尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ の法会開示

2011年2月3日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは旧暦の元日、台北寶吉祥仏法センターで自ら殊勝な三十五懺、黒水財神、大象財神等の法門を修められて、午前の法会が9時から始まった。

法会の開始前、ある皈依した女子弟子は道場で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女と家族を加持し手配することを分かち合って感謝して、同時に近ごろ心念では正しくない観念が再発したことについて深く反省して懺悔して、そして仏を学ぶ心念がだらけてはいけないように自分を警告した。

2005年の初め、彼女の兄は先に尊き リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに来て、家に帰った後に、母親がなぜ長期にわたりうつうつとして楽しまない原因は、1人の小さな女の子が彼女の後ろにいるからであると言った。彼女は聞いてたいへん驚かせて、彼女の母親が第2子を回妊娠している時に、子宮外妊娠のため、やむを得ないで5ヶ月ぐらい妊娠中のすでに一定の形を備えた子供を人工的に流産させた。彼女は小さい時に、母親が非常に捨てないように言って、その時に瓶の中を詰められる赤ん坊の手の指がすべて一定の形をもう備えたということが見えるとの話をよく聞いた。それで、彼女は兄が家に持ち帰った情報を耳にする時に、彼女は非常に不思議だと感じて、これはどのような大修行者であろうか、どのように生辰八字(生年月日と誕生した時間をそれぞれ2文字ずつの干支の組み合わせで表わした八文字のこと)と姓名さえ聞く必要はなくて、すべての事を知っていることができるか?そこで、数週間をたって、彼女は夫(今も皈依の弟子である)に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見したいと言って、もし両親は病気にかかった場合ならば、お医者さんに診察してもらいことができるが、しかし気持ち上の問題ならば、彼女は本当にどうしたらいいのかと知っていない。これは彼女が初めて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見した。

謁見する当日に、人が大勢いるから、彼女もどこから聞いたほうがいいかと分からなくて、そこで、後でのぞき見をして、他の人がどのように聞くのかを聞きたい。尊き リンチェンドルジェ・リンポチェの目の前に行くと、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはとても慈悲に彼女に、「あなたは後でとても長く観察したね。」と聞いて、彼女はまた死んでもメンツを重んじて、「まあまあ」と答えた。今考えてみて、彼女は自分が本当に人間とする基本的な礼儀さえないと感じて、誇らしい心はずっと彼女の最大の問題である。当日に彼らは順調に施身法に参加することを求めて、あの時、週に一回の施身法を開催するが、ただ惜しいのは1ヶ月の後、月に一回になった。

今彼女は壇城の前で発心懺悔して、その時、彼女は本当に無知しかも哀れみであり、彼女は当時に信者であり、毎回尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の供養を納めない時に、彼女はちょっと「省いて儲かった」ような心念があって、そしてその時に毎週施身法に参加して、彼女もとても疲れると感じた。今はこのような機会を持ちたいが、得ることができない。彼女は居合わせるすべての参列者が毎回の法会に発心懺悔し、発心供養することを大切にするように呼びかけた。

彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、自分のお婆さん、しゅうとと生まれない姉を助けた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に殊勝な施身法に参加する事を同意したから、眷属に済度された。彼女も彼たちは皆済度を得られたと深く信じた。彼女の全家族は極めて変化があった。

彼女は自分が道場の前に立って非常に緊張していると表した。それは彼女は自分が怠惰なので、いつも上師の教えに従わなく、いつも自分の心を反省しない事を深く感じた。彼女は最近仕事している時、始めて傲慢して、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの開示-全てのボスはいいボスだ。ボスは自分に仕事の機会を与えるから、感謝しなければならないを忘れた。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持力は非常に殊勝で好都合だから、弟子達にもっと大きい間違いを犯さなくて、専念に仏を習えた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは様々な方法を使って、弟子達を助けた。「上師を深く信じて、弟子達のために最もいい手配を与える。」とは非常に重要な信念である。彼女は以下にある自分が発生した事を報告した。

始めの事は彼女は皈依する前に極めて臆病で鬼を恐がる人だ。夜退勤しても一人でエレベーターに乗るのも勇気がない。だから毎回出張すると、とても恐かった。ある年日本に出張して、他の一人の同僚と同じ部屋に泊まったけど、同僚は夜十二時過ぎないと部屋に戻らなかった。始めての夜に彼女は寝た時に非常に恐かった。当時彼女は既に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの手玉を得たから、すぐベッドから跳んで手玉をかけた。更に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの様子を観想して、安心に寝た。一晩中に夢も見なくて、よく寝た。翌日朝、同僚は怪しい表情で彼女を見て、ベッドを変えないと聞いた。彼女はいいと返事した。それで六夜過ぎましたが、日本から離れた最後の昼に彼女の同僚は我慢できずに彼女に言って、幼いから自分は鬼を見えるが、彼女は第一日目と第三日目の夜、夜中に同じな時間、非常に厳しく聞き取れない言語で繰り返して同じな言葉を叱った。それで第三日目の朝、彼女の同僚はベッドの角のタンスで模糊な姿を見た。当時彼女は唯信衆なので、あの瞬間に本当にこんな事があるか。本当に神仏のような大修行者がいる。本当に不思議だと思った。

皈依の当日、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが開示された。「皈依すると、すべての非人が危害を加える事が出来なくなる。」尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは常に衆生は如何なる苦しいと開示しているが、皈依した後、彼女は全ての心が変わった。例えしゅうとは往生して、彼たちは葬儀場で終夜に助念していた時、自分が一人でトイレへ行っても恐がらなかった。更に歩いていながら、自分は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依し、毎週の日曜日に法会に参加しているから、若し衆生は助けの必要があれば、自分に従って、上師は彼たちを助けられると言った。

二番目の物語は彼女が皈依した後法名を求めたのである。あの時彼女は豚のような頭で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがなぜあんなに速いスピードで20何個名前を書き出したか考えることが出来なかった。彼女がまだ愚かにダブルしないかと思った。それは大変奇妙だろう。彼女が皈依証を受け取った時、また涙目になった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に与えた法名は「慧問卓瑪」で、この「問」は即ち彼女の一番大きい問題である。彼女は幼いから無知の驕りに込まれて、自分が何も分からないことを他人に知られるに恐れたので、小さい頃から聞きたくなくて、聞かなかった。年を取ったと、聞く勇気がなくなって、ひいては一番痛ましいのが、どう聞くか知らなくなった。これもなぜ彼女が後仕事の上でボットルネックに当面した原因である。それで、彼女がこの字を貰ったと本当に投降した。彼女は大変尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに目覚めさせたことを恩に着た。

三番目の物語は、彼女が順従に持ってきた力を分け合いたいのである。彼女の現在の仕事は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが下さった。2009年3月、彼女の工作態度と能力のため、ボスは彼女が離れたと望んだ。あの時、彼女はすごく慌て恐れた。家のしゅうとが重病していて、住むハウスはまた入ったばかりで、前しゅうとがくれたお金は全て金融のあらしでしめつけて、また彼女ご自身が間もなく40才のしきいに当面して、これらは人生がいつも順調な彼女にとって、本当に慌ててどうすれば良いか分からなくなった。あの頃、皈依したばかり彼女は一回の法会の中に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは彼らが上師の願いを満足させるさえもしたくないと悔しく仰ったのを聞いた後、彼女の心がすごく痛くて、法会が終わった後すぐ11月のカトマンズ冬季法会を申し込んだ。あの時彼女は一切が全て一番良い配置されると信じた。結局、6月はじめ、彼女はボスの条件を受け取って、離れようと思った。また、ケースが終わった後離れると話し合った。ボスはその時彼女に期限をしなかったが、彼女はほぼ10月の末と評価した。ボスと話した後一週間くらい、しゅうとが亡くなった。あの時、彼女は本当に身心が苦しかったが、あの過程が大変難しく形容して、まるで人生の全ての苦しみが一緒に集まったと感じた。仕事がなくて、肉親が去って、お金も間もなく無くなったが彼女の心の中にかえってとても落ち着いて、大変恩に着たと思った。それは皈依した後すぐ返済することが出来た考え方は彼女に恐れ、恨む感覚を有らせなかったから。

あの頃、彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが仰った“そなたがまだこの仕事をしている内に、次の仕事を探すことが出来なくて、必ず手元の仕事を真面目でする”しか覚えなかった。”実は、あの時彼女の心の中にすごく恐れたがやはり歯ぎしりして自分に順従しなければならないと言った。続くの日、彼女は全ての休暇が仕事に潰して、履歴表を全く出さなかった。不思議なことは、彼女が会社の離職書をサインした後現われた。ある日彼女はある同僚とチャットした時、同僚は彼女にもう1人教授と連絡するようにすすめた、彼が新しい職場を担当されるそうである。

その時10月中旬である。そこで、彼女は10月31日会社を辞めて、11月5日飛行機を乗ってネパールへ向いて、11月12日に帰国した。相手はその週の金曜日に社長さんが面談をする事と言い、それから11月17日着いて、11月23日から出勤を開始した。そこで、彼女達はお金があってネパールの旅費を支払われて、その上、順調な長くて欲しい水晶数珠をお買いにし、如何に不思議だろう。その中には、最も不思議なのは、彼女が前に離任を言う時に、履歴の提出が出来なかった。だから彼女は夜に護法を修める時には、彼女はアチに祈って、彼女は仏菩薩と護法が彼女への一切の手配を受け入れて、然し、彼女はただ次の仕事の周囲に菜食食堂の希望だけがあった。此れは彼女は3月に皈依してから10月まで前の会社で働いた時間には、昼ご飯がただパンを食べられて、その間には他の兄弟子により食事を手配してくれて、周りに一軒の食堂が菜食する事が出来る事が無かった。彼女は食事が解決できないなら、彼女の母が惜しんで反対する事を心配した。結局、極めて不思議で、彼女は11月に新会社で出勤してから、本来の少なくとも5軒以上の菜食食堂があり、3ヶ月以内に続々と3軒があった。彼女の同僚は、何故そなたが来てから、全部の街路は菜食通りのようである。彼女は夜に早目にアチに十分である事を報告し、彼女は一週間に毎日変わっても食事して完了出来ない。真に感謝致した。

四番目の話。彼女は兄弟子に供養の重要と不可思議な力を分かち合った。2008年の年末、連動債は世界的な金融崩壊を引起させた。その時に、彼女はまだ皈依しないで、投資が知らない彼女は何年前に愚かに二つの連動債を買った。11月に、彼女の舅は入院してから、彼女の主人が毎月に3万台湾ドルの費用を分担しなければならなかった。然し、彼らは6月に部屋修繕の故に銀行に30万台湾ドルに貸して、もし返済できないなら、利息が間も無く大幅に昇進して行く予定であった。その時には、彼らはお金が何処から来るかを分からなかった。結局、12月の初め、返金する締め切り日の来る前に、銀行は突然に連絡が来て彼女に通知した。彼女は一つの連動債が利益を得る標準に至り、受け戻す事が出来て、手数料などを減らして、約33万台湾ドル余りであった。その場で、彼女は感動するので何も話す事が出来ない、銀行に貸す金額と舅が病気に罹るの需要お金を加えて、33万台湾ドルが一寸十分である。皈依してから続ける供養は、彼女に毎回お金が緊急な要る時に、順調な渡し、その上、毎回の金額が一寸いい、彼女は真に感謝致した。

最後、彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝致した。彼女の家族に機縁があって2010年2万人の大法会に参加させて、その上、彼女が上海に働く長兄に不思議な法会の前日に台湾に帰る航空券を手に入れて、彼女に台北で最後の部屋を順調な注文させた。その上、小学の3年生の姪が参加してから、お久しぶりの好い成績を取って、彼女に学習の自信を再び生じて、兄嫁の心も明るくなって、両親と付き合うもよくなって、両親の調子も過去により良くなっている。彼らの家族は尊き金剛上師のリンチェンドルジェ・リンポチェの加持と手配を深くて受け入れた。彼女も上師の教誨に感謝し、彼女の主人の性格が大きな変わりがある。彼女の主人はある回に彼女の両親と一緒に食事をする時に、両親に懺悔し、その上、彼女の両親に喜ばせて、彼女達の仏を学ぶ決定を支持している。

彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに彼女に重生の機会を与える事に感謝致した。彼女は何も報いる事が出来ない、ただ時々刻々に謹んで自分の心を守る事を思い出させなければならない、上師の教誨を覚えなければならない、よく仏を学んでいる。同時に、彼女も諸仏菩薩に感謝致して、その上、上師の仏法事業が栄えて、法輪が常に回っている事を望んでいる。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に昇った後に、先ずは大衆に殊勝な開示を与えて、今日リンチェンドルジェ・リンポチェが修める三十五仏陀懺は、台湾で拝む人が一人もいなくて、これは寶積経に釈迦牟尼仏の自らお諭しで伝われてきた懺である。世の中で普通に聞かれた梁皇宝懺、水懺、地蔵懺、観音懺、水陸大法会を含むなどは、すべて後代の人に書かれた懺悔文であり、ただ三十五仏陀懺だけは釈迦牟尼仏の自ら諭された懺悔であり、特に菩薩道を修める行者のため書かれた懺ある。末法時代の衆生は業が重くて、釈迦牟尼仏の弟子達が声聞縁覚を修行する方法と同じように阿羅漢果を成就することができなくて、だからそれから仏陀は慈悲に衆生に教える快速に成就する唯一の方法は、菩薩道を行うのである。三十五仏陀懺は仏陀が自ら伝わるから、加持の力はとても大きくて、菩薩道を修める行者に仏法を学ぶ道ですべての障害を取り除くことを助けることができるのである。

どうして懺を拝むか?拝懺するのはそなたの業障を取り除くことができて事が発生しなくて、或いは懺を拝み終わってそなたによい生活を過るようにさせるのを表すのではない。「懺」は自分の身、口、意が犯したすべての過ちの後果を承認し、受取って、責任を負う事を表し、「悔」はこれからいつまでも再び犯しないのである。そなた達はすべて懺悔したが、しかしずっと同じ間違いを繰り返して犯す。このような懺悔は役に立たないのである。どうしてそなた達はまた繰り返し間違うか。というのはそなた達がただ自分を罰される事を恐れて、自分自身によくない因果応報が発生することを恐れるから、自分で傷つけられた衆生に対して本当に懺悔心を起こしてない。そなたが同じ間違いを再び犯す時に、過去に懺悔した力がすぐ消えてなくなる。

そなた達は懺悔し終わった後、もう大丈夫だと思わないでください。懺悔はそなたの業障を軽減乃至消失してしまうように助けることができると言われているが、消失するのはあれらの菩提心を発する人に対して言うのであり、お経は真に菩提心を発する者は業障を消えてなくなるることができると諭された。多くの人は因果と業力の関係をよく知っていないで、そなたは因をつくった時に業力を生み始めて、そなたがつくった因は善か或いは悪かということにより、善業あるいは悪業を生む。果がまだ熟していないこの間に、そなたのした事は最後の因果応報を変える。もしそなたが善をたくさん行えば、悪の因果応報が熟している時間を遅らせることができるだろう。もしそなたは懺悔する心を起こせば、因果応報の大きさを変えることができるだろう。それにそなたへの影響を軽減させて、甚だしきに至ってはそなたに対して少しも影響をしないようにさせることができる。例えば、ある人はもともとの因果応報が地獄に堕ちることであるが、彼が早く死亡してか地獄に堕ちないと替わり、もともとの因果応報は死亡することであるが、重病にかかると替わり;もともとは重病にかかるのは、軽い病気にかかると替わり;もともとは軽い病気にかかるのは、彼を散財させると替わり;もともとは散財するのは、彼の家族を喧嘩させると替わる。だから、そなた達が思うように懺悔し終わると、どんな事がすべて無くなってしまうのではなくて、もし因果応報は発生しないならば、因果法則がなくて、それではそなたの今日懺悔する因果応報も現れることはできなかった。

七支供養文の中には、懺悔もその一つの供養である。なぜ懺悔するのも供養の一つであるのか。というのは、そなたが懺悔する心を起こした時には、恭敬心があって、恭敬は供養であるため。供養があった後に、ようやく福報があることができて、だから懺悔はそなたに福報を累積するように助けることができる。

そなた達はすべて数週間前に道場で往生して、リンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を修めて済度されてもらった小さな女の子を見たことがあり、もともとはリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する前に、医者の判断により肝臓移植手術を行わなければならない。医者もこんなに小さい年齢の患者の肝臓移植手術は、当てる肝臓の寄付者を探し出すことができることがきわめて困難であり、その巨大な医療費用は一部が全民健康保険健で給付されるが、しかし手術後に少なくとも100万甚だしきに至っては300万以上を使わなければならないとはっきり言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは、家の中でこのような重大な疾病にかかる子供が、すべて父母に債務を取り立てに来て、父母にきわめて苦痛にならせる以外、更に彼らの財を消耗し尽くしないと止めない、と開示した。この小さな女の子はリンチェンドルジェ・リンポチェの加持と助けを受けた後、病気が好転して、肝臓移植手術を行う必要がなくなった。もともと彼らの夫妻は必ず子供の治療費用のためのお金を集める方法を考えなければならなくて、甚だしきに至っては家を売ることが必要であるかもしれない。それから子供は肝臓を移植する必要がなくて、彼女の父母は気を緩めてしまい、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼らに巨大な医療費用を節約したように手伝うことを思い付いていなくて、彼らも数何百万元を布施したり或いは供養したりすることをしなくて。数十万元もしなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェはここでそなた達とお金のことを言うのではなくて、そなた達に供養の心構えを教えるので、彼らはリンチェンドルジェ・リンポチェにお金を供養しなくても構わなくて、他の人にお金を寄付することができるから。

彼らの夫妻は子供がリンチェンドルジェ・リンポチェの配慮があるからもう十分だと思っているが。しかし、子供の寿命が延びるのは、彼らが子供のため福報を累積できる機会があらせることを思い付かなかって、彼らが供養するこころを持っていなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェは依然として慈悲に、彼らが大礼拝をする方式にて、子供が浄土に往生する福徳因縁を累積するようにさせた。道場の内では彼らと同様な心構えがある多くの両親は、リンチェンドルジェ・リンポチェの助けを受けて、子供の状況が好転して、すべては良くなり、自分で何もしなくてもいいと思っている。祖師 ジッテン・サムゴンが諭されたように、多くの人は上師の助けを受けた後で病気が好転してから、もう精進に仏を学ばなくて、それでは病気はまた帰って来るのである。だから、あの女の子はその後また病気が再発して、リンチェンドルジェ・リンポチェは第2次彼女を救うことができない。事実上、リンチェンドルジェ・リンポチェはただそなたの問題をしばらく押さえつけるだけで、そなたに仏法を学ぶ時間をあげて、子供に1、2年寿命が延びるように助けることができるが、彼女に1~20年の寿命をあげることができなくて、彼らにもっと多くの時間をあげるのは子供と父母に仏を学んで福報を累積する時間があらせることである。悪業が現れる時に、上師と仏菩薩がそなた達にしばらく防ぎ止めるように助けることができるが、しかしその後にはやはりそなたの自分自身でやらなけれなならないことに頼る。主役はそなた達であり、リンチェンドルジェ・リンポチェではなくて、そなた達がもしリンチェンドルジェ・リンポチェに手渡したら、自分が何もやらなくてもいいと思っているようであれば、それでは、リンチェンドルジェ・リンポチェは、このように苦労して閉関修行する必要がない。

そなた達はすべて「このようにしないでください。リンチェンドルジェ・リンポチェにののしられるから、」、「リンチェンドルジェ・リンポチェは言ってないから、それをしないでください。さもなくば処罰される。」と言ったことがあり、行動を取らないで、特に道場でボランティアを担当する弟子はもっとよくこのように言った。2004年にこの道場が使用し始まってから、リンチェンドルジェ・リンポチェは、上師休憩室の室内のクーラーは冬か夏を問わずに、いつも摂氏の17度を設定してあることを発見した。この数年間、リンチェンドルジェ・リンポチェはずっとこの問題を提出していないで、弟子がこの部分に気づくかどうかをも見ているが、結果は道場の全部の1000人の弟子達は、嘗てリンチェンドルジェ・リンポチェの状況を関心し注意したことがある者は一人もいなかった。今日気温は11度であり、冷房の温度はやはり17度を設定して、63歳の高齢であるリンチェンドルジェ・リンポチェが耐えることができるかどうかを思った弟子がいるのか。休憩室の事を担当する弟子はクーラーの温度についても引き継がないからそのまま用いることができると思っているが、どのみち、リンチェンドルジェ・リンポチェは寒いと叫んでいないから。リンチェンドルジェ・リンポチェはもともと言いたくないが、しかしこのように電気を使うことが道場の支払いを増加して、それは衆生のお金であることを心配するので、やっとこの事を言い出した。

寶吉祥仏教文化交流協会の理事長は遠慮なく大事である、これらは彼は小さな事がすべて相手にしていないのだと思って、ある人はすきだったことを管理する。道場の中の事はすべて注意しないで、待ちます リンチェンドルジェ・リンポチェは一つ一つやっと処理に行くことをどなりつけることを。弟子は多くて、注意に行く1人の弟子がない リンチェンドルジェ・リンポチェはお腹いっぱいになるかどうか?着るかどうかが暖かいであるか?ただ関心を持つだけ リンチェンドルジェ・リンポチェはいつ仏会がありますか?自分で利益を得ることができるか?だから リンチェンドルジェ・リンポチェはいつもようやく感嘆することができて、リンチェンドルジェ・リンポチェは法座の上で時仁波がので、法座をおりたのはそなた達に馬鹿とされます。そなた達はこのようになぜ行き師のあるべきな心理状態に対して弟子であるか?

理事長は自分の診療所で何が欠けているか、或いは物が多すぎるかをすべて知っていて、どの患者は診療費を払わないことも知っているが、しかし道場のは知っていないで、なぜかというと診療所がお金を納めることができて、道場の事をする時にはお金を儲かってないから。患者の目を手術する時にはとても注意深くて、道場の事に対して注意深くない。それは手術を行う時に、きちんとしていないで患者に訴えられることを恐れるから、道場ならただ運が悪くて選び出されて理事長になって、きちんとしなくても、仏菩薩は彼を訴えてくれることはできなくて、彼を罰することもできない。

ある嘗て出家したことがある男性の弟子は、たくさんの上師の教導を受けて、多くの経や論を十分に読んで勉強して、経を論じたこともあって、仏法を講じることはそなた達がすべて彼に勝つことができないが、しかし最近発生した一つの事によって、彼が修行していないことを見抜いた。先週の日曜日、リンチェンドルジェ・リンポチェの事業体は忘年会のパーティーが開催され、この弟子も会社社員の一員であり、パーティーが終わった後に、彼は意外にも2人の若い女の子に鍵を手渡して、彼女たち二人に単独で深夜10時30分に出演の道具を会社に持ち帰るようにさせた。考えてみてください、もしこの2人の女の子はそなたの娘であれば、そなたは彼女たちの安否を心配しているか。たとえ彼女たちを阻止しなくっても、彼女たちに付き添って同行し帰ろう。この点から見つけたのは、この男性の弟子が慈悲心を修めていないで、このような事をしたのである。リンチェンドルジェ・リンポチェはわざと数回の法会の上で彼に話をさせて、彼がもう性格を直したかどうかを見るため。たとえどんなに多く経論を学んでも、もし慈悲心がないと、どのように仏を学んでも修めて出ることができなくて、更に彼がまた密法を学びたいとのことを言う必要も無く、ゆっくり待って。

それ以外、この男性の弟子は、リンチェンドルジェ・リンポチェの会社で働いている時に、ある同様に皈依弟子である女性の社員に服しなくて、そしてその女子の弟子は彼が働かないことを見て、すぐ彼に取り合わないで、結果はこの2人は会社で闘っていて、このような結果は誰が運が悪いか。もちろん社長とするリンチェンドルジェ・リンポチェでしょう。その他のもう一人のリンチェンドルジェ・リンポチェの会社で働く弟子も1日中人をののしるので、甚だしきに至ってはリンチェンドルジェ・リンポチェの前でかんしゃくを起こしたこともあり、彼らのようなのは懺をして悔がないのである。そなた達は皆リンチェンドルジェ・リンポチェが法座に座る時に言うのは仏法であり、法座を降りる後で言うのは聞く必要がないと思っている。そなた達が覚えてください。リンチェンドルジェ・リンポチェはの主な仕事はリンポチェであり、その他の仕事はただ衆生に助けるようにやるためである。リンチェンドルジェ・リンポチェは何度もそなた達を開示して、仏法は生活の中で運用しなければならなくて、上師がそなた達に言ったいかなる言葉は、実はそなた達を利益するためであり、当然すべては仏法である。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの男性の弟子に、自分がどんな戒律を破れたかを知っているのかと聞いて、弟子は、自分が慈悲の心がなくて、そして上師との三昧耶戒を破れたと答えた。

1人の女性の出家弟子は過ちを犯して法会に参加してはならないことを罰されたが、結果はリンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に彼女に今日法会に参加させられるが、彼女は自分が再び大衆をリードすることを担当できると思って、また香を持ってリンチェンドルジェ・リンポチェの休憩室まで法を請けに行って、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に再び法会に参加させるのがもう結構良いと厳しく責めて、彼女は別に法を請ける資格があるのか。この女性の出家弟子は数週間の前、リンチェンドルジェ・リンポチェが決めた規則に違反して、それは仏を礼拝しにくる信者は遅刻したが、彼女はこの信者を知り合ったから、門を閉めて晩課をすることを延びて、彼女がこのような事をしたのは、懺をして悔がないのである。

あるもう長年皈依した兄妹は、リンチェンドルジェ・リンポチェの会社の中でもともとは別に大した事でない事であり、実はそんな事がないのに、しかし、彼らにめちゃくちゃやれれてから、最後にまた問題を上師に捨て渡した。もし彼ら自分の家族の事であれば、彼らは先に方法を考えて処理するのか。きっとするだろうと信じる。幸いのは、リンチェンドルジェ・リンポチェがたくさんの善を行って、仏菩薩と護法の加持にて事を順調に解決した。彼らも懺して悔がなくて、自分の名誉と関係がある場合、傷つけられることを心配して、上師の取り扱う薬は問題があると思っていて、そうすると上師を信じない。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らの母と子供が浄土に往生したように助けて、彼らに対してこの上ない恩恵があり、彼らに何も借りてなくて、彼らの浄土にいる家族は今見す見すこの兄妹が上師に困ったことを見ていて、必ず下りてきて、平手で彼らの頬を打って彼らに目が覚めたいであろう。

ある弟子は先日リンチェンドルジェ・リンポチェの前に弁解して、リンチェンドルジェ・リンポチェに誤解されて、実は自分はそうではないと思った。弁解がすきな人は我執がとても重いが、上師の前にも弁解するのは上師を信じない。リンチェンドルジェ・リンポチェは幼いに父のしつけが厳しいから、父は罰を与える時リンチェンドルジェ・リンポチェに弁解の機会を与えなく、年寄りの人は話せば、唯聞くだけ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗てそなた達に教えたが、《仏子三十七頌》に例えある者は悪口でそなたを批判しても、三千大千世界に於いて皆はそなたに無実の罪を与えても、そなたも恭しく対応しなければならない。全ては因果である。若しそなたは昔他人に無実の罪を与えないと、今日無実の罪を与えられない。況してそなたの上師に指摘された事だ。そなたは自分が苦情だと感じると、すぐ弁解したい。若しそなたは自分が正しくて、上師は間違いと思うなら、此処に仏を習う必要がないだろう。

すべての事は解釈出来ないとは言えないが、この事を解釈するのは自分の利益のためか、衆生のためかと見ないと分からない。若しこの事は多くの衆生に関わって、解釈できる。しかし、若し自分が傷付けられる事を恐がるなら、解釈する必要がない。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王を協力して多くの事を処理している。常に直貢チェツァン法王に多くの事を報告し説明しなければならない。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは唯事情を話して、直貢チェツァン法王に自分が如何なる行いたいと報告した。そして、直貢チェツァン法王に決めさせた。多くの人は会社で常に間違い事をしているのは決定が好きのせいだ。自分が素晴らしいと思うのは傲慢だ。確実に自分の範囲の事を行い、ボスの規定に従って仕事すれば、間違いを犯さない。

皆は知っているが、直貢チェツァン法王は今ニュージーランドに居留している。直貢チェツァン法王の根本弟子とするリンチェンドルジェ・リンポチェは如何なる自分の三恩根本上師に応対しているだろう。現場でリンチェンドルジェ・リンポチェは有るニュージーランドの事務を処理する女弟子に概略にリンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に順調にニュージーランドに居留する事及び閉関センターを建設するための手配を説明させた。女弟子は自分がリンチェンドルジェ・リンポチェの指示を受けて、ニュージーランド現地の弁護士と連絡する事を協力して、閉関センターの事務を問い合わせた。この間にリンチェンドルジェ・リンポチェは不断に彼女を教えて、如何なる現地の弁護士と交渉している。また、順調に直貢チェツァン法王のために相応しい弁護士を見つかった。リンチェンドルジェ・リンポチェも非常に関心している。直貢チェツァン法王に、その後閉関センターを建設するなど問題を心配させないため、リンチェンドルジェ・リンポチェも巨大な資金を投資する事を計画して、ニュージーランドにビジネスを設立するつもりだ。全てはニュージーランドの法令に合わせて、直貢チェツァン法王が未来全てのニュージーランドに発展する事を協力している。

直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェが非常に忙しいと分かったから、最初にリンチェンドルジェ・リンポチェに直貢チェツァン法王がニュージーランドに関しての事を協力するのを指示しなく、また既に他の人を手配して処理した。しかし、この信衆はそなた達の心と同じで、上師に関わる事を用心に行わなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子として、いつも上師の側にいて事情の進捗を見ていて、上師が助けを必要があれば、自動に事前に準備している。直貢チェツァン法王が指示するまで始めて行い必要がない。直貢チェツァン法王は本当に必要がある時、リンチェンドルジェ・リンポチェが全ての手配はすぐ使える。此れこそ弟子は上師に応対する方式である。「上師は指示しない。上師に叱れる」と言わなくて、常に上師のために考えて、用心に上師に関して一切の事を処理する。リンチェンドルジェ・リンポチェの心の中に直貢チェツァン法王が誰よりも尊きなので、リンチェンドルジェ・リンポチェは惜しまないで金をかかる。今は既に先にニュージーランド・ドル二万元を振り込んだ。その後いくらの金が必要か分からない。そなた達のように何も先に計算してから、行うかどうか決める事と同じではない。

実はリンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王のために、現地の弁護士から提出した費用について、完全に値段を交渉せず、すぐ振り込んだ。また、弁護士に要求して、オークランドから車で五十分間にかかる閉関センターに直貢チェツァン法王に会った。元々ニュージーランド現地の信衆の手配は直貢チェツァン法王に弁護士事務所に行かせたが、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王の尊き身分を持つから、当然に弁護士に直貢チェツァン法王の住所に行かせると思った。また、直貢チェツァン法王に車で疲れ果てる必要がなくて、弁護士は自然に来ると報告した。多くの人は外国人に対して、心から怖れがあって、気にさわらないと思ったが、リンチェンドルジェ・リンポチェは既に費用を全額払ったから、当然に要求を提出する権利があると思った。しかし、金のある人ほど横柄にふるまう事ではなくて合理な要求だ。この事を協力して処理した女弟子も報告したが、弁護士はリンチェンドルジェ・リンポチェの指示を通して、面会の手配した。この得難い光栄で閉関センターに尊勝直貢チェツァン法王に拝謁できる事に対して、非常に感謝した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは昔顕教を習った時、師父の電話を受けて、金がいくら必要であれば、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ金を振り込んで、目的も聞かなかった。今までこの寺はまたリンチェンドルジェ・リンポチェの長生祿位を残した。それは住持は自らリンチェンドルジェ・リンポチェのために作った。リンチェンドルジェ・リンポチェは寺に助けが大きいから、いつもあそこに尊敬されていた。

寶積経は菩薩道を修めるに向け専門に開示された経典である。寶積経に嘗て予言されたが、末法時代ある修行者は信衆に阿諛追従して、仏法を歪む。此れは現在台湾仏教界に於いて混乱の現象だ。世間に仏教団体は信衆を吸引するため、彼たちに綺麗な言葉を話して、信衆に勝手にさせて、彼たちは引き続きに来ればいい。しかし、寶吉祥仏法センターに於いて、直貢チェツァン法王が始めてセンターを創立した時書かれた認証書に寶吉祥仏法センターはリンチェンドルジェ・リンポチェが執り行いの下で「正しい仏法を広める。」と望んだ。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず信衆に阿諛しない。若しそなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェの叱る方式が嫌いなら、離れればいい。

旧大晦日台湾時間午後五時過ぎ、直貢チェツァン法王は電話を掛けた。しかし、その時リンチェンドルジェ・リンポチェはちょうど手元に緊急な事を処理しているから、直貢チェツァン法王の従者に依頼して、直貢チェツァン法王に自分が後程電話を掛けると伝えた。結局リンチェンドルジェ・リンポチェが事を処理し終わった時、既に台湾時間夜八時でニュージーランドの時間は既に深夜だ。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは電話を掛けると、直貢チェツァン法王は始めて「現在中国の新年だ。リンチェンドルジェ・リンポチェと寶吉祥仏法センター弟子達は皆新しい一年に吉祥で順調できると祝福した。」両地を離れても直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェが行った全ては衆生を利益している事を分かって、師弟は二人の心は緊密に繋がっている。それはリンチェンドルジェ・リンポチェは仏法の標準を行ったから、上師は一秒でも気にかかっている。そなた達は弟子が行うべき標準をしなくて、唯叱られる事を恐れる。少し事をしても上師は自分を注意する事を望む。それは無理だ。

一切の法本は巻頭において全書の主旨を明らかにし、皈依である。三十五仏懺の法本は始めて「一切有情恒常に上師に皈依する」とある。その後三宝に皈依すると述べた。此れは上師は極めて重要であるから、上師の教えがないと、我々は仏法を習えない。それで皈依の首位を置いた。また、「恒」とは永遠であり、「常」とは不断である。つまり心は永遠に不断に上師に依止している。例えば、直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェの心は繋がっている。それはリンチェンドルジェ・リンポチェの心はいつも直貢チェツァン法王の身に置いて、そなた達のように法会に参加するや苦難に遭うと上師しか考えないと違う。

リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたの全ての事を守れると思わない。例えリンチェンドルジェ・リンポチェは今年を守れるが、来年も守れるとは限らない。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたの病気を抑えて、発病の時間を延ばして、更に寿命を延長させるのはそなたに死なせることではない。そなたは今年に死なず、来年も死ななくてもいつかに死ぬ。上師はそなたに仏法を教えたが、そなたは自分が修めなければならない。例えばあの娘を往生した夫婦と同じで、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼たちの娘を助けて、ポワ法を修め終わった時も彼たちを指摘したが、引き続きにいい加減な態度で仏を習えば、いつかリンチェンドルジェ・リンポチェが死んだら、彼たちはどうしよう。

上師は唯そなたを助けて、業を暫く抑えるだけ。たとえそなたに業を清浄させても、果報の匂いもまだ残っている。例えば魚を多く放置している部屋は例え魚を全部移しても部屋の中にまだ魚の臭いを残っている。若しそなた達は相変わらず変わらないとまた元の様子に戻る。

続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは始めて三十五仏懺を修めて、現場にいる参列者にに現場で自分が懺悔する事を話させる。修法が円満に終わった後、リンチェンドルジェ・リンポチェは次の如く開示された。

懺悔は三つのレベルに分けられる。最低のレベルは泣く。第二は号泣して、力を尽くして全身は柔らかくて地面に伏せて動けない。第三は最もいいのは号泣して、目から血が流れる。先程多くの人は泣かなくて、本当に懺悔した人は唯約四分の一だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に二回の機会を与えて懺悔させたのに、泣かない人は懺悔しない。また、ある人は泣くふりをした。特に男性の方にわずかな人しか泣かなかった。男が涙があっても簡単に泣かないと言ったが、しかし懺悔しない。古代に「大丈夫」と言われたのは男性しか指さなくて、本当に発心して仏を習う人は大丈夫だ。勇気があって絶えなくて自分の行為を改めている。懺悔しない人は慈悲を修めたくない。つまり引き続きに衆生を傷付けたい。懺悔出来ない人は自分は間違いだと認めない。皆は間違いを犯すが、仏の果位を修めない限り。釈迦牟尼仏は成仏した後、九つの難があるのに、凡夫さえ言うまでもない。叱られる事を恐がらないで、誰のせいで自分に叱られたと言わないで。そなたを損なう人はいなくて、全ては自分が作ったから。尊勝直貢チェツァン法王も絶えずに尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを試験や試練している。

続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは参列者に黒水財神を修めた。チベット仏教に於いて、黒、赤、白、緑、黄五種類の財神がある。黒水財神は一般の神ではなくて、既に八地に証した菩薩であり、観音菩薩の眷属である。財神を修めた修行者は必ずその前に観音法門もよく修める必要がある。また、法本に書かれた通りに成就する兆しが現れるまで修めなければならない。

一般の財神はそなたが財を求めると、財神はそなたに少し報いを取った。そなたの寿命や福などかもしれない。例えば、台北県にある寺は多くの人が財を求めに来る。若し鬼神に求めれば、通常は他の物で交換しなければならない。しかし、黒水財神はそうしない。

そなたが此の世に財をいくら持つことは自分が前世に供養と布施したことがあって得るのである。しかし、そなたは此の世に肉を食べた事が有れば、元々得るべき財は障碍されて得られない或いは訳が分からない所に浪費する。それは「劫財」である。殺生し、悪事を行い、堕胎した事があれば、全て劫財される。今日修めた黒水財神はそなたの財の障碍を取り除いた。そなた達に得るべきではない物を得させる事ではなくて、そなた達が過去供養と布施したから、元々そなたに属した財を与えて、此の世に悪業を作ったせいで劫財されない。同様に今後そなたは供養、布施すべきだと分かって、未来の福報を累積できる。

