尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示

2011年12月31日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥仏法センターにて、自ら殊勝な施身法及び長寿仏法会を主催して、参列者が日本の貴賓17人、日本と台湾の皈依弟子173人、及び台湾からの信者10人を含んで、合計で200人が今回の殊勝な法会に参加した。

法会が始まって、リンチェンドルジェ・リンポチェは大衆にこう開示した。今日は2011年の最後の一日であり、各地で異なる民族は全て異なる風習でこの新しい1年を迎えて、皆は未来の一年がもっと良い一年になるよう望むためである。実はいわゆる良い1年があると思わないで、仏教は因果の角度から、一年が間もなく終わって、仏法で自分がこの一年にどの事を間違ったかを検討して過ちを改めるべき、来年にはもう悪因を再び作らないようにさせて、善の因をしなければならなくて、未来はやっともっと良くなるから。来年2012年は揺れ動いている1年であり、たくさん重要な国家は選挙を行なったり、或いは政権が移転したりするのであるから、2011年と比べて、世間の人の心は比較的に安穏ではない。。仏法から見ると、1年の初め或いは年末に法を修めるのは、とても良い善の因縁であり、その故リンチェンドルジェ・リンポチェはわざと今日を選んで皆のために法を修めるのである。

皆は仏を学ぶのが平安を祈り求めたいと思っているが、しかし寺院に行って手のひらを二回叩いたり、線香を焚いたりすれば、平安を得ることができるのではない、仏を学ぶのはそうではない。仏法は因果を講じていて、いわゆる運が良いか良くないかという事がなくて、そなたの身に発生したすべての事は全部そなたの作った結果である。もし、そなたがこの年に作ったのは悪であれば、そなたの未来は悪である;そなたが作ったのは善であれば、そなたの未来は善である。たとえ、悪のことに遭っても、悪の力も余りに大きくない。仏教はそなたがもともと病気に罹っていて、仏を礼拝すると、病気を治せることではなくて、仏法は病気に罹ることについて、すでに発生した病気を治療することを重んじるのではなくて、因果の角度で、そなたにこの病気に罹った原因を教えて、因果の角度で、そなたにこの一世に発生したのが以前自分で植えた因である事を知らせて、これから再び悪因をすることができなくて、未来は自然に病気に罹らないのである。

仏法の説かれた「悪」は十悪法あり、殺生すること、タバコを吸うこと、酒を飲むこと、人を騙すこと、両舌――他人の世間話を言うこと、偸盗すること(海賊版の物品を買いたり、出勤する時には真剣に事をしないことを含む)、それに毒々しい言葉を使って人をののしること、法律か道徳に背いた事をすること、貪欲、他人を恨むこと、仏法を信じないことなどを含む。今日法会に参加する意味は、皆がこの機会を利用して自分の犯した間違いを反省させて、とても大きな懺悔心を発するのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の一族の事で皆に因果を教えて、リンチェンドルジェ・リンポチェの曾祖父はカイコを飼って糸を取ることで成功したので、多くのお金を儲けたが、とても多くのカイコをも殺した。だから祖父の世代と父の世代はすべてかなりお金を持つが、しかし家族の男の子が60歳を上回る者は一人もいない。リンチェンドルジェ・リンポチェと弟は30何歳に高血圧に懸かって、弟、妹と二番目の姉はすべて脳部の手術を受けたことがある。彼らはすべてそなた達の口の中の言ったいい人であり、着服しなくて、とても親孝行であるが、どうしてまたこのようになるのか。これらはすべて殺業の結果である。リンチェンドルジェ・リンポチェの母親は今年88歳であり、癌を除いて、全身に各種の病気があり、何故かと言うと、リンチェンドルジェ・リンポチェの父親が海鮮を大好きであるから、母親は夫に料理してあげるために多くの魚を殺したのである。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏法の助けにて、自身の高血圧がすでに治れてしまい、母親もこの息子が仏法をしているから、身の病気で多くの苦しみををあまり受けていないで、これらは皆に仏法が本当に私達の未来を変えることができるのを教えるのである。

