尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示

2012年5月20日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで共修法会を主催されて、法会に参与し大衆に貴重な仏法の開示を与えた。

法会が始まる前、先ずは医者をするある弟子は先週游氏の男性弟子が尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの済度を受けた経過を分かち合った。ポワ法はチベット仏教の中で貴重で得難い大法であり、大福報がない者は得ることができない。チベットで、ポワ法を得るのは非常に困難であり、稀有で得難いと言える。まず重病者の家族はポワ法を修めることができる行者を探し当てて、先に大供養をして、行者が家に来て泊まることを謹んでお願い申し上げて、重病者を代表して行者に供養して、福報を累積するのである。行者は先ず重病者の家の中で法を絶えずに修めて、病者が往生した後に、行者はまた法を修めて、更に亡者の財産を持って、亡者を代表して行者に供養しなければならない。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは供養を要求していないで、その上法を修めた後に、すぐにこの医者の弟子が亡者の梵穴に触るように言いつけて、亡者の体と顔は既に冷たくなったが、しかし頭のてっぺんの梵穴は暖かい。リンチェンドルジェ・リンポチェが開示されたポワ法を修めた後の瑞相と完全に同じであることが実証されて、これは医学上と科学上で釈明することができない。

10数年前、この游氏の男性弟子が涙腺癌に罹って、リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する時、リンチェンドルジェ・リンポチェは、医者の言われたあの腫瘍以外、後方に殆ど見えない腫瘍がもう1粒あると開示された。游氏の弟子は手術を受けた後の半年をたって、医者はやっとその後に、1粒の腫瘍がまだあると発見された。

約5、6年前、游氏の男性弟子は医学センターの核磁気共鳴映像法(MRI)を受けた時に、脳部と脊髄に既に移転したことを発見されて、今なお全体の脳部はとっくに腫瘍にいっぱい占めるはずであり、つまり亡者の脳の中にすでに神経組織がないはずである。しかし、游氏の男性弟子は足がつって、人事不省になることがなくて、血を吐いていないで、モルヒネを注射しなくても痛くなくて、食べることができるし、飲むことができるし、大便が正常であり、頭脳が明晰である。医学上に現れる調子の悪さは、彼が全然なかった。この医者の弟子は30年間医者をして、リンチェンドルジェ・リンポチェの前で本当にただ一人のちっぽけな衆生だけである。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは真な大医王である。

日曜日(2012年5月13日)の朝、游氏の男性弟子はまだ朝食を食べることができて、午後往生した。医者をするこの弟子は病院で亡者の父母が来る事を待って、大体3時間をも過ぎて、家族はやっと病院に着いて、母が比較的に苦しいが、しかし父はとても落ち着いている。彼は亡者の父に教えて、亡者の顔色が朝に見た時の顔色と比べて、もっと綺麗になった。朝の顔色の唇はコーヒー色であるが、しかし殊勝なポワ法を得た後に、全身の色は綺麗になって、その上全身すべての関節は柔軟である。亡者のある家族は、どうして亡者の関節が彼のより更に柔らかいと言った。游氏の男性弟子は往生した後に、既に心臓の拍動も呼吸も停止したが、しかし救急車の上で、看護婦は彼の血圧の値を量ることができて、病院に着いた後、病棟の看護婦も血圧の値を量って、これは医学上で釈明することがあり得ない現象であり、これらはすべて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが示現された仏法の殊勝さであり、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェの加持にとても恩を着る。

続いて、ある女子弟子はこう分かち合った。游氏の男性弟子の家族の昨日(2012年5月19日)は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝しに来た。亡者の母は、彼らが先に葬儀場の冷蔵設備のところへ游氏の男性弟子を見に行って、游氏の男性弟子の容貌は生前より更に美しくなって、寝つくと同じように、皮膚の色はピンク色になって、耳が柔らかくての、火葬まで待つ必要がなくて、とても彼の古代梵穴が既に1つのくぼみ続けた穴があったことがはっきりと見えるに言及した。游氏の男性弟子は往生する前、病気がとても深刻であるが、しかしちょっとした軽い病気を感じていないで、1粒の鎮痛剤さえも服用したことがなくて、前の医者とが分かち合ったように、この様々な瑞相は、すべて非医学、科学的な所は釈明することができない。すべては尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの不可思議な加持と加護のためである。

今年(2012年)の最初から、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはこの游氏の男弟子に既に手配してあげた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはこの游氏の男弟子に24時間の男の看護婦を雇用して彼に世話した。費用は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェから負担した。游氏の男弟子は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに何回目で感謝して供養し、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは彼にこのお金を持って帰って両親に残って、彼に最後までチャンスがあって親孝行をされる。その上、彼に何も思ってはいけない、ただ上師に思っていて、その上、六字大明呪を唱えていて、リンチェンドルジェ・リンポチェがずっと彼にみていると開示された。

この間にこの男弟子は既にとても虚弱で体力が無いが、彼は相変わらず拘って、全ての法会に参加している。亡者の母も話したが、今まで息子の真言を唱える声を聞いた事がなかった。しかし、彼は亡くなった前日、亡者の母ははっきりに彼が真言を唱えた声を聞いた。また、彼は亡くなった数日前に父に伝えて、自分が間もなく離れる。亡くなった当日の朝彼ははっきりに娘に言って、「時間を注意してください。」妹は彼に法会に参加する時間でしょうかと聞いたが、彼は違うと返事した後、再び話さなかった。道場の下で到着する時、彼は神識がはっきりにスタッフと会話できて、スタッフに依頼して自分の体の姿勢を調整した。彼は道場でずっと我慢して、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法席を昇るまで、始めて落ち着いて静かに最後の息を止めた。だから、皆は常に上師を念じて、上師が指示した事を完全に降伏して、皆は永遠に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが皆に加持及び加護を想像できない。

