尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示

2012年1月14日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、午後2時50分から午後5時まで、91名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。信衆を接見し終わった後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはただ数分間だけ休んでから、すぐ法座に上って、殊勝なブルパ(普巴)金剛法会を主催して、しかも大衆に貴重な仏法の開示を与えた。

今日修めたブルパ金剛は金剛薩埵の忿怒尊であり、顕教の中では修めていなかったので、一部の者はチベット仏教がそんなに忿怒の本尊を修めていることを批判して、とても慈悲ではない。実はこれが誤解であり、皆ご存知の通り、敦煌に多くの仏像があることを知っていて、その中の金剛力士が現したのは憤怒相である。チベット仏教の中では寂静尊もあるし、忿怒尊もある。すべての衆生の因縁と根器の違いにより、仏菩薩が異なる相を現じて彼らを済度しに来て、末法時代の衆生の業がとても重くて、同じく憤怒尊がこれらの衆生に助けを受けさせて、仏法を受けさせることが必要である。

忿怒尊は最も深く修めた行者でないと、修めることができない法門であり、現在も一部の道場は気の向くままに忿怒尊の潅頂を伝授するが、しかし忿怒尊は普通なラマ僧が修めることができるのではなくて、既に閉関が円満に完成して、その上もう菩提心を発した行者だけが修めることができる。もし行者が寂静尊を修めて閉関が円満に完成しなければ、事部と行部まで修めていなければ、自分の貪、嗔、痴、慢、疑を屈服し、取り除くことができないと、忿怒尊を修めることができない。顕教はただ寂静尊を修めて、寂静尊はそなた達のふだん知っている観世音菩薩の様子のように、比較的に慈悲な様子である。

一部の衆生は累世の業がとても重すぎで、既にすべての考えが貪、嗔、痴、慢、疑であることにに慣れて、もしただ勧めるので、耳に入ることができないから、その故本尊は忿怒相を現して、彼らの絶えずに現れる妄想を一時停止させる。そなた達は皆経験があって、ある人はあなたにとても凶悪にして、そなたは急にすべての考えが無くなって、そなた達は脳の中で一面の空白であることを言って、忿怒尊もこのとおりである。私達の心の中に降りしきる妄想を一時停止させて、清浄な法性はようやく現れることができて、ようやく仏法の助けを受けることができる。そなた達が今仏を学ぶのはとても難しくて、その理由はそなたの妄想が非常に多いから、何かあったら、すぐ私の業が重すぎるかどうか、私の福報が足りないかどうか、私はまたどんな事を間違ってしまったかどうか、上師が喜ばないはずがないか、叱られるかどうか、とおもっている。念頭が凄く多い。

市の中の一部の人は忿怒尊を修め得てから、他の人に彼の話を聞かせることができると思っているが、実は自分の悩み、内魔と外魔は、すべて自分が作ったのであり、すべては自分の心を起こして念が動いて誘って来るのである。そなたの心は貪、嗔、痴、慢、疑が無くて、純善をやり遂げる人であれば、累世の冤親債主はあなたを傷つけることはできなくて、外魔もそなたを傷つけられない。宇宙万象はすべてそなたの心念の1種の顕現である。もしそなたの心はとても純粋な慈悲心であれば、いかなる事を恐れなくても、忿怒尊は慈悲の極致であり、慈悲の心を証得した行者は始めて忿怒尊を修習することができる。

ブルパ金剛を修めるのは、我々の生々世々の貪、嗔、痴、慢、疑など悪習を摧破することができる。私達はなぜ輪廻に落ち込むか。というのは、貪、嗔、痴、慢、疑があるから、ブルパ金剛は私達に貪、嗔、痴、慢、疑を摧破して手伝うことができて、私達に輪廻の苦しみに解脱させる。それ以外、ブルパ金剛を修めるのも、あなたを傷つける冤親債主にそなたが仏を学ぶことに障害しに来ないように助けて、冤親債主がそなたの嗔恨心を取り除いて、そなたに仏を学ぶ阻害が無くすようにさせるのである。

