尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示

2011年10月30日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで共修法会を主催して、ガムポパ大師の具相上師と具器弟子に関する教導を開示された。法会が終わった後、更に信衆を接見して、午後5時30分から夜6時40分まで、37名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

法会が始まる前に、まずはある新しく皈依する女子弟子は発露懺悔して、そして尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女と母に加持を与えたことに感謝した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲のため、彼女は再び皈依して、再度リンチェンドルジェ・リンポチェに追随して仏法を学ぶ機会があった。

2006年6月11日、彼女は初めて尊き リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後に、皈依戒を厳守していないで、依然として私利私欲、独りよがりで、因果を信じなくて、とても傲慢、貪、嗔、痴と欲求の心で暮らしているが、2008年1月に、道場の決まりを破壊する悪行を犯して、その時まだ信者である娘のため入場証明を取りに行くことを忘れて、更に組長(リーダー)の忠告を聞いてくれないで、入場証明を発給する兄弟子に強情に電話をかけて、兄弟子が首にされたように害しただけではなくて、彼女がリンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏を学ぶ因縁を断ったように害した。彼女のしたのはすべて金剛地獄に堕ちるのである。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て彼女に、多くの人を害したと開示した。最近一回にはリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見に来た時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に自分のした悪が罪悪があげきれぬほど多いである。彼女は注意深く反省して、この36年間、自分の悪行、悪念、悪言も本当に言葉で1つ1つ形容することができないほど多くて、本当に多くの人を害して、甚だしきに至っては自分の2人の娘も害した。

彼女は次の通り懺悔した。幼い時にこっそり父母のお金を盗んで間食を買って食べたことや、学友を騙して、学友間の関係を唆して、学友をつらくて苦しいと思うようにさせたように害したことや、アリを殺して、煙でアリの巣を燻したことや、蜘蛛の網を破壊したことや、トンボ、蝶、バッタを捕えて、ミミズを掘りだして、川の中の蟹を捕えて、木の上の蛹の外殻を破壊して、甚だしきに至ってはミミズ、蟹、蛹の体を切って家の中の飼育しているニワトリ、アヒル、ガチョウに食べさせたことや;学友と溝に行ってオタマジャクシをすくい取ったことや;生物の授業に蛙、魚を解剖したことや、カイコを飼ったが、そしてカイコの卵を悪意に捨てたことや;兄とコオロギを飼って、コオロギを闘ったこと;学友とこっそり他の人の家の野菜の青果、花を盗んだことである。

もう少し大きくなって、彼女は両親を誤魔化して彼氏と交際していて、授業にサボって、タバコを吸って、嘘をついた。成年後、もし母に話を聞いてくれないで、母の認めないある男の子と結婚して、母がとても長く悲しんでいたように害した。結婚の時に、結婚披露宴を盛大に開催して、テーブルにすべてニワトリ、アヒル、魚、エビ、伊勢海老、蛇、子豚であり、多くの衆生を殺害した。結婚した後、更に食いしん坊で、漁港に行って生きている海鮮を注文して食べて、エビ釣り場に行って、友達と焼き肉を食べて、甚だしきに至っては自分の貪欲を満足させるため、自ら手で多くのカニ、エビ、魚、タコなどを殺した。結婚した後にも、親孝行をしないで、夫家の悪口を言って、邪淫の戒を破れて、お正月に符水を飲んで、自分が無事、順調を得ることができるのだと思うこと;妊娠している時、姑に従って陰廟(亡霊を祀ってる廟)に行って拜拜(発音はバイバイ;お祈り)して、甚だしきに至っては鬼神をお祈りしたこtがある。自分の娘を害しても全然知らない。

会社に勤めている時、自分の業績のため、お客様をだまして、多くのお客様が金銭の損害を受けたように害して、また悪念、悪言が発生した。自分の業績のためにも鬼神に礼拝したことがあって、甚だしきに至っては礼拝した食品を会社の同僚に食べさせて、更に多くの人を害した。文化教育機関に出勤する時、自分の能力ならできないことを考慮しないで、幼い子供にコンピュータを学ぶことを教えて、多くの子供を害した。もう少し多くの給料がほしいため、自分の学歴を偽って、事をしてもどうにかこうにかやっていて、同僚の在庫数字を減らしたことを害したり、両親と一緒に従って課程を尋ねに来る幼い子供をあまりよく配慮していないので、更に彼を転ばせて、針縫わせるほど病院に送らなければならないように害して、甚だしきに至っては事後は少しも後悔すると思っていないで、内心はまた同僚に当たり散らした。会計の作業をしている時にも手落ちが続出するので、他人に公金を横領されて、また会社ではよそで借金して借金を返済したのである。

ようやく機縁があって、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依して、仏法を習ったのに、上師と間の因縁、上師が伝授された法を大切せず、いい加減に修めて、教えに従わず、皈依戒を守らない。相変わらず私利私欲で因果を信じない心で日々を過ごした。自分が昔の悪行をしっかりに検視せず、事件が有った時、常に他人を見て目障りだと感じて、他人を責めたや全て他人の責任と言われて、両舌、悪口をして、上師に対して敬わなくて、上師が開示された仏法に対して、懐疑心を起した。リンチェンドルジェ・リンポチェに従って、インド仏学院に行って、尊勝なる直貢チェツァン法王に会ったが、彼女は敬わない思いを起した。彼女を助けた兄弟子を感謝せず、尚更に瞋念を起した。

彼女は自分の快楽を求めるために、彼女は常に他人の苦しみを忘れて、他人を傷付けた。愛情のために、子供の父の会社の借り名になって、自分の心を放任して、好きの通りに行った。次女は生まれた後、法会に参加する許可を得たのに、自分は娘を助けて福報を累積しなくて、法会後娘の入場証を返す事を忘れたや入場証を取る事を忘れた。だから、娘は法会に参加する事が出来ない。

道場の規則を破った事が発生した時、彼女は相変わらず心を込めて懺悔しなくて、自分の考えと欲望を持って、リンチェンドルジェ・リンポチェに求めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に何回も彼女に機会を与えたが、彼女は自分の悪を覚悟せず、反って貪欲が尚更に重くなった。更に耐えなくて仏を学びたくない考えを起して、エゴで五ヶ月間に道場を離れた。

彼女は自分がリンチェンドルジェ・リンポチェに追放されるや罰を与えるや叱られても当然な事だと思った。それは自分の行為は人間を似なくて、三悪道、金剛地獄に堕ちる因を多く撒いた。完全に戒を守らず、人の標準を行わないが、仏を学ぶ事も言うまでも無い。

