尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示

2011年9月4日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで共修法会を主催して、輪廻過患及び菩提心の重要性を開示された。法会が終わった後、更に信衆を接見して、午後4時50分から夜6時50分まで、37名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

法会が始まる前、ある女子の弟子は自ら、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがどのように一刻も休まないで慈悲に広大な衆生に利益するかを分かち合った。彼女は8月14日に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが台湾で22,000人以上が参加した「阿弥陀仏無遮大済度法会」を主法して、8月15日深夜11時30分にまた飛行機に乗り日本に到着して、8月16日午後から夜まで更に日本で「地蔵菩薩息災法」と「施身法」など二つの殊勝な法会を催した。合計で191人が今回の殊勝な法会に参与して、日本の法会に参加した人数が去年同時期の133人と比べると明らかに多く増加した。あるガイドさんも途中に皆さんに、ある日本人の夫妻が、寶吉祥仏法センターの公式サイトのお知らせで今度の法会のニュースを見て、わざわざ台北に電話してこの殊勝で得難い法会に参加することを申し込んだと分かち合った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法会の中に開示されたように、リンチェンドルジェ・リンポチェが各地で弘法する時、これまで事前の宣伝をしないで、これらの人たちはすべて仏菩薩が探してきたのである。

今回は初めて「地蔵菩薩息災法」を行ったのであり、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはこの法を修める行者が必ず大菩提心を備えなければならなくて、且つこの法を修める場所も必ずとても清浄な所でないとだめだと開示した。そして尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは自ら皆を率いて、花弁を捧げていて長跪の古い儀軌にて、菩薩のご降臨を迎えた。このように殊勝で如法な法会に参加することができて、もし尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがいなければ、参列者は参加する機縁がないのである。

今度の日本での法会は約4時間の行程であり、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは自ら主法されただけではなくて、その外、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはまだ自身の苦労を顧みなくて、法会に参列した大衆の一人一人を壇城に行かせて、自ら数珠にてすべての信衆と弟子の頭のてっぺんに触って加持された。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは3日連続で弘法し衆生に利益するため、二つの所に駆け回って、自分自身を全く考慮に入れていない。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが無私に払ったことを見て、この女子弟子はたいへん恥ずかしく感じて、皈依して既に10年たったが、絶えずに私利私欲の悪習をまだ直していないから、上師に指摘されたことがただ一回だけではない。皈依した後に、五戒も十善もすべて如法によく守っていない。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはずっと無私に払って、みんなを率いていたが、まるで尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは毎回の皈依法会に、皈依した後、五つのやってはいけない事があると開示されたように、その中の一つは「情無羞恥」とのことである。つまり、上師が仰ったこと、教えたことは、もしまた何度も犯して何度も間違っていることはすべて皈依して弟子が発生するべきでないことである。この女子弟子は自分が十年も皈依したがこの事がまだよくしっかりとやっていない事について、深く懺悔すると感じて、一切の果報をも受けようで、そして未来常に自分に再び犯さないように気づかせる。同時に彼女も尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが殊勝な加持と適時適切な教導にたいへん感謝した。

続いて彼女は報告したが、弟子達は法会の中に一つの間違いを犯した。皆に参考して欲しい。今回法会の間に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは大衆を率いて法本を唱えた。しかし、その中に一つの字は弟子達が尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが唱えた音を注意に聞かず、却って独り善がりで法本を見ながら唱えた。同じな状況は三回を間違った。護法を修めた時も再度上師が唱えた内容を注意せず、しっかりに従わなくて、独り善がりで法本に従って唱えた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、法本に従って唱えれば正しいとは限らない。上師に従えば正しい。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て法会の中に繰り返して教えに従う重要性を開示されたが、弟子たちは行わず、リンチェンドルジェ・リンポチェの教えを確実に心の中に覚えず、教えに従って奉じない。彼女は深く懺悔して、尚更に慈悲な金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが適切な指摘及び教導を感謝した。

今回幸運で撮影の仕事を担任した。参列者は尊き師リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な開示を聞いた後、心底から理解して笑った姿を見た。また法会に参加して亡者のために悲しい眷属は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに懇切に祈って、亡者と親族に加持を依頼する表情を多く見た。参列者の表情から見ると、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な教法は虚空中の限らない有情を利益できると現れた。

今回の旅も非常に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが経営した祥楽旅行社の全員を感謝して、短い時間に100人余りのために非常に快適で順調なスケジュールを手配した。日本に於いて非常にいい展望台で一年一度の大文字祭りを観賞して、に皆にとてもいい料理を食べさせた。また、皆に快適な環境で一緒に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持及び世話を共に受けた。お互いに報告した機会を通して、自分の間違いを検討できた。

最後彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法会の中に開示された言葉を引用した。リンチェンドルジェ・リンポチェは苦労で頑張りに行ったのは唯皆に体験させて、しっかりに仏を学ぶ事を望んだ。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは無私無我で奉献して、弟子達は全宇宙の中に最も貴重な宝物で差し上げても、報えなかった。彼女は生々世々に身口意で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに供養する事を願い、上師に法輪は常に転じて、常に在世して、体の健康を祈った。

続いて他の女弟子は大衆に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の義父を助けた経過を報告した。

彼女の義父は今年(2011年)8月14日の大法会の中に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲に済度された。彼女の義父は6月22日に脳卒中で車から転がって、42日後往生した。彼女の義父は車から転がるとすぐ昏迷に陥った。医師引き続きに彼女達を説得して、義父に挿管させたとき、ある兄弟子は突然彼女に電話をかけて、この事を分かった後、彼女に最も短い時間に彼女の母の家に甘露丸を取らせた。同時に彼女に伝えて、姑が自ら挿管するかどうかを決めさせるべきだ。彼女の姑は「息子に決めさせた。」と言った。その後この女弟子の夫は挿管しないと決めた。

彼女は続いて話したが、リンチェンドルジェ・リンポチェが加持の力は本当に強い。彼女の義父は甘露丸を飲んだ後、翌日は目覚めた。脳部に出血したところは唯血走っただけ。しかし、彼は間もなく肺部が感染したから、止まらなくて高熱して、昏迷に陥った。一週間後、彼女の義父は臨終状態になった。当時彼女の姑は何故当初挿管させなかったことを責めた。それで、彼女たちは義父に転院させてぐ挿管させた。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て挿管する苦しみを開示させたが、今回彼女の義父は病院で二回を挿管した。彼女も自分の目で挿管の怖れを見た。

始めて挿管した後、彼女の義父は目覚めた。しかし、体は半身不随になり、再び言葉を話せなかった。続いて病院で一ヶ月間、彼の上部呼吸器は炎症を起して、医師はどんないい薬を使っても病状を改善できなかった。今回カニューレをした後、彼女の夫はリンチェンドルジェ・リンポチェに伺えに2回を来た。1回目時、リンチェンドルジェ・リンポチェがはじめて仰った事は、ただ時間を引き延ばすである。それに、彼女のしゅうとは人を除いて何も殺す事が出来た。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた彼が転んだ時多くのところがぶつけられて、頭、肺、腹と腰全部黒みがあったと申された。確かに、彼女のしゅうとの頭にはひどい傷を受けて、全ての肺と上呼吸道と全部炎症にかかって、お腹の方は最初にどの異状もなかったが、転院した後症状がゆっくり現れて、最後に全部の糞便がすべて血であった。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた彼女の夫に彼にかニューレをしないと言い付けた。カニューレをするのは彼を地獄に堕ちさせるから、その上、彼女の夫に家族にえさせた。彼女の夫はいちいちを家族皆に教えた。しかし彼女のしゅうとは病院にいてまだ良く治さなくて、終日床で麻痺状態で、絶えずに熱が出ていた。

それで、彼女の夫はもう一度リンチェンドルジェ・リンポチェと面会を申し入れた。リンチェンドルジェ・リンポチェは7月10日時、彼女の夫に多くともまだ一週間で、つまり7月17日日曜日に彼女のしゅうとは去る事に成り、それに、彼に三悪道に堕ちさせないしか出来ない。家に帰った後、彼女は意外に夫にリンチェンドルジェ・リンポチェが彼に彼の父親を三悪道に堕ちさせなく、つまり往生した後少なくとも人道に行くと言った。彼女は自分がとても愚痴で、こうしたら彼女のしゅうとを三善道に行かせると思って、勝手にリンチェンドルジェ・リンポチェの話を油を加えたり、酢を加えたりして、ひどい口業を犯して、彼女の夫にここまですれば結構で今後もうリンチェンドルジェ・リンポチェに求みに来る必要がないと思わせた。

