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	<pubDate>Thu, 17 May 2012 12:55:15 +0000</pubDate>
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		<pubDate>Thu, 17 May 2012 12:54:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>RogerC</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、尊勝なる直貢チェツァン法王の親諭の下で、来る2012年6月14日（当日はチベット暦のジッテン・サムゴン記念日です。）に台北国際会議センターにて「チベット仏教直貢噶舉派 祖師ジッテン・サムゴン795年記念大法会」を主法します。正統なる仏法を伝承し、直貢噶舉派の法脈を広めて、台湾及び世界の平和を祈るためです。
チベット仏教は「伝承」を特に重視しています。直貢噶舉派は祖師ジッテン・サムゴンが八百三十数年前に創立された後、たとえ苦難な時代に於いても、すべて必ず法王が教法を持って、教派を率いて、伝承法脈が今まで断ったことがありません。且つ、法脈のため紛争が起こらないから、直貢噶舉派の伝承はとても清浄で、加持力は特に強い。
直貢噶舉派は台湾の仏法事業と基礎、及び仏法センターの成立が1988年に直貢チェツァン法王が始めて台湾にいらっしゃること開始することを起源しました。また、リンチェンドルジェ・リンポチェととても深く因縁があります。1988年の年末、直貢チェツァン法王は始めて台湾にいらっしゃって仏法を広めました。その時に、リンチェンドルジェ・リンポっては直貢チェツァン法王に謁見していないで、けれども、友人を通して10万台湾ドルを供養しました。1989年、台北で台湾の始めの直貢噶舉センターの「直貢噶舉顕密精舎」を創立し、その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは出資し護持して、また、護法会会長を務めました。1993年、直貢噶舉内湖センターに創立されました。「直貢噶舉顕密精舎」の仏像と内部の飾り付けはリンチェンドルジェ・リンポチェの出資の下、全部内湖センターに移転させました。リンチェンドルジェ・リンポチェは依然として該センターの毎月の全ての出費を護持し、とても長くて時間を持続していました。
1997年に、リンチェンドルジェ・リンポチェは、直貢噶舉派の法脈を伝承するため、「寶吉祥仏法センター」を設置して、住持上師を担任しました。「寶吉祥」は直貢噶舉派祖師　ジッテン・サムゴンの法号で、直貢チェツァン法王が賜った名称です。直貢チェツァン法王が自ら認可書を書き記されて、「寶吉祥仏法センター」は直貢噶舉教派を代表して正しい仏法を広めると認証されています。
リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て、仏を学んで生死に解脱して成就を得るため、具徳の上師の教えと引導がなくてはいけない、と開示されました。リンチェンドルジェ・リンポチェのあらゆる仏法修行は、全て尊勝なる直貢チェツァン法王の教導を遵従しました。この世に、もし直貢チェツァン法王がいなければ、いかなる自覚することがあり得なくて、その故、上師は恩人です。直貢噶舉派の伝承に報いるため、祖師　ジッテン・サムゴン記念大法会を行なって、上師に最大の供養、恭敬と感恩を示します。
2010年6月6日、尊勝なる怙主　直貢チェツァン法王は台北アリーナで殊勝な「チベット仏教直貢噶舉派 祖師ジッテン・サムゴン793年記念大法会」を自ら主法されて、しかも「上師供養法」を修めました。尊勝なる直貢チェツァン法王はその弟子リンチェンドルジェ・リンポチェが「寶吉祥仏法センター」を率いて、この殊勝な法会を開催することを協力するように命じて、法会に参加する人数は14,000人を上回りました。
この法会の伝統を伸びて、直貢噶舉派の清浄な法脈を伝承するためには、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは三恩根本上師　尊勝なる直貢チェツァン法王の同意を祈り求めた下で、2011年6月25日に台北国際会議センターにて「チベット仏教直貢噶舉派 祖師ジッテン・サムゴン794年記念大法会」を自ら主法して、総人数3200人が参加しました。且つ「上師供養法」及び観音法門を修めました。尊勝なる直貢チェツァン法王は特に法会のため制作されるビデオに、リンチェンドルジェ・リンポチェが実際な行動にて直貢噶舉の伝承に大きな貢献をしたことを賞賛しました。そして、弟子は上師に信仰、敬虔な心を持つべき、この法会は弟子が上師に破られた三昧耶戒を補うことができる、と開示されました。
1998年以来、直貢噶舉派は台湾と深い因縁を結んで、直貢噶舉派の法脈を伸びて正信の仏法を広めて縁がある衆生を利益するために、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは三恩根本上師　尊勝なる直貢チェツァン法王の同意を再度祈り求めて、来る2012年6月14日に台北国際会議センターにて「チベット仏教直貢噶舉派 祖師ジッテン・サムゴン795年記念大法会」を自ら主法して、参加者の見込み総人数は3,200人を超えるでしょう。今回大法会の主催団体は「社団法人中華民国寶吉祥仏教文化交流協会」で、大法会の入場券、点灯、マンダラを捧げることは往年と同じく、如何なる料金も取りません。そして現場では慈善バザー等いかなる商業の行為を許さないで、清浄な仏法を保持して、必要とする全部経費は尊き上師リンチェンドルジェ・リンポチェの監督の下で、「社団法人中華民国寶吉祥仏教文化交流協会」のメンバーにより共同護持負担とし、対外的な募金を一切せず、献金を認めません。
2011年と2012など連続３年、台湾で祖師ジッテン・サムゴン記念大法会を開催して、チベット仏教直貢噶舉派の伝承と法脈を伸びることにも深遠で重要な意義を代表する事です。更に、法会の参列者、台湾及び世界の平和に対して、不可思議な加持力を具えるでしょう。
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		<pubDate>Thu, 17 May 2012 10:37:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>RogerC</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[寶吉祥仏法センターの住持上師──尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、2012年5月25日に日本京都の寶吉祥仏法センターで、殊勝な「不動明王火供法会」を主催されます。30人の日本現地の貴賓と弟子、及び212人の台湾寶吉祥の弟子達と信者が参加する予定です。今回の法会は京都寶吉祥仏法センターの開光四周年を記念するだけではなくて、日本に幸福を祈り、しかも日本のこの国と国民の福報を増やすため開催されるのです。
「火供」はチベット仏教の中で非常に殊勝な密法で、リンポチェのレベルの行者でなければ修めることができません。今度、リンチェンドルジェ・リンポチェが修めるのは「不動明王火供」であり、息、増、懐、誅など四法の息法に属して、鬼、化け物や邪魔を慰めて、災厄を消して、吉を取り入れて凶を避けて、不思議な加持力を持ちます。しかも死魔、病魔、天魔、煩悩の魔を伏せて、仏を学ぶ障害を取り除くことができます。不動明王は日本との因縁がとても深い本尊で、日本地区で広く供養され礼拝されます。日本京都寶吉祥仏法センターでは、特にリンチェンドルジェ・リンポチェが数年前に雲南で転々とうけた不動明王の仏像を祭っていて、不動明王はリンチェンドルジェ・リンポチェと日本寶吉祥仏法センターとの淵源が深いことが明らかに示されます。
2008年5月29日の京都寶吉祥仏法センター開光大典の当日から、尊勝なろ直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェを連れて火供を修めてから、リンチェンドルジェ・リンポチェは毎年日本の道場で火供法を修持して、直貢チェツァン法王の教法を伝承することと諸仏菩薩を恭しく供養することを表すだけではなくて、空虚の中の一切有情衆生に布施してあげて、六道衆生に齎す利益が広大無辺です。
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		<link>http://www.gloje.org/jp/2011/12/2151</link>
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		<pubDate>Wed, 14 Dec 2011 15:43:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>RogerC</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは2011年12月31日、日本京都寶吉祥佛法センターで殊勝な施身法及び長寿仏法會を主催します。
「施身法」はチベット仏教の非常に殊勝な済度法門で、非時の死亡について、特に意外事故及び自殺で亡くなった死亡者は助けがあります。リンチェンドルジェ・リンポチェは台湾で弘法して衆生を利益している10数年以来、定期的に衆生のために施身法を修めて、現在は毎月一回施身法法会を開催していて、毎回参加する人数は約1500人にも達します。施身法を修めるのは行者の体とエネルギーの損耗に対してとても大きくて、特に参加する人数はこのように多くて、参加者に従って来る冤親債主及び具縁の衆生が数えきれないから、もし、空性の慈悲心と大菩提心まで修め得ていなければ、遣り遂げることがあり得ません。その上、毎回施身法に参加する人数が引き続き増加しているから、それは法会に来る衆生がすべて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに円満に再度されていただいた事を表します。現在世の中では定期的に公にこのように多くの人のために同時に施身法を修めることができる行者は非常に稀有で得難いです。日本京都寶吉祥仏法センターが2008年5月に開光してから、リンチェンドルジェ・リンポチェは毎年京都寶吉祥仏法センターで施身法を修めて、無数な衆生に利益します。
長寿仏は顕教で修めていないで、チベット仏教の特有な法門です。長寿仏を修めるのは参加者が意外事故で亡くならないように助けて、更に参列者が悪を働いて体の消耗した精と血を補う事を助けることができます。しかし、その目的は人を幸せに暮らさせるのではなくて、仏法を修習する時間と体力を十分に獲得できるように助けるためです。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは毎回長寿仏法会を主法して、多くの参加者は明らかに体の病痛が軽減して甚だしきに至って除去することと感じていて、リンチェンドルジェ・リンポチェの修法の殊勝さと円満を見証します。2008年5月29日、尊勝なる直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェのお招きに応じ、、自ら日本京都寶吉祥仏法センターに赴き、開光大典を主催した折、ネパールのラチ雪山聖地からお連れした長寿仏像をリンチェンドルジェ・リンポチェに贈られました。それは長寿仏がここに来られたことを象徴します。よって、日本京都寶吉祥仏法センターで長寿仏法会を修めるのはもっと不思議な加持力を持つでしょう。
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		<link>http://www.gloje.org/jp/2011/12/2155</link>
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		<pubDate>Wed, 14 Dec 2011 12:56:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>RogerC</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは2011年11月に250人の台湾寶吉祥の弟子達を連れてわざとインドに飛んで行って、11月10日午前に北部のパンジャブ省重要都市ですジャランダー、当地のシーク教徒の恭しい祈請に応じて、一回殊勝な「普巴（プルパ）金剛」法会を主催します。当日は週末の休日ではないが、しかしインドの貴賓308人、台湾からの信者7人、皈依弟子250人を含んで、合計で565人も参加して、そして4名のラマ僧はわざわざヂャンチュウブリン（強久林）から法会に配置して行うように協力しに来ましました。法会の中に、地動の瑞相が現れて、法会に参列する大衆は地面が2度上下に震動したことを感じて、これは法会の殊勝で円満な瑞相で、大衆は法会の殊勝さにしきりに賛嘆しましました。それから、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達を連れて、北インドのドランドンにあるヂャンチュウブリン（強久林）寺に向いて、11月12日及び13日に直貢噶舉教派の冬季法会に参加して、喜金剛灌頂を受けて、そして弟子を率いて三恩根本上師――尊勝なる直貢チェツァン法王に拝見しに行きましました。リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐさま13日の夜から、尊勝なる直貢チェツァン法王の指導の下で、ヂャンチュウブリンで閉関修行して、11月19日まで、第12次の閉関修行が円満に完成しましました。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥弟子達を連れて、11月8日に台湾から出発してインドのニューデリーまで到着して、そして一行の人が翌日に早朝特別車に乗ってジャランダーに向って、その夜、リンチェンドルジェ・リンポチェは宿泊ホテルのレストランで随行する弟子達と食事しましました。大成就者と共に食品を楽しむことができるのはとても大きな福報なので、寶吉祥仏法センターの弟子達は上師リンチェンドルジェ・リンポチェが常に弟子に福報を累積する機会を与えるのに恩に着ます。夕食の時に、リンチェンドルジェ・リンポチェは法衣を着ていないで、普段着を着ていても、しかし1人のレストランのマネージャーは依然として、リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲と荘厳を感受して、能動的にリンチェンドルジェ・リンポチェに加持されるように願って、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に承諾して、長距離の旅の苦労を顧みないで、長い間でこのレストランのマネージャーを加持されましました。ホテルのマネージャーは先に手でリンチェンドルジェ・リンポチェの靴に触れて、そして自分のおでこ及び胸先で触れて、リンチェンドルジェ・リンポチェに最高な敬意を表しましました。
翌日、リンチェンドルジェ・リンポチェは明け方にすぐ弟子達を連れて、ニューデリーから約360キロメートルの北インドのパンジャブ省重要都市ですジャランダー(Jalandhar)まで駆けつけて、車隊がジャランダーに行く途中、空には二本の直立の虹の瑞相が現れましました。現地の信者達は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを歓迎するため、ジャランダーの主な大通りの多くの所で、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの大型の法照を設置されて、リンチェンドルジェ・リンポチェと寶吉祥弟子の宿泊するホテル及び食事するレストランも同じく表門の入口で、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの大型の法照を設立して、リンチェンドルジェ・リンポチェがジャランダーにご光臨なさって殊勝な法会を開催することを恭しく迎えて、現地での無数な衆生に法の利益を受けさせます。
ほぼ10時間ぐらい車が上下にも揺れた運転時間を経て、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは宿泊ホテルですべての随行する弟子達と晩餐会をしましました。寶吉祥仏法センターの弟子達は上師リンチェンドルジェ・リンポチェが再度弟子に福報を累積させる機会を与えたことに恩に着ます。晩餐会がもうすぐ終わる時に、レストランは当月（11月）の誕生日のお祝いのため、2層のケイキを用意して、そしてリンチェンドルジェ・リンポチェが誕生日ケーキを切る事を誘いましました。リンチェンドルジェ・リンポチェは、誕生日が母難日（母親が難儀した日）で、もともとはあまりお祝賀する必要がないが、しかしケーキが既に捧げられて、食べないともったいないと開示しましました。この19名の誕生日の人は今日の誕生日のすべての人を代表して、すべての母のために福を増加して寿を増加します。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは自らケーキを切って、そして慈悲に、「第1刀、衆生の悩みを断つように；第2刀、情感の悩みを断つように；第3刀、すべての病魔を断つように。リンチェンドルジェ・リンポチェは本来、夜にデザートを食べないが、今日衆生のため、ウエストを犠牲する」と開示しましました。居合わせるすべての弟子達はリンチェンドルジェ・リンポチェがいつも一心にすべての衆生のためですことに恩に着ます。多くの人は次から次へと涙を流されましました。晩餐会の時、空には金色の月暈の瑞相が現れましました。
11月10日に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは北インドのパンジャブ省のシーク教の重要都市ですジャランダー(Jalandhar)で、殊勝な「普巴（プルパ）金剛」法会を主催します。今度は、リンチェンドルジェ・リンポチェは４回目にインド現地の信者の祈請に応じてその地区で法会を開催するが、この前に、その地区はチベット仏教の法会を一回もやったことが無いが、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは殊勝な密法で当地の衆生を利益するだけではなくて、更になめらかで優美な英文にて、分かりやすく生き生きと仏法で信者を開示して、法会に参加するインドの民衆に法喜充満して、恭しく賛嘆するようにさせましました。