道場の外にいた数年、彼女は自分が多くの貪、瞋、癡の悪念と悪行を感じた。更に深刻に「上師が会うのは難しく仏法を聞くのは難しい」体得した。道場を離れた五ヶ月間、彼女の心は頼らない、深夜の時にリンチェンドルジェ・リンポチェを思うと止らなくて泣いた。リンチェンドルジェ・リンポチェが嘗ての開示「皈依後、上師及び仏菩薩は我々の永遠の頼りであり、永遠に我々を裏切らない。」を思い出した。しかし、彼女は上師と衆生に対しての承諾を裏切った。リンチェンドルジェ・リンポチェが開示された「三法印」の仏法テープを聞いた時、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの開示:リンチェンドルジェ・リンポチェは我々を助けようと思った時、人はなくなった。彼女の心は尚更に上師は弟子と衆生にの慈悲を感じた。しかし、自分はこのように上師を感謝せず、敬わなくて、教えに従わなかった。

道場を離れた後、彼女の右すねに知らない疹、しらくもは生じた。更に腫脹した。病因に関して、皮膚科の医師でも断言できないが、唯体質の関係と言われた。薬を塗っても改善しなかった。彼女の心ははっきりに分かったが、此れは全て自分が行った悪のせいだ。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに求めた後、右すねの病気は薬を飲まずに自然に治った。彼女は深く分かったが、若しリンチェンドルジェ・リンポチェの加持がないと、如何なる治っただろう。

彼女はとても上師を感謝して、罪が深い自分を諦めなかった。道場の外にいる日々に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは相変わらず彼女、娘及び彼女の家族を加持していた。特に彼女と娘に法会の始まり前に17階の道場の側に待たせて、1階に夏の暑さと冬の寒気を耐えさせなかった。

同時に彼女もリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、母に皈依させて、母の目及び体を加持した。彼女は母を連れて、ある眼科医師の兄弟子に検査を受けた時、兄弟子は言ったが、加齢黄斑変性は医学上に回復できない。しかし、彼女母の目はリンチェンドルジェ・リンポチェの加持で回復した。毎回彼女の母は上海に戻る前にリンチェンドルジェ・リンポチェは母を加持して、母に上海のMRTを乗せないと丁寧に言われた。結局この前に上海地下鉄は追突事故が起こった。リンチェンドルジェ・リンポチェの加持は母に毎回事件が遭った時、全て重い報いを軽く受けられて、何件の債務を返済した。彼女の母も自分が殺業の重いのを深く分かった。若しリンチェンドルジェ・リンポチェの加持がないと、今のように健康ではなく、命でも失ったかもしれない。

彼女は心に刻み付けると表した。リンチェンドルジェ・リンポチェが全て申された:我らに安心で暮らせるのは我らに仏を学ぶのである。今回リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲で彼女と娘にあらためて皈依させた。過去彼女が全て作った色んな悪行の果報が熟して、彼女は全部受け取り、もう犯さなく、上師と道場を離れるのを軽率に言わなく、生々世々にリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子になって、仏法をよく生活の中に使って、彼女は信じて上師と諸仏菩薩の加持の下に、是非自分の身、口、意を清浄するのが出来て、また清浄した身、口、意を上師に供養して、自分が今生に生死輪廻を断つのが出来て、阿弥陀仏浄土へ往生するように望んだ。

最後に、彼女は尊勝な直貢チェツァン法王と尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法体が安康で、仏法事業は円満して、世に長居して、法輪がいつも回ると祈願した。どの衆生は上師と諸仏菩薩の加持の下に、正法を勉強するのが出来て、生死輪廻を断って、浄土へ往生するように願った。

彼女はもう一度尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感恩して、彼女と娘に加持、教導、お世話をして捨てない!皆は彼女を借鑑として、リンチェンドルジェ・リンポチェと仏を学ぶ因縁を大切すると請い願って、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは自分の疲れを問わず、命をかけて衆生に利益するから。

続けて1人皈依した男弟子が先日リンチェンドルジェ・リンポチェが彼を加持した経過を分け合った。まず彼は大変尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感恩して、彼に発露懺悔して、続いて仏を学ぶ機会を有らせた。上師の加持がなければ、彼は今日見証して師恩を報う事が出来なくて、彼は即ち先日おまるを抱いて上師に懺悔した不器用な弟子だ。

彼と側いた同じ皈依した弟子妻と大変リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を感謝した。病院の中にの医療スタッフ達は彼の情況に対して全部不思議、奇蹟だと言った。彼らは病院に着いて混迷指数3だった患者が一ヶ月もいかない内に意外に意識が回復して退院するのを見た事がない。彼ら夫婦2人は全部すごく分かり、上師の加持がなければ、これは絶対にありえない。

今年(2011)10月4日事故が起こったあの日の朝、彼の頭が大変眩んで、自分が既に死に瀕するのを分からなくて、頭の中に絶えずにくずくずした考えは:彼が去れば、またどんな話をリンチェンドルジェ・リンポチェに報告したかったか?彼はすごく怖くて自分が亡くなった時、リンチェンドルジェ・リンポチェに一々懺悔する事が出来なかった。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔した:彼は父母に親孝行しなくて、上師に不従順で、今まで良く仏法を実践しなくて、自分のお体もよく世話をしなくて、わがままで、リンチェンドルジェ・リンポチェのご開示「如実で仏を学んで、良く供養する」も聞かなかった。此れから彼は良い子をして従順で、ちゃんと仏を勉強して、生活の中に実行する。彼は自分の不従順で、上師に他人のお世話をする時間を遅らせたとか、お体が悪いのに漢方医学診療所へ見に行かなかったとか、労働奉仕をして良く供養しなくても良いとか、上師に心配をかけさせて、皆に心配をさせて、皆の資源を占用するのを十分いけないと深く懺悔した。

彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔した。彼は嘗て衆生を害して、例え、子供を下ろし、家屋を造作した時虫族に害をした。彼は彼らが全部リンチェンドルジェ・リンポチェと仏法の助けを得るように望んだ。同時に、彼はまた自分がコピーの音楽を使って、両舌、邪淫、殺生及び自分の貪嗔痴のため、言行と行為に衆生に対して全て引起した傷害と不便を懺悔した。

昨日、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝してくる時に、また視力の重なり合っている問題のわけで、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に求めたくて、リンチェンドルジェ・リンポチェのはっきり叱りに感謝し、彼が欲が深すぎる事を開示されて、脳溢血がこのような速くて回復したら、このような欲が深くなるべきでなくて、視力が速く回復して見るの欲望を満たす事を望んでいけなくて、彼がこのために懺悔した。同時、彼は生活の中に類似の状況もある事を連想し、彼がこのような心構えを止めるへずで、そして、仏法を実行して始めた。彼はこの事件により自分を提示させて、自分だけで考える事をしないで、却って、絶えず衆生に利益するはずの出ず。このようにけれども、リンチェンドルジェ・リンポチェは「2ヶ月後、視力の重なり合っている病状は改善する事が出来る」と依然として慈悲深く開示された。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェが彼に鋭い教えにとても感謝し、心がとても悪い彼が真に再び私利私欲で自分だけでよい事を求めるべきでないで、却って、自分の苦しみと衆生の苦しみが一緒と感じなければならなかった。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェの教導にとても感謝し、リンチェンドルジェ・リンポチェの教導がないなら、彼が自分の人生がどこへ漂流する事を知っていなかった。

