尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示

2012年6月3日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで殊勝な施身法法会を主催された。合計で1,435人が参加した。

法会が始まる前に、ある弟子は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェ及び諸仏菩薩が彼女に公的に発露懺悔する機会を与えることに恩を着た。

彼女は2004年12月5日に皈依して既に8年近く経た。彼女の弟が意外が発生した日から、彼らの一家は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲な加護のもとで、穏やかで順調な生活を過ごして、そこで彼女は自分が直したと思って、自分が修行していると思って、当初弟が危篤になる時に彼の苦痛で彼女に「信じること」と「懺悔」の力を示して見せたことを全然忘れてしまった。彼女はいつも自分が上師をとても信じていて、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼らの家に慈悲に助けたことに恩を着ると思っているが、しかしすべて自らを欺き人をも騙して、実はただリンチェンドルジェ・リンポチェの加持を貪るだけである。リンチェンドルジェ・リンポチェが「そなたが言うことを聞き取れないならば、法会さえも来る必要がない」と教えた時まで、今度はやっと本当に彼女に目をさまさせた。リンチェンドルジェ・リンポチェが絶えずに彼女に自分を検査する機会を与えたことに恩を着て、兄弟子達が彼女を参考にして、彼女が犯した誤りを犯さないと望んでいる。

彼女は発露懺悔して、自分が凄く悪い弟子だと言った。弟が事故にあった後に、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持のもとで、すべては徐々に穏やかになっている。嘗てある兄弟子が彼女に、弟を連れて自らリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに行って、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝するべきと気づかせたが、しかし彼女が上師に対して信心がないから、、ただ思い付くのは、自分が弟を連れて病院から出掛けることを恐れることだけを思った。彼女の愚かと無知なことと執着のため、弟がリンチェンドルジェ・リンポチェに加持される機会をミスして、その故に弟が肺炎の苦難を受けて、ごく短い10日以内に10キロも痩せていて、弟が手術室に送られて手術を受ける時まで、彼女はやっと自分が利己的なこと及び貪念を懺悔することをやっと知り始めて、再度リンチェンドルジェ・リンポチェが加持して弟に苦をあまり受けさせないよう願うことしかできない。

しかし、慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女への配慮がこれまで減らしていない。2007年、妊娠の時に、ひっきりなしに出血しているから、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を祈り求めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の夫に教えて、子供が彼女一人のではなくて、もし信じないならば彼女を助けることができなくて、彼らこの子供を持つ福報がないかもしれないと教えた。彼女が聞いて感銘がとても深い。というのは、彼女は嘗て子供に自分の生活を妨げられることを避けるため、子供を流産した悪人であるから。彼女はこの子供を持つ福報が無いはずである。しかしこの因縁で彼女の夫にそんなに利己的にするべきでない心を起させて、最後に皈依することを求め得た。甚だしきに至っては彼女が一心で、意外にもリンチェンドルジェ・リンポチェが閉関修行に行く前に、リンチェンドルジェ・リンポチェが子供の名前を名づけたことを求め得た。難産になる時にも、ただ出産の病床の上でひっきりなしにリンチェンドルジェ・リンポチェの加持を願うことしかできない、ついに順調に子供を生むことができる。だから、彼女が今持ついわゆる「すばらしい人生」は、実はすべてリンチェンドルジェ・リンポチェの加持のもとで持っているのである。 リンチェンドルジェ・リンポチェの開示のように、そなた達が皆ただ良い生活を過ごしたいと思うだけ!と同じでしょう。

彼女がリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを得るのは、家庭にあるだけではなくて、仕事の上にも同じである。2008年の金融危機で、商売が急激に低落して、資金の回転が悪くなった時、彼女はただ利己的に会社を閉めて、会社の借金を全部返済したくて、他の人の彼女への見方を気にかけて、しかもすべての間違いを全部夫の身まで責めた。彼女は以前には有名人であるから、とても他の人が彼女がどんなにやっても何もできないと言うことを気にかけて、その故に、ずっと自分の執着の中で回転する。

あの時、仏門に皈依して既に四年になり、リンチェンドルジェ・リンポチェが仏を学んだ後に破産したことがあるを知っていて、彼女はよく自分に教えて、リンチェンドルジェ・リンポチェのこのような大修行者さえも経験しなければならない事について、何に基づいて自分がとても苦いと感じるのか。どうしてリンチェンドルジェ・リンポチェの方法を学んでちゃんと直面して、一切の不順調に恩を着るのか。それは、私達がまだ弁済できる機会があることを代表する。彼女は毎日ただ他人のせいにするだけ、食べられないで、寝つけないが、このような事を持ってリンチェンドルジェ・リンポチェは加持を求める面目がない。意外にも、リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲に、法会の中で直接彼女を加持して、彼女が利己的に、毎日ただ自分だけを思い付くと言った。このような頂門の1針で、やっと彼女にはっと悟らせて、どうして彼女はずっと苦痛だと感じるか。なぜかというと、利己的にできるだけ早くただ自分の苦しみを解決したいだけと思っていて、会社ではこの仕事がなければならない社員が多いとのことを思い付かなかった。彼らは社長がこんなに不安だとのことを見って、社員はもちろん心配して恐れている。このような経営者は、他の人に自分が仏弟子だと言う資格がないだろう。1人の良心がある社長さえも言えない。リンチェンドルジェ・リンポチェの教導と加持力に感謝し、彼女を利己的と我執の苦痛の中から解脱させた。リンチェンドルジェ・リンポチェはとっくにこれらの道理を開示したことがあるが、しかし業障が現前する時に、彼女は全然転換させる能力がなくて、ずっとそれに従って動くことしかできなくて、最後にも、ただ完全に1名の具徳の金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに依止して、ようやく解脱を得ることができる。

2009年リンチェンドルジェ・リンポチェは51人の弟子を率いて、インドへ閉関修行に行った。。彼女は好運で母と一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェに従ってインドへ閉関修行に行った。閉関修行が終わる時、リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達に自分が閉関修行した感想を報告させた。彼女は始めて全身が痛くて、その後弟の苦しみを考えると、何とか座れると報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ叱って、如何しても自分しか考えなくて、衆生を何処に置いたでしょうか。リンチェンドルジェ・リンポチェは教えた四無量心と慈悲心が全く持たず、分別心しかいない。また、弟子達に訓示して、そなた達はうまく修めるから、閉関修行に来られるわけではなく、傲慢しないで、過ちが多いから来たかもしれない。仏を学ぶのは教えに従うから始めて、徹底に自分の行為を修正すれば、真の仏弟子である。

