尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示

2012年4月8日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで皈依法会を催し、43名の信者が皈依することを認めた。

法会が始まる前に、ある出家の女子弟子は皆に、彼女がこの間往生した出家の女子弟子の告別式に参加した感想を報告した。

この出家の女子弟子は、皆さんのご存知のとおり、昨日(4月7日)がこの間往生した出家兄弟子の告別式と海葬を行なった日だということを知っていて、彼女が早朝に告別式の会場に到着する時、本当にとても感動して、同じくとても震撼したと思って、会場が厳かで、静かで豪華さを失わないから、と言った。彼女は4年前に嘗て一名少し有名な住持の法師を配慮したことを思い出した。あの法師はすい臓癌に罹って、最後の3ヶ月には非常に配慮することが易しい事ではなくて、下肢の水腫のため、腹水があり,食べられないで、寝つくこともできない。この住持法師が日ごろ《華厳経》を宣説し、多くの弟子を収めたが、しかし臨終になる時、依然として心が乱れていて、精神と知恵が逆さまにして、心の中には頼りがない。だから、法師を配慮する時に、ベビーカーを推すように、必ず彼女の車椅子をおさなければならなくて、仏殿の中でひっきりなしに何度も回って歩いている。この法師はいつも彼女に、自分が怖いと思っているとよく言って、彼女は絶えずに法師に「仏菩薩はあなたの目の前にあり、早く念仏しなさい。」と教えた。一日間このようにして、夜の時になると、法師は更にベッドに入ることを恐れて、皆さんは絶えずに法師に、ベッドで休むように慰めたり励ましたりして、結果がベッドに入った後に臨終に入って、ずっと翌日の昼ごろまで最後の息をひきとった。

彼女はこの法師の遺体を見た時、心から恐れることと感じて、これは彼女が初めて遺体に接触するのではなくて、まして更に自分が毎日世話をしてあげた人はなおさらである。彼女はどうしてだか分からない、亡者の様子は彼女に近づくことを恐れさせて、彼女は遥かに避けて、納棺する時さえ近づく勇気もなくて、はるかに亡者の腹水が口の中からあふれ出たことを見て、すべての地の上に全部あって、遺体を包む布とトイレットペーパーで拭ききれない。最後、この住持法師の告別式には中部のそれぞれ大きい寺院が多くのお金を使って、安置する部屋を使うことを飾ってので、しかしも少しも静かで厳かになっていなくて、更にもちろん豪華だと言えない。

だから、兄弟子の告別式を見た時、本当にあの住持に比べて何倍に勝って、彼女はもし尊き上師リンチェンドルジェ・リンポチェに依止しないと、皆の心身がこのように安住することがあり得なくて、彼女は自分が尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに依止することができることに非常に喜ぶ。

彼女はいつも皆が兄弟子の往生した後に遺体の水腫が消えて腹水が無くなったことを分かち合ったことを耳にしたから、心の中にはとても兄弟子の遺体が見えることを期待している。昨日往生した兄弟子の顔を仰ぎ見た時、彼女は矢も盾もたまらないでその家族に従って中へ入っていって、兄弟子の遺体を見た時に、心の中は口に出せない感じがあり、本当に足どりに止まって彼女とすこし話したい。兄弟子は既に2週間往生したが、ところが容貌がこのように落ち着いているから、彼女は本当に止めてもっと多く彼女を見たいと思っている。

リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する前に、彼女は常に人のため助念して手伝ったことがあるが、しかしこのように落ち着いていて平和に離れた者が一名も無かった。何故かと言うと、誰が死亡を恐れないのか。誰が世間を貪っていないのか。臨終になる時の様々な情緒は、彼女がいくつかの阿弥陀仏を唱えて落ち着くことができるのではない。兄弟子が静かで落ち着いていて往生したことは、彼女にリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲さと殊勝さを感じさせた。

彼女は兄弟子の告別式の会場を見ると、目に涙が出てきた。此の世に最も大きい福報はこのような慈悲で徳を具える上師リンチェンドルジェ・リンポチェを依止した事である。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの服の隅をしっかりに摑まえれば、この大きい福報を無駄にならない。そうすると、ぼんやりして引き続きに業を作らない。

続いて、二人目の弟子は告別式と海葬に参加した状況を報告した。告別式の前、彼は外場のスタッフなので、外の天気は曇りで寒いと感じた。しかし、告別式が始まる時、兄弟子の会場の上だけ青い空が現れて、太陽が照っていた。告別式が終わると、空は元のように曇りで寒い天気を戻った。誠にリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲の功徳、大成就を賛嘆した。

海葬時に船頭により、当日天気がとても悪くて、風浪が大きかった。予想通りに、船が出発しよう時、空は曇りで、厚くて重ねた黒い雲は空に覆われる。(図一)

▲ 図一

船は海に着いて、間もなく止る時、空は突然に明るくなったのを発見した。兄弟子の散骨をした後に暫くして、太陽の光はちょうど散骨の海に照った。彼はこの光を通して、頭を上げて空を仰向いた時、空を広くなって、光はその穴から照った。(図二)

▲ 図二

そして、周りの雲は急に空のように青色になった。(図三)

▲ 図三

雲の周りは益々赤くなっていた。(図四)

▲ 図四

雲の変更は海葬に参加する兄弟子達に極めて震撼させて、同時に、とても賛嘆した。此れは全て尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲の加持で生じる瑞相である。

