尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示

2011年10月23日

台北寶吉祥仏法センターで、信衆と弟子達は恭しく尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが2010年10月24日に開示された仏法の録音を聞いた。

共修法会が始まる前に、ある女子弟子及び皈依弟子の姉は皆と、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の両親を救度された経過を分かち合った。彼女の父は、糖尿病に罹ったことにより白内障と緑内障を併発したため、失明して40年も経過した。2006年3月、彼女の父は左足の指が炎症を起こして、傷口が潰爛して癒合することができなくて、左足のひざの以下から完全に切除された;2008年6月、初めは長期にわたり血圧を下げる薬物を服用して低ナトリウム血病を引き起こしたため、人事不省になって病院に入院させて、意外にも数日後にまた朝食の牛乳を注入された後、牛乳が逆流して肺部に入ったため、吸入性肺炎を起こして、緊急にICU病棟に転入されてそして気管挿管の治療を受けた。

麻酔薬の効きが無くなって、彼女の父は徐々に甦っていて、最初は自分の口、鼻の調子が悪さに分からないで、それから口の所が塞がれているため話を口に出せないで、彼は無意識に手で鼻胃管を引いて、もちろん極めて大きな苦しみをも起こした。彼女と姉はすぐ父が引きとめていることを阻止して、しかも彼の耳の辺で彼に我慢しなさいと教えて、というのはすでに挿管の治療を受けたから。彼女の父は最初に驚いて大きく目を開いて一心不乱に聞いていて、自分の経験した治療のコースに分かった後に、すぐ気を落としたゴムまりのように力が抜けて動けなくなり、それから怒って両目をぴったり閉めて、二度と姉妹二人と話を話したくない。それからの数日が続いてそのように、ICU治療室の開放時間でさえあれば、彼らはきっと駆けつけたが、しかし彼女の父は目覚めしているかどうかにも拘らず、ずっと両目をぴったり閉めて頭をそばに傾いていて、彼らが彼のために、どんなに励ましたり、聞きやすい話をしたり、楽しく笑わせたりしても、彼は全然応対しなかった。

あの時の彼女は心がとても痛くて、父がもう人生の果てに歩いてつく事実を受けられるようになることを知っていて、しかし怒っているのは、家族がどうして彼を非常にこのように苦しく離れさせるのか。このように苦しく離れて、尊厳が少しもない。その時、彼女も何度も我慢できないで、激しく泣き叫んで蒼天を聞いて、どうして彼女の父がこの一生にキリスト教が固く信仰しているようで、ただ払ったり献上したりすることだけを知っている年上の好い人であり、こんなに苦しく臨終の過程を経験しなければならないか?どうして子女とする者は、心があるが、父の苦しみを何も分担することができないか。

彼女の父の主治医師は彼女に教えて、父が長年に糖尿病に罹っているから、体のそれぞれの器官と防疫機制はとっくにもうだめであり、肺炎の治療にはすでに最高な制限の抗生物質(抗生素)をあげたが、しかし肺炎の感染の情況がますます悪くなった。その時、彼女の父の心臓は17パーセントの効率しか残っていなく、他の人が応急手当をする時に強心剤が1針注射するが、しかし彼女の父は強心剤を点滴の中に入れて24時間連続して注射するのである。医者はさらに彼女に教えて、父に気管切開をやるつもりであるから、家族が早く同意書に署名しなさいと表した。その時、彼女は更に無邪気に、「それでは私の父はいつ家に帰ることができるか?」と聞いて、医者がとても平板に、「多分あまり機会がないであろう。何故かと言うと、彼が今生命を維持する心肺器具を離れることができないから。」と答えて、彼女はまた問い詰めて、「ICU治療室なら、泊まる日数の制限があるのではないか。」と言った。医者の少しも躊躇しないで彼女に、「あなたの父親は特例で、彼は他界まで泊まることができる。」と教えた。医者がこのように言ったことを耳にして、彼女はとても無力感が深刻であり、どのようにするべきであれば、彼女の父に苦しみを受けることを免れるのか。父に落ち着いて楽しんで彼の最後の人生を過ごさせることができるのか。

彼女の従妹は状況が分かった後で、すぐに彼女に電話が掛かって、何度も彼らの兄妹を、一名大能力を備えているチベット仏教の上師リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに行くように励ました。。その時の彼女は完全に信じなかったが、しかし一方では彼女の従妹がかなり誠意があって、一方は彼女は本当に父を助けることができる方法があるかどうかかを知っていないで、だから彼女の従妹がリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見することを申し込んでもらった。

2008年6月24日、彼女の一番目の兄はちょうど海外にいたので、彼女の二番目の兄、姉と自分は三人で一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。リンチェンドルジェ・リンポチェの接見を待っている間に、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェは大きい声で一人の信衆を叱って、「貴方ははっきりに自分が求めたい事を考えるだろう。出て行け、何を求める事をはっきりに考える後、また入って私に会えなさい。」彼女達は三人、リンチェンドルジェ・リンポチェの前に跪いて頂礼した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは親切で慈悲に彼女達に「何の用件ですか」と聞いた時、彼女の涙はすぐ止らなくて流れた。彼女は自分の涙はつらい思いではなくて、怖れもないのをはっきりに分かった。唯救いの神を探した事を分かった。彼女の二番目の兄は「リンチェンドルジェ・リンポチェにお願いして、我々の父を救って生かせる」と回答した。リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐに返事した。「貴方達の父は体は既に壊れたが、彼の命を救っても何か役に立つか」と回答した。その時彼女はぼんやりした。それは自分たちはまだ言ってないのに、何故リンチェンドルジェ・リンポチェは分かっただろう。しかし、彼女もすぐ先程拝謁した信衆はリンチェンドルジェ・リンポチェに叱られた事を思い出した。心の中にはっきりに分かったが、正しく求めれば、父を救える。だから、彼女はすぐ手を挙げて、急いで言った。「私は言います。私は言います。」リンチェンドルジェ・リンポチェは笑って、彼女に見た。「いいです。言いなさい。」と言った。彼女はその時涙を忘れて、熱心にリンチェンドルジェ・リンポチェに「リンチェンドルジェ・リンポチェにお願いして、父を救って苦しみを受けた事を免れる。」今まで彼女はまだ忘れていないが、リンチェンドルジェ・リンポチェは当時の顔がたっぷりの暖かみと慈悲である。また、彼女に、「このように求めれば、正しい。いいです。私は貴方の父親を救う。しかし、貴方達兄弟は始めて菜食して、施身法法会と日曜日の法会に参加しなさい。」と答えた。

彼女達は嘗て他の道場或いは神壇に行った事があって、彼女達はどんな事を求めても、一般的には彼女たちを要求して、少なくとも賽銭をあげるが、多いのは五万、十万、尚更に多くの費用を要求するかもしれない。諸神にお願いして、助けのお礼である。しかし、寶吉祥仏法センターは本当に最も特別な仏法センターである。それはリンチェンドルジェ・リンポチェは唯彼女達兄弟に菜食して、仏を学ぶだけ要求した。

彼女の父はICUに入院して数十日間、元々彼は病院に投薬した抗生物質に対して、僅かな反応でも持っていない。肺炎は相変わらず蔓延していた。しかし、彼女達はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した翌日から、彼女の父の肺炎は始めて明らかによくなった。彼女は父の顔色は一日より赤くて、精神も益々好くなった。彼女は本当に奇跡がある事を分かった。短い6日間に彼女の父は気管チューブを抜けて、あの大きい人工心肺装置を必要がない。自主呼吸、心臓拍動ができて、尚更にICUを離れて、普通病室に移された。彼女の父は普通病室に移された二日目、彼女はわざと主治医に訪ねて、彼に聞いた。「貴方は父がICUに死んだと言われたでしょうか。」医師は少し戸惑って言ったが、「悪いですが、私も解釈できない。」