忿怒尊は慈悲の極致を代表して、忿怒尊は父母が子供を教えている時と同じ、最初の時はとても慈悲深くて優しいが、それから子供は教える話を聞かないと、両親は忿怒の相を現して、それは怒るためではなくて、このようにしたら、あなた達はようやく恐れると思っていて、直すことができる。《観世音菩薩普門品》には言及されるように、仏菩薩は衆生と同類のような様子にて彼を度しに来て、衆生が鬼、非人、魔と怪に生まれた時、心の中が憎しみを満たすため、だから嗔恨の相を現して、この時仏菩薩は鬼と怪の相を現して、彼らに言う話を聞かせることができる。仏菩薩は衆生の縁により異なる相を現して、人を度する時に人の相を現れるが、鬼を度する時には慈悲深くて優しい相を現さない。

古代に於いて、嘗て力が強い魔があって、多くの衆生を傷付いた。この魔を降伏するため、金剛薩埵はこの魔と同じな様子を変化して、彼を降伏した。その後プルパ金剛と称した。プルパ金剛は阿弥陀仏、大勢至菩薩、大威徳金剛、金剛手菩薩、文殊菩薩の意の代表である。身、口、意の意である。それはプルパ金剛を修める者は必ず浄土に往生できる。仏菩薩の願力は衆生が輪廻を解脱できると望んだから、プルパ金剛は仏菩薩の意の代表である。

プルパ金剛は一切修行の障碍を取り除ける。だから、金剛部本尊を修める時、常にプルパ金剛を護法としてする。若しどんな法を修めてもプルパ金剛を護法としてすれば、全ての障碍を取り除ける。蓮師は閉関修行する時、プルパ金剛を護法として修めた。今日修める法本は尊勝なる直貢チェツァン法王が自らリンチェンドルジェ・リンポチェに法を伝授されて灌頂を与えた。この法は岩伝法である。伏蔵大師惹那林巴が見つけられ、直貢噶舉二十九代法王卻吉嘉稱がまとめられたものである。法本に説かれたが、プルパ金剛を修める行者はすべて、吉祥、徳、長寿、富、眷属円満、政教発達、威力無窮、円満到底を備える。吉祥とは不如意(思い通りにならない)や不祥事が起こらない事ではない。徳を備えるとは人徳を備える事ではなく、一切功徳を具える。長寿と富を得て、富とは不法な事をしなくても財と富を具えられる。眷属円満とは多くの弟子を持ち、その中に成就を得る者がいる。政教発達とは政治に勤める者は順調である。若し教派に於いて、とても発展して弟子が多く威力無窮である。更に成仏前にとても円満で障碍がない。

プルパ金剛を修める行者はプルパ金剛を一切障碍を取り除いて発願する本尊として見る。今日プルパ金剛本尊を修めるのはそなた達を守るために修める。既に発願して始めて密法を習うの行者は一旦発願して始めて密法を習う時、魔及び冤親債主はそなたを見つけた。それはそなたは始めて金剛乗を修めると、どんな事でもそなたを妨げられない。だから、そなたはまだ成就を得る前に冤親債主は先に債務を取り立てる。顕教を修めて成仏に至るなら、とても長い時間がかからなければならない。だから、この障碍は早めに現れない。魔及び冤親債主はゆっくりに待っている。しかし、金剛乗を修める行者は成就を得る時間は早いから、最も速い速度で債務を返済する。若しそなた達は密法を修める前に一切はとても順調であり、学んだ後悪い事は全て来たと思えば、リンチェンドルジェ・リンポチェの例から見ると、まだ密法を学ぶ前に金持ちであり、一切はとても順調であるが、始めて密法を修めると、成就を得る前にビジネスが失敗して、食事する金がなくて、離婚されて、子供が親孝行しないなど事に遇って、その後皮膚癌に罹った。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェが累世に借りがある債務は一年間に早めに現れて、超音速より早い。

金剛乗を修める行者は若し上師に敬わず信じないと障碍が来る時修められない。障碍は魔ではなくて、世間の人は最も耐えられない事である。しかし、金剛乗を学ぶ行者はこの事に遇った時間もとても短いが、元も20年にかかって終わるかもしれないが、一年や二年間に報いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは倒産する時、毎日相変わらず大礼拝をして、食事する金がなくても高級な香と花を買って仏を供養している。更に壇城前にいつも灯を点している。そなた達が替わると、行えない。この一切悪い状況は一年余り後に終わった。そなた達ならとても苦しいと思って、一日さえ耐えられないかもしれない。そなた達は自分の事が全て思い通りになると望んで、一日の苦しみさえ耐えられない。そなたは徳を具える上師に遇って、始めて仏を学ぶと、冤親債主は早めにそなたを見つけて、そなたに多くの事を発生させて、勇気がない人は学べない。

