尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示

2012年4月29日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで殊勝な施身法法会を主催された。合計で1,424人が参加した。

法会が始まる前に、ある男性弟子は家族を連れて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに恩に着て、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが彼の家族を助けた因縁を分かち合った。

彼らは4年前に長姉が往生した因縁を以て、再度無限な感恩を表す。彼らの家では六人が皈依弟子であり、毎回尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに来た時、皈依していなない者を入れて全部で10数人が2行を並べてお待ち申し上げて、多くの兄弟子は彼らの一族の福報がとても大きくて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依することができるのを羨ましがった。しかし、彼らはすべて教えを聞き取れない弟子であり、皈依して3年余り以来、上師の話を聞いていないで、何度も上師が衆生を救度するエネルギーを消耗した。彼らはとても懺悔した。

2008年、この男性弟子の長姉は肺癌に罹って、発病から往生までただ8ヶ月だけである。もしリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲な済度が無ければ、彼らの長姉が恐らくまだ六道の中で輪廻しているだろう。彼らの長姉は当年有名な漫画家であり、彼女の作品は各大手メディアで連載されていて、センセーションをまき起こした。彼女もコーヒー製品のテレビCMの代弁者をしていた。発病する前、彼女はまた積極的に中国大陸の市場を開拓するつもりである。長姉は彼らの一族の核心であり、57歳に往生して、往生前の約10年間、嘗て顕、密の各大道場で仏法を学んで、ある有名な法師に従ってニューヨークへダライラマに謁見しに行ったことがある。それ以外、毎日絶えずにテレビの法師が弘法している番組を見ていて、そして数百枚の仏法DVDを見て、真面目な学生だと言えるであろう。病気にかかる前の1、2年、特殊な因縁があって尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの主法する施身法に参加したが、しかし仏を学ぶ心構えが正しくなくて、業を転じることができない。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て、「姉が仏を学ぶ態度は貢高我慢であり、道場に多く通っている人が何でも比較することが好きで、その故に上師との縁が薄くなる。」と開示された

2008年3月、彼の長姉が癌に罹ったことを検査されて、全家族人は狼狽し混乱する長姉に付き添って、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して、リンチェンドルジェ・リンポチェは「何かご用ですか」と聞いて、長姉が「輪廻無常の痛苦だ」と感慨に答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは厳しく叱責して、「そなたはまだ仏言仏語(仏法の専門言葉ばかりを言うこと)をしているか。独りよがりにそんなに多くの経書を読んでそんなに多くのお金を寄付したので役に立つと思っている。観世音菩薩はそなたを連れて私を探しに来たのである。」と言った。長姉は仏言仏語を言うことが好きであるが、道場と慈善団体に寄付するお金についていつも情に負けて手が鈍らない。収入が豊かではないが、しかし7桁の数の寄付金、及び漫画を出版する印税も全部寄付したことがある。長姉は独りよがり仏弟子だと思っているが、しかし無常が来臨される時、拠り所が探し出せない。長姉は病気に罹った後、西洋医学の治療を拒絶して、親戚、友達との連絡をも断ち、そして過去もうよく知っている道場に接触しなかった。長姉は嘗て病棟を閉関修行する清浄な道場とすることを試みたことがあり、家族が一緒に菜食料理を食べるように要して、家族がその清浄を破壊しないでくださいように望んだ。長姉は自分で思った仏法で病体を治療したいと思っているが、最後、死亡を受け取ることを承知しないから、仏に依存する外道の協力を求めるように変わった。

外道の寺院で何ヶ月に出入りした後、彼の長姉はとても大きな苦難を受けて、さらに全体の一族の業力をもかき混ぜて、皆の心身は全部疲れた。発病した後の5ヶ月、長姉は緩和ケア病棟に入った。病気にかかってから、西洋医学の化学療法を受けない以外、長姉はずっと努力して1人の良い患者を演じた。母と家族が悲しむことを恐れるため、常に話に花が咲くぶりをして、しかも学んだ仏法を使って母に読経して呪文を唱えることを教えた。長姉も死亡に対する恐れを簡単に表現しないが、しかし夜が更けて寝静まる時、長姉の茫然とする目つきは厚い眼鏡を通って、薄ねずみ色な天井板の上に止まって、同時にベッドの辺の手すりを摑まえて、指で鉄の手すりの上に字を書いて、思索して、コ、コの音を出した。更に何も従って助けることがないと見える。長姉は嘗て、「私は別に死亡するのが怖くなくて、ただ自分が死んだ後にどこに落ち込むか知っていない」と言った。

当時彼達弟、妹としてまだ皈依弟子ではないが、如何なる一番目の姉を助けるかどうか分からない。だから妹達と一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。リンチェンドルジェ・リンポチェは「決してそなたの姉に三悪道に堕ちさせない。」と開示された。彼の妹は再び教示を求めて、「如何なるポワ法を求められますか。」リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、「教えに従う皈依弟子及び累世リンチェンドルジェ・リンポチェに供養した人だけ機会が有ってポワ法を求められる。」しかし、一番目の姉はこの条件を具えなかった。一番目の姉は子供がないから、リンチェンドルジェ・リンポチェは妹達に一番目の姉を代わりに法会に参加させて福報を累積させた。実は病気に罹る前、一番目の姉は妹に従って連続に二年近く施身法に参加して、病気に罹った後も嘗て皈依を求めた。上師も慈悲に同意したが、皈依法会の前に彼女は離れることを決めた。彼女性格によって、自分が繰り返して恭しくない決定に対して、自然に恥ずかしくてリンチェンドルジェ・リンポチェに求められなかった。迷って輪廻の大海の中に一番目の姉は自分の力で彼岸に行くのは木に縁りて魚を求む事と同じだ。今一番目の姉は破った船は既に生命が果て、再び輪廻大海に沈んだ。此れは一番目の姉はリンチェンドルジェ・リンポチェの仏法の船に登って彼岸に済度されるまで最後のチャンスである。

