尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示

2012年1月8日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで共修法会を主催されて、皆のために上師供養法の法門を修めた。

法会が始まる前に、ある女子弟子は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェ及び諸仏菩薩が、彼女に公に発露懺悔させて分かち合うことができる機会があることに恩に着た。

彼女は幼い時に、隣近所が養う一匹の雛をつかんで遊んだことを覚えているが、しかし主人に見られたから、すぐ雛を投げ出して、結局は意外にも雛が落ちて死んでしまった。彼女は小学校の時、学校が引けた後に、家に帰って宿題をすることが好きではないから、運動場で遊びにふけって帰らないでトンボを追いかけて、今後同一の地方で長い間居住することができない状況をもたらして、いつも引っ越していて、定所がないことを懺悔した。彼女は嘗て蟻、ゴキブリ、蜘蛛、蚊、蚤を殺したことがあり、蠅取り紙で蠅、鼠を捕獲したことがあり、電撃蚊取りラケット、殺虫ライトを使って蚊を殺して;兎、羊、ガチョウ、牛肉、鴨、鶏、ブタ、スッポン、ドブガイ、海老、蟹、魚、子鳥などの肉を食べたことがあり、自分も嘗て数が多い魚をも殺したことがあり、魚を呼吸できないようにさせて、今のように彼女が順調に呼吸することができなくなって、やっと因果の存在を深く体験した。彼女は衆生が彼女への慈悲で、すぐ彼女の命を奪わないことに恩に着て、更に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの施身法と「阿弥陀仏無遮大済度法会」は彼女に殺害された衆生を浄土まで済度してもう輪廻しないで、彼女に肉体でできるだけ早くすべての衆生の債を完済させることができることに恩に着て、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝する。

彼女は結婚した後に夫にあくまで忠実ではないことを懺悔して、第1胎は流産して、8年後に不倫で妊娠しして産む勇気が無くて、その故堕胎して、深刻な殺生する罪を犯した。彼女は郊外でセックスしたことがあり、邪淫の罪を犯した;政治の人間をののしったことがあって、悪口を犯した。小さい時、彼女は二番目の姉が彼女の鞄を隠れて兄と訴えたため、二番目の姉が兄に殴られて、両舌を犯した。会社の衣と物、生地、紙、ペンを盗んだことがあり、ラーメン屋さんの机の上に置いたお金を盗んだことがあり、地上で黄金、チェーンブレスレットを拾っても警察局に手渡していないで、自分所有の物として占有したことがあり、偸盗と貪念を犯した。嘗てスクラッチ・チケットをもよく買うことが好きで、大賞を当たって債務を完済したいと思っている。彼女は食べ物を食べる時に分別心があることを懺悔して、彼女を配慮したり、助けたりする兄弟子に対しても分別心を起こした。彼女は確かに仏法で生活を過ごしていないで、子供に仏法が彼女に与えた無限な助け及びリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に与えた清浄な慈悲加持力を感じさせていないで、彼らの仏を学ぶ慧命を断った。

彼女は小学校の時後ろに座ったクラスメートはいつも足で自分の椅子を蹴ったから、瞋恚心を起して、手で彼女の足を挟んだことを懺悔した。彼女は二番目の姉のクラスメートが姉を叱ったから、彼女がそのクラスメートにびんたを食らわせた事を懺悔した。彼女は結婚した後、貞操を守らず、二回に不倫して子供と子供の父を謝ったことを懺悔した。彼女は結婚した後、マージャンができて、金を負けたのに夫に金を紛失する事を騙して、妄語を犯したことを懺悔した。彼女はアダルトビデオを見た事があって、下ネタも聞いた事があるが、綺語を犯した事を懺悔した。道場がとても清浄な場所であり、リンチェンドルジェ・リンポチェは清浄な正法で仏法を伝えているが、彼女は自分が貪欲で道場で仏法を学んで、道場に往生する事を望んだことを懺悔した。彼女は「人生無常」で日々を過ごせず、リンチェンドルジェ・リンポチェの教えに従わず、借金で供養できない事を聞かなかった事を懺悔した。彼女は皈依する前に、嘗て中秋節(十五夜)にバーベキューして、数日後逆方向にバイクを乗っていて、車にぶつかられたが、高価な靴を懸念したから、警察に迷惑を掛けて、長く時間がかかって探していた事を懺悔した。

彼女は自分が両親を親孝行しない事を懺悔した。両親は彼女が恋人と結婚する事を反対したが、彼女は両親の反対を無視して、無理に自分の考えに従って行った。縁起が悪いのに自分が知らず、両親に自分のために事態を片付けた。彼女は姑に謝った事を懺悔した。姑はアルツハイマー病に罹って、彼女は細心に世話しないから、姑に夜中に出かけさせて、体に多くの所は擦り傷があった。彼女は、心の準備しないうちに妊娠した事を懺悔して、その時妊娠したのに不断に腹を打ち続けて、この子供が欲しくなくて、三回転んでも流産しなかった。息子は生まれた後、難しく世話したが、毎日止らずに泣いていた。更にアルツハイマー病の姑を世話したから、息子を足の下に置いて彼を死ぬまで踏みたかった。彼女は自分の残忍と暴行、慈悲心がない事を懺悔した。彼女は愚かの自分が嘗て大きな過ちでも小さな過ちでも数えられない過ちを犯したのを懺悔した。漏れた所が有れば、彼女も含めて懺悔した。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたように、自分のためという考えは悪である。彼女も全ての悪念を懺悔した。よく計算すると、全ての悪行は数えられないが、最大の悪は皈依した後、教えに従って奉じない。毎日確実にアキー護法を修められず、寝る前に自分の身、口、意が仏弟子であるかどうかを反省していない。死亡無常なので、今は彼女が肉体で全ての債務を返済しなければならない。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに懇請して、自分に殺害された衆生を全て浄土に済度して再び輪廻しない。各兄弟子に依頼して、自身を人の鏡としてみて再び自分が犯した過ちを犯さない。

続いてある信衆は発露懺悔した。まず彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが自分に機会を与えて発露懺悔させたことを感謝した。

2006年1月15日彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。彼女ははじめて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れた時、リンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏を学ぶためであった。あの頃彼女は人生の苦しさ、衆生の苦しさを深く体得して、独り善がりで仏を学んで衆生を助ける事が出来ると思った。リンチェンドルジェ・リンポチェはあの時、「そなたはこんなに簡単であると思った。仏を学ぶのは生死を離脱して、三界を出るためである。」と開示した。皈依した後、独り善がりで自分が仏を学んでいたと思った。自分が真面目で法会に参加して、するべき朝晩の勤行をして、道場は勤労奉仕が必要な時に、勤労奉仕をして、傲慢心が起きられて、自分が本当に仏を学んでいると思った。

彼女は大変リンチェンドルジェ・リンポチェに恩に着た。彼女にチャンスと福報を与えて、寶吉祥漢方醫学診療所で仕事をやらせた。但し彼女は良く惜しまなかった。彼女は利己的で、気を使わなくて、全く教えに従わなくて、十善法が出来なくて、≪仏子三十七頌≫も修めなくて、上師が教えた仏法を生活の中にも用いなかった。彼女が受け取らない事であれば、心の中に拒否して、圧力を拒否して、責任を負うのを恐れて、他人が全て彼女の考え方によってしなければならないように欲しかった。彼女の考えに従わなければ、悩み心、恨み心が起きられて全く他人を問わず、関心を持たなくて、心の中に絶えずに恨みと悪を貯まって、ひいては両舌、悪口をし始めて、他人の悪口を言って、結局患者、家族と全ての仕事のチームに害をして、上司に大変な悩みと面倒をもたらして、さらに寶吉祥と上師に害をした。彼女は自分の酷い罪悪を懺悔して、上師と諸仏菩薩にすまなく、衆生に対しての承諾をさらに申し訳ない。

彼女は上師が大慈悲心で彼女に道場に入って、信者になるようにさせたのを感恩して、しかし彼女がかえって徹底的にやり直さなくて、またもう一度過ちを犯した。彼女は大直支店が新しい盆栽を換わる必要とのメッセージを受け取った時に、すぐ処理しなくて、まだ山ほどの自分の考えがあって、上師に対して全然恭敬心がなく、仏を学んで心より自分をやり直さなくて、只表の工夫をした。まるでリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女へのご開示のように、仏を学ぶのをゲームとした。

彼女は懺悔して、社会に入って働いてから大変反逆で、全世界の者が全部間違って、只自分が正しいと思った。我執心がとても重くて、貪欲も重くて、細かくけちけちしていて、度量が小さくて、何もかも全て自分のお好みによりして、他人のことを考えずに、それで多くの者を害して、特に母親に心配させた。また、圧力と責任を負うのを恐れるため絶えずに避けて、仕事を換わって良い暮らししか欲しくなかった。ひいては家の中で強くドアを閉めて、物をなげて、母親の関心に対して常に冷ややかにあしらった。

