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		<description><![CDATA[2010年2月20日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥仏法センターで殊勝な財神法会を主催して、参列した大衆の中には、日本の貴賓の13人と信者の10人と台湾寶吉祥仏法センターの弟子の59人など合計で82人がこの殊勝な法会に参加した。リンチェンドルジェ・リンポチェは午前中に黒水財神、午後に大象財神等の法門を修められて、仏法にて懇々と教えて、大衆を諭して、参列者に無比な加持と仏法の利益を受け取りさせた。
法会が始まる前に、まずはマンダを捧げ供養する儀軌を行い、当日に入場する時に、出席者から自ら抽選された日本の地元の信者は衆生を代表して、リンチェンドルジェ・リンポチェにマンダを捧げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは次の如く開示された。今日行ったマンダを捧げる儀軌は供養の一つであり、一般にはチベット仏教の法会が始まる前に、いずれもこの儀軌を行って仏菩薩及び修法するリンポチェに供養する。これは日本人が他人の家を訪問する時によく贈り物を持っていき、それで相手を敬って礼儀を表すことと似ている。
お経に、収入の四分の一は供養及び布施するはずだと諭された。そなた達のこの一世の持つ財産及び健康はすべて前世に嘗て供養や布施をしたことによって得られるものである。これは良い因があるためである。良い因があって、良い因縁が継続することが出来る。仏教は他の宗教と最も違った所は仏教が因果を重んじているが、因果法則は仏の発明したのではなくて、宇宙間の自然な定律である。例えば、そなたがタバコを吸うように、このような因があって、だから、将来に心臓病や肺病に罹るようになる。そして、そなたのこの一生の顔立ちも過去世に為した業と関係があって、過去に善行をしたことがあって、比較的に優しいと見える。
因が起きてから果が現れるまで、暫くの時間があるから、ある程度変えることができる。これは今日そなたが土の中で非常に良い種を植えて、そして良い土がなくてはならなくて、その上、綿密に世話して施肥してから、出来る果実がよくなると同じである。もし、その中で、これらの条件がなくて、全然世話をしなければ、たとえどんなに良い種でも、出来る果実もよくない。反って、もし種がよくないならば、しかし、その成長過程の中で、施肥及び世話を獲得して、その果実はよくなるだろう。因が起きると、果報を消滅することができないが、しかし善行をして果の味を変える機会がまだある。
今日皆さんが参加した法会はチベット仏教の直貢噶舉教派の法会であり、すべての法会はリンポチェがいなければ主法できなくて、普通の僧侶が修めることができない。字面から見ると、「リンポチェ」との意味は世の中の宝であり、顕教と密教を修めなければならなくて、さらに、二種類に分けられて、一種類は前世にもうリンポチェであり、転生した後に教派の法王に承認されたリンポチェである。もう一種類はこの一世に修め得るリンポチェであり、苦しい修行を通って、教派の法王が認めないとできないからである。
チベットで、一人のリンポチェは十年間の顕教の学習を通ってから、はじめて密教の事部、行部、ヨーガ部及び無上ヨーガ部を修習し始まることが出来て、それから、法を学んで衆生を助けることができる。顕教は日本の普通の仏寺でお教を読むと同じであり、日本で東密もあるが、しかし、ただ事部、行部だけがある。衆生を助ける法を息、懐、増、誅など四種類に分けられる。息とは災を止めて、息災することであり、家庭中の災難を減らして更に消えたり、天気を変えたり、敵国の恨みの心を静からせることができる。懐法はあだ敵に気持を変えさせて、あなたのためになるように変わることができる。増法は修行者の力量と財産を増やすことが出来て、例えば、今日修める財神法は増法である。誅法は敵を殺して、あれらの衆生を呪詛して危害している悪魔に誅法を使うことができるが、しかし、誅法を使うのは修行者の自分自身にも傷つけて、この法門を勝手に使ってはいけない。誅法を修めるリンポチェは必ず済度できる能力がなくてはならない。そうしないと、自分の生命にも危害するかもしれない。皆さんがこの法門を修める修行者が非常に恐ろしくて、一日中彼氏の話を聞かなければいけないと思わなくても構わない。実は、この法門を修める修行者は必ず慈悲心がなくてはならない。自分の貪欲のため修法してはいけなくて、衆生のため、使わなければならない。息、懐、増法が全て役に立たない時に、誅法を使うことが出来るが、しかし修法する修行者は自分の利益のため修法したら、地獄に堕ちる。
財神法門を修めるのはそなた達に非常にお金持ちに成らせることではなくて、或いは、宝くじを買って当たることではなくて、そなた達が財を持つことは前世に供養と布施したことがあって得るのである。財が増えることができないが、リンポチェなら増えることができる。でも、そなた達の財を減らすことができる。なぜかというと、そなた達が例えば、肉を食べたり、他の人を騙したりして、人徳が良くなくて、そして承諾を守らないなど多くの間違いのことをしたからである。
リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の例を挙げた。十年前、リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗てある亡霊を身に宿れた女を助けた。当時リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に呪文を唱え加持した時、彼女は元々目を閉めたが、突然目が覚めて、艶やかな目でリンチェンドルジェ・リンポチェを誘惑するつもりである。若しリンチェンドルジェ・リンポチェは心を動くと、唱えた呪文は効力を失った。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは心に慈悲しかないから、心をちっとも動かなかったから、この女は目覚めて号泣した。元々身に宿れた女の亡霊も離れて彼女の側に座った。彼女は始めてリンチェンドルジェ・リンポチェに「リンチェンドルジェ・リンポチェ、彼女を助けるをお願い」と言った。当時リンチェンドルジェ・リンポチェはこの亡霊を済度する事を約束した。しかし、その後この約束を忘れた。事件が発生した後、リンチェンドルジェ・リンポチェの事業は始めてうまく行かなかった。お互いに合意した取引なのに、相手は止めた。その後リンチェンドルジェ・リンポチェは禅定の中に、自分は約束を忘れた原因を分かった。すぐあの衆生を済度した。此れからビジネスは再び順調に進めた。
今朝修めた黒水財神は既に八地菩薩の果位まで証した。今日修めた法本は仏経のように人から説いた法ではなくて、財神本尊は自ら伝えられた法である。故に力は極めて強い。黒水財神は観世音菩薩の護法の一つであり、財神を修めた修行者は必ずその前に観音法門もよく修める必要がある。観音菩薩の友達と成れば、つまり一百万回六字大明呪を唱えなければならない。歩きながな唱えるのは役に立たない。聖地に閉関修行して単独で部屋の中に居て人を見えず、話せず、髪をカットせず、ひげ剃り、爪切り、風呂に入れる事も出来ない。電話さえ掛けず、メールにも禁止された。リンチェンドルジェ･リンポチェは特に常にメールを発信する日本信衆に次の如く開示された。若しメールを発信する事が好きなら、閉関修行出来ない。そなた達は我慢できると、閉関修行に行ける。閉関修行の間に一百万回六字大明呪を唱え、法本の中には修行者はこの法を円満に修めた時に観音菩薩を見えると記載された。そうすれば観音菩薩と相呼応している。閉関修行が完了して、自分はもはや一百万回六字大明呪を唱えたと言うだけではなく、閉関修行の過程を上師に報告して、上師は認証した後、認められた。またリンポチェであれば、すべてこの法門を閉関修行したことがあるはずである。
修法の間に、リンチェンドルジェ･リンポチェは参列者のために、呪文を唱えた。皆に願いを掛けさせた。その後、財神は皆の始めて願いを掛けた時に、忘れた事があるかもしれないから、再び慈悲に皆のために、呪文を唱えて、願いを掛けさせた。
一般の者に対して、黒水財神は財を奪う鬼神を取り除き、元々所有する財を連れ、そなた達に食事、服を着る、住める部屋を持つ事が出来る。黒水財神は修行者に対して、とても重要である。此れは修行者は財が必要であり、閉関修行も資糧が必要である。しかし、財を得ると供養、布施しなければ行けない。此れも仏を学ぶ事について、先に修めなければならない事である。
此れから見ると、若しそなた達は因縁福報がないと、今日財神法会に参加できない。此れもそなた達は前世および此の世に嘗て好い事を行なったから。これからも引き続き好い事を行うを望んでいる。世界、国、社会の中に多くの者は金銭の援助が必要であるから。そなた達は富を得ると、この世界にまだ多くの者は助けが必要だ事を忘れない。まだ多くの者は苦しみを受けているから。布施の心がないと、今日の財神法はそなたに役に立たない。
法本には財神法を修めると、「心想事成」（心に想うことは成就する）出来る。助ける必要があれば、財神を祈ると財神はそなたを助けて、願いを叶える。しかし、自分の利益のために求められない。財神法を修める修行者は慈悲心がないと、貪欲で求める。自分はお金がない事を感じると、財神法を修めて、財を求める。法本には常に財神を祈って加持を求めるとあるが、毎日財神を求めると、多くの財もそなたを押さえた。
今朝黒水財神法が円満に終わった。午後リンチェンドルジェ･リンポチェはまた別の効果の財神を修めた。ある信衆は今朝しか参加していない。午後の法会を参加しないつもりだ。リンチェンドルジェ･リンポチェはこのやり方はある者は両手が一つの手をなくして、或いは両足が一つの足を無くすように欠陥があると開示された。
午後リンチェンドルジェ･リンポチェは白マハーカーラを修めた。今朝修めた黒水財神と効果が異なり。今朝修めた黒水財神はそなたの所有すべき財の障碍を取り除いた。法本にはこの法は午前中に修めるとある。午後修めたのは白マハーカーラである。直貢噶舉教派去年往生した大修行者ユンカ･リンポチェは自らリンチェンドルジェ･リンポチェに伝授された法である。この法本はマハーカーラ本尊は直接伝わった法である。そなた達は懺悔心、恭敬心及び布施心を持つと、白マハーカーラは始めてそなたを助ける。
多くの者は密宗が肉を食べられると思う。実はそうではない。830年前直貢噶舉教派宗祖ジッテン・サムゴンは菜食した。リンチェンドルジェ･リンポチェの根本上師チェツァン法王、ユンカ･リンポチェ、リンチェンドルジェ･リンポチェ自身も菜食している。今日修めた白マハーカーラ財神は護法部に属する。密教には四大部があるが、それは仏部、菩薩部、金剛部及び護法部である。護法は二種類があり、一つは世間護法であり、もう一種類は出世護法である。世間護法はまた仏法を護持する護法と仏法を護持せず護法を分けた。彼らは護法となる前に前世は人間で自分の宗教信仰があり、必ず仏経とは限らない。亡くなって体を失っても生前に信じた宗教及び人を守る。この護法は人の習性と行為がまだあり、分別心がある。つまり、好みを分ける。第二種類は出世護法であり、実は菩薩である。菩薩界の中に居る。今朝修めた黒水財神は出世護法である。このような護法は分別心が無いので、仏を学ぶ衆生を守る。
リンチェンドルジェ・リンポチェが護法が二種類があると仰ったとき、日本語通訳の担当信者が突然に通訳できなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェが次の如く開示された。彼女がリンチェンドルジェ・リンポチェのお勧めを聞かずに、ずっと肉を食べて精進料理を食べない、それで、肉の脂肪が全て脳血管に塞いで彼女に知恵を無くさせて、こんなに簡単さえも出来なくて、もともとが出来るのも出来なくなった。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏経を見て仏法を説くのではなく、禅定の中であり、彼女はこれから菜食しないとリンチェンドルジェ・リンポチェを手伝うとか、仏を学ぶとかしたくても居る事が出来なくなる。それから、通訳過程の中に、彼女がリンチェンドルジェ・リンポチェが開示しよう内容を推測しているのもリンチェンドルジェ・リンポチェに開示された。自らに推測しないでリンチェンドルジェ・リンポチェが開示の内容に従って通訳すれば結構であると。