続いて、三人目の兄弟子は今回出家弟子が亡くなった後、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは如何なる一心に弟子を世話して衆生を利益する事を報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは出家弟子が亡くなった後、すぐ彼女のためにポワ法を修めた。その後、すぐ如何なる葬式をアレンジする事を指示した。弟子達に葬儀場の中に一番大きいホールを選らせて、告別式を行う。更に人を雇用して亡者の高齢の母を世話して、すべての費用はリンチェンドルジェ・リンポチェが払う、と指示された。他人の母親を自分の母親として世話して、他人の子供を自分の子供として世話した。弟子だけ助けるわけではなく、弟子の家族まで助けた。リンチェンドルジェ・リンポチェは当日すぐ台湾ドル20万元を出して、弟子を指示して、葬儀社に与えて葬式を行うため。全ての事はリンチェンドルジェ・リンポチェが既に用意した。先週の土曜日に亡者の家族は感謝のために来て、リンチェンドルジェ・リンポチェに供養する事を請求した。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の家族に開示されたが、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず弟子を世話していた。今回この亡くなった弟子のことについて、彼女の家族に対していい事だった。彼達に仏法の殊勝を見せて、仏を信じて、仏を学び始めた。仏を学ぶ事は条件を交渉するや金を儲けることではないと開示された。

昨日の告別式から、皆は見られたが、兄弟子の家族は二十数人が来た。元々兄弟子の二番目の兄の妻から知らせたが、家族が数人しか参加しない。家族の中に年下が二人は兄弟子の干支と衝突すると思って、元々参加しないのに結局参加した。それは昔兄弟子の住持は彼達にリンチェンドルジェ・リンポチェのアレンジは必ず皆に最も良く、彼達に安心に参加させると言われたから。昨日多くの出家師父は告別式を参加して、親族と来賓は百人余り、尚更に寶吉祥仏法センターは四百人余り参加した。若しこのような大きいホールが無いと、如何なる納めないだろう。全てはリンチェンドルジェ・リンポチェの詳しく手配を感謝しなければならない。

兄弟子の家族は最初に後事がどうすればいいかわからないのをはじめてから昨日の立派で荘重な告別式まで、全ての色んなことは相弟子の家族に安心を感じさせた。恐れがないだけではなく、かえって非常にうれしいと感じで、相弟子の以前の住持法師さえも告別式がとても殊勝と言い、全ての者は全部大変称賛した。昨日儀容を窺う時、相弟子がこんなに安祥な様子を見て、皆は全部相弟子が大変福報があって、こんな慈悲で具徳な上師のお世話と助けを得て、相弟子が基隆を離れて台北に来て本当にすごく価値があったと言った。相弟子の家族また嬉しくて6月の「チベット仏教直貢噶舉派祖師ジッテン・サムゴン795年記念日大法会」と8月の「阿弥陀仏無遮大超度法会」を申し込んだ。

あの日火葬した後、火葬場の係員は亡者が骨粗鬆症があるため火葬した後の骨は大変粉砕になるはず、やはりあの通りですごい粉砕だった。しかしピンクと五彩の色になり、その中に案外に一つの頭蓋骨は完璧で、それに一つの丸い穴はよく見え、これは即ちリンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を修めた殊勝な瑞相である。

この弟子は言い、皆は仏が住む時代に生まれる福報がないが、大変福報があり、1人仏菩薩のような大慈悲心、大能力がある金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに依止し、これは皆最後のチャンスで、是非こんな殊勝で得難い学仏の因縁を大切するべきだ。

最後に、1人年配の女弟子が謙虚で表して、彼女はマイクを持って公衆の目の前に分け合った事がない、彼女は本当に大変リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲の加持を感恩し、彼女に勇気を有らせて、皆とリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の夫を助ける経過を分け合った。

今年(2012年)1月18日、台北にある大学付属病院の家庭医療看護師と医者は彼女の家に来て月に一回の訪ねをした。彼女の夫は病気にかかって床になって既に三年あまりだった。今回お医者は彼女の夫がすごく喘ぐのですぐ治療を受ける必要と言い、彼女は本来少し躊躇って、心の中にもうすぐ正月になると思って、お医者様はかえって彼女に催促して救急車を呼ばせた。それに、救急車が来てからお医者様がはじめて離れて行って、これは彼女の夫が三年間に10回目急診で入院した。検査を受けた後、白血球は三万あまりに達して、痰の中煮の細菌を培養した後、抗生剤の注射をした。肺部は良くなり、しかしやはり喘ぎすぎで、また心臓を検査して、心臓の弁膜が既に老化して、開きと閉じは全て力がなくなってしまった。

2月11日土曜日の晩課、彼女はアキ・ドロルマに願って、彼女の夫の命数が既に尽きれば、彼に痛みがないように帰らせよう!只あの強い酸素発生器に頼ってあまり苦痛で、彼女は本当に本当に辛くて、彼女が本当にあまりに苦痛で、彼女は本当に見過ごす事が出来ない。

2月12日日曜日、彼女は病院へ彼女の夫の伴になりに行った。上師リンチェンドルジェ・リンポチェが嘗て申された人が死亡する前にお体にはある変化、また、器械上にの血圧、動悸、血の中にの酸素などの数値により、彼女は外国籍の介護者に彼女に夫に手伝うことを言いつけてから道場へ法会に参加して、携帯の電源を切った。法会が終わった後、彼女は息子のお嫁が書いた父は午後2時19分に往生して、家族皆は既に六字大明呪を読んで彼女に安心させるとのメッセージを見た。

彼女はすぐ組長の相弟子に話して、またリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を求めた。そうして彼女らは一緒にエレベーターホールで跪いて上師リンチェンドルジェ・リンポチェが休憩室より出るのを待った。彼女は上師に申し上げた:「私の夫が先程往生したばかりで、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼を助けるようにお願い致す。」是非彼女が良くはっきり話さないで、上師が聞いた:「何?」組長相弟子がすぐ彼女のために答えた:「彼女の夫は先程往生したばかりだ。」上師リンチェンドルジェ・リンポチェはご指示された:「施身法を待とう!」彼女は上師の慈悲を感恩した。亡者と生者と一番頼りがない時に、彼らに手伝うと承諾した。