実は彼女はわざと医師に屈辱を与えるわけではないが、唯此れは本当の奇跡である事を確認したかった。また4日間後、彼女の父は完全に回復して、健康で無事に退院して帰った。家を帰った後、彼女の父はまだ口が上手で明るい個性に戻った。体は前よりよくなって、人も精神があって、食欲もよくなった。彼女達は前にリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した時、リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て開示された。若し彼女達はリンチェンドルジェ・リンポチェに父を救う事を求めないなら、彼女の父は約旧暦9月に往生して、また医療の苦しみの苦難を受けた。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは父を救った後、彼女の父は逆に早めに此の世から離れた。しかし、苦しみを受ける必要がない。その時、彼女は父の健康な体、明るい精神を見ながら、多少にリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を疑った。それは彼女から見ると、父が当時の状況はまた二年や三年まで生きても問題が無いはず。

彼女の父は軍隊の生活の中に、ある司令官は嘗て力を尽くして彼の昇進の命令を抑えた。それで彼は失明して退役したとき、唯中佐に叙せられた。彼女の父は一生にこの上司に恨み骨髄に徹した。常に彼の肉を食べたり、血を飲めたりしたいほど憎みを抱いた。彼女は嘗て有る本から見たが、若し人は臨終する時、憎みを抱くと、三悪道に往生できる。何回も彼女は父を慰めて、憎みを手放す事を勧めた。彼に「人は既に死んだから、言い争い必要がない。」言った。しかし、思わなくて、父は「たとえ地獄に入っても彼に復讐するため、行きます。」と返事した。今回彼女の父は退院して家へ帰った後、ある日に主動的に彼女に言った。「私は彼を許して、憎みを抱かない。私の心はとても落ち着いた。」聞いた後、彼女はとても驚いた。結局リンチェンドルジェ・リンポチェは父の慧命さえ救った。

2008年8月10日、彼女の父親は眠りの中に落ち着くように往生して、口元にはまだ浅い微笑がかかっていた。一切はリンチェンドルジェ・リンポチェが申されたように彼女の父親は早めに行ったが痛みがなかった。2008念11月2日、彼女と姉さんと一緒に皈依して、リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子になった。皈依した後、彼女は母親に一緒に法会に参加すると積極的に励まし始めた。最初、彼女の母親は全く素食する決心がなかった。彼女も無理やりにしなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェの大摂受力を信じて全て決まっている。だから、彼女の母親は始め頃只施身法法会に参加して、一ヶ月後、彼女の母親は自然に全く素食してしまって、そうして固定に毎週日曜日の法会に参加し始めた。

彼女の母親はいつも膝の関節リウマチに苦しまれた。40年来、彼女の母親はもう少しで全省の病院、漢方名医と西洋名医を遍く見た。有効と言った者がいれば、例え民間療法或いはにせ医者でも彼女は全部受け取った。ある民間療法は最初本当に効いたが暫く後全部後遺症が出た。段々彼女の母親は殆どあきらめた。それは有る所謂特効薬の後遺症が殆ど彼女の体に難しく耐えさせないように重かったから。彼女の母親の膝は痛くて歩く時彼女と姉さんと両側で支える必要だ。行動が不便のため、普通の月曜日から金曜日まで彼女の母親は1人で家に座りしか出来ない、土、日曜日休暇の時家族ははじめて帰って彼女の伴になって、或いは彼女を連れて散歩に出た。だから、彼女の母親はいつも気が塞いで、しきりにため息をして、ある時気持ちが悪くて、同居の二番目の兄と兄嫁に困らせた。

2009年5月、定期的に法会に参加して何ヶ月後、彼女の母親は皈依を決心した。あの時、彼女の母親はまだ姉妹2人が支えて歩く必要で、長く座ると膝がさらに立ち上がれないほど痛かった。しかしある細かく観察する相弟子は彼女に母親の精神、顔色全部明らかに改善したと教えた。ある日、彼女と姉と一緒に母親を連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依するのを求めに行った。あの日まだ小雨で、彼女と姉と大変母親が転がるのを恐れて、母親をもっと強く支えた。リンチェンドルジェ・リンポチェの目の前に着て、彼女と姉と跪いて頂礼して、彼女の母親は膝の不便のため、只お辞儀した。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲で、優しく彼女らに何の願いかと聞いて、彼女の母親は:「私が皈依したい」と言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは何も喋らなくて只相変わらず優しく笑って仰った:「よい!申しころう!」彼女と姉と嬉しくてリンチェンドルジェ・リンポチェに頂礼して感謝した。母親は耳が重いのでリンチェンドルジェ・リンポチェが既に彼女の願いに承知したのをしかっり分からなかったので、そなまま無表情で突っ立っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは母が動かなくて立ったのを見て、申された:「まだ何か?」母親はやはりリンチェンドルジェ・リンポチェの話を聞き分からなくて、只悪くてリンチェンドルジェ・リンポチェに話した:「まあ!私が良く聞こえなかった。」リンチェンドルジェ・リンポチェが笑って、それに法器を取って、母親を加持した。リンチェンドルジェ・リンポチェが加持した後、彼女と姉と十分感恩して頂礼した。彼女の母親は大丈夫と思って、意外に彼女らを待たずに自分が回って外へ行った。

彼女と姉と頂礼して立ち上がって、鞄を取って外へ突進して母親を捜した時、ちょっと母親が驚いて隣ビルの階段の前に立って、「私はどう自分で階段を歩いたか?」と言ったのを見た。彼女の母親は酷い関節リウマチにかかったので、平地で歩くさえも支えが必要なのに、まして階段を上がる事、こんな膝を曲げることなんで。彼女の印象の中に、母親はすくなくとも10年以上、全て外力の支えで、はじめて階段の中に、苦しんで立ち上がったり降りだりして、現在只2階だが、既に彼女に驚かせただろう!その外に、彼女と姉も大変驚いた。常に母親は彼女らの支えがあってからはじめて歩く事が出来たのに、あの頃、思いがけに自分1人で軽やかに十数メートルを歩いた!彼女らの三人の母と娘は全部目を大きく覚めて、口を大きく見張って、ずっとリンチェンドルジェ・リンポチェの加持力が真に不思議だと叫んだ。

2009年8月、彼女は母と一緒に日本京都寶吉祥仏法センターの施身法法会と大文字祭の旅行イベントに申し込んで参加した。出発する前に、彼女達は空港で肺癌末期の兄弟子を知り合って、この兄弟子が彼女の母と同じように定年の小学校の教員で、二人が背景が似ているので易くて雑談した。彼女達はこの兄弟子が既に肺癌末期をしる時に、彼女と母が難しく信じていた。彼女は一寸痩せている以外、殆ど普通な人と同じである。彼女は、施身法法会が終わる後で、京都寶吉祥仏法センターが山の上で、皆が一段のとても長い下り坂を歩かなければならなくて、したの道で観光バスを集って乗ってホテルに帰ったと覚えていた。彼女は荷物があるのでより晩くて歩んで、然し、二人のお年寄りが健脚で、一人が肺癌末期の患者、一人がリューマチ性関節炎に罹った83歳のお婆さんで、二人は雑談しながら隊列の最も前で歩いた。彼女は「あなた達の二人若い者が少し晩くて歩いて、私を待ってね」とわざと言った。実は心の中にとても喜んで涙が落ちたかった。彼女は、母がリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依したので、運命が奇妙な変わって始める事を知っていた。

また、彼女も皆と彼女の叔父の妻が発生した事を分かちあった。彼女の叔父の妻も皈依弟子である。2009年2月の一回の日曜日の法会が終わった後で、オートバイを乗って帰る道で、乗用車にぶつかられた。その時、彼女は明らかに厳しい外傷がなっかたけれども、暫く休んだ後で、彼女が依然として、こっちに痛んで、あっちに痛んだ事を絶えず言っていた。医者さんは検査をしても何か結果が無かった。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェはある女衆の兄弟子に彼女の病状に関心する事を常に指示させて、その上、彼女に出来れ抱け早く帰って法会に参加する事を勧めた。その期間、リンチェンドルジェ・リンポチェは法席で「ただ法会に参加して加持があって、加護があった」と常に開示された事を覚えていた。

半年で休養した後、彼女の叔父の妻は彼女の車を乗って毎週の日曜日の法会に参加する事を始めた。しかし、毎回車の上で、彼女の叔父の妻は依然としてここが痛くてそこが痛い事をたえず文句を言っていて、さもなく彼女の息子、嫁、娘、娘婿で、甚だしきに至っては主人の様々な間違いをたえず文句を言っていた。奇妙的なのは、その期間、リンチェンドルジェ・リンポチェが法席で開示されたのは皆に因果を深く信じていて、その上、大懺悔心を発して、自分の身に一切な果報を受ける事を常に勧めていた。