彼女は自分の区別心が重くて、比較することが好きで、メンツを重んじて、常に他人に嫉妬して、他人に褒められる事が好きである事を懺悔した。彼女も同時に下記の事を懺悔した。幼い頃に、家族は海岸に遊んでいった時に、飼育する犬が車の中に残して、彼らが再度接岸した時に、犬が既に日に当てて殺された。また、衆生に対して恭敬心が無くて、死者に恭敬しなかった。病院に働いていた時に、患者は往生してから口が大きくて開いていて、彼女は冗談な心構えにて、ガーゼを使って死者のあごから頭までに縛って、その上、頭の上にちょう結びをした。また、若い頃に、遊びが好き、好奇心で麻薬を飲んだ事があって、その上、無数な衆生の肉を食べたことがあり、甚だしきに至って、自分がレストランを経営した事があって、衆生の肉を販売する事によりお金を稼いた。無数なハエ、アリ、ホタル、エビ、蚊、クモ、ゴキブリなどを殺したことがあって、また、魚を釣った事があって、鳥を飼育した事があっただ一心に配慮していないで、彼らを猫に嚙んで殺された。彼女は生々世々に無数な衆生に傷つけて、数え切れない悪業をしたが自分がまだ知らない事を懺悔した。

彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲な加持と殊勝な教導にとても感謝した。リンチェンドルジェ・リンポチェが無いならば、彼女は本来自分の内心がこんなに悪辣で醜くい事をはっきり見える事が出来ない。彼女は自分がリンチェンドルジェ・リンポチェが開示のように、ただ人間の上辺だけあって、内心の中に完全にものではなくて、人間ではなくて、全然慈悲心がないで、自分が自身が良い人で、仏を学ぶ者だと思っていた。実はした全ては全て偽りで、表面の工夫をして、因果を深く信じないで、全て自分からして出たことを受け入れないで、死亡無常を思っていないで、教法によりしっかりと遂行していないで、上師の教導を違反し、だから絶えずに悪業悪行を累積していた。彼女は今日依然として輪廻苦海にいる事を懺悔し、衆生に対する承諾を違反する事を懺悔した。

もしリンチェンドルジェ・リンポチェが無いならば、彼女は人生の苦難に直面する事が出来る勇気がなくて、安定な仕事をあって、食事することができて、泊まる家があって、衣服があることがありえない、この全てはリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に賜って、彼女が報いる物が無くて、ただ極めて誠意な心を以って浄土に往生する事を祈って、生々世々にリンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏に成るまで仏を学んでいる。同時に、彼女も尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に仏を学ぶ心を精進でだらけていないことを加持する事を祈って、その上、彼女の貪瞋痴慢疑という五毒と仏を学ぶ障碍を減らす。同時に、彼女も各位の兄弟子が彼女が何か間違うところ或いは如法でない所を見たら、必ず指摘してください事を言った。

彼女は再度今日リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に発露して懺悔する機会を与える事に感謝し、また、各位の兄弟子が彼女を参考にする事も望んで、くれぐれも同じ錯誤を犯していけないで、同時に、この世に大福報があって仏と分別がない大修行者リンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏を学ぶ因縁をうまく大切して把握しなければならない。

最後、彼女は再度尊きリンチェンドルジェ・リンポチェと諸仏菩薩に感謝し、その上、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法身体が健康で、法輪を常に転じて、常に住世する事を望んでいる。

法会が始まって、リンチェンドルジェ・リンポチェはわざと壇城の上に置いてある《龍蔵経》に灑淨加持された。

リンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上って、そしてこう開示した。今日リンチェンドルジェ・リンポチェが上師供養法を修めるのは、過去の一年に私達は上師の加持と加護を得て、私達が上師と歴代の伝承上師の加持に恩に着るためである。上師供養法は、顕教が修めていないで、ただチベット仏教が修めるのである。顕教は法師の教授を通してお経を読誦するので、唱える経典の内容について理解すること、その中の意味を体得すること、悟りを開くことができるかどうか、個人の因縁と根器次第である。仏陀は衆生の因縁に応じて法を講じて、お経は仏陀が滅度した後、仏陀の弟子達が集めて、49年間の聴聞した仏陀の開示された仏法を経典に記載する。これらの弟子達はすべて阿羅漢の果位を証得して、大神通を持つ修行者であるから、彼らの記憶力は近代のテープ・レコーダーより更に強くて、というのは、彼らは少しの雑念も無くて法を聞いているため、、定、浄の中で法を聞いているので、とても明らかに覚えていて、仏陀の說法した49年の開示の内容について、完全に一部始終を記録したのである。

しかし、当時仏陀は異なる対象に仏法を宣説したが、文字化された後に臨場感が無くなって、ひと言を言う時の語気を表現することができなくて、現場にいない者なら体得することができない。後代の人は自ら参与していないで、その時の背景と境地が分からなくて、経文の中の含まれている意味について、ただお経を読んだり見たりすることにより、仏陀の説法の意味を体得するが、しかし依然として当時の状況に復することができない。だから、武則天は《開経偈》の中には:願解如来真実義(がんげにょらいしんじつぎ;願わくは如来の真実義を解し奉らん)、と言った。このような願を発するのは、本当に釈迦牟尼仏が講じる仏法の意味を了解したいと望むのである。

今リンチェンドルジェ・リンポチェの毎週の法会の開示と同じように、法会開示を整理して、寶吉祥仏法センターのウェブサイトで公表する。全世界では多くの人が見ているが、しかし見てから自分で修め得ることができるのか。それはできない。と言うのは、ウェブサイトの上で記録したのがただ文字であるから、リンチェンドルジェ・リンポチェはすべてのひと言を開示した口ぶりと境地と表現することができなくて、閲覧者は現場で法会に参加する時に、リンチェンドルジェ・リンポチェの撮受力と加持を受領することができないから。文字は内容しか記録できなくて、その時の情緒を原状に復することができない。何故かと言うと、弟子達はきっとリンチェンドルジェ・リンポチェのこのひと言が人を罵ることや。このひと言が冗談することを書く勇気がないから

どうしてチベット仏教はこのように上師を重視するのか。何故かと言うと、末法時代の人は福が薄くて、仏陀の自らの教授を耳にすることがあり得なくて、だから上師の教導と加持によらなければならない。上師は一名具徳の修行者であり、仏陀を代表して衆生に仏法を教えて、もし具徳の上師はそなたに加持してあげなければ、そなたの自分自身に頼って修め得ることができないのである。そなた達はすべて仏陀と縁がなくて、もし縁があれば、仏陀が住世している時代に生まれて、自ら仏陀の教えを聞くから。お経には、上師を仏陀として見なすように言って、上師が仏法法を宣説する時、上師は仏陀と同じように、仏陀を代表して仏法を宣説するのであり、なぜかというと上師の法性は仏と無二無別であるから。

法性がまだ開いていない時、法身仏に会うことができない;菩薩の果位まで証得しないと、報身仏の助けを受けることができない。だから化身仏しか会うことができない。化身仏はある人が仏陀の様子と変化することを言うのではなくて、そなたにそのため仏法を受けさせる人、事、物が現れる。だからそなた達は必ず自分の心を訓練しなければならなくて、ようやく上師の加持を得ることができる。信心がなくてずっと比較するだけなら、加持がない。仏を学ぶ者は少しの愚かさを要して、愚かさはようやく仏を学ぶことができて、愚かな人は比較することが分からなくて、仏を学ぶことがいいと言うことを知っていて、止めてもう何も思わないから、定を得ることができて、清浄な法性を回復することができるのである。

チベット仏教の教える方法は異なって、顕部と密部に分けられる。噶舉教派の顕部の中で、経典を教える者をケンポス僧と称し、ケンポス僧は経文を釈明することができるが、しかしそれもただ1世代から次の世代に伝えて、上師がどのように開示したら、完全に上師の開示にて経文の意味を釈明しにきて、どのように修行するのか明らかではない。しかし既に一般の人に比べてたくさんなことが分かって、比較的に経文の意味を了解する。お経ごとは仏陀が異なる対象に対して説かれたのであるが、しかしすべての人はあまりに誇らしくて、読経する時に、仏陀が自分に言うことを思っている。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前に顕教で学習したことがあるが、しかし独りよがりではなくて、お経を見るのはお経を見るのであるが、しかし、ただ見てから、最後は自分がお経が記載される境界をやり遂げることができないことを発見した。それから直貢チェツァン法王に皈依して密法を学んだ後に、やっとこのようになるのが上師の加持がないからと言うことを知っていて、自分がどのように唱えても、相応することができない。

