尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ の法会開示

2011年8月28日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで共修法会を主催して、仏を学ぶ二つの名詞「世俗諦」と「勝義諦」を開示された。法会が終わった後、更に信衆を接見して、午後4時45分から夜7時30分まで、72名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

共修法会が始まる前に、ある女子の弟子は参列した大衆に、8月14日阿弥陀仏無遮大済度法会に参加したリンポチェ、下シェ及び信者の感想を分かち合った。

今回の参加者の中では、ゲルク派のリンポチェがいた。彼が法会を参加した後に、「この数年来、インドと台湾と何度も通っているが、台湾でこのような大法会があることを全然知らないで、法会が本当にとても殊勝であり、これから機会があったら、ぜひリンチェンドルジェ・リンポチェが主催する大法会に参加したい。」と言った。もう一名のゲシェも、「10数年前、ダライラマの法会に参加したことがあり、既にとても久しぶりにチベット仏教の大法会に参加していなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝して、どうもありがとうございます、この法会はとても良かった。」と言った。ゲルク派のリンポチェとゲシェは喋られる中国語が多くないが、しかし彼らは過去チベット、インドで30年余り修行していて、チベット仏教のたくさんの法会にも参加して、リンチェンドルジェ・リンポチェがこのように教派を区別せず、衆生に利益することができる者は、本当にとても得難い。土曜日に、ゲシェは寶吉祥仏法センターに来て、リンチェンドルジェ・リンポチェが200~300名の信者に接見し多事を見て、更にリンチェンドルジェ・リンポチェが一名本当に仏法で衆生を度することを実行している大修行者であると言って、これはゲルク派のリンポチェとゲシェが リンチェンドルジェ・リンポチェへの賛嘆である。

この女子の弟子の参列した友達はリンチェンドルジェ・リンポチェが甘露法水を使って加持されたことにとても感謝した。これは彼が2回目にリンチェンドルジェ・リンポチェの大法会に参加したのである。ある日、バイクに乗っている時、彼は1台のトラックに押されて、車はすべて壊しました。彼は急診室まで送られて、ただ何針縫われただけであるから、医者は彼が本当にとても幸運だと言った。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝して、幸いにもリンチェンドルジェ・リンポチェの阿弥陀仏無遮大済度法会に参加したことがあってよくて、彼に重報を軽く受けることにさせた。彼はたいへんリンチェンドルジェ・リンポチェに恩に着る

その他に、1人の病院の患者の娘はこう分かち合った。以前、彼女の母親の目が出血して、毎月病院に行ってきて、改善はあまりにもない。しかし、彼女と母親は6 年の大法会に連続参加した後、リンチェンドルジェ・リンポチェにたいへん感謝する。なぜかというと、彼女の母親の目はもう出血しなくて、視力も0.1から0.4まで進歩した。しかし今年、母はバイバする(祖先などを祭る)ことを堅持して、臨時に大法会に参加しに行かなくて、結果は最近目がまた出血を始めて、視力も減退した。この患者の娘はこの時に、以前に毎年の大法会に参加するのはどんなに重要なのであるという事をやっと体得した。!リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲力ですべての参加した衆生を加護している。

そして、もう一人の女子の弟子は法会に出席した大衆はこう分かち合って、彼女の一名の学生は8月14日に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが主法した「阿弥陀仏無遮大済度法会」に参加した後に、特殊な感銘を発生した。

今年約4、5月の間、彼女は偶然に道の上で、彼女の授業を聴講したことがある学生に出会って、彼は生活がずっととても順調ではないと言及したことをを聞いて、ある者は彼に教えて、それは祖先と結んだ怨がとても深いからである。彼の夫の姉は首をつって自殺死亡したので、彼の一番目の伯父も首をつって自殺死亡した。彼の2番目の伯父は2年前に車にぶつかれて死亡した。三番目の伯父も心筋梗塞で手術を受けたため、それから生活能力を失った。その故、彼は彼の一番目のと2番目の伯父が済度されることを望む。

彼は道教を学んで一定期間がもう立って、このようにしても、彼も彼の道教を学ぶ先生もが彼の親族を済度することができない。この女子の弟子はこれらの事を耳にした時、心の中で、ただ尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼に手伝うことができることを考えていて、彼に8月14日の阿弥陀仏無遮大済度法会に参加することを誘った。

8月14日、彼が台南に住んでいる母親と一緒に殊勝な「阿弥陀仏無遮大済度法会」に参加した。法会が終わった後、彼はこの法会が本当にとても殊勝だと言って、主に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは法を修めた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはちょうど会場に入ところ、楽器の音が鳴り響く時、彼は言葉を使って形容するのか知らないような1筋の黄金色の気と輝きを見て、彼の頭と肩の上から、大雨のように注ぎ込んでいることを見た。彼が寮であの息と輝きを見たことがあり、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの著作《快楽と痛苦》を側に置いた時に、同様な情景が現れたことがある。法会の最後、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが会場を離れる時、同様な楽器の音は起きて、同様な情況はまた繰り返し現れた。

法会の中、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは3回の「オン」或いは「ホン」という音を出して、毎回発声する時、彼はすべて、音の音波がとても美しく拡散することがとてもはっきり見えて、全体を震えれる。法会の最後、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは大衆のため甘露法水を撒き散らして、あれは彼が初めて自らこの殊勝な法水を経験したので、全身とても舒暢すると感じる。彼は初めて功徳力を具える法水が本当に存在することが分かった。その上これは彼が祖先を済度する法会に参加して、唯一の一回が下三道の衆生あるいは祖先達が制御できなくなることが何も発生していないで、非常に秩序と規律がある。以前はその他の法会に参加して、すべて秩序と紀律がなくて、彼の身はいつも陰気に触られて、言えないほどとても苦痛である。今度はとても心地良くて、本当に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにとても感謝する。

彼もこの女弟子に言った。彼は法会の前に心を起して念を動いて、一番目の伯父の名前をこの女弟子に知らせた時、彼は母と二番目の叔母に電話をかけたけど、彼女達は二人とも訳が分からなくて電話を受けなかった。通常に彼の母と二番目の叔母は自分の電話を出ないと見れば、空いている時必ずすぐ折り返し電話をして、半日以上を過ごさない。しかし、あの時一日以上完全に電話を受けず、折り返し電話もしなかった。完全に考えられない。あの時彼は多くの「者」が自分を妨げて、一番目の伯父の名前を取れさせないことを見た。しかし、親戚なので、何とか助けたい。法会が終わった後、彼は母に尋ねると始めて一番目の伯父がとても親孝行しなくて、肝癌で亡くなったを分かった。彼の一番目の伯父が死んだ後、彼のお婆は涙を一滴でも流さなくて、完全に悲しくなかった。彼の母も主動的に一番目の伯父の事を話したくない。唯簡単に彼がどんな私利私欲でお爺とお婆に悲しめた事を行ったのを話した。あの時彼はようやく何故ある者が絶えずに彼を妨げて、名前を得て、リストに入れない事を分かりました。母はあの者は自分の劉氏祖先だと思って、自分の子孫がこのような親孝行しないから、許さないかもしれない

最後彼は今回の法会に参加した後、とても喜んで感動した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は予想外で気楽に面白い。今後他の法会があれば、必ず彼に連絡してくれるとお願いした。

この女弟子は自分がとても幸運だと深く感じて、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依できて、常に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの光に覆われて、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲及び功徳に加持されている。阿弥陀仏無遮大超度法会に参加できるとは如何なる殊勝で得難くて、全ての衆生でも福報と因縁があって法会に参加するとは限らないから、必ず尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子及び衆生のために作った因縁を大切しなければならない。

この女弟子もこの機会を利用して、皆に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは自分を助けた経過を報告して、自分が行った悪業を懺悔した。

去年(2010年)始め、彼女はある皈依した夫婦の紹介で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの著作《快楽と痛苦》を読んで、すぐ本の中に分かりやすくて実際の内容に深く感動された。彼女は二十数年前に顕教法師に皈依した事が有って、その後ゲルク教はの道場に接触したが、過去に嘗て多くの顕教とチベット仏教の法師に接触して、非常に解脱する修行生活を憧れて追求したかった。尚更に物理治療師の仕事を諦めて専念に仏を学びたかった。しかし、徳を具える上師に遇う因縁が無くて、正信仏法を学べない。表面から見ると仏法を少し分かるけど、実は身口意は相変わらず悪業を作り続けている。他人の問題ばかりを見て、完全に自分の悪を分からない。常に独り善がりで他人に要求して自分の欲望を満足してくれる。自分と他人に多くの煩悩と苦痛を作った。

《快楽と痛苦》を読んだ後、彼女は非常に衝撃された。仏経に説かれた解脱は神話ではなく、本当に行える事を分かる。また自分の煩悩と苦しみが多い原因を分かった。それは自分は昔に学んだ理論は用いなかった。だから、すぐ尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏法を学びたい考えを起した。故に2月始めに彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁して、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲に許可を得られて、施身法法会と日曜日の法会に参加できた。