リンチェンドルジェ・リンポチェの許可をもらった後、彼女は病院に駆けつけて家族と一緒に六字大明呪を唱えていた。8時間の後に、看護婦は彼女に「一切はおあなたの指示によりして、臨終になる前に甘露丸をお祖父さんの口の入って、三人の看護婦を衣服を変わって、ベッドを変るなどをして、10分ぐらい狼狽して、息子と嫁がすべて側に待っている。ほかのベッドに変ってから彼を動く事をしないで、彼が落ち着いて去って、大きな息を吐いて、或いは必死の頑張りの情況を現れていないで、普段のように、静かな寝た。唯一の残念なのは口が完全に閉じていないのである。お祖父さんの身体は普段で硬くて、臨終になる前に、とても柔軟になって、その上、前の日がまだはっきりしていた。」と話した。聞いてから、彼女は彼女のご主人の身にあるシーツをかぶせて、奇跡が現れて、彼女のご主人の口がうまく閉じていて、緩くなくてきつくなくてとてものびのびして、彼たちは納得して笑った。従業員はご死体を上げて冷却装置に搬入する時に、彼女のご主人の身体が依然として柔軟である。上師が「施身法を待ちましょう」を指示してから、既に加持された。彼女は上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝し、上師の大威力、大功徳が真に不思議である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の主人に施身法を修めて済度してあげる事を同意してから、彼女は道場の毎月の施身法法会がずっと月末で行う事だけを愚かな思っていた。だから、彼たちは出棺する期日が3月まで延びた。必ず上師リンチェンドルジェ・リンポチェは死者がどこへ行くのを知らず恐れにいることを感じていたので、突然に施身法法会が2月19日に前倒して、上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深く助けてくれる事に感謝し、死者と生きている者が上師の恩徳に対して終生忘れることができなくならせて、彼たちの心を狼狽してから落ち着かせた。

彼女と彼女の息子、嫁さんは毎日死者の為に六字大明呪と阿弥陀仏を唱えていた。上師は2月19日に施身法を修めたど、彼女の息子と嫁さんは「リンチェンドルジェ・リンポチェはとても凄くて、とても素晴らしくて、本当に不思議で、いま、真言を唱える感じが全然違っていて、気持ちがとても落ち着いて、その上、悲しみと痛みがないで、逆に、少しの喜びがあった。必ずリンチェンドルジェ・リンポチェがお父さんを浄土に済度してくれた」と話した。上師の大威力、大功徳は一つ一つを現れて、彼女と彼女の家族が感謝してまた感謝するだけである。

リンチェンドルジェ・リンポチェの施身法の済度を貰ってから、彼女のご主人が火葬した後の頭蓋骨は明らかな丸い穴が現れて、骨灰が微かなピンクを持っていて、この中の2枚がとても綺麗な青緑色である。冷却装置に数日間に保存している体はこのような不思議な結果を貰えて、ただ敬愛する上師リンチェンドルジェ・リンポチェだけで遣り遂げられて、このような大能力が既に世の中に難しくて求めた。彼女は上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深く助けに感謝し、リンチェンドルジェ・リンポチェに2回目に謁見しただけの人間にこんなに幸せな、このような福報があって施身法を助けてを貰えて、浄土に往生させて、輪廻の苦しみを再び受け入れなかった。

彼女のご主人は3月14日に出棺して、その日、長雨はひっきりなしに続いて、天気も寒くて濡れで、彼女は二人の出家衆と数十人の兄弟子が告別式に向かって参加した事が感謝した。これはリンチェンドルジェ・リンポチェは多年に弟子への教誨が皆の心を団結させて、兄弟子が兄弟により親しい道理を検証した。彼女は上師リンチェンドルジェ・リンポチェにとても感謝し、皆にこのような多くの兄弟子お互いに友愛をさせて、彼女が病気に罹っていて、或いは、普段に多くの丁寧な世話を貰った。

彼女は希有で得難い慈悲深くの上師リンチェンドルジェ・リンポチェにとても感謝し、10数年以来、彼女は無数な加持を貰って、これらの珍しい加持が彼女の4分の3の胃を切除した人に健康みたいの人間にならせる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皈依法会に主催させて、43位の信者の皈依を受け入れた。

リンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示された。今日皈依を催して、皈依するのは仏を学ぶ重要な縁起なので、仏を学ぶ初めであり、悪を止めて善を行うことを決定して、皈依していないで、たとえそなた達は戒を守っても、生死を解脱することができない。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの2ヶ月の法会の中にすべて仏法を開示していないで、皆にこんなに多く教えたが、しかし皆は全然直していないで、だからもう言う必要がない。今日リンチェンドルジェ・リンポチェが法会の中に口を開いたのは、40数人が皈依を求めて、やっと口を開いて話をした。どうしてして皈依を行なうのか。そなた達の願を満たすため、多くの人が皈依する事を申し込んでから、もう長くたったから、そなた達がリンチェンドルジェ・リンポチェが分別する心があるのを言うことを免れるのである。

そなた達の多くの者はすべて皈依したことがあるが、皈依は多くの種類があり、普通な皈依は縁に従って皈依するので、それ以外に菩薩道を修める皈依と金剛乗灌頂する時の皈依がある。釈迦牟尼仏の講じた仏法は、衆生のため六道輪廻の苦しみに解脱するように助けるので、ある者の皈依した上師は、そなたに生死に解脱する法門を教えていないで、このような皈依は1種の縁を結ぶ皈依である。今日行うのは顕教の皈依であり、これは菩薩道と金剛乗の皈依が守る戒律と異なるのである。