チベット仏教の中で、顕部10年の基礎を学ばないと、密法を学ぶことができない。そなた達はチベットのリンポチェに会って密法を習うことができると思わないでください。今日そなた達に1つの公開されない秘密を教えて、台湾では真な密法を一度も伝えたことがなくて、たとえ伝えたことがあっても、ただ事部と行部しかなくて、瑜伽部と無上瑜伽部はこれまで伝わっていない。密法の瑜伽部と無上瑜伽部にとって、上師は絶対に簡単に法を伝えることはできなくて、上師は弟子にいったん法を伝えたら、この弟子の未来の一切に責任を負わなければならない、未来の一切は弟子の修行を指すのである。もし弟子はよく修めれば、上師も良くなり、もし弟子は修理するのがよくないならば、仏を学ぶ事を懈怠していると、上師が成仏する時の障害をもたらすのである。

懈怠はは読経していないこと、呪文を唱えていないこと、或いは朝、晩の勤行を行っていないことを指すのではなくて、心がいったん変わって、如法に修行しないのが懈怠する事を指す。だから一名具徳の上師が具器の弟子に法を伝えるのは、きっと法を伝えることができる弟子を非常に厳格に選ぶのである。もしそなた達は自分で修めていると思って、ただ上師の教導を聞きに来て、聞き終わって自分で修めたらやり遂げることができてと思って、このような考えがすべて間違っていて、もし上師の加持がなければ、どのように修めてもいかなる成就を得ることができない。もしそなたは法本を貰って、上師の口訣がないとそなたが修め得ることができない、たとえそなたは口訣を知っていても、しかし上師の加持力がなければ、そなたは同様に修め得ることができない。チベット仏教を学ぶ人はきっと上師に恭敬しなければならなくて、特に1名具徳の上師である。もちろん、弟子は上師が名利のために法を伝えるかどうかを観察することができる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは前週日本に向いて弘法する前に、台北寶吉祥仏法センターに指示して、2012年1月1日と2日に出家衆弟子が大衆を率いて『妙法蓮華経』などの仏経を唱えさせた。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達がお経を6時間唱えた事があるか。誰が当時に『妙法蓮華経』を唱えてから嬉しくて唱える事を感じたか。自分が努力したと感じたか。とても嬉しいと感じたか、と問い合せた。リンチェンドルジェ・リンポチェは一部の弟子が手を挙げ事を見て、下記のように開示し、皆が自分が修めている事だと思っていて、リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲なので皆に仏経を唱えさせて、その日どんな事の為忘れてしまった。リンチェンドルジェ・リンポチェは先手を挙げた弟子の名前を登録する事を指示し、これらの人々はお経を唱える団体に参加する事が出来で、将来にただ顕教だけを学ぶことができて、もし有る弟子が手を挙げたが登録しないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェに発見されないと思っていて、が、依然として護法に知られて、その上、これらの弟子を見付かられて、護法がとても素晴らしいから。

リンチェンドルジェ・リンポチェは2011年11月に弟子達を連れてインドに向く時に、ガチェン・リンポチェはリンチェンドルジェ・リンポチェに多くの甘露丸を与えて、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の為に一つも残らないで、直接に全ての甘露丸を寶吉祥仏教文化交流協会の理事長に手渡して、これらの甘露丸を全て当日にインド法会に参加した弟子に分けるように指示した。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分に残さないで、自分の母或いは子供或いは会社の社員に少しを残らなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生に欠けないで、弟子達は聖地を巡礼するツアーに参加して、リンチェンドルジェ・リンポチェが経営している旅行社に少しの収入を貰えさせたと思っているので、極めて珍しい甘露丸を貰ったときに、何も残らないで弟子達に与えた。結局、当時にある車長を担当する女の弟子が貪念を起こってしまって、自分で多くの甘露丸を取って、その上、車の上にいるほかの弟子に「皆の為に多くの甘露丸を取った」を話した。車の上にいる弟子は聞いてからまた嬉しくなってしまって、また、彼女に感謝すると表示した。リンチェンドルジェ・リンポチェはその時に車長或いは誰かが多く取る事を指示するかどうかを尋ねた。理事長を担当する弟子は「無い」と回答した。この車にいる人々は感謝に表示する事も貪念の表現で、何により自分が多くて貰えると思っているか?その上、彼女は口で多く他人に分けて、結局、自分はまた多くて取って自分のポケットの中に置いた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは法会でその場でこのようにかどうかをこの女の弟子に尋ねた。彼女は極めて過剰反応をして自分が間違った事を泣き叫んで表して、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ彼女に高い声で発言してはいけないように指示して、その場にいるお年寄りに恐れさせて、その上、彼女の懺悔も要らないで、ただ事実を答えたらよい。この弟子は低い声で承認してから、リンチェンドルジェ・リンポチェは続けて開示し、この事は元々誰でも知っていないで、が、護法ほ本当にとても素晴らしくて、すぐに彼女を教え諭した。ツアー団体の全ての2百人あまりは台湾に戻って、皆の荷物を貰って、ただこの弟子の荷物が意外に北京に誤送された。全てのツアーは荷物を一緒に送って、一つ一つは回転式手荷物引き渡しコンベアーにて飛行機に送ったのに、この女弟子の荷物が却って完全に異なる時間とカウンターのフライトに送って、北京に送って行った。幸いにこの女弟子の夫は彼女が多くて甘露丸を取った事を発見した時に、彼女を叱った事があって、さもなくば恐らく事柄がもっと厳重になるかもしれない、荷物がシベリアに送られるかもしれない。この女弟子はメンツを重んじるので、祥楽旅行社に彼女の荷物に無くされた事を発見させなくて、実は、旅行社は皆の為に保険を買う事があって、必ず彼女の為に賠償請求を申請するように手伝った。保険費用は既に保険会社に支給したが、彼女はメンツの為にむしろ賠償請求処理が要らなくてもよい。

リンチェンドルジェ・リンポチェはこの女の弟子を叱り付けて、彼女のこのような作法は彼女は他人により凄いと表して、道場での身分と地位を作るため、貢高我慢の心構えであり、その上、極めて厳重な戒律を破って、なぜかと言うと上師と常住の財物を横領する罪がとても厳重である。リンチェンドルジェ・リンポチェはインド法会に向いた前に、何回も皆に布施と供養の重要性を気付かせて、この女の弟子は完全に聞き入れていないで、その上、布施供養も遣り遂げないで、もししたら貪念を起こさなかった。

そなた達は自分が供養する事があると思っていて、しかし、そなた達のこのような本当に供養ではなくて、最近のようでリンチェンドルジェ・リンポチェはいくつか助けを必要とする手紙を受け取って、気軽に金額をちょっとプラスしたら8桁の数字で、だから、そなた達はこのような事が本当に供養ではなかった。リンチェンドルジェ・りぽちぇはいつも布施供養をしていて、だから、このような珍しい甘露丸を惜しまないで、実はこれは他人がリンチェンドルジェ・リンポチェに供養するため、リンチェンドルジェ・リンポチェは多くの衆生に助けて、衆生を済度する時に甘露丸を使えるかもしれない事を知っているかわけで、が、リンチェンドルジェ・リンポチェは受けると全部弟子達にあげた。

この女の弟子は甘露丸を貪って取る意外に、最近、日本京都寶吉祥仏法センターへ向いて法会に参加し、法会が終わった後次第放題して、リンチェンドルジェ・リンポチェが道場を既に離れて、京都道場の中に内部清潔をしていた時に高い声で叫ぶことをして他人を眼中に置かなかった。

その場で、リンチェンドルジェ・リンポチェは、この女の弟子はこれからリンチェンドルジェ・リンポチェに供養する事が要らなくて、寶吉祥仏法センターに護持する事が要らなくて、祥楽旅行社のツアーも参加する事が要らなくて、その上、寶吉祥弟子の赤いベストと法本を返さなければならなくて、今後信者になる事を指示した。彼女が犯した錯誤は彼女に仏を学ぶ以来に全ての功徳が無くしてしまって、ただ少しの福報を残して、来世に使う予定である。甘露丸は法薬で、修法して多くの真言を唱えて、必ず役に立って、が、与える者と受ける者の心構えによる。この女の弟子が貰った甘露丸はただ薬になって、法が無いで、何故ならば、彼女の心が間違いのため、甘露丸が汚染されて、応から、加持力が無かった。アチ護法はとても霊験するので、この事件を表せた。

ある者は何故リンチェンドルジェ・リンポチェは厳しく些細で見えるような事を叱るのを思うかもしれない。余り大変ではないだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは法性から輪廻の苦しみを見て、そなた達の行為は全てそなた達に輪廻の苦しみに堕ちさせても自分が分からないが、まだ自分が間違いではないと思った。全ての事は小さい所から累積し始めるから、リンチェンドルジェ・リンポチェは厳しく余り重要を見えない小さい過ちを責めた。それは仏菩薩の願いは衆生が輪廻の苦しみに堕ちさせないように望むから。