本当に恥ずかしいが、2009年閉関修行から戻った深刻な体得は引き続けず、毎日仕事、生活、法会に戻って、引き続きにリンチェンドルジェ・リンポチェが加護するいい日々を過ごしている。2009年に彼女は夫と加盟した寶吉祥日本食品店は顧客に苦情を訴えられた。夫はこの苦情処理で寶吉祥集団に行った時、自分のために弁解して、責任を逃れたから、ほぼ経営権を取られた。しかし、彼女達はもう一回の機会を惜しまなかった。2010年3月、用心に経営しなくて、店を不適任で批判する社員に任せて、タイムリーに発見しなかったから、最後経営権を回収された。

彼女達は本当に根器をちっとも持っていないが、毎回処罰を受けるまで始めて自分の問題を発見した。再び自分が誠にリンチェンドルジェ・リンポチェに謝らなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェが必要するとき、リンチェンドルジェ・リンポチェは今までおざなりの返事をしなくて、全て話しながら行った。しかし、彼女達は独り善がりでリンチェンドルジェ・リンポチェを協力して物事を処置する時、実は彼女達は無数な加持、習い及び福報を累積する機会を得られた。更にリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女達に心配をかけて、こうすれば経営できるかどうかや金を稼ぐかどうか。彼女達はこの事業を自分の事業として見なくて、唯自分が供養していると思った。此れは極めて貪欲で独り善がりの考え方だった。

その後、彼女は唯自分の洋服のフラッグシップショップは寶吉祥宝石店の宝石を展示できて、自分の顧客を紹介して宝石店に買い物するかもしれないと思った。此れは多分彼女ができるだけ唯一つの事である。しかし、思わず、リンチェンドルジェ・リンポチェは再び彼女に一つ習い機会を与えて、彼女に如何なる寶吉祥宝石販売店になるを指導した。此れは不思議で得難いな機会である。彼女は自分が出来ないと思ったけど、すぐ店を探した。唯準備の過程の中に彼女の我執、我慢貢高及び独り善がり、この数年間に修正しない悪習は全て出てきた。リンチェンドルジェ・リンポチェが開示された通り、「リンチェンドルジェ・リンポチェは法席にいる時上師であるが、法席から降りると金づるだった。」この話は彼女が元々よく分からないが、何回に訓示された後、自分が本当にこのような人だと発見した。リンチェンドルジェ・リンポチェは間違いではなく、彼女はいつもリンチェンドルジェ・リンポチェを利用している。

最初から最後まで、リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きに彼女を助けて未来の生活を広めていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは40年の貴重な経験で保留せずに全部教えて、彼女にボトルネックに遭ったとき生計の道をはかる能力を教えた。彼女に最も少ない金で最高級の装飾をする事を教えた。しかし、彼女は教えに従わず、いつまでも自分の考え方を持っていて、上師に降伏しなくて、上師に信心を持っていないから、多くの事がうまく進めていない。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分が出来ると思ったことでも自分が出来ると信じない。挫折に遭ったとき、彼女は始めて自分を疑って、尚更に自分は仏を学ぶ才能を持つかどうかを疑った。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗ておっしゃった「信は一切功徳の母」と言う教えを覚えていない。

リンチェンドルジェ・リンポチェはわざわざ時間を空いて、彼女は新規オープンな芸文空間のため、撒浄して法を修める時、室内はとても蒸し暑いにより叱られるのを怖れがなるから、室内の空調の温度を19度まで開いた。完全に空調の出口はリンチェンドルジェ・リンポチェの頭の上にあると思わなかった。それでリンチェンドルジェ・リンポチェに風邪を引かせて、長く間に気分が悪かった。悪弟子として彼女は本当に罪は万死に値するべき。あの時期でリンチェンドルジェ・リンポチェが体調が悪いのに相変わらず法席に止らなくて衆生を助けている姿を見ながら、彼女は本当に懺悔した。唯諸仏菩薩の加護を祈って、リンチェンドルジェ・リンポチェに早めに回復するように願った。

慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェは過ちを絶えずに犯す彼女にやはり何時もチャンスを与える。彼女が1人の大切なお客様を招いて来る時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女にはこのお客様に持て成す腕前がないと知って、わざと寶吉祥宝石店の支配人にご自身にて持て成すをさせ、また彼女に特に商品を紹介しないように言いつけたが、彼女は自分をアピールしたいので、自分が面白いと思った言いべきではない話をかけた。リンチェンドルジェ・リンポチェの知恵を信じなく、リンチェンドルジェ・リンポチェのご教導を受け取らなく、自分の独り善がりが宝石店の支配人の名誉を傷つく事をまったく配慮しなかった。お客様が離れた後、支配人が説明してくれて、やっと言いつけた事の意味を了解した。上師がいいつけた事が出来ないため、そばにいる助けてくれる者に傷つき、何度も何度も上師にがっかりさせた。

彼女は懺悔して言った:「私のように独り善がり、私利私欲な弟子は自分の身、口、意を良く支配して、教えに従って実行しなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子達に百の二百パーセント言葉で教え、身をもって教え、また世間の一切因果法則を示現して教えても、リンチェンドルジェ・リンポチェの貴重な時間を無駄にする。本当にもうそんなにするべきではない。」今更、彼女は毎週日曜日法会する時、階下に待って、行程日誌の中にリンチェンドルジェ・リンポチェのご開示を見ることしか出来ない。彼女は本当に自分の過ちを分かり、発露懺悔の出来る事を感恩し、リンチェンドルジェ・リンポチェ、護法と諸仏菩薩が加持してくれるように懇切願い、自分が多くの悪習があり、必ず力を尽くしてやり直し、全部やり直す。上師に自分の一切悪習を気付かせるように加持をお願い、もう二度と犯さなく、もう一切の有情に害をしない。此処でも彼女が全て害した有情衆生、下ろした子供に懺悔し、彼女の言い返し、恭しくない事で傷された父母に懺悔し、更に絶えずに救護してくれるリンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔致す。彼女は決心した。上師に投降して、リンチェンドルジェ・リンポチェにしっかりついて、教えに従って実行し、慈悲心と菩提心の生じる事を生死輪廻の苦海を離脱するまで習う。