白マハーカーラは四大教派とも供える護法で、ただ儀軌は違いである。白マハーカーラはかつてとてもすさまじい悪魔で，多勢の人を害した。観音菩薩は彼がもう人に損を与えることをしないように望んで、白マハーカーラは全宇宙の中に一番綺麗女を要求した。観音菩薩は神通力で1人マハーカーラが思った綺麗な女を出して、マハーカーラは承諾を従い、二度と人を害することをしない、それに、仏教を護持する。
マハーカーラは1人護法があり、大象財神と呼ばれている。大象財神は、以前、人類の王子で、非常にお金持ち、それに喜びに布施し、只、良しと悪しを見分ける知恵が無い。悪行、善行を問わず、助けを願いに来る人に、全てお金をやり、人を殺す武器の購入金さえも、だから、マハーカーラが彼を殺した。理由は二つであり、１つは彼が人の悪行を助け、仏経には述べてあり、人が悪をするのを助けるのも地獄に堕ちる。マハーカーラは彼を地獄に堕ちさせないので、彼を殺した。彼が期限より早めに死んだことは、彼が地獄に堕ちる果報と相殺した。もう１つは大象財神の前身は王子で沢山善行をして、慈悲心があり、それより、マハーカーラは彼に護法を引き取った。しかし、王子を殺したとき、彼の頭が無くなったので、マハーカーラは大象の頭を彼に付けた。大象はすごく力を持つとの表れてあり、マハーカーラが沢山衆生に布施するのを助けできるのである。
また、１人猿財神は大象財神の護法である。それを見るとマハーカーラは観音菩薩のをしか聞かない、マハーカーラは観音菩薩の護法であるから、大象財神はマハーカーラの護法で、マハーカーラのをしか聞かない、猿財神は大象財神の護法で、大象財神のをしか聞かない、それをより、観音菩薩を学ばなければならない。
実はこの財神法と不動明王と関係があり、現在日本道場には1尊不動明王像があり、それに、日本人がなれる形で、チベット密教の不動明王像はもっとすさまじいで、全ての日本人は不動明王の凄さが知っている。この不動明王はリンチェンドルジェ・リンポチェが道場の土地を買った一ヶ月前、雲南昆明で招いた。この不動明王はあの頃、倉庫にあり、あの商人がもともと売るつもりではなかったので、部屋の隅に置いた。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは中に入るとすぐ見付けた。ところが、この商人は福建にこの不動明王を招いた。福建は上海の下にあり、台湾に近いが、リンチェンドルジェ・リンポチェが行かない所であり、それで、この不動明王はこの商人に雲南まで招かせた。始めは、日据時代に台湾にいるある日本人は、福建にいる彫刻家にこの不動明王の像を彫刻することを頼んで、結局取りに来なくて骨董になった。実は、チェツァン法王が修める本尊は不動明王で、リンチェンドルジェ・リンポチェの本尊も不動明王である。だから、チェツァン法王のご指示により、不動明王は日本道場の護法であることになった。法像を招く過程により、仏法の不思議さを分かることが出来て、それは、人類の頭が想像出来る事ではない。日本道場がこの不動明王を招いて来た事は良い因縁で、それに、とてもよい縁起である。
リンチェンドルジェ・リンポチェは日本に道場を設立しにくるのは、多くの心血、時間と金銭を費やして、何か貪欲が無くて仏法を広めて、ただチベット仏教と密教に日本で発揚させたくて、助けが要る人々を助けるのをだけで望んでいる。リンチェンドルジェ・リンポチェから招いた不動明王の仏像は日本人が思っている不動明王の様子で、そのため明らかに、リンチェンドルジェ・リンポチェが日本と仏法の縁が極めて深くて、リンチェンドルジェ・リンポチェの前世が日本へ来たことがあるかもしれなくて、だから、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが外国人と考えてはいけない。
修法が円満してから、リンチェンドルジェ・リンポチェは次の如く開示された。去年(２００９年)12月に日本道場の法会の中で、リンチェンドルジェ・リンポチェはすでに2010年に火山の爆発と地震の発生がとても頻繁に起こる事を予言し、結果は今年の1月に何回目の火山の爆発が起こって、ハイチで大地震が発生して、その上、これからはまた続けて発生し、現在の交通事故であれ、火災であれ、発生したら、何人も死んでいった。リンチェンドルジェ・リンポチェが道場を築いた時には、未来の天気が激しい雨と雪を降る事、また、激しい変化が急に現れるのを予言した事があった。この世界はずっと回して、若しそなた達は何か良くない事をすれば、世界の運が良くない時に、渦巻きの中に巻き入れる事が出来る。
肉、海鮮を食べてはいけない、さもなくと、この法が霊験がない。現在の医学研究が既に実証して、肉食が大腸癌、胃癌、肝臓癌、高血脂、糖尿病、皮膚病と関係があり、そなた達はこれを聞いてまだ恐れないか。密教により、我々の累世は両親があるので、一切の有情が嘗て我々の両親で、肉食をすれば、自分の両親を食べるに等しい。
2010年は寅年で、極めて不安定な一年で、政治には腹を探り合って暗闘し、経済には荒れ狂う荒波、投機の投資をしない、若し嘗て商売にした事がない人なら、今年も商売をしたがらないてはいけない。今年には商売にさらにお金を稼がれて、今までも生きれているのは、過去の何年間に誠実で、誠意で努力して事をする人である。実には、2000年から2020年までは全てこれらの過去に誠実に商売をしなかった人々を淘汰していて、例えば、日本の一番大きな自動車会社が、あまり慎重ではないから、今日、このような結果があった。
先、修法の間に燃やしたのは約6、7万台湾円くらい（約20万日本円余り）の沈香木で、沈香とは水に沈んだ何百年の檀香杉で、価格が極めて高価である。今日したのは日本の伝統が言われる「護摩」と同じではない、日本の伝統には信者の名前を木に書いて、火で燃やして、加護があると思っている。実には、仏経と法本にはこのようなする事を仰った事がない、真にこのようにするなら、それなら早めに火葬して仕舞うほうがよい。仏経には「護摩」を述べた事があるが、どのようにする事を釈明しない。「火供」は密教なりのある特有の儀軌で、今日修めたのは「煙供」で、これは大象財神が此の香りが好きで、彼が喜ばしくなるなら、そなたに助けて来る。リンチェンドルジェ・リンポチェは今日の参列者を代表して供養し、そなた達に財神の助けを得させる。
リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者に「もっと沈香を燃やすかどうか」を問い合わせて、皆は喜んで「リンチェンドルジェ・リンポチェ、有難うございました」と回答した。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲でもっと多くの沈香を続けて燃やして供養していた。
そなたが祈れば、大象財神がそなたに助けなければいけない、然し、自分の私欲のために求めることが出来でない、が、下記の状況を除く。一部の子供のようで読書して授業料を払わせない、両親が診察して医薬費がない、多くの布施をしたがるがお金がない。しかし、財神法を修めて終わってから、そなた達もそれとも努力して働いて、財が入って始めて、天から黄金を落とす事がない、そなた達は商売をしてお金を稼がれれば、仕事の昇給があれば、そなた達がそなたの国と社会にある程度の貢献をする事を望んでいて、ただ逸楽にふけて、多くの人々が苦しみにいることを忘れてしまった。
今日、そなた達は二つの財神法に参加して、そなた達に対してある程度の助けが必ずあって、そなた達は続けて肉食すれば、今日の法がそなた達に対して、何か役に立たなかった。
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		<description><![CDATA[尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは来る2010年2月20日、日本京都寶吉祥仏法センターにおいて財神法会を主催する。午前には黒水財神を、午後には大象財神法を修める。
リンチェンドルジェ・リンポチェの修める黒水財神法は、チベット密教の祖師――蓮花生大師（パドマサンバヴァ）により伝えられた岩伝法である。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの法を修めることにより、困窮の苦しみから皆を救い、障碍を取り除き、手にするべき富を得させた後、人々、国家、社会の為に多くの善行をなす事を望んでいる。財神法を修めて相応し得る為に、法会の主催者は空性の慈悲心を十分に具えなければならず、観音法門も必ず成就しなければならない。
リンチェンドルジェ・リンポチェが修める大象財神法は、直貢(ディクン)派の大成就者――ユンカ・リンポチェが自らリンチェンドルジェ・リンポチェに伝えた法門である。ユンカ・リンポチェは、現代人がお金を稼ぐ事が容易ではないのを良く知っていたので、現在の商業社会に応用できるようにと特にこの法門を伝授したのである。法会参加者が発心して善行をなせば、この法は彼らに財をもたらすだろう。
リンチェンドルジェ･リンポチェはかつて次の如く開示された事がある。財神法を修めると富を得られるが、その富は皆に享受させるものではなく、仏法の修行に用いる為のものである。衆生が悪行をしたために、得られるべき富が障碍を受けて手に入らない。しかし、仏法の修行には資糧は欠かせないものであるので、財神法を修めて皆の業障を取り除くのを助け、皆に得るべき富を得させ、安心して仏法を学ばせる。
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		<description><![CDATA[2009年9月、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの珠玉の著作“快楽と痛苦”の中国語版が出版され、本書は、米国国会図書館、米国ハーバード大学燕京図書館、米国コロンビア大学東アジア図書館、米国コーネル大学図書館、米国ジョンズ・ホプスキンス大学図書館、米国マサチューセッツ工科大学図書館、米国カリフォルニア大学バークレー校東アジア図書館に寄贈されている。深い慈悲心と菩提心に溢れるリンチェンドルジェ・リンポチェの一語一動には衆生を利益しないものはない。リンチェンドルジェ・リンポチェは、本書が人々にとり、煩悩を取り除く手助けとなり、日常生活の中の幸せと苦しみの本質を理解して大きな幸せを勝ち取れるよう願っている。
リンチェンドルジェ・リンポチェは、「快楽と痛苦」を書き始める前に、根本上師である尊きチェツァン法王に教示を請い、並びに、序文の執筆をお願いした。チェツァン法王は、リンチェンドルジェ・リンポチェの為に序文を書くことは加持であると、願いを聞き入れられた。なぜなら、チェツァン法王は本書を見て、これが「文字般若」であることを理解し、諸仏菩薩は本書が衆生を利益できることを認められたことを表しているからである。よって、皆さんが本書を読まれる時は、簡単な字句であっても大きな収穫を得ることだろう。それは、仏菩薩と伝承の加持を受け取る所以である。
本書において、リンチェンドルジェ・リンポチェは理解し難い仏教学の名称、奥深い理論を語らずに、生活の中で仏法を着実に応用した多くの経験と豊富な実例に基づき、読者に真の幸せと苦しみを生き生きと理解させる。リンチェンドルジェ・リンポチェは細心の注意を払って本書の文章内容を構成しただけでなく、表紙もまた自らデザインされ、非常に深い修行の境地と内的意味について示された。一冊240頁の內容は簡潔であるが深い内的意味が含まれている。本書がこの世に出て以来、大きな反響を呼び、利益を受けたのは弟子ばかりでない。多くの仏教徒および非仏教徒達も、本書の中から大修行者の智慧の甘露を汲み取り、更に健康な正しい心持ちによって生活の中に存在する幸せと苦しみに立ち向かうことができる。最近まで、この本はすでに15，000冊以上販売した。
本書の紹介は次の通り。