ミラレパ尊者は衆生が輪廻苦海にいる事を考えると極めて悲痛を感じて、考える勇気がない。尊者さえ考える勇気がないが、リンチェンドルジェ・リンポチェの果位で唯輪廻の苦しみを見るだけ。だから、そなた達は皆感じたはずが、リンチェンドルジェ・リンポチェは2007年閉関を出た後益々厳しくなった。それはリンチェンドルジェ・リンポチェが益々年寄ったから、時間はもはや足りない。若し本当に仏を学ばない弟子は残さないで、他の道場に行きなさい。現在間もなくお正月なので、そなた達が行きたいなら、他の道場は全て歓迎して、そなた達が聞きたい言葉でも話して、そなた達に媚びる。そなた達は益々観音菩薩側の童子を似ているなど言葉を話した。この話を聞けばそなた達は注意しなければならない。それはある者はそなたを媚びると、そなたの福報を使うのを表した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは現場に嘗て他の教派に属した弟子に聞いて、甘露丸は如何なる貴重である。ある女弟子は報告したが、過去の道場に多くの人は唯聞いた事があって、見た事がない。少数人は手に入れたが、数粒だけだ。他は他の道場に大功徳主の男弟子も報告したが、他の道場に委員と功徳主以外、他の人は持つ機会がない。尚更に聞いた事もない。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、功徳主だけ貰えるなら、この道場は甘露丸を取引として対応した。そうすれば、甘露丸は効果がない。リンチェンドルジェ・リンポチェは理事長に聞いて、今回インドに来た者は一人で何粒を貰えたか。理事長は平均30粒から50粒までと返事した。

仏経に甘露丸を記載されたが、本尊法を修める時作る。上に多くの真言があって、法薬の一つである。顕教に於いて作らない。チベット仏教は作った事がある。例えば大法会の時にリンチェンドルジェ・リンポチェが皆に与えた金剛縄は観音法門に説かれた事があって、五色縄で真言を唱えて縄に結びをつけるとある。甘露丸は極めて貴重で得難いが、過去リンチェンドルジェ・リンポチェに従ってチベットディクンティ寺に行った者は皆甘露丸を一袋貰った。ラマは甘露丸をリンチェンドルジェ・リンポチェに供養した時、現地のチベット人は手を出して貰いたいが、ラマはチベット人の手を振った。同じなチベット人なのに彼達に与えられない。リンチェンドルジェ・リンポチェの関係ではないと、そなた達は貴重の甘露丸を貰えるわけではない。

法本に記載があった。若し修行者は法に従って修めて、恭しい心で甘露丸を壇城或いはきれいな所に供養すれば、甘露丸は一粒から二粒になって、引き続きに増える。それは宝物である。リンチェンドルジェ・リンポチェは現在多くの甘露丸を持っているが、訳が分からないである者に送られて、既に誰が送った物を分からない。何故このような多くの甘露丸を持っているだろう。それは自分の福報が大きいから。リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも絶えずに布施、供養をしているから。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に優しく対応したから、そなた達はこのような宝物を貰っても大切にしなかった。

若し直貢チェツァン法王の大願力でなければ、皆はこの《龍蔵経》の全貌を見る機会があるわけではない。故宮は展覧しても少なくともその中の一巻であり、皆に経典の各ページを見せるわけではない。そなた達は本当に福報があって、寶吉祥仏法センターに一セットを見える。このセットも尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは買った物である。リンチェンドルジェ・リンポチェは常に好い物を道場に置いた。リンチェンドルジェ・リンポチェはも直貢チョンツァン法王に《龍蔵経》を一セット供養した。直貢チョンツァン法王は極めて喜んで、閉関修行の方式で《龍蔵経》を読んだ後、この経典の出版は世間の人に非常に大きい助けがあって、この宝物を他の機構に送るつもりだ。それは他の機構の主持者はかなり若いから、この経典を引き続きに長く保存できるから。リンチェンドルジェ・リンポチェは知った後、再びもう一セットの《龍蔵経》を直貢チョンツァン法王に供養できるかどうか、教示を聞いたけど、直貢チョンツァン法王は要らないと返事した。此処から見ると、真の修行者は無私に仏法を広めている。

リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、そなた達は皆ある法務を担当する男弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに首された事を発見した。彼は前回用心せず上師に風邪を引かせた事ではない。このような事はリンチェンドルジェ・リンポチェが気にしなかった。唯自分は業が重いから、このような弟子があると思った。しかし、彼は上師に風邪を引かせた後、相変わらず慎重に注意せず、引き続きに過ちを犯した。日本法会に行く前、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に伝言を与えて、この男弟子は《龍蔵経》を日本に運送する事を担当させた。結局彼は如何なるするかどうか分からなくて、自分に指示した上師に如何なる処理する事を聞く勇気がない。そして、《龍蔵経》を郵送した事がある女弟子に聞いて、この女弟子は経緯を分からないままに彼に前回の郵送を知らせた。結局この法務を担当する弟子は自分がリンチェンドルジェ・リンポチェの会社の購買に電話をかけて、郵送の事を聞いた。購買はリンチェンドルジェ・リンポチェに問い合わせた。リンチェンドルジェ・リンポチェは聞くとすぐ分かったが、この男弟子は処理方法を分からないが、自分が聞く勇気がないから、彼方此方に聞いて、最後リンチェンドルジェ・リンポチェの会社に依頼した。

毎回物事の処理方法は必ず同じだと限らない。今回《龍蔵経》の郵送方式は前回と違うのは若し一般郵送を通せば、費用が発生する。この弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェの会社はお金があるや寶吉祥仏法センターはお金があるから、少しのお金がかかって郵送すれば構わない。しかし、今回180位の弟子は日本へ法会に参加して、このような大きい団体は通関すれば、数箱の経典を持たれないわけではない。その後、やはり法会に参加する団体は通関する時、順調に《龍蔵経》を無料に日本に運んだ。

前回道場に緑度母法会を修める時、この壇城を担当する弟子は今までの通りに法会の前に儀軌など事を聞かなかった。結局当日に緑度母本尊の仏像を壇城の中央に移さなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは毎回法を修める時、必ず同じなやり方とは限らない。この弟子は教示を教える勇気がなく、叱られる事を恐がるから、自分の考えで決めた。過去はこのような事をしないから、今回も必要がないと思った。結局法会の当日、エレベーターの中にリンチェンドルジェ・リンポチェに打たれたから、臨時に緑度母本尊仏像を壇城の中央に移した。

今回日本京都寶吉祥仏法センターにリンチェンドルジェ・リンポチェは既に法衣を着替え終わって、休憩室から出て法席に向いて施身法を修めるつもりだ。この弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに向いて、途中に《龍蔵経》の証書の事を報告した。そなた達は皆分かるが、若し上司に報告すれば、必ず上司が歩いている間にいきなり資料を渡せない。適当な時に再び提出する。当時この男弟子はこのようないきなりの行為を見て、リンチェンドルジェ・リンポチェは法席に昇ってすぐ返事を与えなかった。結局法会後、この弟子は聞かないままに証書を台湾に持ち帰った。法会当日の夜、リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達と一緒に食事する時、彼はこの時に教示を教えなかった。

また有る一回海外に行く前、この弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに報告して、ある者はタンカを一幅供養したが、その中にある仏像の眉がなくなった。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼を指示して、台湾にあるタンカを描くラマに依頼して処理する。この弟子はこのラマも知っているが、彼は却って電話をかけて雲南のガムポに如何なるする事を聞いた。リンチェンドルジェ・リンポチェの話は始めて分からなくて、色々な事が発生したのに、彼は相変わらず警戒されない。

今回日本に施身法を修める時、リンチェンドルジェ・リンポチェはある乳癌に罹って、この前に往生した女弟子を済度する。リンチェンドルジェ・リンポチェは指示して、この往生した女弟子の名前を済度リストに書く。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは済度リストを見るとき、名前だけあったが、生まれ年を書かないと発見した。リンチェンドルジェ・リンポチェは法席に聞いて、何故生まれ年を済度リストに書かれなかった。この法務を担当する男弟子は責任を取らず、自分は生まれ年を書く事を分からなくて、他の弟子が行った。また道場の中に指で彼方此方を指して、他の弟子を指して、この事に責任を取らせた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは今日法会に参加する大衆に聞いて、誰か施身法済度リストに生まれ年を書く事を分からない。皆はこの事を分かると返事した。毎回施身法法会の済度リストもこの弟子がリンチェンドルジェ・リンポチェに渡したのに、この事を知らないと返事した。また、指に指されて責任を取る弟子も自分が分からないと返事した。同じで処理した事に対して完全に無責任だ。その時四人の弟子は道場から追い払って法会に参加できない。その日道場の外の温度は1度だけ、前回彼がリンチェンドルジェ・リンポチェに寒さを受けて風邪を引かれた果報を報った。金剛乗を学ぶ果報はとても早かった。一人は往生した後非常に苦しかった。ある者は亡者に慈悲しないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず受けられない。