7月17日日曜日の法会が終わった後、やはりリンチェンドルジェ・リンポチェが予言した通りで、彼女のしゅうとの血圧は急に下がって、心の鼓動は遅くて、混迷になった。彼女はこの前姑にリンチェンドルジェ・リンポチェの予言を話したので、彼女のしゅうとめは病院でしゅうとが二回目のカにユーレをするため待った。あの晩はずっと1人麻痺する者を救急手当をして、パイプ‘レンチは咽喉を伸ばし込む時、お体は意外にベッドから引き出して、手足が止まらなくてむやみに振るえた。翌日、彼女のしゅうとはまだ目が覚めて、しゅうとめはしゅうとの手を握るようとして、しゅうとはずっと彼女の手を振って、唯一の動けるの左手で夫の手を握って、何時も頭を横に振って夫を見て彼に死なせて、救わないと願っていたようだ。この二回のカにユーレは本当に奇蹟で、全部リンチェンドルジェ・リンポチェの加持である。それは二回のカにユーレは全て三日間の内に抜けて、本当に大変殊勝だ。彼女は嘗てカにユーレした親友に聞いてカにユーレをした後抜ける者はいなくて、ある者は抜けると呼吸が困難になったためまた挿し込んで、全部人工呼吸器をつけて死になった。

大法会の10日間前、彼女のしゅうとは亡くなった。家族には誰もリンチェンドルジェ・リンポチェに法を行って済度するのを願いに来ないので8月14日大超度法会のあの日、彼女と子供はしゅうとの名前を読んだ。8月16日にしゅうとは火葬して、彼女は自らの目でリンチェンドルジェ・リンポチェが済度した後亡者の瑞相を見た。しゅうと火葬した後、骨灰は七つの色で、骨の数量はとても多くて、他人は只一つの鉄の皿で十分で、彼女のしゅうとの骨灰は二つの皿に満ちて、骨も大体大変完備で、特に頭骨は非常に完璧で、まだ一枚で、下には全部七つの色で、彼女は本当に大変リンチェンドルジェ・リンポチェに恩に着た。

彼女のしゅうとはいつも因果を信じなくて、とても肉が好きで、晩年病通で深く苦しんでいて、鼻喉癌末期、心筋梗塞、また高血圧、心臓病にかかったが、やはり海鮮と肉が好きで、誰が言っても無駄だ。彼女は大変リンチェンドルジェ・リンポチェに恩に着て、求めを問わずにしゅうとを済度した。彼女は寶吉祥仏法センターに来なければ彼女この一生は本当に見境がないように費やして、どの方向もない。彼女はとてもリンチェンドルジェ・リンポチェに恩に着て、しゅうとに将来に仏を学ぶチャンスをあらせて、これは最大な恩典で、仏を学ぶのは本当に人生の中に一番重要なことから。

彼女の主人のお祖母さんも病気に罹るので死んた。母子の二人は一年で次々と逝去して、人々が彼女達がとても運が悪くて、とても目出度くない家庭と思っていた。が、彼女は此れが最も吉祥な一年だと思っていて、彼女の舅が本来済度を貰える事が無理である。彼女の主人のお祖母さんも同じで、賭け事を好んで肉食する事が好きで、しかし、今年の3月、彼女もリンチェンドルジェ・リンポチェが施身法にて済度してもらえた。彼女のこの世に供養した事が無いで、例え彼女が嘗て顕教を皈依した事があって、テレビを見て仏法を聞いて、自分が思っている修行の日々を暮しても、供養をした事が無かった。寶吉祥仏法センターに来ると、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に上師と仏菩薩に供養し、此れは一生の中に、最も重要な事を教えてくれた。彼女は真にリンチェンドルジェ・リンポチェにとても感謝した。

彼女は、彼女の友達が大法会に参加した後、殊勝な事を会った。彼女の友達は大法会に特に一心で二人を観想し、一人が自分の伯母さんで、もう一人が既に去ったスターである。彼女の友達がリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見した事があって、その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に彼女の家族である者が意外で死んだ事を諭し、彼女に家に帰ってから尋ねさせた。それから、彼女の伯母さんを確認した。この伯母さんは12歳の頃に自転車にぶつかって死なれて、その時、彼女の友達のお父さんがやっと3歳だけである。

この友達はあるスターのファンで、そのスターと一寸知り合って、偶には一緒に食事した事があった。そのスターは癌で死んでいって、生前に人々に対してとても優しくて、常に善行をしたが、人々に知らせたくなかった。彼女はその時にある所謂密宗の上師に仏を学んだ事が有っても、死ぬ前に依然としてモルヒネを注射して、肉食をした。彼女の友達は、リンチェンドルジェ・リンポチェにあのスターが一体何処に行く事をお伺いを立てる勇気が無かった。そこでは、彼女は大法会の中にそのスターを一心不乱で観想していた。

大法会の後の4日目の夜で、彼女の友達はそのスターが送別会を行う夢を見て、とても厚いカラスを分けてファンと別れて、身の後ろに港で、とても綺麗な海を見えて、然し、港で如何なる船を停泊している事が無かった。彼女の夢の中に、そのスターがとても親切だ感じていて、その時、ある女がスターの側に速くて歩いた。彼女が目が覚めた後に、その知らない女を思い出して、その女と自分の叔母さんを似ていて、伯母さんだと思っていた。彼女は彼女の父と此の夢を話して、彼女の父が同日の夜に彼も夢見た。ある女が夢に彼を見ていて、彼がそちらが彼のお姉さんを知っていた。彼女の友達はずっと不思議だと言っていて、此れは彼女のお父さんが殆ど夢を見なかったわけである。彼女の友達はリンチェンドルジェ・リンポチェにとても感謝し、その上、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼らを済度した事を信じていた。

最後、この女の弟子は仏菩薩の前に発露して懺悔した。彼女の舅が発病した後、短い40日目の間に、彼女が多くの悪習をして、多くの瞋念を起きた。その上、彼女も彼女の舅に殺された衆生に懺悔した。その上、彼女が8月14日の大法会のボランティアを担当した。法会の前の日、彼女は南港展覧館に椅子を拭く仕事を支援して、真剣なこの仕事をした事が無かった。拭いた椅子が依然としてとても汚くて、その後、もう一人のボランティアの兄弟子が彼女に代わって再び拭いて、彼女がただ私利私欲で早く帰って子供を繋ぐ事だけで知っていた。もし信衆にとても汚い椅子に座るならば、彼らが反感を起きるかもしれない、リンチェンドルジェ・リンポチェの名声を破壊のように、然し、彼女がすぐに改正しないで、皆が彼女を例にする事を望んでいた。最後、彼女は彼女の分かち合いにより、皆に挿管の恐怖を知らせられた事を望んでいた。くれぐれも家族に挿管或は気管切開術をしてはいけなかった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上った後に、引き続き法会に参列した大衆のために輪廻過患と菩提心の重要性を開示された。世界では、宗教がたくさんあり、キリスト教、カトリック教、道教、回教或いはヒンドゥー教などすべては1人の最高の神様がいて、すべてのすべては神様が与えたのであり、神様にさえ祈り求めれば、神様の助けを得ることができるが、しかしそなたが永遠にただその子民か、或いはその弟子と孫弟子であり、神様の加護を祈り求めなければならなくて、神様の話を聞き取らなければならない。しかし、たとえそなたはどんな程度までやり遂げても、神様を越えることがあり得なく、そなたは永遠に神様になることがあり得ない。

厳格に言えば、仏法は宗教だと言えなくて、仏法が説くのは宇宙の真理であり、そなたにすべての宇宙万象の真実な経緯をはっきり見分けるように教える。私達は釈迦牟尼仏を本師と称し、根本的な導師であり、教主、創造者或いは神様ではない。釈迦牟尼仏が成就した時、衆生が私と同じに全て成仏する条件があると嘗て仰ったことがあるが、どうして衆生が成仏できないか。その故、釈迦牟尼仏は49年弘法して、彼の修行した経験と成仏の方法を衆生に教えて、衆生に生死に解脱する方法を教えるためである。私達は供養し、布施する理由は、仏法を聞いたり学んだりする福報と資糧があるためである。