全ての相弟子と大徳は彼女を参考にすることが出来、いつも自分の問題を反省し、検討する。彼女のように法会に参加できない時、毎回の法会が非常に貴重することをはじめ分かったとしない。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは法体健康で、仏法事業が何時も世にいて、一切六道の有情衆生が全部直貢教法の助けの因縁があって、生死輪廻の苦海より離脱するように祈っておる。

続いて、もう1人女弟子は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女と家族を助ける過程を分け合った。

2002年2月中旬、彼女は母親の病気がどの大きい病院で検査しても病因が分からなかった。1人医者弟子のご紹介で、リンチェンドルジェ・リンポチェが毎週信者を接見することを知った。2003年3月下旬彼女と兄と一緒リンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らに何の御用かと聞いた。彼女は母親が病院にアルツハイマーにかかると検査され、治らなくて、病因も分からなく、昼間になると気分が悪くなったと報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェはあの時申された:業障と殺生、また不潔な水源に感染され、その故やり直さなく、施身法法会に参加することしか出来ない。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた彼達に菜食しているかと聞いた。彼女と母親2人ともある宗教のため菜食をしていると報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた聞き、そなた達は施身法法会に参加することが出来るか?しかし一回で出来る者ではない。彼女は母親が入院しているので不便と報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは病院に休暇を取れると仰った。そして彼女あの頃参加すると決めた。

リンチェンドルジェ・リンポチェはまた彼女に何の御用かと聞いた。彼女は一番心配するのが母親のお体で自分がなにもないと報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた彼女を見て仰った:「本当に何もないか?」彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに始終「究竟明白」が出来ないと報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に、弟子の中にも嘗て彼女と同じ宗教に入って、彼達に紹介しても結構だ。あの時、彼女の心の中に大変震撼され、リンチェンドルジェ・リンポチェは一目で彼女が嘗て各教派へ行くこと、家の中にもずっと落ちつかないことを分かった。夫は酷い憂鬱症にかかったので、彼女達の家は家庭内暴力がある家庭である。

彼女はまだ信者とする時に、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の家族を加護する事跡を数えたいでも数えない。2003年の秋、ある日、彼女の母はゼブラゾーンを過ぎる時に、あるトラックにぶつかれてゼブラゾーンを4メートルまで離れて、が、大きな傷害がないで、ただお尻が赤くて腫れだあって、漢方医診療所から無事を確認した後、彼女がやっと安心できた。2004年、小学校の4年生の息子は道をすぎる時に車にぶつかれて、空に3廻りひっくりかえって、着地する時に発生地点まで数十メートルが遠いことがある。息子は帰宅してから、彼女にその時ある大きな網を彼に軽くて抱くようで、そしてゆっくりして下りることを話して、彼はただ外傷があるだけだる。彼女は安心できないで、依然として息子を連れで病院に急診を診て、結局、本当にただ外傷があるだけで、本当に不思議である。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェと諸仏菩薩にとても感謝した。

2007年5月、彼女の娘は中学校の入学テストを準備し、ある日、せっかちに補習していって、赤信号を超えて向こうバスをのって、みちを超える時に、有る車に2階建のビルの高さをぶつかられて、そして、頭を地面について、その後、娘は自分から起きて、全てのクラスメートがびっくりしたのでどのようにするかを全然わからないで、張本人がずっと娘にどのようですかを尋ねた。娘は普通で、ただあまたがちょっとぼんやりすると回答した。張本人は彼女に病院にいくことを送るといったが、娘は自分の悪いですので、構わないと回答した。娘は夜間まで補習して帰って、すでに10時余りに、彼女がやっとこの事件を知ってしまって、彼女はとても安心ではないので娘をつれで病院にいって検査を受けた。娘はただてとあしが少しの外傷があって、脳部のX線もすべて正常なことを明らかに示した。医者はただ脳震盪があるかどうかを観察したら十分であると話した。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが彼らの加護にとても感謝した。

2011年1月、彼女は具徳の上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依し、彼女の心の中に法喜を満たして、常に自分にも警戒して、初志を忘れなくて、ただ弟子達が教えられないため、上師が鉄が鋼にならないことが恨めしい(期待をかけた人間が進歩しないことにいら立つ)という心を体得できない。弟子達に期待が深いですので要求も厳しくなって、上師は万事が身をもっての教えが言葉の教えにより強くて、常に弟子達に自分を検視し、しかし、弟子達は儒家の優秀な人を見習うこと、賢くない内が自省することさえやりとげない。昨日(2012年6月2日)でも、彼女は母を連れでリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来る時に、事前に母に殊勝なポワ法をもらえることがあるべきな因縁をはっきり説明していないで、母親にうまく世話しないで、彼女が懺悔し、同時に自分が家族と衆生に懺悔した。両親の恩が難しくて返って、彼女はこども時に3年で難しくて行動したので、ずっと母が彼女に背負った。彼女は皈依してからリンチェンドルジェ・リンポチェに母親に代わって大礼拝をすることを頼んだ。彼女は上師が慈悲深くて同意することをとても感謝し、彼女が母に代わって母に傷害された衆生に頂礼した。

彼女は衆生が我々により苦しむことを体得し、リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達を放棄しないくださいと懇請な頼んで、弟子達が間違いを知っている。彼女はほかの弟子が処罰されて、しかりつけられることを見るときに、すべて弟子達のミスなのに、自分を点検していないで、すべての事をお互いに影響し、輪廻の業力に落ちられることを知らなかった。弟子たちは具徳の上師リンチェンドルジェ・リンポチェにようやくやっと探して皈依し、しかし、弟子達の表現はリンチェンドルジェ・リンポチェに失望させた。リンチェンドルジェ・リンポチェは無私で、聖人の境界をすでに越えた。しかし、彼女は同じのように五濁悪世にいて、彼女は処罰されることを受けた。彼女は自分の罪悪が深くて重くて、衆生に徹底的にやっつけて、食べた肉は何条の高速道路があって、彼女は彼らに仏法を聞けないことを害した。彼女は教えを受け入れないで、万事の冷ややかな心でただ自分にとってよいことを思っている。道場は他の寺に仏経を借りる時に、彼女はほかの弟子にお礼を準備して感謝することを気づかせていないで、彼女が懺悔した。彼女は自分をうまく管理していないで、彼女が遅刻するため、兄弟子にリンチェンドルジェ・リンポチェが法座に上がる時に上師に邪魔し、彼女が懺悔した。

