尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ の法会開示

2011年5月1日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで殊勝なる共修法会を主催して、皆にガムポパ大師が顕教、密教の差異性及び修行の三つのレベルの教法を開示された。また、皈依弟子に観音修行法門を伝授された。

法会開始前、ある女弟子は今回自分がリンチェンドルジェ・リンポチェに従って、ニュージーランドに行って、ミラレバ閉関センターに訪問した感想を報告した。彼女はまず尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、自分にリンチェンドルジェ・リンポチェが生活の中に仏法で衆生を利益する事とリンチェンドルジェ・リンポチェが如何なる上師を奉じて、上師と弟子の関係を弟子達に現せる事を見せた。リンチェンドルジェ・リンポチェが教派、直貢チェツァン法王に対して、多くの護持がないと、如何なるこの機会があって、ミラレバ閉関センターに来たわけではないだろう。

直貢チェツァン法王は最近三つの閉関センターを建設するため、力を尽くした。一つは西欧に於いて、二つ目は東欧に於いて、最後はアジア地域に於いて、ニュージーランドでオークランドミラレバ閉関センターである。2011年11月始めて、ニュージーランド閉関センターに来た兄弟子達は言ったが、元々大幅な森なのに、半年に経たないうち、苦境にたえて働いて苦労に建設したから、既に大きい変化した。尊きリンチェドルジェ・リンポチェは閉関センターのため、多くの心力、時間、金銭を投入し、ミラレバ閉関センターの建設のため、全力に直貢チェツァン法王を護持する。

彼女達は閉関センターの山下に到着して、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを恭しく迎える時、両側の牛群は既に行列した。また、ある牛は山腹から徐々に行列に動いていた。行列は人より整然と並んでいた。更に山腹である一匹の牛は最後走って、行列に入った。その時やっと分かったが、牛達も後程ある徳を具える大修行者は此処に来るのを分かるから、行列にして恭しく迎えた。本当に絶えずに賛嘆させた。彼ら達はニュージーランドに来る前、当地は一週間に雨が降っている。元々このような天気は山登りが適切ではないが、リンチェンドルジェ・リンポチェは来ると、雨はすぐ小さくなった。元々黒い雲に覆われたのに太陽が現れて、皆に順調に山を登って、ミラレバ閉関センターに到着できた。

もう一人のニュージーランドに随行して来た弟子はこう報告した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに恩に感じて、弟子達に再度リンチェンドルジェ・リンポチェについてニュージーランド閉関センターに行く機会を持たせたことに感謝して、ミラレバ閉関センターの山岳地帯に入ると、本当にとても驚いて、中では多くの建物と籬がすごく増えて、去年12月の頭ごろ来てただ5ヶ月たって、変化が大きかった。尊勝なる直貢チェツァン法王は嘗て、仏法の事業の上で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェと師弟の2人で同行すると言ったことがあって、二人の足どりはとても速くて、ずっと前に向かって、弟子達はきっとこの世にしっかりと上師に追随して仏を学ぶ決心を発して、速く努力しなければならなくて、さもなくばきっとリンチェンドルジェ・リンポチェの足どりに及ばない。恩に感じるのは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは大慈悲と大威徳力で弟子をかばうことに恩に感じて、随行する50数人の皈依弟子が上師の大福徳をいただいて、尊勝なる直貢チェツァン法王を拝見して、そして直貢チェツァン法王の殊勝な仏法の開示を聞いていただいた。

直貢チェツァン法王はニュージーランドのミラレバ閉関センターの縁起を紹介して、7年前に 直貢チェツァン法王は因縁によりニュージーランドに来る時、ある台湾の信者がここで一つの仏法センターを建てようという願いに応じて、その時に、直貢チェツァン法王はニュージーランドの空気と環境とてもきれいであるから、承知して、2年後に、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェを連れて再度ニュージーランドに来て、この土地を探し当てて、そこで、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に追随して、土地の購入、設立の準備、建物を建て始まること、発展計画を立てることなどすべてお金を出し力を尽くす作業を展開して、現在既に閉関の部屋が建築中であり、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの地区の内の発展計画に協力して積極的に計画しているのである。

直貢チェツァン法王もリンチェンドルジェ・リンポチェの20年余りの師弟関係を褒め称えて、リンチェンドルジェ・リンポチェは今までずっと直貢噶舉教派及び直貢チェツァン法王の最大のお手伝い者であり、非常に感謝して、過去から今まで、チベット、インド、中国青海の様々な護持をずっと持続的に進んでいて、多くの仏法事業の作業が今年と来年に竣工する。直貢チェツァン法王は再度直貢噶舉の祖師のジッテン・サムゴンの祖寺である直貢梯(ティ)寺の金頂再建のことに言及して、この金頂は文化大革命の時に破壊され、その後、鉄で製作され再建されたことがあるが、しかし、金で重建することが必要であり、その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは単独で護持して金頂の再建を建造して完成した。リンチェンドルジェ・リンポチェも嘗て開示して、直貢噶舉祖寺の金頂を再建する意義は並外れていて、直貢噶舉教派の法脈を広大に広めることを代表する。弟子達は自ら、この数年来、リンチェンドルジェ・リンポチェが直貢チェツァン法王に追隋して師弟の2人の仏法の事業が絶え間なく前行して、直貢噶舉派は世界各地で広めて、弟子達は本当に決心してしっかりとリンチェンドルジェ・リンポチェに追隋してちゃんと仏を学ばなければならない。

そして直貢チェツァン法王は特にリンチェンドルジェ・リンポチェの厳格な教法を肯定して、そして厳しすぎるかどうかと聞いた。随行する弟子達はすぐ口をそろえて、あまりに厳しくないと答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェのあらゆる行為はすべて弟子達のためである。直貢チェツァン法王は笑って、確かにと仰った。きっと厳格な教法こそ仏法の修行の上でようやく円満を得ることができて、そして直貢噶舉派の祖師達の教法が全部非常に厳格であることを紹介して、祖師の馬爾巴大師はミラレバ尊者を教える時に更に不語であり、ただ彼に石だけを運んで皮の破れていて血が流れさせるまでである。そして一部の上師は打つ方法、叱るなど様様な厳格な教法を使って、直貢チェツァン法王は直貢噶舉派の上師の加持力がとても強いことを強調して、しかし上師の加持を得るため、両方面がやり遂げることを必要とするので、1つは上師の慈悲力、もう1つは弟子の恭しい誠心であり、まるでマッチのように触れなければ普通な火がようやくあることができて、弟子の恭しく誠意が上師の慈悲心に触れてようやく火が出る、ようやく上師の加持を得ることができる。私達はリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子として、必ずこの世にすでに会った得難い上師を把握しなければならなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェに比類がない敬虔な信心を起こして、よくこの世に仏を学ぶ因縁を把握しなければならない。

直貢チェツァン法王は更に寶吉祥仏法センターは益々栄えて、仕事も増えている。特にリンチェンドルジェ・リンポチェは尚更に苦労である。直貢チェツァン法王は仕事に向け、持つべき正確な態度を開示された。スタッフはとても苦労であるが、一般の仕事としてするわけではなくて、給料と同値の仕事をする態度をしないで、他人にさせるから、行うと言わないで。我々は修行しているから、そなた達は行った事は全て寶吉祥仏法センターのために仕事して、衆生を利益するために行った。全ての行為は自分に対して、全部業を消し、更に福徳を積める機会である。このような思いを持って行えば、意義がある。

直貢チェツァン法王はとてもリンチェンドルジェ・リンポチェの体を関心している。リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲心、衆生を惜しんで衆生が苦しみを受けるのを見たくないから、衆生は拝謁すれば、自分を問わず、リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも必ず接見している。信者はとても多くて、接見する時間も極めて長い。だから、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェが必ず適切な休みの時間があるのが欲しい。衆生を利益するのは数ヶ月や一年にしているわけではなく、長期に衆生を利益するから、必ずリンチェンドルジェ・リンポチェの体を世話しなければならない。スタッフは信者を接見する時間と休み時間をきちんと配慮して手配しなければならない。弟子たちは今世尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに出会えて、虚空の中にリンチェンドルジェ・リンポチェは無量の衆生を利益できて、稀世珍宝である。弟子達は必ずリンチェンドルジェ・リンポチェを大事にしなければならない。

続いて、他の女弟子は発露懺悔した。まず、彼女はとても金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、自分に公開に懺悔する機会を与えた。

彼女は自分が私利私欲及び感謝を分からない事を懺悔した。去年(2010年)道場の皈依弟子達は積極的に殊勝で得難い大法会を計画する時、彼女は全く考えなかったが、この法会は如何なる得難くて、尊勝なる直貢チェツァン法王は長く経って台湾に一回に来る事及び衆生は尊勝なる直貢チェツァン法王が自ら主法する法会に参加する機会があるのは如何なる得難い。却って彼女はエゴでけちに同時に法会を二回主催する反対票を投票した。更に自分に関係がない心があるから、慈悲のリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に罰を与えて、法会に参加できず、リンチェンドルジェ・リンポチェに供養できず、道場を護持する事も出来ない。

彼女は始めての思いは「お金は?」及びお金がないと行えないという世間の観念しか考えなかった。しかし、彼女は全く尊勝なる直貢チェツァン法王と尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法会を主催する本当の意義を見落とした。

彼女は完全にこの盛会に参加できず、自分は部外者になった。当時心中に寂しいと感じた。このときやっと自分が間違いを犯した事を気付いた。常に心の中にどうすればいいと考えていたが、完全に自分が隠して、閉じこもって過ちを反省しても結論を出られないのを分からない。同時、彼女はまた自分に多くの言い訳と理由を与えて、日々に延ばして、完全に自分が尚更に無知な過失を犯したのを分からない。間違いなら、懺悔すべき。

彼女はいつも独り善がりで思ったが、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女にの処罰は去年の大法会が全て終わった後、完了した。彼女は事が過ぎ状況も変わった後無事だと思って、大法会が終わった後、リンチェンドルジェ・リンポチェの許しを得られて、過去のように引き続きに供養や道場を護持する事が出来る。しかし、去年10月リンチェンドルジェ・リンポチェが主法する法会が終わった後、彼女はまだ供養できず、道場も護持できない。この時彼女はやっと分かったが、必ず道場に行って、リンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔して、自分が本当の間違い所を大声で話した。彼女は更に独り善がりで毎回リンチェンドルジェ・リンポチェが信者を接見した時、自分が道場で跪いて、リンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔すれば、懺悔する誠意を持つと思った。自分が本当に間違った。

リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て申された、誤ちを犯した悪い弟子に対して、善事を与えないのはするべきだ。ある時彼女は思い出した、彼女のような悪い局外者がこのような処罰を受けるのがもうすこし微かだった。慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェはやはり彼女に道場でリンチェンドルジェ・リンポチェが開示される仏法を聞かせるチャンスを与えて、相弟子達と道場の資源を共させて、これこそ一層な大きい恩恵である。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を放棄しなくて、まだ彼女に珍貴な仏法を聞くチャンスを下さって、彼女に仏法の薫陶を受けさせて、自分の間違った処を判らせた。

この期間、彼女は道場へリンチェンドルジェ・リンポチェに跪いて懺悔するのを願っていた時、リンチェンドルジェ・リンポチェが苦労を問わず助けを求める信者に一番大きい助けをやるのを見た、常に2、3時間を過ぎて、彼女の足が既に棒になって、まだ絶えなくの者はリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを得るように望んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは何時も自分のを考えず、全て来た衆生に一番大きい、よい加持を与えた。この時彼女の心の中にやっと本当に分かった、上師が必要するのは皈依した幸せな弟子達ではなく、上師が法会を行うの真正な義味は広大な衆生を助けるように望むのもはじめて了解した。

彼女は忘れた、慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェのお願いは、一切の有情衆生を利益するのである。リンチェンドルジェ・リンポチェはどの衆生が三悪道へ行くのを忍びない。しかし、彼女はお金しか気にしない者が、かえって忘れた、弟子として、上師の願いを満足させるため力を尽くすべきで、此れこそ上師に恩を返す方式のである。彼女こんな恩を知らずものさえ、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女にチャンスを与えて、まして広大なさまざまな衆生である。

彼女はまだ覚えて、リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て申された:この一生に受け取ったお金、品物は全部過去世に全てした供養、布施からのである。一つの仕事を貰うのも過去の因縁とかかる、お金が多い、少ないのは我等がどのように経営しても変わることが出来ない。但し、愚昧な彼女は何時もこの点を見破らなくて、そのためずっと自分が欲しいものを掴みたかった。他人を無視して傷つくのは全部知らず、同時に、掴めば掴む程得たのはかえって少なくなるのも忘れた。

幼いから彼女は1人よく自分を保護する者で、何時もどう自分が傷害を受けないように方法を考えた。ある時ひいては残酷で他人の利益を害して、はっきり言えば利己的だ。昨日、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に聞いた、お金がなければ、お金があんなに大事にすればどのように供養するか?彼女はその後考えた、お金がなければ自分の能力を尽くして供養する。お金があんなに気にするのは自分の悪習と分かって、懺悔する必要で、恩に着る心がないので自分しか考えなくて、自分の利益をあんなに重く見る。

彼女はどんな腕前がないが、いつも鼻が高くなっている。彼女はとてもリンチェンドルジェ・リンポチェの教導を感謝する。彼女に自分の悪いさを発見させて、その上、リンチェンドルジェ・リンポチェが苦労を問わず、心心念念は全て衆生が離苦するように望んでいるのも感謝致す。

続いてある男弟子は皆に今回尊貴な金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに連れてニュ-ジランドへ言った経過を報告し、それに自分の心念が起きられたのを懺悔した:皆ご一行は閉関センターに入って尊勝な直貢チェツァン法王に頂礼しようと思った時、太陽は既に厚い層積雲を通じてますます晴れて、雨も止んで、陽射しが急に現れて、それにひとしきりひとしきりの微風がを吹き始め、教派の旗を吹いて全く広げて、旗は円満だった。直貢チェツァン法王は仰った時も特にこれらの天気予報による全部大雨になるそうだ。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持力は天気予報を全く当てに成らせなかった。

翌日4月28日の朝、彼は携帯電話が鳴ったと感じ携帯電話を出してみると、父親が4月27日朝7時45分に亡くなったとのお知らせが届いた。彼はすぐに添乗員にこのことを伝え、弟子兄弟を通じて尊きリンチェンドルジェリンポチェに報告した。報告してから、早くも弟子兄弟から 尊きリンチェンドルジェリンポチェは彼の父親の神識を保護しておき、施身法法会で済度すると連絡がきた。

その日、尊勝なる直貢チェツァン法王と 尊きリンチェンドルジェリンポチェは弟子とレストランで食事する予定で、天候はずっと雨であったが、 直貢チェツァン法王と 尊きリンチェンドルジェリンポチェがレストランの席に着いたら、そばにある一面ガラスの窓の外は急に晴れてきたが、一方反対側は依然として雨のままであった。極めて珍しい片面が雨で、片面が晴れの天気となった。すべてが落ち着いてから 尊きリンチェンドルジェリンポチェはこの弟子を呼び出し、弟子に「ご家族に電話したでしょう?」と聞き、そして弟子の父親から背中がとても痛いと 尊きリンチェンドルジェリンポチェが聞いたことを弟子に伝えた。弟子が4月30日に台湾に戻ってから、父親を介護してくれた人に聞いてみると、父親が長期に座りっぱなしで、床ずれを起こしとても痛いでいると確かめた。この弟子は、とても感激で 尊勝なる直貢チェツァン法王と 尊きリンチェンドルジェリンポチェに供養しようと思ったが、持って出かけた金銭はポケットに残ったわずか400元以外はすべて供養したので、急いで指にしている青いダイヤモンドの指輪と、ポケットにある400元を一個ずつ赤い封筒に入れ、 直貢チェツァン法王と 尊きリンチェンドルジェリンポチェに供養した。彼は 尊きリンチェンドルジェリンポチェに青いダイヤモンドで 直貢チェツァン法王に供養したいと聞き、承諾された。 尊勝なる直貢チェツァン法王は彼の父親の名前と干支を聞き、 尊勝なる直貢チェツァン法王と 尊きリンチェンドルジェリンポチェは同時に弟子の父親に加持をなされた。

この弟子は教わった通りに行わないし、 尊きリンチェンドルジェリンポチェを第一にしていない。 尊きリンチェンドルジェリンポチェはすべてを 直貢チェツァン法王に供養している。それは 直貢チェツァン法王は 尊きリンチェンドルジェリンポチェの上師だからである。それに対し、自分の上師は 尊きリンチェンドルジェリンポチェだから、 尊きリンチェンドルジェリンポチェに供養すべきであり、変わって 尊きリンチェンドルジェリンポチェより 尊勝なる直貢チェツァン法王に供養するこそ正しいことである。 尊きリンチェンドルジェリンポチェからのご指示がなければ直接に 尊勝なる直貢チェツァン法王に供養してはいけないのである。

尊勝なる直貢チェツァン法王と 尊きリンチェンドルジェリンポチェから父親へのご加持をいただいたが、他の弟子に自分と同じような過ちを犯さないでほしい。 尊きリンチェンドルジェリンポチェが慈悲に救わなければ、生死解脱を導かなければ、自分は六道で輪廻するしかできないから、 尊きリンチェンドルジェリンポチェに感謝し、そして自分の犯した過ちを懺悔する。

そして自分の犯した過ちを懺悔する。父親が生きているうち、リンチェンドルジェリンポチェに父の死後の済度を求めない、親不孝に対して懺悔する。自分が優しい夫でもなければ、いいお父さんでもない。このことによって、娘がいつか自分の父親が亡くなったらポワ法が求められるように昨日尊きリンチェンドルジェリンポチェに会いに来て皈依できるようにお願いし、承諾された。これこそ最大の収穫である。

もう一人の女の弟子は発露懺悔をした。彼女は最初リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女にこの機会を与えて、彼女の過患を懺悔し、兄弟子に此れを例にして検討させる事に感謝した。

今年(2010年)の元日で共修法会には、彼女は上師から与えた得難い因縁をえて、殊勝の法会に兄弟子と参列者に食事を用意させられた。しかし、彼女はその時にただ自分の利益だけで考えて、収益が赤字をする事を感じたので、協力したがらなくて、今までにも彼女が依然として悔やんだ。事後に彼女は甚だしきに至っては間違いも分からなかった。上師が彼女に2週の時間を与えて懺悔させても、彼女も上師に懺悔した事も無かった。彼女は上師が如何に彼女に助けた事を知ったが、利益の難局にたつのは依然として自分だけを思い付いて、上師と衆生が彼女に与えた恩恵を忘れてしまった。

彼女は自分が素直にせず弟子をひょいと発覚し、器覆のように倒れておくコップである。昨日のように、上師は飛行機を降りてから道場に駆けて向いて信徒に接見し、長距離の飛行を経て、誰でもお休みが要って、況して時差がまだあった。が、上師は1分でも止めていないで衆生に利益していて、彼女によい機会を与えて福報を累積した。けれども、彼女はとても利己的な自分だけも考えていて、上師が如何に彼女の命を救って、彼女の店に経済危難にほとんど破産した時に活きさせた。その上、彼女の主人は彼女に放棄する考えに芽生えた折に、上師も彼女の気付かせた事があった。今回、上師が彼女に福徳を累積する因縁を与えて、彼女は自分の悪行に全てはっきりと現れさせた。今度の事件は彼女に菜食料理の店を21年に経営しているが、真に善行をした事がなかったと了解させた。リンチェンドルジェ・リンポチェの全ての事業は衆生に利益して、彼女は精精基本生活を維持している仕事を勤めているだけである。もしこのような金剛上師が彼女の問題に心から掘り出さなかったら、彼女は自分が如何に大きく間違いを犯した事が分からなかった。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが教えた事と彼女に与えた助けを背いてしまった。その上、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に多く手伝った事があり、如何なる報いを求めた事がなかった。

毎回難関に直面するなら、彼女の最初に思い付くのは上師であり、然し利益と衝突した時に、彼女の最初の考えが自分であり、此の時、彼女は自分が臆病者は死ぬまでに何度も死ぬ思いをする者と知ってしまった。高慢なので、するべき仕事がしっかりと行わないで、その日、法会に参加した兄弟子に弁当があったけれども、満足さえなかった。

彼女は兄弟子から分かち合った物語りを思い出した。一回、リンチェンドルジェ・リンポチェはインドで閉関し、関房を出すと、外で恭しく迎えた弟子達に見てから、ある長くて秘蔵する供え品を弟子達に与えた。リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子達への世話は以前から未だに変わる事が無いで、変わるのは弟子達の心である。その時、彼女はこの物語りを聞いてから、心の中に極めて賛嘆した。「仏子行三十七頌」に記載されるのように、菩提に証したいなら身も捨てて、まして一切な身外物である。報いと異熟を望まないで、布施が即ち仏子行である。彼女は捨てる事も遣り遂げなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェが伝法する時に、第一、衆生が捨てる事と布施を学ばせる。リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生の為に、自分の時間と身体を捨てて、自分の家庭を捨てて、しかし、彼女に完璧な家庭を与えて、彼女にとても良い俗世間の生活を暮させた。リンチェンドルジェ・リンポチェの心の中には全て弟子と如何に衆生に利益する事を考えている。

彼女が宝石店の中に寶吉祥のロゴがつける指輪を見た時に、指輪の意味をやっと体得し、彼女が戒律を思いつけた。寶吉祥の弟子達はリンチェンドルジェ・リンポチェ、教派と戒律の保護を受け入れて、彼女は戒律を守る事がない、上師に供養と恭しく心がないで、しかし、上師は彼女にこのような品物を持って自分に随時に気付かせた。この指輪はある設計が精巧で綺麗な商品のようで、しかし、実は深遠な意味を含めている。

彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女にこの機会を与えて懺悔した事に感謝し、その上、継続して供養する事と道場及び法会に護持する事を求めて、同時に、リンチェンドルジェ・リンポチェがもっとも厳格な標準にして彼女に要求する事を求めていた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に登った後に次の如く開示された。今日は皆にガムポパ大師が顕教、密教の差異性及び修行の三つのレベルの説法を開示された。釈迦牟尼仏は嘗て開示されたが、人類は八万四千種類の煩悩がある、煩悩は累世から連れた習性から生じる。故に仏は八万四千種類の法門を開示されて、我々に修行を教えた。各法門は一種類の煩悩を対応した。この法門は若し徳を具えて、果を証した上師に導かれないと、我々は自分が修められない。

先程法会前に発露懺悔した男弟子のように、彼は始めて皈依した時唯リンチェンドルジェ・リンポチェはとても偉いから皈依した。しかし、そなた達のように自らリンチェンドルジェ・リンポチェは如何なる偉いを見ないから、信じなくて、本当の恭敬心も生じない。今回父が往生して、彼はニュージーランドでリンチェンドルジェ・リンポチェに求めて、自分の父を加持した時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼が我慢貢高を分かったから、わざと大能力を現した。我慢貢高は仏を習う事に対して、とても大きい障害である。リンチェンドルジェ・リンポチェは亡者に会った事がなくて。亡者の側に修法しないけど、彼の父は後背の左側に痛みがある事を話した。それは亡者がリンチェンドルジェ・リンポチェに言って、自分の後背の左側に床擦れのせいで痛んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の父の考えをこの弟子に伝えた時、始めて彼にリンチェンドルジェ・リンポチェの能力を見せて、更にリンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲の力なので、亡者にもリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを求める。そなた達は弟子としてリンチェンドルジェ・リンポチェは如何なる偉いを分からないけど、往生した亡者はリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを得た後、皆は分かった。

他には法会前に発露懺悔した女弟子に対して、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女は貪る事を分かって、わざと開示して、彼女にお正月に法会に参加した大衆のために、弁当を用意させた。彼女はこうすれば赤字だと分かったのに、この事を通して、彼女に自分の問題点を知らせて、彼女の貪る習性を破った。このような衆生の煩悩、悪習に応じて、適切な教育を与える方式は徳を具え果を証した上師しか出来ない。だから、密教に上師は極めて重要である。上師としてとても重要な仕事は弟子を助けて、分別心を破らせて、弟子が最も嫌い事は却って行って彼に見せた。弟子が最も好きなのは却って見せなく、弟子に自分の執着は何処にあるかを見せた。そうすれば、弟子を助けて、この執着の習性を破った。お正月の法会に弁当を作って、参列者に与えたのはとても大きい布施である。この弟子は赤字を経営したくなく、布施も惜しんだから、皆に腹いっぱいにならないから、今後の果報はとても貧乏になる。

仏経に説かれた通りに、全ての真言は衆生に役に立つ。例えば、顕教で唱える十小呪の中に虚空蔵菩薩呪がある。リンチェンドルジェ・リンポチェは当時今日法会に参加した出家衆に聞いて、彼たちの法師は何故虚空蔵菩薩呪を唱える事を説明した事が有るかどうか。結局出家衆達は皆今まで法師から聞かなかったと返事した。それでリンチェンドルジェ・リンポチェは大衆に虚空蔵菩薩呪を唱える原因を説明された。

昼時そなたたちはまだ貪、瞋、痴の念を制御できるが、夜寝る時にこの念を制御する事が難しい。若しそなた達は夢の中にまだ貪、瞋、痴、慢、疑が有れば、懺悔しなければならない。そなた達は何故夢の中にまだ貪、瞋、痴があるだろう。それはそなた達の修行は利を得られなく、自分の行為を改めないから。虚空蔵菩薩呪はこの問題を対峙する。上師は衆生を利益するのは昼や夜を分別しなく、夜寝る時も衆生を済度できる。

全ての衆生は煩悩と問題は累世から連れた習性を起した。ある人は習性を誤解して、生々世々から連れた間違いを犯した習慣と個性だと思った。実は違う。我々に生々世々に輪廻させる最大の習性とは淫欲である。淫欲は我々が累世の習性である。だから、出家衆は輪廻を断つため、清浄戒を守る。そなた達は邪淫を犯しやすい。仏経に説かれたが、心の中の淫欲は行為上邪淫を行うことより最も大変だ。例えばある女性は他人の男に淫欲の念を起すなら、即ち心で他人の夫を淫欲する事である。既に邪淫の戒を破った。

ある男弟子のすでに往生した母親は過去家族が魚を捕まえたり、殺したりした深くて重い悪業のため、何年前精神疾病にかかって、そのために長年も寺院に住んだが、状況は何時も改善しなかった。その後、彼女はチャンスがあって、リンチェンドルジェ・リンポチェの助けを得て、状況が良くなって、家に帰る事になって、始めて法会に参加して、普通の者のように生活をするように回復した。普通の者に回復した結果は、彼女がはじめて累世の習行に影響された。1年あまりで法会に参加した後、彼女はもう来なくて、彼女は自分が家で念仏するのも同じだと思った。現場で、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの男弟子に聞いた、何故彼の母親はもう法会に来ないか知っているか?この弟子が答えた:知らない。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた聞いた:言い出しても構わないか?この弟子が回答した:はい、その上、非常にリンチェンドルジェ・リンポチェに恩に着た。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示された。この弟子の母親は自分の心にリンチェンドルジェ・リンポチェに対して悪念が起きられたと思ったのでもう法会に参加する勇気がなかった。どの悪念か?彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに対して好きな感覚が起きられた。また彼女はあれは悪念と思った。実は荘厳な相貌の修行者に対して好きな心が起きられたのとある者は仏の相貌が荘厳するため仏法に近くにするのと同じ道理で、間違いではない。釈迦牟尼仏と彼の弟子も良く修めるため相貌が荘厳で、あの頃ある女信者も、釈迦牟尼仏或は弟子の荘厳な相貌のため皈依して、これも1つの種類の方便法門で、間違いではない。実は顔つきが荘厳するかどうかそなたの修行と関係がある。彼女はあの時この想いがあって、悩んだ時、直ちにリンチェンドルジェ・リンポチェに伺うことがすれば、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ彼女に正確の見解を引導することが出来た。しかし、彼女は自分で家で念仏するのを選んだ、上師に助けを求めに来なくて、最後に、一酸化炭素で中毒して亡くなった。彼女はずっと法会に参加すれば、ガス中毒して死ぬ果報が起こられなかったかもしれない。

ガムポパ大師は開示された、我らは定解と体悟が起きられるのを望めば、それでは全ての仏法は全部深奥で広大である。所謂「定」は修行を通じて生まれたのである。そのゆえ、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に法会に参加するのをさせて、全部皆を利益するため、1回が無くなれば加持のチャンスが無くなった。また法会の中に戒、定、慧は同時に起きられて、皆は道場で3時間で、勝手に話す事はしなく、それで打誑語をしない戒を守ることが出来て、妄念も勝手に起きられなくて始めて戒を守ることが出来て、戒律を守ることによって、定をうまれ、定から智慧がやっと生じる。打誑語は戒律を破れ易くて、言い出して出来なくなっても打誑語である。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲で現場の出家衆に申された、人様の供養を勝手に受け取ることが出来ない、供養を受け取って人様を助けることができなくなっても戒律を破るから。

そなた達は何故心を落ち着くことが出来ない、仏法を耳に入ることが出来ないか?それは戒を守らなくて、自然に定が生じることが出来なくて、またどう智慧を開くか?「定」とは空になるのではなく、考えが減るのである。「解」なら生死輪廻の正確見解を外す、戒律を守らなければ、定が生まれなく、清浄な心がなく、自然に仏法さえも聞き違えることが出来た、ご開示はこのようであるのに、そなたはかえって別の意味を聞き取ってしまった。例えば、リンチェンドルジェ・リンポチェは一を開示されたのに、そなたはどうしても二と聞き取った。

何の故、直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子達に労動奉仕をする時には供養すると思わず、消業するのであると申された。我らはした事は善業、悪業と無記に分けて、例え呼吸するのは無記で、それは必要でどの業力が起きられないから。但し、そなた達は水を飲むとか食べるとか全て業が生じた。それで、以前釈迦牟尼仏は弟子に教えた、水を飲む前まず必ず綿布で濾過して、一方は不潔な水を飲むのを避けるため、一方は衆生に害をしないため、水の中にまだ多くの微生物があるから。《水懺》を修めることがあった者も知っている、その中に載せてあり、酢を醸造されるバケツを開く前先ず呪文を唱える必要がある。実はバケツを開くと、一番上の菌に害をするから。仏を勉強するにはこんな細かい事まで、全ての事は完璧に配慮しなければならない。我らは全てした全部の事、全て言った話、或はどの考え方でも全部業力を生じることが出来る。

どのことでも修行するに対して利点があり、善の或は悪いを問わず、但し幾ら呪文を唱えて修め得る事が出来ると思うなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは2007年時海抜4500メ-トル高さの雪山へ3か月を閉関しに行く必要がなかった。あれは冗談ではなく、命の危険をかけて修行していた。例え法会に参加して加持を賜って業を変わることが出来るなら、リンチェンドルジェ・リンポチェの根本上師は直貢チェツァン法王で、リンチェンドルジェ・リンポチェも修行する必要がなくて、一日中直貢チェツァン法王に加持を求めれば結構だ。

ガムポパ大師は此処に申されたのは体悟で、開悟或は証悟ではない。それは悟が因縁の中に自然に生み出すのである。今回50名あまり弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに従ってニュ-ジランドへ行くように、悪い天気の中に黒雲を破って太陽が現れるのを見た。まるで障碍を開けて、仏菩薩の加持を得て、弟子にリンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲力と仏菩薩の加持力を体悟させた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは申された、先頃ある往生した男弟子は、嘗てネパールの法会行程の中で、女の出家衆と同じのテーブルで食事をして雑談したため、リンチェンドルジェ・リンポチェに指摘されて、彼の心の中にそのゆえ、リンチェンドルジェ・リンポチェに対して怒って、自分が間違わないと思った。彼は何時までもリンチェンドルジェ・リンポチェに報告することをしなかったが、リンチェンドルジェ・リンポチェはやはり彼がこれらの考えがあったのを知った。昨日彼の妻は来てリンチェンドルジェ・リンポチェに正直に認めた、夫が生前確かに家に帰ってこの事を文句言って、家族皆は前に聞いても言い出さなかった。仏陀が全て作った比丘尼の戒律によると女の出家衆は男性と同じのテーブルで食事をすることが出来ない。こうすれば戒を破った、現在多くの女の出家衆もよくこの戒を破る。この男弟子は生前こうして、即ち女の出家衆に戒を破らせて、リンチェンドルジェ・リンポチェはそれ見てから彼を叱った。上師は弟子が戒を破るのを見ると勿論制止するべきで、上師は弟子が戒を破るのを制止しなければ、上師が戒を破る事になった。上師は戒を破るわけがなく、上師は既に戒を全て生活の行為の中に融和して、自然に戒をわざと守らなくても、戒体は清浄することが出来た。

戒律を守るかどうかということはリンチェンドルジェ・リンポチェにとって、既に区別がなく、リンチェンドルジェ・リンポチェはわざと戒律を守らなくても、自然に戒律を破らないようにする。法座の上に居るかどうかを問わず、リンチェンドルジェ・リンポチェが全て開示されたのは全部正確な仏法で、仏法は既にリンチェンドルジェ・リンポチェと一体になるように融和した。そなた達とらしくない、リンチェンドルジェ・リンポチェが法座の上で仰った時そなた達はリンポチェを見て、仏法と思った。リンチェンドルジェ・リンポチェが法座を降りるとそなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェを馬鹿と見た。リンチェンドルジェ・リンポチェは法座の上また法座を降りると区別するわけがない。全部そなた達が区別している。リンチェンドルジェ・リンポチェが全て言った、した、思ったのは全部衆生を利益する。そなた達は区別しているので、リンチェンドルジェ・リンポチェの話を選択して聞き取った。この習慣を身につけたため、法会の中でリンチェンドルジェ・リンポチェが全て開示された内容はそなた達も選択するように聞き取って、それで東を漏らして西を漏らして覚えられない。リンチェンドルジェ・リンポチェは三恩根本上師―尊勝な直貢チェツァン法王が法を伝える時、清浄な心で聞き取った。それで暗記をしなくても全部覚えている。今回のように、尊勝な直貢チェツァン法王はニュ-ジランドでもリンチェンドルジェ・リンポチェに法を伝授した。直貢チェツァン法王が特に言いつけるとリンチェンドルジェ・リンポチェは幾らを書いた、その外にはリンチェンドルジェ・リンポチェは全部写す必要がなく、直貢チェツァン法王は簡単な幾らの言葉で既に伝えてしまった。そなた達のあんな区別心のように、どう平等な慈悲心を修め得るか?平等な慈悲心が修め得なければ、生死より離脱するのが出来ない。そなたはまだ絶えなく冤親債主を作っているから。

この時、この男弟子の妻はリンチェンドルジェ・リンポチェと皆に報告した。施身法のあの日の夜、彼女は夫が白衣を着て、両眼の眼じりに赤い涙を流れて、顔つきは若い時の模様が現れたのを夢見た。リンチェンドルジェ・リンポチェが施身法を行った翌日、彼女と息子と大体を見に行った。夫の両眼には黒い目縁があって、明らかに長い間泣いた、耳と肩の上に元々現れた多くの屍斑も全部消えて、顔色はとても良くて、それに顔は微笑んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは続いて仰った、この往生した弟子は彼の例を彼の妻と寶吉祥弟子の手本にならせる為、自分の妻に自分を夢見させた。この弟子の妻は夫の眼じりに血が流れるのを夢見たのは亡者は一番最高な懺悔をしたのである。だから大体には黒い目縁があった。リンチェンドルジェ・リンポチェが皆を引き連れて陰歴正月の元旦に《三十五仏懺》をした時に、開示されたように、懺悔は三つの階層があって、一番最高な階層の懺悔をした時目より血が出る。この弟子は施身法会でリンチェンドルジェ・リンポチェに済度された時やっと真に大懺悔心が起きられて、自分が以前全てした事に対して懺悔して、それに、リンチェンドルジェ・リンポチェが本当に彼を助けるのを知った。

この男弟子は前に叱られたので上師に対して怒った。そのために上師は彼に与える加持力は中断された。彼は自分が間違ったと判ったが何時でも発露懺悔をしなく、それで業報は転化することが出来ない。先ほどこの男弟子は高熱があってお医者様で見てもらって、只何日間で往生した。彼は往生する前二日間昏迷した時、彼の妻は彼にリンチェンドルジェ・リンポチェが彼を助けるのを教えた。彼は涙を流したが、まだ真に懺悔しなくて、施身法が行ったまで、リンチェンドルジェ・リンポチェが衆生を引きつれて六字大明呪を読んだ時、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェが彼に対しての慈悲とずっと以来の加持をやっと本当に体得出来て、はじめて真に懺悔心が起きられた。

彼が白衣を着て現れたのは彼の業が既に清浄した。顔つきが若かったのは彼は天道へ往生したから。屍斑が消えた故は、屍斑が元々彼の冤親債主に形成されで、リンチェンドルジェ・リンポチェは施身法の中に一段は亡者を引き連れて懺悔して、この男弟子を済度するのを助けて、同時に彼の冤親債主さえも一緒に済度したので屍斑はやっと消えた。

すでに皈依した人は、通常ではちょっとした熱で亡くなるわけに行かない。これはいわゆる治療が遅れた(中国語:失医)ことである。この弟子は、自分にも医学常識があるくせに、自分も家族のみんなもこういった事態になると思ったこともないほど、無常の怖さを体感した。皈依弟子は病気になっても、医者さんに診てもらうとなんとかなるし、この男性弟子のように「失医」となったのは 尊きリンチェンドルジェリンポチェが1995年から衆生を助け始めてから弟子の中で唯一で第一号である。

原因には、この弟子は上師に不尊敬な心を起こし、上司からのご指導を受け入れず、自分を叱った上師が間違えたことを、考えただけでなく更に口に出して文句を言ったから、業力が動き始めた。自然に上師と諸佛菩薩との因縁を断ってはじめて自分の業力に従い、次第に失医の果報を得たのである。でも、この弟子の奥さんは依然として上師に尊敬な心を持ち、上司との因縁を続けていて、その故、夫が人事不省になる時にようやくリンチェンドルジェリンポチェが助けを求めにくると思い付くことができる。男子弟子が懺悔したから、施身法法会で済度できると上師からの助けが得られた。施身法法会こそ、上師が彼に対する恩が体感でき、本気で懺悔した。 尊きリンチェンドルジェリンポチェは死者の神識が肉体から押し出されてから鬼通を持つようになり、人間より100倍の感知力があるから、どの人こそ自分を助けられるかと知り、上師と諸仏菩薩の慈悲力が分かるのである。施身法法会では、 尊きリンチェンドルジェリンポチェが鈴を揺らしたり、鉦鼓を叩いたり、お経を唱えたりすると思われるが、法会に来た亡くなった衆生が 尊きリンチェンドルジェリンポチェの慈悲と能力をはっきりと分かっている。この弟子は本気で懺悔したからこそ、天道へ生まれたが、なぜ浄土にいけないかと言えば、生前に懺悔しなかったからである。でなければ、道理では上師に怒ったのは下三道の果報である。だから、業が出てから果報が実るまでの助縁がとても大事である。助縁がすべて善のであれば、最後に実る果に変化がある。更に果が消えるまでになるのもある。もし、善と悪が半々である場合、この弟子のように失医になったが、懺悔によって上三道に生まれた。もし、すべてが悪だったら、非常に悲惨になる。

人生無常とは、そなたに何かが発生することではなく、全てのことは恒久的ではなく、絶えず変わっている事を指している。先ほどの男性弟子のように、ちょっとした熱で亡くなるとは思ったこともない。亡くなる二、三年前から自分に過ちがあると知り、プライベートでは リンチェンドルジェリンポチェ以外助けてくれる人がいない、仏法を学ぶのを進言したり、上師を信じなさいと人に言ったことあるが、生前には本気で発露懺悔しなかったため、今日の果報が得られたのである。

佛の光はずっと衆生に射しているが、あなたたちが察していないだけで、受け止めるべきであると 尊きリンチェンドルジェリンポチェが開示された。太陽の光が大地を照らすように、布で遮ったら太陽の光が受けられなくなるでしょう?上師があなたを叱ったときに、上司の指導を受け入れなかったら、加持力が切れたみたいである。上師や佛菩薩があなたを懲罰するのではなく、あなたが拒んだから、佛菩薩と上師からの加持が切れた。あなたの前に黒い布があると、自然に佛の光が遮られたあなたを照らすことができなくなり、あなた本来の業力、本業に従い発展していくに間違いない。

だから、上師に叱られるのを恐れる人がいちばん悪である。あなたが間違えたら地獄に落ちるなら、上師は叱らないでいられる?上師が叱ったから、地獄に落ちる業が少しでも少なくなり、果報も自然にちょっと軽くなった。自分に背負う業が重いし福報が浅いから叱られるなんてこれ以上言わないでほしい。こう言った人は自分に過ちがあると認めないし、叱られるのを畏れ、自分の行為に理由や口実を着くようにしている。だからこのような話をもう1度言う人、リンチェンドルジェリンポチェは彼を追い払う。もし、あなたはうまく修行でき、業も重くない、福が厚いなら、あなたはここに座って叱られないのである。ニュージーランドにいた時、 リンチェンドルジェリンポチェが 尊き直貢チェツァン法王に礼拝し終わったら、そばに座っていればいいみたいである。過ちを犯して上師に怒らせたと思わないで、尊きリンチェンドルジェリンポチェは怒るわけにはいかないでしょう?そなたたちが叱られたときに、心に起きた恐怖感こそ業を消すのを助けている。もし 尊きリンチェンドルジェリンポチェはあなたたちの過ちを見たが阻止しないなら、 尊きリンチェンドルジェリンポチェが戒律を破るようになる。

尊きリンチェンドルジェリンポチェはこの二年間はほとんど 尊き直貢チェツァン法王に叱られていない理由には、尊きリンチェンドルジェリンポチェが修行を通じてある程度の福報が積もれたのと、尊きリンチェンドルジェリンポチェがした全てのことは衆生に害をもたらさないからである。あなたたちは全ての行為が利己的で衆生に傷害するからである。

会社では絶えず過ちを犯しているのは、因果を信じていないからである。一部の弟子が リンチェドルジェリンポチェの会社で働いており、 リンチェンドルジェリンポチェが弟子に過ちがあるたびに、叱るし懲罰するようにしている。法律に詳しい人こそ、法律に犯すと重い懲罰が降りるみたいに、弟子が良くない因果に落ちないように、 リンチェンドルジェリンポチェが叱ると業を消す効果があるからである。逆に、弟子ではない社員に対しては、叱らないでいる。それは仏法を学んでいないから、因果が知らなくて過ちを犯しているのである。だが、リンチェンドルジェリンポチェの会社に勤める一部の皈依弟子が絶えず同じ過ちを犯し、自分の考え方ばかりで働いている。ここで働くというのは、リンチェンドルジェリンポチェに供養しているや上師に手伝っていると思い込んだ人がまだいるが、リンチェンドルジェリンポチェが毎月給料を出すことが忘れられている。懲罰だけされなければいいのだという考え方を抱え、或いはさもなくば会社を辞める心構えにで、過ちばかり犯している。いっぽう、外から雇った社員は、仕事を大事にし尊重しているから、過ちが少なくまじめに働いている。上司を尊敬していれば、この上司が自分に修正してほしい部分を心に刻み、二度と犯さないようにしている。密教の行者は各衆生を本尊のように見ているから、過ちを犯さない。 リンチェンドルジェリンポチェが衆生に利益する約束を守り、慈悲心を持たなければ、こうした現象に察すると感慨する!

