尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示

2012年1月29日

台北寶吉祥仏法センターで、出家衆は寶吉祥弟子達を連れて《地蔵菩薩本願経》を唱えた。

法会が始まる前に、ある女子弟子は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ及び諸仏菩薩が彼女を助けた経過を恩に感じた。

去年(2011年)11月に、リンチェンドルジェ・リンポチェがインドに行って法会を開催していた時、彼女は台湾で交通事故が発生した。その時、彼女は仕事がひけて家に帰る途中に、北部第二高速道路を経由して、車の後タイヤが突然に破裂してそして制御できなくなって空回りして、走行車線の第4車線で回転して、最後は追越車線の中央ガード・レールにぶつかって、やっと方向が逆らうままで止めた。止めた時、方向が反対で追越車線で止めて、すべての車が高速に彼女に向かって走ってきて、すぐ彼女はびっくりして車内で絶えずに大声で、「リンチェンドルジェ・リンポチェは私を助けてください、リンチェンドルジェ・リンポチェは私を助けてください。」と叫んで、そして絶えずに車内でどこに飛んで行った分からない携帯電話を探して、急いで電話をかけて保険会社と家族に後続問題を処理したいが、しかしなかなか携帯電話が探し出せなかった。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝して、彼女で絶えずに大声で「リンチェンドルジェ・リンポチェが私を助けて」と叫んでいる所、突然に前線には1台のパトロール・カーが現れて、彼女は急いでパトロール・カーを止めて、警察の携帯電話を借りて家族と保険会社に連絡して、同時にレッカー車もちょうど現場に現れて、そして私の前線で交通事故の再度発生を防止した。その警官は彼女に教えて、この警察の車が犯人を護送しているから、長く現場に滞在することができないが、もう高速道路の警察に最も速く駆けつけて手伝うように連絡したと教えた。交通事故が発生してから事故を排除するまで、大体ただ15分だけかかって、降り続けている1週間の雨も、彼女が交通事故が発生した時に雨が止まって、彼女を安心させて車から降りて事故を処理することができた。その上国道の警察は彼女が車と衝突しなかったと言って、別に警察局まで記録をする必要がなくて、直接レッカー者業者に頼んで車を運搬してもいいと言って、運搬業者も不思議だと感じて、いつも彼女の運がとてもいいと言った。何故かというと。高速道路の車がこんなに多いから、意外にもいかなる車にぶつかっていなくて、車が凄く破損して、4つのタイヤも完全に断って、車内のエアバッグもすべて作用したのに、しかし彼女が完全に大丈夫であり、ただ全身がだるくて痛くて、事故を排除する時間が更に速くて驚異的である。彼女はこのすべてが尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持で、やっと罪業が深刻な彼女を非時死亡を免除させることができたをよく知っている。

全ての事を処理完了した後、彼女は急いで兄弟子である保母の家に行って子供を迎えて、保母にリンチェンドルジェ・リンポチェが自分を助けた経過を話した。その時、保母は彼女にも話して、通常子供は保母の家で常にリンチェンドルジェ・リンポチェの法写真に頂礼していないが、その日の午後、子供は特に頻繁にリンチェンドルジェ・リンポチェの法写真に頂礼して、いつも「お爺さん、有難うございます。お爺さん、有難うございます。」と言った。彼女は聞いた後とても恥ずかしいと思って、しっかりに仏法を学ばず、一切衆生に謝らなければいけないのを懺悔して、上師に恭敬心を持っていないと懺悔して、皈依して八年間もたったが、仏を学ぶのはいい加減にして、常に仕事で疲れて、子供を世話するから、上師が指示された朝晩課をする時間が無くて、実はいいわけを探して、懈怠してしなかった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの開示の通りに、通常にいつも自分がいい日々を過ごしたいと思って、しっかりに努力して仏法を学んで、自分の行為を修正して、自分の心を制御するのではなくて、常に上師及び仏菩薩を遠くの所に置いて、業力が現前する時、はじめて上師、仏菩薩を思い出して、やっと仏法の殊勝と偉大が分かった。彼女は今始めて自分が上師への恭敬心が二歳の子供と比べられないのを体得した。