◎ 作者：      リンチェンドルジェ・リンポチェ
◎ サイズ：    Ａ５版(14.8&#215;21cm)
◎ ページ数： 240
◎ 印刷：      モノクロ
◎ 製本：      並製本
◎ ISBN：     978-986-85606-0-4
◎ 出版日：   2009年9月
◎ 出版社：   寶吉祥有限公司
◎ 言語：      中国語



【作者の簡単な紹介】


作者の簡単な紹介
リンチェンドルジェ・リンポチェ
1985年37歳の時に広欽老和尚に謁見、その帰宅後、肉を見て吐き気を催し、その日から菜食となる。1986年、顕教の今能法師に皈依し顕教経典の精読を始め、真心からの懺悔や礼拝を行い、寺院や法会等の護持に尽力する。1988年、チベット仏教直貢噶舉（ディクン・カジュ）教派第37代チェツァン法王に皈依し、法王の根本弟子となる。1997年、台北において「寶吉祥仏法センター」を設立、定期的に「施身法」及び共修法会を主催し一切衆生を利益している。1999年、インド菩提寺で開催された昇座式典においてリンチェンドルジェ・リンポチェが直貢噶舉教派の唯一の在家漢人伝法上師であることがチェツァン法王より公認される。2007年、チェツァン法王に指名されたリンチェンドルジェ・リンポチェは、祖師・ミラレパ尊者が当年閉関修行した聖地─ネパール・ラーキ雪山にて3ヶ月の閉関修行を実施する。師弟二人が同じ時間、隣り合わせの二つの異なる部屋に分かれて閉関した事は、仏法事業において二人が切っても切れない密接な師弟関係にあることを示す。宗派の歴史では、リンチェンドルジェ・リンポチェは、法王に付いて閉関し、喜金剛（ヘーヴァジュラ；hevajra）本尊を円満に修めた初めてのリンポチェである。閉関を円満に終えた後、法王は、「寶金剛リンポチェ」という意味の殊勝なる法号「リンチェンドルジェ・リンポチェ」を恩賜した。
チベット史上初の漢人在家伝法上師・リンチェンドルジェ・リンポチェは、幼い頃、家庭では道教の儀軌を崇敬、修習していたが、18歳の時に父親が他界した時に、一切の道教の法は人生の生死という大事を解決できないことに気付き、真に生死を解脱し、苦を離れて楽を得る方法を捜し求め始める。そして終に、37歳の時、広欽老和尚に出会う。40歳でチェツァン法王に皈依した後、仏法修行に対する精進を続け、10回に渡る閉関を完全に成就し、全身全霊をかけて宗派を護持、実証実修の方法で果位を証得した。ここ10余年来、虚空中の済度を得られない衆生、不治の病で苦しんでいる人、人生の悩みの為に心を病んでいる人はもとより、リンチェンドルジェ・リンポチェによって救済された衆生は数え切れない程にのぼる。リンチェンドルジェ・リンポチェは絶えることなく、自身の修行過程と正法で、全ての弟子、信者を教え導いている。リンチェンドルジェ・リンポチェは今生一世で凡夫身をもって果位を修得した。ただ自分が決心を下すだけで、何れの者も絶対に成し遂げられる。更に重要なことは、現代社会において如何に仏法を日常生活に融け込ませるかを私達に教え、在家修行でも複雑な商業社会に自分の心を惑わせないよう導く事である。
【法王による推薦の序】


台北直貢噶舉教派の弟子・寶吉祥仏法センターの創始者・リンチェンドルジェ・リンポチェは、常に、直貢噶舉教派の伝承を敬虔な態度で護持し続けている。先頃、リンチェンドルジェ・リンポチェにより「快楽と痛苦」という本が出版された。本書は、仏法の精髄が描かれ、簡単な言葉で綴られているものの非常に要領を得、大衆的で分かり易い内容となっている。
また、本書では仏法的見解を通して、仏法の修業者が日常生活の中で遭遇する問題を解決しており、これらは必ずや読者を助け、利益することだろう。並びに、本書には「共通乗」と「不共通乗」での修行内容が含まれている。例えば、「共通」では、得難い有暇具足、生死の無常、業力の因果、輪迴の過失、及び大乗修行の慈悲と発菩提心の内容を含み、「不共」では、秘密金剛乗の上師に対する比類なき敬虔と敬愛、無二の大手印（マハームドラー）の読誦と観修、及び主に実修する法のほぼ全てが備わり、特に、自分の仏法修行における若干の体験も記されている。
本書の意義は、弟子達が現実生活の中で遭遇する問題を解決し、人々が現実生活の中で如何に修行や生活に向き合うかを仏法を用いて導くことにある。
本書の出版によって読者の仏教事業における一切の逆縁障碍が取り除かれ、順風満帆に解脱への道を歩んで行かれることを祈願する。
聖地・チャンチュプリン寺にて
聖者ディクンバの名声をもって加持　貢秋滇增貢桑赤勒倫珠（直貢法王）
チベット暦土牛年　西暦2009年7月25日
【法王の御紹介】


直貢噶舉教派第三十七代　チェツァン法王
チベット仏教直貢噶舉教派の現任・第三十七代チェツァン法王は、嘗ての歴代の直貢教派上師・第23、25、27、29、32、34代法王として化身し、チベット仏教の四大宗派（ニンマ、カジュ、サキャ、ゲルク）の公認された四大法王の一人である。チェツァン法王は1946年、チベット暦の火犬年に、チベット・ラサの貴族チャロン家に生まれる。その日は、釈尊の鹿野苑における初転法輪の吉日でもあった。
1949年3歳の時、当時直貢噶舉派の摂政王チャラデンツンドドン・リンポチェは、吉祥天女の神託に基づき、正式に法王の転生を認定した。これは、法王の七度目の転生であった。文化大革命等の時代の変遷を経て、法王は依然として慈悲、智慧、及び忍辱をもって無事に辛苦の時代を乗り越える。1987年、法王は正式に世界各国での説法を開始し、並びに、僧侶を教育し直貢噶舉教派の伝承する法脈が永続することを願って、インドのチャンチュプリン寺に直貢噶舉学院と教育センターを建設した。
法王は2003年、正式に四大宗派の中で唯一のデジタル所蔵仏教図書館「ソンツェン図書館」を設立し、現代科学技術によってチベット文化、歴代経典、及び釈尊時代の仏教の貴重な宝の保存をし、更に、世界にオンラインして、正信仏法を更に世に送り届ける。この様な伝承を通して、未来には、より多くの衆生に福をもたらす。
【作者の自己紹介】


リンチェンドルジェ・リンポチェ
私は、一般信者から今生一世で実修成就し、並びに私の根本上師である直貢噶舉教派・第三十七代チェツァン法王によって認定された漢人在家リンポチェである。
私は、物心付いた頃から仏法を学び始める迄に、非常に多くの世間の苦楽を経験致した。十数歳の時、父親が他界し、ホテルの厨房でアルバイトをしたこともある。また、事業では上り詰めた頂上から谷間に突き落とされ、1000万もの借金を抱え、御飯を食べるお金さえなかったこともあった。占い師は皆、「45歲までは生きられない」と言った。身体の脊椎がS型に曲がる痛み、顔の皮膚癌の病変等の経歴は、全て、私が在家修行者である故に、一般在家者の苦しみと幸せを深く体験できるものであった。
私自身の修行と生活体験から、世間の多くの方法と理論は皆、世間での種々の苦しみを真に解決できず、幸せを求め続ける欲望からも人を抜本的に離れさせることはできない事を理解した。
よって、私は、生活の中に着実に仏法を応用することを通し、多くの修行方法の中から、特にこの「快楽と痛苦」の法門を選び出した。なぜなら、これは人々が皆、一生の中で必ず経験するものだからである。私のこの浅はかな見解によって、苦しんでいる人がそこから脱け出し、幸せを求めて満足を知らない人、常に期待し、執着し、幸せの中に溺れている人が幸せの真の本質を正しく理解し体験することができるよう願っている。
【目次】





推薦の序


 


第四章


心からスタート




作者の自己紹介


 


ポジティブな思考と心を育てる




第一章


快楽と痛苦


 


心は肉体に影響を及ぼす




 


苦しみのある人生


 


分別心




 


苦しみはどこから来るのか？


 


隋朝・煬帝の功労




 


苦しみは無益？


 


心の悪魔




 


苦しみは有益？


 


心のコントロール





不公平


 


心による対象の変化




 


苦しみを受け入れる


 


八風は蘇東坡を吹き飛ばせず？




 


私の業障は重いのか？


 


平常心




 


500回の五体投地


 


心の問題を探し出す




 


相手は自分よりも大切。


 


幸せは心中にあり




 


インドにおける閉関体験と悟り


 


菩提心




 


「私」への執着


 


柔軟、堅固な心




 


自己中心的ではだめ


 


仏法を学ぶ心




 


衆生の為の代受苦


第五章


慈悲心のトレーニング




 


苦しみは考え出したもの


 


慈悲心を育てる




 


得る事は幸せ？


 


慈悲はトレーニングによって生まれる




 


幸せはよい物ではない


 