現在より、リンチェンドルジェリンポチェはこの弟子たちに対して新しい方法で対応するようにする。再三過ちを犯せば、リンチェンドルジェリンポチェはもう叱らないでいるつもり、自ら自分の果報と対面し、果報より懲罰されてはじめて自分の過ちが認められ、苦しみが分かってから助けてあげるようにする。もう1人の弟子が以前リンチェンドルジェリンポチェの会社で仕事をやっているときに、いつも間違いの事をしていて、リンチェンドルジェリンポチェにののしって、彼はずっと自分が最もすごいと思っている。リンチェンドルジェリンポチェはこう開示して、再び独りよがりでないでください、あなたは台湾海峡両岸の指導者よりすごいか?結局、彼は膨大な仕事量で、リンチェンドルジェリンポチェの会社を辞退したが、新しく見つけた仕事はより少ない給料で仕事量も以前より多いのである。

法会が始まる前、ニュージーランドに行った弟子から道場の前に上がってお土産話を分かち合った人がたくさんいた。牧場にいる牛は リンチェンドルジェリンポチェを迎えるために、一列に並んで静かに待っていたのは、彼らが畜生道に生まれたからこそ苦しみを知っているので、これだけ霊性を持っている。それに対して、人間は自分が苦しいと思わず、六道の苦痛を知らないで、人生を楽しんでいると思われると、自然に霊性を失っている。

経典に菩薩が受記作佛とのことを読んだことあるが、どの経典でもどの年に、何月、何日に成仏するかと詳しく掲載していない。どうして詳しく掲載しないかといえば、因縁は随時変わっているものだから、善の縁や悪の縁によって果報が変わり、成仏まで一小劫早くなったり、一大劫遅くなったりである。だから、佛菩薩は授記するが時間まで言及しない。

数週の前、ある信衆はリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見し、彼の息子が山を登ってから行方不明にした事と話した。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは「この信者の息子は谷間の中で押さえて、その上、谷間の形も形容した。もし三日以内に速くて探したら、また救う可能せいがあり、過ぎるなら仕方がない」と開示した。一週後、この信者が再度リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来た時に、リンチェンドルジェ・リンポチェは「彼達の家族が善業をしなかったので、子孫がこの果報を得たわけである事」と開示された。この信衆はその場で家族が病床を寄付した事がある事にてすぐ口答えをして、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に立って離させて、それから、彼がリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する事がない、此れ即ち「貢高我慢」である。善因を植えれば善果が実り、悪因を植えれば悪果が得られる。両者は帳消しすることができない。悪を行ってから、善を行えば悪果が無くなると思ってはいけない。果報は消えないが、因が生じてから、果が実るまでの縁は果報が実る時間を左右することができ、たとえ悪因であっても実るまで善を行えば果報を延ばすことや、果報の味わいを変えることができる。もし、善を極めて多く行えば、悪報を現させないか悪報に影響されないまでできる。

佛菩薩はあなたの果報を変えられないが、自ら進んで変えようとする姿勢が必要である。佛菩薩は善因を作るよう助けるが、その後の縁は自ら続けていかなければならない。もし、悪果が発生しないで欲しいと思われれば、あなたたちが法会に参加し仏法を学ぶ善因による善果も実らなくなる。毎日、阿奇護法を修めればいいと思わないでほしい。仏様のご指導に従わなければ、護法を修めても来世にしか使えない人天福報しか得られない!昔に、ある人が観音菩薩様に手に数珠を持ち何を唱えているのか?と聞き、観音菩薩様より「観音菩薩様」を唱えていると答えたように、観音菩薩様より「観音菩薩様」を唱えるのは、仏菩薩がそなたを保護することができなくて、自分で自分を保護する事を表す。転業は自分次第である。

直貢噶舉派の上師、例えばティローパはナローパに盗むように命じたら、ナローパはすぐに盗みに行った。あなただったら、盗むように命じる上師なんて早く逃げろと思うに間違いない。更にティローパはナローパに王妃様にセクハラしなさいと命じると、言われたように行ったが、生殺しの目に逢った。最後にティローパはナローパに崖から飛び降りなさいと命じた。死ぬとは知りながら、ナローパは上師のおしゃった通りに行うのは、上師がするすべてのことは自分にいいことだ、上師が助けようとしていると信じているからである。《ミラレパ傳》を読んだことあるなら分かるが、ミラレパは家族の仇討ちをするため、呪文を唱えたくさんの人を殺したことがある。のち、マルーパに皈依し、マルーパはミラレパに数回にわたって家の構築と取り壊し作業を繰り返していた。マルーパは理由を言わないままだが、ミラレパはすべて上師の言うように従っていた。今の時代では、ティローパやマルーパのような上師がいない理由はナローパやミラレパのような根器の弟子がいないからである。もし、今の時代では、上師があのようなことをさせたら、きっと気違いと思われ、そしてとっくに警察にも通報しておいたでしょう。なぜ、現代では密法の伝承が少なくなったかと言えば、あんな根器の弟子が見つかりにくくなっているからである。上師はこの方法で弟子を教えられなくなる。叩くことや叱ることを通じて助けるしかできない。

昨日、あるパイロットは リンチェンドルジェリンポチェにお会いに来て リンチェンドルジェリンポチェはパイロットの事例で顕密の違いを開示された。パイロットになるまで、関連知識をたくさん学ぶが、これらは全て理論である。一回目の飛行では、経験のある監督を配置し一緒に飛ぶようにする。目を離さないようにすべての動きを正確かどうかを監視し、離陸時の角度や着陸の速度など、実際に操作するにあたっての経験やコツを教えてくれる。理論をたくさんを学んでも経験者のご指導がなければうまくいけないのである。密教の上師は経験的で悟りを開いた修行者であるため、修行の道に逸れない、そして間違わないように、背後より監視そして指導するのである。

このパイロットは上師の開示を聞き、分かると示すように頷いた。同時に、 リンチェンドルジェリンポチェは、パイロットを務める人は、研修中は自分の命を犠牲してても乗客を保護するような考え方がインプットされている。ハイジャックが発生した時でも、必ず最後に機内を離れた人はパイロットであり、これこそパイロットの責任である。同じように船長にも同じやり方をする、これが責任感である。仏法を学ぶ人の責任は何か?それは自分の命を捨てても衆生に傷害しないのである。仏法を学ぶ人が精進料理を徹底するのも衆生に傷害しないのと同じである。自分の命を犠牲しても戒律を破らない、自分の命を犠牲しても上師のご指導に背かない。

今回ニュージーランドに、尊勝直貢チェツァン法王は三昧耶戒を開示された事もあった。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達に忘れた事を提示させた。直貢チェツァン法王が開示された三昧耶戒は最も重要な戒律である。仏菩薩、上師への承諾で、衆生への承諾である。命を犠牲しても、そなた達は如何なる衆生を害する事をしてはいけない。命を犠牲しても、そなた達は戒律を破られない。命を犠牲しても、そなた達は上師に逆らう事が出来ない。ナロバ尊者、ミラネバなどの尊者のように、命を犠牲しても上師に逆らう事が出来ない重要性をすべて知っていた。

引き続き、 リンチェンドルジェリンポチェは岡波巴大師が言及した三種類の修行者の根器を開示された。修行者の下士は仏法を聞き、因果を深く信じ、行悪をし続けるのを避ける人を指す。下士と言いながら、仏経では賛嘆してある。因果を深く信じる人は三悪道に陥らない。 リンチェンドルジェリンポチェの会社の社員を例に、現場にいる信徒と弟子に開示した。因果を信じる人は、物事をする前に、言い出す前に、十分考え、こうしたら衆生に傷害しないかと確かめてから動き出したり、言い出したりする。いわゆる熟考の上実行するのであり、必ずこの事をやったら、この話を話したらするのが衆生まで傷害するかどうかをはっきり考えなければならない。衝動ということはまずないである。人間の道徳倫理でも、約束を守ることを教えてくれている。できないことは、約束しないほうがましであり、いったん約束したら達成するようにすべきである。そしてのんびりと答えるのを教えているのではない。 リンチェンドルジェリンポチェの会社で働いている弟子は、 リンチェンドルジェリンポチェが話しを聞くと唖然となり、分からないように見えるが、もう一度聞くと、今度は怖くなって振るえるようになり、忘れたといい乗る。そんなに忘れやすいのか?まじめにやっていないで、会社のことを自分のことに思わないからこそ忘れる。 リンチェンドルジェリンポチェが怒りっぽいと思われる人がいるが、 リンチェンドルジェリンポチェ自分が怒りっぽいと謙虚に受け止めているが、絶対に衝動のはずではない。衝動のような人は独自で雪山で3ヶ月にも渡る閉関ができないじゃないか?そうでなければ、とっくに閉関部屋から逃げたでしょう。

これらの社員は全て給料を貰って、また間違いをしたら、つまり会社と社長のお金を浪費させた。勤める者は、仕事をする時に、ある犠牲奉献の態度を持たなければならなら無い。リンチェンドルジェ・リンポチェが嘗て勤めていた時に、犠牲奉献の態度を持って仕事をしていて、何も言い争った事がなかった。もしある者は一日目の休暇を減らす事をまだ言い争ったら、こんなに計算が上手くて、全ての事を言い争ったら、今後、そなたの子供もそなたと言い争っていく。会社が赤字にする時に、そなたは社長さんと一緒に損を得るのでしょうか?社長さんが夜に寝る時に、そなた達の為にチャンスを探してお金が稼いで与える事を考えている。そなた達はこのようにするのでしょうか?もしよい社長さんがあったら、きちんと従順な勤めていて、ただ多くの損を得ないと十分である。

ある信者はリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見した事があり、謁見してから「リンチェンドルジェ・リンポチェのポワ法が素晴らしさを知っているので、リンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏を学んで、これから両親にポワ法を求める事を望んでいた」直に話した。リンチェンドルジェ・リンポチェは「そなた達であれば、聞くと必ず嬉しくて同意した」と開示された。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの人が条件が付けてリンチェンドルジェ・リンポチェに求めた事を知るので、求める方式と心構えが正確ではないで、彼に罵って、その上、彼に離れさせた。リンチェンドルジェ・リンポチェは顕教を学んでいた時や、密法を学んでいた時や、自分が何か学んでえる立場を設定しなかった。在席の皆はある間違う観念を持っていて、加護の心構えにして仏を学んで来て、仏菩薩と上師はそなたの心の中に考える欲望を満足させて、此れは即ち条件を商談し、威嚇する事である。もし仏と上師はそなたが考えている事に遣り遂げないなら、それから、そなたが仏を誹謗してしまった。

どうして上師と親しくするのでしょうか?上師に親しくすることとは毎日に上師の側に緊密な従うのではない、法会があれば参加するのである。法会に参加する事は福報を累積する事である。何故一部の人々は法会に参加できないで、道場の階下でも彼達に立たせないのでしょうか?彼の心が正確ではないで、悪であれば、彼に法会に参加させる事は彼の福報の力を増えて、彼にもっと能力があって悪をさせられた。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らに来させなかった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは次に如く開示された。嘗て説いたストーリである。ある修行者はある日寺院に泊まって、夜中に突然窓際で焦げる味を嗅いで、立ち上がって見ると、ある修行者の幽霊は身に枷鎖を置かせて、火で焼かれていた。すると、修行者はこの幽霊の因縁に尋ねた。この幽霊は「過去で彼はこの寺院の住持であり、ある信者はお金を寄付して仏像を造って欲しがった。が、彼はお金を寮に造る事にしたので、枷鎖を置かせて火で焼かれている果を得た」と照会した。この住持はお金が自分から貰う事をしない、ただ寮を築いた事にして、何故依然としてこのような果報を受け入れたのでしょうか?此れは彼が衆生の望みを背いたわけである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは次に如く開示された。リンポチェの集団に勤めている4人の皈依弟子はずっと間違いを犯して、その上、ずっと口実をあげて、自分が忘れてしまった事と言った。ある事は社長さんに先に如何にするかという事を伺いを立たないで、そして、自分の考え方は会社のため、上司のためだと思って、やってしまってからまた対応する。そなた達は全部同じで、一部はやらない、もう一部は事前に聞かないで、やってから対応する。けれども、会社の社長さんから指示の方式よりしたがらないで、自分の考え方にてすれば、そなたはどうして社長さんが如何にしたがるを知るのでしょうか。そなた達の仕事は上司がいれば、上に決定をする者がいれば、指示の通りにしなければならない。事前に伺いをたてないで、自分の考えをすれば、上司の考え方はそなたと同じ事を如何に知っているのでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェは現在リンポチェになるけれども、仏法に関する事を何をしたら、尊勝直貢チェツァン法王に伺いを立たなければならなかった。毎年に行う「阿弥陀仏無遮大超度法会」のように、事前に尊勝なる直貢チェツァン法王伺いを立てて同意を貰ってから行って始めた。たとえこのようにしたら正しいと分かっても、衆生に利益を齎すことができても、依然として尊勝なる直貢チェツァン法王伺いを立てなければならない。

数年前に北部である禅宗を修める法師は大きく観音仏寺を築かせて、その時、ニュースも報道した事があり、開光式典のときに大統領さえ向いた。当時、シーンはこの法師を摂らせて、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの法師が少しの慢心する表情を現れたを見てから、大変だと思っていて、これは彼のこの少しの慢心する感じが彼に全ての禅宗を修め得た福報が全部で報ってしまった。この法師は死ぬ前に、やはり病院に行き来して、多くの苦しみを受け入れた。もしその時、彼はこの大きく仏寺を築かせた時に、態度がもう一寸謙虚して、この仏寺がもっと多くの衆生に助けられる事だけを望んだら、彼がこの仏寺を築かせる事が功徳があった。もう一つの大きな仏寺は、現在、少ない人がそこで修行していって、これは福報が使って済んだので、この法師は閉関の全ての功徳が全てこの大きな仏寺にて報ってしまった。

水懺を書いた悟達国師は累世で修行者である。彼が国王から寶座を頂いた時に、心の中に少しの慢心する考えを生じて、自分が悪くなく修めるので、国王の認めを得て始めたと感じていた。このように考えたばかり、累世の業はずべて来て、彼の膝である人面瘡に生じて、その上話された。悟達国師は三国時代にある将軍で、彼がもう一人の将軍を腰から殺させて、殺させた将軍はずっと恨みを持っていた。しかし、悟達国師は累世に修行者で、その上、悪くなく修めたので、債主も彼に仕方が無かった。しかし、彼がこの高慢な考えを生じると、冤親債主は直ぐに見付かった。幸いに彼は累世に悪くなく修めて、文殊菩薩が既に事前で彼に「もし病気に罹るなら、どこで彼に見付かって助けをもらえる事」と話せた。もしそなた達は何か用事があったら、誰かがそなた達に助けるのでしょうか?ただ哀れなリンチェンドルジェ・リンポチェだけでそなた達に助ける。だから、上師に絶対に怒ってはいけなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの物語りはとても深く体得を得て、常に自分に少しの高慢を持っている事が出来ないと警戒させて、高慢は修行者が最も大きな障害である。

悪業が最も恐ろしいのはそなたに苦しませる果報を生じる事ではない、却って、そなたに仏を学ぶ事を障害させた。リンチェンドルジェ・リンポチェは過去世の悪業のわけで、この世に脊柱側弯症の病気に罹っていた。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは多くの時間と活動力に掛かって修行して衆生に利益して、大きな善業を累積し、だから脊柱側弯症の病状がリンチェンドルジェ・リンポチェの身体の行動に影響させなかった。今回、ニュージーランドから帰って来て、香港の空港で、リンチェンドルジェ・リンポチェは64番の搭乗ゲートから21番の搭乗ゲートまで、10分だけで掛かった。リンチェンドルジェ・リンポチェに従ったアテンダントは後ろに走って従わなければならなかった。普通な人はその道を歩むなら、30分から40分ほど歩んで始めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは既に64歳けれども、修行の関係で、身体がますます良くなるが、しかし、そなた達は何故長くて仏を学んで、身体が同じように良くないのでしょうか?これは福報がないで、注意深くて上師に供養する事がない、真に懺悔する事をしないわけである。

一部の人々は間違いを犯しても構わないで、帰宅後アチ護法に懺悔したら十分であると思っていた。そなた達は良く知っていて、アチ護法がリンチェンドルジェ・リンポチェからそなた達に伝えて、リンチェンドルジェ・リンポチェの言い付けを守らないなら、護法が自動的な離れた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に離される事ではなかった。これはそなた達は上師に軽視し、恭しくない心を起こして、つまり、自分が壁を築いて、上師の加持を切れた。そなたは如何にアチ護法に求めても、何も役に立つ事がなかった。

ある男の弟子は数年前にリンチェンドルジェ・リンポチェに始めて謁見した時に、目の後ろで腫瘍に罹ったわけである。その時、彼はまた信者で、左目の全体が目の縁の外に突き出た。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に「目の後ろにまた一つの大きく物と小さく物があり、全て二つの腫瘍がある」と説いた。彼は「医者の検査の結果は一つの大きく物があり、その上、手術を行う事」と回答してしまった。結局、手術を行った後、切れた腫瘍の後ろにまた一つの小さく腫瘍があった事を発見し、しかし、存在の位置の限りにより切除することが出来なかった。この弟子はこれでリンチェンドルジェ・リンポチェに信じて始まった。それから、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を経由して、彼の目が回復して、外観が普通な人と差異が無くて、そこで普通な人の生活を暮らして始めた。

しかし、ある時、彼は他の人からリンチェンドルジェ・リンポチェが戒律を破るという是非を聞いた。その時、彼は何も言わなかったけれども、彼の心の中にもこのように考えていた。リンチェンドルジェ・リンポチェが戒律を破る事と思っているので、リンチェンドルジェ・リンポチェに供養する事が要らなかった。だから、それから、彼の目の病気はまた再発して、これはリンチェンドルジェ・リンポチェが彼を処罰する事ではなくて、これは彼が上師に恭しくなくて、加持が止まって、冤親債主がまた来たわけである。幸いに彼は自分が間違った事を知っていて、誠心で懺悔して、しかもリンチェンドルジェ・リンポチェの指示に従って大礼拝をしていて、果が成熟したけれども、リンチェンドルジェ・リンポチェが依然として彼に加持させて、彼に痛ませなかった。彼に診療する医者の弟子は皆にも「この男の弟子は腫瘍に罹ったが、彼の苦しみと他の同じ病気に罹った患者に比べて、既に極めて軽くて、不思議である。目はとても敏感な器官であり、普通にこのような病状は患者が頭がとても痛い事を感じて、しかも嘔吐し、歩む事が出来なかった」と説明した。リンチェンドルジェ・リンポチェは「果報と因縁は極めて複雑な事で、一つの考えはそなた達の状況がずべて変わった。そなた達はとても不注意で、そうすると、地獄に落ちやすい」と開示された。

リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続いて次に如く開示された。この弟子は上師に対して悪念を起こして、だから上師の加持が切れて、彼は自分の累世の業に従わなければいけない、彼の病気がこのように発展させてしまった。しかし、彼は懺悔して来た事があるので、持続的な法会に参加し、だから、善業も累積し、彼の冤親債主が分かってから、彼にそのように気分が悪くならせていない、そんなに痛くならせたいなかった。

何故ずっとこの二人の弟子の例に言及するのでしょうか?彼らが良くないというのではないで、そなた達にとても明らかに因果の変化を見させた。その医者を失う弟子は上師に怒って、本来の果報が地獄に落ちった。然し、死んだ後に、彼は懺悔心を起こして、彼の果報が変わらせて天道に生まれた。その目の後ろに腫瘍に罹った弟子は心の中に上師に悪念を起こしたので、果報が悪になって、彼の外観を美しくない様子が現れさせた。心が悪ければ面も悪い。しかし彼が懺悔する事を進んで受け入れて、善因を起こして、同様な病状が他人が死ぬ程痛んで、彼が痛くならない事が出来た。因果の変化は極めて複雑で、一つの考えを起こしてそなた達に地獄に下りさせて、これもそなた達に良いところに着ける、これもそなた達に懺悔の力が如何にに驚異的なことを見せた。だから、寶吉祥仏法センターで、常にそなた達に発露懺悔をして、これも仏経の教導に従って衆生に助ける方式である。

リンチェンドルジェ・リンポチェが仏を学ぶ事は先に多くの仏経を読む事ではない、却って、日常生活に多くの発生した事により因果を分析し、自分が相同な錯誤を犯す事を避けた。寶吉祥仏法センターのこの道場は極めて特別で、多くの事を発生した事があり、発生した事により、因縁果報を全て見えて、また、そなた達に仏法が真実で存在する事を見させた。今日はこれらの人々の例を挙げて、そなた達に冗談を見させる事ではないで、彼らが仏法の真実してびくびくしない事を示現し、そなた達の見本である。そなた達に悪をすれば、果報が如何になって、もし善をすれば、果報が如何になる事を離させた。これらの例により、そなた達は浄土に行ける事と三悪道に堕ちる事がただ一つの考えの差異だけであることを見られた。そなた達は容易に間違いを犯して、もしある上師はいつも後でそなたに監督しないなら、そなた達が悪をしても分からなかった。今日の開示により、皆は仏法がとても殊勝で不可思議な事を知っている事が出来た。

そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは未皈依の信者に離れる事を指示させて、皈依弟子に観音菩薩の修行法門を伝授してあげた。

2011年5月14日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、午後4時50分から夜9時40分まで、138信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

2011年5月15日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで共修法会を主催して、続けて皆にガムポパ大師の三つのレベルの修行者に対する教法を開示された。

法会が始まる前に、ある弟子は彼の耳にした殊勝な事績を分かち合った。

彼は、この前にある兄弟子の往生した母親が尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが殊勝なポワ法を修めてもらったことを言及して、皆さんのご存知のとおり、今回尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは車の中で法を修めて、ポワ法を修行する時の特有な音を出していないで、完全に観想にて修めたが、亡者は同様に殊勝なポワ法を得て、しかも円満な瑞相がある。

そこで彼はこのことを南珠ケンポスに言って、ケンポスが耳にした後に、たいへん驚いた。彼は更にケンポスに、何方かがポワ法を観想にて修めて、しかも完成して成就できたことを聞いたことがあるのかと確認した。ケンポスはそんなことを聞いたことがないと答えた。南珠ケンポスはチベット人であり、小さい時から出家して、すでにケンポス僧の身分になった。直貢噶舉教派だけではなくて、紅教、白教、花教或いは黄教などの大成就者を、ケンポスはすべて知っていて、更にこれらの大成就者に関する事績をよく知り抜いているが、しかし彼はリンポチェが観想にてポワ法を修行して、その上亡者が助けを得ただけではなくて、ポワ法の瑞相も非常に完璧であることを聞いたことがない。その故、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの果位と証量が非常に高い。この弟子は現場の信者と弟子達に、幸運にもこのような大リンポチェに追随することができるから、きっとこの福報をよく大切にしてくだいと呼びかけた。

そして、もう一人の女子弟子は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の姑と全家族を助ける浩大な恩沢を分かち合って恩に着る。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女たちを救護した事績により、リンチェンドルジェ・リンポチェにまだ信心が起きていない者に信心を生ませること;上師への信心があまり固めていない者に、揺り動かしてはいけない忠誠心を発生させられること;上師に対してもう十分な信心がある者に、更に「仏法無辺」を喜んで信受させられることを望んでいる。

去年(2010年)10月3日午前、その日がちょうど阿弥陀仏無遮大法会を催した日であるので、この弟子の舅は首をつって自殺して、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の舅を済度した。彼女の舅が火葬した後に、頭蓋骨には不思議で整然とした丸く小さな貫通した穴が現れて、これはリンチェンドルジェ・リンポチェに済度された後の円満な瑞相なのである。無間苦厄に行くことを選んだ舅の身の上から、多くの人は直接にリンチェンドルジェ・リンポチェの大威徳力、不思議な示現を目撃証言した。(詳しくは寶吉祥仏法センターのウェブサイト/衆生済度の事跡/464番号をご参照ください。)その事が発生した後、彼女たちの全家族はすべて、悲愴な悼み嘆く雰囲気に陥っていない。彼女たちの全家族はもともとは青天の霹靂のような訃報を受けたが、過程は落ち着いていて、しかもそんなに不思議な安穏さである。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の舅を済度して、更に彼女たちの一家を救った。

彼女の姑は去年10月中旬から、毎週の日曜日の共修法会と毎月の施身法に参加し、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞き、及びリンチェンドルジェ・リンポチェが法を修めて加持してもらったのである。この期間、彼女の姑の体の状況が大きく変えて、現場にいる大勢の兄弟子の印象が深い。彼女の姑はもともと杖をつかなくて、通行することができなくて、行動が遅くて苦労していて;道場に出入りする時に、いつもボランティアの兄弟子が支え助けてくれることを必要とする。今年1月、ある共修法会から家に帰った翌日、彼女の姑は、一日前の法会が終わって、列を並んで道場を出ること待っている時、壇城の前にいる信者を接見することを待っているリンチェンドルジェ・リンポチェに恭しく合掌して腰をかがめてお辞儀をして;その後彼女の姑は再び後に眺めると、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を注視し加持している。暫くして、彼女の姑は再度後に眺めると、心の中は呆然としていて、リンチェンドルジェ・リンポチェは依然として彼女を注視して、彼女を加持しているから。彼女の姑の心の中では「非常に悪い」と自覚した。当日の夜眠って寝返りを打つ時、彼女の姑は寝返りを打つ時に、もともとは不良な右足がとても気楽になったことを発見して;夜が明けた後に道を歩く時、再び重い感じがないだけではなくて、右足はすでに杖をつかないほど回復した。この自らの経歴は、彼女の姑にリンチェンドルジェ・リンポチェに大信心を起こした。目下の人とする彼女たちは、再度リンチェンドルジェ・リンポチェの恩沢でカバーされたことを感じさせた。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て、両親の恩を返済する場合、子女とするのは仏を学ばなければならない。彼女たちは自分で更に固めたのは:両親をつれてリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して、父母を連れて一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェのすべての法会に参加して、両親の恩恵に背かない。

彼女の姑はある医師の兄弟子の患者であり、この兄弟子は彼女の姑に、初めて彼女の姑が見える時、彼女の腹は懐胎の10ヶ月の類ように大きく、今になるとただ腹が3ヶ月の大きさしか残らない。彼女の姑の本来の大きな腹は無くなって、これは持続的に宝吉祥漢方医診療所の薬を服用していることため、彼女に10数キログラムやせてさせた。宝吉祥診療所の医師は彼女の姑が別に太っているのではないと言って、水腫である。彼女の姑は絶えずに共修法会に参加して、リンチェンドルジェ・リンポチェの福徳はかばっておりて、本来の首の左側の中にある腫れも、たくさん消えた。この医師の兄弟子は更に彼女の姑に教えて、この腫れを気にとめることができる。確かに、原本はずっと彼女の姑の頚部の腫れを悩ませて、それからやはりもう痛くなくなった。姑はいつも:リンチェンドルジェ・リンポチェが人に「感動させる」と言って、中国語で翻訳するのは「非常に感激する」との意味である。

彼女の姑は2004年4月に皈依した。毎回道場にいる時両足は跪けなくて、上師、仏菩薩を頂礼できなくて、いつも苦労に無理して、膝を曲げて身を曲げただけ。しかし、去年10月中旬以後、毎週に道場で共修法会に参加していて、状況は段々佳境に入った。まず歩い時、杖をつく必要がなく、続いて一人で壇城の前に行って、両膝を床に突いて、伏せて額ずいてリンチェンドルジェ・リンポチェの法写真、諸仏菩薩に頂礼した後、自分が身を起して、席に戻れる。今は家で一足であぐらを組んで座れて、数珠を爪繰って六字大明呪を唱えた。彼女の姑は喜んで「此れは考えられない事だ。」と言った。姑の体と精神状態はよくなっているのを見て、彼たちは不断に心の中に上師が賜った恩恵を感謝している。彼女の姑も南部にいる叔母達にリンチェンドルジェ・リンポチェが如何なる自分を助けた事を賞賛した。二週間前、彼女の姑は南部に帰って、数日間を泊まった。叔母達は情熱に姑を誘って、数日間に泊まらせて、日曜日の法会を暫く一回休みを勧めた時、彼女の姑はすぐ断った。彼女の姑は今自分が安心しているから、おとなしく毎週に道場に行って、共修法会に参加する事を決めた。此れは全てリンチェンドルジェ・リンポチェのお陰で、姑に仏法に堅い信心を起こらせた。

2004年4月皈依して以来、彼女の姑は既にリンチェンドルジェ・リンポチェが六字大明呪を唱えた事を無数に聞いたけど、姑はいつも自分が六字大明呪を唱えられないと言った。嘗て姑は家で孫が六字大明呪を唱えるのを聞いたが、自分の耳に入ると、全く違う字になった。リンチェンドルジェ・リンポチェは今年初弟子に四臂観音簡軌を伝授して弟子達に灌頂した後、彼女の姑はリンチェンドルジェ・リンポチェが自分の頭を叩いて、とても大きい力で叩いた。本当に変わった。現在彼女の姑は平日に家でいる時、暇なら六字大明呪を専念に唱えていた。過去と違って、六字大明呪の六個字、音とも覚えている。更に連続に数遍念珠でも唱えた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗ておっしゃったが、自分が知識を持つと思う人は一番教えに従わない。確かにそうである。彼女の姑は勉強した事がなくて、字も読めないのに、この数ヶ月間に多く変わった。尊勝なる直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェのために、作成された長寿祈請文の第一句、「得難い貴重な勝利者の教法である。」を証した。彼女はとてもリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝したが、彼たちの一家を救済された。また、上師の体は健康、長くこの世に存在し法輪は 常に転じて止むことがない事を祈った。彼女の姑も非常に誠に合掌して、身を曲げて、リンチェンドルジェ・リンポチェを感謝した。

続いて、他の女弟子は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが自分の母のために貴重なポワ法の事跡を報告した。

彼女は始めて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した時は2008年の年末である。そのきっかけは15年間に飼った猫は腎不全で往生した。彼女は愛された猫は病気に罹って苦しんでいる事を見て、彼が死んだ後何処に行くかどうかを心配しているから、非常に悲しくて無力だと感じて、心の中に猫のために助けたかった。当時彼女の親友は寶吉祥仏法センターの皈依弟子であり、彼女にリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁するのをアドバイスした。彼女は始めてリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した時、我慢貢高であり、恭敬心をちっとも持っていなかった。菜食せず、懺悔しなくて、何も行えないのに、傲慢に自分が亡者のために何をして助けられると思った。当時リンチェンドルジェ・リンポチェに大変に叱られた。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示された後、彼女は相変わらず自分を反省せず、リンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏を習う貴重な機会を失った。

2010年6月彼女の母は検査を受けて、第四期肺癌に罹って、更に既に転移した事を発見した。彼女の母は生検を受けた後、泣いて彼女と彼女の兄に言ったが、生検を受けた苦しみは彼女にすぐ病床に死んだほうがいいと思った。当時彼女と兄は未来母が医療及び病気の苦難を受ける事を考えると、心の中に悲しみ、気の毒及び無力など溢れた。親友と共に、彼女は母と一緒に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。リンチェンドルジェ・リンポチェの前に跪くと、彼女の涙を禁じえなかった。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに母の病状を報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の例で開示された。更に彼女に聞いて、医師のアドバイスは何だろう。生検の報告はまだ出てこないから、医師は今後の治療方法などアドバイスしなかった。それで、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に彼女の母に「報告が出て、如何なるするかどうか決めた後、いつまでも私に会える。帰ってから、よく寝て、食べて心配しない。」とおっしゃった。続いて顔を振って、娘として彼女に言って、「どんな事でも母を依頼して、誰の母でもいつか死ぬ。誰でも母がある。」当時彼女は心の中に極めて恥ずかしかった。リンチェンドルジェ・リンポチェのおっしゃった通りに、彼女はエゴに心の中に多くの衆生も苦しみを受けている事を考えない。彼女の心の中の「衆生」とは自分の眷属と身の回りの友達である。

報告は出た後、確かに肺腺癌であると確認した。医師は母に化学療法を受けるのをアドバイスした。彼女の母は考えた後、化学療法を受けないと決めた。その代わりに、ある同様に癌に罹った医師に書かれた本に薦めた「自然療法」:菜食、運動、大願を発す方法を採用した。当時彼女の母は自分が未来に徹底的に生活習慣を変えて、菜食、運動、ボランティアする事をしたかった、彼たちは再びにリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁して、母の決定を報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは「自然療法とは何だろう。」と聞いた。彼女は本に書かれた通りに返事した。「つまり、癌細胞と平和に共存して、菜食して、運動して、大願を発す事である。」リンチェンドルジェ・リンポチェは続いて聞いたが、「大願を発す事は何だろう。」当時彼女の脳に空白になって、いきなり「衆生を利益する事をする」と言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは聞いた後開示された。「完全に懺悔しなくて、自分が病気に罹ったのに、如何なる衆生を利益する事を出来るだろう。過去多くの衆生の肉を食べたのに、癌は如何なるそなたと平和に共存するだろう。帰ってから、懺悔の仏法テープを十回聞きなさい。終わったら、また会いに来る。」また、慈悲に提示されたが、「そなた達を叱ったのはそなた達を加持した事である。母の病気は大丈夫だから、心配しないで。」リンチェンドルジェ・リンポチェは更に彼女に一心に母の病気を考えず、仕事を集中にして、仕事に間違いを犯さない。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持下たに、彼女の母親は半年の良日を暮らした、寒い風に吹かれた時咳が出た以外、お体は一般な普通の人と異なることがない。この故で、彼女と母親は無常を考えず、何時も未来がまだ沢山時間が有ると思った。彼女の母親は法のテープを聞いたり聞かなかったりして、彼女は焦っても自分が親孝行するため、お母さんに自分が好きなことをさせようと思った。彼女は母親の生活起居ことしか分からなく、本当な親孝行する者は仏を学ぶのであると知らなくて、自分がまず法会に参加するのを求めて、母親のため福報を蓄積するのも分からなかった。年末になって、彼女の母親は顔面の神経麻痺か、頭がくらくらするか食欲が良くない状況が現れて、この時こそ、真面目で懺悔のテープを聞き始めた。はじめて聞いた時、彼女の母親の心の中に自分の考えが多くあった。最後まで、彼女の母親テープの中にリンチェンドルジェ・リンポチェのご開示に対して全く投降して、心の中に自分の考えは少しともなかった。自分が全て作った悪業を承認して、深く懺悔をした。彼女の母親の心の中にに尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依するのを決めて、それに法会に参加するのを願った。

彼女はお母さんともう一度上師に面会を申し入れて、慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女ら親子を一緒に法会に参加させて、皈依させた。皈依した後、彼女の母親の乱れた心はやっと頼りがあって安定した。皈依して一週間後の日曜日、昼食は只半分位を取った所に、彼女の母親はお腹が痛いと叫んで、また突然に言った:「仏菩薩!例え我のこのお体がのこっても既に役に立たなければ、我を連れて行こう!我は衆生のため苦しみを受ける、我は衆生のため苦しみを受ける!我は真心誠意である。」案外に、この話が終った後、彼女の母親は突然に目玉が上にめくって、足はちょっとまっすぐすると、筋がひきつって意識が無くしてしまった。僅か短い何秒間だが、彼女に対して、何時間の長さみたい。恩に着て、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持で、彼女の母親は暫くして目が覚めた。怯える彼女は既に救急車を呼んで母親を急診に運ばせた。彼女の母親は泣いて病院へ行かない。道場へ行くのを堅持して、また死んでも道場で死ぬと言った。相弟子の提案と救護係員は彼女の母親が大丈夫と確認した後、ちょっとすこしの休憩をしてから、彼女らすぐ道場へ追いかけて法会に参加した。

母親が倒れたことで、彼女はやっと母親の病状が酷いことに気がついた、母親のため、ポワ法を求めようと思った。彼女と母親と一番恭しい心で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れて、慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ承知して、彼女の母親のため、ポワ法を行い、それに、彼女の母親に下ろさせて、心配させなく、彼女ら親子が感激して涙が流れた。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て加持された、癌症に罹る者は全て殺業、瞋念が重い者だ。彼女ら親子は恥ずかしいと深く感じた。2人の新しく皈依した弟子、なんの供養をしなくて、まだ貪・瞋・痴・慢・疑で日を暮らして、なぜまたあんな殊勝なポワ法を得る資格があるか?彼女の母親も現場でリンチェンドルジェ・リンポチェに、彼女ら親子を弟子として認めるのを感激して、それに、娘がリンチェンドルジェ・リンポチェに連れて仏を学ぶことが出来て、彼女はとても安心したと言った。

皈依した後、彼女の母親は徹底的に過去全て犯した過ちを懺悔した。過去彼女の父親は浮気をしたため離婚する事になって、これら数年間、彼女の母親は父親に対して非常に諒解が出来なくて、心の中に多くの恨みをたまった。リンチェンドルジェ・リンポチェが全て開示されたの用に、心が先病気に罹ったので、お体こそ病気になった。彼女の母親は自分が婚姻の中に犯した過ちを深く検討した、それに、彼女の父親と連絡を取って、お互いに許した。

皈依してから、彼女の母親も輪廻過患を深く体得して、一心阿弥陀仏の浄土へ憧れて、もう輪廻したくない。1回彼女のお兄さんは惜しんで母親に言った:「来世そなたは我の娘になって、その代わりに、私はそなたの世話をする。」母親は兄さんに言った:「我は阿弥陀仏浄土へ行って、もう来世が無い!」

皈依した後、彼女の母親は毎一回リンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れる、供養するチャンスを惜しんで、往生するまで、リンチェンドルジェ・リンポチェは土曜日に信者が面会を申し入れるのを受け取れば、彼女の母親は必ず道場に来て供養した。まだ覚えている1回リンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れた時、リンチェンドルジェ・リンポチェは親切で彼女に聞いた:「そなたの母親はすこし良く出来ただろう?彼女の顔色は来たばかりより大変良くなると見える。」彼女の母親は何時も頭がくらくらして、食欲が良くないため、彼女はこのように答えた:「いいえ、私の母親はまだ気分が大変良くない。」慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェは直ちに彼女の母親を加持した。あれから、彼女の母親の頬は何時までもばら色のようにとても赤くて、気分はどんなに悪くても、顔色は何時も大変良くて!訪ねに来た親友さえも皆すごく驚いた。彼女の母親は確かに癌の末期患者が見えないと感じた。

彼女の母親は毎週の土曜日に供養に道場に来ているが、毎週日曜日の法会で 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェへの供養を怠けている。彼女と母親は上師に手渡しした供養こそ供養だと勘違いしているが、どの供養の機会でも同じく貴重で重要であること。何回か法会時の供養金を持ってくるのを忘れたり、慌てて供養金を賽銭箱に入れ忘れたりするが、はっきり言えば、供養心が足りないそして、分別心があるからである。

二月中旬、彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに、母親を加持していただくようお願いしたが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に微笑んで母親に「何を恐れているのか?上師がいるから、ずっと守っているよ!」と言った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは母親に怖がらないで安心しなさいと言いながら、「娘さんに困った時に、私は彼女を助けるから安心しなさい。」とも慈悲に言った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェからの話で娘のことで心配していた母親を背中に背負った重荷を卸せたように安心させたことを彼女が感謝している。

二月下旬、彼女の母親は流動食でさえ摂られなくなった。検査を通じ、癌細胞が脳に移転し神経を圧迫したことが明らかになった。母親に不具合なところがあるが、ガン末期の患者によくある痛みや水腫はなく、偶にしか左胸の肋骨による痛みがあるだけである。医者をしている兄弟弟子も、彼女の母親は他のガン末期の患者に比べると、ずいぶん楽であったと言った。母親がなくなるまで、モルヒネを使ったことない。痛がりやの母親を痛みで苦しめないし、母親と彼女は上師と 佛菩薩が彼女への恩徳を思い出す度に、感激に涙を流している。

二月の末から、母親はよく吐き気したり嘔吐したりし、最後に胃酸、膵液、更に胃出血の傾向があるようになった。そうすると、彼女は兄と一緒に 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに、母親を一日早く離苦させるようお願いしたが、 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは返すべきものは返すと開示し、母親が不具合を感じた時に、六字大明咒を唱えることと阿奇護法を観想しなさいと言った。上師が母親を加持していた時に、生き生きしている魚が母親の体内にあることを見たから、母親は魚をたくさん食べたかと聞いたら、母親は子供の頃は魚を嫌で食べないから、母方の祖母が魚をスープにして母親を飲ませたものと思い出した。 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは母親によく懺悔しなさいと言い残した。本来は死後、海に散骨するのを望まない母親も、自分に食べられた魚への残債返しとして、意思を変えて海葬にした。

三月五日、彼女の母親は道場に 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに供養しに来た時、何も求めなかった。母親は自分に余命が残りわずかと知り、ただ尊きリンチェンドルジェ・リンポチェをよく見たかっただけだと言った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に微笑み「いいよ、見せるよ!」と、そして 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはすでに母親が往生する日にちを知っているし覚えているから、心配しないでくださいと開示した。同時に、この女性弟子に向け、あなたは泣いてはいけない!と言い付けた。母親は道場を離れるまで、ずっと振り向いて 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを見れないまで見ていた。

