆生を利益するためだ。詳しく言えば多くの時間が必要で、今日の時間が足りない、以後チャンスがあればまた皆に教える。

六道に輪廻しるのが苦くて、リンチェンドルジェ・リンポチェは2007年にネパールのラキ雪山で閉関修行した時に、六道衆生の輪廻する苦しみを見て、1余り時間ひどく泣いたことがある。出関後、このことを直貢チェツァン法王に報告して、直貢チェツァン法王は、リンチェンドルジェ・リンポチェがすでに空性を証得して法界に入って法界の本当な現象を見ることができると開示された。直貢チェツァン法王は引き続いてこう開示された。噶舉派の大成就者のミラレパ尊者は嘗て、自分が衆生の六道の輪廻する苦しみを思い付くと、苦しくやらないと言った。

それから、灯供の儀軌を行い、リンチェンドルジェ・リンポチェは先下記のように開示された。これから点燈して仏に供養する儀軌を行って、これは市中の点燈と違う。多くの人々は光明灯をつけることが好きで、毎年に1、2千台湾ドルで点燈してから、福報があって、一年中に全て順調すると思っている。このような簡単なことをありえない。もし1、2千台湾ドルを点燈してから運を変えるなら、それでは、リンチェンドルジェ・リンポチェは最初に手を挙げて修行しない。点燈をするのはそなたに運を変えさせて事業に順調させるのではなくて、却って、無明の無闇を消えるを表示する。「無明」は怒るのではなくて、仏法を信じないで、因果を信じない。人道の衆生は仏と相同な仏性つまり清浄な本性を全て具えていて、が、我々は一念無明で、貪瞋痴に我々の本来の清浄な仏光を遮られる。仏光は太陽のように、貪瞋痴は黒い雲のように太陽の光を遮って、日光が暫く遮られるけれども、日光が依然として存在していて、ただ黒い雲を消えるなら、日光が再度現れる。

法本には一段の祈請文を記載されることがあって、灯油は海のように広大で果てしない、灯心は須弥山のように、一つの灯りは無数な灯りに変わって、天から三悪道の中の一切な無数の有情衆生を照らして、虚空の中に一切の暗みを照らして、衆生の無明闇を消えさせられて、もっと衆生を利益する能力を貰えて、十法仏菩薩を明らかに見える。祈請文の最後の内容は実は密法で、もし衆生の業がとても重いなら、仏菩薩が彼の前に現れても、彼も見えないで、あるいは、これは仏が放す光がとても強烈で、業が重い衆生が心が恐れるので暗いところで避けて、つまり輪廻のなかに落ち込む。

明かりにもう一つの意味がまだあるように供えて、実は人が生むへ時とに関係があることです。みんなは今中で曇る身で、死ぬ時死亡の中で曇る。今日みんなに1件の事を教えて、人が生むへ後で49、49日以内、一日全て多くの仏菩薩がある、元来尊重する、護法があなたを連れて歩きにくることが現れる。あなたはこれらの仏菩薩が彼ともし歩くことをわかることができるならば、彼の浄土まで(へ)行きます。就像是 吉天は恭しいことをたたえて 吉天は恭しい浄土をたたえます。しかし、多くの人は業力の障害と福が不足を申し込むのため仏菩薩を見えないで、見分けられないで、或いは仏菩薩の光を恐れるのため隠れて、少なくとも6つが巡回する中で3の凶悪な道、に落ち込みますあるいは。今日これはあかりをともして、中でみんなの曇る身を譲る時仏陀を恐れないのはつやがあります。自分にごまかされないで仏菩薩が見られることを申し込む福があらせます。もし福の新聞がないならば、たとえ仏陀はあなたの目の前に来ますとしても、あなたは自分で全てあっという間に離れます。粉法の時代の大衆の生業は重くて、だから心はを恐れるため乱れていて、明かりを修理してなしの明るいるを取り除くことができることを供えて、そなた達を気づいて仏陀の光はあまねく照らさせる、生むへ後で49時機は仏菩薩の導くことを受けることができて、これもどうして法当中で言及するの「十方の仏菩薩」なのです。

リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて顕教を皈依した後二日で、夜に夢をみた。自分はある仏寺の大門の前に来て、仏寺にある仏像があって、とても強烈な光を放射して、リンチェンドルジェ・リンポチェはそのときに入る勇気がないで、また、後ろで1歩で退いた。このときに、顕教の上師は彼に「恐れないで、入ろう」と話した。リンチェンドルジェ・リンポチェは入ってはじめた。入った後で、釈迦牟尼仏を見て、釈迦牟尼仏に頂礼して供養したをリンチェンドルジェ・リンポチェの自分のこのストーリは人間が訓練を経ていないなら仏菩薩の光を恐れることを説明した。今日、点灯するときに、みなは点灯を通して福報をもらえることを思ってはいけないで、却って、点灯の本当の意味を了解するはずで、このようにしたら、今日修める灯供はそなたに仏を学ぶことを助けがある。いわゆる毎日がいい日とは毎日にいい生活を暮らせるのではなくて、却って、仏を学んで本性を回復することができる人間はいかなることを見たら煩悩を起こしていないで、ただこの因果をみて、その上、生死を解脱することをしていて、少しの悪を再びしないで、おのずから多くのよくないことを軽減になれる。

それから。リンチェンドルジェ・リンポチェは法席を降りて、壇城にいるすべてのカンポスと出家衆を連れて、雄壮で荘厳な八供台の前に祈願文を唱えていて、その上、点灯して仏に供養した。灯供が円満になった後、リンチェンドルジェ・リンポチェは再度法席にあげて、自ら参列者を連れて『吉祥法界祈請文』を唱えた。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは自ら参列者をつれて『瑪尼速證大樂回向文」を唱えて、そして、領衆弟子に参列者をつれて祈祷文と回向文を唱えることを指示した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続いて開示した。先みなが唱える回向文の中に、そなたたちは特定で家族に回向すること発見された。一部の人々は誤解し、一切の衆生に回向したら、自分と家族をもらえないだろうか?実は、そなたの家族とそなたが衆生の中の一人なので、われわれは法界の一切の衆生に回向したら、一緒に分かち合われるだろう。そなたたちは自分の家族のために唱えるなら、それでは、そなたたちの家族はただそなた達の家族が唱える利益をもらえるだけである。もし一切の衆生のために唱えるなら、すべての人が唱えるのはそなた達が分かち合われる。考えてみてください。そなた達の家族が多くても、そなたたちは400人の大家族でも、今日のこのように人数に追いつけられるか?

これからの儀軌の中に、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者をつれて一回の観音法門を修めて、みずから参列者をつれて六字大明呪を唱えた。それから、『法教広弘祈請文』を唱えた。

一切な儀軌が円満になった後、リンチェンドルジェ・リンポチェは今日の法会がすべて円満になったと開示された。みなは口をそろえて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが苦労して修法することに感謝した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続いて開示した。そなたたちは今日休んで法会に参加することを賛嘆し。今日、そなた達は法会に参加ができることがそなた達の社長に感謝しなければらならない。今日、みなはすでにお休みをしてこの法会に参加してきたら、この因縁をうまく大切にしてください。法会に参加してから終わるのではなくて、この善縁を続けて伸びていく。仏を学ぶことはじつは難しくない、もっとも主要なのが決心だけである。自分はなにを達成してから仏を学んで始めることを言わないでください。が、人生無常で、そなたはそながおもうそのときにいきられることができないかもしれない。多くの人々はとても若いときに死亡する。自分は時間がないといってはいけないで、リンチェンドルジェ・リンポチェは1千人あまり弟子があって、数社の会社を経営し、1百あまり社員があって、在席のみなが誰かだリンチェンドルジェ・リンポチェにより忙しいのでしょうか?しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは依然として絶えずに衆生に利益する仏法事業をしている。