続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは開示された。当時日本に行く弟子達にくじ引きさせて、道場にリンチェンドルジェ・リンポチェが加持した《龍蔵経》を日本道場に安置する盛会に参加できた。リンチェンドルジェ・リンポチェはとても公平で、どんな事でもくじ引きする。結局この弟子は当たっていなかった。抽選された36位の弟子の中に一人だけ法務組で更に体が不自由な弟子だった。翌日道場に除障香を探す時、誰でも除障香の放置場所を知らなかった。この足が悪い弟子は彼方此方歩いても探せなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェはマイクで話す時、マイクが如何なる処理する事は誰でも分からなかった。皆通常マイクを担当する弟子しか分からないと言った。此処から見ると、道場に関わる事務はそなた達は明細をリストしてはっきりに交替しなかった。理事長も分からなくて、管理もしなかった。音響はとても重要な事なので、若し音響を担当する弟子は亡くなるなら、道場の音響を管理する人はいないだろうか。

リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達を責めて、皆は上師に叱れる事を恐がって、物事をしても責任を逃れて、上師が言わないと行えない。そなた達は現在ミイラのように人の形体しかなく、その中に全て空っぽで、脳も空っぽで外は布を重ねて一層一層で包んで、自分だけ守って、自分に傷付かせないように守った。このような形容を話す人がいない。そなた達をミイラで形容するのはとても合うだろう。どんな事をしても完全に脳で如何なる処理する事を考えず、上師の立場を考えず、唯叱れる事を恐がるから聞く勇気がない。自分は道場の事務を長く担当しているから、自分の考えで決める事が出来て、上師の教示を教える必要がないと思った。他人は仏を学べば学ぶほど物事の処理方法を分かったが、そなた達は仏を学べば学ぶほど大変だ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て何回も開示されたが、たとえ今でも仏法に関わる事について、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず直貢チェツァン法王に教示を教えて、許可を得た後始めて行動した。たとえ既に好い事を分かっても教示を教える必要だ。この壇城を担当する弟子は道場を自分が管理すると思って、どんな事でもはっきりに交替しなくて、自分しか知らない。リストも作っていない。道場に多くの法器はリンチェンドルジェ・リンポチェの物である。今後リンチェンドルジェ・リンポチェがいないなら、この道場を自分の物として占有するつもりだろうか。リンチェンドルジェ・リンポチェの物を取るつもりだろうか。或いは全ての事は他人がそなたに如何なる処理すればいいと聞けばいいか。仏を学んで我慢貢高して、自分でも乱れられた。

リンチェンドルジェ・リンポチェはその時出家衆弟子に、この男弟子がどの戒を破ったかと聞いた。更に続いて三昧耶戒を破った事を開示された。彼は灌頂を受けた事があるから、三昧耶戒を破っても死なず運が悪くないけど、唯未来に仏を学ぶ道にそなたは有る程度を修めると、とても大きい障碍が現れて、そなたに学べない。仏を学ぶのはそなた達に自分の行為を修正して、他の兄弟子とお互いに比較する必要がない。たとえそなたはうまく修行しても比較しないで。この男弟子は自分が長年に仏を学んで多くの仏経を読んだから、修められて、事情に遇うと他人に任せて、全ての過ちは他人の過ちだと思った。無責任の人は慈悲を学べない。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て開示されたが、上師に叱られる事を恐がるのは最悪の人である。それは叱られる事を恐がるとは過ちを修正しない。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に仕える時、上師に叱られる事を恐がらない。それは上師に完全に降伏して敬うから、自然に上師に叱られる事を恐がらない。若し弟子として上師が言った事は弟子を教えるためを知っているなら、何故上師の指摘を恐がるだろう。

ある皈依弟子の妻は亡くなった時、彼女の願いは二人の娘がリンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏を学ぶ事を望んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示された。人は死んだ後鬼通があるが、彼女は既に自分の子女は未来に時に在らずして死ぬことを見た。リンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏を学べば未来を変えられる。この姉妹は始めて自分の人生計画を考えるばかりが、海外に留学して、結婚して子供を生んで部屋を買うなど。幸いその後リンチェンドルジェ・リンポチェの話を聞いて、皈依して仏を学んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女達の母の願いを分かったから、彼女達に伝えた。行うかどうか彼女達が決める事である。彼女達の父も彼女達を無理にさせないが、幸い彼女達は親孝行を分かって、母の遺言に従った。そうしないと既に時に在らずして死んだ。この二人の娘は今まで供養布施を考えないから、今回交通事故に遭って車も壊れた。つまり、彼女達は元々この財がないから、残られない。

弟子は上師に凡夫として付き合わない。若しそなたは上師を凡夫として見て付き合えば、上師はそなたに条件を交渉して、そなた達を助けても価格を知らせる。リンチェンドルジェ・リンポチェはこのように行わない。あの乳癌に罹って往生した女弟子を済度しても事前に彼女の家族に知らせない。供養を受けなくても相変わらず彼女を助けた。リンチェンドルジェ・リンポチェは教えるのは生死を解脱法門であり、世間法ではない。出世法をうまく学べば、世間法は自然によくなる。若しそなた達は仏を学んで体が健康、夫は事故に遇わなく、財は増えて寿命が長くなるという考えで仏を学べば、そなた達は学べない。

そなた達ははっきりに何のために仏を学ぶのを分からなければならない。それは清浄な法性を戻って生死を解脱するため。仏を学んで長寿出来るのは法の長寿であり、肉体の長寿ではない。仏法は清浄な法性である。そなた達の人生経験と関係がない。だから、引き続きに薫陶すれば、徐々にそなた達の累世の習性を変えられる。若し上師の加持がないと、法性は現れない。累世の善業、悪業が多すぎなら、上師の加持を得られない。上師は障碍を止めるけど、そなた達は自分が除かなければならない。

直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに厳しく対応して、叱責も与えた。唯最近一年余りから始めて責めなかった。直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェのように大声で厳しく過ちを犯した弟子を責めないけど、責める時話した言葉もとても厳しくて、少ない言葉でも十分だ。2007年直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェを指示して、三ヶ月間閉関修行した。閉関が円満に終わった後、師弟は二人で始めて一緒に食事した。その時二人の師弟は欄干の側に座って食事した。青い空、白い雲の下で芝居はとても綺麗で微風は軽く吹いて、遠い所にヤクがあって美しい風景である。思わずピクニックナプキンを用意して、食事するの際に直貢チェツァン法王は遠慮なく叱って、リンチェンドルジェ・リンポチェが三ヶ月間に苦労な閉関修行を完了したばかりのを完全に無視した。更に責めた事は実はリンチェンドルジェ・リンポチェが行わなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子達が犯した過ちだった。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王の叱責を完全に受けて、向き合った。そなた達なら上師の前に解釈を多くして、早めに責任を逃れる。

閉関が終わっても直貢チェツァン法王がまだリンチェンドルジェ・リンポチェの心がかわるかどうかを試して、変わりであれば、その後の教法がなかった。これは実も上師の加持で、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェが円満に3ヶ月の閉関をした後相変わらずに責めた。それはこの弟子が閉関した後、心が変わったか?傲慢が起きられたかを見るのである。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達のように、直貢チェツァン法王に解釈して:「私は全て弟子に教えた。弟子達がしなくて、如実に修めないのである。」このように解釈すると即ち上師の教導を受け取らなくて、仏を引き取らない。

そなた達は必ず言い、直貢チェツァン法王が神通があってリンチェンドルジェ・リンポチェがなにを考えているか知らないわけがない。実は只仏がそなたの全ての考えの因縁を分かり、上師が分からない。仏経により、人は一秒に数十万億の考え方があって、非常に複雑だ。《地蔵経》に載せてあり、凡夫が心を起こし念が動くのは全て業であり罪である。それで、上師はそなたが全てした事により、そなたの因縁を見て、いろんな方法を使ってそなたを試して、そなたの心がどうかを見る。以前禅宗の教法のように、禅宗の上師は何時も弟子に質問をして、彼の回答により彼の心の変化を知った。リンチェンドルジェ・リンポチェは様々な方式によりそなたの心を見る。そなたが好きではない事をわざとして見せて、そなたが好きな事を聞かせなくて、ひいては取り除く。上師の叱りは当たり前、そなた達が学校にいるように、間違ったら先生が必ず叱り、受け取らない者は我執が大変重く、布施心がないとの表われだ。そなた達は上師が話したことの意味が聞き分かって、受け取れば、そなたの人生が変わることが出来た。