そなた達の受けた皈依は殆ど縁に従って皈依することであり、そなたが皈依したことがあって、仏を学んで修行していると思わないでください。多くの者はすべて自分が皈依したから、加護があって、あまりよく仏を学んで修行していないで、上師と仏菩薩の教えに従って自分の行為を改正していないで、このように皈依するのは役に立たない。ある人は自分が家で念仏したらいいと思って、今テレビを開けて多くの人が弘法していることを聞くことができて、ある人はまた客間大道場だと言った。家で自習するのは修め得ることが出来ないのではないが、しかしもし一人が上師の教えによらなければ成就を得るのはほとんどあり得ない。チベット仏教はなぜ上師を非常に重視するのは、仏を学ぶ人がきっと上師の監督が必要し、やっと修行上にいかなる成就がある。修行とは一名の如法で具徳な上師に皈依して、上師と仏陀の教えに従って、生死に解脱する法門を今日だ王、そなたの言語、行為と思想を改正するのである。

仏を学ぶのは薫陶を使わなければならないので、1年、2年だけ学んだら、全部が分かると思わないでください、釈迦牟尼仏は49年法を講じて、そなた達は幼い時から成長するまで本を読んでも少なくとも20年かかってって、何に基づいてちょっと学ですぐ自分がわかると思っているのか。仏法は徐々に次第にそなたを教えなければならないので、しかしこれはゆっくりとすると言うのではなくて、そなた達が上師と仏菩薩の教えを受けた後、ちゃんとよくするべきであり、だんだん次第に従って仏法を学んで進歩することができる。そなた達は心からもし仏法の貴重さと感じることができるならば、因果を深く信じて、上師の教えに従って修行して、すべてのそなた達に輪廻させる行為を改正して、出世法をよく修めれば、入世法はきっと徐々に問題が無くなるのである。

皈依するのは冗談を言う事ではなくて、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依したいと思って、もし修行するつもりが無ければ、今日前に出てきて皈依しないでください。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子が多く要らなくて、今皈依した弟子が既に1,100人を上回って、リンチェンドルジェ・リンポチェは現在このような弟子の数を維持して、そして如法に修行していない弟子を離れるようにさせる。もし上師に対して懐疑があり、信心がないならば、皈依しないでください。今すぐ起立して離れることができる。リンチェンドルジェ・リンポチェの大能力にて、もうそなた達に釈明する必要が無くて、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達の思った凡人ではない。そなた達はもし信心がなければ離れて。どうしてもう釈明する必要はないのか。これは大学の教授が小学生に説明する事を要するように、可能であるか。リンチェンドルジェ・リンポチェはもともと自分が大能力があると言うべきではなくて、別に自分をひけらかしなくて、貢高我慢ではなくて、しかし、何故かと言うと、リンチェンドルジェ・リンポチェは既に修め得たから、その故このように言うことができる。これがそなた達に教えるのは、リンチェンドルジェ・リンポチェの大能力で、法を修正して亡者の頭にてっぺんを1つの穴に打つことができて、このように殊勝な済度をやり遂げて、もしそなた達はやり遂げないと、評論する資格がない。

この間にある出家の信者はリンチェンドルジェ・リンポチェに、リンチェンドルジェ・リンポチェが浄土十六観が密法だと言ったことがあるが、しかしお経には言わなかった、と言った。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの問題を聞くと、上師に対して懐疑があるので、ここに残る必要がないと開示した。既に出家して仏を学んでいるから、誇らしくて自分がもう分かったと思わないで。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェと密法があるかどうかと論争しに来た。もしリンチェンドルジェ・リンポチェは亡者を済度してポワ法を修めてたくさんの瑞相が現れたら、はじめてそなたはリンチェンドルジェ・リンポチェの前で座って弁論する資格がある。もし信じるならば、そなたは皈依して、信じないと皈依しないでください。既に皈依したのもその通りで、信じない者であれば、そなたは今離れることができる。密宗がもし偽だと感じるならば、自分に亡者を済度することをやり遂げることができるかどうかを聞いて、及び修法する能力があるかどうか、亡者の遺体に様々な瑞相に発生させて、同じく知り合った弘法する者に、やり遂げることができるかどうかように依頼して、もしやり遂げないならば批判する資格がない。

法会前に分かち合った出家の弟子は、彼女が以前に1名《華厳経》を講じている住持を世話して、この住持は専門的に《華厳経》を講じるが、しかし彼女はその中の内容をやり遂げていない事を言及した。多くの人が《華厳経》を講じるのは密法を講じると思って、そして華厳壇城を飾る。密法が公開に宣説することができないものであり、もし公開と密法を言うならば、それを言う人とそれを聞く人は全て問題があるのである。

「皈」は黒から白に戻って、つまり黒い業、つまり悪業を停止して、いわゆる黒い業はすべてのそなたに輪廻させる事を指す。白業は善業であり、すべての自分を生死に解脱して輪廻に解脱させられることである。そなた達はこの数十年来、すべて自分の気ままにする心であり、そなた達は永遠に自分が間違いがないと思って、永遠に自分のすべての考えが全部正しくて、自分の決定がすべて正しいと思っている。そなたのいかなる言葉、行為、思想が自分を利益する時に、それは悪業であり、つまり輪廻し始めた。業はよくない事であるとは限らなくて、業は善業と悪業に分けられて、ただそなたに輪廻させられるのがすべて業である。と言うのは、そなた達が心を起して念が動いて、全てそなた達を輪廻に堕ちて、だからそなた達がもう自分が事を間違うがない。

皈依の礼儀の儀軌はとても簡単であるが、しかし意味はとても深遠である。外は普通には皈依する意味が別にこんなに多く言わなくて、寶吉祥仏法センターの開催する法会に基いてできる時、リンチェンドルジェ・リンポチェは特に皈依する意味を開示する。そなたが皈依を決定する時、もう悪を止めて善を行うことを決定する。そなたが学校に行って登録しなければならないと同じようである。引き続いて、先生の話しを聞いてよく学ばなければならないほうがいい。そなた達が皈依した後に、よく仏法を修めるべきで、上師と仏菩薩の教導の仏法で、上師と仏菩薩の教えた仏法は自分のすべての輪廻した行為を改正しにきて、言葉と思想、そなたを煩わしいものがない本性に返答する機会がある。