密宗が財神を修めるのはお金が好きと言う人がいた。実はそうではない。仏を学ぶにも資糧が必要で、車に乗って法会に参加するにもお金を使わなければならない。お金があるこそやっと道場を護持することが出来て、貧困もひとつ苦しみである。財神法を修めてそなた達にお金のことを心配しなくて安心で仏を勉強することを出来させる。 出家衆は日を暮らすお金がなければリンチェンドルジェ・リンポチェに教えても結構である。そなた達にのある者はお金をもらって惜しく供養する。まず家屋のローンを返すと思って、毎月差引いた元金と利子が少し少なくなったと望んだ。お金がなければ背の立たないところへ行くな、無理に買うと貪欲である。

台灣では大寺院を建てることが流行っている。大福報があるこそ寺院を建てることが出来ると思ったから。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェがなぜ寺院を建たないと考える必要はない。寺院を建てるのは確かに見事なことで、しかし毎法師の因縁が同じであらない

今日行った黒水財神法は岩伝法である。蓮師はチベットを離れた時、法本を岩穴の中に、空に、水に隠して、こんな法本は岩伝法と呼ばれていて、力は十分殊勝である。

続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは殊勝な黒水財神法を修めた。修法円満した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは申された:

リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に全てのお金を供養すると教えなくて、仏経は我らに、収入を四分に分けて、四分の一は日常生活の支出、四分の一は医療で、四分の一は供養佈施で、それに四分の一は貯金すると教えた。勿論密法を修めれば只の四分の一を供養するのではない。リンチェンドルジェ・リンポチェが密法を学ぶことによって、すべての一切のを供養して、つまりリンチェンドルジェ・リンポチェが供養する時、全く自分は未来がお金を持ってるかどうか考えない。供養する時細かく計算しないで、計算し過ぎるな。前回ある弟子は2,500元のため、至る所に訪ねた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは2千万元の供養を5回受け取らなかった。彼の供養する心が正しくなかったから、まして2,500元か。皆のように細かく計算することがない尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは従来自分の帳簿を勘定しないのに、とても不思議が、どう使っても足りるのであった。

後で皆のため既に昼弁当を用意した。お弁当を注文しなかった者は自分が外出して食事をしよう。そなた達、お弁当を注文した者は良い人をするな。自分のお弁当を外の者に食べさせて、また言い逃れて自分が朝ごはんを食べすぎでお腹は空いてない、或いはダイエットしていると言い、こんなことをする必要はない。これは慈悲であらない。

昼お弁当を食べ終わったら、皆は雑談を熱中ばかりしないで、この時間で自分が未来の一年間にどの問題を直すかと考えなさい。先程リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に発露懺悔をさせた時、多くの者は泣かなくて、全く懺悔しないとの現われで、懺悔をしない者は慈悲心を学び得ることが出来ない。菩提心を生じて菩提道を行って衆生に利益することさえは、もっと出来ない。真に発心して仏を学んで衆生を助ける行者は、必ず懺悔を始めてするはず。自分がどこで間違ったか知らないならば、それは傲慢しすぎである。他人より賢い或いは腕があると思わないで、傲慢な人は慈悲が勉強出来なくて、さらに多い仏法を学んでも役割がなくて、衆生を助けることが出来ない。

昼休みをした後、リンチェンドルジェ・リンポチェはまた法座を昇って大象財神法を行い、先ず開示された:

この大象財神法本の正式名称は白マハーカーラで、それは大象財神が白マハーカーラの眷属及び護法である。マハーカーラはまだ大黒天と呼ばれていて、チベット仏教の四大教派が一緒に供える護法である。伝える事により古代に有る悪魔は多くの衆生を害して、観世音菩薩はこの魔を降伏したくて、彼に仏法の護持を変わらせようとして結局悪魔は1つ条件を出した。観世音菩薩が彼に1人全宇宙に一番美しい女を与えれば、もう人を害しなくて、仏法に依止するようになる。そうして、観世音菩薩は本当にこの悪魔が思った一番綺麗な女性に変化して、この悪魔を仏教の護法に成らせて、即ちマハーカーラである。

インドには1人非常にお金持ち、また寛大な王子様がいた、ある者が彼にお金を求めれば、彼は原因を問わず是非与える。ある者はあのお金を取って悪事をするため、この王子様がむやみに佈施することはかえって人の悪行を助長した。仏経には説いた、けがらわしく良い者か、むやみに慈悲するのも地獄を堕ちる事になる。マハーカーラはこの様子を見てだめと思ってこの王子を殺して、彼の頭を切って、また彼に1つ大象の頭を取り付けてあげて、マハーカーラの1人眷属になった。

ある者は仏教にこの財神がいない、或いは仏教と印度教の共通な財神だと思った。インド人は多くの財神をお辞儀するが、これと同じではない。

最近ある者は台湾で大がかりに善行していて、ある者はリンチェンドルジェ・リンポチェの見方を伺った。リンチェンドルジェ・リンポチェは仰った、この事は正しと誤りではなく、仏法は因果より見るのである。中国人は昔の訓戒がある:「善行を知らせず」、人を助けてそなたを知る必要がない。仏法で見ると、彼が大がかりに佈施するため、ある者の貪欲を引き起こした。それで不思議に多勢者が出てお金がないと言った。これら者は本来これらお金を取らなくても死ぬなくて、ちゃんと生きていて、政府も貧困な者の世話をしないのであらない。だから、彼のこんな善行のやり方は有為の善で、有漏の善である。

多勢者はちょっと寄付して、或いは流浪犬を収容すると自分が良い人だと思って、ただ額で「善」文字を刻まなかった。善行とは、そなた達が思ったように、毎月ある基金会に少しお金を寄付して結構ではない。それは募集しに来て、寄付しないと悪いと思ってしたので、善行とは言えない。本当の寄付とは本を読むお金がない者を助けるのではなく、自分の手であれら食事するお金がない者に、お医者さんを見てもらうお金がない者にあげるのである。しかし福報がなければ、以前ある信者のように、寄付さえしても、病院で数日を待っても寄付対象が見つけなかった。

名聞利養は修行する者にとって一番大きい敵で、特に出家衆のことである。そなたは名声が欲しい時、自然に利得も欲しい事になった。

大象財神を修めことは、そなたのため、もともとある財産が分けも知らなくて掠奪されるのをさせない。しかし、貪欲が起きてロトを買うことはしないで、そなた達は全部あたるはずがない。ロトを買う50元さえがあれば、むしろ供養した方が良いである。現在ロトの金額はますます高くなって、つまりますます多くの者貪欲を引起す。ロトの一部収入は公益の方でやったと言う者がいたが、そなたが50元全部供養、佈施した方が良いである。そなた達この一生の財産は前世に供養、佈施したため得られて固定である。数えてみて、そなたは大きくなってから何件善行をしたか?財は沢山種類に分けて、そなた達の量は決めている。もう1つ仏を学ぶの法財は取っても盡きなくて使い尽くさないので有る。第三種類は衆生に利益するため特に願った財産は求め得られるが修行者でないと求め得なくて、そなた達は求めて得ることが出来ない。

黒水財神と比較的に同じではないのは、大象財神が本来特に寛大で、そなたはすこし無理に求めることが出来る。

白マハーカーラと大象財神は全て観世音菩薩の眷属である。それでリンチェンドルジェ・リンポチェは皆を引き連れて四臂觀音修誦簡軌を修めて、六字大明呪を唱えて、また続いて大象財神法を行った。修法円満した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは申された:

先程大象財神の修法を進んでいた時、黒沈香を燃焼する儀軌があり、これはこの法本の中に特に指定されて、大象財神の眷属はこんな木を燃焼する香りが好きである。沈香木は壇香木が水の中に沈めて千年を経た後引き上げて大変珍貴な木材で、市価はもうすぐ黄金と同じように高いのである。寶吉祥仏法センターはすごく惜しまなくて、先程焼いた黒沈香はおおよそ6,7万新台湾ドルを費やした。全部弟子達が常に道場を護持するお金より出す。今日沈香木を焼いた煙がこんなに盛ってることはそなた達が朝叱られて、午後心が割合に恭しいとの表れである。

蓮花生大士はチベットに入った時、あの頃地元の原始宗教の中に煙供との儀軌を見た。焼いたのは松枝、松葉である。地元の者にもっと早目に仏法を受け取らせるため、この儀軌の中にの祈願文を仏法の祈願文に変更して、現在チベット仏教の中に煙供の儀軌になった。毎日煙供をするべきと思った者がいた、こうするとどんな物でも良くに変わった。実は、そなた達は毎日供香するのは煙供のである。供養が出来るのはとても良いことで、あまりそんなに要求し過ぎるな。ある者は線香を使用すると沢山願った。因縁福報があるこそやっと線香を使うことが出来て、衆生の代表としての心でこの事をして、こんなに貪欲するな。何故線香を使うか?仏菩薩が線香の匂いを嗅ぐのではなく、只1つの便利な法門で、そなた達に供養するチャンスを与えて、福報を蓄積して、仏を学ぶことをさせるのである。

何年前、リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥仏法センターで始めて大象財神を行った時、ある弟子に黒沈香を買いに行かせて、結局この者は惜しくて一番安い沈香を買って来た。こんなことはリンチェンドルジェ・リンポチェが一番怒る。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏に供えるものであれば全て一番良いものを買う、何故か?仏菩薩が一番良い物が欲しいのではなく、それははあれら化学合成したものは勿論良くない、もう一つは、線香に火をつける時、そなた達は一番目嗅いだ者である。線香に火をつける果報は、そなたが来世皮膚がよくて、鼻もよくて、身に良い香りする。だから仏経の中に聞香菩薩を述べることがあった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは自分を例として何度も仰った。あの一番貧困な時期で、昼食が食べ終わった後、夕食のお金はどこにあるか分からなかったが、仏前の電燈、線香、花いつも絶えなくて、また買った線香は一番いいものであった。大切のはそなたの心で、そなたがお金がなくても、父母親にお腹を空かせる事が出来るか?勿論だめで、まして仏菩薩は父母親よりさらに大切のである。「先ずお腹を大切して、次は仏菩薩」この言葉を発明した者は、五無間地獄に堕ちるはずである。そなた達は全て真心で仏を供えない。例え仏に供える果物を買うなら、先ず夫に聞き、娘が好きな果物を買った。家族が好きな果物を買って仏に供えて、一体仏にまた娘に供えるか?こんな供養は供養とは言えない。

あなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが只呪文を唱えたと思わないで、今日修めた大象財神法は岩伝法で、岩伝法とは蓮花生大士があの時法本を山の洞穴、岩石、水、空虚な空中に隠して、そうして後代の人が探し出した法である。この法本は直貢噶舉教派が2009に往生した大成就ユンカ・リンポチェがご自身で、リンチェンドルジェ・リンポチェに口伝して、加持力は特に大きいのである。ユンカ・リンポチェは1人大成就者で、彼は既に自分の沢山ことを予言出来るのを修め得て、また間違いない。彼は予言した。彼が往生した後、彌勒菩薩の所へ、彌勒菩薩はは地球に来て仏に成るとき、彌勒菩薩と一緒に仏になる。

この法を修めれば、密法の中にの息、懐、増、誅この四つの法を成就になるまで修めて、法本が書いた内容と相応するまで、やっと出来た。息法とは災厄を取り除いて、懐法とは懐柔、増法とは権勢を増えて、誅法とは殺すのである。それに大手印の離戯ヨーガの階段まで修め得なければ成らない。慈悲心、菩提心を修め得なくて、観音法門を修め得ないとこの経文、呪文を唱えても無駄になる。そなた達はこの経文、呪文を読めれば役にたつと思わないで、そなたの慈悲の力が足りらなければ、空虚中にの衆生を呼び寄せて、そなた達を助けることが出来ない。

リンチェンドルジェ・リンポチェはとても慈悲深い、参列者に大象財神に求めた。未来の一年には、皆は仏を学ぶ資量がある事を望んでいる。これはそなたにお金があって部屋代を返金する事ではない、そなたの子供にお金があって勉強して大学に入る事ではない、もしお金がないので進学できないならば、早めに仕事をしましょう。もし、今日、貪の心を以って大象財神に求めるならば何も求める事が出来ない。が、求める者は衆生の為に求めて、衆生が貧困の苦しみを解脱する事を望んでいるならば、それでは求められる。そなたのこの世に貧困の苦しみがあるとは、そなたがある世に布施供養をよくしないわけで、或いは他人に阻止させて、或いは布施供養をてから後悔で、或いは他人にある程の金額が十分である事を言うならば貧困になる。布施供養の時には比較の心にしてはいけない、他人がどの程をする事に構わない。心は最も重要である。心は正しいならば、1台湾ドルの供養でも福報も大きいである。心は間違うならば、酬いを求める心にすれば、2千台湾ドルでも全部差し戻すのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェはこの世の貧困なる果報が報いた事がとても嬉しい、その上、1、2年の時間のみで、その後、益々お金を稼いでいく。この間の暮らしはお金がないけれでおも、嬉しくて生活し、これは誰でもリンチェンドルジェ・リンポチェに面倒を起こす事がない、現在のようではなくて、毎日に多くの人々はリンチェンドルジェ・リンポチェに見付かって来る。

リンチェンドルジェ・リンポチェは多くの商売をする事を見ている。これは直貢噶舉教派はお金が需要し、出家者は商売をしてお金を稼ぐ事が出来ない、止むを得ず在家者はして始める。リンチェンドルジェ・リンポチェはお金があるかどうかに拘らない。お金があるならば暮らしがこのように生活し、お金がないならでもこのように生活している。リンチェンドルジェ・リンポチェが商売をする事はとても随縁で、始めにどの程の大商売をする事を計画しない。ある弟子はある人に紹介させた事がある。この人はリンチェンドルジェ・リンポチェに仏像を作って、その裏に多くの珍宝を入ってお金を稼ぐ事をする予定である。リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐにこの人に離れて再び来てはいけないと説いた。もし仏像の商売をしたいならば、リンチェンドルジェ・リンポチェはネパールにとても良い関係があり、絶対に安い仏像が見付かる事が出来る。然し、事柄はこのようにすることが出来ない。また、他の人々はリンチェンドルジェ・リンポチェにラストランを経営する事を薦めた事がある。これはリンチェンドルジェ・リンポチェが如何に美味しい食べ物を料理する事が分かるわけである。けれども、リンチェンドルジェ・リンポチェは断った。これは数人の弟子がレストランの経営で生計を立てるわけである。もしリンチェンドルジェ・リンポチェはレストランを経営したら、この数人の弟子のレストランの商売が経営し続ける事出来ない。お金が稼ぐ事は全て自分で稼ぐ事ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェが商売をする時には、そなたの考えと違い、先に如何にお金が稼ぐ事を考える事ではない、返って、如何にお金を失う事を先に考えいる。

下らない事を思ってはいけない、そなたは仏菩薩を見ることを想像してはいけない。夢を見るという事は全て贋で、詐欺している。何故下らないことを思っているのでしょうか?これは一足飛びに最も高い水準に達して欲しいである。皆は六祖慧能ではなくて頓悟事出来ない。リンチェンドルジェ・リンポチェでも漸悟の根器であり、況してそなた達のでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェは仏経を全て読んでも、仏経がそなたに加護することの記載がない。もしお経を唱えて加護できたら、リンチェンドルジェ・リンポチェは第一位に手を高くあげて修める事をしない。何故寶吉祥仏法センターは「仏子行三十七頌」を伝えるのでしょうか?多くの人々は「仏子行三十七頌」を以って仏経で毎日唱えるだけである。これは仏弟子の標準で、戒律である。国は国の法律があるように、会社と学校機構はこの規定があるように、全て守る準則がある。毎日帰宅する後、当日の全ての身、口、意は「仏子行三十七頌」に違反するかどうかを検視する。仏法を以って実行しないなら役に立たない。

他人に世話する事が足りないし、上師にまだ論争し、上師に怒り、全て他人の間違いで自分が永遠に間違いがない人と思っているのは慈悲心を修める資格がない。両親に盾突く者は果報が晩年に一人で誰に頼む事が出来ない。ただそなたは両親に盾突かないなら、そなたが子供がいないでも、晩年に同様に誰かがそなたに世話する事がある。

最近、多くの弟子が演壇に上がって、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼らを助ける事を分かち合って、内容は全て自分の多くの事柄が益々良くなっていて、仕事があり、家庭が順調で、お金も足りて、非常に感謝し、満足して始まる事を聞いた。人々は現状を満足してから、貪念の開始である。自分を警戒させて世間の順調な事柄を貪る事が出来ないのを聞いた事がない。眷属が円満し、去る前に家庭に恋々とする行きたくないかもしれない。心に刻まなければいけない、仏を学ぶ最終な目的は生死輪廻を解脱し、そなたに良い暮らしを生活させることではない。

多くの人々はもがく事を経ないで就寝が死ぬ人がとても福があると思っている。実は、このような人々は大部で畜生道に落ちる、これはこれらの人々が死ぬ前に仏を唱える事に間に合わない。

ミラレバ尊者は「輪廻が解脱しない、そなたは業により再び来て、願により再び来ても、凡そある世に地獄に落ちなければならない」と仰った事がある。地獄に落ちる後、仏法を接触する機会がない。地獄にいる時間には、人間の時間の数千年が要る。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたの未来の結果を見えるなので、そなたがのする事はそなたに三悪道に落ちさせることを見えるので、とても急ぎで、そなた達に罵らないなら、三昧耶戒を破って、つまり上師、菩薩、衆生への承諾を破るのである。だから、依然として罵っていて、罵られないまでに至り、そなた達はどの程に聞き入れるのがどの程である。

在家者は出家者に及ばない思ったり、或いは在家者は出家者を軽視したり、或いは、ある教派は他の教派により素晴らしさと思ったりする事は全て正確しない心構えである。人々はどの教派に入る事で、どんな身を現して、全て彼の因縁がある。然し、そなたに彼方此方に走らせる事ではない、この仏寺へ行って、その教派へ向く事ではない。各々の教派はこれなりの不共の護法がいって、そなたはこちらへ行って、そちらへ向いて、どの片側の護法がそなたに保護する事が分からない。

今、リンチェンドルジェ・リンポチェはある女の信者が端正な座らない事に罵って、手で足を抱いて足も上げて起きて、これは仏法に恭しくなかった。三寶の前に身が端正しないなら、心が不正である事を表して、良くない果位がある。その上、女の子はこのような座るならすごく礼儀がない。毎回、座る姿によりリンチェンドルジェ・リンポチェに罵られる人は法会に再び参加しない、これは恭敬心がないで、自分がただ今日来て何を言う事を聞いてみて来るだけと思っている。座る姿により、日本の女の子はより躾がいい。日本の女性は胡坐をかく時に正座で、従来に足を上げて起きる事がない。が、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王の開示を聞く時に、何時間に経ても、自身が脊柱側湾症があるけれども身体がずっと恭しく正座し、そなたのように歪んで猫背で座る事がない。リンチェンドルジェ・リンポチェは痛まないのでしょうか?そなた達の座る姿により、そなた達が仏法、上師に恭敬心があるかどうかを分かっている。

今日、陰暦の元旦で、お正月の間には、そなた達は他の仏寺に行ったら、皆は全て祝福する立派な話を言う。しかし、寶吉祥道場に来たら、第一は罵られて、第二はそなたに泣かせて、第三はそなたに足を痛ませて、第四は満腹させない。何故このようにするのでしょうか?これはそなた達の業を消えて、罵られる事は良いことで、福報があったらリンチェンドルジェ・リンポチェがそなたに気にしてそなたたちに罵る事を得て始める。リンチェンドルジェ・リンポチェは経験がある者で、成就を修めて得られる、この方式がそなた達に役に立つ事を知っている。そなた達は簡単で傲慢し、褒める事が絶対に出来ない。

そなたはそなたの専業のところでとても凄いでも、ただその方面だけで分かって、それから余計な事がそなたが分からない、何か高慢が要るだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェにより、ある者はある方面で専門家だったら、実はこれは彼の聡明が有限であることを示して、ただこの事のみで分かって、ただ生計を立てる事に使うのみである。そなたは一分一厘なる「私はとてもよいする」という考えがある時に、傲慢な心がすぐに起きる。多年前に、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢噶舉の祖寺の直貢梯寺に、ある部屋に御呼ばれに行って、おでこは二回で同じまぐさに当たった。人々は平身低頭しなければならない事を学んで、これも護法はリンチェンドルジェ・リンポチェに注意させた。

水懺を創る悟逹国師は何世でも出家者で、皇帝が国師を与えられるから、少しの傲慢な心を起こして、過去世に殺人の業が直ちに来て、膝に人面瘡になった。この物語は明らかに皆に教えて、少しの傲慢があったら、そなたが修める善の力が消えてしまう。注意しなければならない。

そなた達は抑えられる事は恐れてはいけない。どこでも押さえられない事がない。所謂戒律とは賞罰を以って工具ではない。戒律を守る事とはそなたに間違いを犯させない、他人に傷害させない。小悪を軽視する事が出来ない、ただ少しの事のみと思ってはいけない、多くの大事は小事から引き起こす。そなた達は多くの事柄は「構わない」を慣れて言って、上師から指示する事柄を一心にしない、教えにより従わないならば、そなたは去る前に、多くの苦しみを受けらなければならない。そなたに何も柔らかいな対応させる事ではない、他人はそなたに何をする事を言ってもそなたが何をする事ではない。今日、ある者はそなたにドラッグを吸う事を要求させて、そなたは彼にドラッグが買わないなら、彼がお金がないで餓死してしまうと思っていて、そうすると、彼に買うならば、このような事柄が間違う。

リンチェンドルジェ・リンポチェは既に早くから退職したい。2007年ラチ雪山に閉関してから、リンチェンドルジェ・リンポチェは退職する事を言い表し、ただ三恩根本上師直貢チェツァン法王が同意しなかった。2010年、直貢チェツァン法王の為に大法会を主催した後で、リンチェンドルジェ・リンポチェは再度引退する事を提出し、直貢チェツァン法王は自分がまだ退職しないので、リンチェンドルジェ・リンポチェも引退する事が出来ないと仰った。直貢チェツァン法王が2回にリンチェンドルジェ・リンポチェに引退させないのは必ず原因があり、だから、リンチェンドルジェ・リンポチェが第3回に提出をしない。直貢チェツァン法王は自ら口を開く事を除く。然し、引退しないでもずっと台湾にることを表すことではない、そなた達に見つけないかもしれない。この世に、リンチェンドルジェ・リンポチェが気に掛かるのはただ直貢チェツァン法王と母さんの二人だけで、これは彼らは自分にとって恩がある。弟子達に何も気に掛かる事がない、早くからそなた達に欠ける事がない。

衆生は難しく済度する。ガムポパ大師は「密法の成就がある上師は弟子が多くになって業力の開始」と仰った。朝に罵るそれらの弟子はそのとおりで、そなた達の在席の皆もこのようなである。在席の皆は全てリンチェンドルジェ・リンポチェに命を欠けても、またこのような難しく済度する。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは出家者に良く修めてよく学ぶ事に薦めて、急いで出て衆生に済度することをしない、先に自分に助けて生死輪廻を解脱する事を修めて、浄土に至って、大菩薩の果位を修めて得てから、また帰って衆生に済度して来よう。

仏を学んで修行するのはリンチェンドルジェ・リンポチェの本業で、残りのは副業である。もしそなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上がるとリンポチェになって、法座から降りると阿呆と思っているなら、そなた達は再び来られない。これはこのようにすれば分別心があり、分別心があったら慈悲心を修める事が出来ない、慈悲心がないなら仏法を学ばない。リンチェンドルジェ・リンポチェはうわさ話を聞く者と思っていはいけない、リンチェンドルジェ・リンポチェはうわさ話を聞く者であれば、そなた達は誰でもいる事が無い。リンチェンドルジェ・リンポチェは何か正しさ、何か間違い事を知っている。

リンチェンドルジェ・リンポチェは因果について確かに認知及びその因縁であり、細かいところから見る。菩薩は「因」を恐れて、凡夫は「果」を恐れる。そなた達はこれからどのようになっても、先にしてから考える。リンチェンドルジェ・リンポチェは事柄をする前に、この話、事柄と動作を考えていて、何か良くない因を生じる事が出来て、如何様に良くない果報を避ける。ただ一つの考えを起こす事思ってはいけない、意念を動いてから、業力が生じる機会がある。この間にはそなたが悪をする或いは善をしたら、悪果を生じる時間と力が大きくなって或いは小さくなっていく。そなたはリンチェンドルジェ・リンポチェのように大きな善悪をしたら、悪果を現れても、影響の力がとても小さいである。

今日、そなた達は多くの事を得た。時間は一年一年で経て、我々はこの地球にまた一年に減らし、リンチェンドルジェ・リンポチェの時間が足りない、そなた達は仏を学ぶ因縁と機会を惜しまなければならない。当年、リンチェンドルジェ・リンポチェは台湾に来ないなら、尊勝直貢チェツァン法王に謁見しないなら、仏を学ぶ事も出来なかった。仏を学ぶ事がないなら、今までには生きている事も出来ない。リンチェンドルジェ・リンポチェに福を喜ばせる事ではないし、その上、多くの事がしなければならない。皆は翌日から新年を祝う等の事をし、今日に帰って静かに考えていて、未来のこの年にそなたは如何にするのでしょうか?去年は何か間違いを犯すのでしょうか?自分を検視して如何に再び間違う事をしない。

2011年2月6日

台北寶吉祥仏法センターで、弟子と信衆達は恭しく尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが2003年6月29日に開示された仏法の録音を聞いた。

法会の前に、ある女子の弟子はこう分かち合った。2008年8月31日は彼女が3年目に尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェの主催した阿弥陀仏無遮済度大法会であり、同年の8月2日に父親は病気で弱くなり老衰して往生したから、8月31日にリンチェンドルジェ・リンポチェが大法会の法座の上で、慈悲に開示し衆生を済度する時に、彼女に深刻に感動させて、かつ自身の業力が深重だと感じて、懺悔を知っていなくて、因縁が十分に備えないから、父親のため早目に尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見を求めることが出来ない。彼女の愚かさと無知のため、父親にもっと多くの苦しみを受けさせて、今なお依然として恥じてとがめて可愛がると深く感じた。特に皈依した後、上師が法座の上で開示したように、人が死亡前の地、水、火、風の分解により生じた苦痛と恐れを耳にした時、自分がとても親不孝だと感じて、2006年に初めて大法会に参加した後で、積極的に仏を学ぶことができる機会を願うことを把握しなくて、父親の生育養育の恩を返すことに間に合わなかった。

大法会の当日、心の中で往生した父親へ気にかかっているから、そこで現場のボランティアの兄弟子にどのように上師に父を済度されてもらうことを願うかを教えて、兄弟子もとても親切に彼女に先にリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに行くことができると答えて、翌日彼女は積極的に彼女が大法会に参加する申し込むことを手伝ってくれた友達に連絡して、彼女が全然に知らなかった兄弟子まで連絡する時まで、すでに五人目になった。親戚でも友人でもないが、兄弟子は依然として親切に彼女がリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見を求めることを協力して、初めて尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェに会って、どうしても緊張していて、その上周章狼狽したが、しかし、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの法座の前で叩頭して、リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲にどうしたかを尋ねる話を耳にして、彼女は慈悲深くて優しい父親に会うように、涙がほろほろと流れたように感動させて、そしてリンチェンドルジェ・リンポチェにお願いして、一生苦労した父親のため、済度して浄土に往生して再び輪廻しないように祈って、もし再び輪廻することを免れることができないならば、家柄の家まで生まれることができて、そのように苦労してはいけないように祈った。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に彼女に先ずは日曜日ごとの法会と毎月ごとの施身法に参加させる事を許して、そして父のために済度して、その時の彼女は何も言えないまで感動した。心の中で考えるのは、リンチェンドルジェ・リンポチェが衆生への大慈大悲や、且つ仕返しを求めないで無私に衆生のため払うこと、このような恩恵について、彼女たちはどのように応えるべきであるか。

ドルジェ・リンポチェの慈悲な仏法開示を耳にして、および衆生のため自己を顧みないで済度をすることで、、このような大慈悲力と大撮受力は、また彼女は知らず知らず涙を雨が降るよう溢れて、あのような感動することは文章で形容しにくいのである。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲喜捨のすごい力量を感じた。これは彼女がこれまで会ったことがない経験である。彼女がこんなにちっぽけな凡人であるから、こんなに大修行者に出会うことができる福報因縁がないであろう。

施身法が終わった数日後、とても見事なのは父が蓮の花をを全部に敷き詰める蓮花池の後の台地にいて、その台地でも百花が満開してあって、父の身の回りは1匹の駿馬と1台の馬車があることをを夢見て、彼女は父親がリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲に済度されてもらったことを信じた。彼女はもともとは父まで言及する時の悲しみ、痛み及び罣礙(しんむけいげ)がすべて消滅してしまい、残ったのは父に対しする懐かしさだけである。これは大慈大悲の尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェの手配に感謝しなければならない。

これからの法会で、一心不乱に上師の開示した仏法を聞いて、往々に感動させて涙を流して、そして自分の昔作った悪業、傷つけられた衆生をも深く懺悔して、これらの業はどのように返済するべきであるか。貪、嗔、癡、慢、疑、これらの悪い根性はまたどのように内心の最も深い所から根絶するのか。そしれ、眷属などはつくった悪業がまたどのように返すべきなのか。愚かで無知な彼女はまたどのように方法があるか。

悪業が深刻である彼女に皈依することができるようにさせて、すぐ未来に仏法を学ぶ道の中ですべて上師の教戒に従って、その教導に従って遂行することを祈願して、そして上師は弟子のすべてに対して、全部は最も良い教えと手配があることを信じる。

皈依して1週間、彼女が仕事をしている時、約2メートル高さの階段から落ちて、どうして落下するのか、彼女もよく知っていないが、ただ両足のひざと下腿骨の四箇所だけで外傷及び淤血(おけつ)があり、病院へ急診に運ばれて、医者はまた頭部と胴が本当にぶつかっていないことを確認するか。彼女はとても明らかに、“はい、ぶつかっていない。上師に感謝する”と回答して、母親はもし上師の加護がなければ、更に大変になるでしょうと言った。あの時はちょうど皈依したばかりであるから、兄弟子が彼女の両足の傷を見る時に彼女にお祝いを言って、彼女の心でとても合点がいかないのは、彼女がこのように下落したのにどうしてまだ彼女を祝うかということである。1ヶ月の後で、12月15日に彼女はまた通勤時間に交通事故が発生して、車の前部が全損になり、今度彼女はまた急診室に進んで全身をX光線にで照らして、胸骨の骨が裂けたのを発見して、入院して観察し続けて、その他は何も差し障りがない。いっそう上師の加持とアキ護法の保護に恩に感じて、そして絶え間なく自分の嘗て作った悪業を懺悔して、二回の意外事故による傷害はすべて重い報が軽く受けるようになった。上師の法座の上で慈悲に開示したことに恩に感じて、この二回意外事故にあった時に、彼女はとても落ち着くまま受け取るようにさせて、驚かなくて恐れなくて深く懺悔し反省した。

尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する前に、彼女は便利さを貪って怠けるバイバイ教(どの神も拝むこと)であり、作った悪業は数えても数えられない。上師が殊勝に法を修めるため、彼女に傷つけられた衆生に懺悔する機会があらせて、甚だしきに至ってはすでに忘れてしまった悪業はすべてはっきり浮かんで、10歳ごろ、眷村から農村まで引っ越して、もっと多くの小さい動物と昆虫に好奇心があって残忍に殺害して、特に多くのカダヤシ(中国語で大肚魚を称す)をつまんで殺して、人類として衆生を保護していないでまたこんなに多くの衆生を傷つけて、、たとえ彼女は千百回死んでもす全然返済することができない。

SARS期間に、彼女は貪欲の念で悪に従って、儲けるべきでないマスクの値段の差額を儲けた。ちょうど結婚したところ、舅は民俗の祭典で1匹のブタをかって試合に参加するため、あの時、ただあのブタがとても可哀相なと感じて、ものを食べる場合は管で食にえさをやらなければならなく、眠ることも寝返りを打つことができなくて、歩いて行動することができなくて、最後にそのまま殺されてから廟の前で並べられて人に観覧させて、今思い出すのと本当にとても残忍である。彼女の舅は1994年に脳卒中で半身不随になり、食事するのも経鼻胃管で使わなければならなく、寝返りを打つことができなく、歩くことができなく、大小便が自分で処理することができなくなった。姑も2002年に小脳が萎えたため、状況は舅と同じにも半身不随になり、もし上師が開示しないならば 果報の恐ろしさが分かることができない。

以上のこれらの悪業はすでに十分に彼女を地獄をおりて永遠に回復できなくならせたのに、結局は誇らしくて利己的な悪い習性がまだあって、上司が彼女に対して友好的ではない時、彼女は自身を反省することを知らないでは自分がまた怒ると思っていて、彼女の心の中の悪念、邪念がいっぱいあって、本当に一つの長所もない。独りよがりで仏を学んで、他の人を尊重しないで自分の考えで決めて、子供を連れて上師に彼らが法会に参加することを許すようお願いしにきた。上師はこう慈悲に開示して、仏を学ぶのはよい事であり、きっとお父さんに彼らが法会に参加することを知らせてもし彼らの父親が賛成しないと、来ることを許せない。彼女はすぐ恥ずかしく思ってやまないで、彼女の利己的さとうかつで、上師のどれだけたいへんな面倒をかけることを全然考慮していないから、自分は上師をよく保護しなくて、また独りよがりで仏を学んで、子供のお父さんに仏陀をそしらせて、彼女も恨んで彼も衆生の中の一員であり、仏法も必要とすることを忘れた。彼女はそうすると、彼と子供の仏を学ぶ縁を切ったかも知れなくて、更に彼女に五無間地獄を堕ちさせることができる。今生の悪業は3日3晩も言ってもすべて言い終わらなくて、まして累世代々作ったた悪業はなおさらである。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの心からの教戒に恩に感じて、彼女に自分を反省することが分かるようにさせて、この一世に傷つけられた衆生に深く懺悔する機会があらせて、彼女の上司、子供の父親、そして彼女に殺害された動物や昆虫など衆生を含む。将来学習する道がどんなに大変であり、どのくらい妨げがあるに関わらず、きっと上師の教導と手配に従わなければいけなくて、上師が本当に彼女たちに輪廻に解脱する根本を教えることができることを信じる。尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子に仏を学ぶ機会と因縁をを大切にする。

そして、もう1名の女子弟子は彼女が尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを受けた経過を分かち合った。彼女はその時ちょうど心臓の手術を受けたばかりであり、失意のどん底にあって、1つの機縁の下で、偉大な修行者--尊きリンチェンドルジェ・リンポチェりに謁見した。学生の期間、父は脳卒中で他界して、彼女に人生がちっぽけだと感じさせて、身内が最も助けることがなくて最も苦痛な時に、彼女は何も助けることができなくて、彼のため何も分担することができない。その上自分はまたわけがわからなくて顕性遺伝心臓病にかかって、そのまま止めたら悔しいが、すべての関連している医学専門ウェブサイトを全部調べて、原因をはっきりさせなければいけない。医者の言い方について彼女は余り納得できないが、しかしずっと原因を探し出せないで、友達の紹介を通して、偉大な修行者--尊きリンチェンドルジェ・リンポチェりに謁見して、心の中では、とても大きい歓喜を産んで、これらの事の次第を尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに報告して、そして人類は生死の間の苦痛とどうしても全然何もできないこと、更に自分が天寿を全うすることができない事を恐れて、これらの考えかたを彼女は1つ1つ尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに報告した。しかし、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはただ彼女の1つ「仏を学ぶ」との言葉だけを答えて、簡単明瞭である。

今まで彼女は目の当たりに証拠とすることを堅持する人であり、外で法を講じる人達の一部は、言う事を必ず実行することができなくて、本当に自ら体験し実行することができないので、彼女にとって、これたの人達は全然説得力もなくて、至って尊敬にリンチェンドルジェ・リンポチェりに出会った。初めて顔を合わせて、彼女が皈依していないため、当初はただ情報を求めると思って、多少供養しなければならなくてと思って、しかしお金は退かれて帰って来て、彼女は少し不思議だと感じて、ある人は法を伝えて意外にもお金を受け取らないか。2回目、また道場に行って法会に参加して、終わった後に、再度尊きリンチェンドルジェ・リンポチェりに供養した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが自分の手で収めたのではないが、しかし彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女たちのように皈依していなかった人に借りがある事を避けたいから、彼女を目の前まで叫んで、何も聞かなくて、よく彼女の心臓を加持した。当時彼女は言い表せないように感動して、自分が海の中で1株の浮木をつかむように感じる。その後、彼女は皈依した。皈依して間もなくて、引き続き尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに追随して、直貢梯寺に行って戻った。

心臓の手術を行ってもらった1年間、医者は患者が飛行機に乗ることに賛成することができないので、特にこんなに高い海抜の地方に行く、しかし彼女は天寿を全うすることを求めるため、みんなの反対を顧みないで、行った。チベットに着くと、その夜高山病症の反応はすべて現れて、彼女は子供のように泣いて家に帰りたくて、その他の兄弟子は知っていて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに報告した。翌日彼女は何の薬をも食べていないで、わけがわからなく直れてしまって、かえってその他の人の顔色が白くなり、嘔吐したりするようになった。初めは彼女はまったく尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが既に彼女に加持してくれたことを全然知らなかった。

当時、もし尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがいないならば、彼女はその時彼女がたぶん最初に山の下まで運ばれる人だと思っている。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに追随してチベットに行って帰った後、彼女は、本当に大修行者に従う機会があって、更に心で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがふだん彼女に教えた仏法を本当に1つ1つ生活のことに用いることを体得したから。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座の上で言った一つひとつずつの言葉をすべてやり遂げて、本当に自ら身体で実行して、教派、直貢チェツァン法王への恭敬をも更に言うまでもなくて、すべての大きさの事はすべて仏法を離れないで、その時彼女は仏法が尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの身体で、本当に「仏を学ぶのもこんなに容易で、自然になる。」と感じた。