続いて、寶吉祥仏法センターの理事長は報告した。1999年、この男弟子は国内に権威ある医学センターで手術を受けて左目のくぼみの腫瘍を取った。病理診断の結果は悪性腫瘍の涙腺腫瘍である。この男弟子は涙腺腫瘍に罹った。この医学センターは十数年以来、唯五つのケースがある。彼は手術を受ける前に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは既に開示されたが、この男弟子の腫瘍の後ろでまだ米のような小さい腫瘍がある。しかし、医学で放射学の検査にあの小さいの腫瘍は映されない。手術を受けた半年後再発した。ある精密なCT検査の中に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがおっしゃった事を証明して、当初目の後ろにあの検査されず、小さい腫瘍が確かに存在した。

約一年半前、病院の核磁気共鳴検査で彼の左目のくぼみの癌細胞は既に脳の中に転移して、頭骨にも癌細胞は既に侵食され、左の目も目のくぼみと癌細胞が益々多くなった時、癌細胞に成長する空間が無いから、目玉を押して、凹凸して現れた。右の目も彼が亡くなった二週間前に始めて外に凹凸した。理論的には彼は割れるような頭痛と感じるはず、しかも伴い高脳圧も脳幹に影響する。脳幹は生命の中枢である。若し位置をずれれば、彼はいつまでも突然死かもしれない。しかし、この男弟子は鎮痛薬を飲めず、頭痛もなかった。更に毎週の日曜日にリンチェンドルジェ・リンポチェが主法する共修法会及び毎月の施身法法会に参加した。亡者の父は約二ヶ月前に嘗て言ったが、彼の親戚や友達に多く聞かれて、亡者は本当に癌に罹っただろうか。何故長くたっても痛みを感じなくて、病気に苦しめない打おるか。彼の自分の兄弟は大腸癌に罹ってなくなった。往生する前にとても痛くてモルヒネを使っても痛みを緩和できない。またある兄弟子の家族は肺癌に罹って骨に転移されたが、モルヒネを注射しても痛みを緩和できない。ビルから飛び降り自殺したいほど痛んだ。しかし、亡者は末期に癌は脊髄及び骨に転移しても痛みも感じなかった。彼の両親はとても尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝しながら、リンチェンドルジェ・リンポチェを賛嘆した。此れは全て尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持と加護である。

游という男弟子は亡くなって、リンチェンドルジェ・リンポチェのポワ法を得た。彼の両親、叔父、叔母など皆亡者の梵穴を触って、梵穴は凹んで暖かいが、梵穴の側の頭は冷たいと発見した。この瑞相に対して、不思議だと感じた。彼達は賛嘆しながら、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝した。

葬儀社の社長も患者の両親と親族に説明して、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを賛嘆した。彼は多くの遺体を接触したと言って、一般的な亡者は息を止めた後、一時間に死体が強張った。更に時間に経って長くと死体は益々強張った。しかし、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェのポワ法を得る亡者は数時間後全身の関節まだ柔らかくて、彼達は死体を動くとき、亡者が柔らかい手はベッド或は担架から落ちると心配した。本当に極めて殊勝である。社長もリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝した。それは社長の妻も尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに慈悲に殊勝なポワ法を得て済度されたから。亡者の父はも再び葬儀社の社長及び現場にいる親戚に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、彼は「亡くなった息子は長い間にがんに罹っても痛みを感じなくて、更に苦しめない。」と言った。

亡者は生前眼窩内悪性腫瘍の癌細胞が脳に転移し、腫瘤にますます大きくさせ、目を外に押し寄せて来て、突き出て垂れ下がった。しかし往生した際、リンチェンドルジェ・リンポチェにポワ法で済度された後、元来の腫瘤が意外に縮小した。これは本当に極めて不思議の瑞相だ。癌症にかかって腹水があった亡者のと同じで、尊いリンチェンドルジェ・リンポチェにポワ法で済度された後、腹水は消えてしまった。シーツはそのまま乾き、流れて来ないとの現われ、医学の方式によって、パイプを腹に入れて引き出すしか出来ない。これはもう一度皆に殊勝な仏法と尊いリンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲、大能力を自分の目で見、自分の耳で聞くのを出来させた。
弟子達は深く懺悔して教えに従って実行するべきだ。

続いて、1人女弟子は皆と尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の家族と娘を助けるのを分け合った。

2006年彼女の義父は肝癌の転移と拡散するため、お医者さんに「あと3ヶ月位の命」と宣告された。あの時、彼女はまだリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依しないが、義弟と義弟嫁と既にリンチェンドルジェ・リンポチェの皈依弟子だった。彼らは良く家族皆の目の前にリンチェンドルジェ・リンポチェの衆生済度の事跡を称賛し、それで、彼女の夫と家族と一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れ、リンチェンドルジェ・リンポチェがしゅうとのお体を加持するように望んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲で義父の病苦を減らし、また殊勝な珍貴なポワ法の授けを承諾した。それで、彼女のしゅうとは肝癌の末期になっても腹水及び肝臓の痛みとの状況が起こられないで、神識も何時も大変はっきりしていて、食欲も悪くない、最後まで、足の浮腫みで血清を注射するため入院して、危篤になって病院に入るのではなかった。一週間後、器官が衰弱したので往生した。入院期間では挿管をしないで、加護病室には入らないで、更に看護費用さえ、一日を使った事もなかった。

彼女の義父は往生した後、容貌が落ち着いた。彼女は義父が癌末期から往生したまでの全行程を見たので、リンチェンドルジェ・リンポチェに対して比類がない恭しい心を産んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの大威徳力と仏と無二無別な慈悲願力を称賛し、こんな大修行者に従って仏法を勉強する福徳因縁が有るように望んでおり、その故、2006年の「阿弥陀仏無遮大超度法会」に参加した後、リンチェンドルジェ・リンポチェと面会を申し入れ、法会に参加して仏法を勉強するような福徳因縁があるように祈った。