点滴を止めたら、彼女の母親はすぐ体力が落ち、意識不明になったりする。母親に意識があるかどうか分からないが、よく眠っているか眠っていないかの時に手を出して何かを掴んでいるようにし、「阿弥陀仏、リンチェンドルジェ・リンポチェ」を口にしていた。阿弥陀仏はとても慈悲で、死亡者が阿弥陀仏の光を恐れないかぎり、阿弥陀仏はいつも手を伸ばし死亡者を迎えていると 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは開示したことある。点滴を止めてから、母親は空で何かを掴もうとする動きがあるほかに、時には阿弥陀仏浄土に行くのを喜んでいるように拍手したりする。

三月22日未明、彼女の母親は嘔吐してから突然にショックした。意識が戻ってから酸素マスクを拒否し、四大分解が始まり、話す力さえ無くなっているのに拍手は続けている。金曜日の施身法法会が始まる前に、母親の手足が冷えているが、暑いと叫び続けている。そして血圧も、血液の酸素含有量も低すぎて器械では測れず、水銀血圧計を使っても心脈が弱すぎて正確に血圧が測れなかった。母親が施身法法会に参加したくて生きていると彼女と兄は知っている。金曜日の午前、冷えていた母親の太ももが急に温かくなり、彼女は母親のそばに「お母さん、今日は法会へ行くよ」と囁いたら、母親ははっきりと頷いた。自分の母親のために、法会の中でスピードを落とし《求生極樂世界祈請文》を三回唱えた 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝している。母親がテキストを見て情緒が激しくなった。 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法会で往生しそうな人を触ると彼らが苦しくなると言わなければ、彼女は母親が亡くなるまで母親の手をしっかりと握るでしょう。

法会が直に終った時に、母の呼吸はとても急ぐ事になった。母はリンチェンドルジェ・リンポチェの加持をもらえたので、多くの医療費用を節約し、しかし、供養を欠けたので福報が足りないで、道場で往生する事が出来ないで、その上、救急車の苦しめを経なければ成らなかった。病院に帰った後に、母は呼吸が急ぐ事になったので往生していった。リンチェンドルジェ・リンポチェの加持の為に、母が往生した時に、彼女と兄は心の中に捨てなかったが、非常に平静し、泣いた事も無かった。彼女は尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェが施身法の後で自分の疲れを顧みないで、すぐ彼女の母の為にポワ法を修めてく、母に中陰身の苦しみを殆ど経ないで、直接に阿弥陀仏の浄土に行った事に感謝した。修法した後に、母のおでこは冷たかったが梵穴が温かたかった。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェからのポワ法を得て済度させられた瑞相である。その上、彼女の母が往生した時に、彼女と兄が不注意なので、医者さんに母の手を動かせて、母に瞋念を起こさせた。幸い、尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェは母の為に修法し、母が往生した考えを知っていたし、或はこの結果を如何に行くが分からなかった。彼女は尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェが母に持続の加持と世話させたという事をとても感謝した。いつも信じない兄さえ彼女に彼はリンチェンドルジェ・リンポチェが母への加持にとても感謝し、母に勇敢で生死大事に直面する事が出来た事をいった事があった。

こちらの弟子も兄弟子に感謝して、彼女とお母さんがまだ皈依帰依していない前に、自分と家族の付き合いの時間に犠牲し、甚だしきに至っては主人のお誕生日の当日、彼女達に伴って謁見して行った。その上、多くの兄弟子に感謝しなければいけない。医療チームの兄弟子は母への激励、医療の協力と薦め、法会する時に母に注意深い世話した。内、外場のボランティアの兄弟子達は毎回母が道場に着く時に、全てとても親切で迅速に母を助けてくれた。組長達は何度も何度も病院へ見舞ったり、電話を掛けたり、母の状況を関心ひた。ある兄弟子は母に数粒の貴重な甘露丸をあげた。また、母の告別式に参加した兄弟子達にも感謝し、赤いベストを着る兄弟子の現れを見ると、心の中に本当にとても感動した。

彼女も尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェに深くて懺悔をしなければいけなかった。此れは彼女が毎回事柄に直面する時に、いつもそわそわしていった。母が法会に参加し、道場に入ったり出たりする時に、供養箱に投げる事が不便で、娘とする彼女は母に代わって供養して福報を累積する事が分からなかった。だから、母が施身法に往生する因縁が足りなかった。それから、救急車と医療の行為は母に苦しめる事があって始めた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが法会に彼女達の事に開示された時に、彼女は直に反省して、錯誤を発見し、その上、「母が毎週の土曜日に供養して行った事がありました。リンチェンドルジェ・リンポチェが忘れてしまいました」と涙を流してつらい思いをさせた。それから、懐疑心を起こした。尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェ母が生前、死後に数を切れない恩徳と助けてを与えた。しかし、彼女が感謝する事が分からないで、その上、上師に懐疑してしまって、本当に恩義を忘れて極限に達した愚痴な弟子であった。彼女も各位の兄弟しが彼女の例を警戒心にすることができることを望んでいて、全ての上師に供養する機会をよく大切で把握する。

尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェが開示されたのように、そなたが最も好まない事がどうしても出会って、そなたが最も好むのどうしても与えなかった。約3週前に、彼女の猫は長期慢性腎臓衰弱に罹って、その上、悪性腫瘍を足したので、獣医は腎臓機能が完全に喪失して治療する事ができないのを宣言した。また、猫に安楽死を私に提案し、それを苦しませなかった。その時、彼女は悲しんだが、主人とするのは同じように受け入れて、直面して、それに伴って最後に一緒に行って、猫が家に静かって去る事を望んでいった。その時に、心の中に、また上師に迷惑をくれた事を考えた事があり、しかし、毎週の土曜日にそんなに多くの病苦の衆生が助けが要って、尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェがそんなに疲れて、この考えを捨てた。然し、5月1日から、猫は腫瘍の圧迫のため、初めて苦しんで息も苦しんだ。猫は自分が一体何処が気分が悪いかを知らなかったので、調子が悪くなって、家に悲しみ泣き叫んでながら、無闇に逃げ回った。獣医は「猫が太って過ぎので、体力が完全に尽かしてから往生して始めて、約3週間ぐらい、甚だしきに至っては更に長くなった。」と宣言した。再度、猫に安楽死を提案した。猫はこんなに苦しんで、この苦しみは3週間以上続けなければならないと思い付いて、役に立たない私の心は再度動いた。必死の頑張りの考えていること「獣医を聞くべきなのではありませんか?猫にこんなに長くて苦しませますか?しかし、此れは殺生ですね!その上、リンチェンドルジェ・リンポチェは開示した事があって、他人に殺させるなら、罪が一層に足す」らかに日曜日にたくさんの兄弟子がやっと分かち合ったことがあった。尊き直貢チェツァン法王は皆にリンチェンドルジェ・リンポチェに多くて休ませて、しかし、彼女はただ猫の苦しみと自分の悲しみだけ考えて、直貢チェツァン法王の指示、上師の疲れと多くの衆生がリンチェンドルジェ・リンポチェに要ることを忘れてしまった。しかし、彼女は依然として電話に掛けて上師の助けてを求める事を申し込んた。組長兄弟子は彼女に道場の兄弟子の経験を分かち合った事に感謝した。彼女はすぐ猫に甘露水に飲ませて、その上、尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェの法写真に頂礼した。段々、彼女の混乱する心が静まって、更に非常に不思議なのは、猫も静かって、もう悲しみ泣き叫び無かった。それから、猫の身体は衰弱したが、ずっと素直にリンチェンドルジェ・リンポチェの法写真の下のところで横たわってあった。彼女は尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェが猫の為に加持された事に感謝し、今日の朝、猫が平静で去って、医者の推算の時間により速くて、多くの病苦の苦しめを受ける事を減らさせた。

彼女は自分の心の中に自分の感じを執着した事を懺悔し、自分は母の愛を懐かしく、猫に対する名残を惜しんで、心の中にまた多くの自分の考えがって、貪瞋痴慢疑を充たせて、リンチェンドルジェ・リンポチェの教導が完全に遣り遂げなかった。私利私欲をむさぼって慈悲心が無くて、最も下根気の人である。彼女は深くて反省し、必ず素直に従って、自分の心と行為に修正させて、教導に従って行って、上師が彼女と母への恩徳に応えた。彼女は尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェの身体が健康で、常住在世、法輪が常に転じる事を望んでいる。

続いて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上がって、ガムポパ大師の教えた3種類の修行者を開示された。先週すでに開示したとおり、「下士」は因果を深く信じて仏法を学ぶことを根本にして、三悪道に落ち込む苦しみを知っているため、悪を断って善を行う修行者である。そなた達が病気にかかって仏菩薩にそなたを助けてことを求めにきて、また衆生の肉を食べたら、このような人は因果を信じない。もし因果を信じる者ならば、自分で多くの事にすべて直面して、受け取ることができて、というのは、すべてが自分が作られたから。自分の生活が順調に過ごしたらよくて、別に仏を学ぶ必要はないと思っていて、これも因果を信じない人である。

そなた達の多くの人は、自分でとてもよくいわゆる授業をして、読経したり、呪文を唱えたり、懺を拝んだり、座禅を組んだりすれば、精進していると思っているが、事実上決してそうではなくて、いやいやながら、そなた達がとてもまめだと言うことしかできない。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前に顕教を修めている時に、とてもまめであり、毎日大悲呪を49遍、心経を7遍、《普門品》を1~2遍唱えて、座禅を半時間組んで;懺を拝む時に、中間には全然休まないで、とてもまめに礼拝した。例えば、梁皇宝懺、千仏懺を礼拝する途中に、みんなが休む時、リンチェンドルジェ・リンポチェも休んでいないで、引き続き頂礼をした。しかしこれはただ人天福報を修めて来世に使うのである。まめは精進と異なって、「精進」はガムポパ大師が2つの字で釈明すれば、専念することである、上師、仏菩薩の教えた方法を聞こえて実行して、専念に集中にして ,自分の考えを持たないでください、したら、 どのようになるのか? どんな利益があるかどか?いつ修め得るのか?これらはすべて思ってはいけない。もし専念まで修行することができないと、そなたはその後に修めていくことができなくなり、何故かと言うと、そなたは誇らしい心を起こすからであり、自分が修めていると思って、福報はあって進歩して、自分がもう修め得て、自分で善行をして人を助けることがあると思っている、そうすると、もうだめである。善事をして自慢する人は、福報を使ってしまうから。仏法の善は出世法の善であり、それは他人に悪を離れて輪廻の苦しみに解脱して助けるような善であり、もし1群の人は悪をしなくて、他の人に悪をしないことにも影響することができたら、これは一つの善事ではないか? 別に皆に教えて、1つ1つずつ他の人に言って、そなたはどんな善事をしたか?と教える必要があるのか。

仏教が中国に入ってきた時、古代大徳はどうして「精進」と訳して、まめと訳しなくて、自然とその道理がある。以前はリンチェンドルジェ・リンポチェはガムポパ大師の開示を嘗て解説したことがあり、精進は専念することであり、上師と仏菩薩の教えの下に専念して、ただ1つの心があり、2つの心がなくて、一心一意に集中して、他の二つの心がない。上師はそなたが何をするかと要すると、理由を探して自分ができないと言わないでください。上師が私の背景を知っていないと思ってはいけない、自分の考えを持たないでください。たとえ、そなたのうわべがとても修行しているみたいとしても、威儀がとても厳粛であり、甚だしきに至っては出家相を現しても、しかしもしそなたの心は生死に解脱することに置くのではないと、精進ではない。一部の人は首に数珠、蜜ろうなどを多く掛かって他の人に自分が居士であることを教えるが、これらはすべて精進だと言えない。

仏を学ぶ目的は何であるか?生死を断ち、生死輪廻の苦海に解脱するのである。仏法は無常を言って、そなたがどのように死亡に直面することを学ぶと、別に今すぐ死ぬのではなくて、死亡はすべての衆生が必ず直面しなければならない一つの事である。もしかするとある人はこの点を挙げて、死亡が一種の常だと思って、仏法の無常という教法に違背して、このような見解は巧弁である。何故かと言うと、衆生は各自の業力で、輪廻の中に落ち込んで、業力は縁により生んで縁により消えて、そのため生死も無常である。最近ある人はある特定な一日に地震が発生することを予言したが、結果の各大手メディアはすべて彼の知名度を高くするツールになり、しかし事も何も発生しなかった。経典の中で、はっきりある事の発生時間を予告することはできなくて、ただそなた達にどのの因をするとどの種類の果報があるということを教えて、因果と因縁で物事を見て、縁がいつでも変わるため、果報もそれに従って変わる。仏を学ぶ修行者はあまり「必ず…」と言わなくて、というのは中間の縁が変わるから。そなたは1つの善因を植えて、善果が熟す前の中間の過程に、もしそなたはもっと多くの善を行うと、加速して或いは善果の出現を遅らせて、悪を行うこともこのとおりであり、中間の助縁はとても複雑であり、人の心がずっと変えているからである。

因果は宇宙の自然法則であり、仏陀の発明した理論ではなくて、もともと宇宙に存在している真理である。仏教は私達が因果を深く信じるように教えて、1人の因果を深く信じる人は、道を歩くことさえとても注意して、うっかりして昆虫、小さな動物などを踏んで殺すことをひどく恐れる。《華厳経》には記載されて、出家衆は道を1歩歩く前に、先にいくつかの偈文を唱えなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは出家していないが、お経の仰った内容を知っている。《地蔵経》は、凡夫は心を起こして念が動くのが全て罪であり業であると諭された。もし衆生の業は固体として計算すれば、虚空がこんなに大きくも置くことができない。虚空はこの宇宙であり、果てがないのである。近代的な科学者も発見したのは、この宇宙が絶えずに果てがなく外に広げるのである。お経は、人のすべての起心動念は全部虚空の中で記録を残すと仰った。人は1つの考えが起きる時、脳の電磁波は発射していく。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの前にテレビで1つの科学的な研究がこの事を説明していることを見た。例を挙げて、1しずくを入れる時、第一個の動作から記録を残して、ずっと動作が終わるまで残す。すべての動作と考えが虚空の中で情報を残して、もし悪口するならば、宇宙の中でも残すのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは最近因果法則を開示していて、ちょうどリンチェンドルジェ・リンポチェにこの番組を見せた。釈迦牟尼仏は2,000数年前に、科学的器具がない時代、すでにこの宇宙の真理を見られて、私達のいわゆる科学は今までやっと証明することができて、だから仏法は科学より更に科学的である。

善因を植えて善果を得て、悪因を植えて悪果を得るため、因果は壊れないから、釈迦牟尼仏さえも成仏した後に9つの難があるのである。釈迦牟尼仏は累世に菩薩道を行っているが、しかし成仏して菩薩道を行う前の因果業力は消滅させることができなくて、やはり同じく天道、人道、畜生道、地獄道まで輪廻しなければならない。仏陀さえ輪廻したことがあるから、ましてわたし達はなおさらであるか。人が六道で輪廻するのは、業力の牽引のためである。今世に人となるのが福報があり、或いは出家相を現すのが福報があると思わないでください。本当にもし福報があるならば、すでに天道に生まれて、人道に生まれない。同じく私達の福報はあまりに浅いため、すぐに終わるかる、供養しなければならない。供養することは金銭の多寡が重点ではなくて、そなた達の心にあって、供養する心がなければ、供養することを忘れる。人の体は業果が呼びかけてきた業報身である。そなたがどんな様子となるか、すべては因果がある。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗てある小児麻痺の弟子に対して分析したように:小児麻痺の果報が前世に道の中央で穴を掘って落とし穴を設けて、人を落ちていかせた後に金銭を奪い去ったことがあるから、この世の体はこのようになるのである。また過去世に他の人のお金を奪い取ったことがあったため、その故今世もお金持ちではない。体が不完全なことはすべて果報のためであり、例えば、聴覚障害、目が不自由であることも果報である。

前世に善を多く行なった人は今世に福を享受した。ある者は自分が好い事を行うのを執着して、相手は自分の助けを得たから、喜んでいる表情が現るから、自分もとても喜んでいるのを執着した。此れは全て自分と相手に輪廻にさせる、それは彼たちは戻って返さなければならない。ある者は貧乏な子供が自分の助けの下、金があって勉強できて大学まで勉強できるから、とても喜んでいる。更に相手は家で食事をして、相手の頭に触って、「大人になった」など言って、とても喜んで安心したと思った。このような楽しい感じはそなたに善を行った福報に消耗された。此れは有為執着の善である。ある人は相手が苦難があった時に彼を助ける。此れは世間の善である。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、そなたは感謝の気持ちを抱いて、相手は自分に善を行う機会を与えるのを感謝しなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェはとても多くの善を行ったが、そなた達は知らないかもしれない。例えば、直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェは毎日真言を唱えて衆生を加持している。しかし必ず迴向している。若し迴向を分からない人なら、善を行って得た善果を執着すれば、そなたを引いて輪廻させて来世にいい日々を過ごせる。

若し福報が足りなくて、そなたは善事を行いたくて、布施の対象でも見つけられない。数週間前ある漢方医は往生して、彼の妻はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁して、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に指示して、薬品を布施させる。結局各医療機構を尋ねて、受ける人はいない。一週間後、彼の妻は再びリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁して、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を通して、順調にこの薬品を布施した。また嘗て有る人は50万台湾ドルの現金を持って、リンチェンドルジェ・リンポチェに供養するつもり。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に金を金なし受診できない人に渡せた。結局各病院に聞いても、得た回答は金なし受診できない人を探せない。それも再びリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁して、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を通した後、やっと金なし受診できない人を見つかって、順調に金を布施した。福報がないと、善事を行えても機会がない。

多くの人は考えるかもしれないが、金を基金会に寄付すれば布施と言えるだろう。言えない。ある基金会は多くのスタッフを雇用しないと、動けない。基金会スタッフの給料は何処から払われるだろう。皆の寄付金ではないか。現代社会に於いて、そなたは毎日金で善を行う時間はないから、最も好い方法は本当の善知識に供養する。それは彼は如何なるそなたを助けて、金で最もいい所に使う事を分かる。若し本当にある善知識を見つけない因縁がないなら、自ら金を助けが必要な人に渡して、その上、誠にこの人に感謝しなければならない。そなたに善を行う機会を与える。実は平日に善を行えている。例えばバスに乗るなど、出来る限りの範囲で人に助けを多く与える。つまり、善を行う事である。まだ多くの人はボランティアをするのは善を行うだと思った。義という字は如何なる書かれただろう。逆に見ると、つまり「我王八」である。義を争うため、うつけとなると、馬鹿になるだろう。中国の先祖は字を作った事はとても意味がある。

昔仏陀は仏法を広めた時、弟子を率いてインド、ネパール、パキスタンなど各国に回って、金銭や権利がある人にあって、彼たちに善を行い、布施する事を勧めた。しかし、基金会を成立していなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏法を広めるのは上師の教えと仏経に従って行っている。だから、仏経に説かない事なら、リンチェンドルジェ・リンポチェも行えない。だから、寶吉祥仏法センターは協会であり、基金会の方式ではなく、社団法人として成立した。台湾の法律に於いて、社団法人は会員しか寄付できない。非会員の寄付を受けない。リンチェンドルジェ・リンポチェも今まで協会から給料を貰えない。此れは仏経に説かれた事に合い、僧団とは僧団自身が支えなければならない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは心から参列者に教誨されたが、せめて此の世に頑張って修行して因果を深く信じることを習えば、仏を習いを通して自分の未来を変える。例えば昔遅刻した信衆に対して、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼たちに入場して仏法を聞くのを同意しない。しかし、先週ある法会に参加した信衆は20分を遅れて、リンチェンドルジェ・リンポチェは特に彼女に入場させた。慈悲に遅刻果報の恐ろしさを開示されてから、彼女に離せた。リンチェンドルジェ・リンポチェは特定な人に向いて対応ではなくて、彼女は誰だとも分からなくて、唯縁に従って済度して、彼女にこれから改めて、自分の未来人生に役に立つ事を望んだ。

最近ある夫婦はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。彼たちは1歳余りの子供があって、眠っている時突然に息が止まった。元々この母だけリンチェンドルジェ・リンポチェに求めたが、加持された後、子供はICUから一般病室に移された。この子供は一般病室に移された後、翌週に家族は全部求めに来た。人はとても現実であり、リンチェンドルジェ・リンポチェが偉いを分かったから。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは子供の父に聞いて、菜食できるかどうか。菜食できるなら、子供を助けられる。子供の父は長く考えても返事しなかった。そうすると、リンチェンドルジェ・リンポチェは「助けられない」と言った。此れは因果を信じない。家で子供は治られない病気に罹ったのは全て両親と祖先の共業のせいで、このような子供を感応して転生させた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に懺悔させないが、唯菜食させるのに、彼は既に断った。だから、助けられないと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは助けたくないと言えないが、衆生は自身しか自分が過去に行った業を転じられて、未来の果を変えられる。

世間に於いて、言われる「事故」は存在しない。全ての事が発生したのはその因果、因縁がある。例えば、数年前ある女弟子はひどい交通事故に遭って、両足の大腿骨とも骨折した。このひどい交通事故に遭ったのは自分と家族の殺業から起こった。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女が事故に遭う事を分かるだろう。勿論分かった。しかし、果報は発生しないと、債を返済できないから。リンチェンドルジェ・リンポチェは更に彼女を助けた。この弟子は上師を敬わないから、皈依してもこの果報が発生した。しかし、彼女は嘗てリンチェンドルジェ・リンポチェに供養した事があるから、事故に遭った時、リンチェンドルジェ・リンポチェはまた最も危難な時に彼女を助けた。

先週ある女弟子の父は高雄で即死する前、この弟子は先にリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを求めず、自分の考えで決めて、道場に大礼拝をしたくて、父に役に立つだと思った。それで法会に参加した後また高雄に帰る。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、道場に多くの人は大礼拝をしているから、独り善がりで拝むと思わないで。人によって因縁が違うから、リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生の因縁によって、異なる助けを与える。その日リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐこの弟子に法会に参加せず、すぐ高雄に帰らせた。その後彼女は正直に言って、当時リンチェンドルジェ・リンポチェが自分に高雄へ帰らせる事を納得できないけど、彼女は教えに従って帰った。その時ようやく気付いたが、帰ったよかった。だから、機会があって、家族にリンチェンドルジェ・リンポチェが父を助ける事を説明した。

この女弟子は報告して、彼女は大変恩に着て、リンチェンドルジェ・リンポチェが助けてくださったお心遣い。彼女は1年を皈依したが、家族は彼女が仏を学ぶ事に対しての考えを気にしなかった。今回家に帰って、父親を病院に運ぶから父親が往生するまで、全部彼女が父親に伴になって、それに父親に恐れないで、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼をいい所へ行くように助けると言った。リンチェンドルジェ・リンポチェが加持した故で、父親は往生した後、顔つきは安祥だ。もともと彼らは母親が父親の往生することを堪えないと心配したが母親はあんなに悲し過ぎではない。彼女の弟も家族がとても平静のを見て、大変リンチェンドルジェ・リンポチェを恩に着た。弟はリンチェンドルジェ・リンポチェに対して信心と恭しい心が起きられた。昨日彼女と一緒に台北に来てリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れて、父親が善道に往生するように助けるのを願って、それに誠にリンチェンドルジェ・リンポチェに供養した。リンチェンドルジェ・リンポチェはある家族でないと知らないことを仰ったので、弟に感心させて、ずっとリンチェンドルジェ・リンポチェが大変すごくて、亡者に尊重すると言った。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに対して非常に尊敬して、リンチェンドルジェ・リンポチェの大能力を見識して、リンチェンドルジェ・リンポチェが父親を助けることが出来ると信じた。それで施身法会に参加する。

リンチェンドルジェ・リンポチェは申された、他人を助けたいなら智慧が必要で、さもないと逆な事になるかもしれない。元来リンチェンドルジェ・リンポチェに未皈依信者の供養は受け取らないが、この弟子の弟は誠に供養したので、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の供養を受け取った。この弟子の家族は本来彼女が此処に来て仏を学ぶことを賛成しない。例えこの弟子の父親は間もなく往生し、彼女は急いで高雄へ帰らなくて、まだ台北の道場に残るなら、是非家族に大変諒解させなく、かえって謗仏の話をした。リンチェンドルジェ・リンポチェの処置はかえって彼女の家族に大変リンチェンドルジェ・リンポチェを賛嘆させて、この修行者は一般な者と同じではなく大変すごいと思った。それでこの弟子は以後台北に来て仏を学ぶことがどの障碍もないようにさせた。リンチェンドルジェ・リンポチェが見たのはとても遠くてとても遠くて、縁によって済度する。この女弟子は順従で高雄に帰ったので、彼女の縁は変わってしまった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは人の違う因縁によって彼らに助けを与える。一冊経文を読んで、誰に対しても1つの同じ方法で済度するのではない。経典の中に1つの物語りを引き上げた。嘗てある寺院の住持は側の小沙彌の寿命が間もなく尽くすのを知った。それで彼に家に帰らせて父母を訪ねたが、彼に寿命が間もなく終るのを教えなかった。暫くして、小沙彌は死ななくて、家より寺院に戻って来た。住持は一目を見て、小沙彌の顔つきが全部変わったのを発見した。それで彼に聞いた、家に帰った時何かあったか?小沙彌は答えた。自分は途中で1つ蟻の巣がもうすぐ水に溺れるのを見て、そうして、あるものを見つけて遮って、水に蟻の巣を流れ込ませなかった。小沙彌は1つの善心で、1つの慈善行為をして、自分の果報を変わった。修行者は縁によって済度する。例え衆生が何か起すのを見られても縁がなければ助けることが出来ない。果報がまだ熟する前、縁もいつでも変わる。だから、修行者はきっぱりとあることが必ずどうなるか言わない。定業になる前全部まだ変わるチャンスがあるが、一旦定業になるとなの仕様もない。そなた達も見た、ある事は以前リンチェンドルジェ・リンポチェは叱ったが、現在かえってしなくて、以前に叱れないことは現在かえって叱ってしまった。ある時相手を追い払おうとして、ある時、相手をちらり見ても加持である。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが人を見る方式をまねないで、リンチェンドルジェ・リンポチェの目つきは加持で、そなた達が真似るなら、相手はそなた達が人をじろりと見ると思われた。そなた達は全て貪・瞋・痴に満ち溢れた心とリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲心と同じではなく、人に与えた感覚も同じではない。

暫くの間にニュ-ス報道にあり、2人の70何歳の老夫婦は息子が借金を返すことを助けるため、免許証が持ってないのに、路の側で露店を出して、結局警察に取り締まられて罰金を取った。ある者は老夫婦が哀れんだと思って、金を集めて彼らのものを全部買った。また、たネットでこの事を書いて、2,000人あまりはネットで連署して彼らを声援して、警察は非人情で、彼らを取り締まるべきではないと言った。これら者はこうして、自分が1つ非常に良いことをしたと思って、これは因果を分からないのである。国家には国家の法律があり、何故法律があるべきか?ル-ルがあるから、例え警察は彼らが悲しいと思って、許して、ル-ルを問わず、それで、以後ある者は自分が年寄りのお母さんを養って、弟は大学に入って、妹は高等中学校に入ると言って、露店を出すことが出来るなんで、そなた達は考えて見て、例え忠孝東路に露店がいっぱいになって、そなた達の車はどう走るか?事なかれ主義の人をしても地獄に堕ちる。実はそなたは彼らのものを全部買っても、彼らの問題を解決することが出来ない、本当に彼を助けるなら、そなた達は彼らの息子の借り金を引き返して、そなた達もきっとしなく、全部口ばかりだ。今日この2人の老夫婦はリンチェンドルジェ・リンポチェに伺いに来れば、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず彼らを叱る。子供は既に大きくなったのにまだ彼らの債を負う?子供は幼い頃そなたが良く彼に教えれば、現在こんな状況にならない、全て自分が引起したのである。

何カ月前1人の信者はリンチェンドルジェ・リンポチェにメールをした。彼は家の近くに一軒の倉庫を建ったが、国有地を侵奪したため、隣家に告発されて、告発される以上、必ずはずすべきだ。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに聞いた、はずさないため役員に賄賂しても良いか。この意味はリンチェンドルジェ・リンポチェは彼のため法を修める。一般な出家衆なら、この人に:そなたは念仏、拝懺を多くすれば、段々変わる。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはそうと思わなく、相手に返信した。先ず国家の法律では、法律の上に本来国有地を侵奪するのは正しくない。また、因果の角より彼に教えた。国有地を侵奪するのが因果によって、盗むのであり、隣家に告発されて、また隣家に非常に感謝するべきで、そなたにもう間違いをし続けさせない。それに役員に折らないため賄賂して、即ち役員を害して、違法して賄賂を受けた。

以前リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗てある国と1つの取り引きがあって、 間もなく出来るそうで、1本毎年純利はおよそ2,000萬の商売だ。最後まで、相手はリンチェンドルジェ・リンポチェにコンミションを要求して、そうして、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの商売をやめた。ある者は言った、政府と商売をするのはとても穏当で、コンミションを彼にあげて、先してまた検討しよう!どうせ此処の政府にあげるのではなく、掴まれない!しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは因果を知って貪念を起さないため寧ろ商売をしない。よかった、出来なくて、案外に、翌年政府は変わって、前の政府の汚職を調査始めた。幸にリンチェンドルジェ・リンポチェは当時にこの商売を断ってさもないとリンチェンドルジェ・リンポチェの会社はその国の内にいなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェの会社が汚職するのではなくても、リンチェンドルジェ・リンポチェもこの事件で多くの面倒を引起した。修行者は因果を深く信じるため、貪欲はない。リンチェンドルジェ・リンポチェは生起次第を修めるので、貪欲を消させて、どんな事にあっても貪欲を起すことが出来ない。

ある世に地蔵王菩薩の母親は子供を生むことが順調ではなくて、生まれた子供は早死にして、13回ともこのように続けた。その後、仏が出て開示されて、これは以前殺業の果報で、彼らを苦しませた。多くの者はある者が浮気されたのは自分が先浮気したから、実はそうではない。眷属が不円満であれば、邪淫したのではなく、殺業に起きられたのである。そなたは衆生を殺して、彼ら眷属を離れさせたので、そなたは眷属の分離の果報を受け始めた。だから、因果を分からなければ、仏法で勝手に他人を訓戒してはいけない。正しくない言い方は他の業と因果を引き起こす。助けが必要者を見たら、彼らを連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに面会をして、自分が勝手に言うのではない。現在ある者は人の先生になりたがって、他人と仏法を言うことが好きで,雑談する話題とした。秘密真言の修行者は全部きわめて慎重で、仏法は実行するもので、そなたの雑談する話題に成らせる物ではない、リンチェンドルジェ・リンポチェは今まで仏法で人と雑談したことがなく、只他人に仏を学ぶことが見事だと教えた。

中士とは声聞縁覚を修める修行者であり、彼らは深く因果を信じて、《四聖諦法》、《十二因縁法》を良く知っていて、彼らはどの因縁がどう来たか、どう断つか分かる。悩みを除くため、深山の中に、人の群れを離れて修める。全ての悩みの因を一つ一つ切る。しかし、衆生と縁を結ばないので、自然に衆生に利益するのが出来なくて、菩薩、道と金剛乗を行うことが出来ない。だから只声聞縁覚を修めるなら、阿羅漢果位しか証得出来なくて、究竟の階段に達ことが出来ない。しかし現代の社会では、声聞縁覚を修めて阿羅漢果位を証得した行者も余り合い易いではない。釈迦牟尼仏も嘗て声聞縁覚を修める行者を称賛しないと仰った。だから、寶吉祥仏法センターは毎年万人済度大法会を催して、全て衆生と縁を結ぶのである。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはこれだけたくさんの弟子がいるのは、累世で衆生と善の縁を結んだことからである。弟子には前世で 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏法を学んだことあるが、よく出来上がってない人もいれば、どれか一世で 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェと縁を結んだが、まだ返し尽くしていない人もいる。だから、 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、自分が借りを返しに現世にやってきたと謙遜に言った。仏経でも、密法修行者が成就したら大勢の弟子が現れると記述しているから、寶吉祥という道場は、法の伝承を謹んで行うし、弟子に行為を改めるように教える道場である。ただ仏法名相を学びたいだけなら、テレビさえ付けたらあるものだから、 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子を欠けていることはない。

声聞縁覚では最大四果の阿羅漢果まで修められ、前500世が分かるが、仏まで修めて初めて究竟を知り、仏様だけ無始以来の一切無明と因果が分かる。仏経でいう「宿命通」との神通力は、一般の人でもちょっとできる人がいるが、前一世か二世ぐらいは見える。ただし、今世で修行しなければ、因果を深く信じていなければ、人を助けれるように修めなかったら、ただ見えるだけで人になんの解決策ができないと、見えたものを言い出すのは人を不安にさせるだけであり、逆効果になる。単なる相手に注意しなさいと忠告したいだけなら、これだけで相手を無事に凌げるのか?相手の力になれなく、自分と他人の差異を知らせたいだけの我慢の心はもっていけない。もし、相手に何かがあると知り忠告したく、相手を災難から暫く避けさせようとしたら、相手に傷害された衆生は誰に借りを返させてもらえるのか?返してもらえなかったら、自然にあなたに来る!自分で見えたものを言い出したが、人を助けられないでいるなら、一年、二年も経たないうち、この話題から消えた人がたくさんいる。この人たちは、山奥へ修行に行ったか、衆生に付き纏われるかである。因果を分からず、因果を深く信じない、因果に基づかないで人を助ける人は、最終的に逆効果になる。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た人の一部は、自分の後ろに何かが付いていると言われたから助けを求めに来たと言うが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはよくあなたに言ってあげた人に解決してもらえと答えている。もし、相手の問題が解決できなかったら、相手を怖がらせないように言わないでおいたほうがましであり、言っても物事に役に立たないからであえる。修行者は衆生を怖がらせないのである。もし、言われた相手が比較的に消極的な人であれば、どうせお終いと思い何もかも諦めておくとなり得る。昔、ある人がある日に籤を引きに行ったら、とても悲惨な籤がもらったから、耐えられなくて自殺する結果となったニュースがある。果報が実るまで、善智識に会って果報が変えられるとは知らないでしょう?神通を羨ましく思わず、神通はただの便利法であって自然となるもので、求めなくてもある。神通は因果業力を変えられなく究竟の方法ではない。

岡波巴大師は無上菩提に到達できる方法は、大乗「波羅密多」の道(或いは大乗「秘密真言」の道)だけしかない。呪文は一尊の仏様、菩薩の功徳、慈悲と願力の集まりである。釈迦牟尼様にも本尊呪があるとは、ここにいる出家衆が聞いたことも無いこともない。呪文を唱えるのは諸仏菩薩の本尊が六道衆生に話すようなものなので、持呪後、衆生に回向するように心がけるべきである。

大乗教法の第二項目に当たる秘密真言の道は、「生起次第」と「円満次第」が含まれる。生起次第を通じ、上等の成就では「双運証悟」と遂げる。中、下の成就では、貪執が収まるようになる。

修行はすぐに達成できるものではなく、上師に教わった通りに着実に実行すべきである。上師にはあなたの因果、因縁を知りどう修めればいいかと教えてくれるから、専念に実行すればいいわけである。生起次第を修めると仏性を開くことができ、仏性が一分増えると無明が一分減るから、絶えず頑張れば、生起次第を通じ空性の慈悲心まで修めたら、修めた福は今世の修行に使えるようになる。

累世の業力は雲のように、あなたが本来持つ仏性の光を遮る。累世では行悪か行善にも関わらず、業力が生まれる。この業力こそ証悟を阻害する原因となり、仏性の光は存在しているが、感じられなくなる。因果業力は永久に存在し消滅することがなく、あなたが植えた因による果が得られるが、修行を通じて仏法を学ぶ道での阻害する業力を変えたり軽くしたり、更に影響されないようにするには、具徳の上師が必要であり、あなたを連れ、教育し監督し、修行の道では一歩でも踏み間違えてはいけない。古人はよく仏法を学ぶには三割の愚鈍が要ると言うのは、知識が溢れ賢すぎ、何事に対してもはっきり計算し、自己保護の意識が強い人は仏法を学べない。何もかも損すればいい?と聞かれるが、いわゆる損という物自体がなく、すべてに因果が付くからである。

唯識宗では意識から修めると言及したが、人間は意識の作用が要らないことはない。もし、人間に意識の作用が起こらなければ、人が死んだと同じ状態である。たとえ死んでも第八意識田は作用し続けているから、密法の修行では意識の作用を放棄するのを要らなく、逆に意識というのを生かしある物事に対する執着によって修行するのである。死とは、肉体の死亡だけではない。この肉体に累世業力が集まり業報身となり、五根六識の作用が存在する。生死を解脱するには、この業報身を生かし、いかに意識の作用に執着しないで、本来持つ清浄本性、仏性に戻し、煩悩を起こさず生死輪廻を解脱できるのかを修める。ちょっとした執着があっても輪廻するのである。座禅の修行では四禅天まで修めても、「私は修行中」、「私には修められた」という意識があると、執着がまだあるから、六道を輪廻する中にあり、生死解脱する境界に到達していない。

密法の修行法門では、累世の修行からたくさんの時間を省くようにしてくれるし、空性そして生死輪廻を解脱する方法を早く修められる。密法は直接に人の心に到達し直接にポイントを教えてくれるが、密法は簡単に伝えないのである。密とは秘密で人に教えてはいけないのはなく、思わせぶりして神秘的に思わせ人と違うように見せるのもない。修行境界が届いていないだけあって、いくら説明しても体感も理解もできないから、密法が神秘的なことであると感じるだけである。会社に例えると、もしあなたが会社の取締役ではなかったら、取締役で知っていることや、決定したことはあなたにとって秘密になるようである。

双運は慈悲と空相を指している。空性の慈悲心まで修めたら、自益益他する能力を持つようになる。どうして悟りを求めるのか?空性という名詞はよく知られているが、本当に体感できる人はどれぐらいいるか?空性というのはすべてが因縁生滅法則による物であり、永久がないことを指す。どこまで修めたかについては、自分で判断するのではなく、修行の経験を持つ証悟した上師によって確認しなければならない。《金剛經》で言う無所往而生其心のようである。

《金剛經》では無寿者相を言う。ここで言う「寿者」は、思われがちの寿命を指す意味ではない。無寿者相というのは、時間や空間に制限されないし分別がないことである。ニュージーランドと台湾のように、時差もあれば空間的な距離もある。これらの制限を突破できなけれえば、 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは数千キロ離れたニュージーランドから、台湾の死亡者にポワ法を成功に修めないでしょう?地球が動くのは人の心が動いているからであり、もし世界中の人が禅定すれば、地球も動かなくなるが、実際にできるのでしょう?できないことである!人の心が絶えず動いているから、時間も動いている。

《觀世音菩薩普門品》では、情欲と嗔恨が強い人は常念恭敬観世音菩薩をするべきと書いてある。上師が教えてくださった生起次第を通じて観想と持呪を続けると、本尊を観想しているとあなたは本尊と清浄な心が一緒になるから、自然に嗔恨と情欲が収まるようになる。観想の重点は自分を本尊の様子に変わると観想するのではなくて、ある人は四臂観音を観想するときに4本の腕を1つ1つずつ考え出すと思っていて、それでは千手観音を修めたら1千本のを考え出すのか?そうではない。観想することは自分が本尊の心と同じ、願力も同じにするのである。収まることは抑えるのとは違う。お経を唱えたり懺悔をしたりするのは欲望を抑えるだけで、抑えるだけならいつか起こり出すことがある。生起次第を修めるこそ、欲望が収まるのである。これも情欲と嗔恨を降伏させる法門である。恋人をたくさん持つのも過去世で情欲が強いことに起因するし、情欲と嗔恨が強いのは地獄に落ちる因を植えるようになる。

「生起次第」により本尊を観想し、我々の本来の清浄な本性が諸仏菩薩の仏性と結んでいて、また、本尊の真言を唱えてから、虚空に無量無辺の衆生に利益する事が出来る。何も止まってこの心を生じて真言を唱えるならば、功徳を生じ始める。功徳はこの世に使えて修行をする為である。我々は常に業障をよく言って、我々がした善と悪が全て業を生じて、此れは我々の修行の道に障碍を生じて、障碍が発生すれば、これ等が我々に障碍に減らさせる事に助けられた。観想を通していないで唱える真言と経典などの福は人天福報で、来世に残って使うのである。

此の時、多くの他の道場に行った男の弟子は「リンチェンドルジェ・リンポチェが開示した内容は以前聞いた事がありません」と話した。もう一人の男の弟子は「リンチェンドルジェ・リンポチェの句数の開示は『金剛経』の重点が言い終わります。嘗て、『金剛経』を読んだ事がありましたが、経典には、『金剛経』を読むと、無量無辺の福を貰えられる事がずっと分かりません。その上、『何も止まってこの心を生じている』も同じです。今日、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞いてから、此れは生起次第を修めるわけで、それから理由が分かりました」と話した。

もう一人10年目出家した女衆は「以前、顕教の教法は仏法を学問を求める方式により勉強します。空性の理論をしりますが、如何に修める事が分かりません。今日、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞くと、空性が本物である事を知っていて、真に修め得る事を知っていて、ただ過程が極めて難しいです。然し、修行する道に善知識の引導が要ります」と言った。第二位の出家の女衆は「自分が知った物を放す事は極めて難しいです。今日、皆はとても福報があって、善知識と具徳の上師に引導を得られます」と話した。第二位の出家の女衆は「自分は何か学問がないで、如何に話す事が分かりません。けれども、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞いてから、心の中に極めて嬉しい事だけで知っています」と引き続いて話した。それから、リンチェンドルジェ・リンポチェのは「これで十分で、法喜を満たします」と開示された。