そなたは皈依した後、家の位牌が如何なる処置するか或いは昔に供えた媽祖の神像はどうするかを聞かないで。そなた達は自分で処理しなさい。リンチェンドルジェ・リンポチェの亡くなった父は道教を修めたが、家で位牌を安置しなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは昔に亡くなった父に従って道教を修めたが、仏を皈依した後完全に道教の儀軌を使わなかった。そなたは皈依した後、そなたの身に光が全く違った。そなたは皈依すると、あの鬼神を頂礼すれば、鬼神は自ら生死を解脱できないのに如何なるそなたを助けるだろう。鬼としてとても苦しいが、そなたは彼達を求めても、彼達もそなたを助けられない。それはそなたは彼達と同類ではない。更にそなたは鬼神を頂礼するから、護法はそなたは皈依戒を破ったから、そなたを離れて、そなたを助けない。そなたは中途半端して、どっちでも属しなく、最後深淵に堕ちるかも知れない。

皈依した後、方便のために外道に頼みそなたを救ってもらう必要はない。外道は道教、キリスト教、カトリック或いは回教を指すではない。此処に「外道」と言われたが、軽視という意味ではない。外道とはそなたに生死を解脱する事を教えられない。多くの宗教は人に善を行う事を教えたが、人に生死を解脱する事を教えない。ある者は仏教と称したが、信者に生死を解脱する事を教えない。それも外道と認める。此れは仏が嘗て説かれた「仏に付く外道」である。釈迦牟尼仏は49年間仏法を広めたが、説かれた事は衆生に生死を解脱法門を教えた。若し当年釈迦牟尼仏はこの主旨を堅持しないと、釈尊の大福報と大能力により、インドは外道が存在するわけではないだろう。

既に皈依したから、外道に頼み救ってもらう必要はない。ある者は子供が泣くと、近くに神壇を見て先に鎮魂を送った後、再びリンチェンドルジェ・リンポチェに求めた。有るのは交通事故に遭って、先に隣に問い合わせてみて再びリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を求めた。リンチェンドルジェ・リンポチェが知らないと思わないで。多くの人は昔にこの事を行ったが、ある者は宮廟から旗や護符を貰って家に放置した。この旗或いは護符は全てあの宮廟の鬼王は自分の部下をそなたの家に縛られてそなたのために物事を協力した。リンチェンドルジェ・リンポチェは見えたが、本当にかわい。外の鬼と家の鬼-家の鬼は家に泊まってまだ済度されない祖先と遇うと、喧嘩した。昔この事を行った人は少し考えれば、あの時期に家の中に余り安定していないだろうか。

三宝は仏、法、僧である。仏経、仏塔を見れば、必ず敬わなければならない。僧とは出家衆ではない。若し釈迦牟尼仏が説かれたのは出家衆だけであれば、最初から比丘、比丘尼と説かれ、後人が如何なる解釈を発明するまで待つ必要がない。僧は仏法を学んで成就を得て仏法で衆生を利益できて、衆生に仏法を教えて尚更に生死を解脱させる修行者である。特定に在家者或いは出家者を指すわけではない。僧団とは同じな上師のもとで仏法を学んで生死を解脱する法門を修行する人達である。

若し皈依した後、確実に仏を学ばず、引き続きに自分の心を勝手に放任して、上師の教えに従わず勉強せず修行しないなら、皈依戒を破ると認められる。

寶吉祥道場の財産権はリンチェンドルジェ・リンポチェに属しない。当初道場を買う時、リンチェンドルジェ・リンポチェは所有権を登録できるが、リンチェンドルジェ・リンポチェはそう行わなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェも今まで道場から金を一銭でも貰っていない。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは道場が沢山な金を持つのを望まない。先日ある弟子は連続数ヶ月間に道場に台湾ドル50万元を護持して、彼女は口座を間違いに振り込んだと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは道場に指示して、金を彼女に返して、更に今後彼女が供養と道場を護持する事が要らない。

皈依した後、鬼神に供えた物を食べないで。リンチェンドルジェ・リンポチェに家で供えるなら如何しようや何故家で供物を食べないなど聞く必要がない。仏経に説かれた事は全て論理があるが、何故と聞く必要がない。信じないなら、皈依しないで。そなた達は幼いから大人まで通常にそなた達が食べたくないなら、食べない理由は何でも考えられたから、鬼神に供物を食べない方法もある。だから、再びリンチェンドルジェ・リンポチェに如何しましょうと聞かないで。新皈依でも既に皈依した人でも同じだ。通常そなた達は理由を探すのが得意なのに、この事に遭うと何故急に自分が処理方法をしっかりに考えられないだろうか。

元々二週間前、リンチェンドルジェ・リンポチェは法会の中に仏法を開示しようと思ったが、ある壇城組の弟子は法会に関わるリストをリンチェンドルジェ・リンポチェに見せる時、特にある法会に参加できない弟子を指した。意味は間違いではないか。この人は叱られた事を聞いた事がない。リンチェンドルジェ・リンポチェは次の如く開示された。此れは上師を疑って上師を敬わない。この弟子は処罰された弟子がとてもうまく修めたから、過ちを犯さないと思っただろうか。この壇城組の弟子はまさかリンポチェであるだろうか。そなた達は皆自分が過ちがなくて、全て他人の過ちだと思った。リンチェンドルジェ・リンポチェは数ヶ月間に開示されないが、そなた達はまだ自分を反省しないのに、唯自分の問題をリンチェンドルジェ・リンポチェに指摘されないと考えた。この壇城組の弟子はこの反応があるのは上師に敬わず尊重しない。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗てこの弟子は年寄りだと言われたが、リンチェンドルジェ・リンポチェより若い。尚更にリンチェンドルジェ・リンポチェは既に65歳で新聞界で「長者」と称されて、彼も敬うべきだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは現在個別に止める事を勧め始まって、追放しない。リンポチェになるのは本当に危ない事であり、いつも恐喝された。