彼女は始めて道場に法会に参加すると、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持及び助けを得た。彼女の右足の膝は嘗て十数年前に激しい痛みのせいで余り歩けなかった。だから、膝はいつも難しく曲がり、地上であぐらをかく言うまでも無い。しかし、不思議なのは始めて座布団を三つ使って、他人より一つの頭の高さを高くて、第二回目は座布団を二つ使った。それは彼女はとても恥ずかしいから。第三目に座布団を一つだけ使って試した時、驚いて発見したが、法会の中に膝は全然大丈夫で、法会が終わった後でも膝も痛くなかった。あの時から今まで彼女は大衆と同じで座布団を一つだけ使った。それで尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはもはや黙って彼女のために始めて仏法を聞く障碍を除いた。

信衆になった六ヶ月の中に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に過去に多くの仏法を学んだ疑惑を解かれた。過去の彼女は多くの仏法を聞いたけど、自分の人生経験法と煩悩心で仏法を学んで徐々に仏法を学問として研究して、仏法を日常生活の中に運用しないから、学べば学ぶほど傲慢で煩悩も多くなって、完全に仏法の殊勝と偉大を感じなかった。更に自分の傲慢心により、自分の体験が多くの道場の人、物事と仏経に説かれた事が違うから、仏法を疑って尚更に仏法を信じなくて、解脱も疑った。

彼女は自ら尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの一切言行を見て、完全に仏陀の説法と一致して、密法を修めて成就を得て本当に彼女を率いて解脱させる徳を具える善知識である。仏経に説かれた事は全て真実であり嘘ではない。全て行える事を証明した。彼女が長年の困りを解いた。彼女は過去病院のリハビリテーション科で働いた時、自ら患者は体が正常な性能及び生活能力を失って、家族に嫌われた状況を見た。昏迷に陥った脳梗塞の患者はまだ死んでいないのに、家族は始めて財産を奪った。本当に感慨に浸った、世の中にどんな事は本当に頼られて信頼できるだろうか。

始めて尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを見た時、尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが全て輝いて大慈悲力に感動された。その後、いつも尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが絶えずに恨まず悔しくないように衆生を助けるのを見て、彼女はこの世界中にはただ尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが全く信頼、頼り出来ると思った。我等は病気が重くて多く能力が無くなって助けが一番欲しい時、また死亡に向かって、一番どうしようもない時ただ尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは我らを捨てない、ただ尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが我らに恐懼をあらせない。彼女は自分が大変幸せと思った。こんなに大慈悲な具徳な上師に出会って、それに昨年(2010)7月18日に尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。

彼女は皈依したばかりなのに、昨年(2010)8月に日本道場で大文字祭り時行った法会に参加するチャンスがあった。法会の一週間前、彼女はちょうど京都に出張中、仕事が終わって、相弟子を待ち合わせる時、彼女の首はかゆくて赤く腫れ始めて、その後ひいては顔と両手の手腕まで広かった。あの頃は夏で、熱くなると状況はさらにひどくなって、結局顔は豚の頭のように腫れて、手も豚足のように腫れて、手腕の皮膚がひいては水ほうが起きて、水ほうが生じない所の皮膚が粗末で、鱗のようだ。この頃、彼女は前良く食べた焼き魚を思い出した。肉があまり好きではないが、やはり多く食べた。また嘗て他人のため焼き肉場所を借りて、用品を用意した。

法会に参加して台湾に戻って来て、幸いに寶吉祥漢方薬診療所の漢方薬と薬のため、顔の状況は改善があった。但し、首と両手はやはり赤くて腫れて痒かった。毎日夜寝る時氷を抱かなければならないがやはり眠れなかった。このように毎日苦しんで、自分の体力、精神が間もなく崩壊しようと思った。当月末の施身法法会が終わって、あの夜、彼女は得難く夜明けまでやすく寝た。起きた後、意外に自分が夜にぜんぜん痒くなかったと発見した。手腕を見て腫れが案外に全部消えてしまって、本当に奇妙すぎだ。尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持と助けがなければ、これがありえない。

またある日、彼女は突然に胃が非常に気分が悪かったと感じた。彼女は慢性胃潰瘍があったが、悪い気分がとても突然に来て、彼女に全身で冷や汗を掛けさせて、せわしく呼吸して歩けなくなって、腰が曲がらなければならなくて、胃を抱いた。あの時、彼女は自分が嘗て多くの衆生に害をしたのを思い出した。そうして尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに全て嘗て彼女に害された衆生を助けると願った。数分後、胃は意外に胃より一筋の暖流が生じて、両足の内側に沿って下へ、足元まで流れて、胃の悪い気分はまったく消えてしまって、それに、それから平日胃の悪い具合の問題も大半良くなった。

この女弟子は数年仏を学んで、今まで、同時にこんなに多くの弟子と衆生を世話出来る上師が見たことがない。自分を問わず、仕返しを求めなく、絶えずに与える上師をあったこともない。尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは本当に全て衆生の依怙主である。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも弟子達に多くの仏を学ぶ重要な基本観念を開示されて、それに煩わしくないように度々この内容を強調して、弟子達はいつも見聞きすることに自然に影響されて、知らず知らずのうちに感化されて、仏法の陶冶を得ると望んだ。理論以外、修行するの次第を重視して、弟子達に従うものをあらせて、めちゃくちゃ修めて念仏することをしない。またいつも弟子に全て犯した過ちを注意させて、弟子達皆に警戒と自己反省チャンスを与えた。尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは修行する要領とコツを残さないように弟子達に伝授して、秘密を聞くように、彼女に悟った感覚をあらせた。尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達のため、離脱するへのドアを開けて、大恩徳は真に言語で表すことが難しかった。

弟子達の法身慧命を世話する他に、尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達の業報身のお世話に対しても始終絶えることが無い。彼女は子供より心肺功能が悪くて、心臓が弱くて、それによく胸が苦しくて呼吸が難しいと感じた。幼い時いつもわけが知らずに倒れて、意識が無くなった。彼女の母親は始め頃彼女に驚かれて手と足がどうすれば良いか分からなくなったが、その後、すでに慣れて、気にしなくなった。彼女にはずっと胸が苦しい問題があった。彼女は27才時、一回禅七する時状況が出て、大泣き大笑いして、また、入静した後、お体は不思議にわけもなく後ろへ倒れて、動けなかった。あの時彼女の上師は北部に有名な道場の著しい禅師もあまり彼女を助けることが出来なくて、ただ彼女を休ませた。数日を過ぎて、彼女の状況はあまり改善しなかったのを見て、はじめて彼女に今後もう座禅をさせなかった。彼女が眠れない問題を解決するため、ある者は1人漢方医師を引き連れて来て、彼女のみぞおちと両手腕と両膝の近所にそれぞれ一つの針を刺して、あれから彼女の胸は時時痛くて、どのように治療しても改善することが出来なかった。

尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依してから、彼女ははじめて判った、あの時座禅するのは修行だと思って、毎日多くの時間を費やして座禅した。しかし懺悔を分からなくて、自分の間違い行為もやり直さなくて、身、口、意は不清浄で、実は座禅する資格がなかったので、状況が出た。昨年の年末まで、一回の施身法法会の中に、尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが間もなく修法円満終了した時、彼女は突然に胸にあるものは輪ゴムのように弾き出した。これから彼女はやっと順調で呼吸することが出来て、胸はもうなにかに押えられたような感じが無くなって、それに胸の痛みの問題ももう二度と現れることがない。尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに恩に着て、尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの助けを得なければ、彼女のこの問題は一生解決できないかもしれない。

膝とみぞおちの傷を除いて、彼女の左腕はまた小学校の頃に、遊んでいた場合にクラスメートに力を入れられて背後まで反転したので、左肩の関節を傷付けた。もう一回、他人に背中の中央のみぞおちに相対する位置で力を入れて刺された。この二つのところは当時に激しい痛みで、しかし、事後も同じく大丈夫なようである。30歳に近く場合に、彼女は背中が調子が悪いと感じる事を始めて、背中の中央の脊椎の部位にはある痛みのところがあり、まるである物に確り打たれるのようである。数年前から、彼女は左肩の関節の痛みを常に感じて、左腕が重荷を背負うことが出来ない事だけではなくて、その上、腕の落ちる感じが常にあった。左肩の問題は、皈依した後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが一回で施身法を修めて円満になる前に、同様で、突然に左肩が弾いていったものがあると感じて、それから、左肩の関節が一回で痛む事が無いで、現在、左腕が右腕により重い物を持つ事が出来た。