上師はそなたの父母親より親しくて、そなたの父母は只そなたにお体をあげる。ある父母親は大変お金持ちかもしれないが、そなた達にお世話とか、教育の提供、仕事での手伝いしか出来ない、そなた達の未来をかわることが出来なくて、そなたに完璧な未来の人生をやることも出来ない。只如法の上師はそなた達が輪廻を離脱することを手伝う事が出来て、そなた達が仏になるまで、生々世々そなた達のお世話をする。だから上師は父母親より親しい。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの一生に尊勝な直貢チェツァンと出会って、直貢チェツァン法王の教導の下に仏を学ぶ事を非常に大切する。

リンチェンドルジェ・リンポチェは大切する縁は上師が弟子に対して色んなもたらすのではなく、直貢チェツァン法王が全て教えてくれた仏法はリンチェンドルジェ・リンポチェの未来を変わったのを知って、それで極めて上師との縁を珍重して、直貢チェツァン法王に対して全く投降して、自分の考えがないのである。それは直貢チェツァン法王がなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェがないから。直貢チェツァン法王の教導がなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏法でこんなに多くの衆生に利益して、衆生が輪廻の苦しい海より離脱するのを助ける事が出来ない。

寶吉祥仏法センターは一つとても清浄な道場で、そなた達は只加護を求めて、仏を勉強して生死より離脱をしたくなければ、離れて今後もう来ない。リンチェンドルジェ・リンポチェが伝えるのは生死より離脱する法門で、仏を学ぶには一番良い方法は上師の話に従順するのである。仏法では良しがない、只悟るで、悟って出来たならば良いである。今日リンチェンドルジェ・リンポチェが修めた法は皆が仏を勉強する道に多くの必要が無いの障碍を減らすのである。続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは皆を引き連れて上師供養法を修めた。

法を一段落修めた後、リンチェンドルジェ・リンポチェは申された:そなた達は法本を読み終わった後見つけるはずだ。法本の中には何の望みで仏を勉強するか、仏を学んでお体が良くなって、お金持ちになって、また何か役に立つのを説いたか?全部ない。法本の中に我らに苦しみを了解してはじめて苦しみを抜かすのを教えた。自分が仏を勉強しなければ苦しみより離脱するのが出来なくて、了苦との「了」は二つの意味があり、一つは了解で、苦しみを了解が出来なければ、悲しみが無い。まだ欲望があるから。二つ目は抜かす。こんなに多くの経典の中に、なぜリンチェンドルジェ・リンポチェが《妙法蓮華経》を選んでそなた達に読ませたか?それは経の中にの内容はそなた達のことを言っている。そなた達は人生がまだ苦しい海の中にいるのをまだ分からない。

釈迦牟尼仏は注意させた、輪廻の苦しい海の衆生はまるで火宅で遊んで大変楽しかった子供で、仏は1人悩んで子供を救いたい父親だ。それで牛車と鹿車を使って、即ち大乗と小乗仏法だ。多くの玩具を置いて、これ等の子供を騙して火宅を離れる。玩具とは念仏、お辞儀などだ。そなた達が念仏が好きであれば、そなた達に呪文を読ませて、仏にお辞儀するのがするならば、そなた達にお辞儀させて、これは玩具で、衆生に全部車に乗る事が出来させた。仏が用意できてもそなた達が車に乗りたいが必要ではじめてこの三界の家を離れる。所謂出家はこの輪廻の家を離れるのである。前話した母親が法会に参加させた2人の姉妹達、本来の人生の計画は出国だ、彼女達は勉強、仕事、結婚こそ人生の中に一番重要な事で、全く死亡無常を考えなくて、彼女達の父親も娘に法会に参加するのをお勧めなかった。これは火宅の中で遊んで全然分からなかった。前申された甘露丸を貪欲する女弟子と何時も間違いを犯した法務組の男弟子、良く自分の考え方を良く見なくて、やはり火宅の中に遊んだ。

続いて出家弟子が皆を引き連れて<吉祥仏法界祈請文>を読んだ。半分のところにリンチェンドルジェ・リンポチェは皆に止まらせて、ご自身にて弟子を引き連れてあらためて一句一句を唱えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは五開示した:先ほど出家弟子がそなた達を引き連れて呼んで、彼女達はずっと読んで行って、とても早く読んだ。それで改めで自らでそなた達を引き連れて読んだ。それはリンチェンドルジェ・リンポチェは祈請文を読んだ時、全ての字、言葉には無限の慈悲の感情を溢れた。心からの感情が自然に流れて来た。この祈請文の中に二つの言葉が十分重要で、特に皆に教えたのは「専心悲痛祈祷您、願我与您得相応>(一心で悲痛に貴方に祈禱し、私がそなたと相応できるように願う。)

「専心悲痛祈祷您」。専心とは唯一つの心で、全く自分の考え方と思いがあった。自分と衆生が全部まだ苦しい海の中に輪廻して、上師の救済を祈った。一心祈祷して、上師の加持がなければ生死より離脱するのが不可能で、我らの未来がとても悲しくて苦しいだ。今日自分が苦しい海の中に全部悲しいと分かって、例え欲望の上にどの暫く満足を得て、しかし一つの欲望を満足した後、次の欲望がすぐ来る。そなた達は只加護を求めて、欲望で求めれば全部無駄だ。仏を勉強して自分の苦しい心を確かに了解すれば、永遠に離苦出来ない。全部の心で、一番悲しい力で上師に祈祷して、仏を勉強して生死を離脱するため、苦しみを了解してはじめて生死より離脱する事が出来た。

数年前リンチェンドルジェ・リンポチェは始めて大手印を閉関した時、半分を閉関した時直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェを先出関させて、直貢チェツァン法王が自らで口訣を伝える。リンチェンドルジェ・リンポチェが出関した後、直貢チェツァン法王の目の前に着くとすぐ悲慟で跪いて直貢チェツァン法王が伝法するように求めた。こんな懇切で悲痛な心で求める。そなた達は全部こんな経験があった。小さい頃欲しい物が手に入らないとすぐ騒いでひいては泣いて地面で転んで自分が欲しい物を得るように望んだ。即ちこんな決心、考え方で上師に求める。そなた達は現在大きくなっても相変わらず、泣くのではなく、怒って多くの若い者がこんな経験があり、数日間部屋に閉めこんで父母親と話さない、父母親がそなたの要求を承諾したまで。こんな心だ。そなたが上師の加持を祈る時悲痛な心を用いるはずで、一心で上師の加持を祈って、自分の欲望を入れないで、上師の加持を祈れば結構である。、

「私がそなたと相応するように願う」願いがなければ相応が得ない。独り善がりで自分が修め得て、読めば役に立つと思わないで、全心全意ではじめて相応でくる。そなたの心は上師の心と同じではじめて相応が出来る。上師の心は全部衆生に利益して輪廻を離脱するためで、そなたが仏を勉強してこのため出なければ上師と相応する事が出来ない。相応が出来るとはじめて役に立って、上師の加持力を得る。此処の願とは願いを引き起こすのである。そなた達はなぜ上師と相応出来ないか?そなた達が願いを引き起こさないから。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前顕教を勉強した時も大変真面目で経典を読んで、拝懺した。しかしどのように唱えても仏経の中に説いたのが出来ない。その後やっと分かった、上師と相応するように願いを引き起こさなくて上師の加持を獲ることが出来ない。そなた達は自分が念仏が出来て、修め得ると思わないで、上師の加持がなければ不可能だ。ある者が言った:自分が仏経を見て体得が出来た。上師がなくて自分で修め得るのが全部嘘ばかりだ。

どのように上師と相応するか?そなたの心と上師の心と同じではじめて相応が出来る。直貢チェツァン法王が嘗て仰った仏法事業の上に、直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェと一緒に歩く、これは相応ではじめて出来るもんだ。上師の心は鈎のように、弟子の心と引っ掛けてはじめて相応と呼ばれる。上師の心は永遠に弟子のとかける。しかし弟子の心は上師のと掛けたいか、上師の心意と一致するか。リンチェンドルジェ・リンポチェの心と直貢チェツァン法王のと強く一緒にかけた。ある時リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に自分がどこかへ行ったかを教えなかったが直貢チェツァン法王は全部知った。ある時直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェにご用があって、リンチェンドルジェ・リンポチェを探している時、リンチェンドルジェ・リンポチェは全て感じて主動的に直貢チェツァン法王に電話をかけて、これは師弟と2人の心が一緒に強く掛けた。昨年(2011年)11月、直貢チェツァン法王のお体がすこし悪くて、リンチェンドルジェ・リンポチェも上師がまちがい医者さんを見たと感じて、すぐインドへ電話を掛けて適当に手配した。