その時、がんの緩和ケア病棟に彼は一番目の姉に聞いて、再びリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを求めるかどうか。姉は同意したが、彼女も恥ずかしく言った。「今の私はリンチェンドルジェ・リンポチェに助けを求める資格があるわけではない。」数日に経って、姉は既に徐々に昏迷に陥った。彼達は機会を把握して姉を連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁したいが、医師は警告して、「彼女を動くと、いつでも命を危くする。」彼達は考えたが、「どうせ病院にいても生きられない。」だから、医師の警告を無視して救急社を用意して姉を運んでリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。病院で休みを取って外出する手続きを取る時、外は雨が降っていた。医療関係者は再度彼達を警告して、患者はこのような運送を耐えないから、命はいつでも危くする。実は彼達もとても心配して、姉は1時間ぐらい車が運転時間を耐えるかどうか。万が一で葬儀社に依頼して車も用意して従った。こうして救急車の後ろは葬儀社の車が従っていた。若し往生すれば、葬儀社の車に乗って直接家に帰った。

諸仏菩薩の加持を感謝して、救急車が着いた後に雨が止った。彼達は病床で姉をリンチェンドルジェ・リンポチェの法席前に送った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは姉を助けて真言を唱えて加持したが、更に次の如く開示された。「貴方達の姉は大福報がある人であり、諸仏菩薩とも彼女を助けた。若し因縁を具えれば、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女のためにポワ法を修めた。」また、彼達に指示して、姉は3日間に亡くなるが、泣くことができず、応急手当を受けられない。いつまでも姉に知らせて、リンチェンドルジェ・リンポチェを観想する。上師が仏法で危篤な姉を加持する事を感謝するため、彼達は供養を姉の手に置いて、姉がこの前の望みより差し上げた。昏迷な姉は自ら上師に供養する因縁福報を具えて欲しい。リンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、慈悲に姉の供養を受けた。リンチェンドルジェ・リンポチェはその後法会の中に嘗て開示されたが、「姉は危篤する時、車が上下にも揺れた苦労を思わず、命を危くするのを無視して、鎮痛剤を注射しながら、酸素マスクに付けて、救急車に運ばれてリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁に来た。彼女の信心は固くて、供養は何も求めず誠に真の供養である。彼女の供養を受けるのは彼女を助けて、ポワ法を得る福報を累積させた。」

リンチェンドルジェ・リンポチェは加持した後、姉はすぐ昏迷から意識を戻った。目覚めたが、言葉を話せなくて、目はリンチェンドルジェ・リンポチェを見詰めた。それは姉は娑婆世界に最後の一眼である。上師を感謝して、この世に姉の意識田に残された最後の画面は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの荘厳な法相であり、兄弟として彼達、同じな家族に生まれた冤親債主ではない。その後救急車に乗って、姉は引き続きに昏迷に陥った。彼達は不断に彼女の耳の側に提示して、必ずリンチェンドルジェ・リンポチェを観想しなければならない。妹は姉にリンチェンドルジェ・リンポチェの法相を忘れないように特に公式サイトから尊勝なる直貢チェツァン法王が尊きリンチェンドルジェ・リンポチェと一緒に取った法写真をプリントアウトした。姉は偶然に昏迷の中に意識がない両目を開く時、法写真を姉の前に置いて姉にゆっくりに見せて、姉に忘れないようにさせた。彼は姉が漫画家なので、最も素晴らしい事は人物のスケッチだから、一般人の顔は殆ど一度目を通したら忘れないが、如何なるリンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲で荘厳な法相を覚えないわけではないと思った。

リンチェンドルジェ・リンポチェは長姉が3日間後亡くなると仰った。彼らは長姉を家に迎え、しかし一週間を過ぎて長姉はまだ昏迷して、亡くなることが出来なかった。彼らはまたもう一度リンチェンドルジェ・リンポチェに伺い、リンチェンドルジェ・リンポチェは仰った:「そなたの姉さんは大変緊張して、帰ったら彼女に軽くして、リンチェンドルジェ・リンポチェを観想すれば結構だ。」なるほど死亡とも勉強するもんで、皆誰でも死亡の経験がない、緊張過ぎるなら死ぬことが出来なくなった。また一週間を過ぎて昏迷中の姉さんは彼らに病院に運ばれ、家に返されるということを繰り返して、辛くて耐えなかった。彼らも心の中にぶつぶつを言った:「3日間と言ったのではないか?すでに家に帰って往生するのを用意し、それに一週間余りも過ぎだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは効かないか。」母は娘が臨終する前に苦しみを受けたのを惜しんだ。家族全員もう一度リンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れた。母は足の痛みに耐えて、リンチェンドルジェ・リンポチェに跪いて台湾語で願った:「私は娘をリンチェンドルジェ・リンポチェに渡して、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女を観世音菩薩のところへ連れて行ってください。」リンチェンドルジェ・リンポチェは母の真心に感動され、そうして家族が姉さんのため配置した牌を観た。また慈悲で申された:「そなた達は嘗て彼女のためにお寺に長生の牌を配置したか?あればそれを取り消せば、彼女は亡くなる。そなた達は自分で良く考える!」