背中の痛みは、今年(2011年)7月31日に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが尊勝な直貢チェツァン法王の為に修める長寿仏法会の間に消えさせた。法会の進行中、彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに従って長寿仏心咒を唱えていた。終りに接近する前に、彼女はある気が背中からゆっくりと向上して、最後頭の天辺を脱出した。事後、彼女は上半身にちょっと動くことを試みて、全体の背中が全て放した事を発見した。20年余り以来、彼女の背中はずっと蟹のように雁字搦めに縛りつけられるのようで、また、蝶の標本のように背中の中央で針で刺されてしっかり打つ事を感じて、意外で完全に消えてなくなった。彼女の心の中に、此れは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが黙々として彼女に加持して助けさせる結果をはっきり分かった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な加持力はただ「不思議」で形容する事がしかできないのである。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに親しくして仏法を聞いた後でに、彼女は自分が小さい頃から身体が良くないで、その上、身体で多くの関節が傷を受けた事があって、交通事故で腿を傷つけた事があって、両目も手術した事があって、此れは全て彼女の過去世で殺業がとても重いわけである事を知っていた。過去世を言わないで、この短い40年余りに、彼女は既に多くの殺業をした。彼女は動物学と生理学の実験課程を完成する為に、針で蛙の頭の天辺を挿入し、蛙の骨の標本にした事があった。子供から無数な衆生を傷付けた事があって、その上、多くの人々に多くの衆生を傷付けた事を見てから阻止しないで、また、多くの衆生の肉を食べた事があった。殺生の悪業を除いて、偸盗、邪淫、妄語、悪事、綺語、貪、瞋、邪見などの十不善業が全部した犯した事があった。平時に、細かいことにけちけちして、自分が損をする事を恐れて、常に立場が正しいので他人に許さないで、傲慢で、他人が何かよい事があったら受け入れないで、疑念が重いのである。嘗て仏法を信じていない、道教を学ぶ事が変わって、その上、道教が仏教により素晴らしさと思っていたので仏法を誹謗した。実は道教を学んだ最後、心念の修持の上に何も依らない事を発見して、究竟ではなかった。

彼女は以前で作った悪行が本当に多すぎて、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後、依然として沢山の悪習慣が改正しないので、彼女の両親と兄弟に仏法に恭敬心を生じさせられないで、彼女の両親に今まで、道場に向いて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する因縁が無くならせた。彼女の傲慢な悪習は重くて、自ら謁見しないで、却って尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにメールして、その上に、また「貴方」により尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに呼んた。彼女は自身の利益の為に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに彼女が欲しがる事を達成する事を求めた事があった。

また、「寿」のDVDを見ていた時に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが尊勝な直貢チェツァン法王に大礼拜して、マンダラを捧げる予定で、心の中に「最低だ」の悪念を意外で生じた。平日、彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにとても恭しいだと思っていて、しかし、その場合に会ったら、彼女が自分に大恩大徳がある尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェにこんなに恭しくない考えを生じてしまった。それれにより累世の悪習は如何に重くて、如何に根強いことがあって、如何に恐ろしいだろう。

彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェへの不恭敬に誠心で懺悔し、その上に、この世と過去世で一切した悪業を誠心で懺悔した。彼女は全て彼女に傷害された衆生にすまないと思った。彼女は全ての冤親債主に感謝し、彼らに彼女を自分が如何に悪である事を知られた。彼女は全ての衆生に感謝し、彼らが無量の過去世で彼女に育って助けた事に感謝した。彼女は衆生が此の世で彼女に成就して、彼女に今まで居きらせて、機会があって正法を学ぶ事が出来た。彼女は諸仏菩薩の慈悲加護に感謝し、彼女にこの世に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会えて、生死を解脱する機会があった。

彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深く加持を求めて、彼女に累世の悪業を清浄させる事を助けて、彼女の清浄な本性が早く顕れる事できた。彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深くの加持を祈って、彼女に広大な菩提心を生じさせて、彼女が一切な修行な障碍を除く事を助けて、彼女にある日に生死を解脱する事が出来で、ある日に衆生に利益する能力を具えられて、広大無辺な有情衆生に利益する事が出来た。最後、彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが健康し、長寿し、長くて住世にして、法輪を常に転じて、仏法事業を興隆する事を祈っていた。法界の一切の有情衆生は仏になる事が出来る事を望んでいた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上がった後、普通な人が「世俗諦」と「勝義諦」に対してその意味をあまりよく知っていないで、この2つの名詞がただ仏法だけがあり、その他の宗教は言及していないで、今日解釈しようと開示した。諸仏菩薩、歴代の上師、尊勝なる直貢チェツァン法王と尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは1つの仏を学ぶ重点である「無常を深く信じること」を絶えずに開示している。宇宙のすべての人と物と事は無常であり、つまりすべては変化していて、永久不変に存在するのではなくて、すべては因縁により生滅が変わるのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは修行する過程の中から、初めて本当に無常を体得できた。もし、深く無常を体得することができないならば、世間法に対してある程度執着する。

最近、ある女子の弟子の娘も皈依弟子であり、医学部が卒業して医者に合格した後、リンチェンドルジェ・リンポチェに、仕事の関係のためこれから毎週法会に参加することができない、と教えに来た。リンチェンドルジェ・リンポチェはただ1つだけ、どうして法会に参加しにくることができないのかと聞いた。彼女の母は病院がたいへん忙しいからと答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは冷然に彼女に、いいよと答えた。最近彼女の娘は凄い病気に罹って、もうすぐ死んでしまって、母はやっと上師に供養すると思い付いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは供養を受け取って、法を修めていないで、彼女の娘は病気が全快した。

彼女は、娘が努力し苦労してようやく医者に合格して、きっと努力しなければならないと思っている。仕事は比較的に重要であり、これから時間的に余裕があって、何もよくなった事を待ってから、やっと仏を学びにくると思う。彼女は人生が無常であることを思い付かなくて、家族が悪い事をしてなくて、娘もよく勉強して、仕事をして、自分がまだ若いからもっとよくお金を儲けると思っている。しかし私達は代々どれだけの悪業を犯したか知っていなくて、ただ仏陀だけ知っているから、いつ熟するのか、自分が本当に知らない。彼女の娘は皈依して菜食料理をも食べているが、しかしこの一年間、彼女の娘はあまり法会に参加していなくて、上師に親しくしなくて、供養をしなくて功徳福報を累積する機会が無くし、果報は熟した後、苦を受けなければならない。しかし同じく今回の死亡に直面する経験のため、やっと彼女に死亡無常を知らせた。幸いに、母とする者はふだん法会に参加していて、上師はどのように彼女をののしっても、やはり同様に上師に仕えているから、その故やはり娘にいくつか福報を累積してあげた。

リンチェンドルジェ・リンポチェはどの人が仏を学びに来ることを要しなくて、どんな人を探して法会に参加することを要しない。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたを恐喝してそなたの後に大勢の悪霊があると言わなくて、すべては衆生の因縁次第である。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは口を開いて聞く時に、そなたに注意を与えるのである。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェがどうしてはっきりと説明してくれないかと言うかもしれない。そなた達はすべて運命占いをやったことがあり、占いをする者はそなたにそなたの毎月の状況を言うが、しかしリンチェンドルジェ・リンポチェは占い師ではなくて、もしそなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェをは占い師をするならば、それでは、リンチェンドルジェ・リンポチェは値打ちがある。どうしてはっきりと説明しないか。何故かと言うと、そなた達の心がずっと変わっているから、衆生の因縁もずっと変わっているのである。そなた達はよく仏を学んで、自分の運命を掌握して事を転じることができる。

この弟子の一家はすべてリンチェンドルジェ・リンポチェに借りがたくさんである。数年前、この弟子の夫はチベットに行く時に、高山病のためもう少しチベットで死ぬのである。この弟子先生は自分が薬剤師であり、チベットで高山病に懸かって肺水腫を誘発した後、死亡に接近する時に、やっと上師を観想して、上師が加持することを祈った。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示して、多くの人は高山病に罹ったが、しかし高山病に罹っても死ぬとは限らなくて、もともとはこの弟子がこれらの苦を受ける必要がないと開示した。しかし、彼は自分が科学を学ぶのだと思って、上師、仏法に対して全然信心がなくて、あの時まで、やっともし仏法の助けがなければ、彼がきっとチベットで死ぬことを知っている。自分が普通に体がとても良くてチベットに行って高山病に罹らないと思わないでください、一部の人がふだん病弱であるが、チベットに行ってかえって大丈夫である。実は高山病に罹る人は頭がすごく動きすぎて考えているのも多すぎて、酸素をたいへん消費するから。リンチェンドルジェ・リンポチェは初めてチベットに行く時、とても心地良くて、いかなる病状が全然出現しなかった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは仏陀正法を発揚して縁により大衆を度するので、大衆或いは弟子にいくつか聞きやすい話を言わなくて、例えば「そなたがますます観音菩薩のようになった」、「慈悲に見える」など歓心を買う言葉など。そなた達がちょうど仏を学ぶことを始める時、仏法は「以欲勾之(衆生の欲求を満足させて彼に仏門に入るように教え導く)」と諭しているから、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達にそなた達の問題を解決するように助けて、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが非常に慈悲であると言う。皈依した後に、リンチェンドルジェ・リンポチェは天地をくつがえさんばかりな方法を使ってそなた達を修理する。上師は道理に合わないので、もしそなたと道理を重んじるならば上師ではなくて、上師が見えるのはそなたの問題であり、そなたに改正するように助けるから。一部の人が仏を学ぶと、上師がそなたに気づくことを望んで、そなたがとても重要であり、或いは一目でそなたを見て、そなたがよく修行していることを発見すると思っている。リンチェンドルジェ・リンポチェはこんなに忙しくて、どのように特別にそなたが見えるか。そなたは死ていない限り、それでは リンチェンドルジェ・リンポチェがもちろんそなたが見られる。このような心構えを持つ人はすべて貢高我慢である。もしリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子に対して少しリラックスしたっら、如法にやっていないならば、恐らく弟子は忠孝東路を道場となるほど多い。そなたは社会上に地位があり、お金があり、すべてはそなたが過去世に修行して出た福報であるので、リンチェンドルジェ・リンポチェはそのためそなたを特別二取り扱ってそなたの地位を借りて道場に盛んなように助けると思わない。リンチェンドルジェ・リンポチェは上師と仏陀菩薩に祈って、この道場を加持し、道場を盛んにさせる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは1995年から弘法して以来、追い払われた弟子の人数は1千人を上回って、外でいくつかの道場を設立することができる。もしリンチェンドルジェ・リンポチェはそんなに厳格しくないならば、たとえ今より三倍ほど大きいスペースがあってもすべての参列者を入れることができない。例えば、道場の外で大勢の人たちが入場して法会に参加することを禁止されるように、彼らは本当に仏法を学びたいのではなくて、ただ仏法の加護、加持だけを求めることを望んで、本当に仏法を学んで、生死にか解脱するのではない。だから、彼らが入ってきることを許し無く、リンチェンドルジェ・リンポチェの体力を浪費しないようにする。