仏を学ぶのは資糧が必要であり、食事する金が必要である。しかしたとえ仏菩薩は私達にすべての教えを与えても、やはり私たちが自分でやらなければならない。ちょうど小学校から大学まで、皆さんはすべて数年間勉強していて、学校の先生もそなたに教えることしかできなくて、自身の知識を直接にそなたにあげることができなくて、すべての授業はそなたたち自身でしなければならなくて、した後にようやく吸収して自分の知識になる。そなた達は、学生が家に帰って宿題をする必要はないということを聞いたことがあるか。仏を学ぶのも同様な道理であり、上師はそなたに方法を教えることしかできなくて、彼の持っているのをそなたにあげることができなくて、もしあげることができれば、リンチェンドルジェ・リンポチェは直接に直貢チェツァン法王に願って賜ってもらったらいいだろう、このように苦労して閉関修行する必要があるか。だから必ずそなたたちが自身で修行しなければならない。

法座に上がって説法することができる上師は、必ず一定の条件に合わなければならなくて、《宝積経》には、弘法する上師の22カ条件に言及した。自分が見ればわかることができると思わないでください、先生の教導を要らないで自分で家で修行して修め得ることができると思うが、昔から今まで、先生の指導が要らない仏を学ぶ人は一人もない。もし一部のお経を唱えたり、いくつか法会に参加したりするならば、仏を学んで修行すると思っているが、それでは、リンチェンドルジェ・リンポチェもこんなに大変に修行する必要はなくて、てきぱきと1日中直貢チェツァン法王の加持を求めたらいいだろうか。

仏陀は衆生にたくさんの法門を教導したが、しかし最後にはまた自分が1つの法をも言わなかった。どうして。これは仏が衆生の因縁に従って説法するから、自分の問題を対治し、すべて輪廻に落ち込む行為を改正して、更に輪廻の苦しみに解脱することができる。自分がもしある種類の法門を修行していると思うならば、それはつまり執着であり、また再度輪廻する。私達の多くの事はすべて輪廻しているので、感情をも含む。仏法は私達に、どのように貪、嗔、痴にごまかされた心を再度現れられるようにさせて、私達に清浄の本性を回復するように教えた。

その他の外道は「輪廻する」の概念がなくて、カトリック教は輪廻があることを信じなくて;道教も来世までだけを話して、過去世とのことに言及しなくて;インドの一部の宗教が輪廻に言及するが、しかし因果を言っていないで、輪廻が一体どのように発生するかはっきり言うことができない。ヒンドゥー教の一部行者は苦修を通して業を清めて輪廻に解脱することができると思っていて、だから彼らは1つの足で立って、あるいは吊るす方法で修行し、修行する方法はとても大変であるが、しかし依然として輪廻が了解できなくて、輪廻を断つことができない。そなた達の中の一部は、釈迦牟尼仏が肋骨の際立つ様子の仏像が1つあって、それはつまり釈迦牟尼仏が王宮を離れて六年間の苦修をするイメージである。その期間、釈迦牟尼仏はただ座禅を組んでいかなるものを食べていないで、しかし最後まで修行して、このような修行する方法がただ三悪道に堕ちないことができて、生死に解脱することができないことを発見して、だからやっと苦修することを放棄された。釈迦牟尼仏がこの世の中に来る時、その時インドに1千余り外道があって、もし仏法はその他の宗教と同じならば、外道の方法はもし生死に解脱することができるならば、釈迦牟尼仏は弥勒菩薩の兜殊天下から娑婆世界まで弘法する必要がないから。

昨日ある皈依の弟子は、家の設計図を持ってリンチェンドルジェ・リンポチェにお伺いに来て、彼が家を買いたいと言って、リンチェンドルジェ・リンポチェが仏堂がどんな位置に置くべきであるかと開示するように望んで、そして、もし適当ではなければ、その他まだいくつかの方案があると言った。この弟子は自分がとても礼儀正しいと思ったが、実は上師を利用して、家さえまだ決定していないで、仏堂を聞きに来て、上師に面倒をかけて、上師の体力を消耗した。もし上師を風水師父にして風水を見にくるならば、それではも市況に従わなければならなくて、この弟子も供養を惜しまなくなくて、ただ上師だけを利用したい。もし仏堂の装飾品の位置につきてこのように心配するならば、自分によくない影響が発生すると思うと、はっきり仏を学ぶことも要らない。

そして、ある1月に新しく皈依した弟子は、昨日2人の子供を連れて、リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに来て、彼女は口を開くと:「師父!私の2人の子供を法会に参加させられてください。」と言った。この弟子はすでに皈依してもうすぐ1年になったが、どのように自分の上師を称すことさえもはっきり分かりない。師父と呼ぶのがよくなくて、きっとリンポチェと称すのではなくて、「リンポチェ」とは1つの修行の果位を表すのであり、「世の中の宝」の意味である。これで彼女がこの前に多くの道場に通ったことがあり、1日中加護を求める心構えであり、すでに習慣を身につけて、ようやくこのような間違いを犯してしまい、同じく彼女がこれまで上師を重視しないことを表した。

さっき起きて分かち合った弟子も同じで、彼女は諸仏菩薩に懺悔することを言って、全然に上師に言及していない。仏菩薩より上師が凄いのではなくて、上師がそなた達の尊重を要とするのではなくて、もし上師がいなければ、そなた達は本当に仏法を学んで更に生死に解脱する方法がない。そなた達が自ら仏陀の教授を耳にする方法がないため、きっと上師を通してようやく学び得ることができる。そのため、チベット仏教では特に上師を重視して、上師は仏より更に重要であると思って、仏がすごくなくて重要でないと言うのではなくて、上師が仏菩薩を代表してそなた達に法を伝えるから。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らの弟子が犯した誤りのため怒るのではなくて、彼らは根本的に一名のリンポチェの役がはっきり分からないことを表すのである。リンチェンドルジェ・リンポチェが怒って、そなた達が輪廻に解脱することができないことに怒った。

リンチェンドルジェ・リンポチェの父が亡くなったことは、リンチェンドルジェ・リンポチェにしっかりと仏を学ぶ心を啓発させた。リンチェンドルジェ・リンポチェの父は一生に道教を修行していて、既に「真元出竅」に至って、つまり、体がここにあるが、しかし神識(魂)が他の所に行って人を手伝うことができて、一生中無数の人を手伝ったことがある。道教では「真元出竅」まで修められるのはあまり容易なことではないが、しかし、たとえこのようにとしても、彼はやはり心臓が突然麻痺していて亡くなった。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェはただ18歳であり、この突然の変化は、リンチェンドルジェ・リンポチェが深く感じるのは、自分の父親が道教を修めて、どんなによく修めても、同じく自分の死亡に対してある程度掌握することができなくて、その故、それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏を学ぶと、道教で学んだのをすべて捨ててしまった。リンチェンドルジェ・リンポチェの父親が亡くなった時に、目が開いたのであるが、ずっとリンチェンドルジェ・リンポチェが駆けつけたとこと以降、目はやっとゆっくりと閉じて、そして涙を流して、当時リンチェンドルジェ・リンポチェの父親はとっくに死亡した。この事がリンチェンドルジェ・リンポチェに深く体得させたのは、死亡した後に、神識(魂)はすぐ体を離れるのではないことであり、それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏を学んだ後に、これがお経に説くのが一致すると知っている。。

リンチェンドルジェ・リンポチェは父親の遺体を確かめに行った時、1つの大きな遺体安置室の中で、赤裸々な遺体がいっぱい横たわって、ずっと水で洗い流されて、遺体をきれいに洗い終わって、死んだ豚のように地上に置いて、その違いはただ人体は毛がいっぱい生えていないだけである。今葬儀社があるが、しかし遺体の処理についてあまりに変わっていなくて、ただ設備は少し良くなり、1つの部屋で単独に並べるが、しかし措置は昔とたいして違わないで、依然として水で洗い流すのである。その時の光景はリンチェンドルジェ・リンポチェは非常にショックさせて、生前にそなたがどんなにお金、勢力があっても、死んだ後にすべて同じで、何も持っていけないと、深く感じる。世の中では、そなたの一生に命懸けで追求に値する事は本当に何もない。父親さえも道教をこのようによく修行したが、しかし自分の死亡に対して、依然として完全に方法がなくて、それでは、何かひどい目があるのではない。そのため深く生命無常と輪廻過患を深く体得して、そしてこの一生にきっと死亡を掌握できるのを決心した。