その後、間もなく、ある予想外の下で彼女はまた再度熱が出て入院して、今度の医者は心内膜炎だと診察されて、これは先天性心臓病の常連であり、熱が出て三日間下がらないのでさえすれば、大概90%はすべてこの病気であるため、また1ヶ月入院して治療を受けなければならない。もしそうすると、毎週の法会彼女はまた行くことができなくなった。奇怪だと言うかが、彼女は皈依した後に、多くの事は全て自然に解決した。今度のように、翌日の検査報告はまた細菌がすべてなくなったと言って、彼女は退院することができた。再度道場に帰った後に、彼女は尊き リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を耳にして、心臓病にかかるのは自分の殺業があまりに重いから。その時には、彼女はすぐ彼女がただ他人のせいにするべきでないことを知っていて、これらはすべて彼女が自分で作ったので、彼女が自分で受け取るものである。それで、彼女はやっと尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがことが知っているためである いつもすべて空虚な中で彼女を加持し、彼女を配慮して、たとえ彼女は何も言わなくても、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェも知っている。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがこのように彼女を手伝うったが、彼女は何をも返報する事を求めなくて、彼女がよく仏を学んで、生死に解脱することさえすればいい。この世の中ではまた誰がこのようにら繰り返し忠告してずっと彼女勧めて、彼女を教える人が誰も無いのである。?彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに恩に感じることを除いて、そして、彼女は努力して仏を学ぶべきであり、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの足手まといにならないでください。

台北寶吉祥仏法センターの弟子と信衆達は、台北寶吉祥仏法センターで恭しく尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが2003年6月29日に開示された仏法の録音を聞いた。

リンチェンドルジェ・リンポチェはここでは37人の弟子達が供養することが許せなくて、もう45日間経ってしまって、その中の2人の弟子は今日から供養することができるようになった。どうして一部の者が供養できるか、一部の者が供養できないか。その原因は自分の心が100%で教えに従って遂行するかどうか次第であるから。自分はどこが悪いと反省することがあったかどうかか。この期間は約7、8回の仏会があったが、そなた達が供養する事を許せないのは、あなた達に、もしも教えに従って遂行しないならば、福報を累積する機会さえもそなたに与えないで、もちろん密法を習って生死に解脱することは言う必要がない、と教える。仏陀を学ぶのはしっかり実行して、ちゃんとやり遂げるのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは弘法する人とする者がとても重い責任があり、そなた達に真に仏法を理解させて、もし、そなたが喜ぶかどうかにしたがって伝法すれば、リンチェンドルジェ・リンポチェを害する。そして、そなた達をも害する。リンチェンドルジェ・リンポチェがこの世に再び来た原因は過去世にそなた達をよく度していなかったので、この世にそなた達に牽引されて来たのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは今、もし弟子が聞こえてくれないと、第一は罰されることで、第二は離れさせることである。台湾の仏教はすてべもう病気になったから、全ての道場はそなた達は来なくて、供養しなくて、仏を学ばないことを恐れるため、そなた達の信衆を奉じる。しかし、釈迦牟尼佛がまだいた時には、釈迦牟尼仏もよく人を離れさせたのである。

この乱れていて、こんなに災難が多い社会で、もし仏を学ぶ心構えはまだ勝手になれば、まだ私はお金があれば、心があれば、時間があれば、どこで仏法が聞こえてないか。この観念があったら、それは間違いである。仏法はなかなか聞きにくいし、聞いてもなかなかそなた達の生活に実行することができない。ある者は絶えずにそなたを監督したり鞭撻したりしない限りである。何が修行だと言うのか。それは自分の行為を修めることである。真言を唱えて仏を礼拝するのは、修行だと言えない。行為及び思想を正しく修めないと、まだどこかが問題ができる。だから、我々は自分を訓練することを学んで、自分の心を控えて、心が動いて念が動く時に、怨や恨みが生まない。もし、そなた達は上師に怨や恨みが生めば、そなたは全ての衆生にも怨や恨みが生むことができて、生死輪廻から解脱することができない。

金剛乗の上師は使われる手段はすべて比較的に激しくて、なぜかというと、われわれは出家衆のように毎日に時間が多くと同じではない。われわれの在家の生活は周りにほどんと誘惑で、多くの障害があって、ひとつの考えが間違って、すぐひかれてしまう。ひかれてしまった後に、再び戻るのは、非常に難しい。もう自分がすごくよく修めていると思わないでください。われわれは他人の欠点を見るのは簡単であり、自分のを見るのは困難である。

皆さんとも、自分のいわゆる尊厳が傷害を受けているときに、すぐ反応があるが。でも、他人の尊厳が傷害を受けているときに、何も感じがない。そのため、普賢菩薩はわれわれに教える第一の修行する方式は十方仏菩薩を礼敬することである。それはそなた達の思うように十方仏、所有諸仏ではなくて、彼氏の意味は一切の有情衆生がすべて仏であり、一切の有情衆生はすべて成仏する条件を備えているからである。今そなたはある人を軽蔑すれば、彼は未来に仏であるかもしれない。もしそなたは他人より自分が高くて、凄くて、頭がよく、能力がよいと思うと、自然に他の人を尊敬しなくて、自然に口業を犯して、そして、嗔念が生む。

仏を学ぶのは難しいと思うのか。というのは、そなた達の目標は自分が見えない仏を設定するから。末法時代の衆生は仏を見る福報がなくて、だから、そなた達の設定している目標は見えないから、そなた達は自分でもうわかったと思った。金剛乗の中では、上師に非常に尊敬しなければならない。なぜかというと、上師は歴代の祖師、諸仏菩薩を代表して、そなたに仏法を教えるからである。だから、上師の一言一行はすべてそなた達の利益のためで、そなた達に未来に輪廻に落ちないようにさせるためである。そなたは上師の教わる方法を受け取らなくて、従わないと、それは尊敬していないことを表す。上師を尊敬していないと、他の人を尊敬することができるのか。他の人を尊敬しなくて、他の人はそなたを尊敬する可能があるのか。そなた達は何も食べることができるが、ただ損を受けない。損を受けないのは、どのようにほかの人を尊敬することをわからなくて、自然にそなたの身、口、意が悪業を犯す。他人が間違う時に、他人を体諒しなさい。私達は原諒という言葉を使う必要がなくて、体諒しなさい。

ある弟子は皈依してからもう二年間過ぎて、リンチェンドルジェ・リンポチェを尊敬していなくて、彼の父親が亡くなってから、やっと修改してしまった。もし、そなた達の性格なら、もうすぐこのような弟子と往来関係を絶つはずであるが、仏門は従来に何の衆生を放棄することがない。彼はもしリンチェンドルジェ・リンポチェの門下に留めれば、まだ機会がある。ミラレバ尊者がまだ仏を学ぶ前には、彼の母親のために復讐して、呪文で氷雹を下ろして多くの人を殺害した。彼は自分の悪行が深いとわかって、大菩提心を発して、如実に仏法を学んで、1代の宗師になって、即身成仏であった。だから、仏が嘗てこう説かれたことがある。人として、必ず間違いがあるが。間違いがわかって改めたら、聖人の程度までやれる。一番怖いのは、そなたがいつも何も間違いがなくて、すべてが上師の間違いで、上師がそなたを理解しなくて、そなたを体諒しなくて、そなたを誤解する事を思っているのである。実は、私達は世の中で短い何十年だけで、私達もよく他人を誤解して、他の人を諒解していないで、これはすべて因果応報である。道で不注意にそなたとぶつかったら、そなたが怒りをしなくても、最低限はちょっと目に見るだろう。それは不諒解であり、そなたの尊厳を傷害することを許せないからである。

寶吉祥仏法センターは使われる手段が比較的に厳しくて、われわれはあまり時間が本当に多くはないから。私達は毎日働いているから、本当に静かに落ち着いて修行する時間が本当に多くないから、仏法を強くそなたの生活の中に導入しなければならない。仏を学ぶのは私たちの生活の中で、我々の一挙一動、一言一行、すべての念頭は仏法を使う必要がある。もし、今日他の人がそなたを批判して、そなたがすぐ“わたしは間違いがない”という念頭が生んだら、それはそなたが間違ったのである。そして、他の人に言われたら、家に帰って夫に怒ったら、それは間違いに間違った。どうして。というのは、そなたが一人で苦しいなら、もう結構であるが、結局はそなたはそなたの痛苦を他の人に渡して、何を仏を学ぶのか。慈悲心があるのか。他の人に快楽を与えて、痛苦を与えることができない。西洋人と同じようにそなたの圧力を漏れるやり方をしないでください。そなたの一切の痛苦はすべて果報の現れだということを理解しなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェの説かれた『仏子三十七頌』の録音を重複に聞きなさい。リンチェンドルジェ・リンポチェは今までも、まだ『仏子三十七頌』を修めているから、そなた達はなんで修めないか。なんで自分がよく修めていると思うか。ここにいるそなた達の中には、『仏子三十七頌』の百パーセントの一の能力を修めた人が一人もいない。そして、一部の弟子がいつも録音を聞く時間がないと言っているいのに、どうしてテレビを見る時間があるのか。どうしてそなたが食事の時間があるのか。どうしてお金を儲かりに行ったり、奥さんやご主人や子供に傍にいる時間があるのか。仏を学ぶのは我々の本当の根本の生命である。

我々がこの数十年過ごした生活はただ一つの夢である。もしまだ執迷して悟りしなくて、いつもわがままで、いつも他の人に怒って、いつも上師が悪いと言ったら、そなたは永遠に慈悲心まで学ぶことができない。直貢チェツァン法王も嘗て開示なされた。仏を学ぶ人は彼の上師の話が間違うと思うと、それは上師が正しくないではなくて、そなたの心が正しくない。なぜかというと、そなたは分別心が生んで悪念を起して、仏法を聞くのは欲望の心で聞くからで、清浄な心、生死を解脱する心で仏法を聞くのではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏を学んでから現在まで、自分の顕教の皈依師父が間違って、法王が間違ったという念頭がいっさいもない。そなた達はよく詳しく自分自身を点検してください。リンチェンドルジェ・リンポチェが悪いと思う回数が何回あったのか。この悪念があると、仏を学ぶことができない。だから、金剛乗は私達が上師を父親の如く、仏の如くとして、その理由は何であるか。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏ではなく、我々に仏法を教えて、生死を離れることを助ける人にも、感恩の心がなくて、ただ少しのところが不合意で、すぐ嗔念を生んで、そうすると、どのように慈悲の心を学ぶことができるか。慈悲がないと、仏法がない。

慈悲は菩提心の一番基本的な条件である。そなたに恩がある人にも嗔念を生んだら、ご両親に親孝行する可能がないだろうか。衆生に感恩の心を生む可能がないだろうか。感恩の心がなければ、自然にその代わりは嗔恨の心、欲望の心、分別の心で、これらはすべて無明、悩みである。もし、私達はこの方法に向かって、自分の念頭を控えることを学ばないと、あらゆる大蔵経をすべて見たことがあっても、四大教派の法王が灌頂してくれても、そなたが仏法を学んだことを代表するのではない。我々に恩がある人に感激するだけではなく、我々の敵にもっと感激する必要があって、敵が現れることによって、私達は自分がまだよくやっていないところが分かる。どうして敵があるか、どうして小人があるか。それはそなたはこのようなことをやったことがあって、かつて衆生を傷害したことがあって、他人の是非を言ったことがあった。果報はこのようなことであるから、そなたが受け取らなければなら。

仏を学ぶのは健康のため、好運を求めるためなど思わないで。このような心は全部間違い。健康、運不運もそなたの因果で全ては小さい事だ。仏を学ぶのは生死を解脱する大きい事だ。寿命を延ばすか、長生きできるかどうかは重要ではない。最も重要なのはそなたは自分が方向があるか、此の世に生死を離れる事を把握できるかどうか。方向は仏から我々に与えたが、把握は自分に頼らないと出来ない。例えば、直貢チェツァン法王は仏法を伝授した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは修めないと役に立たない。

修行の過程に多くの挑戦と苦情を経歴する。家からの圧力、師匠からの圧力を含めて、全ては忍ばないと出来ない。六波羅蜜に忍の法門があるが、他人に叱れて、怒らないのは忍と言えない。我々は修行する道、衆生を済度する道に如何なる一切誘惑を負って、一切圧力を向き合って、一切の苦情を受けるとは忍と言える。台湾の仏教界に大乗仏法を修め、菩薩道を修めると謂われた。しかし、菩薩道を修めるのは必ず六波羅蜜を修めなければならない。布施、持戒、忍辱はこの三つの法門が福報を修める。若しそなたは出来なくて、上師が与える圧力、叱責でも受けられないなら、そなたは衆生から与える圧力を忍べるだろう。《阿弥陀経》と《浄土五経》にはっきり説かれたが、浄土に往生する人は必ず菩提心を発しなければならない。つまり、六波羅蜜の中に修行する人である。仏法を聞くのは解門であるが、最も重要なのは行門である。修行とは必ず行い、解があり行がないといずれにしても邪念、邪見、邪業がある。だから、仏法を聞いた後、必ず生活の中に運用しなければならない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは常にそなた達を教えているが、毎晩寝る前に今日心を起して念を動いたのは自分のためかどうか。今日の身口意は仏が与える教えに違反するかどうか。若しあれば、そなたは懺悔して、明日に決して行えない。そなた達は何人が行えただろう。自分が今日何を行った事を考えただろう。今日の生活は凡夫の生活だろうか、或いは仏を学ぶ人の生活だろうか。そなたは帰宅後、妻に怒って、ボスの間違い、上司の悪いを言うと、今日過ごした日々は貪、瞋、癡で、三悪道に生きる日々だ。若しそなたは帰宅して、妻に今日私はそうすべきではなくて、私は改めるべきと言えば、そなたは始めて仏を学ぶ道に居る。

始めて大礼拝をするのは修行していると思わない。法本を持って毎日1000回や2000回の六字大明呪を唱える事は修行だと思わない。大礼拝をするや呪文を唱える事は我々を助けて、心に少し安定させて、妄念は少なくなって、我々に空間があって自分を検討している。そなた達はいつもリンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔しているが、それは懺悔ではなくて、唯謝る。懺悔とは何だろう。認めた後再び行えない。謝るとは何だろう。私はそなたの顔を平手で打って謝ったが、角を曲がってからまたそなたの顔を顔を平手で打って、謝った。そなた達は今はそうだが、謝った後、暫くして貪、瞋、癡、慢、疑はまた起こった。永遠にそうしている。《金剛経》にある好い上師に会うのはとても難しいとある。しかし、上師として、好い弟子は尚更に会うのは難しい。何故難しいだろう。それは衆生の心は不思議なので、衆生の心は妄念が多すぎて、考えが多くあって、恭敬心がなく、誠心もない。恭敬心とは何だろう。誠心であり、一つの心である。たとえ仏が如何なる説かれても、上師は話しても全ては一つの心であり、誠心で受け取る。そなた達は自分が上師から多くの苦情を受けたと思わないで、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏を学ぶ道にも多くの苦情、圧力、状況に遭って、全部忍ばなければならない。完全に認めないではなくて、完全に受け取った。それは自分の果報だから。

1996年頃、直貢チェツァン法王は台湾で千手観音の灌頂法会を行ない、他の直貢噶舉教派道場を主催した。あの日リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子100余人を引率して、法会に参加した。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは台下で座った。法会が始まる前約20分、主催者側ある一人はリンチェンドルジェ・リンポチェに言って、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに台上で座らせるとおっしゃった。若し台上で座ると法衣を着なければならない。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは知らないので、法衣を持っていない。リンチェンドルジェ・リンポチェは特に後ろの貴賓室に行って、直貢チェツァン法王を尋ねた。リンチェンドルジェ・リンポチェは部屋に入ると、直貢チェツァン法王は始めて厳しく言った。「早く法衣を着替えなさい。」そなた達なら必ず自分が知らなくて、先は始めて分かったと解釈した。リンチェンドルジェ・リンポチェは解釈せずに、直貢チェツァン法王に「すぐ着替えます」と言った。此れは人として、解釈は必要がない。

誰がリンチェンドルジェ・リンポチェに陥れたか。誰がリンチェンドルジェ・リンポチェを通知しなかったか。誰がリンチェンドルジェ・リンポチェに知らせなかったか。全てはリンチェンドルジェ・リンポチェの果報である。必ず過去世にリンチェンドルジェ・リンポチェは同じな方法で他人を対応したから、受ければいい。解釈する必要がない。若し、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に解釈して、誰が自分を知らせないと思うと、他人に陥れて、直貢チェツァン法王に叱れるだろう。そうすれば、リンチェンドルジェ・リンポチェは悪業を作るだろう。そなた達は出来るだろうか。何故今日リンチェンドルジェ・リンポチェは法席で座る資格があるだろう。それはリンチェンドルジェ・リンポチェが出来たから。すぐ戻って法衣を着替えてから、すぐ来て台上に座って黙った。

他にはある一回台湾で法会を行ない、ガムポはリンチェンドルジェ・リンポチェに前の席を座る事を手配した。チベット仏教に於いて、前の席や高い席で座るのは果位が高いと現れる。結局ある大ラマはとても喜ばなかった。元々彼は皆を引率して唱えるべきだが、彼はマイクロホンをリンチェンドルジェ・リンポチェに渡して、意味はリンチェンドルジェ・リンポチェに唱えさせて、ばか扱いさせる。リンチェンドルジェ・リンポチェはチベット語が出来ないからどのように唱えるだろう。法本は全てチベット語だから。そなた達なら必ず怒ったが、リンチェンドルジェ・リンポチェは「違いますが、ガムポは貴方に唱える事を頼んだが、私は間違い席を座った」と言いながら、すぐ後ろに座った。そなた達は出来るだろうか。そなた達は法会に出来ないと言わないが、通常にリンチェンドルジェ・リンポチェは顔色が変わると、皆リンチェンドルジェ・リンポチェが私に怒ったと言った。そなたはこの事を話して、この考えがあれば、悪念だ。そなたは心の中に悪を起したから。例えば、我々は忿怒相の本尊を見て、彼は怒っているや醜いと言わなくて、我々は彼たちを見ると、歓喜心を起した。それは忿怒相が現れて、我が業障を消えるから、彼を感謝した。そなた達はどうだろう。

先日にある番組を見たが、清朝に有る会社員はボスを助けるために仕事して、ボスに気を散らさせないから、家は事故があっても話せず、家でも帰らなかった。そなた達は必ず古代人は馬鹿だと言ったが、事故があっても休まず家に帰らない。彼の理論はとても簡単だが、ボスがいないと、私も生きられない。自分の家で事故があるのは自分の事でボスに関わらない。そなた達は出来るだろうか。何故古代人は仏を学ぶ事は我々より簡単だろう。古代人の貪欲は我々より少ないだろう。古代人の道徳倫理は我々よりいい。何故古代人が出来るだろうか。とても簡単な二つの字で感謝である。彼は自分が助けるから、そなたは金を儲けると思わなくて、唯一つの考えがあって、ボスがいるから、今日私は食事が出来る。だから彼に仕返して報いる。そなた達は出来るだろうか。

SARSは香港に於いて始めてから今まで、医師や看護婦など私が病院に入らず患者を助けないと言う人がいない。台湾は?SARSから香港人は台湾人より団結して、香港の医療人員は抗議しなかった。仏法は台湾で栄えると言ったが、多くの道場、多くの法師、多くのリンチェンドルジェ・リンポチェがいる。しかし本当に修行者は十本の指で数え終わる事が出来る。そなた達は皆エゴなので、エゴな人は仏法を習えるだろう。

今日台上にある直貢噶舉のガムポ-ナンジュガムポがいる。雲南人で中甸に出家して、ディクンティ寺に閉関修行してから、インドに仏を習った。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に教示を請い、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に台湾に六ヶ月を泊まらせて、寶吉祥道場に多くの儀軌、壇城の装飾り、タルマの作り方を協力した。リンチェンドルジェ・リンポチェは数人を選定して訓練するから、そなた達はこの機会を大切しなさい。リンチェンドルジェ・リンポチェはチベット語を話す事が出来ないが、リンチェンドルジェ・リンポチェはチベット仏教直貢噶舉の縁が特別に深い。だから、今日直貢チェツァン法王から多くの密法を伝授されて、衆生を利益できる。そなた達は累世の因縁があって、この門に入ると諦めない。少し苦情や考えのせいで、此の世にそなたの成仏の道を断たない。仏を学ぶ機会を断つのはとても簡単だが、そなたは再びに戻る時いつ頃の事か分からない。皈依弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェが開示された仏法テープを多く聴いたほうがいい。一回や二回を聴いたから、分かった、聴いた、聞く時間がないと思わない。更にこのような考えがあれば間違いだ。一日に30分間のテレビを見ないなら、絶対に時間がある。

その時ある女弟子は居眠りして、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を叱って、開示された。何故そなた達に寝させないだろう。仏経に睡魔があると説かれた。必ず以下の考えを持たない。法会に行って座れば役に立つ。仏経に耳が聞くと、そなたの道の種は即ち成仏の道の種は永遠に存在しているとあるが、此処に聴くとは居眠りしながら聞く事ではなくて、そなたが専念に聞いて、我々の第八意識阿拉耶識に深く入らないと出来ない。若し今日上師として法会に居眠りすれば、そなた達も一緒に行った。皆は覚えたが、2002年6月30日に直貢チェツァン法王の大法会があって、法会の前日リンチェンドルジェ・リンポチェは寝なかった。6月30日朝から法会が終わったまで、投影されたテレビを通して誰でもリンチェンドルジェ・リンポチェは法席で居眠りした姿を見えない。何故リンチェンドルジェ・リンポチェは出来たのに、そなたたちは出来ないだろう。とても簡単だ。尊重しないから。リンチェンドルジェ・リンポチェは如何なる苦労しても、疲れても直貢チェツァン法王は法席に昇ると決して居眠りしない。それは尊重だ。この尊重は自分のためではなくて、全ての衆生のためだ。そなた達は居眠りするのは自分が仏法を聞くと思って、自分のために仏法を聞く。若し、そなたは観念を持って、衆生を代わりに仏法を聞くなら、そなたの冤親債主を含めてそなたに聞かせた。若し、自分の利益のために仏法を聞くなら、そなたの冤親債主はそなたに寝させて、生死を解脱させない。仏経にはっきりに説かれたが、睡魔はそなたに仏法を聞く時に聞かせず、呪文を唱える時に寝させて、いつも呪文を唱える時に欠伸をさせる。

リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達が皈依した時、すぐそなた達に悪を断ち善を行いと教えた。如何なる悪でも作られなくて、小さい悪でも出来ない。今日小さい悪を作っても構わないと思わない。銀行強盗も小さい悪から始まった。彼は始めて他人の物を取って無事だったら、徐々に偸みに行って、無事だったら、強盗した。だから、そなた達はいつもリンチェンドルジェ・リンポチェに謝れば大丈夫だと思わない。そなたは繰り返して行うと、絶対無事ではない。

仏を学ぶ事は顕教に於いて因から始まった。そなた達は現在の根器がまだ顕の基礎にいるから、そなた達は因から修行して、一切の悪を断たなければならない。密法は果報で修めるから、更に違う。了解した後我々は果を転じて、変わらない。だから、我々は常に五識から五智に転じると言った。変わらなくて、転じる。如何なる転じるだろうか。勿論仏法を聞き、確実に修行すれば、転じられる。転じるとは仏が我々を助けて転じるわけではなくて、自分が転じる。皆まだ如何なる転じる事を理解できないのはそなたはまだ貪、瞋、癡、慢、疑で日々を過ごしているから、転じられない。

ある者は電話を取るとき、言い方が失礼で、何故だろうか。それは彼が私と関係ないのに、どうして自分を邪魔するかと思ったから。例えば、リンチェンドルジェ・リンポチェは常に朝に電話を受けて、銀行にクレジットカードの販売か或いは訳が分からないことを尋ねた。リンチェンドルジェ・リンポチェは今までも怒っていない。唯相手にすみませんが間違い電話したと言った。それで相手も謝った。多くの時に誰か間違い電話を掛けて、若しそなたは聴くとすぐ電話を切るなら、相手はすぐもう一回を掛けた。それは相手は自分が電話番号を間違いと思うから、再び掛ける。それは彼は答えを得られないから。そなた達は自分が間違いではなく、相手は間違いだと言った。どうでもいいが、相手も知らないからと思った。リンチェンドルジェ・リンポチェの方法はそなた達よりいいが、ちょっと多く話すと、彼はこの電話番号ですかと聞いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に電話番号が正しいけど、この人がいなくて、信じてくださいと言った。自然にその人は二度と掛けない。

若し我々はもっと時間をかかって、他人にもっと少し機会を与えると、即ち自分に機会を与える。我々は他人に機会を与えないと、自分に機会を与えない。つまり、生活の中に一分一秒でも全ては仏法である。簡単と言えば、一つの間違い電話でも仏法を用いるなら自然に悩んでいない。

だから、皆は仏を学ぶ事はとても簡単だと分かった。性格は転じれば、始めて凡夫から聖人の境界に入る。徐々に改めて、一歩一歩に行っている。我々は六道に絶えずに輪廻し続けるのは我々の性格のせいだ。性格とは何だろう。若しある人はそなたがとても個性があるといえば、仏法の名詞で解釈すると、そなたはとても執着して、間違いを認めなく、懺悔しないから、個性があると言われる。個性がある人は皆必ず好きだろうか。必ずではない。個性がある人とは六根で日々を過ごしている人だ。若しそなたは誠心で懇請の心で日々を過ごせば、仏法で日々を過ごしている。

多くの人は仏を学ぶのは毎日大礼拝を何回して、仏菩薩が来る事を見て、感応があれば、仏を学ぶ事であると思った。実はそうではない。仏を学ぶのはそなたの生活の品質が高めるかどうか、物質或いは精神方面ではなくて、唯そなたは憎みを結び事を減るか、他人と衝突する機会を減少するかどうか見る。有れば、そなたの生活の品質を高める。そなたと衝突する人は夫婦、知らない人、知合い或いは家族かもしれない。若しそなたは仏を習った後、衝突を減少せず、かえって増えるならそなたは尚更に悪くなった。それはそなたは法を知りながら故意に法を犯した。罪は尚更に重い。

若しそなたは仏を習った後、すぐ改めて転じると、福報が増える速度は他人が善を行いより福報を得る速度に比べて、何倍も早い。論理は何だろう。そなたは教えに従って奉じて、仏の弟子だから。仏の弟子として、皈依だけではなくて、教えに従って奉じて、仏に教えた条件に行えれば、そなたは福報がある。仏弟子なら、仏はそなたを世話しなくて、関心しないわけではないだろう。

続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは阿修羅道の過患を開示された。福報がなければ阿修羅へ行く事は出来ない。福報は何処から得られるだろう。この人は生前に嘗て修行した事がある。阿修羅はまた無酒と謂われ、阿修羅道に生まれる人は酒を飲まず、男は醜いで女は綺麗で、得られた福報は天道ととても近い、唯一つ違い所は阿修羅の瞋恚は極めて重い。何故この人は阿修羅道に生まれただろう。それは彼たちは修行の過程にいつも他人と争わないと出来ないと思った。何を争うだろう。彼たちは自分が誰よりよく修めて、よく唱えると思って、他人は自分より下手で自分が誰より高いと感じた。例えば、ある弟子は自分が誰よりも六字大明呪をよく唱えると思ったが、此れは阿修羅の心だ。我々仏を学ぶ人は特にこのような考えを起しやすい。多くの在家の居士は特に寺に数年間を習った後、入った人は全て間違って、自分しか正しくないと思って、常に失礼な言葉で他人を指摘する或いは批判した。例えばリンチェンドルジェ・リンポチェは昔に皆開示されたが、そなた達は果位を証する前に、他人に仏法を説く資格がなくて、他人が仏法の間違いを指摘できない。それはそなたは唯自分の意識で他人を検討しただけで、誠心で使わず、そなたは争いの心で相手を検討した。だからこの人は此の世に終わってから、必ず阿修羅道に生まれる。

阿修羅の苦みは輪廻すること以外、最も重要なのは天道の人と喧嘩する。それは阿修羅は天道の人が得た福が多い事を嫉妬する。実は地球に我々は天主教は常に回教と喧嘩していると見える。即ち天道と阿修羅道と喧嘩している。中東の人はとてもお金持ちで、男性の顔は醜くて、女性は綺麗だ。またお酒を飲まない。まるで阿修羅道の人と同じだ。だから、六道は死んだ後始めて行く事ではなくて、地球にいても見える。中東人は復讐の心が非常に深くて、苦しいだ。むしろ自分が爆撃で死んでもよい敵を殺さなければならない。此れは阿修羅の心である。

阿修羅は復讐の心が深く強いが、然し彼は修行があって、供養もあったから、福報もある。もしそなたは工作場所に、修行の場所に、妬む心、復讐心が非常い重くて人は、そなたが福報を修めても、ある智慧が修め得でも、同じように阿修羅道に墜ちる。中東の国は大部分が海の側にあるが、本当の阿修羅の境界も多く海の側に生まれた。だから、常に皆に海に遊びに行くと、慎重する事を勧めて、此れはそなたが不謹慎で阿修羅に怒れれば、大変である。我々は真言を唱える時に、自分が唱える声が他人に比べて良いか、音声はいいなど思うなら、阿修羅の心だ。他人の供養が自分より多いなら、そなたが側につまらない話を言って、例えば、彼は上師に愛されるために、供養が多いからなど言った。或いは他人に供養する事を阻止する事も含めて、例えば、他人にこのように多くにくれないべきと言って、若し彼は市況を破れて、自分が面子がないと思うから。これらは若しよく修めれば、阿修羅に墜ちて、良くない修めれば餓鬼道に墜ちる。現場にいる人は若し他人の供養を阻止すれば、尚更にこの三十数人は供養の心を変えれば、阿修羅及び餓鬼道に墜ちる可能性がある。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼たちの供養を受けなくて、彼たちがこの二つ道に堕ちる事を恐れるから、阿修羅道及び餓鬼道に墜ちる事はとても簡単だ。例えば、元々他人は千元を供養するつもりが、そなたは彼に百元で供養すればいいと言った。それは他人の供養を阻止する。つまり、若し他人にいくらを供養すればいいと聞かれると、意見を与えなくて、始めて思う金額は正しい。特に寶吉祥道場に於いて、今までも法を一つ修めるなら、お金がいくらや一人を済度すればいくらのお金が必要だと言わなくて、全ては価格ではない。そなた達に任せる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは尊き直貢チェツァン法王に供養する時、自分が供養した後、お金があるかどうか、お金が足りるかどうかを考えない。唯お金が直貢チェツァン法王に渡すと、直貢チェツァン法王は多くの事が出来る。例えばそなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェに供養すれば、リンチェンドルジェ・リンポチェも多くの事が出来る。そなた達は自分がリンチェンドルジェ・リンポチェに多くの供養を与えたが、まだ多くの事があってしなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェもそなた達に言わないから、そなた達にリンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏を学ぶ圧力はとても大きいという考えを避けない。ある者は自分がまだ住宅ローンがあって、払わなければならないから、四分の一の供養を与えないと言ったが、四分の一の供養はリンチェンドルジェ・リンポチェが言った事ではなくて、釈迦牟尼仏が説かれた。仏は慈悲に我々を助けて、金銭の運用を手配させて、四分の三さえ自分に残られて、唯四分の一を出して供養する。現場にいる人はこのような標準を行えるのはわずかだ。そなた達は百元や二百元なら供養があると思うか。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の例を挙げて、直貢チェツァン法王は今回閉関修行のため、他人に依頼して、物を山の上に担ぎ、直貢チェツァン法王に順調に六ヶ月間の閉関修行が出来る。しかし、直貢チェツァン法王はネパールに行くと、お金を忘れたが、リンチェンドルジェ・リンポチェに電話をかけて、リンチェンドルジェ・リンポチェに依頼して、直貢チェツァン法王の香港の口座からお金を振り込ませる。リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ直貢チェツァン法王にこのような厄介な事をしなくてもいいと返事して、リンチェンドルジェ・リンポチェは直接に直貢チェツァン法王に振り込めばいい。この事を言って、一万ドルだ。そなた達は一年に供養してもこの金額を達しない。また、今回一万ドルはそなた達に毎回供養している百元や二百元を累積した。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達を代わりに直貢チェツァン法王の閉関修行に供養した。だから、多くの者は供養した後、後悔して、早く分かると、この多く供養しないほうがよく、自分に残せばいいと思った。此れは阿修羅、餓鬼道の心だ。この心で供養すれば福報を得られない。この福はそなたに財が増える福ではなく、生死を解脱できる福だ。

ナンジュガムポは当時お金がなかった。チベットのラマは寺に給料を貰えなくて、供養されない。また、人を助けて経を唱えて供養を受けない。彼たちは出家の費用は全部家族が払う。家族はお金がないと自分がお金がない。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは閉関修行した時、ナンジュガムポは引き続きに果物及び香をリンチェンドルジェ・リンポチェに供養していた。此れは真の供養である。若し、そなた達は仏が仏経に説かれた標準を行わないなら、全ての供養は供養ではない。そなた達は毎回法会に百元を供養して、一ヶ月に六回の法会また交通費を含めて、合計約千元だが、現在外で外食すれば、二人は500元から1500元くらいだろう。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェがお金を計算する事を誤解しないで。若しお金を計算すれば、リンチェンドルジェ・リンポチェは済度の価格を作ればいい。唯そなたに教えて、間違い行っても構わないが、心の中に私が供養したと執着しない。そなたは供養のお金がなくても、仏を学ぶ事を発心すればリンチェンドルジェ・リンポチェは同じで喜ぶ。そなたは誠心誠意でリンチェンドルジェ・リンポチェに供養すれば、リンチェンドルジェ・リンポチェも喜んだ。例えば、ある弟子は自分の父のために、殊勝なポワ法を求めるから、自分のへそくりでリンチェンドルジェ・リンポチェに供養するのは真の供養だ。だから彼の父はちょうどリンチェンドルジェ・リンポチェが食事した後死んで、ポワ法を得た。此れは本当の福報である。だから、お金は多いかどうか関係ないが、心は最も重要である。

以後他の人が供養するのを見て、話さないで、批判しないで、阻止しないで、他人が10元を供養しても彼の心であり、なぜこんなに少ないと言わない;他人が多めにしても行情を破るに恐れないで、自分が面子を潰させないため他人の供養を阻止しないで、一切は随縁でこれこそ、阿修羅と餓鬼道に墜ちない。供養であれば餓鬼道に墜ちないと思わないで、心が正しくなければ同じで、その差別は餓鬼道の中に大目に食べられて、鬼王になって、或いは他人が糞便を食べ、貴方が食べ必要はない、だから今日が説いた阿修羅、そなた達に自分の思想を特に注意させて、他人を嫉妬するな。チベット仏教には一つ供養法門があり、七支供養でありその中に一つは随喜供養という。随喜とはそなたがお思った通り、随意で供養ではなく、どんな人がいかにした功徳にたいしてそなたの心が全て賛嘆するである。お茶くらいさえで供養しても我らは彼を賛嘆する、これは随喜功徳である。そなたが随喜の心がなければ易く阿修羅或は餓鬼道に墜ちる。それで、これら三十何名供養を悔しかった者はリンチェンドルジェ・リンポチェに罰されて、彼らに供養をさせない。彼らが餓鬼道と阿修羅道を堕ちるに恐れた、彼らは分別心で供養するから。

多勢者は全てこのようで、既に2000元を袋に入れたのに、また考えて必要がないと思って1000を取り出した。特に佈施供養こんな事、した後もう心にもしない。リンチェンドルジェ・リンポチェのように、沢山事をしたが全てわすれてしまった。三輪体空はこんなに簡単ではなく、佈施の対象がなく、佈施の物質がなく、佈施の考えがない。所謂そなたの身、口、意はそなたに供養布施のことで、すべて執着しない、着相しない、やっと「三輪体空」 が出来る。簡単と言えば、済んだら無事で、そなたの心の中に何がしているのを覚えなくてもいいである。供養は我々の命脈であり、我々の呼吸と同じである。供養、佈施ともしなかたら、そなたが死ににくい。

ナンジュガムポは供養することを知っている。1人修行者が閉関している時彼を供養して、真に供養すれば、この功徳は何の供養より全て大きいである。他人に供養する事を止まって、他人に妬む人はよく懺悔しなければ、阿修羅道に堕ちるチャンスがとても高い。阿修羅道に至ると大変で、毎日戦って、天道の者に殺され、また軽蔑されることに恐れて、非常に苦しんでいる。あれらお金持ち者がお金ない者に軽蔑するのも阿修羅の心である。だから是非阿修羅道に入ってはいけない、入ってまた出ることがとても難しい。

最後に天道に説明する。多くの人々は特別中国人で、天主教、キリスト教、最後に天道に修めるに至る。天道に慾界天、色界天、無色界天に受ける福報、寿命が同じくない。然し、何処の界には天道に居れば輪廻する事が要って、天道にいても、また輪廻して、死ぬことがあった。我らは禅定境界まで、非想非非想天まで修めても、まだ生死輪廻の大海に落ちる。禅を修める人々は天界に修める事が簡単し、禅を修める者は、外道、仏法を問わず禅を修めれば、自然に定を起こして、定があれば福報があって、福報があれば、天界にいる。天界と生死解脱のラインがほとんどないである。多くの人々は禅坐、定功がよいと、禅坐を修める、間違う!この観念が正確しない。そなたは「定」を言うと、ある日、ある秒に「不定」がる。定は何か?妄念を起こさない、いかに妄念をおこさないか?拜懺、礼仏、真言と経を唱えて、我々に妄念を治める事を除いて、禅坐により我々の妄念を治めて、然し、治めて妄念を起こさないではなくて、ある日にそなたの妄念を治める力が消えて妄念がすぐに起こす。だから本当な仏法、禅定との意味は禅定の訓練を通じて自分をみて反観して、自分の真に面目を見た。ことを見せて、自分の本当の顔を見た。不生不滅な境界を証得するこそ法界にやっと入った。我らは禅定の方式を修行の方法としてすれば、四禅天に入りやすい。六祖慧能後から、真に禪宗の中に六祖のような大修行者が現われなくて、このような根気の人がないの故である。