彼は確かにお寺で長姉のために一つの長生の牌を配置した。相談した後、彼らは長生の牌を取り消すことを決めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは方すれ申された。母は1人の大知恵の者で、娘が苦しんでいるのを惜しんで見られない、下すを学ぶべきだ。上師の慈悲の加持でなければ、死亡さえ多くの障碍が存在している。臨終する前の深夜、姉さんはもう一度目覚めて、ある彼らが聞き取れない話を言い、まるで彼らに1つ1つに言いつけて、告別した。その中にある一語は廣欽老和尚が開示された言葉みたいだ:「無來無去無代誌。(来るのが無く、行くのも無く、問題が無い)」長姉は生前仏言と仏語が好きで、彼ら家族も全て大変聞きなれ、それでとても自然に長姉の意味の分からないせりふをこのように連想した。

彼らは伝言をして、尊いリンチェンドルジェ・リンポチェに慈悲で済度するように願った。しかしリンチェンドルジェ・リンポチェはあの晩にある者が往生するのを既に予知した。電話の伝言を聞いた後すぐ深夜に、疲れも分からずに長姉のため修法なさった。上師に恩に着て姉さんが殊勝なポワ法の済度を頂いた。その後、法会の中にリンチェンドルジェ・リンポチェは特に申された。長姉が臨終する前の供養は全く求めのない清浄な供養なので、リンチェンドルジェ・リンポチェが特別にこの供養を諸仏菩薩壇城の前に置いた。また年寄り母親は真心で祈り、それに仏菩薩が済度の慈悲な願力を信じることで、彼女がリンチェンドルジェ・リンポチェの皈依弟子でなくても同じ殊勝なポワ法を求め得る事が出来た。

この男弟子の長姉は生前寶吉祥仏法センターで、信者として2年間いたが、因縁がまだ備えないので、皈依に対して二つの足を踏んだ。長姉がリンチェンドルジェ・リンポチェのポワ法の済度を得て極楽浄土へ往生した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らにユーモアを交えて仰った:「そなたの姉さん、彼女生前には往生した後のようにリンチェンドルジェ・リンポチェを信じるのではなかっただろうか?」リンチェンドルジェ・リンポチェは是非亡者の習性と執着を全く了解したこそ済度が出来た。彼らもこう思った。姉さんはきっと往生した後リンチェンドルジェ・リンポチェの済度を得て、リンチェンドルジェ・リンポチェに対して、殊勝な信心と称賛を起こした。

この男弟子の長姉は生前自らの方式で仏を勉強し、彼方此方奔走して、法身慧命が頼り出来て、皈依して仏を学ぶ事が出来る大修行者を探した。彼の長姉は尊いリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依して仏を学んで業を回すチャンスが多くあったが、よく握らなかった。彼女はノートの中に書いた。六十歳より修行し始め、しかし57才時往生した。幸いに上師の慈悲なポワ法の済度を得た。未来世に彼女は彼らこれ等皈依弟子のように、仏の勉強する道の上に、生々世々に全部仏になるまで、金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの仏法の加持を得るように望んだ。

この男性の弟子の長姉は仏法を接触してから、仏を学ぶ利益を知っていて、母さんと弟、妹は真に皈依して仏を学ぶのをずっと望んでいた。この考えはリンチェンドルジェ・リンポチェも長姉の願いを満たさせた。円満な済度した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らの家族に「そなた達は仏を学ばないなら、お母さんが如何に学ぶのでしょうか?全部の家族は菜食をして、毎回、法会に参加し、一人でも少なくなることができない」と開示された。彼らは上師に感謝した。彼らの家族は年上の母さんを含む6人が3年前に長姉が往生した後、期せずして尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依することを求めもらえた。

病気にかかる三姉ははっきり話せないが、リンチェンドルジェ・リンポチェが開示された「そなた達はこれらの皈依弟子が、10数年以来が誰かがそなた達の家庭を世話するか?そなた達はうまくて仏を学ばないか」を何回で使って彼らの弟と妹を気づかせに来た。

皈依から今まで既に3年になって、人生はいくつの3年を残るのでしょうか?彼らは勇猛で精進な仏を学ぶことを発願して、常に衆生を考えて、これにより上師の恩徳に報う。最後、彼は尊き上師リンチェンドルジェ・リンポチェが法輪を常に転じて、御身体を健康し、長くて世にとまることを望んでいる。

それから、もう一人の女の弟子は彼女が尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが助けてくれる経過を分かち合った。

2011年、彼女は乳癌に罹って、兄弟子の紹介により尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見した。その時、彼女はとても慌てて恐れた。リンチェンドルジェ・リンポチェは「そなた達は因果を信じないで、私は因果を信じている」と開示された。その上、彼女に道場で大礼拝をさせた。同時に、彼女とご主人と全部の家族は旧正月の期間に良く考えさせて、年明けに再度来させた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見した後、彼女の心はまるで安定させた。