法会の現場で、リンチェンドルジェ・リンポチェの大型の法照が数枚も見えて、会場の周りには、直貢噶挙教派の旗幟を懸かっていて、法会現場の装飾は非常に荘厳です。午前9時、2百数人の寶吉祥弟子達は既に法会現場で座っておいて、法会に参加するあらゆる貴賓及びインドの信者達が整然と静かに一人ずつ会場に入って、すべての参列者は最も恭しい心にて、リンチェンドルジェ・リンポチェが法席に昇ることを恭しく待っています。午前10時、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはホテルが特別に用意される赤いじゅうたんを通って、法会会場に到着されましました。経幡、薫香炉、楽器の吹奏音と宝傘の先導護送で、また出家衆の導かれたともに、リンチェンドルジェ・リンポチェは生花がこぼれている八吉祥図案が印刷された白いじゅうたんを歩いて、法会会場に入って、法会に参列する大衆が起立して合掌するまま、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法席に昇ることを恭しく迎えましました。リンチェンドルジェ・リンポチェは壇城の上で尊勝なる直貢チェツァン法王と尊勝なる直貢チョンツァン法王の法照と諸仏菩薩に頂礼してから、法席に昇りましました。そして衆生を代表して、点灯して仏陀を供養して、引き続いて茶の供養の儀軌を行いましました。
法会は始まって、領衆する弟子は法会に参加する大衆を祈請文を唱えるように連れて、現地の信者は担当の弟子の導引のもとで壇城に向かって、現場で自分で抽選された5名のマンダラを捧げる信者、及び100名の点灯する信者の代表はマンダラを捧げる儀軌及び点灯する儀軌を行いましました。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは点灯する信者達がすべて点灯し終わったことを待ってから、参列者に貴重な仏法の開示を与えましました。
リンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示されました。皆さん、おはようございます。今日皆さんはお忙しい中、法会に参加しにくるのは一つとても良い事です。仏教は人種と宗教を区別しないので、すべての人に対して全部平等で、必要さえあれば、仏菩薩が助けます。今日の法会は我々に累世の業障、体の病魔を消滅させることができます。
先そなた達が見た行なった二つの仏法の儀軌は。一つはマンダラを捧げる儀軌で、供養することを代表して、すべての衆生を代表して上師と諸仏菩薩を供養するのです。供養により、仏菩薩の助けを受け取る縁と福報があります。もう１つは灯の供養で、灯の供養は仏法の中で重要な儀軌で、灯は仏の光が一切衆生を照らすことを代表して、衆生に輪廻の苦海を離れるように助けます。仏の光はすべての障害を取り除くことができて、点灯して仏を供養する事を通して、知恵を増加させます。それも仏法を学んで明るい未来があることを象徴します。長期にわたり点灯している者は、容貌が比較的につやがあって、美しくなります。灯の供養により、同じく仏の光が照らして、この法会を加持することを表します。
今日修める「普巴（プルパ）金剛」という法は仏教の中の忿怒の本尊です。仏教は寂静尊があり、比較的に慈悲で優しい、そして、忿怒尊があります。忿怒尊は恐ろしい外観を現れて、そなたが間違いの事をした時にそなたを厳重に処罰するのではなくて、あなた達は自身のした因であれば、もともと自分の果報を受けるはずで、仏菩薩があなたを罰するのではありません。忿怒尊の意味は衆生の悩みがとても重くて、内心世界の貪、嗔、痴がとても重い時、忿怒の様子は衆生に速く貪、嗔、痴を除いて切れるように手伝うことができます。忿怒尊は両親と同じように、子供を教える時に、最初に喜んで扱うが、しかし子供がずっと言う話を聞かない時、父母親は忿怒の様子を現れて、子供を静かにさせて、ようやく集中して父母の教えを聞くことができます。しかし、たとえ今多くの子供は父母が忿怒の様子を現れても、彼らも話を聞いてくれないで、末法時代にいる衆生の業力は本当に重すぎます。
普巴（プルパ）金剛を修めるのは次の通り皆を助けることができます。1.精神、情緒、脳の方面の疾患。2.幽霊、怪、竜、神の引き起こしたすべての無名の病気と癌を駆除する事ができます。3. 年、月、日、時の動きと違えて起こる意外事故を避ける事ができます。皆はいわゆるよくない年、月、日と時があるから、私達が非時意外があります。非時意外はそなたが死なないべきなのに却って死んでしまったのです。4. 星宿の変化が引き起こされる水、火と地震などの天災を避けることができます。太陽の風暴、黒子の変化は全て地球の地震と水害、火災を引き起こします。5. 他人は毒を使って呪いをかけて引き起こした障害を防止します。6. 累世の業障を取り除きます。
普巴（プルパ）金剛は金剛薩埵の忿怒尊で、阿弥陀仏、大勢至菩薩、金剛手菩薩、文殊菩薩と大威徳金剛の意の化身で、すべての仏事業の本体です。長期に普巴（プルパ）金剛を修めて成就を得た行者は、吉祥になり、一切の功徳を具えることができます。すべての功徳、富、健康、長寿、眷属が円満ですこと、仏法の事業が発達していること、威力無窮、最後まで円満することを備えます。普巴（プルパ）金剛は多くの法の本があって、今日修めた法は直貢噶挙教派　第29任　卻吉嘉稱法王が整理された法本で、この法本は一般の信者達に比較的に大きな助けがあります。その他の法本が公に修行することができないのです。直貢噶挙教派は今が第37任　直貢チェツァン法王で、この法は法王が自ら灌頂してリンチェンドルジェ・リンポチェに口伝して教授して、さらに本尊の円満な閉関を通って、この法本は既にとても長い歴史があります。普巴（プルパ）金剛の能力はとても強大で、いかなる法を修める時、普巴（プルパ）金剛を護法とすることができて、すべての悪魔を屈服させることができます。
普巴（プルパ）金剛を修めた修行者は必ず円満に閉関修行して、空性の慈悲を修めて、とても深い禅定、済度能力を具えると修められます。他の宗教の中にも忿怒の神も現れたが、意義は仏教と違います。彼達のやり方は敵を追い払う或いは殺すが、仏教の忿怒尊は敵を消滅した後、能力があって彼を済度される人なら、この法を修められます。若し敵を敵を追い払う或いは殺せば、彼達を浄土に済度できないなら、悪い果報があります。仏法は慈悲を根本として、敵に対してもこのように対応しました。若しそなたは敵と戦ってたとえ勝っても、機会がある時、敵も復讐します。仏法と修行者を通して、敵を済度しなければならない。累世にそなた達に傷付かれた衆生も含めた。仏法は根本から問題を解決するから、慈悲で全ての問題を解決して後遺症が残らない。
後程リンチェンドルジェ・リンポチェは法を修める。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェは何をして、何を話す事を分からないが、此れは重要ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェの根本上師尊勝なる直貢チェツァン法王だけ分かった。更に直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェの果位を認証しました。しかし、そなた達は直貢チェツァン法王ではない。そなた達は仏菩薩が行った全ては衆生のために利益して、衆生を助けて輪廻苦海を離れる事を分かれば十分です。
続いて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは始めて普巴（プルパ）金剛を修めて、更に開示されました。一般に法を修める時三部分を分けます。前行、正行、迴向です。先程修めた一段は前行で、続いて正行を修めます。つまり法を修める主な部分です。前行は菩提心を発すことと供養することで、供養物を加持した後、外に置いてある鬼神を食べさせて、彼達に法会の進行を妨げさせません。続いて八種の供養儀軌を進めて、八種の供養物で仏と本尊に供養します。
リンチェンドルジェ・リンポチェは始めて本尊を迎い、仏菩薩を供養して称賛する儀軌を行ないました。そしてこう開示されました。後程法を修める時、そなた達はまっすぐに座って、背中を椅子の背持たれに頼らなくて、トイレに行かないで、考え方、雑念を余り持たないで。そなた達が嘗て傷付かれた衆生及び累世の父母達を代表して参加します。恭敬心があって、この法を修めればそなた達にとても大きな助けを与えます。リンチェンドルジェ・リンポチェは始めて法を修めて、参列者に自分の名前を三回話させて、普巴（プルパ）金剛に助けられる眷属と友達の名前を三回話させます。
続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きに普巴（プルパ）金剛法の正行を修めて、本尊の真言を唱えました。この法を修めるはとても儀軌を重視しました。リンチェンドルジェ・リンポチェは始めて本尊の真言を唱える時、極めて獰猛な表情を表して、眉を逆立て、目を突き出し、口を歪めて、それは、普巴（プルパ）金剛の忿怒相と全く同じ、本尊と相応する殊勝な兆候を現します。修法して真言を唱える過程において、リンチェンドルジェ・リンポチェは常に極めて低く沈み雷鳴のような叫び声を発し、極めて威厳に首を回して俯きました。今回修法して現れた普巴（プルパ）金剛の忿怒相の時間はとても長くて、威力は比類のないが、参列者は全て普巴（プルパ）金剛本尊が降臨した無比の震撼と勇猛な力を感じました。修法する過程において、600人余りの参列者は誰にも動かなくて、現場はしんと静まりかえって、赤ちゃんも完全に泣かなくて、不思議な摂受力です。多くの人も涙が流れました。此処から見ると、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの法を修める時、加持する力はとても強くて、衆生を助けて、仏を学ぶ障碍を除けて、無数な衆生を利益できます。
法会が始まる前に三匹の鳩は法会会場に飛び込んで、常に会場の上にぐるぐる回り飛んでいました。法会の過程に於いて、屋根の梁に留まって、静に法会に参加しました。
続いて、アチ護法を修めました。護法を修めるのはアチ護法が法会を順調に進むように守ることに感謝します。
続いて、薈供の儀軌を進めて、参列者は全てリンチェンドルジェ・リンポチェが加持された供え物を貰いました。また、法会の中に仏菩薩と一緒に食べる得難く殊勝な因縁を得ました。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されました。今日皆に配る供え物は台湾から運んだ日本食品で、皆は法会の中に少し食べて、また一つを取って回供としてしなさい。法会に参加できない衆生に与えるのは布施の一つです。大福報があれば、ようやく上師、本尊及び仏菩薩と一緒に食べ物を食べる機会があります。福報がないとできません。例えば、乞食者は富豪と一緒に食事出来ないと同じです。今日皆に、上師、本尊及び仏菩薩と同時に食べ物を食べる縁があるように助けます。何故そなた達に供え物から一つを取って外に持ったのですか。それは法会に参加できずそなた達が見えない衆生、神魔に与えて、彼達に機会を与えて、上師、本尊及び仏菩薩の助けを得させました。この供え物は仏菩薩を供養したから、食べると加持があります。皆を助けて業障を除いた以外、皆を助けて仏菩薩と共同受用の縁を作りました。
リンチェンドルジェ・リンポチェが引き続き一段のお経文を唱えてからこう開示しました。先唱えたのは懺悔と満願文で、皆が煩悩を断つことを助けました。煩悩は全て我々の欲望から生じました。欲望があるから、執着を起しました。我々の執着は我々に苦しみを起しました。上師、本尊及び仏菩薩の助けを通して、皆が煩悩を断つことを助けることが出来ます。
続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは普巴杵で皿の中にツァンパで作った仏の供え物を切りました。それはそなたと憎しみがある物を全てこの皿の中に招いて、普巴杵で切って、そなた達が衆生と全て憎しみを供え物に化して、本尊に供養します。
その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは非常に慈悲に指示して、参列者に行列させて、壇城の前に行かせました。リンチェンドルジェ・リンポチェは自ら普巴杵で全て参列者の頭に置いて加持しました。リンチェンドルジェ・リンポチェの右肩は関節の中に軟骨がないが、今日600人余りの参列者を加持するため、リンチェンドルジェ・リンポチェは右手で法器を持って、腕を数百回以上曲がって、一心に衆生に助けを与えました。また丁寧に弟子を指示して、信衆が貴重な寿球と寿酒の動線を調整して、自分の苦労を完全に無視しました。金剛乗成就者が衆生を利益する心は如何なる堅い。たとえ自分は極めて苦しみを受けても、懸念なのは衆生の苦しみです。リンチェンドルジェ・リンポチェは本当に全部の命で仏法で衆生に助けを与えて、僅かな報いでも求めません。
リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きに法を修めて、開示されました。続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェが行った事はそなた達が構いません。直貢チェツァン法王だけ分かります。そなた達は唯まっすぐに座って専念に聞ければいい。そなた達は分かるかどうかを問わず、リンチェンドルジェ・リンポチェは何をする事を考えないで。そなた達は専念に聞けば、そなた達の未来に対して必ずよくなり、必ずそなた達を利益できます。
続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは五色旗を持って、開示されました。この儀軌はそなた達を助けて、寿命を増加できます。そなた達は通常に起こった貪、瞋、癡が止まらず自分の寿命を消耗する悪行をしていた。殺生、肉を食べ、酒を飲み、タバコを吸い、麻薬を吸い、欲望が重いなど全て人の寿命を損害しました。修法を通して、消耗された寿命を補充できます。仏を学ぶ人に対して、寿命を増加するのはそなたに十分の時間を与えて、仏法を修行できます。一般人に対して、寿命を増加するのはそなた達に善を行って、そなた達に享受させ、金を稼ぐのではありません。お金のためにどんな事もでも行えないでください。汚職、賄賂しないで。そなた達は此の世に財があるのは前世に供養布施した事があります。此の世に善事を多く行って、福報を累積すれば、来世はよくなれます。
そなた達に寿命をもう少し伸びるのはそなた達に伴侶を探せる事ではありません。若しそなた達は縁があって夫、妻を捜せば既に恋しました。今まで待つ事ではありません。そなた達は現世の運命は過去世に行って得られたが、縁があれば既に発生しました。今までまだ発生しないとはそなた達の運命はこのように決めました。その後リンチェンドルジェ・リンポチェは真言を唱えて、徐々に五色旗を振って参列者を加持しました。修法が終わった後、リンチェンドルジェ・リンポチェは、今日の法会は修法が円満に終わったと開示しました。また、引き続きに儀軌を進めて本尊に見送りました。
リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されました。仏を学ぶのはまず布施を重視します。例えば、シーク教徒は常に食べ物を貧乏な人に布施する事と同じです。そなた達は違う宗教の人にとって、そなた達が自分の神の教えに従って、引き続きに善を行って他人を助けます。
仏法は縁起を説かれます。仏教の源はインドです。釈迦牟尼仏は当年仏法を広めたのはインド、ネパールの近く所から始まって、その後中国、チベット及び世界各地に広めました。今日リンチェンドルジェ・リンポチェはチベット仏教のメンバーとして、インドに戻して法会を行なったのは、インド人、中国人、チベット人にとって、とても深遠な意義があります。
通訳を担当する弟子が適当に通訳が出来なかったので、リンチェンドルジェ・リンポチェは思い切って自ら流暢な英語で直接信者に開示されました。自分は高卒で、この弟子は嘗てアメリカの有名な大学で教育を受けて、眼科の医師で、基本的で英語がとても良いはずなのに、リンチェンドルジェ・リンポチェのようにはっきりして適切な方式で説明出来なくて、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェの英語を聞いて分かりますか。参列者は頭を頷いて分かったと言いました。リンチェンドルジェ・リンポチェは続いて申されて、これは通訳を担当する弟子が大変緊張で、彼は自分が一番良く出来ると望みましたから。実は所謂一番良い標準がありません。一番大切なのは集中で、集中ですれば結構で、一番になるのを考えないで、世界中には一番良いものがありません。仏を学ぶには一番重要なのがやり始めて、何が一番良くするのかを問わないで。仏教は宗教ではなく、一つ高いレベルの教育で、別の宗教と同じではありません。今日の法会はそなたをリンチェンドルジェ・リンポチェ或いは仏教に皈依させるのではなく、そなた達はそなた達が信仰する神様の全ての教えに従って善行をし続けます。今日皆が法会に参加しに来たのは一つの縁起で、そなた達の未来に対して是非とても深い役に立ちます。一番重要なのは善行を作るのです。自分が善行すると思わないで、これ等の事をするのは自分のため、ある目的ではありません。いくらしたか、どの程度までしたか、何故だかを問わずやりなさい。善事を行うのは呼吸と同じ、そなたが呼吸しなければ死になります。他人を助けるのは善行するためと思わずに、人を助けるのです。リンチェンドルジェ・リンポチェは毎日そなた達を覚えて、そなた達のため幸せを祈ります。
今日の普巴（プルパ）金剛法会が出来るには地元の信者を除いて、またＪ．Ｐ．Singh様の賛助、多くの財力を尽くして、及び台湾寶吉祥仏法センターの250名の弟子、特別に台湾より仏教の発祥地―インドに飛んで来て、多くのお金を使って、それに、ドラドンより四名のラマ僧が手伝いに来て、その上リンチェンドルジェ・リンポチェが修法する必要です。何も求めずにこれ等をして、ただ皆とこの土地に対して役に立つと望みます。今日そなた達は法会に参加しに来るのが既にリンチェンドルジェ・リンポチェと縁を結みます。皆はリンチェンドルジェ・リンポチェと関する仏法の事業が知りたければ、寶吉祥仏法センターのウェブ・サイトで、毎週リンチェンドルジェ・リンポチェが法会の中に開示された内容が見えます。どの問題があるなら、ウェブ・サイトと結んだ電子メールを通じてリンチェンドルジェ・リンポチェにメールを書く事ができます。
今回こんなに多くの人力、物質を尽くしたのは今日の法会によって、この土地と地元の人に全部元気で、平和共存をさせ出来るように希望しました。山には山神、地母があり、なぜまた地震或いは戦争など災難がありましたか？それはそなた達が山を掘って、土地を破壊したからです。土地の上に建築工事を行うなど地母に影響したので、地震があります。今日の法会は地母と山神に楽しませて、この地区の人にも安らかに暮らし、楽しく仕事をするようにさせます。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に何か仕返すものを求めなく、但し皆がこの一生に多く善行をするように望みます。今日法会に参加したのは唯数百名が、皆は全部善行、良い人、良い行為がすれば、周囲の者に影響して、それに全世界のため平和を持って来ます。
法会が円満に終わった後、参加する弟子と信者は道を挟んで喜びと感恩の心を持て、リンチェンドルジェ・リンポチェが法座を降りるのを恭しく見送りました。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは全ての随行弟子達とランチパーティーして、寶吉祥仏法センターの弟子達は上師リンチェンドルジェ・リンポチェに恩に着て、弟子にもう一度福報を蓄積するチャンスを賜わりました。北インドのヂャンチュウブリンより来た四名ラマ僧も招かれてランチパーティーに参加しました。