直貢噶舉教派の中にも禅修の方式がある。我らが説いた大手印は四つの階段に分けて、毎一階段に三つの次第を分けて、12の次第であり、毎一次第がこれらの悟って認める現象があって、そなたの上師が要って、特別にそなたに監督して、そなたがこの果位を認めるかどうかのを確認する。大手印は専一瑜伽、第二は離戯瑜伽、第三は一昧瑜伽、第四は無修瑜伽に分けて、毎階段が三つの次第に分ける。われらは大手印と心の実修を通してやっと間違いなく、天道に行く事ができない。だから、なぜリンチェンドルジェ・リンポチェは今までには皆に座禅教える事をしない、これは時間がまだであり、そなた達の貪、瞋、痴、慢、疑がいっぱいがあって、貪、瞋、痴、慢、疑で禅を修める者は簡単に天道に堕ちる。

天道の人々は比較的に傲慢で、そなた達はよく見た。外の禅を修める人々が自分が良くに修めと思った。彼と話すときそなたに割合に高慢と感じさせた。ある宗教の者は他の宗教を納めることが出来ない。これは彼が天道を修めて、より傲慢し、他の宗教を軽視するので、自然に天界に行く。天界に至って禍害はなんだろう?彼はまだ輪廻の苦しみを経ることが要る。

天道の人は死ね前に五衰の相を現れて、非常に苦しみである。第一:彼は自分どの道に堕ちる事知って、普通には天道が終了して、業が重いのは地獄道に落ちって、軽いのは必ず畜生道に堕ちる。そなたは必ず福報が無いと如何に天道に行くか?天道に入って、なぜあれら悪いところへ行ったか?一つは、高く登ると、早く堕ちる。そなたは世間のあれら高く登った者を見て、彼が堕ちるとすごく苦しかった。二は、天道まで修めた者は累世の悪業が既に消えたとは言えない、業がまだ残っている。福報が使い切れて、業が現前すると悪道に堕ちるのだ。三は、特に禅宗を修める者は、四禅天まで修めた時には、自分がもう不生不死まで修めたと思っているが、しかし、自分が地獄道に落ちる時に嗔念が起きて、修めて間違って、先生が教えて間違ったと思って、この嗔念が地獄道に落ちることをさせるのだ。なぜ畜生道に堕ちたか?それは天界の中では毎日いい日を過ごして、仏法を聞いていなくて、ちょうどお金持ちが仏法を聞くと同じように難しい。天界の人は仏法を聞こえるように要求しても、彼も聞かない。それは痴(愚痴)を犯した。愚痴がある者はどの界にいても畜生道に堕ちる。天界の者は神通があり、自分がこの一生が終わったとどの道に堕ちるか知っているので、彼の苦しみは我ら人類より何倍も多かった。

第二は、彼は死ぬまで天衣が壊れて、臭くなって、髪の毛が散乱になって、そして、すべての友達、眷属は彼を遠く離れて、彼を助けたくても遠く離れて近くする勇気がない。また天人は本来汗をかけないが、死ぬので脇の下に汗が多くかけて臭くなった。

天界の者は死亡の前の七日間に特に苦しくて、天眼で自分がこのような生死の苦を見られるから。三十三天の中では、七日間は人類の700年で、だから、彼の最後7日間を過ごしては年を過ごすみたいだ。さらに、彼に、過去の数百万年に受けた福及び楽を思い出せて、もっと放棄できない。それで、天界の者は去ると彼の苦は何倍である。

ジッテン・サムゴンは彼が生死の苦しみを見ると、天人の安楽が嘘になる。我々の福報は楽しむ時に、楽しむ事と思わない、これらの楽は偽りで永遠ではない。ミラレバ尊者は六道輪廻が全て苦しみのを強調している。

我らは是非心が八風に吹かれて動くことをさせない。此れは生があるので老、病、死の苦しみがあって、生があるので一切の魔と邪が機会があって入る事があり、我々は精と血がある為に、この色身を執着して貪瞋痴の悩みを生じて、悩みがあるので悪業にして、悪業の力の故に一切の苦しみを受けて、悩みがあるので、良くない習気を生じて、我々の心を薰陶してその中に累積して、悩みに増えて続けさせて、最後、尽くさない輪廻の苦しみがある。輪廻するため我らは種性の門に生まれた。だから、噶舉教派は嘗て「転執観修足」を説いた事があって、我々心意を正法に替わって、歩く時に二つの足でとても便利のように、日常生活に執着する事を仏法に替わって暮している。自分のいわゆる苦しみを受けて、楽しみ事を気にしないで、これを追わない、執着しない、無理しない、思考しない、一切は縁ですので、縁を備えると自然に来る。

何か法を修めて、何か法を学ぶ前に、前行、正行、結行を全て備える事が要り、前行が発願し、正行が行って、結行は廻向である。それで、観音法を修める時に、最初に発願し、それから真言を唱えて観想し、最後には廻向する。台湾に多くの法師が観想を教えて、観想はそなたに仏像を思う事が観想と呼ばれているのではなく、これは意識方面の思いである。実は、チベット仏教が全て教えてくれた一切観想の方式は全て一切な仏法の意義、重点を含んでおる。これが煩い或はこれが簡単と思って、法本の観想の次第を漏らすことをするな。此れはとても大切である!真な観想は、必ず祖師大徳が教える観想の法門を以って、前行から正行、結行に即して次第に修めて、そうすると、修めて得て、成果にして始める。拝経するだけて、修行ではなくて、此れは前行、結行がなくて、正行があるわけだ。若しただ真言を唱えるのみであって、前行、観想、結行がなければ円満しない。

現在、顕宗に唱える「十小咒」が役に立つか?役に立つ!口に別の話を話させない。然し、証果ができない、此れは前行、正行、結行がないわけである。以前リンチェンドルジェ・リンポチェは毎日大悲呪を良く唱えて、普門品は一日少なくともニ本で、どう唱えても役に立たなくて、前行、正行、結行がないから。それより計数器を持って、阿弥陀仏を読みながら回数を数えるのは正しくなく、そなたの心に少し妄念しか減らない。そなた達は真に福慧双修を修めたいのは、リンチェンドルジェ・リンポチェが説いた録音テープを聴かなければならない、此の中に前行、正行、結行があった。この六字大明咒を軽視してはいけない、リンチェンドルジェ・リンポチェがくれる病を治す、命を助ける甘露丸は此の六字大明咒で、ディクンティ寺に250ラマが45日にこの六字大明咒を止まなくて唱えて、この法薬を作る。六字大明咒の意義が非常に深くて、簡単ではない、そなたに仏経を唱える功徳に比べて、効用が強いであって、此れはそなたが全ての仏経をよくと唱える事ができない、然し、六字大明咒が一切の諸仏の智慧、一切諸仏の功徳を含める。

この1、20年間に多くの災難、変動があり、若し我々が自分を修正しなければ、自分が間違う事がない、此の中に巻き込まれる。上師はわれわれに守る事を思わないでください。仏菩薩と護法はそれは教えに従う人々に守って、教えに従うのは完全に仏の教導を聞いて行う人で、世間にはこんなに多くの有情衆生があって、しに仏が説いた事にする人々が少ないであり、仏はこれらの人々に見て、彼に必ず守る!彼に良く学んでいて、多くの人々に助ける事を望んでいる。

リンチェンドルジェ・リンポチェの母親はもう78才で、この間、お自身で身体検査しに行って、全ての器官は欠点がないとの結果であった。リンチェンドルジェ・リンポチェの母親は元々胃潰瘍があり、吐血した、子宮瘤があり、この数年間はリンチェンドルジェ・リンポチェに頼った。現在子宮瘤がなくなって、胃潰瘍の問題もなくなって、唯お年寄りの問題-気が足りない、此れは仕方がない。 だから,そなた達は一日中に自分が親孝行と言って、どう親孝行したか?そなた達が仏の教えに従って修行すれば、両親のお体が自然に良くなって、 自然にそなたに仏を学ぶのが妨碍、妨げ、障害しない。そなた達の問題はこんなに多くって、それは良く出来ないので,問題が絶えずに現われたのである。

ある弟子はもともとリンチェンドルジェ・リンポチェの側で仕事をして、何日前リンチェンドルジェ・リンポチェに辞職を申し入れて、リンチェンドルジェ・リンポチェは納得して彼をすぐ離れさせた。彼が辞めるのでリンチェンドルジェ・リンポチェが彼を行かせだではなく、彼がリンチェンドルジェ・リンポチェのことを怒ったのである。それはリンチェンドルジェ・リンポチェが同じ皈依した妻を叱ったから。

リンチェンドルジェ・リンポチェはこの弟子のボスでもあり、また彼の上師である。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェさえも怒ることができて誰に対して腹が立たないか。嗔念がこんなに重い者が遣り直すが出来るわけあるか?それで、彼が辞めるを言って、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼と話すと望んだが、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼にもう話すことがないと言って、彼を当日離れさせた。そなた達は現在リンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏を学んでまだ遣り直さなければ、そなた達が離れなさい。外で道場が覆いである。

今日には、そなた達の福報がとても十分で、外のどの道場でも、顕、密の出家衆がそなた達と一緒に仏を聞き、これは非常に珍しい。かれらの参加することで、もっと天竜八部が此処に来られて、そなた達に一層強い加持力を与えた。それは我らは仏と曰く四衆に合って、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷で、1つの僧団である。僧団が全て髪を切ることではなくて、四衆は如実に仏法を修める団体である。だから、今日、そなた達が此の因縁があって、此処に仏学んで、把握しなくて、まだ独りよがりであれば、機会がすぐに無くなる!

そなた達は当たり前と思わないで、世間には当たり前との言葉がなく、全て主催者は嘗て多くの事にして、多くの衆生に利益する事がって、諸仏菩薩はリンチェンドルジェ・リンポチェの願いー一切衆生に利益するが叶った。これはそなたが見つければあることではない。これら出家衆は全部今日出家するのではなく、幾ら者を見て、幾らの仏を聞いただろう。今日彼らは出家衆の傲慢な心を外して、1人在家の上師が仰った仏法を聞き、我らは彼らを賛嘆するべきである。それで、そなた達が1つ四衆をそ備えた道場に依止して、仏法を聞きに来るのはすごく大変である。

これ等の出家師はリンチェンドルジェ・リンポチェが探して来ないで、自然に来て、此れは累世の因縁、福報の故に、これはし容易ではない。若し、今日リンチェンドルジェ・リンポチェは品徳、修行側は多くの欠点があれば、彼らが現れない事である。そなた達は心の中にあれらの上師を批評する人々に聞かない、そなた達はまだこんな者と一緒にするなら、間もなく離れることになる。

以前リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗てそなた達に申された。ある者がそなた達の両親を批判すると離れるべき。ましてそなたの上師を批評する。あれらの上師を批評する人々に聞かない、そなたがいつもこんな者と一緒になり、つまりかれの行為を認める。必ず自分が能力があって相手に変われる事を思わない、そなた達は仏を勉強し始めて、心をまだ強くない、これらの人々を遠さがって、是非自分が能力があって相手に変われる事を思わない。そなたが相手が変わらなくて、相手にそなたが変わりに成っていて、何回も誘ってくれて一回さえも付き合わなくて他人に悪いと思うな。若しそなたは災難がある時に、これらの友達はそなたを助ける事が出来るか?出来るならば行こう!そなたは災難がある時に誰がそなた達を助けるか?やはり仏菩薩とリンチェンドルジェ・リンポチェだろう!

だから、多くの人々は何かする事が上師が知らなくて構わないと思った。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に教えて、仏菩薩と護法アチは必ず知っている。それで、ある者はリンチェンドルジェ・リンポチェに悪念を起こせば、アチ護法が是非彼に行かせて、アチは彼に悪業をし続ける事をしない、彼に仏を学ばない事ではない。護法は不慈悲ではなく、非常に慈悲で、彼に悪業をする事を恐れて、彼に此処に離れさせて、此れはリンチェンドルジェ・リンポチェは彼と縁がないのである。

現在、我々は毎日に働いて暮す事を止むを得ない、此れは家に責任があって、これらのを除いて、要らない付き合いは真に要らない。多くの人々は私が多くの付き合いがあったら、多くの機会があって、多くの商売があると思って、間違う!そなたは財があると、此の財が自分に来て、財がなければ、引き付けたくでも引きつける事ができない。リンチェンドルジェ・リンポチェはある皈依した夫婦の物語りを例として、彼らが非常に貧乏で、此れは夫の社長さんが何ヶ月に給料を払わなくて、彼らが皈依した前に、リンチェンドルジェ・リンポチェに話して、社長さんに離れなくて、此れは彼が社長さんを離れると金型を造る人がないから、離れると工場は商売が出来ない事を心配して、だから、給料が無かった場合にし続けて、然し、皈依してから社長さんが彼に二ヶ月の給料を払ってくれた。

此れは彼は皈依してから給料を手に入れるわけではない、此れは彼はリンチェンドルジェ・リンポチェの前にこれ等の話を申して、護法が聞き入れるので彼に助けてくれた。彼は自分を犠牲する心で、自分の二人の子供がまだ発病していて、彼は苦しみを受けて、他人は自分により苦しみ事を心配するので、続けてしていった。此れは彼のこのような心ので、財が来て、護法が直に彼を助けてくれた。そなた達は遣り遂げるのでしょうか?そなた達は少しでもお金が少ないなら文句を直に言い、直に社長さんと検討させる。この人が仏をまだ学ばないが遣り遂げるのは彼が苦しみを受けた事があり、しかし、そなた達は苦しみを受けた事がないわけである。

ある者は一日中に夫妻がすっと喧嘩していて、上師に喧嘩し、そなた達のこのような心が羅刹の心で、瞋恨の心で、餓鬼の心である。そなた達はこのようで、上師に瞋恚し、社長さんに瞋恚し、友達に瞋恚し、そなた達は仏を学ぶ事があるのでしょうか?1台湾ドルでも少ないならすぐに他人と検討させる。何を仏を学ぶのでしょうか?何故リンチェンドルジェ・リンポチェはこれ等の30人余りに供養させないのでしょうか?此れは彼らは羅刹の心で供養する。リンチェンドルジェ・リンポチェは羅刹のお金を受けられない。此れは供養してから福報があり、彼に羅刹をより長くてとして、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に害する事をしたくない。

以前、リンチェンドルジェ・リンポチェは開示した事がある。真に修行者の「嘻、笑、怒、罵」は全て仏法である。彼は「嘻、笑、怒、罵」を以ってそなたに対応し、全て仏法にてそなたに助けてくれる。しかし、我々の人々はとてもおかしい、他人は自分に甘い話が好きで、他人は我々に嘘をついて褒める事が好きで、我々に多くの解釈を与えて、我々に多くの機会を与えて我々の考え方を解釈し、このようははずではない。仏ははっきりしていて仰る。仏を学ぶ二つの重要な条件は親に孝行しなければならない、目上に仕えなければならない。仕えるとは目上が仰る如何なる事でも従わなければならない。この二つの条件は全ての仏法の基本である。

考えてから知ることができて、私たちの考えは極めて重要し、仏になり、羅刹になり、鬼になる事が全てそなたの考えである。そなた達は知識分子と呼ばれるけれども、そなた達の心は知識分子の程度を遣り遂げるのでしょうか?どの程の本を読んだら知識分子と呼ばれる事ではない、却って、そなたの知識は皆に分かち合う事が出来るかどうかにより、ある知識分子のこのような崇高な心構えを遣り遂げるかどうかによる。「崇高」とは何だろう?気が大きくて、どのよに計算しても天から計算する事を及ばない。以前、リンチェンドルジェ・リンポチェは「華厳経」を読む時には、第一回に二段落の内容に対して印象がとても深いである。「天は気を回す人に最も好きではない。つまり心には常に他人に勘定する」此処の勘定とは害する事とは限らない、却って自分の利益の為に人様に考えていて、天はこのような人が一番好きではない。天は好きではないなら如何になるのでしょうか?それは益々運が悪くなっている。そなた達は考えてみて、自分は一日中に人様に勘定するのでしょうか?「私はこのような多くの仕事をして、社長さんがこんなに少ないくれるか?」、「リンチェンドルジェ・リンポチェにこのような尊敬して同じように罵られるのでしょか?」、「既に供養した事があるだろう」という事を考えているかどうか?このような心が機関を動く。我々はこの世に何回目の機関を動かした事を一寸考えさせてください。

我々は他人の事を勘定するが自分の事を勘定しない。だから、華厳経はこの話を説いて、我々に、自分の頭が良いを思ってはいけない事を警戒させて、そなたが如何に考えても勘定しても因果を離れない、毎日には、我々は新聞をニュースを読んで、多くの人々は他人を計算し、結局は監獄に入ったり、地位を損ない名誉を傷つけたりする事になる。因果により、これらの人々は地獄に落ちらなければならない。常に多くの人々はリンチェンドルジェ・リンポチェにどちらの仕事をするほうがいいとお伺いにして来る。リンチェンドルジェ・リンポチェは何も分からないを言う。もし誰かだ何処に仕事をさがすほうがよい事を質問したら、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らに東南西北に回答する。此れはそなたは福報が足りて、縁が良くて、自ずからそなたがよいと思っている仕事を見付かる。そなたは福報が足りないし、縁が良くないならば、一年間の給料は数百万にしても、死んでしまうかもしれない。一切には縁に従って、食事をされる事が出来るなら、より満足出来るなら、そなたの暮らしがよりよい暮す事が出来る。リンチェンドルジェ・リンポのようにお金を稼いで、半分であれ、その上に全部に出られれば、そうすると、そなたが多くの財産を求める事が出来る。もし遣り遂げる事が出来ないならば、ただ毎日に自分の給料を勘定するだけの人であれば、このような勘定してはいけない。

リンチェンドルジェ・リンポチェはお金と仇がある。そなたは一寸計算して、これらの30人余りの供養を納めなくて、彼らは毎回の法会が少しを供養し、10回を累積したらある程価値の金額で、リンチェンドルジェ・リンポチェは全部欲しがらない、何故欲しがらないのでしょうか?此れは供養の心による。今日、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの多くの話を言って、此れは来年多くの事柄がリンチェンドルジェ・リンポチェが言い出す予定で、四加行が教え済んでから、密法を教える。もし、そなた達の心構えが改正出来ないならば、学ぶ事が出来ない、だから、最近の淘汰率は高くなってきて、此れはリンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達に離させることではない、却って、そなた達が自動的な離れて、此れは福報がないで、菩提心が無い者が密法を学ぶ事が出来ないわけである。

福報とは何でしょうか?如実に供養する。お金であるとは限らない。先話したその弟子、発心して衆生の為に犠牲する事は供養布施で、だから、彼の福は直に起きて、変わって行く。本来、彼は今年に富がないはずけれども、ある心構えなので変わっていった。そなた達は自分が毎日にどのような生活を暮すかを考えている。金剛乗の最も重要な重点は他人の事を考えていて、自分が苦しみを受けて、損を得る事が重要ではない、他人に苦しみを受けて、他人に損を得る事をさせられない事は最も重要な事である。此れはある仏弟子がはずがある行為と思想である。自分を訓練する事は覚えよう。

この前の法会には、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたに顕教の問訓の手印の意味を解釈する事が約束した。解釈する前に、仏経に白毫光を記載される事を説く。白毫光とは何でしょうか?実は、全ての有情衆生は修行するかどうかを全て白毫光がある。そなたは修行し、禅定の工夫が足りて、恭敬心が足りて、慈悲心が空性を証するならば、この白毫光がとても強烈である。

以前、リンチェンドルジェ・リンポチェが顕教を学ぶ時に、白毫光の体得と一般的な出家衆が大体同じである。1990年、第二回に昆明に来る時に、食事している間に、急にある前にある景色を見て、自分が着眼して光りを感じるようではない、あれは偽である。リンチェンドルジェ・リンポチェははっきりしてある古い建築物を見て、その中にある銅で作る観音菩薩がある。友達は熟す昆明人で、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に昆明の近くにこのような建築物があるかと問い、リンチェンドルジェ・リンポチェはその上特に描いて彼に見させて、この建築の形は宋朝の建築で、現代のではない。この昆明は直に「ある」と回答し、「安寧」のこのところはある仏寺があり、その内にある銅観音があり、宋朝から伝わるそうである。

翌日の朝、リンチェンドルジェ・リンポチェは直に向いてみる。リンチェンドルジェ・リンポチェは正殿に入ると、その銅観音を見てから、自分の眉間にある白い光りを出て、真っ直ぐで観音菩薩を供養し、この白い光りは我々に普通で見るレーザーディスクの光で、しかし一層に細いである。それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは密法を学ぶ時に、白毫光は供養だけではなくて、同時に加持である。実には、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に見る時に、目でそなた達に加持する事ではなくて、白毫光である。我々の眉間に眉輪があり、道教で「竅門」と呼ばれる。我々の眉間にある配管があり、我々の身、口、意の意識にて、我々の脳電流の信号を打つ。多くの人々は脳電流が脳から出ると思っていて、実はそうではない、眉間に出で、その上、この光りは如何なる機械で探測できない。

だから、顕教の「問訊」の手印はある壇城の手印であり、二つの手が我々の心脈を連れで。仏は如何に素晴らしいだろう、この二つの手が心と関係がある。だから問訊をする時に、信号が身、口、意により仏と上師に挨拶して、チベット仏経の合十の「オン・ア・ホン」の意味が同じである。顕教は密法がないではない、この問訊は密法である。何故手が三角形になるのでしょうか?今日は開示しない、此れはそなた達が学ぶ資格がないわけである。此れは気脈明点に関する事である。簡単で解釈すれば、問訊が完全に我々に身体組合せに関して、白毫光に関する事である。

だから、密教を学ぶ者は顕教を軽視してはいけない、顕教を学ぶ者も密教が良くないと思ってはいけない。顕、密の両方とも了解したら、自ずから仏を学んで修行する方面がより順調している。リンチェンドルジェ・リンポチェと別の修行者が同じく無い、実際に生活にて体得して、仏経の中に説くのは正しいである。仏経の中に仏の全ての毛孔が発光する事が出来る。そなた達はこの段落を読むときにおかしいと持っていて、毛孔が如何に発光するのでしょうか?以前、リンチェンドルジェ・リンポチェもおかしいと思っていた。ある弟子は顕教法師に問って、もらえる回答が平等心である。此れは分からないので、平等心を言われるわけである。仏の全ての毛孔が何故発光出来るのでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェは密法を学んでから知って始めて、確かに遣り遂げる事が出来て、然し、今日も説かれない。

実は、仏経の中に多く説く事情が密法であり、多くの人々は灌頂が密法である事を思っている。灌頂は上師が仏に代表しそんたにこの法の修める権力をくれる。仏経には密法の境界を多く形容する事があり、しかし、そなた達は密法を学ばないので、了解しない、分からないので、法師が信衆に平等心に説いて、もし平等心であれば、仏経は仏の毛孔が発光する事を強調しない、この作用、用処、理由が必ずあって、或は説かない。仏が諭すのは真実語で、全ての説くのは真実語で、説く話が必ず無駄しない、わけだない事が絶対ないし、意義がない事も絶対にない。

だから、何故密を学ぶのでしょうか?「顕」は理論で、「密」は加行であって、密法を学んでから、真に仏の含意を体得して始める。顕教経典には常に「深入経蔵」を言う。多くの人々は大蔵経を読んでから、5年の仏事を学んでから、経蔵の意義が理解出来る事と思っている。これ等は間違う言い方である。「深入経蔵」とは、密法を学んでから、真に仏を説く意義を知って始める。我々仏を学ぶのは「信、解、行、証」が要らなければならない、絶対に仏が説く話のは自分が絶対に遣り遂げれる事を信じている。「解」は上師に仏法を解釈する事を聞かなければならない。「行」は生活に使わなければならない。それから、そなたが自分が体得する事が出来る。

現在、台湾は「信門」だけであり、「解門」でもない。何故無いでしょうか?先坊間法師は平等心にて毛孔が発光する原因を説明するように、此れは「解門」が無い。仏の毛孔は何故発光するのでしょうか?我々の人々は、植物と動物を含めて全て光りがある。現在、科学は人の頭、胸、二つの肩、腹、二つの膝が光ることを証明した。お年寄りは鬼を恐れる事が要らない、此れは我々の二つの肩に光りがあって、鬼を見ると離れる。これも台湾人が常にある言い方であり、が、現在の科学もこのような事を証明した。此れは何の光りのでしょうか?実は能量で、そなたの自身が使われる能量で、然し他人にくれる事が出来ない、ただ各々のところが少しだけで、ただそなたの命を守って、そなたの身体の光りを守るだけである。

仏は衆生に加持する時に、如何に加持するのでしょうか?全て虛空法界に何処の処でも仏光をまみれ光って、いかにこのように遣り遂げるのでしょうか?此れは全部の毛孔は光ってから出来て遣り遂げて始める。ただ頭頂或は特定のところが発光するだけであれば、ただ一部の方向があるだけである。何故リンチェンドルジェ・リンポチェの毛孔は光られるのでしょうか?此れは気脈明点を修め得るので知って始める。此れはある法門が毛孔の裏に修めて、修法が此処に説かない、自然に不同空間の衆生はつまり十法界の他の衆生が此の修行者の慈悲の光りを感じられて、だから、此の修行者から彼に引導し助ける事より受け入れる。

時には、リンチェンドルジェ・リンポチェは施身法を修める後に、皆に今日どれ衆生が来る事を言い、何か彼らを繰るのでしょうか?食べられるので彼らを来る事ようなこんなに簡単ではない、却って毛孔が慈悲の光りを出で、彼らを喜ばせて、受け入れられるので来るわけである。

リンチェンドルジェ・リンポチェが未皈依信衆の供養を納めないのはリンチェンドルジェ・リンポチェが彼らを事柄を解釈してくれる時間がない、供養を納めるなら返さなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に欠けない、此れは再び来ないわけで、もし直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェに来させるならば、リンチェンドルジェ・リンポチェが大変になっていく。

今日、皆は仏を学ぶ事はこんなに簡単ではない。仏法を聞いて、一部の仏書仏経を見れば分かる事ではない。必ず「行門」のほうに要る。ある日に、自分は実修に体得して始めて、仏が諭す話は真実で偽ではない事と知って始める。実は、リンチェンドルジェ・リンポチェが仏を学ぶのはそなた達がこんなに多くの問題ではない、色々問う事が殆どない、ただ簡単で直貢チェツァン法王がどのように教えて、リンチェンドルジェ・リンポチェが如何にして、もし間違うならば、直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェに話す。何故此れをするのでしょうかの問う事が要らない。これをしたら何を起こることも了解する事が要らない。だから、古人は「仏を学ぶ者は三分の愚かを持っている」と説いた。何故のでしょうか?此れは賢い人は仏を学ぶのができない。独善的な人はすぐ賢者である。何か阿呆のでしょうか?毎日に自分が阿呆と思っている者は却って仏を学ぶ事が出来て、却って修め得られる。

だから、今日の二つの光りの物語を説く事とは、そなた達に「仏を言ったのは我々に嘘つきした事がないし、仏経の境界が神話物語ではなくて、真実の事である。」と言いたい。リンチェンドルジェ・リンポチェはもう一寸毛孔を光るの部分を一層に解釈する。真に密法を修め得る行者は、簡単に見られて、そなたは彼を見るとキラキラと感じていて、彼は疲れても、そなが彼の皮膚が綺麗である事を見える。だから、女性は綺麗がしたいなら、必ず仏を学ばなければならない、自然に皮膚が綺麗になっていく。何故皮膚が綺麗になっていくのでしょうか?此れは彼女の毛孔を光り初めて、だから、皮膚をみるとキラキラと感じている。そなた達はこんなに多くの化粧品を買って、彼方此方に擦って、結局このようにしてしまって、此れはそなた達が光りがない。毛孔は如何に発光出来るんでしょうか?欲しいでももらえる事ではない、訓練がいるし、素直に従わなければならない。

何故何時もそなたの顔色が黒い事を説いて、此れは発光がないので、みたら黒いだけである。此れはそなたの慈悲の力がないので黒くなっていく。これと業力が消さない事に関係ない、此れは仏になる前に、業がそなたに従って、仏になっても、業も依然としてあり、ただそなたに影響しないだけである。だから、そなたの心は貪、瞋、痴、慢、疑を周って、法性の光りをまだ現れないので、一目でみたら黒いである。我々は仏にて自分を薰陶し、污いが段々に減らすなら、そなたの光りが現れる。光は第三階段で、第一階段はそなたは他人にみたら喜んで、第二階段は他人に稜角が無いことを見させて、一目をみたらより慈悲と感じている。第一階段が他人に喜ぶ事も簡単ではない、今迄には、リンチェンドルジェ・リンポチェとしてもある者は見させられると喜ばない、それはリンチェンドルジェ・リンポチェと縁が無い者が自ずから喜ばないと感じている。

だから、仏を学ぶのは必ず出来てなる事が出来る。仏は我々に嘘を作る事をしない、仏が遣り遂げるなら、我々は遣り遂げられて、ただ時間の問題だけえある。今日、仏法を聞いて良い生活を暮し、心に少し平和する事為ではない、これらは仏法と直接な関係がない。心が少し平和したいなら、心理医者に見付かったら十分えある。心が平和するおは、相対的に波動があって、平静があったら波動が必ずあり、だから平静を求める折にはそなたの心が動いていて、そなたが煩わしいである。真に平静とは心が自在し、五毒の貪、瞋、痴、慢、疑を減らさなければならない。

もし人々が何か話すと、そなたは自分が何か間違いがない、すぐに瞋念を起して、言い方も違うあら、そなたの五毒がある。一つを覚えて、他人を誤解する事を思わないでください、そなたが私に誤解し、私はこのようではない、この考え方があったら、羅剎の心で、人の心ではなく。修正しなければならない、そうすると、仏を学ぶ路に進歩して始める。なぜそなたに責任を担う事を教えるのでしょうか?そなたが正しいを説明する時に、そなたは錯誤があって、間違いが何処でしょうか?間違いのは自我中心し、自分は何故他人に誤解させられる事を検討しない。そなたの言行が他人に悩みを起されるので、他人はそなたを誤解する。もし、そなたの言行は他人を苦しませないなら、他人が如何にそなたに誤解するか?他人に悩みを起させるのでしょうか?他人に苦しませる。

皆は覚えて、仏を学ぶのはとても簡単で、しかし、心をよく持つのは簡単ではない。我々はが生々世々に自分の心わがままにさせて、此れを制欲しないし、よくもっていることをしない、自分の意識に自分のご主人にする。だから、仏経には眼、耳、鼻、舌、身、意という六根が六賊だと記載される。我々は間違う事に従って、我々の真心を忘れて、ずべて眼、耳、鼻、舌、身、意という六根により外界の一切環境を受け入れて、反射して帰るのが我執の観念を起す。我々はこの六根の欲望に満足する為に、やむを得ずに悪をし続けている。仏を修めるのは何を修めるのでしょうか?我々は真心にて暮すか、或は六根で暮す事をはっきり分別する。眼、耳、鼻、舌、身、意はただ六つ工具だけで、我々の体に外在、内在の世界と連絡し、然し、我々の主人ではない、我々の真に主人は我々の真心と仏性である。

我々は、この六根が起させる状況がただ因縁法を体得できる後、そなたは自ずから他人からの褒めと非難を気にしない。仏が説くのように八風を吹かない、此れはそなたも「耳から聞いて空性―空性がない事ではなくて、空は無自性である」に了解する。この話はただはなしだけで、直に空気に消えてしまう。もしそなたの心がこの話を作用を起させられるならば、此れは執着の心で、そなたは直に悩みを起していく。

リンチェンドルジェ・リンポチェは開示した事がある。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に皈依してから、蛇年大法会までには、此の十年余りの中に、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェ或は他人の前の前に、公的なリンチェンドルジェ・リンポチェに褒めた事がなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは教派に多くの貢献があり、他の法師であればリンチェンドルジェ・リンポチェが極めて発心をする事を言う。然し、直貢チェツァン法王は真に説いた事がない、一言でも言った事がない。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェの悪癖が貢高我慢で、直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェ依然として角があって、言うなら却ってリンチェンドルジェ・リンポチェに害させて、だから完全に言わなかった。蛇年大法会迄、直貢チェツァン法王は公的なリンチェンドルジェ・リンポチェが教派に多くの良い事をする事を褒めえて始めて、此れは直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェが念を生じないを知っているわけである。

あなたたちの心は他人からそなたに賛嘆してくれる事を望んで、そなたは自分がよいしていて、正しいしていて、素晴らしいしていると思っている。そなた達はする事によりリンチェンドルジェ・リンポチェに比べると、何でも比較できない。直貢チェツァン法王は前にリンチェンドルジェ・リンポチェに賛嘆した事がない、此れは直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェをよく分かっていて、此れはリンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達を了解すると同じである。多くの人々はリンチェンドルジェ・リンポチェが彼らをよいして、発心して、懸命することを聞きたい、また早いである!そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェにこの話をいうなら、早い過ぎである。そなた達は多くの悪癖が改正しないので、何により言うのでしょうか?