仏陀は成仏して以来、此の世に49年に仏法を説法されて、毎日衆生に仏法を教えて人を教えて因果を分かる及び如何なる因果から自分の運命を変える。仏陀は弟子達に占いを禁止した。なぜなら、命は自分の手がコントロールするから。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分はいい例である。リンチェンドルジェ・リンポチェは事業があり、子供もあるが、このせいで仏を学べないではない。それはリンチェンドルジェ・リンポチェにとって、仏法は世間に有るどんな物より貴重である。幸いリンチェンドルジェ・リンポチェは36歳時に機会があって仏を学べる。そうしないと、祖先がこのような重い殺業により、更に仏を学ぶ前に食事すれば、必ず海鮮を食べた事である。元々47歳時死んだが、リンチェンドルジェ・リンポチェは45歳時に皮膚癌に罹っても、リンチェンドルジェ・リンポチェは全く治療を受けず、薬も飲めなくて、仏菩薩に求めなかった。明日までリンチェンドルジェ・リンポチェは既に65歳であり、今皮膚がんの症状も完全に消えた。それは全てリンチェンドルジェ・リンポチェは仏陀の教えに従って、仏法を毎日の生活に運用したから、自分の命を変えられた。

今日リンチェンドルジェ・リンポチェは皆にチベット仏教に於いて八大成就法の一つ「施身法」である。仏教は二部分を分けた。顕教及び密法である。顕教は一切仏法の理論である。中国、台湾、日本で大部分の寺は顕教である。そなた達は通常に見る誦経は顕教に属する。。密法は唐朝に中国に伝えて、唐密と称した。唐密は日本に伝えて東密と称した。日本に於いてある地区で今でも密法を修めている。しかし、唐密は密法の二部分しかいないが、チベットの密法はインドからチベットに伝えて、完全に密法の四つの部分を保存している。

密法は四大部分を分けた。事部、行部、瑜伽部、無上瑜伽部である。唐密は事部と行部しかないが、事部とは顕教を修めて、少なくとも十年に経った後、上師は始めて弟子の根器と因縁によって、適切に修める本尊を伝える。例えば、観音菩薩或いは地蔵菩薩である。事部は行者が本尊の事業を行う。例えば、観音菩薩は主なのは慈悲である。観音菩薩を修めれば、慈悲を学ぶべきだ。行部は本尊の修行方式を学ぶ。しかし、経典に於いて瑜伽部と無上瑜伽部はが見えないが、それは上師が一対一に弟子に口伝した。法本に記載があるが、瑜伽部と無上瑜伽部を修める成就者は少なくとも初地或いは二地菩薩の果位を証した。。無上瑜伽部を修める行者は最もいい根器であれば、今世に仏果を成れる。悪いのは息を止めた後仏果を成る。最も悪いのは転生する16世以後に仏果を成る。

今日修める施身法は無上瑜伽部に属する密法である。法を修める時、主法者は身につける御守りを取り外せなければならない。結界もしない。結界とは修法の時にある範囲を定めて衆生に入られない。。施身法を修める時、完全に開放する。こうすれば、そなた達と因縁がある或いは因縁が無い無形な衆生とも、目で見えないいかなる無形の衆生、いかなる目で見えない無形の衆生はすべて入って、仏法の助けを受けることを歓迎する。

施身法は中国語の意味は「体を布施する」である。施身法はチベット語の意味は「断ち」である。一切の煩悩を断つ。煩悩はそなたの執着から生じた。若しそなたは他人を騙して、自分の目的を達成すべきだと思って、必ずお酒を飲めば喜んでいるなら、此れも執着である。そなた達は快楽を追求するのは一つの執着だ。しかも快楽を追求するため、様々な悪因を作るなら、苦しみに陥る。