翌日11月11日、リンチェンドルジェ・リンポチェは一刻もとまらずに200名弟子を引き連れて200キロメートルあまり遠いドラドンにあるヂャンチュウブリンへ赴いて、台湾より来た弟子を含んで、合計で249日弟子で、続く2日間ヂャンチュウブリン寺で開催される冬季法会に参加します。
古代には大リンポチェを迎える時、数キロメートルの外から迎えはじめてそれに茶を供えるのです。あの日午後６時頃、リンチェンドルジェ・リンポチェの車はメーン幹線より松賛図書館の道に入って行く時、尊勝なるチョンツアン法王の侍者揚佩（Yanpei）ラマ僧、ヂャンチュウブリン寺院の普卡（Puka）秘書及び拉達克（Ladakh）皮揚（Phiyang　Monastery　）寺の曲尼（Konchog Chönyi）マラ僧はリンチェンドルジェ・リンポチェを迎えてハダを差し上げました。車は約10分間がかかって松賛図書館に着いた後、噶舉仏学院院長ケンポス藍道（Rangdol）、ヂャンチュウブリン寺院の家職畢立（Bili）ラマ僧及び楚旺（Tsulwang）ラマ僧皆はリンチェンドルジェ・リンポチェを迎えに来て、それにハダを差し上げました。これは大リンポチを迎える規格です。
11月12日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥弟子249名を引き連れてインドのドラドンにあるヂャンチュウブリンに行って、直貢噶舉2011年冬季法会に参加します。午前、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に弟子達に先ず桑丹林尼寺へ拝謁することを指示して、弟子達はこのお陰で自らでリンチェンドルジェ・リンポチェが最初閉関した関房を訪ねて、それにアキ・ドロルマの関房に頂礼して、また勝楽金剛壇城を回る得難いチャンスを獲得しまいた。
桑丹林尼寺はドラドンの北部にあり、ヂャンチュウブリン寺院、松賛（ソンツァン）図書館及び噶舉仏学院に近いです。1997年に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはここではじめで閉関して修行した時、仏学院には供水施設が欠けたことを発見しました。寺院の中にのヨギーニ達は毎日の明け方全部一番寒い気温を耐えて、遠い水源地より水を担いで来て、一日の水を提供します。慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェはヨギーニたちの毎日の辛さを同情して、それで給水塔と水を吸い上げる設備のお金を出資して建設して、仏学院にの水をかける苦境を解決しました。リンチェンドルジェ・リンポチェの続き護持している下に、桑丹林尼寺はもともと25名の規模より現在の80名余りのヨギーニはここで修行する事になりました。
桑丹林尼寺を拝謁した後、寶吉祥弟子は車で近くにあるヂャンチュウブリン寺院へ行きました。リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子を引率して11月12日午後の直貢噶舉派冬季法会に一緒に参加します。今年の冬季法会は尊きガチェン・リンポチェが今日喜金剛予備灌頂法会を主法します。午後2時ごろ、寶吉祥弟子達は寺院の前の車道の両側に沿って列になってリンチェンドルジェ・リンポチェが到着するのを丁寧に迎えています。
この時、2人ソビエト社会主義共和国からの若い信者は主動的に隊列に近くして、好奇で弟子達に誰様が来るのを待っているか、どこからかと聞きました。ある弟子は、我々が我らの上師リンチェンドルジェ・リンポチェを恭しく迎えていると返事しました。我々は台湾の寶吉祥仏法センターより冬季法会に参加しに来ました。この2人ソビエト社会主義共和国人が聞くと直ぐこう表しました。彼らはリンチェンドルジェ・リンポチェを見た事がないが、彼らはとてもとてもリンチェンドルジェ・リンポチェに感恩しました。それは彼らが寺院に来た後、リンチェンドルジェ・リンポチェが寺院を護持する多くの事と今回の法会の事績を聞きました。彼らは約四、五十名あり、フランス、ドイツ、ソビエト、オ-ストラリア、スイスなど違う国より法会に参加しに来る信者が大変快適に法会に参加できるようにさせました。
間もなく、リンチェンドルジェ・リンポチェの車はヂャンチュウブリン寺院の入り口にいらっしゃって、寺院の家職畢立（Bili）ラマ僧は自らでリンチェンドルジェ・リンポチェを丁寧に迎えて、またハダを差し上げました。それに自らリンチェンドルジェ・リンポチェの側に立ち添って会場に入りました。
法会が始めて、ガチェン・リンポチェはマンダラを捧げるのを受け取って、また参列者に仏法を開示されました。法会の休憩時間が終わった後、リンチェンドルジェ・リンポチェが2人のスウェ-デンの信者の傍を通った時、この2人は主動的にリンチェンドルジェ・リンポチェに、彼らがリンチェンドルジェ・リンポチェのウェブ・サイトを閲覧したことがあることを知らせました。それよりリンチェンドルジェ・リンポチェの大摂受力は不思議です。
リンチェンドルジェ・リンポチェが寶吉祥弟子を引き連れて法会の会場を離れるところに、会場にいる外国信者はリンチェンドルジェ・リンポチェの荘厳な法相を見て、主動的にリンチェンドルジェ・リンポチェに敬礼をしました。リンチェンドルジェ・リンポチェの摂受力は極めて殊勝で、会場の中の僧尼達はリンチェンドルジェ・リンポチェが通じるのを見ると全部立ちとめて極めて丁寧にリンチェンドルジェ・リンポチェに腰を屈めて敬礼して、真実な恭しい敬慕な感情を流露して、人に賛嘆させました。
法会が終わった後に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達に尊勝なる直貢チェツァン法王が創建するソンツァン図書館に向くチャンスを与えて、その上、ソンツァン図書館を見学する時に静かなことを維持する事を指示しました。2001年、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王がこの仏教経典を保存する図書館が創建した事を知ると、上師の希望を充たすの為、たとえその時にリンチェンドルジェ・リンポチェが極めて窮迫していても、依然として経費を調達する事を担い始めました。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に祈って、十人余りのラマ僧を派遣して台湾に「金剛舞」の巡廻公演をしました。「金剛舞」は初めて台湾で巡廻公演をして、「ソンツァン図書館」の建設と開光式典の為に20万ドルの経費を調達し、ソンツァン図書館を護持して、その上、コンピュータと周辺設備が買い入れて設定しました。リンチェンドルジェ・リンポチェは根本上師尊勝なる直貢チェツァン法王にとても恭敬して注意深くて、上師の辛労を注意して、万事が上師の為に前もって考えて手配して、上師に悩ませませんでした。今まで、リンチェンドルジェ・リンポチェは依然としてソンツァン図書館を絶えずに護持して、これは永遠な事です。
本来、すでに開放時間を越えるソンツァン図書館は特に寶吉祥弟子に見学する事を開放し、その上、ソンツァン図書館の館長から自ら解説しました。寶吉祥弟子は仏教の貴重な文化財を保存するソンツァン図書館の中に、貴重な白い檀の木彫りの千手千眼観音像に拝謁して、その上、感嘆させられるドマの収集を仰ぎ見た。寶吉祥弟子達は上師の恩徳に深く感じて、上師リンチェンドルジェ・リンポチェが教派に対して長くて絶えずに護持するわけで、弟子が冬季法会に参加するチャンスがあって、伝承の殊勝な加持を貰えて、仏寺の様々な厚遇を受けました。
午前、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは13日午前中、再度寶吉祥弟子を連れてヂャンチュウブリン寺に向いて、「喜金剛正行大灌頂」に参加し、リンチェンドルジェ・リンポチェの車がヂャンチュウブリン寺に着いてから、仏寺の管理人のラマ僧ビリが自らリンチェンドルジェ・リンポチェに迎えてハダをあげて、そして、自らリンチェンドルジェ・リンポチェに仕えて会場に入った。ヂャンチュウブリン仏寺の住職――尊きのチザギャラ・リンポチェは自ら壇城に降りてリンチェンドルジェ・リンポチェに誘って壇城に向いて座らせました。その上、尊勝なるガチェン・リンポチェの要求の下、リンチェンドルジェ・リンポチェが、主法上師――ガチェン・リンポチェの法席の左側の第2位の高座で座りました。向こうの席はヌバ・リンポチェです。主法上師――尊きガチェン・リンポチェは法席に登る時に、わざとリンチェンドルジェ・リンポチェに向いて、その上、リンチェンドルジェ・リンポチェと互いに額の挨拶をしました。
法会は始まってから昼まで、ガチェン・リンポチェは喜金剛灌頂の意味と内容を開示されました。昼食のお休み時間、ガチェン・リンポチェは法席から降りて、その上、リンチェンドルジェ・リンポチェを誘って休憩室に向かって暫く話し合って、この後、リンチェンドルジェ・リンポチェが寶吉祥弟子を食事場所に行かせる事を指示しました。
昼食の後で、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥弟子を連れてヂャンチュウブリン仏寺に戻って、午後の喜金剛灌頂法会に続けて参加しました。法会が始まった後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは首位にアレンジして出家衆と出家弟子を連れて、一切の衆生に代表して、主法者の尊きガチェン・リンポチェにマンダラと供品を捧げました。マンダラを捧げる同時に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台湾から持ってくる2010年尊勝直貢チェツァン法王が台北ドームで主法する「チベット仏教直貢噶舉派祖師ジッテン･サムゴン793年記念大法会」の500枚DVDをラマ僧により出家衆と信衆に与えました。反応が熱烈なので、また、最も多くの人々は尊勝なる直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェに認識する事が出来る為、リンチェンドルジェ・リンポチェが一ヶ月以内に、又、5カートン（500枚）のDVDをヂャンチュウブリン仏寺に与えて、信衆、出家衆、功徳主に提供しました。ガチェン・リンポチェはリンチェンドルジェ・リンポチェが灌頂させることを誘ったが、リンチェンドルジェ・リンポチェが謙虚で断りました。法会が完了する前に、ラマ僧はガチェン・リンポチェから提供するルピーの現金を全ての参列者に与えました。リンチェンドルジェ・リンポチェはとても慈悲深く全ての弟子にもらったルピーのお金を揃えてから、全部主法上師にガチェン・リンポチェに供養しました。寶吉祥弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェが弟子達に福報を作って累積する機会にとても感謝しました。最後、法会が完了する前に、ガチェン・リンポチェは一袋の多くの甘露丸をリンチェンドルジェ・リンポチェに与えて、リンチェンドルジェ・リンポチェは一袋の多くの甘露丸を全て今回法会に参加して来る弟子達に与える事を指示しました。弟子達は上師に従って法会に参加して、その上、無上の宝を貰える事に感謝し、心の中で全てとても感動しました。
ヂャンチュウブリン仏寺の法会は円満になって、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ寶吉祥弟子達を連れて、尊勝なる直貢チェツァン法王に謁見して行って、その上、直貢チェツァン法王の住所に行く前に、弟子達に慈悲深く言いつけました。本来、直貢チェツァン法王はいま誰でも会えないが、完全な静養が要って、然し、今日、特に寶吉祥の弟子に接見しました。皆は直貢チェツァン法王を謁見する時に、言ってはいけなくて、声を出して挨拶しないで、感謝を言わないで、自分の感激或いは感動を表現したいので涙を流してはいけません。直貢チェツァン法王に邪魔しないで、如何なる声を起こさないで、会ってからすぐに離れます。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達に尊勝なる直貢チェツァン法王に会える殊勝な因縁を作ってあげて、寶吉祥弟子達はが全てとても感謝しました。
寶吉祥弟子達は感謝していてリンチェンドルジェ・リンポチェに従って直貢チェツァン法王の住所に謁見しに入りました。直貢チェツァン法王は慈悲深くて全ての弟子達に室内で座って、リンチェンドルジェ・リンポチェが直貢チェツァン法王の疲労を惜しむので、弟子に最も早い方法ではっきり座りました。直貢チェツァン法王は法席に置いている金剛結を指して、在席の寶吉祥弟子に送りました。リンチェンドルジェ・リンポチェは見てから席を離れて、直貢チェツァン法王の法席の側に行って、直貢チェツァン法王に協力して金剛結を袋の中に取り出しました。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達に個別で金剛結をもらえて、直貢チェツァン法王に疲れすぎで、直貢チェツァン法王に頼んで寶吉祥弟子達に伝える方法により貰えました。リンチェンドルジェ・リンポチェは自ら両手で金剛結を上げて直貢チェツァン法王に吹いて加持させて、それから、前列の出家衆弟子に皆に分けて渡しました。この時に、直貢チェツァン法王は金剛結を寶吉祥弟子の一部の者が「直貢チェツァン法王に有難う」とすぐに話しました。この行為はリンチェンドルジェ・リンポチェの叱りを受けてしまって、弟子達に口を開いて直貢チェツァン法王に邪魔する事がはずではありませんでした。
直貢チェツァン法王に仕える為、リンチェンドルジェ・リンポチェが随意に下敷きを持って直貢チェツァン法王の法席の側の地面に着席して、上師への注意深いと恭敬を自然に現れて、直貢チェツァン法王に無比に従順し、一心に上師の需要を注意し、自分を以って弟子が上師に仕えるベスト模範になりました。
寶吉祥弟子は全て金剛結を貰えた後、リンチェンドルジェ・リンポチェが直貢チェツァン法王が再度精神と体力を消耗する事を惜しんだので、寶吉祥弟子に離れる事を指示しました。が、直貢チェツァン法王はとても慈悲で、自身の疲労にかかわらないで、依然として、寶吉祥弟子達に簡潔で重要な開示に与えました。直貢チェツァン法王は再び寶吉祥弟子に「リンチェンドルジェ・リンポチェはこの20数年以来、教派にとても忠実で、そなた達が上師の言う事を良く聞いて、直貢チェツァン法王がそなた達に祈る」と仰いました。寶吉祥弟子は直貢チェツァン法王の珍しい開示と金剛結を貰って、感謝で頷いて回答し、直貢チェツァン法王の深い誠意がこもる指摘が心の中の感動を喩え難いです。その後、寶吉祥弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェの指示に従って順番に直貢チェツァン法王の住所を離れました。
当日の夕食後に、自身の苦労を顧みないで、衆生に利益するため、リンチェンドルジェ・リンポチェが関房に入って、ヂャンチュウブリンで第12回目の閉関を行いました。尊勝なる直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェが日ごろ無数の衆生を度して、完全に自身を考慮しないで衆生に助けを与えて、極めて大きく気力を消耗したことを知っていて、その故、リンチェンドルジェ・リンポチェが今年ヂャンチュウブリン寺で閉関することをわざわざ指示しました。根本上師　尊勝なる直貢チェツァン法王が仰った話について、リンチェンドルジェ・リンポチェはいつもすべて守っていて、背かないで、遅らせる言い訳を探しません。リンチェンドルジェ・リンポチェが自分で経営する商売が非常に忙しいだけではなくて、そして1，000人を超えた皈依弟子達とその家族を配慮しなければならないが、しかし直貢チェツァン法王がこのように言いつけたことを耳にすると、直ちに承諾してそして直貢チェツァン法王の指示された時間に閉関修行をし始まりました。
11月19日朝7時30分、54名の寶吉祥弟子はインドのドラドンで集合して、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを恭しく迎えるのです。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは第12次閉関修行が円満に終了して、出関後には、すぐ尊勝なる直貢チェツァン法王に謁見しに行って、衆生のために閉関したことによるすべての功徳を尊勝なる直貢チェツァン法王に捧げました。当日の群雲はとても厚いが、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェが出関した時、閉関の部屋の上空の群雲が盛んに沸き始めていて、突然太陽が雲から抜きん出て、眩い光芒を放っていて、雲気の変化が凄く多くて、きわめて殊勝な竜の形の雲が現れました。黄金色の日光は群雲の中から四方八方に放って、群雲がだんだん散っていって、かすかに広大な青空が現れて、まさに仏光が世間にあまねく照らす如く、衆生は殊勝な仏法の助けを得て清浄な本性を回復することができるようになって、大修行者の閉関修行が円満に終了した瑞相に賛嘆します。
同時に、どこから飛んで来るか分からない多くの鳥類が、その名を知らないカラーの鳥、トビ、ツバメ、鳩などを含んで、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの閉関の部屋の周囲を回っていて帰りません。時々一斉に立ち上ってぐるぐる回っていて、時々林木間に止まって、絶えずちゅんちゅんと婉曲的に鳴いていて、耳に心地良いメロディーを出しました。寶吉祥弟子が列に並んで、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを恭しくお待ち申し上げる時、このように美妙な情景を見聞して、皆は非常に喜ばしいと感じて、大成就者の閉関の殊勝な功徳を称賛しました。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは根本上師　直貢チェツァン法王の指示に従って閉関して、完全に自身を考慮しないで、衆生を利益するために苦労に修行して、出関時の様々で見事な徴兆は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの修行成就が極めて殊勝ですことを顕示します。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは出関すると、閉関が円満に完成した時の薈供の供え物を、ある男性弟子に指示して、出関を迎えに来る寶吉祥弟子達に交付するように言った。この弟子は口数が少なくて、あまり他の弟子と付き合いをしていなくて、慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェは極めて注意深くて、わざわざ彼に、加持されたお菓子を出関を迎えに来る弟子達に交付するように指示して、彼に機会があってみんなと善縁を結ばせるようにさせて、苦心が並大抵ではなくて、上師にいつも一心に弟子に配慮していて、弟子に殊勝な因縁と福報を作ってあげるのです。