ある日、台北寶吉祥仏法センターへの運転する途中、彼女の叔父の妻はまた彼方此方を責めて、最後、「おや!私達の家のその息子は本当に親孝行をしないで、私が交通事故が起きてから今まで、私の部屋に入って関心した事が無いで、私にどこか気持ちが悪いか、何か需要があるかと尋ねた事が無かった」と言った。彼女と母親は側に聞いてから息が合って何も話さなくて、彼女に慰めるか或いは彼女に文句を言わない事を話すかを真に知らなかった。

その日、彼女の叔父の妻はまだ同様に気持ちが気がふさいで加法会に参加しに来て、法会が終わりに接近する時、法席にいるリンチェンドルジェ・リンポチェが「息子はそなたの部屋に入ってそなたに関心してそなたに何か都合が良くなくて何か需要がある事を文句を言ってはいけない。実は、彼は真剣で勤めていて、お金を稼いで家に世話することをしたくて、両親に迷惑をくれないならば、いい息子で、親孝行する息子である」と急に仰った。その時、彼女は真に驚いたので何も言えなくて、何故リンチェンドルジェ・リンポチェの開示が現場にいるのようにのでしょうか?が、その日の開示は、彼女の叔父の妻はようやく聞き入れて、帰路するの車の上で、気持ちがとても明るくて、ここが痛くてそこか痛い事を再び言う事をしなかった。彼女は慈悲深くリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の叔父の妻に心の結び目を解いた事を助けてくれた。

この女の弟子は今日この機会を利用して、無比な誠意、誠実な心にてリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。彼女が信じていたのはこにょうな如法の大修行者がいないならば、彼女の父と母が異なる運命に向かって、子供とする彼女がただ何も出来ない苦痛の中で自ら抜け出す事が出来なかった。彼女も両親の犠牲奉献に感謝し、彼女に幸いがあってリンチェンドルジェ・リンポチェに縁を結ばれさせて、このような如法な大修行者が率いて再び人間として、その上、上師の絶えず開示と加持の下、自分の過去でした悪な行為、私利私欲、独りよがりなことを発見した。彼女は自分が人間とする事が無駄だと思っていて、如何に両親の恩徳、上師の恩徳に返す事が分からなくて、ただ上師の足どりにしっかりついていって、二心で上師の諭しを聞いた事をしなくて、常に自分の内在を検視して、過去の利己的さ、高慢を放して、ある日まで真に両親の恩徳、上師の恩徳に返す事が出来た。最後、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの身体が健康し、仏法事業が円満で栄えている事を祈っていた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは今日の法会が引き続き「心」を開示すると説かれた。これは仏経の特有な教法である。その他の宗教はすべて「心」を言っていないで、その故最後にはすべて主(神様)に自分を与えるとを求めるが、しかし最近仏教もこのような状況が現れ始めて、信者が自分が念仏したり仏像に礼拝したりすることさえあれば、何もしないで仏菩薩は彼らの問題を解決させ、病気を好転させると思っている。本当にもしこんなに簡単ならば、リンチェンドルジェ・リンポチェは率先して修行しない。何故かというと、リンチェンドルジェ・リンポチェの上師は尊勝なる直貢チェツァン法王であるから、それなら1日中直貢チェツァン法王に加持を求めるのでさえすればいい。しかし、たとえ、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に懇々と開示しても、そなた達は自分が何を修行しているかを信じないで、仏教はそなた達を教えて、上師の教導を通して、仏陀の教法を習う。更にそなた達に自分でも成仏まで修められる。

先程始めて懺悔した弟子はいくら話っても、自分は浄土へ往生するという発願を話しなかった。これから見ると、彼女はまだもっと長く生きたいという考えがあって、まだ自分の弟と妹を世話させたくて、彼達はよくなると望んだ。しかし、若し彼達は本当によくなると、彼女も離れたくない。そなた達はそうである。若し親族が悪い状況を見ると、自分は全ての苦しみを解脱したいと思って、といのうは、自分がそれで苦しみを受けたくないことを思っているから。若し親族は皆とても良いならば、かえって何か気に掛かる物があって放せない。仏を学ぶのは生死を解脱する事を発願しないと、どのように法会に参加しても、どんなに修めても無駄である。

そなた達は皈依した後に、自分がどの事がすべてしなくても、すべてはよくなると思わないでください。先ほど法会前に発露懺悔した女子弟子のように自分が皈依すればいい、何も起こらないと思っていて、しっかりに仏を習わない。若し皈依して全ての事を解決できるなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは既に直貢チェツァン法王に皈依したから、修める必要がない。苦労に閉関修行も要らない。実は皈依は唯そなた達に権利を与えて仏法を学んで、上師及び仏法に頼られるようにさせて、行なうのはそなた達自身であるから、そなた達は自分で修めれば、業を転じられる。

智慧を開くのは、ただ数日か数年か仏を学んで、すぐできるのではなくて、そなた達は自分が突然悟りを開くことができると思わないでください。お経には、釈迦牟尼仏が拈華微笑(ねんげみしょう)すると、大迦葉尊者は直ちに悟りを開いたと説かれたて、そなた達も六祖慧能が金剛経を耳にして直ちに見性できたことを聞いたことがあるが、しかしそなた達はこのような根器ではない。もし累世の修行がないならば、この世に悟りを開くのは口で言うほど簡単ではない。皈依した後、リンチェンドルジェ・リンポチェを頼んで、ポワ法を修められればいい、自分が修めなくても構わないとは思わないでください。リンチェンドルジェ・リンポチェはいつか離れるから、リンチェンドルジェ・リンポチェが成仏してから再びそなたを救えない限り待っている。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェの願力は「衆生は成仏しないと、私は成仏しない」であるから、衆生が全て成仏することは極めて長い時間なので、そなた達は待たない。

願力とはそなたが能力があって、できる時に行う事を承諾するのは願力である。阿弥陀仏が四十八願を発するのは、すでに仏の果位を証得した後、自分がやり遂げることができることを確定してから、はじめてこのような願を発するのである。そなた達は勝手に発願しないで、若し仏菩薩を真似して、発願して出来ないなら、不渡り小切手を出した。だから、《阿弥陀経》の中に最後衆生に伝えて、浄土へ往生する事を発願する。それはそなた達は必ず行える事であるため。そなたは誠に懺悔心を発して、五戒十善を行って、慈悲心及び菩提心を培養すれば、必ず浄土へ往生できる。仏菩薩の果位を修めないと、再び転生して衆生を救済する事を発願しない。リンチェンドルジェ・リンポチェは謙虚に自分がまだ菩薩のように行わないと言った。しかし、せめて既に菩薩の願を習って、行い始めたから。菩薩とは全て衆生を助けて、自分のため考えてない。だから慈悲の力がある。リンチェンドルジェ・リンポチェはある癌に罹った弟子を助けて、ほれ上がった腕にほれを取られた。つまり能力があって衆生を助けられる。そなた達は出来るか。

皈依とは具徳な上師に従って仏を習う事である。具徳な上師とは上師が持っているのは功徳であり、福徳ではない。功徳はそなたに生死を解脱するように助けられる。仏法は他の宗教と比べて極めて違うのは「功徳」を修めるとのことである。しかし、現在台湾人は仏を学ぶのは殆ど人天福報を修めるのに、功徳を修めていると思っている。福徳は来世に使うのしか出来なくて、此の世に使えない。500元を寄付すると、自分が善い事を行なうと思わないでください。隣の近所は募金に来れば、そなたは恥ずかしいから、数百元や一千元を寄付して、此れは全て仏を学ぶ事に関わらない。

自分が暫く読経して、仏に礼拝してからすぐ修め得て、自分が何かの神通があると思わないでください。具徳な上師に依止していないで、上師の教導に従って修行して、更に上師の確認を経るのではないならば、自分で思った成就はすべて偽せものである。どうして。仏法はあなた達にこの一世に生死を解除する事を教えるので、あなた達の人生経験はすべて累世とこの一世の貪嗔痴が累積して来るので、もちろん仏法と少しも関係しなくて、もし1名の経験がある上師はそなた達に仏を学ぶように促さなければ、そなた達がやったすべてはただ福徳であり、次の一世に使うことしかできなくて、功徳を修め得ることができなくて、あなた達のこの1世の業を転じて動かすことができるのは功徳だけである。