だから、普通にそなた達を賛嘆して、そなたが好い事を言うならば、よい事とは限らない。衆生に助ける時に四摂法があり、此の一つは「愛語」で、しかし、愛語はそなたに甘い話、そなたが好き言葉を言う事ではなくて、或はにこにこしていてそなたに言う事ではない。却って、行者はそなたに言う時に、関心の心で、そなたの為によいのでそなたに言いくれる話とは「愛語」で、そなたに罵って、打って、或は褒めることとはずべてである。我々も常に仏経い読んだ事があり、釈迦牟尼仏がよく弟子に呵責つまり罵る。もし今日、修行者はそなたににこにこして、二つの状況があり、一つはそなたが既に仏が修行者に要求させる条件を遣り遂げる。二つは彼がそなたと縁がない。何か縁が無いのでしょうか?そなたに彼に従って仏を学ぶ事を予定させない、では、そなたににこにこしている。何故でしょうか?此れは彼がそなたに怨を結ばない、にこにこしてそなたに以降時間があったらまた来ると言って、そなたにさよならと言い、それは真にさよならで、此れは今後会わないわけである。

我々は真におかしくて、他人が我々ににこにこしている事が好きで、誰か顔をこわばらせていてそなた達が喜ばなくて、他人はそなたに誤解し、間違って言う。我々のこのような習慣なので、我々に常に瞋念を起して、仕事の場所であれば、仏を学ぶ道であれば、常にわれわれに目上の指導を受け入れない。だから、我々は覚えなければならない、我々はこの世界に生きている事はただ「借金を取り立てて、返金して、恩返しをして、復讐する」という4つの事である。仏子として、復讐する事がはずではない、借金を取り立てる事もはずではない、腐れ縁は対応するはずで、結ぶ事がはずではない。

2011年2月12日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、午後4時から夜10時まで、108名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

2011年2月13日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターにて、殊勝な共修法会を主催し、金剛薩埵法門を修めて、大衆に仏を学ぶ正しい心構えを開示された。

法会開始前に、ある男性弟子は参列する大衆に、尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェが彼の全家族を救助した事を報告した。まずは、彼は皆さんに懺悔して、彼は極悪非道な悪者である。尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て法座の上で彼が何もやる勇気があるが、幸いにも殺人する勇気がないのだと言った。しかし、今日ここで尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔して、彼と妻は少なくとも四人以上の胎児を殺して、及び無数な衆生を食べたことがある。この20数年振り返って、まさに尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの開示したように、求めるのは不順で、家族が円満ではない。青少年の時期に、彼はよく他の人をいじめて、試験にはカンニングをした。社会人になって、アルバイトする時に、会社の資源を盗んで、取引先を騙して、公金を流用した。他の人と共同で商売する時に、他の人のお金を利用して先に自分がお金を儲けて、他人の名義にて自分の利益を齎すことを行った。そして飲酒運転したり、警官を殴ったりする悪行などを犯した。

続けて、彼は彼の妻が尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なポワ法を受けた経過を報告した。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェが彼の妻が発病する前から往生までこの3年間に持続的に彼女に機会と加持を与えたことについて、非常に感謝した。彼の妻は2008年11月に皈依して、2009年2月に発病して、これはすべて彼らの夫婦の2人の貪念や、犯した悪のためも垂らしたのである。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは嘗てこのことについて彼に、彼らの夫婦が衆生に求めたの、持ったのはすべて返しなければならない、と開示した。

最初、彼の妻は毎日嘔吐していて、体の調子が悪い時、彼らはすべて放っておいて、彼女の母親に催促されてから、はじめて彼らは病院に行って検査を受けて、結果は小脳に1粒の6センチメートル大きさの腫瘍がある。もちろん彼らはせっかちに尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して救助を願い出て、その時にすぐ尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な加持を得た。それからの日々がいつもと同じように過ごしていかなる治療をしていないで、2、3ヶ月後に、リンチェンドルジェ・リンポチェは突然彼に妻の現況を聞いて、そして、どのように見ても彼女は癌みたいではないと開示して、更に「そなた達が金を儲けるため、貪念が多すぎて、悪をやりすぎて、衆生に求めるのは多すぎて、以前は皈依していないで、衆生はそなたの妻の体で待ってて、皈依した後に衆生がそなたの妻の身を離れて、だから病気がすぐ現れた。」と開示した。本当!先ほど話し終わった後の一週間、彼は妻を連れて実家に帰って、一人の外道の者は彼の妻の体に悪霊が8人あると言った。それに、半年以降に、彼の妻は自己の自信が動揺して、家族の手術を受けるとの提案を受け取って、診察報告書は確かに別に悪性腫瘍ではないと実証された。

彼は大衆に彼らがどのように欲張っていたことや悪かったことを報告した。彼の妻は乩童(KI TONGとNO発音。意味は「占いをする若者」)をする姉婿がいって、2006年に彼が皈依する前に、大体連続4年間、彼らは毎週の金曜日の夜に乩童の壇前に行って物事を聞いて財を求めた。彼は建築とその代理販売の仕事を経営していて、旧暦二日と十六日ごとに、きっとバイバイ(神様を拝む)して、少なくとも3テーブル以上のニワトリ、ブタ肉、魚、アヒル及びその製品などいけにえの供え物を用意して、必ずとても多くの慰霊用の紙銭を燃やして、更に神様が神壇を出てきて書いた魔よけ札も燃やして;そして魔よけ札を用意して工事現場で法を修めて、燃やして飲用水を入れて取引先に服用させて、或いはこれらの神は兵を派遣して工事現場で防衛のために駐屯して、すべてはこれらの方法である。数年以降、すべての工事は事故が起きた。一、ある案件は公平取引委員会に不実な広告のため300万を罰することを判定された。二、ある10億の案件は、1ヶ月で完売して、すごく多く儲けているが、しかし工事を始めた4ヶ月後、工事現場の地下室を開削して、地滑りのため、隣の部屋の損害をしてそして弁償して、儲けたお金は全て弁償してしまった。過去の経験に従って言えば、1,000数坪の基地は、ただ地下1層まで掘るだけ、地滑りがある可能性がないであろう。三、もう二つの8割売った案件は、結果は発注者に請け負い金額を請求できなかった。四、台北市の賑やかな道にある三つの案件は株主が解散した。五、経緯を知らないで他人のために6,000万のマネー・ロンダリングをやって、調査局に数回も尋問された。六、この5年来、国税局、税務処に何回も調査され聞かれ、その上も100数万と罰された。七、もう1つの案件は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが直ちに救助してくれたから、さもなくば彼はとっくに街頭に放浪して、通り沿いで物乞いをするようになるかもしれない。八、ただ今まだ2つの案件は裁判所と訴訟したり、暴力団と調停をしたりしている。確かに尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは開示したように、彼らの夫婦は衆生に求めたの、持ったのがすべて返しなければならない。彼はお金を返して、彼の妻が命を返してしまった。

彼らはまた乩童に従って、道路の多くの陰廟に沿って、彼のあの乩童の姉婿はよく神が憑依されてトランス状態になり、目を閉じていて運転して、彼を連れて拝んだ。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェも嘗て、これらは神におすがりするの、占うの、乩童と道士などに頼むことはすべて究竟ではない、と開示した。

その時、彼の妻はもともと会社で働いていないで、金持ちになりたいため、直接販売の営業をし始めて、急速にお金を儲けるよう望む。確かに、リンチェンドルジェ・リンポチェは開示するように、求めるのは不順で、眷属は不円満である。彼の妻が最後に何もお金を儲けていなくて、夫婦二人も水と火のように合わないで、妻は宜蘭の実家に居住して、彼に台北に居住して、1年に3回も会えなくて、10分間も話をしなかった、実は別居と同じである。最後に彼の妻はお金の関係で、また彼女と一緒に直販をする姉と解散したから、彼の妻は台北の家に帰ったが、しかし敵のように、毎日彼とののしっていた。その上、目が凶悪な光を持っていて、怨、恨み、殺気に満ちた。リンチェンドルジェ・リンポチェもこのことについて、彼女の体にたくさんの衆生を連れているためである、という開示したことがある。

彼の妻は2008年11月に皈依して、3ヶ月後の2009年2月に発病して、2009年11月1日の日曜日に法会に参加して、いつも兄弟子に出会う場合、浄土に行くと言った。この前の2日間、尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェは彼が帰ってアキ護法に願いして、彼らがインド、ネパールの法会に参加して帰ってから処理するよう祈願する事を要した。しかし、一連の事が発生がした。彼の妻と連絡していなくて彼女が病気にかかったことを知っていない二人の従妹は、突然彼と口喧嘩して言い争って、彼の妻に心地良くさせるために、病院の安寧な病棟まで彼女を引っ張って行った。そして、彼は外国へ行って、彼の妻の実家の親戚は皆揃って、病院で彼をののしって、彼があまりに残忍で、あまりに非情だと非難して、20年間の夫婦の情を思わないで、彼女をつれて医者の診察、治療をしてもらわなくて、その後、手術を受ける手続きを手配し始めた。ちょっと不思議なことは、手術の当日にもともとは第1順番の手術であるが、しかし明け方、医者は機械が壊れたことを知らせた。このように慌ただしく他の病院に転院して、彼が帰国してから一族との会議をすることを待つようになった。帰って来た後に、彼女に聞いて、彼女も手術に賛成して、当日に彼はリンチェンドルジェ・リンポチェの法照をもって彼女に観想させた。とても順調に進んで、もともとは8時間の手術が6時間で終わって、医者は腫瘍がとても柔らかくてとても簡単に切る事ができて、しかも間もなく退院できて、検査報告書によりそれも悪性腫瘍ではないと言った。

そして、彼の妻の全家族と彼女は、一面の新希望に燃え上がって、とっくに手術を行ったほうがいい、もう仏を信じなくて、彼らの信仰が治療のベストの黄金時間(ゴールデンタイム)を遅らせたのであると言って;それから彼の妻は道場に来なかった、彼女の母親が彼女に道場に来させないことと言って、彼は彼女が自分で信じないことを見て、その後、更に彼は彼の妻が既に外道で受洗したことを知っている。

彼女の全家族は医師が彼女の命を救ったと思っている。すぐ引き続いて電気療法、化学療法を手配し始めて、やっと1ラウンド約10回を行って、即ち手術を行って三ヶ月、もう1度へ病院へ検査を受けに帰らなければならない。スキャンをやり終えた後2時間、医者はとてもせっかちで不思議で厳粛な口ぶりで、彼らに説明し分析した。腫瘍細胞はそのように活発していないのに、どうして3ヶ月をたってもう全体の脊椎まで広がったか?そして写真を一枚ずつ説明してくれた。

当時彼は不断に妻に法会に参加する事を言った。更に兄弟子にを依頼して、家に来て、リンチェンドルジェ・リンポチェが無数な疾病衆生の奇跡を話した。当時彼もその時発病している兄弟子の奇跡を彼女に言って、説得しよう。しかし、彼女は母は同意しないと言った。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはこの事について、開示された。自分は信じないのに他人に託け、罪は尚更に重い。また、あの兄弟子の病状は彼女より酷かった。彼女のいとこは更に1%の機会だけでも諦めなくて、頑張ると説得した。それで彼女は引き続きに脊椎の分割放射線治療を手配して、まだ十回を行わないのに、再び検査して、癌細胞はまた脳部に転移された。橋脳、延髄は全部癌細胞が覆われた。この時は既に2010年7月だ。それで医師はまた彼、娘、妻の母を呼んで、丁寧に言った。現在の科学、医学、薬によって。治療の方法がない。このような半年に経って、勿論妻は自分も分かったが、死亡を待つしか出来ない。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは再度丁寧に彼に「彼女の家族に言って、彼女の家族が呼んできて、当時彼女が手術を受けると主張した人が彼女に助けてください」と言った。彼女に愛されたいとこは二人、退院した後、告別式当日さえ顔が現れなかった。いとこの母を連絡しても妨げられた。彼女に洗礼を施した牧師は今まで会った事がなくて、電話もかけなかった。その後彼は妻を彼女の姉の家に送った。しかし、嘗て誓って、彼女と一緒に30年を戦いと約束した姉は2日間後引き続きに電話をかけて、彼に妻に迎いを依頼した。彼は十数日後、ICレコーダーを持って彼女の全家族に言った。「若しあなた達は意見があれば、妻はお任せして、治療費は自分が払う。若し彼に妻を連れて帰るなら、意見を出せない。そうしないと貴方達全家族に訴える。」それで彼女を台北の病院に送った。実はもう本当にだめだった。リンチェンドルジェ・リンポチェが言った通りに三つの管を挿すだけではなく、尚更に四つや五つの管を同時に挿した。耳も聞こえなくて、口も話せなかった。食べたいでも飲み込めなかった。その時医師は既に彼女の母に心構えを持つ事を伝えた。彼女の妻も臨終を迎える状態で、彼は彼女自身も間もなく亡くなることを分かるはずだった。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは常に皆に開示されたが、娑婆世界の中に、地球の人間は最も難しく済度されて、死んだ後済度する。8月7日土曜日に朝彼は再び病院に「尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁しましょう。」言った。妻は聞き取れて、頷いた。また、舌足らずのように尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェと言った。それで彼女に服装を整えた後、救急車を呼んで道場に行った。大慈大悲のリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、昔の事を拘らず、この上師を裏切った弟子に仏法の加持を与えた。病院に戻った後、彼女は粥を一杯、プリンを一つ食べた。夜安定に寝て、病状も落ち着いた。

続いて月末になって、彼は妻の同意で再度尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに求めて、妻に8月の施身法法会に参加させた。大慈大悲のリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、施身法の加持後、医学に於いて、多く解釈できない現象は次々に見られた。元々臨終を迎える彼女も目覚めた。五つの管を挿しているが、今は尿管しか残らなく、食べられて、飲めた。その後尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはまた「もうモルヒネを注射しない。」とおっしゃった。彼は従って、医師に止めると伝えた。一週間後、モルヒネを注射せず、薬さえ飲まなかった。彼の義理の母も自ら見た。

病院の医師はこの状況を見て、彼らに早めに退院の手続きをして、家で介護すると催促した。労保や建保は長い日々を支払われないと言った。彼は自分が費用を払う事と言っても、医師は合意しなかった。彼はまた医師、看護婦長、看護婦に尋ねて、ある患者は貴方達に臨終の際と診断されたが、何故現在このような現象があるか。彼たちは言葉を話さなかった。勿論彼たちは皆分かったが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な仏法の加持のお陰である。それは法会に参加した後現れた現象だった。更に彼たちは自分がリンチェンドルジェ・リンポチェの法写真をベッド元に置いて、頂礼した事を見た。また、助念室が空くと、彼は法写真を持って、仏を拝んで大礼拝をしていた。

彼は再度娘を連れて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを求めて、妻に10月3日殊勝な阿弥陀仏無遮大超度法会に参加させた。此れで8月、9月、10月の施身法法会及び大法会のお陰で、妻に器官は既に破壊されたけど、癌末期の様々の苦しみがなかった。最後で自ら話して、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁し、解脱を求めたいと言った。更に苦しみがないままで往生して、すぐ殊勝で得難いポワ法を得て済度された。そうしなければ、彼の妻は必ず引き続きに苦しんで、苦難を受けて、生きたいと思っても生きることができず、死にたいと思っても死ぬことができない。

彼の妻は2010年11月21日日曜日、法会が始まる前に往生した。往生する二週間前彼の妻はいきなり話して、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁し、自分が解脱したくて、往生したいと言った。元々彼女は既に話せなくて、耳も聞こえないが、あの日急にはっきりに話した。それで彼はすぐ申し込んだ。20日土曜日にリンチェンドルジェ・リンポチェは自ら彼女を助ける事を約束して、彼女に貴重な甘露丸を与えた。この弟子は娘にこの数日間に妻の側に寝て、もはや亡くなるかもしれない。翌日日曜日の12時に法会に参加する前に彼女を見て、フィリピン女中は彼女に食べさせる状態も正常だが、道場に入った後、リンチェンドルジェ・リンポチェが到着する3分前に電話が入った。状況があって、彼女に病院へ送って、病院に到着した時亡くなった。彼はすぐリンチェンドルジェ・リンポチェの休憩室前に跪いて、殊勝なポワ法の済度を求めた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法席に昇った後、すぐ殊勝なポワ法で彼の妻を済度した。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは本当に慈悲で衆生に対して、菩提心で応対した。衆生は苦難が有って、自分が求めるや尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに知らせれば、衆生の過去を問わず、自分の命を捨てても救える。去年(2010年)8月日本大文字祭り法会に参加したが、その後観覧バスに兄弟子の報告を聞いて、遠くインドのラダックの寺は水害に遭われて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに求めて、法会の中に修法して救済した。彼は思い出したが、ミラレバ尊者の伝記に於いて尊者は山の洞穴で修行して無数な衆生を済度して、多くの衆生を降伏したと書かれた。彼は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはミラレバ尊者のように衆生を利益して、衆生を救済する事はいつまでも場所も限らない。

若し彼の妻は自ら話して、求めたくて解脱したくないと、いつまでに病床で生活せず、苦しまないだろう。一年前に彼女は亡くなるかもしれないが、彼女の家族は手術、放射線療法、化学療法を受けさせた。結果はもっと悲惨だった。医師は一ヶ月さえ過ごさないと判定した。緩和リハビリ療養病室に移した後、何回も進出していたけど死ねなかった。しかし、彼女全身の器官は日々に衰えていた。しかし、彼女の神識ははっきりにしていた。彼は側にいると、本当に生きたいと思っても生きることができず、死にたいと思っても死ぬことができない苦しみを感じられた。彼は妻がリンチェンドルジェ・リンポチェが殊勝なポワ法を得たいのは不可能だと思った。それは彼女は外道の洗礼を受けて、手術を受けた後も上師を信じない。最もひどいのは彼女は寶吉祥を批判した。それも彼は妻に自分が仏法を習った後変わったと感じさせないから。勿論彼の間違いだった。彼の妻は脳も穴を開けた。彼は嘗て聴いたが、脳に穴を開くと修法はとても大変である。

此処で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを深く感謝した。彼たちの間違いを拘らず、不断に彼たちを救済していた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェも嘗て開示された。ガン末期の患者はとても痛くて、モルヒネを数回注射しない事が出来ない。死亡した時血を吐き排便し、心の中に憎みを持ち地獄に堕ちる。本当にそういうような症状だった。

まだ終わっていないが、往生した後の葬式はまだ長くペンディングした。日曜日往生した当日、妻の家族は一人さえ来なかった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に最もいい告別式の時間を与えた。彼はすぐ義理の母に連絡した。月曜日の夜に宜蘭に妻の家族と葬式について争った。彼たちは必ず宜蘭の風俗に従って、初七日の法要を行うことを主張した。それで彼たちは擲筊で亡者に問い合わせと提議した。彼は妻の神識は既に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに浄土へ済度されたと分かったから、争わなかった。彼は葬儀社に連絡して、すぐ妻の遺体を宜蘭に送った。残った事は彼女の家族に任せた。彼女の家族は擲筊の方式で決めて、宜蘭に火葬して、骨灰を宜蘭に残った。此れは尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼たちに開示されたが、悪事を作る事及び貪慾の報いだった。

尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは口を出し、嘻、笑、怒、罵全て衆生を助ける。衆生を見て、救うのが只この一生、この1世ではなく、さらに未来、未来世である。彼は2006年6月に皈依した半年、ある日尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは突然に彼に仰って、彼の妻に日本食品を売りに行かせた。彼は「はい」と回答して、帰ったら妻にこの事を知らしたが、そんなに積極的に遊説しなかった。彼らはリンチェンドルジェ・リンポチェのテープ中にあるいは法座の上に聞いた。上師はあんなに随意で口を開くことはない。口を開くと彼を助けるとの現れである。実は、多くの判例は相弟子の身の上にあったが、かれら夫妻はかえって簡単に失って、大切しなくて、はっきり言えば信じなくて、尊敬しなくて、勘定するから、これで、尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのために奉献するチャンスが失った。

また2年を過ぎて、尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加護、加持で、彼の妻も尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れて、それに、殊勝な共修法会に参加出来るように求めた。あのごろリンチェンドルジェ・リンポチェが指示されて言いつけた。信者の身分で法会に参加して、道場で衆生の代表として仏にお辞儀をして、大礼拝をする。此れは真に珍しくて、福報を蓄積して、業を取り消すいい機縁である。あの頃多勢相弟子は彼女に話した。大変得難く、おめでとう!ついで彼女の父親は肝癌が発病した。彼女の父親も嘗て道場に来て3ヶ月の法会に参加した。良く直さないと思って来なくて、また家族皆は仏法に対して不適当な言葉をして、半年も行かないうちに往生した。臨終するときとても苦しんで大変みにくくなった。継いで彼の妻は発病して、2年を苦しめてやっと往生した。現在、振り向いて、4年前尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはすでに分かって、彼らを助けたが彼ら二人は尊いリンチェンドルジェ・リンポチェを信じなくて、仏法の殊勝と偉いを信じなかった。まるでリンチェンドルジェ・リンポチェが常に彼に開示された:口は信じるといったが深く信じない。確かに、深く信じれば自分の考えがなくて、順従で、教えに従って実行するべきである。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは起こした気をつけること、考えは全て菩提、慈悲で、全部の方法は全て出世法で皆に開示された。彼らの夫妻二人のように世間法でリンチェンドルジェ・リンポチェを考えれば、勿論リンチェンドルジェ・リンポチェが彼らの加持を受け取れなく、仏法の上当たり前精進する事が出来ない。

前、皆さんに報告した:衆生に求めて来た及び騙してもらったお金は是非返すべきで、真で、彼の幾らケースは全部吐き出してもまだ足りない。皈依したばかり四ヶ月頃、2006年9月にはあるケースは決算するため3,000万が必要で、彼が出せるわけがない。彼は株主のお金を外の投資事件に使ったから。この時祥楽旅行社が1つ「チベット青蔵鉄道ツアー」を募集中、心には出国して、暫く逃げってからまた考えよう。結局、帰ってきたら不思議である株主は彼に3,500万を借りて、一時彼の焦眉の急を解決した。翌年2007年3月彼はまた尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが印度のシーク教区で挙げた法会に参加した。あの期間、リンチェンドルジェ・リンポチェの休憩時間中に一時の空白時、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに1つ開発ケースを伺おうとして、口が出したばかり時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に半時間以上厳しく叱って申された。

その時、彼は考えていた、まだを開けなかったのに、どうして全部知ったか?間違いなく、彼は銀行を利用して、人の頭で偽契約を作って、ロンをオーバーした。綺麗に言えばケースを開発したかった。実は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの福報を担保としてケースを取って、それに福報を貪欲して自分の利益を得る。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに恩に着て、彼を追放しなかった。とても不思議が台北に戻るとある友人が6,000万を持って来て投資する。

2年前全世界の金融津波を経って、彼も破産するべきで、彼が高杆投資が好きだから。ある日の午後、ある相弟子は突然に電話を罹って来て。彼に彼の1つ建築ケースの基地で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを待たせて、上師が基地に着いたと申された:隣家がうるさくて売ろう!あの時、彼がまだちょっとまよって来年まで待って、値段が一層綺麗だろう?本当、リンチェンドルジェ・リンポチェは口を開けると絶対に躊躇ってはいけない。契約をした後二日目、アメリカの雷曼兄弟事件が突発して、続いて一連金融事件が起こって、全世界はユニークな恐慌に堕ちた。彼はまだ後金が貰わない或いは買わないと心配したのに、商売の過程は更に不思議で:土地の代金総額は6億30あまり萬で、意外に残額30万あまりはまけなくて、相談さえもしなくて、 買い方はある有名な建築会社、会って、契約して、名義を書き換えて10日間くらい完成した。彼が多くの部屋を売ったが、こんなに早いのはなくて、一般的に1ヶ月以上である。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも現われて彼を助けた。一回目は金曜日買い方の会社で、出て来て話すのはマネージャで、彼らはお互いに相手をじろじろ見て、警戒心はとても重くて、それぞれ自分話をして交わすことはあまりなくて、それで彼の会社まで招いた。翌日土曜日、彼が事務室に入って尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法照を見ると合掌してお礼した。なるほど相手は10何年前既に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに伺った。上師は一人伝法が大変厳しくて、戒を謹んで守って、功徳が高い修行者と称賛した。こうして彼らはずっと尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがこの数年間衆生を済度する事蹟及び各地で挙げた法会を称嘆して、長く話したが土地のことは全然話さなかった。結局、最後只3分間で決めて、契約は簡単でいいて、二日間後契約した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが適時に救助しなければ,彼はきっと売られなくて、資金を固めして、利子が多くなった。此処でもう一度尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔して、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に無数なお金を助けたのに、彼はかえって仏法に説いた四分の一を供養することをしなくて、また彼のもう1つ大罪悪である。

ニュージーランド行程の最終日、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に仰った:もう騙さない、本当に、毎日生活の中にすこし不注意と、起こした気をつけること、考えは全て罪で全部悪で、彼は真で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが時々監督、監視する必要である。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは彼のために、こんな大きいお金の難関を助けたが、仏法を利用してお金を儲けることはしない。旧正月元旦法座の上に申された:随縁で商売をして、まず賠償が出来るかどうかを考える。何も問わず、只建築会社のため、セールス業の地理、風水、一件何百万の手数料ですべて簡単なこと。ひいては自分が手配する。彼は深く信じて、この数年の土地建物の上がり幅によってリンチェンドルジェ・リンポチェは只忠孝東路を買ったのではなく、ひいては全ての東区である。しかし尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはかえって日本食品、旅遊、仲介、内装、美髮、漢方医学など稼ぎ難い仕事を経営している。彼ら供養を惜しまない弟子に福を蓄積してまだあるものを持ち帰る。

我らは苦難にあった時全て尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加護を取り受ける。今年(2011)1月3日日本の法会に参観した、相室の相弟子は夜明けに心臓病が発病して、一晩中眠れなくて、大変危険だった。あの相弟子は法会が進んでいたまでずっと我慢した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に列になって、一人一人で加持を受けさせた。あの相弟子の番になった時特別に彼を長く加持した。実はあの相弟子はまったくリンチェンドルジェ・リンポチェに自分が発病することを言わなかった。

衆生が起きた心と動念は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが全部よく分かっている。何年前リンチェンドルジェ・リンポチェは印度のシーク教区で法会を行った。あの時、1人の園丁はいつも樹木籬を乗り越えて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに面会を求めたかったが、最後、送る列の中になった。結局この園丁は数百名の行列の中に,尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに特別に選ばれて、金剛杵で加持を得た。

尊貴な金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは有情衆生ははっきりしているだけではなくて、世間の全ての事柄に例えば機械の運転など、見ないでもすぐ知っている。去年(2010年)の6月、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはあるところに会議し、空調が急に運転できなかったので、その時に彼に処理させた。彼は部屋にスイッチを確認して予定したかった。が、結局、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは「問題点は屋上にある。」と仰った。彼は直に屋上へ向いて、同時に冷気製造者に連絡して、矢張り屋上で解決した。

皆様は、尊貴な金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの工夫の素晴らしさを多く聞いた事がある。彼は、リンチェンドルジェ・リンポチェの2回の「無影脚」の加持は、その素早さが兄弟子に反応させられる時間もない事を見た事がある。一回、インドで直貢チェツァン法王の法会に参加し、この間に余裕な時間で、リンチェンドルジェ・リンポチェは隨侍な安全管理部主任と教官に武術の運用を教授した。その時に、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェの工夫の深さを見た。リンチェンドルジェ・リンポチェの脚裏板は既に平らに練成し、サンドバッグを1メートルの高さを蹴る事が出来る。一つのサンドバッグは約7~80キロぐらいで、約一人の男性の体重で、ある程な工夫がないならば絶対に無理である。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼と腕の互に敲いて、力を入れるほど彼は益々痛んでいく。夜に意外に彼の腕が赤く腫れ上がると発見させた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの工夫は真に中国武術の最高境界に練成して、筋骨の裏に練成した。

尊貴な金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らによく出国して其々の法会に参加させる機会に与える事に感謝している。行程には、其々の兄弟しと眷属は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが助けて救う事跡を分かち合う事を聞く。本当だ。各々の人々は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに命に欠けて、しかし、彼は多くの命に欠けてしまう。

彼は、ある兄弟子は社長さんが彼女に出国して法会に参加する事を許さないし、社長さんに難しく会社を経営する事と言ったので、彼女だ既に辞めた、と聞いた事がある。彼女の年齢は30歳が至らないが、年給は2~300万台湾ドルで、彼女に仏を学ぶ事を邪魔したら、既に毅然として一切を捨てて排除して行って、仏を学ぶ決心が真に賛嘆させられる。その上、ある夫妻は上師の開示を聞くと、直にアメリカの高給の仕事を辞めて家族が一緒に台湾に帰った。ある兄弟子は常に出国して法会に参加するので、彼の上司副総経理が意見があり、が、この兄弟子は依然として堅持した。結局、彼の社長さんは彼の上司を辞めさせた。この弟子は自分の30歳を回想し、常に辞職し、然し、此れはただ社長さん、上司が彼に欲しがる給料を与えない、仕事内容と会社制度が彼の考えに応じらない事わけだけである。彼は本当にもっとも大変である。

彼は未だ30歳の時に、6時終業以後に夜に何でもないので、タクシーを運転して行った。ある日、二人の男性を載って、乗車してから直にナイフを現れて彼に郊外に行かせて、全てのお金を取ってから彼に駆け落ちさせた。当時、既に真夜中の1時、2時で、自分は何処にいることも分からないし、時間がどの位に掛かって山から下りる事を分からなかった。此れは尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが開示する「応報は来世に待つ事が要らない」で、その上「意外という事がない、運が良くないとは全て因果と業力である」のである。実は、彼の青少年時に、性格がとても悪で、友達と一緒に公園で「愛情税」を引き抜いて、つまり恐喝である。しないけれども、念を起して、悪業は既に虚空に存在し、この果報がある。もしかしたらその時にやる事がない、でなければその時に、彼は郊外で殺されるかもしれない。

最後、この弟子は尊貴な金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。仏を学んだり、武術を練習したり、運転したり、事業を経営したりする事は既に力を尽くして、心を尽して教導してくれている。皆に学習と複製の手本がある。仏法を以って生活で、仕事で修行する事を教授してくれる。幸いで今生今世に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェという大修行者に会われて、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの願力により、彼の人生の願力と指標として、追随して学んで努力している事を望んでいる。

それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは法座を上げて、金剛薩埵法門を修めて、皆を連れで祈請文を唱えて、金剛薩埵心咒を唱えていた。円満なる修法した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは下記にように開示なされた。

今日の法会の始め、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に金剛薩埵を修めた。金剛薩埵は顕教に修める事がない、ただ金剛乗に修める事がある。チベット仏教には、菩薩乗に修める行者に対して、金剛薩埵がとても重要な本尊である。金剛薩埵は報身仏である。仏は法身、報身、化身という三身がある。もし普通な凡夫であれば、化身仏が接引する事を得る。そなた達の一般的な人々は仏法を学びたいなら、経論が知っている法師に接触するようにである。報身仏はそれらの発心して菩薩道を行う行者を接引する。

そなた達は仏を学ぶ事が加護を求めて平安を求める事と思ってはいけない。リンチェンドルジェ・リンポチェは何回目にそなた達に開示し、もしこのようであれば、リンチェンドルジェ・リンポチェが修める事も要らない。仏を学んでから、冤親債主が済度してそなたに離れて、身体が良くなっている事と思ってはいけない、実は、身体が好い事が欲しがるなら極めて簡単で、ただそなたが給料の7割に布施していって、身体が同じように健康する事が出来て、仏法を学ぶ事が要らない。ある者は仏教を外道になる事と思っていて、ただ平安、健康、富、事業を求めるだけで、実は、これ等は仏法と関係ない。現代人は仏法に対して正確せず観念を持っていて、仏法の真に目的は衆生に輪廻の苦海を解脱する事を助ける。

金剛薩埵の真言の百字明咒は10万位の仏の心咒を代表し、1回目の百字明咒を唱えるならば10万位の仏の心咒を唱える意味である。が、百字明の詳しい意義は此処に解釈しない、此れはそなた達は密法を未だ学び得るわけである。人の身体は顕教により仏を学んで修行する法器である。金剛乗により、人の身体は文武百尊の壇城である。全ての人々は受胎してから文武百尊がいる。つまり、百位の仏菩薩の化身を身体に入って、人々は生まれてから文武百尊の保護を受けて、忿怒尊和寂静尊を含める。「寂静尊」はそなた達が見る仏像が慈悲深く様子である。だから、身体は文武百尊の仏の壇城で、一回の百字明を唱えたら文武百尊を供養する。実には、一切の有情衆生は、動物も含めて、同じように文武百尊の加護を持っていって、ただ衆生の自身が分からない。もしこの世に悪を行うなら、更に文武百尊の仏菩薩の存在が一層に感じられない。

人々は文武百尊の加護があるけれども、生まれてから絶えずに悪をして、殺生して、肉食をするわけで、我々の福報を減らしてしまって、身体が自ずから疾病がある。赤ちゃんは出生する時には、身体が一番健康で、もし後には悪をしないならば疾病が有り得なく、前世に持ってくる業はこの限りでない。衆生の身体には累世にそなたに傷害される多数な衆生に存在し、だから仏法が我々に悪を止めて善を行う事を教える。そなたの悪を停止してから、そなたの体内にいる衆生はそなたに仏を学ぶ事を障碍しない、そなたの清浄な仏性が段々に表れている。

在席の皆は一部が長くて仏を学んで、然し、何故仏を学ぶかをまだ分からない。皈依する時には、そなた達に「五戒」、「十善」を伝える事があり、「戒」はそなた達にこれも出来ないし、それも出来ない事を制約する事ではない。却って、戒律を守る事によりそなた達に慈悲を学ばせて、衆生を傷害しない。五戒を守る事の始めは不殺生を遣り遂げなければならない。もし依然として衆生の肉を食べるならまた悪を行って、如何に慈悲を学ぶ可能でしょうか。此れはただ人とする基本標準である。五戒十善を守らないならば、仏により、人間ではない。人道になってから、仏道に遣り遂げて始める。人とする基本が出来ないならば、如何に仏を学ぶのでしょうか?如何に慈悲心を修行するのでしょうか?慈悲心がないならば、絶対に仏法を学び得ない、戒律を守られるなら慈悲を修め開始して行く。そなた達は此の世に人身を得られて、此れは過去世にある世で十善法を修めえた事がある。この世にそなたの宗教信仰は仏教かどうかに拘らず、そなたは回教徒で、カトリック教徒でも、過去世に絶対にある世に仏を学んで十善法を修めた事がある。所謂過去世とは前世ではなくあて、数十万世の前にかもしれない、ただ仏だけではっきり知る事が出来る。

戒律に違犯する事はまた「犯戒」と「破戒」の2種類に分けれる。戒律を犯すのは自分の身、口、意を留意しないので無意間に戒律を侵害し、戒律に抵触し自分がまだ分からない、そなたはしないでも「犯戒」になる。「破戒」とはそなたがこのようにする事が出来ない事をはっきり知るけれども、そなたが気にしないで、先にしてからまた対応する事を決める。此れは「破戒」である。此れははっきり知るがわざと犯す事で、「犯戒」に比べてより厳重である。

仏は戒、定、慧三学と諭された。そなた達は毎日念仏を唱えて、仏を礼拝するのが修行だ、これが功徳を修めるのだと思わないでください。もし、そなたの心が間違いならば、戒を守っていないで、どのように念仏を唱えてもいかなる効果がない。仏を学ぶのはまずは持戒できることである、百パ―セント教えに従って遂行しなければならなくて、完全に自分の考えがない。戒を守ることができてから、はじめて定と慧が生むことができる。定はそなた達が思うように放空(忘我)して或いはそこで座って何も考えていないことではない。人の念頭はきわめて複雑であり、仏は一つの瞬く瞬間に、人が数百万の考えが起きたと諭された。定は1つの考えが消えてなくなってから、次の考えが現れる前に、2つの考えの間の時間は定を称す。必ず先に戒を守ってはじめて、定が出来る。定を修め得てから智慧を開くことができる。

そなた達は先に五戒を守る事をやり始まる。五戒の第一は「不殺生(せっしょう)」である。リンチェンドルジェ・リンポチェは日本人の信者が肉を食べないことを要して、彼らの最初の反応はそれがあり得ない、リンチェンドルジェ・リンポチェは日本人の信者が酒を飲まない戒を守ることを要して、一部の信者がそれができないと表して、日本人がきっとビールを飲むと言った。実は酒を飲むのはただ1種の生活習慣であり、更にましてビールも西洋人から日本に伝われたものであり、日本人の昔からずっとある習慣ではなく、しかし日本人はビールを飲む事を根強い生活習慣になる。だから風習文化は仏法ではなくて、皆がすべてこのようにしても、これが正しいと代表しない;他の人はすべて間違っていると言っても、同じくそれは必ず間違っていることを代表しない。必ず因果の角度から分析しなければならない。さっき分かち合った弟子も言及したように、リンチェンドルジェ・リンポチェの経営している商売が儲けたのはすべてわずかな利益であり、リンチェンドルジェ・リンポチェは株券や不動産を投機し利益を得ることにわからない理由が無いであろう。しかしそれは全て悪の因を造るから、リンチェンドルジェ・リンポチェは悪の因があることに会うのでさえすれば、することができない。

「不偸盗(ちゅうとう)」は会社で真剣に仕事をすることを含んで、もし真面目ではないと、会社の時間を盗む。ある男性の弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェはの会社に勤めているが、仕事をしっかりと行っていないが、給料を受け取って、このようにすると彼の福報を損耗して、どのように金剛乗の密法を学ぶことができるのだろうか。別に彼がしっかりとリンチェンドルジェ・リンポチェが引継ぎした事を行っていないため、彼を非難するのではなく、そなた達が福報があるから給料をもらえる。もしそなたは一心にそなたの仕事をすれば、それでは福報を損耗するスピードが少し遅いであり;もし仕事のすべきな責任を尽くさなければ、この給料に申し訳ないで、同じくそのためそなたの福報にもっと速く損耗させる。

私達は累世の習慣のため、この一生は引き続き悪事を犯しているが自分がわからない。そなた達はすべて「不悪口」との戒を犯しやすくて、テレビを見るのさえも劇の筋に従って他の人を罵倒して、たとえ口で言い出さなくても、きっと心の中で罵ったことがある。特に女の人は最も常に引き続き、「はい、そうです、すべてはそなたのご主人が悪い」と言った。他人の夫婦の事は別にそなたとどの関係があるのか。或いは一部の人はニュースを見て引き続き政治の人物をののしることが好きで、これも戒を犯すのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に1つのお経に諭された公案を教えて、昔ある大和尚は外出して1つの地方に着いて、ある寺院で寄寓している。夜になると、彼は突然に木が焦げた味をかいで、彼は窓の外で1人の枷鎖をつけている出家人が見え、彼は幽霊である。彼のつけられた枷鎖が燃えて、枷鎖がとても重いから、あの幽霊は枷鎖を室外の窓台の上に頼って、だから木を焼いている焦味ができる。そこで大和尚はその幽霊に、一体どんな罪を犯して、ようやくこのような結末になるのか、と聞いた。結局は、もとはあの出家人は以前はこの寺院の住職であり、ある信者が仏像をつくることを指定してお金を寄付したが、しかしこの住職はこの信者のお金をかぶせて出家者の居住する寮の部屋を建てることに流用して、だから彼はこの果報を受けた。人がお金を供養して仏像を作ることに用いるのを望んで、彼はあの人がお金を供養することを拒絶することができるが、しかし承諾したら、やり遂げなければならない。彼はやり遂げていないで、さらに彼が他のところに流用して、個人の用途に用いることではなくて、しかし依然として人に承諾することに従わないから、それはいけない。そのため、ようやく地獄に落ち込んでその苦しみを深く受けて、彼はすぐ大和尚に彼を済度して助けるように祈願した。

この時、リンチェンドルジェ・リンポチェはある信者に、そなたがこのように両手が胸先で抱く事をしないでと言って、これはたいへん恭しくない姿勢である。たとえそなた達は両親、社長あるいは先生と話す場合には、すべてはこのような姿勢をすることができなく、まして仏法を聞く場合にはなおさらで、どうしてこのように恭敬する心がないのか。もしそなたは聞きたくないならば道場を離れても構わない。それが同じく表しているのは、リンチェンドルジェ・リンポチェがただ今こんなに多くのことを言っても、そなたは完全に聞き入れていないで、これらが全然そなたと関係がないと思っていることである。そなた達は道場にきて姿態に注意しなければならなくて、座るのは座る様子がなくて、腰をかがめて背中を曲げるように座るのはすべて恭しくない。女の子は胸を現す格好をして、ローライズを穿くまま、道場に来ることができなくて、男の子は透明なベストを着ることができない。

ここを講じて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、旧暦の元日の法会には、弟子及び信者達が朝供養したお金を午後法会の曼達を差し上げるお金に流用した者は誰であるか。誰がこのお金を使用することができると決めたのであるか。誰が午後まだ曼達を差し上げると言ったのか?と聞いた。その場で、四人の壇城の法務の事務を担当する弟子が壇城の前までひざまずいて、彼らが間違ったと表して、彼らが自分の考えで流用することを決めた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは開示して、彼らはすべて長く皈依していて、リンチェンドルジェ・リンポチェの傍で仕事を担当する弟子であり、自分が大兄弟子であり、ひと言で事を決定することができると思った。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らに誰が責任を負うのかと聞いて、結局はお互いに責任を逃れた。リンチェンドルジェ・リンポチェは一度も法務チームがリンチェンドルジェ・リンポチェの供養金を使うことができると言ったことがなくて、彼らの弟子は菩薩戒を受けたことがあって、戒の中に一つは上師の財物を保護する戒律であり、結果は彼らは法会に参列した大衆は午前リンチェンドルジェ・リンポチェに供養したお金をこのようにむやみに手配して、自分が騙さないから構わないと思っている。直貢チェツァン法王はそなた達にリンチェンドルジェ・リンポチェを保護することを言い聞かせたが、結果はそなた達は保護しないだけではなくて、更に上師の事について勝手にやった。

その中法務組の弟子は午前中の供養金が多くて、だから流用したと言った。弟子達は毎週の法会に供養をすることを惜んで、元日の供養金を見て供養金がたくさんあると思っていて、全然供養する心が無くて、上師と仏法にも恭しくない。この弟子達は簡単に法を修めて、あまり力がかからないと思った。しかし、実は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは旧正月に法を一日修めて、衆生を利益するのはとても苦労だった。多くの弟子は完全に分からないが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝直貢チェツァン法王の仏法事業を護持するため、先日に一つの結構大きな金額を供養したばかり。また、この前に弁護士に依頼した費用と供養を含まなかった。弟子は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに供養した金は全てリンチェンドルジェ・リンポチェが介して青海など他の寺を供養し助けて、皆に福報を累積させた。弟子は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに供養したのは極めてわずかだ。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝直貢チェツァン法王にの供養も及ばない。