今度、彼は病気に罹って、リンチェンドルジェ・リンポチェが絶えず彼に加持させて、また、彼が病院にいる状況を常に尋ねて、彼と奥さんがリンチェンドルジェ・リンポチェの加持と助けと関心にとても感謝し、同時に、兄弟子と医療関係者断ちの協力に感謝した。彼は皆が彼の例を鏡にする事を望んで、これから決心して仏法をよく学んでいて、上師に依止して、上師の教導に聞いて、供養と仏法の学習を実行して言った。礼拝するべきなら礼拝して、するべきならして、自分がボランティアをする事があったので代られると思っていは行けなかった。

こちらの男性の弟子の奥さんからリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の主人に加持された経過を分かち合った。退院の手続きを処理する時に、彼女はお医者さんの「手術及び麻酔説明同意書」を見て、この中に手術を薦める原因が「脳出血が命を助ける」を書いた。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェがその時如何に彼女の主人の命をもっと体得した。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の主人に機会があって再度仏を学んで、礼拝して、この世によく努力して修行する事をして、自分の行為を改正させる事にとても感謝した。

彼女の主人はアイシーユーで入ったばかりで、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示が「彼女の主人さんは10日目から12日目でアイ‐シー‐ユーに離れられる」のである。7日目まで、彼女は医者さんに「主人が何時にアイシーユーに離れられるか」と尋ねて、医者さんも回答が無かった。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示のとおり、10日目の朝まで、彼女は「彼は退院する事が出来る」という病院の通知を受け取った。

彼女の先生はリハビリをする時、ある者が「何でご主人はこのようにすぐに回復する事が出来るか?一昨日前に、また歩行器をして、第三日目で自転車の練習する事が出来た。」を彼女に尋ねた。主人に薬を替わる先輩の看護婦も「ご主人は今回脳部のとても深いところで傷つけて、このように回復する事が出来で、真に大きな奇跡である」と話した。他の脳神経の医者さんも「その時、昏迷指数が3で、現在16に回復し、基本的に不可能だ」と言った。上師の加持があったら、真に不思議である。

前回医師の兄弟子は分かち合って、主人のような脳溢血の疾病、病院に入った後に、大部分の医者が彼らを片側に置いた。彼女は二つの例を聞いた事があった。一つはその時片側において、アイシーユーに入って、幸いで生きているけれども、昏迷指数が依然として6で、数年になっても改善する事が出来なかった。もう一つの例は今月で往生して行った。最初、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女にどのようにする事をはっきりを教えて、その上、主人に助けて加持しないなら、今日、主人がここに発露懺悔する事が出来なかった。

彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの加持と教導にとても感謝した。彼女は前回発露懺悔をする心構えが間違って、リンチェンドルジェ・リンポチェもタイムリーな指導された。同時、彼女も兄弟子達の関心に感謝し、今回の事件のわけで、多くの兄弟子が彼らを関心し、彼女が前に多くの兄弟子が家に用事があって、病気に罹る時に、彼女がすぐに関心と助けをしない事を発見して始めて、彼女が自分がこのように私利私欲と冷酷である事を恥ずかしかった。

最後、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの教導に再度感謝し、リンチェンドルジェ・リンポチェの教導の下、このような大家族があって、各位の兄弟子が一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェの教導に従って仏を学ぶ事が出来で、自分が間違いを見えて、この世に努力して修行する事が出来た。

そして、寶吉祥仏教文化交流協会は第3期第1回の会員大会を開催して、理事と監督の改選を行った。

法会が始まると、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きガムポパ大師の開示で皆に教えを与えた。ガムポパ大師は開示する:「そのため、もしも具相の上師と具器の弟子は因縁で合わせたら、それでは、その一瞬に、自分で一切の内証の功徳を成辦することができて、――まずは寂静と安住である;そして、明朗と無念である;最後、すべての有為劇論の相を遠く離れるのであり、『猶如虚空(空虚に似通うようある)』このような深義(じんぎ)の上にあり、河川のたぐいのように、互いに絶えず安住をし続ける。」と開示された。具相の上師はそなた達が思っているように、とても荘厳であるとは限らなくて、一名徳相がある上師は、時には外相で功徳を現すが、しかし内証の功徳なら、そなた達が比較的に見えなくて、例えば既に無上ヨガ部まで修めた上師は、時にはかえってはっきりと現れていないで、縁がある人に出会わない限り、ようやくいくつか徴候がはっきりと現れて出てくるのである。

チベット仏教では上師がとても重要である。それではどのように1名の上師が具徳であるかどうかを判断するか。リンチェンドルジェ・リンポチェは《寶積経》が説かれる上師の20ヶ条件を開示したことがあって、あれらの方面から、上師が具徳であるかどうかを判断することができる。。たとえ顕教の上師を探す場合であっても、注意を要しなければならなくて、お経をいちいちもっともなことを言われる者は良い上師ではなくて、彼が言うことを見て、もしそなたの未来の生命と関係があるかどうか次第である。こんなに多くの条件は一名の上師が備えるべきなのであり、そなた達は弟子とする条件が比較的に容易である。

前回の法会の中に、リンチェンドルジェ・リンポチェは既に具器の弟子が備えるべきな七種の善趣の条件を開示して、即ち、種姓賢善、色身美妙、長寿、無病、善縁を備えること、富と財物を持ち、知恵がわりに大きいことなどこの7種類の条件である。リンチェンドルジェ・リンポチェは更に開示して、これらの条件を備えることができるのがすべて自分が前生に修めた福報である。この7項は仏陀の出した条件ではなくて、もしそなたが過去世に修行することがあったら、自然にこの一生にこれらの様子を現れる。そなた達は皆、今この7種類の条件を持っていないが、しかし少なくとも無瑕の体があり、無瑕とは体が欠陥がなくて、目が見えないことや、聴覚を失うことや、四肢が不十分であることや、精神異常などがすべてない事を指す。そなた達の福報は既にあれらの辺境や仏法がない所で生まれて、或いはぼんやりとしていて、仏を学んで仏を礼拝することができない人に比べて、ずっといい。そなた達はこれらの具器の条件がないから、言うことを聞いて素直にやるしかできない。完全に上師の教導に従って修めるのでさえすれば、成就をも得ることができる。

仏を学ぶのは、聞、思、修を講じる、「聞く」は仏法と三宝に対する信心が足りて、清浄な本性で受け取って、比較法で仏法を聴くのではない。仏法は「聞く」を言って、「聴く」を言うのではない。上師は法を伝える時、この法が自分に役に立つかどうか、或いは上師はどうしてこの法を伝えるなど問題を考えているべきでなくて
、もしこのような考えがあるならば、あれはただ「聞く」のであり、まだ受けていない。例えば、そなた達はある講演を聞きに行く時、講演者はそなた達にどのようにようやくお金を儲けることができることを教えてもらって、そなた達が聞き終わった後に、このようにしたら本当に出来るのか、という考えが起きるようである。彼が言うのは本当であるか。このような情況があると、それは比較する考えで聞くのである。仏法を聞くのは比較しているのではなくて、自分の常識、或いは意識、経験を使って、耳にした仏法を比較しないでください。何故かと言うと、仏法を伝授しに出てくることができるのは、数年間も読経して仏法がわかることができるのではなくて、仏学院で勉強して博士学位をもらうと仏法を講じることができるのではなくて、それは実修してそして上師の認証を経なければならなくてから、はじめて衆生に利益することができる。