そなたがいかなる動作をして、いかなるひと言を言って、いかなる考えを起こして、全ては業力を産して、業は全て悪いとは言えないが、業は善業と悪業に分けられて、我々に引き続き輪廻させる力でさえあれば、業と総称する。そなた達は今日したすべてはただほんの少しの福報を累積して、この小さな福報はこの一世に使うことができなくて、そなた達に累世の業を転じることに手伝うことができなくて、そなたが障碍に遭った時に助けられなくて、功徳しか業を転じられない。具徳な上師に皈依して、障碍に遭った時に上、師は自分の功徳でそなたを助けて妨げる。若し浄土へ往生する事を発願せず、唯平安や健康を求めれば、そなたが二度と来ないと頼んで、上師の体力を浪費しないで。

仏を拝んで真言を唱えて護法を修めたら無事だと思わないでください。そなた達も宜蘭の寺は今回の風災に襲われて倒れて、中にいる出家者は全て亡くなった事を見たことがあるだろう。更に此れは凄く歴史がある寺で新しいのではない。理論的には仏像がある所はこの事に遭った事がないはずであった。何故起こったのか。仏は霊験しないだろうか。仏は霊験しないのではない。自分がまだ若くて、時間がまだあって、仏を学ぶのはゆっくりとすることができると思わないでください、今度の倒れた仏寺の中で、ある遭難者はただ4歳の子供であり、そなた達は無常がいつでも来ることを信じない。自分の子供がまだ幼いから、彼に生死を解脱する観念を教えるのが早すぎると思わないでください、このような考えがある人は無常を信じない。子供はもし小さい時から生死を解脱する観念があれば、彼はまた言うことを聞いてくれないか。もし両親の話を聞いてくれないと、親孝行ではない人は生死を解脱することがあり得ないので、仏を学ぶのは子供に彼が再び悪事をやる勇気がないように知らせた。

何故今回の台風は東部でこんなに大きな災害を起したか。仏経に載せてあり:山には山神、地には地母、樹には樹神、水には水神がいる。我らがこの土地の上に安らかに暮らし、楽しく仕事に励むことが出来るのは、全て地母が鎮圧して保護しているのである。しかし、近年人類が絶えずに殺生し、伐採し、環境を破壊することは、山神を怒らせた、それで天災が終始起こられている。そなた達がバーベキューする味と煙は、山に住んでいる山神と竜に病気に罹らせて、そのゆえ彼らに腹を立たせた。特に台湾の人は、いつからは知らず、中秋節になると焼き肉する。歴史から見ると、中秋節に焼き肉をする事を言ったことがない。特に環境保護の角度から見たら、バーベキューは環境の破壊に対してとても酷かった、排出された排気ガスは地球に対して大変悪い影響を齎している。科学研究により、台湾は全世界で温度上がるのが一番速い地域であり、終日焼き肉した後の排気ガスが空気を汚染したから。

現在ひいてある者は中秋節外の日さえもバーベキューしていて、そなたがただ側で見たら、あなたと関係ないと思わないでください、参与さえすれば共通の業報があり、悪事を行なった共業もあるし、善を行なった共業もある。そなた達は焼肉しながら、歌ったり踊って、皆が寄り合ったのは団欒、天倫之楽だと思ったが、実はバーベキューをしている時に極めて退屈なことである。皆は詰まらなくやる事が探し出せないのであるか。また、ある者は子供を連れて食べに行って、栄養のため沢山肉を食べた方が良いと思った、実は焼肉用の肉は全部一番下品と知らなかった。と言うのは、いい肉は焼きに使わないであろうか。お経には、そなたが半斤を食べて、それから8両を返さなければならないと説かれた。肉を食べて返す必要はないと思っていますか。この一生に肉を焼いたことさえあれば、きっと予想外の意外があって、まだ出て発露懺悔しないか。最近は 最近ある女弟子が交通事故で転んで負傷して、もともとはベッドの上で横たわって動けなかったがはい リンチェンドルジェ・リンポチェが加持した後にやっと彼女が車椅子に座ることができる。この弟子がリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れに来た、自分がどこか間違ったかまだ知らなくて、不注意で引き起こしたと思った、自分が皈依した後まだ肉料理を作って他人に食べさせたのは破戒したと知らなかった、それで事故が発生した、まだ懺悔することを知らない。

そなた達は全部因果を信じない、そなた達に仏を信じるかどうかを聞くと、そなた達は全部信じると答えて、そなたに因果を信じるかどうかを聞いたら、そなた達も信じると言ったが、終日殺生しているばかり、現在者はまた遊びながら食べているのが好きである。今回の風災の中に、どうして蘇花公路が崩れたか?何故かと言うと、これは皆が旅行するとすべてまず蘇澳へ行って海の珍味を食べてからまた花蓮へ行くのであるから。こんな行為は山神を怒らせた、なぜ1本道を築いてかえってそなた達にこの道を利用して衆生を殺害させたか?だから公路が崩れようとした。嘗てこのような事をして、どこかに遊びに行ってあちこち食べた者はすべて懺悔しなければならない。

そなた達は若い時は生活をよく享受すると思わない、自分が因果を信じると言われたが、理由を探して、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの件を行えないと言わなかったと思う。今自分を放任して福報を使い終ってしまったら、老けると、歩けず医療の苦しみを受けて、何処でも行けない。若いとは将来の日々はまだ長いとは限らないが、いつか死ぬかまだ分からない。現在多くの子供は幼い頃に亡くなった。だから、時間を把握して仏を学ぶ必要が有る。そなた達は一日中にぶらぶらしているのが好き、リンチェンドルジェ・リンポチェにとって、買い物してもぶらぶらしてあちこちを見ない、買う必要があれば買いに行って、買って終わると帰る。ある女はショッピングすることがすき、これこそ欲望が重いのである、必ず買い物するとは限られないが、見て、手で触れば、喜んでいる。この行為は即ち、自分の貪欲を放任するのである。ある者は大学時代から買いたい物があったがずっと我慢して今買っても過ちとも言えないが、これも全て欲望である。リンチェンドルジェ・リンポチェは若い頃まだ仏を学ばなくてもこのように時間を無駄にしない、買いたい物を買えば、すぐ離れて、ぶらぶらしなかった。更に若い時に全部の時間を用いて、如何なる人生の経験と学問を蓄積して、今後社会を出て生活上の必要とした。

人生は唯成長、仕事、結婚、子供を育てる事だろう。若しそうであれば、人間は動物と同じだ。子女は大人になって結婚した後、そなたはまた孫が大人に成る事を見たい。だから、中々決心して仏を学べない。自分が若いから、発願して生死を解脱する必要がなくて、自分はもう少し時間をかけて遊んだ後仏を学ぶ事を思わない。若しそなた達は自分を放任すれば、上師はそなたを見捨てて、同時に上師に与えられた加持力も止る。

また、ある皈依弟子は何回もリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを受けた後、現在家庭の要因なので、仏を学べないと言った。他のもう一人の女弟子は元々足は間もなく骨折したのに、今は足は治った。同じで家庭の要因なので来られないと言われた、この女弟子は結婚せず、恋人もないが、家庭の要因が無いはず。彼女達は完全に上師と仏菩薩を利用して、決心して仏を学ばない。だから、大きい仏を学ぶ障碍がある。昨日ある信者はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。自分はいつも病気に罹っていたのに病因を見つけないと言った、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に病気に罹る原因を知らせて、また素食をさせると言った。結局彼は目玉が二回をまわしてから立ち上がって頭を回って行ってしまった。リンチェンドルジェ・リンポチェは感嘆したが、たとえそなたは医師に診察されても、医師は指示した処方は体のために菜食をすると、そなた達も従わなければならない。つまり仏経に述べてあり、衆生を済度するのは難しい!

