尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示

2011年10月9日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで共修法会を主催して、「世俗諦」と「勝義諦」を開示された。法会が終わった後、更に信衆を接見して、午後4時30分から夜5時40分まで、21名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

法会開始前、ある女子弟子が発露懺悔して、且つ尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝して、もしリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の夫(彼氏も皈依する弟子である)の命を救わないと、今ここにあるのは寡婦になるだろう。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に、以前に兄弟子と分かち合う時にあまりはっきりと説明していないで、すべては半分ぐらい話したと開示したから、その故彼女は今日皆に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の夫を救ったすべての情況を報告する。

今週火曜日朝約6時、この女子弟子の夫は嘔吐するから起きて、彼女の夫は前日気分が悪かったため、彼らはすべて彼がただ下痢すると思っている。吐き気が終わった後に、彼は原因を言っていないで、彼に急診に行く必要があるかどうかを聞いて、彼も反応していない。この女子弟子が比較的に聞こえる唯一の言葉は、彼女の夫が吐きながら、ふたつき便器を抱いて、「弟子がリンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔する。」と言って、その他の完備している話を言っていなかった。その後彼女の夫は彼を支えてソファーの上で休みに行かせるのを表して、彼らは夫が吐き気したから気分が悪いと思って、あまりに注意していなくて、8時ごろまで夫に代わり休暇を取る時、やっと彼が人事不省になったことに気がついて、どのように叫んでも全然目覚せないで、この時にやっと彼を急診に送った、その時はすでに朝10時過ぎであった。病院に着く時、彼が人事不省になってGCS指数は3であり、医学上でGCS指数が3であれば、植物人の標準であるが、しかし彼が病院まで運ばれる時にまだ鼻息音を出して、外観から見ると、熟睡する人と同じであるが、彼がいったいどんな問題が発生したか分からないで、この女子弟子は依存できる方法が何もなくて、唯一思い付くことができるのは、早く土曜日に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見することを申し込んで、ただ尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らを助けることができる。

病院は様々な検査がしている時に、この女子弟子が検査結果を耳にしていない時、謁見を申し込む手続きを手配する兄弟子はすでに尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を得て、彼女の夫が左側の脳血管が破裂して、脳の右側の血管まで圧迫したから、やっと人事不省になったことを言って、その故彼らにこの処理をするように開示した。それから各種のコンピュータ報告が出てきて、皈依する弟子である医者をする兄弟子が聞き終わった後に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは開示したのと彼の見た報告の結果を完全にそっくりなのであると言った。医学上から言えば、比較的な完備する検査を受けてから、やっと次の動作を行うことができるが、手配する兄弟子を通じて再び尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにお伺いして、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはあの二つの所の問題だから、直接処理しなさいと開示して、医者の兄弟子はとても速く彼女の夫のためには適する地方を探し当てて脳のドレナージの処置手術を行なった。

事後は彼女はやっと知っているのは、その肝心な時段の中で、もし尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはとても早くはっきりとどこに問題をあると開示しなければ、もう数分間さえたったら、完全に彼女の夫を救えない可能性が高いである。多くの人は分かち合ったことがあるように、GCS指数が3である家族が、今までまだ目が覚めていないのもいて、非常に応急手当にぐずぐずして遅れることがあり、死亡する恐れがあることもある。もしその時は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは急速に彼らに問題がどこにあるのを開示しなければ、彼女の夫は恐らく救うことができなくなり、たとえ救うことができても、恐らく意識がないようになるかもしれない。

手術後の夜に、彼女の夫はGCS指数が既に6になってしまい、まだ話すことができないが、しかし彼女が夫に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが彼を加持したことがあるから、ちゃんと尊きリンチェンドルジェ・リンポチェをよく観想しなさいように言及する時、彼女の夫の目じりは涙に流してしまった。当日は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはとても大きな力を使って法を修めて、彼女の夫を加持して、兄弟子はその日の彼女の夫の神識が尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔しに行って、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに何度も加持することを求めたと言い伝えた。この女子弟子は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにとても感謝して、同時に自分がふだんあまり努力して仏を学んでいないで、そしてこのように上師に面倒をかけたことを懺悔した。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持を通して、翌日彼女の夫はGCS指数が急速に12まで反発して、第3日更に13、14まで進歩して、一般的に言えば、15までなるともう回復すると言える。このように早く回復するのは医学上、奇跡だと言える。甚だしきに至っては第2日の夜、この女子弟子は彼女の夫と一緒にアキ護法を修めて、彼女の夫は法本が見えないで、そこで横たわっていて、記憶にて唱えることができて、彼の記憶と意識があまりに大きな損害を受けていないことを代表する。これらはすべて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持であり、さもなくば第2日に法本を唱えたような医学上の奇跡があることはありえない。

事故が発生した当日の夜10時、手配する兄弟子がまた電話をかけて彼女に教えたのは、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが、彼女の夫が死亡しないが、しかし苦しみを受けると開示したのである。この話を聞いたこの女子弟子がとても懺悔して、彼女の夫が始めてこの事を発生したのではない。10年前にこの女子弟子がちょうど皈依したばかり、彼女の夫は脳卒中になって、その時は半身が麻痺していて、1ヶ月以上休んだ。当時この女子弟子が尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見を申し込む時、彼の夫はまだ皈依していないが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェも非常に慈悲に彼女に、安心してください、彼は死亡しないと教えた。この女子弟子は更にとても馬鹿らしく、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに彼女の夫が後遺障害があることを心配することを報告した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、「それも自分で選んだのではないか。」と開示した。彼女その時また、どうしてこのように言うのかと疑問する。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはまた、「このように多くの人なら、そなたはどうして彼を選んだか。」と開示した。ひょっと見たら、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはただ気軽に開示しても、しかしこの指摘はとても重要であり、これらはすべてが自分の選択であり、すべてが自分の因果である。

幸い尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持と仏法の守りが有って、彼女達は行った多くの悪業の果報も当時に現れた。彼女夫婦は嘗てサラセミア(地中海貧血)のせいで堕胎して、とても重い殺業を犯した。だから、彼女も嘗て傷付いた衆生に懺悔した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て開示されたが、殺業が重いのは此の世に眷属は睦まじくなく、多病、短寿、死んだ後地獄に堕ちる。彼女は当時尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、仏法の開示及び教導を与えた。だから、その後発生した全ての事、彼女の夫が脳卒中、夫婦達とも不倫に陥った事を含めて、仏法の頼りが有るから向き合えた。彼女も懺悔したが、自分は嘗て邪淫、殺業など悪業を犯した。此処まで考えると、自分は顔付きが憎々しいと感じた。

彼女は深く反省した。長く皈依して、常に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な説法を聞いても、確実に実行しなかった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは既に彼女達に多くの事を教えたが、彼女達はは相変わらず注意していない。本当に自分の間違いなのに、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの福報を浪費して、彼女達を助けた尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女が事件に遭った一日目に少し話しても泣いた事を分かったから、彼女に泣かないと指示された。彼女は非常に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの指摘と世話を感謝した。

第三日彼女の夫は人を見分けて、兄弟子と会話できた。此れは全て尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲な加持である。彼女の夫は甦った時、自分の頭に筋を一本少なくて、頭が壊れたから、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは自分を加持したと言われた。第4日に彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに頂礼して、自分の頭の上に大きい穴があって、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは自分を加持して、穴を修繕したと言われた。此処から、この数日に昏迷して最も危険な状況で唯一頼りのは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェである。

土曜日に家族と一緒に道場に行って、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持と世話を感謝した時、彼女は心の中に感謝を持つ以外、実は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持を求めて、夫に早めに法会に参加できるかどうかを考えた。しかし、彼女は本当に求める勇気が無い。それは自分が間違い事を一杯行ったが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは既にとても大きい福報を使って、彼女達を助けたから、口を開けない。彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに報告して、夫も嘗て脳卒中して、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを得た。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、一度しか助けられない。自分は嘗て脳卒中したのにしっかりに供養する事を分からない。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェも常に皆に指摘したが、仏菩薩は急場を救い貧乏を救わない。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェも開示されたが、「彼は話を聞かないが、全ての事に対して、自分の意見を持った、自分の意見が有れば、法会に参加しても役に立たない。相変わらず話を聞かない。」家族はこの話を聞いても何も感じないかもしれないが、この女弟子は聞いた時、すぐ体得出来た。実は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは皆が心を起して念を動く事を全てはっきりに分かる。だから、彼女は求める勇気が無い事、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは直接に答えを与えた。法会に参加するのは若し守りを求める心を抱いて参加すれば、実は役に立たない。