年明け、彼女は再度尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する時に既に決心して医療を取り消させて、その上、法会に参加されることを求め貰えて、同時に、7月に皈依をした。その時彼女はとても馬鹿で加護を既に貰えたので、高慢な心により仏法を聞かせて、自分が既にわかって、自分の感じがよいと思っていて、仏法を日常生活によりして自分を改正させることを完全に知らなかった。彼女は自分がただ道場に一つの命令により一つの動作をする偽の弟子だと発見させた。

今年(2012年)、年明けを過ぎ終わって、彼女は長い時間が激しく咳をするため、だんだん夜眠ることができなくて、引き続いてますます喘いで、彼女の肋膜が積水になって、挿管して流れさせることが必要し、その時、彼女はやっと自分を真剣な直面した。挿管して流れさせる時に、彼女の頭の中にある画面が浮んた。彼女の中学校一年生の時に、生物課にカエルを解剖した。彼女とクラスメートはカエルの四肢を上で打って、その胸を切り開いて、肺胞と内臓等を観察した。これを思い出すと彼女が顔を覆って激しく泣き叫んで、自分が本来嘗てこんなに悪で、残忍で、その時、彼女は彼女に傷害された衆生の苦しみを感じられて、彼女が思い付いたのが既にこのような怖くて、況して彼女が思いつかないのだろうか?まして食べられた衆生をいうまでもない。

彼女は自分が間違ったことを知っていて、だから、彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに『仏子行三十七頌』と懺悔テープを聞くことを求めた。一回一回で聞いて、毎回に異なる体得と衝撃があった。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが何をしても、全て弟子に助けることをようやく分かった。このような宝があるが、長くて皈依してから一心に聞くことをようやく分かった。仏法テープを聞く同時に、過去で彼女がした事は一幕一幕を目の前に現れて、いま、彼女はなぜ過去で自分が正しさと思いきや他人の苦しみを作らせることをようやく分かった。

11年前に彼女の両親は病気で次々と去って、家族には全部五姉妹で、彼女が4番目の子供だ。子供時に、両親の世話の下、単純な成長した。彼女はこの世に最も大きな資産が姉妹で、年齢により、各々成長し、各々の問題があって、両親の負担になった。両親は去ってから、彼女の不満は火山のように爆発した。その時に、彼女は自分の観点により姉を非難し、彼女達が全て両親の子供を忘れてしまった。各々の子供は両親と違う因縁があった。彼女は自分がするはずことをしないで、また瞋恚の心により他人を見て、自分が他人すこしだけあげて、相手に同じ対応、報いが要求させて、少しでも損をしなかった。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが開示のように貪である。親心を貪って、歓楽を貪って、他人の認めを貪って、心地良い日々を貪って、健康の身体を貪って、甚だしきに至っては以降のよくて去ることを貪った。様々な貪念は今日の悪果を作って、彼女は深くて懺悔した。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは常に下記のように開示された。病気が道を使う。彼女はこのような因縁を大切しないで、仏法を良く聞かないで、足どりにしっかりついて行って、教法によりしっかり従って、上師の恩を難しくて報うのを発見した。最後、彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの開示と加持に感謝し、同時に寶吉祥漢方医診療所の医師が一心に彼女のために薬を調剤することに感謝した。

続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上った後にこう開示された。今日一部の信者が初めて施身法法会に参加するから、皆にちょっと開示する。多くの者は自分が仏を学ぶ人だと思って、自分で家でお経を読んで、懺を拝んで、テレビの中の講法する事を見て、或いは朝山し、座禅を組んで、禅を修めるから、自分が仏を学ぶと思って、他の人に管理されたくなくて、自分が家で同様に修め得ることができて、上師の監督が要らないと思っている。

リンチェンドルジェ・リンポチェは以前に仏を学び始めた時、そなた達と同じ、信者から始まって、毎日がとても敬虔に読経したり座禅を組んだりして、ただこのようにしてもう3時間を上回って、まだお経を読む時間をを含ない。このようにするのは多くの人にとって非常に努力すると言えるだろう。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分がどうしていつもお経が仰った事がやれないとよく感じている。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達が仏を学んで自分の事が順調になるように求めることと違って、仏法が衆生を利益できることを知っているので、しかし当時自分がお経の上に仰ったように、輪廻から解脱し、発願して往生し、菩薩道を行い、自分を度し人を度する境界をやり遂げることが出来ない。

一部の者は自分の性格がよくなって怒らなくて、修行していると思っていて、ある人は誰かに丁寧に褒められて、修行するので顔色がますます美しくなって、様子が温和で善良になると言われて、自分の顔立ちが荘厳になって修行していると思っている。更に、「そなたが観音法門を修めていて、目つきが慈悲になった」というような話を聞き取れたのは勿論である。貢高我慢の心を起こすと、魔に入ってしまう。実はそなた達は家にいて、あまり外へ行かないで、顔色が自然に美しくなり、菜食料理を食べて顔色が自然に美しく見える。しかしそなたは考えてみてください、自分が何に基づいて荘厳になるのか。そなたは菩薩の願力をやり遂げたか?

