尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ の法会開示

2011年8月16日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥仏法センターにて、殊勝な地蔵菩薩息災法及び施身法法会を主催して、参列者が日本の各地から来た信者28人、インドの信者1人、及び日本と台湾の弟子162人を含んで、合計で191人がこの盛会に参加した。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に昇った後に、法会に参列した大衆に、以下の貴重な仏法を開示して与えた。

お経には、中国旧暦の7月で、西暦の8月であるこの月は親孝行の月と称することを記載される。目犍連尊者はもとはヒンドゥー教を学んでいるが、彼の逝去した母親がどの道にいるかということを知るために、その故努力して仏法を学んで、それから釈迦牟尼仏の座下の神通第一の大弟子になって、神通力をもて自分の母親が餓鬼道に堕ち込んだことを知っていた。餓鬼道にいる衆生は食事することができなくて、食べ物は咽喉にさえ着けば、火になって飲み込むことができなく、もし喉が渇いてとても水を飲みたい場合であれば、水は咽喉に着く時にも、火になる。どうして餓鬼道に堕ち込んだのか。生前に布施、供養を惜しむから、助けを必要とする人々を助けなくて、他人が供養することを阻止して、或いは布施供養した後に後悔する人などこれらの人々は全て餓鬼道に堕ち込むのである。いったん餓鬼道に堕ち込んだら、その期間は少なくとも人類の時間の1500年である。

目犍連尊者は神通力を使って、食べ物を餓鬼道にいる彼の母親に持って食べさせたが、しかしこれらの食べ物は咽喉につくと、火になるから飲み込めない。目犍連尊者は釈迦牟尼仏に助けるように願って、そこで仏陀は目犍連尊者に、ちょうど閉関し終わったばかりの修行者を供養して、食べ物を持てこれらの修行者を供養するように開示して、だから、この功徳にて、目犍連尊者の母親はようやく餓鬼道から離れて、天道に上がることができて、これは盂蘭盆会の由来である。そのため、お経には仰った事があるが、真に親孝行な人は仏を学ぶ人であり、ここからも明らかに済度するのがそんなに簡単な事ではなくて、目犍連尊者は既に阿羅漢の果位まで修めても、全然自分の母親を済度することができなく、そなた達はただ木を燃やして済度することができると思わないでください、。もしこのようなことであれば、それでは リンチェンドルジェ・リンポチェは修行する必要はない。

仏法が仰った因果は迷信ではなくて、仏法の因果はそなたがこの因をするので、必ずその結果が出る。そなたの言った話、した事、思った事などは全て果報がある。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの前にあるテレビ番組を見て、現在の科学者が既に人がしたすべての動作が、宇宙の中で信号を残すことを発見して、これは仏法のいわゆる因果だと言える。例を挙げて、人はなぜ高血圧、心臓病、糖尿病、血中脂肪が高いなど病気に罹るのか、原因はすべて殺生するためである。医学上でも証明されて、もし一人は肉を食べるならば、年を取ってから体が多くの状況が出る。お経には記載されて、地蔵菩薩の母親は生前に亀の卵を食べることがよく好きなので、死んだ後に地獄に落ち込んだのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは36歳の前に肉、海鮮を食べることが大好きで、凡そ魚、海老、蟹、生の牡蠣など、生きているものではないと食べない。リンチェンドルジェ・リンポチェの姉、弟、妹は脳部の手術を受けたことがあり、家族の男の子はすべて高血圧がある。なぜかというと、リンチェンドルジェ・リンポチェの曾祖父は蚕糸の商売をやったので、多くの蚕を殺したから、リンチェンドルジェ・リンポチェの曾祖父の世代から父の世代まで、すべての男子は55歳を越えなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは45歳以前、高血圧もあるが、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは薬を飲んでいなくて、あるいは治療を受けなくても、今も高血圧が無くなって、これは、リンチェンドルジェ・リンポチェが、仏を学ぶことを通じて、やっと自分の業を転じたから。リンチェンドルジェ・リンポチェは今年すでに64才であるが、体がますます良くなり、心拍数が平均的に1分に62回であり、これはすべて菜食料理を食べて仏を学んでいるから。そなた達など男はリンチェンドルジェ・リンポチェの体と同様に良くなりたいならば、菜食料理を食べるべきである;女は美人になる場合も、更に菜食料理を食べなければならない。肉を食べている女は老化が比較的に速い。