寶吉祥弟子達が列に並んで、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが弟子達等を連れてニューデリーに向かって出発することを恭しくお待ち申し上げていて、リンチェンドルジェ・リンポチェが到来する時に、出家衆弟子が衆生を代表して、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに供養して、そして寶吉祥弟子の弟子達等を連れて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに五体投地で三回頂礼しました。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは極めて柔和な目で弟子を加持して、弟子達に出発するように指示して、そして弟子達に待つ必要がなくて、観光バスに搭乗しに行きなさいと指示しました。リンチェンドルジェ・リンポチェは車隊を率いてドラドンを離れる途中、依然としてたくさんの鳥類が長時間もぐるぐる回っていて離れないことが見えました。
その夜、リンチェンドルジェ・リンポチェは極めて慈悲で、今度出関を迎えに来る寶吉祥弟子に大修行者と夕食を食べる得難い機会を与えて、弟子達に福報因縁を累積させて、弟子達は極めて大切にして恩に着ます。
今回、ヂャンチュウブリン寺の法会に参加する時に、男の弟子は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに仕える挙止が適当でなくて、すぐにリンチェンドルジェ・リンポチェがその場で責めて蹴る加持を貰いました。リンチェンドルジェ・リンポチェの教法はとても厳格で、ただ弟子が間違いを犯すと、すぐに指摘させて、弟子に悪因を造る機会を阻止しました。リンチェンドルジェ・リンポチェの嬉笑怒罵は全て仏法で、全て慈悲の表現です。今回のインドの旅は極めて疲れすぎけれども、リンチェンドルジェ・リンポチェが心の中にただ弟子達に関心し、弟子達に全ての一切を手配し、堅果と果物を常に加持し、弟子達に分けて食べさせて、いつも最も良い物を弟子達に与えました。寶吉祥弟子達はとても感謝し、上師がいないなら仏を学んで修行する事が出来ません。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達に殊勝な因縁を作って、弟子達にこのような珍しい機会を持たせて、インドのジャランダーで尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが自ら主法するプルパ法会に参加する事が出来て、また、直貢噶舉派の2011年にドラドンのヂャンチュウブリン寺で喜金剛灌頂法会に参加することができました。寶吉祥弟子はとても幸せで、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏法を学んで、その故に、尊勝なる直貢チェツァン法王と直貢噶舉伝承の加持を受領できて、弟子達の心の中に上師の限りがない恩恵にとても感謝しました。
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		<pubDate>Mon, 05 Dec 2011 10:23:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>RogerC</dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは2011年11月に弟子を連れてインドに行く予定で、10日に北のインドにおけるパンジャブ省のジャランダーで自ら殊勝なプルパ金剛法会を主催し、それから、弟子を連れてドランドンの菩提寺に向いて、11月12日及び13日に直貢噶舉教派の冬季法会に参加します。
リンチェンドルジェ・リンポチェは2007年以来既に3回で現地のシーク教の信者の祈請を受けて、シーク教の要衝でチベット仏教の法会を主催し、それぞれ観音法門、施身法、また長寿仏法門にて衆生に利益し、毎回、法会に250人から320人までのインドの信者に参加しました。法会に参加する信者はリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲に感動させるので無比な恭敬心を起こって、甚だしきに至っては最も高い恭敬の礼儀で、頭のてっぺんと額でリンチェンドルジェ・リンポチェの足に当たって、心から承服すると表しています。シーク教の長老は更にリンチェンドルジェ・リンポチェが仏法にて彼らを連れて、甚だしきに至ってはリンチェンドルジェ・リンポチェを誘って毎年で2回目でこの地区に仏法を広めます。
現地のメディアは著しい見出しでリンチェンドルジェ・リンポチェが仏法を広める活動を報道し、ある記者はリンチェンドルジェ・リンポチェが神様が彼らに賜る最も大切な贈り物である事を賛嘆しました。毎回、リンチェンドルジェ・リンポチェは現地に到着し、多くの人々は謁見して来て、また、リンチェンドルジェ・リンポチェはいとま請いをせず苦労をして開示と加持を与えました。リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲無私及び仏法の不思議な力が既に人種、地域、言語の文化の垣根を越えて、限界がないではるかに衆生に利益しました。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはインド信者の祈請を再度慈悲深く承諾し、だから、今回のプルパ金剛法会を行う事になりました。プルパ金剛は金剛薩埵の忿怒尊で、金剛部にとても重要な本尊で、慈悲を最も高いレベルほど修める行者がこの法門を修めて衆生に利益する事が出来ます。プルパ金剛法会に参加する利益は精神、情緒及び脳方面等の疾患を駆除する事が出来ます。また、一切亡霊、竜や神が引き起こすすべての無名病と癌を駆除する事が出来ます。
2004年、リンチェンドルジェ・リンポチェはインドのヂャンチュウブリンの菩提寺に第6回目の閉関修行が円満し、プルパ金剛法が成就する時に、本尊と相応しました。修めて成就した時に、本尊が来て、雨と雲がない空に急に恐ろしいどかんと雷鳴が現れて、全ての関房が揺れていて、地震により強いでした。
リンチェンドルジェ・リンポチェは数回で台北寶吉祥仏法センターでプルパ金剛法を修めた事があって、修法して真言を唱える過程に、リンチェンドルジェ・リンポチェが数極めて低く沈み雷鳴のような叫び声を発し、獅子はほえるような呼吸の音を発した。眉を逆立て、目を突き出し、口を歪めて、極めて獰猛な表情を表しました。それは、プルパ金剛の忿怒相と全く同じで、本尊と相応する殊勝な様子を表しました。上述した声と表情は人が為せるものではありませんでした。修法する過程に、道場の1千人が一人で歩む事が無いで、心と静まりかっていて、道場の中に数十名の赤ん坊が完全に泣き声が無くて、摂受力が不思議でした。これにより、リンチェンドルジェ・リンポチェがこの法を修める時には、加持の力がとても強くて、衆生に仏を学ぶ障害を消えられて、無数な衆生に利益しました。
喜金剛は噶舉教派祖師マルバ大師が成就された法で、教派に既に2、3百年に伝えないで、修めないで、直貢チェツァン法王が3、4年間がかかって収集して整理し、その上、リンチェンドルジェ・リンポチェに心要を自ら伝えました、また、リンチェンドルジェ・リンポチェが2007年に直貢チェツァン法王の指示の下、ラチ雪山で3ヶ月で閉関し、始めの直貢チェツァン法王に従って喜金剛本尊を修めて円満になるリンポチェでした。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは今回弟子を連れてインド直貢噶舉の冬季法会に参加し、寶吉祥仏法センターに喜金剛の殊勝な伝承を貰える事を円満な縁起と作りました。同時、これもリンチェンドルジェ・リンポチェは恭敬心と感謝心で、直貢噶舉の伝承に力を尽くして広めて、その上、三恩根本上師直貢チェツァン法王の仏法事業を護持する示現です。
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		<pubDate>Thu, 13 Oct 2011 17:08:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>RogerC</dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[2011年9月、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは226人の寶吉祥仏法センターの弟子を連れて、チベットに赴いて、そして17日に尊勝なる第36任直貢チョンツァン法王に謁見しに行った。寶吉祥弟子達は尊勝なる直貢チョンツァン法王に拝謁することができるだけではなくて、更に直貢チョンツァン法王が一人一人加持され、及びハーダ、念珠とタンカを賜っていただいた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは18日にまた弟子達を連れて、直貢噶舉教派祖寺である直貢梯寺を訪問して、そして弟子を率いて仏寺の主殿で金剛薩埵を修めて、更にアキ護法殿でアキ護法儀軌を修めた。その時直貢梯寺で、雨が降り、雪が降ったことが現れて、また同時に太陽があるように珍しい天象であり、そして大型の黒色の鷲群が上空にぐるぐる回っていて離れなくて、これらはすべて天竜護法がリンチェンドルジェ・リンポチェが衆生を利益する広大な功徳を賛嘆して、現れた瑞象である。
今度のチベットのスケジュールに関するニュースが発表した後、弟子達は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに追随してチベットに向かうことができるのがきわめて貴重な機会であることを知っていて、その故、申し込みは非常に積極的であり、ツアーに参加する予定の定員を大幅に超えて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが無比な慈悲で、弟子達をすべて上師に追随する機会があることをさせて、弟子達が心の中にたいへん感謝している。
出発する前に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはまたわざわざ事前に弟子達のために高山病の症状を緩和する補充品を用意して、弟子達にチベットに向かう前に服用をし始めさせて、高山病の病状を軽減するため。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達に対してきわめて愛護して、ご多忙中依然として弟子達に注意深く手配を忘れないで、自ら旅行社に日程の計画を立てるように指示して、弟子達の衣食住と行きに安穏で心地良くさせて、個人健康の方面にも、最上な状態で維持することができる。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが父と同じように、弟子達への配慮が行き届いているのである。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは9月15日昼ごろ、四川成都双流国際空港に到着して、空港の税関を出るとすぐ出家の弟子達が生花とハタを捧げて、寶吉祥弟子達が空港で列に並んでリンチェンドルジェ・リンポチェの到着を恭しく迎えた。
その夜、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達と晩餐会をし、弟子達に大修行者と共に食事することができる福報があるようにさせて、青海省旅遊局（観光局）の局長も自ら出席して、そして尊きリンチェンドルジェ・リンポチェと同じテーブルで精致な食事をするように招かれた。晩餐会のホテルも更にロビーの上方で「チベット仏教直貢噶舉教派寶吉祥リンチェンドルジェ・リンポチェのご光臨を歓迎」という大型の赤色の幕を手配して掲げられて、大修行者の到来を歓迎する。食事が終わった後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは今回チベットに向かって注意するべきな事項に応じて、弟子達に次の通り慈悲によく言いつけた。
多くの者は初めてチベットに行くから、皆がチベットに着く後に、あまりに興奮してあちこちに歩いて記念写真を撮らないでください。このような行為はとても酸素を消耗するから。通常高原に上がって、1日目には異状が何もなくて、2、3日目には高山病が現れる。皆が入浴する時、あまりに熱い水を使わないでください、熱過ぎる水で入浴するとたいへん酸素を消耗するためである。高原でも、いっぱい食べないで、約7割ぐらい食べたらもう十分であり、いっぱい食べると酸素を消耗するのがとても速い。
チベットに到着する時、あちこちにも走らないでください、動作を緩めて、落ち着くようにする。飛行機が下がる時、青空を見て興奮になり始めて、飛行機をおりて急いで写真を撮らないでください。何故かと言うと、このようにあちこち歩いたら、とても酸素を消耗するから。自分の体がとてもよくて問題ないと思わないでください、高山病が現れる者は、あれらの自分の体がとても良いと思っている人であるかもしれなくて、あれらの体がもともと状況があり、或いは年上がかえって大丈夫である。
チベットにある時、太陽があるから、熱いと感じるとすぐアウターを脱ぐと思わないでください。高原地区の温度差は非常に大きくて、太陽がある所と太陽がない所はその温度差は5～10度であり、もしアウターを着ていないならば、風が吹いてきる時、すぐ風邪を引く。高原地区の風は平地の風と違い、とても寒くて、そなた達は平地の気候に慣れて、毛孔が開いているので、高原の風に吹かれると風邪を引く。外で熱い時、アウターをせっかちに脱がないでください。車の上に戻ったら比較的に大丈夫であり、屋外にいる時にも、アウターとマフラーをすべて着なければならない。メンバーの中では、もし咳をするか熱が出る病状がある人であれば、チベットに行かないでください。なぜかというと伝染するから。
リンチェンドルジェ・リンポチェはチベットで多くの事を処理しなければならなくて、そなた達を加持してあげることができないから、体が状況が出る時にただリンチェンドルジェ・リンポチェに加持されるように祈り求めたらいいと思わないでください。リンチェンドルジェ・リンポチェは先に皆とはっきり言って、絶対に加持しない。実は、そなた達がもし事故が起きて亡くなったら、それではリンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達にポワ法を修めてあげるから、もし亡くならないと、人は台湾に帰るだろう。特に子供を連れて来る弟子達は、自分の子供をしっかり見て、子供が泣いてやかましくならないでください、泣いて喧しくすることは高山病を発生しやすい；或いは、子供が熱いと言って、すぐ彼にアウターを脱ぐように手伝わないでください。もし子供は病気になるならば、自分が苦労して、その時にまた子供を抱いてリンチェンドルジェ・リンポチェの部屋の入り口で跪いて加持を求めないでください。リンチェンドルジェ・リンポチェの部屋番号は秘密であり、そなた達は教えた事を聞き取らないで事故が起きたら、ガイドさんはリンチェンドルジェ・リンポチェの部屋番号をそなた達に絶対に教えないのである。
若しそなた達は呼吸出来ないと感じると、急いで深呼吸しないで。こうすれば反って酸素を消耗する。だから、酸欠を感じる時、冷静でゆっくりに呼吸すればいい。皆は赤砂糖を用意したが、酸欠を感じる時赤砂糖を食べる効果は高山病を予防する薬を飲むより速い。気持ちが悪いと感じれば、赤砂糖を食べるとかなり緩和できる。暇なら、彼方此方に歩かないで、ベッドに横臥して休むやテレビを見たほうがいい。酸欠すれば、ある時に人に怒らせた。兎に角ゆくっりして、余り激動しない。
ある者はガイドさんに何処で天珠を買えられると聞いた。真の天珠は少なくとも百万人民元以上かかる。若しそなた達はこの金が有れば、リンチェンドルジェ・リンポチェに供養したほうがいい。天珠を買えたい人は彼は仏法を信じなくて、天珠をつけると守りが有ると思う事を表した。若し天珠をつけると守りがあるなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは天珠をつけて、直貢チェツァン法王に自分が修めないと伝えた。更に閉関修行も必要がない。皆は騙されないで、本当のいい古い天珠は全て活仏及び金持ちに持たれた。そなた達は街で新しい天珠は数十元人民元から数万人民元までもあった。若しそなた達は本当に欲しいなら、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に一杯を与えられる。所謂一眼、二眼、九眼などあると思わないで、実は多くのは偽物で、全ては瑪瑙で加工して、強酸で色を染めた。このような天珠をつけるなら、体に役に立つだろうか。守りがある可能性があるだろうか。実は天珠は全く守りが無くて、唯財産の象徴である。
祥楽旅行社のガイドはそなた達を連れてショッピングしない。そなた達もガイドに依頼して買い物を連れるべきではない。そなた達は自分が買い物に行けば、誓約書をサインして責任を取った。若し悪い物を買うと、旅行社と関わらない。
ある者は聖地巡礼旅行団を参加して、彼方此方を文句して、旅行社は自分が欲しい事を行わないと思った。若しそなた達は十倍の費用を払えば、専門の人は一対一でそなたをサービスできる。そうしないと、皆と一緒に居る。若し満足しないなら、先に台湾に帰ってもいい。外に出掛けると、他人の美点を賞賛して欠点だけ見ないで。そうすれば、自分で勝手に怒りを受ける。そなた達は今回チベットに行くのはいい物を得られるや何かいい事を発生するなど期待しないで。リンチェンドルジェ・リンポチェは今回皆を率いて、チベットに行く目的は尊勝なる直貢チョンツアン法王に拝謁とディクンティ寺に行くつもり。また皆に政府はチベット地区のために造った建設を見せた。リンチェンドルジェ・リンポチェは１９９４年チベットにきた時、ポタラ宮は既に非常に損害された。この数年間、若し政府は引き続きに修繕していないと、今日恐らくポタラ宮を見えない。
我々は他人の所に来ると、他人に自分の考え方を満足させる事を要求すべきではない。どんなところでも美点と欠点がある。たとえ自分の家でも欠点があるが、完璧とは不可能だ。今日逆に他人は我々の所に来ても、見慣れない所もある。我々は今日出掛けた機会があって、他人の長所を学べば、成長する機会があって、今回の旅も意義がある。
そなた達はディクンティ寺に到着すれば、寺は皆に酥油茶（バターちゃ）を招待する。チベット人の習慣は引き続きに客を入れている。そなた達は若し多く飲めたくないや酥油茶の味を慣れないなら、相手に知らせる。断ると恥ずかしいと思わないで。また、寺も熱情的に皆にお菓子を接待するが、若し食べたくないなら言う。離れる時、多くお菓子や飴を持ち帰らない。寺にこのような接待されると、自分は他人と違うと思わないで。それは唯チベット人は客を接待する一般的な熱情だ。そなた達は他人の家を訪れると、他人は自然に熱情的に接待する。そなた達も分かるが、若し寶吉祥仏法センターの名をつけないと、このような待遇を受けられない。唯一般的な観光客としてみる。