輪廻の過患は我々の幼い時に食べた綿飴のように、本質はあめであるが、加熱して溶融した後に、更に機械にて糸と同じように細いあめの糸を形成されて、口に入るとすぐ解けるが、しかし巻き付ければ巻き付けるほど大きくなる。これは六道の中に輪廻している衆生のように、貪、嗔、痴と因果を信じない念頭が私達が幸せを追求する欲望を加熱して、一層に一層絶えずに巻き付く業力になって、綿飴の如く、回れば回るほどもっと大きくなり、そなたがどれだけ大きいのかを要したら、どれだけ大きいのを作ることができる。一回輪廻すると、業力は更に一層を厚くして、善業か悪業に関わらず或いは、このように絶えずに巻き付く。そなた達が手で触る時に、そのものはそなたの両手をいっぱいつけて、振っても振り捨てられないで、たとえ水で洗い流するとしても、あれらの飴の分子はやはり指の上に残して、依然として少し粘る感じ、これで業力の私達に対する影響であるようである。もし私達はただ短い楽しみだけを追求すれば、あめを食べるように、最初の時に食べて口の中で甘いと感じるが、あめを多く食べると、最終には口の感じが甘くから苦くなる。だから仏を学んで最も基本的に輪廻過患を了解しなければならない。そなた達がこの一世に輪廻を断つことをやり遂げる事を決心し、今先に享楽にふけて、来世に再び修行すると思ってはいけないで、もし来世になり再び修行すれば、利息も加えて、そなたの冤親債主がそなたをかむ時も更に力を入れて、もし輪廻を断つことができないならば、業力に巻き付かれて、綿飴のように回転すれば回転するほど大きくなる。

出勤に行かない口実を探さないでください。出勤するのも1つの輪廻だと思って、朝会社に働きに行って、昼ごろ食事をして、午後引き続き働いて、そして仕事を終えて退社して、翌日も同様に繰り返してこのように過ごして、どのみち輪廻を断つため、もう仕事をやめようと思う。実は、どのような仕事に働くのはすべてそなたの縁次第である。真に輪廻過患を了解することができる者は、もっと積極的に暮らすべきである。何故かと言うと、すべての事が業力があることを知っているため、輪廻を断つことができるため、再び新しい業力を作る勇気が無くて、だからもっとまじめで積極的に仏法を生活の中にに用いるからである。

嘗てある弟子は筋萎縮性側索硬化症という病気に罹った。彼の神経は変性で体が徐々に筋萎縮して低下した。四肢から始めて徐々に全身に蔓延して、最後動けなかくて、唯眼球しか動けない。心臓は動けなくて呼吸は困難するまで死んで非常に苦しかった。この病気に罹った人は通常に長く間まで死ねなくて、ある者は3年やある者は7、8年まで死なない。しかし、この弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を受けて、輪廻過患を理解して、因果を受けて止まらなくて懺悔して仏法テープを聞いて、リンチェンドルジェ・リンポチェの法写真を見て六字大明呪を唱えていた。皈依してから約三ヶ月後に亡くなった。死んだ時に完全に苦しめなかった。最後彼は尚更に自分の死亡時間を予知できて、彼の家族にいつ頃亡くなることを伝えた。結局本当にこの時間の通りに亡くなった。

何故三ヶ月間に皈依した人は死亡時間を予知できただろう。それは彼は輪廻過患を理解して、この方向に向いて頑張って修行していた。だから、そなた達は再びにリンチェンドルジェ・リンポチェに自分が脳卒中なので修められない、病気に罹ったから修められない、車椅子に座ったから修められない、癌に罹ったから修められない、お金がないから修められない、ビジネスは忙しいから時間が無くて修められない、自分はアメリカに住んでいるから修められない事などを言わないで。此れは全てそなた達の言い訳だ。若し実際の例がないと、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に要求できない。しかし、この筋萎縮性側索硬化症患者のストーリはそなた達に伝えたが、心は最も重要だ。彼は口は既に動けないけど、心は引き続きに真言を唱えて、上師を信じて必ず自分を助ける事を信じた。

そなた達は心の中から本当に輪廻過患と言う考えを起さなければならない。。だから、自分は発願して再び来れば、願いを実現すると思わないで。若しそなたは此の世に菩薩果位を証しないと、発願して再び来る事ができない。全ては自分の業力に従ってくる。ある団体は彼たちの成員に発願させて再び来られて、再びこの団体の成員になる。そなた達は如何なるいつか帰られるやこの団体はその時まだ残っているかどうかを分かるだろう。例えば、リンチェンドルジェ・リンポチェは前世と今世は400年に経った。若し400年後転生すれば、あの団体を探せなくて、名前が似ている団体に入るなら、間違い道を歩いただろう。阿弥陀仏は発した48願は既に自分が出来ると確定すれば、この48願を発した。若し自分の誓いを違反すれば、仏になる資格がない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは親友が一人有って、彼は尊勝なる直貢チェツァン法王をリンチェンドルジェ・リンポチェに紹介して認識された。当初リンチェンドルジェ・リンポチェが初めの仏卓も彼が協力して飾られた。彼の一生は四大教派の法王は全て会って、灌頂を1000回以上受けた。毎週少なくとも3日で法会に参加した。更に自分も極めて有名な紫微斗数の占い師であり、業界で少し成就する人は全て彼に占いされて、彼の名前を聞かない人はいない。理論的には彼は自分がいつ亡くなる事を占うはずだが、彼は北京で脳卒中した。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼を助けて、急難救助機を手配して台湾に運ばれた。最後全ての後事もリンチェンドルジェ・リンポチェの助けて処理された。この人は占いの仕事をして、時間はとても自由だから、行きたい所があればいける。常に電話を受けた後、出掛けた。彼は結婚しなくて、多くの恋人と付き合ったが、付き合った時間はとても長くなかった。だから、負担も無くて、多くの男子が羨ましい生活をしていた。理論的には彼は多くのリンポチェと法王を認識して、尚更にリンチェンドルジェ・リンポチェを直貢チェツァン法王に紹介した。これから見れば、仏を学ぶ因縁及び福報を具えたはず。しかし、彼は脳卒中で亡くなった時まだ60歳に満たさなくて、短寿と言える。また、脳卒中で亡くなるのは事故死と言われる。彼は多くの灌頂を受けたが、沢山な法会に参加した人は事故に遭って死ぬわけではない。原因は彼は輪廻過患を信じなかった。嘗て彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに来世は再びに来るかどうか聞いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは来ないと返事したが、彼は自分が来世でも再び遊びに来ると言った。この念が現れると、全ての功徳は無くなって、彼が行った全ては福徳に変わった。

福徳は来世に使えて、業を転じられない。功徳はすぐ使えて、累世の業を使えた。更に功徳は永遠に使い尽くさない。たとえ虚空が尽いても、功徳は尽かない。確実仏法を学んで仏菩薩の教えに従って行えば、仏菩薩と同じな功徳大海の中にいて功徳は永遠に使い尽くさない。福徳は金のように銀行に預ける利子は1%だけが、毎年インフレは10%がある。そうすれば、そなたの預金は実は少なくなって、徐々に使い尽くした。

悪業、善業とも我々に輪廻させた。我々は皈依したとき、仏は我々に教えて、もろもろの悪を作すこと莫く。我々は再び悪を作れば、悪の業力は自然に起こらない。更に善の業力である。善業も同じで我々に輪廻させた。そなたの念は私が嘗て誰を助けた事があったやどんないい事を行ったなど存在すれば、この執着はそなたに再び輪廻させた。若しそなたは此の世に金持ち或いは社長、高官に成るなら、全てそなたは累世に嘗て布施して供養した事があるから。所謂富貴を得れば、修める事は難しい。そなたは金があって権力がある時、仏法を学ぶのはとても難しい。