多くの人は常に火が功徳林を焼くことを耳にしたが、しかし意味を全然知らないで、嗔念が起きると、火が功徳林を焼くとはそなたが怒って功徳が燃やして無くなったのではなくて、そなたの嗔恨の心が起きるとので、功徳は福徳と転じて、そなたの代々の業力を転じることができなくなる。もしそなた達は1つの道場を離れる時、また理由を探して、誰のためそなたは離れることを選んだと言ったら、それは嗔恨の心である。もしそなたは1つの話、1件の事、一人に対してとても気にかけて放下することができないならば、執着があるから、どっちみちそなたは悪を犯す。多くの人は人に怒ったら嗔念が起きると思っただ、実はそなた達はある人がそなたに対してよくないと感じて、上師は私を誤解すると思って、すべては嗔念が起きる。たとえ彼らがやった事はそなたをうれしくなくさせたら、そなたも1つ嗔念の心を起こして、いったん喜んで離れることではないと、きっといくつか適しないことや間違いの事を言えるでしょう、相手を含んで、または会社で出勤するのともすべて同じであり、相手がよくなく、あるいは間違いがあるから、そなたがようやく離れるため、これらはすべて嗔恨の心である。最も深刻なのは上師と三宝に対し嗔恨心を起こすのである。思うこと上師がそなたを誤解して、了解して或いはそなたのに無実の罪を着せると思っていて、それはすべて上師に対して嗔念とが起きる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、そなたが楽しく来て、好きではないと、喜んで離れると開示した。多くの人は、「リンチェンドルジェ・リンポチェはとても慈悲であるが、しかし彼のそばにいつ弟子のいくつかの行為が私が好きでないから、私は離れる。」と言った。一体そなたはリンチェンドルジェ・リンポチェと仏を学ぶのか、それとも彼らと仏を学ぶのか。もし離れることを決定したら、それならそなたがこの道場と縁が無くて、いかなる理由を探していくつか批判の話を言わないでください。自分が同様な教派のその他の道場或いはその他の地方に行ってもいいと思うならば、それなら間違って、そなたが上師の指示のもとで行くのではない。リンチェンドルジェ・リンポチェにそなたを済度しない限りで、浄土に着くことがもちろんできる。そなたが別の道場に行くのは駄目ではなくて、すべてはゼロに戻って初めから始まるからである。

顕教を修める人の多くは梁皇宝懺を唱えたことがあり、梁武帝が仏教に対してとても大きな貢献をしたことを知っていて、出家者が菜食精進料理を食べることを要して、仏寺をたくさん建設して、そしてたくさんのお経を訳すことを始めて、彼で一国の王としてしたのはそなた達に比べてどのぐらい多いか分からないが、しかし梁武帝はこんなに多くのことをしても、達摩祖師は依然として彼に、彼が福徳だけあり、功徳がないと言った。そなた達が助けた人は10本の指で数え終わって、梁武帝のしたことに比べて、そなた達のしたのは取るに足りないであり、梁武帝さえも功徳がなくて、ましてそなた達はなおさらであるか。そなた達は自分がすこし読経して功徳があると思っている。梁武帝は無常を思惟していないで、自分がしたことに満足して、仏を学ぶのは生死に解脱することを目的にしなくて、だからしたのはすべて福徳しかなくて、彼に業を転じることに役に立たない。福徳は来世に残して使うことしかできなくて、六道衆生は皆福が必要であり、福報がない幽霊は大便の味さえ吸い込みきれなくて、福報がある幽霊は大力鬼王になる。同様に犬でも、福報がある犬は主人に懐中で抱かれてベビーとしてペットの犬になり、福報がないのは野良犬になる。功徳を修行してやっと輪廻に解脱することができて、功徳はそなたの累世の業を転じることができる。法会に参加して私達を福報に累積することができるが、しかし教えに従って遂行しなければならなくて、上師の加持を聞いて自分の行為を改正してようやく功徳があるのである。

功徳福報はそなた達が毎月30日も仕事してから、ようやく月給をもらうことができるが、しかし一日中あらゆるお金がかかってすっかり無くなる。福報を累積するのもこのようにで、累積するのはとても遅くて、とても大変であるが、しかし1つの念頭がすべて使い切れる。人に対する嗔恨が起きる時、嗔でも恨でも全ては修行した功徳をゼロに戻って始まる。功徳が林と同じであれば、冤親債主にそなたが見つかることをさせないで、だから常に上師と仏菩薩に依止しなければならないと言う。何故かというと、上師と仏菩薩の功徳、林のように密生するとそなたをかばうことができて、そなた達はその中でよけて、冤親債主にそなたが見つかることが難しいから、問題はいったんそなた達の嗔心が起きると、功徳林を燃やして無くなってしまって、よけることが出来る所が当然に無くて、一目で冤親債主に見られる。林が無くなったが、しかし木の根はやはり残したから、依然として仏法を必要として、木の根を再度芽生えて成長させられる。

ガムポパ大師は「現在の時、我々はよく思惟しなければならなくて、この『死亡大魔』は一体いつ訪ねるか、確かに一定でない。」と開示した。いわゆる思惟とは、ずっとこの話がどんな意味であるかと思うのではない。仏法の教えは輪廻に解脱する方法であり、私達の生活経験と違い、生活経験は文化背景の違いにより異なる。だから、人生経験法にて仏法を釈明することができない。《地蔵経》に説く、衆生が心を起こして念が動くのはすべて罪であり、全て業である。何故かというと、私達がする事がすべて自分の欲求を用いるため、自分の考えを達成することに固執して、結局はそのため悪を犯して、輪廻の中に落ち込む。仏法は輪廻に解脱する法であり、自然と我々の人生経験法と完全に背馳して、そのため、もし人生経験で仏法の意味を思惟すれば、どんなに思惟しても分かることが出来ない。

お経には、聞、思、修を説いているが、それは別に、耳にするとずっと思っていて、或いは座禅を組んでいるのではなくて、あれらの名相の意味を考えて、修行として、そうするといわゆる枯木禅を形成する。禅宗で1つの公案があり、ある禅師はドアに入る前に、押すか敲くかと思っている。結果は一晩中思っていて、日が既に上って、また外に立った。実は押すか敲くに関わらず、中へ入っていくためであり、そなた達はすべて常にこの問題を犯す。聞、思、修の思は、そなたが仏法を聴聞した後に、自分の身、口、意が日常生活の方面で仏法に違背する所があるかと思惟するかどうか。もし上師の教える内容に一致しないのでさえあれば、すべて間違いであり、直ちに過ちを改めなければならない。聞き終わってから、また自分が一体やれるかどうかを分析するのではない。自分がなかなか出来ないと思うのは、このような考えも間違っている。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆と同じに、家、子供、事業があるが、唯一異なったのはリンチェンドルジェ・リンポチェは夜に接待することが不要である。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは神ではなくて、仏陀も神ではなくて、仏陀も平凡から修行して仏果を成るから、その故、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に教えるのはすべて凡夫がやれるから、ただ教えに従って遂行さえすれば、きっとできるであろう。自分が皈依して、菜食精進料理を食べて、拝懺して、読経して、座禅を組むことがあれば修行すると思わないでください。これはただ福報に累積するだけ。

リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達と違い、リンチェンドルジェ・リンポチェは根器がいいから修められたと思わないで。リンチェンドルジェ・リンポチェも信衆から修めたが、唯リンチェンドルジェ・リンポチェの心はそなた達と全然違う。この前の法会にリンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て開示されて、清浄な心で仏法を聞き、自分の考えを持たず、そなた達に輪廻させる行為を全て修正しなければならない。若しそなたの心が間違い、心は清浄しないと、参加した法会、唱えた仏経は全て福徳になり、業を転じられない。例えばそなた達は今では唯福徳しかいない。出家衆は若し仏法を多く聞きたくて、寺を建てられて、開悟を求めて、信衆を持つと言う考えがあれば、欲望だった。リンチェンドルジェ・リンポチェは今まで自分がいつか法席に昇って仏法を広める事を一切考えなくて、全ては自然に任せた。

業は自分の業と共業を分ける。現在は大衆が集まって一緒に善の共業を作る事は少ないが、却って悪い共業を作る事が多い。一度に戦争が起これば、何十万人が死んだ。一度に地震が起これば、何万人が死んだ。悪業を作るのはとても簡単だが、善業を作るのはとても難しい。それは善業は常に自分を犠牲しないと行えないから、一般人はこのような執着を捨てるとはとても簡単ではない。