仏を学んでから他人と違うと思っていけないで、あるいは変なになるをしてはいけない。仏を学ぶのはうわべを学ぶのではなくて、主に心の変わるのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは普段袈裟を着ていない時、ほかの人々もリンチェンドルジェ・リンポチェがリンポチェ様を発見できない。なぜならば、リンチェンドルジェ・リンポチェのうわべは普通な人間と同じで、普通な人間の相同な生活を暮らしていて、しかし、こころが異なっている。多くの人々はもつことをはっきり捕まえて放さないことに慣れて、最後までなにも捉えられないを発見する。だから、仏ほわれわれに絶えずに供養して布施させて、われわれの惜しまずこころを育成させる。仏を学ぶのでいくらがの商売を少なくことを心配してはいけない。仏経に開示されるのは本当の仏を学ぶことを発心する仏を学ぶ者がそなたに食事させないで衣服を着かせないことがない。仏を学ぶことはそなたにお金持ちにならせない、そなたがこの世にお金があるかどうかがそなたの過去世により、過去世に布施供養をしたことがあったら、この世におのずからお金持ちになる。この世にするのは来世に受けて使うのである。

ほかの宗教の信者は大声で自分の信仰を言えて、「神様は私を配慮する」を言える。われわれの仏教徒はなぜ「菩薩は私を配慮する」をいう人間がないだろうか?もしかして仏教徒をとするのはとても恥ずかしいことでしょうか?仏法はこの世に3千年に存在しているのがこの存在する道理が必ずある。仏を学ぶ人間は菩薩をそなたに世話し、家族がいないで、子供がいないでも、しかし、広大な心構えをもったら、すべての人々がわれわれの家族である。

今日、皆様はお疲れて、空腹で午後1時半の法会が円満になるまで、今日、修める法はそなたの出世法と世間法がすべて助けがある。みなは台湾といういいところで生まれて、すべてとても大きな福報があって、宗教が民主的な地方にうまれて、みなも仏を学ぶ機会をうまく大切にしなければならない。一部の人々は私が法会に参加するのは加護をもとめて、仏を学ぶことを思ったことがないと思っている。一部の人々はなぜ仏を学ぶことがこんなに多くのまじめな事があると思っている。これもできない、それもできないのでしょうか?実は、仏を学ぶので多くのことができないのではなくて、それらのことが本来するはずではない。上師とするのはそなたにはずではないことをするかどうかを監督し、そなた達の私的生活を管理するのではなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェはこんなに多くの弟子があっても、弟子の私的な生活を尋ねていつに何をするかを尋ねることがない。直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェの私的な生活を尋ねたこともない。釈迦牟尼仏が諭す戒律はそなたに管理してあるいは罰するのではなくて、これらの戒律はそなたとそなたの体を傷害をうけられない。末法時代には悪の共業が多くて、とても簡単で巻き込まれて、台湾で、この数日にただ大雨を降っていて、が、南から北まで災害の情況を発生した。じつは、これらの天災は人々の心に対してある提示で、が、今日の法会はすべての衆生にたいして助けがある。

ありふれた話だが、リンチェンドルジェ・リンポチェは毎回でみなに菜食することをすすめる。そなた達は商売をするために菜食することが便利ではないとおもってはいけないで、リンチェンドルジェ・リンポチェも商売を経営し、また、常に出国し、スーツをついて、他人もリンポチェ様をしらないで、が、菜食することが便利がなかったことがない。常に他人と一緒に食事をした、みなが自分の注文することおのおのをたべると問題がない。皆が菜食するはずのは地球のために考えるのみならず、自分の健康のために考えるのである。

みなは仏を学ぶことはとても不自由かどうかと思っている。リンチェンドルジェ・リンポチェの自身の例を挙げて、不自由に感じることがないで、逆に、本当の自在をもらえる。この「自在」とはだれも管理しないので自由自在のではなくて、却って、いかにしたら自分に輪廻の苦しみにおちさせるっことをはっきり知っている。

法会は清浄で円満になって、リンチェンドルジェ・リンポチェは法席におりる時に、全体の参列者は絶えずに拍手して、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが苦労して修法し、その上、仏法を開示し、広大で無辺な衆生に利益することに感謝した。参列の四衆はすべて法喜充満である。

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2012 年 09 月 13 日 更新