例えば、昨日ある上場企業の社長夫婦はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。彼は自分がチベット語を勉強したいが、論を読みたいからと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの夫婦に行って、リンチェンドルジェ・リンポチェの二人の弟子は教授として、大學にチベット語を教えた。彼達はリンチェンドルジェ・リンポチェを見ても同じで頂礼しなければならない。若しこの夫婦は勉強したいなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子を指示して彼達を教えても構わない。しかし、チベット語ができれば、仏法を学べるとは限らない。チベット人は全て仏法を学んだだろう。そなた達はラマを見ると、彼達は皆密法を学んだと思わないで。リンチェンドルジェ・リンポチェは昔も嘗て直貢チェツァン法王に聞いて、自分はチベット語を学ぶ必要かどうか。直貢チェツァン法王は直接に言ったが、時間を浪費する必要がない。現在既に多くの翻訳書がある。この言葉を簡単に聞いたけど、分かる人は分かった。文字は唯道具なので、最も重要なのはそなたの仏を学ぶ心である。

何故この社長はチベット語を習いたいだろう。それは傲慢で我慢貢高なので、自分は論を分かれば他人に教えられると思った。ビジネス領域で社長なので、自分は仏法に於いても社長しないとできない。仏法は「経、律、論」と説かれた。「経」とは仏の説いた内容である。「論」は過去祖師大徳の心得である。彼は仏が説かれた経から始めるではなく、論から始めるのは仏経は余り複雑で沢山だと思って、他人の心得を見れば、かなり速くて簡単だ。尚更に自分の考え方を加えれば、仏法を説かれる。しかし根本から理解しなかった。仏経は最も重要な基本であり、多くの人は論を読む事が好きなのに、経典を習わなかった。しかし、論は経典から生じた。ある論は我々が本当に読む必要がなくて、有るのは読む必要がある。必要かどうか如何なる判断するのはそなたの上師が決める。

多くの人はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁したが、全て自分の欲望を抱いてきた。夫や妻は自分の話に従わないか、子供は勉強しないか、ビジネスはうまく行かないなど。リンチェンドルジェ・リンポチェが自分のために法を修めて欲しい。自分のビジネスがよくなる。皆は密宗は財神法を修めた事がある。しかし、財神法はこのように使わない。財神は護法の一つであり、財神法を修めるのはそなたを助けて、仏を学ぶ道で十分な資糧があって、貧乏な苦しみを受けなくて、仏法を学べる。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分もビジネスしているが、自分のために財神法を修めた事がないから、如何なるそなたたちを助けて法を修めるだろう。例えば先の弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェが不動産会社を経営した事を分かったのに部屋を買いたくても彼が尋ねに来なかった。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェが自分のために財神法を修めないという証明が有る。実は人の一生は来た時に何も連れなくて、一身の業力しか連れなかった。離れた時も何も連れなくて、唯今世の業しか連れなかった。だから、この世間法は求める必要がなくて、出世法をうまく修めれば、世間法は自然に障碍が無い。

昨日ある皈依弟子夫婦は娘を連れて、リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。この弟子夫婦の娘は皈依した後、医学院を合格した。しかし、自分の生涯計画のため、仕事は重要だと思って、既に二年間法会に参加していなかった。彼女は先日突然に大動脈解離して、もはや死んだ。ある医師弟子は報告したが、この病気の死亡率は少なくとも50%以上と言われた。当時、リンチェンドルジェ・リンポチェはちょうど日本で法会を行なって、聞くと止まらず責めた。彼女の母は通常供養せず、事故にあったら、リンチェンドルジェ・リンポチェに供養した。幸い彼女の母は引き続きにリンチェンドルジェ・リンポチェの飲食を仕えているから、福報を少し累積した。リンチェンドルジェ・リンポチェには彼女の母の供養を受けた後、法を修めなくても彼女の娘の病気が治った。

昨日この娘は道場に来て、法会に参加する事と懺悔することを求めた。彼女が父母親に懺悔するを要された。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの女性の両親が彼女がこの仕事を働く事を決まる前に、苦労するからしないでくださいと勧めたことがあるが、しかしこの女性は話を聞き取れなくて、きっと働いて、体力が持たないため病気にかかって、父母に苦しみと悩みをさせて、親孝行をしないで、だから道場で大礼拝をして彼女の父母に懺悔するべきである。大礼拝が終わった後、リンチェンドルジェ・リンポチェは元々両親と娘に一緒に開示されて、彼達の娘に今日法会に参加させたいと思った。しかし、父親は黙ったまま別れて先に離れた。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの弟子に何故先に離れたと聞いた。この弟子は「両親と約束しましたから」と返事した。リンチェンドルジェ・リンポチェは更に彼に「娘を産んでそなたも責任があるでしょう。」と聞いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の娘に親孝行を教えて、彼を助けて子供を教育した。彼は母親が代表すればいいと思って、問題をリンチェンドルジェ・リンポチェに投げて、自分が先に離れた。子供は親孝行するかどうかリンチェンドルジェ・リンポチェと関わらない。元々リンチェンドルジェ・リンポチェはこの娘は教えに従った事を思って、大人しく道場で四時間に大礼拝をした。しかし、彼は離れるとこの縁が無くなった。彼の娘は今日法会に参加できない。

現場でリンチェンドルジェ・リンポチェはある医師弟子に聞いて、大動脈解離の患者として病気が治ったばかりに四時間に大礼拝できた人があるかどうか。この医師弟子は「このような例を聞いた事がなくて、無理にできるわけではない。」と返事した。しかし、彼は昨日黙ったままに離れたから、娘に今日法会に参加できない。今日彼はこの黙ったままに別れた因を播いて、若しかしてある日は本当にリンチェンドルジェ・リンポチェと黙って別れるかもしれない。

二週間を続いて、ある若い男性の信衆はリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを求めた。自分はある女性を傷付いた。元々三年間の刑罰を裁判されたが、その後七年を変更した。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に道場で一時間くらい大礼拝をさせた。大礼拝をさせたのは第一、彼に懺悔させた、第二は彼の福報はもはや使い済みなので、彼を助けて福報を少し累積させて、彼にも仏を学ぶ因縁をさせた。このような罪を犯して入獄した後、必ず快適に過ごさない。彼は始めてきた時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の姿を見て、彼が自殺するつもりだ。自殺の果報はとても怖ろしいが、若し彼は自殺すれば、必ず地獄に堕ちる。地獄に堕ちて、苦しみを受ける時間はとても長くて、少なくとも1500年に経たないと離れない。更に彼は生前にこの事をしたから、彼を助けて地獄から離れさせる人がいない。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に開示された。因果を受ける。今日彼はとても監獄の中に苦しみを受ける事を恐れたが、彼に傷付かれた女性も当時同じように怖れた。むしろ監獄にいくら苦しみを受けても、何も受けなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に監獄の中に死なないように加持できるが、また彼に勧めて出獄すれば再び同じな間違いを犯さない。

こんな者さえも助けるかという者がいた。リンチェンドルジェ・リンポチェは申された:地蔵菩薩は仰った:「地獄が空いてなければ、仏にならないと誓った。」地獄へ行くのは全部し間違った。地蔵菩薩はやはりあれら一番苦しい衆生を助けた。そなた達は?同じでし間違った者で、過ちがなければ現在はここに現れることがない。人であれば是非過ちがあった。相でなければ菩薩、仏になった。仏法は即ち六道に輪廻する衆生を助けるのである。仏菩薩の目の前良い者と悪い者に分けなくて、只因果である。この信者は他人と出会えれば、彼に只多く念仏するなどしか教えない。

そなた達は輪廻過患を人生の座右銘として、仏を学ぶ方向を良く知って、人生観は積極的になった。生活に全く仏法を溶かして、毎日生活には仏法を離れなく、さもないと一生はまだ無駄だ。≪地蔵経≫には説いた:凡夫は心を起きて念が動いて、全て業で、罪である。人の全ての考えは全部自分のためである。そなた達は今日家に帰って心を澄んで考えてみて、我らは生まれてから全ての考えは全部自分の貪、嗔、痴のためで、只自分の利点しか考えなかった。人の一生は全部勝つの為、一生懸命争って、奪って、リンチェンドルジェ・リンポチェが若い頃もこんな事をして、非常に努力してアルバイトをして、お金をもうけて、ボスになって、幸いにその後まだ仏を学ぶ機縁があって、相でないとこの一生も無駄になった。そなた達は心の方向をもう一度定位するべきだ。一切はまだ自分のためすれば、輪廻を断つ力は即ち弱くなった。そなた達は自分の嫌い物を受け取らなければ、貪、嗔、痴はすでにしはじめた。