過去で他の教派の門下に学んだ弟子は下記にて報告した。以前、仏法は三つ種類の量が学んだ事がある。第一は「現量」である。つまり肉眼が見える一切の現象で、山川と大地のようである。第二は「比量」である。空性などの観念である。絶えず弁論いより此れの存在を証明させた。第三は「業果の故」である。此れはとてもとても細かい複雑である。過去、彼はただ『百業経』、『百縁経』を絶えず読んでから体得しに来た。しかし、それらのストーリの時空の背景は全て釈迦牟尼仏の時代の事で、一部の事が現在に体得しやすい事ではなかった。最後、仕方が無いの状況で、経典はただ彼に業果の存在を深く信じている事を教えてくれた。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェの教導により、多くのストーリは全て周りで発生し、リンチェンドルジェ・リンポチェが随意に挙げる例はすべて因果で、その上、全ての事ののとても細かい因果のところをはっきり開示されて、皆に果報の力をはっきり見させられた。此れはとても不思議で、彼に極めて賛嘆させられた。かつて、数位の上師は数位の大成就者に従った事績を述べた事を聞いてから、彼らが大成就者の教導を貰えた事を極めて羨ましいである。現在、寶吉祥仏法センターの壇城の上に、全ては真に仏菩薩で、特に諭される方である。その弟子は此れまで分かち合ってから、参列者もすべて拍手して深く同感があると表して、心の中に無比な感謝した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続いて開示した。カンポバ大師は簡単の2句の話しにより中、下段階の修行を説明し、しかし、遣り遂げる事もこんなに簡単ではなかった。尊勝直貢チェツァン法王の指導の下、また、リンチェンドルジェ・リンポチェの自分の修行の体得で、これ等の内容を開示する事が出来て始めて、自分が修め貰えなかったなら、これ等の話を諭す事が出来なかった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは縁に従って皆に済度し、衆生を助ける時に、立場を設定しどんな結果に着いて、必ず何の状況に至る事を執着する事をしなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェが法衣を着けないなら、誰でも自分がリンポチェが知ってる事が無いで、ただあるお洒落な人を知っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは控えめ人で、異なる服装を着けないし、或は大きな玉を胸の前に着いて、自分が修行者を現れて、他人と異なる事をしない。リンチェンドルジェ・リンポチェは名刺が無いし、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを求めるなら、ただ寶吉祥骨董店まで伝言し、或は特別な状況、或は仕方が無いで必ず名刺が要る事を除いた。尊勝直貢チェツァン法王と尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは普段道中を歩く時、全てとても自然な歩いて、誰か会えると親切を現れるため拱手の礼をする事をしなかった。此れは法王或はリンポチェの身分とする事ではないし、此れは直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェは因縁を深くて信じていて、衆生は直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェに会えれば、縁がある事である。彼達は更に助けを求めに来る事が出来るかどうか、これも彼達の縁に従う。

数日前、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に話って、最近、自分の心に何か思うなら、事が遣り遂げた。直貢チェツァン法王は「そうです。自分も同じです」と話した。直貢チェツァン法王の心の中に、靴下が欲しいと思っていて、結局不思議な10組余りの靴下を届けに来た。普段、直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェの師徒の会話は極めて面白くて、そなた達が思っているずっと仏法名詞を言う事ではなかった。

去年の2010年末、リンチェンドルジェ・リンポチェはニュージーランドへ向いて、ある弟子はある航空会社のマネージャーを連れてリンチェンドルジェ・リンポチェの加持を求めた。此れはこの信衆は長年でうまく治療できない皮膚病に罹って、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼に助ける事を望んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの信衆の患部で吹いた。何ヶ月以降に。この信衆はニュージーランドの弟子に自動的に連絡し、リンチェンドルジェ・リンポチェに報告し、彼が長年に治さず皮膚病が全て治した。リンチェンドルジェ・リンポチェに非常に感謝した。リンチェンドルジェ・リンポチェは下記のように開示した。外国人は仏法を信じにくいで、しかし、この人はリンチェンドルジェ・リンポチェが彼の病気に治したので、彼が言ってはじめた。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェが助けて与えてから忘れて、最近ニュージーランドへ行った時に、この航空会社のマネージャーに連絡して、航空券を値下げる事などを要求しなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは縁を強要しないし、このような事をしなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分が彼の皮膚病に治されることが早目に知っていて、もしそなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェのように吹いてから、真言を唱えて、人々の膚病を完全に治すことができて、そなた達も出で来て上師になる事が出来る。

昨日、リンチェンドルジェ・リンポチェは道場で信衆に接見し、ある信衆はリンチェンドルジェ・リンポチェが加持してから離れていて嘔吐し、その上、全身にこわばった。リンチェンドルジェ・リンポチェはある現場である対応した弟子に昨日の状況を報告させた。この弟子は報告した。その日、信衆はリンチェンドルジェ・リンポチェが加持してから離れていて嘔吐し、急に全身にこわばって動かないで、地に止まったようにである。だから、もう一人の男の弟子は見付かって一緒に彼を支え助けて後に着いて休みたくて、しかしこちらは大衆の体が銅像のようで重くて、彼に移動させないで、そこで、もう一人の男を足して、三人と一緒に支えて、然し、依然として困難であった。その上、この信衆の頭はずっと垂れこめて上げることができなくて、此の時、ある者あリンチェンドルジェ・リンポチェが書いた『快楽と痛苦』の本を持って、本の中にリンチェンドルジェ・リンポチェの法写真があり、この信衆に早目に法写真に見せた事を提議した。その上、リンチェンドルジェ・リンポチェから与えた金剛結を彼の頸に結んた。暫く、この信衆は急に立つ事が出来で、嘔吐もしないで、身体のこわばる現象もすぐ緩和して、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に極めて感謝した。

リンチェンドルジェ・リンポチェの開示はこの例がそなた達に殺業の恐ろしさを教えた。この男は約20歳余り、彼の4歳から、彼は彼の脳に他のものに居た。診察してもらって、医者が「彼の神経錯乱になって、たまに正常し、偶に正常しなかった」と話した。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェの前に跪いて、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼の身に多くの魚に居た事を見て、彼達に何処から来る事を尋ねた。彼達は「金門」と回答した。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の父に、子供の時に、常に彼を連れで海に遊びに行って、衆生に傷害した事があるのでしょうか?彼の父親は「そうです」と回答した。この原因で、この霊を彼の身に20年に付けた。リンチェンドルジェ・リンポチェが彼に加持したので、彼の身に20年余り従った衆生が離れて、然し彼に20年余り従ったので、この信衆が急に慣れないので、身体が強張る反応があった。現在、多くの子女は両親が良くない事をして、両親に代わって大懺悔心を発して、両親がした業が自ずから子供に影響させられた。

寶吉祥仏法センターにはそなた達に加護を求めさせたことではないで、リンチェンドルジェ・リンポチェが真に仏法を教えた。そなた達は真に仏を学びたくないなら、離れてください。一部の人々は寶吉祥仏法センターに来て、リンチェンドルジェ・リンポチェの数回の開示を聞いてから、他人に仏法を説いて、上師になる事を欲しかった。『寶積経』には上師にると20ヶ条件を備える事に記載されて、一つを欠けても行けなかった。そなた達は遣り遂げないなら、本分を守って素直に従う事が十分で、済度して与える事を考える事をしてはいけない。仏を学ぶ事は嬉しいはずで、学ばれれば学ぶほど悩みが多くなった事ではない。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェがお正月に皆に灌頂した事があったので、今日、「生起次第」と「円満次第」を詳しい解釈し、そなた達にこの道理に分からせた。そなた達に観想を伝えた時に話した事があって、増加も出来ないで、減らす事も出来ない、上師から教える事にした行った。歴代の上師の伝承は如何に代々に口伝し、そなた達は素直に従って遣り遂げていく。

2011年5月21日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、午後4時10分から夜10時10分まで、114信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

2011年5月22日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで共修法会を主催して、続けて皆にガムポパ大師の生起次第と円満次第に関する教法を開示された。

法会が始まる前に、ある女弟子は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女を助けた事績を分かち合った。

2009年の年末に彼女が祥楽旅行社の日本法会ツアーのガイドさんとして勤めた後に、他の兄弟子の激励のもとで、リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに行って、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女のその時に入院している父の苦痛を減らして助けるようにお願いして、それから彼女の父が逝去する時に、リンチェンドルジェ・リンポチェに済度されてもらった。この因縁のため、彼女は施身法、日曜日の共修法会に参加することを始めて、更に幸運にもこの世にリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依することができる。今なお皈依して四ヶ月をたって、彼女が受けた尊きリンチェンドルジェ・リンポチェのお世話はとても多くて、本当に短い時間で言い終わることができない。

この間彼女は自ら因果について二つすごく深刻な事を経験して、一つは今年(2011年)5月1日に彼女の右肩がもうすぐ落ちると感じているので、歩く時に右ひじを抱きなければならなくて、落ちることをひどく恐れるから。5月2日に宝吉祥漢方医診療所に診察を受けて、医師に関節の位置をずらしていたと診断されて、すぐ彼女に調整し治療したが、しかし夜になると激痛に再び襲われた。そして、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに彼女の肩を加持することをお願いして、リンチェンドルジェ・リンポチェは加持している過程の中に、彼女が他の人に網の中にある一匹の魚がひっくり返ってあげたことがあるのを見た。これは彼女がはじめて自ら深く因果の恐ろしさを体得したのである。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが加持しているところ、彼女はもういかなる痛みを感じなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て法会に指示されたことがあって、もし加持する時に、彼女に傷つけられた衆生に彼女を許したのではないならば、それでは彼女の手が今後駄目になるのである。彼女は懺悔して、以前彼女は特にニワトリの翼と腿を食べることが大好きであり、完備していないニワトリの腿が食べなくて、今度の肩の病は彼女が食べたためである。

もう一つは、5月16日月曜日の朝、彼女はMRT駅のエスカレーターの上でしっかり止まっていないため、エスカレーターから滑り台を滑るように転落してきた。お尻が多くの階段にも滑り座って、背中の肉と腰椎が直接にエスカレーターの鋭い階段と摩擦してぶつかって、凄く痛いから彼女が立つことができなくて、最後彼女が体をくねくねさせて、エスカレーターの側の壁の隅で駅員が助けることを待った。駅員は迅速に担架と車椅子を持って来て、彼女を担架に横たわらせてみたが、しかし彼女の体が姿勢を変化できないから車椅子に乗った。彼女は駅員が救護人員に連絡する時に、彼女の骨のひびが入る音などを耳にしたことがあると言って、彼女は駅員にに本当に骨のひびが入る音を耳にしたかどうかと確認して、相手は多分あると答えた。地域病院に運ばれて、X線検査を受ける前に、彼女は既に脊椎あるいは腰椎が傷つけたことを判定されたと言えて、しかしX線検査が終わった後に、意外に彼女の骨が大丈夫である!もしリンチェンドルジェ・リンポチェの加持を無ければ、彼女は間違いなく脊椎を断って、すでに病院に入院していて、しかし リンチェンドルジェ・リンポチェの加持のため、彼女に一つも注射せずに退院することができる!彼女は以前はきっと動物を転落させたことがあって、自分をいつも滑って地上に座ったのである。彼女は小さい時を回想して、子犬、うさぎを抱く時、全体の骨を触ると恐ろしいと感じて、子犬とうさぎを高いところから転落させたことがある。彼女が衆生に痛く感じせて、衆生に恐れさせたから、彼女は今痛く、恐れるべきである。

また、彼女背の中に傷はエスカレーター階段の鋭い端にしっかりに切られた跡である。跡は縦筋で、長い筋もあって、短いのもあり、合計十八本である。最も長いのは約18センチであり、短いのは約5センチである。まるで焼かれた肉のように焼肉網の烙印を押された。彼女は自分に傷付かれた衆生に謝って、同時にリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝して、再び彼女に機会を与えられた。若し、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持がないと、彼女の腰椎は既に断たれて、髪の毛もエスカレーターに巻き込まれて、命もなくなるかもしれない。その上、彼女にエスカレーターに倒れたことではなくて、日本の地震に命を失ったかもしれない。同時に彼女も寶吉祥漢方薬診療所の寶円膏を感謝して、彼女の背の中に深く烙印された傷に怪我から、化膿、かさぶたが出来て、最後かさぶたが取ったまで、唯短い五日間である。家族のように親しい兄弟子を感謝して、第一時間に病院に行って、更に家に行って自分を付き添い、自分の飲食を関心して、極めて怖ろしい彼女に頼りがあった。

同時に彼女も発露懺悔して、自分が嘗て無数な衆生を傷付いた。
(1)幼い時、家の隣に多くの空き地があって、彼女の家は小さい動物園のようであり、モルモット、犬、鶏、鴨、ガチョウ、赤目のウサギ、黒目のウサギ、はと、亀を沢山飼って、更に鷲を一匹及びフクロウを一匹飼った。彼女達はこの動物を囲んで、彼達に自由を失って、とても苦しませた。また、人に食べられるかどうかを心配させて、若し飼い主は飼われないと、食事が出来ない。強引に彼達に家族と離れ離れになった。
(2)彼女は嘗て豚肉、牛肉、鶏、魚、海老、蛙、蛇、ターキーなど食べた事がある。
(3)彼女も隣の空き地に水のくぼみのオタマジャクシを探す事が好きだった。たらいでオタマジャクシを掬って、持ち帰った。オタマジャクシを載せた水の中に味を付けて、文旦の皮や洗剤を入れてオタマジャクシを死なせた。
(4)彼女はまた隣人が蛇を一匹枝に吊るして殺した後、皮を取って蛇のスープを煮込んで蛇の肉を食べた。その上、彼女のいとこの家は豚を殺すとき、彼女は食肉処理業者としていとこの夫を手伝って、死んだ豚の足を捉まった。目の前にいとこの夫は包丁で豚の腹を切って、現場で腸も胃袋も全て破れた。彼女も他人に魚を買う事を薦めて、自分もハマグリを売った。
(5)幼い時、彼女は友達と道に小さい白犬を死んだ事を発見した。彼女達はこの犬を助けて、火葬したいから、木の枝を掬って白犬の上に置いて、始めて燃えた。火が燃えながら、子豚の丸焼見たいという言葉を話した。
(6)彼女は嘗てゴキブリ、蟻、蜘蛛、猩猩蝿など小さい昆虫を殺した。

彼女は心から懺悔して、この衆生に謝って、自分に傷付かれた衆生を全て好い日々を過ごして、早めに苦しみを離れて楽を得る事を望んでいる。

続いて、他の女弟子は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは自分の姑を助けた事跡を報告した。

彼女は2005年7月10日に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。その前に母が急に亡くなったから、仏を習う因縁を開いた。また全ての有名な寺に行って、仏を礼拝して拝懺したけど、やはりある善知識が必要である事を思った。(詳細は寶吉祥仏法センターのサイト、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生を済度した事跡第253篇-針路を見失う灯台をご参照)

慈悲な上師リンチェンドルジェ・リンポチェは懇々と教えて開示した下に彼女はポワ法の殊勝を分かった。当時舅と姑は既に年取ったから、必ず舅と姑に上師に拝謁させて、今後殊勝なポワ法を得られるため。彼女の舅と姑はとても節約して、伝統な神を拝む主義者である。つまり、拝めば守りがあると思った。心の中に息子、孫だけ考えて、平日は生死問題に対して、話すのは禁忌だ。2005年10月24日、彼女の舅と姑はようやく因縁があって、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。彼女は扉の外で舅と姑は笑顔して、宝石店を出た姿を見て、リンチェンドルジェ・リンポチェは同意して、未来舅と姑を助けて、殊勝なポワ法を修める事を分かると、彼女は涙を禁じ得なくて、心の中に長くて激しかった。尚更に尊き上師リンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲力を感謝した。同時に彼女も姑の喜んでいる姿を観察した。その後、彼女は舅に拝謁した過程を聞いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは微笑みをたたえて、舅と姑に緊張な気持ちを緩和させて、二人も笑っていた。慈悲で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは今後舅と姑のためにポワ法を修める事を約束するだけではなくて、舅と姑は施身法法会及び日曜日の法会に参加する事も同意した。毎回法会が終わった後、舅はいつもにこにこして、姑も一緒に参加した。夫婦の仲が睦まじいである。しかし、残念なのは一年後彼女の舅と姑は脊椎及びすねの痛みのせいで引き続きに法会に参加できない。しかし、毎年の大法会、第一年目に舅は仕事の関係で参加できない以外、毎年彼達は欠席していない。

2008年12月に彼女は嫁ぎ先に帰る時、 舅と姑は心配そうな顔つきをして、手も足も出ないのを見た、姑は排泄の問題でお医者さんを見に行ったが、かえって肝臓には黒い点があったことを検査されて、病院は肝癌と断言した。舅と姑は相当年を取ったことで手術をしたくないと思った。彼女は直ぐ両親に、どんな事があっても家族皆に知らせなくて自分が焦ってはいけない。まして彼らは1人仏と無二無三の至宝尊き上師リンチェンドルジェ・リンポチェがあった。彼女の舅と姑はまたリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れた時、リンチェンドルジェ・リンポチェは陽射しのようなきらきらした笑顔が現れて聞いた:「ご用は?」彼女の姑は説明した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の姑に彼女は癌ではなく脂肪肝だと教えた。姑はまた「切除」が出来るかと伺った。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の姑に切片しても良いが只穴ぼこだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはまたわざわざと彼女の舅と姑に加持して、それに舅に年が相当取って、記憶力が衰えて事物は若い者に任せると言い付いた。上師はあの頃既に彼女の家の中に混乱な状況を知った。

家に帰った途中に、彼女の舅と姑はもう肩の重荷をおろしたようであったが、姑の表情はやはり少し困った。それは、出発する前彼女の舅と姑は既に菜食して、施身法に参加すると決めたから。この時姑はまだ考えてなぜリンチェンドルジェ・リンポチェは彼らに菜食させることを言わなかったか?彼女は姑にリンチェンドルジェ・リンポチェはどのことでも知っていて、あまり必ず言い出すのを気にしないで、まして菜食はもともとするべきで、菜食することでそなたを褒めるはずがない。

彼女は姑を連れて漢方醫学まで診療して、水薬を飲んでいたあの期間で、毎回相弟子は姑に顔色が良いと褒めて、姑もとても嬉しかった。残念だが、親友皆は諸説紛々で、また遠戚は突然に漢方薬を飲んで急死したことがあって、それに彼女の姑は何でもかんでも信じて、また一軒の病院へ検査に行って、病院は肝癌で、直ぐ入院して治療必要と言って、彼女の姑の気持ちはまた低潮に堕ち込んだ。彼女は姑にリンチェンドルジェ・リンポチェを深く信じて、上師に対して是非信心があらなければならないと教えた。1、2週間を過ぎて彼女は突然に姑の電話があって、彼女は既に一軒有名な大きい病院で切片をして、報告を待ち所と言った。最後に、病院の報告は勿論肝癌ではなく、めったにない代謝の問題に起こられた。彼女は姑にリンチェンドルジェ・リンポチェは只「切片」を言った、もう無意味な醫療をやめて、漢方醫学の保養を持続さえすれば、ますます佳境に入ろうとする。業力のせいかも、その後、彼女の姑は水薬を飲むと吐くため、粉剤を飲む事に変わった。

彼女の姑は本来良くお医者さんを見に行く。1回彼女のため、病院より家に帰って薬を取る時、棚の中に全部薬であり、高血圧、糖尿病、じん臓、心臓狭心症、血糖、眼圧、利水などいろいろ、数え切れなかった。それから一連の核磁気共鳴、レントゲンの大腸の鏡、胃鏡など検査治療であった。漢方醫学の医者さんと彼女はそばで忠告して、姑は現場で耳に入れたが,他人は熱心に名醫を紹介する時、姑の信心はまた動揺した。最後に、彼女の姑は自分が医者さんになり、お医者さんが言いつけた排便が不順調時こそ飲む1粒のベレットは彼女がかえって毎日1粒で、続けざまに7日間食べた。それで、7日目から連続2日間で毎日20何回を排便して、お体はこの破壊を経って、元気に害をした。ある日彼女は親友がくれた鶏のエネルギードリンクは客間に現れるのを見た時、深くやばいと感じた。彼女は姑に鶏のエネルギードリンクを飲まないと言って、姑は口では良いと言ったがやはり飲んだはずだ。今年のはじめ、姑の食事は義理弟に代わって世話する。義理弟が自分で作った杜仲と鶏スープは舅と姑が全て受け取った。彼女は嫁ぎ先に帰った時、舅と姑は隠して彼女を見せなくて、彼女もとても仕様がなく、頭の中に只尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが常に仰った冤親債主は全部家の中にいると浮かんだ。彼女の姑は薬を飲みすぎで、1日24時間を割り当てても飲む時間が足りなくて、その後、漢方薬は1日間2包しか飲まなくて、引き続いて漢方医さんに脈拍を見てもらったが、漢方薬は少しも食べなくて、お体はだんだん悪くなった。

末期彼女の姑はやはり施身法に参加したいが、仕様がなく自主することが出来なくて、行けなかった。二人年寄はまたいつも転んで、しかし無事になって、彼女は大変尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持と護法の世話を恩に着た。この一切の示現は、彼女らを警戒して、当下を把握して、人生は無常で、もう時間をむだにすることが出来ない、よく仏を勉強して、上師を深く信じて、順従するべきだ。

4月17日、彼女の姑は往生した。4月23日、彼女達はの全員が揃ってリンチェンドルジェ・リンポチェに姑を済度してくれる事を祈って行った。彼女達の家族は既に20年余りに如何なる活動を一緒に参加した事が無くて、慈悲深く金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェの大摂受力わけである。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は、以前、姑に修法して与える事を承諾し、でも、彼女が肉食するので、ポワ法を得る因縁が止めて、だから、数日に苦労した。同時に、尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の舅の為に加持してあげて、舅の身体の状態を教えて、心臓、胆の経絡などの部位を注意させた。最も不思議なのは、舅の入れ歯装置わけで調子が悪くて、気まずい言っても、リンチェンドルジェ・リンポチェも諭して、その上、夫の兄弟に糊状の食べ物にて舅に食べさせるて、最初、食感が一寸慣れないかもしれないが、時間を経てから慣れる事が出来る事を薦めた。それから、彼女の甥に仕事の属性と変遷に関して注意はず事を特に提示させた。彼女の主人は施身法に参加する事を伺いを立てた時に、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の主人に仏法と済度の殊勝を開示させた。5月7日、私と娘は再度道場に来て上師に感恩し、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の娘に菜食する事を提示させて、その上、職場で人事の受け答えする態度も開示させた。その上、今回の事件を経てから、家の状況が変われる事を諭した。この一切である事は彼女にとても感動させて、帰宅してから、彼女の舅は漢方医を診られる事を自発的に言って、これは尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェは舅お病状を全て見抜いたわけである。

彼女の姑は睡眠の中左側で往生し、告別式の前日に、彼女、主人、義理の妹、娘と一緒に姑の遺体を見て、しかし、見る時に一寸驚いて、これは姑の口が大きくて開いて、その上、歯を見られた。彼女は遺体が遺体保存用冷蔵庫に保管された時に、姑の口が閉めた事と覚えた。彼女は此れは彼女が甘露丸を舌の下に置かなかったわけのでしょうかと考えていた。けれども、姑は往生してから、数時間に発見したわけで、その時、歯が既に閉めて、彼女は姑の歯を割り始めたくなくて、甘露丸を姑の口に置いて、その上、姑に尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェに観想してください。姑の遺体を遺体保存用冷蔵庫に保管された時に、彼女の姑が口から何を吐いた。彼女は甘露丸を吐かれた事を恐れたので、遺体保存用冷蔵庫に移ったまでにもう一回で置いた。彼女は帰宅した時に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが暫く開示した「そなた達は最も見たい事を見られさせない、そなた達は最も見たくない事をわざと見られさせる」を急に思いついた。だから、姑の口を開いても、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の姑を助けてくれる事を深く信じていた。実は、上師が開示した事があって、それらの瑞相はただ家族に安心させて、その上、信念い深まらせただけである。

彼女の姑が火葬した後、骨灰が白色が現れて、また美しいピンク色があって、頭蓋骨はある丸い穴があった。実は、彼女の姑は長年の患者として、また、こんなに多くの慢性病の薬物を飲んで、骨灰がこれ等の色を現れても、彼女が既に満足した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの福報と済度がないならば、如何にこれ等の瑞相があるだろう。その上、彼女も自分愚かで無知で独りよがりを懺悔し、姑の遺体を遺体保存用冷蔵庫に移った時に、姑の目が血を流れて、鼻を赤さと白さの2行の鼻水が流れた事を見た現象を直に上師に報告しないで、それから尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの体力、時間、福報、智慧を消耗させた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの開示により、それは上師と本尊の加持のに、姑が懺悔して現れた殊勝な赤白菩提の瑞相である事を知って始めた。

上師の加持なのに、告別式はすべて順調で、煩わしい虚礼の儀式がただ家族と友人のために協力して公演した。彼女に対して、最も重要なのは姑が殊勝な施身法を済度を得たのである。彼女達は姑の骨灰を適当な場所に置いて生命記念館を離れた時に、空に少しの雨が降って、甘露法水の加持ようである。

彼女は寶吉祥仏法センターの兄弟子がとても深く幸運だと感じて、全ての事は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが処理し、しかし、弟子達は如何なる困難を共にする解労する事が出来ない、その上、随意にある実修で実証で大証量な修行者に浪費し、真に懺悔した。彼女のおじさんの前妻と義理の妹の義理の妹がある仏教団体で勤めたので、舅を困らせないため、姑の後事もこの団体の附属葬儀社から処理させた。リンチェンドルジェ・リンポチェの威信と名声はその葬儀社でとっくに広まった。

彼女は尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェに再度感謝し、同時に参列した兄弟子に、上師の恩徳に応えるため、全力で直貢噶舉教派とリンチェンドルジェ・リンポチェの事業体と仏法事業を呼びかけた。その上、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの身体が健康し、常に世に留まって、仏法事業が円満して五大洲に至る所に及ぶ事を祈っている。その上、彼女も多くて彼女と姑に助けてくれた兄弟子と告別式に参加した兄弟子に感謝した。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは今日引き続き生起次第を開示された。ガムポパ大師はもし行者は生起次第を修行することを通じて、上等な成就は「成辦双運の証悟」が出来ると開示された。ここで言わゆる「成辦」は、どの事をやり遂げたかを指すのではなくて、仏法の諭すすべては衆生に輪廻苦海を離れるように助けて、永久不変の安楽を得るためであり、成辦は自分に利益して、更に衆生に利益して、いわゆる自利利他、自度度他とは行者が先に自分で生死に解脱することが把握できてから、はじめて衆生に解除を助けることが出来る。

衆生を度するのは他の人に読経を教えたり、法会に参加したり、或いは善事をしたりすることを教えるのではなくて、これらはすべてただ助縁であり、もしちょっとお経を唱えると衆生を度することが出来れば、それでは、リンチェンドルジェ・リンポチェもこのように閉関修行することに苦労する必要がない。事実上、他の宗教も信者に、読経したり、持戒したり、定期的に宗教の活動と善事を行うことに参加するように教えるが、しかしこれは修行するのではない。善事をするのは人として身を処する根本であり、人なら善事をするべきなので、修行することと関係がない。

経典にも諭されたことがあり、もしリーダーは盲人ならば、その他の盲人を連れて象に触りにいって、彼が象の足に触った時、象が1本の柱のようだと言って、その他の人は尻尾に探って、また象が1本の毛がある柱だと思っている。仏を学ぶ時に、もし正しい上師に従わないならば、盲人が象に触るように、1部を全部とみなしてそれぞれ各話を言ってしまった。

仏を学ぶのはきっと具徳な上師の如法な教導、及び次第がある修行がなくてはいけない。市中では今みんなの意見が入り乱れているのはこのように、もしそなたを導いている上師が正しい修行する道が分からないと、お経を唱えたり善事を行ったりすることが修行だと思っていて、自分の体得を信者に教えて、信者がまた自分の考えがあれば、最後は皆はそれぞれ自分の意見に固執して、乱行や悪事を働いても自分のやることが修行することだと思っていて、結局仏法を変てこなものに変える。人に読経をしたり、法会に参加したり、善事を行ったりすることを教えるのは大衆を度すると思っていて、そして仏教という看板を使って、あれは仏に付け加える外道であるので、というのは他の宗教が1日中も彼らの信者にこのようにしなさいと教えるのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェのある弟子の家族3世代はすべて、カトリック教の教徒であり、彼氏も現場で、確かにリンチェンドルジェ・リンポチェが言われたように、カトリック教が信者に、ロザリオ祈祷文を唱えるように教えて、薫りの線香をも使って、十戒をも守らなければならなくて、日曜日ごとに教会へミサに参加しに行って、また園遊会などのイベントを催することは、ちょうど現在世の中で仏教団体を名乗るたくさんの団体のやり方と同じである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは更に開示して、いわゆる自利利他は、自分が修め得た後に、ようやく衆生に輪廻の苦海を離れるように助けることができて、読経して済度することができるのではない。まさに昨日ある信者の父親が往生して、彼は自分で父のために10時間も仏号を唱え続けたが、遺体が依然としてこわばることを発見して、やっと済度するのが市中の思ったように、ちょっとお経さえ唱えれば、もうすぐ済度できるのではないことを知っていて、その故、リンチェンドルジェ・リンポチェの援助を求めに来た。リンチェンドルジェ・リンポチェの出家弟子も以前に自分が亡者のため助念したことがあると言って、しかし、たとえ27冊のお経も唱えても亡者を済度することができない。

禅宗五祖弘忍は衣缽を六祖慧能に伝えた後、ある人が六祖を殺害することを知っていて、六祖がその夜すぐ河辺まで逃げる事を要して、六祖が到着した時、一台の渡し船と1人の船頭つまり五祖に会って、六祖は上師が自ら自分のためで棹を差して川を渡って助けて、とてもきまりが悪いと思っているが、そこで五祖は六祖に、「迷ふときは師度す、悟り了れば自ら度す。」と開示した。そなたはまた凡夫で世の中で見失う時、必ず上師に頼ってそなたを連れて、そなた達に正しい方法を教えて、そなたに輪廻苦海を渡って彼岸まで到着するように助ける。しかしそなたが修行して証悟した後、自ら自分を度して、更に衆生に利益に齎すのである。

仏を学ぶ者の上師はとても重要であり、仏法は上師からそなたに教えてくれるから、上師がいないと、そなたも仏法を了解することができなくて、更に仏法を修習して生死に解脱することを言う必要はない。仏を学ぶのは自分が多くの事を間違って自分が知らないで、上師の教導を通じて徹底的に過ちを改めることが出来る。そなた達の勉強する時はすべて次第があり、小学校、中学校、大学、修士、博士の順序に従うが、仏法の修行は次第に従って修行することではなくて、自分がお経を読んでテレビを開けて、修行することができると思っていて、これも現在仏教界の問題である。

顕教では《百法明門論》を修めて、人に100種類の法を修行することを教える。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの論を読んだことがないが、しかしこれはどのように修行する方法に役にならなくて、ただ常識である。リンチェンドルジェ・リンポチェはの顕教の修行方式を貶めるのではなく、顕教は密法を修める基礎であり、顕教を修めたことがないならば密法を修めることもできないから、しかし、顕教はただ理論を教えて、理論が方法に等しくなくて、もし修行する方法がなければ、顕教の方法を使って成就を得るのは非常に長く時間が必要である。というのは、お経は昔釈尊が弘法している時に、累世に大善根がある阿羅漢に開示したものであり、彼らは聞いて悟りを開くことができて、甚だしきに至っては釈迦牟尼仏が手で1つの花だけ持って、大迦葉尊者は見るとほほえんで悟りを開いたのである;しかしそなた達の凡夫は、顕教の経論を読むことだけを通じて、この一世に成就まで修行することができない。多くの人達が学校で勉強した内容は社会に出て全然生かすチャンスが無いと思っているように、顕教の理論は我々が学校で勉強した理論であるように、そなたは必ずあの学歴があって、その会社はようやくあなたを雇用する。その上、そなたの学んだあれらの理論は、実はそなたが仕事作業中判断する時に使わなければならない道理であるが、ただそなたは気づいていない。

ガムポパ大師はこう開示して、行者は生起次第を修習する中、下など2種類の成就は、普通な貪欲と執着する情結(コンプレックス)を終息することができる。もし顕教の六波羅蜜の修行する方法を通じれば、六度万行もただ貪欲と執着を抑えることができるが、しかし生起次第を修行するを通してようやく終息することが出来る。抑えるのは石で草をしっかりおさえてそれが成長しないように抑えるが、しかし根源を徹底的に断つことができない。もし石を運ぶならば、草はまた再び出来る。しかしあなた達にとって、抑えることさえもやり遂げていなくて、更に平息することを言う必要がない。

ガムポパ大師は、もし行者が生起次第を修習するのを通じて、上等な成就は「成辦双運の証悟」が出来ると開示して。慈悲と空性を証得するのは、口で多く言ったり目で多く見たりすると、やり遂げるのではないて、修行する法門は古来より今まで歴代の上師から口伝されて、もし完全に上師の言うことを聞いて素直にやる弟子ではないと、生起次第を成就することができないのである。もし修行している時に、自分がいつ生起次第を成就するかと考えているならば、これは素直にやっていないので、上師はそなたがこの事を思うということを要求していないためである。いわゆる証得は自分がやり遂げることがあると感じるのではなくて、上師のほうから確認しなければならないから、まるでリンチェンドルジェ・リンポチェは毎回閉関し終わる時に、閉関の過程の中で修行した境界を尊勝なる直貢チェツァン法王に報告して、そして、尊勝なる直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェが修行境界の進展を確認するのである。。

密法を習う人は必ず大福報を具える人である。尚更に上師に百パーセントの恭敬心を持つ人である。そなたは大福報がないと、密法を習う事を問わず、顕教を習いたくても多くの障碍に遭う。上師に完全に敬うなら、絶対に上師と口答えしない。ある夫婦弟子は彼達の娘は高熱を出して温度が下がらないから、ICUに入院した。医師は原因を診察できない。彼達は急いで骨董店に電話をかけて、リンチェンドルジェ・リンポチェに求めて、彼達の娘を助けて加持されたい。当時リンチェンドルジェ・リンポチェは上海にいて、二人の弟子に言って、彼達の娘は死んでいない。また、彼女のために真言を唱え加持した。彼達の娘は間もなくICUから離れた。昨日夫婦二人は娘を連れて、リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼達に聞いて、娘を連れて、多くの老人の所に行ったかどうか。結局この男弟子の父は老人ホームにいるから、彼達は毎週娘を連れて、彼の父に訪れた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼達に行って、娘は老人ホームに行くから、あそこに女の幽霊に悪戯されたから、高熱を発して温度が下がらなかった。また、リンチェンドルジェ・リンポチェは関心に聞いて、何故娘はコートだけ着て、襯衣を着ない時、教師として母はすぐ病院に居た時にこのように着た。この女弟子はこうして口答えした。つまり、上師に敬わなかった。上師は自分の娘を関心している事を一切考えなかった。若し、襯衣を着ないと汗が出て風に吹かれると、非常に風邪に引きやすい。彼女はこのような回答した意味は病院は娘に着せて、彼達は急いで娘を連れて、リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁したから、服を着替えしなかった。医師を信じるなら、リンチェンドルジェ・リンポチェに求める必要がないだろう。昔の人は子供を世話する時、必ず子供に襯衣を着せた。しかし、現在の父母は昔の人より用心に子供を世話しなかった。母として、用心に子供を世話しなかった。彼女は病院で先に娘に服を着せてから出掛ければいい。更にこのような口答えしたのは上師を軽視した。その上、この夫婦は表面的に親孝行して、毎週老人ホームに行って、父を訪れた。しかし、本当に親孝行すれば、何故父を老人ホームに送っただろう。何故自分の家に連れていないだろう。そうすれば、毎日自ら父を仕えて、もっと親孝行するではないか。全てはそなた達は自分の言い訳である。娘は彼達の家に生まれたのはとても悲しい。だから、この二人の弟子は金剛乗の仏法を習う資格がなくて、観音法門の法本を全て回収する。教師と医師は最も済度するのは難しい。執着の心はとても強いから、上師に敬わない。

修行者は慈悲がないと、衆生を済度できない。空性とは修行者が衆生を済度する方法である。所謂知恵である。知恵がないと、衆生を済度できない。慈悲、空性双運の証悟を修めるのは必ず完全に上師に従って、自分の考えを持たない人しかできない。若し、上師は指示した事、そなたは自分の社会経験がかなり豊富と思って、自分のやり方はいいかもしれないなど様々な「我知障」で独り善がりに行うなら、上等の成就を修められない。若し修めないと、唯六波羅蜜の修行を通して、福報を累積して、来世に使う。

そなた達は寶吉祥仏法センターに来て、センターに光明灯塔を設立しなくて、位牌もない。その上、灯をともす時間によって、費用を規定するなど事がない。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏法を広めるのは名利のためではなく、実はそなた達は道場を護持する時、道場の壇城にともした灯を護持した。世間に於いて、ある所は灯をともすと料金を徴収して、尚更に灯塔を設立した。まるで商売のようだ。そうすれば、はっきりに光明塔株式会社を設立すればいい。

リンチェンドルジェ・リンポチェは機会を探して、ある忠告を聞かない女弟子を試した。この弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェがヘアーサロンを経営する事を分かったのに、別のヘアーサロンにヘアカットした。費用はかなり高くて、結果は余り綺麗ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を見た時に、ヘアスタイルがよくないと言って、彼女に一週間の時間を与えて、彼女の反応を観察した。結局彼女は完全に聞き込まなかった。唯今度リンチェンドルジェ・リンポチェが経営している店に行けばいいと思った。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは数人を指示して、彼女に電話をかけて、彼女を責めた。結局彼女は電話を何回受けた後、携帯電話の電源を切って、これ以上この人と話さないと思った。つまり、彼女は怒った。リンチェンドルジェ・リンポチェはヘアーサロンを経営するのは金を稼ぐためではない。この目的なら、このような小さい営業規模を経営していない。また、リンチェンドルジェ・リンポチェは汚れが嫌いから、経営するヘアーサロンも使い捨て紙タオルを使って、非常に衛生条件を重視した。彼女は上師の事業を分かったのに上師の事を心の中に大切に持っていない。責める電話を受けても、はっきりにリンチェンドルジェ・リンポチェの指示を分かったのに、彼女は却って携帯電話を切って電話を受けない。此処から見ると、彼女が傲慢の態度を完全に改めなく、《仏子三十七頌》に説かれた事、修行者はある者に責められた時、貴賓として対応しなければならない。彼女は自分が間違いを分かったが、この前も大礼拝をして、懺悔した。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子に多くの機会を与えて、改めるけど、今回試すと、結局まだ改めていない。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、この点から見れば、この女弟子は密法を習う資格がない。

他の男弟子は先日結婚した。彼は顕教に皈依して菜食して妊娠している妻を連れて、リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。リンチェンドルジェ・リンポチェに求めて、自分の妻を助けて加持する事を祈った。リンチェンドルジェ・リンポチェは加持した後、彼女に聞いて最近ある者から黄色でピカピカな布を貰ったかどうか。彼女はあると返事した。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に帰ってこの布を持ってくると指示された。次回リンチェンドルジェ・リンポチェに這拝謁した時、彼女の家族も一緒に姿が現れた。結局この布は男弟子の義理の父は外国から買って娘に贈ったプレゼントであり、彼女に結婚した時に使うため。しかし、この布は男の幽霊をくっ付いて一緒に帰ってきた。この男の幽霊は彼達の家を傷害する意図を持っていない。しかし、家で幽霊があるから、幽霊の気はとても悪くて、家に住んだ人は徐々に病気に罹って始めた。だから何故にんにくを食べないのは幽霊はとてもにんにくの臭いが好きだから。にんにくを食べることが好きなら、夜になると幽霊はそなたの口側ににんにくの臭いを吸った。男弟子の妻はその後に言ったが、この布を貰った夜に布にある男が自分を押していることを見た。更にこの男は家の犬を悪戯したのも見た。《妙法蓮華経》に説かれたが、鬼衆は犬を悪戯する事が好きだ。だから、そなた達は犬がわけを分からず、不断に叫んでいるを見ると、家は幽霊があるかもしれない。

何故幽霊は彼達を連れて一緒に帰っただろう。それはこの家で仏を習う人は中途半端であり、すべて些細な事で、家で相変わらず因果を逆らって行った。家に仏像があるから、幽霊は入らないと思わない。却って多くの寺に幽霊が沢山ある。それは済度できない衆生は全て寺に残したから。

鬼は鬼通がある。彼は彼女がリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子に嫁になるかもしれない。この弟子はだめとは言え、後ろは有力な後ろ盾がある事を分かって、この鬼に助けを与えるから、従って帰ったかもしれない。この一家はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した時送った日本の贈り物も別の会社の製品であり、リンチェンドルジェ・リンポチェの会社の物ではない。この弟子はこのような心も密法を習う資格がない。リンチェンドルジェ・リンポチェははっきりに分かったが、若し彼達に助けを与えないと、この胎児は必ずトラブルがある。

この弟子は結婚披露宴に顕教の出家衆を誘ったが、リンチェンドルジェ・リンポチェに誘っていない。リンチェンドルジェ・リンポチェは在家者だと思った。リンチェンドルジェ・リンポチェはこのような事を気にしない。しかし、彼達は子供を生むと、リンチェンドルジェ・リンポチェに求めてきた。彼の姉も寶吉祥のクレジットカードをもって、人情にした。全てリンチェンドルジェ・リンポチェを利用した。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に開示されたが、自分は利用されても構わないが、上師の教えに従ってしっかりに仏法を習えば、リンチェンドルジェ・リンポチェは命をかけてもそなたを助ける。しかし、そなたは仏法を冗談として見れば、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたと冗談しか出来ない。

リンチェンドルジェ・リンポチェのある女弟子は南部に住んでいる。家では廟を経営している。当時皈依した時、家ではある反対意見があって、家は廟を経営したのに、何故他人に皈依するだろう。結局家のタンキーは神に憑依されて言ったが、北部に要るのは大菩薩であり、私は唯小さい神なので、同列に論じれないから。結局順調にリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。

仏法はそなた達に知らせて、たとえそなたはとても賢いだけど、そなたより賢い人がいる。そなたは金持ちだけど、そなたよりもっと金持ちな人がいる。たとえそなたはとても美しくても、いつか老人になる。そなたは執着しても、物事は全て変化して、永遠とは言えない。リンチェンドルジェ・リンポチェは一般な出家衆と同じように幼いから出家しなくて、人生に多くの苦しみを経歴した。そなた達は経歴した事はリンチェンドルジェ・リンポチェは全て経歴した。そなた達は経歴しない事はリンチェンドルジェ・リンポチェも既に経歴した。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達が見えて、聞いても分かって、自ら体験してから得た様々な方法をそなたに教えた。そなた達はすぐ出来ると望まないけど、いつか出来ると望んでいる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは今まで人に恋人と付き合えないと言わない。しかし、ある女弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェが特に彼女に指示して、ある男性と付き合えないと言った。結局暫くして、彼女は主動に相手に連絡した。若し、上師が指示した事について、そなたは聴かないなら、他の道場に行けばいい。このような行為だから、密法を習う資格がない。根本十四堕の中に第一堕は上師を軽視できない。上師が話した事を聞かず、指示した事を行わないのは上師を軽視する事である。上師は自然に密法を伝授しない。