彼女の娘は基因の欠損なので、自体から成長ホルモンとホルモンを産生されないで、だから、青春期には正常な子供のように成長して発育されない。医者は彼女も娘の為に一年ぐらいの成長ホルモンを注射してから6インチぐらいに背が高くなって、その後、生長板のはっきり閉めるので、健康保険が薬をくれない場合には、生長ホルモンを注射することを停止した。彼女の娘は微かなの行為があって、危険に敏感にならないで、自分を保護されない、だから、子供からいままで多くの危険な状況を遭った。、足の指は硯に打ち砕かれて、樟脳油を誤食されるなどの状況を含めていて、まったく多くて一つ一つ言えないほどである。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見せず前に、彼女の心の中にとても苦しんで、なぜならば、彼女は娘に対して如何にすることを最もベストを知らなかった。

リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する時に、彼女は自分の父親をみるように依頼があった。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女と主人と娘と彼らの家族の前世の殺業の因果応報をとても慈悲深くて開示された。また、父親のような慈愛な言い方で自分がとても苦しさと思ってはいけないと開示された。彼女に比べてもっと苦しみ人間がより多いである。また、その場で、彼女に法会に参加することを申し込むことを同意した。

彼女と娘は2006年1月にリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。彼女の娘は初期で法会に参加する時に、落ち着いて席にに座られないで、身体を常に揺らしていて、目も彼方此方に見て、兄弟子が彼女に話しでも回答していなかった。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持の下、法会に参加していて、彼女はいま静って席に座られて、その上、リンチェンドルジェ・リンポチェが仏法を開示することを真面目で聞いた。毎週の土曜日に彼女の娘は早くて寝ることをいって、なぜならば、日曜日に法会で仏法を聞く時に寝ることを恐れて、これがリンチェンドルジェ・リンポチェと仏法に恭敬していない。道場に至って主動的に兄弟子に挨拶をして、道場の規定を守って、性格がとても明るくなった。その上、彼女の娘は数年間で成長ホルモンを注射していない場合に、既に156センチに至って、普通な人間の成長のようで、その上、持続的に高くなっている。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女と彼女の娘に上師に従って仏を学ばせて、自分の福報資糧を累積させることに感謝した。

彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依していない前に、自分がある部屋があって、あるブランドの車があって、子供がいて、多くのお金があって、家族が平安で健康することがとても幸せな人生だと思っていた。だから、少しが自分の考えに従わないなら、自分の心を従わないなら、自分がとても楽しくないで日々がとても苦しいと思っていた。皈依してから法会に参加してリンチェンドルジェ・リンポチェの開示:一切な有為法は夢とバブルのように、露のように、その上電のようにと聞きました。自分がどのように間違うことを知っている。彼女が執着することは長くて存在されないで、自分の本当の快楽をさせられないで、自分の全ての苦しみを自分から招いたのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェの人間の心をはっきり指摘させる仏法の教導は彼女に自分が享楽なことを貪んで、苦しみを恐れて、福報をとてもうすいな人間をはっきり見させて、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持がないなら、彼女は今日このような安穏な生活を暮らされないで、彼女は上師にしっかり従って仏法を学んで自分の行為を改正しなければならない。上師に感謝した。上師の御身体は安康し、法輪を常に転じていることを望んでいる。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法席に昇って、リンチェンドルジェ・リンポチェは出家弟子を指示して、大衆を率いて長い間に六字大明呪を唱えていた。唱えた後、リンチェンドルジェ・リンポチェは次の通りに開示された。最近一ヶ月に連続に弟子が三人亡くなった。酆という女弟子、劉という女弟子及び游という男弟子である。三人とも癌に罹って、上師の加持も受けた。しかし、亡くなった過程は異なって、それは三人の修行する心は違うから。その中に游という男弟子は先週に法会の時に亡くなった。亡くなった時、苦しみをちっとも感じなかった。彼はしかも落ち着いて亡くなって、最後の息を止めるとき、隣に座った漢方医でも気付かなかった。

過去皆が見たが、患者は息を止める前に、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を得るかどうかを問わず、多少もがき苦しむ症状が現れた。それは人によって修行が違って、福徳が違うから、往生の過程も違う。実はこの三人の弟子の中に、游という男弟子は嘗て犯した過ちは極めて酷かった。それは2005年に数人の弟子は道場を破壊して上師を批判したが、この男弟子はこの活動に参加しないが、是非を論議した。上師の是非を論議するのは即ち三宝を誹謗した。このような重罪を犯して、顕教に於いて、五無間地獄に堕ち、金剛乗に於いて、金剛地獄に堕ち、此れは極めて酷いことである。

祖師ジッテン・サムゴンは嘗て説かれたが、仏菩薩は衆生を助けて、苦痛を離れた後、助けを受けた衆生は常に再び仏を精進に学ばない。だから、病気は再発した。リンチェンドルジェ・リンポチェは病状に悪化させないように助けられるが、尚更にそなたに病気は既に治ったと感じさせる。しかし、此れは唯冤親債主にそなたの修行を妨げない。悪念が起こると、冤親債主はまた戻れる。この男弟子は活動に参加していないが、彼は他人に従って是非を論議したから、結局彼の病気は再発した。

彼は始めて1999年癌に罹って手術を受けるつもりから、リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。当時リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、医師が発見した腫瘍以外、目の後ろはあるとても小さい腫瘍があって、医師も処置できない。彼は手術を受けた後半年、医師はやはり後ろにまた一つの腫瘍を発見して、更に手術を受けても取れない。彼は始めてリンチェンドルジェ・リンポチェを信じて、その後に皈依した。リンチェンドルジェ・リンポチェの加持と助けのもと、彼のがん細胞は元々抑えられたが、医師さえ既に腫瘍を診断できない。但し、彼の念が変わると、上師の加持力が断って、病気は再発した。そなた達はそう考えるかもしれないが、冤親債主が既に済度されたが、何故このような状況になったか。済度されたから、もう大丈夫というわけではない。若しそなた達の修行は果を証しないと、そなた達の冤親債主は最もいいなのは人道に済度された。まだ輪廻苦海にいれば、そなた達の行動、思想、言語は全て過去や現在でもそなたと関わる衆生と共鳴を生じる。