彼女は世の中にリンチェンドルジェ・リンポチェがいて、地獄に地蔵王菩薩がいることを賛嘆し、彼らがいかに偉大で、広くて広大なこころと願力があって衆生に済度する。しかし、上師は随時に弟子達に離れる可能で、これも彼女に無常が随時に来て、機会がうまく準備する人に保留することを体得させる。彼女は上師と衆生に恥ずかしくて直面し、彼女が金剛地獄に落ちることを受けたいて、自分の間違いを責任した。彼女は仏法を聞く資格がないことを懺悔し、彼女が間違いをしっているので処罰を受ける。彼女は衆生に代わって大礼拝をすることを求めて、彼女が入院して動くことができないまでである。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのお体を安康し、法輪を常に転じて、常に世にとまることを祈っている。

リンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上がった後に、法会に出席した大衆に貴重な仏法の開示をこう与えた。

今日法会に参加した信者は、一部の者が初めて来て、一部の者は最近自分の家族が亡くなった。今日リンチェンドルジェ・リンポチェが皆のために修める施身法はチベット仏教の八大成就法の一つであり、いわゆる成就とは一生にこの法を専修したら成就を得られて、そなたにこの世に生死を解脱させることができる。多くの人は読経したり、真言を唱えたり、懺を拝んだりするのは仏を学ぶのだと思っているが、事実上、これはすべて助縁だけである。もしそなたが仏を学ぶのは生死を解脱するためではなければ、それでは仏法はそなたと何も関係がない。多くの人は仏を学ぶのはすべての事に良くなり、よい生活を過ごすことができると思って、一部の皈依弟子は今まで依然としてこのように思っている。もしそなた達は仏を学ぶのは自分の情緒を調整して、自分の気持ちを落ち着かせて働いて、それでは来ないほうがいい。

密法は一対一で口伝するものであるので、世の中は密法に対してよく誤解があり、密法が公開的に宣説することができないことについて、一部の人が納得しないと感じていて、ある人は密法が釈迦牟尼仏の涅槃の後、後代の人がヒンドゥー教とバラモン教の法門を結んで作成されるものをも誤伝されている。ある人は釈迦牟尼仏が密法を講じたことがないとも思っている。リンチェンドルジェ・リンポチェは初期に顕教を学ぶ時に、このようなことだと思っているが、しかし密法を習い得てからはじめてこれが誤った観念だと知っていて、やっと普通な人達は密法を修めたことがないから、密法の真実性に対して判断を保留する。ある人はお経の上に密法を言及しなかったと言ったが、しかし事実上言及されたことがあり、多くの経典の中では密法の痕跡があり、もし密法を習った行者がちょっと見るとすぐ分かる。そなた達はお経の中に密法がないと思う理由は、一方では講法者が説明していなくて、一方では講法者が自分が密法を修め得ないので、その故に彼らもよく知っていない。

お経はどのように出来たのか。釈迦牟尼仏は49年説法して、その時に録音、録画がなくて、記録を作成する書記官もない。仏陀涅槃の後、大迦葉尊者と阿難尊者は仏陀のすべての弟子を集めて、仏陀の開示された仏法を記録して、お経となる。仏は衆生の縁に応じて説法し、その時これらの仏の弟子達はすべて阿羅漢であり、阿羅漢は自了漢であり、自了漢とは自分で生死に解脱することを修めるのであるが、しかし金剛乗の仏法と菩薩道が衆生のためである。これらの阿羅漢は密法を記録していないか、、もしかすると修行の法門が異なってこれらの法門を聞く因縁がないかもしれない。

いわゆる密法とは、公開伝授してはいけない。実は顕教の一部の儀軌が密法と関係があって、たとえば合掌問訊(がつしようもんじん)する時に結んだ手印が、眉間の位置に置く。これはチベット仏教の頂礼する時に両手が合掌して眉間に置くと同じ道理である。リンチェンドルジェ・リンポチェは居合わせる出家衆に聞いて、「誰かはそなた達にその原因を教えたことがあるか?」すべての出家衆は全然知っていないと表した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、「問う」とは、理屈から言えば手を口部に置くべきだろうと開示された。どうして眉間の所に置くのか。もしそなた達は異なる人に聞くならば、異なる説明をもらう。実はこれは密法であり、ここで公開的に説明することを遠慮するから。ただチベット仏教の頂礼をする時に両手が合掌して眉間に置くのが「身」の皈依を代表するとのことしか言えない。もう一つの例、禅座時の「定印」は、多くの行者が両手の手の平を上に引き渡すに畳んで、親指はそっといっしょに触って、へその下の位置に置いて、皆も道場の中の釈迦牟尼仏の仏像もこのように定引を打つことが見てください。リンチェンドルジェ・リンポチェは再度出家衆に「そなた達はなぜ親指がいっしょに触ることを知っているか?」すべての出家大衆は皆知らないと表している。

リンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示した。もしそなた達はその意味を聞けば、ある人はそなたに、これが前世代から伝われてきたのだと言って、そなたが教えたことをよく聞き取ってそれに従ってやったらよくて、そなたに長く置くと定となると言った。もし禅定に入ると言えば、それは心定である。何故両手が心の間で置いて、臍の下に置くのではないか。これは実は密法と関係がある。

それに、釈迦牟尼仏が示現した吉祥臥(臥仏のように右を下にして横になること)は、寝る姿が右側に面して、右手が頬の後部を頼んで、左手がぴんと伸ばして左太ももの上に置く。どうして吉祥臥を使うか。どうして右側に寝るか、どうして左側ではないか。まさか釈迦牟尼仏は右が子をほうるので、このようにうつ伏せで寝るのか。実はそうではない。これはすべて密法と関係がある。仏陀のしたすべての動作、仰ったすべての話は余分ではなくて、すべて仏法と関係があり、すべては衆生に生死を解脱するように助けるためである。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの時に現場の出家衆に追伸開示して、厳格に言えば、出家衆はすべてこのような姿勢で眠るべきであると言った。古代に出家衆さえであればすべて知っているのは、毎晩眠る時にはすべて吉祥臥の姿勢を使わなければならなくて、もしこのような姿勢を使っていないで眠ると、折檻されるのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェも顕教を学んで出身するのである。顕教はすべての仏法の基礎理論であり、「顕」とは明らかで、お経が仰ったことを指して、そなたの意識をもってそなたにとても明らかに理解させて見せて、そなたの身、口、意が仏法を本当に生活の中に用いることができるようにさせる。密法の「密」は秘密ではなくて、神秘ではなくて、すべての衆生が持つ清浄な本性で、即ち法性で修行する。密法を学習するのは少なくとも10年の顕教基礎が必要であり、そして一名の具徳の上師が仏法及び実証実修した経験で教えるのである。仏を学ぶのはもし自分の考えを使って学んだら、完全に役に立たない。仏法はそなたの歴史、文化、知識、学問の人生経験法ではなくて、人生経験法は人類の数千年間に累積された生活体験である。仏を学ぶのは生死を解脱するためであり、もし人生経験法で仏法を判断したら、どのように修めても修め得ることができない。仏法は宗教ではない。というのは、仏法がそなたに彼さえ信じればいいを教えるのではない。そなた達に迷信させない。もしそなた達はただバイバイして加護を求めたいならば、その他の宗教を信仰しに行ってほうがいい。だから、もしリンチェンドルジェ・リンポチェが仏法を開示して弟子達はすべて教えに従って遂行しないと、リンチェンドルジェ・リンポチェは口をあまり開かないで、甚だしきに至っては全然口を開かないで、これも仏陀の伝われてきた教法である。