それに一部の人は自分が多くの経文を暗記できるから、もう修行していると思っている。リンチェンドルジェ・リンポチェは多くのお経を読んだことがあるが、しかし暗記して唱えられるのは一冊もない。事実上、別に経文を暗記できるのがよく修行していることを表すのではなくて、そなたのこの世の記憶力が良いのは、そなたが過去世に修禅して、仏を供養して、仏経を唱えたことがあることを表すが、しかし、修禅してお経を唱えるのは修行していることを代表するのではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは全部の経文を暗記することができないが、しかし読んだお経さえであれば、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの経文の精華、意味の重点を非常にはっきり了悟することができる。

自分の眷属が引き続き仏を学びにくるのは、旦那さん、嫁さんを度すると思わないでください。そして、他の人にお経を印刷して寄付する事を教えて、友達を連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに来る事を申し込んで、人を誘って法会に参加することは、自分が衆生を度すると思わないでください。そなた達の多くの者も人に菜食料理を食べることを勧め、皈依しに来るように連れるのは人を度して、自利利他であると思っているが、しかしこれらはすべてただ助縁だけである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝なる直貢チェツァン法王に皈依して、密法を学んだ後、はじめて以前には何故お経が仰ったのをやり遂げないのかを知っていて、それは理、事の修行法門をはっきりと理解しなかったからである。密法と顕教は最も大きな違った所が理事円融(りじえんゆう)にある。理事円融が無くて、お経の上の境界をやり遂げることができない。ある者は「理」がお経の解釈が分かて儀軌が分って、「事」はそれで他の人にお経の内容を教えて、それは「理事円融」だと思っているが、このような言い方は実は間違ったのである。

「理」はお経の仰る理論であり、仏陀が伝法して仰った道理はすべてお経の中に記載されたが、しかしそなたにどのように修めるかと教えていなくて、ただそなたに仏陀の教えた内容が何なことを教えて、どのようにするのか教えていない。だからお経を読んだり、お経の言ったことに従ってやったらすると、修行していると思わないでください。きっと一名具徳の上師に追随してそなたを教えて、そなたを導いて、そなたが1歩ずつやることを監督しなければならない。「事」は仏の事業を行い、仏法を生活の中に用いるが、しかし慈善団体、基金会、功徳会、被災者救済団体を設立することを指すのではない。これらはただ世の中の善だけであり、人さえであれば、すべて善行をするべきである。しかしこのような世の中の善は仏陀の開示なされた善ではない。お経の上で仰った善行は、そなた達はやり遂げない。何故かと言うと、それは既に阿羅漢まで証得した行者に言ってやらせるため、仏の事業は一切の衆生が輪廻の苦しみの海を離れて助けるのである。

仏を学んで修行するのはきっと慈悲心が無ければいけなくて、慈悲は良い人をするのではなくて、事なかれ主義の人も地獄に堕ちる恐れがある。「慈」は自分の良いものを衆生の苦しみと交換することであり、顕教で言えば、自分の最も良いのを衆生の良くないのを交換して、他の人の苦痛を交換するのであるが、しかしそなた達は万事が先に自分だけを思い付いて、他の人を思い付くことはできない。そなた達は私利私欲であるから、そなた達は全然やり遂げない。道理を了解するだけではなくて、衆生を助ける方法も必要である。密法の中でいわゆる自他交換の方法がある。「悲」は衆生に輪廻の苦しみの海を超抜し、彼岸まで度するを助ける能力があり、これは仏を学ぶ理論である。発願するのは菩提心を発するので、菩提心の根本は慈悲である。慈悲心は菩薩道を修める根であり、根がなければ生死に解脱する法門を修めることができない。ここは更に世俗諦と勝義諦の修行に分けられて、勝義諦の修行を開示するのはとても長い時間を使わなければならなくて、今日時間が足りないので、多く説明をしない。菩提心を育成するため、慈悲の根は必ずなければいけなくて、しかしもしそなた達は勝義諦の慈悲心を修め得なくて、円満な善の根基がないと、菩薩道を修行することができない。だから「事」の修行はやり遂げないと、自然に「理事円融」をもやり遂げない。

若し修行者は自分が輪廻苦海を離れる把握が無いと、如何なる衆生を教えて生死を解脱するわけではないだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て例を挙げたが、今日改めて次の如く開示された。例えば、ある者は高雄に行きたいが、そなた達は行ったことが無いなら、少なくとも彼にある分かる人に聞くのを知らせた。本当に行った事がある者しか彼に行く方法を教えられない。仏法に説かれた死亡に対して、そなた達はどのくらいを分かるだろうか。そなた達は死亡の過程を理解できるだろうか。即死の時は衆生にとって最大の苦しみである。若しこの苦しみを解決できないと、如何なる自分が衆生を済度していることを言うわけではないだろう。人は亡くなる前後は最も苦しいが、仏は死亡の過程を説かれた。唯そなた達は分からず、仏経に書かないと思った。そなた達は唯《阿弥陀経》に阿弥陀浄土の美しさとある事を分かったが、そなた達は浄土に行く方法を分かるだろうか。若し自分が分からないのに他人に教えるなら、群盲象を撫でると同じだ。