チベット地区に於いて、ある時子供がそなた達に物を求める事に遇うかもしれない。その時勝手にあげない方がいい。それはあげると、多くの子供は揃える。ある職業性の子供はそなた達が明るい色の服を着る事を見て、わざと黒い手でそなたの服を捉まって、そなたに金を与えなければならない。皆は団体で行動して、一人で離さない。必ず時間を守って、ガイドは一人や二人のために、２００人余り団員に待たさない。若し集合時間、出発時間になると、ガイドは人を待たさなくて直接に出発する。そなたは１分間を遅刻して、２００名余り団員に待たせば、他人の200分間の時間を浪費すると同じだ。ガイドも若し団員を待たさないと団員は事故に遭う可能など心配しないで、全ての団員は保険を付保している。先も言ったが、若し彼達は死ねば、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼達のためにポワ法を修める。だから、心配する必要がない。若しガイドは徹底的に実行しないと、ガイドはラサに残って帰る必要がない。
今日晩餐会が終わった後、皆はホテルに戻ると彼方此方に人とチャットして、明日の朝早い飛行機に乗るから、徹夜にチャットして、時間になれば直接出発できると思わないで。だから、皆は帰ってからゆっくりに休みなさい。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に丁寧に話した後、青海省旅遊局呉局長を要請して、皆にスピーチした。局長はリンチェンドルジェ・リンポチェの要請を感謝して、皆に今回の旅チベットに来て、旅行は楽しいと祝福した。また皆に青海に観光する機会があると望んだ。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは再び開示された。局長のスピーチ及び青海で協力を多くいただいた事を感謝した。皆は呉局長に習うべきだ。彼は青海省旅遊局局長として、皆にチベットで観光愉快を祝福した。局長はとても度量が広いと現した。
晩餐会は楽しい雰囲気で円満に終わった。弟子達尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが会場を離れる事を見送った。全ての団員は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに対して、無比な感謝の気持ちを抱いて、ガイドに従って其々にホテルに戻って休んで、殊勝なチベットの旅のために、体力を養う。
9月16日、寶吉祥仏法センター弟子は成都から出発して、飛行機に搭乗して西蔵の首府ラサ市へ行った。ラサに到着すると祥楽旅行社はすぐ団体に随行する医者さんが全部の団員のため健康検察を手配した。心臓の鼓動と血の酸素の濃度を測量して、車の中にも医療用のガスボンベが備えて、不時のため用意した。
午後４時30分、寶吉祥弟子はホテルのロビーで尊いリンチェンドルジェ・リンポチェがラサに到着するのを歓迎するためお待ちしており、ホテルもドアに「歓迎　蔵伝仏教直貢噶挙教活仏リンチェンドルジェ・リンポチェ光臨」と巨大な赤字の垂れ幕を配置して、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを歓迎する。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが到着してばかり、すぐ苦労して泊りホテルへ、弟子達が恭しくホテルで待ったのを見て、旅が疲れたがやはりきわめて慈悲で目つきで全部の弟子を加持して、さらに止って、慈愛で1人10月大きさの赤ちゃんの頭を触って、特に加持を与えた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはいつも弟子を考えて、弟子達は全部大変恩に着た。
あの晩、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはもう一度寶吉祥弟子達に殊勝な得難いチャンスを与えて、弟子達にリンチェンドルジェ・リンポチェと一緒に食事を享受するチャンスを有らせた。晩の宴会のレストランへ出発する時、リンチェンドルジェ・リンポチェが宿泊ホテルの上の空に、極めて明らかな1本の巨大な龍の形の彩雲が現れて気勢が目覚しかった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な大成就は龍天護法さえ全部主動的に護持しに来て、賛嘆させた。
晩餐会の時、南珠ケンポスと貢珠尼瑪と全部招かれて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェと一緒に食事をした。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはとても忙しくて、多くの事を手配必要だが、やはり弟子達の果物とご飯を加持するのを忘れずに、弟子達に必ず取ると言いつけた。多くの弟子ははじめて高い海抜のラサに来て、高原反応症状が現れた、その悪い感じはすぐ軽くなって、ひいては消えてしまって、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持力は本当に不思議だった。
9月17日朝10時、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝な直貢チョンツアン法王に伺う予定時間より１時間を早めに行って直貢チョンツアン法王を恭しく待った。午前11時、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェのご指示及び統率の下に、寶吉祥弟子達は直貢チョンツアン法王の事務所へ自らで尊勝な直貢チョンツアン法王に伺った。寶吉祥弟子達は恭しく一々に入って尊勝な直貢チョンツアン法王に拝見して、尊勝な直貢チョンツアン法王は自らで全部の寶吉祥弟子に美しい八吉祥ハダ、念珠とタンカを賜った。過程の中に、リンチェンドルジェ・リンポチェはずっと直貢チョンツアン法王の側に連れてあげて、どの弟子にも大変難い加持のチャンスを得させた。法王に拝見する時、ある6才位の皈依した弟子は酸素含有量が60％しかないため、気分がたいへん悪くて、入り口にしゃがんで立ち上がることができなくて、慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェはあの弟子を加持して与えて、その弟子は本来とても気分が悪くて、なにも食べられなくて、力がなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を得た後すぐ食べられて高山症の症状もなくなった。尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達のためこの珍しい善縁を作って、寶吉祥弟子達に一々に尊勝な直貢チョンツァン法王が自らでの加持を受け取らせて、寶吉祥弟子達は上師の深く熱く恩徳を感じて、涙は思わずにこんこんと流して来た。
団体の随行するガイドと添乗員達もついにこんな貴重なチャンスがあって、尊勝な直貢チョンツァン法王に謁見して直貢チョンツァン法王が自らで下さったプレゼントを受け取った。ガイドと添乗員達全部極めて恩に着て、尊いリンチェンドルジェ・リンポチェがは率いる西蔵団体を接待しなければ、例えラサに住んでいる居民さえ、尊勝な直貢チョンツァン法王に拝見したくても容易ではない。尊いリンチェンドルジェ・リンポチェでなければ、寶吉祥弟子はこの一生に尊勝な直貢チョンツァン法王に謁見して加持を賜ったとの殊勝な因縁があるわけがない。尊いリンチェンドルジェ・リンポチェは絶えずに弟子達のため善縁を作って、自分の疲れさを問わず弟子達を引き連れて、巡礼して、時々刻々弟子を加持して世話をした。弟子達が晩の宴会の中に尊いリンチェンドルジェ・リンポチェへの供養金さえもリンチェンドルジェ・リンポチェが全額を尊勝な直貢チョンツァン法王に供養して、弟子達のため仏を学ぶ資糧を蓄積した。寶吉祥弟子達は深く尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの無比な慈悲を体得して、尊いリンチェンドルジェ・リンポチェが弟子にの恩徳がこんなに広大である。
あの晩、尊いリンチェンドルジェ・リンポチェは一日を通じて疲れたが、やはり大変慈悲で弟子達と一緒に夕食をして、弟子達のため大成就者と共同受用な殊勝な因縁を作った。晩の宴会の時、現場での13名ホテルのサービス人員は両手が合わせてリンチェンドルジェ・リンポチェの目の前に敬って跪いて尊いリンチェンドルジェ・リンポチェの加持を賜るように願った。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の疲れを問わず、手で法器を持ってこれらのサービス人員のため長く念仏して加持した。この時、もう一人頭にコックさんの帽子をかけてコックさんも速めにロビーに入って、帽子を取って敬って跪いて手が十にあわせた。加持が終わった後、レストランのサービス人員は全て十分恩に着て嬉しくて、ある者は自分の上着を引っ張って、全身が発熱舌との現れで、ある者も楽しい表情で、自分の頭のてっぺんと他の者と討論した。
尊いリンチェンドルジェ・リンポチェはもう一度食事を加持して、弟子達に分けて食用と言いつけて、弟子達は皆大変感激した。
西蔵地域では、新鮮な果物を食べるのが非常に十分ではなく、祥楽旅行社は特に多くの果物をかって、全部の団員に足りる果物を取らせて、旅行社の用心が明らか見える。尊いリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達の父親のようにいつまでも弟子達の状況を関心を持って、またお体具合が悪い弟子のためにホテルにお粥を用意するように言いつけた。尊いリンチェンドルジェ・リンポチェはこんなに慈愛で弟子達の世話をして、弟子達が苦労を受けるのを惜しんで、いつも一番良いものを弟子達にやるように考えた。寶吉祥弟子達はこんなに幸福である。
9月18日午前、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥の弟子達を連れで直貢梯寺に向いて、直貢梯寺の管理人が自ら仏寺の入り口で真心をもってリンチェンドルジェ・リンポチェを恭しく迎えて、寺院は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを歓迎するために、特にバター茶、ヨーグルト、葡萄、多くのクッキーとキャンディを用意して、そして、最高な規格で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを接待した。
リンチェンドルジェ・リンポチェはこの数年間全力を尽くして直貢梯寺を護持しているから、その故仏寺のラマ僧はすべてリンチェンドルジェ・リンポチェにきわめて恩に着て且つ恭しくて、その故、寶吉祥弟子達をも真心をもって接待してあげた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは仏寺の大殿に入った後に、仏寺のラマ僧はリンチェンドルジェ・リンポチェが主法する座席にすぐ隣に位置している席に座ることを恭しくお願い申し上げて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが弟子達に貴重な仏法の開示を与えた。
今日、皆が来たのは直貢噶舉の第1基の仏寺の直貢梯寺で、祖師ジッテン・サムゴンが創建され、この正殿がつまり当年祖師のジッテン・サムゴンが法を諭されたところである。リンチェンドルジェ・リンポチェは1994年に直貢梯寺に始めて来る時、現在皆がいる大殿と主要な建築だけがあって、道路さえなくて、近くが全て田で、しかし、此の数年間、寺院のラマ僧達の努力の下で、現在の直貢梯寺がすでに非常に雄壮偉大で造った。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは直貢梯寺ととても深く因縁があって、直貢梯寺の金頂が直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェに指示して造ったのである。直貢チェツァン法王は開示した事があり、直貢梯寺の金頂が完成すると、直貢噶舉教派の三盛んでいる時である。今のところ、金頂が完成してから、直貢噶舉教派は直貢チェツァン法王の予言の通りに盛んになって行った。
直貢噶舉教派は今回の興旺が歴史の第3回目である。直貢噶舉教派の初めの興旺は祖師のジッテン・サムゴンがいた時代で、その時、直貢梯寺の近くに18万人の出家衆を超えていた。直貢噶舉教派の寺院は全て深山の中で、他の教派の寺院が市区に於ける事のようではなかった。だからある言い方は山が直貢山で、堤が直貢堤で、つまり、直貢噶舉教派の修行の状況を説明するのである。直貢噶舉教派は実際な修行を重んじていて、閉関修行を主として、直貢梯寺の後ろの山に多くの小さいの部屋を見えて、それらが関房である。だから、直貢噶舉の弟子として、実際な修行するはずで、弟子がただ加護を求めて、教法に従って実際な行わないなら、結局全て離れた。
ドラブ・ワン・リンポチェがまた生きている時に、リンチェンドルジェ・リンポチェに直貢梯寺の伝統を護持する事を指示させた事があった。直貢梯寺の毎年の12月に、45日を期間して24時間で中断しないで250位のラマ僧が六字大明咒を唱える事を進行している。しかし、此の伝統は歴史の衝撃なので、結構長い期間で中断した。ドラブ・ワン・リンポチェはリンチェンドルジェ・リンポチェが此の伝統を護持して、伝統を続けさせる事を望んでいた。だから、此の数年間、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢梯寺の此の伝統の進行を護持し、これからも続けて護持していった。直貢梯寺は六字大明咒の唱える伝統がとても殊勝で、しかし、今日の時間が足りないのえ、多く説かなかった。
リンチェンドルジェ・リンポチェは既に数年に直貢梯寺に来ていない事があって、前回が2004年で、だから、今日、正殿で金剛薩埵を特に修めて、直貢噶舉教派がまた多くの事業を行うので、この法を修めて障碍を減少し取り除くよう祈願する。弟子達はリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝修法に一緒に感謝した。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが直貢梯寺の正殿で金剛薩埵と廻向を修めた後、直貢梯寺のラマ僧達と信衆の求めの下、とても慈悲深く彼らを一人一人で加持した。上師の絶えずに加持と保護があったので、寶吉祥の弟子はこのような殊勝な因縁があって、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに従って教派の祖寺に帰られて、弟子達がが全て感激して涙に噎んだ。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥の弟子達を連れで、アチ護法殿で護法を修めていた。海抜の4千数メートルの高さの直貢梯寺にいたけれども、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの足並みが速くてしっかりしていて、多くの若い弟子でも暫く休んで続けて前進しなければならなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェが全然休まないで、恐らく生命の危険があった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達に護法殿に着けるの為、率先して最も前に歩いて、たとえ高山の病気のため、調子が悪い弟子達が上師が皆に率いて前進する事を見ると、全て勇気をあげて従って向いて、それから、殊勝な護法殿につけて、その上、上師の率いて護法を修められた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達に福報を累積させる為に、自身の安全を全然気にしないで、上師の限りが無い恩徳が寶吉祥弟子が深く心に留めた。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが護法殿に間も無く入る前に、空の中に急に大きな太陽を出して、雪が降りながら雨が降っている瑞相が現れて、そして多くの大きな黒色の鷲は護法殿の上でぐるぐる回っていて、地元の人も通常にこれらの鳥がこんなに高く飛ぶことができないと言って、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがこのような現象がとても良い徴候と開示して、此れはアチ護法が嬉しい事を代表した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは護法殿を入ると、すぐにアチ護法に大礼派をして、高い海抜の地区でこのように疲れて修法して、急速に歩いて、体力をとても消耗しやすかった。リンチェンドルジェ・リンポチェが大礼派をしていた時に、気力の消耗が多く過ぎるため、扈従により支えて助けてから起きられて始めて、然し、リンチェンドルジェ・リンポチェが依然として、礼拝の儀軌を堅持して完成し、自分の事を全然考えなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェが護法と伝承に対する100パーセントの恭しさが顕れた。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの連れで寶吉祥の弟子が護法殿で護法儀軌を修めて終った後、加持力が無比な強くて、弟子達がとても震撼した。修法が円満になって、寶吉祥弟子達は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝修法をくちを揃え感謝して、声も立てずに泣いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、護法殿の左側の柱の上に１つの宝物があって竜王が海から祖師のジッテン・サムゴンに供養した事、と慈悲深く開示した。それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは側殿に向いて、テンジン・ニンマ・リンポチェの法写真と仏像にハダを捧げて、そして、寺院の休憩室で暫くお休みを行った。此の長い旅の直貢梯寺の日程は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにとても疲れさせて、然し、離れる前に、多くの現地の信衆がリンチェンドルジェ・リンポチェの車の前に加持を求めて来て、リンチェンドルジェ・リンポチェが依然としてとても慈悲深くて加持して与えて、金剛乗の成就者がこのように何も保留しないで衆生に利益した。