実は顕教の中に密法があるが、ただそなた達は知ってないだけ。一部の者はどうしてはっきりと言ったらいいじゃないかと聞く。例えば、そなたは1人の高校生が博士課程を勉強することを要したら、彼は理解することはできないので、どんなに解釈しても、役に立たない。そなた達も1名の博士課程の教授が普通な高校生を教えることを聞いたことがないだろう。密法はこのようであり、根器がなくて、ある程度まで修行していないで、上師はそなたに伝わらなくて、伝わっても役に立たないから、かえってそなたによくない。そなたがどのように1つの事をやったらいいか知っていない時に、そなたにさせると同じように、そなたはきっと間違うであろう。

古代に中国で仏法を広めるのは密法があって、唐密と称された。しかし、唐代以後唐密はなくなった。チベットの仏法は顕教があり、密法もあった。それは中国及びインドから伝えた。隋朝から始めて法師はチベットに仏法を広めに行ったが、当時禅宗はメインでした。インドはアティーシャ尊者はチベットに仏法を広めに行った。その後、蓮花生大士は密法をチベットに伝えた。チベットにも道教がある。当時文成公主は嫁いだ時も数人の道士を連れてチベットに行った。だから今日そなた達もチベットにある教派は関公をひとつの護法として拝んだ。宋朝の理学も仏法があり、当時の人は仏学と儒家思想を結んで文人が話し合う時の話題としてした。理学は仏教思想、儒家思想及び道家思想を加えて発展したものである。当時白蓮教は今まで伝えて一つの宗派になった。この宗派の信徒は菜食したけど、仏法が無い。それは彼達の教義は唯仏教思想を儒家に加えたから、他の宗教と違う。

そなた達は密法に好奇心を起さない。実は多くの密法の修行者の行為はそなた達が理解できない。例えば昔の善財童子五十三参に於いて、その中にある大貪、大瞋など修行法門として修める修行者がある。更にある修行者は遊女屋に修行した。ある者は密宗は必ず骨で法器を作ると思ったが、実は必ずではない。チベット仏教に於いて、全ての法門は骨で法器を作るわけではない。ある閉関修行の中に骨の法器を使い禁止だった。だが、今日修める施身法は人のすねの骨で作った法器が必要である。施身法には使った法器は勝手に墓に取られた骨で法器として使えるではなく、法器になるすねの骨はその形、すねの骨の持ち主の生前状況など条件は法本の中に特別に詳しく規定した。

最近台湾ではある者は数百万台湾ドルを払って法王が使った法器を買えると称された。基本的には不可能である。全ていい法器は修行者に対して無上の宝である。それは衆生を利益できるから、何千億の金より価値があり、売るわけではない。唯数百万台湾ドルだけそなたに買えない。売る物はほぼラマたちが重要ではないと思ったものだ。実は本当にいい法器は買えない。例えば、リンチェンドルジェ・リンポチェが使った法器は全て尊勝なる直貢チェツァン法王が賜った物である。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの法器を命より大切な物として見た。それは上師に伝承されて、世世代代に伝えるから。

そなた達は多く天珠が運を転じると信じて、天珠をつけるとビジネスがよくなるや財運を連れると思った。様々な天珠の伝説は口が上手いように話した。そなた達も聞いた事がある。七眼、九眼、十二眼の天珠でも全てリンチェンドルジェ・リンポチェが見た事がある。見たいならいつでも見える。若し天珠をつけると、事情を変えて、加護があるなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず始めて修めないと言った。最近世間に天珠を販売する商売が益々悪くなったが、それは多くの人が騙されたから。

法器も一般人は勝手に持つわけではない。数年前ある弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェを案内して、ある骨董屋に行った。リンチェンドルジェ・リンポチェは店主があるガバラ、所謂頭蓋骨の法器を見た。如何なるガバラを弁別するのは習い必要だ。当時直貢チェツァン法王はまだリンチェンドルジェ・リンポチェにガバラの識別の方法を教えないが、リンチェンドルジェ・リンポチェはこのガバラを持つと、すぐ此れがいい法器を分かった。リンチェンドルジェ・リンポチェは店主に言って、この法器は修行がいい修行者に送ったほうがいい。自分の店に放置しないで。そうしないと、商売に影響するから。結局店主はすぐ確かにおっしゃった通りと現した。このガバラの法器を店に置いた後、本当に余り収入が無い。

リンチェンドルジェ・リンポチェの性格により、相手にこの法器を自分に送ると要求しない。リンチェンドルジェ・リンポチェが分かったが、いい法器を修行がいい修行者に持たれるなら、修行者に良く、法器の護法にもいい。そうすれば、衆生を利益できる。当時リンチェンドルジェ・リンポチェは法衣を着なくて、出家相も現れないが、店主は出家相が現れるなら修行者であると思うから、主動にガバラをリンチェンドルジェ・リンポチェに贈らなかった。その後この法器をある有名な寺院の若い出家衆に送った。可笑しいなのはこの出家衆はこの法器を貰った後、毎晩夢を見て、夢の中にある者はしつこくて彼に法器をある者に渡すと要求した。この出家衆は夢の中の人の名前はリンチェンドルジェ・リンポチェの名前を知らなかった。最後彼は堪らなくて、法器を骨董屋に戻して、また店主に夢の中に聞かれた名前を知らせて、必ず法器をこの人に渡すと言った。だから、この骨董屋の商人はすぐガバラをリンチェンドルジェ・リンポチェに供養した。その後、彼の骨董屋の経営状況は益々よくなって、商売はとても興隆した。此れはこのガバラはリンチェンドルジェ・リンポチェを探した。だから修行がいいなら、法器は自動に出て、法器を使って衆生を利益できる持ち主を探せる。

