尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示

2011年12月24日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで共修法会を主催されて、皆のために金剛薩埵の懺悔法門を修めた。

法会前に、ある男性の弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェが彼の家族を助けた経過を分かち合った。2006年に彼は会社の組織再編、職場環境の適応及び身体と心理上の問題に直面して、寶吉祥兄弟子のアドバイスにより、彼は5月11日に菜食精進料理を食べ始めて、そして3ヶ月の後、2006年「阿弥陀仏無遮大済度法会」に参加して、法会で初めて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会って、法会の荘厳と殊勝さは今まで依然として忘れ難い。

2006年大法会の後、彼の妻の叔父は逝去して、叔父は退役した軍人であり、台湾では跡継ぎがなく、葬儀社は委託を受けて葬儀が取り扱う時にお経を唱えることを承知しなくて、兄弟子の紹介を通して、彼は妻と一緒に、リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁を申し込み、施身法に参加して且つ叔父を済度することを願い出た。リンチェンドルジェ・リンポチェは応諾して、彼の妻は「私は何をしてあげるのか。」と聞いて、その場でリンチェンドルジェ・リンポチェはとても凄く叱責して与えた。それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは頭の方向を変えて彼に聞いて、「私がそなたの妻をののしってそなたがとても嬉しいだろうか。」と言って、彼は「いいえ」と答えて、リンチェンドルジェ・リンポチェはまた彼に「そなたは何か問題があるか。」と聞いて、彼はすぐ「問題がない!」と答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた「仏陀のみ問題がない。」と教えて、そして彼を指して、「そなたの問題は深刻である。そなた、誇らしい。」と言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らの夫婦が次回再び自分がどこを間違ったことを報告しに来るように要して、彼らに施身法に参加させるかどうかを決定する。翌日、彼らの夫婦は一緒に、リンチェンドルジェ・リンポチェに何を間違ったことを報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らが帰って懺悔法門の録音を聞くように要して、しかも彼らが施身法に参加することを同意した。

2006年9月の末、彼の父は肝臓の腫瘍を検査され発見されて、一つは2センチメートル、もう1つは8センチメートルである。権威ある医者の診断を受けて、父はただ3ヶ月の生命しか残っていなく、何も助けが無い気持ちの下で、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁を申し込み、父親の寿命が延びることを祈るを決定した。リンチェンドルジェ・リンポチェがは父の生まれ年と名前を聞いた後に、「そなたの父は3ヶ月の寿命が残りきれないで、ただ2ヶ月だけ残るはずである。うわべから見ると、腹水がないが、実は腹の中では既に腹水があった。」と言った。真実な情況はリンチェンドルジェ・リンポチェの仰ったように、彼の父の腹は既に腹水があるはずである。何故かと言うと、彼の父はその時に既にいつも食べ物が食べられないで、最後は彼の父が確かに2ヶ月の後に亡くなった。事実で、リンチェンドルジェ・リンポチェが本当に大医王であることを証明した。

慈悲な上師リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に選択させた。第一、彼の父に寿命を延ばせるが、その後彼の父はどんな問題に遭っても必ずリンチェンドルジェ・リンポチェを見つけるとは限らない。第二、彼の父を助けて、苦しめず早めに此の世に離れて、三悪道に堕ちさせない。最後リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の請求を同意して、父を連れて毎週日曜日の共修法会に参加できる。また、父のために懺悔の仏法テープを受領できる。翌日日曜日共修法会にリンチェンドルジェ・リンポチェは釣り、殺生、癌の因果を開示された。ちょうど彼の父は幼いから年寄るまで釣りが好きなので、彼は再びリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁して、父を助けて苦しめず早めに此の世に離れて三悪道に堕ちさせないのを求めた。上師リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に「一切を仏菩薩に任せて、最も親孝行の人は仏を学ぶ人である。」とおっしゃった。

彼は父が癌に罹った後を分かると、「樹静かならんと欲すれ ども風止まず、子養わんと欲して親待たず」と深く感じた。親が死んでしまった後では、親孝行をしたくてもできない遺憾だ。上師リンチェンドルジェ・リンポチェの開示されたから、「最も親孝行の人は仏を学ぶ人である。」彼に遺憾を補う考えを起した。だから、彼は2006年11月12日にリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依して始めて仏を学んだ。

彼は父の体が益々弱くなるを見ても、彼は父のために何もできなくて、自分は今までしっかりに父を親孝行しないと感じた。だから、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェ及び諸仏菩薩を信じて、自分の頼りとして、一切を仏菩薩に任せると選んだ。彼の父は共修法会を二回参加した後、顔色はよくなって、赤くてつやつやとした。しかし、その後彼の父は共修法会に参加する事を断った。続いて、彼の父の腹水と下肢の水腫の問題は酷くなった。彼の父は病院にいるとき彼は引き続きに懺悔の仏法テープを放送して父に聞かせた。また父に日曜日法会にリンチェンドルジェ・リンポチェが開示された内容を伝えた。

彼の父は2006年ン11月にリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した時、嘗て漢方医に診療されるか西洋医に診療されるかいいと聞いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは「漢方医に診療されてもいい。西洋医に診療されてもいい。医師はいつか貴方の病気に治られない。重点なのは貴方はもう年寄ったので、そろそろ未来世の事を考えなければならない。」と返事した。最後リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の父に施身法に参加させた。翌週に経った後、父は施身法に参加した。3日間に経った後、父はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁する事を言って、早めに自分に離れさせる事を要求した。その後彼の父は寝た後、肝性昏睡に陥って再び目覚めない。

彼の父は2006年ン12月6日に亡くなった。その日彼達一家はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ真言を唱えて、同時に父の神識を守って三悪道に堕ちさせなかった。また、施身法法会に父を済度する事を約束した。更に彼達に「貴方の父は今痛くない。唯一つの手は少し具合が悪い。彼は最も心配するのは末子の娘だ。」父は入院期間にモルヒネを注射せず、鎮痛薬も飲まなかった。唯腹水及び足の水腫のせいで体調が悪かった。リンチェンドルジェ・リンポチェが真言を唱えた後、元々息を止めた時開けたままの口は閉めて微笑んだ。体はとても柔らかくて腹水及び水腫も全部消えた。彼達は父が生前に好きな背広は着られないと心配したが、その後着替えの過程はとても順調でピッタリに合った。