上師は仏法を伝授する内容は始めて創立した上師から始めて口伝して、加減しないから、そなた達は従って、自分の考えを加えない。リンチェンドルジェ・リンポチェは閉関修行した後、関房に全ての体験を確実に直貢チェツァン法王に報告した。直貢チェツァン法王に承認された。今後若しリンチェンドルジェ・リンポチェはそなたを聞く時、返事した後上師が正しいと言ったら、正しく修めたという証明である。

秘密真言の道は生起次第と円満次第を含めて二種類の修法がある。その中に生起次第の修行を通して、上等の成就は我々に双運の証悟になれる。中、下という二種類の成就は我々に貪る執着の情緒を抑える。貪るとは必ず財を貪るとは言えない。執着も一種類の貪である。多くの人は心の中にめちゃくちゃな考えが多すぎ、精神を消耗過ぎるから、益々疲れて痩せていて、老けて見える。ある女弟子は始めてきた時、恋の問題を苦しんで、顔色も悪かった。リンチェンドルジェ・リンポチェは元々彼女は自殺したいを見えた。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェに加持されて、暫く皈依してから、今は既にふくよかになった。

ある出家衆弟子は始めて皈依した時、昔の皈依された出家上師が病気に罹ったから、病院に前の皈依師を世話したかった。此れは情に対して執着である。行かないと悪いと思った。そなた達は聞くと、此れは当然だと思った。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に行かせなかった。それは彼女は行っても患者の病気もよくならない。ことに役に立たない。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、幸い彼女は教えに従っていかなかった。教えに従うから、事は変わった。この前彼女の指は訳が分からなくて、皮膚が壊死して骨まで見えた。数ヶ月に治療しても効果は出てこなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を加持して、傷に気を二口吹いた。今はもう治った。若し、当時彼女は教えに従わず、行くと彼女は指を失うかもしれない。多くの時、そなたは好きな事を密法の上師は行わない。そなたは嫌い事を却って行ってそなたに見せた。そなた達は何故道理を無視しないというかもしれない。密法の上師は元々道理を無視しているから。

昨日ある女信衆は夫が癌に罹って、もう転移したから、リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。また、彼女の夫は相当に地位がある人である。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に開示されたが、彼女は夫のために多くの大悲呪を唱えて、彼女の母も《薬師経》を唱えたけど、夫の病状に役に立たない。此れは彼女達は自分の考えで唱えたから、諸仏菩薩の願は衆生を助けて三悪道に堕ちない。彼女達ははっきりに分からなくて、他人に言われてから、独り善がりで唱えて、《薬師経》を唱えるなら、病気に治れる。《薬師経》は心病を治る事を分からない。そなたは慈悲、空性を証しないと、そなたが唱えた呪文、経は唯わずかな福報を累積しただけ。彼女達は多く唱えたから、彼女達に因縁があってリンチェンドルジェ・リンポチェに会えて、本当の仏法開示を得られた。

そなた達は嘗て見えたが、亡者がリンチェンドルジェ・リンポチェの修法を得て済度された後、元々腹水があるのは腹水はすぐ無くなくて、体外に排出したではない。この腹水は亡者の貪欲から生じた衆生である。この衆生はリンチェンドルジェ・リンポチェの空性の慈悲に感動されてから、助けを受けて離れた。その代わりに、若し修行者は能力がない場合、この衆生もはっきりに分かった。世間に於いて、経を唱えて済度した時、幽霊は側に立って笑った。完全に済度を受けず、離れない。それは唱えた人は空性及び慈悲を証しないから、鬼衆を済度する能力がない。

ガムポパ大師は開示されたが、生起次第の修行に上等成就を達した修行者は真実に自分が本尊である事を自ら見えた。真実とは想像して、夢を見る事ではなくて、閉関修行を通して、上師に確かめられた。自ら見るとはそなたの目で見る、観想する時に見る、夢の中に見る、禅を修める時に見る、そなたの阿拉耶識で見る事ではなく、生起次第の修行を通して、我々に元々仏と無別な心、法性、本尊諸仏菩薩の心一緒に融けられた。不断に修めるのを通して、自然に我々の心に元に清浄な本性を戻れる。ある者は観世音菩薩に尋ねて、数珠を爪繰って、何を唱えるだろう。観世音菩薩は六字大明呪を唱えるのを返事された。観世音菩薩は何故自分の真言を唱えるだろう。それは衆生は仏菩薩と同じで皆同じな本性を具えて、同じな成仏の条件を持つから。

自分は本尊を見えると言ったのは全てうそである。そなた達は凡夫であり、法性を証しないと、如何なる自ら本尊を見えるだろう。仏法は説かれたが、仏は来れば仏を斬り、鬼は来れば、鬼を斬る。此れもそなた達の執着を破る。此処とは衆生は具える本性、如来蔵は本尊と無二無別であるのを悟った。

生起次第と本尊相応を通じて全て読んだ呪文は法布施のである。そなた達は現在出来ない。供養の中に法布施で得た福は一番多くて、財施で得た福は来世に使う、多くとも緊急時そなたに使わせる。緊急とは何だろう?即ち生死大事を相対面する時のである。法施までが出来たら、大福報を蓄積することが出来る。修行は一番大きい供養だから、全て得た福は当世で使える。例え密法の成就の行者は自然に良いものを使うことが出来て、多くの弟子が出て、これは福の現れである。

“生起次第”の修習するでは中等成就に達した修行者は、虚空の一切は全て幻化と確定出来る。まるで《金剛経》が説いた、如夢幻泡影のである。この段落まで読んだ時、多くの者はこう思うかもしれなく、あの者の形体は確かにあそこに存在しているのに、泡になるわけがあるか?仏経では述べた一切事物が全部如夢幻泡影で、真実存在するのではなく、変化して行く。このような体得は夢の中にとても明らかに現れる。そなたは夢の中に、一切全部幻で、目が覚めるとなくなってしまった。そなた達は夜だけ夢をすると思わないで、人様は只寝る時夢をするのではなく、仏法では昼間も夢境の中であり、全ての事物は往生するまで全部一つの夢だった。だから、そなたの身に起こった事物は全部因縁生滅法であり、全て空性である。宇宙の一切存在している現象は全部自性であったのではなく、全て因縁生滅によって来て、あまり執着しないで、全部自分が出来た。

昨日ある女信者はリンチェンドルジェ・リンポチェと面会を申し入れに来た、彼女は夫が離婚したいことで、とても苦しいと感じた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の顔つきを読んだ、まだ少しの福報があって、リンチェンドルジェ・リンポチェに遇う事にならなければ、憎み続いて、最後自殺になる。そなた達は情婦と浮気のテレビの番組を見ないで、内容に影響されて、見れば見るほど恨みが重くなる。この女信者はリンチェンドルジェ・リンポチェに合わなければ、このまま続いて、夫が彼女と離婚した後、彼女は思えば思うほど腹を立って、最後すればするほどひどいに憎む,このへ女の仏教信者へもし見るで,仁へ敬ってたくさんのめでたい仁なみが切る,もうこのように降りた そのとき夫は彼女と離婚したあと,彼女は考えれば考えるほど腹が立った,最後に命に関わることが起きる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは苦口婆心で皆にお勧めて、もうあれら小三(中国語で不倫相手の意味を表す)、不倫、情婦と浮気を話すばかりテレビ番組を見ないで、芝居の内容に影響されて、皆に恨みの心をますます重くさせる。リンチェンドルジェ・リンポチェは男信者に開示された。能力がなければ、外で浮気をしないで、能力とはそなたが幾ら体力かお金を持つのではなく、そなたはその一切の結果の責任を取るのである。結果とは家を破って、ちりぢりになった苦しみ、また人が死ぬかもしれない苦しみと指す。リンチェンドルジェ・リンポチェも女信者に申された、眷属が円満するかどうか、全部自分が過去に全てした因果で、あまり執着し過ぎるな。

実は、冤親債主でなければ家族にもなれない。そなた達は一目惚れの対象は、絶対にそなたの前世の敵で、そうでないと一目で好きにならない。そなたは以前殺生の業を犯さなくて、他人の家庭を破壊しなければ、この世にはそなたはこんな果報が得ない。以前そなたは必ず他の家庭をばらばらしたことがあった。人とは限らない、嘗て他の家庭をちりぢりにならせて、それでこの一生、自分の眷属は円満が出来ない。子供はある時木を上がって鳥の卵を取って、ひいてはまた鳥の巣を破ってしまって、これこそ他人の家庭を破壊するのである。そなた達も知るはず、雌の鳥は鳥の巣が破壊されたのを見つける時、全て側で絶えずに悲しく叫んで、そなた達は他人の家庭をばらばらして、衆生も強烈な恨みの心を起こった。南部で養殖業が多くて、そのためこの地区で住む者ももっと多い問題が生まれて、これは全部殺業に起こられた。そなたは嘗て他の家庭をちりぢりにならせる事があったので、この一生、自分の眷属は円満ではなかった。

しばらくの間に1人離婚した婦人は彼女の先夫に殺された。この前彼女はまた一つ相談性質な番組を出て、家の乱暴問題に言及した。即ち家醜を外に揚げて、以前、中国人の伝統により、家醜は外に揚げない、どんな用事でも全てドアを閉めて自分が解決すれば結構である。これは単に面子がないとの問題で、因縁の変化は十分複雑で、そなた達はとても理解しにくいだ。テレビに出なければ、この事も発生しないかもしれない、結局この司会者はまだ彼女の芝居を引き続いて演じて、彼女の視聴率を刺激した。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは必要でなければ、従来テレビに出ない。

ある者は仕事をするなどの原因で、法会に参加することが出来ないと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェなら、台湾にいれば毎週の日曜日は全て法座に昇る。リンチェンドルジェ・リンポチェにとって、世界中に全てのものは全部偽で、只仏法は眞であり、仏法のみ衆生に問題を解決するのを助けるから。リンチェンドルジェ・リンポチェもご用があって休暇を取ると言おう。

ガムポパ大師が開示された、あれら割合に一般な生起次第の修行者は、少し美しい願望を抱くことしか出来なく、本尊観修に似るのをする。中等な成就まで出来なければ、そなた達はやはり法門を修行するとして本尊を観修する。そなた達は僅か慈悲っぶりしたが、修行なしより良かった。

昨日1人女信者は皈依を求めに来て、リンチェンドルジェ・リンポチェが承諾した後、彼女はついで聞いた、自分が皈依する前にどの宿題をするべきか?リンチェンドルジェ・リンポチェは仰った、そなた達の多勢者は全部こういう考え方で、独りよがりで、寺院のように早課、晩課が必要と思った。出家衆は寺院の中で早課をするのは彼らは出家の身分で、この日は出家衆のように暮らすのを注意させる。晩課なら、自分はこの日が出家衆の身分に合致するように暮らしたか反省する。まだ皈依しないのに考え一山で、皈依しなくても良い。そなた達の宿題はまず上師の話を聞くべきのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達が宿題をするとの話が好きではなく、ある者は自分が毎日多くの宿題をして、何時間念仏して、呪文を読む等即ち仏を勉強すると思った。また、自分がこれ等の事をした後、良くないことが現れるべきではないと思った。仏を学ぶことは一番重要なのが表面的にそなたが幾ら時間で宿題をしたのではなく、そなたの考え方が変わったかのである。仏法を毎日24時間を用いてそなたの全ての行い、思想を改めなければ、仏を勉強するとは言えない。現代人は口の中にとても好きに宿題がしたいと言った。上師の話にしたがって読んで、お辞儀して、即ち修行していると思って、結局勉強すればするほど傲慢になった。仏を学ぶのは自分の行い、言語及び思想を修正する事が出来なければ、何時までも素人である。

法会する前にこの皈依して4ヶ月ばかり弟子は皈依した後そなた達が思った良くない事が起こった、しかし、彼女は上師に対して信心、敬う心があるため、彼女に業を大変早めに現れるのをさせて、債を早く返させて、仏を勉強する障碍を取り除いた。また、上師の加持が得たため、彼女に転重軽受が出来させた。

仏を勉強するのは是非一人具徳な上師に従って、次第修行をする。金剛乗の教法では、どの法門を修める前、我らは前行、正行と迴向に分ける。前行とは皈依、発心で、正行は観想を含んで即ち生起次第を修めて、非常に大切だ。ついで本尊の呪文を読んで、また円満次第を修める。円満次第は空性、知恵を修め、最後にやはり禅定が必要である。

此処で説いた発心、発願とは、そなた達が一般な願いを指すのではなく、本当な発願はそなたが出来る願いで、本願は本尊の願力で、そなたはまだ証悟(修行によって心理を体得すること)が得ないので本願があるわけがない。そなたは仏菩薩の果位を修め得ないので、本尊のと同じ願いをするわけがなく、勝手に発願しないで、法本に従って読めば結構だ。嘗てある比丘尼は言った、仏が48個願いがあり、彼女はもっと2個を加える、本当に打誑語である。仏は大変な多くの劫を経験して、法身仏菩薩を証得した時はじめてこの48個願いを起こった、自分が既に出来たとの表れで、それもそなた達が如実修行すれば同じ出来るとの表すだ。また、ある比丘尼は台湾で100万人に出家させると言った。それはまったく出来る事ではない。だから、そなた達は独りよがりで仏教の発明家になって、勝手に願いを起こすのをするな。また、仏菩薩の願いを脅威、恐喝しないで、ある者が願いを起こすのは条件をして、菜食するので、仏菩薩は彼の要求した条件をさせるべき。菜食は大したもんではなく、牛と羊も全部菜食しているわよ!そなた達はまだ入門さえも言えなく、そなた達のような仏法のドアさえまだ入らなくて、只ドアにいるのは、必ず上師、仏菩薩の教導の方式に従って発願して、また願わなければならなく、このようにするこそ仏法のドアを開くことが出来る。

密法は事部、行部、ヨガと無上ヨガ部に分けて、生起次第は事部と行部である。金剛乗秘密真言の教法は生起次第と円満次第二つ観修法門を含んでおる。生起次第は福を修め、円満次第は知恵を修める。

円満次第の修習を通じて、上等な行者は、「即心即仏」を自分の目で見る事が出来る。此処で説いたのは心が本性、法性である。即ち心経の中に全て述べた、不垢不淨、不增不減のである。大手印の中にの無修ヨガ境界を修め得るべきだが、この境界ならそなた達が出来ないので幻想しなくてもいいだろう。しかし、そなた達が出来なくてもやはりちょっと話してそなた達に分からせる。大手印の修行は四つの段階に分けて、毎段階には三つの段落を分けた。専一ヨガ、離戯ヨガ、一昧ヨガ、無修ヨガである。しかしあれら割合に一般な行者は只有為戯論の中に(因縁によって起こる現象無意味で役に立たない議論する)心意を集中するのを練習する。これは第二階段、離戯ヨガの部分である。

円満次第を修習する一般な行者は、有為戯論の中に心意を集中するのを練習しよう。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲で現場の出家衆に申された。昨日ある出家衆は伺った、どのように心を乱れさせないか、これは答えで、--心意の専一のである。

世間の一切は全部有為法で、自性であるのではなく、全て因縁生滅法である。戯論の「戯」の意味は二つがあり:一つは人生一切は全部芝居のようで、始め、終わりがあり、どの芝居でも終わりがある。もう一つは子供はゲ-ムをするように、世間の一切とも全て一回のゲ-ムで、そなた達は幼い頃全部ロールプレイのゲ-ムをした、お母さんはご飯を炊くのを演じだり、ご夫婦を演じたりして、そなた達はあれがゲームをしているのを知った。そなた達は現在も同じで、ゲームをしていて、只現在何時も違う役を演じて、これこそ、もっと真面目で自分の役を演じするべきだ。そなた達は可笑しいと思い、それは只一つの芝居ではないか?リンチェンドルジェ・リンポチェは開示された。一つの芝居にはある者は好い人を扮して或いは悪人を扮して、監督はそなたに何を演じさせて、そなたは悪い人と思って勝手に演じる事が出来ない。例え、芝居が終わっても皆はまだそなたがどの役を演じるか覚えている。良い人は拍手がもらえて、悪い者は叱られる。例え良くない役を演じても、そなたが良く扮して、監督はそなたに主役を演じさせるチャンスがあって、いい出演がある。これら人生の芝居は、監督はそなたの業力で、そなたに主役を演じさせる或いはおろさせるかそなたは事が出来ない。

昨日ある女信者は1人約5才の女の子を連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れに来た。跪くと絶えずに泣いて、4、5分間十分を泣いて、手がまだ続いて彼女のジーンズをこして、5才の若い女の子も手も足も出なくて母親の着物の角を引っ張って、皆は全部大変な惨めなことだと思った。結局あの母親は只娘が不従順で、教え難いのを悩んで苦しむ。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に仰った:そなたは子供から大人になって習慣が全部直すことが出来ないのに、また娘が従順でなかったと言った。彼女はすぐ泣くのをやめて笑って、喜んで娘を引いて出て行った。

例え一般な者があの悲しく泣くばかりの母親を見ると必ず彼女と一緒に悩んだ。しかしリンチェンドルジェ・リンポチェは既に出来た:心念を集中させて、外境に影響されないので、あの母親の気持ちに影響されなくて、ずばりとあの母親の問題の要点を捜し出した。自分が子供から大人になるまで手が絶えずにズボンを拭く習慣を直さないのにまた1人の5才の子供が直すのを希望して、彼女にすぐ分からせて、彼女に一番直接の助けを与えた。まだ証悟できない法師ならあの母親に多くの呪文を読むのを勧めた。しかしあの母親は既に娘が教え難いと感じて、心がとても悩んで非常に耐えなくて、どう落ち着いて念仏するか?そなた達は他人に対して辛抱がないのは自分が害を受けたと思ったのである。そなたはまだ空性を証悟出来ないので、自然に彼女の問題を知る事が出来なく、彼女に執着をおろさせて、もう自分が生んだ娘が必ず従順するのを執着しない。彼女は執着をおろしたら、彼女ははじめて彼女の娘に対して辛抱があった。

皈依したばかり女の弟子は生前に懺悔しなかったが、彼女が上師に完全に信じて、往生する前に懺悔心を起こして、自分の執着を打破って、離婚した主人と自発的に連絡してお互いに許して、二人の恨みを解消させて、この事件を此処まで終らせて、或は、彼女が去る時に、絶対にこの事を気にかけ始めて、順調い往生する事が出来ない。その上、二人に影響させて再度輪廻をし続けていた。

人生は芝居のようである事を知っているので、他人は私に良くて、私も他人に良くて、他人は私に良くないなら、私も他人に良い事が要り、そうすると、自分の来世も良くなっているわけである。円満次第を修める行者は自分の全ての思想をはっきり検視しなければならない。これは人生が芝居のようである事を知っている。自分の心にもっと一心させて、芝居に従って起きて下りる事をしてはいけない。円満次第を修める最後の階段は禅定が要るので、心が一心しなければいけない。からだ、順番に円満次第を修めるならば、外境に執着する堅く心結も解ける。

修行者は慈悲と空性双運がないならば、冗談を発生して行った。ある信衆は彼女の子供が結婚する事を待ち望んでいたが、お金が無いので結婚式を行われないので、ある女の出家衆に布施してくれる事を祈ってしまった。この女の出家衆は与えるかどうかのでしょうか?与えないならば、この信衆はそなたが慈悲ではない事を言えるかもしれない。

ガンポバ大師は下記のように開示した。大乗波羅密多教法と大乗秘密真言教法は両者の間にどんな相違が存在しているのでしょうか?ある考え方は「大乗波羅密多教法の修行者は『共相』の道理は相手とする」である。具体的に言うと、彼らが論理的推理と道理の路線にて分析し、『外境遠離』、『一』、『多』のような立論により、外境に破壊させて、それによって、外境を『空』に作成させた。

仏法の実境は「体」と「相」に分けて、我々が知っている全ての宇宙万相が全部で外境で、この相が自性の存在ではない、因縁生滅の故に生じさせた。顕教の修行方式は、この外境が意識により来る事を知っているので、これを排除させてこの外境に離れられて、本来の真実的な本性に回復するわけである。リンチェンドルジェ・リンポチェは、ある多年で顕教を学んでいた弟子に大乗波等密多教法の修行の教法を説明させた。

こちらの弟子は、嘗て顕教を学んでいた時に、常に論理的推理と道理の路線の分析を使って、仏経にて記載された境界が出来る事を弁証し、得るのは共相で、これらの方式により空性を弁証し、日常生活に見える品物を利用して、例えばコップ、椅子、いくつの論争の方式によりそれを空性である事を証明させた。しかし、如何に論じても、自ら空性の境界に体得する事が出来なかった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは下記のように開示された。昔、宇宙に多くの人々が知らない現象が存在する事が科学機械にて証明できない折、普通な人々は仏経で諭す「外境遠離」、「一」、「多」を難しく理解した。これは、嘗て分子、原子などの科学的な名詞が無いので、仏は縁生縁滅と因縁法に基づいて当時の民衆を開示させた。現在、これらの科学概念があるので、我々は自分の身体が実は多くの分子により組み合わせてなる事を知っていた。だから、仏法は実は科学の先端で歩いて、科学によりもっと科学のである。

テーブル或いは椅子も出来で、異なる国のテーブル或いは椅子が作った形がある程度の差異があって、これは相の違いである。しかし、如何なるの国の椅子でも、体が同じである。つまり、同じシステムがあって、因縁は樹から、人が樹を切って作った。そなた達は机は一つだというのでしょうか?違う。そのうちには多くの分子と原子から組み合わせるのである。つまり多くのである。一体「一」或いは「多」のでしょうか?そなた達が理解できる事により、ある男女は関係が発生する時に、多くの精子を突進していって、しかし、1粒の卵子だけがあって、が、一つの精子だけで卵子に入られた。この卵子が授精する卵になる時、分裂して分裂し、最後人間になって、これは「一」或いは「多」のでしょうか?

顕教は外境の修行の上、二つの流派に分けた事があった。一つは「有る」と思っていて、有部、そなた達が見える事は真に存在し、例えば山を見れば山である。もう一つは「無い」と傾いて思っている。見えて聞こえるのは真に存在する事ではない、例えば山を見れば山ではない。だから、禅宗には「参話頭」の修行方式があり、例えば「誰が仏を唱えるのでしょうか?唱える方は誰でしょうか」を参する方法である。多くの人々は「執空」の修行方式により修行し、空を執着し、一切が空と思っていて、結局「頑空」に落ちてしまって、真に仏法の空性を体得して悟る事ではなかった。『寶積み経』に記載された。竜樹菩薩は「中観論」を紹介してくれた。中観論の修法は外相を観るが両方に下りらない、有ることではないが無いこともではいし、一ではないが多もではないし、却って中道を以ってそれを観る。しかし、金剛乗の方式は中観論と違って、完全に内から心を観た。当年、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に中観論を読むかどうかを伺いを立てた事があった。直貢チェツァン法王の開示は要らなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェはその時に、直貢チェツァン法王がとても慈悲で、中観論を読む事を要らないと多くの時間を節約する事が出来た。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェが大手印を修めた時に、このようではないと知っていて始めた。実は、とても苦労して修めて得られた。上等の成就は大手印の無修瑜珈の境界、内から修めて、外に求めてはいけなかった。心の中に本来仏性があって、外を信じて仏に求む事が要らなかった。しかし、そなた達はこの境界に至らないので、他人に「あなたが修める事は要らない」と無責任に言ってはいけなかった。

大乗波羅密多の教法は理論の方式により説明する。「大波若経」は「大蔵経」の中に多くの篇章を占めて空性を説いた。当年、釈迦牟尼仏は多くの時間を使って絶えず空性を説明し、何故のでしょうか?これは人々は目、耳、鼻、舌、身、意という六賊により外在の現象を感じていた。我々の目、耳、鼻、舌、身、意は外境の仮相を影響させて仮相を生じし、だから、心に仮相が仮と知らせて、これは極めて困難である。我々は執着がある時に、外境だけで執着する事ではなくて、そなたが自我の感情を執着する事も含めて、ここの情けは男女の感情だけではなくて、全てそなたに苦しませた。これは外境に執着するので、悩みを引き起こさせて、悩みがあるので苦しんで、苦しみので絶えず六道に輪廻してしまっている。

釈迦牟尼仏は何故空という言葉をこんなに多くて時間に掛かって説くのでしょうか?これは当時の縁がある衆生に聞かせて、それらの衆生の程度により理論できる方式により教導してあげて、だから、絶えずずっとずっと言うと言わなければならなくて、衆生が理解できる事を望んでいる。例えば、現在、科学も段々に多くの声が私達の耳が聞こえないで、一部の色と光を見えないで、一部の味が嗅がないを証明させた。釈迦牟尼仏は2千年余り前に、これらの宇宙の現象を自身が既に修行してから体得して悟れて、しかし、その時に、科学機械がないで証明する事が出来ない、だから、仏は当時に人々が理解できる経験により空性を解釈してあげた。

大乗波羅密多の教法で、六波羅密の修行法門は「忍(我慢する)」事を修める事が要るし、我慢するのはただ良くない事を我慢するだけではなくて、一切にそなたが感じられる事が全部我慢してはいけない、「人々が我慢できない事を我慢してはいけない」という事で、一切の衆生の需要が我慢する事も含めて、多年以来、毎週、こんなに多くて違う人々がリンチェンドルジェ・リンポチェに助けに求めて、実はそれらの問題だけで、然し、リンチェンドルジェ・リンポチェは毎回数時間に掛かって、一人一人を聞いて、頭から最後まで謁見者にこれなりの因縁により仏法の助けを与えて、我慢できないと、如何に外在の影響を受けないのでしょうか?空性の慈悲心を修めないなら、如何に「人々が我慢できない事が我慢する」事を遣り遂げるのでしょうか?如何に絶えずに衆生に助けて続けているのでしょうか?

罵られない者を辛抱することができなくて、ここに来ないでください。金剛乗の上師が使う方式はそなた達が理解出来ない。そなた達は顕教の上師に尋ねて、彼たちはリンチェンドルジェ・リンポチェの方式のようではない、そなたに罵らない、然し、相対に、そなたに助ける方式はこんなに早目に効は果を見える。例えば発熱した子供に加持し、直ぐに効き目が出て退院することが出来た。実は熱が出来る事も偽で、縁により起こして、消える事もあった。もしこの子供は寿縁がないなら去ってしまった。もし寿縁があったら、自ずから他の縁起があって彼に助けてもらった。

大乗波羅密多の方法により現代の社会に一寸面倒をかけて、例えば、そなたが出勤して途中で急に動かないで入定する事を言ってはいけない、全ての稼ぐ給料を全部布施する事が出来ない、だから、大乗波羅密多の方式によりもっと多くの時間に掛かった。しかし、秘密真言の教法は直接に目指して、急所をずばりと言い当てる方法のである。大乗「波羅密多」の教法が良くないと思ってはいけない、密法を学ぶ事は必ず顕教の基礎が要るし、基礎が堅くなると続けて前向けて、そなたが学校で教育を受けるのように、顕教を学ぶ事は基礎を建てるのようである。一部の人々は社会人になってから、仕事で使う事を学校で学ぶ事を違うと感じていて、学校で学んだ事が無駄と感じている。実は、役に立つ事で、そなたは仕事の理解力と学習力の中ではっきりと現れてきて、基礎が良い人は仕事が上手く処理する事が出来る。

大乗秘密真言教法の修行者は、彼らが決して外在の「所執之境」を多すぎる審査と分析をしない、ただ「印定」の方式により、直接確認する事を行った。「寶積経」には菩薩道を修める法門を多くて説いて、この中に「一」を修める事ではないし、「多」を修める事もない事があった。竜樹菩薩は中観の修行する方式を説いた事があるけれども、直貢噶舉派の大手印の禅定修行が心を直接指して、完全にそなたの心の中に修めて、外相を経由して修める事ではなかった。密法の行者は心の中に内観を観える事が遣り遂げると、外境の影響を既に受けら無かった。金剛乗の上師は少なくとも初地菩薩の果位を認めた。

外道の禅定と仏法の禅定が異なる。一部の人々が入定する時に如何なる考えがない事は入定だと思っていて、一部の人々が座禅を組む時に、目を閉じる事が好きで、一部の人々は音がない環境に修める事が要る。そなたが深山に居ても、そなたは依然として風の吹く音を聞こえて、皮膚の感じを感じられた。もし音がない条件で入定がやっと出来るならば、たとえ真空に居ても、そなたは依然として音を聞こえて、自分の心臓、血液、脈拍の脈打つ事を感じていた。

観世音菩薩は「耳根円通」の法門を修めて成就していった。聞所を作用を生じないと、自ずから聞尽の境界に至る。ただ人として、必ず五根つまり目耳鼻舌身の影響を受けて、感じを生じると何か執着が有ったら世間に輪廻して行く。「所」は五根の情報を受けるところで、だから、目の所、耳の所などがあるわけである。「能」はある力で、そなたの神経に作用を起こさせて、現代の言葉により、そなたが音を聞くと、この音をそなたの耳の所を伝えて、能の作用を起こして、聞く神経が反応を生じ始めて、そなたに音を感じさせた。我々の心が生じさせる能に作用するかどうかを決めて、もし間違って修めて生じる作用で能を生じさせない、そなたの神経を作用できない、そなたに影響させない、それから入定が出来る。心が如何に所に作用させないのでしょうか?空性を修めえなければならない。真に入定は如何なる音を聞こえないのではない、却って所に作用を起こさせなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは毎回定に仏法を説いて、入定にいても同じように説いている。

凡夫は所の変動なので、心に動かせて、それから、目耳鼻舌身に反応させた。心の法性を現れて所を影響させないと、生起次第と円満次第を修めなければならない。このように修めると、所が動く時に、心が空性を生じて動かず、そうすると外境の束縛を受けないで定境に入られた。大定に入る事は何年かの長い時間に入定することではない、1秒でも虚空の中に1百年と同じである。大定に入る事はそなた達と思っている外部が断絶する事ではない。大定に入る事は心がとても明るくて煩わしいものがなくなる。もし明るくて煩わしいものがなくなるがないなら、木と同じ感じがない。もし自在で入定と出定が出来ないなら、自我と外在にはっきり分別できないなら、大定に入る事ではない。そうすると、外道の入定で、仏法の入定ではない。そなたが思っている心が動かない反応ではない、もし、心があそこに止まって反応がないなら、仏菩薩が心が動かないなら、如何に衆生の苦しみにより慈悲深く済度するのでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェがインドにいて、上海にいて、こんなに遠くても台湾の衆生に修法して加持することも出来で、この事が遣り遂げると、生起円満次第が成就する事である。

リンチェンドルジェ・リンポチェが開示する時に、時には目が動かないで、これは入定するのである。入定しても、開示の法語を絶えず説く。これは法性により仏法を開示し、法性にて開示しないなら、自我の意識により仏法を説く。一部の人々は仏経を開けて、これは自分の意識を使った。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏経を開けてただ綱要を見て、或いはテーマを読んでから、絶えないで諭す事ができる。

今日、開示した内容は比較的に深くて、聞いてかわらないでも構わない。聞いた事があったらこの縁があり、後で修めえると、リンチェンドルジェ・リンポチェが今日開示した内容が体得する事が出来た。今日の開示はそなた達が分からない分けがこの境界を至らないで、しかし、そなた達は聞いた事があるので、この縁を起こして、未来証した時、リンチェンドルジェ・リンポチェが嘗てこの境界を開示した事を覚えだした。密法を修めて得る人は普通人ではない、命が要らない人が修めて始めて、無理で学ぶ事をしてはいけない。密法を修める弟子は自分の考えが少しでも出来ない、上師に完全に投降し、簡単に言えば、命が要らない者は密法を学んで始めた。だから、そなた達は一日中にリンチェンドルジェ・リンポチェに従う事を思ってはいけない、これはとても苦労でした。

2011年5月25日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥仏法センターにて、「上師供養法」法会を主催して、参列者が日本人の皈依弟子1人と信者10人、インドの信者1人、台湾の信者8人と皈依弟子152人を含んで、合計で172人がこの法会に参加した。

リンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示された。今日は皆のため修めるのは「上師供養法」であり、この法はチッベト仏教密法の特殊な法門であり、顕教では修めていないのである。顕教とは今台湾、日本の普通な人が仏寺に行って接触する仏教である。日本では、実は密法があり、東密だと称され、唐の時に中国から伝わってきたのである。チベットの仏法は唐の時にインドと中国からチベットに伝わって入ったので、チベットの交通があまり発達していなくて、当時に多くの修行する成就者が現れたから、その故にチベット仏教は完備する顕教と密法を保存している。チベット仏教には四大教派があり、紅教--チベット語で寧瑪巴(ニンマ)を称し、白教--チベット語で噶舉(カギュ)を称し、黄教--チベット語で格魯(ゲルク)を称し、花教--チベット語で薩迦(サキャ)を称す。その中で歴史が比較的に悠久なのは紅教と白教であるが、しかし普通な人達はチベット仏教を言うと、ただダライラマだけを知っている。実はダライラマはただ黄教だけを代表して、第5世ダライラマから同時にチベットの政治と宗教を掌握したのである。

噶舉(カギュ)派の「噶舉(カギュ)」とは口伝という意味であり、すべての噶舉派の教法は全部上師が口伝してはじめて修行することができる。直貢噶舉教派は祖師 ジッテン・サムゴンが創られたので、既に830年の歴史がある。ジッテン・サムゴンはお経の中にも、十地菩薩以上の果位まで証得できるという予言があり、菩薩は登地--或いは「初地」から、二地、三、四、…十地まで分けられる。

ジッテン・サムゴンの上師はパクモドゥパであり、パクモドゥパの上師はガムポパであり、ガムポパの上師はミラレパであり、ミラレパの上師はマルパであり、マルパの上師はナローパであり、ナローパの上師はディローパである。その中、ディローパとナローパはインド人であり、マルパは顕教と密法をインドからチベットに持って入ったのである。

今日修める上師供養法は、上師の配慮に感謝するだけではなくて、日本寶吉祥仏法センターの開光3周年である。上師供養法を修めるのは、第1は衆生に福報に累積するように助けることができて、福報が寿命、健康、財産、眷属、社会地位及び尊敬されることを含んで、今の福報はそなた達の過去にした布施供養により得られる。福報は金銭のように、ある日に使い切るので、人は意外事故、死亡、天災に会い、実は福報は使い切ってしまって、そのため絶えず機会を探して福報に累積しなければならない。次は、上師供養法を修めたら、衆生に仏を学ぶ障害を取り除くことができて、第3は法会に参加する衆生が悪事を行った果報を軽減して甚だしきに至っては消滅させることができる。

現在リンチェンドルジェ・リンポチェは台湾に於いて皈依弟子は既に1,100名に達して、リンチェンドルジェ・リンポチェに従って信衆も十数万人である。日本に於いて、信衆はまだ多くないけど、それは日本人は外来の物事に対してなかなか受け取らないから。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは諦めなくて、たとえ1人や2人の信衆は仏法を習いたいなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは生きている間に引き続きに日本で仏法を広めている。

そしてリンチェンドルジェ・リンポチェは上師供養法を修め始めた。法本の中に始めの祈祷文はそなたに怒った敵、そなたを傷害した魔及び一切の障碍は全て暫く止まって、そなたに法会に参加する事を影響させない。続いて、衆生を代表して、諸仏菩薩及び上師に皈依し、尚更に生々世々の皈依である。それで発願して、諸仏菩薩の願力は全ての衆生に苦を離れて楽を得るためである。楽とはそなたは多くの酒を飲んで、美味な魚或いは多くの牛肉を食べることではなくて、輪廻の苦を離れる。そなたは自分の楽を追求したが、他人は楽しくないと、そなた自身も楽しくない。そなたは自分の楽のため、衆生を傷付けて、衆生の肉を食べた。現在の医学も証明したが、肉を多く食べる人は癌に罹りやすい。誰がチベット仏教では肉を食べられるだろう。本当に仏を習って修行したい人は命がある生物を食べない。仏を学ぶのは慈悲を学ぶ事である。慈悲がないと仏法がない。肉を食べるなら、慈悲を修められない。この発願は菩薩道の精神であり、菩薩道は在家修行者に合う法門である。

この祈願文を唱えれば、効果があるかどうか。確かにある。先日リンチェンドルジェ・リンポチェははテレビにある科学の番組を見た。科学者は機器を通して計って、既に人類と動物に関して、全ての動きは宇宙の中にメッセージを残すのを証明した。若しそなたはいい考えがあれば、いいメッセージを残して、いい結果を得た。若し悪い考えがあれば、悪いメッセージを残して、悪い結果を得た。此れは因果である。仏法は科学より先端であり、そなたは祈願文を唱えて、いい考えがあれば、必ずいい作用を起す。いつか結果が出るかどうか分からないけど。仏法は今だけ見るではなくて、そなたの現在、過去及び未来を見るから、我々は一切の衆生に苦しみを離れる事を発願する。

リンチェンドルジェ・リンポチェは修法の過程に唱えた内容について、皆は分からなくても構わない。唯自分に役に立つのを信じればいい。そなたは十分の信心が有れば、今回の法会は皆に未来及び来世に対して、必ず役に立つ。若し修法の内容を分かりたいなら、たとえリンチェンドルジェ・リンポチェのように数十年間に仏を学んで、不断に閉関修行する機会がないと出来ない。

続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは七支供養祈請文を唱えて、懺悔、随喜功徳、菩提心を発するなどを含めた。殆ど全ての修法儀軌は七支供養がある。供養は仏法の基礎である。

続いては禅定灌頂の儀軌で、灌頂は密法の中に特別の法門で、そなたにこの法門を修める許可を与えるとの意味である。しかし灌頂終了した後、修めることができるのではなく、まだ上師が方法と口訣を伝えるのが必要で、多くの法本には載せてないから、密法は公然的に伝授することが出来ない。禅定はあそこに座って、ちょっと座って、寺院へ禅七をしに行くのではなく、長期を経て訓練しなければならないのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは大会皆を引き連れて上師供養法を行った。修法の過程の中に、籤引で選び出した5名信者は衆生の代表として、リンチェンドルジェ・リンポチェにマンダを捧げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは特に開示された。リンチェンドルジェ・リンポチェは諸仏菩薩を代表して衆生の供養を受け取った。マンダを捧げた物の中では、一番目の供物は太陽系の中で一番いいものを代表として供養するのである。太陽系の中で3つの星があり、地球のように人類が住んでいる。しかし、外の3つでは仏法がなく、只地球では苦が楽より多くて、はじめて仏を学ぶチャンスがあるから。二番目の供物は1尊長寿仏の仏像であり、長寿仏の仏像を供養するのはそなたに長寿をさせるのではなく、そなたに意外に死亡させなく、しかし、これからもう悪行をしないことが必要である。もう一つの意味は仏法が長く世にあるのを祈る。三番目の供物は仏経で、仏法と仏経の代表として供養する。供養する者も未来世に仏法を教えてくれる者が居るとの果報が得た。四番目の供物は舎利塔で、その中に舎利子を供養し、供養者は未来世にも修行者である。最後の一つ供物は供養金で、供養者は布施をしたことがあるので、未来世に貧乏をせず、法財を得て絶えずに仏法を勉強できるとの表れである。

続けて行うのは茶供の儀軌で、チベットでは天気が寒いので、修法の過程の中に、修法者は体力が足りないため、少し甘い物を飲む必要があり、チベットではやくのミルクを用いる。チベット仏法の中に、この伝統を入れた。供茶も一つの供養であり、リンチェンドルジェ・リンポチェは諸仏菩薩と直貢チェツァン法王を代表して、衆生の供養を受け取る。

それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者を引き連れて、灯供の儀軌を行った。リンチェンドルジェ・リンポチェは壇城の上に一つの灯に火をつけて諸仏菩薩を供養した後、出家衆はリンチェンドルジェ・リンポチェの灯の火を借りて自分の手元に持った酥油灯に火をつけて、それから火を一つ一つに伝えて皆の手元に持つ灯をつけて、まるで、殊勝な仏法は上師の教導を通じて仏弟子に伝えて、衆生の明るい智慧をつけて、無明の黒暗を追い出した。儀軌円満した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは特に通訳者を指示して通訳して、日本信者に注意させて、口で供灯を吹き消してはいけない。例え、自然に消えるなら大丈夫である。この灯は皆が持ち帰って、引きつき燃やすことが出来て、焼き終わって火が消えたら結構である。もし家に仏堂があれば、仏堂で引き続き燃やしても良いで、仏堂がなければ、客間の中でのきれいな所を置いたらいい。

リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者を連れて、『度母七頌』を唱えた。それから、この頌はジッテン・サムゴンが閉関し、度母法門を修めた時に、悟って得るので自ら七度母を目で見て、度母の功徳を称賛するためにこの頌を作った。人々が唱えれば、とても大きく加持力を貰える。

次は、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者を連れて、『吉祥法界祈請文』を唱えて、唱えている時に、リンチェンドルジェ・リンポチェは上師の恩徳に思い当たったので、同じく思わず涙に咽んだ。参列者はリンチェンドルジェ・リンポチェの無比的な摂受力を感じたから、多くの弟子は上師の無比的な恩徳を思い浮かべて、激しく泣き沈んだ。

それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者を連れ手、『瑪尼迴向速証大楽祈請文』を唱えた。観世音菩薩に一切の苦しみと難きに遭う衆生を接引してくれて、彼らが阿弥陀仏の浄土に往生して行ける事を頼んた。最後、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者を連れて、『六字大明咒』を唱えていた。

今週の土曜日、リンチェンドルジェ・リンポチェは日本寶吉祥仏法センターで殊勝な火供を行って、その上、不動明王を主尊にする。不動明王は日本との縁がとても深くて、チベットでは不動明王を修める方式は日本と異なる。チベットの不動明王の双足の下に四つの魔を踏んでいて、其々が死魔、病魔、天魔、煩悩魔である。だから、火供に参加する者は寿命がより長くて、病状がよりよくなって、もし仏を学んだり、戒律を守ったり、菜食をしたりする事が出来れば、病状が変われて始める。