慈悲の学習は味覚からスタート




 [...]]]></description>
		<link>http://www.gloje.org/jp/2010/01/1314</link>
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		<title></title>
		<description><![CDATA[尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは来る2009年12月26日に日本京都寶吉祥仏法センターで殊勝な「プルパ金剛」法会を主催する。リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて次の如くに開示された。プルパ金剛は「誅法」に属し、極めて勇猛な本尊であり力が強く、且つ、速度も極めて速く、修法者が祈請すると瞬く間にやって来て衆生を救済する。プルパ金剛は一対の翼を持つためである。「誅」は殺すことである。一般人は修める事が出来ず、済度能力がなければ修め得ない。少なくとも十年経典と教えを学び、「四加行」を修め、空性の菩提心まで修めなければ此れを修めることが出来ない。「誅法」を修めるのは、通常、本尊が金剛部の行者であり、「誅法」を修める事は非常に難しいのである。リンチェンドルジェ・リンポチェによって修められる「プルパ金剛法」はチェツァン法王より自らリンチェンドルジェ・リンポチェに伝えられた「岩伝法」であり、清浄伝承であり、極めて殊勝得難いのである。
「プルパ金剛」法は、１.精神、情緒及び脳方面等の疾患を駆除する事が出来る。２.亡霊、妖怪、竜や神が引き起こすすべての無名病と癌を駆除する事が出来る。３. 年、月、日、時の動きと違えて起こる意外事故を避ける事が出来る。４.星宿の変化による水害、火災と地震などの天災を避ける事が出来る。５.他者が毒を盛ったり、詛咒をしたりして引き起こす傷害を防止できる。６.累世業障を消去することができる。2004年にリンチェンドルジェ・リンポチェはインドのヂャンチュウブリンの菩提寺で第六回目の閉関修行を円満に終了された。リンチェンドルジェ・リンポチェは今回の閉関修行を経て、この法を修めて成就し、本尊と相応された。成就すると本尊が来られ、晴れ渡っていた空に突然恐ろしい雷鳴が轟き、全ての関房が揺れ続け、揺れは地震よりもひどかった。
リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて何回か台北寶吉祥仏法センターで「プルパ金剛法」を修めた。修法して真言を唱える過程において、リンチェンドルジェ・リンポチェは極めて低く沈み雷鳴のような叫び声を発し、眉を逆立て、目を突き出し、口を歪めて、極めて獰猛な表情を表した。それは、プルパ金剛の忿怒相と全く同じで、声と表情は人が為せるものではなく、本尊と相応する殊勝な兆候を現した。修法の間、道場の1000近くの人は一人も席を離れる者がなくひっそりと静まりかえり、道場内の数十名の赤ん坊も全く泣かなかった。摂受力とは実に不思議なものである。これから見ると、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの法を修めた時に、加持力が極めて強く、衆生に助けられ、仏を学ぶ障害を取り除いて、無数の衆生に利益できる。
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		<link>http://www.gloje.org/jp/2009/12/1275</link>
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		<description><![CDATA[2009年11月15日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、北インドのパンジャブ省のジャランダー(Jalandhar)にあるリージェント パーク ホテル(Regent Park Hotel)において、殊勝な長寿仏法会を主催され、当地の320名のインド人信徒(その内の20名の信徒は当日法会が開かれることをホテルで知りこの殊勝な法会に自ら参加するのを希望)及び台湾からの144名の寶吉祥仏法センターの弟子と14名の信徒を含む合計482名が法会に参加した。これは、リンチェンドルジェ・リンポチェが当地のシーク教徒の願いに応えて、2007年以来三回目のシーク教の重要都市で行うチベット仏教の直貢噶舉教派の殊勝な法会であり、仏法で衆生を利益する。貴きチェツァン法王は、特別に三名のラマを派遣して、北インドのヂャンチュウブリン寺より高座、楽器、テーブル等物品を持って、壇城と高座の配置と装飾、及び法会儀軌の進行を協力しに来た。雲南のナムギャル・ガムポ（Khenpo Namgyal）もまた、わざわざ法会の手伝いに来られた。三名のラマが北インド・ヂャンチュウブリン寺から持って来られた鈴及びチベット式長いトランペッはチェツァン法王御自身が法会を行う時に使用される楽器である。今回の法会でリンチェンドルジェ・リンポチェが使用された小さな机もまた、チェツァン法王ご自身が使用された机である。以上から、リンチェンドルジェ・リンポチェがチェツァン法王の愛弟子であること、及び修行の果位と教派の地位が明らかにされた。
法会は午前9:30からスタートし、リンチェンドルジェ・リンポチェが高座に上がられた後、次のように説かれた。「法会に参加する場合には、まずは動機を理解しなければならない。最初に唱える四皈依、四無量心こそが私達の動機である。続いて唱えるのは七支の供養である。七支の供養には、懺悔、仏がこの世に住することの祈願等、七種類の供養が含まれる。また、供養の儀軌は、法会参加者が福報を累積するためのもので、これによって彼らは仏法を聴聞できるのである。」
供養は、三つに分けられる。即ち、一、仏菩薩への供養；二、天道の衆生及びその当地の宗教の神々への供養；三、餓鬼道の衆生への布施、である。仏菩薩を供養するのは、福報を累積するためであり、これによって、私達は仏法を学ぶ機会が持て、仏法の救済を得られる。天道の衆生及びその当地の宗教の神々を供養するのは、彼らが仏教の法会に妬み心を起こすのを避けるためであり、また、彼らに仏法の利益を得させるためでもある。餓鬼道の衆生への布施は、他の衆生が参加するのに自分達が参加できない事で彼らが嗔恨心を起こすのを避けるためである。このようにして、彼らによって法会の進行が妨げられるのを防ぎ、あなた方が障害なく法会に参加できるようにする。
続いて、マンダラを捧げる儀軌が行われる。入場時にくじ引きで当たった五名のインド信徒が代表して仏菩薩と主催者の上師にマンダを捧げた。マンダラを捧げる供養儀軌が終わった後、リンチェンドルジェ・リンポチェは、マンダラを捧げる儀軌の内的意義を開示された。まずは「須弥山」のマンダラ盤について、仏の教えによると、私達のこの銀河系には人が居住する四つの星がある。この盤上には五つの柱状の突起があり、その周囲にある四つの突起は、即ちこの四つの星を代表する。中間の突起は、経典内に説かれる須弥山である。須弥山は全ての天道衆生が居住する処である。須弥山は多くの階層に分かれ、天道衆生はその福徳の違いによって異なる階層に住んでいる。この盤上に結んだ五色のリボンもまた、多くの異なる物質を示すという内的意味を持つが、今日は解釈を省く。
また、マンダラを捧げる儀軌では、一仏像をもって仏と見做し、一冊の経典をもって仏の教法と見做し、一舍利塔─つまり修行人の居住する所をもって僧と見做す。この三つの仏法僧三宝をもって仏を供養する。よって、このマンダラを捧げる儀軌はこの銀河系の中の最も貴重な物にて仏菩薩を供養するという意味がある。
また、マンダラを捧げる儀軌の時にリンチェンドルジェ・リンポチェの被られている法帽は、自分で勝手に作って被られるものではない。リンチェンドルジェ・リンポチェの上師であるチェツァン法王が果位を認め、且つ、法王が帽子の色、形状を決められ、特別にラマにネパールで作製させて、リンチェンドルジェ・リンポチェに賜ったものである。リンチェンドルジェ・リンポチェが法帽を被るという事はリンチェンドルジェ・リンポチェが仏と完全に同じここで修法されることを意味する。
そして伝法を祈請するのを唱えた。釈迦牟尼仏が悟りを開かれた後、一語も発しなかった。なぜなら誰も請い願わず、説法する因縁がなかったからである。初めて仏陀に説法するよう言葉に出して勧請したのが天界の帝釈天であった。であるから、必ず自ら口に出して願わなくてはならない。こうして初めて上師からの仏法伝授を獲得する因縁ができるのである。
今日修める法は長寿仏である。仏には、法身仏、報身仏、化身仏という三身がある。長寿仏は阿弥陀仏の報身仏である。阿弥陀仏の称号は無量光、無量寿である。私達の寿命の長短は過去世で為した事により決定される。もし今世で悪を為したなら寿命はやはり短くなる。逆に、今世で善を為すなら寿命も延びる。
全ての占いで、リンチェンドルジェ・リンポチェが45年の寿命しかないと言われていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは36歲から仏を学び始め、47歲の時に皮膚癌を患った。これは、リンチェンドルジェ・リンポチェが仏を学ぶ前に、肉や生きている海鮮を好んで食したことによる果報であった。当時、リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子である医者が手術と化学治療を受けるようアドバイスしたが、リンチェンドルジェ・リンポチェは全く聞かず、仏法の修行によって、癌を自ら完全に癒してしまい、それから、62歲になる今まで生きておられる。
いかなる衆生であろうと、人や動物の身体は皆、六大要素により構成される。この六大要素の内の二つが仏法と関わりがある。今日は語らないが、他の四大要素は地、風、水、火の四つである。地とは、皮、肉、骨、内臓である。風とは、私達の呼吸と身体を循環する気である。水とは、体内のあらゆる液体であり、血、水分、ホルモンを含む。火とは、私達の身体上のエネルギーである。老人の中には食欲がなく御飯を食べない者がいるが、これは火が不足しているからである。充分なエネルギーがないので食物を消化できない。人は年を取ったら皮膚に皺ができるが、これは水が不足しているからである。赤ん坊は生まれた時、手足にはたくさん弾力があるが、年を取ると足は乾いて平たくなり弾力がなくなる。これは四大要素が損失したからである。人は四大要素が不均衡になり、協調できなくなると病気になる。四大要素を消耗し終わると、人は死に至る。いかなる医者であっても、宗教であっても、どんな栄養を摂取しようとも、私達の四大要素の損失を補うことはできない。
長寿仏を修めると、多くの疾病、悪魔、戦争、天災、事故、旱魃、有毒な蛇や昆虫からの危害、非時死を免れることができる。また、重要な事は、体内の四大元素を補足し維持することができ、皆を健康にしてくれる。リンチェンドルジェ・リンポチェは本日、長寿仏を修法し、皆の身体が少しでも丈夫になることを願う。健康であってこそ、もっと多くの善を行え、将来仏法を学ぶ機会が持てる。しかも、長寿仏は阿弥陀仏の報身仏であるため、本日この長寿仏の法会に参加した者は、以後、阿弥陀仏浄土に至る機会が多くなる。
法身仏は、形体、言語を持たない。報身仏は、衆生の願に応じて顕現する。化身仏は、一物品、一言葉、一事柄、或いは一個人として考えてもよく、衆生を利益できるものでありさえば、仏の化身と言える。リンチェンドルジェ・リンポチェの上師である直貢噶舉教派第三十七代法王チェツァンリンポチェは、嘗て、「いかなる事も動作も衆生を助けることができるのなら全て仏法である」と説かれたことがある。長寿仏の法もまた、チェツァン法王が御自らリンチェンドルジェ・リンポチェに伝授した法である。
リンチェンドルジェ・リンポチェは昨日、ネパールからインドに到着した。ネパールへ行ったのも法会のためである。昨日早朝七時にネパールから飛行機に乗り、ニューデリーに着いたのは既に十一時を回っていた。その後すぐに車でジャランダールへ迎い、夜遅くにやっと到着された。本日ここにおられる男性出家者達は、中国・雲南、北インド、ラダックから来られた人達である。また、リンチェンドルジェ・リンポチェは台湾から弟子達を連れてきて法会を手伝わせている。リンチェンドルジェ・リンポチェは今回の法会のために、わざわざ遠いところから来られたが、何の見返りも全く求めない。ただ、この地方とここの人々を助けることだけを願っている。仏法は衆生の外見、言語、文化、種族を分け隔てないものである。なぜなら、人は皆、四大要素の組み合わせであり、本質は同じだからだ。仏法は、助けを必要とする衆生を分け隔てない。どこかに仏法の救済を必要とする者がいるなら、リンチェンドルジェ・リンポチェはどこへでも行くが、何の見返りも求めない。
続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは殊勝な長寿仏を修し始めた。修法の間、リンチェンドルジェ・リンポチェは、儀軌の中に含まれる供養について、長寿仏の様子、功徳、及び願力について説かれた。また、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆を伴い長寿仏の真言を唱えさせ、その後、左手に長寿仏の御身体を表す宝瓶を持ち、右手に宇宙五行を表す五色の旗を持ち、自分こそが皆を救済する長寿仏であると観想する。リンチェンドルジェ・リンポチェは更に、参加者に身体をまっすぐにして座り、リンチェンドルジェ・リンポチェが五色の旗を振り、皆の四大要素を補足する仏菩薩とリンポチェ御自身のエネルギーを受け入れるよう説かれた。並びに、リンチェンドルジェ・リンポチェは、参加している信徒や弟子に一人一人壇城に上らせ、リンチェンドルジェ・リンポチェが宝瓶を頭に触れて加持を授け、甘露丸と甘露水を与えられた。壇城に上りリンチェンドルジェ・リンポチェが宝瓶を頭に触れる加持を受けたシーク教の女性達の多くは、スカーフやハンカチを頭上においてリンチェンドルジェ・リンポチェの加持を受けた。これは、シーク教にとり最高の敬意を示すものである。リンチェンドルジェ・リンポチェは少しも分け隔てなく、少しも余すところなく、御自身のエネルギーの損失を全く気に掛けずに全ての衆生を助け、皆は非常な感動と感謝に包まれた。