そなた達も密法に誤解しないで。多くの者はチベットのラマ、リンポチェであれば、密法を修めると思った。実は沢山な者もそうではない。多くの人は若し転生すれば、必ず素晴らしいと思った。実は過去世にうまく修めても唯記録だけ。重要なのは今世にうまく修めるかどうか。最近各大教派は、皆転生の認定の条件に対して益々厳しくなる。尚更に廃止するかどうかと考える。実は皆は全部転生したが、前世がないと今世があるわけではない。

世間に於いて、ある者は密法で双修があると批判した。実は密法の双修とはそなた達が思った通り、男女の肉欲ではない。密法の中に双修があるが、多くの者は男女の性交だと誤解した。若しそうであれば、そなた達は全て両親が双修したから生まれた。そなた達の両親は双修があるから、何故成仏できないだろうか。出家衆も両親が双修したから生まれた。実は双修は極めて深い意義がある。寶吉祥仏法センターの道場に双修の仏像を供えないのはそなた達が分からないから、勝手に話して口業を作るのを恐れがある。双修が悪いとは言えないが、若しそなた達の両親は双修しないと、そなた達は生まれるわけではないだろう。

そなた達は出家者ではなく、正常な男女の肉欲は許せる。洪水猛獣としてみる必要ではない。注意なのは此処で言われた「正常」の欲だった。出家衆は必ず持たれない。だから、帰った後、そなたの眷属に清浄法を修めるため、ベッドを分けて寝る必要と言わない。そなた達は日本のように多くの年寄りはベッドを分けて寝るのは伴侶を影響しないためではない。《寶積経》に記載されたが、此の世に眷属縁があるのはそなたは拒否できない。それは債を返済するため、此の世に返済しないと、来世はまた来る必要だった。だから、皆は密法に多くの好奇心と誤解を持たないで。

多くの人は一回や二回の法会に参加した後、全ての事は好くなると思った。若しよくならないと、法会に参加しても役に立たないと感じた。或いは自分は今既に始めて菜食したから、昔に肉を食べても大丈夫と思った。それは自分が今既に食べないから。それは人を殺した後、再び殺さないと決めたから、裁判官に言って、自分が今後再び人を殺さなくて、自分が既に修正したと表したから、裁判官に刑罰を科しないと要求した。それは可能でしょうか。実はそなた達はそう考えれば、唯「怠け」しか解釈できない。多くの人は一回の法会に参加した後、病気が治ると望んで、自分が既に菜食したから、悪いことを発生しないと思った。しかし、自分が昔に如何なる衆生を食べたと思わなかった。現在菜食するのは唯悪を止めて、昔に作った悪も返済しなければならない。

前すべて作った悪因により悪果があり、現在悪行をやめて仏を勉強し始めとは善因のはじめ、しかし前の悪果はやはり現れ、現在の善因により、未来にも善果が現れるべき。例え、善行をしてもまだ共業の中に、末法時代には、悪の共業は善のより力が多く、そなたはやはり巻き込まれて影響を受ける。磁石のように、そなたは善行をすると善の共業の中に吸い込み、、悪行をすると悪の共業の中に吸い込んだ。止悪・行善を全くしなく、まだ少しの善をしたり悪をしたりすれば、すぐ善業に吸い込まれたり、悪業に吸い込まれたり、来たり行ったり走る。しかし忘れないで、末法時代では悪の共業の力は善の共業のより大変多くて、そなたが悪の共業のなかに滞在する時間は長くなる。

仏を勉強すれば因果を深く信じるべき、仏はそなた達の因果を変わることが出来ない、釈迦牟尼仏さえ仏になる時、九つの災難があり、皆はすべて凡人で、何に基づいて自分が大丈夫と思ったか?リンチェンドルジェ・リンポチェは例として、36才から菜食をして、仏を勉強する前、毎食全部肉でなければ好きではなく、必ず海鮮と肉を食べ、こんなに沢山食べたので是非弁済するべきだ。リンチェンドルジェ・リンポチェさえ、数十年を修行して、多くの布施供養をして、何回の閉関をして、絶えずに衆生を助けても、只この一生にの一部の業を返し、ましてそなた達?リンチェンドルジェ・リンポチェの話は大変はっきりして、まわす事ができない。正直で言い、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェより多く勉強したか?布施することはリンチェンドルジェ・リンポチェより多かったか?リンチェンドルジェ・リンポチェのようにこんなに数回の閉関をしたか?只1,2回の法会に参加すると自分の病気が良く直し、事柄賀よくなると望んだ。こんなに簡単であれば、リンチェンドルジェ・リンポチェも修めない。

仏を学ぶのは人生の中に一番大切な事で、輪廻を断って、もう生死をしないまで修め得る、これは仏を勉強するには一番大切な事だ。皈依したかないかを問わず、全部良く聞いて、そなた達は仏法が必要で、仏法はそなたが必要ではなく、加護を求める考えを抱ければ、今後もう来なくてもいい。そなた達には多くの者が法会に参加することはリンチェンドルジェ・リンポチェにとって、面子があると思わないで、リンチェンドルジェ・リンポチェは面子があるかどうか気にかけない、面子は一番値打ちがない。リンチェンドルジェ・リンポチェの能力により、現在各所に何時も招かれ、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはわざと隠して、有名にしたくなく、修行人は名声を得て利養をするためではなく、有名になると衆生を利益する福報を使ってしまった。

皆は欧米現在の経済が落ち始めることを見える。第2回世界大戦が終わった後、欧米人が全部享楽にふけるから。若い時遊ぶ事をはじめ、先遊びを考えて、仕事はいい加減にして、失業したら社会福祉に頼って、年を取った後お金がなくても国家に養われ、そうして福報が使われてしまった。現在台湾もだんだんこのようになる。遅く生まれれば生まれるほど福報がない、特に若い者、遅く生まれれば生まれるほど福報が少ない、それに、多くの者は若い頃既に福報を早く使ってしまった。すぐ仏を良く勉強して、自分の行為を直そうと決心しなければ、未来の生活は段々暮らしにくくなる。