仏菩薩は行者を助けて、早めに業障を取り除かせる。しかし、一般人は難しく耐えない。だから、金剛乗の行者は難しく見つける。真の金剛乗を修める行者は心がとても堅い。リンチェンドルジェ・リンポチェは2007年にラプチ雪山で三ヶ月間閉関修行して、閉関修行の間に髪の毛を洗わず、風呂に入らず、下着さえ着替えられない。一般人は耐えられないが、リンチェンドルジェ・リンポチェは円満に閉関修行できる。此れも本尊の保護である。

このように続けて3ヶ月過ぎて閉関することによって、一般的にお肌には問題があるはず。医学上にも発見した、人間は7日間でお風呂に入らないとお体には黴菌、皮膚病にかかった。しかしリンチェンドルジェ・リンポチェは出関した時かえって清潔で、皮膚にはどの問題もなかった。ある者はリンチェンドルジェ・リンポチェが閉関終了後無事したのを見て自分も出来ると思って、台湾より同じところで閉関した。但し、彼は発願しなくて、本尊の守りが無かったので、全身皮膚病にかかって閉関する事が出来なくて、7日間後出た。閉関する時皮膚病にかかったならば、一旦痒くなると掻く必要でどう静かになるか?自然に禅座さえも出来なくなった。、

プルパ金剛を修めて皆を助けるため:一は精神、情緒、脳方面の患者。二は鬼、怪、龍、神を取り除けるため起きられた一切の知らない病気と癌症。三、年沖、月沖、日沖と時沖などを避けるため起こした意外事故。四、星宿変化を避けるため生じた水、火及び地震など天災。五、他人がのろいをかけて起きられた傷害を防止する。六、累世業障を取り除く。

今日行なった法は密法の中にの息、増、懐、誅の誅法であり、誅法を修める行者は必ず済度する能力を持つ必要で、さもないと後遺症がある。しかし、行者は済度することが出来でもよく誅法を修める行者には多少果報が現れた。尊勝な直貢チェツァン法王は嘗てリンチェンドルジェ・リンポチェに教えた、インドにある誅法が出来る在家の行者は何時も誅法を行って、誅法を行なってすぐ効果が見えるから。そなたは有る人が嫌いなら、誅法を行って、軽くは相手にすぐ病気にかからせて、重くはすぐ亡くならせる。結局この何時も誅法を修める行者も亡くなった。基本的に、リンチェンドルジェ・リンポチェは只息法と増法を伝えて、懐法と誅法を伝授しなく、懐法と誅法の壇城も秘密である。懐法は相手にそなたの話に従わせる。だから貪欲が重い者もこの法を修める事が出来ない。そなた達は良く懐法を修める上師が見れば、これも問題である。

そなた達は見た。ある鬼に身に付け加えられた信者はリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れて、リンチェンドルジェ・リンポチェは呪文を唱えて法を行って加持すると、身に付け加えた鬼衆は恐れて離れて、付け加えられた者はすぐ目を覚めた。しかしこの者はこの後、必ず済度法会に参加するべきだ。多く宗教には全部鬼を追い払う方式がある。しかし修法者は済度する能力がなくて、身に付け加えた鬼衆を助けなければ、修法者は自分にもなにがあった。多くの宗教には只鬼を追い払って、力量がなくなったら、鬼はまだ戻ってくる。例え、顕教の方式は多くの呪文を読んで彼に福報を有らせる。しかし、福報を使ってしまうと鬼はまた戻って来て、戻って来ると避けることが出来ない。

密法は鬼衆を追い払った後またそれを済度して、こうすると円満である。それよりある者は鬼に付け加えられたら、密法行者は彼のため誅法を行なう外に、また済度法を修めてあの鬼衆を助ける。それで行者は付け加えられた者にこの後法会に参加必要で、離れた鬼に済度出来させる。身に付け加えられた者は法会に参加したくないなら、鬼は済度を得なくて、この付け加えられた者はやはりなにかあった。鬼衆がまた戻って来て彼を探すする時、事件は大変酷くなってしまった。だから、そなた達も簡単に鬼に付け加えられ者を連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れないで、彼は助けを貰った後、従順しなければかえって彼に対してよくなる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは誅法を常に修めていないで、今日、修めるプルパ金剛が誅法も含めて、が、誅法も多くの段階に分けて、ただ鬼を追い払うたけではなくて、今日修めるのはそなた達に保護する法である。密法を随意に使えるのではなくて、随意に修めるのではなくて、もし密法を修める行者が利益と声名のためであれば、これらが副作用がある。今日、修める法を常に修めていないで、多く修めていないで、この法を受ける者も貪念を起こられないで、この法を修めるなら一切が良くなると思っていはいけなくて、今日、修めるのはそなた達に仏を学ぶ障碍を消えさせて、そなた達は法会に参加する場合に如何なる妄念と貪念を起こらずはずである。