今回風災の中に往生した者は即ち非時で死亡したのである。誰でも所謂時沖、日沖、月沖、年沖がある。宇宙の惑星の変動は地球に影響して地殻の変動、地震、気候の変化が起こって、また天災が発生した。リンチェンドルジェ・リンポチェは2009年既に2010年にとても酷い水害があり、土砂降りの雨だと予言した。また皆に提示して、今年山側や水側を遠く離れる。科学者も確かにこの数年間に宇宙の中に多くの惑星が変化を発生した事を観察した。なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェのような大修行者は事前に見えて、そなた達は見えないか。それはリンチェンドルジェ・リンポチェは因果を深く信じるが、そなた達は信じない。

多くの人は毎日悪を行っているのに、懺悔を分からない。それは彼はこのような事は法律に規範される悪と思わない。だから、自分は間違いではない。しかし、実は彼達は法律とは唯地方の需要に満たして、地域性がある制限的な規範であり、因果のように全宇宙でも適用されるとは分からない。ある人は自分が分からないから、間違いを犯したので、懺悔は必要がないと弁解した。しかし、何故リンチェンドルジェ・リンポチェは今まで聞いた事がないのに、間違いを起さないだろう。

ある者は仏を学んだ後寿命が長くになったみたい、それは仏を学ぶことでそなたに寿命が延びる事が出来ない、そなたは元来このような長い寿命があった、仏を学んだから再び悪業を作らなくて、従来あった寿命が表れたのである。そなたが肉を一口食べて、衆生を殺害さえすればそなたの寿命はいつも減少している。仏はそなた達に寿命を与えられないが、自分は菜食、皈依、法会に参加して、仏経を唱えたなどから、自分の病状が始めてよくになって、自分が既に修めた事を思わない。仏はそなたを助けて学仏することはそなたに寿命が延びる事が出来ない。善を行う事もそなたに寿命が延びる事が出来ない。そなたは極めて多い善を行わないと出来ない。仏を学びのはそなたにお金を有らせるかどうかのではなく、これはすべてそなたの過去の福報に関わり、仏を学ぶこととは関係ない。

今回の10月3日の阿弥陀仏大超度法会には、有る信衆は韓国ウォンと知らない通貨の小銭を供養箱を入れて、皆はリンチェンドルジェ・リンポチェが大法会の供養金を全数を寄付することをはっきりに分かったのに、そうすればリンチェンドルジェ・リンポチェが如何に両替しているのであろうか?これは供養する心がなくて、自分が使わない物をリンチェンドルジェ・リンポチェに勝手にあげた。嘗て、ある人はお酒の割引券とカラオケの割引券をリンチェンドルジェ・リンポチェに供養した。また有るの人も発票(領収書)を供養して、リンチェンドルジェ・リンポチェが基金会なので発票によりお金を稼ぐ事が出来る事と思っていて、基金会は多くの人を雇用して発票を確認したが、まさか既に63歳のリンチェンドルジェ・リンポチェは発票を確認させるだろうか。真に供養は自分が最も大切な物にて与え、自分が使わず、要らない物ではない。この心は完全に供養ではない。

昨日、ある男の弟子は父が往生したので、始めてリンチェンドルジェ・リンポチェに供養して、リンチェンドルジェ・リンポチェにポワ法を修めて彼の父親に済度してもらうように求めた。ポワ法はそなた達が求めれば得る事ではない、死者が必ず大福報があれば得られる。チベットの伝統により、若し家族には誰かが間もなく往生すれば、家族が家の中に最も良い物を供養として与えて、仏寺からあるリンポチェに迎えて家に暫く住んでいて、そうすれば、毎日にこのリンポチェに供養する機会があって、その上、リンポチェも毎日に臨終者を助けて修法をした。亡者に因縁、福報を具えて、ポワ法を得られる。人が往生してポワ法は円満に終わった後、家族が再度最も良いものを供養して、リンポチェに仏寺に送った。

リンチェンドルジェ・リンポチェは既にそなた達のため、多くの事を抜けた。リンチェンドルジェ・リンポチェの修行証量によって、そなた達がこのように迎える事が要らない。それはリンチェンドルジェ・リンポチェが死者の側に修法する必要がない。リンチェンドルジェ・リンポチェはインドにポワ法を修めて、亡者の遺体が台湾に居ても、法を修めて完了すると、同じように死者の頭の上に穴を開ける事が出来た。この弟子は父を済度する事を求めて来た時、リンチェンドルジェ・リンポチェに彼の父が中国から来た事を知らせなかった。然し、リンチェンドルジェ・リンポチェは法を修めると、彼の父の神識が中国の実家に戻った事を分かった。この弟子は普通に供養を惜しんで、父親が往生するまで、始めて供養をする事を思いだした。亡者のためにポワ法を得る福報を累積する事は間に合わなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは今までどの弟子は本省人やどの弟子は外省人を分からない。実はこの世代の台湾人はもはや外省人と本省人を区別しないが、皆はミックス省人なので区別する必要がない。

そなた達は総て同じように、両親が往生してから、何かを供養として持ってくる事を思っている。そなた達は教えに従わないなら、上師の加持を切れた。然し、教えに従わない弟子に出会っても、リンチェンドルジェ・リンポチェが父のように自分子供を慈しむように、方法を考えて尽くして、弟子達のために機会を作って因縁福報を累積させた。先に報告した弟子のように、彼女達は通常に自分が残った物をリンチェンドルジェ・リンポチェに供養していた、彼女達は供養したくない、亡者は福報がないから、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女達の父にポワ法を修められない。彼女達の父に福報を累積してポワ法を得させる為に、彼女達に道場で大礼拝をさせた。

先、発露懺悔して、乳癌に罹った女の弟子は真に懺悔しなかった。彼女はただとても喜んで、自分がガンに罹ったが、大能力の上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依したので、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持により自分の苦しみを除いた。彼女の殺生の悪業がこのような重いにより、十八層地獄に百回に堕ちても可笑しくない。まだ懺悔をする事を分からないだろうか。仏菩薩、上師は彼女に時間を与えて、長短にも拘らず、彼女に人生を楽しませる事ではなく、彼女に時間を与えて、仏を学ばせて、仏に礼拝して、機会があって福報を累積させて、初めてポワ法を得られて浄土に往生する事が出来る。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの加持を受けた後、何故手は痛くないだろうか?何故手の腫脹は消えただろう?それはリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を助けて、業障を除いて、彼女の体内の癌細胞にしばらく彼女に仏を学ぶ事を妨げなう。然し、これから彼女は自分に頼って、行わなければならない。

若し往生する時、阿弥陀仏の仏号を唱えれば、浄土を往生できる。《阿弥陀経》、《無量寿経》、《観無量寿経》には様々な浄土を往生する条件を説かなかった。だから、《阿弥陀経》の中に、最後衆生に知らせて、浄土を往生する事を発願しなければならない。それはそなた達は必ず行える事である。阿弥陀経にはこの五濁悪世の中に、世間は阿弥陀仏の法門は生死を解脱できる事を難しく信じさせない。皆阿弥陀仏を信じないとは言えないが、唯この法門に頼って、浄土に行ける事を信じない。そなた達は経を唱えて、仏を拝んで唱えれば済度できると思わない。またある者は亡者に助念すれば、亡者を助けて、浄土へ行けると思わない。そなた達は今行ったのは全て福報を累積するだけ。功徳があれば浄土へ往生できる。例えば、そなた達はある所へ行きたいなら、切符を買う金が必要だ。若し誰に頼みたいなら、この人は切符を買う金があるかどうかを決める。助念は唯亡者に阿弥陀仏の方向を伝えるから、彼を行かせない。しかし、金剛乗の修行者はポワ法を修める事を通して、つまり、修行者は既に行った事があって、更にお金があって、亡者を助けて切符を買って搭乗させて、自ら阿弥陀仏浄土へ連れる。ポワ法で済度する修行者は因果を信じるから。若し因果を深く信じないと出来ない。

今日リンチェンドルジェ・リンポチェは皆にガムポパ大師が開示された内容を教えた。そなた達はガムポパ大師の「心」の説法は口訣として、しっかりに心の中に覚える。そなた達は今まだ理解できず、体得できないとは言え、そなた達は心性を証した時、開示された境界を対照できて、体得できる。現在そなた達はまだその境界を達していないから、如何なる解釈してもそなた達も分からない。