しかしすべての人は具相の上師に出会う因縁があるのではなくて、だから、仏陀は「依法不依人(えほうふえにん;法に依って人に依らざれ)、依義不依語(えぎふえご;義に依って語に依らざれ)」を諭された。「依法」はお経の中の内容をはっきりさせることを指すのではなくて、そなた達は仏経の内容をはっきりさせることがありえない。仏法は経典を引用するだけではなくて、仏を学ぶのもただ仏法上の常識を学ぶのではなくて、実修を通じて、本当に仏法の用途を見ることができる。仏法が教えるのは絶対に役に立って、ただそなたが用いているかどうか、確かにやっているかどうか次第である。一部の者は仏法のいくつかの名相を理解したくて、先によく知っていてから、はじめて修行をし始めることができると思っていて、このような心構えは信心がないのである。信心がある者は、仏法を聞くとすぐやれるから、そなた達のように耳にして「感じ」があってからやっとやると違う。人の感じはすべて異なって、私は1着の服を着て暖かいと感じるが、そなたは2着の服を着てやっと暖かいと感じると言う。上師に対して信心があって、表面上で恭敬の様子をするのではなくて、上師に対して完全に投降して、完全に言うことを聞くのである。

どうしてリンチェンドルジェ・リンポチェの開示はそなた達が耳に入らないのか。これはそなた達の心と関係がある。そなた達はどうして仏を学ぶのか。もしそなたは生死に解脱する方法を耳にするためであれば、それではリンチェンドルジェ・リンポチェの開示の内容はそなた達がやっと聞き取ることが出来る。しかし、もしそなた達は欲求を抱くのであれば、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達の望みを達成してほしい、法会に参加しにきて、ただ加護を求めることを望んで、総括的にある日絶対に問題が出る。そなた達はすべて前もって立場を設して、仏を学びにくるのは上師と諸仏菩薩がそなたの欲求を満足させることができると望んで、もしそなた達の心の中が思うようにやり遂げていないと、上師と仏陀菩薩が霊験でないと感じる。上師と仏菩薩はそなた達にとって最も良い方法でそなた達を助けてあげるが、しかしそれはよくそなた達の心がほしい結果ではない。一名具徳の上師は衆生にすべての問題を探し出すように助けて、彼らの不足なところを探し出して、しかし開示したのは通常はすべて衆生が聞きたいのと違って、仏を学ぶのはそなたの欲求を満足させるためではない。

たくさんの信者はリンチェンドルジェ・リンポチェに物事をお伺いに来て、仏を学びたくないと思って、ただ自分の病気だけに関心を持って、良くなることができるか、息子が結婚するか、自分の配偶はどうなるか、実はこれらは因縁、因果であり、聴きに来るのは因果を信じない。リンチェンドルジェ・リンポチェは信者を助けて、名利のためではなくて、もし名利のためであれば、毎週約250人が面会を申し込みにきて、1ヶ月は4週間で1,000人がいて、1年は12,000人もいるから、もしリンチェンドルジェ・リンポチェはすべて気軽に信者が皈依することを承認したら、とっくに万人を上回る。リンチェンドルジェ・リンポチェは名利のため弘法するのではなくて、面会を申し込む人は仏を学びたいかどうかを見て、もしただ自分が良くなるためならば、簡単に彼と言って終わるが、もし重病にかかっている者であれば、ちょっと彼を手伝ってあげて、本当に仏を学ぶ者はやっと彼を皈依させる。

リンチェンドルジェ・リンポチェはもう仏法の文字の上の意味を研究するため時間かからないでくださいと開示した。一部の者はすべての文字の意味を了解した後にようやくやり始めると思っている。もしそなたはこのように思っていると、それなら苦労する。何故かと言うと、修行する段階により、経文も異なる説明の方法がある、そなたはどのように完全に分かることが出来るか。実はお経はこんなに多く転記され翻訳されたことを経て、広く伝わってきた文字は仏陀が自ら口で説かれた仏法と、多少偏差があるから、仏陀が法を講じる意味が分かるのは最も重要であり、文字を釈明する必要がない。だから、釈迦牟尼仏は、了義に依って不了義人に依らざれ、生死に解脱する方法を学んで、経典の文字の中で回転するのではないと諭された。《仏子行三十七頌》がすべてはっきりと暗唱することができると修行していると言えるのではなくて、三十七頌の1つの頌はすべて異なる開示があり、見解はすべて同じではない。もしそなた達は根器が十分あれば、そなた達と空性を言って;もし今のこのような程度であれば、そなた達にどのようにするかと言って、そなたにただ上師の仰ったとおり聞き取って、やったらいいと言う。これは「縁に従って衆生を度する」であり、そなた達の根器により、そなた達を助けるのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは続いて開示された。法会前に皆に報告したが、今回にリンチェンドルジェ・リンポチェに助けられた男弟子について、実は彼は一点を漏れた。また彼の妻に言わなかった。当時彼は目の前に真っ黒だった。此れは既に紅教大円満に言われた、紅白菩提は結んで転じると、黒成就心に入った。即ち真の死亡だ。実は続いて彼は光を見える。そなた達は聞いたが、臨終者は光を見えた経験がある。此れは光ではなく、神識は間もなく肉体を離れる事を現した。彼は十年前に脳卒中になった時、嘗てリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを得たが、この十年間に修めなかった。幸い彼は自分が十年前にリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを得た事を思い出して、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分を助ける事を分かって、信心が少しあって最後懺悔心を起したから、彼に福報及び功徳はすぐ起させた。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の命を救えた。

この脳卒中の弟子は自分が多くのボランティアを行ったから、即ち布施、修行だと思った。上師が教えた仏法に対して、確実に修めなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは再び強調したが、ボランティアになったのは唯助縁であり、少なくともそなたを助けて僅かな福報を累積しただけ。若しそなたは上師が教えた生死を解脱する方法に従って修めないと、功徳を修めてそなたの業を転じられない。つまり、生死を解脱できない。唯僅かな人天福報があって、来世に使う。多くの団体は皆に教えて、ボランティアをして、此れは仏を学ぶ事だと思った。実はそうではない。ボランティアを行ったのは唯人間として役目だ。そなたは一つの団体の中にいれば、元々自分の能力を尽くして行うべきだ。此れは人として根本である。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは発見したが、弟子の中にある人は相変わらず冷たくて、道場の事務さえ協力しなかった。だから自分が隠れると思わない、リンチェンドルジェ・リンポチェは分からない事がない。