仏法は何時もそなたが必要する時助ける。数日前、リンチェンドルジェ・リンポチェが運転する時、前方の1台の車は差し込もうとしたが、車の持ち主は方向の明かりを打たなかったのでリンチェンドルジェ・リンポチェが加速してあの車の前にして、早く前に向かわないとぶつかるから。結局あの車の持ち主が非常に不満で、ずっとリンチェンドルジェ・リンポチェの車の後ろに引き続いて、ラッパを押して、赤信号のとめる時、また下車してリンチェンドルジェ・リンポチェを暫く罵って、近くの者さえは全部頭を回して、何にかあったを見た。リンチェンドルジェ・リンポチェが仏を学ぶ前の性格により、少なくとも窓を下がって相手を見、或いは下車して相手と話す。しかし今回リンチェンドルジェ・リンポチェは全く放っといて、この事の発生は必ず因果のため、それで心には少しも影響を受けないで相手が罵って嬉しければ、彼に罵らせよう!相手の車はリンチェンドルジェ・リンポチェのと並んだ時車の持ち主はまだリンチェンドルジェ・リンポチェに侮辱の手振りをした。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは全て返事しなく、相手の中指が延ばしたかったら彼に自由させよう!相手はリンチェンドルジェ・リンポチェの車の後ろにずっとしたがっても、側に近くしても放っといた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは相手を放っていて事なかれ主義或いは死に恐れのではなく、そうであれば絶対に密法を修め得ない。2007年リンチェンドルジェ・リンポチェはネパール4,500メートル高さのラーキ雪山で3ヶ月を閉関し、電気も、水もなく、非常に寒いところに大変苦労で、全く自分の命を問わず閉関修行した。また、施身法を修め始めた後、多く済度される必要の衆生が見え、毎回済度法会に、あれら済度されほしい衆生を見て、来る衆生に対して全部恐れないのに、人に恐れるわけがない。皆は全て知っていて、運転する時衝突に一番出会いやすい。衝突に出会う時、心がまだ考えが起りやすければ修めないのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは既に心に考えが起らない、因果を深く信じるまでに修め得た。この頃リンチェンドルジェ・リンポチェはユーモアで申された:「仏を学ぶ前の性格により、下車して彼と理論すると、翌日の新聞には1本「人と喧嘩するリンポチェ」との報道が現れるかもしれない。」だから、リンポチェこの肩書きが本当に1つの便利ではない事だ。しかし直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェが退職しても良いと言わなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェはまだ退職できない、しようがない!

こんな事にあって、リンチェンドルジェ・リンポチェは知ってこれが是非累世の冤親債主が探して来た。また、リンチェンドルジェ・リンポチェは以前きっと人様を罵ったことがあり、その故今日相手が罵りたかったら罵らせよう。全ての事の過程で、リンチェンドルジェ・リンポチェは間違いがなく、相手の罵りを気にとめない、これは即ち修行と修行しないとの差別だ。法会に来て、家で念仏することは修めるとはいえない。修行すれば、果報が熟しても苦しいと思わない。修行することは業障を消える事が出来ないが、そなたの心に影響をさせない、仏を学ぶ過程に障碍が有らせない。≪仏子三十七頌≫の中に言い及んだ、人様が自分の頭を切っても、彼を大事なお客様とする。仏経の中に、釈迦牟尼仏は1つの方法を教えた。人様がそなたに贈り物をあげて、そなたが受けなければ、彼が贈り物を持ち帰って楽しむしか出来ない。それで、相手がずっとそなたを罵り、そなたには考えが起らなければ、相手が全て罵ったもの
は彼の自分の身に戻った。また何か怒る事があるか?まだ怒る者は≪仏子三十七頌≫を修めないとの現われである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは既にリンポチェの果位を修め得ても、まだこんな事が起り、そなた達はどの根拠で一回の法会に参加すれば、一切順調になって、全ての問題が解決出来て、病気が良く治ると思ったか?

仏を学ぶのは最も重要なことがそなたの心が直したかどうかにより、もしただ表面で仏を学ぶなら、最終、嘘を発見されて、隠せないで、なぜならば、重点が依然としてそなたの心である。前回の法会の時に、リンチェンドルジェ・リンポチェは往生したばかりの三人のことを開示し、三人がおなじようにリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なポワ法を済度をもらって、しかし、果位成就がそれぞれ異なっていて、何故差異があるのでしょうか?これは彼らの仏を学ぶ心構えが違っているわけである。リンチェンドルジェ・リンポチェは同じように修法し、分別心がないで、その上、彼らの三人が同じようにお金がなくて、甚だしきに至ってはある者がリンチェンドルジェ・リンポチェがお金を出しで彼を助けた。もしその中に誰かがよりお金があって、分別心があるをいうかもしれない、が、彼らの三人が同じように貧しくて、なぜ貰える果位が異なっているか?差別はただ彼らの三人の心構えが異なるわけである。参列するのは1千4百3十数人で、全ての人々が法会に参加する心構えも違っていて、だから、後の修法する時に、皆が自分の心を納めて、このようにしたら死者に対して助けがあって始める。

寶吉祥仏法センターは清浄な道場で、そなた達は法会の現場に如何なる商業の行為あるいは慈善バザーをみえなかった。いま、市中の中にある法会の現場は慈善バザーがある。出家者は商売をするべきなくて、少なくとも、法会の現場に商売があるべきではない。そなた達は寶吉祥仏法センターに来て法会に参加し、リンチェンドルジェ・リンポチェは一回の法会に参加したら幾らを支払うことをいうことがない。市中の市況により、そなたも支払われない。仏法は最も珍しくて、お金で売買することが出来ない。足りる経費があったら法会を主催し、経費が足りないなら主催しないで、出家者はお金のために商売をするはずではない。

施身法の梵文は「断つ」の意味で、我々の一切な煩悩を断たせた。だから、一日中に自分が何故結婚の縁がないことをきかないでください。これらは自分から煩悩を見付かって、我々に輪廻をし続けさせる。後ほどリンチェンドルジェ・リンポチェが初めて修法する時に、そなた達はただ自分の親友を済度するだけと思ってはいけない。逆に多くの苦しみがある衆生はこの法なので助けを貰えると思うはずである。そなた達も衆生の中の一人で、衆生が苦しみを離れるなら、そなた達も自ずから苦しみを離れられる。

それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは施身法を始めて修めて、その上、参列者に連れで六字大明呪を長くて唱えている。