今日修めるのは地蔵菩薩である。中国、日本、韓国に於いて、多くの人は地蔵菩薩を知っている。中国や日本に於いて地蔵菩薩は出家相を現れたが、チベット仏教では在家相を現れた。日本で多くの人は地蔵菩薩を奉じている。多くの曲がり角、墓場も地蔵菩薩像を見えている。地蔵菩薩はそなた達が思った通りに鬼道及び地獄道の衆生しか助けない事ではなく、地蔵菩薩の「地」とは地獄という意味ではなくて、地蔵菩薩の慈悲は大地のように衆生を育てて仏法を学べた。「蔵」とは仏菩薩の宝物である。仏菩薩の宝物とは何だろう。菩提心であり、仏菩薩の本質である。衆生に全て利益を得させた。

釈迦牟尼仏は《地蔵菩薩本願経》を紹介して、衆生を助ける。地蔵菩薩の願力は「地獄を空かないと 成仏しないことを誓う」である。それは地蔵菩薩は衆生が悪道に堕ちる事を望まないから、衆生を助けて教えて仏法を学べた。地蔵菩薩は天道、阿修羅道、人道、地獄道、餓鬼道、畜生道の衆生を助けて、八大菩薩の一つである。梵文で菩薩摩訶薩と呼ばれた。菩薩の果位は登地菩薩から十地菩薩まであるが、十地以上なら、菩薩摩訶薩と呼ばれた。

続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは始めて法を修めてまた開示された。元々チベット仏教に於いて法を修める時、法本を配らないが、日本人の懐疑心が重いから、そなた達に法本を見せる。次はマンダを差し上げる儀軌を行った。入場の時にくじを引いて抽選された信衆は衆生を代表して、主法上師リンチェンドルジェ・リンポチェにマンダを差し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きに開示されて、先程行ったマンダを差し上げる儀軌は供養であり、そなた達の福報は足りないから、供養を通して、そなた達に福報を累積させて、そなたは福報があって仏法の助けを受けられる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きに法を修める時に発心、動機を開示された。若しそなた達は今日好奇心を持って、法会に参加すれば、今後得た結果は他人がそなたに好奇を感じた。若しそなたは懐疑心を抱いて来れば、今後も他人がそなたに疑う。若しそなたは学問や講義に参加する心で法会に参加すれば、今後の果報は仏法を学べない。リンチェンドルジェ・リンポチェは法を修める時、リンチェンドルジェ・リンポチェが何をしているだろうかと分からないで。そなたはリンチェンドルジェ・リンポチェはの上師直貢チェツァン法王であれば、そなたは分かる。

この法を修めれば、平安、祥和を得られる。唯この法会に参加する参列者は若し自分の事業や家庭のため或いは守りを求めるためなら、作用は限りがある。参列者は仏菩薩と同じように衆生が全て苦しみを離れると望むべき、そなた達も衆生の中にいる。例えば、日本福島に発生された地震は全ての日本に多少な影響を及ばした。皆は安楽を得るなら、そなた達も安楽を得られる。タバコを吸うとは快楽であり、酔うとは快楽や美食を食べるとは快楽であると思わないで。

この法を修める修行者は必ずとても清浄であり、菩提心を具えなければならない。一般の修行者は修めるわけではない。次の儀軌は金剛亥母は岩伝法を自ら伝授された。リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きに開示されて、地蔵菩薩法を修める場所は必ず清浄な所であり、そなた達の自宅で修められない。法を修める所は必ず殺生せず、動物を殺せず、墓場或いは火葬場ではなく、戦争や天災に襲われない場所である。京都寶吉祥仏法センターの所在地は京都の歴史の記載により、嘗て清朝大使が住んだ場所であり、数百年以来災難が行った事が無いから、此処に法を修めるのはとても適切である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは法を修めて、この土地を加持して浄土に化した。この部屋を加持して、仏菩薩の宮に化した。尚更にそなた達が座った座布団を加持して、諸仏菩薩が座った蓮花座に化した。また、リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きに法を修めて、参列者に指示して、右の膝で跪いて迎えの儀軌を行った。古代に於いて、仏菩薩を迎えに来る時、伝統的に合掌して花を捧げた。だから、今日皆に花弁を持ちながら、一緒に仏菩薩を迎えさせ、皆に暫く苦労させる。

続けて、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者皆を引き連れて法本の中にの祈請文を読んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが音頭として、参列者はまた従って唱えた。この祈請文の中にの一つの段落にある一つ字は、リンチェンドルジェ・リンポチェが読んだのと皆がすべて取った法本のと同じではない、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェが皆を引き連れてこの祈請文を3回読んだのに、弟子達はかえって上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法音をきを配って聞かず、独り善がりで法本を見ながら他の字を読み出した。リンチェンドルジェ・リンポチェは大変慈悲で皆が全て犯した過ちを指して、皆を注意させて、自分が字を読み分かって、独り善がりで、勝手にするな、法本を見て読むことが正しくはなく、上師が全て読んだ字音こそ正しいだ。しかし、皆は従って読んだ時、全て自分で法本を見て、上師リンチェンドルジェ・リンポチェの教導を聞かなくて、何の皈依弟子だろう。