ガムポパ大師は開示された。「そなた達はこの人身を得て、機会があって自由自在に仏法を聞けば、必ず把握して修行しなければならない。真の自由は輪廻を断たれて、浄土に往生して生死を解脱できる。更に衆生を助けて利益を得させる。そなたはまだ自由自在にいる時、我々は長い未来のため準備して根本の利益を捉まって、「究竟の稼穡」を作らなければ成らない。一旦閻魔王に無情な鉄鎖に繋がれると、あの時我々はもはや自由もいない。」我々はこの人身を得たのは全て累世で累積した善業のお陰だ。過去世にそなた達は仏を学んで修行した事があるから、此の世に仏法を接触する機会がある。だから、そなた達は大切にしなければならない。唯此処に言われた自由は他人に制御されない事ではなく、業果は未熟するときまた機会があると言う意味である。真の自由は金が有ってそなたに自分がやりたい事をさせる事ではなく、輪廻の束縛から抜け出して生死を解脱して衆生を助けて利益を得させる。つまり、彼達に仏を学べて生死を解脱させる。若し機会を把握しないと、死亡無常いつでも現れる。そうすれば、我々の業に従って六道の中に輪廻しなければならない。

我々は此の世に出会った事は全て過去世に累積された業である。仏法は三世因縁を説かれた。「過去」、「現在」、「未来」。此の世に行った事は来世に影響する。そなた達は未来に対して、計画を立てるとは実は金の計画だけだ。嘗て自分が此の世に終わった後、来世は何処に行く事を考えるだろう。我々は遇った事は全て唯業力のエナジーは流れるだけ。業の力は未熟でまだ始めて転じない時変えられる。しかし、業力は溜まると、その力は何も妨げない。善業はそうであり、悪業もそうだ。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に一切善を行う事を教えた。それは善業の力は益々大きくなれば、悪業の力は緩和して尚更に停止できる。そなた達は皈依する時、此れから身口意は善を行い持戒を通して、一切の障碍に暫く停止されて、そなたに仏を学ぶ道に障碍を減少させて、尚更に障碍が現れない。

此の世に「事故」と言う言葉が無い。そなた達は言われた事故はそなた達がコントロール範囲以外の事だ。寿命も福報の一部分であり、因縁に従って変動したり増減したりする。寿命の長さを影響する要因はとても多くて、寿命を構成する構造物はとても複雑だ。仏眼、仏の知恵しか見えない。ある人は自分が病気にかかって間もなく死んだと言われたが、結局二年に経つとまだ死んでいない。ある者は通常に健康だけど、突然に亡くなった。死亡を恐がる人は却って死ねない。リンチェンドルジェ・リンポチェは1995年から始めて衆生を利益して、多くの人を見たから、多少に面相を見える。ある人の相は短寿を見えないのに、彼は早めに死んだ。ある人は70歳、80歳まで生きられるのを見えないのに、結局長く生きられた。此処から分かったが、寿命は変動できる。若し悪を行えば、そなたの寿命は不断に減り続けた。例えば、そなたは肉を一口食べると、寿命も徐々に減ってくるようだ。

自分は先に恋して、事業を頑張って、結婚した後、暇になるとまた仏を学ぶや数年を中断しても仏を学んでも構わないと思わないで。このような観念は全て世俗の邪見だ。このような考えを持つ人は無常を信じなくて、自分が人生に対して既に計画を立てたのを思った。しかし、人性はそなたの計画通りに進められるだろう。他人は仏を学ぶ事を中断しても、いい生活を過ごしたを見て、自分もそうできて先に事業を頑張って将来学んでも同じと思わないで。実はそなたは功徳を少し修めて、中断すると、また仏を学びたいならゼロから始めないと出来ない。この前に唱えた部分はまだいけると思わないで。引き続かないと必ずゼロから始めなければならない。このような人は出離心がない。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て皆に開示されたが、出世法をうまく修めれば、入世法は自然に問題が無い。しかし、そなた達は却って聞かなかった。

ある者は道場を離れた後、自分は家で修めてもいいと言ったが、それは勿論行けない。そなたは離れると、一切も改めて学ばなければならない。隔世迷のようで、そなた達は若し過去世に仏を学んで修行しないと、此の世にこのような機会があってそなた達に改めて仏法を接触するわけではない。しかし、必ずゼロから始めて学ばなければならない。直貢チェツァン法王は此の世に再び転生したとは既に第八回目であり、直貢チェツァン法王でも幼い頃から改めて修めなければならない。当然直貢チェツァン法王は過去世に修行の善根はとても深いから、早めに修めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは此の世に38歳から始めて仏を学んだ。この前も肉を食べた。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達と違うところは決心であり、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏を学ぶ事は自分及び衆生の未来に利益があると分かって、決心して上師の教えに従って仏を学んだ。そなた達のように如何なる話されても責められても相変わらず教えに従わなかった。

ガムポパ大師は開示された。「我々は必ず専念に上師、本尊、三宝を念じなければならない。また、無限の信頼及び憧れ、尊重の気持ちを通して、精進に不断に猛烈に彼達を祈る。」専念とは二心を抱かず、仏法を学ぶ事は命の中に最も大事な事としてみて、永遠に止まらないで上師に信頼して憧れて、上師を念じると自然に上師に尊重を行えて、精進に猛烈に修行できる。上師の加持の下で輪廻を断ち、成仏して衆生を利益できる。

何故上師に信頼して憧れる必要があるだろう。上師はそなたが出来ない事が出来る。例えば、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェが能力を及ばない事を行えた。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に対して、完全に信頼して憧れている。また、リンチェンドルジェ・リンポチェは行えた事はそなた達が行なえないと、当然に信頼して憧れる。此処に言われた無限とは永遠に止まらないという意味である。つまり、永遠に上師に信頼と恭敬を持たなければならない。そなたは心の中から、信頼して憧れたとき、わざとしなくても自然に恭敬心、尊重心を起せる。若し心の中から上師、仏菩薩に無限の信頼、憧れ、尊重を持たないと、堅い出離心を起せない。若し出離心がないと、精進に仏を学んでも有限だ。例えば、そなた達は上師への信頼は有限である。

そなた達は始めて小学校に入って勉強した時に、先生の言ったとおりに聞いて行った。例えば、先生はそなた達に座ると言えば、そなた達は座った。先生にトイレに行くと言われたら、トイレに行った。しかし、小学校三年生や四年生になるとき、始めて自分の考えと意見があった。そなた達にとって、仏法に於いて小学校一年生さえ比べない。そなた達は始めて仏を学んだ時も同じで、常にリンチェンドルジェ・リンポチェはとても慈悲だと言われたが、長くなると、ほら、何故繰り返して同じな事を言ったかと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、勿論同じ事を一つしかいない。それは仏法は唯一つしかいないから、若しリンチェンドルジェ・リンポチェは多くの言い方が有れば、嘘を付く上師である。

そなた達も今までリンチェンドルジェ・リンポチェは自分が直貢チェツァン法王に誤解された事を聞かなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に従って仏を学んだ以来、直貢チェツァン法王はいつも様々な方式でリンチェンドルジェ・リンポチェを教育した。例えば、今年11月に直貢チェツァン法王は突然にリンチェンドルジェ・リンポチェに指示して、5日間閉関修行させた。その後7日間に変更した。更に変更するかもしれない。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子として、上師の指示に対して、約束しか言えない。2007年直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに閉関修行を指示して、唯一年前に来年リンチェンドルジェ・リンポチェは三ヶ月間の閉関修行させたが、どんな月さえも言わなかった。その後、やっとどの時間を分かった。リンチェンドルジェ・リンポチェは従って行ったが、自分の考えを持たなかった。その後リンチェンドルジェ・リンポチェは始めてこの閉関修行のため、直貢チェツァン法王は四年前から準備して、いつ頃に灌頂するやいつ頃仏法を伝授する、いつ頃閉関修行するなど。次第にリンチェンドルジェ・リンポチェに仏法を伝授された。

長年前にリンチェンドルジェ・リンポチェはオランダに仏法を広める事を準備した。直貢チェツァン法王は急に事情があってリンチェンドルジェ・リンポチェに呼ばれた。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きにオランダに出発する時間を延期して、直貢チェツァン法王が決めるまでに始めてオランダ法会の日程を決めた。そなた達のように仏法を広める事がかなり重要だと思わない。

ガムポパ大師は開示された。「今世暫くの利益と名誉、高位及び賞賛など世間八法は教法に従う修行者にとって、利益を連れないから、皆は全てを捨てる事を望んだ。」

そなた達は世間法を全て捨てるべき、此れはそなた達に仕事させず、何も行わないではない。唯この事は全てそなた達の因縁である。因縁から生じて因縁から滅びる。毎日向き合う事を処理するが、心に残さない。そうすれば、修行者は煩悩の束縛から抜き出して、心から教えに従って奉じる。そなた達は毎日考えなければならない。今日私は過ごした生活は仏法に関わるかどうか。無いなら懺悔しなければならない。