多くの人は彼女の夫がボランティアになって、とても発心したと言われたが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、彼はボランティアになって発心したから、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが伝授した法もしっかりに修めなくて、11万回の大礼拝が終わった後、再びに拝んでなくて、通常にも時間の通りに供養しなかった。彼女の夫も昨日に自分が供養を捨てないと懺悔した。自分がボランティアになったから、教えに従って奉じる必要がないと思った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは再びに彼女の夫を加持した後、慈悲に開示された。10日から12日間までICUから離れられ、手術を行った医師が言ったのと同じだ。だから、昔に有る兄弟子が嘗て報告したが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはとても素晴らしいと分かったが、如何なる素晴らしいと分からない。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは機器を通す必要がなくて、医学機器が測定した結果と同じな答えを得られた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェも彼の姉に言った。「御宅の殺業は重いが、相変わらずしっかりに頑張らない。」姉は分かりましたと返事した。それは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て彼女に開示された。彼の姉は嘗て数年前に子宮筋腫があったから、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは当時彼女を加持した後、肯定的に「それが悪性腫瘍ではない」と言った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはまだ兄弟の生まれ年を聞いて、直接生まれ年が馬である兄弟が問題があると開示された。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、彼女の夫の家は曾祖父から殺業が重いが、当時彼の姉は家に帰った後、父にリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を報告した。彼の父はおっしゃったとおりだと言った。それは曾祖父がインドネシアで漢方医になったが、彼は当地に最も有名なのは堕胎薬だ。だから、殺業はとても重い。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは常に開示されたが、因果を避けられない。だから、彼女達は数年前に堕胎して自分の子供を傷付いたのも祖先は他人の子供を傷付いた果報だ。この事があるから、彼女達は尚更に分かったが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏法を学ぶ機会を把握して、此の世に債務を返済する事を望んだ。

この女弟子も自分がうまく供養しなく、いい加減にした事を懺悔した。兄弟子の誘いに対して、全て受けるわけではない。前回日本法会に参加する時、兄弟子は善意的にアドバイスしたが、夫婦は長い間にハネムーンに行かなかったから、長い日程を参加しないか。当時彼女は会社に休みを取ると、同僚に迷惑を掛けるという理由で断った。今から考えると、多くも物事は本当に人生無常であり、ある時自分は独り善がりの考えを持って、ある事を決めて、自分が正しいと思った。実は全て自分の貪瞋癡の考え方だ。彼女も自分の私利私欲、独り善がり、供養を分からない事を懺悔した。

土曜日に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した後、彼女は病室に戻ると、彼女は夫に聞いて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが彼への開示を分かるかどうか。彼女の夫は唯「話を聞かない」と返事した。聞くと、彼女は本当に「尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが如何なる素晴らしい」と賛嘆しかできない。昔に彼女は常に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは病室に行かなくても加持できると聞かれたが、あの日彼女は本当に検証したが、彼女の夫は道場に行かなくても、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが自分への教導及び開示を分かられた。

彼女は現れた、彼は全てのが全部尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの教えに従って実行すれば、このことは絶対に起こらない。彼女は自覚して、こんな顔の憎らしい悪業を多くしたのに、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは相変わらず離れず、捨てずに一番大きい力で彼らを助けて、彼女は本当に恥ずかしくて、相弟子達にも分け合った。相弟子達は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法会の中にの全てのご開示を集中して心まで聞き取って、真面目で如実にして、やり直して、はじめて自分の未来の人生に対して役に立ったと望んだ。もう尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの福報を無駄にしないで、もっとある不従順、不器用な弟子を助けるから。彼女はは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔して、もう一度尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲な救済、教導を感恩した。またこの時期で全ての相弟子の関心、お世話と本質の助けを感謝する。

続いて、もう一人女弟子は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに発露懺悔し、それに、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女にこの懺悔チャンスを与えるのを感恩した。

彼女は2002年4月28日リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依して、今迄既に9年間半だった。これら3,500日に、慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェは時々刻々皆を世話して加持して、眞に疲れすぎる。彼女は弟子として、教えに従わなくて、この九年間は無駄に年を取って、知恵がない、リンチェンドルジェ・リンポチェの重荷になった。リンチェンドルジェ・リンポチェは何時も申された:皈依した後教えに従って実行しなく、仏にお辞儀するのがしたりしなかったして怠ければ、リンチェンドルジェ・リンポチェはアキ・ドロルに願ってこんな弟子を引っ張り出して、彼らの正体をばらさせた。彼女は大変アキ・ドロルマに感恩して彼女を引っ張り出して、彼女に2010年10月3日の大法会の前の日に、寶吉祥仏法センターが弟子に配った極めて重要な「身分証」を南港展覧館で失わせて、あれから彼女は道場に入って仏法を聞くのが出来なくなって、道場のどんな労働奉仕でも参加する事が出来なくて、ひいては今年(2011)の直貢噶舉祖師ジッテン・サムゴン記念法会も参加出来なくて、彼女は既にまるまる一年間法会に参加する事が出来なくなってしまった。

2010年10月2日夕方5時頃、南港展覧館での労働奉仕が終わる前に、ある弟子が彼女に外の相弟子に頼んで弁当を貰っても良いのをお知らせに来て、あの時、彼女の手元にちょっと用があって忙しくて、「はい!」と返事した。そして、彼女の心の中に一つ考えが起きた:我はお腹がすかなかった。また彼女の心の中にもう一つ考えが起きた:しかし100元だよ!それで彼女は手元の事をおろして、胸前の身分証ところに食事券を引き出して、身分証を側に置いて、同時に心の中に考えていた:自分がきっと忘れない、また身分証を取らなくてはいけない、引き続いて手元の事を完成した。彼女は大変嬉しくてて寶吉祥仏法センターに、アキ・ドロルマを修めようと戻った。道場の階下に着いてはじめて発見した。彼女の身分証は南港展覧館に置いて、取る事が本当に忘れて、あの頃彼女の心の中に驚いて慌てて、熱した鍋の上の蟻のようだった。

寶吉祥仏法センターの規定により、身分証がなければ道場に入る事が禁止で、それよりあの晩から彼女が法会に参加する事出来なくなった。二週間後、彼女はやっとリンチェンドルジェ・リンポチェが信者と面会する時間を待っていた。彼女は信者につれて前に向かって、リンチェンドルジェ・リンポチェに跪いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは信者の問題を申された後、彼女は供養金を献上しようと用意して、口がまだあけるのにリンチェンドルジェ・リンポチェは既に酷く責めた:「出て行く」それに、彼女の供養金を受け取らなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェの加持彼女に自分の「貪」と「捨てられない」、ましてあの時彼女の手元に寶吉祥仏法センターの事を忙しくして、例え飢死しても仏法センターの事を優先させるはずなのに、彼女は意外に一つの弁当、100円を捨てられなく、彼女は大変自分をせめた、長年以来なんの仏を学んだか?どの布施供養は全部偽りだ!彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの責めを感謝して、リンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔と感恩して、自分が過ちを改めると表して、それにリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲な加持を祈請致す。

二週間後、彼女はもう一度信者に連れて前に向かって、リンチェンドルジェ・リンポチェに身分証を下さるように願いしたかった。あの日曜日の共修法会に、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆が罪業が深くて重いと分かって、特に皆を連れて緑度母を修めて、皆が仏を学ぶ過程の中に障碍を減らせて、また皆を引き連れて緑度母心呪を唱えた。続いてある女弟子は道場で往生して、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ往生した女弟子のためポワ法を修めて、亡者が浄土へ往生するように助けた。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは苦労を問わず、また前の日に面会が出来なかった信者と面会して、これは彼女がずっと期待した時間で、面会を申し入れた友人に従って上に向かって、リンチェンドルジェ・リンポチェに身分証を与えるのを懇願したくて、それにびくびくと跪いて、リンチェンドルジェ・リンポチェの目の前に待った。

リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の友達の問題を開示された後、彼女が始めて言おうとして、言うところにまたリンチェンドルジェ・リンポチェの酷くて酷い責めを聞いた:「うるさい!」あの時彼女の頭の中に空白になって、供養した後退ってしまった。彼女は大変リンチェンドルジェ・リンポチェに彼女の供養を受け取ったのを感恩して、リンチェンドルジェ・リンポチェのもう一度責めも感恩した。彼女が分かった。自分が本当に悪すぎた。「我」を重視すぎて、意外に自分が日頃に口癖のように言った、自分が必ずリンチェンドルジェ・リンポチェを一番目として、リンチェンドルジェ・リンポチェを一番大切と見て、是非リンチェンドルジェ・リンポチェに対して百パーセント投降するのを忘れた。こんなに多くの必ず、是非だが境界が来た時彼女は全て忘れてしまった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは一日中疲れて、緑度母を修めてから、ポワ法を修めて、また28名信者を面会して、彼女の後ろにまだ信者が待っている。リンチェンドルジェ・リンポチェはどんなに疲れて、どんなに元気を損ねただろうか?リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲で心は衆生の苦しみを考えて、誰が出来るだろう?彼女はかえって利己的で、自分の身分証のため、リンチェンドルジェ・リンポチェの疲れを見えなくて、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェさえも一番目としなくて、また誰を気に掛けるか?彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに自分の利己的、上師を敬わないのを懺悔した。