慈悲的なリンチェンドルジェ・リンポチェは参列者に1人に1人に壇城に上がらせて、極めて珍しくて自らで念珠を信者と弟子の頭のてっべんに置いて加持を与えた。皆は順序で壇城にあがって敬って受け取って、心の中に感激を満ち溢れた。リンチェンドルジェ・リンポチェはこんなに尊貴なのに、かえって自分の苦労を問わず、体力を尽くして参列者皆に加持を与えて、参列者はこのチャンスで大成就者の助けを得てまことに無上な福運であった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に修法することは前行、正行、迴向に分けると紹介した。前行とはそなた達は法会に参加する動機で、正行は法を行う主要な部分で、迴向は今日法会が全て蓄積した功徳を我らと関係があった或いは関係がない衆生に布施するのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆を引き連れて地蔵菩薩心呪文と法本の呪文を唱えた。又申された、呪文は諸仏菩薩の事業、功徳、知恵と願力で、諸仏菩薩の呪文を読む時、即ち仏菩薩の功徳、知恵、願力と慈悲を覚えるべきだ。しかしリンチェンドルジェ・リンポチェが全て唱える呪文ははじめて衆生に対して本当に加持力がある、そなた達が唱えた呪文はない。法本の中に言い及んだ、参列者の心が十分に丁寧でなければ、或いは散漫な心であれば、仏菩薩に許してくれるように祈って、諸仏菩薩も衆生の縁で衆生を済度する。法本の中に、本来主法上師は皆のために《仏説地蔵仏菩薩陀羅尼経》を解釈するが、そなた達はこんなに根気がない、だからリンチェンドルジェ・リンポチェは苦労して直接にそなた達のためこの経を読んだ。

この頃、リンチェンドルジェ・リンポチェはあるこちあち見ている信者を注意させて、また申された。この者はこのようにこちあち見るのは目がリンチェンドルジェ・リンポチェを見なくて、他のところを見ていて、すなわち耐えなくなった。

今日は全て修めた地蔵菩薩法は、元来終日に法を修めるべきで、それに皆を引き連れて《地蔵菩薩本願経》を読むが、これは3、4時間をかかって、日本信者はこんな根気がない。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て日本の多くの寺院へ行って、大体法事は約15分時間がかかって、終了した後、信者は寺院を離れて、済度法会にが限らなく、1時間を越えた。今日皆は時間もなく、一冊の経文を読み終わるとの辛抱もない。そなた達は飲む時間があり、テレビを見る時間があり、他人と雑談する時間があり、ただ経文を読む時間がない。それより、今日は民情に合わせるため、皆を引き連れて《地蔵菩薩本願経》を読まなくて、ただ参列者皆目の前にリンチェンドルジェ・リンポチェの手元にあった経書を開けて、皆が全てこの経文を既に読んだとの現れである。

そうして、リンチェンドルジェ・リンポチェは法を修め続けて、仏菩薩を送迎して、迴向儀軌を進んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは法本の中にの一段の祈請文によって仰って、この法を修めて、皆に寿命、福報と知恵を長くさせて、その上、福運と平安が得た。しかし肉食する者は得られない。また、そなた達に寿命を増えさせるのはそなた達に多く時間をあらせて、したいことを完成させて、或いは兒女の結婚を見せるのではなく、仏法を修めて体力があって、他人を助けることが出来るのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは全ての気力を使い尽くして衆生に助けて、仏法を広めていた。台湾で毎週の土曜日に200人余りの信衆がリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来て、全ての人々は病気に罹っていたのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは今までずっと広告を行わないで、報道を受けないで、メディアにて宣伝しないで、台湾で1千1百人余りの弟子がリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依して仏を学んでいた。日本に来た前の昨日に、台湾で2万2千人を超えて参加した大法会を主催したばかり、法会を終ってから翌日にすぐに飛行機を乗って日本に来て、昨日の夜の11時30分でやっと着いて、今日の午後から夜まで皆の為に修法してあげた。こんなに多くの人々は如何に来たのでしょうか?此れは全て仏菩薩から見つけてきたのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは日本で台湾と同じように、何も宣伝をしないで、ただとても大変で、とても努力していてして行って、これらの法会がそなた達に体得させて仏を学ぶ事を決める。幸い、リンチェンドルジェ・リンポチェの調子は益々良くなっていて、どっちみちある日にそなた達を待つ事が出来た。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは皆の為に修めた「地蔵菩薩息災法」が円満になって、参列の皆に15分で休ませる事を指示し、それから、皆の為に施身法を修めた。参列者はリンチェンドルジェ・リンポチェに声を揃えて感謝し、リンチェンドルジェ・リンポチェが暫く法席から降りる事に起立して恭しくお待ち申し上げた。