ガムポパ大師は「自分の体及び一切受用な物など、全ては上師三宝に奉献しなければならない。」と開示された。

この事はそなた達が出来ない。しかしこのように行わないと出来ない。上師は皆の資産が欲しいや皆に全てを上師に供養する事を要求しない。例えば、上師の指示に従って閉関修行すれば、この体を連れて行かないといけない。仏を学んで修行する道に供養と布施が必要で福報の資糧を累積する。観念に於いて、この世に全て受用な財、事業などは全て過去に行った。我々の体は業報身であり、福報が尽くすと此の世も終わって全ての財、体も無くなった。終わった後、全ては連れていけなくて、捨てなければならない。故に通常は持つものを一切上師三宝に供養する心を通して、我々に我執を放せて、出離心を培養する事を訓練できる。むしろ法を修める、修行、どんな事を行ってもこの肉体を使わなければならない。世間に言われた心力、分身とも偽物だ。だから、この肉体は完全に上師の教えに従って行えば、全部の供養だ。ある弟子は尚更にリンチェンドルジェ・リンポチェに仏法を伝授されてもいい加減に修めていた。自分が皈依して法会に参加した事があって、リンチェンドルジェ・リンポチェに頼ればいい。そうすれば護法の守りを得られると思って、自分が修めなかった。逆にリンチェンドルジェ・リンポチェは自分の考えを持たず、直貢チェツァン法王の指示であれば、完全に行った。ある時直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに有る事を止める事を指示したが、たとえリンチェンドルジェ・リンポチェはいい事を思っても、直貢チェツァン法王はそう言われたから、リンチェンドルジェ・リンポチェは疑わず、すぐ止めた。またはっきりに相手に知らせて、相手に気に障る事を恐がらない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に対していつも従順で、これあ恭敬で、これこそ信頼があるため上師が弟子のため一番良い手配をするのを分かった。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前顕教を学んだ時、顕教の法師はリンチェンドルジェ・リンポチェに布施の法門を教えてくれた。いつも電話をかかって来てリンチェンドルジェ・リンポチェにいくらを出させて、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ずはいと言って、今まで用途を聞いたことがない。リンチェンドルジェ・リンポチェは顕教の法師が是非我のため一番よい手配をしてくれると信じて、それに、顕教の法師は我の能力が出来るかどうかを分かって、我よりいくらを取っても我が出来ると思ったからと信じた。リンチェンドルジェ・リンポチェの手が割合に大きいので手を出すと大金であった。

そなたはこの一生何が出来るか、との人と一緒になるか、いい事業を持つか、また上師と仏を学ぶ因縁は全部累世より得て、十分複雑で、その中の縁由、内訳はそなたの上師さえも全く分かることができない。ただ仏は最初から今までの一切因果因縁を分かる。上師は弟子の因縁が分かって、そなたの善縁、悪縁くらい、上師として是非見分かれて、見分かれなければ上師になることが出来ない。上師はそなたにこのものとつき合わせない時、従順するべき、そなたは聞かなくて、「大丈夫だろう、我は今まだ毎回の法会に参加することが出来る」と思って、年を取った時苦しさをやっと分かって、あの時もうリンチェンドルジェ・リンポチェに文句を言いに来るな。もう一度皆に強調する:そなたは不従順であれば、上師或いは仏菩薩はそなたを罰するのではなく、上師の加持力が断ってのであり、そなたは自分が過去に全て作った業力によって日を暮らすしか出来ない。

所謂類を以って聚まる。リンチェンドルジェ・リンポチェは二人の観念が間違って、まだ永遠一緒にいることができると信じない。そなたは素食で、相手は肉食で、一緒に出る時、始めごろ数回そなたと合わせるが、何回をした後、相手ははじめて不便と文句を言った。修行者は因果を知ったので、事前にそなたに注意させた。

特に男女が付き合っている時良くあの食べ放題レストランへ行って、素食がどうするだろう?嘗て1人リンチェンドルジェ・リンポチェの女従業員は、彼氏が彼女を連れて食べ放題レストランへ海鮮を食べに行った。彼氏は食べたら大丈夫だが、彼女は2回を行ったが、毎一回食べて来たら全部吐いた。しかしこの彼氏はまだ絶えずに彼女を引き連れて、明らかに彼女を愛しないだろう!もうけない商売をする者が出ないだろう?食べ放題が出来る海鮮料理は良いもんか?

皆は知っている毎年の「阿弥陀仏無遮大超度法会」現場で信者がリンチェンドルジェ・リンポチェに供養したお金はリンチェンドルジェ・リンポチェは全部皆のため内政部社会司に寄付した。去年(2010)の「阿弥陀仏無遮大超度法会」した後、検討会中に供養箱が少ないので多くの信者が供養したかったが供養箱を見つけないのを発見した。今年は特に多く設立して、果たして去年寄付した供養金と比べたら、483万より増えて、今年現場の613万供養金になった。しかし、又ある信者はリンチェンドルジェ・リンポチェにメールして言った:「法会の全体がとても良いと感じたが、『なぜこんな多い供養箱があったか?』と聞いた。供養箱の数量が減れば、あんな話を言う者がいないだろう」皆は全部知っているリンチェンドルジェ・リンポチェは一銭も受け取らなくて、全ての供養金を内政部の役員、弁護士、会計師及び銀行の行員と共同証明する下に、この供養金を社会福利厚生の費用に充てて内政部に寄付した。多く供養箱を設立して、皆に供養布施して福報が増えるチャンスを多くあらせる。

その他に、大超度法会に配った甘露丸のあるミネラルウォ-タ-はこの数年間とも同じ会社が提供した。そうして、ミネラルウォ-タ-に修法加持した甘露丸を入れた。ミネラルウォ-タ-の中に甘露丸を入れたため当然に雑質があったと見えた。この事は法会の司会者も現場で2回を言ったのに、ある者はやはりこのミネラルウォ-タ-会社へ投書して、ミネラルウォ-タ-が開けられて、水の中に雑質があったと言った。あの供養箱が多すぎるメールを書いた者は誰かリンチェンドルジェ・リンポチェが知っていているため、リンチェンドルジェ・リンポチェがはやはり返しメールをして彼に説明した。しかし、ミネラルウォ-タ-の中に雑質があったと言った者はミネラルウォ-タ-会社に投書したのでリンチェンドルジェ・リンポチェは彼に返しメールをすることが出来なかった。リンチェンドルジェ・リンポチェが全て行う「阿弥陀仏無遮大超度法会」の中にの大きいと小さいことはリンチェンドルジェ・リンポチェが全部関心を持って、自らで目を通して、それをするのは全ての環節が全部衆生に対して役に立つのを確認する。今年が行い終了後来年のを準備するべきだ。皆は一緒に言った:「ありがとう、リンチェンドルジェ・リンポチェ!」リンチェンドルジェ・リンポチェは笑いながら仰った:「例え我はまだ死ななければ」。リンチェンドルジェ・リンポチェは感嘆した。全て費用を受け取らなくて皆に全部参加させて、ただで甘露水をあけたのに、皆はまだあんなに多くの考えがあった。だから人が大変済度し難くて、広東語で言えば:「有法度」。さらに感嘆した。衆生の考えがこんなに多くて、なぜある者はまた費用がかかる法会を挙げるだろう。

寶吉祥仏法センターには功徳主を設立しなくて、1千万を寄付すれば上に上がって歌を歌って、あの方式で法会を挙げる事もなく、本当に衆生を助けて、衆生のため法を行った。リンチェンドルジェ・リンポチェの座席下に一千あまり名弟子があったことにより絶対に基金会を挙げる資格があった。しかしリンチェンドルジェ・リンポチェはこのようにしないのは、そなた達に貢高我慢をさせない。嘗てある者は家をリンチェンドルジェ・リンポチェに供養して、リンチェンドルジェ・リンポチェは受け取らなかった。ある者は2千万台湾ドルを持って来て、リンチェンドルジェ・リンポチェに供養するように5回を願ったが全部断れた。

ガムポパ大師は申された:「実修するでは、我等はまた要点を帰納して行うべき。それより我等は心より思惟して発願する:『我等は一切有情衆生に全部究竟円満な仏果を得させるため、布施供養、浄戒を守って、安忍に慣れて、精進で修めて、深く禅定に入って、知恵が生じた。』その後、また心の中にの奥所より『全て善行を修めるに対して、我は必ず『六度』の方面を備えて、実修する』との強固な誓いを起きた。」

前何回の法会の中に、リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て開示された、拝懺、念仏座禅する時はじめて六波羅蜜を修めるのではなく、六波羅蜜は生活の中に応用することが出来て、家、事業及び仕事全部六波羅蜜を行うことが出来る。多くの者は全部六度万行を聞いたことがあった。どうすれば万行が出来るか?即ち六波羅蜜を日常性活の中に用いて、24時間,分分秒秒身、口、意は全部六波羅蜜を離れなくて、自分を輪廻させる行為をやり直す。仏法と生活は分けることが出来ない。例え生活は生活、仏法は仏法と両方に分ければあれは仏法であらない。そなた達在家人は出家衆のようなあの環境がなくて、そなた達は毎日には全て多くの悩みと仕事を処理するべきで、それで菩薩道と金剛乗には六波羅蜜を修める必要で、ただ念仏、法会に参加する時に六波羅蜜を修めるのではなく、仏法を生活のなかに用いる。そなた達に対して大変難しいがリンチェンドルジェ・リンポチェに対してかえってすごく簡単でリンチェンドルジェ・リンポチェの生活の中に、商売するのを含んで、全部六波羅蜜を使ったから。実は六波羅蜜を実修するのは六道を輪廻するに対治する。