ガムポパ大師は開示されたが、「心の体性は非有であり、非無であり。非常であり、非断ちである。同時に有無、常を断つ事を離れ、二辺を離れる中道でもない。」此処に言われた心は心臓ではなく、恋の心でもなく、「心想事成」(心に想う事が成就する)の心ではない。宇宙万象の本質であり、仏教に於いて特有な修行である。地球の人類の全て文化の中に心を論議する事が無い。それは心は形状、重量もなくて、機器を使っても見えなくて、測らない。推理や哲学を使っても検討できない。今日皆に教えた事はまだ理論であり、そなた達に方法を知らせない。だから、家へ帰って自分が坐禅して、はっきりに自分の心を見えたい事をしない、此れは作用がない。

釈迦牟尼仏は《大蔵経》、《寶積経》に心に関わる内容を多く説いた。多くの仏法の内容も心を述べた。ガムポパ大師は心の体性を次の言葉で濃縮した。「心は非有であり、非無であり。非常であり、非断ちである。それも二辺を離れる中道であらない。」《大蔵経》、《大般若経》には全て言い及んだ、釈迦牟尼仏が12年をかかって般若を説明されて即ち心である。釈迦牟尼仏が亡くなった後、世間の人は「有部」と「空部」のために争って、龍樹菩薩は釈迦牟尼仏が説いた《寶積経》によって、中観論を書かれたまで。論は理論で、修行の方法ではない。中観とは真ん中に立って、両側、前後、上下などを見ないのであらない。「中」とは偏頗せず、執着しない心で、世間の現象に執着しなく、一切は全て因果である。観は目で見るのではなく、般若、知恵で宇宙に全ての現象を見る。凡夫の目或いは意識、経験法則で物事を見るではない。中観では心の相はあるが、体性は空性である。空とは世の中に全ての現象が全部因縁によって生じて、いつも変更して永遠に存在するのではなく、それの本質は空性だ。中道は中観のもう一つの言い方である。

「有」と言うのは有りに執着して、全ての事物が永久存在する事に執着との表われだ。しかし、なにも存在しない、何も要らないともいえない。さもないと執空、頑空になる。《金剛経》の中に説いたように、見るのを求めることに執着するのは全部邪見だ。但し、一切を偽と見るのでもなく、坊間では信者に仏を学ぶには放空をである。
しかし心臓が動いていて、呼吸していて、腹が空いたのに、どのように空であるのか。このような言い方は「頑空」である。空はないのではなくて、世間の万物は全て縁により生んで、縁により消えるので、すべては無常であり、いつでも変わって、唯一不変なのは心性である。この「我」は最も重要だと思わない。仏は不断に我々に教えて、「我」の存在がない。そなた達が思った「我」は唯因果の業報身であり、そなたに遭った全て事は業力の顕現である。業報は全て報うと、そなたは此の世から離れる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て英語の記事を見た。人の体の元素例えば鉄、カルシウム、亜鉛など元素を分解してから、其の重量を測ると、実はかなり軽い。
科学でも証明したが、全ての衆生は取り組み元素が全て同じで只鉄かカルシウムか少し多かったかも。此れも仏経に説かれたのは仏と衆生の本質は全て同じで平等で、その故で、リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生のためにポワ法を修めるのが出来た。ポワ法を修める時、リンチェンドルジェ・リンポチェと亡者の心の体性は同じで、それでリンチェンドルジェ・リンポチェがはじめて自分の福報を衆生にあげて、亡者に執着するのを助けて、浄土へ往生する。これは仏経に「同体大悲」とある。

仏は3,000年前に顕微鏡など科学器具がない時代、《寶積経》に既に人の腸に数億万の細菌がある事を説かれた。目、眉、眉毛、首の中に全ては虫がある。古代には細菌という名詞がないのに、何故仏は分かっただろう。此れは仏は知恵で観したから。また、現在科学もこれ等の所に皮膚の毛嚢の中に寄生虫があると証明した。それでそなたがどのように清潔しても相変わらず綺麗いに清潔できない。そなた達は多くの水や石鹸で洗浄しても尚更に多くの寄生虫が生じる。1人医者弟子が証明した、人体は消化器系より口鼻まで確かに億以上の益生菌がある。これ等の益生菌の助けがなければ、食物を消化、分解して、我らの胃腸に吸収させ出来ない。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、釈迦牟尼仏は何故このような事を話しただろう。必ず無意義ではない。仏が説かれた事は全て我々に助けがあって、意義がない事を話さないから。

私の自身は仏を習って仏を拝んだ事を思わない。数えられない細菌は我々と一緒に生きている。衆生を助けるために、先にそなたは身の上の細菌を助ける。細菌は科学で完全な生命体を認めないけど、仏法から見ると、六道の中にのどの有情衆でも無情衆でもひいては一個石でも全ては仏性があって、我々は彼を済度して利益しなければならない。これから見ると、この体は自分の物ではないだろう。こんなに多くの衆生は我々の体にあるのに、なぜリンチェンドルジェ・リンポチェはあの癌にかかった女弟子に浄土へ往生するように発願するのを勧めたか?それは彼女が発願すると、彼女の体内の衆生も彼女が本気かどうか分かって、はじめて彼女に仏を学ぶ時間をやって、彼女が修め得ると彼女の体内の衆生も恵みを受けることが出来た。若し行者は輪廻を解脱して済度を得れば、体内の衆生も一緒に済度される。それでもう利己的な考えがあらない。我々は仏法を習う事を通して、先に体内の無数な衆生に利益するべきだ。それより、仏法は最先端の科技であり、科学より科学である。

ある女信者は法会の中に膝を抱き込んで、リンチェンドルジェ・リンポチェは現場で彼女を指摘した、それに開示された、普通リンチェンドルジェ・リンポチェにこの挙動を指摘された者は、以後もう法会に来なくなる。彼女は只講演を聞きに来て自分と関係ないと思って、三宝に恭しい心はなかった、リンチェンドルジェ・リンポチェが高齢で始めから全て胡坐をかけた姿勢で皆に無料で法を申された、彼女はこの点によって多少尊重するべきである。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に正座するとお金が貰えると言えば、信じてくれ、彼女は是非膝を抱き込むのをしない。それより、彼女が不集中するのが見える、例え、本当に集中すれば、足のだるくなったことに注意されて動きたいはずはなかった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは2010年10月03日の大法会の中に半時間以上甘露水を撒き散らした。リンチェンドルジェ・リンポチェは脊椎側湾症で、頸椎錯位、また右肩の関節に軟骨がないとの身体情況によって出来るわけがない。そなた達はお代わりにして5分程撒き散らしたら、手が挙げなくなってしまった。なぜリンチェンドルジェ・リンポチェが出来たか?それはリンチェンドルジェ・リンポチェが「同体大悲」が出来て、衆生相を破って、自身と衆生と区別をしない、衆生の苦しみを集中して、衆生の苦しみを見た。リンチェンドルジェ・リンポチェは当事者より一層苦しかった。そなたが衆生の苦しみを集中するのが出来るとやっとそなたの身体にの少し痛めも耐えられる。少し苦しみも耐えない者はどう慈悲を修めるか?寶吉祥漢方醫学診療所の医者弟子は大法会が終わった後リンチェンドルジェ・リンポチェに多くとも1分間位マッサジーした。一般な者なら少なくともてくれた少なくとも3か5日間で手が全て力がなくて、また炎症を起こして一週間で動けなくなったかもしれない。リンチェンドルジェ・リンポチェはかえって法会が終った1時間後、箸を持って料理をはさむことが出来た。あんなに早く直したのは集中と慈悲の力のためである。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て数回申された、慈悲は全宇宙に一番大きいの力だ。