お休みが終ってから、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは再度法席に上げて、皆の為に殊勝な施身法を修めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは「施身法はチベット仏教の8つの最も重要な法門の中の一つで、皆が知っている通りに、仏法がインドから開始し、中国とチベットの仏法が全てインドから伝えて来て、その中に唯一インドに伝え帰った法が今日修める予定の施身法である」と開示した。

施身法は1千2百年前にチベットのある結婚して子供を儲けた女の修行者から作って、施身法を修めるのが主にそなた達の苦しみの為に、その上、そなた達の快楽の為である。そなた達が苦しみの原因は快楽を追求するの為で、一切の苦しみが快楽を追求する結果を知らなければならなかった。

施身法の法本で「施身法を修める行者は修法する時に、身につける一切の保護の物品をが全て抜かなければらない」と記載された。施身法の中に、行者は観想を通して、自身の血、肉、骨を甘露に替わって、衆生に甘露を食べさせられて喜ばせてから、仏法の助けを受けられた。施身法は重病に対して、特に医者さんが治されない病気で、また、鬼神に傷付けられたので引き起こす病気に特に有効があった。どのような状況が鬼神に傷付けられるのでしょうか?例えば悪事をして、他人に騙して、商売を誠実しないで、奥さんとする婦人を守らないで、主人とする妻を養わない等で、鬼神に傷付けられた。

今日、夜8時に大文字祭があるので、リンチェンドルジェ・リンポチェが祭典が始まる前に施身法を修めて終わって、皆に盛況を観賞する機会に与えさせた。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェが殊勝な施身法を修めて開始し、皆が自分の名前と助けたい生きている親友の名前が3回で唱えて、その上、助けたい去った親友の名前が3回で唱える事を指示させた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは既に64歳の高齢で、午後で皆の為に2時間にかかって、懇々と開示して「地蔵菩薩息災法」を修めて、少し休む片時、それから、皆の為に施身法を開示して修めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは完全に自身の苦労を顧みないで、修法していた過程に法席で正座して鈴と太鼓に揺れることを続けていて、皆の為に唱えて修法していた。リンチェンドルジェ・リンポチェが嘗て開示したのように、金剛乗の行者が自分の全ての命を衆生に利益した。リンチェンドルジェ・リンポチェは既に長時間で疲れていたけれども、施身法を修めた時に、数回で巨大な法音を出して、雷轟のようで、人々に非常に揺り動かさせて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な密法の修行の成就を現れた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは殊勝な施身法を円満で修めて、その上、参列者に簡潔な開示する事を与えた。

再度、皆を勧めて、もし今日の法会の後に再度肉食をしたら、これから仏菩薩に再度も求めに来ないで下さい。幸い、リンチェンドルジェ・リンポチェの調子が良くて、そなた達が仏を学ぶ事を待たれて、此れはリンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達により長くて生きているわけである。リンチェンドルジェ・リンポチェは参列の男の信衆にとても羨ましい事を説いて、此れは夜にリンチェンドルジェ・リンポチェが寝てから朝まで起きて、夜中にお手洗いへ行く事が要らなかった。夜起きると、睡眠の品質は自然に影響を受けて、精神と体力が悪くなる。また、リンチェンドルジェ・リンポチェの調子が良くて、ある日本の信衆がとてもはっきり知っていて、此れは彼がリンチェンドルジェ・リンポチェと同じようにスピードを上げることが好きである。リンチェンドルジェ・リンポチェは台湾でトップクラスのスポーツカーを運転するので、スピードを上げて、心臓が良くないならば、耐えられないのである。その上、スピードを上げる者は目が鋭い事も要った。そなた達は以降でリンチェンドルジェ・リンポチェの調子と同じ事を望むなら、素直に従って、肉食をしないで、煙草を吸ってはいけなかった。

夜の8時に大文字祭が始まって、だから、リンチェンドルジェ・リンポチェが此の前に速め修法を終らせて、そなた達の動作がとても遅いことを知っているわけである。リンチェンドルジェ・リンポチェは特に仕出屋を手配して、京都の寶吉祥仏法センターの庭でバフェの晩餐会を準備しておき、皆に食事をしながら大文字祭を観賞しさせた。参列者はリンチェンドルジェ・リンポチェの注意深い手配に声を揃えて感謝し、その上、リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲深く修法にもっと感謝し、いとま請いをせず苦労して殊勝な「地蔵菩薩息災法」と施身法を修めて、日本の幸いに祈って、その上、虚空に無数な衆生に利益していた。

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2011 年 08 月 30 日 更新