法会の最後の儀軌は護法神を修めることであった。これについて、リンチェンドルジェ・リンポチェは次のように説かれた。「なぜ護法神を修める必要があるのか？それは、護法神の助けがあってこそ、法会が順調に円満に終了するからであり、それ故に護法神に感謝しなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェの修めるのは、直貢噶舉教派のアキ・ドロルマ護法神であり、教派によってそれぞれの護法神がある。アキ護法神は、直貢噶舉教派の祖師　ジッテン・サムゴンの祖母である。アキ護法神は全ての衆生に良く、あなたが弟子でなくても、今日直貢噶舉教派の法会に参加しアキ護法神に対して充分な信心と恭敬心を持つなら、アキ護法神はあなたを守ってくれるだろう。」
回向を終えた後、リンチェンドルジェ・リンポチェは、次のように説かれた。「法会が始まったばかりの時、私は、何も見返りを求めないと言ったが、今、やはり、ある見返りを求める。皆に菜食を願いたい。世間中の戦争、災難、事故は全て殺生と関係がある。もし皆が菜食できるのなら、災難も大幅に減少する。また、菜食は老化を緩慢化する。皮膚に弾性を持たせられるので皺を少なくする。医学でも、菜食が健康によいことが証明されている。リンポチェは今年で62歲になるが、実際の年齢ほど老けていない。菜食をしているからだ。もし女性が老化をゆっくりさせ、美しく、もっと魅力的になりたいのなら、菜食すべきだ。男性も同じである。
最後に、リンチェンドルジェ・リンポチェはJ.P. Singh氏に感謝を述べた。彼の組織と貢献によって今日の法会が終了できたからである。リンチェンドルジェ・リンポチェは一切衆生を代表して皆の参加に感謝を表した。皆の参加があってこそ本日のこの法会が行え、衆生が仏法の救済を受けられたからである。また、リンチェンドルジェ・リンポチェは参加者の平安と健康を祈られ、来年また皆と再会できることを願った。
リンチェンドルジェ・リンポチェは法会が円満に終了した後、参加した弟子と信徒は、歓喜と感謝の気持ちをもって、高座から下りられるリンチェンドルジェ・リンポチェを恭しく見送った。
当日の午後、リンチェンドルジェ・リンポチェは車でデリーに向った。晩、リンチェンドルジェ・リンポチェは、宿泊ホテルのレストランで食事をとっていた時、法衣を着用しておられず、普段着を着たリンチェンドルジェ・リンポチェの容貌は普通の人と同じであった。しかし、トルコから来た親子は、いとも自然に、自らリンチェンドルジェ・リンポチェの御前で自分の娘との記念写真を願い出た。リンチェンドルジェ・リンポチェは喜んで受け入れた。更に、幼い小さな女の子はリンチェンドルジェ・リンポチェの御名を尋ねられたので、リンチェンドルジェ・リンポチェは親しみを込めて告げられた。母親はリンチェンドルジェ・リンポチェの名前を見た時、自ら進んで自分達親子に加持を授けてくれるようリンチェンドルジェ・リンポチェに願った。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深く加持を与えて彼女の願いを満たされた。リンチェンドルジェ・リンポチェが加持を与えている時、親子は跪いて恭しくリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な加持を受け取った。その過程において、リンチェンドルジェ・リンポチェは身分を明かしていなかったが、自然に発せられる厳かな雰囲気が、この異国の親子を摂受し、積極的にリンポチェに親近させ、加持を求めさせたのである。リンチェンドルジェ・リンポチェが常に弟子に説かれる言葉がある。「もし仏陀の教えに従って行為を改め、自分を薫陶するなら、自然に外見上に変化が起きる。他人が見ると、自然に歓喜心を呼び起こすだろう。」リンチェンドルジェ・リンポチェは随時随所、仏陀の言葉は全て真実で嘘はなく、仏法の力は種族、文化、言語の壁を越えることを示現する。
翌日の晩、貴きリンチェンドルジェ・リンポチェは宿泊ホテルにおいて随行の弟子達と夕食を共にした。大成就者と一緒に食事するのは非常に大きな福報である。寶吉祥仏法センターの弟子達は、自分達に再び福報を累積する機会を与えて下さった上師リンチェンドルジェ・リンポチェの御恩に感謝した。ナムギャル・ガムポと三名の北インド・ヂャンチュウブリン寺から来られたラマも夕食の招待に応じられた。
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		<description><![CDATA[2009年11月９日から10日まで、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは３６６名の寶吉祥仏法センターの弟子達を率いて、ネパールのカトマンズで、尊きチェツァン法王が自ら主催される直貢噶舉教派リンチェンリン寺（Rinchen Ling Monastery）の開光式典や、及び尊きチェツァン法王は自ら主法された葉衣仏母の灌頂法会に参加された。
2009年11月8日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、台湾から飛行機で午前中ネパールのカトマンズへ到着し、リンチェンリン寺の開光大典及び冬季法会に参加された。空港では直貢噶舉教派のラブサン・リンポチェ（Rasbsang Rinpoche）、ナムギャル・ガムポ（Khenpo Namgyal）、ラマ達、ネパールの当地の信衆、および早めに到着したネパールの366人の弟子達が並んで熱烈なる歓迎を受けた。長い飛行を終えたばかりのリンチェンドルジェ・リンポチェは、休む暇も無く、リンチェンリン寺へ参拝と根本上師の尊きチェツァン法王への供養に駆けつけられた。リンチェンドルジェ・リンポチェが上師に対する真心のこもった思念と恭敬を知ることができる。
その夜、リンチェンドルジェ・リンポチェはカトマンズの宿泊ホテルのレストランで、弟子達と晩餐を共になさった。レストランで食事していたニンマ派のウクライナ人の二人の客が、リンチェンドルジェ・リンポチェにはお会いした事は無いが、聞いたことはあると言って、寶吉祥の弟子達と共に謹んで恭しくリンチェンドルジェ・リンポチェがレストランへ来られるまで長く待った。彼らはリンチェンドルジェ・リンポチェのお食事に邪魔にならないようにして、場を去る前にリンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかれる機会が欲しいと願い、それに、強く拝謁したい心及び恭敬心をよく備えた。三日後に因縁は整い、このウクライナ人の客と友人は願いが叶って、リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見でき、リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な加持と開示を受けた。わずか十分間の短い時ではあったけれど、彼らは非常に歓びに満ちて、リンチェンドルジェ・リンポチェに、かくも尊く殊勝な得がたい機会を与えていただき、加持していただき、また以前知らなかった多くのことを開示していただいたことに感謝を表し、且つリンチェンドルジェ・リンポチェの開示で心の目が大きく開かれたと賛嘆した。他にもレストランで食事をしていたイタリア籍の一人の女性が、自分から合掌して寶吉祥の弟子達と一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェがお食事の後レストランから去られるのを、立って恭しくお送りした。この外国人は今までリンチェンドルジェ・リンポチェにお会いしたことはなかったが、ごく自然にリンチェンドルジェ・リンポチェに恭敬を表したわけで、リンチェンドルジェ・リンポチェの大攝授力の不思議さが分かるのである。
2009年11月９日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは３６６名の寶吉祥仏法センターの弟子達を率いて、ネパールのカトマンズで、尊きチェツァン法王が自ら主催される直貢噶舉教派リンチェンリン寺（Rinchen Ling Monastery）の開光式典に参加なさった。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢噶舉教派の護持と法脈を広めることに対して力を惜しまず、およそ教派の大型法会と重要な活動には、いつも千里の遠くから数百名のお弟子達を伴って参加し、教派の団結と発揚に非常に貢献しておられる。午前七時過ぎ、寶吉祥仏法センターの弟子達は、リンチェンリン寺の開光典礼の場に到着し、隊列を組んで尊き直貢噶舉教派のチェツァン法王の車と、チェツァン法王の愛弟子リンチェンドルジェ・リンポチェがすぐその後の車でお出でになるのを待った。荘厳盛大な經幢楽器及びラマ達の隊列に先導されて、尊きチェツァン法王が到着され、すぐ引き続いてリンチェンドルジェ・リンポチェが到着し、チェツァン法王のすぐ後ろを式場へ入られたが、これらの事からもリンチェンドルジェ・リンポチェがチェツァン法王の愛弟子であり修行成果と教派での地位を表している。チェツァン法王は仏寺のため、テープカットし、祈福を行い、リンチェンドルジェ・リンポチェも招きに応じて仏寺へ入り大殿内で寺内の仏像にハターを捧げられた。
その後、リンチェンリン寺の管理発展委員会主席のニンマドルジェ・ケンボス（Khenpo Nyima Dorji）は来賓に挨拶し、リンチェンリン寺がドラブ・ワン・リンポチェ（Drubwang Norbu Rinpoche）が発心して建立を始めた因縁、及び大衆の支持を得て、上師諸位の努力により完成した経緯を簡単に紹介した。
チェツァン法王は次のような挨拶と開示をされた。：　今日は釈迦牟尼仏の降誕記念日である天降日であり、またチベットのチョンツァン法王の誕生日でもあり、この日に直貢噶舉教派のリンチェンリン寺が落成し開光大典を挙行することは尚一層殊勝な意義がある。今日の開光典礼以外に、続い直貢噶舉教派の伝承される法要の伝授、及び仏学内容の伝授がある。チェツァン法王は皆が遥々千里の遠くから開光典礼と法会に参加しに来たことに対して歓迎の意を表され、皆の吉祥如意を祝福くださった。この仏寺が形成される前に、ヌパリンポチェ（Nubpa Rinpoche）がドラブ・ワン・リンポチェ（Drubwang Norbu Rinpoche）に手紙を出して、ネパールに台湾から来ている呉慧玲女史がいて、ネパールには直貢噶舉教派のお寺が一つしかなく、もう一つ直貢噶舉教派のお寺を建立できないか？と言う話が出た。チェツァン法王は、それは出来るとお考えになり、そこでドラブ・ワン・リンポチェ（Drubwang Norbu Rinpoche）の願力と、その他の上師達が団結で努力で、リンチェンリン寺が終に今日落成することになった。チェツァン法王はこのことに歓喜し、その功徳を隨喜された。
チェツァン法王がここに来られたばかりの時頃、このように色彩豊かな建築構造物はまだ出来ていなかったが、今、このようにチベット的風格の濃厚な建築が完成され、しかも壁画、寺の構造などの多くの部分がすべてチベットの伝統的な風味となっている。画や建築構造はすべてニンマドルジェ・ケンボス（Khenpo Nyima Dorji）及び寺の僧侶達が心一つに団結して、苦労して完成させたものであり、チェツァン法王はみんなの貢献に感謝なさった。
チェツァン法王は次のように開示をなさった：チベットとネパールの間には昔から密接な関係が有り、壁画、仏像の風格は相似しており、例えばサムイェー（Samye）寺はネパールの風格をしているといった具合である。当時マルーパ大師がインドへ仏法を求めに行かれたときにも、ネパールのPadi地方を通り、そこである上師にお逢いになり、一緒にインドへ仏法を学びに行かれた。そこでネパールとチベットの関係はとても深遠なものがある。ネパール境内にも多くのチベット人の上師が修行する聖地がある。現在このリンチェンリン寺は、チベットの伝統を具備するだけでなく、ネパールの風格と功労が加わっているのである。
チェツァン法王は、現在の寺院の建設を見ると、すでに大体が完成しているが、これは比較的に簡単な部分であることを強調された。一番難しいのは、仏法への精進と高め広めることである。法王は四つの仕事に分けられた。：一、仏学の講修；　二、閉関修行、例えばラーキ地方；　三、社会救助と公益、各医療ステーションでのサービスなど；四、地方にある特別な貧しい人々への救助、ちょうど仏法六波羅蜜の第一項の布施のように、このような精神でこの事をやってゆくことだ。これらの仕事はとても難しいので、みなさんも寺院が建立できたので怠けるというのではなく、今までと同じ精神で精進勤勉に、前述の四点を出来るだけ早く、怠けることなく完成しなければならない。最後に法王はあらゆる大徳の方々がこの世に長く住まわれるよう、そして仏法の講修と弟子を攝受する方面の一切がスムーズに行くようにと祈願された。願わくは世情の衆生が様々な障碍を消え去り、世界の平和と快楽を享受できまるよう。