これから、彼女は自分にせっかちにしてはいけない事を教えて、先の自分の心をしっかり見守って、先に自分の欠点を直して、大礼拝を通して懺悔した。ただリンチェンドルジェ・リンポチェが信衆を接見する土曜日があれば、彼女は必ず道場で跪いて懺悔を求めて、因縁に待っていた。彼女はアチ護法が彼女に識別証を無くさせた事に感謝し、それにより、9年半に皈依していた自分がそれだけである事を見させた。彼女は既に61歳で、いくつの9年半が浪費する事が出来るか?彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深く教導と加持に感謝し、この一年以来に彼女が門外でリンチェンドルジェ・リンポチェの弘法と開示を聞いていた。彼女が一寸耳が遠いので、ガラスの扉でリンチェンドルジェ・リンポチェに遠くて見えて、しかし、声が聞こえなかった。もし赤い木の扉で座ったら、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが見えないが、リンチェンドルジェ・リンポチェの弘法の声を扉の隙間の中に来る事が聞こえた。彼女は自分が皈依戒を犯した事を理解し始めて、外にいる感じが何もはっきり見えなくて聞き取れないわけである。

これらは彼女にあげる懲罰で、上師が彼女ど同じ室に一緒に居ないで、彼女は扉の外にいた。上師が教授しないで、これは彼女がはっきり聞こえなかった。上師が彼女と一緒に受用しないで、これは彼女が供品をもらえなかった。上師が善事を与えないで、これは彼女が供養する事が出来なかった。上師が彼女と説かないで、これは彼女が言う前に、彼女に「煩い」と説いて、彼女に放させた。彼女はこれらの受けたのが全て果で、因が彼女が上師に恭敬しないで戒律を守らないで、懈怠して、羞恥が無いで、積み重ねて間違ったが改正しなかった。彼女は自分が必ず改正する事を表示し、また、リンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔し、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝した。

彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲と弟子を惜しむ事に感謝した。リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子に対するえ恩沢は3日間で述べても述べ切れなかった。今年(2011年)の年初法会の際には、供品を発給して灌頂をして、彼女が見てから真にとても羨ましくて、本当に欲しかった。リンチェンドルジェ・リンポチェが苦労して法席を降りて、道場にいる弟子達に自ら一人一人で灌頂して加持された時に、本当にとても羨ましがって、リンチェンドルジェ・リンポチェの細る身体を再び見てから、その時、彼女が心の中に自分に「リンチェンドルジェ・リンポチェは既に疲れ過ぎて、速く法席に戻るはずで、彼女が要らなかった」と話した。突然に、リンチェンドルジェ・リンポチェは道場を出で行って、全ての門外の弟子の為に一人一人で灌頂してくれて、その際には、門外の全ての弟子は全部で激しく泣き叫ぶことを感動させた。彼女がリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した前には、個性的でとても剛毅で、涙を流さないで、負けを認めなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後、リンチェンドルジェ・リンポチェの懇々の教誨と慈悲深く加持なので、彼女に常に懺悔して感謝して涙がほろほろと流れさせた。

9月28日、彼女は交通事故が起きて、事故が起きる際に彼女は「リンチェンドルジェ・リンポチェ」を呼び掛けた。リンチェンドルジェ・リンポチェの保護なので、彼女に重い報いが軽くて受けて弁済した。彼女がオートバイに乗った場合に、方向転換の車を手をぶつかられて、自分の車を180度で回って、車が倒れたが、自分が倒れる事が無かった。相手の車が先に倒れてから、人が再び10メートルの外に投げでした、幸い多くの所が擦り傷を付くったが大きな傷害が無かった。彼女は近くの病院で急診に着いて、最初、一応3ヶ所で腕が断ったことを判断され、それから、彼女はほかの病院で診断に着いて、腕を断って及び2ヶ所を裂けた。その夜、彼女は寶吉祥漢方医診療所へ診療を受けて、医者さんがX線で評価した場合に、ある兄弟子が通知を受けて、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示が彼女が1ヶ所で断って2ヶ所で裂けた。リンチェンドルジェ・リンポチェは医者さんと精密な科学器具により素晴らしくて、真に不思議過ぎた。それ以外に、彼女は傷を受けた後ですべてとても順調で、手術を受ける事も要らなくて、痛みも無いで、また、大礼拝をする事が出来で、これは全てリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深く加持で、彼女がリンチェンドルジェ・リンポチェにとても感謝し、また、凄く恥ずかしくなった。

彼女も今回の意外にとても感謝し、彼女に自分の礼拝の心構えを振り返らせた。彼女が第一回で11万回の大礼拝をする場合に、彼女は次数を累積するために、自分の為に礼拝し、完全な懺悔心がないで、あっても形式に属すだけで、11万回をしてから怠けになって、偶にして偶にしない礼拝した。第二回で、識別証を落ちてから、彼女は再度礼拝して、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝し、彼女に懺悔の為に礼拝し、衆生に代って礼拝し、感謝の為に礼拝した。第3回が近日で、彼女は交通事故なので傷つけて、事故が起きる時に、午後2時で、その夜の11時に、彼女がリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を思い出して、怠惰にならないで、ただ片方の手を残っても、礼拝する事が出来ると礼拝しなければならなかった。また、最近、彼女の姪は心臓が2本の支柱の手術を終わった後、道場で2週間の大礼拝をする事が出来た。彼女は自分がただ片方の手が傷つけたので、勿論礼拝する事が出来た。彼女は礼拝する際に心の中の懺悔、感謝、恩に惜しむ事が急に起きて、また、ほろほろ涙が流れて、彼女の手が痛くないで、ただ膝が痛くて、そして、彼女が苦しみに耐えて、福を惜しんで懺悔して感謝する気持ちにて礼拝した。

彼女に深く感じさせて、彼女が健康な時に怠けて礼拝しないで、片方の手で礼拝しないで、まさか自分が足がないと、やっと後悔してしまうだろう?今回の意外なので、彼女に自分が如何に幸福にする事と再び体得させて、いつもリンチェンドルジェ・リンポチェの加持、保護、教導があって、また両親から無暇な身体を持って、如何にまたこのように福を惜しまないのでしょうか?如何にこのように私利私欲を貪るのでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェは全て伝法し、弟子の自身が力を尽くして遣り遂げないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェに邪魔させて、自分がとても悪で、また、再度リンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔して感謝した。その夜、大礼拝をしてから、彼女は寶円膏で自分膝のあざをつけたところで塗って、翌日にあざをつけたところが赤くなって痛感が無いで、大変な不思議で、彼女に最初自ら寶円膏の貴重さを体験させた。

今日、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが説いた「私と関係ない」という内容の意味を体得し始めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは既に伝法し、平日また絶えず開示していて、また、宝吉祥漢方医診療所を設立させて、コストを考えないで最も良い薬を提供した。上師が伝法し、弟子に健康に与えて、弟子がまた修めないで、しないなら、勿論リンチェンドルジェ・リンポチェの事に関係が無かった。

彼女は仏菩薩の手配に感謝し、彼女を今世にリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依させられた。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲に感謝し、彼女に三寶を与えた。一つは、リンチェンドルジェ・リンポチェ彼女に代って両親に親孝行して恩返しをする事に完成した。1998年と1999年の前後、施身法とポワ法を修めて彼女の両親の為に済度してくれて、彼女に両親に気にさせなかった。二つは、彼女の二人の娘が全てリンチェンドルジェ・リンポチェが教導して世話してくれて、彼女に娘の事を心配して気を使う事を要らなかった。三つは、彼女の今世、累世で作った悪がリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に悪道のドアを閉めて、浄土のドアを開いて、その上、彼女に連れで浄土の道へ導く事を助けてくれた。

彼女は寶吉祥弟子達は全宇宙で最も幸運で、最も幸福な人で、これはリンチェンドルジェ・リンポチェが居るわけで、その上、一切の六道の有情衆がこの因縁があって、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持、加護、教導を貰えられて、輪廻を離れて浄土にいける事を望んでいた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上がった後、こう開示された。この前の数回の法会中で、既に皆に「勝義諦」を開示し終わって、今日皆に「世俗諦」と「勝義諦」の総括をする。そなた達はなぜ間違うことをしたのか、すべてはうかつのせいである。常に自分の言葉、行為と思想を観察して審査していないから。そなた達は過去世に累積された経験及びこの1世の人生経験にて、周囲のすべての事に反応して、だからすべての考えは私利私欲なので、そこで絶えずに悪事を犯した。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に、毎晩自分の思うの、言うの、やるのが仏法に違背するかどうかを点検しなければならないと教えて、もしそなた達は教えに従って遂行すれば、犯した悪が自然にどんどん減らす。しかし、そなた達は間違った事をする時、とても多くの独りよがりで、余り通じていない理由を探して、自分の悪を合理化させて、誤った決定をする。自分の考えで仏を学べば、仏法はそなたに役に立つことができなくて、そなたの身でも何も効果を発揮することはできない。