続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは「プルパ金剛」を修め始めて、その上、本尊の真言を唱えていた。この法を修めるのは儀軌をとても重視し、リンチェンドルジェ・リンポチェは本尊の真言を唱える事を開始されてから、極めて獰猛な表情を成して、眉を逆立て、目を突き出し、口を歪めて、顔形もより四方型になって、プルパ金剛の忿怒相と全く同じで、本尊に相応する殊勝な徴相を現れた。修法して真言を唱える過程において、リンチェンドルジェ・リンポチェは数回極めて低く沈み、力強く、雷鳴のような叫び声を発し、極めて威厳で目を配っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは極めて慈悲深く参列者に参列者に保護したがる人間の名前を話して、それらから続けて修法し、修法の過程において数回プルパ金剛の忿怒相を表れて、威力が無比なって、参列者は皆プルパ金剛本尊が降臨なされた無比なる衝撃と勇猛な力及び地動を自ら感じた。道場の中に、多くの赤ちゃんと子供がいたけれども、リンチェンドルジェ・リンポチェは修法の期間には千二百人が参加しても、完全に賑やかな或いは走る声が無いで、リンチェンドルジェ・リンポチェの不思議な摂受力を表れた。

それから、薈供の儀軌を進行していて、参列者はみなリンチェンドルジェ・リンポチェに加持される供養品を貰って、その上、法会の中に仏菩薩と共に食べ物を頂く、得難い殊勝な因縁をことが出来た。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くて参列者に順番で壇城に上がるようご指示になって、リンチェンドルジェ・リンポチェが自らプルパ杵で全ての参列者の頭の上に加持下さって、その上、参列者に貴重な寿球と寿酒を下された。リンチェンドルジェ・リンポチェの右肩は軟骨がなくて、今日、1,200人の参列者に加持する為、リンチェンドルジェ・リンポチェが右の手で法器を持って、如何なる支える物をよっていないで、繰り返してあげて下りる動作を千回以上して、加持の過程には絶えずにベルを鳴らして真言を唱えていて、一心一意に衆生に助けてくれて、自身の辛労を完全に気にしなかった。金剛乗の成就者は衆生に利益する心が如何に堅くて、自分が極めて苦しみを受けても、心の中に依然として衆生の苦しみで、リンチェンドルジェ・リンポチェは真に全部の命にて仏法にて衆生に助けを与えて、如何なる仕返しを求めないで、参列者は一人一人で壇城に上がって珍しい加持を受け、心より極めて感激した。

プルパ金剛の法会は円満になって、リンチェンドルジェ・リンポチェは下記のように宣言した。旧正月に「三十五仏懺」を行わないで、「三十五仏懺」が『寶積経』には釈迦牟尼仏の自ら書く懺である。菩提心を発して菩薩道を行う行者のために、彼らに懺悔させる。そなた達はこのような長年に礼拝し、まだいつもの様子で、そなた達がただ過ちを認めて懺悔していない事を表して、だから、今年にこの懺を礼拝しない。リンチェンドルジェ・リンポチェは旧正月の法会の午前に二つの法を修めて、午前には朝の9時30分から始めて、午後には午後2時30分から長寿仏を修めて、その上、寶吉祥仏教文化交流協会理事長に指示して皆のその日の昼食を手配してくれる事を対応させた。参列者は声を揃えてリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げた。ご多忙中ですが、リンチェンドルジェ・リンポチェは依然として衆生を惜しんで、旧正月の1日目で慈悲で殊勝な修法し、皆のために善縁を作ってくれて、参列者は全て心の中に感激した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達に実際で懺悔法門を修めていない事を指摘し、弟子達は上師に過ちを直接で指摘される事に感謝し、衆生に憐憫して辛労を問わずに修法し、弟子達は極めて恥ずかしくて、更に全力を尽くして過ちを改めて、実修をおこなわなければならない。

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2012 年 03 月 01 日 更新