そなた達は全て間違い観念を持って、仏を学んで修行すれば加護を貰い、悪い事を発生しないと思った。仏を学ぶのは悪い事が一切発生しないとは言えない。そなた達は一生に全ての事はそなたの因縁や因果と関わって、仏を学ぶから、そなたにいいこと或いは悪いことを連れていない。発生した事は全てそなたが過去に行って起こった業報なので、そなた達はよく考えて、過去世に行った業を問わず、此の世に行った悪はいくらだろうか。如何なる何回も聖地を巡礼すれば、全部解決する訳ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは昔も沢山な懺悔を行った。梁皇寶懺において、千仏を拝んで、水陸大法会は毎年少なくとも一回で地蔵懺、観音菩薩の懺など全て拝んだ。1995年から始めて、毎年チベットなど各聖地に行った。1997年から始めて、毎年閉関修行して、人を助けて、仏法を広めて、衆生を済度している。若しそなた達が考えた通り、既に沢山に拝んで、沢山に供養護持したから、悪いことは発生しないはずと思った。何故45歳に癌に罹るだろうか。実はこては全て花報である。しかし、自分の過ちを分かって、一切は全て因果を分かるから。若しそなた達は因果を深く信じて、因果を受ければ、たとえ悪い事が発生してもそなたに影響しない。上師に絶対の信心と不断な修行を頼れば、始めて業力を変えて重い報いを軽く受ける。

多くの者は懺悔したから、もう大丈夫だと思った。実は懺悔とはそなた達に機会を与えて始めて債務を返済するから、果報は相変わらず存在している。そなた達は懺悔して終わったから、許されるだと思ったが、此れは不可能だった。懺悔の福徳は多くの世に待って、ある因縁が起これば、そなたに使う。そなた達は過ちを起して朝ご飯を食べるように、懺悔は昼ごはんを食べるようにして、毎日二回を食べる。此れは役に立たない。間違いなら懺悔して、再び過ちを犯さない。現場にいる人は多く子供がいるが、そなたの子供は過ちを犯して、始めて一回や二回は過ちを認めれば、そなたは彼を打たない。しかし、第三回目を犯せば、必ず始めから一回に計算して、尚更に罰を酷く与えた。たとえそなたは子供がいなくても、自分が子供の頃を考えると、この状況ではないか。

《仏子行三十七頌》に説かれたが、冤親債主は我々の恩人であり、両親と同じであり、我々に自分がまだ過ちがあると分かった。釈迦牟尼仏は発した懺悔心は必ずそなた達より大きいが、成仏する時も九つの苦難を経たなければならない。凡夫は懺悔したから大丈夫になるわけではないだろうか。因があれば必ず果報がある。果報は変えないが、悪を止めるのを通して、果報の力をそなたに影響しない。悪業、善業ともそなた達に影響するから、悪業しか影響しないと思わないで。善業は大き過ぎなので、そなたにいい日々を過ごして、修行したくない。

その時、リンチェンドルジェ・リンポチェはある女出家衆に開示されたが、若し仏を学ぶ人は唯経典から仏法を学んで、多くの法門を伝授されると自分がとても素晴らしいと思って、此れを通して、今後多くの信者を持つと思うと、この考え方は全て間違い。ある者は自分が正しいと思って、自分が昔の道場にとても素晴らしいと言って、自分があるものを見えると言った。若しそうすれば、離れたほうがいい。何故彼女は昔にリンチェンドルジェ・リンポチェに自分が見えたのを話してもリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を無視しただろうか。仏を学ぶのは感応を求めるではなく。戒は確実に守らないと、如何なる仏菩薩を見えるだろうか。戒を完全に破ったのにほらを吹いた。若し戒を破れば、改めて受戒しなければならない。游という男弟子にとって、再び受戒したから、十分な福徳を累積できて、殊勝なポワ法を得て済度される。戒を守らないと慈悲心がない。慈悲心がないと、難しくて仏を修めない。また、他の二人は癌に罹った女弟子、沢山な戒を破ったが、再び受戒しなくて、懺悔すればいいと思った。だから亡くなる前に少し苦しみを受けた。離れるとき、まだ懸念があって、一人は息子を考え、他の一人は息子を少し離れも懸念した。若しそなた達は比丘尼戒を破れば、リンチェンドルジェ・リンポチェは比丘尼戒を受戒しないから、如何なる再びそなた達に戒を伝授されるだろうか。昔の環境は自分に他人が自分に従う状況を慣れたが、ようやくもとの場所を離れて、此処に来てしっかりに仏を学びたいなら、このようなしないはず。

決心して、生死を解脱法門を修めれば、自然に慈悲を起して、わざわざ学んで行う必要がなく、とても自然にそなたの慈悲心を培養できる。真に決心して生死を解脱する人に対して、執着や争う必要がない。仏を学んでいつも他人と論議して争って、自分が正しく、他人が間違いと考えたなら、執着心は相変わらず重い。我執は重いなら、仏を学びにくい。我執はまだ重い者は慈悲を修めなくて、慈悲がないと仏法が無い。一旦破戒すれば、改めてするととても大変だった。自分が昔に累積した福はまだ存在していると思わないで。破戒すれば、一切はゼロから始めて、最初から始まらなければならない。福は消えないが、唯元々此の世に使う功徳は福徳を変えて、来世或いは多くの世に経った後使える。そなた達は来世いつか人に転生する事は言えないが、とても長いかもしれない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは始めて仏を学んで以来、自分はいつかリンポチェに成ると思わない。完全に自分が沢山な弟子を取るのも考えない。僅かな念でも持っていない、完全に三恩根本上師直貢チェツァン法王の教えに従って、完全に教示を従って行った。自分の考え方も持たず、自然に行えて、自然に戒を守れる。そなた達は本当に破戒しないで。