比べると、最近心筋梗塞で亡くなった男弟子は彼が臨終前の時間、脳卒中の弟子より少し長くなった。それは血液は他の器官に流れた時間はかなり長くて、約20秒に経った後、脳死した。しかし、この20秒に彼は考えたのは全て保険、家族、子供だが、完全に上師、真言及び仏菩薩を考えなかった。此れにより、彼は法会に参加したのは全て守りを求めて、自分の事がいいのを求めた。一つの念の差なのに、結果は全く異なった。だから、《普門品》、《寶積経》を問わず、更に仏経に常に仏を念じて、菩薩、上師を念じる事と有る。それは通常に自我意識はとても強いなら、往生前、上師及び仏菩薩を思い出せない。この二人の弟子の例からはっきりに対比を見えた。

前回勝義菩提心を修めると、三つの条件を説かれた。その中に一つは上師の加持に入る。そなた達は上師の教えに従って修めれば、上師の加持に入られる。たとえそなたは今日出会った上師は功徳は余りはっきりにしなくても、この上師は戒を守って、法を伝授する時心はとても清浄であり、そなたも清浄な心でこの法を受ければ、そなたは往生する前の最後の瞬間、そなたはこの上師を思い出すと、そなたに役に立つ。何故そなた達を教えて、上師の伝承をはっきりに分からなければならないだろう。それは上師の加持である。この上師の一人の加持だけではなく、上師が代表したのは歴代伝承の上師である。リンチェンドルジェ・リンポチェは前に嘗て開示されたが、直貢噶舉派の伝承は今まで中断していない。だから、加持力は釈迦牟尼仏に遡られる。尚更にもっと前の仏である。上師及び教派歴代上師及び諸仏菩薩の加持の力を加えると、とても大きい。

一瞬に一切になるとはそなたは一瞬間に成仏できるとは言えない。器を具える弟子と相を具えるは因縁と結んで、弟子は上師の加持の中に入って、生死を解脱し、衆生を利益する成仏修行の道に向いて、精進に進んでいる。例えばリンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に会った後、逃げられないように早くて三十数歳から、今まで短い二十数年間に今の果位を修めた。此れは始めてリンチェンドルジェ・リンポチェが考えられない事である。直貢チェツァン法王は嘗て開示されたが、リンチェンドルジェ・リンポチェは上師にとても忠実なので、リンチェンドルジェ・リンポチェはいつでも上師の加持に入られる。リンチェンドルジェ・リンポチェは今まで自分は何時か上師になって、仏法を説く事を思わない。しかし、上師に百パーセントに信じて、教えに従ったから、上師の加持に入られる。更に短い数十年間に修めた。この速度はそなたが想像できないほど速かった。

弟子は上師の加持に入ると、累世の仏を学ぶ障碍は除ける。業障はそなたは病気に罹って、金を持たず、運が悪いなど事ではなく、業障はそなたに仏を学ぶ事を妨げる力だ。業障とは実家族であり、そなたと恨み、憎みを結ばないと、此の世に一緒にいない。若し相を具える上師と器を具える弟子は両者の因縁は結べば、上師の加持に入られるから、自然にそなたの業障は除いて、そなたに仏を学ぶ事を妨げない。そなた達は悪を行うと、累世の冤親債主はそなたを妨げて、仏を学ばせないだけではなく、鬼神でもそなたを妨げて、そなたに福報を持たず仏を学ばせない。それはそなたはとても悪かったから。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に皈依した後。障碍はすぐ止った。人、物事を問わず、仏を学ぶのを障碍する事は全て自然に離れた。リンチェンドルジェ・リンポチェは最も金を持たず、最も苦しかった時、大体半年に経った後終わった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きに開示された。「自分は一切内証の功徳になる」つまり、そなたの心は貪、瞋、癡、慢、疑を減少する道に進んでいて、法性が現れるまで。つまり、修行成仏の道に向いて進めている。

「寂静」とは心が動かないとは言えない。若し菩薩の心は動かないと如何なる衆生を利益するだろう。此処に内証の功徳を行った時、貪、瞋、癡、慢、疑は既に減少した。尚更に無くなった。此処に言われた「寂静」自分の心の世界を激しく現さなくて、外在の影響に受けなくて、五毒は徐々に抑えた。だから、外に現れる兆候はいい事に遇っても喜ばなくて、悪い事に遇っても苦しいと感じない。負け犬のようにならない。そなた達は自分が検視してもいい。若し自分は所謂楽しい事、苦しい事に対して、益々激動な反応を起さないのは自分の貪、瞋、癡、慢、疑は徐々に減少して、そなたの心は「寂静」にいる。

安住とはそなたの心は法性に安住する事である。法性とは清浄な本性である。リンチェンドルジェ・リンポチェは昔にそなた達に教えたが、どんな境遇にも安んじ、縁に従って過ごす。即ちそなたたちに教えて余り執着しない。一切は全て因縁である。縁が起こると、心を動いて縁に従って行う。縁が終わると、心は相変わらず、法性に安住して、外界に影響されない。心は既に五毒貪、瞋、癡、慢、疑に影響されず、世間八法に影響されなくて、真如本性が現れる。人に叱られても褒められても動かなくて相変わらず喜んでいる。例えば、土曜日に信衆はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した時、ある縁起であり、リンチェンドルジェ・リンポチェは信衆を助けた後この縁は滅びた。リンチェンドルジェ・リンポチェも人に叱られたが、リンチェンドルジェ・リンポチェは全然に影響されなくて、自分も相変わらず喜んでいる。それはある人はリンチェンドルジェ・リンポチェを協力して、債務を一件返済した。好いや悪いのは全て空性であり、一切は全て因縁から生じて、因縁から滅びた。繰り返して永遠ではない。病気に罹った時、若し心は寂静なら、心は「苦しみ」という感じを起さない。唯体の苦しみしかいない。若し心は寂静せず、体の苦しみ以外尚更に心の苦しみを加えた。つまり、「ダブルの苦しみ」だ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皮膚がんに罹った時、心配して悩む事ではなく、相変わらず日々を過ごした。それは内証の功徳を行って、心は既に寂静である。昨日一年余り皈依した親子はリンチェンドルジェ・リンポチェに加持を求めた。それは彼女の母は脊椎に問題がある。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を加持しなかった。彼女達は加持を求めたのは一年間以来まだ何のために仏を学んだ事をはっきりに分からず、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞かなかった。道場に来たのは唯守りを求めて、自分の体がいいと望んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェも脊椎の問題があるが、数年前にある医師弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェの体を心配して、リンチェンドルジェ・リンポチェを連れて整脊した。二回を行った後、リンチェンドルジェ・リンポチェは行かなかった。一方人に自分の体を整える事が嫌いが、もう一方は病気に罹るのは唯果報の現れを受けた。肉体の痛みで債務を返済できれば、如何なる苦しいだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェはユーモアで言ったが、実はこの弟子は本当にリンチェンドルジェ・リンポチェの体を心配しなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェは死ねば、自分がポワ法を学べない事を恐れた。