火供は日本人が行う護摩と異なる。日本人は自分の名前を木の上で書いて、祈請文を唱えて、それから木を焼いて、そうすると、自分の良くない業力と一緒に焼ける事と思っている。実は、中国人は3,000年前にこのような風習があるが、しかし、此れは効果が無い。火供はチベット密法の中に最も重要な法門で、ただリンポチェ果位の修行者だけで主催する事が出来る。火供を行う間に、様々な供品を焼いて、各々の供品が異なる意味を代表し、一部が疾病を取り除けられて、一部が業障が取り除けられる。仏法が祝日ではないし、最近、5月末に京都に2軒の大仏寺が一寸イベントを催していて、お経を書いて、お経を書き写する事があった。多くの人々は参加していって、仏法を祭典に参加する事と思っている。お経を書き写して、お経を唱える事は修行ではなくて、仏法の意味ではない。

土曜日に一部の人々は遊びにいく計画を立てて、火供に参加する事をしないし、遊ぶ事が法会に参加する事より重用だと思っていて、此れは間違う。そなたは旅行しなくても、その場所が逃げてしまう事がない、地震が発生する事とは限らない。火供はとても得難い法であり、リンチェンドルジェ・リンポチェは1年に多くとも1回しか修めなくて、今回を逃すならば、また1年を待たなければ成らない。チベットと台湾では、火供を修める事は多くの人力、物資を使える事が要る。台湾で火供を修める場所をなかなか探し当てにくい。最初、リンチェンドルジェ・リンポチェが日本寶吉祥仏法センターの土地を買ったのは、この土地が火供を修める事をとても適すわけである。火供に参加する事は最も速めに福報を累積する方式であり、遊びに行くのは福報を使ってしまうわけである。

2011年5月28日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥道場にて、「火供」法会を主催して、参列者が日本の貴賓15人と皈依弟子1人、インドの貴賓1人、台湾の信者8人及び皈依弟子162人を含んで、合計で187人である。リンチェンドルジェ・リンポチェは大衆が入場する前に、先に法座に昇って前行を修めてから、参列者に一人ずつ前もって加持された甘露水を飲んで道場に入らせた。法会が始まって、リンチェンドルジェ・リンポチェは大衆に貴重な仏法の開示を与えた。

今日修める火供は、チベット仏教の密法の中でとても殊勝な法門なので、日本人が護摩を焚くのと異なる。日本人は護摩を行う時、参加者の名前を木の上で書いて、時にはいくつか祈請文を唱えたり、時にはいくつか儀軌を行ったりして、そして木を火の中に投じて焼き払う。事実上、護摩の儀軌は《大蔵経》続部に従って作られたのであり、本当に仏教の中の護摩儀軌は良い木や香りがある木、例えば、白檀などを焼き払って、それで諸仏菩薩を供養する。お経には、自分の名前を木の上に書いてから持って燃やしに行くことを言っていない。今の地球の上の仏法は釈迦牟尼仏の仰った仏法であり、お経は釈迦牟尼仏の開示された仏法の記録であり、だから、もしお経に書いていなかった物ならば、すべて仏法だと言えないで、ただ外観から見れば仏法みたい。

仏法は番組ではなくて、出演を見ることを見なさないでください。そなたが来て参加してみてすぐ役に立つのではない。火供の参列者は必ず恭敬する心と懺悔する心にて参加しなければならない。火供はあまりよく修める法門ではなくて、毎月ごとに修めるのではなくて、火供を修めるのは必ず多くの準備をしなければならなくて、主法する者はリンポチェの果位ではないと修めることができない。火供には、4種類の法がある:息、増、懐、誅など。息は災難が収まるのであり、災難を減らさせて更に除去させる。増は寿命、財産、福報、健康を増やすのである。懐は敵にそなたへの敵意を減らさせて、甚だしきに至っては消えてなくなる。誅法は殺すのであり、仏法を耳に入らない悪魔或いは敵について、先に彼らを誅殺した後に彼らを済度する。誅法は通常に一人の個人、一つの家庭や都市のため修めることはできなくて、この国或いは地球は災難に遭う時に、修めるかもしれない。たとえ修法する者は誅法を修める能力があっても、この法は修法する者の体に傷害することがあって、修理し終わっても病気にかかる。今日修める火供は息法である。

火供の主尊は、観世音菩薩或いはその他の仏菩薩などいかなる仏菩薩がすべて火供の主尊とすることができて、今日火供を修める主尊は不動明王であり、火供を修める時に、先ずは明王と火神がお手伝いに来るように迎えなければならない。不動明王は日本との縁がとても深くて、日本ではたくさんの地方が不動明王を祭っていて、昔戦争をしている時に、一部の将軍が不動明王を戦場まで持って行って、このようにしたら勝つことができると思っているが、実はこれがただ盲信するだけ。もしかすると、これは不動明王の右手に一本の剣を手に持って、しかし、この剣は敵を殺すことに用いるのではなくて、知恵を代表する。仏を学ぶのは知恵を開くので、知恵は鋭い剣のように、私達をかき乱すすべての悩みを断って、我々に自分に利益を、衆生に利益を齎せることができる。

不動明王の左手に持つのは1本の荒縄であり、黄金と銀で製造され、双方にかぎがあって、仏法を信じない衆生を呼んで帰るのである。不動明王は体が青空色で、髪を逆立て、容貌が忿怒である。彼の身には1匹の大きな白蛇をぐるぐる巻いて、白蛇は竜王を代表して、不動明王を修持する行者は竜王の保護を得られることを表す。ある人はどうして仏菩薩が忿怒相の姿で現れるのかと思っているが、それは不慈悲ではないのか?実は違う。それはまるで子供が大人しくなくて両親の話を聞き取らないように、最初は親が子供に優しい言葉を言って勧誘するが、そうしてもまだ大人しくない場合であれば、怒る様子を現れて彼に大人しくさせる。

日本の不動明王像は立っているが、チベット仏教の不動明王像は、左足が半分しゃがんでいて、右足がひざまずいていて、両足は4種類の魔を踏んでいて、それぞれは死魔、病魔、天魔、煩悩魔である。もし仏を学ぶ者の寿命が長くないならば、いつも病気にかかったら、悩みがたくさんあったら、同じく学び続けることができない。釈迦牟尼仏は道を証得する前に、天魔が近づいて妨害したことがある。不動明王は伏この4種類の魔をおさえて、仏を学ぶ障害を取り除くことができる。不動明王はそのほかの多くの意味があるが、今日時間が不足であるから、諭さない。

火供を修める時、多くの供え物を燃やして、仏菩薩に供養してそして衆生に布施する。1種の供え物はそれぞれ異なる意味があり、例えば、米と穀物は財産を増加することができる。もしよくない業力を取り除くならば、黒いゴマを使って、それに違う種類の油を使う。火供は災難の中の衆生、鬼神を助けることができて、甚だしきに至っては現場を通る衆生もすべて助けを得ることができる。火供に参加するのは最も速い福報に累積する方法である。

引き続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは法座を降りて、京都寶吉祥仏法センターの庭に行って、そこで火供を修め始め。その時、大雨を降っているが、しかし火勢はもっと激しく燃やして、特にリンチェンドルジェ・リンポチェは真言を唱えている時、火炎が突然約3メートル高さまで上がって、威勢は猛烈であり、とても殊勝な瑞相である。その時、ある鳥は火供の壇城の上の空に飛んで、それから、ある大きく鳥も飛んできて、また、引き続き多くの鳥は全て飛んできて、上方にぐるぐる回って、その上、心地良い叫び声が鳴いていて、これは非常に普通でない瑞相であった。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲にすべての法会参列者に、一人一人ずつ前に出てリンチェンドルジェ・リンポチェが法を修める供え物を受け取る機会があって、自ら自分の手で供え物を火の中に投げさせた。

火供を円満に修め終わった後に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは再度道場に入って法座に昇って、引き続き開示して:リンチェンドルジェ・リンポチェは日本人にもう魚、肉を食べないでください、そしてお酒も飲まないでくださいと忠告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは36歳前に、そなた達と同じによく海鮮を食べ、よくお酒を飲んだいたが、唯一そなた達と違った所はリンチェンドルジェ・リンポチェがこれまでたばこを一回も吸わなかった。なぜかというと、リンチェンドルジェ・リンポチェはたばこが全世界最も臭いものだと思っている。36歳に仏を学んだ後に、リンチェンドルジェ・リンポチェは因果を知ってしまって、再び食べる肝玉がない。

お経に曰く、よく肉を食べる人が死んだ後に地獄に堕ちる。今欧米でたくさんの本は、人に菜食精進料理を食べるように勧めて、体が健康になることができる。肉を食べる人は比較的に多くの食糧を使って、今の地球の温暖化現象も多くの牛や羊を飼育することによって排出する温室効果ガスと関係がある。科学的にもすでに心臓病、糖尿病、高血圧、高血脂症、癌などこれらの病気がすべて肉をたくさん食べるため引き起こすと証明された。仏法で言えば、そなた達の食べた肉は実はすべてそなた達の代々の眷属であり、肉を食べる結果は地獄に堕ちる。一部の人が聞いたが信じなくて、仏菩薩はそなたに彼の話を聞き取るように強制していないが、ただそなたに事の真相を教える。お経に曰く、全宇宙の生物の中で、地球の上の人類が最も教えにくいので、とても誇らしいからである。

リンチェンドルジェ・リンポチェの台湾でのある弟子の父は生前、獣医をしていて、いつも動物を去勢して及び動物を安楽死させた。この父親は3人の子供がいて、小さな息子の身長が185センチメートルであるが、しかし幼い時から心臓に問題があり、知力は少し問題がある。彼はまだリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依していない前に、週に1~2回病院に通っているが、皈依した後に、月に一回だけになった。この父の娘は最近交通事故に遭ったが、彼女が既にリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依したから、生命の危険がない。彼の長男はお金が大好きで、そして親孝行をしなくて、しかしこの獣医が生前に儲けたお金が、すべて彼の長男とその嫁に使われてしまって、これはお経に諭された殺業の因果であり、すべて見られる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは36歳前に、皆と同じ、努力してお金を儲けるのが最も重要だと思って、美味しい物を食べることが大好きである。しかし仏を学んだ後に、仏を学ぶことはこの一生に最も重要な事だといことが分かった。仏を学ぶと、どんな事が全部よくなるのではなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェはその時、仏を学ぶと商売が失敗して、皮膚癌にかかって、嫁と離婚して、息子と娘が大人しくない。しかしこれらの事はリンチェンドルジェ・リンポチェが仏を学ぶことのせいで発生するのではなくて、もともと発生するから、仏を学ぶのはリンチェンドルジェ・リンポチェが過去に肉を食べて殺生したことで発生した債務をこの一生に返済し終わることができる。仏を学んでそなたに仕事を無くさせるのではなくて、そなたの家庭と商売にも影響することはできなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェも在家の者であり、リンチェンドルジェ・リンポチェの自分自身の修行した経験から言えば、仏を学ぶのは日常生活に影響することができないのである。

現場にいる日本人の男性信者は、すでに疲れて居眠りをし始めて、彼の年齢はリンチェンドルジェ・リンポチェと同様に65歳であるが、しかし、非常に明らかなのは、リンチェンドルジェ・リンポチェの体力がこの信者に比べてずっといい。リンチェンドルジェ・リンポチェは現場にいる年取りの男達に一つの秘密を教えて、リンチェンドルジェ・リンポチェはすべて夜に起きないで夜明けまで眠っているので、夜に立ち上がってトイレに行く必要がなくて、夜中に立ち上がってトイレに行く人は体が良くないのを代表する。リンチェンドルジェ・リンポチェは55歳以後、体がますます良くなり、これは密法の殊勝な所である。もし体が良いことを望むならば、リンチェンドルジェ・リンポチェをよく学んで、ちゃんと仏を学ばなければならない。若い時にやった事は、そなたが年を取っている時に影響するから、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆が年取ってももっと良くなることを望む。仏法はリンチェンドルジェ・リンポチェにすでに適中された。以前は、リンチェンドルジェ・リンポチェは手の関節が痛かったが、2007年に閉関した後にもう痛くない。

火供を修めて最後に1段の祈願文があり、火供の法会参列者が、無病、長寿、吉祥、、好運、権勢、声望を有すること、そして広大な財産を獲得することができるように願って、法本が言うのはすべて本当でありるが、しかし本当に発心して仏を学ぶ人なら、長期にわたり法会に参加する事を通してから、これらの事はだんだん発生することができる。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは火供を修めて円満完成して、大勢の参列者の体のもともとの病気も直ちに改善をも得たから、リンチェンドルジェ・リンポチェの不思議な大能力と密法の殊勝な所を深く体得することができた。

2011年5月29日

台北寶吉祥仏法センターの殊勝な共修法会にて、法会が始まる前に、ある弟子と彼女の2人の息子は恩に感じる心をもって、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女たちの一家に慈悲に加持と救護をしたことを褒め称えた。2011年4月10日に、法会が終わって家に帰って、約10時に彼女の夫は体の調子が悪いと言って、彼女は夫が早く入浴してベッドで休んでもらって、12時に彼女の夫はとても寒いと言ってそして身震いしたので、彼女は夫に体温を測って39.5度であり、解熱剤の薬を飲んだ後に、情況が改善して熱が下がって、3時に彼女の夫は汗をたっぷりかいたから、起きて服を着替えた。翌日彼女は夫に病院へ診察に行く事を要して、彼女の夫は要らな、ちょっと安んだらいいと答えて、そこで彼女は会社へ出勤して、昼11時30分ごろ電話をかけたが、夫に連絡を取れなくて、高熱のため意識がぼんやりするかどうかと考えていて、正午12時に再び引き続き電話をかけて、彼女の夫はやっと電話に出て、どうして先ほど電話に出ていないと確認して、夫はベットから起きることができないと答えて、彼女はすぐに休暇を取って家に帰って彼を配慮した。

午後2時夫は、彼女が彼氏の組長に休暇を取るため電話をかけることを要して、4/11~4/17には第三組が朝晩授業をする番であり、夫は晩の授業を申し込んだことがあるから、彼女は夫に車を運転して送るかと聞いて、夫は体力がないと答えて、彼女は朝晩授業をしに行かないことが一回あったら、これからは朝晩授業に参加することができないと言って、夫はしようがないように笑って、彼女は再度診察してもらうことを尋ねて、夫は依然として〈彼女の夫が西洋医にたいへん排斥してとても頑固である〉拒絶して、夜7時30分に情況が逆転して、彼女の夫は話をしないで昏々と眠ってしまったようになって、彼に質問してすべて知らないと答えて、何度も気づかせてから、ようやく正しく答えることができる。彼女はすぐに夫に入浴することを協力して、そして夫を壇城まで連れてきて、上師リンチェンドルジェ・リンポチェに頂礼して、恐ろしいのは夫はどのように頂礼するのかを忘れてしまったので、彼女は大声で夫に気づかせてやっと思い付いて、すぐ上師リンチェンドルジェ・リンポチェに頂礼をして、その時、小児はちょうど家に帰って、彼女は夫の情況を教えて、すぐに夫を署桃病院の急診まで送って、医師が診察した後に、先ずは点滴注射していて、血を引き出して及び小便を検査して、心の中は2本の点滴が終えると、家に帰ることができると思って、医師に血液検査結果を尋ねて、医師は夫の体内の酵素が高すぎるから病院に残して観察しなければならないと答えて、高すぎるのは肝胆、心臓、脳部、血球などの器官或いは細胞の中で異常があることを代表した。

翌日の朝、昏々と眠る状況はもっと酷くなり、医師が勤務を交替して彼女の夫の病状が脳出血みたいだと感じて、すぐにコンピュータ断層撮影の検査を受けることを手配して、コンピュータ断層撮影の検査をする時、検査中に頭部をしっかり挟まなければならないから、手も制約される必要がある。 <彼女の夫は生前に他の人が彼の頭部に触ることと彼を制約することが一番嫌い>、命がけで抜け出したくて協力しないで、5-6人はしっかりつかめないで、この時に口は大声で『苦しい』と叫んで、最後は鎮静剤を注射してから終了した。これは彼女の夫が病院に入ってから初めての、同時に最後の話であり、本当にとても苦い。撮影検査の結果につき、医師がチェックしてある所はカルシウム沈着があると判断したから、更に血管の撮影検査をしなければならなくて、カルシウム沈着の所を探し出すため。血管の撮影検査をしている途中に、彼女の夫は鎮静剤の効果が消えたから、また抜け出し始めて、引き続き検査をすることができない (頭部が移動することができないから)。そこで、病院は家族に入らせて来て慰めて協力してもらった後に、そして鎮静剤を追加して、そして本人に鉛の服をして夫の側で付き添って、その頭部の移動を防止する事を要求した。その時、彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはを観想して、夫の頭の上に加持して、順調に検査を完成して、衆生に煩悩心を起さない。不思議なのは夫は熟睡して、検査は順調に完了した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を感謝した。医者は全ての検査結果を彼女に説明した。現在クモ膜下腔に石灰化の点があって、石灰化の点は視力障害を起す。しかし彼女の夫はこの障碍を持っていない。その後、彼女は病状に関わらない問題に聞いた。彼女は心の中に、しまった。病因を調べられないと思って、唯一つの考えがあって、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェしか夫を助けられない。午後一時にすぐ電話をかけて、兄弟子に夫の状況を報告した。夜八時に兄弟子から電話があって、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは夫を長く加持していた。とても長い時間である。リンチェンドルジェ・リンポチェは夫が野菜類の食べ物を食べたから、腸に感染されたと言った。当時聞いたとき、心の中に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝して、夫のために病因を調べた。明日必ず医者に治療方向を教える。

夜彼女は家に帰って、息子と尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法写真に頂礼して、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、慈悲に夫を加持した。彼女はまた子供に行って、必ず誠の心で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに祈って、彼達の父を助ける。若し寿命があれば、自然に治られる。若し寿命がないと、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにポワ法を修める事を求めた。親子三人は恭しく尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法写真を長く見ていた。上師リンチェンドルジェ・リンポチェがないとどうしようと考えると、涙を禁じえない。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは夫に対しての慈悲、加持と救護に対して、心の中に不断に感謝し続けた。

4月13日、病院は尚更にMRI検査を手配した。昼12時20分病院から電話が入って、午後1時に夫はMRI検査を受けるため、検査前に同意書をサインしなければならないから、彼女に12時30分に病院に同意書をサインさせる。10分後、病院はまた電話をかけて、夫は心停止して、挿管するかどうかを聞かれた。彼女は先に人工呼吸器を使って、病院に到着した後決めるのを返事した。病院に到着して、医師から状況の説明を聞いた後、彼女は挿管を同意した。彼女は長男と一緒に引き続きに病室の外で六字大明呪を唱えていた。約三十分後、医師は彼女に夫の状況は暫く安定しているのを言った。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を感謝した。夜7時に病室に見舞った時、夫に伝えたが、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは彼のために長くて長くて加持された。夫の右目から涙が流れた。彼女は上師リンチェンドルジェ・リンポチェを感謝する事を言った後、夫の左目も涙が流れた。

翌日朝11時、兄弟子は電話をかけて、上師リンチェンドルジェ・リンポチェは何故他の兄弟子が勤めた病院に行かないと聞いた。彼女はすぐその兄弟子に電話をかけて、転院の手続きを手配依頼した。兄弟子は用意したと返事したが、すぐ病院に行って、主治医に転院しようと伝えた。医師は病状は余りよくないと説明して、GCSは二点しかいないから、転院の途中に亡くなるかもしれない。この弟子は上師の指示に従うのを返事して、ICUの医療人員は夫に対して非常に世話して、主治医も夫を助けて病因を探さないから、とても悲しいと残念に言った。彼女は医師を慰めて、彼の問題ではないと返事した。退院の手続きを待つ間、DVDドライブは問題があるから、彼女は夫と話す時間が多く持った。彼女は夫に言って、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼をとても関心して、自分は海外にいても、引き続きに関心に病状を聞いている。それに彼女は夫に母親も大変リンチェンドルジェ・リンポチェに恩に着た。突然に彼女の夫の鼻が赤くなって、両眼の眼じりが涙を流して泣いた。彼女は慰めて自分の法名と上師リンチェンドルジェ・リンポチェを覚えるべきと言った。それに絶えずに夫と話して、夫に上師が彼女らに長庚病院へ行くとのご指示を教えた。行く道に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持があって、とても順調で、午後3時40分病院の急診室に着いて、午後4時50分彼女の夫の状況が危急で、心の跳びと呼吸の起伏が大変大きかった。相弟子の電話があって、絶えずに夫の状況を仕返すべき、リンチェンドルジェ・リンポチェはずっと関心を持っているのを知らせてくれた。5時50分彼女の息子は突然に父の唇色が白くなると叫んだ。あの頃彼女は相弟子の電話を取って、夫の状況を仕返していて、すぐ身を回して夫の顔色は黄色くて青くて、耳が紫色になるのを見た。そうして、相弟子に夫が往生したみたいと教えた。6時10分相弟子より夫の状況を仕返すのを知らせる電話があった時、電話の一端に彼が去ったとの声を聞いた。実はリンチェンドルジェ・リンポチェは既に彼女の夫が6時にもう往生したのを知った。強心剤を注射していたためにまだ呼吸がしているみたいだった。彼女の夫は生前とても義理弟に感心を持って、彼女の義理弟は来院の途中なので、病院に来たまで5分毎に強心剤を注射させた。

この4日間彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが夫を加持するのを深く感じた。リンチェンドルジェ・リンポチェはずっと彼女の夫を引き連れて、死亡する時に恐れなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは申された、人様が死亡する時非常に苦しくて怖くて、まるで一つ知らない所に置かれて、誰でも見えなくて、どこへ行くのも知らなかった。彼女の夫には唯一見付けられた病因はクモの膜の下で出血した後血栓が出て、この血栓に視力が妨げられるが、彼女の夫の視力はこんな問題がなくて、何故だろう!それは大医王―尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに2009年4月24日の施身法で治された。彼女の夫は生前ノートを書く習慣があり、ノートの中に載せてあり、2009年4月24日の施身法法会に、リンチェンドルジェ・リンポチェは人腿骨の法器を吹いた時、右の目は真っ灰色になって、一時失明する現象で、只一つ黒い気が背中より上に突く、暫く頭がくらくらされてめまいがされた。右側には光が見えなくて、暫く視力が段々回復して、法会が円満した後まるで何も発生しなかったのようで。リンチェンドルジェ・リンポチェに恩に着た。

彼女の夫は2009年11月8日、ネパールの法会の行程中、女出家衆と同じテーブルで食事をして、雑談したことでリンチェンドルジェ・リンポチェに指摘された。彼の心の中にリンチェンドルジェ・リンポチェに対して腹を立って、自分が間違わないと思った。夫は生前眞に発露懺悔しなかったので、今日この果報があった。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て開示された「発露」の露即ち露顕であり、自分が全て犯した過ちを大きい声で言い出し、それにもう犯さない。眞の発露懺悔は仏像の面前で、上師の目の前、大衆の前に言い出すのである。大衆とは一つ共同の壇城で上師の下に仏を勉強する大衆であり、これこそ真懺悔と言え、やっと眞に作用が起きられて、例え心の中にあるむっとして黙って、これは無駄だ。彼女の夫は上師に対して敬わない心を起こして、上師の教導を受け取らなくて、上師が彼を叱ったのは間違ったと思った。帰った後まだこの事をぶつぶつと言って、考えが起きられて、また言い出して業力の作用が生じられた。自然に上師、諸仏菩薩との因縁を切って、はじめて自分の業力によって行った。彼女の夫は上師と諸仏菩薩とのプラグを取り除いて、上師の磁界或いはエネルギ-が全く打ち込むことが出来なくて、はじめて失医との果報を得た。

可愛がらなければ叱らない、そして上師をしている人は常に弟子のことに心がけており、一刻も止まらず弟子を思っていると尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが開示した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはとても弟子を可愛がり、彼女の主人への慈悲と加持を続けている。彼女の主人が今世で正確が方向が見つからず、仏法を生活に生かせなくて自分の考え方で仏法を学び、死亡の無常を考えないが、 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは依然として慈悲に加持を続け彼女の主人を諦めないでいる。彼女の主人を 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが助けている、やさしく対応していると感じさせてはじめて、彼女の主人が大懺悔を起こした。上師としては弟子が三悪道に落ちるなんて思うと当たり前のように慌ててくる。彼女の主人が最後に意識不明になった果報は畜生道に生まれる、そして意識不明が痴であり、仏法での痴は仏法を受け入れず、上師からの指導を受けないことであると尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが開示した。彼女がこれを聞いた時に、ぞっとして寒気を覚え、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェからの慈悲な加持で救われなかったら、どうなるかと想像できないと 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝している。

佛菩薩と上師に深く信じていれば、佛菩薩と上師からのご加持が得られる。主人が医療で助けられないと分かった時点に、彼女はすぐに 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェだけしか助けられないと思い、 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに助けを求めてきた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが弟子を加持している時、彼女には大きなエネルギーが彼女を覆うような感じがしている。この四日間はまるで彼女は主人と楽しく散歩に出かけたが、突然に主人が流砂に陥り、主人が助けを求めようとする手が彼女に握ったが、主人の体が自分で制御できなく落ち続き、彼女自分も下からの力に引かれ滑り出しつつ、力はだんだん大きくなり、最後の最後に埋没されそうになった時に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ 助けて!と大きい声で叫びだしたら、突然に 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが目の前に現れたように、彼女と主人を助けてくれた。ハンセン病に罹った時の直貢噶舉教派の祖師であるジッテン・サムゴンは、衆生が病気になって頼りを失う時に比べ、自分に上師からのご加持とご加護があり、そしてたとえ死んでも上師がいると考えたら、心の中に恐れがなくなると言ったことあると 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが以前開示した。金剛乗の上師は毎分毎秒のように弟子を世話しているから、弟子として感謝の心を持つべきであり、衆生の恩を感謝し、上師の恩を感謝し、菩薩の恩を感謝する。

いい弟子は上師を心配させないでおり、上師と佛菩薩のご指導に従い完全に実行するのである。言われたようにできれば、 尊きリンチェドルジェ・リンポチェが用があって他のところに行っても、台湾にいる弟子のことを心配しなくて済むのである。上師が弟子への恩沢に対し、われわれも上師を思っているのでしょうか?彼女は法会に参加するたびに、答えを探り心境を変えているから、最初は主人が仏法を学ぶように自分を改めないことに対し彼女は理解できなかったが、 尊きリンチェドルジェ・リンポチェのご開示のように、あらゆることは因縁によって生じ、因縁によって滅し、変わり続け、保つこともなければ、永久もないである。もし、常に死亡の無常を思えば、いい縁が現れた時には、いい縁の消滅に対し苦痛を感じない。同じように、悪い縁が出た時でも、いつか終わると分かり、執着心が減るし、さらになくなることもある。これこそ、 尊きリンチェドルジェ・リンポチェがよくみんなに勧めている「隨緣而過、隨遇而安(縁に従い過ごし、遭遇に従い休まる)」のように、この一生であなたが一番好きな、最愛な、奥さんでも、旦那さんでも、子供でも、親友でもいつか離れるから、この一生は捨離すべきである。

仏菩薩と上師に百パーセントに信じなければならない、絶対的な恭敬心を以って恭しくて一心して仏を学んで、仏法を学ぶ方向が正確しなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子が素直に従って、教えにより従って、確実なやる事をずっと強調していて、自分の考えにより仏法を学ぶ事が出来なかった。上師から如何なる教導は疑わなくて、思わなくて、あっちもこっちも思わないで、此れは上師が何も求めずに弟子に教導するわけである。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は仏を学ぶ事が死亡と無常を常に考えていて、業因果報、輪廻過患、仏を学ぶ事が必死な決心を持たなければならない、仏を学んでから死ぬ事ではなくて、却って人々が元々死ぬためである。仏を学ぶ事は大きな決心をして、自分に厳格で要求させて、皆は自分の心を気ままにして、ちょっと油断して間違いをした。自分が修行しなければならなくて、その上、自分に一切な輪廻させる行為を徹底的な改正して、仏法を生活に実行させて、自分に先に自分を守られる事を遣り遂げた。

みんなはリンチェンドルジェ・リンポチのお蔭様で、寶吉祥の日本食品がある事に感謝し、弟子に安全で健康な食品を食べさせた。寶吉祥漢方医診療所があって、そこの漢方薬が最もトップクラスの安全で無毒の漢方薬の材料で、現在、衛生署が3百種類以上の食品が致癌塑化劑を添加した事を発見した。寶吉祥インテリアデザイン有限会社が家に壇城の飾付ける事を完成した事に感謝し、祥髪が我々の髪を保護する事に感謝した。我々は真にとても幸せ、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが我々に代わって厳しく検査させて、リンチェンドルジェ・リンポチェの全ての仏法事業がお金を稼ぐ事を主としてそうではなくて、全て弟子達に福報を累積させて、皆によく仏を学んで、無駄な時間を浪費させないで、皆はただ自分の利益を考えて、全て上師の事が忘れてしまった。

感謝して再び感謝した。尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女達の家族に慈悲深く加持させて救護させて、その上、衆生に仏法がとても殊勝で不思議である事を知らせた。兄弟子がずっと関心して協力してくれる事に感謝した。兄弟子は転院を手配させて、その上主人に挿管チューブを抜く事に感謝し、兄弟子は船家に協力して海に出た事に感謝し、その上彼女達に助けてくれた者に感謝した。彼女の主人は彼の母にとても親孝行した事に感謝し、彼の母は息子を可愛がって苦しくて、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の主人に加持させてから、彼女が彼の母に報告し、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は必ず両親に連れでリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来て、両親に因縁を持たさせて、此れも主人の生前の希望であった。彼の母はリンチェンドルジェ・リンポチェに彼女の主人に助けた事に恭敬心を起こして、リンチェンドルジェ・リンポチェに自発的な額ずいて感謝し、彼女の主人の母がそれを話してから、彼女が涙に堪えて、心の中に彼女の主人にこの因縁を到来させた事に感謝した。

仏法の真実である事を現せて、彼女と息子にご死体の変化を見させて、4月22日に施身法で済度した後、彼女が主人のご死体を見て、彼女の主人の目の周囲にできる肌の黒ずんだ部分、死体の斑が完全に消えて、微笑みを持っていて、仏法が真に殊勝で不思議である事を賛嘆した。彼女の主人が死んでから懺悔心を起こして、自分の果報に変わって天道に生まれて仏法を聞き続けている。尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェは法体が健康、法輪が常に転じて、仏法事業を盛んで、吉祥如意である事を望んでいる。これから、自分と家族に警戒させて、教えにより従って、確実なやって、自分に輪廻させる一切行為を改正し、仏法を生活に如実にして、よく仏を学んで、衆生恩、上師恩、菩薩恩、父母恩に報う為である。大徳と兄弟の聞きに感謝した。

そして、弟子と信者達は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが2003年9月7日に開示された「共四加行」仏法録音を恭しく聞いた。

リンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示した。業の自性は、<<百業経>>に曰く「諸有身苦楽」、即ち一切有情衆生の持っている体が苦と楽を備えて、釈迦牟尼仏はこれが業だと仰った。苦の業、或いは楽の感じはすべて業が現れることであり、諸業は様々あり、一切の業は様々で色々な種類がある。お経は衆生の心が不思議だと諭して、その意味は、衆生の心が考え出した事が仏陀の知恵さえ不思議だと感じると言うことである。時には考えても考えられないように、衆生はこんなに多くの種類の考えがある。妄想があると、行動に移して、業を生む、だから業は私達の心に従って生まれるので、業がこのように多くの種類があって、そのため様々な行為を発生して、様々な行為は私達に絶え間なくて苦海の中で輪廻させて、だから業の網は極めて広大である。これらの話は、私達は業さえ始めれば、この業の力は、ずっと絶えずに転がっているので、雪のボールのように、たぎればたぎるほど大きくなって、たぎればたぎるほど多くなって、我々に生々世々にも業力に牽引させられ、1つの網に捕らえるように、私達が動くことができない。

いわゆる業とは、純白業、純黒業、善悪混濁など3種類に分けられる。純白業とは、動機と行為が全て善であり、果報がすべきに天人の中に生まれる。純黒業とは、動機と行為が全て不善に属するから、三悪道の中に生まれるべきである;混雑の業は、例えば動機が正しいが、行為が悪業であり、彼の心構えが衆生に利益するが、しかしそなたは彼の行為を見て、悪のようである。以前のある物語は、ある世に、釈迦牟尼仏は500人と一緒に乗船して、船長は悪念を起こして、この500人を殺したくて、船を海の中に沈んで、この500人の財物を奪い取りたい。釈迦牟尼仏はその1世が仙人であり、彼はこの事を知っていて、そしてこの500人は未来の阿羅漢で、その故釈迦牟尼仏はこの船長を殺して、この500人を救ったということである。その行為から見れば、釈迦牟尼仏は悪であるが、しかし釈迦牟尼仏の心は善であり、どちらが善であるのか。第1は釈迦牟尼仏が船長に阿羅漢を殺す悪罪を犯せなくて、この罪は船長に無無間罪に堕ちせるためである。その意味は、多くの証果した修行者は、一部の行為があなた達に見て、よくないようであるが。例えば:リンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達に対する厳しさは、台湾の仏教界から言えば、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲でない人である。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェの心はそなた達がこの1世に本当に生死に解脱することをやり遂げることができるように望んで、だから行為が悪であるが、しかしこの心が善である。私達の行為、心構え、は何も自利がなくて、すべては利他であれば、それではこのような行為も善の行為を称すことができる。もちろんこの程度をやり遂げるため、もしも知恵の条件が足りないならば、やり遂げることができない。

その他は動機が黒業であるが、しかし行為が白善業である。例えば、動機は自利することを望んで、作った白善業がこの種類に属する。どのように説明すればいいか。一部の人はお金を寄付して、委員をすることを望んで、お金を寄付したことも社会に知られて、彼を表彰し奨励することを望んで、ほんの少しの善事をして、1日中口もとで言っていて、他の人に彼がどんなに素晴らしいと教えて、甚だしきに至っては仏の看板を利用して、お金を儲けることなどはすべて、この種類に属する。混雑業の中では、1時の動機と行為が、両方ども白善であるが、両方どもすべて黒悪である。というのは、その果報苦楽は全て四大部州に備えて、或いは各地の天界に分散する。私達の行為は、善と悪があり、純善をやり遂げることができる人が、世の中に多くなくて、善が多くて悪が少し少ないまでやり遂げることができる者は少しいるが、そなた達はほとんど全部善悪がすべてある。まるで《地蔵経》に曰く、凡夫の心が心を起きて念を動かすのは全て業であり、全て罪である。だから、後に言うように、業はしないと持たない、やるとこの業が消えることはできない。それはあなたの死亡に従って死ぬのではなくて、そなたがお金を使って買うと、業が無くなるのではない。業は生々世々にも私達に従う。だからお経は仰ったように、人が生まれて何も持ってこないが、ただ業が身につけられて、業は私達の体に従って来て、人は死んで何も持っていけないが、ただ業が身につけられて、業はそなたの中陰身に従って去るのである。

だから、そなたは念を起して、悪を行っても善を行ってもこの業の力は必ず存在している。故に成熟する方式が今世に感じられた業である。我々は常に見たが、多くの人は交通事故に遭って死んだ。或いは多くの事故に遭った。つまり、そなた達が常に言われた事業は順調ではなく、家庭は順調ではなく、多病、子女は親孝行しないなど状況は今世業は成熟する。所謂そなたは今世の業及び過去世の業は今世に成熟して見せた。我々は今世にちっとも悪業を行っても、今も純粋な善業を行っても、勤労に空性を修める修行者であっても、過去に行った悪業はまだ存在している。簡単に言うと、もしこの業力を除けば、簡単ではない。だから、我々はこの業力を未来世に影響されないように望む。我々は何のために修行しているだろう。何故今世に仏を習っているだろう。我々の累世の悪業、我々の善業を含めて、全て今世に成熟させる。

何故成熟させるだろう。つまり、所謂業を消す事である。多くの人は間違い考えを持ったが、業を消すとはないである。若し業を消すとは業を無くせば、因果がない。業を消すの意味はこの業力をすぐ前に現れる。前に現れるなら、如何になる。債務を一件返済した。だから、常に多くの人は仏を習う前に、自分はいい日々を過ごしていると思った。仏を習うと、多くの事を発生するかもしれない。ある時事故は現れて、財を失って病気に罹る。しかし、こうすればいい。そなたにおめでとう。そなたの業力は現れて、債務は返済された。だから、そなたは仏を習う間に障碍があって、誰に妨げられて、そなたに仏法を聞かせないなら、全てそなたは累世の業力であり、この世に成熟した。その代わりにいい業力が現れれば、喜ばないで。それはそなたの福は終わったから。悪い業力が現れれば、そなたにおめでたい。そなたはまた債務を一件返済できた。だから、仏を習うのはいい日々を過ごすのを望まなくて、仏を習う事はそなたの業力に此の世に成熟させた。若し、そなたはこのような考え方を持っていないと、この業の力に絶えずに影響される。この力は強めるだけ、力を弱めない。つまり、我々は銀行に債を負って、そなたは返済するまで利子は引き続きに絶えずにプラスしている。決してそなたは貧乏なので、銀行はそなたの債を取り立てられないとは言えない。相変わらずそなたの金を取り立てる。だから、我々は仏を習った後、常に誤解したが、学仏仏経に説かれたが、拝むと全ての業を消される。ないとは言えないが、その力は現れた後無くなったから。

故に仏を習うのは昔リンチェンドルジェ・リンポチェが教えた方法の通り、護法、本尊に言って、若し死亡は私によいなら、死なせる。若し病気に罹るのは私によいなら、病気に罹れる。若し、健康は私に好いなら、健康させてください。このよいの意味は何だろう。いい日々を過ごす事ではない。意味は一切の悪を断ち、輪廻を断つ。何のために健康を求めるだろう。衆生を利益して、衆生を助けて苦しみを離れる。何のために長生きを求めるだろう。衆生を助けて開悟させる。何のために死亡を求めるだろう。たとえこの肉体を使えなくて、此の世に修められないと、さっさと阿弥陀仏浄土に行けばいい。しかし世間は愚かなので、明らかに病床生活して、死人と同じようなのに、彼に死なないのを望んで、全ての財を尽くして、全ての方式を尽くして彼に死なせない。彼の業に不断に増やせる。何故だろう。そなたは自分は病床に寝て、他人に金を与えて世話させたのは借りがないと思わない。確かにある。それはそなたという人を世話したから。若し彼は愛情や関心を持ってそなたを世話すれば、たとえそなたは彼に金を与えても、恩を借りた。来世は相変わらず返済しなければならない。だから、世間の人はこの因果法則を分からず、いつも他人に自分が何をしたいなど要求しているから、業は永遠に消えず、永遠に返済できない。だから、この段落は我々に正確な観念を伝えて、仏を習うのはいい日々を過ごすことを求めない。仏を習う事もそなたの欲望を満足する、金持ちになる、子女は親孝行させるや妻に自分の言葉に従わせるなどことではない。此れは全て欲望であり、仏法と関わらない。だから、仏は求めなくても自然に得る。そなたは一切の受用はそなたの因と関わる。

台湾に於いて最も大きくて、所謂功徳会は数億万台湾ドルにかかって、機器を買って花蓮の病院に置いて、腫瘍を検査する。早めに分かれば、この数億元をリンチェンドルジェ・リンポチェに渡せばいい。リンチェンドルジェ・リンポチェの手は患者の手の上に数センチの距離を置くと、腫瘍があるかどうかすぐ分かる。毎回に受診すれば、数万元にかかるのに。此れは台湾に於いて最大な仏教慈善団体は行った事である。仏法ではない。しかし、世間の人は無知なので、この団体はうまく行ったと思った。若し今日本当の修行者であれば、目で見るとすぐそなたは病気が有るかどうか、そなたの業を分かる。機器が要らない。このような大金にかかったが、却ってこの金を本当に必要な人に渡せばいい。《金剛経》に善男子善女人であるとある。善男子善女人はいい人ではなくて、完全に五戒十善を修める人である。そうすれば、仏に善男子善女人を呼ばれる資格がある。例えば、ドラブ・ワン・リンポチェ、テンジン・ニンマ・リンポチェ、ユンカ・リンポチェは始めてリンチェンドルジェ・リンポチェを見たとき、リンチェンドルジェ・リンポチェはいい人であると言われた。つまり、善の人である。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェは十善の範囲にいるのを表した。たとえリンチェンドルジェ・リンポチェは謙虚に自分は円満に修めていないと言われても、既に十善に修行している人である。大修行者は言われたいい人とは金が有るかどうかを判断せず、そなたは十善を修めるかどうか。修めたら、十善を呼ばれる資格がある。

その時リンチェンドルジェ・リンポチェはある若い弟子にすぐ離れると指示された。その上、チベット仏教は如何なる修める事を開示された。若し閉関修行をする人は関房に病気に罹って、即死しても関房に出られない。この若い弟子は仏法を聞いたけど、体調が悪いから座ると言った。自分の肉体を気になれば、如何なる自分の業力を解決するだろう。チベット人は仏法を聞く時、強い日差しの下に一日座っていた。そなた達は今空調が有る室内に座って、椅子にかけたのに気分が悪いと言った。苦しみを分からないと、苦しみを解決できない。苦しみを解決できないと、輪廻を断たれない。例えば、リンチェンドルジェ・リンポチェは既に56歳であり、今回40名余りの弟子を率いて、チベットに行った時、却ってわずかな反応でも現れなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェはうまく修めた事ではなく、心はそなた達と違うから。リンチェンドルジェ・リンポチェは死亡を恐がらない人である。他には30歳さえ満たさない男弟子は点滴を二瓶注射した。リンチェンドルジェ・リンポチェは何回もチベットに行った事があったけど、一回も酸素を吸わなかった。唯一回の例外、高山に登って、テンジン・ニンマ・リンポチェに会った時である。死亡を恐がれば、多病になる。何故そなた達は体が悪いだろう。それは善男子、善女人ではないから。