彼は父親の着替えを手伝った時父親の右手の肘の内側に、一つ医療注射した後引起された窪みがある事を発見した。リンチェンドルジェ・リンポチェが仰った父親の1本の手は気分が悪かったのを実証した。火葬した後父親の骨灰の一つの部分は淡いピンク色が現れて、また四つ綺麗な緑の結晶を見つけて、即ち葬儀屋の係員が言った舎利花だった。父親が亡くなった後、家族皆が菜食し始める事を望んだ。祖先の祭日も葷食しないでお辞儀始めた。家族が父親に対して、誠に上師リンチェンドルジェ・リンポチェが全て申されたように「悲しみがなく、唯偲ぶだ。」

この弟子は続いて彼のおじさんが昨年4月に酔っ払ってオートバイに乗って交通事故で亡くなった事を分け合った。彼の従妹と彼と一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れて、施身法に参加出来るように願った。施身法に参加した後、彼の従妹はもう法会に参加する事が無かった。そうして、彼が従妹を昨年(2010年)10月3日の「阿弥陀仏無遮大超度法会」に参加するように招く時彼の従妹が断った。しかし彼の従妹が断ったあの日の昼間に、彼の母親がおじさんを夢見た。おじさんは唯夢に現れたが何も言わなかった。彼は従妹に教えた後、従妹が「阿弥陀仏無遮大超度法会」に参加する事を賛成した。これより、外の道の衆生が全部リンチェンドルジェ・リンポチェの修法の殊勝を知った。

彼は2007年12月3日に高架橋の上に、スピードが速過ぎたので、車の先はガードレールにぶつかって、連続2回をまわして、車尾がガードレールにぶつかった後はじめて停めて、車の先のバンバー、ボンネット、水箱が全部壊れた。車の先がガードレールにぶつかった時、彼の心の中に一つの考えを直ぐ引き起こされた。「既に発生すれば、それを早めに発生させる。」あの時もうハンドルを握らなくて、車に連れて撞撃して、一切が終わるとはじめて意識が戻って来た。彼と後ろに座った息子と全部負傷しなくて、唯びくびくされた。車の側面にぶつける或いは横転すれば、結果が本当に考える事が出来ない。

リンチェンドルジェ・リンポチェ、諸仏菩薩及び護法の保護を感謝して、彼と息子に少し怪我も無くさせた。彼は自分が驕りの風習がまだ直さなくて、懺悔心が足りなくて、教えに従って実行しないのを分かった。この事故を通じて、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェ、諸仏菩薩及び護法がいつでも衆生を放棄する事がないと始めて体得出来て、心の中に信心、感動と感謝が止らずに引き起こした。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェと諸仏菩薩を選択して彼の頼りとして一切は全部仏菩薩に任せて、仏を勉強して、母親と亡くなった父親に対してのあやまりを埋め合わせて、また恐れが無いように人生に向かう。リンチェンドルジェ・リンポチェも彼に仏を勉強して輪廻を離脱するのが未来生活の方向と目標だと知らせた。

それから、彼は自分が過去で多くの悪業をした事があって、多くの衆生に傷害させられた事を懺悔している。彼は、子供時に、谷川の辺で魚を釣って、多くの魚、エビ、カニを殺して、多くのチョウ、虫、毛虫、カイコ、コオロギ、イナゴ、甲虫、カブトムシ、コガネムシ、アリ、ゴキブリ、蚊、クモ、ムカデ、トノサマガエル、ヒキガエル、カメ、金魚をも殺害して、彼も鶏、魚を殺すべきでない事を懺悔し、或いは他人がスズメと蛇を殺させられる事を見るべきでない事を懺悔している。

彼はニワトリ、アヒル、ガチョウ、魚、牛、羊、ブタ、ノネズミ、オイスター、イガイ、カニ、スッポン、タコ、イカ、鳩、タウナギ、うなぎを食べ事があるのを懺悔している。彼は子供時に腕白で、クラスメートと一緒に寺院に向いて信者が放生したカメを盗んで、ねばねばして市場に売った。また一回カメに道路に向いて、トラックに殺された事を懺悔した。彼は子供時クラスメートと一緒に石をなくして、流浪する気が狂う婦人を侮った事を懺悔した。彼は自分の私欲のためにある結婚した女を付き合った事があって、その上、彼女に誘って離婚させた事を懺悔した。彼は嘗て会社の文房具を持って帰って、努力して勤めないで、出勤時間でも自分の事を処理した事を懺悔した。彼は間違っても或いは上手く対応しないでも過ちを認めないで、自分が傷つけられる事を恐れて、損をする事を恐れて、口実を探して或いは他人に指摘し、自分がするはず仕事を他人に移転した事を懺悔した。彼は自分がいい人と思っていて、面子を重んじて、常に他人に承諾したが遣り遂げないで、他人の賛美に未練をもって、性格が高慢して独りよがりで、他人の勧めを聞き入れないで、ただ物事が自分が思わずなら、瞋念を起こして、他人が自分に対処すると思って、ただ他人のせいにする事を懺悔した。彼は常に他人の不幸を喜んで、自発的に他人に助けないで、他人に関心しないで、ただ他人を検討し、自分の過ちを見ても見えないのをした事を懺悔した。

彼はリンチェンドルジェ・リンポチェの教導に対してまだ完全に投降していないで、完全に教法により実行していないで、心の中に「本当にこのようになるか」という懐疑をまた起こす事を懺悔した。彼は供養心が足りない事を懺悔し、供養する前に自分のお金が足りるかどうかをまた計算した。彼は上師の功徳を褒める事を惜しむ事を懺悔し、彼のと友達、クラスメート、親戚に多くの人々がリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な事をまだ知らさせなかった。彼は感謝の心が足りない事を懺悔し、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼らの家族に助ける事を受けだが、真剣に仏を学ぶ事がないで、心霊が平静して幸せで暮らして始めると思っていて、高慢な心がまた起こして、そのために、2007年で交通事故は発生したわけで、リンチェンドルジェ・リンポチェが平日に悟達国師のストーリを教えた事を全然忘れてしまった。リンチェンドルジェ・リンポチェの教法は生死を解脱するので、弟子に独りよがりに良い生活過ぎて、自分に良い感じを持たせるのではなかった。

最後、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェにこれらの数年間の教導を感謝し、自分が沢山の物事を間違った事を知っていて、今後、自分に輪廻させる事を努力して改正して、リンチェンドルジェ・リンポチェの教法により生活の中に使っている。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに再度感謝し、また、リンチェンドルジェ・リンポチェの身体が安康し、長くて世に留まって、仏法事業が盛んで円満にする事を祈っている。

リンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上がった後こう開示された。今日皆のために修めるのは金剛薩埵の懺悔法門であり、金剛薩埵は非常に重要な本尊であり、密法を修習する前に必ず修めなければならない本尊である。懺悔は拝懺したらいいのではなくて、そなた達は嘗て梁皇宝懺、水懺など拝懺を聞いたことがあり、すべてはただ既に往生した衆生を善道に生かせるように手伝うだけで、そなた達に生死を解脱させる功徳を累積することを助けることができない。

懺悔は仏教の特有な法門で、その他の宗教はすべてない。懺悔は陳謝して自分が間違ったのを言うのではなくて、外道の懺悔は間違ったことをやって、神が怒るように誘発する事を恐れるから、その故懺悔して、神が許すことを祈るのである。仏教で言えば、懺悔する原因は因果から見ると、間違いの事がよくない果報があって、だから懺悔しなければならない。しかし懺悔は交換の条件或いは利益のために懺悔するのではない。懺は自分のした一切を承認して、受けて、直面するのであり、悔は永遠に再犯しなくて、繰り返し間違うのではない。

どうしてずっと悪念が起きるのか。というのは、徹底的な懺悔をしないから。もし懺悔があれば、悪念さえも起きることができない。自分がこのようにしたら、因果応報があって、間違うのであるから、これから再犯しないことが分かると、だんだん悪を働かないようになる。しかし、そなた達はいつも自分のした事が間違っていたのであることを知っていないで、小さな事であれば、余り問題ないと思っていて、小さな間違いが絶えず累積し始めて、最後は一つの強大な力を形成して、その時になると、そなたが直したいと思っても、なかなか難しい。一部の人は、私がどのように直したらいいのかを知らなくて、私の個性がこのようなんだと言う。リンチェンドルジェ・リンポチェは、誰が言ったか、そなたが直したくないのはそなたの執着であると開示した。孔子さえも人が直すことができると言って、お経にも、人が修行することにより自分を変えることができると説かれて、そなた達は仏菩薩の教導に従ってやることができたら、ある日にそなた達が突然自分が以前によく言う一部の言葉をもう言わなくなってしまった事を発見する;以前はやることは、今はやらない;以前はとても好きな事は、今はそんなに好きではない;以前は怒る事も、今は怒らない、徐々にそなたは自分が直したことを発見するのである。

《地蔵経》に曰く、「凡夫は心を起こして思いを動かせば、全てが業であり、罪である」。何が罪であるか。罪はよくない事を指すのではなくて、1種の力であり、つまり、貪、嗔、痴のため、身、口、意がそなたを生死に解脱させることができないすべての善悪の行為である。人の一生は累世の善、悪の業による形成した力のため、私達を輪廻に落ち込ませる。懺悔の法門はこの罪を清浄できるのであり、清浄するのは罪を消えるのではなくて、この力を一時停止させて、或いは効果を減らして、そなたに時間があって仏法を学ぶことができるようにさせて、生死に解脱する。時にはそなた達は間違うことをしたのに、また口実を作って自分の行為を合理的にしたいと思っている。もう独りよがりで自分の考えを使って仏を学ぶことをしないでください。

ある人は自分がどこが間違ったかを知っていないのを言って、自分も過去世の間違いを知っていないと思っている。実は過去世に気に留めないでください、もしそなたは間違ったことさえなければ、そなた達は今ここにあるのではなくて、阿弥陀仏の浄土になるから。また輪廻している衆生さえであれば、きっと間違いの事をしたことがあって、だからきっと懺悔しなければならない。そなた達は幼い時から間違った場合にあすべてを兄弟姉妹のせいで、そなた達に間違いの事をさせた。このような考えを持つ人は非常に多い。弟と妹がない者は、学友のせいでそなたに間違いの事をさせたと思って、これまで自分を検討しない。どうしてこの前の数回の法会には、ずっとそなた達に供養布施の重要性を開示されたか、布施、供養が分かる人はやっと懺悔をやり遂げることができて、布施、供養を通して、ようやく惜しまないことができて、捨てることができる人は自分の間違いが見えて、やっと懺悔心を起こすことができる。そなた達は願に乗じて再来するのではなくて、そなた達の業力に乗って再来するのであり、どうして懺悔するのか。というのはそなた達が輪廻生死に解脱することを妨げるいかなる業障を取り除くためである。業障が消えるのはよくない事がそれからもう発生しないことではなくて、業力をそなた達が仏を学んで生死に解脱することに影響させないことであり、これは善業をも含める。

その故、もう他の人が騒騒しい、醜い、馬鹿な、黒いなどの話を罵らないでください。これらの話を言う者は自分も同じ果報がある。人がとても黒いと言って、来世に生まれるととても黒くなる。同様に、他の人が不倫(台湾語で小三(第三者)だと言う)、浮気であることを罵ったら、来世に生まれて三番目になる恐れがあって、皆はそなたを小三と言うかもしれない。今の人はどんな事でもすべて人のせいにする、自分を検討しなくて、すべての事は因果がある。どうして他の人はしたら、大丈夫であるが、、そなたがやると問題が出来て、それは因果である。泥棒は物を盗むように、他の人は盗んで大丈夫であるが、そなたは盗んだら問題がある。ある出家の弟子は他の人の作った料理が自分が下痢したのを害することを責めて、他の人は食べて大丈夫であるが、そなたは食べて下痢をした。買い物をする時、前の人がもらったのはそなたに比べて少し多い。他の人は食べ物を食べて何も問題が無いが、そなたの食べ物の中にゴキブリがいて、これも因果である。もしこの世にそなたの下痢をする果報がなければ、他の人は毒薬をそなたに飲ませても、そなたも死なない。自分が以前に嘗てこの因を植えたことを検討するべきである。どうしてある人の髪の毛は比較的に多くて、ある人は比較的に少なくて、それも因果であり、だからこれから、人がはげ頭だということを嘲笑しないでください。