毎週、リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁する人に関して、多くのは癌に罹った。多くの参列者はがんに罹る事を恐がって、死亡を恐がる。癌を恐れるのは医師及びマスコミに厳しく宣伝されたから。実はがんに罹ると、すぐ死ぬわけではない。また時間があって、真言を唱えて、仏を礼拝できる。しかし、そなた達はがんに罹ると世界の最後の日のようだ。何故よく考えて交通事故に遭って事故死或いは突然に発病して亡くなって全く仏を学ぶ時間がないわけではない。実は研究により、世界中に毎日交通事故に遭って死亡した人はがんより多くて、平均一分間に交通事故で死んだ人がいる。そうすれば、そなた達は車を乗らないべきだ。しかし、そなた達は何故車を乗っているだろう。此れは全て心の問題だ。そなたは病気に罹る時、リンチェンドルジェ・リンポチェが嘗て開示されたとおり、疾病を道用に変えるべきだ。病気があるから、我々は尚更に自分の過失を検討して、更に病状は尚更に重いを求めて、全ての悪業を此の世に全部返済する事を望む。

ある信者は子供には姻縁がないのもリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを求めに来た。リンチェンドルジェ・リンポチェは表して、自分の子供は結婚してもしなくてもいいで、心配しなくて、彼にも助けなく、それは全部子供自分の事から、父母はこのために心配をかけないで、実はこれ等は全部因縁である。

今ところに寶吉祥仏法センターの弟子がますます多くになって、人々の生活背景が全部同じではなく、だからもう一度申されて、全ての弟子の間に金銭の借貸することは厳禁だ。前嘗て2人の弟子はこんな過ちを犯したので既に罰されて離れさせた。例え弟子の経済状況は本当に悪くて、部屋のロン、子供の教育費、自分の欲望に満足するのでなければ、全部組長に報告しても結構だ。組長達は長く皈依して、大したな過ちがない、割合にリンチェンドルジェ・リンポチェのやり方を知って、それで組長達は理事長会に伝えてリンチェンドルジェ・リンポチェに報告して、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたが本当に貧乏と分かったら是非助けを与える。ずっと昔ある弟子は部屋のロンの支払いが出来ないため、リンチェンドルジェ・リンポチェに求みに来た。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らにロンが出来なかったら、部屋を売って、或いは銀行に収められると開示された。これは眞に貧乏ではなく、リンチェンドルジェ・リンポチェはこんな事を手伝わない。

そなた達は上師に依止することが出来るが依頼ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは先週夫が往生した女弟子に注意させた。もう家の瑣末事を報告するな。要事例えポワ法を修める事なら、リンチェンドルジェ・リンポチェは上師として、弟子が悪い目にあったのを見て必ず手伝うが、自分の家務なら自分がやって見るはずだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたが現在とても苦しいと分かったが、この夫もあのごろ自分が選んだのである。その外に、1人若い女弟子は、皈依した前未婚で子供を生んで、一人で子供を育てるになったが、彼女は良く仕事をしなくて、子供のお世話をしないので、子供の発育がすごく遅れて、座るさえも出来なかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の子供を見ると子供が栄養不良ので一才あまりでもまだ立つ事が出来ないと分かった。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの子供を可愛がって、直ぐ彼女のため一人保母の女弟子を捜して子供のお世話をして、また毎月自分が2万元の保母費を提供した。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの女弟子に勉強させなくて、彼女に良く勉強が出来て安定な仕事を探すのを教えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは保母女弟子にこの子のお世話を20年ではなく唯2年をさせた。それは、リンチェンドルジェ・リンポチェはあんなに長くしたらこの保母も子供のお世話が出来なくて、またリンチェンドルジェ・リンポチェは20年後まだ手伝う事が出来るかどうかも分からないから。

リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子が困難にあったのを分かったらきっと手伝う。ひいてはこの若い弟子のため子供のお世話を2年して、それに寶吉祥仏教文化交流協会理事長に指示して、社会局に申し込んで子供の未来を配置するのを協力させた。リンチェンドルジェ・リンポチェは仰った:他の全ての弟子はもう随意にこの女弟子に手伝わないで、そなた達はどうすれば割合にいいかを分からなくて、いつも偽慈悲、偽良い人になった。そなた達はこの女弟子を助けたいならば、彼女に仕事を捜してよくするのを勧めるべきだ。

昨日1人女信者はリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れに来た。彼女が来た時、歩くさえも出来なくて、意識が不明で、目が覚める事も出来なくて、4名の弟子が彼女を運ぶことが殆ど出来なかった。リンチェンドルジェ・リンポチェが分かった、それは彼女が既に生んだふたこの中に1人生んだ22日間後死んだ子が彼女の身につけたから。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を加持した後、彼女は全体にはっきりして、目が覚めて、自分が何故寶吉祥仏法センター道場にいるかまだ分からなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に歩けるかと聞いた。彼女は出来ると言って自分で出てしまった。

あの頃、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を助ける方式は先責めて、また彼女を加持した。そなた達に対してこんなやり方が受け取る事が出来ない。この人が既におかしい病気にかかって、かわいそうなのに、なぜ彼女を叱ったか?リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達の考え方によってするべきと思った。実は、昨日リンチェンドルジェ・リンポチェは先あの信者の身につけた子供に話し、主な目的はこの身につけた子供に殺業の怖さを教えたかったから。あの信者の夫はコックで、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの子に自分が短寿したのも殺業と関係があったのを分からせた。彼が耳に入れる事が出来てはじめて加持を受け取って離れた。

今生コックになった者は精進料理を作るのが限らない、全部過去世に殺業がとても重かった。今生そなた達が一緒になっても殺業の共業があったから。それでそなた達が相手を選ぶ時慎重しなければならない。相手がコックで、そなたにご馳走すれば、そなたも一緒にこの共業を負うべきだ。それはコックが悪いのではなく、コックがなければコックするものがない。そうしてコックしてくれる者がないと心配するなら、自分がコックするのを勉強すればいい。

最近リンチェンドルジェ・リンポチェの会社の中にの1人の従業員はリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依したばかり弟子に知らせて宝石店に来て宝石を見ると報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは聞くと正しくないと感じて、直ぐこの従業員に聞いて、なぜ皈依したばかり弟子の個人資料があったか?この従業員は協会の秘書長がくれたと報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは現場で1人検察官の男弟子を呼び出して、皆にこの秘書長と従業員がどんな法律を犯したかを教えさせた。このお知らせた男弟子は個人資料保護法と秘密妨害罪を犯して、宝石店の従業員は共犯だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは現場で全ての皈依したばかり弟子に申された。そなた達は彼ら2人にこの罪を告訴すれば、そなた達のご自由で、協会理事長及び検察官の弟子がそなた達に協力を提供する事が出来る。この資料を洩らした男弟子は、彼の秘密は間もなく他人に知られて、これは因果から。