そなた達は働いている時、給料を受け取るから、会社の規定を守らなければならない。ある者が仕事をする時よくののしられて、それは規定に従っていないで事をするから。会社の規定までやり遂げないのでさえすれば、悪事を犯して、自分に理由を探して自分のやり方を釈明しないでください。もしそなた達がすべて会社の要求に違反しなければ、上司に要される事をやり遂げれば、どうしてののしられるか首になるのか。会社がはっきり言っていなくて、はっきり書いていなくて、或いはそなたは聞いたことが無い、と言い争わないでください。これはそなたが過ちを認めめいと表して、すべては他の人の間違いである。過ちを認めることを承知しない人は、改正したくないのである。しっかり覚えてください。どんな間違いにしても、すべては自分の間違いである。

家庭の中ではどうして口論があるか。どうして調和がとれていないか。これはすべて累世と今生の悪業で招かれたのである。私達が生々世々「私」の影響を受けて、たくさん悪を犯して、すべての事は過去世と今生に累積した人生経験で事を判断して、「私」の観念があるから、煩悩は引き続き発生する。在家の大衆がこのような問題があるだけではなくて、今の出家衆も多くの煩悩がある。仏寺の中で、他の人が修行するのが自分より悪い、他の人が信者が自分より少ない、他の人が仏号を唱えるのが自分より標準ではない、他の人が出家する時間が自分より長くないなど、と感じるから、その故、他の人を見くびって、このような心構えは、全て煩悩を発生する。

この時、1人の新しく皈依する女子弟子は、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を耳にして、ずっと出家衆にあちこち見ている。リンチェンドルジェ・リンポチェの視力はきわめて良くて、直ちにこの弟子が立ち上がるように要して、そしてこの弟子の行為を叱責した。リンチェンドルジェ・リンポチェは出家衆の事を言って、在家のそなた達はどんな資格で心の中で出家衆を軽視するか。少なくとも出家衆は出家の相を現して清浄法を修めて、修行するために普通な人の生活を放棄するから、これはそなた達ができないので、出家衆を尊重するべきである。リンチェンドルジェ・リンポチェは、この弟子はこれから上師に供養すること、或いは寶吉祥仏法センターを護持することができないと開示して、そしてその場ですぐ彼女が最も後方に座るように要した。リンチェンドルジェ・リンポチェは、そなた達がリンチェンドルジェ・リンポチェの視力が良いと信じていなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェが凄いと知っているが、どんなに凄いかを知らないで、今日1,200人を上回る者は法会に参加しても、リンチェンドルジェ・リンポチェはそれとも一目でこの目がむやみにねらう弟子が見える。

中国或いはチベットでも、広く伝われるのは大乗仏法と金剛乗仏法であり、すべては自利利他を修める仏法である。行者が自分で生死に解脱するまで修め得ることができる時に、はじめて衆生に生死に解脱するように助ける能力があって、更にこの世に衆生に成仏を修行する法門を教えることができる。たとえ衆生はこのような因縁、福報がなくても、往生する時に、菩薩道を修める行者も衆生の因を知っていることができて、衆生に浄土に往生する縁を製造して助ける。

仏は8万4千種の法門を教導して、すべての法門は世俗諦と勝義諦の中に含む。訪問をできるだけ多く修行すれば良いと思わないでください。仏の開示されるいかなる法門は、ただ人間の個別の異なる因縁と福報によって、彼らの問題と煩悩を対治するだけであり、文化背景と関係がない。1つの法門がもう1つの法門より更に良いことがなくて、同じく1つの法門に比べて、もう1つの法門がもっと殊勝であることがなくて、ただ自分の因縁は異なるだけから。仏は法を伝える時、衆生が平等で、六道にもすべて伝わって、ただ人道だけに伝わるのではない。人道に開示するのもすべて人がやり遂げることができる修行する法門である。

我々は累世の人生経験のため発生する業力で、我々に再び輪廻に来るようにさせて、これらの経験も私達の意識の中で記録して、仏法から言えば、第8意識田であり、即ちそなた達の一般にいわれる潜意識である。この1世、我々が外部の様々な情報を接収した後に、我々の意識は作用を起こして、また続けて善行をするか悪事をする。善業か悪業があって、私達を輪廻させる。仏を学んで修行するのはお経の中のいくつかの話に対してある程度体得することができて、これらの話をつかんで他の人に教えて、禅宗の中の参話頭として修行するのではなくて、行者が仏法を全く生活の中に用いることができて、自分を輪廻に落ち込ませる行為をすべて改正することを指すのである。

ガムポパ大師は、「ここから観ると、自分の執実情決が本源自処がまだ自然に開解していない前に、すべては世俗諦に属するのである;この期間に、因とする業、及び果とする業の果報はすべて存在するのである。この点を考えて、業、因、果を深く信じるのは確かにきわめて重要である。」と開示される。まだ空性を悟る前に、そなた達は業、因、果を真実だと見なすべきであり、すべては業、因、果の作用であることを深く信じる。行者は勝義諦の境界にあり、空性を悟って、上師の確認をも得た後に、業力が現前する時、すべてが因縁であることをしっているから、これで動くことができない。

すでに勝義諦を証得した行者も、空性を証得する者であり、業、因、果は彼にとって、にせであり、変動して永久不変でなくて、ようするに、彼の心がでもう業、因、果の影響を受けていなくて、業、因、果の出現について執着する心がなくて、ただ縁である。しかし、まだ世俗諦にある行者は、必ず業、因、果を深く信じなければならない。すでにたとえ勝義諦まで修め得ても、まだ世俗諦を運用し続けるので、衆生に業、因、果などの世俗諦の仏法を了解させて、そして密法を運用する方式にて衆生を助ける。これは空性と知恵両運である。リンチェンドルジェ・リンポチェは世俗諦と勝義諦をと一緒に修行している。

ただ今懺悔した弟子は、彼女が道場の識別証明を無くした。そなた達はただ1枚の識別証明だと思わないでください、そんなに深刻な問題ではないだろうか。識別証明は常住の物品であり、小さな事ではない。もしこのような小さな事を注意しないならば、これからもそ彼女に道場の法器を保管する機会があったら、法器を無くす恐れがあるかもしれなくて、一部の物はお金で買って回収できない。私はお金があって、1枚の識別証明を印刷してそなたに返すと言わないでください。そなた達は知ってください、もし道場の常住の物品を不法占拠したり或いは破壊したりすれば、地獄に堕ちるのである。何が常住の物品だと言えるか。道場の中の物は衆生の護持したお金で買ったのでさえあれば、小さいのは1枚の紙で、大きいのは仏像など、すべては常住の物品である。この弟子は1つの100元の弁当を惜しむから、腹が空腹ではないのに、食べないことを惜しんで、弁当を取るために識別証明を無くしてしまって、このような貪念と惜しむ心構えがあればどのように仏を学ぶか。リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続いてこう開示した。この弟子をもうとても長い間待っていて、この前に彼女が交通事故に会って、手の骨は1つが骨折して2つが裂けて、彼女のもともとの地獄に堕ちるべきな果報を返して、時間になると、やっと彼女が懺悔することを許す。リンチェンドルジェ・リンポチェの願力は仏菩薩と同じ、リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依したことがあるいかなる衆生が地獄に堕ちることを見るか耳にするか忍びないのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞くと、ある者は次の如く考えるかもしれない。このような大変だろうか。私はそうすれば構わないだろう。このような考え方を持つ人は業、因、果を信じない。凡夫は心を起して念を動ければ、自分のためなら、業があり、善を行いや悪を行っても全て業力がある。善を行えば、必ず善業を得て、悪を行えば、必ず悪業を得る。因があれば、必ず果がある。宇宙の中に因果はとても微妙だが、因果も必ず存在している。善を行うと、悪を作ると相殺できると思わないで。悪を断たないと、引き続きに悪業を溜めている。そなたは引き続きに善を行わなければ、善の力は悪の力より極めて大きいなら、少し悪の力を抑えられる。

そなた達は皈依した後、仏菩薩の守りが有ると思うから、どんな事でもよく転じて、悪い事は全て発生しない。この考えは間違いだ。我々の体は業報身であり、累世の善業及び悪業は構成した。我々は此の世に再び来たのは業力の引き、善業があり、悪業もあるから、我々に輪廻させた。自分が嘗て《梁皇寶懺》に参加して、懺悔文を読んで、この中に「業の花は飛び去った。」と説かれたから、参加した後自分の業は無くなって、大丈夫だと思わない。実は業力の影響はこのように簡単に消えるわけではない。例えば、そなたは他人に平手打ちをして、謝っても更に相手に打たれても彼の憎みがまだ存在すれば、そなたの悪業の力は消えない。簡単に相殺できるわけではない。たとえ人を叱って悪口しなくても、そなたの心の中に恨みの考えがあれば、それも悪口である。