「善男子、善女人はこの経を唱える時、若し人に軽視された。」意味とは十善法を行う人は《金剛経》に唱える時、人に軽視される。「世間の人は今世の罪業があって、必ず悪趣に堕ちる。」つまりそなたを軽視する人は今世にこの罪があって、此の世にそなたの修行を軽視したから、三悪道に堕ちるべきだ。しかし、人に軽視された人はこの世に軽視されたから、今世の罪業は消滅された。たとえ、そなたは今世人に叱られて、指摘されてもそなたは累世の業はこの世に消滅できる。そなたは人に軽視されて、叱られれば、過去に行った悪業は此の世に消滅できる。何故、リンチェンドルジェ・リンポチェは常に冗談して言ったが、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたを叱ったのはそなたを助けて業を消滅した。道理はその通りだ。そなたは過去に人を叱ったから。過去世を問わず、皆は見えないから。此の世を話して、そなたを叱るのは上師は過去世にこの悪業を行ったことではなくて、上師は経典に説かれた事を理解するから。若しこの世、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたを助けて、業を消滅すれば、リンチェンドルジェ・リンポチェは三悪道に堕ちても構わない。

金剛乗、チベット仏教の上師は使った方法は顕教と違う。金剛乗の上師は決してそなたをおだてるや世辞を言わない。それは今日我々はこの報身が業力から生じるのを深く分かったから。若し我々の業力は此の世に除かないと、輪廻を断つ資格を言わない。そなた達の能力、心でそなたたちは自分を助けて今世の業力を除けない。だから上師は厳しい方法を使う。特にチベット仏教に於いて、上師によって、修めた本尊は違う。仏部、護法部、金剛部を分ける。そなた達は運がいいから、この上師に従って、金剛部を修める。金剛部の上師は使った方法はとても厳しいである。金剛とは一切内在、外在の誘惑を受け、成仏の心を変わらない。更に金剛部の上師は自分の上師に対して絶対の忠心を持っている。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェの門下に皈依して、若しリンチェンドルジェ・リンポチェの教えを聞かないと、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず多くの方法があって、そなたを対峙する。何故そなたは聞かないだろう。此れはそなたの業であり、リンチェンドルジェ・リンポチェの業である。

だから、ミラレパ尊者も説かれたが、業及び因果は力により成熟する。故に善悪は本来の相貌は我々が見えた。だから、善の果報或いは悪の悪報を問わず、我々は有る法門を修めたから、消えられない。我々の善と悪の果報は必ず現れる。しかし、若し我々が悪を断ち善を行えば、悪業は現れても、重い報いを軽く受ける。例えば、そなた達は上師に叱られると、悪く感じたけど、此れは重い報いを軽く受けることである。他人に殴られるや侮辱されるよりいいだろう。そなた達は因果を信じないから、そなた達に仏法を信じないことを起した。必ずそなた達は信じると思わない。若しそなた達は信じれば、教えに従って奉じられる。リンチェンドルジェ・リンポチェは説かれた仏法テープは今週に早めに聞きなさい。そなたたちは聞かないと自分が分かると思ったから。

後は引き続きに説かれたが、過去世に我々は感じられた業は消滅できなくて、必ず果報を受ける。菩薩位以下(菩薩果位以下の人)は若し四力で懺悔を対峙すれば、この業の力は徐々に弱くなれる。例えば、太陽は氷を融けるようだ。以後リンチェンドルジェ・リンポチェは金剛薩埵を伝授する時、この四つの力を教える。何故顕宗に於いて、多くの懺を拝むのに我々の業の力は相変わらず弱めないだろう。それは四つの力を使わないから。凡夫果位の人に於いて若し我々は真懺悔を修めれば、必ず四つの力でこの業の力を対峙しなければならない。そうすれば、業の力を軽減できて、消えさせる事ではない。例えば、太陽は氷を融けた。氷は元々水だけど、水は無くなるだろう。無い。唯形態を変えただけ。氷はとても堅いけど、水は柔らかい。だから、彼はこの形態を変更したが、消えないとは言えない。多くの人は誤解して邪見を持っているが、業を消すとは業は無くなると思った。業を消すとはその力を軽減する事である。今後衆生に誤解させないで、決してこの経を唱えるやこの真言を唱えれば業力は無くなると言わない。こうすれば因果法則は何処にいる。因果が無くなる。仏は自分が業を転じれないと言われたのに、そなた達は如何なるこの経を唱えれば、業は無くなると言う資格がないだろう。無理である。唯この業の力が軽減されて、形態を変えるかもしれない。しかし、相変わらず存在している。

しかし、若しそなたは菩提心を生じれば、たとえ、そなたは懺悔しなくても清浄に至る事が出来る。つまり、この業力は清浄を得られて、太陽が現れてるから、静に消えた。何故毎回法会が終わる前に発菩提心文を唱えるだろう。今はこの重要さを分かるだろう。何故我々は菩提心は宝物と呼ばれるだろう。それはこの宝物は我々の業力の方向を変える。たとえ悪業しても、我々に対して善業である。何故菩薩は六道にいて、不断に現れて衆生を済度するだろう。それは彼は六道の悪業が有るが、菩提心を発したから、この悪の業は彼に善を行う力を変える。だから菩提心を発しない人はこの業を転じられなく、唯この業に力を失うだけ、まだ業を転じられない。業を転じるのは必ず菩提心を発さないと出来ない。そなたは菩提心を発すれば、この業は清浄になる。つまり、この業の力はそなたに修行の道を妨げない。それは全ての悪縁は善縁になるから、一切の悪は自分に成就する。そなた達は菩提心を発さないと、唯懺悔しなければならない。現在そなた達はとても可哀想で、懺悔もうまく行わず、菩提心も発さない。如何しよう。多くの人は仏を習う事はとても難しいと思った。いいえ、難しくなく、とても簡単である。何故そなた達は行わないだろう。それはそなた達は行えても見えないと思った。仏を習うのは一朝一夕になれなくて、次第に長く見えて検視や試練を耐えられる。行わないなら、尚更に頑張って、落胆しなくて、自分が出来ないのを思わない。全ての人は成仏できて、習えるから。問題なのはそなたが行うかどうか。

善業は消える原因は四種類がある。第一、供養のため、騙す。この果位に至らないのに、自分が達したと言って、供養を受ける。この寺を建設して、自分は心の中にはっきりに分かったが、衆生を利益出来ないが、供養を受けるとは供養のため騙すことである。例を挙げると、リンチェンドルジェ・リンポチェは7月に青海に行って、全て直貢の寺はリンチェンドルジェ・リンポチェしか行かなかった。彼達はリンチェンドルジェ・リンポチェに要請したから、リンチェンドルジェ・リンポチェは法座に昇って、ガムポとラマの供養を受けた。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェの要求ではなくて、事前に手配したことも無く、善果の表れである。若し今日わざと手配すれば、供養のために騙すことであり、善の因は消える。簡単に言うと、仏を習う人は縁に従って、計算せず、考えない。得るかどうかは重要ではない。確実に仏弟子になり、確実に衆生を利益して、自分は何を得るのを考えなく、彼は私に綺麗な言葉を言うなど考えないで。

第二、善業は消える原因は善を行っても後悔を起す。つまり、善念を行った後後悔する。例えば、ある人を助けたが、この人はその後、そなたが嫌い事を行ったから、そなたは彼を助けた事を後悔した。例えば、ある人は布施しても供養しても、行った後後悔した。例えば、ある人は常に他人に意見を提供する事が好き、そなたはこのように多く行いなさいとか、行い過ぎたなど言った。このような人は全てこの範囲以内にいる。現場にいる人は多くこのような言い方があって、他人に多く行う事を恐れるから、言い出した。

第三、菩薩を軽視、侮辱する。菩薩、等覚菩薩、法身菩薩は我々は見えないから、そなたに侮辱される機会はかなり少ない。しかしこの世間に於いて、多くの凡夫の菩薩が会って、そなた達は常に凡夫の菩薩を軽視、侮辱しやすい。こうすれば、そなたに行った善業を簡単に消える。だから、何故そなた達に指示して、必ず衆生に敬うだろう。そなた達にこのような事を行うのを免じる。例えば、今回ユンカ・リンポチェに会って、ユンカ・リンポチェはおっしゃったが、蓮師は今この世間にいないが、蓮師は1000個の化身があって、この地球にいて、様々な職場にいて、様々な領域にいて、引き続きに衆生を利益する事をしている。この1000個の化身は必ず仏教徒、中国人、西洋人とは言えない。ユンカ・リンポチェもおっしゃったが、この千人は誰であるか自分も分からない。ユンカ・リンポチェが知っているかと思う。彼は知っているはずだ。そうすれば何故言わないだろう。我々は誰は誰であると分かる時、この人は離れる。我々は常に自分の目で世間の色々な事を判断して、常に間違っている。我々は常に他人にうまく行うのを要求して、自分の考え方を一点満足しないと、口から悪い言葉を言い出した。此れは全て悪い行為である。

第四種はそなたに善業に消えさせるのは行為詐欺である。つまり、仮に騙して、自分はこの善を行いたくないのに、行うふりをして、他人に自分が善人であると感じさせる。こうすれば、そなたの業に消えさせる。また、瞋恚及び自慢も我々の善業に漏らす。そなたは自分は多く行って、うまく行って、十分に行ったと思うと、そなたの善業は漏れる。後に説かれたが、仏陀以下一切の衆生は全て業報を感じるため、生まれる。つまり、六道一切有情衆生は十法界を含めて、仏陀以外、菩薩、声聞縁覚を問わず、ずべては業力で業報を感じる。

後ろに例を挙げて、釈迦牟尼仏がいた時、毘瑠璃王は軍隊を連れて釈迦牟尼仏の族を殲滅して、8万の釈迦族を殺した時、仏も頭が3日間を痛かった。弟子は釈迦牟尼仏に聞いた、何故このようになったか?多勢の者は何時も自分の家族が無事と望んだ、少し呪文を読めば、家族皆は丈夫べきで、夫が来れば妻は来る必要がなく、或は妻が来れば、夫が来なくてもいいと思って、因果法則を信じない。釈迦牟尼仏は仏になり、釈迦族が滅亡されていた時、釈迦牟尼仏は大通りの真ん中に座っても毘瑠璃王の軍隊を遮って、3日間3泊を座って、最後に遮ってはいけないと分かってから離れた。この果報はどうやって来たか?昔、釈迦族は嘗て漁夫で、多くの魚を殺した。ある1回に1匹とても大きい魚を掴んで、柱の上に縛って、この魚は荒れ狂っていた。釈迦牟尼仏はあの頃子供だった、あの魚が苦しんでいるのを見て、悲しくなかっただけではなく、かえってとても嬉しく笑った。それはなぜそなた達に子供を殺生させないと勧めた。子供に衆生が殺される時、嬉しい心を起こらせない。彼は嬉しい心が起せば、所謂随喜悪業であるから。釈迦牟尼はあの時ひいては棒で魚の頭に叩いた。そのゆえ、釈迦牟尼仏はこの一生に頭痛の果報を得た。毘瑠璃王は過去世の大きい魚であり、それで今日あれら殺された魚を引き連れて釈迦族を殲滅した。この点より分かることが出来た。因果は消滅することが出来ない。しかし我らは仏を勉強する者は、因果の存在を深く体得が出来て、我らははじめて確かに、断悪善行を決心した。

もう一つ例をあげて、釈迦牟尼仏の側にある弟子、神通第一の目犍連、彼は外道のある導師が現在地獄にいると話したので、この外道の導師の弟子に全く打ち殺された。神通第一とは彼が五つの神通を備えて、どのことでも変化出来て、どの世間の物質でも彼に害をするが、やはり因果を離れることが出来なかった。だから、多くの者は密宗を勉強して神通があってとてもすごくと思ったが、実はこれは大したもんではなく、重要なのは彼の法が生死を離脱することに役に立つか。因果が大変簡単だと思わないで、想像のようにこんなに酷くないと思わないで、一語を言って後果がないと思わないで、全部ある。我らは只一つ動作をして、一語を話せば、この業力が現れる、業力が現れれば、果報が必ず現れる。

後ろには説いた、我らは善業、悪業の軽さと重さを集中する。例え我らは三宝を持する者に従って、特に三宝を持する金剛上師、我らは上師が持する善悪に頼って、その功徳と過失は全部一般のより重い。この話はどう解釈するか?例え1人如法の金剛上師に従って善行すれば、そなたが全て得た果報はそなた個人より、そなたが従う慈善団体は全てした力より何倍多くて、逆に、例えそなたは1人如法の金剛上師の壇城の下に仏を勉強して、そなたが悪業をすれば、得た果報も倍増する。なぜリンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達が悪業をするのを絶えずに止めて、そなた達が口を開けて人を叱るのをとめて、そなた達がリンチェンドルジェ・リンポチェに対して敬わないのを止めて、リンチェンドルジェ・リンポチェは原因ではない。1人法師でも、金剛上師でも、彼が法座で法を説く時、彼は三宝の総集であるから。仏、法、僧の代表として、仏法を広げて、空虚な一切有情を利益する。空虚はそなた達この何百名ではなく、どの上師でも法を説く時、この法の力の波動は空虚を振動した。

一回リンチェンドルジェ・リンポチェは法座の上で法を申された時地震があった。仏経では金剛座の上で法を説く時地震があれば、諸仏菩薩と一切善神の讃嘆である。この事はリンチェンドルジェ・リンポチェも直貢チェツァン法王とある大リンポチェに伺って、彼ら全部大変賛嘆した。リンチェンドルジェ・リンポチェのことを賛嘆するのではなく、仏法の偉さを称賛した。これらの衆生の因縁によって、この法会がはじめて起きられた。それはなぜ毎一回法会をそなた達にとても重視させて、そなた達に法会の中に居眠りしてはいけない、妄念が起きることが出来ないと要求した。毎回の法会はそなた達これらの何百人が聞いているのではなく、空虚の中に多くの衆生が聞いているのである。

例え1人金剛上師に寄り付けば、そなたが一切の善行をして、上師に従って一切の善を行って、そなたの善行の果報は無限大きいで、逆に、1人金剛上師の金剛座のしたに悪行をすれば、そなたの悪行の果報も無限大のである。それはなぜリンチェンドルジェ・リンポチェはいつも仰った、そなたが好きではなければ離れても結構で、是非余計なことを言わない。リンチェンドルジェ・リンポチェは誹謗することに恐れるのではなく、リンチェンドルジェ・リンポチェは今日まだ誹謗を恐れれば、リンチェンドルジェ・リンポチェは上師と言えなく、そなた達が大変重い悪因をすることに恐れるのである。だから、そなた達は友達をリンチェンドルジェ・リンポチェの所に紹介して来れば、この点も彼らを教えて、彼らは信じなくてもいい、来なくてもいいが、是非口業をするな、これは彼らに対してあまり良くない。

後ろにまたそなた達に注意させた。我らが嘗て他人より恩恵をもらった。われらに利益をくれた者、例え父母、そなたの上師、これらの者に対して、我らがすべてした一切善と悪、その功徳と過失は通常のより大きいだ。何故我らは両親に親孝行をするか?彼らは我らにくれた恩徳は言い尽くさなくて、話し終われないので、我らは孝行をするべきで、これは即ち善の表れである。どうして上師に対して丁寧するべきで、師長に奉仕するべきか?彼は我らの未来の人生を変わることが出来るから。だから、我らは他人の恩恵を受けて、善行をすれば、この功徳は常にそなた達が全てする所謂布施供養より大きい。相対的に、我らはこれらの方に悪行をすれば、この果報も割合に大きい。我らはあれらが苦しんでいる者、例え病気に罹る者に善行すれば、そなたの果報は倍増で、逆もそうである。

なぜ《地蔵経》では我らを教えた。そなたが自分の業力を変わるならば、一番良い方法は病気にかかった人を世話するのである。どうして《地蔵経》は我らに是非病気に罹ったものに悪念を起さないで、我慢できない態度が起すなと教えた、これらは全部悪行である。何ゆえ菩薩は絶えずに一切苦難の中にの衆生を救うか?仏になるには福慧円満が必要から、だからこれは法門である。なぜそなた達に菩提心を起すと勧めたか?そなたがどうして仏を勉強するか?一切の苦難の衆生を救うから。そなたは仏になっても、菩薩になっても、生死を離脱しても福徳がなければならない。だから、我らは所謂他人に利益するのは、表を見ると彼を助けて、実は自分を利益する。それで衆生を苦難より救った時、そなたの功徳は倍増で、相対的に、我らは衆生が苦しい時を利用して、自分の利益をもうければ、そなたの悪業も倍増である。リンチェンドルジェ・リンポチェは何時もそなた達に示範して見せて、全て苦難の者がリンチェンドルジェ・リンポチェに伺いに来て、皈依しなければリンチェンドルジェ・リンポチェは絶対に供養を受け取らない。彼はどんな病気どんな苦難を問わず、リンチェンドルジェ・リンポチェは全部一視同仁をして彼を助ける。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの功徳を貪欲するのではなく、そなた達に示範して、仏法は商売ではなく、金銭ではなく、絶対に人の事を変わることが出来る。

後に続いて申されるのは業力はどう受け取る。業力が重ければ、先受けると言うのは、そなたの善業は割合に重ければ、先ず善の果報を受けて、悪業が比較的に重ければ、そなたは先悪の果報を受けるのである。だから、現在年寄り者、一人ぼっち,子供は孝行をしてくれないなら、そなたにおめでとう、悪果が熟した。この事を捻じり回すことを試みるな。子供はそなたのお金を使えば、そなたにおめでとう、果報が熟した。熟した悪に従ってくるのはなんだろう?善だ、何の善だろう?そなたこの年寄りはこの一生が終った後、必ず阿弥陀仏あそこへ、世の中で一番大きい善とは、一つの浄土で仏を修め得たのである。それより、多くの年寄りは何時も自分がとても哀れで苦しいと思った。これらの話をしないで、そなたがこうなったのは絶対に原因があった。そなたはそれを受け取って、直面して、大丈夫だ。そなたはリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子なので、どんな困難があってもリンチェンドルジェ・リンポチェは全部そなたを助ける。仏を勉強する者はまだ食事がないの、住み所がないのを心配するか?まだこれ、あれを心配するなら、仏を学ぶ者ではない。なぜ、リンチェンドルジェ・リンポチェは一切の難関を渡すことが出来たか?リンチェンドルジェ・リンポチェは絶対に仏が全て説いたことを信じるから。仏経が述べた、法に従って、仏を勉強する者は着る物がないことはなく、飢死することがない、住み所がないことはない。リンチェンドルジェ・リンポチェは一番貧乏の1994年にこの3件のこともないのに、そなた達が心配することはない。旅行するさえも、山ほどの心配があって、損をすることに恐れて、人様があなたの金をもうけるのを恐れて、これは恨むの考え方である。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの一生に只損をすることがあった。そなたがお金をもうけるのは当たり前で、情理に適えば絶対にそなたにもうけさせる、ひいてはそなたに少し多めにもうけさせて、皆が楽しければいいで、お金は身之外物だ(生まれてきた時は裸で、お金はあの世に持ってはいけない)。一日中で私は騙されたと思わないで、例えそなたが騙されでもそなたの果報で、そなたは嘗て人様を騙したから。そなたは人様を騙さなければ、人様はそなたを騙すことはない。

以前、リンチェンドルジェ・リンポチェは文殊菩薩が上演した一つの物語を仰った。彼は他人に教えた:我の者は盗まれない、それは我が人様の物を盗んだことがないから。人様は信じない、そうして文殊菩薩は一足とても綺麗で新しい靴を城門の出入り口に置いて。何日間を過ぎても本当に取られなかった。まるで、まるで、以前リンチェンドルジェ・リンポチェは宝石を車の中に置いても取られなかった。これはリンチェンドルジェ・リンポチェの果報だ。そなた達は終日に人様に騙されるのを恐れて、何故人に騙されたか?これはそなたの果報から。

それで、業力が重ければ先受けて、業力が軽ければ後うける。ある時ある者は言った、この人は一生とても敬虔で仏を勉強するのに、なぜまだこんなに運がないか?一番目の解釈は悪業は善業より重いので、先現われた。二番目の解釈は、彼がこの一生に仏を学ぶ力はまだ現れないので、来世に現われる。今後是非もうこう言わないで:仏を勉強しているのにまだこのようになったか?ある弟子のように、家の中に意外が現れて、彼自分でもこの考え方が起きられた。そなた達の中に多い者が全部この考え方が生じた、しかし彼の母親は誰も求めても得ないポワ法を得た。だから、我らは知るべきで、仏を勉強すれば必ず善報がある。しかしそなたがした悪と比べるべきで、そなたの悪業がとても重ければ、この悪の果報が先現われて、受け終われてから善の業報である。それより、先程話したばかりあの弟子の母は悪報が先来て、善のが後ろにあり、本当の善とは阿弥陀仏の所へ行くのである。今後人様が仏を勉強してかえって悪いことが現われたのを見たら、是非このように言わない:こんないいことをしたのにまだこのようになった。これは口業を犯して、因果を信じないのである。それで、多くの悪い人がまだいい日を暮らすのを見ても羨まないで、彼の善業は割合に強いので先現われて、悪の果報は後ろに彼を待っていて、因果はきっと変わらない。自分が仏を勉強して無事だと思うな。変わるわよ、軽く変わって、その変わりを利用して善行をすることが出来るなら一番楽しい。そなた達は変わり出来るまで求め得るならば既に容易ではなく、それで仏が全て説いた方式を信じなければならない。

例え善業と悪業と等しかったら、彼が死ぬ前全て作った業によって現行受け取る。それより、ある者は一生念仏して、突然に死ぬ前に迴光反照をして(蝋燭が燃え尽きる寸前に一際輝く様を表す言葉)、彼の家族に私は肉が食べたいと言った。是非彼に食べさせないで、彼のため、彼の考えを満足させると思わないで、彼の累世の業が来て彼に悪行をさせるから。彼が肉を食べることこそ、彼に地獄を堕ちさせるのである。例え彼はこの一生念仏したことがあっても無駄で、本当に誤魔化さなかったら、彼を騙す方式で、現在外にこんなに多くの素食は肉のように作られて、是非彼にこれはそなたのため私が殺した、私がしてあげると言わない。一番良い方式は断る。彼は元々死になるべき、食べなくても死ぬ。食べて死んだらもっと悲しいが、のて肉と同じで,ぜひ決して彼にこちらを教えないて私があなたがころしたたのを助けて,私はあなたが持ってきたたのを助けた いちばんよい方法はことわりました。 彼はもともとたまらなかったから,食べなくても死ぬ 食べてから死ぬのはもっと悲しくなる。しかし世人は愚昧で、一枚の肉を食べても構わなくと思った。仏経には明らかにとてもはっきり「彼の8両を食べると彼に半キログラムを返す」と説いたのに、そなた達この事を覚えなければならない。例え、ある者は死ぬ前に突然にそなたに誰かに借り金を追いかけてくれると言い、それも悪である。彼は彼の財産に執着して、彼の財産を惜しむので、彼が必ず悪鬼道に堕ちる。だから、仏はわれらに教えた、生きているときずっと仏を学ぶべき、我らが死ぬ前に善知識とあって、方法を教えてくれる因縁がなくて、累世の業が現れて、そなたに最後の一つの行い、ひいては最後の一つの考えをさせた

何が我らに輪廻をさせたか?即ち我等が死ぬ前に最後の一つ考えである。リンチェンドルジェ・リンポチェはポワ法を行い、あれらの神識はリンチェンドルジェ・リンポチェの目の前に来て、彼らの最後に思った事はリンチェンドルジェ・リンポチェが全部知った。同席の何名の弟子の眷属が往生した時、リンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を行ったのは全部知った。その中に1人弟子の夫が往生した時、銀行にある少しお金はまだ彼の妻に言わなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェが彼のためにポワ法を修める時、やっとリンチェンドルジェ・リンポチェに教えた。彼の妻が彼にあげた一つお財布の中一軒銀行のパスワードがあったのを彼の妻が知らなかった。それより、そなた達はもうリンチェンドルジェ・リンポチェを騙さないで、鬼さえもリンチェンドルジェ・リンポチェを騙されなくて、そなた達はもうリンチェンドルジェ・リンポチェに表面的な工夫をするな。

だから我等は絶対に死ぬ前がとても重要だと判るべき。所謂死ぬ前の時間とは、一週間の内に、此れに言うのは正常に病気になった臨終との事で、勿論意外に死亡するには限らない。しかし病気にかかって死ぬ前の一週間、是非彼の側に彼の病気を言わないで、彼が死んだらどうなるか、彼の財産はどうなるか、これ等の話しは全部やめて、言うと彼に悪業を作らせる。だから死ぬ前は絶対に彼の未来がどうするのを決定するのである。

人が亡くなるまで善と悪を一緒に行えば、その人の癖に従い、より強いほうの癖が先に実るわけである。普段から人を責めるのが好きな人は、急に機嫌が悪くなったり人を叱ったり、人に会うと傲慢でたまらなく、すべての人が自分を尊重すべきだと思うなどは、癖である。このような癖の人は、先にこの癖による結果を受けるのである。傲慢な人は、福報がよければ来世でニシキヘビになるが、福報がもっとよければ犬となり、更にいいのは朱儒となる。なぜ現世は背が低いかと言えば、過去世では傲慢で、人に自分を高く捧げてほしく、褒められたく、自分が賢いし偉いし腕がいいと思う人は、修行していれば来世では間違いなく朱儒になるが、たとえ朱儒でなくても人並みの高さではないことになる。だから、普段からの癖が大事であること。なぜすべての思いを善に向けるよう薦めるか、悪な考えがあってはいけないのは、悪念を持つような癖がある人は、たとえ悪を行わなくても、死ぬ前に悪念を持つ癖により、突然に誰かが私に悪いと嗔恨の心を起こすと火地獄に落ちるようになる。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは常に我々に悪い人のことを忘れようと進めているのは、癖になる念頭があなたを地獄に陥らせるのを恐れているのである。すべての念頭を善に向ける人は、死ぬ前に最後に出た念頭も善となれば、自然に善道に生まれ変わる。だから、子供の親不孝を責めたり、これやあれやせいにしたりしないでほしいのは、人のせいにしてばかりいては、嗔恨の心となる。すなわち、火の地獄に落ちることとなる。もし、忘れていれば、自分とは関係なくなる。

もし善と悪の癖は同様であれば、あなたのした業の順番に従うようになり、先にしたのは先に熟す。善のも、悪のも、先にしたほうから成熟する。簡単に言えば、悪があれば必ず成熟し、同時に善も成熟する。 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがよく言うように、善と悪は平行線で相殺することがない。たくさんの人が善は悪と相殺することができると思うが、そう思うと因果がなくなっている。善と悪の結果が出るのは時間の問題だけで相殺することはない。即刻悪を断てば、善をし続けると、悪の力は蚊に刺されたようにあなたに影響しないでいる。 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは帰依儀式では、「諸惡莫作、眾善奉行、自淨其意、是諸佛教」は仏法の根本的な概念であると言及したことある。

だから、祖師ジッテン・サムゴンは業果は一種類の病と解釈している。修める方法が要らなければ、誑語である。晴れ空から雷が落ちないように、私たちは考えるべきである。何を考えるべきか?と言えば、修行が必要なことを考えるべきである。修行を通じなければ、晴れ空から雷が落ちたり雨が降ったりしないはずがない。正法念処経では、太陽や月が昇ったり落ちたりすることが見えるが、業力の成熟はどんな力であっても阻止することができないというように、あなたのしたことに対してはあなたが背負ったり、責任を取ったり、対面したりすべきである。どんな力であっても業の成熟を阻止することができないから、修めなければ、改めなければ、転じようとしなければ、業を変える力がない。一生の力で善業に目いっぱい尽くすべきである。これら仏法テープを聴かない人は善業のことを尽くしていない。祖師ジッテン・サムゴンは善に対し歓喜すべきであり、敬い且つ実際で、実行に移す。不善事業は自分に害をもたらすと知っているから、命を捨てても悪業を断つと決意し、たとえ微細な悪であっても保護措置をとるべきである。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが金剛薩埵を修めた時には、四力中の一つの力は、今から永遠に悪業をしない、虚空が果てても、私の誓言に尽きることがないという。虚空は果てることある?虚空は消えることがない。 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの誓言は永遠に永遠に悪をしないことである。あなたなら、こんなに誓える?居眠りさえしなければ偉い。なんであなたは修めても結果が出ないか?それは誓えないことからである。誓うことは懲罰することではなく、悪を断つ力である。誓う人こそ、微細な悪まで断つことができるが、これら仏法テープを聴かない弟子こそ、この類の悪で微細な悪で、衆生に35分間を借りている悪である。賢愚経では、小さな罪業を積めば、功徳の林を燃やすことができると書いてある。我々はこれらの小悪を軽視している。例えば、人を叱っても構わないとか、 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに怒っても大丈夫だとかのことは、累積していくと大悪となる。恒常に善業に精進すべきであり、小さな善でも軽視してはいけない。水滴が積れば海となると同じように、小悪も積れば海になるわけである。改めなければ、顔色が暗くている。小悪が断たなければ、顔色がよくなるか?面相が変わるか?運が変わるか? 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは顔色がよくなり続けるのはなぜ?心が輝き、悪を止めているからである。行善の人は、出離心、菩提心、空性見地で行わなければ、善業の多少に関わらず、その果報は人天果位となり、下根気の善業に留まる。もし、自分自身の利益を考えた上で、持戒修定し、知恵をもち如無我に入ると、三世や七世の修業が集まれば、阿羅漢の果位が得られ、中等根気による修業の果報となる。もし、前世の広大な善業を持ち、円満な人身が得られ、すべては自分で左右できるなら、あらゆる動きを出す時には、証得佛果を考え動くべきである。

とにかく、解脱するには十不善を断つべきであり、殊勝な菩提心を発し菩薩戒を守ること。これに基づき、三門つまり身口意が見えることは本尊や、呪文、慧輪から離れない。これがいわゆる四具や密呪戒である。我々密呪を唱える人は、たとえ「オンマニベメホン」を唱えても菩提心を発し、十不善を断ち、菩薩戒を守るべきである。身口意が本尊、呪文そして知恵の輪脈から離れることができない。本尊は観音菩薩であり、観音菩薩は一切の慈悲法門で衆生を利益しているので、あなたの行為では到達していないから、呪文の善が得られないはずであり、定と知恵で人を助けていないから生死解脱することができないのである。

佛号を唱えると言えば、阿弥陀仏を思い出す人が多いが、阿弥陀仏は佛号ではなく呪文である。《淨土經》では三福を修めると言っている。これも先ほど 尊きりんチェンドルジェ・リンポチェが言及した三つのことであり、浄土、禅宗、密宗に関わらず、この三項目は必ずすべきことである。 吉天頌恭は金剛語では、一切の戒は十不善を断つ鍵となるし、唯一の鍵であると触れた。十善法の反対は十不善であるから、これに準じ改める。 仏法に精進できない理由は、因果を信じていないからと 密勒日巴尊者は言った。でも、あなたたちは私は因果を信じている!と答えるに決まっている。もし、信じていれば 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェのように精進しているし、大修行者のように精進している。未だに怠けており、改めようとしないのは因果を信じていない、そして因果は離れないし複雑であることが分かってないからである。だから、 密勒日巴尊者は法門について精進できないのは因果を信じていないとはっきりと言えるからである。因果を深く信じていれば、たとえ凡夫であっても、密勒日巴尊者のように全力を尽くし専念に他の考え方がなく精進していく。なぜ完全に法に向けることができないかと言えば、善には善報、悪には悪報があると信じていないからである。あなたは自分の意識に従い、自分の業力に従い日々を送り、自分を変えようと試そうとしないこそ因果を信じていない。

あなたたちは未だにたくさんの考え方があり、娘にもっといい人に嫁に行ってほしいや、こうやどうのなってほしいなどは因果を信じないことである。娘がいい人に嫁ぐなら、自然にいいのに嫁ぐが、あなたのアレンジが要らないし、心配も要らない。女の子は30歳過ぎたら焦り、よく 尊きりんチェンドルジェ・リンポチェに因縁を聞いてきている。因縁がないことがないでしょ?女性には因縁は必ずあるが、受けるかどうかだけのことである。問題はあなたの分別心はどこにあるか?あなたの因果はどこにあるか?現在の女性は貪欲で、男性には家、車、職業そして指輪、金銭などがあるべきであり、台湾の男性も欲張りでさっき言ったもののほかに、いい嫁を貰えれば20年短く奮闘できると思われるが、どれもいいと思われる因縁は実は因果である。この一生でこんな配偶者がいるのは決まっていることだから、因果を深く信じる人なら、こんなところにじかんを無駄にしないで、修業する。 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは因果を深く信じ、1994年にご飯が食べれなくても、一生懸命に、精進に修めていた。 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはこれが自分の果報であり、佛菩薩や上師に関係ないと言った。もし 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェについて仏法を学んでいる間、突然思わずことが発生したら、一番目に佛菩薩が霊験かあどうか、そして 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが霊験かどうかと思われがちだが、全然自分の果報とは思わない。だから、成就者や上師は常に因果を深く信じるように薦めている。

ジッテン・サムゴンは法を修める中では、前行は正行より大事だと言う。前行は発心であり、毎回法を修める前に、四帰依、四無量心を唱えるのが前行である。これの動機が正行より重要である。動機が間違えれば、正行がよく修めていても果報が足りない。同時に回向することも大事である。多くの顕教の法会では、途中で退席する人がたくさんいるが、施身法の途中で帰る人もいる。

我々は一刻でも正念から離れることができない。内外情器や世間が真実と勘違いしない。常にそれが幻化より現れるものだと思う。つまり、因果を深く信じ輪廻そして自分自身の業力の深刻さを知るべきである。我々の体そして外在一切の世間が丈夫で破れない真実と勘違いせず、一切のことは幻化より現れると観修する。幻化は我々が手に入れた物や、目にした物や、耳にした音などすべては業力の現れであり、悪業でも善業でも、永久で変わらないものであり、転じない。だから、今から言うのは常に善念を保つことで、正道を行い仏に向ける。我々は善に念頭を置き、なんかの悪念を起こすとすぐ消し、善念に取って代わるべきである。自分に悪いと人を責めてはいけない。人がよくできていないと思うこと自体悪念である。心を変えて仏に向け(中文:転心向仏)、正道を行う。正道は迷信ではなく、正道は自分を輪廻から解脱でき、さらに衆生を利益することができる。転心向法とは、心が世間のことに縛れないように、心を仏法に向けること。身の回りの人も、心を仏法に向けるようになる。自分の変化により、すべての家族や親友を仏法に向けるように変えられればいい。これこそ善徳が増え、善の功徳が絶えず成長させるのである。

あらゆる修行者が住んでいる場所は、修行者によって善が得て吉となる。修行者のあるすべてのところに、深刻な災難がないということであり、たとえ災難が家の外まで来ても自然に避けてくれるようになる。よく自分のミスを監視しチェックすべき、そして自分の眷屬、友人、さらに一番大事である先生を含めるあらゆる他人のミスを見ないように、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはよく薦めている。人は 上師の間違いを見ることを好むが、直貢チェツァン法王が言うように、すべての上師に間違いがなく、間違ったのはあなたたちの心にある。あなたはあなたの心という物差しで修行者をチェックしている。最近、ある女衆が道場を離れた。彼女は母親が入院し、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは加持に行くようにと約束したが、途中でちょっと時間を遅れたから約束より遅めの時間に到着したが、ちょっと遅れただけで 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを待ってくれなかった。其の後、彼女は リンチェンドルジェ・リンポチェはもう慈悲ではないと言った。これは人の間違いだけに注目しているのである。もちろん遅れたのは 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが悪いが、その日に リンチェンドルジェ・リンポチェ会いに来た信者さんは重病が多いから、しょうがなく時間を遅れた。 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはこの弟子の母親はまだ死なないと知っているし、弟子である以上待つべきだというのに、彼女は 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲ではないと思い、今ももう法会に参加しないでいる。

直貢チェツァン法王は決してあなたの認識で上師をチェックしないでくださいと言ったことある。あなたが上師に問題があると思うときは、あなた自身に問題あるのである。あなたの心に問題があるからこそ、一切世間のことに問題があるように見える。六祖慧能は本当の修行者は世間の過ちが見えないと言ったことある。というのは、世間のすべてのことは、因縁、因果に過ぎなく、もし人に間違いがあるように感じたら、あなたは修行者ではないから、常に自分自身をチェックすべきであり、他人をチェックするのではない。特に、自分の上師そして出家さんと修行者に対してはチェックしてはいけないのである。偉い人は法座に上って座るのだから、自分が偉いと思わないでほしい。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはある話を言ったことある:ある人は自分の息子の結婚披露宴のために、ある法師にお金を借りに行った。しかも、披露宴は菜食ではなく一般食だから、法師はお金が無くて断ったが、この人はすぐ法師に息子の生涯に一度の結婚さえ助けてくれないから慈悲がないと叱った。この人のやり方に間違いがないか? 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはこの人に間違いがあると言えないが、貪念で仏法が分からないしか言えないと言った。

だから仏子とする我々は職場では、人生の環境では、毎日に衝突と摩擦が必ずがあって、とても普通で、必ずあった。けれども、彼が間違うという心構えをくれぐれ持ってはいけなかった。この事柄が何故このように発生した事をよく考えて、自分が何かところをうまくしない事を検討し、そなたの下役と上司に直面する事も含めた。自分を検討する事は仏子にとって最も重要な課程で、自分を検討しないで他人に検討する者は仏子ではなかった。我々は「登地菩薩」に至って、「等覚菩薩」に至っても、我々も同じで自分を検討しなければいけない、此れは我々が円満しなくて、仏に成る事に至らないわけである。凡夫とするそなたは、何に基づいて自分を点検する必要がなくて、何に基づいて自分が正しいだと思っているのでしょうか。

だから、後でもう一言があった。常に他人の善の相を見て、相が彼の様子ではなくて、彼が善を行うところで、彼が上手くするところで、つまり、他人が間違うところを見てはいけない。これはそなたが彼が間違った思っていると、そなたの瞋念が起こさせるわけである。人々は彼の美点があるし、勿論彼の欠点もあって、我々は彼の美点を見つける。だからこの業果根本は我々の直貢噶舉派がとても重んじて大切する教導である。直貢噶舉は実修派で、これは我々がこの概念に対してとても重視し、絶対に実際的なそなた達に教えるわけである。もし、今日リンチェンドルジェ・リンポチェは軽はずみで外の人に学んで毎日にそなたが快い言葉を話して、随意に何かストーリをそなたに聞かせて、そなた達が絶対に聞き喜んでいる。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に褒めさせられて、そなた達に自分が素晴らしさと感じさせられて、そなたに他人と違うだと感じさせられて、しかし、これは仏法ではない、これは仏法ではないし、直貢噶舉がやる方法ではない、我々の問題が自分で知らなければならない。

最後の四つ内容は、暇満な身を得られるけれども、無常の悪魔が随時に我々の身の回りに居ている。我々は業と果報の恐ろしさ、その上、輪廻の苦しみを耳にしたが、我々が一切の悪業にいる衆生に代って、加持を頼んで、我々の心を出離の心に生じさせる。我々はこの世で無暇な身を得ても、我々に機会をくれて仏を学ばせても、我々が絶対に自分に無常が我々の身の回りにいて、死魔が我々の身の回りにいて、時々刻々に我々と伴っていると言う事を警告させている。もし私達は業力の恐ろしさ、輪廻の苦しみを深く体得しないなら、解脱する事が無理である。だから、我々は自分と一切な悪業をしている衆生が諸仏菩薩と上師の加持を貰えて、我々に出離する心を生じる事を望んでいる。我々はこのような方向、方式にて仏を学ばないなら、そなたが修めているのがただ世間法で、出世法ではない。出世法を修めえられるなら、世間法が必ず障害がない。そなたは出世法が人生に最も重要な事と思わないなら、そなたが世間法の問題が多くなっていく。

ある女の弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに「日曜日に子供を連れで遊ぶに行く予定ので、法会に参加する事が出来ない」を報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェの回答は「いいよ」であった。これはリンチェンドルジェ・リンポチェと関係がなかった。そなたの命は仏菩薩が救って貰って、そなたに救う事はそなたに家族の楽しみを享受させる事ではなくて、そなたに他人に仏法の偉大さを教えさせるわけである。家族の楽しみを享受したら、そなたの福報を使ってしまった。もう一人の女の弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに「アメリカへ行って娘をお見に行く」を報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず「いいよ」と回答し、これはリンチェンドルジェ・リンポチェと関係なかった。そなた達は「リンチェンドルジェ・リンポチェは親心が無い」と絶対に言った。自分の子供に見てもだめでしょうか?これらの話を言う者も果報を信じていない、そなたは福報があったら、子供が自ずからそなたの側に居て、逃げたいでも逃げられない。福報がないならば、そなたの側に居ても痛い目にあわせるのである。今日のニュースの報道により、息子が親父を殴って、病院に横たわる程度に至った。我々は在家の相に現すけれども、心が出家する事が要って、この世、我々の眷属が因縁果報で、そなたがこのようにすれば、そなたの子供がそなたに少しよくならせるわけではなかった。我々は子供に可愛がって、自分の子供と一緒に居たいが、そなたは子供が衆生のなかの一部だけと了解してはいけなかった。もし我々は自分が衆生に対する心を広められるなら、そなたの子供が自ずから良くなっていく。この拡大はそなたに真に彼に何をさせることではないし、却って心の中には衆生が苦しんでいる事を良く覚えているのである。