何故リンチェンドルジェ・リンポチェは商売をするか?それは弟子達の供養心が足りない、それでリンチェンドルジェ・リンポチェはやはり自分が商売をしてお金を儲けなければならない。またリンチェンドルジェ・リンポチェは在家衆で、リンチェンドルジェ・リンポチェに頼って扶養する弟子が多くて、商売をして彼らに仕事を有らせて、同時に教派にもお金を使うの事が多くて、商売をするのがやむを得ないことだ。重要のはある時、商売の身分で割合に事柄を処理しやすくて、出国して衆生を済度するのも比較的に便利だ。仏経に説いたように、菩薩道は縁によって衆生と済度する。例えそなたに深山に1人高僧を見に行くと言ったら、皆の心には緊張になるかもしれない、この商売の身分で、同じではないところにあって、割合に済度しやすい。

リンチェンドルジェ・リンポチェは絶対に弟子に必ずリンチェンドルジェ・リンポチェの店に買い物するのを要求しない。そなた達はお好きにして、行かなくても構わない。リンチェンドルジェ・リンポチェの店、またそなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子と言って、これ等の資料がこんなに使っても良いと言わない。台湾は一つ法律があるところで、皆は必ず法律に従って、そなた達は現在法の観念に対してあまり足りない、それで良くし間違った。リンチェンドルジェ・リンポチェはもう一度強く申されて、是非全ての皈依した弟子を自分の資産にしない。全ての弟子は全部リンチェンドルジェ・リンポチェの資産であれば、千あまり弟子少なくとも300名がハウスがあって、そうしたら300あまり棟が全部リンチェンドルジェ・リンポチェの資産になって、リンチェンドルジェ・リンポチェはボロもうけではないか?リンチェンドルジェ・リンポチェが売る宝石でも食品でもそなた達がお好きに買って、買わなくても構わない。リンチェンドルジェ・リンポチェは今までも全て売る食品が加持して食べたらいい事があって、宝石をつけたらきれいなるのも言った事がない。但し、リンチェンドルジェ・リンポチェが売る物の品質は本当に特に良くて、外の商品とは違う。

普通な人であれば、これは何もないべきで、ただ小さいな事だと思った。悪くすると、この社員が本当に良くて、社長さんの為に業務を開拓する事が分かると思っていた。然し、リンチェンドルジェ・リンポチェは聞くと間違いを知っていて、これはリンチェンドルジェ・リンポチェが内証の功徳を既に修めていて、心が既に静まりに入ってだから、貪瞋痴慢疑に影響させて、細かい事でも気にして、だから、この中の問題が発見する事が出来た。だから、一切なのはただ間違いであれば、自分のために利益があってもする事をしなくて、また、すぐに阻止した。すべての問題は小さい事から始めて、全ての悪が最初から斬らなければならなくて、すこしでも出来なかった。だから、内証という工夫を遣り遂げる人であれば、如何なる事が先に因果をしっかり考えていて、可能な結果をはっきりみてからして始めて、中国の伝統な儒家と言った「熟考の上で実行する」のようである。

今の人は頭が過ぎると身を過ぎられると思っていて、ことをしてからまた言って、結果が有ってしまうとまた方法を考えていった。これは仏法と全然異なる観念で、仏法が説くのは最初に間違っている可能性を斬って、最初でする事が出来なくて、ある因をするなら、必ず果があって、ただそなたが事後で懺悔しても、果報もおなじようにあった。だから、行者は心の中に火のように熱い欲望があっても、結果を顧みないで、自分に満足させる小さい欲望をする事をしなかった。たとえある事をしないなら、仕事が無くしても、奥さんが離れても、因果を違反する事をしなかった。

数週の前に、ある女の弟子は随意に確実ではない情報を伝えたので、皆の前で、リンチェンドルジェ・リンポチェに呼ばれて指摘させて、その上、信衆にならさせられた。しかし、彼女は面子を重んじたので、公的な罵られたので来る勇気がないで、実は、これはそなた達に我執に破られてくれる方法である。面子が値打ちがないで、そなたは面子を重んじるなら寶吉祥仏法センターに来ないでください。お経の中にも「釈迦牟尼仏は弟子に罵って、その上に公的な場所で、私的なとことではない」を常に見えた。公的な場合に自分過失に指摘する事が出来で、特にある上師に指摘されて、これも大きな福報があるので得られて始めた。況して、これもある布施で、自分の過失にて他人にこのような過失を犯す事が出来ないを知らせて、迷って悟らない事をしないで、言う事を聞かなければならなかった。寶吉祥仏法センターにて発生した事のは正面な事であれば、反面な事であれば、全て教材で、そなた達に仏法の存在に体得させる事が出来て、その上、この道場が護法と仏菩薩の加持を得る事を表していた。

ガンポバ大師の開示は「だから、具相の上師と具器の弟子は二人が因縁で会うと、それでは、瞬間で、自分が一切な内証の功徳が遣り遂げる。最初、寂静安住で、それから、明朗と無念で、最後、一切な有為の戯論の相を離れて、そして、『虚空に似てる』という深く意義で会えて、河川の類で続けて絶えず安住する事が出来る」と仰った。

リンチェンドルジェ・リンポチェは特に弟子を教えて、他人にこれがリンチェンドルジェ・リンポチェが仰った事を言ってはいけなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェの肩書きにて他人を抑える事をしてはいけなかった。事は真にリンチェンドルジェ・リンポチェが仰った事でも、然し、異なっている人間に対して、説く内容が異なっているかもしれなかった。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが直貢チェツァン法王の名前にてそなた達に抑える事があるのでしょうか?無かった!そなた達はただリンチェンドルジェ・リンポチェがこれらを説く根拠が直貢チェツァン法王の教導により来る事だけで聞いた事があった。

そなたは言う事を聞いてから修行する後、内証功徳を修め得てから、累世の業がそなたに仏を学ぶ事を遮らなかった。仏を学ぶ障碍を減らすと、実はそなたが本来あるはずの福をそなたに与えて、そなたにとても速くて精進で仏を修めさせて、しかし、この故に自慢する事が出来なくて、貢高我慢の心に表させなくて、仏法の修行を違反して内証功徳を失う事になって、内証功徳がないなら、貪瞋痴が表れた。貢高我慢と高慢自大の人は慈悲心がないで、慈悲心がない人が真言を唱えて、お経を唱えて、礼拝をしても功徳を発生する事が出来なくて、功徳がないなら累世の業を転じられないで、衆生に助けられなかった。そなた達は聞いてから絶対にとても驚くと感じて、誰でもこの事をこのようにはっきり説明する事が出来ないわけである。