その上、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが直貢梯寺に滞在期間で、多くの大きな鷲を飛んできて、直貢梯寺の上の空に絶えずにぐるぐる回った。寶吉祥の弟子達はこのような福報を瑞相を目撃し、此れは全て尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに従って、全ての弟子達は賛嘆しながら感謝した。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは教派と直貢梯寺の全力の護持のため、寶吉祥弟子達が直貢梯寺を離れる時に、直貢梯寺ラマ僧から送ったハダと無比な貴重な甘露丸をもらえた。今回チベットの聖地を巡礼するの向いた寶吉祥弟子は多くの人々が癌症、脳血管瘤等の重病の患者、老人と幼児で、然し、尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェの無比な殊勝な加持力の下、今回226位の参加した寶吉祥弟子が全て4千メートルの直貢梯寺に安全に向く事が出来で、甚だしきに至ってはある骨ガンに罹ってしかもガン細胞がすでに骨髄に深く入り込んだ弟子は、杖をも使わないで直貢梯寺に登って蔵経閣を回ることができ、上師の恩徳が如何に広大で、仏法の力が本当に不思議である。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは直貢梯寺からラサに戻った後に、完全に休んでいないで、多くの助けを求める僧尼と信衆を接見し続けた。夜、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達に大修行者と一緒に夕食して、福報を累積する機会を慈悲深く与えた。行程の最後の夜に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが弟子達の身体が何か調子が悪い、皆がよく食べて寝る事に続けて関心した。寶吉祥弟子達はとても感謝し、その上、上師の疲れをかわいがって、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがこのような自分の全て命を何も求めず一切な有情衆生に利益した。
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		<pubDate>Wed, 07 Sep 2011 02:41:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>RogerC</dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[2011年8月16日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥仏法センターにて、殊勝な地蔵菩薩息災法及び施身法法会を主催して、参列者が日本の各地から来た信者28人、インドの信者1人、及び日本と台湾の弟子162人を含んで、合計で191人がこの盛会に参加した。
2008年5月に日本京都寶吉祥仏法センターは開光大典を行った以来、リンチェンドルジェ・リンポチェは毎年京都民間に於いて、祖先を祀る「大文字祭」の当日に、日本京都寶吉祥仏法センターにて殊勝な済度法会を行っている。今年「大文字祭」の当日の法会に、「施身法」だけではなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェは尚更に「地蔵菩薩息災法」を修められた。地蔵菩薩は日本に於いて、極めて重視されて、何処でも地蔵菩薩の仏像を見えると言えて、殆ど土地公として拝んだ。此処から見ると地蔵菩薩は日本と縁がとても深い。「地蔵菩薩息災法」は金剛亥母が自ら伝授された岩伝法であるので、その上これは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが始めて日本でこの法を修めて、その意義はとても深遠であり、加持力はもっと不思議である。リンチェンドルジェ・リンポチェはただ午後の時間で２つの殊勝な法を修めただけではなくて、更に自ら数珠にて法会に参加するすべての信衆と弟子を一人一人加持して、衆生のために完全に犠牲し奉献する慈悲心が、法会に参列した大衆にたいへん感動させた。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に昇った後に、法会に参列した大衆に、以下の貴重な仏法を開示して与えた。
お経には、中国旧暦の7月で、西暦の8月であるこの月は親孝行の月と称することを記載される。目犍連尊者はもとはヒンドゥー教を学んでいるが、彼の逝去した母親がどの道にいるかということを知るために、その故努力して仏法を学んで、それから釈迦牟尼仏の座下の神通第一の大弟子になって、神通力をもて自分の母親が餓鬼道に堕ち込んだことを知っていた。餓鬼道にいる衆生は食事することができなくて、食べ物は咽喉にさえ着けば、火になって飲み込むことができなく、もし喉が渇いてとても水を飲みたい場合であれば、水は咽喉に着く時にも、火になる。どうして餓鬼道に堕ち込んだのか。生前に布施、供養を惜しむから、助けを必要とする人々を助けなくて、他人が供養することを阻止して、或いは布施供養した後に後悔する人などこれらの人々は全て餓鬼道に堕ち込むのである。いったん餓鬼道に堕ち込んだら、その期間は少なくとも人類の時間の1500年である。
目犍連尊者は神通力を使って、食べ物を餓鬼道にいる彼の母親に持って食べさせたが、しかしこれらの食べ物は咽喉につくと、火になるから飲み込めない。目犍連尊者は釈迦牟尼仏に助けるように願って、そこで仏陀は目犍連尊者に、ちょうど閉関し終わったばかりの修行者を供養して、食べ物を持てこれらの修行者を供養するように開示して、だから、この功徳にて、目犍連尊者の母親はようやく餓鬼道から離れて、天道に上がることができて、これは盂蘭盆会の由来である。そのため、お経には仰った事があるが、真に親孝行な人は仏を学ぶ人であり、ここからも明らかに済度するのがそんなに簡単な事ではなくて、目犍連尊者は既に阿羅漢の果位まで修めても、全然自分の母親を済度することができなく、そなた達はただ木を燃やして済度することができると思わないでください、。もしこのようなことであれば、それでは　リンチェンドルジェ・リンポチェは修行する必要はない。
仏法が仰った因果は迷信ではなくて、仏法の因果はそなたがこの因をするので、必ずその結果が出る。そなたの言った話、した事、思った事などは全て果報がある。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの前にあるテレビ番組を見て、現在の科学者が既に人がしたすべての動作が、宇宙の中で信号を残すことを発見して、これは仏法のいわゆる因果だと言える。例を挙げて、人はなぜ高血圧、心臓病、糖尿病、血中脂肪が高いなど病気に罹るのか、原因はすべて殺生するためである。医学上でも証明されて、もし一人は肉を食べるならば、年を取ってから体が多くの状況が出る。お経には記載されて、地蔵菩薩の母親は生前に亀の卵を食べることがよく好きなので、死んだ後に地獄に落ち込んだのである。
リンチェンドルジェ・リンポチェは36歳の前に肉、海鮮を食べることが大好きで、凡そ魚、海老、蟹、生の牡蠣など、生きているものではないと食べない。リンチェンドルジェ・リンポチェの姉、弟、妹は脳部の手術を受けたことがあり、家族の男の子はすべて高血圧がある。なぜかというと、リンチェンドルジェ・リンポチェの曾祖父は蚕糸の商売をやったので、多くの蚕を殺したから、リンチェンドルジェ・リンポチェの曾祖父の世代から父の世代まで、すべての男子は55歳を越えなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは45歳以前、高血圧もあるが、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは薬を飲んでいなくて、あるいは治療を受けなくても、今も高血圧が無くなって、これは、リンチェンドルジェ・リンポチェが、仏を学ぶことを通じて、やっと自分の業を転じたから。リンチェンドルジェ・リンポチェは今年すでに64才であるが、体がますます良くなり、心拍数が平均的に1分に62回であり、これはすべて菜食料理を食べて仏を学んでいるから。そなた達など男はリンチェンドルジェ・リンポチェの体と同様に良くなりたいならば、菜食料理を食べるべきである；女は美人になる場合も、更に菜食料理を食べなければならない。肉を食べている女は老化が比較的に速い。
今日修めるのは地蔵菩薩である。中国、日本、韓国に於いて、多くの人は地蔵菩薩を知っている。中国や日本に於いて地蔵菩薩は出家相を現れたが、チベット仏教では在家相を現れた。日本で多くの人は地蔵菩薩を奉じている。多くの曲がり角、墓場も地蔵菩薩像を見えている。地蔵菩薩はそなた達が思った通りに鬼道及び地獄道の衆生しか助けない事ではなく、地蔵菩薩の「地」とは地獄という意味ではなくて、地蔵菩薩の慈悲は大地のように衆生を育てて仏法を学べた。「蔵」とは仏菩薩の宝物である。仏菩薩の宝物とは何だろう。菩提心であり、仏菩薩の本質である。衆生に全て利益を得させた。
釈迦牟尼仏は《地蔵菩薩本願経》を紹介して、衆生を助ける。地蔵菩薩の願力は「地獄を空かないと 成仏しないことを誓う」である。それは地蔵菩薩は衆生が悪道に堕ちる事を望まないから、衆生を助けて教えて仏法を学べた。地蔵菩薩は天道、阿修羅道、人道、地獄道、餓鬼道、畜生道の衆生を助けて、八大菩薩の一つである。梵文で菩薩摩訶薩と呼ばれた。菩薩の果位は登地菩薩から十地菩薩まであるが、十地以上なら、菩薩摩訶薩と呼ばれた。
続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは始めて法を修めてまた開示された。元々チベット仏教に於いて法を修める時、法本を配らないが、日本人の懐疑心が重いから、そなた達に法本を見せる。次はマンダを差し上げる儀軌を行った。入場の時にくじを引いて抽選された信衆は衆生を代表して、主法上師リンチェンドルジェ・リンポチェにマンダを差し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きに開示されて、先程行ったマンダを差し上げる儀軌は供養であり、そなた達の福報は足りないから、供養を通して、そなた達に福報を累積させて、そなたは福報があって仏法の助けを受けられる。
リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きに法を修める時に発心、動機を開示された。若しそなた達は今日好奇心を持って、法会に参加すれば、今後得た結果は他人がそなたに好奇を感じた。若しそなたは懐疑心を抱いて来れば、今後も他人がそなたに疑う。若しそなたは学問や講義に参加する心で法会に参加すれば、今後の果報は仏法を学べない。リンチェンドルジェ・リンポチェは法を修める時、リンチェンドルジェ・リンポチェが何をしているだろうかと分からないで。そなたはリンチェンドルジェ・リンポチェはの上師直貢チェツァン法王であれば、そなたは分かる。
この法を修めれば、平安、祥和を得られる。唯この法会に参加する参列者は若し自分の事業や家庭のため或いは守りを求めるためなら、作用は限りがある。参列者は仏菩薩と同じように衆生が全て苦しみを離れると望むべき、そなた達も衆生の中にいる。例えば、日本福島に発生された地震は全ての日本に多少な影響を及ばした。皆は安楽を得るなら、そなた達も安楽を得られる。タバコを吸うとは快楽であり、酔うとは快楽や美食を食べるとは快楽であると思わないで。
この法を修める修行者は必ずとても清浄であり、菩提心を具えなければならない。一般の修行者は修めるわけではない。次の儀軌は金剛亥母は自ら伝授された岩伝法である。リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きに開示されて、地蔵菩薩法を修める場所は必ず清浄な所であり、そなた達の自宅で修められない。法を修める所は必ず殺生せず、動物を殺せず、墓場或いは火葬場ではなく、戦争や天災に襲われない場所である。京都寶吉祥仏法センターの所在地は京都の歴史の記載により、嘗て清朝大使が住んだ場所であり、数百年以来災難が行った事が無いから、此処に法を修めるのはとても適切である。
リンチェンドルジェ・リンポチェは法を修めて、この土地を加持して浄土に化した。この部屋を加持して、仏菩薩の宮に化した。尚更にそなた達が座った座布団を加持して、諸仏菩薩が座った蓮花座に化した。また、リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きに法を修めて、参列者に指示して、右の膝で跪いて迎えの儀軌を行った。古代に於いて、仏菩薩を迎えに来る時、伝統的に合掌して花を捧げた。だから、今日皆に花弁を持ちながら、一緒に仏菩薩を迎えさせ、皆に暫く苦労させる。
続けて、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者皆を引き連れて法本の中にの祈請文を読んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが音頭として、参列者はまた従って唱えた。この祈請文の中にの一つの段落にある一つ字は、リンチェンドルジェ・リンポチェが読んだのと皆がすべて取った法本のと同じではない、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェが皆を引き連れてこの祈請文を３回読んだのに、弟子達はかえって上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法音をきを配って聞かず、独り善がりで法本を見ながら他の字を読み出した。リンチェンドルジェ・リンポチェは大変慈悲で皆が全て犯した過ちを指して、皆を注意させて、自分が字を読み分かって、独り善がりで、勝手にするな、法本を見て読むことが正しくはなく、上師が全て読んだ字音こそ正しいだ。しかし、皆は従って読んだ時、全て自分で法本を見て、上師リンチェンドルジェ・リンポチェの教導を聞かなくて、何の皈依弟子だろう。
慈悲的なリンチェンドルジェ・リンポチェは参列者に１人に１人に壇城に上がらせて、極めて珍しくて自らで念珠を信者と弟子の頭のてっべんに置いて加持を与えた。皆は順序で壇城にあがって敬って受け取って、心の中に感激を満ち溢れた。リンチェンドルジェ・リンポチェはこんなに尊貴なのに、かえって自分の苦労を問わず、体力を尽くして参列者皆に加持を与えて、参列者はこのチャンスで大成就者の助けを得てまことに無上な福運であった。
リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に修法することは前行、正行、迴向に分けると紹介した。前行とはそなた達は法会に参加する動機で、正行は法を行う主要な部分で、迴向は今日法会が全て蓄積した功徳を我らと関係があった或いは関係がない衆生に布施するのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆を引き連れて地蔵菩薩心呪文と法本の呪文を唱えた。又申された、呪文は諸仏菩薩の事業、功徳、知恵と願力で、諸仏菩薩の呪文を読む時、即ち仏菩薩の功徳、知恵、願力と慈悲を覚えるべきだ。しかしリンチェンドルジェ・リンポチェが全て唱える呪文ははじめて衆生に対して本当に加持力がある、そなた達が唱えた呪文はない。法本の中に言い及んだ、参列者の心が十分に丁寧でなければ、或いは散漫な心であれば、仏菩薩に許してくれるように祈って、諸仏菩薩も衆生の縁で衆生を済度する。法本の中に、本来主法上師は皆のために《仏説地蔵仏菩薩陀羅尼経》を解釈するが、そなた達はこんなに根気がない、だからリンチェンドルジェ・リンポチェは苦労して直接にそなた達のためこの経を読んだ。
この頃、リンチェンドルジェ・リンポチェはあるこちあち見ている信者を注意させて、また申された。この者はこのようにこちあち見るのは目がリンチェンドルジェ・リンポチェを見なくて、他のところを見ていて、すなわち耐えなくなった。
今日は全て修めた地蔵菩薩法は、元来終日に法を修めるべきで、それに皆を引き連れて《地蔵菩薩本願経》を読むが、これは３、４時間をかかって、日本信者はこんな根気がない。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て日本の多くの寺院へ行って、大体法事は約15分時間がかかって、終了した後、信者は寺院を離れて、済度法会にが限らなく、1時間を越えた。今日皆は時間もなく、一冊の経文を読み終わるとの辛抱もない。そなた達は飲む時間があり、テレビを見る時間があり、他人と雑談する時間があり、ただ経文を読む時間がない。それより、今日は民情に合わせるため、皆を引き連れて《地蔵菩薩本願経》を読まなくて、ただ参列者皆目の前にリンチェンドルジェ・リンポチェの手元にあった経書を開けて、皆が全てこの経文を既に読んだとの現れである。
そうして、リンチェンドルジェ・リンポチェは法を修め続けて、仏菩薩を送迎して、迴向儀軌を進んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは法本の中にの一段の祈請文によって仰って、この法を修めて、皆に寿命、福報と知恵を長くさせて、その上、福運と平安が得た。しかし肉食する者は得られない。また、そなた達に寿命を増えさせるのはそなた達に多く時間をあらせて、したいことを完成させて、或いは兒女の結婚を見せるのではなく、仏法を修めて体力があって、他人を助けることが出来るのである。
リンチェンドルジェ・リンポチェは全ての気力を使い尽くして衆生に助けて、仏法を広めていた。台湾で毎週の土曜日に200人余りの信衆がリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来て、全ての人々は病気に罹っていたのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは今までずっと広告を行わないで、報道を受けないで、メディアにて宣伝しないで、台湾で1千1百人余りの弟子がリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依して仏を学んでいた。日本に来た前の昨日に、台湾で2万2千人を超えて参加した大法会を主催したばかり、法会を終ってから翌日にすぐに飛行機を乗って日本に来て、昨日の夜の11時30分でやっと着いて、今日の午後から夜まで皆の為に修法してあげた。こんなに多くの人々は如何に来たのでしょうか？此れは全て仏菩薩から見つけてきたのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは日本で台湾と同じように、何も宣伝をしないで、ただとても大変で、とても努力していてして行って、これらの法会がそなた達に体得させて仏を学ぶ事を決める。幸い、リンチェンドルジェ・リンポチェの調子は益々良くなっていて、どっちみちある日にそなた達を待つ事が出来た。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは皆の為に修めた「地蔵菩薩息災法」が円満になって、参列の皆に15分で休ませる事を指示し、それから、皆の為に施身法を修めた。参列者はリンチェンドルジェ・リンポチェに声を揃えて感謝し、リンチェンドルジェ・リンポチェが暫く法席から降りる事に起立して恭しくお待ち申し上げた。
お休みが終ってから、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは再度法席に上げて、皆の為に殊勝な施身法を修めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは「施身法はチベット仏教の8つの最も重要な法門の中の一つで、皆が知っている通りに、仏法がインドから開始し、中国とチベットの仏法が全てインドから伝えて来て、その中に唯一インドに伝え帰った法が今日修める予定の施身法である」と開示した。