仏経にある比喩がある。部屋の中に若し海鮮が1杯、長く放置すれば、たとえ海鮮を移しても、この臭いは相変わらず部屋の中に長く残っている。そなたは唯引き続きに部屋を掃除して、徐々に臭いを除ける。人は業力の影響を受けるのは部屋に残された臭いと同じで、引き続きに懈怠せずに修行すれば、徐々に業力の影響を減少させる或いは除ける。リンチェンドルジェ・リンポチェはその場で嘗て病院に看護婦を担当した弟子に報告させた。ある看護婦を担当する女弟子は説明した。彼女は嘗て緩和ケア病棟に勤めた。若し癌で亡くなった患者が泊まったら、酷く臭いがあって、一週間に掃除しないと、部屋の臭いを除けない。唯我々が嗅ぐ臭いでも長い間に取り除ける必要があるが、累世の業であれば、本当に想像できない臭いだ。早めに除くわけではないだろう。だから、必ず上師の助けに頼らなければならない。また、上師は必ず激しい方式を使う。

ある者は既に皈依して、施身法法会に参加して、祖先は既に済度されて、過去の悪業も済度されて、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を受けて、業は綺麗に除いたのを思って、始めて懈怠した。例えば、祖師ジッテン・サムゴンは開示された。衆生は上師の助けを得て、病気が治った後、精進しないなら、病気は再び戻ってくる。更に部屋を掃除するのは道具が必要なので、両手で掃除するわけではない。少なくとも水や布を持って掃除しなければならない。自分が汚れた部屋は勿論自分が掃除しなければならない。懺悔、布施、供養とは上師がそなた達に渡せた道具だ。道具は自分が選んで、更に再び悪を作られない。

たとえば、部屋の中に腐敗した魚を100本置いて、すぐに綺麗に掃除する事が出来ない。ゆっくりに移さなければならない。そなた達は仏菩薩の助けを受けて、魚を一本移して、残った99本の魚がある。しかし、若しそなたは不注意に新しい悪業を作って、外からもう一本の魚を搬入した。自分の身口意を不注意して、また魚を一本搬入した。そうすれば101本の魚だ。悪業を作る速度は業を除くのより早いから、新しい悪業は一つでもないなら、徐々に行った悪業を除く可能だ。そなた達は皈依した時、皆に「諸々の悪を作すこと莫く、諸々の善を行い」と教えた。つまり、すぐ一切の悪を止めて、一切の善を行う事だ。僅かな悪でも作られない。純善を行えば、初めてそなた達の業を転じて、そなたの果報を変えられる。

続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の秘密を公表した。二十年近い、リンチェンドルジェ・リンポチェは風呂に入る時既に石鹸を使わず、オーデコロンも使わない。しかし、身の上に僅かな体臭でもない。たとえリンチェンドルジェ・リンポチェは汗をかいても、体も臭いを持っていない。一部分の原因も菜食しているが、最も重要なのは徐々に純善を行い業も綺麗に除いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは標榜するわけではないが、唯自分は自ら実行して仏経に説かれた境界を証明して、本当に行えるかどうか。結果仏経に説かれた事は全て正しいと証明した。修行者は純善を行えば、体は自然に臭いが無い。しかし、そなた達は皈依した男は既に菜食したけど、汗をかくと臭いが出る。此れはまだ多くの業がある。そなた達はまだ教えに従って奉じて、自分の身口意を修正しない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の家族の例を挙げた。リンチェンドルジェ・リンポチェの曽祖父はカイコを飼ったが、殺業はとても重い。だから、歴代の男性は皆五十数歳まで生きると、心臓病或いは高血圧で往生した。リンチェンドルジェ・リンポチェの二番目の姉は幼い頃に髄膜炎に罹った。当時この病気は致命的だ。二番目の姉は死を免れたが、知力はかなり低い。リンチェンドルジェ・リンポチェの弟は数年前に嘗て脳血管腫瘍に罹った。妹も嘗て血管腫に罹った。一番目の姉は父が往生した後から菜食しているが、仏を学ばないから近年糖尿病に罹って、医師のアドバイスに従って初めて肉食していた。何故なら、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達が皈依した時に開示されたとおり、そなた達は皈依した後、戒律は始めて頼られる。リンチェンドルジェ・リンポチェの一番目の姉は仏を学ばないから、引き続きに菜食する事が出来ない。菜食しても相変わらず事故に遭った。

リンチェンドルジェ・リンポチェは続いて開示されたが、なぜなら一番目の姉は糖尿病に罹った。それは当初彼女は結婚する時、両親の許可を得なかった。だから、若い人は若し両親の監護の下で、許可を得ず性交すれば、邪淫を犯す。年を取った後、腎臓病、膀胱或いは前立腺の問題がある。此れは破戒で十善法を違反する。ある人は言われたかもしれないが、現在若い人は早めに発育するから、このようにした。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、早めに発育するのはそなた達は子供にファストフードを食べさせるから。この肉食品の中に多くのホルモンを入ったから、子供にこの物を食べさせるなら、勿論早めに発育した。実はそなた達は子供を傷害する。

リンチェンドルジェ・リンポチェは既にリンポチェの果位を修めて、全ての祖先を済度して、祖先の業もうまく処理したが、業力の余勢はまだ残っている。リンチェンドルジェ・リンポチェの兄弟は仏を学ばないから、相変わらず事故に遭った。一般人から見ると、彼達は全て好い人であり、悪い事を行わない。その中に二人は公務員だけど、不正な金を取らない上、他人にお茶を一杯奢らせても受けない。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェの兄弟は二人だけ離婚しないが、他にも全て離婚した。彼達は事故に遭った時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼達を助けられる。それは此の世に家族になったのは全て昔借金があって共業があるから、彼達は過去世に必ず仏を学んだ。唯此の世に彼達は忘れた。リンチェンドルジェ・リンポチェは今彼達を助けられるが、彼達は仏を学ばない。リンチェンドルジェ・リンポチェは往生すれば、彼達を助けられない。彼達は往生する時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼達が必ず三悪道に堕ちない事を把握できない。それは釈迦牟尼仏は仏の果位を得ても、一族の人を助けて、敵を妨げても一族の人は滅ばれた果報を変えられない。彼達は仏法を信じないから。

先程他の弟子は自分の夫が脳卒中の事を話した。そなた達は脳卒中の弟子は道場の事を熱心して、ボランティアを担当して、道場の撮影の仕事もしている。リンチェンドルジェ・リンポチェの会社は写真を取る事が必要なら、彼も熱心にしていた。なぜなら脳血管は破られた。話を聞かないから。ボランティアを担当すれば、福報があると思って、相変わらず自分の考えで仏を学んだ。11万回大礼拝が終わったから、もう行えないと思った。更にあまり供養を捨てない。此れは不断に部屋を掃除していない。だから、「業」を転じられない。彼はそう思った。、ボランティアを担当して、多くの事を行ったから、此れは福報がある。十年前に彼は脳卒中した事があって、体が半身麻痺した。始めてリンチェンドルジェ・リンポチェは彼を救った。此れは第二回目だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て唯一回しか救わないと言った。仏菩薩と上師はそなた達を助けられる。即ち「急場を救い貧乏を救わない。」唯そなたに一回しか助けない。そなたを助けて悪を抑えた。しかし、仏菩薩と上師はそなたを助けて業を転じられない。誰はそなたの業を転じられるだろう。そなた自身だ。幸い彼は発病した当日、嘔吐する時懺悔を分かった。彼は懺悔心を起したから、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの弟子を加持した後、「彼は今回死なない。しかし、少し苦しみを受けなければ成らない。」と開示された。

毎日禅定しているのは仏を学ぶ事と思わない。自分が拝懺した事があったから、仏を学ぶと思わない。先程懺悔した女弟子は11万回の大礼拝が終わったが、心は間違いから、衆生を代表せず拝まず、懺悔心と慈悲心で拝まないから、この11万回は唯運動だ。しかし、行わないよりいい。彼女に交通事故に遭った機会を与えて、手は骨折した事を返済した。何故そなた達に教えて、仏菩薩を求めれば、恭しい心を持たなければならない。上師と仏菩薩はそなた達に敬わせたのは、そなた達は敬うと、別の考えが無い時清浄な心は自然に現れて、上師は空性で慈悲の力は現れて、そなた達に助けを与える。

実はリンチェンドルジェ・リンポチェはあの脳卒中弟子の写真を見なくても、彼の状況を分かって加持した。若し写真を見ないと加持できない上師は素晴らしくない。ある時リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した信衆は家族や友達の事を聞いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼達に名前と生まれ年を聞けば、彼達の状況を分かれる。何故写真を見る必要がないだろう。それはリンチェンドルジェ・リンポチェは既に空性の慈悲心を修めて、自他の分別が無くなった。仏経に説かれた通り、応に住する所無うして其の心を生ず。何故生まれ年を聞くのは同姓同名の人は多すぎだが、生まれ年を分かれば、彼を見つけた。ある時ある信衆は引き続きに家族の生年月日や時間など情報を言ったが、実は必要がない。