「私がきっとできる」、「私がきっとやり遂げる」を思ってはいけないで、これはすべて誇らしい考えである。仏を学ぶ時に、「自力」と「他力」を常に述べて、この末法時代に、自力にて仏を学んで生死を解脱する事が無理で、だから、他力の助けによらなければならなくて、そのために、そなた達に真言を唱えて仏を唱えて仏菩薩に拠らせて、特にチベット仏教が上師の加持力を強調しているのがこの原因である。自分がどのような条件を付ける人を視なければならなくて、高慢をしてはいけなくて、仏号を唱えて座禅を組んでも、ただある過程で、ただ仏だけで我々がどれだけの業障を知っていて、すべてのメンツを降ろして、上師によって、言う事を聞くをが学ばなければならなかった。『寶積経』に述べさせるのは上師として合うべきな条件により、また、前回の法会にガンポパ大師の開示された内容の中に、勝義菩提心を修めた行者が具える三つの条件を既に説明し、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェがある具徳の上師をはっきり理しっているべきである。それなら、決心して、再び考えを持って仏を学んでくる事をしないで、却って、自分が聞いた仏法を生活に実修するべきである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは心が既に空性に安住する事を修めたので、その心筋梗塞の弟子が死ぬ前に心の中の四つの気にする事を知られて、だから、かれの為にポワ法を済度してあげて、頭の上に穴を打たれた。最初、阿弥陀仏は蓮師にポワ法を修める時に、広めて伝えない事を特に説かせて、これが密法のわけである。しかし、いま、何故多くの人々が教授になるかを知らなかった。実は、伝えても、が、基礎がしっかりないなら、修め出る事もありえなかった。過去、ある者はポワ法を成就するかどうかを判断したいなら、行者のてっぺんに吉祥草に挿し込んで、挿し込まれるなら、開頂になった。この方法にてポワ法を修めるかどうかを判断し、実は古代に学習者が自信があらせる為このようにして行った。しかし、あるポワ法を修めて成就になった上師は草を挿し込む事が要らなくて、ただそなたの梵穴を触って、開頂が有るかどうかを知っていた。重点は基礎がしっかりあったら、それでは、修行が速くてなって、たとえ開頂をしても、続けて修めないなら、この頂も再びしめて、修行をし続ける事がそれをしめなかった。だから、基礎ははっきりして、或いはただ表面だけで我執を学んだだけである。

「内証の功徳」の中に「明朗」と「無念」は、ここの明朗が「明」が宇宙の中に全ての事を知っていて、「朗」が清浄な法性で、つまり、禅宗を説く「明心見性」である。清浄な法性なので、宇宙に対する一切な物事がすっかり悟っていた。禅宗に対して「明心見性」で、密法には「明朗」の言葉を使った。「明朗」を修めえると、心がとても清明で、晴れている空の要である。禅宗は明心見性になれば仏になる事と思っていて、実はまだならないのである。明心見性とは自分の本性と仏性が同じで、心が何故作用するかを知っていて、心が如何に作用するかを知っていた。密宗であれば、続けて修めて行って仏になって始めた。

「無念」は考えがない事のではなくて、この世のものならぬのではなくて、つまり、無念を修める時に、起心動念をするのが自分のためではなくて、全て衆生のためで、自分の身体ともろもろの情欲の為に自分に対して有利な考えがないで、禅定の境界に入った。基本的に、この境界を修めるのは五地以上の菩薩で、実は明朗と清浄と無念を修める事が数世の時間にかかって、そなた達のこの世に修められる事が無理である。

「最後、全ての有為戯論の相を遠く離れて、その上、『虚空に似てる』という深く意義の上、河川の類で続けて絶えず安住する事が出来る」。その時、内証功徳の修行は全て固くて、如何なる事を再び執着しないで、心の中に法性に安住して水のように絶えずに流れて、ただ縁起と縁滅を知っていて、衆生に助ける事をただある芝居だけで、衆生が来たら助けてあげて、助けてから完了した。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは多くの信衆がリンチェンドルジェ・リンポチェに数回に謁見して来て、特別な事を教材にし、或いは、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼らを忘れる事を常に言って、これは「無念」なので、因縁の生滅だけである。

この間には、ずっとこれらの内容を開示されて、その上、勝義菩薩を修める三つの方法を開示された事があって、何故このように多くて仰ったのでしょうか?これは最も重要な基本的な心構えである。そなた達は基本的な観念と心構えを作り上げて、後で、再度学んでいるなら、進歩がとても速くなっていけた。そなた達はこれらの基礎がないならば、閉関をしても、ただこの中に数日で寝るだけ、何も成就に成らなかった。だから、そなた達に密法を教える前に、リンチェンドルジェ・リンポチェはこんなに多くの時間にかかって、目的がそなた達が基礎を作ることを望んでいた。

一部の人々は仏法が神通を説かないのではないか?ここに説く「神通を説かない」とは、それらの神通を現れて、或いは、そなたに神通を説く人で、そなたに生死を解脱する事を教えないで、ただ神通にて自分の能力を現れて、これは仏法ではなかった。然し、そなた達はいま六字大明咒を唱えて、多くの鬼が前に膝いて、何か聞いて、何か見える事を言って、これは全てうそで、上師からこれらが本当である事を証明させて、或いは無理である。如何なる宗教は神通があって、説く事が出来なかった。

実は神通が四つのところから来て、寂静、安住、無念、明朗のである。これは自ずから具える能力で、わざと神通の為に仏法を修める事ではなかった。外道は神通を修められて、ただ戒と定を修め得て、神通があった。釈迦牟尼仏は嘗て開示された事があって、神通をさないで、これは神通が良くないのではなくて、却って、衆生の為に助けがないならしないで、人間に恐がらないで、人間にそれらの飛ばれて神通を現れる人が仏法を修めえたこと思わせないで、だから、仏法が神通を説かないわけである。当年、ジッテン・サムゴンのハンセン病は関室で治して、彼が依然として早め関室を出る事をしなくて、時間に至ると関室を出て始めた。ジッテン・サムゴンが飛ばれて、ミラレバ尊者も飛ばれて、実は多くの密宗を修める修行者が飛ばれる程度を修め得て、然し、衆生が見たら恐れるので現れないで、だから、ミラネバ尊者が同じように歩んでいた。

神通は悪い事ではなくて、人々がどのように使うのを判断した。たとえ気勢がきわめて盛んになる事が出来て、変わられても、衆生に生死を解脱する事が助けがないなら、このような神通が役に立たなかった。もし神通が無いなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは如何に衆生の事を知っていて助けてをあげるのでしょうか?もしリンチェンドルジェ・リンポチェは神通がないなら、その脳卒中の弟子と往生したばかりの弟子の事を如何に知っていて、それから、彼らを助けられたのでしょうか?

仏は皆に悪い友達を遠く離れて、悪い友達とはそなたに連れてよくない事をする人ではなくて、却ってそれらのそなたに「このように迷信して礼拝する事がしない」を言う人で、そなたに「結婚してから修めても遅くない」を言う人も悪い友達で、そなたに「子供が成長してから再度修める」を言う人も悪い友たちで、そなたに「定年してから再度修めてくる」を言う人も同じである。そなたは自分が如何に去る事を知らなくて、上師が何時に去る事も知らなくて、現在をよく把握して仏を学ばなければならなかった。

共修法会が円満な終わった後、リンチェンドルジェ・リンポチェは自身の苦労を顧みないで、午後の6時40分まで、37位の信衆を続けて接見した。リンチェンドルジェ・リンポチェは法会にもう結構長い時間で開示されたが、依然として仏法により各々の信衆に開示と加持を与えて、彼らの問題を解決された。

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2011 年 11 月 07 日 更新