施身法は1千2百年前にチベットのある結婚して子供を儲けた女の修行者から作って、施身法を修めるのが主にそなた達の苦しみの為に、その上、そなた達の快楽の為である。そなた達が苦しみの原因は快楽を追求するの為で、一切の苦しみが快楽を追求する結果を知らなければならなかった。
施身法の法本で「施身法を修める行者は修法する時に、身につける一切の保護の物品をが全て抜かなければらない」と記載された。施身法の中に、行者は観想を通して、自身の血、肉、骨を甘露に替わって、衆生に甘露を食べさせられて喜ばせてから、仏法の助けを受けられた。施身法は重病に対して、特に医者さんが治されない病気で、また、鬼神に傷付けられたので引き起こす病気に特に有効があった。どのような状況が鬼神に傷付けられるのでしょうか？例えば悪事をして、他人に騙して、商売を誠実しないで、奥さんとする婦人を守らないで、主人とする妻を養わない等で、鬼神に傷付けられた。
今日、夜8時に大文字祭があるので、リンチェンドルジェ・リンポチェが祭典が始まる前に施身法を修めて終わって、皆に盛況を観賞する機会に与えさせた。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェが殊勝な施身法を修めて開始し、皆が自分の名前と助けたい生きている親友の名前が3回で唱えて、その上、助けたい去った親友の名前が3回で唱える事を指示させた。
リンチェンドルジェ・リンポチェは既に64歳の高齢で、午後で皆の為に2時間にかかって、懇々と開示して「地蔵菩薩息災法」を修めて、少し休む片時、それから、皆の為に施身法を開示して修めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは完全に自身の苦労を顧みないで、修法していた過程に法席で正座して鈴と太鼓に揺れることを続けていて、皆の為に唱えて修法していた。リンチェンドルジェ・リンポチェが嘗て開示したのように、金剛乗の行者が自分の全ての命を衆生に利益した。リンチェンドルジェ・リンポチェは既に長時間で疲れていたけれども、施身法を修めた時に、数回で巨大な法音を出して、雷轟のようで、人々に非常に揺り動かさせて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な密法の修行の成就を現れた。
リンチェンドルジェ・リンポチェは殊勝な施身法を円満で修めて、その上、参列者に簡潔な開示する事を与えた。
再度、皆を勧めて、もし今日の法会の後に再度肉食をしたら、これから仏菩薩に再度も求めに来ないで下さい。幸い、リンチェンドルジェ・リンポチェの調子が良くて、そなた達が仏を学ぶ事を待たれて、此れはリンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達により長くて生きているわけである。リンチェンドルジェ・リンポチェは参列の男の信衆にとても羨ましい事を説いて、此れは夜にリンチェンドルジェ・リンポチェが寝てから朝まで起きて、夜中にお手洗いへ行く事が要らなかった。夜起きると、睡眠の品質は自然に影響を受けて、精神と体力が悪くなる。また、リンチェンドルジェ・リンポチェの調子が良くて、ある日本の信衆がとてもはっきり知っていて、此れは彼がリンチェンドルジェ・リンポチェと同じようにスピードを上げることが好きである。リンチェンドルジェ・リンポチェは台湾でトップクラスのスポーツカーを運転するので、スピードを上げて、心臓が良くないならば、耐えられないのである。その上、スピードを上げる者は目が鋭い事も要った。そなた達は以降でリンチェンドルジェ・リンポチェの調子と同じ事を望むなら、素直に従って、肉食をしないで、煙草を吸ってはいけなかった。
夜の8時に大文字祭が始まって、だから、リンチェンドルジェ・リンポチェが此の前に速め修法を終らせて、そなた達の動作がとても遅いことを知っているわけである。リンチェンドルジェ・リンポチェは特に仕出屋を手配して、京都の寶吉祥仏法センターの庭でバフェの晩餐会を準備しておき、皆に食事をしながら大文字祭を観賞しさせた。参列者はリンチェンドルジェ・リンポチェの注意深い手配に声を揃えて感謝し、その上、リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲深く修法にもっと感謝し、いとま請いをせず苦労して殊勝な「地蔵菩薩息災法」と施身法を修めて、日本の幸いに祈って、その上、虚空に無数な衆生に利益していた。
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		<pubDate>Fri, 22 Jul 2011 11:23:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>RogerC</dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは来る2011年8月16日日本京都寶吉祥仏法センターで殊勝な「地蔵菩薩息災法」及び「施身法」を主催される。
2008年5月日本京都寶吉祥仏法センターは開光大典を行った以来、リンチェンドルジェ・リンポチェは毎年京都民間に於いて、祖先を祀る「大文字祭」の当日に日本京都寶吉祥仏法センターにて殊勝な済度法会を行っている。数年間に経って、無数な亡者を助けて、善道に往生させて苦しみを解脱させた。
今年「大文字祭」の当日、チベット仏教の密法八大成就法の一つであり、「施身法」を主催された以外、リンチェンドルジェ・リンポチェは尚更に「地蔵菩薩息災法」を修められた。地蔵菩薩は日本に於いて、極めて重視された。墓場、寺、曲がり角、街の側など何処でも地蔵菩薩の仏像を見えて、殆ど土地公として拝んだ。此処から見ると地蔵菩薩は日本縁がとても深い。
今年3月、日本では強く地震及び津波に襲われて、大損害を受けた。幸いリンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きに京都に仏法で衆生を利益して、この土地で無上な功徳を受けて守られたから、この重大な災難に免じられた。故にリンチェンドルジェ・リンポチェは日本に「地蔵菩薩息災法」を修める意義は尚更に深遠である。大衆は信心及び恭敬心を具えてこの法会に参加すれば、またリンチェンドルジェ・リンポチェの教導に従って、悪を断ち善を行って仏法を学べば、必ず自分に頻繁に災難が起こる時代にて無事に暮せる。
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		<pubDate>Thu, 14 Jul 2011 15:37:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>RogerC</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[寶吉祥仏法センター住持上師――尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、来る2011年8月14日に、「台北世貿センター南港展覧館」で、20,000人が参加する「チベット仏教直貢噶舉教派阿弥陀仏無遮大超度法会」を主催し、一切の衆生に利益する。今年は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが第７回目に殊勝な「チベット仏教直貢噶舉教派阿弥陀仏無遮大超度法会」を主催する。今年8月14日はちょうど旧暦7月15日で、民間習俗の「中元節」であり、この伝統的な祖先を祭る節日に、この大超度法会に参加すると歴代の先祖に対して莫大な役に立つことが出来て、更に慎終追遠（しんしゅうついえん）の意味をも備える。
リンチェンドルジェ・リンポチェは、衆生の福祉を心して、あらゆる衆生を苦難から救い、輪廻の苦海から脱離させる大悲願を起された。それで、2005年より、每年自ら殊勝な「チベット仏教直貢噶舉教派阿弥陀仏無遮大超度法会」を主催し、以って正統なる仏法を広め、人民の心靈を淨化し、台湾この土地及び国民全體の幸福を祈願される。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くこう諭される。「無遮大法会」とは法会に功德主を設けず、金錢地位を以って功德を量らず、縁があってこの大法会に參列する衆生は皆平等に諸仏菩薩の加持救護を受ける。故に大法会で諸仏菩薩及び主催上師尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにマンダを捧げ供養する５人の殊勝儀軌の代表、及び点灯して仏を供養する2,000人の代表は、大法会当日に參列された信衆が入口で抽籤して決め、特に代表を指定しない。
今回の大法会の入場券、済度、点灯は過去６年と同じく、毎年とも如何なる料金も取らない。そして、今年が必要とする二千万元あまりに及ぶ經費は過去の毎年と同じく、リンチェンドルジェ・リンポチェの監督の下で、皆社団法人中華民国寶吉祥仏教文化交流協会のメンバーにより共同負擔とし、他に募金をしない。過去６年で毎年の大法会が円満に終了した後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは「チベット仏教直貢噶舉教派阿弥陀仏無遮大超度法会」に参列した信衆が大法会が円満終了した後に、リンチェンドルジェ・リンポチェに供養した供養金を全額、内政部に寄贈して公益慈善、社会福利事業或いは災害後の再建に使用し、衆生に代わり廣く善縁を結んでいる。大法会現場には内政部代表、弁護士、会計師及び銀行代表を招いて立会いして頂き、過去６年で、リンチェンドルジェ・リンポチェが寄贈した金額は合計3,000万元にも上っている。毎年、内政部は公文書或いは感謝状以って尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの寄贈金に感謝している。
過去６回の大法会では、放送、テレビ、新聞、雑誌、宣傳ポスターもなく、媒體で廣告もせず、ただ寶吉祥仏法センターの弟子達が口コミで、リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲願力を伝えるだけで、毎年会場は満員になる。６年で参列した信衆の総数は延べ74,000人に達し、遠く日本、香港、オランダ、フランス、印度、ニュージーランド、オーストラリア、アメリカ、イギリス、カナダ、フィリッピン、ブラジル等海外からも信衆がこの法会に参列するため台湾を訪れ、更にチベット仏教の直貢噶舉教派、ヅバカジュ派、ニンマ派、ゲル派など異なる教派のンガパ、ゲシェ、ガムポ、ラマ、アニ及び顯教出家衆などが、自主的に法会に参列している。歴年「阿彌陀仏無遮大超度法会」はすべて殊勝で円満に終了し、数多の衆生を済度している。
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		<pubDate>Wed, 13 Jul 2011 16:30:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>RogerC</dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは2011年5月25日、日本京都寶吉祥仏法センターにて、「上師供養法」法会を主催して、参列者が日本人の皈依弟子１人と信者10人、インドの信者1人、台湾の信者8人と皈依弟子152人を含んで、合計で172人がこの法会に参加した。リンチェンドルジェ・リンポチェは5月28日また殊勝な「火供」法会を主催して、参列者が日本の貴賓16人、インドの貴賓1人、台湾の信者8人及び皈依弟子162人を含んで、合計で187人である。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは｢上師供養法｣法会を主催し、上師の配慮に感謝するだけではなくて、日本寶吉祥仏法センターの開光3周年であり、それに皆のために福報を蓄積する。リンチェンドルジェ・リンポチェはもうされた、人は意外事故、死亡、天災に会い、実は福報は使い切ってしまって、そのため絶えず機会を探して福報に累積しなければならない。不動明王の息法火供なら皆のため各種内魔、外魔の危害を収めて、仏を学ぶ障碍を取り除く。
日本は今年3月に巨大な地震と津波の災害を受けたばかりで、皆は災害現在リンチェンドルジェ・リンポチェは台湾に於いて皈依弟子は既に1,100名に達して、リンチェンドルジェ・リンポチェに従って信衆も十数万人である。日本に於いて、信衆はまだ多くないけど、それは日本人は外来の物事に対してなかなか受け取らないから。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは諦めなくて、たとえ１人や２人の信衆は仏法を習いたいなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは生きている間に引き続きに日本で仏法を広めている。リンチェンドルジェ・リンポチェは火供を修める時に、慈悲にすべての法会参列者に、一人一人ずつ前に出てリンチェンドルジェ・リンポチェが法を修める供え物を受け取る機会があって、自ら自分の手で供え物を火の中に投げさせた。このような過程では、リンチェンドルジェ・リンポチェが法を修める時に絶えず必ず向きを変え、法会参列者が供え物をを受け取っている動態に注意しなければならくて、更に手を伸ばして供え物を取ったり放したりする回数も2000数回に達するように増加されて、脊柱側わん症に罹ったリンチェンドルジェ・リンポチェの体にとても大きく負荷をもたらした。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは衆生を捨てないで、仏法を広めるため、完全に犠牲し奉献する慈悲心と菩提心は、とりわけ人に感動して捨てないようにさせる。
リンチェンドルジェ・リンポチェは火供を修めている時、大雨が降っていて、しかし火勢はもっと激しく燃やして、特にリンチェンドルジェ・リンポチェは真言を唱えている時、火炎が突然約3メートル高さまで上がって、威勢は猛烈であり、とても殊勝な瑞相である。その時、ある鳥は火供の壇城の上の空に飛んで、それから、ある大きく鳥も飛んできて、また、引き続き多くの鳥は全て飛んできて、上方にぐるぐる回って、その上、心地良い叫び声が鳴いていて、それはダーキニーの化身が来た殊勝な瑞相であった。火供が円満した後、大勢の参列者のお体のもともとの病気は直ちに改善を得て、皆にリンチェンドルジェ・リンポチェの不思議な大能力と密法の殊勝な所を一層深刻体得させた。
5月25日の｢上師供養法｣法会の中に、リンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示された。今日は皆のため修めるのは「上師供養法」であり、この法はチッベト仏教密法の特殊な法門であり、顕教では修めていないのである。顕教とは今台湾、日本の普通な人が仏寺に行って接触する仏教である。日本では、実は密法があり、東密だと称され、唐の時に中国から伝わってきたのである。チベットの仏法は唐の時にインドと中国からチベットに伝わって入ったので、チベットの交通があまり発達していなくて、当時に多くの修行する成就者が現れたから、その故にチベット仏教は完備する顕教と密法を保存している。チベット仏教には四大教派があり、紅教－－チベット語で寧瑪巴（ニンマ）を称し、白教－－チベット語で噶挙（カギュ）を称し、黄教－－チベット語で格魯（ゲルク）を称し、花教－－チベット語で薩迦（サキャ）を称す。その中で歴史が比較的に悠久なのは紅教と白教であるが、しかし普通な人達はチベット仏教を言うと、ただダライラマだけを知っている。実はダライラマはただ黄教だけを代表して、第5世ダライラマから同時にチベットの政治と宗教を掌握したのである。
噶挙（カギュ）派の「噶挙（カギュ）」とは口伝という意味であり、すべての噶挙派の教法は全部上師が口伝してはじめて修行することができる。直貢噶挙教派は祖師　ジッテン・サムゴンが創られたので、既に830年の歴史がある。ジッテン・サムゴンはお経の中にも、十地菩薩以上の果位まで証得できるという予言があり、菩薩は登地－－或いは「初地」から、二地、三、四、…十地まで分けられる。
ジッテン・サムゴンの上師はパクモドゥパであり、パクモドゥパの上師はガムポパであり、ガムポパの上師はミラレパであり、ミラレパの上師はマルパであり、マルパの上師はナローパであり、ナローパの上師はディローパである。その中、ディローパとナローパはインド人であり、マルパは顕教と密法をインドからチベットに持って入ったのである。
今日修める上師供養法は、上師の配慮に感謝するだけではなくて、日本寶吉祥仏法センターの開光3周年である。上師供養法を修めるのは、第1は衆生に福報に累積するように助けることができて、福報が寿命、健康、財産、眷属、社会地位及び尊敬されることを含んで、今の福報はそなた達の過去にした布施供養により得られる。福報は金銭のように、ある日に使い切るので、人は意外事故、死亡、天災に会い、実は福報は使い切ってしまって、そのため絶えず機会を探して福報に累積しなければならない。次は、上師供養法を修めたら、衆生に仏を学ぶ障害を取り除くことができて、第3は法会に参加する衆生が悪事を行った果報を軽減して甚だしきに至っては消滅させることができる。
現在リンチェンドルジェ・リンポチェは台湾に於いて皈依弟子は既に1,100名に達して、リンチェンドルジェ・リンポチェに従って信衆も十数万人である。日本に於いて、信衆はまだ多くないけど、それは日本人は外来の物事に対してなかなか受け取らないから。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは諦めなくて、たとえ１人や２人の信衆は仏法を習いたいなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは生きている間に引き続きに日本で仏法を広めている。
そしてリンチェンドルジェ・リンポチェは上師供養法を修め始めた。法本の中に始めの祈祷文はそなたに怒った敵、そなたを傷害した魔及び一切の障碍は全て暫く止まって、そなたに法会に参加する事を影響させない。続いて、衆生を代表して、諸仏菩薩及び上師に皈依し、尚更に生々世々の皈依である。それで発願して、諸仏菩薩の願力は全ての衆生に苦を離れて楽を得るためである。楽とはそなたは多くの酒を飲んで、美味な魚或いは多くの牛肉を食べることではなくて、輪廻の苦を離れる。そなたは自分の楽を追求したが、他人は楽しくないと、そなた自身も楽しくない。そなたは自分の楽のため、衆生を傷付けて、衆生の肉を食べた。現在の医学も証明したが、肉を多く食べる人は癌に罹りやすい。誰がチベット仏教では肉を食べられるだろう。本当に仏を習って修行したい人は命がある生物を食べない。仏を学ぶのは慈悲を学ぶ事である。慈悲がないと仏法がない。肉を食べるなら、慈悲を修められない。この発願は菩薩道の精神であり、菩薩道は在家修行者に合う法門である。