典礼の過程の中で、リンチェンドルジェ・リンポチェは観礼席の一列目の中央にお座りになり、台上のチェツァン法王と向き合う位置で、しかも単独に一人だけのソファに座って、全過程を観礼なさった。このこともまた、リンチェンドルジェ・リンポチェが、チェツァン法王の愛弟子であり修行の果位と教派での地位を表している。典礼が円満終了し、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏寺内の休息室へ招かれ、昼食を召し上がった。その午後、リンチェンドルジェ・リンポチェが乗車なさる前に、多くのチベット人、信者が取り巻いてリンチェンドルジェ・リンポチェの加持を求められ、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くこれらのチベット族の人々を一人一人加持なさったのである。
開光典礼に参加なさったほか、リンチェンドルジェリンポチェは、上師チェツァン法王の要求により寶吉祥漢方医診療所を経営する郭院長を、台北からネパールのリンチェンリン寺に招いて、出家した人々を無料診察し、二日間で43人の尼さんと二人のラマ僧を含む合計４５人が診察治療を受けた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、この度の無料診察による薬と費用を自分ですべて支払われたが、それも最良で最高級の薬材を使用なさった。リンチェンドルジェ・リンポチェはその夜、無料診察を引き受けた寶吉祥漢方医診療所に診察状況をお尋ねになり、出家した人々の健康に関心を寄せ、今後長期的に必要な薬材の供給についても細かい準備手配をなさった。リンチェンドルジェ・リンポチェの衆生に対する関心と心配りは、行き渡らないところは無く、しかもずっと黙々と行われており、全く見返りを求めないのである。
その夜、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはお泊りのホテルで随行したお弟子達と晩餐会を行った。大成就者と共に食物をいただくことは、非常に大きな福報であり、寶吉祥仏法センターの弟子達はリンチェンドルジェ・リンポチェに上師が弟子達に福報を累積する機縁を与えられたことを感謝した。ネツォンソパ（Nyizong Sopa ）・リンポチェ、ナムギャル・ガムポ（Khenpo Namgyal）も晩餐会に参加なさった。
2009年11月10日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは３６６名の寶吉祥仏法センターの弟子達を率いて、ネパールのカトマンズにあるリンチェンリン寺で、直貢噶舉教派の冬季法会に参加された。それは尊きチェツァン法王は自ら主法された葉衣仏母の灌頂法会である。寶吉祥の弟子達は幸にも全員で寺の大殿内に座って法会に参加することができたが、これもすべてリンチェンドルジェ・リンポチェの大福報の庇護のお蔭である。上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感恩する。
法会の開始前に、リンチェンドルジェ・リンポチェは、チェツァン法王の休息室の階下に立ってチェツァン法王を待っておられ、チェツァン法王と摂政王のすぐ後を階段からお寺の法会会場まで歩かれ、主法のチェツァン法王が大殿にお入りになるとき、リンチェンドルジェ・リンポチェも、チェツァン法王及び摂政王の後についてお入りになったが、このことからもリンチェンドルジェ・リンポチェは、チェツァン法王の愛弟子で、教派の法脈の伝承者であり、修行の果位と教派での地位とを表しているのである。チェツァン法王の伝法が始まる前に、尊きリンチェンドルジェリンポチェは最も敬虔なる五体投地の大礼拝で、衆生を代表してチェツァン法王に敬虔なる敬礼を行い、並びに衆生を代表して尊きチェツァン法王にマンダを捧げて供養して、傳法を祈願なさった。以上からも、リンチェンドルジェ・リンポチェはチェツァン法王の愛弟子、修行の証量と教派での地位が明らかである。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て弟子への開示で、マンダを捧げるのは宇宙で最も尊い宝物で仏菩薩と上師を供養することを代表し、衆生のために福報を累積することであり、上師から殊勝なる仏法の伝授を祈願するのであるとおっしゃっている。
法会中、リンチェンドルジェ・リンポチェの座席は壇上の一列目で、チェツァン法王の法座に非常に近く、このことからも、リンチェンドルジェ・リンポチェの修行の果位と教派の中での重要性が分かる。法会の全過程を、リンチェンドルジェ・リンポチェは席に端座なさり山の如く不動で、荘厳な法相、完全な清浄心、恭敬心で、入定されて法会に参加なさり、チェツァン法王の殊勝なる伝承教法を受けられたのである。
法会中、チェツァン法王の開示：葉衣仏母法門は障害を取り除く、例えば疾病などに特殊な効き目があり、特別なのはこれから続く一連の噶舉教派密呪蔵の灌頂で、あなた方はひょとおしたら病気になるかもしれない等、大法を受ける前に、この法門で障害を取り除くのが一番良い。伝法の始まる前に、最も大切なのは、あなたの動機、つまり発心である。みんなは大乗であり、菩提心を発して、つまり、自分だけの利益のためではなく、衆生に仏果を成就させるために、このような発心をして法会に参加することである。
灌頂の梵語はAbisheka，Abiで、その意味は汚染の消去、障害の除去である；Shekaの意味は智恵の甘露を注ぎ込むことである。灌頂は身、語、意及び第四灌で、身灌頂は頂輪の灌頂で、身灌頂を得ると化身仏を成就する種子を植えることになる。語灌頂は喉輪の灌頂で、語灌頂で報身仏を成就する種子を植えることができる。意灌頂は心輪の灌頂で、意灌頂で法身仏を成就する種子を植えることができる。身語意の跡の第四灌頂も心輪灌頂である。「灌頂」の梵語は灌頂の意義を表しており、チベット語では＂Wang”、中国語では「灌頂」で、その形式を表現しており、チベット語の意味ととても近くて、この言葉は、古代に一人の王子が国王の地位に就くときに、瓶で水を彼の頭上に注いだところからきているが、その意味は王子に国王の権力を授権することであった。灌頂は仏法でも権力を授けるという意味があり、身灌頂は本尊を観修する権力の授与、語灌頂は呪語を修誦する権力の授与、意灌頂は禅定と大手印を修める権力の授与である。
葉衣仏母の本名はShawar gyalpaで、ルシャナ仏の化身である。山居葉衣仏母は当時は山中の樹林で修行しており、弥勒菩薩の心呪を持誦し、長い間林の中に居たために、木の葉を衣としていたので、葉衣仏母と呼ばれた。葉衣仏母は密教での事部の中の蓮花部に属するので、この法門を修めるのは多くの無常の瑜伽部の法とは少し異なり、特に肉に関する物は必ず取り除かなければならない。例えば仏法を修める人は肉を食べてはならないし、動物の皮を張った鼓も使用してはならないし、一般に使用される孔雀の羽を装飾した寶瓶もだめなのである。
次に、チェツァン法王は大衆を引率して祈請文を念誦し、本尊のご加持、一切の障害、敵意、病気の痛みを取り去ることを祈求された。葉衣仏母総集三世諸仏一切の功徳は、葉衣仏母が自分の前にいることを観想することができ、周囲には無量無辺の仏菩薩が取り巻いておられる。それから七支供養に進み、菩提心を発し、並びに「観空呪」を念誦し、一切は空性と化すことを観想する。空性とは一切が無いというのではなく、全くの空ではなくて、本来の清浄無染の本性に帰ることである。
続いてチェツァン法王は葉衣仏母の本尊の観想方法及び法相を開示され、その後本尊の降臨を祈請され、身灌頂を始められた。現場の人数は多くて、時間には限りがあり、逐一寶瓶で参加者全員にご加持灌頂をする時間は無かった。チェツァン法王の開示では、寶瓶を頭上に於いて行うのが灌頂だとは限らなく、それはただ形式にすぎない。大切なのは祈請、観想、加持の過程を通じることで、これで灌頂が得られるのである。法王はみんなを先導して経文の念誦などの儀軌を行った後に、身の随授灌頂を完成なさり、みんなの身の習気及び障碍を消除し、化身仏を成就する種子をお植えになられた。語の随授灌頂を完成なさり、みんなの語の習気及び障碍を消除き、報身仏を成就する種子をお植えになられた。意の随授灌頂を完成なさり、みんなが明空実相を観修する助けを得られるようになり、法身仏を成就する種子をお植えになられた。
灌頂法会が円満終了した後、ただリンチェンドルジェ・リンポチェお一人がチェツァン法王に随って会場を離れ、同時にリンチェンドルジェ・リンポチェは、チェツァン法王のご指示に応じられ、チェツァン法王が法王の休息室へ入られるのに随われた。この事からも、リンチェンドルジェ・リンポチェは、チェツァン法王の愛弟子及び修行の果位と教派の地位を更に明らかに分かる。その後、教派の多くのリンポチェは、例えば、ヌーパ・リンポチェ（Nupa Rinpoche）、ラブサン・リンポチェ（Rasbsang Rinpoche）、ネツォンソパ・リンポチェ（Nyizong Sopa Rinpoche）、 ラマ、信者など、リンチェンドルジェ・リンポチェの専属休息室内に会見に行った。尊きヌーパ・リンポチェ（Nupa Rinpoche）はハダーを捧げてリンチェンドルジェ・リンポチェにラーキ雪山地区から持たれてきたチベットの線香を贈った。ヌーパ・リンポチェ（Nupa Rinpoche）はリンチェンリン寺の導師の一人で、今までに何回もラーキ雪山で閉関修行され、直貢噶舉教派での地位は非常に高い。もう一人、ラブサン・リンポチェ（Rasbsang Rinpoche）もリンチェンドルジェ・リンポチェにハダーを捧げ、特殊なる祖師ジッテン・サムゴンの尊像を贈られた。リンチェンドルジェ・リンポチェが寺院の会場から去るとき、大成就者ドラブ・ワン・リンポチェの生前の従者だったラマが、お供することを強く希望して、リンチェンドルジェ・リンポチェが階段を下りて車に乗り込むまで付き添った。車に乗られてからも、出家した人達やチベット人や信者たちが加持を求めてきて、リンチェンドルジェ・リンポチェはそれに一々応えられた。ドラブ・ワン・リンポチェが御生前に、リンチェンドルジェ・リンポチェは大いなるラマで非常に得難い大根器の修行者であると賛嘆されたが、リンチェンドルジェ・リンポチェはいつもとても楽しそうに加持なさるのを長らく見てきた。以上のことからもリンチェンドルジェ・リンポチェの非凡なる修行の成就と、教派での地位が明らかで、多くのリンポチェやラマたちはリンチェンドルジェ・リンポチェを並外れて尊敬している。
その夜、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは再びホテルで随行のお弟子達全員と共に晩餐会を過された。大成就者と共に食物を食べる事は、非常に大きな福報であり。寶吉祥仏法センターの弟子達は、またもや福報を累積することができる機縁を与えていただいたことをリンチェンドルジェ・リンポチェ上師に感謝した。席上旅行会社の多くのツーリスト、ネパール当地のガイドやホテル管理職及びスタッフ達がやってきて、リンチェンドルジェ・リンポチェに加持を求め、リンチェンドルジェ・リンポチェは一々加持なさり、開示を与えられた。
その中に一人ネパール当地のツーリストが、リンチェンドルジェ・リンポチェから加持と開示を頂き、リンチェンドルジェ・リンポチェを賛嘆し感謝して、この度旅行チームの仕事をした収入とチップを寺院の護持のために寄付した。ナムギャル・ガムポ（Khenpo Namgyal）も晩餐会に出席していた。リンチェンドルジェ・リンポチェがその場を去ろうとすると、ホテルの外国人客が次々やって来て一緒に写真を撮り、またご加持をお願いした。リンチェンドルジェ・リンポチェは、仏法には分け隔てが無く、衆生が必要とするなら、助けると開示されたことがある。仏法の慈悲は、リンチェンドルジェ・リンポチェの上に常に見ることが出来るのである。
2009年11月13日、リンチェンドルジェ・リンポチェは、ネパール飛行場で飛行機に搭乗する前に亡くなった一人の弟子のためにポワ法を修められた。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの弟子の願いを満たして、ネパールの法会に参加し大仏塔を廻り終わって往生した。この弟子は八十歳の高齢の女性だったが、インドへ向かう飛行機に乗ろうとして、待合室の搭乗門の前で突然座り込んで往生された。すぐさま遠くに居たリンチェンドルジェ・リンポチェはこの弟子のためにポワ法をを修められた。修法が円満成就すると、往生した老婦人に同行した娘、寶吉祥仏法センターの弟子達、ひいては旅行団のツーリストは皆、遺体に殊勝なるポワ法の円満成就の瑞相を目にした。遺体は柔らかくかすかに温もりが有り、顔も灰色から変じて赤みがさして潤い、表情は安らかで、頭頂の梵穴は温かく、かすかに凹んでいた。みんな慌てず悲しまず、老婦人が浄土へ往生したことに歓喜を感じ、並びにリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲と不可思議なパワーに感服してやまなかったのである。
リンチェンドルジェ・リンポチェは大変慈悲深く、この老婦人の娘（皈依した弟子）が残りの旅費の半分で点灯し仏を供養するのとし、半分ではチェツァン法王に供養した。それからリンチェンドルジェ・リンポチェはご自分でチェツァン法王の侍者に電話され、すでに亡くなられた人に法を修めたので、再び修法する必要はありませんと告げてもらった。侍者はすぐ、「そうです！リンチェンドルジェ・リンポチェが修める法は極く殊勝なるもので、再び修法する必要は無い」と言った。チェツァン法王は嘗て、リンチェンドルジェ・リンポチェのポワ法はとても効き目があるとおっしゃった。チェツァン法王の侍者のラマはかつて弟子に、母親が遠く雲南からネパールのこの度の法会に参加しにやって来て、法会に参加し、チェツァン法王にお逢いして後に往生しようと願ったが、願いが叶わずにまた雲南へ帰った。それで老婦人がかくも殊勝な時と場所で往生し、またリンチェンドルジェ・リンポチェに殊勝なるポワ法を修めてもらって浄土へ往生することができたのを非常に羨ましく思うと語った。老婦人の遺体は当地で荼毘に付されたが、頭頂の骨の梵穴には典型的なポワ法が円満成就した瑞相の丸い穴がはっきり見えたのである。