そなた達は仏を学ぶ心意は全部逆にするべき。たとえリンチェンドルジェ・リンポチェは護法に求めた時は、「死亡は我にとって良いならば、我を死なせて、病気は我にとって、よければ、我に病気をさせて、健康は我にとってよければ、我を健康指せて。」と求めた。死亡は累世の業を全部返せて三悪道に堕ちないと、それはいいである。病気は債を返せばそれも良いで、一口の肉を食べるとはやり肉体で返すべきから、リンチェンドルジェ・リンポチェは因果を信じた。結局護法はリンチェンドルジェ・リンポチェをますます健康させた。8月14日の大法会する時、リンチェンドルジェ・リンポチェは朝8時半から午後5時まで休まなくて、翌日また二つの法を行い、一般な者であれば、体力はもう負担する事が出来なかった。なぜリンチェンドルジェ・リンポチェはこんなに苦労したか?今世に累世が全て借りたのを全部返して、もう輪廻しないから。そなた達はもう過去世を聞かないで、今世を見る。そなたは確かに輪廻過患の苦しみを分かれば、自然に決心をして、とても積極的にこの一生を把握して仏を学び、しかし累世連れて来たの大きい業力を回すれば、必ず菩提心を修習することに頼るべき。すべの宗教はただ仏法は菩提心を教えて、この一生には菩提心を修め得れば輪廻を断つする事が出来る。

菩提心は「世俗菩提心」と「勝義菩提心」に分けて、世俗菩提心とは字面的に「世間にとても俗気な菩提心」と解釈するのではなく、世間に一般な心念と言い、そなた達はまだ全部凡夫で、まだ俗世間にいて、それで、生じた菩提心も世俗的だ。菩提心は利他の心で、一切は全部衆生のため修めて、全く自分のためではない。僅かな仕返すとの考えがあれば、菩提心ではない。世間の一切に対して執着があれば、菩提心を修めないのである。この一生に菩提心を修め得なければ、業を転化することが出来ない。

ガムポパ大師は申された:「世俗な菩提心を修習する」とはまず心の奥底より「一切有情衆生に安楽を備えて、苦痛を遠く離れて、最後に円満な仏果を得る」と見事な願いを起こした。こんな広大な願いが起きられた後、何を修めえても、我らも只待って見て母のような有情に利益して、利己的な考えはすこしもない。こんな大乗の心の起きれを通じて、その他の有情に利楽することを修法の目標として、即ち世俗菩提心を修習する。

そなた達は現在心の奥の所より菩提心を起こすのは出来ない、それはそなた達が全部そそっかしくて日を暮らすから。此処のそそっかしいとは単純な粗忽のではなく、そなた達は多くの心念がまだ事柄の表で滞在するのえある。一旦外在の色々な刺激を受けられるとすぐ反応をして、確かに心の深いところより思惟しない。念仏、拝懺するのはそなたの業力を回ることが出来ないが、これらは役に立たないとは言えない。そなたは嘗て念仏、拝懺して、その故でそなたに福報をあらせて、すくなくとも仏を学びに来ることが出来た。なぜ念仏、拝懺するか?仏菩薩はそなたに教えて、この方法を通じてそなたの貪、瞋、癡に覆われた心を沈殿する事が出来て、内心の深いところに清浄な心が現れて、はじめて仏を学ぶ事が出来た。そなたの仏を学ぶ資糧が足りたら世俗菩提心の修行方法へ行って、そなたの考えは自然に回って、一切の衆生のためになった。どう修め得たか、いつか悟るか?いつか結果が出るかを考えないで、ずっとすれば、時間が来ると、そなたの上師は自然にそなたのため手配する。

尊勝な直貢チェツァン法王は嘗てリンチェンドルジェ・リンポチェの心はとても細かいと仰った。この細かいとは男女恋をしている時、女性に対してあれの細かい心ではなく、リンチェンドルジェ・リンポチェは事柄の本質を看通すことが出来て、因果を了解する事が出来るので、心がとても細かいと申された。そなた達は粗末で日を暮らして、リンチェンドルジェ・リンポチェの細かい心に出会うと隠すことが出来なくて、それで、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェの目の前に跪いて心念がどう動いたかリンチェンドルジェ・リンポチェは全部知った。現在リンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れた信者は全部そそっかしくて、願いがあった心でリンチェンドルジェ・リンポチェに伺った。リンチェンドルジェ・リンポチェは細かい心で衆生を向かって、衆生はリンチェンドルジェ・リンポチェの目の前に跪くとリンチェンドルジェ・リンポチェは何でも分かり、これは細かい心で粗末心を向かって、だからリンチェンドルジェ・リンポチェに遇って騙すのをもう思わない。

リンチェンドルジェ・リンポチェの心は細かくなければ、どのように先ほどあの弟子の娘が親不孝のを知ったか、彼女ら夫妻はリンチェンドルジェ・リンポチェに教えなかった。始めごろ娘はこんな仕事をするのをずっと反対して、彼女のお体は堪えないと恐れた。しかし娘は彼女の生涯計画があって、始めから一生懸命お金をもうけて、将来夫と家を買って、子供を生むと思った。子供を大きく育てるのは一番重要で、父母の話を聞き取らなくて、これは親不孝である。この夫妻はいままでリンチェンドルジェ・リンポチェにこの事を話したことがないが、リンチェンドルジェ・リンポチェはかえって知った。

昨日彼女の娘は面会を求めて、又法会に参加すると言って、リンチェンドルジェ・リンポチェは申された:仕事はそなたを死なせば、そなたも仏を学びに来られなくて、仕事はそなたを死なせなければそなたも仏を学びに来たくない。この仕事はどうせそなたに仏を学ばせなくて、来ないで。彼女の母親はいつもリンチェンドルジェ・リンポチェを仕替えなければ、彼女は今日恐らく命さえもなくなって、リンチェンドルジェ・リンポチェに面会を求める福報もなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは大変根気があって、彼女の娘が戻ってくるのを長く待った。彼女の娘は実習医者になって既に2年になって、ご用があってはじめて仏を学びたいと思った。最初親不孝のためこんな事になった。

広東人は言った、赤ちゃんが生まれると教え始めべき。仏法では神識が入胎すると教え始めと説いた。その故、なぜ妊娠な女に教えて《地蔵経》を読んで、ずっと、ずっと読んで、この胎児に因果を信じて、親孝行をするべきと教えた。それで《地蔵経》を読むのは胎教だ。神識が入胎すると貪、瞋、、癡があって業力がはじめて生じた。そなた達は見た、母親は妊娠している時、氷様な物を食べると胎児は好きではなければすぐそなたを蹴って、母親は辛い物を食べると、胎児が刺激と感じてそなたを捻って、これは胎児が好きではない物に対して瞋念がおきて全て作った動作で、父母としてそなた達はまだ大変喜んで胎児には反応があって、きっととても健康だろう。子供は家に来て、仮金を請求しなければ、恩返しであり、現在の子供は殆ど復讐しに来た。そなた達は現在子供の行為を見れば分かりべきである。

そなた達は見性を修め得るまで、どうしてもそなたは必ず騙されて、八風に吹き動かれて、世間な者誰でも他人がそなたを尊敬すると望んで、これは全部世間八法で、輪廻をたつすることが出来ない。だからまず自分の心を訓練するべきで、利己的にしないで、仕事をする前他人の事を先考えて、そなたは一つの善行をしても全部衆生がそなたに成就させて、そなたに完成させたので、彼らを感謝するべきだ。なぜ菩提心妙寶を説いた、そなたは菩提心を修め得れば、懺悔を通じなくても業を回ることが出来る。しかし、そなた達現在を言うのではなく、そなた達はやはり懺悔する必要だ。世俗菩提心を修習するのはそなたの心にもう一個方向を決めて、つまり、そなた達は常に習慣的に使い、事柄を考える方向を調整して、生死を離脱して、仏になる正確な方向へ進んで、修行することは始めて考えを回ることが出来て、方向がはっきりすれば始めて時間を無駄にする。只菩提心を修習することではじめてこの世に輪廻を離脱することが出来て、この世には菩薩果位を修め得て、来世また来てそなたの願力により衆生を済度する。さもないと、必ず業に従ってまた来て、そなたの業力に従って輪廻する六道へ行って、六道の中にこちあち走った。すべての行為、思想、言語は全部輪廻を断つと密接な関係があり、その他の有情に利楽するのを目標として法を修めて、即ち世俗菩提心である。