数日前の施身法法会に、皆はリンチェンドルジェ・リンポチェが乳癌に罹った女子弟子が道場に入って法会に参加することを許した事を見た。リンチェンドルジェ・リンポチェは何度も彼女にもう世間の事に気に留めないで、懺悔心を起こして努力して修行して生死に解脱するように勧めて、その時にそして弟子が道場の外で待っているこの女子弟子に話を取り次いで、道場に入るとすぐ死んでしまう、もし彼女は納得して受けられたら、道場に入って法会に参加することができると言った。リンチェンドルジェ・リンポチェがなぜ彼女にこのように言ったのか。彼女に必ず必死の決心を抱いていて仏を学びにくることを知らせるためであるが。しかし彼女が入って法会に参加し終わった後に、依然として言うことを聞かないで、まだ完全に懺悔していないので、 リンチェンドルジェ・リンポチェのこのような話を聞いた後に、彼女は自分の弟と妹に電話をかけて、彼らが団結しなければならないこと等を言って、これらの話を言うのは彼らが組織して建国するためであるのか。彼女は施身法法会に参加して、今日は共修法会に参加することができると思っているが、結果は意外には、今日リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女が道場に入る事を許せない。彼女が弟と妹を配慮するのは間違いがあるのではなくて、仏菩薩はそなた達と家族の間の関係を妨げることはできなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェはこれが彼女の苦痛な所で、彼女の執着であることを知っていて、もし今彼女のため処理して手伝わないと、往生する時に、彼女は非常に苦痛に死ぬのである。だから、今日彼女を法会に参加させないで、彼女によく自省する機会を与えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分に対してとても残忍である、海抜が高い雪山で3ヶ月も閉関することができて、そなた達がうまく当てることができないのである。

多くの人は懺悔した後、自分が作った悪業を取り除くことができると思っているが、この考えは誤った。もし作った悪業の果報は出現することができないならば、それでは善業を作る果報も出現しない。作った悪業はもし消滅することができたら、釈迦牟尼仏も成仏するあの世に、9つの災難を示現したことではない。ひとつの災難は釈迦牟尼仏があの世に弟子達と一緒に馬の食糧を三ヶ月食べていたことがあって、何故かと言うと釈迦牟尼仏がある世に一部の修行者に皮肉して、彼らが食糧を食べる資格がなく、せいぜい馬の食糧しか食べられないと言ったから。釈迦牟尼仏が仏で福報があるため、成仏するこの世にはまだ馬の食糧を食べることができて、さもなくば食糧さえも食べられないべきである。

その他に、釈迦牟尼仏は成仏するあの1世に、長期にわたり頭が痛くて、何故かと言うと、彼がある一世に、1つの村の中で、村人が1つの池の水を引き出して、池の中の魚を全て殺した。その時釈迦牟尼仏はまだ子供で、棍棒を持ってその中の1匹の大きな魚の頭をたたいて、その故、果報は長期にわたり頭が痛いのである。それ以外に、外道の者は大きな石を持って釈迦牟尼仏を打ったことがあって、大力金剛神は大きな石を粉砕したが、しかしやはり小さい石が釈迦牟尼仏の足に当たって、足はやはり血を流した。だから、法を修めるのを通して仏を学ぶ障害を取り除くことができて、作った悪業の果報を軽減して延びることができて、或いは一時停止して、そなたに仏を学んで修行する時間があらせて、修行を通して自分が自分の業力を転じて動くことができる。仏菩薩はそなたの果報を転じることができなくて、仏菩薩さえ既に成仏しても、まだ果報があるから、まだ弁済しなければならなくて、そなた達は何に基づいてか返済する必要はないのか?

世間の中に弘法する者は多くのお金を募集して大仏寺を建てて、台湾の北、中、南ですべてこのような現象があって、しかし釈迦牟尼仏がこれまで大記念館、学校を建てること、病院を経営することを説かれたことがない、これらを建設することが必要であるに言及したことがあれば、お経はもう書いておいて、これらはすべてお金を浪費するのです。寶吉祥仏法センターはこのようにお金を使わないから、その故あなた達は法会に参加してリンチェンドルジェ・リンポチェを供養するかどうか、すべてあなた達が自分で決定して、別に規定の定価がないのである。

人によって業力果報は違う。同じな両親から生まれた子供の性格、習性も異なる。なぜなら、科学に於いて唯遺伝子突然変異で解釈したが、遺伝子は何故変異したや遺伝子はどのような生じる事に対して、解釈できない。外道の経典も記載されない。昔に天主教徒の弟子も報告したが、《聖書》の中にも遺伝子が如何なる来るのを説明しない。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示された。此れは現在天主教、キリスト教が直面する問題だ。経典に記載されない事は現れる時、如何なる解釈したほうがいい。しかし、仏教の経典の中に解釈があるが、遺伝子は実は業力であり、衆生によって業力は違うから異なる輪廻を起した。人類だけ異なる性格があるわけではない。動物もある。別の道の衆生も異なる性格を持っている。

今日修める法は皆を助けて、業障を取り除く。取り除くとは業障に消えさせるわけではないが、業障に清浄な法性を戻るため。つまり、因縁により生滅する特性である。法性から見ると、法性は我々清浄な本性であり、増えなくて減少しない。縁起性空である。鏡のように物体の影像を鏡に反射できる。しかし、若し物を移せば、鏡は元々綺麗な様子を戻って、影像は何も残っていない。たとえそなたはありのままに物を鏡の前に置いて移さない限り。人の法性は鏡のように清浄である。

仏を学ぶとは仏法を学ぶ事であり、上師の外見の様子を真似するのではない。寶吉祥仏法センターは現在ある男弟子上師の様子及び日常生活を学ぶと思うから、始めて上師の服装を真似した。しかし、上師が仏を学び修行する精進を学んでいない。上師が行った事はそなたが出来ないなら、そなたは唯外見を真似して、西施の顰みに倣う事だ。広東人が言われた通り、竜袍(皇帝の着物)を着ても王子を似ていない。リンチェンドルジェ・リンポチェは人を助けてポワ法を修めて、人の頭蓋骨に穴が開けて、4500メートルの高山に3ヶ月間の閉関修行を行った。寝る時毛虫は服に入り込んで、極めて寒い気候で閉関修行した。ある者はリンチェンドルジェ・リンポチェがきれいな事が好きという事を真似した。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェが幼い頃から持っている習慣だ。リンチェンドルジェ・リンポチェはとても幼い時、白色のズボンを着て、ズボンは少し汚れがあれば、帰る道に自分は歩きたくなかった。母に自分を背負う事を要求した。此れは幼いからきれいな事が好きで、そなた達はこのようなきれいな事が好きだか。上師の服装を真似すれば、自分が福報があるかどうかや内容があるかどうかを見なければならない。そなた達は口が上手だろうか。学問が高いかどうか。或いは体付きが良いだろうか。全てはないから、再び間違いに学ばない。