リンチェンドルジェ・リンポチェは数ヶ月間に仏法を開示されないが、何故なら、そなた達は修めず、説かれなかった。仏法を開示しなくてもそなた達は過ちを犯した。縁が無いから、上師は仏法を伝授したくても伝授できない。ある弟子は始めてこっそりに言ったが、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏法を説かず、慈悲が無い。そなた達は行うかどうかを問わず、そなた達は仏法を聞くと福報がある。若し引き続きに仏法を聞いて、福報は引き続きに増えているが、悪を止めないと、悪を行う力は大きくなった。例えば、歴史にドイツの国家元首ヒトラーは命令すれば、千万人を殺した。ヒトラーは福報が悪いと思わないで、彼は前世にうまく修めたから、此の世に多くの人に自分の命令を聞かせて人を殺した。若しそなた達に引き続きに仏法を聞かせて、福報を累積したのに修正しないと、そなたに悪を行う力は尚更に大きくなるだろう。そなた達に悪を行いように、仏法を説かないのはそなた達に機会を与えて、自分の過ちをしっかりに考えさせた。

皈依した後の利益は仏教徒になれる。仏教徒とは仏教の門徒ではなく、仏陀に教えられた弟子になる。皈依が有れば、仏弟子と言えない。仏弟子になれば、《仏子三十七頌》を全て行える必要である。《仏子三十七頌》を全て行えるなら、自分が仏弟子と言われる資格がない。唯仏の信徒と言われる。

皈依した後、一切の戒律の頼りになれる。戒を守らなければ、定が出来ない、定が出来なければ智恵が開く事が出来ない。そなた達には、法会の参加、布施、礼仏する等全部福報を修め、只人天福報であり、上師供養法を修めるなら、智恵の修めで、これ等の福報を蓄積するのは一番大切の往生する時に用い、そなたにすこしの障碍もないように仏菩薩と上師の助けを受けるのを出来させる。

そなたは1つの戒を守る事が出来ると戒神の保護が貰い、戒を破ると戒神がすぐそなたを離れ、そなたは只1つの考えが正しくない、上師が私を誤解し、私がこの意味をするのではないと戒神はすぐ離れて、そのスピードは光速よりもっと早かった。皈依は戒律の頼りになるとは、戒体があり、戒体とは戒を守る者に対して1つの保護体が出来た。皈依してから戒を守るとはじめて功徳が起き、さもないと只人天福報を修めるのである。ある宗教も人に菜食すると教え、しかし、彼は上師が伝授する戒体がないので、菜食をしてもやはり功徳が起きる事が出来ない。菜食をするのは衆生と悪縁を結ぶのを止め、次第に慈悲心を培養し、仏を勉強し、生死より離脱するのを修行する。

善と悪は2本平行線で、そなたが悪を作った後、善で相殺することが出来ない。そなたが悪行をやめて大きい善を作るとは限られなく、そなたの善の力は大きくて、自分の悪の力にどうでもないにならせ、この時悪果があらわれてもそなたを影響しない、はじめて業をまわす事が出来る。例え、そなたが1つの悪業を作ったが、1000件の善業をして、この悪業の力はやっとそなたに影響が起きられない、これは即ち所謂消業である。≪地蔵経≫の中に説いた:「凡夫が心を起こし念が動くの は全て業であり罪である、」

皈依した後、一切人ではないと傷付くことが出来ない、一切罪業が減って軽くなり、ひいては消えてしまい、心野中に広大な福徳資糧が増えて、それに死んだ後悪趣に堕ちらない。そなたが往生する時、只リンチェンドルジェ・リンポチェの名前と自分の法号を覚えれば、地獄のドアまでに着いても入ることはしない。皈依の法号はそなたが皈依した後、そなたがリンチェンドルジェ・リンポチェに願いに来る。しかし、そなたは今悪行をしても良いと思わないで、こうして地獄のドアに着いたらまた覚えても役に立たなく、リンチェンドルジェ・リンポチェが此処で申されたのは、そなたが皈依した後、教えに従って実行すれば、往生する時、まだ累世の悪業の牽引で地獄に行って、上師のことを思い出してはじめて役に立つのである。

二週間前往生した領眾出家弟子はなぜ往生する前のことがとても順調だか?それは彼女が順従である。実は正月の法会に、彼女は領眾とするのに、彼女の足が跪く事が出来ないと言って、他人に願って、彼女の代わりに、衆生の代表として法を願った。リンチェンドルジェ・リンポチェは何も言わなかった。しかし、その後、彼女のお体は気分が悪くて、土曜日にリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を求めた時、跪いてしまった。リンチェンドルジェ・リンポチェは仰った:元旦時彼女に衆生の代表として法を願うのをさせて、彼女は跪く事が出来ないと言った。今回は自分のお体のため、彼女は跪く事が出来た。彼女が出来たのは、自分が苦しいのを分かった。元旦に彼女が法を願う時跪く事が出来なかったのは衆生がどんなに苦しいか分からないから。彼女のこの決まりは以前が全て学んだ仏法を全部無くさせた。