彼女は自分は慈悲心がない事を懺悔した。日常生活の中にいつも仏法で他人を検視して、物事が発生した時、常に自分に対しては寛大にして他人に対して厳しく接した。他人の考え方を考えず、私利私欲である。彼女は確実に五戒十善を守らない事を懺悔した。いつも両舌して陰口を言って他人の悪い事を批判した。彼方此方に他人の噂を聞き、悪口で会社を責めた。彼女は若い時に肉が好きな事を懺悔して、全て食事は必ず肉料理があって、水で泳ぐ物、道で歩く物、空で飛ぶ物、カエル、鳥など全部食べた事がある。スープを飲んでも骨で作られたスープが好き、毎回スープを飲んだ時、骨の骨髄を美味しく吸った。だから、彼女は高校の時に脊椎側湾症に罹った。嘗て昼休みした後、立たない経験があって、常に腰痛のせいで長く立てない。彼女は此れが全て殺業から起したのを分かった。彼女はとても尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を感謝して、彼女に体の不具合で三悪道の果報を免じた。尚更に常に自分を警告できて、人生は元々苦しみが多く楽しみが少ないから、しっかりに上師の足跡について教えに従って頑張って仏を学んで自分の行為を修正すれば、始めて機会があって浄土に往生できて真の大楽を得られる。

去年9月、彼女は家族と一緒に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに従ってチベットに行った。彼女はラサ空港を出て観光バスに乗ったばかりに始めて高山病が現れて、激しい頭痛が出て吐きたくて子供も世話できない。ホテルに到着すると、ベッドで横たわって降りられない。その夜兄弟子達は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェと食事する時、リンチェンドルジェ・リンポチェは組長に誰が食事にしないと聞いた。組長が報告した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは背が高いのに気持ちが悪いのは心理作用ではないかとおっしゃった。また旅行社に指示して、ホテルにお粥を用意させて、食事にしなかった弟子達の部屋に送らせた。

彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲加持を感謝して、夫と子供はリンチェンドルジェ・リンポチェと食事した後部屋に戻る時、彼女は既にベッドから降りて歩けて食事も出来た。その時夫は始めて高山病が現れて、頭がくらくらして嘔吐して熱が出たなど全ての反応も次々に現れた。その後彼女の夫は毎日点滴を注射して酸素を吸って過ごした。しかし、彼女は既に一人で子供を抱いて兄弟子達と一緒に旅行社が手配した行程を参加できた。更に金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに従って一緒に海抜4千メートルよりディクンティ寺に行った。彼女の夫は点滴を注射する時、現地随行の医師から不思議だと聞かれた。医師は今まで遇った事がないが、二百人余りの団体はチベットに着いて十分の一以下の人しか高山病が発生しない。酸素を吸う必要な人は尚更に少ない。此れは不可能だ。特に団員は老人や子供また病気に罹る人もいる。若し尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持がないと、弟子達は全て無事わけではない。

彼女はもう一度尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに恩に着て、彼女に門下に皈依させて正法を修習する。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て民国92年に病院へ彼女の母親を加持して、あの時母親は既に癌にかかって間もなく往生することになり、尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは金剛杵を母親の頭の上に置いて、呪文を唱え始めた時、仏法に接触することがなかった彼女に非常に震撼させた。母親は既に昏迷したのでどの反応でもなくて、しかしリンチェンドルジェ・リンポチェが加持していた同時に母親は全身が振れ始めて、彼女に大変不思議を思わせた。リンチェンドルジェ・リンポチェは加持した後、父親に母親は翌日の午前に往生する事と母親の遺願彼女姉妹2人の皈依することを仰った。彼女達はかえってなかなか皈依しなくて、仏勉強するのは若い者の事ではないと思った。全然知らなくて、間もなく往生する母親の乞求でなければ、罪業の深く重い彼女達がこの一生にこんな稀世珍宝を見る福報のあるわけがない。さらに門下に皈依することがありえない。また、母親はどんなに幸せが、金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なポワ法を得た。

彼女ははっきり覚えて母親は往生した後、口が開いたままで、お体が硬くて、尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが母親のためポワ法を修めた後、全ての瑞相が一々現れて、母親のお体が柔らかくになって、顔色が赤くて寝たように見えて、梵穴が温かくて、大体が火葬した後、頭蓋骨にはまた舎利花が現れた。この一切は全部仏のような金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが母親に加持を与えて、母親にこの一生に浄土へ往生して離苦得楽を出来させたのである。

尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは命をかけて一切の衆生に利益して、弟子達皆の命とぞれぞれ弟子の家庭も全部リンチェンドルジェ・リンポチェが救った。それより、彼女は歩速を早めて、自分の心を良く見て、仏を生活の中に実行して、自分の陋習を努力にやり直して、リンチェンドルジェ・リンポチェの負担にならないことしか出来ない。尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに一層な心力があって、空虚な一切の苦難な衆生に利益する事が出来させて、そうして仏の恩を報いる事がはじめて出来る。最後に尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法体がご健康で、法輪が何時も回って、何時も世に居る様に祈願している。