実はリンチェンドルジェ・リンポチェはこの脳卒中の弟子の顔でも分からない。昔彼は始めて脳卒中した時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼を助けたが、嘗て彼を助けた事を忘れた。リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生を助けた後、誰を助けた事に対して、リンチェンドルジェ・リンポチェは通常に覚えていない。此れは「三輪体空」である。「三輪体空」とは世間に言われた通り、布施の対象が無し、布施の物が無し、布施の自分が無しという事ではない。若しそうであれば、三「相」体空と言われたべきだ。「三輪体空」は密法に関わるが、今日これ以上を言わないが、最も重要なのは空性の慈悲心で布施を行った。なぜなら嘗て助けた衆生を覚えないが、それは既に空性の慈悲心を修めた。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの脳卒中弟子の顔さえ分からない。しかし、空性の慈悲心を起したから、自然に彼を助けられた。

先話した脳卒中弟子は通常に話しを聞かず、供養も捨てないが、なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェは彼を助けた。道場の事は彼はとても熱心にしてリンチェンドルジェ・リンポチェの会社を協力して、ある事を処理したとは言え、此れは全て重要ではない。重要なのは彼は昏迷した前に懺悔心を起した。先彼の妻は言ったが、彼は便器を抱いて吐いた後、便器に向いて言った。自分は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔した。リンチェンドルジェ・リンポチェは面白くて話したが、彼は上師に懺悔する事ではなく、便器に懺悔した。いつから上師は便器に変えて、便器は上師になっただろう。

リンチェンドルジェ・リンポチェはその場である医師弟子に聞いて、数十年の医者の経歴から見ると、この弟子の脳卒中の状況なら、通常にどんな結果がある。この医師弟子は返事した。当日彼は他の神経科の医師とこの弟子の病状を話し合った。皆はこの人は救えないと感じて、先にほっとしたほうがいい。つまり、実は彼から見ると、彼は間もなく死ぬ。たとえ救われて生きても、全身に挿管された植物状態に成った。しかし、あの弟子は今朝病院に運ばれた時、GCSは3点だが、その夜GCSは6点や7点に回復した。此れは不思議だ。所謂奇跡だと言われてもいいい。続いて、この医師弟子はまた言った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの能力は本当に大医王である。リンチェンドルジェ・リンポチェはとても謙虚に言って、仏は真の大医王である。リンチェンドルジェ・リンポチェは唯仏の教え、説かれた事に従って行って、引き続きに行っただけ。医師弟子は続いていったが、弟子の心でリンチェンドルジェ・リンポチェは仏と無二無別である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは仰った:皆は仏菩薩及び教派祖師が伝えて来た伝承教法を感恩するべきだ。こんな厳しい上師に出会って、そなた達の運が良いか悪いか、どう言えばいいか分からなくなった。現在外に多くの者は全部知っていた。寶吉祥仏法センターの教法が大変厳しくて、これは西蔵古代の教法で、伝統と伝承である。リンチェンドルジェ・リンポチェが全て申されたとなさった事は全部仏陀の教法と上師の教導によりした。リンチェンドルジェ・リンポチェはこんな伝統にしたがって厳しい教法は、ある者は受け取る事が出来なくて、そなたはこんな教法を受け取らなければ、離れでも良いが、評判せずに、出て行けば結構である。

そなた達も仏経の中に書いた仏がどう済度するのを多く見たが、そなた達は神話だと思った。仏経の中に全て述べたのは絶対に神話ではなく、筋がない事は仏経に載せない。そなた達は出来ない時自然に神話物語りだと思った。しかしリンチェンドルジェ・リンポチェがすでに出来た時自然にとても不思議と思わない。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分が仏法を実践した経験を皆に教えて、疑わないで、まず上師が教導に従ってして、ますます仏が全て仰った道理を体得するようになった。仏法は絶対に仏経を読んで理解するもんではなく、そなた達は考えてみて理解とも全部そなたの人生経験法で仏法を判断するのである。実践しなければ、永遠仏法の真義を体得する事が出来ない。とにかく、そなた達は仏法を受けなくても良いが、是非疑わないで、仏法を疑う果報は大変酷くて、畜生道に堕ちるようになって、多くの世を経てはじめて人になるチャンスがまたあって、但しまた来ても耳が聞こえなければ、喋らなくなって、例えお体には障害がなくても知恵も足りない。

中国の唐朝時仏法がとても盛んで、君主が仏法に対して尊重して、それで全国が大変富強だ。その後、君主が仏法に対して不尊重しはじめから、国家が衰える事も始めた。

勝義諦の行者は衆生の因を見て、衆生の果を変わる能力がある。釈迦牟尼仏はまだ仏になる前、ある世に500名お金持ち者と一緒に船に乗って、船頭は彼らの財物を非望を抱いて船を弄って、全ての者を殺して、彼らの財物を強奪したかった。釈迦牟尼仏は神通力によってこの事を知って、そうして先この船頭を殺してしまった。殺人はとても重い罪だが釈迦牟尼仏は既に見た。この500名者未来は阿羅漢で多くの者に利益する事が出来る。また、阿羅漢を殺す罪が大変重くて、五無間地獄に堕ちるべき。釈迦牟尼仏は船頭がこんな重い殺業を作るより寧ろ自分がこの船頭を殺した。そなた達は釈迦牟尼仏のこんなやり方をまねない。なんと夫が自分を殺すのを知って、自分が未来仏なので、先に夫を殺すと言う。釈迦牟尼仏はあの時既に菩薩で、その中の因果を見る能力があって、これはそなた達が出来るもんではない。

現在坊間では多くの法を広ける者がいて、自分の神通が弟子と信者のため、病苦など問題を解決出来るのをしか強調しなくて、皆に「業、因、果」を信じるのを教導しなくて、輪廻の離脱する法門を教えない。そなた達はこんな法を広ける者に出会えば、早速離れるはずだ。業、因、果を信じなければ、学んだのは仏法ではなく、魔法である。ある出家法師は信者に勝義諦を教える事が出来ない、自分がまだ修め得ないので、仕方がなく、ずっと皆に寄付布施をして福報が得て、自分の事が良くなると勧めた。多くの信者も寄付して称賛されたのがとても良くて、またハウスを寄付した。しかし、出家人はなぜこんな多いハウスが必要か?

自分が毎月寄付して、海辺に一つ一つの桶の魚を海に放生して善行だと思うな。善行は人間になった元で、善行は仏法ではなく、他の宗教も善行をして、これは仏法と関係がなく、人であれば善行をするべきだ。そなたは言うかも知れなく、ある者は貧乏で、日が暮らせなくて、我らは寄付して彼を助けて良くないか?これは良くないではなく、しかしそなたは彼を助けるのが只一時で、彼の窮困の果報を返さないかもしれなく、未来世また受け続ける。仏法は皆に生死を抜け出すと教えて、すべの衆せいが生死より離脱出来て、もう輪廻しなければ、世間にはもう業が起こらない、そして良くない事が発生しない。だから仏法は全く問題を解決して、頭痛があって、頭を治療して、足が痛くて足を治療するのではない。

現在ある基金会はいつも民衆に献金することを励まして、献金を病院の建つに使って、また、いつも医者に発心して、給料は少な目にすると勧めた。しかし患者は診察しに行っても費用がかかるのに、病院の収入はどこかに使っただろう?知る者がいない。大衆が寄付して建った病院として、出家衆が診察しに行くのは無料はずで、何故費用を取るか?リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥漢方醫学診療所を創って、出家衆であれば、皈依するかどうか問わず一切費用が取らない。ある者は基金会のため解釈するかもしれない、有料は病院の運営を維持するため、しかし損をしなければ、はじめから病院を建ったない。リンチェンドルジェ・リンポチェは診療所を創ったのは設ける為ではなく、はじめから損をしても構わないと用意して、主な目的は病気にかかった衆生を助けるのである。リンチェンドルジェ・リンポチェの診療所にの医者も無料の労働奉仕ではなく、全部給料をもらい、高所得で招聘したと言えないが、せめて市場に合理的な給料である。

現在ある団体は人に往生した後大体を寄付するように勧めて、またこうして亡者に対して良くて福報が有ると言った。しかし今まで仏経の中に人に大体を寄付するのを勧めることを言い及ぶ事がない。仏法では、彼は自ら生前に寄付するのを同意したか或いは家族が彼の変わりに決めたか問わず、全部あまり適当ではない。それは、例え亡者が生前に自分が承知しても、死んだ後一つの考えで気持ちを変わってしまった。有情衆生が一番執着するのは自分の体で、そなた達は毎日に全てしたのは、全部そなた達のお体で、食べるか、寝るか、仕事するか問わず、そなた達がとても自分のお体を重視して、死ぬまで愛した。仏経では説いた所謂「恋屍鬼」とは、往生した後、まだ自分のお体に執着して守って離れたくないのである。なぜお墓場には鬼が多いか?人が死んだ後必ず鬼になるわけではなく、自分のお体を惜しむので、離れたくなくて、いつも体を埋葬したところで徘徊する。特に往生したばかり8時間内に、ある者が亡者の大体を触ると彼が非常に辛いである。