今回風災の中に、被害された台湾籍の旅客は救援人員が先大陸旅客を救ってから台湾旅客を助けることに対して十分不満と感じた。先ず、仏法を言わず、儒家思想にも自分の利益を度外視して人を助けると説いた。自分が既に救われたのに、まだ嬉しくないなんでこんな考え方はとても良くない。リンチェンドルジェ・リンポチェは相手が大陸人のため偏頗するのではなく、この点より台湾人がこんな考え方が恐れではなく、怖いではなく、本当にますます利己的に変わったのを分かった。なぜこのようになったか?これは多勢の政客がたびたび両岸の差異を唱導して、沢山民衆に従来身に付いた慈悲心も失わせた。これよると、そなた達は話をする時非常に気をつかなければならない。そなたは自分の話が他人にどんな影響されたか分からないのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは如何なる政党かに代言して支持する事をしない、ただ世事の発展の因果を見る。甘い話を言う人は信頼できない人である。若し真に大衆の為に働いて、社会に利益する人とは、どんな政党にしても我々が支持を与えるはずである。若し毎日に批評して、社会に利益がない人であれば、どんな政党にしても、我々は彼を選んではいけない。

世間には「意外」の事がない、そなたの身に総ての発生した事が自分が作ってきたのである。何故皆は同じな車で共同で死んで、必ず過去世或はこの世に共同で良くない悪業をした事があり、だから、皆がこの共の悪業に居た。若しそなた達は過去に悪をした事がない、他人が悪をする時には心の中に賛嘆の心を生じないなら、そなたは災難の中にいても、そなたは絶対にこの悪業に入られる事が出来ない。だから、仏は我々に随喜を教えて、随喜とは他人がおひねりが幾らを供養するかを問い合わせてから随喜にて回答する事ではない、これは随意で随喜ではない。他人が良い事をしたら、我々の心に賛嘆の心を生じるなら随喜のである。

仏経にはある「三十三天」を仰った事があり、それは天が三十三階を分ける事ではない、その時には有る人を創始して、他の三十二人を探して一緒に仏寺と舎利塔を築いて、この三十三人がその故にこの共の善業に居て、だから、その後に一緒に天道に往生して行って、三十三天と呼ばれている。随喜の功徳が極めて大きくて、随悪の結果も極めて厳重である。この中に参与して一緒にする事含める事と思ってはいけない、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの前、ある弟子の父を済度した時、彼女の父の身の後にある豚が居て、然し、彼女の父が豚を殺した事がない、原因は彼が側に立て他人が豚を殺す事を見ながら、拍手して喝采して、これは随悪で、殺業の悪報がある。

ガムポパ大師は、心の体性が互いに続けて断らない、破れても壊れる事が出来ない、切っても断つことが出来ない、修正が出来ても変わる事が出来ない。今日、リンチェンドルジェ・リンポチェは心の体性を開示されて、そなた達にとって極めて深くて、その上難しいかもしれない。然し、リンチェンドルジェ・リンポチェがやはり開示しなければならない。将来そなた達は真に修行して開悟までが出来る時、このいくつの話は最も重要な時に作用を発揮していて、そなた達の心の作用を体得させられる。

ある者は常に自分が既に修め得た、仏菩薩が現れるのが見えたと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは仰った:終日自分が他人とどの同じではないか現れないで、言い過ぎると他人はそなたを神経病として病院に運んで行く。医院へ行くと大変わよ、電療されるかもしれない。この一生に電撃された者はこの一生がしまい、来世もしまい。《金剛経》には言い及んだ、音で我を求めて、色相で我を見れば全て邪見邪說である。

一部の人々が仏を学ぶのは自分を助けて性格を変えて、落ち着かせる事が出来た。実は、性格が良いかどうか、躾と修養に関して、仏法ではなかった。そなた達は性格を変える或いは落ち着くのは心理の医者を頼めばいい、仏が学ぶ必要が無かった。仏法はこれらの内容を説くのではなくて、そなた達の性格、人情義理の方式がそなたの家庭、学校、社会の道徳教育と関係があって、そなた達の貪瞋痴の欲望と関係がある。一部の人々は用事があった時に心理士を見に行って、こうすれば自分にとって本当に役に立つと思ったか。実は、ある数年で医者を務める弟子は「実は心理士が役に立つかどうかとても不確定である、しかし、非常に確定するのは  人がいかに打算しても天には勝てなくて,天よりリンチェンドルジェ・リンポチェの方は勝である。このお金を1人具徳上師リンチェンドルジェ・リンポチェに供養した方が良いである。」と話した。

世の中に、全ての事は縁により生じて、縁により消えて、永遠のではなくて、絶えず変動して行って、心が自性がある以外、因縁法により来るのではなくて、宇宙の全ての一切が因縁合和で、全ての法は有為法で自性がある事ではなかった。そなた達は現在何故心の存在を感じられないだろう。それは貪瞋痴に蔽われ分けで、仏法を学んで心を開発しなければならなかった。

ガンポバ大師の開示は「全ての時間に、心の体性は行ってくる事が無くて、また、三時で続けて絶えないで、だから『斬るけれども止まれない』と呼ばれた」のである。何故心の体性は「斬られるけれども止まれない」でしょうか?これは心が時間の観念がないわけで、意識で過去、現在、未来の分別を作ったわけである。『金剛経』には曰く「無寿者相」とは、心の体性が互いに持っていて続けて、所謂時間と距離の分別が無かった。これはそなたたちに時間観念がいらなくて、仕事をして時間に従わない事ではない、ここに説く時間は、過去、現在と未来とは分別ではなかった、同時発生して、ただ人の心の分別の故に、区隔があって、時間とは実は作られたものである。科学者は既に証明し、宇宙の太空の中に時間がないで、天体で天体の回す事があるので時間があって始めた。また、全ての天体の自転と公転の時間が異なった。もし宇宙には太陽の上がって下ろする事と四季の変化が見えないならば、そなたたちは時間を感じられるのでしょうか?例を挙げて、宇宙で地球を見て、同じ時間で地球の昼夜の変化を見えて、然し、地球で24時間を経てから昼夜の変化を見て始めた。我々は光年にて天体の間の距離を説明するが、所謂光年とは同様に人々に分別して得る。

三世仏がいるけれども、そなた達に仏法を教導する場合に、現在と過去と未来を説いて、しかし、実は仏菩薩に対して時間が存在しなくて、現在と過去と未来を分けた事が無いで、過去或いは未来が無いで、ただ現在があって、だからそなた達の過去或いは未来の多くの事を知られて、これは仏菩薩の心が不動で、動いて分別するのがそなた達である。何故リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達の事を知っているか?これも心が不動である。密乗の修行者は何故そなた達の過去、現在と未来を見られて、神通がある事ではないし、これはすでに「報身」と「法身」を認められて、仏菩薩の境界に入られるのである。神通と智慧が同じくない、神通はそなたが変化できる能力で、智慧とは「見性」の力で、智慧により宇宙の一切の真実相を見られる。何故仏は衆生の過去、現在、未来千万世の事を知られるのでしょうか?これは智慧を啓く事を修め得て、宇宙の中に存在している様々な状況を理解してはっきり知られた。討論の方式により討論すれば混乱するほどになって、更に、心の体性がもっと理解出来なかった。

ガンポバ大師の開示は「心の体性は有為和合の産物ではないので、本元、本始、本初で本来自ずから存在していて、だから、『破られるけれども壊させられない』と呼ばれて、同時に、心の体性がある形、色にならなくて、ある実際な品物と様相にならないので、『妨げられるけれども止ませられない』と呼ばれた。

心の体性は「止まられるけれども止める事が出来ない」で、リンチェンドルジェ・リンポチェのように時間と空間の区隔を破られて、人間がインドにいても、2千キロメートルの台湾にいた死者にポワ法を修められて、死者の頭蓋骨にある穴を打つ事が出来た。リンチェンドルジェ・リンポチェがインドで円満な修法してから、台湾の死者がすぐにポワ法の円満な瑞相が現れて、これは『金剛経』と曰く無寿者相である。何故リンチェンドルジェ・リンポチェは死者の事を知られるか?これはリンチェンドルジェ・リンポチェは衆生にポワ法を修める時に、自分の事がない、自分は完全に衆生と同じ、これは「無衆生相」である。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分と死者を分けないで、リンチェンドルジェ・リンポチェの心が清浄で、死者の心の本質も清浄で、ただ、業力があって、両者が一体で、これは「同体大悲」である。何故リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたに加持されてそなたに腫れを消して痛くならせないで、これはリンチェンドルジェ・リンポチェはすでに心の作用がはっきり知っているわけで、明心の力を修めて、少しの心の能力が遣り遂げて、見性の力により衆生に助けくれた。