修法後、リンチェンドルジェ・リンポチェは今日、一部の人々の家族が往生したばかりだと引き続いて開示した。多くの人々は死者のために死後七日目に行う催事をして、なぜ死後七日目に行う催事をするのでしょうか?これは密法と関係があるので言えない。何故仏教は火葬を主張するのでしょうか?土葬をしたら、死者が彼の身体に執着を産生する可能性があって、執着を一旦に産生したら、また、生を受ける業力が成熟していないことを加えるなら、ご遺体の側に残って離れたくない。墓が必ず鬼がいることを言えないで、鬼が彼の身体に対してまた名残惜しがるなら、この鬼が墓の側に残る。ある者はリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見してくる時に、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の後ろにある草まみれの鬼に従う事をみて、尋ねてからこの人がこの前に中国に帰って墓参りをして、その鬼が彼の一人の祖先で、彼と一緒に帰ってきて、しかもこの祖先が200年あまりのであったと知った。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に墓が草がいっぱい生えているかと尋ねた。彼は確かにそうですと回答した。彼は時間がかかってからやっと整理した。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示はもし土葬の後でとても長くて過ぎて生を受けないならば、全身が草まみれ、或いは他の物をいっぱい生えている。

人が死んた後に、もしこの人はこの世に修行をして大善を行うことがあったら、往生する後すぐに天道或いは浄土に行ける。もし大悪をしたら、死ぬとすぐに悪道におちて地獄におちる。もし両方ともではないなら、8から12時間を過ぎると神識を寝ていて、この期間にはそなたは如何に彼を呼んでも、彼も聞けなくて、そなたは彼のために仏号を唱えても彼も聞けない、大修行者を済度をもらえたら役に立たれる。いま、市中の一部の人々は棺桶の前に筊を投げて、死者にいくつの問題を聞いて、例えば「我々はこのような方法にてあなたに告別式を行うことがよいかどうか」「今日、私はあなたに送る花があたなが好きですか」などで、死者が回答すること思っていて、実は回答するのはすべて近くの幽霊で、あるいは経る腕白に鬼が少し悪戯をしに来るだけである。

死者の神識はずっと寝付いて7日間後で再度目が覚めることができて、このように7回目で連続して、七七四十九日後、この世にする業力に従って輪廻して行く。これも死後七日目に行う催事の由来である。7日ごとに一回で目が覚める時間に、家族が死者のためにお経を唱えて、時間の長さに関わらず、家族の心がより懇切し、死者に福報を累積して三悪道に落ちないことを助けられる。だから、死後七日目に行う催事をするかどうかがそなた達が自分が決める。自分でお経を唱えるなら、死者と自分に福報を累積することが出来で、死者と自分に対して助けがあって、どのぐらいを読みたいならどのぐらいを読む、しかし、お経を唱えるなら絶対に死者に済度することができるのを思ってはいけない、それはありえないことで、唱えるなら済度できることがありえない。

家族が往生する時に、お金を使って人々を探して助念をすることに比べて、死者の名前にて内政部の社会司に寄付して社会福祉をするほうがより役にたつ。仏経に記載されているのは死者のために仏事を広くてしたら彼らに功徳を累積することが助けられる。死者は福報があって修行があって、自分のこの世に果を認めることができることと限らない。中等が往生してからある修行者に見つけられて彼に浄土に済度して挙げられて、もしすべてないならば、眷属の自ら唱える。

そなたが今日法会に参加する心はリンチェンドルジェ・リンポチェが法会に開示されるのがすべて衆生のために基づくことができるなら、それでは、この法会がそなたに助けられる。同様にリンチェンドルジェ・リンポチェが修法し、全ての人々がもらえることが異なっている。ただそなたは信心があったら、そなたが済度したい死者がすべて助けをもらえる。ある仏法に基づく修行する出家衆は100位の在家衆が修行する功徳のようである。ある仏法に基づく修行するケンボス(備考:ケンボスはチベット仏教のなかに仏経を教導することができる行者だ)は100位ラマ僧が修行する功徳のようである。あるリンポチェは100位のケンボスの功徳のようである。ある在家で修行してから成就をえるリンポチェは100位のリンポチェの功徳である。この数字はどれだけ大きさかがそなた達が自ら計算してみる。だから、さきリンチェンドルジェ・リンポチェは皆をつれで六字大明呪を唱えて、必ずある効果がある。

さっき、リンチェンドルジェ・リンポチェが修法する時には、1千回の六字大明呪を唱えて、そなた達のすべての人々は大体800回を唱えて、現場で約1千4百3十人が唱えて、総計で100万回を超えた。もし普通な助念団であれば、やく10人で、一人が1時間にやく3千回の阿弥陀仏を唱えて、8時間で総計がやく24万回で、どのぐらい100万回で達成できるか?数字でそなた達に教えたらより詳細だ。寶吉祥仏法センターは普段に助念団の派遣して外に他人に助念してあげることがない、ただ此処に唱えて、その上、無償で助念し、皆は唱える時に貪念を起こらない。市中の多くの助念する人はすべて貪念があって、少なくとも功徳を貪って、修行がよいかどうかも知らなくて、だから、きまりが悪いので助念団に唱えられないでください、そなたは彼らに欠けてもわからない。もし助念団頼むことにくらべて、仏号を唱える機械を直接に放送するほうがいい、少なくとも仏号を唱える機械は貪念がない。リンチェンドルジェ・リンポチェはこのような開示は一部の者があまり好きではなくて、しかし、実は彼がこのように商売をしたら彼らに対してとても良くない。

さっき、リンチェンドルジェ・リンポチェが真言を唱える時に、心の中に少しの自分の考えがないで、が、そなた達の考えがどのぐらいを起して、ただ考えを起したら、そなたが唱えるのが全部役に立たなくて、本来、業力を変わる功徳を福徳になるだけで、福徳がそなたの来世に使わせて、功徳がこの世に使える。

時間が過ぎるのはとても速くて、1年1年で過ぎて、そなた達は家族のほかの人の一生をみたら、数年の時間で無事な日を過ぎることができるか?ここの平安は家庭と事業が順調で、身体が病気に罹らないで、子供の成績がよいなどのではなくて、これらがただ因縁法だけである。ここの平安は貪念と不安感がないで、祥和で暮らすことができる。いまの社会はこのように乱れていても、リンチェンドルジェ・リンポチェの心は祥和の中に影響されないように、これは未来に対してとてもはっきりするわけである。仏を学ぶのは仏法を生活で使って、そなた達に対して仏法がとても困難で、が、リンチェンドルジェ・リンポチェに対してとても簡単で、なぜならば、仏法が生活にいるわけである。

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2012 年 09 月 13 日 更新