人々は単独の個人でこの世界で暮らす事ではなくて、多くの人々の助けが必要である。例えば、今日、そなたは法会に参加し、道中にどれだけのボランディアがそなたを導いて、そなたは入って始めた。この世に生きられて、誰かが食べ物を提供し、農作物を栽培する事などをしたた、そなたに成就して始められた。仏経に記載された。人々の首と眉毛の中で多くの細菌が生きていて、器具でも見えなかった。これはそなたの身体が多くの衆生にて組み合わせる事を代表した。そなたは自分の家に閉めても、誰でも接触しないでも、そなたのこの世の業力を切られた。しかし、そなたが累世で作った善業、悪業がすべてそなたに影響した。そなた達は心の深いところから発して、今日ここで生きているのが多くの人々が助けさせるわけである。もし自分でいけない観念を持っているならば、良くない考えに発生し、執着するので他人に傷つけて、自分に楽しくならせた。そなたは自分が単一の個人でここに生きている事を了解したら、衆生の苦しみを理解して始めて、自ずから一切な有情の衆生が安楽する事を望んでいる。

功労と名声を求めるなら、他人が自分を褒める事を望んだら、そなたに「世間八法」の影響を受けやすくて、輪廻を断つ事が出来なかった。2003年、2004年の前、尊勝である直貢チェツァン法王は人々の前にリンチェンドルジェ・リンポチェに褒めた事がなかった。直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェが嘗て高慢で、リンチェンドルジェ・リンポチェに慢心する事を起こさせなかったわけである。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に輪廻を断つ方法を教導するの為に、そなた達に気軽に褒める事をしなかった。そなた達は他人からそなたに「そなたはますます上手く修めて、様子が観世音菩薩のようです」を言ってから高慢して慢心する事を感じてはいけなかった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは「八風」という事にとても注意し、だから、自分が過去、現在、未来に番組に参加しないのである。直貢チェツァン法王が来る以外に、教派の為に番組に参加した。番組に参加しないで、宣伝をしないで、2万2千人の大法会を行って、大統領官邸さえ「此の団体がこのように多くの事をしたが、何故知っている人がいないのでしょうか?」と言った。表面的に、これらの人々がそなた達が見付かって来たが、彼らがそなた達に来る事を約束しても来ない事も出来た。だから、実は仏菩薩が見つけて来る事を助けてくれた。衆生に利益する事は衆生の因縁に従って、何処で災難があったらどこへ行って救済する事ではないで、此れは「攀縁」である。真に救って行ったら、仏菩薩は最も一番早い行くはずで、彼達が行く事をありえなかった。仏菩薩が苦難を救って、何故それらの地方にいる衆生に助けないのでしょうか?此れは縁がないわけで、助けたいでも助けられなかった。その上、仏菩薩は彼らを助けても、そなた達に如何に助ける事を知らさせなかった。

善事をするのは人間とする根本で、仏法と関係がないのである。一部の人々は被災者の側に彼を慰めて、彼に悲しむのをしない事が助ける事と思っていて、或は「貴方は悲しまないで、仏菩薩が全部知っていた」と言った。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は、相手が仏菩薩が既に知ったら、如何に私にこのような苦しみを受けさせるのでしょうかと思っていたかもしれない。だから、仏法により衆生に助ける事をしないなら、偶には彼らに害したかもしれない。リンチェンドルジェ・リンポチェは再度開示した。智慧が無い場合に人々に助ける時に、偶には却って良くない結果があった。寶吉祥道場はいつも直貢チェツァン法王の指示により仏陀正法を広めているのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは諸仏と護法が必ず道場に護持する事を深く信じていて、リンチェンドルジェ・リンポチェが如何なる宣伝が要らないで、ただ自分が学んだ仏法を如実に衆生に教導する事を努力して、だから、必ず絶えずに説いていた。そなた達が聞き入れるかどうか、そなた達の個人の仏を学ぶ決心によった。一部の人々は癌に罹って「仏菩薩、私に生かせて、私は他人に助けられて、善事を行う」を言った。此れは仏菩薩に脅すのである。

仏を学ぶ事は貧富貴賎を区別する事をしてはいけなかった。寶吉祥仏法センターは功徳主を従来に設立しなくて、点灯したらいくらがかかる事がないし、或は、いくらお金を寄付したらどのような服装を着ける事がないし、お金が無いでも仏を学ぶ事も出来た。弟子達は全て寶吉祥道場の赤いベストを着けた。その時、参列の弟子達は激しい拍手にてリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝し、弟子が貧富に関わらず、弟子達に全て機会があって寶吉祥仏法センターに入って、殊勝な仏法開示に聞かせられた。

事がこの世に殆ど遣り遂げる事が出来ないのを知っていた。だから、ただそなたがこの世に悪業を完全に完済して、善業だけで残ったら、そなたに善業に連れで阿弥陀仏の浄土に往生させて、修行し続けて仏菩薩の仏果を認められるまでである。もし再度来るなら、仏菩薩として願により再度来るのである。一切は自分の為に求める事をしないで、一切は他人のために、衆生の利益の為にして、廻向してから自分が何も得られない事を心配する事が要らなかった。そなたが廻向したら、仏菩薩の功徳大海と一緒にいたら、輪廻の力を切られた。

「利楽有情」とは、恋人に利楽する事ではなくて、感情の事が自分の因縁で、仏法を自分の間違い決定の口実にしてはいけないで、これは別件である。

人間として親孝行しないなら、仏を学ぶ事が絶対に出来なくて、衆生を全て自分の母親に見做しなければならなかった。仏法は何故西方で比較的に普遍的ではないが、東方で比較的に広く伝わることができるのでしょうか?此れは我々が儒学があるので、儒学が親孝行を講じた。そなた達は母親がそなた達に此の身体を与えて仏を学ばれる事に感謝しなければならなかった。母親が既にお年を取って、また、現代の時代が分からない事を思ってはいけなかった。母親が何を事があっても、上手くてゆっくり忠告しなければならないで、無礼な態度を使ってはいけなかった。親孝行は仏を学ぶのが最も重要な事で、前に言及したあちらの弟子の娘が親孝行しないように、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らの代わりに娘を教えた。人間は親孝行しないなら、仏を学ぶ事が出来ないで、仏を学んで輪廻する事が出来ないなら、再び此処に来る必要が無かった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは自分を例を挙げて、出国して或は何処へ行くなら、自分が例え無事な事をしっているけれども、香港にいる母に連絡して、母を安心させた。そなた達は遣り遂げるか?両親を騙すならば、上師を騙す事もあった。そなたの母親は法会に参加したくないで、菜食をしたくないで、そなた達が上手く勧められて、自らしていて、自分を改正して、そなたの母に感じさせた。恐喝と脅しの方式をしてはいけなかった。これも時間が要って、我慢しなければならなかった。そなた達は現在も我慢したくないで、母がそなたに一言を検討したら、そなたが10句で回答し、煩いとくどくど言う事を嫌がった。当年、母がそなたを10ヶ月に妊娠する事を回想し、いくらの事が我慢した事がそなた達が知らなかったか?ただ母親がそなたを生んだら、そなたは彼女に恩に欠けて、此れは彼女が彼女の身体にてそなたの身体を世話し、彼女がそなたに此の身体があって仏を学ばせられた。たとえ一部の母親がそなたに生んでから、そなたを殺しても、そなが依然として彼女に命を欠けた。此れはそなたの過去世と彼女の間にどんな因縁が事を知らないで、しかし、ただ彼女がそなたを生んだら、そなたが彼女に欠けた。