どうしていつも皆に布施供養、持戒、忍辱するべきと教えたか?そなた達に「捨てる」心を培養し、捨てることが出来てはじめて我執を破ることが出来た。なぜ憂鬱症にかかったか?我執が重い者は良いか悪いかを執着して、妄念が多くて、考えが多い者はいい事が来る時楽しくて、悪いこと来るなら苦しんでいる。多く者は結婚した後、相手の行為を不満足で、自分がただ食事しに出たのに、夫は他の男と出ると疑った。他人が仏を学ばなくても良い日を暮らすのを見た。実はこれは只彼が過ごしている生活とそなたの欲望と一致した。そなた達は結婚する前、相手はこうすればそなた達は相手が大変そなたに関心を持つと思って、結婚した後相手がそなたを支配すると思った。そなた達は自由を追求して他人に支配されたくなくて、夫がそなたに多く聞くとそなたを支配すると言って、母が多く言ってもそなたを支配すると思って、実はそなたに関心を持ったのに、かえってそなたを支配すると思われた。そなたは相手が良く出来たかどうか、彼がそなたの欲望に満足したかと関した。そなたは素食しているとき、相手が肉を食べるのを見てそなたは良いと感じるか?しかし以前そなたがまだ生臭ものを食べる時、相手が魚を食べるのを見るとそなたは相手には魚があったのを羨ましかった。ある者は自分が今良く修めたと思って、現在自分が家で念仏する時夫は外へ出なくて、そばでテレビを見てそなたの伴にして、これも欲望である。そなたの夫はそばでテレビを見るのはそなたが念仏声が聞きたくなくて、テレビの声でそなたのを被った。

一切が順調する時、満足してはいけない、自分の欲望が満足できない時も、あきらめない。。六波羅蜜の中にの忍は一切良しと悪しを忍するべきだ。只悪いことを忍するのではなく、いいことが現れる時も忍するべきだ。いい事が堪えなければ貢高我慢しやすくて、貢高我慢は阿修羅道に堕ちやすい。修行者が一番恐れるのは名聞利養で、寶吉祥仏法センターは広告をせず、リンチェンドルジェ・リンポチェもテレビで法を説くことをしないが、リンチェンドルジェ・リンポチェも2万名あまりの大法会が出来た。大法会時、弟子が記者と連絡するかと伺った。こんなに大きい法会は有名になるのはすごくしやすかった。しかしリンチェンドルジェ・リンポチェは自分が衆生に利益する福報を使ってしまうことを望まないので、全く媒体に知らせなかった。《仏子三十七頌》が説いたように、そなたの敵がいない、全部そなたが自分出来たのである。ある者がリンチェンドルジェ・リンポチェを賛嘆する時、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分がまだ仏にならなくて、一切衆生に利益することがまだ出来ないので、これらのお世辞に動かれない、自分はまだ多くの衆生を助けないので懺悔するべきだ。自分の弟子達が傲慢な心が起きるのも望まない。法会の新聞はテレビに出るとそなた達は傲慢心は起こし易いである。

リンチェンドルジェ・リンポチェも弟子達に仰った、リンチェンドルジェ・リンポチェは只一介凡夫で、そなた達と同じでご飯を食べて、寝る。もうリンチェンドルジェ・リンポチェを神と見るな、これは造神運動ではない。そなた達も自分が皈依した上師リンチェンドルジェ・リンポチェは他の修行者より凄いと思わないで、心より貢高我慢心が起きるから。衆生はどんな上師に出会うか全て彼の因縁だろう。もう我らのリンチェンドルジェ・リンポチェはどんなに凄くて、言い過ぎると貢高我慢心が生じた。大超度法会22,000名、媒体を探さなくて報道しなかったのも弟子に傲慢させなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェは他のリンポチェと同じではない。リンチェンドルジェ・リンポチェの願力で、諸仏菩薩と歴代上師、法王の加持を得て、はじめてリンチェンドルジェ・リンポチェの願力、この法会を成就させた。参列者皆がなければこの法会もなかった。それより、そなた達はびくびくして、薄い氷の上に歩くような気持ちで努力する。

今日全て開示されたのは仏を学ぶ正しい考えで、そなたの考えは正しければ、仏を学ぶことははじめて最後まで頑張る。その前既にガムポパ大師が法を聞くに対しての意楽を申された。だから今日もう重ねて述べない。

有る弟子は下記のように報告した。六波羅蜜は六道輪廻に関する事が嘗て仏を学ぶ過程にこのような開示を聞いた事がないので、リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲な開示を伺いを立てた。リンチェンドルジェ・リンポチェは先も解釈した事があると開示し、六波羅蜜を修めるなら身体に対して良くなって、しかし、これが密法ので諭されなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェはある出家衆の弟子に今日仏法を聞く収穫を尋ねた。出家弟子は「過去で真に座禅を組みだけで知っていて、このように『六度万行』を解釈する事を聞いた事がない」と回答した。嘗て、顕教の師父は六波羅道に対してただ名詞の解釈だけで、このような詳しい説明が無かった。もう一人の出家衆は「リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は『六度万行』が日常生活の一日中の24時間で身口意で使う事を聞いてからとても感動した」と報告した。第3人の出家衆は「『六度万行』が菩薩だけで行う事だと思っていた。普通な人間も遣り遂げる事を思った事がなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェの教導にとても感謝し、自分が努力してして行く」と報告した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは「菩薩になってから六波羅道を始めて修める事と思ったら、『声聞縁覚』を修めてなった」と開示した。菩薩は仏菩薩になる前に凡夫なおで、菩薩道が人間の中に修行し、人間の中にそなたがが煩悩があるので人生が苦しむ事を体得されて、固い出離心を持って始めた。六波羅道とは凡夫が仏菩薩道で修めるはずで、現在修めないなら、急に菩薩になる事が有り得なかった。嘗ての上師が説いた事がないのは此の部分を修め得ないわけで、彼達を責める事が出来なかった。菩薩は凡夫から修めて、仏経で「六道の衆生は仏になる本質がある」と記載された。だから、仏菩薩になると、六波羅道を始めて修める事ではなかった。菩薩は凡夫で六波羅道を修めなければならなかった。菩薩戒を受けたり、菩薩道を修めたり、六波羅道から修めたりする事が要った。六波羅蜜は金剛乗の中に「十波羅密」で、「十波羅密」が六波羅道から生じて、実は六波羅密と同じである。六度万行を修めないなら、六道輪廻を修める事になった。

顕教は「因地」から修めて、「十二因縁法」と「四聖諦法」から修めて、時間が比較的に長いのである。金剛乗と菩薩乗は「果地」から修めた。菩薩果地から直接修めて、心の方面から直接修行した。現代人は古代人が深山の中でいて、人々に遠く離れて出家して修行して、成就があってから出来て済度する条件がなかった。一つは福報がないで、二つが時間が無かったわけである。仏学辞典はこんなに厚くて、如何に読め終わられるのでしょうか?読んでもその中の名相だけで知っていた。仏法が浩瀚で、だから、ある具徳な上師がとても重要で、上師は仏経の内容の要点を帰納して、実際な修行の経験を以って、弟子の因縁により教法の要点を帰納して、弟子にが確実な遣り遂げる事を監督し、衆生が盲目な修行する事が要らないし、これはチベット仏教が何故上師に特に重視する事わけである。

六波羅蜜が修めると業の力を下げる事が出来た。身体と気脈と関係があって、これは密法の部分である。六度万行は六道輪廻に対治する事が出来て、六度万行がもっと上手くするならば、六道に輪廻する機会を減らす事が出来た。実は、六波羅蜜は我々が世間八風の執着に対冶した。自分の能力範囲の中に他人に助けて、これは布施である。一切は会社の規定によりしたら、持戒である。会社には社長さんに罵られて、批評されても、心を動かさないし、他人に褒められても、心を動かさない事は我慢する事を修行する。禅定とは一心に仕事をした。会社の規定により一心で努力して完成したら、何か間違いが無かった。そなた達が間違いを犯す事は、現在この事をして、心の中に社長さんが好きかどうかを思って、一心にしない場合に如何に上手くするのでしょうか?そなた達は六波羅蜜を仕事で使って、勤勉で、間違いを犯さないと、社長さんがそなたに解雇されるだろう。