以前リンチェンドルジェ・リンポチェはある亡者のためポワ法を修めた時、彼女は医者が彼女の足を動いた事を怒って瞋念が起きたのを見た。少し動いて亡者はこんなに腹を立って、まして彼の目を掘って、彼の器官を取った。亡者が瞋念が起こったと地獄に堕ちてしまって、こうして、刀を持つ人に対してもあまり良くない。亡者は本人が大布施心があって、清浄な心でお体を布施するには限られなく、あれこそ本当に亡者に対していい事があった。施身法を行う時のように、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分のお体が甘露に化して衆生に布施して食べさせるのを観想して、衆生に仏法の助けを得るチャンスをあらせた。菩薩道を修める行者は全く自分を考えず、自分を問わずに衆生に利益する。そなたは亡者にお体に対しての執着を下ろさせる能力がなければ、大体を寄付することが出来ない、特にあれら意外で死んだ者、或いは生前仏を学ばなかった者である。リンチェンドルジェ・リンポチェは今日ある団体に対して批判するのではなく、只現在存在の現象に対して申されたのである。

脳血管が裂けた果報はなんだろうか?一生に仏にお辞儀しなくて、念仏が出来ない。この弟子を救って、彼にもう一度家族の楽しみをさせるのではなく、時間を把握して仏を勉強するチャンスを与えた。どの上師でも全部自分の力を尽くして、衆生が十分時間が有って仏を勉強するのを助けて、さらに輪廻の苦海より離脱することが出来た。先程前に自分がもう少し寡婦の弟子になった。夫の生命が危急なことのためにずっと泣いて、なにが泣くものがあるか?本来そなたは寡婦になろう、夫妻は最後までに全部生離死別になって、全部分かれるはずで、そなたが寡婦にならなければ、そなたの夫は独りぼっちになった。なぜ夫が今後まだ念仏チャンスがあるため泣かないか?

ある医者弟子はあの頃SARSにかかって、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を得たため、只一つ災難を避けたのではなく、同時にどの後遺症でもない。彼は自分該者なので大変分かって、SARSにかかって例え死ななければ、心臓にも問題があって、肺にも繊維化の後遺症があって、普通の人までに調養すれば、看護などを加えて、必ず少なくないお金がかかった。しかし、この弟子は痊癒した後、これらの後遺症がまったくなくて、生活も一般な普通の人と異ならなく、かえって上師に感恩するのを思わなくて、それに供養を惜しんだ。彼は投資に熱中したが、全て買った基金は全部償って、何が買ったと償った。リンチェンドルジェ・リンポチェの不動産会社を通じて一棟のハウスを売って少しのお金が設けたがすぐ自分でもう一つ棟ハウスを買って、結局底固めされた。これはなんの表われか?彼の運命の中に本来これらのお金があるはずがない。この弟子はもともと死ぬはずで、これらのお金があるはずがなく、しかし彼はかえって自分の命を救ってくれた上師を思い出さなくて、上師がなければ、沒彼も現在の時間と物質の享受が有るはずがない。彼は上師が彼に対しての恩沢、上師にの供養するのを全く考えなかった。現在彼は例え寶吉祥集団の物が買いたくてもリンチェンドルジェ・リンポチェも彼に売らなくなった。

多くの人々はこのようで、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼の命を救って、口で感謝する事だけで言って、しかし、お金を言ったら、どんな恩恵でも全て忘れた。リンチェンドルジェ・リンポチェの助けがないならば、自分が幾らにかかって病気を治しても治す事が出来なかった。お金が同じように無くしてしまった。しかし、そなた達はこのように思う事が出来なかった。ただお金は私が稼いで、私はいい生活を暮らしたいだけで思っていた。結局、奇妙なのはそなたが供養を惜しんだら、お金が却っておかしくて無くしてしまって、投資が失敗するかも、病気なので罹るかもしれなかった。最初、供養をすると、事柄はナにか変化があるかもしれなくて、そなたの病気が良くないとしても、未来に絶対に利益があった。リンチェンドルジェ・リンポチェはお金がいる事ではないで、かつて弟子が台湾ドル2千万の現金で供養して来て、リンチェンドルジェ・リンポチェが受けないで、連続の5回で、リンチェンドルジェ・リンポチェが受けないで、供養の心が間違ったわけである。台湾ドル2千万は現金で、小切手ではないで、リンチェンドルジェ・リンポチェが連続の5回で撤収させて、このような話がそなた達が他のところで聞いた事がないだろう。

そなた達は自分が病気に罹ったので、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達に同情させて、そなた達の為に解決してあげる事と思ってはいけなかった。『仏子行三十七頌』に記載された事があって、仏弟子をとして身体に何か病痛があったら、自分が衆生の為に苦しみを受けて衆生に苦しみを離させるのを考えるべきである。実は、そなた達も衆生の一部の、病気に罹る時に、衆生に代って苦しみを受けて、病気がそなたの影響を自ずから減らした。リンチェンドルジェ・リンポチェが嘗てそなた達に開示された事があって、行者に対して、病気を道に使う事になって、病気も一つの修行の工具である。病気に罹っている場合に、病気がもっと重くなる事を祈るはずで、全ての衆生の替わりに苦しみを受ける事の祈るはずである。このようになったらもっと返済があった。

仏法は過去、現在、未来を説く。そなたは現在問題が表れて、過去に善行をしていなくて福報を累積していなかったわけである。仏を学ぶのは生死を解脱し、この一生ごく短い数十年の安楽を求める事ではなかった。仏法はそなたにいまよい生活を暮らさせる事ではなくて、そなたに来世に良くなる事を助けて下さった。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て癌に罹っていた時に、直貢チェツァン法王に言った事がないで、すべて受けて、如何なる治療を受けていないで、ただ返済し終わってから自然に嬉しくに成る事を思っていて、結局、病気が直しにした。そなた達であれば、自分が遣り遂げる事と思ってはいけなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェが病気に罹った前に、既に多くの善行をした事があって、だから、このように直しにする事が出来た。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皮膚癌、脊柱側弯症、頸椎の位置をずらすに罹った事があって、しかし、これまで恐れた事が無かった。何故でしょうか?あれを自分がした悪を知っているわけで、現在、表して、自分の身体にて返済する事が出来で、とても便宜だ。そなた達はいますこし病気に罹る事が何も無いで、弁済としろう。たとえいま癌が爆発しても、それも構わなくて、癌が爆発してから、そなたの三悪道を堕ちる因にを解決した。地獄道の苦しみに比べて、いま、身体の苦しみは本当に何もが無かった。そなた達は地獄道にいる事が非常に苦しみを真に知らなかった。前日、脳卒中に罹ったその男性の弟子は暫く彼が少し良くなっていて、そなた達が彼に苦しみかどうかを尋ねる事が出来た。彼は嘔吐する際には、死亡を恐れるかどうか。間違いなく死亡を恐れた。死ぬ事を恐れる事ではなくて、死んだ後、どこに行ってどのようになる事が知らずを恐れた。彼は苦しみを知ったので懺悔心を起き始めた。彼は懺悔すると上師が彼に加持することが出来た。

そなた達は全て「棺桶を見るまで涙を落とさない(最後までやり抜く)」で、この脳卒中の弟子のように、最後で最も苦しい時に至るまで懺悔を知らなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは鬼がより済度しやすいのを常に説いて、鬼が既に苦しみを知ったので、リンチェンドルジェ・リンポチェが何も説いても彼が聞き入れられて、彼に済度してあげる事が出来た。そなた達はよい生活を暮らすのに、やはり言う事を聞かなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは外の法師のように丁寧で言って、またそなたに褒めるなら、そなたが聞いてから速めに忘れてしまって、だから、リンチェンドルジェ・リンポチェが常にそなた達に罵った。罵ってから、そなたはびっくりして、心の中に「リンチェンドルジェ・リンポチェは私を罵る」を思って、潜在意識の中でとても明らかなことを覚えていた。たとえそなたはこの世に上手く修める事が無いでも、未来で三悪道に堕ちて、苦しみを知る事になって、潜在意識の中に「リンチェンドルジェ・リンポチェは私を罵った事がある」を急に思い出した。そなたの心の中にこの諭しが表れたら、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持が表れることに成った。