リンチェンドルジェ・リンポチェは数人の弟子に聞いて、何故済度リストにある先日に亡き弟子の生まれ年を書かれなかった。弟子はその生まれ年を分からないと返事した。リンチェンドルジェ・リンポチェはその場にこの事を手配した弟子達に離せると指示して、法会に参加できない。更に特に通訳者を通して、現場にいる日本信衆に解釈させた。ある皈依弟子は癌に罹って、先日に亡くなった。リンチェンドルジェ・リンポチェはある弟子を指示して、彼女の名前を済度リストに書いて、今日施身法を修めて彼女を済度するつもりだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはある亡者を済度するため、必ず彼女の名前及び生まれ年を知らなければならない。しかし、指示を受けてこの亡き弟子を済度リストに書かれたスタッフは彼女の生まれ年を聞かなかった。こうすれば亡者に長く苦しめて、亡者に慈悲心がない。人は死んだ後、極めて苦しかったが、あの苦しみは生きている者として考えられない。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは最も亡者を重視した。リンチェンドルジェ・リンポチェは日本信衆に対して、このような厳しく対応しないが、済度リストを手配したスタッフは皈依弟子なので、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼達に厳しく教えたから。皈依弟子は衆生に慈悲心がなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェに追い払われる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者に申された。法会に参加する時心が少し平静して、集中するとはじめてそなた達と関する衆生に助けを得させる。今日の施身法を通じて、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆のために、そなた達が済度したい衆生を助ける事が出来る。リンチェンドルジェ・リンポチェは法を行った時、皆は目の上の者が自分の右手で、同輩は自分の左手で、全て嘗て害をした衆生は自分の目の前、壇城に向かって、一切六道の有情衆生は自分の後ろにいるように観想して、皆はちょっと考えれば役に立つ。

続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは殊勝な施身法を行い始めて、皆を引き連れて六字大明呪を読んだ。修法するの過程の中に、リンチェンドルジェ・リンポチェは特に法本の中に一段の祈り内容を申された。行者は修法する時上師に加持を願って、魔障と悩み、また貪、瞋、癡に起こられた輪廻の苦しみを断つのを手伝って頂く。

修法が円満した後、まず30分間を休んで、そうして、リンチェンドルジェ・リンポチェはまた皆のため殊勝な長寿仏を修め続けた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは仰った:長寿仏は阿弥陀仏の報身仏で、この法も密法であり、この本尊は顕教には修めない。なぜ長寿仏を修めるか?それは皆が自分の寿命と健康を損なうことを多くしたのである:殺生こそ寿を少し減らして、タバコを吸ってまた寿を減って、にんにくが食べ好きのも寿を少し減る。仏法は皆のため、少し元来そなた達に属した寿命を補うのを手伝う。そなた達が悪行を作ったため寿命を損なった。そなた達のため寿命を補充したのはそなた達に何かを完成する時間を多くあらせるのではなく、そなた達に仏の学ぶ時間を十分有らせるのである。寿命はどこから得るか?現代科学がこんなに発達しても生命の起源と終わりに対して、科学者達はまだ解答出来ない。1人の寿命の長さと財産の幾らさは生まれた時自分の過去世に作られた業力によって決めた。しかしこの一生にずっと仏法に従って善行を多くすれば、寿命も延ばせる。例えこの一生に悪行をして、寿命も少しを減ろうとする。

お医者さん達も寿命がなぜ終わるか解釈できない、実は病気にかかったのは死亡の原因ではなく、現在のお医者さんとも既に了解した。病気にかかったのは只死亡過程の始めだ。仏法によって、寿命の終わりには四つの状況があり、一つは寿があり、財がないように死んだ。二は寿がない、財があって死んだ。三は寿と財があるように死んだ。四つは寿と財ともないように死んだ。