続いて、既に皈依した母子2人で尊いリンチェンドルジェ・リンポチェが息子に加持した事を分け合った。息子としての弟子が言った。2週間前発病した。非常に尊いリンチェンドルジェ・リンポチェに恩に着て、もう一度彼を救った。また、自分が間違って、必ずやり直すと懺悔した。同時に、数日前発病した時、不注意で蹴って、打って、噛んだ他の相弟子に申し訳と感じた。それに、相弟子達に感謝して、法会の中に彼を壇城前に運んで尊いリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な加持を賜った。

母とする女の弟子は下記のように話した。息子はめったにない疾病に罹って、他の同様な疾病の患者はずっと薬を飲んでいる事を要して、その上、一生を薬を飲まなければならない。ただ彼女の息子だけで、8年前に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに会ったので、薬を飲む事が要らなくて、その上、少なく発病する。これらは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持のわけで、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがないならば、彼女は彼らの生活をどのようになる事を想像できなくて、彼らは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにとても感謝した。

2週間の前の土曜日、彼女の息子は発病し、然し昔と比較して、今度の病状が普段により安定で、その上、人事不省になっていないで、その上、嘗ての医療記録にて、全て目が覚めてすぐ退院する事が出来て、だから、医者は彼女の息子の状況が悪くないと思って、水曜日に彼らが退院する事に同意した。彼女はもし尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持がないならば、彼がこんなに早めに退院する事が出来ないと信じていて、彼らは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにとても感謝した。同時に、彼女は息子が普段に道場にてやる行為が兄弟子に迷惑をかける事を申し訳した。

午後2時、寶吉祥仏教文化交流協会の理事長は参列者に下記の事項を伝えた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは皆が金剛乗を学ぶ根器ではない事を既に発見し、その上、今年、旧正月の一日の法会の前に、弟子が他の弟子を誘ってリンチェンドルジェ・リンポチェが三十五仏懺を修める事を跪いて求めるというメッセージを広めて送った事があって、だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に道場でリンチェンドルジェ・リンポチェの仏法のテープを聞かせない事を決定し、なぜならば、皆に仏法のテープを聞いても役に立たなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは今日、出家衆弟子は参列者に率いて『地蔵菩薩本願経』を唱えている事に指示された。

リンチェンドルジェ・リンポチェは去年の末の法会に開示された事があって、今年旧正月の一日に三十五仏懺を修めないで、何故なら、皆はただ過ちを認めるだけで懺悔していないで、結局、ある弟子はメッセージを多くの他の弟子に送って、皆に大晦日の法会の現場で一緒に跪いてリンチェンドルジェ・リンポチェが三十五仏懺を修める事を頼むことをさせて、このような作法がリンチェンドルジェ・リンポチェに脅し、恐喝である。金剛乗の弟子は一切が上師を優先で重んじて、直貢チェツァン法王も開示されたように、リンチェンドルジェ・リンポチェが多く休んで、あまり疲れないよう望んでいる。が、この事件を発する弟子がリンチェンドルジェ・リンポチェが法会で開示されるのを完全に聞き入れなかった。このような上師に脅し、恐喝する作法はとても良くないで、絶対に金剛乗弟子がするはず行為ではなくて、皆にこれを例を引く事を望んでいる。

理事長は今日唱えている『地蔵菩薩本願経』が他のところから借りるので、皆が使用する時に大切にして、慎重に閲覧して、その上、終わった後で適切に回収して箱に入れて返す事を協力する事を表示した。

そして、出家衆弟子は参列者に率いて、壇城の上に尊勝なる直貢チェツァン法王と尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法の写真と諸仏菩薩に三回で頂礼し、その上、恭敬心と懺悔心にて『地蔵菩薩本願経』を唱えていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは常に『地蔵菩薩本願経』の内容を開示されて、弟子達は経文を唱えていた時に、上師の珍しい仏法開示と心からの教戒を思い起こし始めて、心の中にとても恥ずかしく思って、多くの人々が思わず涙がほろほろと流れた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは金剛乗弟子が如何に上師に仕える事を何度も示されて、その上、自身の実修、実証にて弟子に修行する事を教導し、まめに教導して厳しくて管理し、いつでも弟子達に慈悲深く加持した。この末法時代に生まれて、寶吉祥弟子は如何に幸運で、希有で貴重な上師に会えて、上師の全ての開示が珍寶のように、弟子達が教法により実際に従わないので、貴重な仏法のテープを聞く因縁を失ってしまった。その上、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの処罰に感謝し、弟子達の過失を掲示し、弟子達に深くて考えて、この機会により反省して過ちを改めた。

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2012 年 02 月 03 日 更新