リンチェンドルジェ・リンポチェに教示を請い前、彼たちは自分で決めたが、信者たちは供養した時にリンチェンドルジェ・リンポチェに供養すると思って、マンダラを差し上げる事を思わない。この数人の法務組弟子は自分がマンダラを差し上げるのは功徳があって、皆に役に立つと思ったから、移しても構わないと思って、いずれにしてもリンチェンドルジェ・リンポチェに供養する。しかし、考えてみよう、若しそなた達の給料を今日他人に別の用途へ使われたなら、そなたの感じは何だろう。

供養金を集まる女弟子も彼たちを止めなくて、彼たちは大弟子だと思うから、彼たちが言った通りにして、彼たちに全ての供養金を取った。元々供養金を数える女弟子に行えない。そうすれば、彼女に皆がリンチェンドルジェ・リンポチェに供養した供養金を弁償させただろう。道場を協力してボランティアするのは功徳だと思わない。それは唯助縁だが、自分が事をすると思わない。如何なることをしてもそなた達は自分のためだ。

何故今日始めてから、皆に金剛薩埵を一座修めただろう。それはそなた達の罪は本当に重すぎるだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て何回目も開示されたが、地蔵経に説いた:「衆生は心を起こし 、思いを動かすは、 全て業であり、罪である。」実は人は一秒以内に数十万個の思いを起した。仏しかはっきりにしない。「業」は我々に輪廻させる力で、「罪」は我々に三悪道に堕ちさせる。

先程法本の中、衆生の愚痴を憐憫すると説かれたが、そなた達は注意しないと戒を犯し、自分が間違いだと思った。彼たちはどんな戒を破っただろう。許可を得ずに取られるのは偸盗だ。先の物語は昔何回も話したのに、そなた達はまだ聞き取れなかった。この前住持は供養金を移して、仏法の用途に使ったけど、地獄に堕ちた。この弟子達はリンチェンドルジェ・リンポチェの金を移したが、若し道場の金を移せば、大変だ。常住の財物を横領するのは地獄に堕ちる。実はリンチェンドルジェ・リンポチェもこの道場の常住である。

その中に二人の弟子は今まで涙が流さないが、それは彼たちは完全に懺悔しなくて、唯間違いしただけと思った。彼たちは皆午前中に供養したが、午後またお金を出して供養すれば、困難だと心配するかもしれない。自分がお金がないから、他人も同じでお金がないと思う。自分は供養しなくても構わないが、他人が供養した道を断たないで。更にリンチェンドルジェ・リンポチェは今まで価格を定めなくて、供養金金額の多さは重要ではない。重要なのはそなたの供養心だ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは何回も供養を受けないだろう。皆はある弟子が台湾元2,000万を供養したい事を見て、繰り返して五回来たのに、心は間違いから、リンチェンドルジェ・リンポチェは受けない。リンチェンドルジェ・リンポチェは金を憎んだ。台湾元2,000万は小額ではないが、そなた達はこの誘惑を耐えられるだろう。更に五回だ。

四人弟子の中に一人は昔自分の内湖の部屋をリンチェンドルジェ・リンポチェに供養したかった。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼が若くなく、体も悪くて、子供もまだ幼いと考えるから、受けなかった。現在彼の部屋少なくとも台湾元3000万の価値がある。また、ある女弟子は嘗て自分の部屋をリンチェンドルジェ・リンポチェに供養したかった。それは彼女は間違いを犯して、供養で懺悔したから。彼女は供養心があるから、リンチェンドルジェ・リンポチェは気持ちだけ受けた。更に彼女はこの部屋しかいないから、リンチェンドルジェ・リンポチェは受けなかった。そなた達は心の中でリンチェンドルジェ・リンポチェは受けないから供養しないと考えないで。此れは個別の例で慣例ではない。

先程リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に大衆を引率して、法本の中の祈願懺悔文を唱えた。金剛薩埵の法本に説いた:「師仏に救護を懇請する。」此処で師とは上師である。仏より優先して、仏より先に説いた。そなた達は発見できたが、チベット仏教に於いて、多くの時に上師を前に置き、それは上師は仏より重要である。この観念は顕教と少し異なる。原因は上師は仏より偉いではないが、唯対象によって自然に異なる指導者が教える。今日そなた達は凡夫だから、凡夫に化した菩薩がそなた達を助けて、仏法を教える。仏は直接にそなた達を教えるわけではない。そなた達は多くの人が人として基本の十善法さえ修めないから、仏菩薩はそなた達に教えるわけではない。例えば大学教授は幼稚園の子供を教えず、小学校の教師も大学院の学生を教えない。たとえ交替でも時間は長いとは不可能だ。だから、上師がそなた達に輪廻を解脱する仏法を教導し、その上、いつもそなたに教えにより従ってしっかり実行する事を監督し、それなら、そなたを助けて、成仏させるのはそなたの上師であるから、自然に上師が仏により重要である。

末法時代の衆生は業が重すぎ、福は浅すぎなので、自ら仏を見えない。一般人は化身仏しか見える。上師は仏の化身を代表する。上師は経験がある修行者であり、能力があって、自分の修行経験で皆に仏法の助けを与える。大衆は上師の守り及び教えに頼って、仏法を習い修行し、仏法の助けを祈るしかいない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは続いて慈悲に皆に癌について開示された。現場いる各位は多くの人は過去癌に罹ったや現在癌に罹っているが、常に多くの人はリンチェンドルジェ・リンポチェに聞いて、癌に罹って手術を受けたほがいいか、受けないほうがいい。或いは化学療法或いは放射線療法を受けるかどうか。リンチェンドルジェ・リンポチェは通常、直接回答しない。仏経に説いた:我々人は体が文武百尊の壇城である。手術を受けるのはこの壇城を傷つけるから、如何なるいいとは言えない。更に仏経に説いた:我々の体に多くの虫がある。ある医師弟子は説明した。我々の体に確かに多くの細菌があって、その中に多くのは我々の健康に役に立つ。この細菌は我々と因縁がある衆生である。若し化学療法を受けるなら、我々の体内の衆生を殺害すると同じだ。そうすれば、如何なるいいだろう。我々は癌に罹るのは殺生、肉を食べたから、この冤親債主は我々の体に入り込んだ。そなたは懺悔しなくて、更に手術を受けて、彼を切ったや化学療法と放射線療法で彼を殺す。彼は怒らないわけではないだろう。

リンチェンドルジェ・リンポチェは45歳の時皮膚癌に罹った。現在までリンチェンドルジェ・リンポチェの皮膚癌はもう治った。少し黒い斑しか残らない。しかし、脊椎が曲がる問題はまだ存在している。この病気は治らないが、業は返済しても果報はまだある。しかし、地獄に堕ちるよりいいだろう。ある弟子は大衆に当時リンチェンドルジェ・リンポチェの頭に黒い痣が拡大し変化を起こった事を見た。それでリンチェンドルジェ・リンポチェに検査した。結局非常に大変な黒色素癌を発見した。それは皮膚がんの中に最も厄介な種類だ。更に重要な血管に生じて、簡単に脳部、脊髄など転移しやすくて、非常に危ないだ。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはどんな薬の治療や手術でも受けなかった。その後自分が治った。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、当時皮膚がんに罹る事を分かって、ちっとも悲しくなく、辛くなく或いは文句しなかった。更に少しの心配もしなかった。手術を受けず、薬を飲まず、化学療法も受けない。尊勝直貢チェツァン法王に求めて修法させなくて、完全に無視した。唯尊勝直貢チェツァン法王の教えに従って、不断に修行していた。心の中に若し死亡が私にとっていいなら、死なせる。若し私は生きて衆生を助けるなら、生かせてくれる事を考えた。結局死ななかった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは癌の業を転じるのは、仏門に皈依した後悪を止め善を行ったから。もし、菩提心を修め得たら、懺悔しなくても、業を転じることができる。若し皈依した後、癌は必ず治って、癌細胞は必ずそなたを離れたと思うなら、それは大間違いだ。癌細胞は必ずそなたより先にそなたの肉体から離さない。必ずそなたを待っている。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェのように彼たちを済度できない限り、彼たちに先に離される。

今科学は既にいくら癌の遺伝子を捜し出した。癌の遺伝子は過去世の殺生することが持って来た遺伝子である。但し、これら癌の遺伝子がある者には、一部は確かに癌にかかったが、一部はかえって癌に罹らなかった。なぜこれら癌の遺伝子がある者は癌に罹らなかったか?これら者は一生善行をしたり、慈悲を勉強したりすることが、癌の遺伝子を発展するチャンスをさせなかったから。

一切の病は全て心より起きられた。そなたの心は病があるこそお体は病気があった。そなたの心の中にの貪・瞋・痴・慢・疑がはじめてそなたの心を病気させた。我らは釈迦牟尼仏を医者王様と呼ばれている。仏陀様は我らの心を治すから。心は病気に罹らなければお体は自然に病気がない。妄念、計算が好き為呼吸が不均衡で、ある時速くて、ある時遅くなったことで心臓病にかかった。

リンチェンドルジェ・リンポチェの家族の男性は全部高血圧と心臓の問題があった。リンチェンドルジェ・リンポチェの弟があり、リンチェンドルジェ・リンポチェ前もあり、現在ならなかった。これらは即ち殺業が引起したのである。どうして心臓病に罹ったか?これもそなたの心と関係があり、こういう病例 の者は全て拘わることが好きで、何もかも全部はっきりするべきで、心臓には勿論問題がある。ある医者者弟子は医学の角より解釈した。我らは多くの事を考える時、これを考えたり、あれを考えたりして、心臓の収縮頻度は速かったり、遅かったりになって、心筋の厚さは変化を引起して、自然に心臓が問題を出易い。リンチェンドルジェ・リンポチェの心は一分間で62回を動いて、たまには一分間で58回になって、これはリンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達より長く生きるとの表れである。

ある者はリンチェンドルジェ・リンポチェが彼を加持して、彼の癌症が無くなって病気が治したと思った。実は、そうではなく、リンチェンドルジェ・リンポチェが加持したのはそなた達に害された衆生であり、、彼に暫くそなた達を邪魔させなくて、そなた達に仏を学ぶ時間を与える。ある者は癌症にかかったのが果報だと思って、これは只花咲きで、修行を通じて、或いは善知識の助けを貰わなければ、癌症の本当な果報は地獄に堕ちるのである。地獄に堕ちるのがとても難しいと思わないで、癌症の患者は最後の時期にて、お体が大変苦しんでいるため、心に恨みを生じて、即ち瞋である。瞋念を起こすとすぐ地獄に堕ちる。人が臨終前最後の考え方は彼が往生してから行く所へ導かせるから。

花が咲いた後違う過程を経て同じではない果実を出た。癌の患者も咲いた花のように、花が咲いた後、一生懸命仏を学んで教えに従って実行することを通じれば、果実の味を変わることがやっと出来て、短い寿で地獄に堕ちることと替わる。仏菩薩とリンチェンドルジェ・リンポチェとも誰の果報を変わることが出来なくて、そなた達しか果報の力を変化させることが出来ない。

そなたが悪の種を植えて、水、肥料をかけなければ、種が自然に芽ばえない; しかしそなたが続いて水をかけて、施肥をすれば、自然に花が咲いて果実を出る。自分がいつも仏を学んで、多くの善行をして、少し過ちをしても構わないと思うな。そなたはまだ悪行すれば、即ち悪の種を続いて灌漑して、悪の果実はある日に是非出る。それで、皈依するとそなた達に悪行を止めて善行をすると教えた。そなたの悪が止んだら善の力がやっと表れることが出来る。

先程法会が始まる前に、分け合った男弟子、彼の妻はあの頃、医者さんの診断よりすぐ死亡だが、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を助けて、彼女に多めな時間を与えて仏法を勉強させた。そなた達も彼の話を聞いた。彼の妻は癌症の末期にモルヒネさえも注射する必要がなくて、今なら阿弥陀仏の浄土に行った。彼女は往生した後、大体が家族にあちこち移られたが、これも彼女に肉体で返済させるのである。

昨日ある信者がリンチェンドルジェ・リンポチェに伺いに来た。彼は7、8年前化学療法されて、癌症はまた再発するかリンチェンドルジェ・リンポチェに伺った。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼にの回答は:再発を保証する。アメリカの医学界では既に実証した。癌の患者は化学療法、電気療法、手術なとを通じて治療すれば、癌症は全部再発して拡散しようとする。どうして癌の患者は手術で腫瘤を除いた後、また再発したか?癌の細胞は極めて微小で、手術をして腫瘤を除いても、やはり完全に取り除くことが出来ない。1人外科医師弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに報告して、2の10次方個癌の細胞が集まったこそ、癌の細胞はやっと見える。お医者さんは手術で腫瘤を除く時、自分が既に全部の癌の細胞を取り除いたと思ったが、ある癌の細胞は筋肉と血管の内に隠して取り除くことが出来なくて、そして血液と一緒に他の部位まで移転することができる。

癌細胞は実、我らのお体の一部である。我らが病気にかかった時、体内の白血球は自発的に防衛して、悪い細胞を消滅するため、人には熱が出て、膿泡が起きるなど症状があった。我らは化学療法、電気療法、手術など方式を通じて癌細胞を取り除ければ、いい細胞も同時にあわせて消滅されて、お体が自然に回復することが出来ない。仏法の見方より癌細胞は即ちあれらそなたに食べられて、そなたの体内の中にあった魚、肉である。そなたは既に一回彼らを食べて彼らに恨み心を引起させた。また医療を通じてもう一度彼らを殺すことは、さらに、彼らの恨みしか増やさない。彼らは先隠すが、是非一層猛烈に変わって全身拡散する。リンチェンドルジェ・リンポチェは皮膚癌に罹ったことがあったが、一切の悪をやめて一切の善をすると決心して、どの癌細胞を滋養する養分を切って、癌症が自然に全快する。癌細胞はお体の中にの養分を吸収することも出来て、そなたが栄養を食べれば食べる程、癌細胞が大きくなる。医師弟子が表した、癌の患者は続いて魚肉など細蛋白質の食物を食べるならば、かえって癌細胞の成長と拡散することを速くさせた。

また、糖尿病も肉が食べ好きのため生じた病気で、漢方医学では三消症と呼ばれている。一番目の消とは痩せる。そなたの体内の衆生はそなたが食べた栄養を食べてしまった。それで、そなたはもっと食べてかえって絶えずに痩せて行く。ある糖尿病患者はかえって太って、あれは実が水腫である。水腫とはそなたが食べた衆生が体内に蓄積する。それで、多くの癌の患者は末期に全て水腫になった。但し、リンチェンドルジェ・リンポチェに修法して済度された亡者は、水腫が全て消えた。体内の冤親債主は全部済度されたから。

リンチェンドルジェ・リンポチェは何故皮膚癌に罹ったか?リンチェンドルジェ・リンポチェが若い頃香港で住んだ。そなた達が知っている、広東人がすごく海鮮が好きで、海鮮の中にはある無名の毒がある。そなた達これら若いお嬢さんはもう300元の食べ放題を食べに行かないで、新鮮な海鮮があるわけがない。漢方医学の角より、海鮮は全て寒性で、寒毒がある。どうして、人の血が熱いか?熱い血が排毒することが出来るから。例えば、人はウイルス、細菌が侵入する時,身体は熱を出て、それは毒素をお体より排出する。だから、海の中にの生物全部冷血で、毒素は体内に蓄積して、そなた達が食べたら毒素も食べてしまった。

仏法の観点では、業障が重いのが海の生物に投胎する。そなた達は金魚を飼うことがあれば分かるはず、そなたが食物を食べさせるならば彼がいつも絶えずに食べて、お腹が破ったまで。業がこんなに重い動物さえ、そなた達が彼をお腹に食べてしまって、もちろん彼の業を一緒に食べてしまって、当たり前、重病にかかる。慈悲心を修習しない者は、心が冷たくて、血も冷たくて、以後畜生道に堕ちて水の中にの魚類になる。

ある弟子の娘は中枢神経系萎縮に罹った。ある医者の弟子はこの症状罹る者は、ひきつけがあり、体形も普通な人間に異なって、四肢調和が不調和等を説明した。最初、彼女は娘を連れでリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来る時に、彼女の娘は硬直して抱いて入られて、顔もひきつけが出来る。リンチェンドルジェ・リンポチェの加持の下、この女の子供は第二回目にリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来る時に、目も回転が出来て、大きな進歩があった。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが素晴らしさと感じていて、ほかの所に数百台湾ドルに費やしても何か
効用もない、だから、リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。しかし、彼女の娘は最近急に発病し、目前に病院にいて、その上状況が危急である。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに助けを貰って来て、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの子供が肉のにおいが嗅いだので引起させたと開示なされた。

お正月の前に、リンチェンドルジェ・リンポチェは絶えずに何回目で皆に注意させて、お正月の間には肉を食べないで、肉で祭らないのである。この女の弟子は娘を連れで実家に帰る時に、実家の皆は肉食するので、女童は多くの肉のにおいが嗅いだので、また病気に罹っている。リンチェンドルジェ・リンポチェは、子供が病気に罹るのは全て殺業が重過ぎるわけである事と開示成された。少し前、ある女の子は道場にポワ法を得た事例がある。子供の病状が好転すると、そなた達は両親とするのが既に忘れてしまって、怠けて、子供の事が全てリンチェンドルジェ・リンポチェをあてがった。彼女は自分が菜食したら十分で、他人が肉食しても自分と関係ないと思っていて、然し、人々は受け入れるのは異なっている。この子供は既にこんなに重病に罹って、既に福報がないを代表し、家に彼女をよく世話しなければならないはずである。けれども、彼女はお正月ので、子供を実家に連れで帰って人倫の楽を楽しんでいる事と思っていた。何かお正月を暮すのでしょうか?お正月でも同じように生活を暮すのではないか?実は、お正月のは嘗て農業社会の風俗習慣である。現在、交通はこんなに発達し、需要がある時に航空券を買って集る事が出来る。何故お正月の時に集らなければならないのでしょうか。また、お正月とは我々が仏を学ぶ時間がまた1年を減らして、何かお祝いに堪えるのでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェは少しの福報を無駄しないで、一切な事が全て仏を学んで修行する事を用いる。

昨日ある信者はリンチェンドルジェ・リンポチェにお伺いを立てて来て、彼女は保険の営業に従事したいけれども、彼女の母親は彼女に用務員になる事を望んでいて、彼女はこのようにすればよい事が分からなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは直ちに彼女に保険の営業に従事し続けて、それから用務員の試験を受ける事と開示なされた。もう合格することがなかったら、彼女の母親にあるほどの返事がある。自分は本当に用務員を担当不能ので、それから保険の営業を従事し続けられる。もし合格したら、彼女は選択があり、それから職業を変える事また考えていく。もし彼女は出家法師にお伺いを立てたら、ある法師は彼女に親孝行をして、母親の話に聞き従う事を薦めるかもしれない。しかし、このようにすればこの信者に説得できないかもしれない、円満なる問題を解決する事が出来ない。さもなくば彼女にお経を唱えて母親に廻向し、母親は彼女に追い詰める事をしない事を薦める。多くの人々はこのように他人に教えて、然し、このようにすればよくない。これはリンチェンドルジェ・リンポチェは在家の修行者ので、多くの在家信者或いは弟子が類似な経験があり、その上修行の智慧を加えて、自ずから衆生に問題を解決しようと協力する事が出来る。

在家上師はそなた達はこの社会に直面する色々な誘惑が分かっている。特にリンチェンドルジェ・リンポチェは子供から修行する事ではなくて、仏を学ぶ前に人生の様々な変転浮沈を経た事があり、そなた達が直面する問題がはっきり分かっている。現在、多くの人々は菜食を聞いたら出家する事と思っていて、出家できるかどうかは全てそなたの縁で、そなた達は在家衆ので、自然に在家の上師に会うのである。現在、出家者も多くの世間の事があり、だから在席の出家者は在家のリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依して来る。もし深山で清修する縁があれば、早めに深山の廟へ向いて、ごたごたとしている都市で、精舍で出家する事が出来ない、これはそなた達は在家上師に学ぶ縁がある。既に縁がこのようになり、縁を惜しんで時間をよく把握してよく学んで、尊貴なリンチェンドルジェ・リンポチェは自分の子供に自分が何時に往生する事が分からないことに言及した事があり、これは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの修行がある程果位を修行して得ているので、身体が今までにはまだ健康で、けれども、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに絶えずに一切の衆生に利益していて、作る事柄は多くて、既に普通な人間の体が負荷出来る事を超えて、疲れて過ぎて、身体が負荷できないかもしれない。然し、慈悲尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは衆生が苦しみを受ける事に耐えられないので、何か間違う事を見たら、依然として衆生に提示し続けていて、罵れない程度までに罵っている。

そなた達は全て休暇が休まれて、日曜日の法会を完了して帰宅したから一寸気楽する。ただしリンチェンドルジェ・リンポチェはコンビニエンスストアにより忙しい、24時間でも足りない。昨日尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは午後2時飛行機を降りて、4時に道場に向いて信者を接見し、それから午後の10時までである。そなた達は何か用事があったら、リンチェンドルジェ・リンポチェの法写真に頂礼し祈っていて、リンチェンドルジェ・リンポチェはお休みの時間が有るのでしょうか?だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは病気にかかることが出来ない、ただ死ぬ事が出来る。風邪を引いても起こさせられない、これは多すぎ衆生はリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを待っているわけである。人間のたい体力により、リンチェンドルジェ・リンポチェは早くから負荷を超えて、早速余計がない。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは依然として絶えずに頑張って続けてしている。一つは自分の願力で、もう一つは法輪に常に転じる。法輪は常に転じる事とは常に法会を主催し、仏法が説く事が出来る事は十分である事ではなくて、これは仏法の意義が回転させて、衆生の心に変わらせるのである。黒から白に転じ、悪から善に転じる。

道場には8割の法器は全てリンチェンドルジェ・リンポチェの物で、然し、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に言い争わないで、法器を道場に置いている。今日、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らを供養金を流用する事を発見しないならば、これ等の法務組の弟子は今後何もする勇気があり、将来にはリンチェンドルジェ・リンポチェの法器でも住宅を鎮める事でも言張れる。そなた達はこれ等の事を傍観してはいけない、己に関連しないと思っていて、実はそなた達と関係がある。此れはただ人間であればこのような間違いを犯すわけである。

それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは「アチ護法儀軌」を口傳で新しき皈依弟子に伝えた。

チベット仏教の四大宗派は其々の護法がいるので、「不共護法」と呼ばれる。チベット仏教の四大教派は修行の過程が違うけど、教導してくれる法門が全て生死を解脱するために、どちらの教派を接触したら各々の因縁である。一部の人々は問われて、もし既にチベット仏教の他教派に皈依したら、リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する事が出来るのでしょうか?回答は出来る。そなたは「瑜伽」或は「無上瑜伽」の仏法を学んだ事とは限らない。金剛乗は事部、行部、瑜伽及ぶ無上瑜伽部に分ける。そなたが本来に皈依した上師はそなたに事部と行部を教えた事があったら、そなたがまた他の上師に学びたいなら、このような事が出来ない。しかし、ある上師はそなたにもっと高いラベルの瑜伽及ぶ無上瑜伽部に教導してくれるなら、それでは構わない。

アチ仏母は直貢噶舉の不共護法で、顕教には「金剛亥母」と呼ばれて、密法には異なる名称がある。護法は世間護法と出世に分ける。世間護法は通常に仏教に護持する鬼神で、一部の家鬼で山神と大力鬼は生前に修めたがあったら、死後に世間護法になり、このような護法は依然として六道に輪廻し、その上、人間の習性を依然として持っている。アチ仏母は出世の護法で、仏の果位を証して、輪廻を解脱した。アチ仏母は直貢噶舉の弟子を保護し、しかし直貢噶舉の門下に皈依してから直貢噶舉の弟子になる事ではない。直貢噶舉は二つの特色がある。一つは全ての経文、伝法はすべて上師の口伝により、もう一つは直貢噶舉の教法は特に慎み深くて、だから、もしそなたは教えにより従わないなら直貢噶舉の弟子というほどではない、アチ仏母はそなたに保護できない。

そなた達は顕教の寺にいって、「伽藍護法」と「韋陀護法」に奉る事を見えて、韋陀護法は実は天界の天帝で、特に仏寺、道場を護持する。伽藍護法は一般的な考える関公ではなくて、関公はただそのうちの代表の一つで、伽藍護法は特に出家者に護持し、しかし此処にいうのは仏法により、仏法に如いて、教えにより従う出家者である。

アチ護法は祖師のお祖母さんで、だから、時にはアチお祖母さんと呼ばれて、アチお祖母さんは子供に特に世話している。アチ護法を修める時には、極めて簡単し、ただ赤いお茶がよい。古代にチベットでは紅茶がなくて、全てプーアル茶を使う。嘗て、チベットには彼らは野菜の栽培が極めて困難で、ファイバー質と葉緑素を補充したいならプーアル茶に依頼していた。プーアルはち地名で、雲南には全ての茶商はプーアル茶を此処に集って、保存便利の為に、茶餅、磚茶になて、それから馬幇により青海、チベットに運送して行く。アキ護法はプーアル茶が好きである。護法を修め完了した後お茶は自分に或は子供に飲んではいけない、こんなに貪る事を学んではいけない。仏経には、仏に供養した物は最良で大地で捨て、衆生に布施して行く。現在、そなた達は都市にこのようなする機会がないで、それではお茶を捨てる事がよい、下水道の内にも多くの衆生がいて、それはこれらのお茶を飲まれて、護法に縁を結んでいく。

本来、リンチェンドルジェ・リンポチェは担当する弟子に供養金を対応し、全部関与することがなくて、唯不思議いリンチェンドルジェ・リンポチェに今回の事を知らせて、此れはこれ等の弟子は毎日にアチ護法を修める事がある。そなた達は如何なる仏法に関する事をして、道場に危害したら、アチ護法は時間によりリンチェンドルジェ・リンポチェに知らせる。だから、後ほどリンチェンドルジェ・リンポチェはアチ護法に伝えて、もし、リンチェンドルジェ・リンポチェに知らさせない弟子が法本を取ってはいけない。

そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェの伝法内容ははっきり聞かないなら、ほかの弟子に尋ねてはいけない。此れは彼らは上師ではなくて、伝法の資格がない。もし尋ねられる者は話したら、不妄語の戒律を破っていく。だから、はっきり聞かないならはっきり聞かない、罵る事を恐れないならリンチェンドルジェ・リンポチェに再度伺いを立て行こう。

2011年2月19日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、午後4時20分から夜8時40分まで、109名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

2011年2月20日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、台北寶吉祥仏法センターで、殊勝な観世音菩薩の灌頂法会を主催さらた。

法会開始前、ある皈依した女子弟子は尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に安産するように助けた過程、及び彼女が仏を学ぶ心構えの転換を加持したことを分かち合った。

彼女は初めて尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに来たのは2005年12月末であり、もう一人の兄弟子の紹介により、寶吉祥宝石会社へ上しにお会いしに行った。もともとは上師に、飛び降り自殺した義理の父を済度するため彼らの夫婦が施身法に参加することができるようお願いしたいが、しかしその時に因縁福報は十分に備えてないから、彼らは施身法に参加することを求めて貰わなかった。しかし貴重な「懺悔」という仏法録音を求めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは信者達への開示及び懺悔の仏法録音を聞いた後、彼女が深く懺悔したのは、もとは自分がふだん魚、肉を食べたことがすべて殺生しているのであり、そして自分が間違った事がなくて、自分が善い人だと思っていて、そのため、その時からすぐ彼女は夫と一緒に菜食精進料理を食べ始めるることを決めた。3年余り後に、2009年4月に、彼女は5ヶ月妊娠をしていて、夫と一緒に尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェ毎週ごとに開催する共修法会と毎月の施身法の法会に参加する事を求めていただいて、そして2009年7月30日に尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。

皈依した後の彼女は、ずっと仏法を自分の生活の中に溶け込むことができなくて、頭の中で、いつもこの事をやったら戒律をを破るかどうか、どの懲罰を受けるのではないか、といつも思っている。よく自分で神経を尖らせて、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが法座の上で諭したように、仏を学ばなくて悪くなくて、仏を学んでからかえって悪念がいっぱいあるような人である。2009年9月1日火曜日、既に彼女の出産予定日であるが、しかし下腹部はまだ重苦しくなっていなく、妊娠36週から39週まで、赤ちゃんの体重はずっと2500グラムぐらい維持していて、医者が赤ちゃんが腹の中で待つことがあまりに長すぎて、そして成長していないと危険があるのを恐れるから、いつも彼女に出産を促す時間を早く約束するように提案したが、しかし彼女の執着のため、出産を促すのは一つの自然な事ではなく、赤ちゃんによくなくなると思っていて、だからずっと赤ちゃんが自然なお産になることを待ちたい(その時の彼女の自分の心構えは皈依した後に、すべての事が上師の加護があるから、心配する必要がない)と思っている。

出産予定日の当日に至って、彼女と夫は寶吉祥宝石会社へ、尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに行って、彼らは上師に謁見している時、、ひざまずいて、上師に彼女を安産させるようお願いして。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に「安産」の定義が何だかと聞いた。彼女は自然なお産がすると答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲にとても長くて彼女を加持して、それから彼女に妊娠している期間に、酸っぱい物を食べることが好きであるかと確認した。彼女は確かに常にブドウ、サクランボ、柳丁((liu ding;オレンジと似ている台湾の果物)などを食べた。リンチェンドルジェ・リンポチェは続いて、赤ちゃんが酸っぱい食べ物が好きでないから、後期に吸収を拒絶して、そこで彼女に多く牛乳を飲むように提案して、彼女に下腹部がまだ落ちていないのではないかと引き続いて聞いた。彼女は、はいと言った。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を見ていて、もう信じたであろうと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは、彼女の母が寺廟に行って何かを求めたが還願をしていないのではないかと聞いた。彼らに家に帰ってはっきり確認してもらって再び来なさい、しかも7日以内ならば間に合うと言って、さもなくば医者の提案に従ったやらなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続いて関心を持って彼女に仕事がとても忙しいかと聞いたか。もうすぐに出産するのに、どうして家で休んでお産を待っているのではないか。地蔵経を唱えているか?彼女は毎日1~2品しか唱えないと答えて、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に、それは本当に少なすぎてまったく足りないと教えた。

帰宅後、彼女は急いで母に寺に求めた事が有ったのに、報わないかどうかと聞いた。母はしなくて、唯通常のように寺に平安を祈って、彼女の安産と自分が落ち着いて亡くなるだけと祈った。翌日彼たちは宝石店に行って、上師に母に聞いた結果を報告した。上師は母が必ず求めたと言った。彼たちに再び家へ帰って、はっきりに問い合わさせた。彼女は上師を信じて、上師が有ると言えば、必ず有った。必ず母は多く拝んだから、忘れた。帰った後、再び母に聞いたが、母の答えは相変わらず変わらない。それで、彼女は母を依頼して、土曜日に彼たちと一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁する。母も約束した。9月3日木曜日、彼女は上師の話に従って、休みを取って家で出産を準備した。結局その夜におしるしの出血が出た。彼女はとても上師の慈悲を感謝した。上師は既に自分がおしるしの出血を分かったから、自分に休みを取って出産の準備を指示した。おしるしの出血があったけど、腹は相変わらず痛みを感じなかった。彼たちは病院に検査を受けた時、医師は彼たちを見てびっくりに「貴方達は何故まだ産室に出産を促しなかっただろう。急いで行かないと胎児は大きくなくて母体に長くすれば、赤ちゃんに悪くなった。」医師は彼たちは急いで産室に行かせた。続いて、医師は超音波で胎児の体重と身長を検査した。彼女は家へ帰った後、リンチェンドルジェ・リンポチェの指示に従って、牛乳を多く飲んで、3日間しか経たないけど、検査の結果は胎児の体重が200グラムを増えた。

医師は彼女がおしるしの出血があったけど、すぐ出産できると限らないと言った。また強引に彼たちに早めに産室に入り出産を促し、そうしないと、検査の意義を失った。彼女は夫の心が尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは7日後安産しないなら、医師の指示に従うという教えを思っていた。胎児の体重が増えたから、彼たちの混乱する心を少し安定させた。それで彼たちはまだ産室に入らない。9月5日土曜日、彼たちは母を連れて、宝石店にリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の母に求めたかと聞いた。母は求めないと返事した。リンチェンドルジェ・リンポチェはしっかりに母を加持して、求めないなら出なさい。と言った。彼女の母は可笑しいと思って、上師の前に何故このような厳しいと言って、出ようと思った。しかし、彼女はすぐ母を止めて、上師の開示を求めた。慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェは母に何か求めただろうと言った。彼女の母は自分が年寄ってから自然に亡くなると返事した。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの弟子に聞いた。「鬼神を求めて、何を返さなければならない。」彼女は「命で返す。」と返事した。続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼たちの夫婦に次の三つの事を開示された。第一、出産を促しとはいいや悪いとか言えない。子供を安産できないのは彼たちが子供に借りがあると表れた。安産できるのは恩返しと表れた。第二、彼たちは福報が足りなくて、彼女の家族は善事を行わなかった。第三、彼女に迷信させなく、求められないと言った。また、彼たちは二人で皈依の心は間違い、縁起が悪いが、この事を発生して、彼たちに対して悪い事とは限らない。自分が仏を習う心を改めて検視すると言った。更に医師と出産を促し日付を決めるなら、再びリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁する。彼たちは上師に頂礼した後、宝石店の外で主治医に電話をかけて、9月7日月曜日朝八時に出産を促しを決めた後すぐリンチェンドルジェ・リンポチェに日付と時間を報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に彼女に一つ貴重な甘露丸を賜った。彼女にすぐ飲ませたと指示した。

9月6日日曜日の共修法会で彼女の腹は引き続きに不規則的な陣痛があった。9月7日朝2時くらい、始めて規則的な陣痛があった。出産の間に彼女は嘗て一度呼吸の方式が間違いから、上半身が全部しびれた。赤ちゃんも嘗て心拍を測定できなかった。その後、看護婦は点滴が空気に巻き込んだのせいと発見した。若し看護婦は遅く発見すれば、彼女は赤ちゃんとも命が危ないかもしれない。そのとき彼女は上師が法席で開示された生命無常を深く感じた。彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの大慈大悲及び加持を感謝した。全て出産の過程に危急の際で無事に過ごした。更に当日午後一時半に無事に出産した。出産を促せず、無痛分娩もしない状況で自然に出産した。出産の過程に彼女の気持ちは意外に落ち着いて怖れを持たなかった。彼女は上師が助けた事を深く感謝した。若し上師の加持がないと、自分が出産の巨大な痛みを向き合わなかった。若し上師の加持がないと、今日生きられないかもしれない。

産後の5日目、彼らの夫妻二人は赤ん坊をつれて尊貴な金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れて、上師は赤ん坊を抱いて慈悲で加持した、上師が慈父のように加持していたのを見ると彼らの夫妻二人はすべて深く感動された。あとで彼女の旦那さんはリンチェンドルジェ・リンポチェに赤ん坊の名前をつけるようお願いした。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らに仰った:「また求めに来い」。

出産したばかり彼女は全くママになった生活に相応しくなくて、また自分が産後憂鬱症にかかったと思った。産褥期間、彼女の夫はご自身にて5回上師に赤ん坊の名前つけを願ったが福報がないのでいつも求め得なかった。また両親は彼女に産褥期よく家にいて外へ行かさせなかったため、一ヶ月中日曜日の共修法会を申し込むことが出来なかった。あの頃、彼女は仏を学ぶ心が動揺されて、とても速目に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に助けと加持を忘れてしまった。彼女はとても苦しいと感じでまた夫に仏を勉強するのはあんなに苦しめるべきではない、仏を学ぶ前の方が割合に楽しくて、もう勉強したくないと言った。彼女の旦那さんは絶えずに彼女を励まして、10月04日年度大法会の準備過程と相弟子達の事を分け合った。彼女はとても上師の慈悲を恩に着た。赤ちゃんは間もなく満月になる一週間前、上師はとても慈悲である相弟子を通じて彼女の夫に赤ちゃんの名前が既につけたと知らせて、それに彼らに大供養をさせた。その時、彼女は大供養の意味を分からなくて、大金を供養すると思った。それで夫と供養の金額を相談した後、夫がお1人で宝石店へ上師に供養するのを願って、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らの供養を受け取らなかった。また彼らは心が間違って、上師に対して敬わないので、上師は彼ら夫妻に供養させないと罰した。

産褥期彼女は共修法会に申し込まなかったため、供養が出来ないと罰されて、また若手母親で、あのごろの気持ちは本当に大変複雑で苦しかった。しかしその時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの《快楽與痛苦》の本は出来たばかりで、彼女は家で本の中にリンチェンドルジェ・リンポチェのご開示を読んで、彼女の苦しみを解決した、彼女は自分が勉強し間違ったと分かった。痛苦の由来は自分の「心」で、自分が仏を学ぶ考え方を調整するべきだ。

2009年10月の4 日阿弥陀仏無遮大済度法会会場で、彼女は遠くて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが法会現場に入った人影を見ると彼女の涙は絶えずに湧き出して、自分が間違ったのを分かった!彼女は自分の愚痴と不信心を懺悔して、自分が上師に対して敬わないと懺悔して、自分の悪行を作る心がまだ仏を勉強したくなくて、いつも衆生のためを考えなくて、自分のことを考えばかりのを懺悔した。リンチェンドルジェ・リンポチェは修法の中に申された、ある一段の儀軌は衆生の変わりに諸仏菩薩に供養する。供養がなければ福報がない、福報がなければ仏法を聞こえない。彼女は聞きながら涙がもう一度つぶれた。上師は慈悲で衆生の変わりに諸仏菩薩に供養するのを恩に着た。それに自分は福報がなくて供養することが出来ないと懺悔した。