仏が説いた、人類の平均寿命が絶えずに増減して、一番多くは8万才で、その後100年ごとに1才を減って、10才まで減らしてからまた増え始めて、今人間の寿命は減る段階だ。解剖して人の器官の状況を見ると人間は120才まで生きるはずだ。しかし今まで世間にはこんなに長生き者はかえって大変少なくて、平均寿命は僅か70才だ。現在医学がこんなに発達であっても、やはり寿命のこの事を解釈する事が出来ない。

続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは修法し始めて、まず本尊が壇城に来るように願った。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆を引き連れて法本の中にの祈請文を唱えて、それに通訳を通じて日本の貴賓にも全部日本語で祈請文を読んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは申された:これらの祈請文が大変重要だ。長寿仏に我らの導師をするように願って、長寿仏が一切の非時な死亡を取り消す事に役に立って、仏法に頼らなくて苦しんでいる衆生に頼りを得させる。それで、我等は長寿仏に頂礼するべきだ。。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皆を引き連れて長寿仏心呪文を唱えて、続いて法を行った。リンチェンドルジェ・リンポチェは申された:先ほど全て修めたのは本尊に供養する儀軌で、皆に福報を蓄積ことが出来させて、そなた達が得た福報は未来に現れる。ここで説いた福報は世間での享受ではなく、そなた達にこの一生に仏の学ぶ時間を十分有らせて、未来に仏になったのである。

寿命も福報の一部で、それより福報が早めに消耗する者は寿命も減ろうとする。享受がすきるのは福報を費やす。享受が好きとは至る所へ遊んで、贅沢して、金銭を無駄にして、使う制限がなく、福報が全部早く尽くす。我等はいつも我らの福報を消耗している。60才になって行動がおそくなる者は全部若い時、タバコを吸って、お酒を飲む事に引き起こされた。

法本に記載されているのは人々の寿命が悪事をするので消耗して減らして破壊して揺れて、或いは鬼神に盗まれて、鬼神にそなたの要求を充たす事を常に祈るなら、そなたの寿命が鬼神に盗まれる。長寿を修めて、そなた達に寿命を補充して助けられて、富と健康を貰えられて、然し、リンチェンドルジェ・リンポチェはこれらはそなた達に楽しませるのではなくて、全てそなた達に仏を学ばせる事を再度強調していた。

修法の過程の中に、リンチェンドルジェ・リンポチェは五色の生地の法器を振って、その上、この法器の意義を開示した。この法器は日本人が神道教に振る法器と違う。この法器の上に真言があって、けれども、これは密法なので、此処に解釈しないで、然し、その外形が矢のわけで、この鋭さと目標に命中しる意味を取った。上の五色の幡は宇宙の間に一切の元素を代表する。単純なこの法器を振ってから作用があるのではなくて、本尊と一緒に観想して相応しなければならないのである。

法本には「長寿仏を修める主法者は寿命と富を貰える。風と肝っ玉と痰の病気の苦しみを受ける事を避けられる。干害と戦争を免れる太平日々を暮らす事が出来る。8種類の意外で死ぬ災害と16種類の厳重な災難を避ける事が出来で、その上、男の魔、女の魔、龍魔の傷害を静まられる」を記載されている。

私達の身体は母の血と父の精にて結合してかなって、四大元素の「地」、「風」、「水」、「火」を含める。「地」は我々の肉と骨である。「風」は我々の気で、息と呼吸を含める。「水」は身体の中の液体である。「火」はエネルギーである。「空」はこの身体が因縁和合なので生じる。人々が病気にかかるのは四大がアンバランスわけで、四大が平衡する人々が身体が自ずから健康である。今日、長寿仏を修めて、そなた達の為に五大元素を補充するように手伝って、しかし、そなた達に健康の身体があらせて、そなた達に体力があって仏を学んで修行させられるのである。