この祈願文を唱えれば、効果があるかどうか。確かにある。先日リンチェンドルジェ・リンポチェははテレビにある科学の番組を見た。科学者は機器を通して計って、既に人類と動物に関して、全ての動きは宇宙の中にメッセージを残すのを証明した。若しそなたはいい考えがあれば、いいメッセージを残して、いい結果を得た。若し悪い考えがあれば、悪いメッセージを残して、悪い結果を得た。此れは因果である。仏法は科学より先端であり、そなたは祈願文を唱えて、いい考えがあれば、必ずいい作用を起す。いつか結果が出るかどうか分からないけど。仏法は今だけ見るではなくて、そなたの現在、過去及び未来を見るから、我々は一切の衆生に苦しみを離れる事を発願する。
リンチェンドルジェ・リンポチェは修法の過程に唱えた内容について、皆は分からなくても構わない。唯自分に役に立つのを信じればいい。そなたは十分の信心が有れば、今回の法会は皆に未来及び来世に対して、必ず役に立つ。若し修法の内容を分かりたいなら、たとえリンチェンドルジェ・リンポチェのように数十年間に仏を学んで、絶えずに閉関修行する機会がないと出来ない。
続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは七支供養祈請文を唱えて、懺悔、随喜功徳、菩提心を発するなどを含めた。殆ど全ての修法儀軌は七支供養がある。供養は仏法の基礎である。
続いては禅定灌頂の儀軌で、灌頂は密法の中に特別の法門で、そなたにこの法門を修める許可を与えるとの意味である。しかし灌頂終了した後、修めることができるのではなく、まだ上師が方法と口訣を伝えるのが必要で、多くの法本には載せてないから、密法は公然的に伝授することが出来ない。禅定はあそこに座って、ちょっと座って、寺院へ禅七をしに行くのではなく、長期を経て訓練しなければならないのである。
リンチェンドルジェ・リンポチェは大会皆を引き連れて上師供養法を行った。修法の過程の中に、籤引で選び出した5名信者は衆生の代表として、リンチェンドルジェ・リンポチェにマンダを捧げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは特に開示された。リンチェンドルジェ・リンポチェは諸仏菩薩を代表して衆生の供養を受け取った。マンダを捧げた物の中では、一番目の供物は銀河系の中で一番いいものを代表として供養するのである。太陽系の中で３つの星があり、地球のように人類が住んでいる。しかし、外の３つでは仏法がなく、只地球では苦が楽より多くて、はじめて仏を学ぶチャンスがあるから。二番目の供物は１尊長寿仏の仏像であり、長寿仏の仏像を供養するのはそなたに長寿をさせるのではなく、そなたに意外に死亡させなく、しかし、これからもう悪行をしないことが必要である。もう一つの意味は仏法が長く世にあるのを祈る。三番目の供物は仏経で、仏法と仏経の代表として供養する。供養する者も未来世に仏法を教えてくれる者が居るとの果報が得た。四番目の供物は舎利塔で、その中に舎利子を供養し、供養者は未来世にも修行者である。最後の一つ供物は供養金で、供養者は布施をしたことがあるので、未来世に貧乏をせず、法財を得て絶えずに仏法を勉強できるとの表れである。
続けて行うのは茶供の儀軌で、チベットでは天気が寒いので、修法の過程の中に、修法者は体力が足りないため、少し甘い物を飲む必要があり、チベットではやくのミルクを用いる。チベット仏法の中に、この伝統を入れた。供茶も一つの供養であり、リンチェンドルジェ・リンポチェは諸仏菩薩と直貢チェツァン法王を代表して、衆生の供養を受け取る。
それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者を引き連れて、灯供の儀軌を行った。リンチェンドルジェ・リンポチェは壇城の上に一つの灯に火をつけて諸仏菩薩を供養した後、出家衆はリンチェンドルジェ・リンポチェの灯の火を借りて自分の手元に持った酥油灯に火をつけて、それから火を一つ一つに伝えて皆の手元に持つ灯をつけて、まるで、殊勝な仏法は上師の教導を通じて仏弟子に伝えて、衆生の明るい智慧をつけて、無明の黒暗を追い出した。儀軌円満した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは特に通訳者を指示して通訳して、日本信者に注意させて、口で供灯を吹き消してはいけない。例え、自然に消えるなら大丈夫である。この灯は皆が持ち帰って、自然と消すまで引きつき燃やすことが出来る。もし家に仏堂があれば、仏堂で引き続き燃やしても良いで、仏堂がなければ、客間の中でのきれいな所を置いたらいい。
リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者を連れて、『度母七頌』を唱えた。それから、この頌はジッテン・サムゴンが閉関し、度母法門を修めた時に、悟って得るので自ら七度母を目で見て、度母の功徳を称賛するためにこの頌を作った。人々が唱えれば、とても大きく加持力を貰える。
次は、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者を連れて、『吉祥法界祈請文』を唱えて、唱えている時に、リンチェンドルジェ・リンポチェは上師の恩徳に思い当たったので、同じく思わず涙に咽んだ。参列者はリンチェンドルジェ・リンポチェの無比的な摂受力を感じたから、多くの弟子は上師の無比的な恩徳を思い浮かべて、激しく泣き沈んだ。
それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者を連れ手、『瑪尼迴向速証大楽祈請文』を唱えた。観世音菩薩に一切の苦しみと難きに遭う衆生を接引してくれて、彼らが阿弥陀仏の浄土に往生して行ける事を頼んた。最後、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者を連れて、『六字大明咒』を唱えていた。
今週の土曜日、リンチェンドルジェ・リンポチェは日本寶吉祥仏法センターで殊勝な火供を行って、その上、不動明王を主尊にする。不動明王は日本との縁がとても深くて、チベットでは不動明王を修める方式は日本と異なる。チベットの不動明王の双足の下に四つの魔を踏んでいて、其々が死魔、病魔、天魔、煩悩魔である。だから、火供に参加する者は寿命がより長くて、病状がよりよくなって、もし仏を学んだり、戒律を守ったり、菜食をしたりする事が出来れば、病状が変われて始める。
火供は日本人が行う護摩と異なる。日本人は自分の名前を木の上で書いて、祈請文を唱えて、それから木を焼いて、そうすると、自分の良くない業力と一緒に焼ける事と思っている。実は、中国人は3,000年前にこのような風習があるが、しかし、此れは効果が無い。火供はチベット密法の中に最も重要な法門で、ただリンポチェ果位の修行者だけで主催する事が出来る。火供を行う間に、様々な供品を焼いて、各々の供品が異なる意味を代表し、一部が疾病を取り除けられて、一部が業障が取り除けられる。仏法が祝日ではないし、最近、5月末に京都に２軒の大仏寺が一寸イベントを催していて、お経を書いて、お経を書き写する事があった。多くの人々は参加していって、仏法を祭典に参加する事と思っている。お経を書き写して、お経を唱える事は修行ではなくて、仏法の意味ではない。
土曜日に一部の人々は遊びにいく計画を立てて、火供に参加する事をしないし、遊ぶ事が法会に参加する事より重用だと思っていて、此れは間違う。そなたは旅行しなくても、その場所が逃げてしまう事がない、地震が発生する事とは限らない。火供はとても得難い法であり、リンチェンドルジェ・リンポチェは1年に多くとも1回しか修めなくて、今回を逃すならば、また1年を待たなければ成らない。チベットと台湾では、火供を修める事は多くの人力、物資を使える事が要る。台湾で火供を修める場所をなかなか探し当てにくい。最初、リンチェンドルジェ・リンポチェが日本寶吉祥仏法センターの土地を買ったのは、この土地が火供を修める事をとても適すわけである。火供に参加する事は最も速めに福報を累積する方式であり、遊びに行くのは福報を使ってしまうわけである。
5月28日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは火供法会で大衆が入場する前に、先に法座に昇って前行を修めてから、参列者に一人ずつ前もって加持された甘露水を飲んで道場に入らせた。法会が始まって、リンチェンドルジェ・リンポチェは大衆に貴重な仏法の開示を与えた。
今日修める火供は、チベット仏教の密法の中でとても殊勝な法門なので、日本人が護摩を焚くのと異なる。日本人は護摩を行う時、参加者の名前を木の上で書いて、時にはいくつか祈請文を唱えたり、時にはいくつか儀軌を行ったりして、そして木を火の中に投じて焼き払う。事実上、護摩の儀軌は《大蔵経》続部に従って作られたのであり、本当に仏教の中の護摩儀軌は良い木や香りがある木、例えば、白檀などを焼き払って、それで諸仏菩薩を供養する。お経には、自分の名前を木の上に書いてから持って燃やしに行くことを言っていない。今の地球の上の仏法は釈迦牟尼仏の仰った仏法であり、お経は釈迦牟尼仏の開示された仏法の記録であり、だから、もしお経に書いていなかった物ならば、すべて仏法だと言えないで、ただ外観から見れば仏法みたい。
仏法は番組ではなくて、出演を見ることを見なさないでください。そなたが来て参加してみてすぐ役に立つのではない。火供の参列者は必ず恭敬する心と懺悔する心にて参加しなければならない。火供はあまりよく修める法門ではなくて、毎月ごとに修めるのではなくて、火供を修めるのは必ず多くの準備をしなければならなくて、主法する者はリンポチェの果位ではないと修めることができない。火供には、4種類の法がある：息、増、懐、誅など。息は災難が収まるのであり、災難を減らさせて更に除去させる。増は寿命、財産、福報、健康を増やすのである。懐は敵にそなたへの敵意を減らさせて、甚だしきに至っては消えてなくなる。誅法は殺すのであり、仏法を破壊する魔或いは敵について、先に彼らを誅殺した後に彼らを済度する。誅法は通常に一人の個人、一つの家庭や都市のため修めることはできなくて、この国或いは地球は災難に遭う時に、修めるかもしれない。たとえ修法する者は誅法を修める能力があっても、この法は修法する者の体に傷害することがあって、修理し終わっても病気にかかる。今日修める火供は息法である。
火供の主尊は、観世音菩薩或いはその他の仏菩薩などいかなる仏菩薩がすべて火供の主尊とすることができて、今日火供を修める主尊は不動明王であり、火供を修める時に、先ずは明王と火神がお手伝いに来るように迎えなければならない。不動明王は日本との縁がとても深くて、日本ではたくさんの地方が不動明王を祭っていて、昔戦争をしている時に、一部の将軍が不動明王を戦場まで持って行って、このようにしたら勝つことができると思っているが、実はこれがただ盲信するだけ。もしかすると、これは不動明王の右手に一本の剣を手に持って、しかし、この剣は敵を殺すことに用いるのではなくて、知恵を代表する。仏を学ぶのは知恵を開くので、知恵は鋭い剣のように、私達をかき乱すすべての悩みを断って、我々に自分に利益を、衆生に利益を齎せることができる。
不動明王の左手に持つのは1本の荒縄であり、黄金と銀で製造され、双方にかぎがあって、仏法を信じない衆生を呼んで帰るのである。不動明王は体が青空色で、髪を逆立て、容貌が忿怒である。彼の身には1匹の大きな白蛇をぐるぐる巻いて、白蛇は竜王を代表して、不動明王を修持する行者は竜王の保護を得られることを表す。ある人はどうして仏菩薩が忿怒相の姿で現れるのかと思っているが、それは不慈悲ではないのか？実は違う。それはまるで子供が大人しくなくて両親の話を聞き取らないように、最初は親が子供に優しい言葉を言って勧誘するが、そうしてもまだ大人しくない場合であれば、怒る様子を現れて彼に大人しくさせる。
日本の不動明王像は立っているが、チベット仏教の不動明王像は、左足が半分しゃがんでいて、右足がひざまずいていて、両足は4種類の魔を踏んでいて、それぞれは死魔、病魔、天魔、煩悩魔である。もし仏を学ぶ者の寿命が長くないならば、いつも病気にかかったら、悩みがたくさんあったら、同じく学び続けることができない。釈迦牟尼仏は道を証得する前に、天魔が近づいて妨害したことがある。不動明王は伏この4種類の魔をおさえて、仏を学ぶ障害を取り除くことができる。不動明王はそのほかの多くの意味があるが、今日時間が不足であるから、諭さない。
火供を修める時、多くの供え物を燃やして、仏菩薩に供養してそして衆生に布施する。1種の供え物はそれぞれ異なる意味があり、例えば、米と穀物は財産を増加することができる。もしよくない業力を取り除くならば、黒いゴマを使って、それに違う種類の油を使う。火供は災難の中の衆生、鬼神を助けることができて、甚だしきに至っては現場を通る衆生もすべて助けを得ることができる。火供に参加するのは最も速い福報に累積する方法である。
引き続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは法座を降りて、京都寶吉祥仏法センターの庭に行って、そこで火供を修め始め。その時、大雨を降っているが、しかし火勢はもっと激しく燃やして、特にリンチェンドルジェ・リンポチェは真言を唱えている時、火炎が突然約3メートル高さまで上がって、威勢は猛烈であり、とても殊勝な瑞相である。その時、ある鳥は火供の壇城の上の空に飛んで、それから、ある大きく鳥も飛んできて、また、引き続き多くの鳥は全て飛んできて、上方にぐるぐる回って、その上、心地良い叫び声が鳴いていて、これは非常に普通でない瑞相であった。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲にすべての法会参列者に、一人一人ずつ前に出てリンチェンドルジェ・リンポチェが法を修める供え物を受け取る機会があって、自ら自分の手で供え物を火の中に投げさせた。
火供を円満に修め終わった後に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは再度道場に入って法座に昇って、引き続き開示して：リンチェンドルジェ・リンポチェは日本人にもう魚、肉を食べないでください、そしてお酒も飲まないでくださいと忠告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは36歳前に、そなた達と同じによく海鮮を食べ、よくお酒を飲んだいたが、唯一そなた達と違った所はリンチェンドルジェ・リンポチェがこれまでたばこを一回も吸わなかった。なぜかというと、リンチェンドルジェ・リンポチェはたばこが全世界最も臭いものだと思っている。36歳に仏を学んだ後に、リンチェンドルジェ・リンポチェは因果を知ってしまって、再び食べる肝玉がない。
お経に曰く、よく肉を食べる人が死んだ後に地獄に堕ちる。今欧米でたくさんの本は、人に菜食精進料理を食べるように勧めて、体が健康になることができる。肉を食べる人は比較的に多くの食糧を使って、今の地球の温暖化現象も多くの牛や羊を飼育することによって排出する温室効果ガスと関係がある。科学的にもすでに心臓病、糖尿病、高血圧、高血脂症、癌などこれらの病気がすべて肉をたくさん食べるため引き起こすと証明された。仏法で言えば、そなた達の食べた肉は実はすべてそなた達の代々の眷属であり、肉を食べる結果は地獄に堕ちる。一部の人が聞いたが信じなくて、仏菩薩はそなたに彼の話を聞き取るように強制していないが、ただそなたに事の真相を教える。お経に曰く、全宇宙の生物の中で、地球の上の人類が最も教えにくいので、とても誇らしいからである。
リンチェンドルジェ・リンポチェの台湾でのある弟子の父は生前、獣医をしていて、いつも動物を去勢して及び動物を安楽死させた。この父親は3人の子供がいて、小さな息子の身長が185センチメートルであるが、しかし幼い時から心臓に問題があり、知力は少し問題がある。彼はまだリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依していない前に、週に１～２回病院に通っているが、皈依した後に、月に一回だけになった。この父の娘は最近交通事故に遭ったが、彼女が既にリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依したから、生命の危険がない。彼の長男はお金が大好きで、そして親孝行をしなくて、しかしこの獣医が生前に儲けたお金が、すべて彼の長男とその嫁に使われてしまって、これはお経に諭された殺業の因果であり、すべて見られる。
リンチェンドルジェ・リンポチェは36歳前に、皆と同じ、努力してお金を儲けるのが最も重要だと思って、美味しい物を食べることが大好きである。しかし仏を学んだ後に、仏を学ぶことはこの一生に最も重要な事だといことが分かった。仏を学ぶと、どんな事が全部よくなるのではなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェはその時、仏を学ぶと商売が失敗して、皮膚癌にかかって、嫁と離婚して、息子と娘が大人しくない。しかしこれらの事はリンチェンドルジェ・リンポチェが仏を学ぶことのせいで発生するのではなくて、もともと発生するから、仏を学ぶのはリンチェンドルジェ・リンポチェが過去に肉を食べて殺生したことで発生した債務をこの一生に返済し終わることができる。仏を学んでそなたに仕事を無くさせるのではなくて、そなたの家庭と商売にも影響することはできなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェも在家の者であり、リンチェンドルジェ・リンポチェの自分自身の修行した経験から言えば、仏を学ぶのは日常生活に影響することができないのである。
現場にいる日本人の男性信者は、すでに疲れて居眠りをし始めて、彼の年齢はリンチェンドルジェ・リンポチェと同様に65歳であるが、しかし、非常に明らかなのは、リンチェンドルジェ・リンポチェの体力がこの信者に比べてずっといい。リンチェンドルジェ・リンポチェは現場にいる年取りの男達に一つの秘密を教えて、リンチェンドルジェ・リンポチェはすべて夜に起きないで夜明けまで眠っているので、夜に立ち上がってトイレに行く必要がなくて、夜中に立ち上がってトイレに行く人は体が良くないのを代表する。リンチェンドルジェ・リンポチェは55歳以後、体がますます良くなり、これは密法の殊勝な所である。もし体が良いことを望むならば、リンチェンドルジェ・リンポチェをよく学んで、ちゃんと仏を学ばなければならない。若い時にやった事は、そなたが年を取っている時に影響するから、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆が年取ってももっと良くなることを望む。仏法はリンチェンドルジェ・リンポチェにすでに適中された。以前は、リンチェンドルジェ・リンポチェは手の関節が痛かったが、2007年に閉関した後にもう痛くない。
火供を修めて最後に1段の祈願文があり、火供の法会参列者が、無病、長寿、吉祥、、好運、権勢、声望を有すること、そして広大な財産を獲得することができるように願って、法本が言うのはすべて本当でありるが、しかし本当に発心して仏を学ぶ人なら、長期にわたり法会に参加する事を通してから、これらの事はだんだん発生することができる。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは火供を修めて円満完成して、大勢の参列者の体のもともとの病気も直ちに改善をも得たから、リンチェンドルジェ・リンポチェの不思議な大能力と密法の殊勝な所を深く体得することができた。
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