上師の心はずっといて、そなたが彼に掛けられたか?そなたは上師の心と強く一緒に掛ければ、一緒に上師の功徳の大海の中にいる。上師が良く修めれば、そなたもしたがって良くなる。上師の果位がますます高くになり、そなた達も一緒に同じの法海の中に修行する。リンチェンドルジェ・リンポチェの果位まで修め得ても、上師の加持がやはり必要で、ずっと仏になるまで。リンチェンドルジェ・リンポチェは閉関した時、直貢チェツァン法王も何時も加持する。しかし只上師の加持を頼らないで、そなた達はやはり従順でするべきだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは雪山で3ヶ月を閉関して、やはり自分が絶えずに精進で習って一生懸命してはじめて自分の未来を変換が出来た。自分がしなくてただ上師の加持を得るのもだめだ。

此処の上師とはそなたの目の前この1人ではなく、法本の中に只寶吉祥の上師を説いた。ジッテン・サムゴンは祖師で、しかしジッテン・サムゴンの前まだ上師がいて、上師には上師がいて、そなた達は上師の加持力を得れば無数の仏菩薩の加持力を貰うようだ。名号は只方便な法門で、すべての上師の法性は全部同じで、仏と本尊を区別しなく、誰が誰よりすごいともなく、全ての仏菩薩の法性は全部同じで、全部個人の因縁により違う化身を現れて衆生を救済する。

この祈請文は既に数百年に広く伝えて、歴代大徳が書く内容の全ての文字は全てそなた達に対して助けがあった。そなた達は読んでから、我々に仏を学んでから身体が健康になって事柄が良くなる事を教えていない事を発見するはずである。完全に如何なる内容をこのような事に言及していない。直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに仏を学んでから身体を健康になって事柄が順調になる事を従来に諭した事がない。法本の中にただ仏を学ぶ事が生死を解脱する事に言及し、この世で生死を解脱する事を修め得ないでも、上師の加持を求めて、行者に浄土に往生させられる。だから、法会に参加するのはそなたの身体を良くなる事が出来なくて、そなたに一切で順調にならせなる事が無いで、良くない事を発生しない事も無い。これらはそなた達の因果である。そなたは病気にかかっても、これも因果である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは過去で何回も開示し、病気を道用になる事に変わって、病気は実は自分の恩人で、病気はそなたに機会を与えて仏法を聞かせて、そなたに機会があってこの世に生死を解脱させる可能がある。病気はもっと厳重であれば、自分がもっと苦しみを了解して始める。本当の密行者の祈祷文は「もし病気に罹って私に対してよいなら、私に病気に罹らせて、私に三悪道に下りさせない。もし死亡が私に対してよいなら、私に三悪道に下りさせないなら、私に死亡をさせてください」のである。しがし、そなた達はこのように祈る勇気がないで、そなた達はただ自分の病気を早めによくならせて、このようにしたらやっと仏を学んで修行する事が出来る事を祈って、このようにしたら全て仏菩薩を恐喝する事のである。

そなた達は学びたいなら、つまりリンチェンドルジェ・リンポチェの修行の経験を学ぶのである。累世の修行者は全てこのような法本により祈って求めて修めて、そなた達はこの貴重な人身を把握してリンチェンドルジェ・リンポチェに従ってよく仏を学ぶ事をしないなら、これからとても苦しいである。が、そなた達の中に密法を学ばれる者が真に何人が余り無かった。そなた達は決心をして上師に従って仏を学ぶ因縁を把握しなければならなくて、この世に密法を学んで仏になる事を遣り遂げないでも、輪廻を解脱して浄土に至る事を修めるのを祈る事が必要である。

本当に金剛乗を学ばれる者は余りない。『妙法蓮華経』には記載されている事もあり、仏は『妙法蓮華経』を開示する時に、多くの弟子はこれが自分が聞くのではないと思っていて、だから、多くの人々が離れて、ただほんの一部の人だけが残った。何故ならば、彼は自分が火宅にいることを思わないで、釈尊に開示されるのは彼たちと関係が無いわけで、これらは貢高我慢の心構えのである。今日、法務チームの弟子と甘露丸を分ける弟子は同様に貢高我慢の問題もあって、自分が長くて皈依し、偶には信者に連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来て、既に縁を結ぶと思っていた。自分は嘗て法師の身元に従って、経論を多くて唱えると思っている。そして、真剣な自分の問題を検視しないで、障碍が現れた。自分の身口意に対して注意しなければならなくて、或いは累世の業がすぐに現れて、少しは自分をリラックスしたら、累世の冤親債主がすぐに仏を学ぶ事を障碍した。一人は貪るなら、多くの間違いをして、皆は知らないで事柄を終わると思う。精進とは一日中多くの宿題をするわけではなくて、却って上師が教導する仏法を日常生活に使えるかどうか。もし自分の気ままに暮らしたら、結果がとても厳重である。

もし人間は布施供養の心が無いならば、高慢が始まって、問題が発生する。そなた達は毎日にアチ護法を修めていて、護法はそなたに守って間違いをさせないで、そして、生死を解脱して始まて、また、そなたの錯誤をすぐに現れる。アチ護法はとても霊験で、そなた達の心は何か正しくない所がある場合に、リンチェンドルジェ・リンポチェは見なくて知らないかもしれないで、然し、護法がそなたを探して出た。もしリンチェンドルジェ・リンポチェは仏法に対して強く堅持がないなら、10万、20万人の弟子があって、が、これらは全て役に立たないで、衆生に生死を解脱する事を役に立たなかった。そなた達は上師に対して完全に投降しなければならなかった。

それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは灯供儀軌を行って、衆生を代表して点灯して仏に供養した。

本来、この法をゆっくりで唱えて一日の時間を修める事を必要し、チベットで、午前から午後まで、一日中にて修める。今日、一部のところが短縮し、一つはそなた達が時間が無いで、もう一つはリンチェンドルジェ・リンポチェが既に65歳である。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが罵る時に体力があるように思ってはいけなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェは死亡無常を信じていて、何時に急に気力がない事も知らなかった。そなた達は毎日に『リンチェンドルジェ・リンポチェ長寿祈請文』を唱えたら、リンチェンドルジェ・リンポチェに長寿させる事と思ってはいけなかった。それは教法を指して、この身体を指すのではなかった。

もし、リンチェンドルジェ・リンポチェの教法は広く伝わられないなら、100歳、200歳まで活きていても役に立たなかった。如何に教法を広く伝わられるのでしょうか?人々が学んでから使って出るのである。何故ならば、弟子とするリンチェンドルジェ・リンポチェは精進で修行するので、直貢チェツァン法王の法脈が続く事が出来で、リンチェンドルジェ・リンポチェの法が長寿になることができるなら、弟子が言う事を聞いて実際で修める事を要して、本当に遣り遂げて、そして、リンチェンドルジェ・リンポチェが教導する法を続けて伝えて始める。

法本には施主の財産が増加する事に言及し、これはそなた達が普段に供養した事があるので、施主と言える事が出来で、此処に諭すのはそなたにお金持ちにならせて、急に財産を貰えさせるのではなくて、ただ上師に供養した事があったらお金を貰えない事がないで、何故ならば、教派に護持するお金が必要のである。然し、例外もあって、リンチェンドルジェ・リンポチェはその場で当年にSARSに罹ってリンチェンドルジェ・リンポチェに生き返られる男の弟子を点呼し、彼が永遠にお金持ちに成られない事を諭した。何故ならば、本来、SARSに死ぬ予定者で、お金が既に無くして、然し、彼が供養を惜しんで、却ってお金を投資に持っていって、結局全て負けて、数百台湾ドルが無くなって、自分で自分お金がないも言って、その上、彼が上師の諭しを聞こえないわけである。

今日、皆に仏を学ぶ意義と目的をはっきり知らせて、もし、そなた達が思っているのは『上師相応法』の祈請文の内容と違うならば、ほかの所に行ってください、縁が無いわけである。因縁が良くて、病気に治して、家族が良い事を求めないでください。これは真に仏法が教導する方向で、出世法が修められるなら、世間法も絶対に問題なくて、が、皆はどうしても世間法を修める