親孝行は仏を学ぶ事が最も重要な事である。リンチェンドルジェ・リンポチェの母は前に肉食し、現在とても痩せているけれども、菜食が替わった。そなたの母親はそなたが改正するかどうかを最もはっきり知っていた。所謂親孝行とは、両親が自分の事の為に、煩悩を沖ってはいけなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは当年でお金がないので食事する事が出来なくて、癌に罹っても、母に知らせないで、彼女が心配する事を恐れた。そなた達は?細かい事でも帰って話して、両親に心配させていた。仏を学ぶ事は如何なる事をしても、他人に恐れの心を起きさせないのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て海鮮を食べる事が好きで、活きていないで新鮮ではないのが絶対に食べてないで、その上、甚だしきに至っては、コウリャン酒にて生きるエビを浸して、つまり、生きるエビをコウリャン酒の中に入れて、此れは真にとても残忍である。そなた達が考えてみて、そなたをお酒の中に溺死するならば、そなたが気持がよいのでしょうか?海鮮を多く食べる人間は、業がとても重くて、此れは水生動物になる事が過去で瞋念がとても重い衆生である。海に生きている水生動物と蛇はこのようである。もし瞋念が重くないなら、温血動物になって、冷血動物になる事をしなかった。だから、これ等の瞋念が重い衆生を殺したら、その業の力が普通により恐ろしかった。

嘗て、リンチェンドルジェ・リンポチェが顕教を学んでいた時に、とても努力して、一日中、少なくとも功課を3、4時間をして、最後まで、同じようにボトルネックがあった。そなた達が仏を学ぶ事は求める心で、欲望の心により学んで来た。仏を学ぶ事は我々に三悪道を落ちさせないで、此れは仏を学ぶ利益で、しかし、利益がある事を執着するので、そなたが行う善もわざとらしい善で、心の深いところから起きる事ではなかった。もう一つ、上師が教導してくれる事が無いで、学習が先生がいないで、自分が勉強する事が出来るのでしょうか?もちろん駄目である。

直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェへの教法あとても異なった。直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェに伝法する場合には、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達にずっとずっと説く事ではなくて、常に幾つの句で、何分だけで伝えて終って、それから、リンチェンドルジェ・リンポチェに閉関させた。信心が足りない人間は、真に恐れた。直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェに教導する場合には全てとても簡単で、8月14日の「阿弥陀仏無遮大超度法會」の法本が厚くて、灌頂、口伝、観想が前後約20分ぐらいで、重点が説いてから教えて終わって、自ら修めていった。数時間の法会はただこのような教授して行うなら、普通な人間が恐れたのである。

何故直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェに伝法する場合にはいつも言っている事が要らなかったか?此れは直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェの心が正確である事を知っていて、だから多くて言う必要が無かった。しかし、そなた達の心はすべて間違って、そなた達の心を調整するの為、リンチェンドルジェ・リンポチェがずっと説いて始めた。そなた達の心が正しいなら、リンチェンドルジェ・リンポチェがこんなに苦労する必要がなくて、毎回、法会にこんなに長い時間に来る事が要らないで、リンチェンドルジェ・リンポチェがただ皆に連れで真言を唱えるなら、とても役になった。何故そなた達が唱える真言が作用がないのでしょうか?此れは心が正確ではなかった。心が正確したら、自ずから作用を生じた。心が間違いなら、唱える真言も力を生じられないで、心が正しいなら、一言の仏号でも衆生に利益する事が出来た。

ある出家の弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聴いてから、とても揺り動かすと感じて、輪廻過患がこの世に修行の方向を知っていて、世俗菩提心が心から始めてした。自分も努力して行った。もう一人の弟子は「自分であまり話しをしなくて、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示が自分に感触がよくならせた」と報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は此の弟子の感じが全て不言でいる事を解釈する事が出来た。

ある弟子は下記のように報告した。今日、リンチェンドルジェ・リンポチェの菩提心の開示を聞いてから、嘗て自分が『広論』を学んでいた時に、菩提心が慈心と悲心から修めて、理論が全て知っていたけれども、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示により、如何に心からし始める事を知っていた。嘗て、菩提心を修めていた時に、3種類に分けて、最初「下士道」から修めて、三悪道輪廻の苦しみを知っていて、三悪道で輪廻しない事を望んでいて、此れがとても基礎てきな体得で、普通な人のために受けやすいのである。然し、三悪道で輪廻しないので、「小乗」に修める事をしやすかった。然し、リンチェンドルジェ・リンポチェが皆に仏を学ぶ事を教導する事は大衆の為、世俗の菩提で、如何なる事をしても衆生のためで、自ずからこの状況を解決事が出来た。リンチェンドルジェ・リンポチェが説いた事は前と比べて何か異なる事を感じて、自分が本当にとても幸いで、リンチェンドルジェ・リンポチェの門下で仏を学ばれた。如何なる問題、困難があっても、リンチェンドルジェ・リンポチェは全て前面的な経験により我々に助けて教導してくれて、特に綿菓子にて輪廻過患を比喩をして、更に前例が無かった殊勝で善巧な開示である。

リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は仏を学ぶ事が困難な事で、仏法がそなた達の人生経験法と文化と互いに衝突し、だから、そなた達に直す庫とがとても容易ではないで、しかし、そなたがこの中の重点を捉えることができるととても簡単になる。如何なる事をしても、如何なる考えを起こしても、衆生に利益するためで、最初、そなた達は心からこの考えがある事をした。線香をつけて、点灯をして、生花と果物を供養して、心の中には衆生に代表する事を生じなければならなかった。為には忘れてしまっても、懺悔に来ないで下さい。寝る前に相手に、自分が衆生に代表する事を忘れることを言わないで下さい。ただそなたが自分が忘れることをしったら、そなたは進歩がある事を代表した。持続的に絶えずしていて、所謂ゆっくりとは、何世のこんなに長い時間ではなくて、そなたの此の世に菩提心の力が何時で表れることがあって、何時に表れるか、仏菩薩が自ずからそなたに知らせた。偶には、そなたが往生する前の10分、甚だしきに至っては1分の前に表れた。然し、往生する前の1分で表れても、然し、そなたが往生する前の考えが依然として衆生のためであれば、そなたの心が自ずから執着がないで、恐れが無かった。

菩提心の力はとても大きかった。そなたは如何なる音をしてもすべて衆生に利益するのために、そなが仏に成る道に向いて、輪廻を切る道に向いて、累世の冤親債主がそなたと一緒に仏に成る道に前進していった。毎回、法会が完了する前に読んだ法本の中に「菩提心が妙寶である」を記載された事がある。我々の心の中に菩提心の考え方があって、何時からしていて、時間、勇気、智慧が要った。最初、全ての品物を他人を与える事を知ってはいけないで、そうしたら家族を心配させて、口業をさせて、そなたが全ての品物を取ったら、如何に暮すのでしょうかと言った。だから、智慧が需要した。菩提心の力が表れたら、仏菩薩がそなたに教えて、そなたに因縁を作ってくれて衆生に利益する事が出来るのである。他人がそなたに害する事を心配することが要らないし、そなたが心配することがあったら、他人に害する事がある訳である。仏が神話を説かないで、一切の境界に到着したら自ずから了解する事が出来た。衆生に仏に成るように助けるのは最も大きな功徳である。

引き続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェはあるアメリカら来る信衆のために皈依儀式を行った。リンチェンドルジェ・リンポチェはその信衆を連れで皈依の誓いを唱えてから開示した。皈依の儀式はとても簡単で、今日、時間のために、簡単で説明し、皈依したばかり者が皈依のテールを持って聞く事が要った。ほかの皈依したい人間は来週で皈依法会を再度行った。皈依した後注意しなければならない事を説明した。

皈依してから、五戒を守らなければならなくて、戒律が上師からの伝授が要って、自分で家に守る事が十分である事を思ってはいけなかった。五戒とは不殺生、不偸盗(海賊版を買うものを含んでいる。他人の品物は他人の許可が取らないで取る事を偸盗の範囲を含める)、不飲酒(煙草と麻薬を吸うことを含める)、不邪淫、不妄語(誑語をせず、不悪口、不綺語を含める)の五つである。

共修法会が円満な完了し、リンチェンドルジェ・リンポチェは自身の苦労を顧みないで、午後の6時50分まで、37位の信衆を続けて接見した。リンチェンドルジェ・リンポチェは法会の中に既に3時間で開示したが、依然として、仏法により、全ての信衆に開示と加持を与えて、彼らの問題を解決した。

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2011 年 09 月 15 日 更新