游という男弟子は三宝を誹謗する罪は極めて酷いが、たとえ彼は灌頂及び法を伝授するのを受けても、四加行の部分において、彼も11万回の大礼拝をして、11万回の百字明呪を唱えたが、相変わらず過ちを相殺できない。彼は自分が過ちを分かった後、一年を求めたが、リンチェンドルジェ・リンポチェは始めて彼を接見した。それで彼に再び10万回の大礼拝をさせた。当時リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に何故再び10万回の大礼拝をする理由を知らせなくて、拝んだ後病気が治れるかどうかも知らせなかった。游という男弟子は上師の指示に従って、再び10万回大礼拝をした。彼は第二回目10万回の大礼拝を完了した後、腫瘍は始めて生じた。そなた達は10万回の大礼拝をしたが、何故このようなことが遭ったというかもしれない。リンチェンドルジェ・リンポチェは次の通り開示された。そなた達は見たが、ビルを一軒建設すれば、数年の時間にかかる必要だが、壊れるなら、爆弾を設定して数秒間にビルは完全に壊れた。念もそうであり、念が変わると、必ずゼロから始める。彼は第一回目に11万回の大礼拝をしたのは過去の業障を消すため。彼はその後教えに従って、再び10万回の大礼拝をしたけど、今回今後の事のため準備する。

あるテレビの司会者は元々仏教を信じたが、息子は事故に遭うと、全家族はすぐキリスト教を信じた。彼は次の通り考えるかもしれないが、元々自分が毎日番組を司る時、人に善事を行うのを宣伝したのに、何故このようなことに遭っただろうか。事故に遭ったとき、自分の上師に助けを求めようだが、彼の上師はとても忙しくて彼を助けられない。彼はこのように行ったのは彼のせいで責めるわけではない。多くの人は他の所に既に皈依したけど、上師からこの点を開示されなかった。仏経に確かに記載があった。実は仏法を教える人は責任があって、皈依する時はっきりに説明すべき。仏法は人に善事をするため教えるではないが、人に生死を解脱法門を教える。善を行うのは元々人として基本である。生死を解脱するのは仏を学んで修行するため、善事をすれば、悪いことを発生しないとは言えない。仏を学ぶのは必ず因果を深く信じて、自分が行ったことに結果を引き受けなければならない。

そなた達は皈依する時、リンチェンドルジェ・リンポチェは全部言った。便利のため外道に求める事ができない。便利のため、外道に助けを求めるのは因果を信じなく、全てするのが邪見、邪念のである。仏法に説いた正と邪とは、善行と悪行ではなく、「正」とはそなたに対して輪廻のしない事を助けるのであり、そうでなければ「邪」である。生死より離脱するためにすることでなければ、全部「邪」である。心の中に仏法を考えれば正念だと思わないで、まちがった!そなたに輪廻を離脱させる事だけ、「正念」と言え、輪廻より離脱させない考えは即ち「邪念」である。

游と言う男弟子はもう一度発病した後、目が見えなくなり、彼は嘗て上師の是非をいい、三宝を誹謗したから。彼にもう仏像と上師を見えないとの果を得させた。そなた達は見て游との男弟子の様子は大変見難いだろう?彼の顔にの腫瘤は全部突き出した。「地蔵経」には説いた、三宝を誹謗するなら盲唖との果報を得る。彼はこの一生に眼が見えないのは次の世に盲者になる果報を先叶った。様子が大変醜くなるのは地獄相の現われだ。在世には果報を現させ、業報を返したので地獄へ堕ちらなくなった。

実は、彼はある器官の作用がなくなり、かえって1つの器官の悩みがなくあった。あの劉との女弟子のようではなく、口腔癌にかかったのに、まだ料理番組を見て彼女の食欲に満足した。游との男弟子はちょっと三十数歳で、もう一度発病した後、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに全く投降して、上師が全て仰ったことを全部信じて、そなた達がまだ選択性があるようではない。上師が申された話は全部聞き入れ、自分が重病だと分かって、もう考える事がなくなった。それより、彼は人を見ると何時もにこにこして、仏法が殊勝と感じさせた話をして、文句をしたことがなく、静かで絶えずに法会に参加して、仏を勉強している様子と感じさせた。毎回彼は自分で歩いて会場に入って、僅か最後の一、二ヶ月、弱い過ぎで、はじめて車椅子に乗る協力が必要だった。それは彼が上師に対して完全に投降し、その上菩提心を起こしたから。その他の2人癌症にかかって往生した女弟子は菩提心を起こさないで、只自分に対して良いため求めに来て、上師の修法も得たが浄土にの果位が違いになってしまった。游との男弟子は痛苦がないように往生した。3名弟子は全部リンチェンドルジェ・リンポチェのポワ法の助けで浄土へ済度されたが、游との男弟子が得た果位は上品上生で、外の2名女弟子は只下品下生である。

ミラレバ尊者が全て犯した罪は大変重くて、多くの者を殺したから。しかし上師マルー・パ聖者は一切の筋がない方法で彼をいじめ、彼は上師に対しての心は何時も変わりがない、その故で当世に成就を修め得た。ひいては上師が往生した後、まだ上師の教えを謹んで、上師のご指示に従って洞穴を離れて修行することはしなかった。他の者ならきっと「出で仏法を用いてもっと多くの者に利益して、仏を勉強させることが出来る。」と考え、まだ順従で洞穴に残るわけがあるか?そなた達は上師が往生した後まだ順従と言えない、道場を離れると既に不順従で、ひいては道場で、上師が目を通さないと不順従になった。

元来密法を修めて成就を得た修行者は福報と受用がぜひ良くて、栄耀栄華が自然に来て、良い物も自然に身に来る。あの時、多くの高官貴顕は美名を慕って面会を申し込み、しかしミラレバ尊者は上師のご指示に従って一生洞穴で修行し、上師が往生しても、彼はやはり全く従順で、その故で、殺人の業果が始めて一世で返した。しかし、ミラレバ尊者はもう一つ形式:「孤寡貧苦」の修行で返し、元々殺人の地獄に堕ちる果報を代わった。ミラレバ尊者が閉関した洞穴はリンチェンドルジェ・リンポチェが行ったことがあり、洞穴の中の条件は十分厳しいである。