直貢チェツァン法王は法に従って戒を守り、徳を具える比丘である。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子として、理論的には直貢チェツァン法王を真似すべきだ。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはこのようにしない。それはリンチェンドルジェ・リンポチェは出家衆ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは上師に清浄な仏法を学んで上師の生活方式を学ばない。そなた達は上師が仏を学ぶ精進を学ぶべき、上師の生活方式ではない。当年多くの衆生は釈迦牟尼仏荘厳な相に引かれて、仏を学んだ。荘厳は厳しい様子のふりではない。それは福報を修めるから、光を通して自然に衆生に好きになる。此れは福報と関わる。重要なのはそなたの外見ではなく、真に人に引かれるのはそなたの内容だ。そなたの内容から射す光は他人にそなたを注意させる。福報は短い時間など修められるわけではない。そのような簡単ではない。

ある者は自分の師父を真似して、ゆっくりに息音で話した。しかし、全然考えないが、師父は体が弱くて中気不足のせいでこのようなゆっくりに話して、また、顔の形の関係で話の方式を影響した。若しそなた自身は中気十分であれば、このようなゆっくりに息音で話せるだろうか。

上師の事なら、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず丁寧で細心に処理して、上師に心配させない。直貢チェツァン法王は嘗てリンチェンドルジェ・リンポチェの心はとても細かいとおっしゃった。例えば、今回康煕年間の《大蔵経》複本は世間に公表されたのは直貢チェツァン法王の願力である。リンチェンドルジェ・リンポチェは上師の願いを満たすため、沢山な金をかかって、多くの関係を使った。ようやく数年前に完成した。なぜなら心は細かい、それは既に懺悔したから、事情の因果をはっきりに見えるから。既に懺悔した人は始めて仏法を生活に活かして実修して尚更に生死を解脱できる。そなた達は事情の経緯をはっきりに見えないなら、話を聞かなければならない。

しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子は上師に用心しなかった。現在は冬なので、今日の気温もとても低かったが、リンチェンドルジェ・リンポチェに法衣を用意した二人の弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに夏の法裙を用意した。幸いリンチェンドルジェ・リンポチェの風邪はもはや治ったが、そうしないとこの二人の弟子に損なわれた。彼女達は自分が冬の服装を着て、家に夫にも冬の服装を用意したが、夏の法裙を用意して、リンチェンドルジェ・リンポチェに着させた。此処から見ると、彼女達の心の中に夫はかなり重要で上師は重要ではない。彼女たちの夫はこのような天気で出かける時、彼女達は必ずコートを着る事を丁寧に言ったが、上師であれば、別の標準がある。この二人の弟子は替わる事を指示する人がいないと思うかもしれないが、此れも利己的な考え方だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは今年法を多く修めたから、業障が現れたかもしれない。それも護法の加持なのでリンチェンドルジェ・リンポチェにそなた達に損なわれない。

その時ある若い信衆はリンチェンドルジェ・リンポチェは厳しくこの二人の弟子を叱った事を聞いて、納得しない目つきが現れた。リンチェンドルジェ・リンポチェの眼力は極めていいが、すぐこの信衆の考えを指摘して開示された。この信衆はリンチェンドルジェ・リンポチェが法裙のため公開に二人の弟子を責めた必要がないと思うかもしれない。此れは小さい事だと思って、針小棒大にしなくてもいい。実はこの二人弟子は犯した間違いはとても酷かった。それはリンチェンドルジェ・リンポチェは広大な衆生を利益する成就者であり、若し彼女達は犯した間違いのせいで、体がだめになると、彼女達の罪はとても重い。若しそなたは家の経済の支えの父に病気させて、三ヶ月間に仕事ができず金を稼がないなら、罪は重いではないか。

この信衆は自分が仏法を聞くと思って、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの些細な事で人を叱った事を聞かないと思った。実は此れはとても重要だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女達を責めるのは彼女達のためだ。そうしないと、彼女達が犯した間違いにより、極めて大変な果報がある。この信衆は今日まで始めてリンチェンドルジェ・リンポチェの素晴らしさを分かったが、一つの目つきだけ、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の考えをはっきりに分かった。そなた達は別の所で決して上師が弟子を叱った状況に遇わない。リンチェンドルジェ・リンポチェはたとえ今日風邪に罹っても相変わらず叱ったが、唯叱ったアクセントが違って、濃厚な鼻音を持った。叱るのはそなた達のためだ。そうすれば、そなた達は始めて自分の些細な間違いを分かれる。若し叱る事を聞きたくないなら、他の道場に行ってもいい。叱れない人は此処に来ないで。現場にいる出家衆はそなたたちを助けて別の道場を紹介してもいい。

現在このような若い人が現れたのは政治家に培養されたが、どんな問題があっても全て他人の間違いだと思って、争えば勝たれると思った。現在の社会はこのような混乱しているが、最近皆も兵営さえ民衆が入られて暴動した。此れも家庭教育は問題がでた。我々はこのような時代に生まれたのも我々の共業だ。数年前に皆はとても貪ったから、結局汚職した総統を得られた。それはそなたは泥棒になって捕まれたが、他の泥棒を指して、「彼も物を盗んだ」と言ったようだ。此れはどんな道理だろう。自分が間違いがあったのに、他人にも間違いがあると言われた。だから、選挙の時に適切な人を選ぶ必要で、皆ははっきりに見なければならない。それはそなたの一票はそなたが彼を納得する事を代表したから、彼は今後善を行い或いは悪を行ってもそなたは彼の共業の中にいる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは政治の角度ではなくて、因果の角度から皆を知らせた。そなたは彼は現在悪い事を行わないと言うかもしれない。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、今後そなたは分かるが、多くの物事は行った後考えるや私を探せばいい。若し私を探せないと、この事は過ごして、誰でもそなたが行った事を分からない。二人はある場所を隠して、行った事が誰でも知らないと思わない。可笑しいなのはいつか必ず知らせた。

法を修める前にリンチェンドルジェ・リンポチェは次の如く開示された。今日修める金剛薩埵の懺悔法門は外、内、秘密の部分を含めた。外は拝懺だけではなく、そなた達が累世の病を除ける。内はそなた達に身、口、意が行った悪業を清浄させる。秘密はそなた達は過去に仏菩薩、上師及び衆生への承諾を守らないから破った三昧耶戒を補える。三昧耶戒を破って補えば、金剛薩埵の特殊な法門しかできない。