私達はこの世に福報があって仏を学ばれて、我々も衆生が仏を学んで貰える事も望んでいて、そうすれば、仏法が世の中に常に住まれるわけである。この世に仏がない事想像出来ない。所謂親心とは、厳格に言えば業力である。そなたは彼に欠けて、或いは彼はそなたに欠ける事で、この世で終わる。我々は子供を愛して、子供に配慮して、正確的な観念が要るし、我々は子供に代って福を大切し、彼に大人になると足りる福報を使えるためである。子供は福を浪費し易くて、これは彼が自分で福を累積する事が出来ないわけで、我々に頼んで彼に代って福を累積する。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達と眷属の親心を引き離すのではないし、しかし、眷属が我々のこの世で業力が現れる事をよく知らなければならなかった。もし、我々は眷属に気にする心がこんなに重いなら、そなたが最後の考えに至る時に、そなたは彼たちに考えて、そなたが去る事が出来ない。我々は彼に関心する事が出来で、しかし、彼に気にする事が要らないのである。合理的な事であれば、我々がやる事が出来で、不合理な事であれば、彼に意見をくれて、彼に阻止して、彼に忠告する。もし私達は仏法の中に、先の女の弟子が怒ってから走って、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなたが怒ってから離れる事をとても欲しくて、それでは、リンチェンドルジェ・リンポチェは気楽になっていく。釈迦牟尼仏は「地球の衆生が剛強自用で、調伏し難いです」と説いた事がある。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは釈迦牟尼仏と同じように、そなた達が極めて剛強であれば、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達により剛強になっている。リンチェンドルジェ・リンポチェのこの人は事柄を怖くなくて、死ぬ事を恐れないのである。青海に14時間の車を乗られて、14時間に絶えずに上下に揺れてひっきりなしに続いて、2日目に食事をせず事が出来で、だから、剛強である。そなた達の心が固くないなら、仏を修め得る事が出来ないわけである。だから、今日、そなた達に少しの所謂辱めを与えて、一切の警告を与えて、そなた達の心が変わらせる事を望んでいて、この五濁悪世に続け輪廻している事をしてはいけない。特に我々の直貢噶舉派は実修と名乗って、台湾では多くの道場があるけれども、修め得られる者が余り居ないのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェの友達はリンチェンドルジェ・リンポチェに「根器がよい弟子が居ますか」を常に尋ねた。リンチェンドルジェ・リンポチェは「いないです」と回答した。根器が良いのは真に前世に持って連れるのでしょうか?そうとは限らなくて、この世に変わられる。そなた達は何故変わられないのでしょうか?これは教えにより従って、確実なやる事をしないわけである。そなた達は災難があって、良くない事に遭って、仏菩薩がそなた達に代って対応した。リンチェンドルジェ・リンポチェは常にそなた達に提示させて、真に感謝がリンチェンドルジェ・リンポチェに良い事ではない、却って真に仏を学ぶ者である。真に学んでいって、放棄してはいけなくて、だらけてはいけない、そうすると、そなたが真に変われる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは「台湾人は余り幸せがある」と常に説いた。そなた達は過去世に悪くなくて修めたので、この世に心地良い環境で仏を学んで、しかし、そなた達に満足させなかった。我々は常に福を惜しむ事を説いて、此れは食べ終らない食べ物を絶対に食べ終わる事ではなくて、この福分が表す時に、そなた達がこの機会をよく大切にして、この福を浪費してはいけない。そなた達はこのような福報があって仏法を聞けて、この福報があって他人に無償でこの場所を我々い提供させて、これ等が福報である。この福報はそなた達に享受させる事ではなくて、却ってこの福報の機会を大切にして、そなた達に仏法の中に実行させた。そなた達は全て甘やかされて、苦しみに耐えない人であり、そなた達に台湾で生まれて、そなた達に好い生活を過ぎさせて、そなた達にこのようなよい場所にあらせて、此れはそなた達の心を決めさせて、仏法を良く聞き入れさせて、自分が有りのままで遣り遂げるためである。私たちの時間は日々で暮していて、1歳を増えて、1歳が年を取ると、仏法を学ぶ1年を減らして、リンチェンドルジェ・リンポチェが死亡を恐れなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェがただ時間が足りなくて修める事を間に合わない事を恐れるだけである。今日、そなた達は直貢噶舉の門下に皈依が出来て、多くの大修行者のお蔭を持ちまして、多くの正確的な法門があって、絶えずにそなた達に注ぎ込んで、しかし、そなた達が遣り遂げなくて、此れは上師と関係が無かった。

リンチェンドルジェ・リンポチェが嘗て説いた『三十七頌』は繰り返して聞かなければいけない。さきあの女の弟子は間違いを犯して、『三十七頌』には、大衆の前に上師にそなたの欠点を言わせてから怒ると、如何になるのでしょうか?『三十七頌』は大乗仏法を修める我々に対してとても重要で、特にポワ法という密法を修め得る者に対して、『三十七頌』の基礎がないと修めもらえない。『三十七頌』は我々の人生の座右の銘になる事が出来で、我々が人間とする法則になる事が出来で、『三十七頌』を常に聞いたら、我々に悪を止めて善を修めさせられる。自分が何か問題を発見したら、『三十七頌』の中に自分の間違いを見つける事が出来る。『三十七頌』は顕教の中に『三十七道品』と呼ばれて、顕教を学ぶ者であれば、チベット仏教を学ぶ者であれば、『三十七頌』を了解しなければならない、自分の尊厳を捨てられない者が真に平等な慈悲心を修め得ない、如何なる法門を学んでも力を存在しなかった。如何に平等な慈悲心を修め貰えるのでしょうか。我執を破らなければ成らなくて、『三十七道品』は我執により諭された。衆生が最も強い敵は我執で、我がをとても執着した。だから、先の弟子は自分が何も間違いが無かったと思っていた。そなたは自分が何も間違いがと思うならば、此れは我執の開始である。そなた達は「明らかにあなたは間違って、私は間違いありません」と必ず言った。しかし、仏法はこの考え方を受け入れなかった。仏法は我々に一切な事柄が「衆生相」、「我相」、「人者相」、「寿者相」を含める事と諭した。我々は分別妄念を執着するので、我々に絶えずに悩みを生じさせている。私たちは『三十七道品』を以って如実で生活に使えるならば、自ずから悪をする機会を減らす事が出来た。

私達が善行をするのは本当にとても困難で、悪をするのがとても簡単で、一つの良い基礎から段々に築く事がとても困難で、それを破壊する事が容易いである。我々はビルを築くのように、1年、2年の時間に掛かるかもしれないし、が、そのビルを破壊したら、数時間だけで足りて、人生もこのようである。だから、仏が我々にあまりに苛酷である事を誤解してはいけない。仏は我々の苦しみが如何に来た事を明らかな分かるので、我々にこのような方法を教えて、我々に如実なする事を薦めさせて、我々に絶えずに気付かせて、我々に模範を示させた。我々が説く金剛乗は菩薩乗を修めて仏果を修める者で、此の中に最も重要なのが「六波羅蜜」で、第三が辱めることを我慢するのである。だから、その弟子は上師に我慢する事が出来ないならば、彼女が誰かが我慢する事が出来るのでしょうか?この閉める道場には、上師がそなたに罵ったら、外の人が知らないで、もしそなたが此処に我慢出来れば、諸仏菩薩と一切の護法が知っていて、そなたが我慢出来れば、福を修めるわけである。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの世に最も最大な美点が我慢する事が出来で、物事を弁えてから今まで、誰かがリンチェンドルジェ・リンポチェに軽視したり、虐めたり、罵ったりする事をすれば、リンチェンドルジェ・リンポチェが全て我慢出来で、如何なる復讐の心が無くて、すぐ反発する心があい、此れは福を修める事が最も根本的な条件である。六波羅蜜の前の三つは布施、持戒、辱めることを我慢する事で、つまり福報を修めるわけである。上師の話でも我慢出来ないなら、誰を我慢する事が出来るだろう。だから、常に眷属と喧嘩して、子供と喧嘩して、如何なる人と喧嘩する。だから、表面的に、上師が厳しいが、実はそなた達の悪習を変えるのである。

チベット仏教の四大教派は全て「不共四加行」があって、「不共四加行」が直貢噶舉に「大手印五支道」と呼ばれて、「不共四加行」は一切なチベット仏教で、顕であれば、密であれば、最も重要な根基と基礎である。如何なる法門を学ぶ事に関わらず、もし「四加行」を修めないと、上師が伝えないわけである。しかし、現在、台湾で一つの良くない習慣があって、全ての道場は灌頂が好きで、甚だしきに至っては極めて秘密的な法でも、公的な説いて、此れはするはずべきである。「不共四加行」とは、我々の直貢噶舉は「大手印」の法門を加えて、「大手印」が禅定の工夫である。何故数週以来に善を説く事を重んだのでしょうか?此れは禅を学ぶ者は心の中にある悪の考えを除かないなら、病みつきになりやすいわけである。リンチェンドルジェ・リンポチェはなぜ今まで禅を伝えないだろうか。リンチェンドルジェ・リンポチェが分からない事ではないし、此れは禅定がないなら上師に成る事が出来ない。此れはそなた達の悪の念がまだ除かないわけである。悪念が多い人は禅を学んだらとても危険である。リンチェンドルジェ・リンポチェは段取りをおって行って、そなた達の学習の過程によりそなたに変わらせて、教導してくれた。さき、先週、仏法のテープを聞かなかった者はそなたに遅くて学ばせて、此れはそなたが善を行いたくないで、此れはそなたが善の法を学ぶ資格が無い代表した。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て仏法を学んで、一切の力を使い尽きて、一切の所有を以って法を求めて行って、今日、そなた達が遣り遂げないが、しかし、条件に合う事が要るし、此れは法本がはっきり説いて、根器が正しくない者に説かないのである。

何故多くの顕教法師は密法がない事を誹謗するのでしょうか?密法がインド仏法に消えさせた原因と言った。これ等の人たちは全て妄言を言った。実は、釈迦牟尼仏がいっていた時に絶えずに密法を現した。ひとつのストーリがあって、釈迦牟尼仏が涅槃した時に、「吉祥臥」になって、右手によって滅寂し、しかし、ずっと迦葉尊者が帰る事を待っていて、迦葉尊者が帰ると、身体が「三昧火」を起こして、これらが経典に記載した事があり、「三昧火」を起こして身体に自然と焼き尽くさせて、舎利子だけで残っている。「三昧火」とは密宗が所謂「拙火」で、我々の全ての上師が「拙火定」を修めた事があった。現在、何故禅宗が益々落ちぶれていて、益々衰微するのでしょうか?此れは密法がないわけである。真に禅宗を修める者は身体絶対に益々良くなくなっている事が無理である。然し、多くの誤解により釈迦牟尼仏が密法を説いた事がないと思っていて、が、密法が公的な説く事が出来ないし、根器が正しくないなら、時間が間違うなら、説く事が出来ないわけである。しかし、釈迦牟尼仏が現すの「三昧火」が密法であり、「拙火定」の最高の境界である。密法を修める最高の境界に至ると自分の身体に焼き尽くさせられる。

リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に厳しい要求させて、此れはリンチェンドルジェ・リンポチェの生きている間にそなた達に真に仏法を学ばせる事を望んでいて、そなた達はまたいい加減にするならば、リンチェンドルジェ・リンポチェがこんなに苦労する事が要らなくて、閉関をして行く。閉関がとても心地良くなって、食事しなくて寝ない程度に至られる。そなた達は仏法が常に広めて、法輪を常に転じる事を望んでいるなら、我々の全ての人により仏の慧命を続いて、如何に継続するのでしょうか?教法に従ってしっかり実践して、割引する事をしてはいけない。本来、今日多くの戒律のことを皆に説きたいけれども、仏法テープを聞かない人いより、35分を浪費し、だから、そなた達は懺悔してはいけなかった。時間が有限で、時間がとても大切し、足りる時間がないならば、悟る事が出来ない、生死を解脱する事も出来ない。今日、皆にある教訓を与えて、その上、皆に現場に見させて、人の習気が直せないなら直せないだろう。そなた達が帰宅してから、自分の問題をよく考えていた。繰り返して間違いをしてはいけなかった。

人生はこんなに多くの時間で我々に間違わせた事がない、我々の日常生活が同じように過ぎて、しかし、仏を学ぶ心が固くなる事が要り、自分に如何なる理由をくれてはいけない、自分に如何なる時間をお休みを取られてはいけない。リンチェンドルジェ・リンポチェは1997年以降にお休みを取った事がないし、そなた達は偶にはお休みを取られて、リンチェンドルジェ・リンポチェが毎日に仏法においている。今日説いたのはそなた達に悪をする事が簡単過ぎる事を体得させて、我慢できないなら直悪をし、だから、その弟子がそなた達の菩薩で、そなた達に瞋念が重い者が如何に恐い事を見させた。そなた達は自分を育成して訓練し、慈悲を以って瞋念に対治する。感謝の心により恨みに対治する。如何なる者は我々い少しでも恩恵を与えるならば、忘れてはいけない、如何なる者は我々に少しの恨みを与えるならばすぐ無くして、此れは仏を学ぶ者である。我々はただ恩を覚えることしか出来なくて、恨みを抱くことが出来ない。我々はただ損をする事しか出来なくて、便宜を得る事をしてはいけない、それでは皈依の仏子のようである。人生はもともとこのようなで、とても偽で数十年を過ぎて、そなた達は過去の事を回想したら、昨日の夢のようである。そなたは明日が速くて過ぎる事をはっきり知らなければいけない。この数週以来に説いた業力、因果、善業など、如実に生活に使って、割引をしてはいけなくて、懐疑をしてはいけなくて、心配をしてはいけなくて、恐れてはいけないのである。仏を学んだ者は恐れるべきでなくて、如何なる良くない事を避けないてはいけない、現す事が好い事で、またある事を終られて、皆が再び心配してはいけなくて、心配が我々が最も強い敵である。

2011年5月31日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、殊勝な施身法法会を開催した。リンチェンドルジェ・リンポチェは、今日修める法門はチベット仏教の密法の八大成就法の一つであり、チベット語では「断つ」だと、中国語で「施身法」だと訳した、断つのは輪廻の根本を断つことを指すのだと開示した。

世界中のあらゆる宗教の中では、ただ仏教だけは済度することを言って、中国人はほとんど済度(中国語で超度を称す)というこの名詞を聞いたことがある。仏陀が最初に人を済度されしたことに言及するのは、目犍連尊者が母を救ったことである。釈迦牟尼仏の身の回りの神通力第一である目犍連尊者は神通力にて彼の母が餓鬼道にあることを見るから、神通力を使って母に食べさせるため食物を持って行ったが、これらの食物は母の口の中まで食べられて、咽喉間で火と成り、まったく食べることができなくて、目犍連尊者はそれを見てたいへん苦しいと感じ、神通力が済度することができないことを知っていて、そのため釈迦牟尼仏に助けてくれることをお願いした。何故彼の母は餓鬼道に生まれたのか。というのは、生前に布施しないこと或いはあまり布施をしていないことや、或いは布施した後に後悔したり人の布施を阻止したりすることや、心からで布施をし供養するのではないことは、全て餓鬼道に生まれるのである。布施とは自分の要らないものを他の人にあげるのではなくて、自分がたべ残る物をブタに餌を食べさせるように、そなたの要らないものを他の人に送るのは、布施と言えない。本当な布施はそなたの必要とするものを他の人に送るのである。そなたは他の人にいくら供養したいかと聞く時、この心が真な心ではない。だから、ある者がそなたにいくら供養するかと聞く時、そなたは随縁(ずいえん/縁に従うこと)、或いは100元か300元でもいい、と答えないでください。もしそなたはこのように答えたら、餓鬼道に堕ちる因を植えるのである。実は布施は金額が多いか少ないかではなくて、そなたの心が恭しいかどうかは大切である。そなたのはじめて金額がいくらかと考え出したら、その金額を紅包(ホンパウ/ぽち袋)に入れて、それは随意であり、そなたの意に従って、他の人と比較しないでください。

目犍連尊者の祈願のため、釈迦牟尼仏が彼に母を済度する一つの法門を教えて、結夏が終った後に、斎食で僧団に供養して母のために福報を累積するとのことである。結夏はインドで7月の夏に僧団が外出して托鉢しないで、その原因は2つあり、一つはインドの夏が本当にたいへん暑いから、たとえば今すでに40℃に達するようで、外出に適しない。もう一つは夏に多くの昆虫、動物が出てくるから、僧団が外出したら、これらの昆虫を踏んで殺す可能性が非常に高くて、だからこの期間には行者はある所で閉関しなければならなくて、活動しに外出しない。ここで言われる僧団は単に出家衆を表すのではなくて、もし出家衆を表すためであれば、お経には比丘、比丘尼の出家衆を書かれるから、別に僧団を言う必要がない。僧団は比丘、比丘尼、優婆娑(優婆塞とも書く)及び優婆夷など四衆を言う。その上、この僧団は釈迦牟尼仏に追随して修行する弟子、或いは釈迦牟尼仏の認可された弟子、ふだん仏陀の側についている人を含んで、全部で約1200人であり、しかも阿羅漢の果位まで証得した。しかしお経には僧団に斎食で供養する時間はどのくらいだかを書いていない。このようにしてから、目犍連尊者の母はやっと餓鬼道から天道に転じることができた。今世の中に多く兄弟子、弟弟子を語っている者は、自分が物が見られて事を知っているのを言ったり、自分が神通力があることを表現したりすることが好きであり、目犍連尊者が阿羅漢まで修行して大神通力がある行者さえも、すべて自分の母を助ける方法がなくて、だから神通力は事を解決することができない。仏陀は数千年前に地球の上でこのような事が現れることを知っているから、その故、諭された事はすべてその後で発生する事を予言して、仏陀は気軽に話をしないから、仰るのはすべて必ず仏法と関係がある事である。

仏経にも記載されたが、地蔵菩薩はある世に女性であり、母は亡くなった時彼女は母がどの道に転生する事を分かるため、資産を全て売って仏を供養した。その上、仏を礼拝して、おでこと四肢も血が流れるまでしていた。仏経に何時間に仏を礼拝していると、仏は現れて彼女に母が地獄道にいるのを伝えた事を記載しなかった。地蔵菩薩の母は生前鼈の卵を食べる事が好きだから、死んだ後地獄道に行った。仏経は我々を教えたが、このような大きい供養及び恭敬心があれば、亡者を助けられる。地蔵菩薩は如何なる恭しく仏を求めた状況に関して、そなた達は見たけど、出来なくて、行う勇気もない。だから、常にある人はリンチェンドルジェ・リンポチェの前に跪いて、「私の父はどの道に行きましたか」と聞くと、リンチェンドルジェ・リンポチェは常に答えたくない。彼に聞くと、「そなたの父は生前に仏を習った事があるか。」また、「生前に肉を食べた事があるか。」若し仏を習わず、肉も食べるなら、聞く必要がない。必ず地獄道に堕ちる。故にある時、信衆はリンチェンドルジェ・リンポチェに求めて、勝手に自分の親友はどの道にいると聞いて、わずかな恭敬心がない時、リンチェンドルジェ・リンポチェは本当に答えられない。信衆は冗談に聞くと、リンチェンドルジェ・リンポチェも冗談に返事しか出来ない。実は人は死ぬ前に死んだ後どの道に行くのを分かれる。例えば、通常に心は不満であり、他人は全て自分に謝らないと出来ないや生前に怒る事が好きな人だ。我々はこのような感覚があった。怒った時、胸はとても熱くて、尚更に頭が全て膨らむようだ。このような心と頭はとても熱い感じは実は火が燃えるようだ。通常にこの感じを慣れれば、死んだ後必ず火の地獄に堕ちる。

仏経にも記載されたが、亡者のために仏事を広め作らなければならない。仏事を広めて作るとは各寺に灯を点すことではなくて、広めて仏が教えられた事を行うことである。つまり、敬って、懺悔して、発願する事である。寶吉祥仏法センターは毎月の施身法法会は全て1300人以上共同に参加している。更に未皈依の信衆は法会に参加するのは無料である。仏菩薩と上師はそなたを騙す必要がない。仏が説かれた事は全て真実である。そなたは見えない事は存在しないとは言えないが、そなたは知らない事はないとは言えない。他の寺に対して、千人以上の法会を行なうのは簡単ではない。台湾に於いて、沢山な人があるのに、リンチェンドルジェ・リンポチェに会えるのも簡単ではない。それはリンチェンドルジェ・リンポチェはテレビも出ず、有名にもなりたくないから。リンチェンドルジェ・リンポチェは1100人以上の弟子があるから、テレビに出る或いは番組を作って一日中に放送していることも簡単に出来る。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはやりたくない。そなた達は此処に来られるのはリンチェンドルジェ・リンポチェが誘われたことではなくて、仏菩薩、冤親債主はそなた達を呼んでくるから。法会に参加する時、恭敬心、懺悔心、慈悲心で参加しなければならない。そうすれば、六道の衆生も全て助けを得られる。

世間に於いて、ある兄弟子は人にそなたの後ろに多くの物を付いていると言った。後ろに物を付けられない人はいないだろう。祖先があれば、皆はある。彼達は何故そなたを付いているだろう。それは遺伝子は同じだ。一方、たとえ見えても彼を助ける能力があるかどうか。リンチェンドルジェ・リンポチェは先日にテレビを見て、ある少女は自分が鬼を見えると言った。彼女は目をしっかりに閉めて、見えると言った。実は本当に見えるのは目を閉める必要がない。彼女にある幽霊がある西洋の写真を見せると、彼女は見えない。この人は人を騙すのを現した。

そなた達は法会に参加して事があって、供養したから、自分が修行していると思わない。梁武帝は仏教に対して、多くの貢献があった。その上、始めて法律を定めて、出家者が必ず菜食する事を規定した皇帝である。彼は行った善事、修めた事は必ず現場にいる皆より多い。しかし、彼は最も愛された妃が亡くなっても、彼女を済度できない。彼の妃は死ぬ前、瞋恚で他の妃を嫉妬するから、死んだ後、大きいニシキヘビになった。その後、梁武帝の夢の中に現れて、梁武帝に助けを求めた。梁武帝は寶誌公を求めて、彼女を助ける。寶誌公は千手千眼観世音菩薩の化身であり、彼はある成就を修めた弟子と一緒に千仏を拝んで、梁武帝の妃を助けて天道に登られる。だから、他人に依頼して経を唱えれば、亡者を済度できると思わない。先週の土曜日にある信衆は自分の亡くなった目上に十時間に阿弥陀仏を唱えていたが、唱えた後、死体は相変わらず硬くて、何も役に立たなかった。そうすれば、自分が唱えた事は効果がないと分かって、リンチェンドルジェ・リンポチェに求めた。ある人は「効果がある!八時間に唱えれば、死体は柔らかくなって、微笑んだ」と言うかもしれない。確かに天道に昇るもこの状況が現れて、必ず仏教とは限らない。道教をうまく修めた人はこの現象も現れる。しかし、必ず阿弥陀仏浄土に行くとは言えない。

《阿弥陀経》、《無量寿経》及び《観無量寿経》、三つの経に於いて、皆に如何なる阿弥陀仏浄土に行ける事を教えた。しかし、全て自分は自分のために修めて、如何なる他人を助けて修める事を説かれない。浄土に行ける人は第一、亡者は必ずその前に仏を習って十善法を行った善男子、善女人であり、福徳因縁を具えた。第二、修法者に関わる。仏経に記載された釈迦牟尼仏が説かれた法門以外、密法は一般的に本尊が直接説かれた法である。唯ポワ法は蓮花生大師が直接阿弥陀仏浄土に行って、阿弥陀仏に求めた方である。だから、仏を習わない衆生を助けて修法出来る。何故この信衆は十時間に唱えても役に立たないだろう。それは亡者の最後の考えを分からないから、彼を助けられない。世間である者は阿弥陀仏を百万回唱えれば、必ず阿弥陀仏浄土に行ける噂を言われた。一手で数珠を持ちながら、一手で計算機を持って、阿弥陀仏を一回唱えた後、計算機を押した。そうすれば、阿弥陀仏ガチャ、阿弥陀仏ガチャになった。役に立つわけではないだろう。また、ある者はテレビを見ながら、唱えているや唱えながらテレビの人を叱るのも役に立たない。全ては散乱に唱えたが、唱えないよりいい状況である。

百万回とは閉関修行の中に一心不乱に唱えないと出来ない。今日修める施身法は必ず上師から灌頂して、口伝して、尚更に三年内に不共四加行を円満に修めた後、上師を通して、そなたの境界が達したかどうか確かめられた。その後始めて六字大明呪を円満に閉関修行出来ない。法本に説かれた兆候が現れて、上師に確認された後修められる。更に閉関修行する。リンチェンドルジェ・リンポチェは施身法と過去世にとても深い縁があるから、今世自然に施身法を求めて習った。この法を修める人は必ず完全に自分を関心せず、自分の体を執着しない人しか修められない。それは修法の間に衆生に自分の体を食べさせて飲ませたから。

嘗てある偽の密宗上師がテレビの上で上演した。ある呪文を唱えてお米を加持した後、お米を撒いて餓鬼道の衆生に食べさせて、衆生に優しくしてあげて、衆生と縁を結んだ。実は彼に食べさせることが出来ても今日腹が一杯になって、また明日?あさっては?彼はまだ餓鬼道にいて、やはり苦しんでいる。そなたは方法があれば、彼に三悪道を離れさせるべきだ。例えあるお米を撒いて彼に腹を一杯にならせば結構であれば、呪文を唱えてお米を撒いて餓鬼道の衆生を助けることが出来れば、リンチェンドルジェ・リンポチェはこんなに辛くて閉関する必要があらない。目犍連尊者は仏に彼の母親を済度するのを求める必要がなく、只仏に母親に食べさせれば結構である。身の上に念珠をかけなければ、手印をしなければ密宗ではないのではなく、そなた達も今までリンチェンドルジェ・リンポチェが外で大念珠をつける或は手印をするのを見たことがない。例え言わなければ外の者もリンチェンドルジェ・リンポチェが1人密宗上師のことを知らない。以前、ある自分が黒教の宗師としての偽の密宗師は、終日手印をして、彼がしたのは実は只供養印で、密宗から借りって己として使った。

坊間で7月にの鬼の門を開けたり閉めたりする。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏経を遍くめくってもこの段落を見たことがない。仏経には只7月が目犍連尊者の斎僧物語りとかかると述べた。例え鬼のドアを開けることがあるなら、皆が全部供物を用意したり、紙銭を所謂好兄弟(鬼達)に焼いたりして、あんなに多くの美味しい物が有るのに鬼は大人しく帰るか?そなた達は鬼がこんなに騙しやすいと思うか?鬼は鬼通があり、彼がすごく苦しむので騙し難い。人様はとても騙しし易い。現在地球は温暖化との事も台灣の商人が旧暦の二と十六にお辞儀をして、紙銭を焼くのと関係がある。リンチェンドルジェ・リンポチェも商売をするが今まで紙銭を焼くことをしたことはない。紙銭を鬼に焼いてあげて鬼がそなたを助けに来ると思うな。嘗てある信者はリンチェンドルジェ・リンポチェに助けを求めに来た。彼女の家の冷蔵庫は夜の時自動的に開けた。彼女は手洗いへ行く時お風呂の電灯が自然に開けた。綺麗に置いた靴は翌日にめちゃくちゃされるようになった。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの信者の住所を聞いた後申された。このようになったのは彼女は毎日ベランダで線香に火をつけてお辞儀することで鬼を室内に引き連れて来た。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは呪文を唱えて加持した後、これらの事はもう現われない。ある者はベランダで線香に火をつけてお辞儀をするのが好きで、鬼道の衆生は線香を嗅いで良いことが有ると思って来た。ある人様が彼を済度すると思って、結局来た後こんなことではないと分かって、彼はそなたをやろうとして、終に後ろに一山のように従って、またそなたは彼らを助ける能力がなくて、彼らはそなたに面倒をかける。

施身法はチベットの女ヨーガ者―マジラ尊者は《大般若経》の中に説いた空性と釈迦牟尼仏が身を犠牲して虎に食べさせるとか、六道衆生のため太腿の肉を切って、目を掘るとの慈悲で書き出した法である。《大般若経》は《大蔵経》の中大きい篇幅を占めて、その中に全部空性を解釈する。空性の慈悲心とはかまととではなく、本性が自然に流れた慈悲で、区別心がなく、一視同仁の平等心で衆生を助けるこそ、空性の慈悲である。我らはいつもある事に対して特別な感動、執着、区別心が有り易いため、人を助ける、これは偽の慈悲で、そなたの意識よりやりに行くのを生じた。しかし、これは慈悲がないより良いだ。空性の慈悲まで出来るのはまだ智慧があればはじめて出来る。我らは仏を勉強する以上、仏経が言う事に従うべきで、自分が発明するな。信は一切功徳の母である。信とは仏経には全て述べた内容を信じるのである。第二は自分は仏が全部説いた事が出来ると信じるべきだ。布施する時空性の慈悲をまだ証得しなければ駄目だ。鬼道の衆生は感応能力がすごく強くて、行者は彼らを助ける能力がるかどうかはっきり分かる。行者は空性の慈悲がなければ、鬼衆も助けを受け取らない。寶吉祥仏法センターの法会には功徳主がいない、そなたの身分地位を問わず、全部一視同仁する。今まであげた大法会にも幾らお金があればで点灯することが出来る、幾らお金があれば、功徳主で前に座る。完全に衆生を平等する。《地蔵菩薩本願経》或は《薬師経》では、済度にはある備える必要条件を載せた。《阿弥陀経》には載せてあり、浄土へ往生するのは福徳因縁をかけない善男子、善女である。しかし施身法の法本は其の他の法本のように条件が必要のではなく、過去に仏を学ぶことがあってもなくても、縁があった或はないの衆生は、法を行う時縁があれば全部助けられる。

実はリンチェンドルジェ・リンポチェはこのように仏法を広げる方式は本当にリンチェンドルジェ・リンポチェにとって大変不利である。何日前、ある政治の人物はリンチェンドルジェ・リンポチェに2人きり面会したいと言ったがリンチェンドルジェ・リンポチェは断った。リンチェンドルジェ・リンポチェの能力によって、面会するのを求める政治人物はすくなくても一山厚い供養金を供養するべき。しかしリンチェンドルジェ・リンポチェはこうしたくなくて、相手は必ずあることを要求するから。これらの者と1人で合えば、彼らがこのチャンスを利用して、リンチェンドルジェ・リンポチェが承諾出来ないことを出すのを恐れた。これも良くない。何の用事があって是非個人的に言うか?例え酷くて国家のため、全世界を影響することなら、1人であうかもしれない。リンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝な直貢チェツァン法王しか1人であわない。リンチェンドルジェ・リンポチェにとって、衆生は全部平等である。

リンチェンドルジェ・リンポチェが正法を広めるのに大きく犠牲している。わざと大功徳主を探そうもしない。毎年2万人もの済度大法会でも、ほかの道場のように、30万元を供養すれば大功徳主になれるようなことをしない。仏経で説かれていないことは、リンチェンドルジェ・リンポチェはしない。リンチェンドルジェ・リンポチェは因果を深く信じているし、衆生は佛菩薩の前では皆平等だと思っている。先月、リンチェンドルジェ・リンポチェが上海にいた時、上海市の近くにある市の婦人会会長が癌に罹ったから、リンチェンドルジェ・リンポチェにお会いに来、20万人民元を供養しようとしたが、リンチェンドルジェ・リンポチェはわずか100人民元を受けただけだった。婦人会の会長としては周りに少なくとも1、200人ぐらいがいるから、彼女を助けたら周りにの人もきっと付いてくるが、きリンチェンドルジェ・リンポチェはそうしなかった。だから、今日の法会で、仏経で説かれたことは真実ではないと疑っていたら謗佛(佛を誹謗すること)に当たる。疑問を持つのはいいけど、疑ってはならない。あなたに悪い影響しないように、疑っている人は即刻退場するようと勧める。 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは退場する人を叱らないし、どうせ皆マスクをしているので顔が見えないから面子を失うこともない。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆を責めているわけではないが、仏経で説かれた愚痴は馬鹿、且つ愚か、且つ改めようとしない人を指している。この場にいる各位は幼稚園から大学まで20年余り勉強してきたが、何を習得できたか?結局、何も習得できていないような感じがするし、社会人になっても覚えたことは使い道がないと思うから、まして1、2年で仏法が習得できると思える?

リンチェンドルジェ・リンポチェが前も何回も言ったように、施身法を修める行者は体にいっさい聖物をつけないようにしている。仏像、護輪などを取り外し、完全に保護されない状態にしておくこと。取り外さないと、鬼衆は怖くて近づいてくれなく助けられないことから、施身法を修める行者は条件を設けず完全に貢献することが分かる。行者は自分の体、骨、血液などを禅定を通じ、甘露にし、鬼道の衆生を食べさせる。六道衆生が共同にある欲望は食べることなので、これら衆生の食欲に満たしてから、貪、嗔、痴、慢、疑の心を収めてはじめて、専念に仏法を聞き、呪文による助けが受け止められる。他には、施身法が修得難くなる理由の一つは法器が日増しに見つかりにくいからである。施身法では必要とするのは人間の大腿骨法器である。なぜ人間の大腿骨を使うか?理由の一つは、人間が死んでから骨だけしか残らないから、いちいち気にしたり、執着したりする必要がないし、いくら権力や勢力そして財産があっても、一旦死んだら何もかも無くすと恒久ではないから、執着は要らない。密宗では人骨を使うことで人の反感を買うようになっているが、実は人骨を法器に使うのはいろいろな意義が含まれる。これも釈迦牟尼さまが当時言った白骨観に関係する。でも、今後は仕事する必要がないと言うのではなく、もし誰も働かなかったら、この社会はどう動くか?もう一つの理由には、鬼道の衆生を呼び寄せるためである。大腿骨を吹くことによって出た音を、鬼道の衆生が同類が出した音のように聞こえるから寄ってくる。四攝法でいう同事はここにある。どの大腿骨でも法器になれるわけではなく、法本では大腿骨の年齢や、死んだ時の状況や、大腿骨の形などに一定の条件が設けられている。それに、音を出すように大腿骨を吹くのが容易ではない。簫という楽器を学んだことある人は皆知っているが、教える人がいなければ吹いても音が出ない。そして、大腿骨は簫のようなまっすぐな形ではなく曲がるものだから、密法が習得できなければ、音が出ないのである。

法を修める前に、リンチェンドルジェ・リンポチェは法会に参加する人は供養心、尊敬心、懺悔心そして慈悲心を持って参加するよう注意を払ってもらう。なぜ慈悲心を発するのか?たくさんの衆生は我々のように今日の法会に参加できる福報を持っていないから、これらの衆生も佛菩薩からの助けが得られるように慈悲心を発すべきである。

それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは法を修め始め、法が修め終わってから尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが開示する:法本では、本尊が患者の上に立ち、本尊の体を甘露にし傷つけた衆生に食べさせるのを観想すると書いてある。衆生には執着があり、六道衆生のもっとも基本な欲望は食べることであるから、本尊が体を甘露にし食べさせるのである。生前でいちばん好きな食べ物を食べているように感じるが、実は食べたのは甘露である。お年寄りに好きな豚足を食べさせるのとは違い、表面では生前で好きな食べ物を食べさせるように感じるが、実際に食べたのは佛菩薩からの甘露であり、暴れた心を収める効果がある。彼らを追い払おうとするのではなく、済度したいのである。降伏させたいのではなく、菩提心を発してほしいし、仏法を学んで衆生を利益してほしいのである。あなたたちが思うような、傷つけされないように鬼を追い払うのではなく、可愛がるべきである。もう体を失い、仇討ちしようとし、嗔恨と暴れた心だけ残っているから、可哀そうに思うべきである。まるで 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが輪廻して苦を受けている皆を見て可哀そうと思うように、助けようとしている。

法本では衆生が怨親、債主、疫病神、夜叉、魔の傷害から離れるように助けることについて触れた。夜叉は女性の鬼で、お肉を食べたり血を飲んだりする。この一生でお肉を食べたことがない人はいるか?仏経ではお肉を食べると地獄に落ちると記載している。そして、食べた分だけ返すとも記載している。一口のお肉はそんなに深刻なの?死んでからどうなるかは関係ないでしょう?と考えたりするが、今現在お肉を食べている人は、夜叉、魔と同じような物である。違いは人間の形があるかどうかにある。人間の形をしているからこそ、人間だと勘違いしないで下さい。十善法のレベルに達成している人こそ人間である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは36歳から仏を学んでから、どんな事柄に遭った事があった。商売が失敗した事があったり、交通事故が発生した事があったり、腹が空くほど食事も出来なかったする事もあった。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは依然として嬉しくて暮らして、これは弁済していて、果報が向いていた事を知るわけで亜y。現在のようではない、そなた達に直面する事がとめて苦労である。リンチェンドルジェ・リンポチェは今日午後飛行機を降りたばかり、夜に追ってきて皆の為に施身法を修めた。

苦しい目に遭っているのはそなたがだけだと思っていはいけない。この世の中にはこんなに多くの人々が居ていて、そなたが受けた苦しみが多くの人々も同じように苦しみを受けている。仏を学ぶ事はそなたが出家するかどうかと関係が無いし、そなたが離婚するかどうかと関係もない、ただそなたの因縁だけである。一部の人々は離婚に直面する事がとても苦しんで、もうすぐ生きて行けないと感じている。実は、離婚が特に事ではなくて、ただこの世の因縁を無くすだけで、この世の失敗を代表する事が無かった。そなたと相手の縁を無くすならば、離婚しましょう。この婚姻を無理して頑張って自分を傷つけて、周りの人々も傷つける事をしてはいけない。家族は全て冤親債主である。しかし、そなたは帰宅してから相手に「離婚が特に事ではない」真にと言ってから離婚する事をしてはいけない。『寶積経』には「そなたが眷属の因縁が有れば眷属の要求を拒絶する事が出来ない」と記載された。多年前に、直貢チェツァン法王は台湾に来て15日目の「噶舉密咒障」の灌頂をしていた時に、ある女性はリンチェンドルジェ。リンポチェに「あなたが離婚した事があって、仏を学んで来られるのでしょうか?」と尋ねた。数年後、リンチェンドルジェ・リンポチェは現在リンポチェの果位修め得た。仏を学ばれる事は最も重要な事で、残りのはただ因縁生滅法だけで、永遠ではなくて、何も特にではなかった。そなたが台湾で生まれて仏法を聞けて、福報がある者である。世界で多くの所で仏法が無い。日本では多くの仏寺にあるけれども、誰かが真に仏法を学ぶ事が無かった。ただ台湾の所だけで真に上師が居て仏法を広めているのである。

最近、長年に皈依するする弟子は交通事故に遭って、本来手術を行う予定であるが、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を貰ってから、彼女に手術を行う必要を無くさせて死なせなかったけれども、果報が依然として受けなければならなくて、報わない事が無かった。然し、彼女はこの事故が発生したので、彼女に地獄に落ちさせる果報を無くした。彼女は何故このような事故が発生したのでしょうか?これは彼女が看護婦になった事があって、必ず病人の気を苛立てた事があった。彼女の父は生前に獣医で、多く動物に去勢させて、多くの衆生を傷つけた事があったので、彼たちの子供達は上手く暮らさなかった。だから、そなた達は祖先が何をしてもそなたと関係がないと思って行けなかった。祖先がしたのは彼たちが享受した事があって、自ずから祖先がした悪果が彼たちの子供の身に発生した。皆は、法会に参加してから全ての良くない事を発生しない事を思ってはいけない、若しこのようであるならば、そなたが法会に参加する果報も発生しない、それでは、そなたが法会に参加する事は何のようでしょうか?法会に参加してから何か遭ったら、これも悪果を予め報いて、そなたに若い時に能力があって早めに弁済させられて、お年寄りになって或いは来世に返済する事をさせられないわけである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは自身の家族の例を挙げた。リンチェンドルジェ・リンポチェの曾祖父の時代から、多くの蚕を飼っていたのお金持ちになって、多くのお金を儲けていて、多くの殺業を作っていた。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェの父は短寿で、全部の家族、兄弟姉妹達、リンチェンドルジェ・リンポチェの母も含めて、手術を行った事があって、ただリンチェンドルジェ・リンポチェだけで行った事が無いで、これは業力を怖さである。科学で言えば、これは祖先から伝える基因で、仏法で言えば、つまり業力である。祖先が何をすれば、果報が自ずから子孫の身に発生し、それでは、何故そなたはこの家で生まれるのでしょうか?そなた達は必ず同じ事をしたことがあって、共同な業力があるので、共同で引き受けるのでこの家族で生まれたわけである。だから、そなた達の子孫が素直に従わないなら正常で、これはそなた達が悪業をした事があるわけである。さもなくばそなた達が自分に「どちらが肉食した事が無いのでしょうか?どちらが他人に怒った事が無いのでしょうか?」と尋ねた。そなた達は以前に共同でこのような良くない事をしたので、共同でこの家族で生まれたわけである。

最近、多くの両親はリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来た時に、子供が教え難くて素直に従わない事と言った。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示はこれが必然的な結果である。そなた達は結婚した時にで肉食にて披露宴を張って、この中に何匹の魚と豚を殺したのでしょうか?妊娠していた時に、いくら食べていくら殺したのでしょうか?産後1か月間の養生をしていた時、また保養のため、いくら殺したのでしょうか?子供に肉食させて、子供は勿論教えにくかった。ただ仏を学ぶ事だけでそなた達の果報が変わらせた。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏を学んでから、子供が素直に従わないが、少なくとも悪事をしていなかった。

仏を学んでから、全ての良くない事を全て来なくて、ただ良い事が来る事と思ってはいけない、これは無理である。時間はとても重要で、ただ時間がそなたに弁済させられる。仏経は何故「罪花が飛ぶ」と記載されて、「果報が飛ぶ」で記載されないのでしょうか?もし果報が飛ぶならば、つまり果報が無くして、果報が無くす事不可能である。そなたが良い事をしたら良い果を貰えて、逆にも同じで、両者が相殺する事が出来なかった。果実を実る前に花を咲いて、花が果実を実る前にまだ少しの時間があって、この時期にそなたが如何にしたら、果の現れを影響させた。現在、参列の各位は定業を決める事が至らない、定業とは既に変わらない、ただ仏を学ぶ事だけでそなた達の果の味をこんなに苦しまなくて、酸っぱくなくて、そなたの悪業の力に花弁のように飛んで、そなたに影響させなかった。この世にそなた達がもらえるのは花報で、真に果報がそなた達の来世で三悪道に行く時に弁済する。借金は必ず返して、そなたが以前でする事を言わなくて、この世でそなたがした悪業も数え切れないで、弁済完了が出来ない。

現在の食品中の化合物は、商人が利益を図るの為に、良くない添加物を入れて人々に食べさせて、疫病神みたいである。現代人はとても奇怪で、買う者はただ得をしたいだけで、他人にお金を儲ける事をくれたくない。物を売る商人はただ他人から多くのお金を儲けるだけで、他人の健康に関わらず、品物の品質に関わらず。現在の法令もとても奇怪で、先生は学生に罵るならば訴えられる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生の為に苦労をせず、今日、早朝に日本から飛行機を乗って帰国したばかりで、参列者が一緒に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが衆生の為に苦労になって奔走している事に感謝した。リンチェンドルジェ・リンポチェは「これはそなた達のためでは無くて、あれらのそなた達が見えない苦しみを受けている衆生のためである」と開示させた。

2011 年 08 月 01 日 更新