浄土宗では浄土へ往生するには三つの福を備えなければならない:因果を深く信じ、親孝行、師長を尊敬するのである。そなた達はこの三つ全部出来ない。この游との男弟子は最後の時、身にはお金が無いが、やはり最後のお金を全部出してリンチェンドルジェ・リンポチェに供養する。リンチェンドルジェ・リンポチェは受け取らなく、また彼に「このお金を父母に供養しよう!」と申された。それは彼に親孝行をさせ、浄土へ往生する三つ福を累積させるから。この三つ往生した弟子の中に游との男弟子が全てした供養が一番多くて、お金の数量が一番多いのではなく、彼が何時も供養し、毎回供養するお金は全部彼の身に最後のお金で、誠心誠意することのである。酆との女弟子は三万円を葬儀費用として残った。劉との女弟子の家族は彼女は余りお金がない、しかし彼女は看護婦ですのでやはり収入があり、最後にも一筆のお金を残して葬儀費用とした。游との男弟子は発病した後、仕事がない、全く収入がない、リンチェンドルジェ・リンポチェに自分の命を延ばすことを願うこともない。彼はまだ大変若くて、三十数才だけで、父母があり、父も病気にかかったが、彼は全部を下ろし、彼の父母親も十分協力で、彼に邪魔しない。劉との女弟子の家族も「大変協力」で、終日彼女に邪魔し、下ろさせなかった。酆との女弟子の娘と息子もずっと彼女に下ろさせなかった。

金剛乗は絶対に自分のことを考えなく、それより、自分の病気ばかりを考えれば、金剛乗の上師が手伝っても得たの果も違う。多くの者は自分の心をコントロールせずにやったことは以後全部因果があり、因果を深く信じて、どの動作でも因果が起こられ、信じるべきだ。顕教では善業、悪業と無記に分けて、例え呼吸は無記であり、しかし密乗では、空気の中にも衆生がいて、呼吸さえも他の衆生に影響をして、業も起こす。

游との弟子は往生する前全てはっきりして、人と話すが出来て、最後の一つの息で我慢してリンチェンドルジェ・リンポチェが法座に上った後はじめて落ち着いて離れた。往生する前にはっきり出来るのは彼の修行に頼った。あるものは寝ている時死んだら一番良いと思ったが、そうではない。心臓病が起きて亡くなった、或いは寝て中途半端呼吸が急にとまって亡くなったのはかえって一番苦しい、大部畜生道に堕ち、自分が死んだと思わなく、仏法と話すと耳に入らない。往生する前昏沈すれば、三悪道に堕ちるチャンスが極めて大きいだ。昏沈した後、何も感じなく、痛まなく、何も知らないと思わないで、これは間違いだ。神識が離れなければ、知覚がある。例え、ある植物人間の家族はリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し込み、リンチェンドルジェ・リンポチェが植物人間の心の中に全て思ったことを言い出すことが出来、家族に間違いなく確認された。だから、神識が離れなければ、感覚と知覚があり、とても明らかで、但し、彼らはそなた達に表して分からせることが出来ない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは1人医者弟子を指示して植物人間がまだ知覚があるかどうかを説明させた。医者弟子は説明した:「全部感覚と知覚があり、とても明らかだ。」リンチェンドルジェ・リンポチェは更に次のように申された:「そなた達はこれが神経の反射作用と言うかもしれない、しかし、神経が作用すれば神識がまだあるとの表れだ。想像して、1人が一つ部屋に閉めて、誰か助けに来ると分かったが、外界と一層のガラスをあけて、相手が見えるが、相手に自分が必要物を言い出すことが出来ない、外界と繋ぐことが出来ない、これは大変苦痛なことだ。」

この時、ある女信者が居眠りをして、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に「すぐ寶吉祥仏法センターを離れ、既に申し入れた法会に参加することが出来ない」と指示された。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示し続け:「この信者はまだ若くて、死亡とのことは彼女と関係なく、まだ彼女の身に発生することではないと思ったので、居眠りをした。法会の中に全て発生することは全部因果がある。居眠りをしたのは二つの理由があり、一つは生死より離脱するのはまだ決心しない、自分と関係ないと思って、冤親債主がそなたに聞かせない、そなたはまだ修行しょうと思わないので彼らの助けを得ない。もう一つは、業障が重いかも、睡魔が邪魔に来て、彼女に仏法を聞かせない。」

仏経理には説いた:仏法を聞く時に居眠りをすると次の世は畜生道に堕ち、つまり来世は動物になり、しかし、仏法を聞いたゆえに、福報があって、でペットになり、一日中人に抱いて来たり行ったりした。あるペットは十分の福報があれば遺産がある。しかし先ほどこの信者はペットになれば遺産がない、彼女は供養布施をしないから。そなた達はペットが終日抱かれて良いと思わないで、赤ちゃんを見て、最初の何ヶ月抱かれて、3ヶ月を過ぎた後、そなたに抱かれたくないなら、もがいて抱かせない。そなた達は一日中抱かれた方が良いと思うか?ある者はペットを子供として扱った。そなた達は擬人法を使わないで、人と動物と六道の中に同じ道ではなく、どうしてあくまでペットが自分の子供と言った。あなたは次の世にペットになりたい限り、この世にこのように言う。自分が愛があると言うな。現在浪人が多くて、男性だけではなく、女性もあり、彼らを持って帰って抱ければどうだろうか?人には全部区別心があり、世間の人間の考えは全部大変可笑しいだ。