続いて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは現場の皆のため修法し、それに申された。第一部は皆に体内の病を取り除くのを手伝い、それに皆にお体をまずく座ると指示したリンチェンドルジェ・リンポチェは修法する時金剛薩埵本尊は皆の頭の梵穴に白い甘露を与えて下に流れてそなた達の体内の病を取り除き、またそなた達の底の密処より流れ出した。そなた達は大きい懺悔心を引き起こすべきで、細かいところを考え必要なく、自分がきっと過ちがあると分かれば結構だ。我らは今日まだ輪廻を離脱しなければ、過ちがあり、心の中に自分がまだ輪廻の中に苦しんでいるのを良く分かる必要がある。リンチェンドルジェ・リンポチェは今日そなた達のために修法して、そなた達の身、口、意はもう悪を作ってはいけない、さもないと仏経が説いたように、衆生が仏菩薩の助けを受けて苦しみより離脱した後、また悪を作って輪廻の苦しみの中に堕ちた。

第二部分は皆に身、口、意の悪を清浄するのを手伝って、皆に仏を学ぶ障碍がない。第三部分は皆が本来清浄な本性を回復するのを助ける。人の清浄な法性はいままで破損消失したことがない、貪、瞋、癡、慢、疑の五毒に暫く蒙蔽されて、黒雲は太陽を遮ったようだ。仏法は風のように、黒雲を吹き散らして、包まれた本性に光芒を現れさせる。しかし、これは一時で、そなた達はやはりご自身にて修行するのを通じて生死より離脱するのをはじめて出来る。

リンチェンドルジェ・リンポチェは一段目の法を修めた後、直ちに現場の皆に聞いた。先ほど全身が発熱したと感じたのは手を挙げて、多くの者が手を挙げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは申された:感覚がなければ、懺悔心が足りないとの表われで、上師に対しての信心と恭しい心も備えなくて、或いはまだ疑って自分を良く検討するべきで、これもそなた達の業が大変重くて、多くの肉を食べたとの表わす。続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは修法し続けて、また現場の皆に腹部の下の方に発熱を感じたかと聞いた。多くの者は手を挙げて確かにこの感覚があったと現れた。リンチェンドルジェ・リンポチェはもう一度仰った:こんな感じがあったのはこの一生に三悪道に堕ちるチャンスがないとの表わすだ。こんな感じがない者は上師に対して供養が不足で、正しい考え方で法会に参加することが出来なかった。

続いてリンチェンドルジェ・リンポチェが次の法を修めた後、また現場の参列者に心と頭の梵穴に躍動或いは発熱したかと聞いて、多くの者が手を挙げて確かにこれを感じたと現れた。リンチェンドルジェ・リンポチェは申された:こんな感覚があったものは将来ポワ法を修習する時修めえるチャンスが割合に大きいだ。それからリンチェンドルジェ・リンポチェが引き続いて修法して、その後、誰が全身にサッバリして気軽くて、それに雑念が無くて、まるでマッサージをしたような感じがあったかと聞いた。多くの者が手を挙げて確かにこれを感じたと現れた。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた仰った:こんな感覚あったものは、将来悟って、明心見性を修めえるチャンスがあるが、この一生とは限られない、何世代以降かもしれない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは開示された:今日皆にとてもはっきり見せた。修行者は仏菩薩の代表として修法して、平等心によって、同じな場所で、同じ上師の修法が、参列者の同じではない因縁と福報により、人々に生じた効果が全部同じではない。人々の考え方の差異によって、全然全く違う結果があった。

リンチェンドルジェ・リンポチェの教える方法はいろいろがあり、今日は先法を修めてから皆にある体験があるかどうかと聞き、事前に言わなかった。なぜこうしたか?こうすると一番正確だ。ある宗教が会事前にそなた達に有る感応を教えたのとらしくない。脳を洗うようにそなた達に先主の観念を有らせて、そなたが執着して考えはじめて、意識中に自我催眠する。そなた達が先執着すれば、清浄にならない。仏法はとても自然で自在で、今回の修法はこのようであり、次は同じの感じがあるか?是非同じではない。そなたが毎回に感じがあるかに執着し始めるから。どんな感じがあるかと問わず、全て執着しない。

そなた達が家に帰った後、今日がこうして、自分も従ってすると思わないで、こうすると神経病になり、是非してはいけない。そなた達が家にいて、リンチェンドルジェ・リンポチェの修法がないから。それに、今回の修法も無上ヨガ部を含んだ。どの部分かそなた達に教えない、そなた達が聞く資格がないから。仏法に対して、一番大切するのは真にそなた達を助ければ結構で、そなた達が知るかどうかそんなに必要ではない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは仰った:このように修法して、そなた達が何の感じも全く体験がなければ、よく自我検討するべきだ。上師に対してまだ疑うか?懺悔したか?しかし、これ等の一切も因縁法だ。例え聞いた後、かえって一味に感じがあるのを追求すれば、あれも一つの執着だ。1人のリンポチェが密法を修める時、参列者がどの感応さえもなければ、この修法者はリンポチェとは言えない。坊間ではある外道にはわざと人を案内して、その中にの1人を飛ばせて、他の者もしたがって飛んで、一旦ある者はお体が揺れ始めると、外の者もこのようにし始めて、これとリンチェンドルジェ・リンポチェの加持と全く違って、同じではない事だ。

そうして、リンチェンドルジェ・リンポチェは1人嘗て外の教派で修習弟子を呼び出した。彼が外の道場で数年の経験によって、今日リンチェンドルジェ・リンポチェが修法する事に対してどの感想があったか。この弟子は表れた、彼はいままでこの経験があったことがない。全て読んだ多くの論の中にも載せてない。他の教派には、上師はリンチェンドルジェ・リンポチェのようこんなに解釈しなくて、多くとも上師が無上ヨガ部の灌頂をした後、皆に家に帰って自分の夢を検視するのを教えた。また戻って来て夢の現象を探索する。しかし解釈もない。尊いリンチェンドルジェ・リンポチェのように、修法した後現場で弟子にどのように自分を検視するか、また自身の実修実証の経験を弟子に教えることをしない。具器な弟子であれば、リンチェンドルジェ・リンポチェのすこしも隠さない仏法の教えの中に受益した。彼は大変リンチェンドルジェ・リンポチェに恩に着た。彼は前他の教派で数年を勉強して、いつも理論を勉強したばかりで、今日リンチェンドルジェ・リンポチェが仰った修法の境界を全く知らなかった。彼の前の上師も彼に教えた事がない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは申された:それは修法する時上師は本尊と無二無別で、全ての衆生に対して全部一視同仁にして、本尊のように見て、それで、そなた達の心には雑念がなければ、上師の心と相応する事が出来て、仏の加持を受け取る事が出来た。

リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て閉関して金剛薩埵を数回修めた。ある回ヂャンチュウブリンの阿尼の住所の隣の関房で閉関して、修めた本尊即ち金剛薩埵だった。関房の後ろの手洗い室はちょっと阿尼の住所の一つ角が見えた。ある朝、リンチェンドルジェ・リンポチェは手洗い室へ行った時、ちょっと窓外に阿尼の住所の囲いの外に猛烈な野火が燃え上がるのを見た。あの時の天気が非常に乾燥で、火勢が阿尼の住所へ行き、燃え上がり続ければ、2階の住所も燃え上がって行く。リンチェンドルジェ・リンポチェはあの時、自分が金剛薩埵本尊と観想して、足で火を踏んで消えて、不思議がリンチェンドルジェ・リンポチェがこのように観想した時、野火が案内に消えた。法本の中に載せててあり、行者が本尊を円満に修めた時、どの自然に生んだ火か灯火か自分が燃やした火ではないのが見れば、この法が未来に大変盛んだとの表わしだ。

現在科学の研究には既に発見した。宇宙に発射した信号は消えなく、つもりそなたが全て考え方が全部空虚の中に情報をのこしてある。だからそなたが一つの善念を引き起こすとこの善念がいつも空虚の中に残ってある。そなたが一つの悪念を引き起こせば、この悪念もずっと存在する。それで、そなたが引き起こした善念が多くて、例え出来なくても戻って来た全部よい情報だ。そなたの事は自然に良くなる。そなたが多くの悪念を引き起こせば、戻って来るのは、悪の情報で、事が自然に良くない。それより、善念を生じた人は自然に他人にそなたの清浄な本性の光を見せる事が出来させて、そなたに近くしたい。

科学には如何にこのような影響があるかを説明する方法が無くて、然し、仏経には簡単明瞭な説明があって、『地蔵経』に記載されている「凡夫が心を動かし思いを起こせば、其れは皆業であり、皆罪である」のように、ここの業が善と悪があって、全て我々に輪廻させる力で、心を動かし思いを起こして全て自分のためであれば間違うわけである。ここの罪は外道が所謂罪ではなくて、却って輪廻させる過患である。ガンポパ大師、ミラネバ尊者、釈迦牟尼仏は開示した事があって、ただ六道の中で輪廻したら過患があって、「過」が過失で、「患」がそなたに輪廻に離れさせない障碍である。仏を学ぶ者は全ての時間が仏法にて暮らして、自分の身口意が上師と仏菩薩の教導に違反するかどうかを検視して注意する。自分をはっきり見て、自分が何のためにすべての物事をする。言う事を聞かなければならない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは女の出家衆の弟子達を気付かせて、比丘尼が受ける戒律は比丘により10箇条あまりが多くなっている。全ての戒律はそなた達を節約しているので、そなた達に自分の注意するように助けて、その上、全ての戒律がそなた達に清浄を貰えるように助けられて、全ての戒律が全て重要である。出家者は他人に親切にするだろう。戒律を守って、人間に慈悲する事があるはずだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは比丘ではなくて、比丘尼の戒律を伝えてあげる事が出来なくて、戒律の内容を説明してあげる事も出来ない。しかし、そなた達は如何に小さい戒律でも、同じように守らなければならなくて、小さい戒律なのに関係がないと思ってはいけなくて、小さい物事を多くて累積したら大きな物事に成られる。

来年2012年はとても揺れ動いている1年で、今年(2011年)の情勢により一層にエキセントリックになって、台湾だけではなくて、全世界の政治と経済がとても良くないで、金融貿易などがとても良くないで、人心がとても安穏ではない。そなた達は本分を守っていて、軽率に投資する事をしてはいけない。いま、仕事を上手く見つけられないで、来年が随意に仕事が変わる事が出来なくて、仕事が変わると多くのお金を稼ぐ事と思ってはいけなくて、実は稼ぐお金が同じで、そなた達は本分を守る事が十分である。来年情勢の不安定な国家へ行ってはいけなくて、明らかに危ないを知るけれどもまて行っては行けなくて、御法がそなたを守る事と思ってはいけない。

2012年は世界の最後の日ではないを保証する事が出来出、もし世界の最後の日であれば、リンチェンドルジェ・リンポチェがいますぐに閉関をしていって、またそなた達の前に現れる事をしていなかった。しかし、もしそなたはまた悪事をしていて、来年そなたの身に悪い結果の発生がありやすい。過去で悪業をより多く累積する人であれば、来年がとても過ごし難い。だから、皆は投票する時に注意しなければならなくて、一部の立候補者が改革を提唱し、若い者がよく熱情がって、自分が独立することができると思って、しかし、皆が情勢に応じて安穏に重んじるはずだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはある立候補者を傾く事ではなくて、現在政権を握る人間を例を挙げて、彼は『大蔵経』を協力した事があったけれども、然し、彼がリンチェンドルジェ・リンポチェが主催する大法会に参加する事を要求したけれども、前提で参加する事が出来なくて、結局、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼に来させていなかった。

来週の土曜日に12月31日で、多くの人は年越しをして秒読みをして行って、そなた達はくれぐれも行ってはいけない。子供がいるのは子供に制約させて、彼らに行かせないで、行った人はこれからリンチェンドルジェ・リンポチェの前に現れる事が出来ない。一年はもうすぐに過ぎて、時間にかかってこの一年間に犯した過ちを反省するはずで、多くの人々がいて不安全ではないところへ行ってはいけない。年越しをする時に、10万人はあそこにいて、乱れないのでしょうか?そなたは毎日に護法を修めるので、護法がそなたに保護する事を思ってはいけない。そなが行かなかった所へ向いて、また、危険な所が知らないなら、護法がそなたにを保護し、が、明らかにあそこが混乱しまた行ったら、護法がそなたに気にしない。そなた達は最近ニュースの報道を見た事があるはずで、兵営さえある人が突進して入って、本当に信じていない、全ての倫理道徳の観念がなくなった。何故このようになるか?これも両親が教えていないのである。子供は両親に生まれられて、子供を教えるのが両親の責任で、仏菩薩の責任ではなかった。