ガムポパ大師は「そのため、我々は自分をよく検視するべきである。私はいま一体既に勝義諦を修めるか?或いは依然として世俗諦の仮相の中に滞在するか?勝義諦を悟っても、我々も同じように有情衆生に悲心を修めるはずで、また、母のように有情のためにもっと大きな利益を持ってあげるはずである。」と開示された。所謂もっと大きな利益を持ってくるのは彼たちに生死を解脱する事を助けてあげて、彼らに永遠の楽の利益を得させる事がもっと大きな利益である。だから、行者は自分がまた世俗諦にいるか?或いは既に勝義諦を修めえるかをはっきり見えるはずである。しかし、いずれにしても、勝義諦を修めえる行者でも、衆生が輪廻苦海に落ち込む際に助けを与えて、自分が最も良いのを衆生に与えて、つまり悲心と慈心を修めるのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子の未来が良くなくなる事を予見したら、必ず方法を考え尽くして彼に助けてやって、偶に打ったり、偶に罵ったり、偶に彼に何をさせるかもしれない、とりあえず彼に福報を累積させて、自分の未来を変わられた。ガムポパ大師一層に「だから、我々がkの二諦が分別せずに双運を融合し実修するべきである」と開示された。勝義諦を既に修め得る行者は、同じように世俗諦と勝義諦を同時に修行し、双運とは共同で運営し、勝義諦と世俗諦という双運は慈悲の力にて、つまり悲空双運で、衆生に利益する事が出来た。ガムポパ大師は「この以外には深く法が無い」と諭された。勝義諦と世俗諦が一緒に修める法門は仏が開示された様々な法門を全て含めて、如何なる仏法と修行はこの二諦を離れる事が出来なくて、「深い」とは奥深い事ではなくて、最も重要な根本である。

ある年、リンチェンドルジェ・リンポチェはインドで閉関し、その時、大体4月、5月で、インドの酷く暑い夏だ。リンチェンドルジェ・リンポチェの関房は西日の照り付けで、午後の場合に、室内の温度が約40から50度ぐらいだ。閉関中なので、窓を開ける事が出来なくて、カーテンで隠す事も出来なくて、内に扇風機が無くて、更に冷気も無くて、たとえ衣服が全て脱いでも同じように汗まみれになった。閉関の間にシャワーも出来なくて、多くなくても頭の上にいくつの滴をして、暑い程度が続けて閉関する事が殆ど出来なかった。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェはある考えを起きて、ここに既にこのように暑くて、それでは、火地獄にいる衆生が如何に苦しみのでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェは願力なので、いつも地獄道にいる衆生の苦しみがとても関心した。そこで、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分が衆生に代って火地獄で苦しみを受ける事を観想し、太陽が同じように関房を照射しただ、空が暗いように変わっていないで、或いは黒い雲があった事がないけれども、たちまちとても爽やかを感じして、少しの汗を流さないで、関房も清涼になって、その上、連続の数日にこのようになった。

これはリンチェンドルジェ・リンポチェが衆生の為に苦しみを受けるので、このような不思議な事を発生する事が出来で、これは所謂「心が環境に変わらせる」である。一部の人々はそれが真に環境に変わらせる事ではなくて、ただ自分に催眠して暑さを感じなかった。これは催眠ではなくて、催眠が真に寝ていて、座禅を組む時に絶対に寝付く事が出来ないで、寝付くならば、とても重い罪である。まして、これは1日だけで爽やかになる事ではなくて、理屈から言えば、インドの6月は最も熱くて、関房が一日により暑くなって、催眠であれば、効果がこんなに数日に続ける事が出来なかった。

多くの人は疑って、心が如何にこのような大きな影響力があるのでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェは常に例を挙げて、共修法会の現場に1千2百人余りで、各々の家に飾りが全然異なって、これは何故でしょうか?これが全てそなたの心が考え出すのである。心の力は小さいのが外在の環境に変わらせて、大きいのが宇宙の一切な事を影響させられた。我々は全ての宇宙に影響する能力がまだないので、然し、少なくとも先に個人からからし始めて、そなたの一人が変ったら、そなたの見の回りの友達と家庭に影響して、ますます多くの人々に影響することが出来た。

何故我々は心が環境に変られることを言うのでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェの脊柱側弯症は何故リンチェンドルジェ・リンポチェに影響する事が出来なかったか?リンチェンドルジェ・リンポチェの心は意識を制御することができて、意識が心を制御することではなかった。何故前週に善根が円満してから空性に悟り始める事を説いて、根は善の根或いは悪の根ではなかった。この根は我々の目、耳、鼻、舌、身、意である。普通、我々の六根は作用して我々の心に影響させて、然し、金剛乗が却って心により意識に制御して、それから、六根を利用して我々の修行の工具を使えた。リンチェンドルジェ・リンポチェの頸椎がずれる問題があって、その上脊柱側弯症の問題があって、如何に痛まないのでしょうか?しかし、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェの身体がこのような厳しい状況を見えないで、これはリンチェンドルジェ・リンポチェが既に心と意識を分けて、却って心により意識を制御して、身体の病痛を自分の心に何も影響しなかった。

みんなが全て知る禅宗のストーリで、六祖慧能は二人の出家衆が論争している事にあって、一人は「風が吹いて幡を動く」と言った。もう一人は「幡が風の動きに従う」と言った。六祖慧能は「仁者、そなた達の心が動いている」と言った。このストーリの意味がとても深くて、禅宗がとても高い境界で、普通の参話頭ではなかった。簡単で言うと、我々に全ての事物が我々の心で作用している事を言って、だから「万法はただ心により作る」と言った。

今回のチベットに行く弟子の中で、一人は骨癌にかかって、その上、癌が既に骨髄に侵入した。然し、リンチェンドルジェ・リンポチェは四川成都に居る時弟子に先に説いて、弟子の為に加持しないで、もしどの弟子が高原の上に死んだら、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼の為にポワ法を修めて与えた。この弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞いてから、信心を起きて、スティックが要らないでも直貢梯寺に上げた。これは彼たちに自分の身体の病痛の感じがこんなに気にしないわけである。リンチェンドルジェ・リンポチェは先にこのように説かないなら、皆が随意に列をして加持を求めてきて、如何に自分で上るのでしょうか?これもリンチェンドルジェ・リンポチェが心理学を巧みに運用した。

今日、開示した内容は皆に仏を学ぶ事にとってとても重要で、実は一切が全て一つの考えのみである。そなた達は今日に明日を恐れて、明日に明後日を恐れて、明後日に明々後日を恐れて、毎日に恐れと恐怖の生活を暮らして、現在、そなたが真言を唱えて、礼拝して、上師からそなたに教導することがある場合に、速めに仏を学んでください。リンチェンドルジェ・リンポチェは在世の場合に、そなた達が仏を学んで、そなた達に利用する事が出来で、そなた達は決心をしてやってください。何時までに学び始める事と思ってはいけなくて、これは偶に少しの怠けがあったら間に合わないで、おなたが果報が何時に成熟する事が知らなかった。

仏を学ぶ心構えは法本に記載された事があって、ある少女が髪の毛が火で焼いて火を消える心構えと同じで、急いですぐにした。そなた達は決心をして行って、自分にもっと厳しくて、仏法の教導を遣り遂げて、仏法を生活に使って、仏法の真に意義を知り始めて、そなた達の業が変って、そして、そなた達の来世に変られた。そなた達の来世に因縁があるかどうか他の上師にある事が知らないで、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェの用にお金が要らないで、命が要らないでそなた達に助けて与える上師が既に難しくあった。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェがまた居る時間を大切して仏を学んでいた。

が、そなた達は仏を学ぶのがリンポチェになる事を思ってはいけなくて、リンポチェをする事がとても威風で、全ての人々がリンポチェに頂礼して、リンポチェが普通な人が我慢できない事が我慢した。「リンポチェ」はただ肩書きで、リンポチェの真に仕事が済度する事のである。リンチェンドルジェ・リンポチェは24時間、コンビニの営業する時間により更に長くて、そなた達が寝る際にもリンチェンドルジェ・リンポチェに考えていて、意外があったら、リンチェンドルジェ・リンポチェを呼ばれて、これによりリンチェンドルジェ・リンポチェが完全なリンポチェで、お休み時間が殆どが無かった。そなた達は仏を学ぶ事が何も尋ねる事が要らなくて、何時までに悟る事も思う事も要らなかった。ただ上師の教導の仏を学んで修行する方法にてしていて、仏法の薫陶を受けて、いつまで作用を起き始めた。金剛乗の教法はそなたにこのよで仏を学んで修行する事が助けられて、ただそなたが固い決心があって、仏を学ぶ事がそなたの生活を影響しないで、そなたの仕事も影響しなかった。

共修法会は円満な終了し、リンチェンドルジェ・リンポチェは自身の苦労を厭わないで、21人の信衆を続けて接見していて、午後5時40分までである。リンチェンドルジェ・リンポチェは法会の中に既に長い時間に開示されて、しかし依然として仏法にて各々の信衆に開示と加持を与えて、彼らの問題を解決された。

« 昔の法会開示法会開示へ戻る新しい法会開示 »

2011 年 10 月 18 日 更新