そなた達は仏の勉強する方式を良く考えて、酆との女弟子はのん気に修め、最後の期間にまた他の弟子の恵まれを取った。劉との女弟子は自分に対し利点があるこそ修め、法会に来てリンチェンドルジェ・リンポチェが申された仏法も選択的に聞き、自分にとって利点があれば聞き、その他、彼女と関係ないと思って心を使わない。游との男弟子は過ちを認めてからリンチェンドルジェ・リンポチェが全て仰ったのは正しいと思い、上師に対してまったくの信心があった。彼は1999年に亡くなるはずが、彼に13年を多くあらせて、浄土へ修め得るようにさせた。彼は往生する数日前、既に四大分解があり、これは必ず通じる行程だが、彼には全く苦痛がない、また訪ねに来た者に教え、見せた。「今日はリンチェンドルジェ・リンポチェが申されように地の分解で、明日は水の分解で…」四大分解の過程の中に彼は少しの苦痛もないが、酆との女弟子と劉との女弟子なら、四大分解の苦しみを受けた。

なぜ劉氏の女弟子は往生してからリンチェンドルジェ・リンポチェに彼らの家族の過去世の因を見させるのでしょうか?彼女は彼らの家族が真面目な仏を学んで修行していないで、完全な仏法をしんじていないで、毎日にたらめをいうことをしっているわけである。酆氏と劉氏のこの二人の女弟子は自分のためなので、往生する前の暮らしで痛むわけで、往生する時に心の中に気になることがあって、苦しみがある。一人は息子のことを考えていて、彼女の息子がただすこしだけで離れて物を取るだけで息子を考えていて、もう一人がこのような彼女の数人の息子を考えていて、だからすべて苦しみがある。なぜ痛んで痛み止めの注射をするほどがいつのでしょうか?癌細胞はそなたが心から彼らによいのではないを知っていて、そなたは同じようにそなたのためで、勿論そなたに痛ませる。この三人は全て癌にかかるが、その上、この游氏の男の弟子の癌は前の二人に比べてももっと厳重で、癌細胞が既に全身に移転し、しかし、彼は如何なる苦しみを受けたことがない。彼は自分が間違いを知っていて、仏を学ぶことが自分のためではなくて、つまり、菩提心を発して、だから、一回の痛み止めの注射をしたことがない、如何なる苦しみがない、如何なる苦しみを受けないで落ち着いて往生した。もし、彼は往生する前の苦しみを受けたことがあったら、必ず必死の頑張りがあって、彼の周りで座る人々がきっと知っていて騒動を起こして、しかし、その時に、このような状況がなかった。

彼の周りに座る人々は彼が往生したことを知っているが、完全におそれていないで、主にリンチェンドルジェ・リンポチェがいることを知っていて、リンチェンドルジェ・リンポってが彼に済度して、もっとよいところへ行かせることをしっている。もしそなた達が外にみるご遺体であれば、必ず何か恐れがある。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが数分以内でポワ法を修め完了して死者に済度されるをみてから、これが簡単でできることを思ってはいけない、この前に数年に準備の工夫がいる。

リンチェンドルジェ・リンポチェはある出家弟子にある者が仏寺に往生したら、普通で仏寺がどのように対応することを説明させた。出家弟子はある者が往生したら、早くてご遺体を出させて、それから、助念を8時間にして、そして、七七四十九日を唱えることを表示した。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は普通正殿にご遺体を放させないで、このように何日でお経を唱えることが実は死者が仏寺にまた残っていて去らないことを恐れるわけである。その後、どんなわずかな異変があるならば、ある者が正殿で往生するのでこのようになるをいう。が、寶吉祥仏法センターは本当にとても特別で、この道場で多くの発生することが他のところに易くてあえないで、そなた達に多くの衆生の因果を見させる。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達の一部の人々が自分が道場で往生し、或いは道場に移したら問題ないと思っているとユーモアな開示された。そなたが待ちたいなら待たれることができるのではなくて、道場に往生されることが因縁を具えることが必要し、福報がないなら死にたいでも死なれない。

全ての衆生はリンチェンドルジェ・リンポチェの目の中に全て平等で、仏法が分別がない。リンチェンドルジェ・リンポチェは同様に平等な助けて、これらの三人の弟子が全てとても貧しくて、何か供養がない、リンチェンドルジェ・リンポチェが分別心があることをありえない。今回、1ヶ月以内に三人のことを現して皆にみて、特に間違ってから再度改心する弟子である。この三人の往生する弟子はすべて皈依があって、全て癌に罹って、同様に上師の助けを貰えて、しかし、結果(果位)が違っていて、なぜならば、三人の修行の方式が異なっている。この三人の弟子はお金持ちではなくて、游氏の男弟子の最後のこの期間がリンチェンドルジェ・リンポチェからお金を支払って彼に24時間の看護を雇用した。もしお金持ちであれば、そなた達は彼がお金持ちなのでこのようになると思っているかもしれない、が、一寸この三人がお金持ちではなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェが同様に彼らを助けて、リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生に利益することがそなたがお金持ちかどうかによりではなくて、或いは誰かがリンチェンドルジェ・リンポチェに特によいのではなくて、却って、完全にそなたの心を改正するかどうかをよる。

施身法法会には、同様でリンチェンドルジェ・リンポチェが修法し、参列者が1千4百数人で、ある者が助けを貰えられて、ある者が貰えられない。これはリンチェンドルジェ・リンポチェの問題ではなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェ分別心がないで修法をして、却って、そなた達の問題で、つまり、そなた達の心の問題である。懐疑心を再び持ってはいけない、懐疑心がある人は再びこないでください。人々に済度することができる修行者が本当に多くない、リンチェンドルジェ・リンポチェは往生してから、そなた達が成就がある行者を再び会えてそなた達に済度してくれるのは本当に簡単ではない。