実は、この往生した弟子の寿命はこんなに短いはずではなく、彼女は元旦に他の出家弟子に願って彼女の代わりに法を願って、はじめて彼女の寿命をこんなに早く終わらせた。彼女が病気にかかった後期、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に毎一回痛む時、衆生に返済するとして、彼女が以前嘗て他人の供養を受け取ってかえって生死より如何離脱するか教えてあげなかったから。彼女は聞くとすぐ懺悔するべきとわかった。それに、幸いに彼女が出家して、母親に大変親孝行して、またリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依し、それで福報がはじめて蓄積して、苦しんで往生することを出来させなかった。あの頃なぜ彼女に衆生の代表として法を願わせたか?勿論、この縁起はもう1人出家弟子だが、上師は彼女に衆生の代表として法を願わせたのも理由があった。

皈依した後、そなた達の心野中に殊勝な道がはじめて起きられた。そなた達はまだ皈依しない前、法会に参加する時とても殊勝と感じたが、法会を離れると相変わらず自分のままで、法会はそなたに対しての影響が中断してしまって、そなたの心続は維持することが出来ない。皈依弟子であれば、法会に参加する殊勝な心続を維持する事が出来る。悪業をしても、皈依さえすれば、臨終する前に皈依した過程を思い出して、悪道に堕ちる事ができない。しかし、これは皈依した後、そのままで悪業をして、臨終する時また懺悔するとは言えない。皈依した後、やはり悪業をやめて善を作ることが出来なければ、皈依してもはやり皈依戒を破った。上師はそなたに罰をしない、只そなたは自分の業力によって日を暮らす。

その外に、皈依してから絶えずに勉強してはじめて無上菩提を証得して、有情に利益することが出来る。皈依した後色んないいことがあるんが、ある事をやる事が出来ない。

現在、そなた達がしたことは良いか悪いかリンチェンドルジェ・リンポチェは全部言わない。上師のことなら力を尽くして完成して、頭を使って考えて、何でもかんでもリンチェンドルジェ・リンポチェに頼ると思うな。現在リンチェンドルジェ・リンポチェが既にことを言いつけて、そなた達は力を尽くしてやる。そなた達は幼稚園或いは小学生ではなく、どの問題にあっても全部リンチェンドルジェ・リンポチェに捨てる。家にの大小な事は全部リンチェンドルジェ・リンポチェに頼って、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達の家庭医療のお医者様でも、毎月にも1つの大金を払うはずだ。そなた達は毎月にこんなに多くのお金を供養するか?

仏を学ぶ者は皈依したばかり時、考え方は大変単純で、とても清新で、状況がすごく良い、しかし、1、2年を勉強した後、はじめて自分が独り善がりで勉強できたと思って、良い日を暮らしても自分が修め得たと思って、ひいては他人に仏法を教えた。皈依した後、仏を勉強するかどうか、そなた達が決める。

リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達の業を回すことが出来ないが、そなた達のため、業力を暫く止めることが出来る。この十数年、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェと仏菩薩の庇隠の下に、全部良い日を暮らし、衆生の苦しさを忘れた。それで、現在リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達を叱らない、そなた達がやり直さないと、そなたの本来の業力は始めてまわす。ある日、そなたが苦しみを受けて、戻って来て仏を学んで、懺悔するのを始めて分かったら、リンチェンドルジェ・リンポチェはやはりそなたに浄土へ往生する事を助ける事が出来、これはできるもんだ。ある脳瘤にかかった弟子は元々リンチェンドルジェ・リンポチェが彼のために彼の病気をやり直させた。しかし、彼は他人の事を信じで、上師を批判し、これこそ悪口で、それで業力はまた尋ねに来た。なぜ彼がこんなに醜くて、顔には1つの腫瘤があったか?それは心が悪いので顔は醜くくなった。上師に対して疑い、上師さえも疑う心は一番見難い。顔の上にはこんなに1つの腫瘤があったが、全部痛まない、お医者様さえ全部大変不思議と思った。こんなにひとつ大きい腫瘤が顔にかけて、痛まないにはありえない。しかし、彼は本当に痛まない。あれは癌細胞でなければ、顔には1つ大きい腫瘤があって、誰でも気分が悪いと感じた。なぜ彼は痛まないか?それは彼がその後懺悔した。それで上師の加持力が彼を助ける事が出来、しかし、業力は消えない、そのため腫瘤はやはり起きた。

仏を学ぶのは恥ずかしい行為ではなくて、人間と違う行為をするのではなくて、また、何も見させない事をするのではない。仏を学ぶのはとてもよいことで、そなた達はなぜ他人に自分が仏を学ぶのを言えないのでしょうか?最近、ある有名なバスケットボールの選手は毎回ゴールを投げて、神様に感謝する事を全て言えた。そなた達は?リンチェンドルジェ・リンポチェと仏菩薩はそなたの命を救っても、他人に仏に感謝する勇気がまた持っていない。そなた達は仏を学ぶ事がなぜこそこそしているのでしょうか?カトリック教、回教、キリスト教は他人に彼らの神様を教えて、そなた達が言う勇さえもなかった。話したら、主人、奥さん或いは姑に罵られることを恐れる。

ある弟子は数年前に、リンチェンドルジェ・リンポチェに彼女にアメリカへいかないことを仰って、が、彼女が聞いてくれなかった。心の中には、上師が私を分からないで、私に誤解して、私の家庭が比較に重要し、結局、癌に罹って帰った。また、ある弟子は病気に罹った後、マラシアから帰って、昨日、リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する時に、彼女が当年に行く時に、リンチェンドルジェ・リンポチェに既に報告したと言った。彼女がこの話を言った意味は実は心の中に最初、彼女が出国する時にリンチェンドルジェ・リンポチェに報告したことがあって、結局、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に保護していないで、また、彼女に事故が起きさせることと思っていた。彼女の考え方はこのように恐怖だ。