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		<link>http://www.gloje.org/jp/2009/12/1282</link>
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		<description><![CDATA[2009年11月9日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは約360名の寶吉祥仏法センターの弟子達を率いて、尊きチェツァン法王が自ら主催されたネパール・カトマンズ「直貢噶舉教派リンチェンリン寺（Rinchen Ling Monastery）」における落慶式典に参加した。リンチェンリン寺は故・尊きドラブ・ワン・リンポチェ（Drubwang Rinpoche）住持の寺院である。2009年11月10日、リンチェンドルジェ・リンポチェは約360名の寶吉祥仏法センターの弟子達を率いて、尊きチェツァン法王が御自ら主催された冬季法会に参加し、直貢派ポワ法の伝授と講論、及び長寿仏の灌頂を受けた。
2009年11月15日、シーク教・長老の招請を受けて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、インドの北部のパンジャブ（Punjab）省のシーク教区にある重要都市ジャランダー(Jalandhar)において、殊勝な長寿仏の法会を主催された。2006年10月、リンチェンドルジェ・リンポチェは、招聘に応じて、ジャランダールの名門校M.G.N.にて、年度祝賀大会を授賞する貴賓の要請を受けて、スピーチをした。当地のマスコミより「リンチェンドルジェ・リンポチェは天が彼らに与えた貴重な贈物」との賞賛を受けた。また、2007年2月、ジャランダールにおいてシーク教徒のために観音法門を伝授、当地の500名の人々は恭敬をもって参与、法喜に満たされた。シーク教・長老はリンチェンドルジェ・リンポチェに毎年二回当区を訪れ人々を仏法にて指導して欲しいと願った。2008年11月9日、リンチェンドルジェ・リンポチェは更に、このシーク教区において施身法法会を主催されたが、これは嘗て前例のないことであり、250名を超えるインドの人々とほぼ200名の台湾から来た弟子達が参加した。尊きチェツァン法王は、特別にヂャンチュウブリン寺の４名のラマを派遣して法会の準備に協力させ、法会にも参加させた。リンチェンドルジェ・リンポチェが修法を始めると、空には翳りがさし、不時の雷と風が起き、電灯までが暗くなったが、修法が円満成就した後は、忽ちに空は清々しく明るさを取り戻し、月も星も清らかに照らしつけた。これらは全て施身法の修法が円満成就し、無数の衆生が済度された瑞相であった。修法が円満に終了した後、法会に参加していたインドの人達は列を成して前方に行き、リンチェンドルジェ・リンポチェよりマジラ尊者の仏像を用いて得られた加持を授かる。MGN教育信託基金会の名誉秘書長もまた、基金会を代表してリンチェンドルジェ・リンポチェに供養を捧げた。当地のシーク教・長老は更に、2009年再び、リンチェンドルジェ・リンポチェが当地において法会を主催されることを請い、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲によってこれを約束した。
リンチェンドルジェ・リンポチェは今回再び、約150余名の寶吉祥仏法センターの弟子達を率いて、ジャランダールにおいて殊勝な長寿仏法会を主催した。リンチェンドルジェ・リンポチェは、嘗て「長寿仏は阿弥陀仏の報身仏であり、顕教では修めない」と説かれたことがある。報身仏は既に菩提心を発し、菩薩道を行ずる修行者を助ける。長寿仏を修めることの意味は、今世の寿命が仏法を修行するために不足している場合、延命を求めて、少しでも多くの時間、仏法を学ぶことにある。延命は自分達が楽しむためや願いを満たすためにあるのではない。人の寿命は過去世に修されたものによるが、殺生や悪を為せば短くなる。現在、人類は寿命を減らす段階である故、長寿仏の救済を必要とする。長寿仏の法会に参加することで、非時死を避けることができ、既に他界した眷属が阿弥陀仏浄土に往生する因縁を累積することもできる。また、重要なことであるが、本日の法会に参加し、菩薩道を修習する心を真に発した修行者は、生生世世、長寿仏は常にあなたの本尊として加持を授ける故、修行して仏を学ぶ充分な福寿が得られる。
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		<link>http://www.gloje.org/jp/2009/11/1280</link>
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		<description><![CDATA[2009年10月4日午前8時30分、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、台北アリーナに於いて、第五回主法の殊勝な「チベット仏教直貢噶舉派阿弥陀仏無遮大超度法会」を開催した。そこには台湾の弟子や信徒の他に、14名の顕教出家者、青海雲南からのチベット仏教直貢噶舉派、ニンマ教派のガムポ、ラマ等18名出家者、及びオーストラリア、日本、インド、フランス、フィリピン、カナダ等を含む信徒も参加し、合計一万三千人余りが集まった。
前日が伝統行事節である中秋節に当たり、更には台風が台湾に近づき、当日は朝から雨が激しく振っていたにもかかわらず一万三千人余りもの人々は風雨も恐れずに台北アリーナに赴いた。そして午前8:15前には入場し、殊勝な法会に参加した。法会開始前、会場では遠くインドから、この度の法会のために尊きチェ･ツァン法王の開示が録画で放映された。チェ･ツァン法王は、台湾は今年八月に非常に大きな水害に見舞われ、多くの人々が離散されたが、これは私たちに世の中のすべては無常であることを教えている。そして法王は皆が日ごろから無常を修得することで生活の中の様々な変化に対応していけると開示された。法王は、また弟子のリンチェンドルジェ・リンポチェを通じて、今回の水害の再建費用にして被災民の助けになるよう、新台湾ドル二百万元を台湾の内政部社会司に寄付された。チェ･ツァン法王は、また来年(2010年)6月6日に台湾で再び大法会を開くことを開示された。来年は直貢噶舉教派創立830年を記念する年であり、更にはこの度の台湾水害の一周年を記念して超度する法会でもある。これはチェ･ツァン法王が2002年桃園ドームでの万人大法会に継いで行われる台湾での大法会となる。
リンチェンドルジェ・リンポチェは、午前8:30に法座に昇り、点灯して仏を供養し、マンダを捧げる儀軌の後、リンチェンドルジェ・リンポチェは次のように開示された。本日未明の一時過ぎに地震があり、また二つの台風が台湾に向かおうとしている、このような天候に法会に参加することは非常に殊勝なことである。
阿弥陀仏は、釈迦牟尼仏が紹介した大願力の仏で、「阿弥陀」の意味は無量光、無量寿である。本日の修める法門はリンチェンドルジェ・リンポチェがチェ･ツァン法王から自ら授かったのである。直貢噶舉は830年の歴史があり、祖師ジッテン・サムゴンから三十六代チョン･ツァン法王、三十七代のチェ･ツァン法王まで、途切れることなく脈々と受け継がれてきた。祖師ジッテン・サムゴンは、直貢噶舉の法脈は清浄であり、歴代法王が衆生利益の心を持ち続けてきて、法脈は続くであろうと予言している。
本日の修める法門はチベット仏教で岩蔵法と称し、蓮師がチベットを離れる前に、多数の本尊法本を山の洞穴、水中に隠したり、またはダーキニー（Dakini）に渡して保管してもらったりした。阿弥陀仏超度法は、阿弥陀仏が自ら伝えた法であり、顕教と密法の部分を含む。多くの人は密法に対して好奇の目を向け、時に疑いの心を持つ。リンチェンドルジェ・リンポチェも元は多くの人と同じく顕教を学んだものの、壁にぶつかった。どうして経典で説いていることを自分はできないのだろうと思い、その後、ずっとチェ･ツァン法王に着いて密法を学び続けた。そして、顕教経典に記載されているのは単に釈迦牟尼仏の成仏の理論であって、経典で説いているのは修行の心の持ち方、定位、方向であることがわかった。チベットでは、密法を学ぶには先ず十年間の顕教の基礎を会得しなければならない。密法は、仏菩薩の願力を衆生に利益するために実行する方法なのである。
「リンポチェ」とは人の中の宝という意味で、衆生に利益する能力を備えることを意味する。リンポチェは転生した者もいるし、この世で修めることができて、法王によって確認された者もいる。例えば、リンチェンドルジェ・リンポチェなのである。リンポチェを務めることはとても苦労が多く、リンチェンドルジェ・リンポチェは、今日の大法会のためにも閉関し、昨晩十一時にやっと出関した。そして夜中の一時に地震で目が覚め、その後休むことなく朝の法会を主宰した。これは衆生がリンチェンドルジェ・リンポチェに今日の大法会を準備するよう、目覚めさせたのだろう。
金剛乗は、法会に参加する動機について拘っている。もしも、今日一万余人の心が同じく、衆生に利益することを念じるなら、その力は非常に大きく、すべての仏菩薩が感動して苦海にいる一切の衆生を助けることだろう。ここにいる皆の法会に参加した動機が何であれ、これほど多くの人が参加する法会は真に得がたい因縁であることを知るべきであり、すべての衆生が因縁によって仏法の助けを得ることができることを願うものである。最大の布施とは法布施と無畏施であり、経を読んで回向するのは法布施に及ばない。重要なのは経を読む者に菩提心があるかどうかであり、もしもすべての者が菩提心を起こしたならば、この法会には非常に大きな福報が積まれ、将来仏を学ぶ時の障害を押さえ込んだり、消したりすることができるのである。
もしもすべての念頭が自分のためのものであれば、それは世の中の福を頂いて、直ぐに使い切ってしまう。もしもすべての念頭が衆生のためのものであれば、それは仏法を修める福報をいただくことができ、永遠に使い終わることがない。末法時代に、全世界の災難は益々多くなるばかりで、衆生の業は重くなる。業が重くなると、私たちに仏を学ぶ気持ちを推し進める。
人生は短く何十年しかない、その時間をすべて欲望の追求に使い、欲しいものを手に入れてもその喜びは僅か数秒すら続かず、更に別の欲望を求め始める。欲望はすべて得られるものではない。だから一生が苦しみの中にあるのだ。但し、もしもあなたの求めるものが生死を解脱することであれば、仏はお喜びになり、きっとあなたを助けてくれる。仏の教えを聞き、法会に参加し、仏法を学ぶことは、真に仏と縁を結ぶ人である。仏と縁を結ぶと心配なことは何もなくなる。
仏を学ぶことで最も障害となるのは独りよがりであり、自分の考えである。2006年、法王はインドで一ヶ月間の灌頂と伝法を授けられた。法会の休息時間、リンチェンドルジェ・リンポチェ及び達隆噶舉法王（Taglung Shabdrung Rinpoche）等大リンポチェは法王室でお茶を飲んでいた。若い達隆噶舉法王（Taglung Shabdrung Rinpoche）がリンチェンドルジェ・リンポチェの傍に来て、英語でリンチェンドルジェ・リンポチェに質問した。「あなたはチベット言語がわからないのに、どうやって仏を学ぶのですか？」リンチェンドルジェ・リンポチェは彼にこう答えた。「法王がおっしゃったことを私は行うだけです。」事実はこのように短い会話であったが、そこには高度な秘訣がある。実は達隆噶舉法王（Taglung Shabdrung Rinpoche）は、リンチェンドルジェ・リンポチェはチベット言語がわからなくて、どうやって法本から仏法を学び取ることができるのかと尋ねているのである。そして　リンチェンドルジェ・リンポチェの答えは、金剛乗弟子は上師に対して教えに基づいて行うことで、上師が一と言えば一を行い、二と言えば二を行う。仏を学ぶ態度は小学生と同じで、先生が言ったとおりにすることであると述べている。
修法は前行を含む。それは即ち動機である。正行は供養と密法を含み、特にポワ法がある。ポワ法は密教においてのみあるもので、それは阿弥陀仏が自ら伝えた超度法である。「ポワ」の意味は遷識、つまり人が死ぬとその神識を阿弥陀仏のところへ送り届けることである。皆が恭敬心、慈悲心で参加して欲しい、必ずや衆生や本人とって大きな助けとなるはずである。
続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは、阿弥陀仏大超度法を修め始め、そして開示した。修法の中には多くの供養儀軌がある。なぜなら多くの衆生は福報を得ることができずにいるため、衆生に代わって供養を行うことで彼らが早く福報を積むのを助けることを目的としている。
リンチェンドルジェ・リンポチェは、今朝7:15に台北アリーナに到着し、休息室内のスクリーンから場内の様子をご覧になった。ある者は早くに場内に入って椅子に座るとうたた寝をしていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、これらの人々は非常に疲れているにもかかわらず、それでもこの法会に参加した、それはとても喜ばしいことだと開示された。