時には、眷属が多いであればよくないことかもしれい。リンチェンドルジェ・リンポチェのように身よりのないで修行するので、ずっと修行されていて、もし眷属が多いであれば、それでは、電話が来たら、また邪魔されるのでしょうか?そなた達のように仏を学んでもまた彼女と彼氏を思っていて、一日中に友達とデートして、遊びにいって、また時間があって修行することが出来るのでしょうか?一部の人々は急に悟られるけれども、六祖慧能の後で、急に悟られる人間をみたことがない。そなた達は「一は一を加えると二になる」の考え方を仏法に置いてはいけない。仏法は必ずどのようなことがない、業障が深くて重い人間が必ず少しずつで仏をうまく学んで、自分が急に悟られると思ってはいけない、必ず薫陶をして修行をすることにより仏法を悟られる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは戒律を守る修行者で、死者が何かいうことがないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェが諭さない。偶には、リンチェンドルジェ・リンポチェは死者を助けた後で、この死者に関することをわざと開示していない、一つはこの死者がなにかいうことがない、もう一つが特別な事があってそなた達に仏を学んで修行する上に何か助けがある例がないわけである。例を挙げて、リンチェンドルジェ・リンポチェは劉姓の女弟子にポワ法を修める時に、空港のVIPルームで修めて、その上、何か声をでないで円満な修法し、死者のてっぺんにある丸い穴を現した。この件について、リンチェンドルジェ・リンポチェが皆にといていないで、そなた達に修行することを何か助けがないあ。しかし、今日、説くのはこれ三人の弟子のストーリがそなた達に仏法をどのようなことをはっきり見させられて、異なる修行方式ですので、異なる結果がある。彼らの犯した間違いにより、游氏の男弟子の方が犯す間違いがより重くて、しかし、彼が改心してから上師に十分な信心があって、往生する過程には三人の中に最も順調で、この三人の弟子のストーリがそなた達に警戒にさせる。

人生のごく短い数十年、まばたきして過ぎて、そなた達は勉強し、仕事し、家をかって、車をかって、子供を生長して結婚して、子孫のいっぱいな身の回りにいることが所謂人生と思っていて、しかし、これらがただそなたの縁だけである。現在の人々は自由を求めて、しかし、実はそなた達は生々世々に作った業に縛られていて、影響されていて、業力に制御される人生とは何か自由を言えるのでしょうか?人々は自由自在が出来なくて、ただ生死を解脱されないなら、自由ができない。そなた達の考えは変わらなければならない、仏法を受けられて、病気に罹っても、病気も業で、仏法に病気を道に使って、病を修行の動力になることが必要である。

最近、ある者は離婚を喧嘩し、自分がはっきりみていないことを後悔した。最初、彼女の母親が去る時に、二人の娘を仏を学ばせて、彼女達がすぐにいうことを聞いていないで、先に仕事をして、家庭を成立して、いま結果があった。女は自分が男に変わらせることと思っていて、一部の女は常にこのような考えがあって、自分が必ず彼に変わらせて、男が自分のために変わるなら、自分がとても偉大でとてもすごいと表している。このような考えを持ってはいけない、実は相手に変わられない。何により男がそなた達に変わられるか?そなたたちが女わけであるか?愛とは何でしょうか?愛とはある者をずっと執着して好む。そなた達に結婚させるのではなくて、付き合わせるのではなくて、却って、縁に従って、自分がこのような縁があるかどうかによる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは道場を離れて袈裟を着ていない時に、誰でもリンポチェを知らない。リンチェンドルジェ・リンポチェは他人に知られることをとても恐れて、有名なのがたやすくて、しかし、有名になったら福報を消耗されて、衆生に助ける福報を減らされる。昨日、リンチェンドルジェ・リンポチェは140位の信者を接見していて、午後4時余りからずっとよる9時半までである。リンチェンドルジェ・リンポチェはある医者弟子に普通医者が患者に診察する時間が大体どのぐらいことを説明させる。医者弟子は速いのが30秒で、一寸長いのが5から10分ぐらいで、しかし、大部分が速くて診察する。リンチェンドルジェ・リンポチェは身の回りに世話する出家弟子にリンチェンドルジェ・リンポチェが各々の信者がどのぐらい時間を接見することを説明させた。出家弟子の回答は時間が一致ではない。ある信者はリンチェンドルジェ・リンポチェが強力で叱って、すぐに終わる。恭敬心がある者であれば、リンチェンドルジェ・リンポチェがとても長くて開示する。リンチェンドルジェ・リンポチェは続けて開示された。長くて説くのは恭敬心のではなくて、彼が縁があるかどうかによる。この出家弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェが信者を接見する時に、リンチェンドルジェ・リンポチェの側に跪いて長い時間に世話しても、依然として分からない。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達が恭敬を表現するわけではなくて、信者はすべて恭敬のような様子であれば、リンチェンドルジェ・リンポチェがまっすぐにして姿勢正しく座ることも必要だろう。このようになったらとても大変である。リンチェンドルジェ・リンポチェは謁見してくる信者が縁があるかどうかによる。縁ががあったら、リンチェンドルジェ・リンポチェにとても恭敬ではないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェが一切を尽くして彼に助ける。縁がない者であれば、側に暫くおく。先、彼女に道場を話させる信者のように縁がない、縁がないなら仕方がない。

仏法は平等で、しかし、人々の心が異なっていて、だから、結果も異なって、自分の心はとても重要で、懐疑を起こってはいけない。仏法はとても簡単で、複雑なのが人の心で、心を定めるなら、善業と悪業がそなたに邪魔しない。家庭生活があるかどうかをきにしないでください。あったら、ある。ないなら、ない。人々の一生のすべてのことがただ因縁だけで、如何なることを因縁に関して、仏を学ぶことがそなた達の悪業を善業に変わらせて、善業をそなた達に仏を学ぶことを助けられる。仏菩薩の加持はそなたの心の方向を確定すると、仏菩薩がそなたに簡単に変わらないことを助けてくれて、加護を求めるのではなくて、ただ悪業を暫く邪魔させないで、そなた達がすこしの不注意であれば、考えが偏差があったら、これを再度帰る。

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2012 年 07 月 14 日 更新