それから、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは出家弟子に指示して、12月30日(金曜日)の午後三時、道場に箱詰めにする『大蔵経』を取ってから、また、一冊一冊で専用の棚に置く。数量が多いので、最初の何冊が出家者から置いて、残り部分が在家の弟子により棚において、その上、出家弟子に信者とほかの弟子に率いて『妙法蓮華経』を唱えさせる。翌日の土曜日に『金剛経』と『普門品』を唱えさせる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは「この康煕年間に作る『大蔵経』が出版する事が出来で、尊勝なる直貢チェツァン法王の願力で、広めて伝えられる事を望んでいて、発心するの下、リンチェンドルジェ・リンポチェにさせる事を指示した」に開示された。リンチェンドルジェ・リンポチェは上師の願いを充たすため、極めて大きい気力を使って、『大蔵経』の出版が助力して始めた。尊勝なる直貢チェツァン法王はただリンチェンドルジェ・リンポチェに「デジタルカメラで一枚一枚に写真を撮って、直貢なるチェツァン法王にコピーを保留させる事が十分である」と簡単で仰った。『大蔵経』の複写は容易ではないけれども、弟子とするのがすぐに仕方を考えて力を尽くして完成して行った。全ての『大蔵経』は再び写真を撮って印刷し、実は何年間の時間、人力、財力にかかった。しかし、これも上師の諭しであれば、弟子が必ず上師の願いを充たされるのを証明した。

最初、数年前に直貢チェツァン法王が台湾に来ていた時に、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王にお伺いを立てた事があって、ある影響力がとても大きな政治人物が直貢チェツァン法王に謁見したがって、直貢チェツァン法王が見る事が要らないと回答した。が、その時のもう一人の重要な政治人物に尋ねていた時に、直貢チェツァン法王がわけが無いですぐに同意して接見する事が同意した。初めての面会で、ただ挨拶して出会ったばかり、特に何を話さなかった。それから、SARSの伝染病が発生し、発生していた期間に、寶吉祥仏法センターは毎週に台北市の各地で施身法法会を行って衆生に利益した。その時、その政治人物の幕僚人員はリンチェンドルジェ・リンポチェに「この事件はまたどのくらいを続けるか?」をお伺いに立ってきた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らに6月までと回答した。結局はリンチェンドルジェ・リンポチェが予言のとおり、当年の6月の中旬に、新しい患者のケースを増える事がなかった。その時、SARSは全ての世界に対して、皆をどうしたらよいか分からなくならせて、その時ののその政治人物も狼狽してどうしたらよいか分からなかった。だから、この事件は彼に密宗に対して新しい目で見させた。

その故に尊勝なる直貢チェツァン法王は第二回目にその政治人物に会った時に、その政治人物はリンチェンドルジェ・リンポチェに「大師、有難うございました」と話した。彼はこのように言うと、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼が何を言う事をすぐにわかった。それから、その政治人物は国家政治が如何になる事を尋ねないで、随意に直貢チェツァン法王に「直貢チェツァン法王のために何をする事が出来るか」と尋ねた。直貢チェツァン法王は「『大蔵経』の1セットのコピーを持つ事を望んでいる」と回答した。その時に、その政治人物はこの『大蔵経』に印刷する工程このように難しくて広める事も考えていないで、随意に同意し、故宮博物院の高層人員に協力されて完成した。リンチェンドルジェ・リンポチェは側に聞いた後に、上師がこの願いがあったので、弟子とするのが上師の願いを充たさなければならなかった。これから、何年にかかって、多くの人力と物力を消耗して完成して始めた。その政治人物はこの善事をした事があるので、いま、監獄にいるけれども、確認が出来るのが、生きている期間に離れる事が出来で、その中に死ぬ事がない。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは法律相関の人員ではないので、どの位時間にかかる事が分からなかった。

因縁はこのような事がとても奇妙で、最初、直貢チェツァン法王は始めて故宮に参加し、その時の国防部の高層の紹介の下、『大蔵経』を見た。が、言語伝達の問題なのに、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに言った時に、ただ大体でどのような品物を説明した。これから、リンチェンドルジェ・リンポチェの確認の下、現『大蔵経』を知ってはじめた。

第2回、リンチェンドルジェ・リンポチェは再度手配した。直貢チェツァン法王は再度故宮を訪ねて、また更に詳しくはっきり『大蔵経』を見て、直貢チェツァン法王はが『大蔵経』を見ると「これです」と仰った。が、当年にこちらの国防部の高層はいま尊勝なる直貢チェツァン法王に何か連絡がなかった。だから、因縁は本当に奇妙で、そなたは自らある大修行者を見ても、そなたが把握しないならば、因縁もなくなった。一切はただ因縁と因果で、良い人、悪い人の分別がないで、良い人は偶に悪事をして、悪人が偶に良い事をして、善し悪しはいっしょに混ぜて、絶対的な善し悪しがないで、因縁が随時に変わっている。

もともとよい事が人に知らせている必要がないが、そなた達に教える理由がこの『大蔵経』がいまチベット文で書いた最も完備している『大蔵経』で、コピーが人間に再び現れる事がとてもよいことである。当年、康煕皇帝の時に、全ての経文のトップページの上に全てある仏像があって、周囲で象眼する真珠や宝石が数百年の時間に経ても、いままで一つで落とした事がなかった。この『大蔵経』を作る水準はいま第二セットをする可能性がないで、お金があっても、百位余りのチベット文が出来るラマ僧を見つけて清書する事が殆ど不可能である。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チョンツァン法王に『大蔵経』に供養し、直貢チョンツァン法王もこの経典が再度現れる事もとても嬉しくて、その経典を西ドイツ、ブータン、インドなどのところに送った。これも異なる形式で仏法を発揚することを代表した。この経典の現れる事も仏法がこの世に発揚することができる事を示している。

最後、リンチェンドルジェ・リンポチェは再度参列者に開示した。皆は縁を大切にしなければならなくて、縁を大切する事とは男女が付き合う関係を処理するのではなくて、却って、仏法の用語で、本当の重要な縁はそなた達がこの因縁があって殊勝な仏法を学ぶ事を示し、そなた達が上手く大切にして、無駄に浪費してはいけないで、特にある具徳の上師に従うので、更にこの因縁を大切にしなければならなくて、この世の中に、毎週にこのような多くの法を修める修行者が真に多くなかった。

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2012 年 03 月 01 日 更新