リンチェンドルジェ・リンポチェは、皆に菜食を勧め、法会が終わった途端に肉を食べてはいけない、今日は法会に参加してせっかく功徳を積んだのにそれが無駄になってしまうと述べた。多くの人は密教を学ぶ者は肉食してもよいと思っているが、それは間違いである。直貢噶舉は、祖師ジッテン・サムゴンから菜食であり、更に800年余り前の青海チベットに菜食条件がなかった時でさえ、菜食にしている。チェ･ツァン法王は菜食であり、リンチェンドルジェ・リンポチェも菜食である。地球は多くの災難を抱えているが、それは殺業を原因としていて、各人の不幸も自分が嘗て殺生を行い、肉を食べていることから起こっている。現在、多くの医者が治療できない奇病もまた殺業を原因としている。
本日、大法会に参加したことは、皆の善根を表している。しかしながら、その善根も菜食をせず、仏を学ばなければ、それは非常に残念なことである。人生はあっという間に過ぎていく。仏を学ぶのは死ぬ前に病魔に苦しまず、良い死を迎えるためである。今、自分の死のために準備をすれば、死を迎えた時に苦しまずに済む。善も悪も相殺することはできないので、諸悪はせずに全ての善のことをすればよい。今日この法会に参加した善は小善ではなく、この後ずっと善の果報を積めば、あなたの悪果は成熟しないまま終わってしまう。
本日は青海、雲南から出家者が来ており、また顕教の出家者、加えて海外からも来ている。このような機会は非常に得がたく、また珍しいことである。今日の法会は本来チベットでは一日かかるものである。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆が長く座り続けるのが辛いだろうと、それならば自分が苦労を背負って早く修法すればよいと、半日だけで修法が終わるようにした。皆で努力して善を行い、この地から災難が消えることを望む。
リンチェンドルジェ・リンポチェは、自ら大衆を連れて回向をした後、開示された。リンチェンドルジェ・リンポチェの根本上師　チェ･ツァン法王は、リンチェンドルジェ・リンポチェに、法王がこの度の大法会において内政部社会司に八八水害の再建費用として200万元の現金を寄付することを伝言した。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェもさらに200万元の現金を寄付し、すべてをナムギャル・ガムポ（Khenpo Namgyal）に渡した。続いてナムギャル・ガムポ（Khenpo Namgyal）によって上述の二項の現金を寶吉祥仏教文化交流協会理事長に渡し、そして内政部代表、会計士、銀行代表、弁護士が見守る中、内政部社会司へ八八水害の再建費用として寄付された。
リンチェンドルジェ・リンポチェの根本上師　チェ･ツァン法王は、来年(2010年)6月6日に台湾に来て法会を開く。法会の会場は同じく台北アリーナである。2002年　法王がいらした時、寶吉祥仏法センターが、桃園に於いて　法王のために大法会を開いたが、来年、法王の来台はちょうど，直貢噶舉教派八百三十週年に当たるため、寶吉祥仏法センター及び台湾の各直貢噶舉センターでは共同で大法会を主宰する事になった。もしも、今日参加の方で参加したい人は、寶吉祥仏法センターまたは各直貢センターで申し込んでほしい。
最後に、リンチェンドルジェ・リンポチェは再び皆に菜食することを勧め、大衆はリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲によって拍手した。リンチェンドルジェ・リンポチェは大衆の拍手に返答しその場で感動の涙を流された。リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲摂受の下、多くの人が集う法会の会場は秩序が整然とし、静粛であった。リンチェンドルジェ・リンポチェが法座を下り、会場を離れるのを恭しく見送るている間、大衆は心から感恩を感じて途切れることなく拍手し、リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝を叫ぶ人もいて、会場は非常に感動的であった。
法会が円満に終了した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは、現場の弟子たち及びすべての信衆がリンチェンドルジェ・リンポチェに供養してもらった供養金合計新台湾ドル423万元余りを内政部代表、公認会計士、銀行代表、弁護士が共に見守る中、八八水害への再建費用にと、内政部社会司にすべてを寄付した。
午後2:30、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、台北寶吉祥仏法センターで弟子と共に直貢噶舉不共護法アチ度母の儀軌を修め、護法が阿弥陀仏無遮大超度法会が円満に終了したことを護持することに感謝した。
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		<link>http://www.gloje.org/jp/2009/10/1277</link>
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		<description><![CDATA[2009年9月9日昼ごろ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、日本京都臨済宗妙心寺霊雲院住持則竹秀南老大師、臨済宗妙心寺本光寺岡島南圭住職、則竹老大師の台湾の弟子玄恕法師等の随行する貴賓一行を台北の寶吉祥仏法センターに迎えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、寶吉祥仏法センターの出家衆弟子に、道場の大門で則竹老大師および随行する貴賓を迎える事を指示された。リンチェンドルジェ・リンポチェはまず霊雲院の則竹老大師が寶吉祥仏法センターを訪ねることを歓迎して、居合わせた200名余りの寶吉祥仏法センターの弟子に、則竹老大師は霊雲院の住持で、霊雲院が京都でとても古くて重要な仏寺だと開示された。このたび、則竹老大師はわざわざ台湾南部の仏教団体の招聘に応じて、この前の水害のために台湾に来られた。遥か遠くの日本の法師さえこのように台湾に心を配っている、台湾にいる仏教徒の我々はなお更全力を尽くすべきだ。則竹老大師はもう70余りの高齢で、まだ自分の理念を堅持してこのように努力をされておられる、と賞賛された。
引き続いて則竹老大師は、ここに来られ、リンチェンドルジェ・リンポチェにお会いできてとても嬉しく思う。またこの様に盛大な歓迎会を催され感謝します、と言われた。さらにこの度は、主に昨日林口で９２１十周年及び８８水害のために開催される法会に参加する事だが、最も重要なのは今日リンチェンドルジェ・リンポチェにお会い出来た事だ、と言われた。
則竹老大師は台灣の台南で生れた。だから今回台灣へ来られたのは故郷に戻るような親しみを感じる、と言われた。則竹老大師は、先程ビルの入り口で体温を測られたが、40度も有った。皆さんの熱情で体温が上がってしまったらしいとユーモラスに語られた。しかし、体温を測った係りは、やはりそのまま入れてくれた。 だから老大師は違法で入ってきたことになる。だが私はインフルエンザに罹っていないので，心配することはないと笑いながら語っていた。
リンチェンドルジェ・リンポチェは、体温を測るのは政府に協力するためで、ここは仏菩薩が住むところなので大丈夫だ、と申された。
則竹老大師はチベット仏教はとても素晴らしいと賛嘆された。
リンチェンドルジェ・リンポチェの開示。チベット仏教は顕教と密教の二部分に分かれる。通常、顕教は10年以上修行する。それから閉関修行をし、上師が修行がある程度に至った事を認めれば、始めて密法を伝授される。チベット仏教も華厳経、心経と金剛経を非常に重んじる。直貢噶舉教派の祖師ミラレパはかって達摩祖師と会い、共に禅を修める方法を研究した事があり、これは歴史に記載されている。リンチェンドルジェ･リンポチェ自身も顕教から学び始め、禅宗と浄土宗を専攻したが、当時、経典の内容はよく分かるが、教典の如く行うことが出来なかった。チェツァン法王に皈依して密法を学び、始めて顕教は理論と道理を説き、密法は仏法を用いる方法に重きを置く事が分かった。直貢噶舉が禅を修める方法は大手印で、大手印は顕教と密教の修法を含む。大手印は四階段に分かれ、各階段はまた三階層に分かれる。全部で12階層があるわけだが、最高の階層に至れば成仏する。ゆえに、禅宗、浄土宗と大手印の最後の結果は、すべて同様に成仏する事だ。
蓮師は密法をチベットに伝え、嘗て次の如く開示した事がある。末法時期に、衆生の業は特に重いので、より威厳があり、猛々しい方法を使わないと、愚劣な衆生を降伏させる事ができない。だから、密法が要る。密法は小乗、大乗と金剛乗を含める。大手印の法本には：何故禅宗の方法では成就が難しいのか？それは仏を学ぶには健康な体が要るし、我々の体は業報身で、善の業と悪の業が諸々体についている。善業であれ、悪業であれ、我々が成仏する事を妨げる。密法には特別な修行の方式があり、我々が業を一掃する事を助け、成仏の障害を取り除くので、より早く修行が出来る。リンチェンドルジェ・リンポチェは2007年に標高4500メートルのラチ雪山で閉関された。そこはミラレバ尊者の閉関修行の聖地でもあった。リンチェンドルジェ・リンポチェはある夜、急に呼吸することが出来なくなり、脈も止まり、死亡の過程を経験した。密法、上師、仏菩薩と護法の加持により、リンチェンドルジェ・リンポチェは生きかえって、続けて衆生に利益することが出来た。密法の殊勝と不思議な力に参列の貴賓は賞賛を惜しまなかった。
一時間に満たない対談で、則竹老大師は一心に聞いておられ、時々頭を下げて筆記をされておられた。話が要所に触れると、老大師は会心の笑みを浮かべ、或はリンチェンドルジェ・リンポチェに合掌して、恭しく敬意を表した。
リンチェンドルジェ・リンポチェは則竹老大師に体を大切にする事を願い、貴重なプーアル茶と贈り物を贈った。このプーアル茶はとても稀有で、健康を保つ事に対して、効用が極めて大きく、中国でも国宝扱いのお茶だ。
則竹老大師はリンチェンドルジェ・リンポチェの開示の後に、寶吉祥仏法センターの弟子達に「あなた達は非常に幸せだ！」と説いた。あなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが成仏する方法を、多く開示なされる事を望むべきだ、と。
リンチェンドルジェ・リンポチェは「三界一切為心造，心證真空成佛果」と開示なされた。そしてリンチェンドルジェ・リンポチェはその場で筆を揮ってこの14字を書き、この墨宝を自ら則竹老大師に贈った。則竹老大師は即座リンチェンドルジェ・リンポチェが贈った墨宝を高く掲げて皆に見せ、非常に喜んだ。則竹老大師もリンチェンドルジェ・リンポチェに贈り物のお返しを贈られた。リンチェンドルジェ・リンポチェは特に法座に登り、則竹老大師の為にアチ護法を修め、則竹老大師を守られた。
それから、則竹老大師はリンチェンドルジェ・リンポチェが京都の霊雲院を訪問する事をお誘いになられた。簡潔な面会は厳かと喜びの中で終わり、今回のチベット仏教と日本仏教の交流は円満に終わった。
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		<link>http://www.gloje.org/jp/2009/09/1245</link>
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		<description><![CDATA[尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、来る2009年8月16日に日本京都寶吉祥仏法センターで「施身法」法会を主催する。日本現地の信衆数十人余り、及び台湾寶吉祥仏法センターからの弟子らが此の殊勝な法会に参加する。
「施身法」とはチベット密教八大成就法の一つで、此れを修め成就した者は今生で生死を離脱する事が出来、更に高い者は無數の衆生を助けて生死を解脱させる事が出来、その功德は廣く大きく又不思議だ。然るに施身法を修める過程は極めて難しく、大慈悲、大願力、大福報を備える者でなければ成就は不可能で、公に修めて衆生を済度することは出来ない。リンチェンドルジェ・リンポチェは、2000年に尊きチェツァン法王より親しく施身法灌頂を授けられ、2006年にはまたチェツァン法王自身がお使いになっていた施身法法器の贈与を受けた。それはリンチェンドルジェ・リンポチェがチェツァン法王の施身法の法脈を受け継いだ事の象徴に他ならない。
リンチェンドルジェ・リンポチェは十餘年来、台灣で定期的に「施身法」法會を行ない、数多の衆生が済度を得るのを助けてきた。現在は毎月1回挙行している。毎回の法會参列人數は千人を越え、遠くは日本、インド、オーストラリアとオランダから来て参列される信徒も居り、その多くの参列者の病苦は軽減されたり、消えたりしている。
2007年12月中旬、日本京都嵯峨野観光鉄道株式会社の長谷川社長の要請に応じて、走行中のトロッコ列車上で「施身法」済度法会を挙行、此れは施身法が日本で初めて修められ、また全世界古今往來先例が無いことでもある。今回の施身法は去年と同じように、わざわざ京都の伝統な行事―「大文字送り火」の日に行う。「大文字送り火」の日に、京都の人々はお盆で迎えた祖先の霊を送り返すので、この日に日本京都寶吉祥仏法センターが「施身法」を修めて衆生を済度するのは特別な意義があり、虚空数多の衆生に法益が齎されたものと思われる！
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		<link>http://www.gloje.org/jp/2009/08/1223</link>
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