今もうすぐ旧正月が来て、多くの仏寺は信者を探して帰って来て、多くの道場が弟子に欠けて、そなた達は行ったら、彼らは必ずとても嬉しいだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの法会は毎回千人以上を超えて、今日また1千3百人になって、既に多く過ぎである。リンチェンドルジェ・リンポチェは新しい道場を探す事をしない予定で、一つはお金にかかって、もう一つは再度新しい道場を開設したら、リンチェンドルジェ・リンポチェが辛労しすぎる。昨日、ある信者は皈依を求めて来て求めて貰えないので、今日、法会に参加しなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェはとても素晴らしくて、そなた達の心がどのように全てはっきり分かっている。昨日、ある乳癌に罹っている弟子は娘を連れて施身法に参加する事を求めて来て、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女がまた若いので彼女にある機会を与えると思っていて、が、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の娘を承諾する折に、この弟子がすぐに嬉しい表情を現して、娘が親孝行で自分の為に法会に参加すると思って、このような心であれば、将来去る時に惜しんでないで、つまり障碍である。

多くの道場は公的に道場で弟子の錯誤を指摘していることをしなくて、人を罵る事が悪口と思っている。リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子に罵る事が悪口だを言えるのでしょうか?他人の錯誤を言うなら両舌だと思っているか?多くの人々は他人の錯誤を言わないで、然し、そなた達が嘗て学校にいる時に、先生も皆の前でそなたの名前の点呼をしてそなたが何か錯誤を犯す事を言いではないか。そなたは宿題が書かないなら、先生も公的に言う。仏を学ぶのは上師に罵られないだろうか?なぜ一人前になったら出来ないだろうか?リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て説いた事があって、上師に罵られる事を恐れる人間が最も悪で、何故ならば、彼が過ちを改めたくないためである。此処に来て罵られる事を恐れるなら、同様に離れてください。

リンチェンドルジェ・リンポチェは他の道場が仏法を発揚する方法を学ぶならば、うまく暮らされて、そなた達に好きな話を言って、そなた達に好きな事をする。然し、このようにしたら、そなた達に生死を解脱するのは完全に何か役に立つ事がない。寶吉祥道場には、そなた達に多くの仏を学ぶ事を見せて、これらの間違っている弟子を笑ってはいけなくて、現在、全ての発生の事で全て学習の事で、上師が錯誤を公的に言わないなら、皆も自分がこれらの事もする事が分からなくて、学校で間違いを犯すなら先生が言えて、仏を学ぶ事も同様な道理である。リンチェンドルジェ・リンポチェの道場は異なって、そなたがうまく仏を学ばないでも、そなたが間違いを犯す時に、依然としてそなたに機会を与えて過ちを改める。

リンチェンドルジェ・リンポチェは有る信者を指摘し、法会に参加する時に脚が彼方此方動いて恭しくないで、脚が痛くて肉を食べる為、心が静ではないわけである。仏法は過去が変わるのではなくて、未来を変わって、いま如何に良くて悪いに関わらず、必ず未来と異なって、自分で厳しがらせなければならなくて、自分をリラックスさせない。仏が戒律を決めて皆に罰して規定するのではなくて、皆をある程度従わせることで、これらの戒律を守られるなら再び輪廻しない。若し、今日、金剛乗を学びたいなら、心が厳しがって、他の事を思ってはいけなくて、世間の全ての事、ただ上師と仏法をそなた達に助けられて、上師が諭されて、が、皆が聞くかどうか皆が自分で決める。毎晩、そなたに自分がその日に何を間違いをする事を検討させて、ただ如何なる考え方があって自分が何も間違いがないならと思って、これは間違う。自己を催眠させて間違う事をしていないで、これは貢高我慢で、布施しないで、供養しない者である。

日本の法会の中でリンチェンドルジェ・リンポチェが施身法を修めて済度してもらった弟子のようである。リンチェンドルジェ・リンポチェは前回台湾で施身法法会を行った時に彼女に「もし参加してからすぐに死んだら、参加するかどうか」と仰った。これは彼女に機会を与えて福報を累積し、彼女がやはり4日後に死んで、彼女を早く死ぬ事を呪うのではなくて、却って、彼女が既に病気なのに長くて苦しみを受けたわけである。リンチェンドルジェ・リンポチェは、1995年から衆生に助けてから自分がこの方面について言う予言がとても正確で専門級の専門家だ、とユーモアで諭した。リンチェンドルジェ・リンポチェは前に彼女にポワ法を修める事を約束したが、彼女の家族からの彼女が往生する連絡を貰えた時に、一寸飛行機を乗って、飛行機に法を修める事が出来なくて、修法の過程に発する法音が大騒ぎを起こすかもしれない、だから、日本で施身法を修める事を待って、これも彼女が往生の1ヶ月前に言う事を聞かないわけで、だから、福報が足りないで、往生すると上師の修法を貰って済度する事が出来なくて、また、より多くの時間で苦しみを受けていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは日本にいた時に、死者の妹は朝の8時からずっとリンチェンドルジェ・リンポチェに電話を掛けて、上師に対して慈悲が無いで、上師がお休みを要する事を完全に思い付いていないで、少しも弟子のようではなかった。全世界は彼女の姉だけで最も重要で、つまり上師を搾って、完全に上師を利用した。

昨日、死亡者の妹はリンチェンドルジェ・リンポチェが謁見して来て、リンチェンドルジェ・リンポチェが姉の助けに対して感謝した。リンチェンドルジェ・リンポチェは、死者は嘗て人々にマッサージをしてお金を稼いだ時に、時間が急ぐため、マッサージされた人に気分が悪いと感じた事がある、と指摘した。妹もずっと頷いていた。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は医療或いはマッサージをする者であれば、全て同じで種類に属して、ただ患者に気分が悪い事に感じさせるなら、果報が地獄に下りる。彼女の姉の為に、4人の弟子が道場を駆けて法会に参加させなかった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは一回でで弟子に気付かせるだけではなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェがたとえポワ法を修める事を承諾したけれども、死者が因縁福報があるかどうかによる。そなた達のこの世に因縁により、そなた達が前世にした事を分かられた。因縁が不足したら、仕方が無かった。ある皈依弟子でもポワ法を貰えるとは限らなくて、却って一部が皈依せずのは過去世でリンチェンドルジェ・リンポチェと深く縁があって、リンチェンドルジェ・リンポチェに供養したがあって、だから、今世、ただ信者としても、リンチェンドルジェ・リンポチェのポワ法を貰えた。

そなた達は前世にリンチェンドルジェ・リンポチェが聞いた事があって、或いは、リンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏法を学んだ事があって、が、供養していないで、うまく修めていないで、だから、この世に再度リンチェンドルジェ・リンポチェに見付かって仏を学んでいる。ただリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子で、往生した前にリンチェンドルジェ・リンポチェに見えるなら、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなたに済度してあげて、そなたに往生してから三悪道に下りさせない。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分が業障が重いのでこのような多くて実際で修行せず弟子を収めた。リンチェンドルジェ・リンポチェはとても慈悲深くて、が、例え助けたいでも、因縁福報がないならば仕方が無かった。そなた達は釈迦牟尼仏が慈悲ではないと言えるだろうか?それでは何故この世にまたこの多くの苦しい衆生がいて、また死ぬ人がいるか?これは因縁福報がないわけである。

もし天空は黒くなったら、生活がとても辛くなる。リンチェンドルジェ・リンポチェは如何なる立候補者を手伝わないで、台湾の幸福ために、苦海の衆生に助けるわけである。リンチェンドルジェ・リンポチェはこれにより政治界の上層部を近くなるのではなくて、或いは、この機会により自分の声明を宣伝する事が出来る。2012年はとても良くない一年で、とても不安定で、皆は全てお金持ちではなくて、もし台湾は安定の環境がないなら、生活が辛くなる。

今日法会は終わって、食事を終わって、彼方此方に走らないでください。家に帰ると、番組も見ないで、先に静って、一年が既に経てよく考えを要して、法会の中に、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を回想する。人生とは何でしょうか?人生はとても速くて終わる事で、円満無暇の人身を貰えるのは多くの世で修めてもらって、目が見えて、耳が聞こえて、口が言えて、身体が健全で不完全に成っていないで、その上、仏法を聞こえて、これは多くて多くての世で修めてから貰えてはじめた。ただ仏だけで我々の生々世々を見えて、ある者はそなたの前世が誰かがを話して、これは不可能である。そなた達が思っているこの世で人間になって、前世も必ず人間である事ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたの過去世の因が分かって、そなたのこの世で発生する事によりわかっている。そなた達はこの世にリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する事が出来て、ただ今回の機会があって、放してはいけないで、リンチェンドルジェ・リンポチェは修行の経験法則により皆に教導している。今日、リンチェンドルジェ・リンポチェは上師相応法を修めて、そなた達に直貢噶舉の因縁を更に深く成らせて、そなた達に仏を学ぶ方向と目標が何処にある事を知らせて、この世を浪費させてはいけない。

« 昔の法会開示法会開示へ戻る新しい法会開示 »

2012 年 03 月 01 日 更新