心の力はとても大きいで、例えば、尊き直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェは師徒弟の心は緊密で、偶に、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王を思ったばかりに直貢チェツァン法王からの電話が来て、「私を訪ねるか」と仰った。直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェを思った時もリンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に連絡した。そなた達は明心が修める前に、心の力が如何になる事が絶対に上師の加持と教導によらなければならなくて、如実に仏を学んで修行して行った。祖師ジッテン・サムゴンの時代に、一万二千人の修行者がここであそこのところで飛ぶ事が出来て、これは彼らが心の力が既に開発した。これは神話ではなくて、ただそなた達の心の力が開発する事が出来るなら、すべての人々が遣り遂げた。

この前、ある弟子の父が往生して、大福報があってリンチェンドルジェ・リンポチェが殊勝なポワ法を修めて浄土に行けた。リンチェンドルジェ・リンポチェが修法した時には、呂祖が死者に率いてきた事を見て、本来、死者の生前に道教を修めた事があると思いきや、その後家族に確認して、死者の子供の時には呂祖の養子になった事がある。呂祖は道教には「大羅金仙」の果位を修めて得て、これもすでに道教に極めて高い境界で、身体を離れて仏を修めてから今までには済度の能力もない。死者は呂洞賓に養子になった事があるので、呂祖が彼にずっと保護して、しかし、彼に済度させる能力がないので、彼に率いてリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来た。

リンチェンドルジェ・リンポチェはここに開示して、参列の皆がぼうっとする事に陥るかどうかを尋ねて、そして、ある男の弟子にまた聞いていけるかどうかを尋ねた。この弟子は自分がぼうっとする事がない、またリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞いていける事が出来て、その上、リンチェンドルジェ・リンポチェが開示させた内容は、彼がリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した前に、かつて他の道場に学んだ事があるが、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の実際な修行経験にて開示させて、内容はいっそうに素晴らしい。

リンチェンドルジェ・リンポチェは続けて開示された。所謂具徳の上師は自分の修行の経験により弟子に教導する事が出来で、表面的な言語、文字で教導する事ではなかった。仏法は「分かる」と言わないで、「悟る」を言った。多くの顕教を学んで、チベット仏教の人々は「縁起性空」を聞いた事があって、が、一体何か「縁起性空」のでしょうか?真に体得して、或いは言語で形容する事が難しくなった。リンチェンドルジェ・リンポチェは閉関した時には、椅子を蹴ってから「縁起性空」を悟られて、昔から行者が茶碗を打ち破って、水滴を落下する音を聞くと明心見性して、大迦葉尊者も仏が花を捻じってからその場に開悟して、言語が修行の境界を描写する事が出来ない、ただ自身が体得してから分かってはっきりする事が出来て初める。表面的な簡単と思いきや、見性できる前に、長い時間にて修行して遣り遂げて始める。仏を学ぶのは一日、二日ではないし、十年、二十年の事ではないし、長い時間により薫陶して学ぶ事が要った。

今までは唯言語文字を聞いただけ、まだ本当に修行を体験しない。全て宇宙の中に人類は唯一で聴覚を頼って情報を受けたり、言語でコミュニケーションしたりする生物である。だから、言語で仏法を伝える必要がある。しかし、必ず言語を使うとは限らなかった。そうではなかった。言語は修行の境界に描く事が出来なくて、自ら体得すると明白してはっきりして始めて、人々が水を飲んで冷たくて熱いを自分だけでしっているの用である。現在、そなた達はただ言語と文字の聞くだけで、真に修行する事が体得する事が無かった。だから、仏経には、仏が説かない事が言えないのではなくて、仏法が文字の範囲を超えて、如何なる文字が表現する事が出来なかった。経には、仏が最後に文字により修める事がはずではない。仏は言う不可とは言われない事ではない、仏を学ぶ人が文字を研究する事に陥る事をはずではない、意味を従って、言語に従わない、法を従って人に従わない。そなた達はテレビにて見て聞く仏法開示のは、ただ文字の説明、真に修行方式ではなくて、真に修行とはある修行の経験がある徳を具える上師がそなたに率いていく事が要った。あるコックのような、自身が料理が出来ないならば、彼が如何にそなたに上手い料理をする事を教えるのでしょうか?修行経験がある具徳上師はそなたに本来この無用な身体に利用して仏法を学んで、仏陀の教導を従ってして、輪廻の苦海を離れて生死を解脱する事が出来て初めた。仏を学ぶのは、一日、二日のではないし、十年、二十年の事もではないし、極めて長い時間が要って薫陶して学んでいった。

何故リンチェンドルジェ・リンポチェはこの世の修行がちょっと成就出来たか?これはリンチェンドルジェ・リンポチェは完全な三恩根本上師直貢チェツァン法王の教導を素直に従って、自分の考えがないで、これは仏法が無為で、無為が何もしない事ではなくて、却って、仏法がそなた達の意識と経験を超えるものである。そなたたちの考えはすべてわざとする事で、有為で、もし、仏を学ぶ時には自分の方式にて修めるならば、いかに修めても修めて得る事が出来なかった。仏を学ぶ困難は言う事を聞かないで、仏を学ぶ事もとても簡単で、ただ言う事を聞いたのである。だから、仏を学ぶ事は必ず徳を具える上師に寄らなければいけない。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたに何をさせないなら、そなたがしなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェが法席にいて仏法を説くのではないので、言う事が聞かないと思っては行けなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェに対して、すべての諭す内容が全て仏法で、自分の利益の為に説くのではなかった。そなたは聞かないならば、加持力が無くしてしまった。

かつて、リンチェンドルジェ・リンポチェが開示したのように、上師と諸仏菩薩がそなた達に与える加持が絶えなかった。しかし、充電のように、プラグは差し込まないで、電力がどのように入って来るのでしょうか?プラグは奪い取ると、電力が入って来なかった。一部の人々が仏をしばらく学んだ後、順調になったのは全て上師がそなたに一重な保護ネットを与えて、そなたの累世の業障に暫くそなたの借金を請求させなくて、そなたに時間を有らせて、良く仏を学んで将来返す能力があって、これ等は全部上師がそなたのため妨げている。多勢者は一時法会に参加した後、沢山ことが全部順調になった、自分が修め得たと思って、自らで修めれば結構だろう、そして、自分から修めえる事と思った。実はそうではなく、例え仏菩薩の加持と仏光が時時我らを庇蔭しなければ、われらは日を暮らすことが出来なくなった。随時に意外を起こった。

直貢チェツァン法王の身元の二人のカンポスがいて、かつて直貢チェツァン法王は仕事を調整した時には、この調整を意見があり、直貢チェツァン法王に謁見して来て再調整をする事を求めるのに論争した。これは法王が説いた話しは彼たちに聞かないで受け入れないで、そうすると加持が断った。その後、この二人のカンポスは一人が車椅子をして、もう一人が往生していった。これは直貢チェツァン法王が彼たちに処罰させる事ではない、これは直貢チェツァン法王と関係がない、彼たちは直貢チェツァン法王、仏菩薩、仏法に恭敬しない、懐疑を生じて、自分の因果業力の現れたのである。

慈悲力は宇宙の中に最も大きいな力で、心が明白する事が出来るならば、仏法が真に縦横に筆を振られた。自分は家に坐禅して、自分の心を見える事と思ってはいけなくて、それは鬼を見るのである。実は、所謂特殊な体質が無くて、一部の人々が自分が特殊な体質があって、だから、菩薩と鬼を見える事と要った。実は、そなた達の体質は全部異なっていて、台湾と香港を例を挙げて、居住地と飲食は異なるから、住民の体質は自然に違う。北部と南部も違った。毎日に鬼を見える事も良くない事である。一部の鬼はいけめんで、一部の鬼は真に美しくなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェが嘗て見た最も老い二百年余りの鬼を見た事があって、全身が草まみれのである。これは彼の墓が既に二百年余りで、誰でも整理して祭って来た事が無いで、だから、この鬼の全身が草まみれのである。もし、墓には全て石であれば、それでは、出る鬼は全身が石の模様で、だから、仏教は火葬を提唱し、この問題を避けるのである。

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2011 年 11 月 07 日 更新