大法会が終った後、彼女と夫と一緒に上師に面会を申し入れて、子供の皈依と尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに供養するのを願った。リンチェンドルジェ・リンポチェが子供に皈依させて彼らの供養を受け取った時、彼女は恩に着て涙が流れきて、心の中に大変嬉しくて恩に着た。

尊貴な金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのご開示の通り、この事件の発生が彼らの夫妻によいで、自分の仏を学ぶ心を再び検討する事が出来る。現在、彼女は布施供養が仏を学ぶ基礎である事を始めて知って、彼女はずっと失ってから始めて珍重する。だから、彼女は皆に彼女の例により戒めとして、毎回上師に供養する機会をよく大切して把握する事を呼びかけた。リンチェンドルジェ・リンポチェは法座で「何か供養のでしょうか?お金が欲しがるのではなくて、却って上師仏菩薩の心を深く信じている」という開示した事がある。彼女は皈依したばかりの心構えを懺悔し、真に因果を信じないし、その上盲信するので供養心、恭敬心が始めて無くす。彼らは上師が弟子に処罰させると思っていて、ただ実は、上師が対象に応じて異なった方法で教育を施す。リンチェンドルジェ・リンポチェが居ないならば、彼女は仏法を学び得ない。リンチェンドルジェ・リンポチェが仰った唯平安、加護を求める魔女に成り易いである。リンチェンドルジェ・リンポチェは法座に皆が法会に多く参加する事を仰った事がある。此れは衆生の心が外在の影響により偏って行ける事が容易わけである。真にこのようです!彼女は自身が4回の共修法会を失ってしまったので、仏を学ぶ心も素早さ散乱して怠けてだらしない。ただ尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの仏法の薫陶の下、自分の仏を学ぶ心を始めて安定する。

母親になってから、彼女は「上師が弟子と衆生に母親のような慈悲で、父親のような厳しい教導である事は弟子と衆生の将来を考えて、弟子と衆生が再び間違える道を行く事を望まない」を一層に体得した。暫く前、彼女は1歳余りの子供を躾けていて、子供がとても腕白で水を倒れた。第一回目、彼女は罵って、子供に水を倒れる事が間違うを知らせた。第二回目、再度倒れて、子供に立ちを罰して、その上、子供に「申し訳ない、再び間違う事をしてはいけない」を教えた。第三回目に倒れた時に、彼女は怒って子供に立ちを処罰させて、手を打つ事をした。彼女のご主人を見た時に、子供に母親に「申し訳ございません」と話す事を教えた。彼女は子供に「私はあなたの謝りを求めない。あなたが改心をして再び間違う事を求める」と話した。彼女は此の話と言ってから、同時に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがこのような弟子に教導する事を急に感じた。上師の厳しい教法は衆生の為に、衆生が改正する事を望んでいて、輪廻に堕ちる業を再び犯さない、衆生の謝りを求めないのである。一方、彼女も体得し、自分が上師が仰る気丈さに上がって、難しい調伏させる地球人である。身をもって範を示すことがなくて、教法によりしっかり従う事もない、子供をよく躾ける事があたえまえ無理である。彼女は「尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲と大智慧、わすことをいとわなくて、絶えずに衆生に勧めて教導させて、仏法事業のため、自分のお休み時間が殆どない。衆生を済度時間は普通人が認知の24時間を既に越えて、が、依然心を尽して、何も文句がないし、私心のない奉献で、一切衆生に絶えず利益する」をさらに感服して賛嘆した。彼女の心の中には、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが菩薩の化身である。

彼女は尊貴な金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の愚痴を憐憫する事に感謝し、その上、彼女の間違う仏を学ぶ心構えを指摘させて、同時に殊勝な仏法を以って彼女に自分の仏を学ぶ心を修正する事を教導してくれた。この世に具徳なる修行する金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにあって、本当に珍しくて、彼女が完全な大切しなければならない、上師に確り従っている。上師は彼女に何も求まない事を仰ったが、彼女が此処に自分が仏を学ぶ心を固める事を上師に求めて、ある日に自分に輪廻の苦海を離れてくれる事を除いて、一切の有情衆生に利益する事が出来る。その上、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが尊身安康で、法輪を常に転じる事を望んでいる。

尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェは今日大衆に殊勝で得難い観音菩薩灌頂を与えて、そして先にこう開示した。皆は潅頂を受けた後、どんな能力があると思わないでください。潅頂は1種の授権であり、そなたにある本尊の法門を修めて成就を得る権限を授ける。密法は顕経ととても大きな相違の一つは、ある密法を学ぶ前に、一名具徳の上師が潅頂して観想と呪文を口伝して与えて、それから始めて弟子は上師の教える方法に従って修めることを始めることができる。いわゆる具徳とは道徳を指すのではなくて、功徳を備えることを指すので、具徳の上師は既に本尊と相応できるまで修行した行者を表す。呪文は本尊の功徳、願力、慈悲の総集である。潅頂という言葉は古代にから伝われてきて、国王が王子に王位を受け継がせる時、きれいな水で、王子の頭の上に注いで、王子に権限を授けて国王の権力を得ることを代表する。

多くの人は仏法に対して誤った見解を持っていて、仏法を大切にすることが分からないで、自分でお経を買って見たいときには見ることができると思っている。或いはテレビ、ラジオを開けてある人がそなたに言ってくれると思っている。もしそなたに仏法がそなたが知りたくても必ず知るものではないと言う事を教えると、一部の人は「そうですか。仏法は慈悲を言うのではないか。」と言って、そして知りたいのに知る事をさせないと、慈悲でないということをを批判する。仏法はそなたが聞きたくて耳にすることができるのではなくて、仏法はちょっとお聞きして、或いは教えてもらうのではなくて、それは恭しく「求める」ことであり、もし仏法を希求する心にて求めないと、求めてもらうことができない。一部の人が法会に参加しにきて、誇らしい心構えを持っていて、そなたが何を言うかを聞きにくる。自分が以前耳にしたのと異なる所があるかどうかを聞きに来る。もし異なるところがあれば、そなたが間違えて説明したのではないか。これらはすべて仏法に対して恭しくない。仏法はそなたに理解させて、そなたに研究させて、わからせるためではなくて、そなた達はわかって、理解すると言う資格がなくて、仏法は悟るのである。そなた達は悟るまでやり遂げることができないから、専念の心でさえ聞けば済むのである。それぞれの上師の因縁は異なって、彼の仏法を伝授する方法は同じではなくて、そなたの縁は何であり、どのような上師に出会うことについて、比較しないでください。

釈迦牟尼仏はボダイジュの下で成仏したじにこう諭した。衆生と仏がすべて同じ本質が持ち、すべては成仏する条件を備えるが、しかし、どうして衆生がまだ成仏できないか。その原因は大衆がまだ悟りを開いていない。そこで釈迦牟尼仏は初めて法輪を転じて、衆生に仏法を教える事を始めた。その時、一名の天道の天帝が祈り求めて、釈尊はようやく説法して大衆を度することを始めて、最初は当時に釈迦牟尼仏に追随した5名の外道が学習しているお付きの者に仏法を伝えて言ったのである。

仏を学ぶのはそなたの事を順調に進んで、気持ちが落ち着いていて、性格がよくなるようにさせるためではない。実はもし自分の性格をよくなるならば、仏を学ぶ必要がなくて、教養は良くて、性格も自然に良くなる。教養が良くなるため、多く本を読んだら済んで、孔子の経典の中では、そなたに身を処する道理を教えることがたくさんあって、カトリック教や、キリスト教や、イスラム教も同じく心身を教養する方法があり、別に仏を学ぶ必要がない。仏を学ぶのは自分が生死に解脱することができるためであり、更に、一切有情衆生に利益を齎すことができる。お金を寄付したり、ボランティアをしたり、読経したりするのは修行していると思わないでください、仏を学ぶ者は因果から事を見る。多くの人は皈依したことがあり、お経を読経して、法会に参加するのが修行していると思っているが、事実上、仏を学ぶのは自分の行為を点検するのに用いるのであり、他の人の間違いを点検するのに用いるのではなくて、もしそなたは他の人が間違いがあるのを見る時に、実は自分が間違いがある。修行は単純に良くない行為を改正するのではなくて、真な修行とは自分のすべての輪廻に落ち込むことを引き起こす行為を改正するのである。

顕教と密法は修行する方向の上で多少異なって、顕教が因地から修めて、密法が果地から修めるのである。顕教の経論は仏法の道理であり、顕教の理論は世の中のすべてが因果で来るので、善と悪は全て業報があって、全ては輪廻しなけれなならなくて、だから果の因を探し出して修行して、そして良い果を得ることができる。人は一念無明のため輪廻を始めて、そこで顕教は因地から着手して、輪廻を齎すすべての原因を断つ。人生があまりに苦労をかけるため、多く善行をして、多く善行の力を積んで自分の未来を変えるためであり、だから六波羅蜜から修行して、すべての善因は善果があるから、しかも24時間に中断せずに修行しなければならなくて、このような修行する方法はとても長い時間を必要として、そなた達の在家する者はやり遂げにくい。金剛乗の密法は果地から修めて、衆生が仏陀と同じにすべて同じ仏性を持つことを知っているため、すべて成仏する条件を持っていて、顕教の理論の基礎を通して、その上方法を運用して直接にそなたに修行して成仏する方法を教えて、このように法を修めるのは比較的に高速であり、しかし弟子の要求に対して比較的に厳格である。高速と言っても、1年、2年、或いは5年、10年に、果を証得できるのではなく、しかし六波羅蜜から修行し始めることを比べて、これはとても速い。快速のため、そなたに速く助けるが、反対に、もしそなたの心が正しくないならば、そなたへの傷害も大きい。金剛乗は仏仏して衆生に利益する心が金剛のようにしっかり破れてはいけなく、金剛乗を批判しないでください、そなた達がまだ習得することができないためである。密法はとても貴重である。

私達の体は累世に作った善業と悪業が結合して業報身になり、業は良いものあり、悪いのもあり、善と悪業は全て私達を輪廻に落ち込ませる。自分のこの体のため「私」の観念があると感じて、とても自分が傷害を受けるのを恐れて、そのため悪を犯してこの体を保護しにくる。どのようにこの体を使って仏を学ぶのか、必ず一名の具徳の上師に頼らなければならなくて、そなた達の幼い時から成長するまで勉強した過程のように、すべてが試験を通すので、一級一級に上がって学んでいく。仏を学ぶのも同じで、上師が教えて、本当にこの体が別に真な私ではないことを知っていて、上師の監督を経由して、本当にようやく私達に輪廻させる行為を改正することができる。業は1種の力であり、ほんの少しの悪業さえ行うことができなくて、ほんの少しの悪業を行ったらほんの少しの悪の力を残すため、それで輪廻しなければならない。そなた達は報身仏と法身仏に会う資格がなくて、そなた達は凡夫であり、だからただ化身仏――つまり上師に頼りそなた達を教えるしかない。

ある人は大悲呪を唱えてから、夫の不倫の対象が離れてしまって、子供は言うことを聞いて読書して、自分の事業は順調になることができると思っているが、しかしこれはすべて誤った考えである。上師の潅頂を受けたことがないで呪文を唱えると、そなた達に縁を結ぶようにさせるだけである。

仏を学ぶのが最も重要なのは慈悲であり、慈悲は全宇宙の最も偉大な力である。慈悲は別に小さな声で話をして、多くのお金を寄付して、善行をするのではない。慈と悲は二つの事であり、慈は自分の最も良い物を衆生の苦痛と交換して、悲は衆生に輪廻の苦海に超拔するように助けるのである。もしも慈悲の心まで修め得ることができないと、たとえどんなに読経しても仏像に礼拝しても、すべて効果は起きない。今もしそなたはまだ他の人の多くの間違いを見て、事をする時にただ自分だけを思い付いて、私利私欲で、すべては慈悲の心がない。そなたが他の人が間違うと感じる時に、自分が傷つけられると感じるから。しかし慈心は自分の楽しみを衆生の苦痛と交換するので、なぜ自分の感じが傷つけられたことに気にかけるのか?

ある人はこの人がとても発心することを言うが、しかし発心するのはそなたがいくらのお金を寄付することを表すのではなくて、それは慈悲心、菩提心を発するのである。まずは慈悲心を修めてから、更に菩提心を修行することができて、慈悲は菩提心の基礎である。真に菩提心を修めている人は「私」の存在がありえないので、甚だしきに至っては自分が以後に悟りを開くことができるかどうか、生死に解脱するかどうか、成仏するかどうかと思っていない。ここで慈悲を修めて、私の存在が無くてと言ったが、そなたの家のものをすべて持って他の人に送りに行くのではなくて、これは慈悲ではなくて、愚かである。だから慈悲心があってから、まだ知恵を修行しなければならない。ただ慈悲だけがあり智慧がないと修め得ることができない。そして、菩提心は世俗菩提心と勝義菩提心に分けられている。今まで「リンチェンドルジェ・リンポチェに知らせないください。リンチェンドルジェ・リンポチェが罵るのを恐れるから、」という話を言う人がまだいる。このような考え方がある者、上師に罵る事をおそれる者は、良く直したくなくて、上師を信じない者である。これらはすべてとても悪の行為である。罵る事を恐る人は、自分の行為を改正したくなくて、まだ悪をやめることをしたくない。もしそなたは上師がそなたのため罵ると思うならば、そなたはまた罵られるのを恐れるか。罵られるのを恐れる人はまたたいへん自分の感じを気にかけるのである。たいへん自分の感じを気にかける者は欲求の重い人である。多くの人はすべて上師が罵る方法を使うのがあまり好きではない。しかし《仏子行三十七頌》は嘗て、たとえ3千大千世界に無実の罪で訴えられても、私達はやはり大事なお客を取り扱わなければならない、と諭されたことがある。まして更にそなたの仏法をそなたに教える上師がそなたをののしるように教えるのはなおさらである。上師の息を生む人はすべてとても悪である。

旧正月に寶吉祥仏法センターは一日中法会があった。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に参列者及び弟子が外食すれば、難しいと同情したから、特に菜食料理のレストランを経営している三名の弟子を指示した。一緒に1000名の法会に参加した大衆のために、台湾元100元の弁当を用意した。その中に二名の弟子は教えに従って、100元の弁当を用意した。他の一人はお正月にコックに金を多く払うから、弁当は赤字になる。彼女は自分が弁当を作って、赤字になれば夫に叱れる事を恐がった。しかし、彼女は夫を恐がる人ではない。その後無理に100元の弁当を作ったけど、使った食材は大変に少なくなって、内容と量はすべて減らして、多くの人はこのせいでお腹いっぱいになっていなかった。このような人は仏を習う資格がない。リンチェンドルジェ・リンポチェは道場に仏法を説いた時しか聞かないが、彼女に弁当を用意させるのは仏法ではないと思って、商売の事を聞かない。彼女は弁当を作るのは一般人に食べさせて、リンチェンドルジェ・リンポチェに食べさせないと思ったから、赤字経営が出来ない。しかし、自分がお正月の昼皆のために弁当を用意して、皆に安心に法会に参加する事はとてもいい事ではないかと思わない。彼女に機会を与えて、布施し、福報を累積させるのに、彼女は大事に持っていない。たとえ赤字経営しても、大金を損失しない。彼女のレストランは他の二人弟子より規模が大きくて、お金が持っているが、他の二社は出来たのに彼女は出来ない。自分の兄弟子さえ弁当を用意しても損ないたくない、衆生に布施しない。このような貪婪な人は如何なる慈悲を修めるだろう。

彼女は自分が当初リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した時、体は病気があり、精神も問題があり、家庭内も問題があり、娘は自分の話を聞かず、レストランの商売もうまく行かなかったと考えず、今はリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に全部の問題を処理させたが、彼女は始めて計算した。この弟子の菜食レストランは彼女がまだ皈依していない時、リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て食事した事が有った。しかし、彼女は皈依した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは行かなかった。それは行くと、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェのお金を受けない事を恐れた。そうすれば、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を借りた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女は計算が高い人だと分かった。わざとこの機会を利用して、彼女を試した。結局試すと、正体を現した。リンチェンドルジェ・リンポチェはわざと元宵節を経って、正月明けに今まで彼女を叱った。彼女は自分がもう終わったから、大丈夫だと思った。このような弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェは如何なる彼女の供養を受けるわけではないだろう。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは全ての弟子を指示して、この弟子が経営しているレストランで食事出来なくて、家族や友達に紹介して食事に行けない。更にこの弟子の供養も受けない。道場も彼女の供養を受けない。

菜食レストランを経営して、有機野菜を植えるのは善事すると思った。皆に菜食させて、農薬を食べられない。毒素を含める物を食べるかどうか各人過去世の因縁だ。有機野菜を食べると毒素を含めない物を食べないとは限らない。汚い食べ物を食べる人は累世嘗て他人に毒がある物を食べさせた。レストランを経営して、有機野菜を販売すれば、若し顧客が菜食を食べず、顧客が有機野菜を購入したくないなら、そなた達は生きられるだろう。そなた達は顧客を感謝しなければならない。顧客は購入するから、そなた達はお金を儲けて、経営できる。つまり、感謝の心で顧客をサービスして、傲慢に自分が善を行い、いい事を行うと思わない。そなたはレストランを経営する目的は無料に食べさせない限り、善事を行いと言われる。

灌頂は一般人が勝手に行えない。必ずリンポチェの果位を修めないと、灌頂が出来ない。更に修行者の力及び福報を多く消耗しなければならない。この前ある出家衆は噴水器を持って彼方此方で水を撒き散らしたと同じではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に灌頂を与えるため、朝に苦労で予備法を修めた。その中に供養、加持など儀軌を含めて、多くの事がある。そなた達の言葉で言うと、自分にエネルギーを蓄えるから、十分の福報があって、そなたに与える。

しかし、灌頂とはそなた達が思ったように、灌頂を受けた後加持を得て、体が健康になって、子供はよく勉強ができる或いは婚姻は幸せになるではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは昔にとても親友が有り、即ちリンチェンドルジェ・リンポチェに直貢チェツァン法王を紹介された人だ。自分も占いも出来て、台湾に於いてとても有名な人だ。彼は一生に灌頂を1000回以上受けたが、最後時に在らずして死んだ。それは彼は一人の上師に従い一つの本尊を専念に修めないから。灌頂があるから守られて、修行は必要がないと思った。

多くの人は自分が家で仏を唱えればいいと思った。更に他人にある経を唱えるならいいと伝えた。此れは全て法に従わなく、役に立たない。一つの法門を修めるなら、必ず上師が灌頂、口伝を通して、この法の生起次第及び円満次第の観想を伝授しなければならない。そうすれば、修行は役に立つ。チベット仏教は顕密を含める。顕教の部分は公開に仏法を説ける。しかし、密法の部分は公開に説かれない。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの前に阿弥陀仏、観音菩薩及び蓮師三つの法門を修めた時、嘗て加持されたが、若し生起次第と円満次第の修行を通して、身、口、意はまだ解脱できないなら、法本は間違い。勿論法本は間違いではない。たとえ灌頂を得ても、その後そなた達は上師の教えに従って行えないと出来ない。若し修めないなら、勿論効果を得られない。しかし、そなた達は年寄れば、上師が観想の法門を伝授した時、生起次第と円満次第に至るまで観想できないなら、上師に十分な信心を持って、上師を信じて、亡くなる時上師をしっかり思うなら、同じでそなたに三悪道に堕ちさせなく、浄土に行く可能性がある。

法会が始まる前、ある新皈依の弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェの休憩室前にリンチェンドルジェ・リンポチェに求めて、観音菩薩の法写真を開光する。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの弟子に何故昨日道場に開光を求めなくて、今日まで求めると聞いた。弟子は土曜日に仕事するから、道場に来る時間を空いてないと返事した。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの弟子に開示された。「貴方達しか仕事しないだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは毎日仕事していて、毎日時間を空いてないから、貴方を助けて、開光できない。」そなた達は皆上師及び諸仏菩薩にそなた達の都合を合わせて、満足させて、喜ばせる。そうすれば、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の会社の下で彼女を待たせて、法写真を開光させるだろう。そなた達は皆計算して、社長に給料を下げる事を恐れる。このような自分の利益を気になれば、如何なる修めるだろう。そなた達は仕事している時、誰が休みを取らないだろう。そなた達は皆仏法を副業として見て、仕事は本業だと思った。実は世間に於いて、仏を習い、修行よりもっと重要な事ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェの本業はリンポチェであり、他の事業は全て副業だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは笑っても怒っても叱っても全ては衆生を利益するためである。

ガムポパ大師は嘗て説いたが、金剛上師は密法上に成就があると、弟子が多くなる時、即ち業力の始まりである。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの二人の弟子が現れた。一人は布施をせず、一人は上師に自分の都合を合わせた。現在多くの人は仏法を誤解して、上師と出家衆はそなた達の欲望を満足しなければならない。そなた達は仏法を聞きたいなら、そなた達に説かなければならない。そなた達に喜ばせないと出来ない。ある言葉「恒順衆生」と言われたが、永遠に衆生の要求に従う事ではなくて、衆生の因縁に従って行う。現在上師はこの弟子の縁に従って、彼女は仕事して時間が無いと言えば、リンチェンドルジェ・リンポチェは毎日仕事しているから、彼女の法写真を開光する時間がない。

若しある信者は私は何が出来て自分の父母を助けると言えば、この信者はとても傲慢で愚痴と表した。そなた達は何が出来るだろうか。そなた達は何も出来ない。若し何が出来ると聞けば、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ずそなたに大礼拝をさせる。多くの人は自分が出来ると言ったのに、した後次回は姿が現れない。

続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは始めて殊勝な観音菩薩灌頂を修めた。始めて、前行を修めて、発心及び供養を含める。更に宝瓶を加持するなどして、マンダラを差し上げる儀軌を行った。灌頂する前、そなた達は仏を習う動機はとても重要だ。何故灌頂を受けるだろうか。若し自分の体の健康、家族の幸せ、事業の順調になれる心で灌頂を受ければ、得た利益は極めて小さい。この事は仏法に関わらない。仏法は全ては因果法則であると言った。若しそなたは灌頂の動機が生死を解脱し、衆生を利益して、仏果を成就するためなら、得た利益は極めて大きい。だから動機はとても重要である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは大衆を引率して、法本の中の祈請文を唱えた。また、灌頂を受ける時、間違い心を開示された。《釈明論》の中に傲慢、不正信、仏法に希求しない心、外散、内収及び疲厭などこの六つの心で法会に参加すれば、法会に参加しても役に立たない。若し仏法を理解したく、好奇心をもって参加してみような心で、他のリンポチェを比較して如何なる違うと思うと、此れは傲慢の心だ。そなた達は理解する資格が有るわけではない。唯聞く資格しか持ってない。正信とは衆生及び仏は皆仏性が有る事を信じる。だから、仏と無二無別であり、上師及び諸仏菩薩は必ず我々を助ける事を信じて、仏が教える事は自分が必ず出来ると信じる。自分を利益できて、生死を解脱できる以外、衆生も利益できて、衆生に解脱させる事を助ける。仏法に希求しない心とは仏法は必要がないと思って、仏法を求める心を持ってない。法会に参加するのは仕方がないと思って、それは来ないとリンチェンドルジェ・リンポチェに叱られるから。更に法会に参加するなら、映画に見るより安いと思う。此れは全て正しくない心である。

外散とは心が外部へ散ってしまって、側に起こられた事に反応された。例え、子供が泣いた声を聞くとすぐ見に頭を回って、側の者が動くと自分が影響されたと感じるとか全て外散である。他人の動き、子供の泣きはそなたと何の関係があるか?そなたの心が動かなければ、これら事柄はそなたを影響することが出来ない。そなたの心が動いたので、これら外境に引っ張られた。内収は即ち昏沈であり、心が閉めて、耳に入れなくて、心は全て落ち込んで、上師が仰った仏法を受け取れないのである。疲厭とは上師のご開示、修法がもうすごく長いと思って、早く終ると望んで、お体がとても疲憊で、足が非常に痛くて、足を抱いて、手を胸の前に抱くなどである。人の心はとても目、耳、鼻、舌、身、意など外境に引っ張れる。それで側の人が動くとそなたが影響されて心が不愉快を生じた。

法を聞きながら心が「そなたが何を言ってるか?このようだか?本当か?」と思った。こんな考え方がある者は即ち仏、上師が全て仰ったものを信じない、痴を犯して、畜生道に堕ちようとする。但しこの世仏を学んだためペットになり、人に犬息子、犬娘のように抱かれて、或は寺院に住んでいる畜生になって、もう一度仏法を聞こえるチャンスがあった。この宇宙、この世界には仏法がなければ衆生は生存していくことが出来ない。

灌頂を与える前、一、我らは必ず自分が仏と同じな本質を備えると信じる、二は自分が上師と仏が全て教えてくれた生死を離脱する事が出来ると信じる。三、自分を利益する以外、それに衆生に利益するのを修め得ると信じる。信は一切功徳の母である。ついで灌頂が始まり、そなた達はそなたの心を静かさせる。

今日伝える観音菩薩灌頂は、釈迦牟尼仏が伝えた続部密法で、8萬の4千の法門の精要である。金剛乗密法の中の無上ヨーガ部には父続、母続と不二続に分けて、今日灌頂を通じて伝えた観音菩薩の心続は四部の無上ヨーガ部の中に成就道と解脱道の道、果、因を証得出来て、終に仏果を証得する。「成熟道」とは、この法門を一心に修めるならば、資糧福報及び善根を累積する事が出来るので解脱道に行ける。未来生に金剛乗密法を修行する機会があって仏になる可能である。

身の灌頂は累世の一切身の垢染と習気を清浄することが出来て、顕空双運の修行を通じて、悟化身仏を修め得る因縁を得て、語の灌頂は、累世の一切語の垢染と習気を清浄して、生圓聞空双運の修行を通じて、法身仏を証得する因縁を得る、意の灌頂は累世の一切意の垢染と習気を清浄して、心性秋空双運の修行を通じて、法身仏を証得する因縁を得る。

意の灌頂を与える時、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは特に皆に注意させた。先程法本の中に説いた通り、今日の灌頂は只暫く皆のため仏を学ぶの障碍を取り除く。以後続けて仏を学ばなくて、自分の行為を改めなければ、今日の灌頂は何の役にも立たない。今日の観音菩薩灌頂を通じて、金剛乗上師と弟子の病魔、罪障を取り除いて、財産と名誉を隆盛して、一切障碍を排除して、終に観音菩薩の果位を証得することが出来る。そなた達は障碍を排除する能力がなくて、それで仏は彼の福報と功徳で、これら障碍に暫くそなた達を離れさせたが、永遠除去するのではなく、これからやはりそなた達の修行による。灌頂することを通じてそなたの身、語、意の罪障を清掃したが、そなたが悪業をすれば、これらの障碍はまた戻ってくる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皆を引き連れて祈願文を唱えた。その中に特に述べた:全ての善根と財産、身、口、意をまったく上師に供養して、僅かな部分は自身が受用する。それに、上師と本尊の加持の下に、何時までも上師に依止して、生々世々弟子になると祈請して、上師が隨意に私を差し遣わせて下る。何故全ての善根と財産を上師に供養するか?我らの一切は全て上師がある次第に得て、我らに仏法を教える上師がなければ、我らは仏を学ぶ事が出来ないので全部善根と財産を上師に供養する。しかし、やはりある一部が成就の形式で戻ってきて自身に受用させる。法本の中に供養の重要性を言及したが、愚痴のそなた達が使う必要のため、法本の最後にまた書いてあり、少しをそなた達に使わせる、だから供養する事に恐れるな。

灌頂を受け取った後,上師と弟子の関係はもう一般的な上師と弟子とのではなく、金剛乗上師として、生々世よ仏になるまで弟子を世話する。法本の中に説いた:生々世よ弟子になって、私を隨意に差し遣わせて下さる。上師が隨意に差し使うとは、簡単に言えば、「言われたとおりにするだけである」それより、そなた達は灌頂を謹んで守るべき、即ち皈依した時上師に承諾した、一生懸命仏を学んで、自分と衆生を利益する。

灌頂が円満で、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座を降りて自らで皆に加持して、それに甘露水を賜った。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分が年を取って、手の腕の関節の故障と問わず、始めから終わりまで宝瓶を持って,次から次へすべての信者と弟子に慈悲で加持した。今日はおよそ1300人参加して、リンチェンドルジェ・リンポチェは全く自分の辛さを考えず、老人、赤子、車いすの利用者或は重病横にかける者を問わず、すべて自らで皆のそばに行って加持を賜った。皆は長く跪いて待っていて、出家弟子が引き連れる下に六字大明呪を唱えて、恭しくて珍貴な加持を受け取って、心の中に十分恩に着た。リンチェンドルジェ・リンポチェはあんなに尊貴なのに、いつも無私で自分の一切を衆生に与えて、多くの弟子がリンチェンドルジェ・リンポチェが辛くて会場を回って加持するのを見て涙は思わずに流れて着た。リンチェンドルジェ・リンポチェは道場での皆に加持した後、また特に道場を出て、門外で多くの誤ちを犯して道場に入らない弟子達に加持した。リンチェンドルジェ・リンポチェの心は弟子達皆に心配を掛けて、誤ちを犯した弟子達がリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲加持を賜って、さらに涙ぐんでいた。

円満に灌頂した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは続いて申された、今日皆のため灌頂を与えた。皆が自分の身、口、意を良く守って、もうなんの悪もしないように望んだ。さもないと今日得た加持はすぐ消えてしまった。皈依しない者はもう肉食べないように希望して、我らは誰でも生まれつき仏の本性を備えて、まだ肉を食べればもう来ない。リンチェンドルジェ・リンポチェは全ての仏経と法本を読んだが、チベット仏教は肉が食べられることを見たことがない。チベット仏教は菜食する、800何年前、チベットは少し草も生えなくて、菜食するのはとても不便だった。しかし直貢噶舉派始祖ジッテン・サムゴンは菜食で、ミラレバ尊者こそ、尊き直貢噶舉法王も菜食である。あるチベットのリンポチェが肉を食べるのをもう言わない、あれは彼のことで、そなた達とは関係なく、個人したことは自分がその因果の責任を取る。ある法本の中に密法儀軌では肉を供養することがあり、あれは同じではなく、そなた達のような根器者がすることではない。肉を続いて食べれば、欲望がすごく重いとの現われで、仏経が述べた衆生の肉を食べると慈悲の種を断つ。慈悲がなければ、どんな多くの経文、呪文を唱えてもそなたが生死より離脱することには役にたたない。菜食して、皈依して、法会に参加して、呪文を唱えるのは修行だと思うな。呪文を唱えるのは修行ではなくて、魔も呪文を唱える事が出来て、鬼も呪文を唱え、只呪文を唱える心はおなじではない。重点はそなたの心で、慈悲心、菩提心で呪文を唱えなければ10遍、100億遍六字大明呪を読んでも少し人天福報しか蓄積できない。そなたが生死より離脱することには役にたたない。

灌頂を賜った後、リンチェンドルジェ・リンポチェがまた観音法門の生起と円満次第の観想、尚六字大明呪をそなた達に伝える。こうして六字大明呪を読むことはやっと役にたった。これもリンチェンドルジェ・リンポチェが前そなた達に申された、灌頂を通じなくて呪文を唱えるのは不如法である。皈依しないについては、まだ肉を食べるのは、リンチェンドルジェ・リンポチェは観想をそなた達に伝えるはずがない。

そなたの皈依弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェの法写真を全て持っている。常に、誰かが何か事柄が有ったら、リンチェンドルジェ・リンポチェの法写真に礼拝したり祈ったりする事をしても役に立つと言っている。現在、リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子は多くの国に居て、オランダ、イギリス、アメリカには全部が居て、現在、ニュージーランドでも居る。こちの太陽を落下してから、直にそちの太陽に上がっていく。地球に随時にある者は法写真に祈る事がるので、リンチェンドルジェ・リンポチェが真に24時間にお休み事をしてはいけない。何故そなたにリンチェンドルジェ・リンポチェの法写真を与えるのでしょうか?此れはそなたに毎日にずっと求めるのではない。そなた達は毎日に見て、毎日に求めるならば、リンチェンドルジェ・リンポチェも疲れすきる。そなた達は福報が足りないので、仏菩薩の法身と報身を見えない、が、化身仏像が各々時代背景により違い外形がある。ただ伝法の上師により、上師との交流の過程によりそなた達に上師の様子をより容易で考えて覚えさせる。そなた達にリンチェンドルジェ・リンポチェの法写真を与える事はそなたに往生する時に上師の様子をしっかり覚えてさせている。

ある人はリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来て、助けを要請し、ただ菜食をしない者であれば、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼に助けたくても、制限がある。此れは何故でしょうか?まさか彼を助けて、彼に身体いよくさせて、食欲をよくさせて、彼にもっと肉食を食べて続けさせて、もっと業を作らせるのでしょうか?そなた達は人生無常を信じなければならない。この前、ニュースの報道である大学生が山登って、山岳遭難で助けてもらった。また一週間後、再度山登って、今回が死んでしまった。ある者は此れは運が悪いと言う。此れは死亡無常を信じない。そなたの運気は良いか良くないか、これもそなたの自身が作って得る。ある者は相手と別れたので二日に泣いていて、しかし、彼は両親が往生したので泣き崩れた事を見られない。別れて泣く者は欲望が重い、欲望とは男女欲情を指す事ではない、却って占有の欲望です。此れは台湾の愛情小説が最も物凄いかもしれない、だから、そなた達はその内容を信じている。

皈依する時に、皆に「法に皈依して欲望を離れて尊貴になる」を教える事がある。欲望を離れる事が出来たら尊貴を始めて得る。そなたが誰と付き合って、誰と眷属になる事はこの因縁がある。人生の全ての事は因縁で来て、因縁で去って、行きつ戻りつ永遠ではない。縁が果てて、完済したら始めて離れる。別れて泣く事とは無常を信じない、死亡が影のように従う事を信じていない。人々は絶対に死ぬ、が、多くの人々は考えたくない、この最も重要な事を対応したくない。人々は自分が去る時に多くの苦しみを受ける事を信じていない。釈迦牟尼仏陀が善逝する事と言って、此れは彼が既に生死を悟った。死亡は彼の生理、心理が既に何か影響させる事が出来ない。仏を学ぶとは最も重要なのは我々に死亡する時如何に業力の牽引でよくない道に行くを受取らせない。如何に正確な道路に向かう事が出来る。

眷属が既に居る者は、帰宅して相手に清浄法を修めるので、分かれて寝る事を言ってはいけない。「寶積経」には眷属縁があれば眷属の要求を拒否出来ない。もしそなたが出家出来るならば、早い出家し、今までに待つ事が無理である。もしそなたは子女が以降に出家する事を心配ならば、これも余分で、時間に至るならばまた言いましょう。かつてある者は出家する時に、剃髪してくれる法師は出家者に「債務が完済するのでしょうか?」と確認する。此処に指すのは情の債務である。出家してから情債が気にしないでも構わず事を考えてはいけない。完済しないならば、来世によじる事が出来て、そなたが好く修める事を除いて、この世を終ってから浄土へ行く。もし債務を完済してから、自ずから分かれる。簡単に言えば、一切が縁に基づいて活きている。そなたは随縁ので、なにも拘らず気にしない事も出来ない。このような消極的な心構えも出来ない。

出世法がうまく修めれるならあ、世間法が悩みがない。自分の死亡大事は上手く対応する者であれば、世間に何も上手く対応できない事がない。出世法を修めるのはそなたにそなたの家庭、ご主人、奥様、子供を離れるのことではない、却ってある堅く出離心を持たなければならない。三界の輪廻の家を出離しなければならない。そなたはただ入世法で修めるならば、無常が来たら、そなたがとても苦しんで、此れはそなた達が何も放され下げることができない。業障とは悪業だけではなくて、善業、悪業を共にそなたに仏を学んで修行する事を障らせられる。お金を多く過ぎる者は彼に仏を学ぶ事も困難で、ただ楽しむ事をしたいと考えている。最も貧しい人腹を詰め込む事も困難で、彼に仏を学ばせる事も無理です。家には何か良くない事があったら、これ等の事に感謝しなければならない、これ等の事があるので、そなたに仏を学ぶ事を催促させる。一部の人々はお正月に家族が集る楽しみ事が人生の最も楽しみ事をと思っている。時間は速く過ぎて、先ほどがお正月だけえ、今迄には既に2週間余りで、我々はまた一部の仏を学ぶ時間を減らす。時間は留まる事が出来ない、そなたに待つ事をしない。

そなた達は急難がある時に、時折でリンチェンドルジェ・リンポチェに求めてきて、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に助けてあげる。これから自分によらなければならない、全てリンチェンドルジェ・リンポチェに置かす事を思ってはいけない。もしこのような出来るならば、リンチェンドルジェ・リンポチェはこのような苦労して修行する事もいらない、全て直貢チェツァン法王に置かす事も十分である。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢噶舉教派の為に多くの事をして、教派には数百位のラマ僧がリンチェンドルジェ・リンポチェの話に従って、リンチェンドルジェ・リンポチェはただ彼らにお金をくれて、彼らに毎日にお経を唱えてリンチェンドルジェ・リンポチェにくれる事が十分だろう。しかし、このような簡単である事が無理である。

潅頂してから、教法に従ってしっかり実践し、仏法を生活に実行して行く。自分が遣り遂げる事が出来ない、したくない者は、そなたに1千個、の1万個の潅頂をしても役に立たない。リンチェンドルジェ・リンポチェは発心して金剛乗を学ぶ時に社長さんから一日に急に貧乏になって、ご飯をしても出来ない。リンチェンドルジェ・リンポチェは極めて嬉しくて、此れは直貢チェツァン法王の加持の下、貧困の報いは告げて、ただ1年の時間で完済した。この世に貧困になる事は全て自分が作って、累世に布施供養を上手くしないで、或は他人に供養する事を阻止し、この世に貧乏の果報いがあり、何も怨みを言う事が要らない。リンチェンドルジェ・リンポチェは当時に事業が失敗すると、すぐクレジットカードを全部切って、小切手は裂いてしまって、自分に如何なるもっと多く欠ける機会をくれない、全部ゼロにに戻って、最初から行く。一部の人々はこのような状況をあったらクレジットカードでつかってから再度カット、或は小切手で作って、現在の問題を解決してしまう。然し、そなたはクレジットカードを使って費用を払わないなら、運が悪いのは担当者、銀行うである。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは如何なる悪縁を結ぶ事をしたくない。