仏はとても簡単に四つの字で死亡を説かれた。それは《心経》に「顛倒夢想」である。つまり、人は亡くなる前後の状況を描いた。そなた達が思ったように顛倒夢想ではない。若し解釈すれば、一セットの《大般若経》としても完全に解釈できない。実は顛倒夢想とは死亡の過程である。そなた達は自分が仏を学ぶのを思ったが、今日「顛倒夢想」に関わる開示を聞くと、既に返答に窮した。

そなた達は毎日の生活は全て八風に吹かれて、心は清浄を得られず、上師及び仏菩薩の加持が必要である。ある者はそういうかもしれないが、仏経に自分が唱えても仏に会えるとあるではないか。何故自分が一人で家に唱えれば、修められないだろうか。リンチェンドルジェ・リンポチェは次の如く開示された。仏は法身、報身、化身があって、皆は見えた仏経、仏像及び上師は全て仏の化身である。菩薩果位を証しないと、仏の報身はそなたの前に現れない。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分が菩薩を称する勇気がないのに、そなた達は自分が菩薩であり、能力があって仏を見て自分を教えるや助ける資格があると思うわけではないだろう。だから、上師は非常に重要であり、末法時代の衆生は自ら仏に会う福報が無いから、上師は仏を代わりに仏法を教える。

引き続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは殊勝な施身法を修めて、修法をしている時に、リンチェンドルジェ・リンポチェは六字大明呪を唱えていて、また、弟子達が唱えるスピードが上師により速くなって、上師に全然恭敬しない、毎回このように唱えると思いきや、自分のことをだけで気にして唱えていた。この時、リンチェンドルジェ・リンポチェは真言を唱えることを停止し、弟子達が直ちに唱えることを停止し、その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは一人で六字大明呪を唱えていた。修法が円満な終了し、多数な有情衆生に利益した。

法会の前に報告した弟子が言われた通り、自分の姉は長年仏を学んだが、生死を向き合う時、足並みを乱した。実は長年に仏を学んだ人だけではなく、この前ある弟子の母の皈依師は三十数年に出家して、寺院の副住持であり、自分の沢山な弟子を取って、多くの法会に参加して、沢山な懺を拝んだ。しかし、亡くなる前に相変わらず極めて慌てて、自分の生死を処理できない。死亡を向き合う時、足並みを乱した。此れは理、事の修行を学べなく、まだ自分の生死大事を解決できない。「理」は顕教の範囲である。「事」を修めれば、必ず密法を学ばなければならない。

そなた達は仏経を読めば、仏を学べると思わないで。出家衆は世間のことを悩む必要がなく、時間があって一日中に寮房で仏経を読める。そなた達は在家衆は毎日色々なことを処理しなければならないが、出家衆のように真似できない。リンチェンドルジェ・リンポチェも在家であり、経歴したから、在家者は仏を学ぶ時遇った問題を分かるから、自分が実修実証の経験で皆に教導を与えられる。

若しテレビを見れば修められるなら、仏経に早めに記載される。しかし、仏経にこのような修行ができるのを説かない。ある者は伴侶と部屋を分けて寝るとは「梵行」だと思った。或いは自分が家で唱えれば、必ず修められるなど思うのは全て間違い観念だ。実はそなた達は禅を修める限り、四禅八定を修めて、最高な境界四禅天まで修めれば、男女欲を止める必要がある。しかし、そなた達は違う。男女欲を止めるのは在家者の修行方法ではない。《寶積経》にも説かれたが、此の世に眷属縁があるのは仏を学ぶため眷属の要求を断れない。それはそなた達の縁なので、つまりそなたが返済すべき債務である。そなたは出家すれば、論外である。

だから、昔から、ある者は出家する時、剃髪師は彼に剃髪する前に、必ず「債は全て返済済みでしょうか。」と聞いた。此処に言われた債は愛情の債である。若し債が完全に返済しないと、来世そなた達は相変わらず絆にほだされる。眷族縁があるのは出家前に借りた債務は全て返済しなければならない。彼は若し返済済みと返事すれば、始めて彼を剃髪して出家させた。若し嘘を付いて、愛情の債を返済完了しないと、出家すれば、その後必ず障碍が現れる。現在剃髪師は人を剃髪する時この話を聞かない。現場にいる出家衆も自分が聞かれていないと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは今現代人の観念が変わったから、出家する人は少なくなって、ある者は出家すれば、願っても無いから、聞くわけではない。しかし、こうすべきではないが、仏経に書かれたから、此れを従ってやるべきだ。

ある人はこの世に事業がとても成功で沢山な財を貯めたが、それは彼は他人より素晴らしいと限らない。経営が上手なのは彼は前世に沢山な布施を行なったから、此の世で福報が多くて、事業は成功して尚更に金持ちである。しかし、此れは全て修行に関わらない。例えばこの前に亡くなったテクノ業の有名人は財がとても多くて、世間に成功だと言われたが、この人は臨終の時に現れた様子は餓鬼道に堕ちる様子だった。真の成功は亡くなる前に自分の生死を把握できるかどうかを見る。