科学技術はもっと発達していて、人に対してマイナス面の影響に発生する事がもっと大きいである。現在、そなた達は多すぎる情報を接収して、携帯電話、コンピュータ、テレビを含めていた。現在、人々は起きると携帯が何かメールが来るかどうかを確認した。子供は帰宅すると、先にゲームをしてからまた宿題をした。授業の教材もコンピュータに使って、既に心が混乱し、如何に心を落ち着いて学ぶだろう。これ等の溢れた情報は我々の脳神経に落ち着かないで、妄念を満たして、一心にする事が出来なかった。電磁波も我々の脳神経に影響し、脳神経に絶えずに運営して休む事が出来ないで、だから、現代人が常に神経に関する病気に罹って、全てこのように罹ってきた。脳の働きが多くて、一心が出来ないなら精神を消耗して、身体が自ずから良くなかった。その上、一部の人々は彼氏に会う前に、自分が何をしたら利益を貰えられる事を考えて、絶えずに考えていた。密法を修める修行者は自分の脳神経に休ませる事を知っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェのように、8月14日に2万2千人の「阿弥陀仏無遮大超度法會」を行った後、翌日にすぐ日本へ向いて、明後日2回の法会を続けて行って、が、精神が依然として良いで、此れはリンチェンドルジェ・リンポチェが妄念が無いで、有効な休んで精神に回復する事が出来た。仏を学ぶ事は我々に脳神経に休ませる事を知っていた。

仏を学ぶのはそなたに事業に順調で、子供が親孝行をして、身体が健康する事にならせる事ではなくて、これ等は全てそなたの過去世の因縁で、仏を学ぶ事と直接な関係が無かった。一部の人々は仏を学ぶと良くない事を発生してしまった。或は、自分を世話してから再度仏に考える事を言われた。一部の人々はこのような話を聞き入れた。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は密宗の中に財神法があり、そなたが真に修行者であれば、財神法を修めてからそなたに仏を学ぶ資糧が有らせて、此れは貧困もある苦しみである。リンチェンドルジェ・リンポチェは過去人の経験により皆に教えて、実は、そなたが始めて仏を学ぶ時に、事柄がよくなって行った。然し、中期で、そなたが思っている良くない事が表れて、業力がそなたに始めて邪魔した。そなたが長くて皈依しても、或は皈依したばかり者であれば、業力が現す時に、ただそなたが堅持したら、何時までに終れる事をはっきり覚えなければならなかった。ただそんたが正確な仏を学ぶ心構えと目標と方向が正しいなら、全ての難関が必ず経られた。以降の修行のスピードは絶対にとても速くなられた。ただそなたは上師に信心があったら、お休みを取らないで、お金がない等の問題が全て解決する事が出来た。ただ上師と三寶に対して心から広大な信心があって、教法に従ってしっかり実践して、未来が必ずよいのである。仏法の中に所謂「魔考」の言い方がないし、それは一貫道の名詞である。歴史の記載により、全ての成就者は多くの苦しみを経てから修め出て、直貢チェツァン法王も多くの苦しみを経て、大環境の関係の故に、直貢チェツァン法王が10歳ぐらいに、まだ子供の頃に、文化大革命なので、労働改造所に入った。リンチェンドルジェ・リンポチェも多くの苦しみを経た。

普通な出家衆が多くの俗世間の悩みと異なって、リンチェンドルジェ・リンポチェは凡夫から修める在家の修行者で、全ての人間が経る苦しみが、例えば:事業が失敗し、離婚し、子供が素直に従わないし、癌に罹る事などで、リンチェンドルジェ・リンポチェが全て経る事があった。リンチェンドルジェ・リンポチェはこれ等が弁済している事を信じていた。人間の体は業報身で、生々世々にどの位の悪業を累積する事が誰でも知らなかった。だから、若い時に先に弁済し、お年寄りになって、往生する前に、真言を唱えて読経する力も無い事が要らなかった。既に皈依して、これそれを心配している事が要らないし、また、リンチェンドルジェ・リンポチェに自分のみぞおちが痛いので加持を求める事を言ってはいけなかった。これ等は過去世でした事なので、よく懺悔して弁済したら問題がないで、死後で石でそなたの全ての骨を押し潰して死ぬ地獄に堕ちる事が要らなかった。

早年、ある皈依弟子はある病院の内科主任で、彼が金曜日に当番に当たるので、リンチェンドルジェ・リンポチェに金曜日の施身法法会が他の日に移す事に頼んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示はただ彼が決心があったら、絶対に金曜日の施身法に参加する事が出来た。やはり、これから、此の弟子は金曜日に当番に当たる事が要らなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは続けて開示した。決心がないならば、施身法法会が時間が変わっても、此の弟子が依然として参加できなかった。

リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達と同じ外形があって、然し、心がそなた達と全然同じくなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェに対して、法会にいる或は法会に居ないという分別がなかった。日常生活に暮して、或は仏法生活に暮すという分別がなかった。そうすると、仏法を日常生活の中に完全に実行する事が出来て始めた。そなた達がリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見した時に、病気があったり、事業が不順調があったり、家庭に問題があったりする事があり、全て欲望があって求めてきた。リンチェンドルジェ・リンポチェは「自分の業が重いので、このように欲望があって仏を学んでくる弟子を収めた」を常に説いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは最初顕教に皈依する場合に、そなた達のように自分がもっとも良くない場合ではなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェはその時に、自分がまだ一部のお金があって、ヨーロッパから輸入のブランド車を運転した。その時に、皈依の考え方はただ仏を学ぶ事が自分と衆生に対する利益があった。利益がある事とは普通な所謂利益がある事のではなかった。自分の欲望を以って皈依する事をしなくて、そなた達のようではなかった。そなた達は全て半調子で、半調子さでではなくて、ただ1パーセントの調子だけである。

リンチェンドルジェ・リンポチェの父は心臓麻痺で死んで、去った時に、リンチェンドルジェ・リンポチェがやっと17、18歳ぐらいで、その時、死亡の震撼にとても強烈で、だからリンチェンドルジェ・リンポチェに早めに死亡無常に信じらせた。そなた達のようではなくて、そなた達の身の周りの眷属が殆ど段々で病気に罹っていて、それから、段々で死んでいた。だから、そなた達が死亡無常に信じていなかった。そなた達もそのような死亡の苦しみを感じていなかった。実は段々で死ぬ事は病気で受ける苦難により大きくて、速めに死ぬほうがよい事ではなくて、ただ苦しみの時間がより短いのである。然し、速くあるいは遅くて、同じように無常である。リンチェンドルジェ・リンポチェは亡父が早めに死んだので、誰でも教導してくれた事がないで、自分が子供から頑固な個性を知っていたので、自分を改正したかった。

リンチェンドルジェ・リンポチェが仏を学んだ後に、事業が崩れて、婚姻が終って、子供が素直に従わないで、自分が癌に罹って、リンチェンドルジェ・リンポチェはこれ等を弁済する事と思っていて、上師の直貢チェツァン法王に求めた事が無いで、此れは上師に無限な信頼があった。一切な不順調を我慢出来で、一切が全て経る事を信じていた。リンチェンドルジェ・リンポチェが貧困な場合に、自分が生きている事ができない事を心配していないで、依然として、仏法を学ぶ事を一心して、三寶に完全な信心があった。お金が無いで車に乗られないで、暑い日に遠い道を歩いて仏法を学んで行った。ポケットの中でただ1回のバイキング式料理を食べるお金だけが残るため、お金が無いでも、着て使う物が依然として精致で適切で、だから、リンチェンドルジェ・リンポチェがお金が無い事が誰でも見えなかった。だから、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェがよい服装を着る事を批評しないで、無常を信じているので、自分が買える時に早く買えた。

時間は過ぎるのがとても速くて、またたく間にすでに8月末で、この年はまた終る予定である。子供の頃、自分が早めに成長する事を望んで、現在、お年を取ってから、時間が速くて経て、自分がまた1年の修行する時間が少なくなった。坊間には、ある者が自分を「上人」と呼ばれた。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示はもし「上人」がいるなら、それでは「下人」がいるはずである。もしただ彼が上人であれば、それでは、ただ彼が仏果を修められて、他の人々ができなかった。仏教に衆生が全て仏になる本質がある事に記載されて、だから、此れも自分から名詞を創った。現在、一部の仏寺は誰かが菩薩の様子のようと流行して言った事があった。そなた達が見る全ての仏像の目、耳、顔の様子などで、美しい見えるの為に作る様子ではなくて、全て原因があった。

金剛乗の行者は衆生に利益する心が金剛のように固くて粉砕してはいけなくて、六波羅蜜を自分の24時間の暮らしで実行する事を発願し、その上、身口意にて行った。このような固くて願いを発するのは完全に上師に依止しなければならなかった。上師に無限な信頼して尊敬し、上師の教導に従って遣り遂げて、自分の考え方が少しでもなかった。ガムポパ大師の開示により、修法の行者に対して、彼が諸法を帰納したら、二諦の中に纏める事が出来るのを了解するはずである。「二諦」とは「世俗諦」と「勝義諦」である。リンチェンドルジェ・リンポチェは今日の開示の教法がとても重要で、そなた達の仏を学ぶ基礎で、これ等の教法も「世俗諦」と「勝義諦」の範囲である。リンチェンドルジェ・リンポチェは次回の法会の中に再度皆の為に開示した。

今日の共修法会が円満で終って、リンチェンドルジェ・リンポチェは自身の苦労を気にしないで、法会の中に既に3時間ぐらい開示したが、信衆と一部の弟子が次第に離れる際、リンチェンドルジェ・リンポチェは再度法座に戻って、引き続いて待っている72名の信衆を一人一人で接見し、すべての信衆があった苦しみを了解し、仏法を以って開示と加持を与えて、午後の7時30分まで進んで、リンチェンドルジェ・リンポチェが衆生に利益する決心を示現した。

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2011 年 09 月 06 日 更新