実はマレーシアのこの弟子は当時にすべて手配を済ませて、彼女は彼女のご主人があそこに働いて、彼たちが向いて集ることと言った。そなた達が考えてみて、その時、リンチェンドルジェ・リンポチェが出来ないを言えるのでしょうか?出来ないと説くならば、彼女のご主人が逆にリンチェンドルジェ・リンポチェが彼たちの家族に集らせないを訴えるかもしれない。結局、彼女は国外で3年生活して、いま、死ぬ程血をながしていて、リンチェンドルジェ・リンポチェに見付かった。本来、帰られないと言ったが、げんざい、病気にかかるので、ご主人が逆に彼女に帰らせた。そなた達は全てこのように、『心経』と曰く夢を転倒するのである。リンポチェはとても危ない仕事で、脅し、恐喝、ゆすりに直面しなければならない。本来、リンチェンドルジェ・リンポチェは今日仏法を説く予定ですが、このように見ると本当に説かれない。

上師が仰る話にたいして懐疑を起すなら、これも上師に怒り、一部の人々は上師に怒る勇気がないけれども、上師の身の回りの弟子に怒ることを言った。誰かが何をうまくしないわけである事を指摘した。このような見解があったらべきでない、そなたは道場を離れたいなら静かで離れてください。

そなた達は用事がない場合に、リンチェンドルジェ・リンポチェが上師である。用事があったら、リンチェンドルジェ・リンポチェは何もではない。有る弟子は前日にリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見し、彼女の娘が炎症を起こすと言って、また、宝円膏を拭いてから治さなかった。宝円膏はリンチェンドルジェ・リンポチェの指示によりして、そなた達も多くの人々が宝円膏の助けを貰ってから多くの問題を解決する事を聞いた事がある。もし懐疑をしたら、使わないでください。

リンチェンドルジェ・リンポチェは現れると、周りに多くの護法神がいて、そなた達はこの道場に入ると、護法神がそなたを見て、そなたがリンチェンドルジェ・リンポチェと一緒にいることを思うので、多少でそなた達の助けと保護を与えて、そなた達に少しいいことを与えた。が、そなた達はこれらの事をしたら、上師はそなた達に入ることでも入らせないで、何故ならば、そなたはこれらの過患を犯させて、そなたに保護されるなら、改正する機会がないで、そなたにそなたの本当の業力を直面させて、そなたが自分がどこで間違う事を知らせて、そして、間違いを改正する事を知って初めて、上師がチャンスがあってそなたに助けて、そなたにチャンスがあって正しい道に帰らせる。

そなた達は退転という事をいえなくて、仏法の名詞を無闇に使う事ができない。退転とは仏菩薩を修める行者が衆生に利益する心が退転するのである。そなた達はただだらけていて、怠惰だと言うことしかできない。ここの法は真言を唱えてお経を唱えるのではなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェが開示される全ての法門がすべて仏法だ。そなた達は生活の中に生死を解脱する事に一心する事ができるかどうかによる。釈迦牟尼仏は私達に綺語をいえないのを教えてくれて、綺語をせずのが衆生に役に立たない事をいえないで、この戒律がそなた達が常に犯す。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェが説く一切な話が衆生に利益するわけである。そなた達は錯誤の観念があって、法本を開けて唱えることが伝法だと思っていて、実はそうではない。

直貢チェツァン法王はかつて開示された事があって、すべて衆生に利益される法がすべて仏法である。リンチェンドルジェ・リンポチェが教導する如何なる法門はすべて衆生に生死を解脱する事を助けて、そなた達がしなければならない。そなた達は二分法があって、リンチェンドルジェ・リンポチェが法席にいる時に上師で、説くのが仏法である。法席を下りてから上師のではなくて、説くのが仏法ではない。もしこのようにであれば、リンチェンドルジェ・リンポチェはその往生したはかりの領衆弟子のためポワ法を修める時に、法席にいえなかった。また、そなた達は友達を誘って仏法にチャットしないでください。仏法はそなたにチャットをさせるのではない。

それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは五戒を伝えた。一、不殺生。二、不偸盗。三、不邪淫。四、不妄語。悪口、誑語、綺語、両舌をせずのも含める。五、不飲酒。タバコを吸わないで、如何なる麻薬を使わないを含める。綺語をせずとは生死を解脱するはなしを言わないのである。これらはそなた達が毎日を犯して、自分が戒律を違反してもまた分からなかった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは43の信者のため皈依の儀軌を行って、その上、皈依証の意義を開示された。みなはチベット仏教直貢噶舉の教派の門下に皈依した。リンチェンドルジェ・リンポチェの根本上師は第37任直貢チェツァン法王である。直貢噶舉教派は8百年あまりの歴史があって、祖師ジッテン・サムゴンからいままで830年の歴史があった。皈依証の上に祖師ジッテン・サムゴンの法写真、第37任直貢チェツァン法王、リンチェンドルジェ・リンポチェの法の写真があった。皈依証はとても大切し、無くされる事ができないで、そなたに一生に従うのであり、無くしたらないで、リンチェンドルジェ・リンポチェは多くの皈依証を印刷したが、そなたは皈依証を無くしたら、そなたが仏法を学ばないを代表した。普通の市中のように、無くしたら再度そなたに1枚を与える。そなた達はお金を無くす事がしない。リンチェンドルジェ・リンポチェは皈依証上の皈依文を伝えて、そのうえ、皈依弟子に毎日に少なくとも3から7回目まで唱えさせる。

そして、皈依して髪をカットする儀軌を行って、髪をカットするのが出家する事を代表し、ここの出家とは出家相を現るのではなくて、三界輪廻の家を離れて、そなた達が未来のある世に因縁があって出家することができるのを代表する。リンチェンドルジェ・リンポチェは自ら参列者を連れで金剛薩埵心咒を唱えて、また、43位の信者の皈依を受け入れた。皆は法喜を充満し、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。

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2012 年 05 月 08 日 更新