テレビがあったこと既に人様に多くの悩みを起こさせた。今また携帯電話の発明があって、皆に多くの悩みをさせた。現在の者は何時も頭を下がって携帯電話を遊んでいる。首が毎日下がって携帯電話を見て、ますます余計なことをして、何でもかんでも押せば分かるから。仏法さえもインターネットで探し、インターネットで探して、テレビを開くと仏法を聞くことが出来て、ついに仏法に対してあまり大切にしない。テレビを通じて仏を勉強する事が出来るなら、釈迦牟尼仏は三千年前に既に仰って、今まで待った事はない。皆はあれが大変便利と思ったが、実はかえってますます忙しくなる。新しい携帯の発明は多くの者に良くない影響をさせた。リンチェンドルジェ・リンポチェは現場で2人医者弟子にユーモアで開示された:そなた達は骨科の医者に変わろう、以後首の問題がある者はますます多くになるから。

今日行なう施身法は1人女ヨーガ者が創った。この尊者は結婚して、子供も生んだ。これは既に普通人が思った在家が修め得ないとの観念を破った。また維摩詰居士も在家である。この尊者は≪大般若経≫の中に空性の慈悲及び顕教に全て教える布施、忍辱等六波羅蜜の修行法門によって創った。

この時、ある壇城組の弟子が突然に上がって上師に伺い、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼が全て報告したことを了解した後、厳しい声で彼を叱りつけた。彼が伺ったことはどんなに大切か?彼が案外にあのために上師が法を説く事を断ち切った。リンチェンドルジェ・リンポチェは1人の出家弟子に指示した。この上師の講法を断った弟子に全て犯した過ちを説明させた。出家弟子は彼はこうして衆生が仏を学ぶ善根を断ったと直言した。引き続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェはもう一人女弟子に指示して、密宗によって、この上師の講法を断った弟子が全て破った戒を答えるように要した。この女弟子は「果位のあるリンポチェの仏法の開示を断ち切るなら、密宗では三昧耶戒を破って、五無間地獄に堕ちるべきだ。」と答えた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは申された。そなた達はやはりリンチェンドルジェ・リンポチェが離れることを信じない。前、ある弟子は「なぜ上師が仏法を開示されない」と伺った。そなた達は現在分かっただろう。そなた達は上師が仰ったことを物語として聞いた。自分のこと、自分の名前まを言わない、まだ罰されないなら、自分と関係ないと思った。仏経の中にあんなに多くの内容では特に誰のためと言ったか?ない!ただある弟子が仏法を伺って、仏がある弟子に回答と書いてあった。そなた達は全部区別心で仏法を聞いた。これは私に対して役を立って、あれは私に対して役に立たないと区別した。全て聞いた仏法はそなたの要求、体得、感覚に満足すれば、そなたが始めて受け取る。そなたを叱れなければ、説いた事はそなたと関係と思った。それで、こんなに上師に恭しくない、上師の仏法の開示を断ち切る弟子が現れた。

壇城の奉仕労働をするこの弟子は一心で自分の仕事を完成するしか考えない。過ちを犯すことに恐れた。上師が現在全て仰った仏法は自分が以前既に聞いた、既に分かった。それで直接に上師の講法を断ち切った。伺う時上師が何をしているか注意しない、事柄の大切さを分からない。こんな過ちを犯す事に恐れるこそ、そなたに過ちをおこさせた。それより、彼が既にとても長く皈依したが、まだ利己的だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥仏法センターの理事長にどう処置するかと聞いた。理事長は報告した。「この弟子はこれからもう壇城の事務を担任する事が出来ない、法会にも参加できない」と報告した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは続いて申された:既に何ヶ月仏法を開示しなかった。一寸口を開くと弟子がまだこんな問題を犯した。皆は真面目で修めて、自分の行為をやり直さなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェはどう開示し続けるか本当に分からなくなった。

昨日、有る信者は1歳を足りない子供を連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来た。道場のボランティアはベビーカーを座る幼児に入場する専用の靴下を被せさせた。この子供が病気にかかって、既に気分が悪くて、また、この子供の足に靴下を被らせて、全く人々を苦しめて、リンチェンドルジェ・リンポチェにみてから苦しませた。リンチェンドルジェ・リンポチェはまさかこの子供は降りて歩いて、足が床板の上踏むのでしょうかと叱った。そなた達は本当に少しの慈悲心がなかった。もしそなたの自分子供であれば、そなたがどのようであるか?これはそなた達がただ自分の仕事をうまく完成するだけで、他人が自分にこのように教えてくれるわけを話して、周りのことが完全に関心を持たなかった。皆が罵られることを恐れるのでリンチェンドルジェ・リンポチェの規定を話した。リンチェンドルジェ・リンポチェは道場に入る人々が全部靴下を被ることを規定していない。道場に入ってから靴下を被るけれども、この子供が歩まれないで病気にかかって、自分の子供ではないので随意に手配させるのでしょうか?協会の規定としても、まさか少し聞く事が出来ないのでしょうか?罵られるのを恐れるのでお伺いを立てないで、はっきりいうと慈悲心がないで、責任を負わないで、如何なる事がリンチェンドルジェ・リンポチェの事である。それでは、次回死者を担いで入って来たら、そなた達が彼に靴下を着るかどうか?側にいる人がみても話さないで、理事長がとのように務めるのでしょうか?皆が如何に務めるのを見るかどうか?理事たちは関心があるかどうか?