高血圧、糖尿病に罹る人はこの世或いは過去世に多くて肉食をするわけである。貪念は身体の中に気脈のアンバランスに起こさせて、貪念が重いのは肺と気管に関する病気に易くて罹る。例えば、そなたは急にあるお金を貰えて、すぐに「あ」で話して、突然息を1口吸い込むか?そなた達はとても欲しい物を見たら、突然息を1口吸い込むか?好きな男或いは女をみると、突然息を1口吸い込むのでしょうか?美味いお酒を見たら、このようになる。常にこのようにしたら呼吸システムの病気に罹る。瞋念が重い人間であれば、肝胆の病気に罹って、瞋は好きでない人に怒って、ある事に対するのではなくて、ある人間に対して嫌で、好きでない事が好きでない、彼が務める事に怒って、一回で怒ると、肝胆が少しの傷害を受けて、だから、肝胆が病気に易くて罹る。仏法と因果を信じていない者であれば、痰が多い問題があって、内分泌、甲状腺の問題も含める。長寿仏を修めるならば、このような病気の苦しみを減らす事に役に立つ。

リンチェンドルジェ・リンポチェはさき合掌して祈請文を唱える時に、従って合掌する人であれば、唱えるこの経文の加持をすべて貰える。合掌していない人であれば、貰えていないで、懐疑心を持っている人も貰えていないで、ドラマを見る心構えを持っている人も貰えてなかった。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが務める事が分からないので、修法が自分に役に立つかどうかを懐疑し、このような心構えが全て間違った。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが修法の過程に務める事を知りたいなら、それでは、リンチェンドルジェ・リンポチェの果位を修めてから知って初めて、このようなしたい人であれば、それなら、大変な苦労になる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは更に出席の200位の参列者に向かせて、自ずから一人一人で寶瓶で加持し、その上、貴重な寿丸と寿酒(ブドウ果汁を代表する)を与えた。

円満な修法した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは再度日本の信者に気付かせた。ただそなたは仏法の助けを要するなら、全てリンチェンドルジェ・リンポチェに連絡する事が出来で、リンチェンドルジェ・リンポチェは全て力を尽くして助けを与える。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたの名前を覚えられないかもしれないし、しかし、そなたが今日この法会に参加した事を覚えられて、この因縁がそなたに対してある日に大きな助けてがあって、しかし、何時に発生する事が知らなかった。

日本で仏法を広めるのとても大変で、これは日本人が外来の宗教がいつも信じないで、尊敬しないで、より懐疑の態度を持っていて、易く受けていないで、これは日本人の問題である。が、仏法が民族を区別しないで、リンチェンドルジェ・リンポチェは日本に仏法を広める事を依然としてあきらめてやめないで、ただそなた達が仏法を需要したら、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達に助けを与えた。

長寿仏法会に参加した人であれば、思い通りにならない予想外が発生する事が有り得なくて、ただ今日長寿仏法会に参加した事を覚えるなら、危難の場合に、助けをすべて貰える。リンチェンドルジェ・リンポチェは法席の上に気軽にむやみに仰る事をしないで、何故ならば、リンチェンドルジェ・リンポチェが仰るのは全て真実語である。今日は2011年の最後一日で、我々が世の中にいる時間がまた1年を少なくなった事を意味した。この最も忙しい日で皆が法会に参加し、仏法により、そなた達は全て福報がある者である。来年の2012年は平静ではない一年で、しかし、心配しすぎる事も要らないで、一部の人々が予言した壊滅的な災難を発生していないで、ただより不安定になった。今日、皆は出来るだけ菜食をして、肉食をしないで、また、お酒を飲んで祝賀してはいけないで、より清浄で暮らして、このようにしたら、来年が少し順調になって、良くない事をあっても、厳重になる事も有り得なかった。

その夜、リンチェンドルジェ・リンポチェは皈依弟子と一緒に夕食をして、そして、特に日本の皈依弟子も一緒に参加させて、日本の皈依弟子と台湾の皈依弟子も一緒に集らせて、言語の隔たりを取り除いた。全ての弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェにとても感謝し、弟子達に仏法を教導するだけではなくて、弟子の各方面に対してすべて全力を尽くして周到で世話した。

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2012 年 03 月 01 日 更新