その上、去年7月に皈依する女子弟子は母と一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来た。この女の弟子の母親はリンチェンドルジェ・リンポチェに彼女が最近恋愛の問題ですので、気持ちがよくなくて、毎日に家に家族に怒るのを報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェはその場で叱責し、この女弟子は彼氏と感情がよい時に、彼女の母に分かち合っていないで、彼氏と喧嘩して気持ちがよくないと家族に怒って、そなた達が多くの人がこのように、そとに何か問題をあうと家族に面倒をくれて、これは改正していないのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは何回目で両親に親孝行をすることを開示し、彼女は遣り遂げないのみならず、また、両親に怒って、これは弟子とするのでしょうか?

仏を学んで修行するのはある経験があった上師からつれなければならない、コックが弟子を教えるようで、もし自分は料理ができないならいかに弟子を教えるのでしょうか?皆ははすべてレシピにて料理した経験があった。レシピには材料と数量をすべてはっきり書かせて、塩がいくつのスプーン、シューがーがいくつのスプーン、しかし、のまましたがって料する食べ物が美味しくないのである。これはまた他の影響元素があって、例えば、必要とする気候、温度の条件と水質を書き込まないわけで、その上、火候で、また、ガスあるいは電力で煮るのでしょうか?甚だしきに至ってはすべての人の味覚は異なって、コックの経験がまだあって、これは全部料理の好みに影響して、仏を学ぶこともおなじである。修行は自分に続けて輪廻させる行為を改正し、自分を変えるのは世の中に最も困難なことで、仏法が日常生活の中に実行するのである。

施身法法本の中に一部の祈請文に記載されていることがある。修法者は仏菩薩に恭しく頂礼し、聖者と上師に施身法を修めることを許すことを求めて、ここの聖者が仏菩薩で、ほかの法本の中にこのような祈ることがないで、諸仏菩薩に許されてこの法を修められるのがとても殊勝である。施身法は多くの衆生に利益することができて、一旦に修法し、衆生が来て、、絶対に気軽にどんな人がすべて施身法をおさめるのではない。修法者は必ず空性の慈悲心、功徳、智慧、福報を備えて、あるいは死者に助けられないで、逆に死者に瞋恚心を起させて悪道に堕ちる。そなたがお年寄りに高雄から台北に行かせて、彼に事をしてもらうと言って、彼は遠くて来るとそなたが自分が時間がないというように、このようにしたら彼が怒るかどうか?修法するのは同じ道理で、死者が参列者の参与がきて、行者が済度の能力がないのを発見し、死者の瞋念を起こると、三悪道に堕ちる。

死亡者のために済度することがとても簡単な事だと思わないでください。法事をして、何人を雇って唱えさせてから済度する事が出来ると思っている。お経が唱えることが済度することができるけれども、スピードは比較的に遅くて、毎日24時間絶えずに唱えていて、少なくとも3ヶ月から1年の時間が必要し、その上、唱える者が考えができなくて、これは難しくて遣り遂げる。中陰身、鬼道、地獄道の衆生は感度が人の100倍で、彼らは唱える人が能力があって彼に助けることをはっきり分かって、彼にお経を唱えてくれる者が彼に助けられないなら、逆に彼に瞋恚を起して、彼に悪道に堕ちることを起きさせる。もし、一部の人々が見付かってお経を唱える者が支払うことが必要であれば、このようなお経を唱えることが役に立たない。そなた達は出家衆に供養したいなら問題ない、しかし、供養が供養することで、定価があったら駄目である。能力がある行者を見付からない済度できないなら、最もよいことが家族が自ら唱えて、少なくとも、とても誠意があって、その上、家族も死者のお金をもらえないだろう。

施身法は意外で死ぬ死者に対してとても有効で、所謂意外で死ぬのが交通事故で、自殺で、診療してもらって間違っている薬を飲んで死ぬことも含める。意外で死ぬ人は煩悩、我執がとても重い。施身法の施は「断つ」のいみで、我々の累世の輪廻の習慣と煩悩を断つことを助けて、我々に輪廻させる因を断つ。

この時、ある信者は自分が吐きたいと表していて、リンチェンドルジェ・リンポチェはその場で彼に道場を離れることを指示した。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの信者が吐くことのでがなくて、ここに待ち続けられないと開示された。なぜならば、数日の前に菜食をしていないで法会に参加するわけである。そなた達の煩悩が肉食をする事を関係を離れられない。多くて肉食をして、衆生がそなたの身体にいて、彼らをどのようにそなたを見逃すのでしょうか?

引き続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは殊勝な施身法を修めて、修法をしている時に、リンチェンドルジェ・リンポチェは六字大明呪を唱えていて、また、弟子達が唱えるスピードが上師により速くなって、上師に全然恭敬しない、毎回このように唱えると思いきや、自分のことをだけで気にして唱えていた。この時、リンチェンドルジェ・リンポチェは真言を唱えることを停止し、弟子達が直ちに唱えることを停止し、その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは一人で六字大明呪を唱えていた。リンチェンドルジェ・リンポチェの呪文を唱えた声が深くて広くて悲しくて、法会に参与する信者達は深くリンチェンドルジェ・リンポチェがに速く衆生を救って度したい慈願悲念、及び六道の衆生がリンチェンドルジェ・リンポチェは救って度する心を深刻に感じた。修法が円満な終了し、無数の有情衆生に利益した。

« 昔の法会開示法会開示へ戻る新しい法会開示 »

2012 年 05 月 09 日 更新