だから、そなた達は恐れてはいけない、そなたは癌を得ても、そなたが直に死んだら、しかし、そなたは仏法を助けがあるので、他の衆生により福報がある。仏経には、福報がある者は辺地に生まれる事がない、辺地とは仏法がないところである。そなた達はそれらの仏法がない国、所で、人々がどのような暮すを活きているのでしょうか?台湾に生まれて、此れはそなた達は福報があり、累世に修めてきて、大切しなければならない。特に中国語が出来るリンポチェも多くない。リンチェンドルジェ・リンポチェはユーモラスで説いて、チベット仏教には「広東式中国語」はこのような上手く言う者がただリンチェンドルジェ・リンポチェだけである。ほかのリンポチェが中国語が出来ても、リンチェンドルジェ・リンポチェのような台湾人を理解し、台湾人の生活習慣と考え方のリンポチェがいない、そなた達はこの仏を学ぶ因縁を大切しなければならない。

潅頂してから、そなたにリンチェンドルジェ・リンポチェを恐れる事ではない。同様にそなたが無敵鉄金剛のように何も出来る事えはない。そなたに潅頂してくれる上師は一般な上師ではない。ラマ僧、カンポスはそなたに潅頂をしてくれる事が出来ない、リンポチェの果位を修める者が出来て始める。古人は「1日は師として、一生で父とする。」と曰く。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達の父親になる事ではない、却って我々は一般的上師に我々も恭敬し、まして仏法を伝える金剛上師のでしょうか。そなたは何か不平の事があったら、静かに道場を離れて、批評してはいけない。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたの批評を恐れる事ではなくて、却ってこのようにすればそなたに良くないである。

潅頂を得てからこの弟子と上師の関係が異なっている。前の開示の通りの成熟道と解脱道である。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたに生死を解脱する事を助けてくれる。此処に一緒に潅頂を受けて仏法を学ぶ兄弟子、これから一緒に仏土に行く眷属と思っている。リンチェンドルジェ・リンポチェは謙遜的な自分が具徳の上師ではないと言う、然し、リンチェンドルジェ・リンポチェの三恩根本上師の直貢チェツァン法王が絶対にある大成就者である。リンチェンドルジェ・リンポチェは生れ変りリンポチェではない、尊勝な直貢チェツァン法王の教導の下、精進して確り修めてこの世にリンポチェの果位を得た。この果位は直貢チェツァン法王から与えて、もし直貢チェツァン法王を信じないなら、この教派がそなたも来られない。あるリンポチェの功徳、功力は100位の清浄法を修める出家法師の功力で、ある在家のリンポチェの功力が100位のリンポチェの功力で、此れは在家で修めて得るリンポチェがあった困難が一層に厳しい

直貢チェツァン法王はそなた達が表面でにこにこしているのではない、仏法に対して慎み深くて、リンチェンドルジェ・リンポチェにとって極めて慎み深いなさる。チベット仏教は上師の要求にとって慎み深くて、誰でも法座を上げて仏法を諭す事ではない。ただある者は如法をしないならば、直貢チェツァン法王は許さない。多年前に、台湾にある歌手の出家リンポチェは、一部の人々が彼が格好いいと言われて、しかし、彼は如法しないのえ、直貢チェツァン法王が行為をとって、彼に台湾を離れさせた。

2011年2月25日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、殊勝な直貢噶舉施身法を修持して、1300人を上回る信者は参加した。リンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示した。今日修める法は中国語では「施身法」と称して、チベット語では、「断つ」と称して、煩悩を断つという意味であり、すなわち輪廻を断つ方法である。人はどうしてこんなに苦痛なことがあるのか。すべては無明のためである。無明のため煩悩を起こして、世の中の人間は煩悩を無くなるため、いろいろな方法で煩悩なことを取り除きたくて、絶えずに業を造ってずっと輪廻しているするのである。世の中のすべての法は本当に煩悩なことを取り除くことができなくて、ただ仏法によって本当にできる。施身法は古代チベットのある在家の結婚し、子供を儲けた女ヨガ者――我々に尊称される「マジラ尊」によって創られ、釈迦牟尼仏の大般若経の精華に従って創られた、そして六波羅蜜の布施の法門を含む。お経には釈迦牟尼仏の累世に菩薩道を行っている時に自分を犠牲にして布施するストーリを記載され、ある一世で、自分を犠牲にして餌として体を雌の虎に与えて、餓死に臨む子虎に乳を飲ませたことができる;そしてある一世で、自分の体から鳩と同じに重い肉を割って鷹に餌をやって鳩の命を救ったことがある。施身法は顕と密の部分を含んで、唯一のチベットからインドに伝われた法門である。

日本の仏教は大体中国の隋から中国から伝えられ、中国の仏教の発展は隋の以前から始まって、隋、唐の時期に中国での仏法はとても盛んで、唐に真っ盛りになったのである。その時中国の仏法は顕と密など二つの部分を含む。顕の意味は明らかであり、道理であり、仏陀が仰った経と論である。顕教が言っているのは仏法の理論であり、密法は仏法の実行する方法である。唐には密法があり、唐密と称したが、でも今まで唐の密法はほとんど伝承が絶えた。その時日本に伝えた後に、東密と称す。密法は事部、行部、ヨガ、無上ヨガ部など4部に分けられ、日本に伝えられる東密はただ事部と行部だけであり、主に二つの部分があり、ひとつは曼荼羅を修めて、即ち壇城であり、だから今日本で東密を修める寺院がまだあって、曼荼羅がある;もう一つは手印であり、日本で今でも一部の人は滝の下で手印を打ってずっと唱えていて、それを修行だと思って、手印を打ってエネルギーがあると思って、それは間違っている。手印を打つのが密法を修めることだと思わないでください、実はそうではなくて、これらはすべて修行ではなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェは閉関し修行する時に、手印をも打っていない。真な修行はすべての自分に輪廻させる行為を改正するのである。事実上、手印を打つのはただ違う仏を見分けることに用いる記号である。

仏の顔立ちは全部同じであり、すべては三十二相、八十随好を持っているから、我々の凡夫はどの仏を見分けることが出来なくて、だから手印で異なる仏の願力を代表して、その手印によって、私達は何が阿弥陀仏、薬師仏、弥勒仏などが分かることができる。例えば、阿弥陀仏の手印、左上と右下が3指の手印で、三善道と三悪道の六道衆生を導き、左手の手印は天道、人道、阿修羅道を代表して、右手の手印は地獄、餓鬼、畜生道を代表するのである。

日本も中国も仏教があって、チベット仏教は中国の、日本の仏教と何が違う所があるのか。異なることは何もなくて、すべては仏法である。チベットは中国とインドとの境に位置して、だからチベット仏教は中国からの仏教及びインドからの仏教があって、それにいくつかチベットの習俗を加えた。チベット仏教はインドの釈迦牟尼仏時代の原始伝統をたくさん保存して、例えば、チベットのラマ僧の夏着る服は袖がなくて、これはインドの習俗である。お経には、仏法はインドから中国に伝わって、雪域で芽生え、再び外へ発揚することが記載されて、今はその通り適中した。一部の人はチベット仏教が密宗だと思っているが、事実上そうとは限らなくて、チベット仏教の中で、華厳経、妙法蓮華経、地蔵経及び、心経、金剛経、大蔵経などを修めるのもあり、たとえそなたはすべてのお経を全部読み終わっても、そなたが密法を修めていることを代表しない。

そなた達は単独で閉関することができる大福報がなくて、ただ大型の共修法会だけに参加できる。寶吉祥道場の日ごろの法会はすべて千人を上回る法会である。今日1300人は施身法に参加して、後ほど施身法を修める時に、リンチェンドルジェ・リンポチェは大衆を連れて六字大明呪を唱える。もし一人あたりは1000遍の六字大明呪を唱えば、合計で130万遍の六字大明呪を唱えるようで、自分が家で唱えたら、この数字まで唱えることがあり得なくて、だからこんなに多人数の施身法に参加することができるのは本当にとても容易なことではなくて、皆は大切にして、一心に法会に参加しなさい。寶吉祥道場で、そなた達は壇城の上で点灯することがないのを見えて、功徳主をも設けていなくて、ただ仏像だけあるのである。そなた達はこのように多くの済度する名前を書いても、そなた達のお金を収めていなくて、よく何人か書きたいならば何人か書くことができて、世の中の他のように一つの済度する名前はいくらの費用を収めると違う。一部の人が道場がお金がないことを心配しているが、しかし道場はお金があるかどうか、リンチェンドルジェ・リンポチェは少しも気にかけなくて、これも因縁である。もし道場はお金がないならば、道場の住持が過去世に衆生とたくさんの縁を結んでいないことを表して、この世にようやくこのようになる。

六波羅蜜はいかなる菩薩道の行者がすべて必ず修行しなければならない法門であり、六波羅蜜の中の最も重要なのは布施である。布施は財施、法施と無畏施に分けられる。財施は単純な金銭を表すのではなくて、すべての外在する財であり、そなたの最も好きなものを仕返しを求めずにすべて他の人に布施をすることができて、他の人にいくつか世の中の苦痛を解除できることをさせる。しかし、そなたが商売するお金が無くて家を買うお金がない者にお金を貸するのは財施ではなくて、というのはそなたの心の中で恐らく彼が金を儲けてそなたに報いると思っているから。お経にも仰ったように、亡者の眷属は亡者のため二つの事をやってあげるべきである。1つは広作仏事であり、広作仏事とは多くの法会に参加するのではなくて、多くのお金を寄付するのではなくて、多く点灯するのではなくて、その要旨は亡者のために一名広大な心念があり、衆生に利益できる能力がある修行者を探し当てて、亡者に仏事を行うように手伝って、或いは亡者に代わりこのような修行者が主催する法会に参加するのは本当に広作仏事である。二つは亡者に代わって布施を行って福報を累積して、亡者の生前の最も好きなおもちゃを外に布施するのである。「おもちゃ」は古代の用語であり、古い時に骨董、真珠や宝石などの名詞がなくて、だから、おもちゃを言うのであり、これは亡者のすきな骨董財物などの貴重品を表す。しかし現代人はすべてやり遂げていなくて、ただ遺産を配分することを待っているだけと思い付いて、どのように亡者のために布施をすることを承知するのか。

この時に、ある信者は法会に参加している時に、足を抱いて坐っていて足を上げ始めて、そこで、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの信者が仏法に恭しくないことを叱責して、仏会中、このような挙動をすると、よくない果報があり、ましてこの信者は女子であるから、他の人の前で足を上げて座るのは妥当であるのか。もしそなたの前に座る者は大統領であれば、そなたがこのように座るのか。もし足がとても痛くて或いはずっと坐っていられないで、いらいらすると思うならば、今すぐ離れることができる。リンチェンドルジェ・リンポチェは昔、もし家の中の子供がこの様子で座るならば、年長者はすぐ平手で頬を打っていく。そなたは家のソファーの上で座るように、足を上げてテレビを見る時に、恭敬する心があるか。つまり、それは座るときに座る様子がない。この時に、この二人の信者達はリンチェンドルジェ・リンポチェが仏法を開示している時に話し合って、リンチェンドルジェ・リンポチェは直ちに彼らに仏会の中で話し合ってはいけないように厳しく責めて、その中の一名の信者はすぐ口を開いて弁解しようと思っていて、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの信者を阻止して、法会に参加するのはまた三宝に対してこのように恭敬していないで、もし叱責されてつらいと感じるとすぐ離れることができるが、しかし解釈しないでください。そなた達はこの法会に参加していかなる費用を払わないから、もし来たら主法する上師リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞かなければならない。そなた達のこのような挙動は、リンチェンドルジェ・リンポチェが説法する時間を浪費して、そなた達は因果を信じないで、今日法会に参加しにくるのはただそなた達が道場の中で聞いているこの1300数人だけではなくて、外には無数な衆生が切実に期待していて、道場の中に入って法会に参加することを待っているのである。

法施とはそなた達が思った通りに、お経を読み、仏を拝む事は法施とは言えない。仏法で衆生を助けて、輪廻の苦しみを解脱させる事である。無畏施も簡単に言葉を話して、他人に怖れが持たさないとは無畏施と言えない。本当な無畏施とは他人を助けて、人生の最大の怖れを解脱させることである。全ての人は最も怖ろしい事は死亡に向き合う事である。死を恐がらないと言う人があるだろうか。若し生死という大きい事でも理解し、把握できて、コントロールできるなら、世間に於いて、悩みに値する事はいないだろう。どんな事をしても恐がらない。

施とは捨てられる事である。若しそなた達は自分の体の痛みを気になるなら、相変わらず我執がとても重い人であり、捨てられない人である。何故足が痛いだろう。肉を多く食べたから。この足を抱いた信者は体の痛みさえ耐えられないのは自分の体を捨てられないから、必ず布施を行えない。リンチェンドルジェ・リンポチェは因果の恐ろしさを分かったから、そなた達を責めて、業を削除させた。そなた達が法会に参加したのに、悪因を播く事を恐がった。仏経に記載されたが、法会に参加する時に姿勢を正さないと、未来は身体障害になる果報が出る。例えば、足を上げて法会に参加した人は以後足が悪い果報が現れる。布施を行える修行者は完全に命を捨てる。例えば施身法を修める修行者は既に我執を破って、法を修める時に身につけている御守りを全て取り外して、禅定、観想で自分を完全に布施して衆生に与えた。一般に道場に結界を設けて守った。しかし、施身法を修める時、結界を一切設けない。

全ての人は死んだ後浄土に往生できるわけではない。阿弥陀経及び観無量寿経に説かれたとても重要な事が有って、多くの人は気付かない。「阿弥陀仏浄土に往生する人は福徳因縁を無くしてはいけない善男子、善女人である。」「福」とは福報であり、法会に参加し、仏を礼拝し、供養や布施など福報が増える。福は供養から生じて、恭敬心がないと供養がない。供養がないと如何なる福報を生じるだろう。そなたは恭敬心で法会に参加すれば供養である。恭敬心が有れば、仏菩薩の教えを受けられる。仏菩薩の教えを受ける人は大福報を具える。

ある信者はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の供養を受けないけど、信者を助けて、福報を積ませるため、信者に道場で仏像に向いて仏を礼拝させた。そうすれば福報を起す事が出来る。特にこの道場で仏を礼拝して、累積した福報は家で仏を礼拝するとは違う。ある者は他のところで仏を礼拝するのはいけないだろうかと思うかもしれない。出来ない、いけないとは言えないが、唯そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェの道場に来たから、勿論この道場に仏を礼拝させて、彼に福報を積ませる。

「徳」とは道徳ではなくて、功徳である。功徳は修行から生じる。修行は金銭を寄付し、真言を唱え、読経、仏を礼拝する事ではなくて、自分の全て輪廻になれる行為を改める。毎月千元や二千元などある慈善機関に寄付しているのは功徳を累積する事ではなく、唯助縁の一つである。そなたを助けて、仏菩薩との縁が深くて長く続いた。菜食すること、菜食レストランを経営することや有機野菜を播くことなどは功徳ではない。仏の教えに従って、自分に輪廻させる行為を改めれば、功徳がある。法会に参加して、専念に上師が説かれた仏法を聞き、自分の考えを持たないのは禅定、空性の聴聞であり、功徳を累積する事である。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝直貢チェツァン法王がチベット語で仏法を説き、専念に聞いた時、チベット語を分からないけど、同じで入定に聞いた。それは仏法に希求な心をもって、上師が話した事は全て仏法であり、衆生を助ける事を信じる。例えば先解釈したい信者は仏法に希求な心を持ってない。若し仏法の貴重さを分かれば、法会に参加して三宝の前に耐えなくて解釈したいわけではないだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェに指摘されると、苦情を持ってないわけではないだろう。チベット人は法会に参加する条件とリンチェンドルジェ・リンポチェが当時仏を習った時の条件はそなた達より悪い。チベット人は太陽の下で地上に座って仏法を聞いた。そなた達のように床に座って、更に座布団があるのではない。階下からスタッフがそなたを導いて、道場に到着するとそなた達のため秩序を維持する人がある。もう文句を言わない。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、そなた達は叱れたと思ったけど、実はそなた達にマイナス材料を与えた。

仏法は因縁を説く。因縁とは仏菩薩との縁である。仏法に於いて縁起はとても重要である。今日そなたたちはこの施身法に参加できるのは非常に簡単ではなく、必ず累世嘗て参加した事があった。今世そなた達に改めて因縁があって、この縁を続けるかどうかそなた達は決める。人身を得る事が難しい、仏法を聞く事が難しい、上師に会う事が難しい。上師はそなた達のために多くの縁を作らせる。しかし、如何なるこの縁を把握するには完全にそなた達に任せて行う。仏法は極めて貴重である。仏法を希求する心で恭しく求めないと、得られない。釈迦牟尼仏は成仏し初転法輪の時、即ちある天帝が求めたから、釈迦牟尼仏は始めて地球に仏法を説かれた。仏は完全に自分の考えを持たず、完全に衆生の縁に従って衆生を助ける。釈迦牟尼仏は在世した時、魔王は恭しく仏に求めて、仏が早めに世間を離れて衆生に成仏させないように祈った。仏は魔王の祈りを承諾した。それで釈迦牟尼仏は79歳しか生きられなかった。故に現在我々は法本に仏が長く此の世に存在し、法輪は常に転じると祈っている。ある信者はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁して、リンチェンドルジェ・リンポチェは縁を起して、何の用件があるかと聞いた。若し、彼は何でもないと返事すれば、縁がないと現れた。たとえ、リンチェンドルジェ・リンポチェは既に彼の事を見ても、リンチェンドルジェ・リンポチェは話せない。此れは縁がないから。

「善男子、善女人」について、釈迦牟尼仏の時代に、「善男子、善女人」を呼ばれたのは、大功徳主ではなくて、十善法を修めたのは「善男子、善女人」である。まだ肉を食べていて、殺生しないことが出来ないから、十善法は円満にならない。十善法を円満に修めないと、阿弥陀仏浄土に行けない。仏と上師は絶えずに縁起を作っているが、堅持するかどうか自分が決める。仏の手印は手を出して六道一切衆生を導き、強引に引っ張ることではない。衆生は受けないと縁が無い。例えば子供は手を隠してそなたに引かないように、そなたも仕方がない。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏を習う心は現場にいるそなた達と違うのはリンチェンドルジェ・リンポチェは仏を習う事を本業として見て、他の仕事、ビジネスとも副業だ。そなた達は逆に仕事は最も大事だと思った。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの願いを発したようにとても簡単ではない。法会に参加すれば、どんな事でも変われるとは言えないが、変わるかどうかはそなたの決定を決める。法会に参加する事はそなたの仕事が順調になるか、お金があるかどうかと関係がない。そなたは命に有れば、仏を習わなくても現れる。命にないと、仏を習わなくても相変わらず持っていない。

今日リンチェンドルジェ・リンポチェが修めた施身法は尊勝直貢チェツァン法王は自ら灌頂し、法を伝授された。直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに灌頂したその夜、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王の関房に行く時、空に黒雲は覆われて、完全に黒になって、星もなくて、月も見えなかった。灌頂を受けて迴向する前に、直貢チェツァン法王の関房の上の空にであるさまじい雷鳴が轟いた。直貢チェツァン法王は当時予言されたが、リンチェンドルジェ・リンポチェの仏法事業は極めて栄える。灌頂伝法は円満に終わって、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王の関房を離れた時、空に星及び月を見えた。密法から見ると、伝法した時このような天気の変化があれば、極めて殊勝な瑞相である。

施身法は密法の八大成就法の一つである。成就とは此の世にこの法を専念に修めると、修行者は少なくとも此の世に生死を解脱できる。更にもっと殊勝なのは此の世に仏果を証する事が出来る。施身法を修める修行者は必ず密法の中にとても深い禅定の工夫を修めなければならない。直貢噶舉教派の禅定は大手印を呼ばれる。大手印は四つの段階を分ける。各段階は更に三つのレベルを分ける。施身法を修める修行者は必ず大手印の第二段階-離戯瑜伽を修めないと、習えない。施身法は二種類がある。一種類は自分のために修める。他の一種類は他人のために修める。その中にポワ法も含める。修行者は先に自分のために施身法を修められる。また、本尊と相応すれば、他人を助けるため修める施身法を習える。此処の相応とはこの法は我々に煩悩を断ち、相応に至るまで修める人は自然に煩悩が持たない。此れはとても長い時間にかかって習う。心配しないで、今日の法会の時間がとても長いという事ではなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェは早く修めるから。

施身法は六道の衆生を助ける、若し既に地獄道と餓鬼道に堕ちた衆生なら、彼たちを助けて、三善道に往生できる。少なくとも再び人になって、機会があって仏法を習う家庭に生まれる。仏を習うのはとても簡単だと思わない。若し仏経に説かれた辺境に生まれたら、仏法を習えない。若し畜生道にいる衆生なら、彼たちの寿命に減少させる。仏菩薩は畜生道の衆生の寿命が長いと望まない。畜生道の衆生は寿命が短くて、早めに畜生道を離れて、再び人道に戻って仏法を習い生死を解脱する事を望む。それは畜生道に堕ちるのは愚痴、合掌できず、仏を礼拝できず、仏号を唱えなく、仏法を聞けず、真言を唱えず、読経できず、拝懺出来ない。ある者は動物でも仏法を聞くというかもしれない。しかし、彼は聞いても分からない。仏教の観念に於いて、三悪道の衆生は皆苦しみを受けるから、この衆生の寿命を短くなると祈る。若し人道の衆生なら、彼たちを助けて、始めて悪の行為を止める。若し天道及び阿修羅道に生まれた衆生は施身法の助けを通して、浄土に往生できる。

主催なさるリンチェンドルジェ・リンポチェは自分の利益のためこの法会を行ったのではない、それでこれは一つ清浄な道場、清浄な法会で、こんな法会に参加が出来てそなた達は大切するべきである。施身法が始め前、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはもう一度皆に注意をさせて、利己的、自分のためとの考えを下ろしてはじめて広大な衆生に利益することが出来る。法会に参加するのは平安、加護を求めるためではない。参加の動機はとても大切で、自分のお体が良くなるためではなく、全ての衆生が利益を得るように希望するのである。後、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆のため施身法を行う時、そなた達はもう利己的な考え方があらない、もう自分の病気が良くなるかと考えない。そなた達は法会に参加するのは、そなた達の未来に対して必ず良いである。気はもっと大きくして、全て苦しんでいる衆生が全部この法会で利益を得るように望む。癌にかかった者はリンチェンドルジェ・リンポチェがすくなくともそなたに癌症の痛苦をさせないことが出来て、またそなた達を癌の末期で平静で往生させる。これも皆が道場の中で嘗て自分の目で見たのである。

前、ある信者はリンチェンドルジェ・リンポチェに既に何度法会に参加したと言った。彼が言っている意味は既にこんなに多い法会に参加して彼のことは解決するべきである。しかし、彼がこんな話を言い出すとこれら法会に参加した福報はなくなってしまった。暫く法会に参加して問題はすぐ良くになると思うな。リンチェンドルジェ・リンポチェは45才とき皮膚癌にかかって、仏菩薩に願わず、治療せず、薬を飲まず、ホッといて、気にしなくて、直貢チョンツァン法王にも言わなかった。これは自分の果報で、自分のことがこんな多くの者に迷惑をかけたくない。リンチェンドルジェ・リンポチェはこう考えた、このお体で累世の債を償うことが出来るならば、返そう!その後、ある日皮膚癌が案外になくなって、治ったと発見した。リンチェンドルジェ・リンポチェは貧困する時非常に嬉しかった、ある世代に佈施しなくて得た果報から。皮膚癌にかかった時も嬉しかった、自分の累世の殺業はこの一生で済むことが出来るから。子供が孝行をしなくてもとても嬉しかった、彼に借りたものを返せば済むことから。そなた達はやはり信じない、今世返さなかった業と罪は次の世代に持っていけばさらに良くない。皮膚癌に罹って治ることが出来た例は、そなた達がまったく聞いたことが有らない。

密法は神秘ではなくて、見せられないもんでもない、今日そなた達こんな多く者に見せたではないか?チベット人、ラマ僧、リンポチェは必ず密法を修め得るのではない、密法は大福報がある者こそ、聞こえて、学んで、修めることが出来て、本当に修め得る者は少ない。この世にリンポチェの果位を修め得た漢人、直貢噶舉教派では、リンチェンドルジェ・リンポチェ1人しかいない。大蔵経の続部の中に言い及んだ、大乗仏法を学ぶ根器がない者には、大乗仏法を彼に教えることが出来ない;小乗仏法を学ぶ根器の者には、大乗仏法を彼に教えることが出来ない。密法は根器がなければ伝わないのである。坊間の本の中に読んだのは全て密法ではなく、密法は口伝で、法本の中に載せることがない。直貢チョンツァン法王は多い密法をリンチェンドルジェ・リンポチェに伝ったが、全部一対一の口授で、文字の中に残られない。聞いた後忘れでも仕様がない。本当に本より見られるのは、多くとも事部の部分である。

施身法法本の中に載せてあり、修法過程の中に施身法の参加者を横にならせたが、これはやはり古代が出来て、それに、一対一、或は一対十位人数である。以前、チベットでは、信者を横にならせて、施身法の中にこの方のお体を佈施して、そなた達は現在こんなことをするわけがない。ある者は座るさえ、気分が悪くなると足を挙がって、まして自分の身体を衆生に佈施する。その外には、今日の法会には1300名参加者があって、修法する過程の中でそなた達を横になる空間があらない。横になるならば、皆が寝込んだかもしれない。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分肉体は衆生が望む食べ物に変わって、彼らに食べさせるのを観想する。どの道に投生しても、食べるの欲望がある。表面的に彼らは食べ物を食べているが、お腹に入ると甘露になって、彼らの恨む心を変わり次第に仏法の助けを受け取るようになった。

後程修法が始め、皆は心を静かにさせる。昏迷眠りたい者は、お体をまっすくさせて、心の中に雑念が多い者は壇城を見る。修法する中に、そなた達は目を閉じないで、目を閉じるとそなた達が眠りし易い、二、幻覚が生じやすくて、現在の者は多くの情報を受け取って、幻覚が起こり易い。三、目を閉じるため眼部の神経を圧迫して、そなた達は白い、赤光を見ると感じて、自分が感応が有ると思って、これは自然現象で、そなたが修めて何が見えるのではない。目を閉じて何か見られるのではなく、リンチェンドルジェ・リンポチェは座禪する時目が覚めている。目は我らは肉眼と称して、それで、本当にものを見えるとは目で見ることを指すのではない。ある者は鬼を見る事に恐れると言った。これはこの者は慈悲心がないとの現われである。慈悲心があれば、彼を助けて欲しくて恐れるわけがない。リンチェンドルジェ・リンポチェは鬼を見るのが恐れるならば、どう衆生を済度するか?菩薩道を歩く者はまだ害される事に恐れるか?自分が鬼を見たという者は本当に嘘ばかりである。そなたが見える鬼はそなたの累世の冤親債主かもしれなく、もう1人はそなたで、そなたが既に鬼になって、彼の同類になって、物は類をもって集まったとの諺である。そなた達は鬼が見たいと思わないで、見たらそなた達に対してどの良いことでもない、あるならば早く懺悔した方が良い。

冤親債主に迴向して、冤親債主を良くさせて、彼らが良くなるならばそなたも自然に割合に良くなる。癌に罹ったのは以前我らに殺された衆生がお体の中に集まって、つまり我ららの冤親債主で、我らは彼らに欠けた。癌にかかって肉を食べるこそ栄養があると思わないで、肉食するならば癌細胞を育成するのである。これもそなたが自業自得である。癌細胞と平和共存すると思わないで、そなた達が欠けて、つまり彼より背が低くなるべきである。債権者が家まで捜して来て、そなたの態度が悪ければ、他人が元々あんなに重い利子を取りたくないのにかえってさらに重い利子を取った。修法して冤親債主を追い出すと思わないで、速めに返済して、避ける或は債主を追い出すわけではない。すでに癌にかかってもそなたが大きい懺悔心が起きれば、治ることがやはり出来る。まるで我らは種を植えて、現在もう花が咲いて実が出ようとする。そなた達はまた方法を考えつくして結果をさせなくて、まだこの体がどのくらい維持出来ることをこんなに気になる。癌にかかって、肉体はもう持続することができないかもしれないが、せめてそなたに死ぬ前痛ませない。多いリンチェンドルジェ・リンポチェに加持された癌症患者は往生した前痛苦がなくて、こうである。一切は全て因縁果報で、この良くない果が成熟した時、これももう1つ因を開ける始まりである。そなたは癌に罹ったことが1つとても辛い事と思ったかもしれないが、お体が病気に罹らなくて、或は良くないことが発生しなければ、享楽するのは既に間に合わないのに、仏を学びに来て欲しいのをしない。

修法が始まる前、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に父母目の上者は我らの右手で、同輩は我らの左手で、六道衆生は我らの後ろに、累世の冤親債主は我らの目の前と観想させた。これより分かった、仏法は冤親債主を追い出すのではなく、彼らをたすけるのである。冤親債主は我らの目の前にするのは、彼らに先仏法の助けを得させるのである。しかし、心配しなくても良い、迴向このものはとてもスペシャルで、また話そう。迴向する時沢山名前を読まないで、こうすると迴向の範囲を制限した。リンチェンドルジェ・リンポチェは前顕教を勉強した時、迴向した時も指定な対象がなくて、衆生が全て仏になれるように祈っておった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皆のため殊勝な施身法を行い始めて、それに、皆を引き連れて六字大明呪を唱えた。

円満なる修法した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは下記のように開示させた。今日。皆が済度したい往生した衆生は既に済度を得て、が、すべて浄土に行く事が出来なかった。三悪道にいるのは三善道に行けて、人道にいるのは仏法がある所を生まれる。仏法がある所を生れ変る事が簡単だと思ってはいけない、縁が無いならば行けない。依然として浄土へ向いて修行する事方がよいである。だから、皈依せず者は肉食を再びしてはいけない、そなたは一口を食べるならば、一口を返さなければならない。少しの小悪をしても構わない事を思ってはいけない。全て小悪から始めて累積し、その上、過去世から作った悪をこの世に持って来るわけで、始末厳重な悪果を引起す。多くの人々は癌の末期に食べられない、此れは一切なのが自分により返さなければならない。

諸々の悪を作すこと莫く、諸々の善を行い、自ら其の意を浄くせよ、是が諸々の仏の教えなり。「自ら其の意を浄くせよ」とは、一部の人々は「自性が清浄ので、意も清浄になる」と解釈させて、此れは間違う解釈である。自性とは仏性で、いつも清浄で、しかし、意と仏性が違う。「自ら其の意を浄くせよ」の意味は、そなたが完全に悪を止めて善を行うならば、そなたの意を自ずから清浄を得る。先ほど、法本には「身戒が清浄で、意戒も善になり、意戒が自ずから清浄になる」を唱えた事があった。この意味は、身、語、意は一つに継いで一つを修める事ではなくて、却って身から戒律を始めて守って、戒律をよく守るなら、悪を再びしてはいけないと、言語も善が変わって行って、衆生に傷害させる話を再び言ってはいけない、自ずから意念に清浄を得させられる。多くの人々は長い仏を学んで、何故良くない考え方が依然として存在しているのでしょうか?如何に抑圧しても、同じように悪念がある。此れは一切の悪を断つ事が未だ遣り遂げる。身が端正ではないなら、心も端正ではない。もし一切の悪を止めるならば、自ずから全ての考え方が善であり、此れは意の清浄である。仏法はそなたにわざと考えてしてはいけない、わざと抑圧する事を要らない、一切な事は自然に修めて得る。全ての戒が善であると曰く。戒律を守る事とは処罰させる事を恐れる事ではないし、却って悪を再びしてはいけない、衆生を再び傷害させない。

そなたは生活の為にレストランを営んで肉食を売らなければならないと行ってはいけない。このような話し方がある者は自分が過去世がある事を信じてない、自分が間違いがる事を認めない。実は累世の業力で殺業の事をするわけである。リンチェンドルジェ・リンポチェが社会人になっての初めの仕事は香港である大型のホテルのレストランで働いた。同期のリンチェンドルジェ・リンポチェを含めて全て3人の新しい見習いで、他の人は如何しても刀にて肉を切る事をして、ただリンチェンドルジェ・リンポチェだけで3ヶ月に働いて、トーストを焼いたり、クリームを作ったり、バターを塗ったりする事をして、刀を持って、肉を触る機会が全然なかった。3ヶ月以降に、英語がよく喋られるので、サービスエリアの仕事に替わった。考えてみて、大型なホテルの台所で3ヶ月に働いて、如何に刀を持たない、肉を切る事が要らないのでしょうか?此れはリンチェンドルジェ・リンポチェが過去世の殺業が全て完済するので、この世に自ずから殺業の仕事をしない。そなた達はこのような累世の善根がないので、殺業の仕事に触れる。それでは、早めに停止し、その上早めに懺悔してはいけない。

今日、リンチェンドルジェ・リンポチェは施身法に使用する法器の意味を特に開示させた。これ等の法器が細かく説きたいなら、1年の時間にかかっても全部説き終わる事が出来ない。鈴を揺らいで鼓を叩く事は律動のためではなかった。鈴は智慧と空性に代表し、無明を破られる。寺には「暮鼓晨鐘」があるか。鐘と鈴が同様である。鐘は無明で眠りこける心を呼び覚まさせて、だから、寺に早朝にすぐ先に鐘をつく。鼓は沈静のためである。人々は一日中の後で、心が如何にもとても興奮して、鼓により人々に沈静させる。鼓も我々の混乱、妄念まみれの心を圧する事が出来て、その上、無常を代表する。

リンチェンドルジェ・リンポチェが施身法にて使う人腿骨の法器は、直貢チェツァン法王が自ら伝わった。随意である人腿骨が法器を作成する事ではなくて、却って特別な規定があり、その上、この形に特別な要求があり、多くの修法を経てしてから、護法に法器に留まって、牛腿骨、豚腿骨を使わず。腿骨の法器を吹奏するのは二つの意味がある。一つは同類の声にて鬼道の衆生を呼ぶ。三悪道の衆生は本来人間とする事があり、悪をしたので悪道に堕ちて苦しみを受けて、人腿骨から出す声を聞いたら、同じな基因の呼ぶ事を知るので、助けを受け入れてくる事が出来る。このほか、行者は人腿骨の法器を吹奏する時に、諸仏菩薩に苦しみを受ける衆生がまたいる事を知らせて、助けてくれてくる事が出来る。チベット仏教は多くの骨を以って法器を使えて、此れはチベットの伝統に関係ない、インドのバラモン教と関係がない。皆の思っているのは、鬼神を派遣して何をさせる事ではない。もし仏法は鬼神を使って事をしたら、仏法ではない。鬼神は護法になる事が出来るけれども、用いる事ではない。仏法は如何なる衆生を駆使させない、仏法は慈悲心により衆生を感化して仏法の助けを得るのである。

施身法を修める時に、頭につける髮冠は下げる黒い鬚の糸がある。一部の人々は修法する者は鬼を見る事を恐れて、だから瞳を遮らなければいけない、実はそうでない。鬼を恐れるならリンポチェになる事が出来ない。慈悲心がある者は自分が傷害を受ける事を恐れない、如何に鬼を恐れるのでしょうか。施身法は鬼衆に助けるのである。真に原因は修行者の目と顔をとても強い光を出して、鬼が近きかねることが出来ない、だから、黒い帽簾により遮り止める。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェが鬼を恐れない、却って鬼をリンチェンドルジェ・リンポチェに恐れて、リンチェンドルジェ・リンポチェが体を観想してなる甘露を食べられない。仏経には仏菩薩が強い光りを記載させた。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て顕教に皈依した翌日の夜、夢を見て、自分はある仏寺に立てって、裏にはある釈迦牟尼仏が非常に強い光りを出して、リンチェンドルジェ・リンポチェが思わずバックして、その時にの皈依はリンチェンドルジェ・リンポチェに入らせて、自分が入られた。夢の状態と中陰身が類似で、だから、「夢裡中陰身(夢の中の中陰身)」と呼ばれる。

鬼は仏陀菩薩の放された光を恐れることができる。多くの人々は死後七七の四十九日が盲信する事と思っていて、実は真である。人々は往生してから、体を失って来世に生れ変らない状態が中陰身と呼ばれて、死者の神識が其々の7日に一回を覚めて、此の時に仏菩薩が接引してくる。衆生は中陰身にいる時に、仏光を恐れて、光りがより弱い地方を避けて行って、すぐ三悪道に向く。だから、何故生前に何故仏を学ぶのでしょうか?何故往生する前にリンチェンドルジェ・リンポチェの様子を覚えているのでしょうか?そうすれば、そなたがとても強い光を見たら、リンチェンドルジェ・リンポチェを思い立ってから一寸恐れない、既にそなたを接引する仏菩薩光りに従って浄土に往生して行く。

髮冠上には5個の髑髏がある。この意味は「普門品」には説くように、衆生を済度する時に此れをと同類になる。施身法は主に地獄道と餓鬼道衆生の為で、だから髑髏が鬼衆に敢えて近くことができる。第2個の原因は我々に思い出させて、人間が最後に唯骨に残す事が、無常が随時にいて、この肉身を執着する事をしない。別に、これも五法仏と五智を代表する。

この数年間に、地球が色々な震蕩があり、天災、地震が不断で、気候が異常で、ただ此れは世界末日が来る事を代表しなくて、こんな情勢が過ぎて、何年後で何か変わる。今年の天気は4月末に寒さを続いて、5月ぐらいに暖かくなる。だから冷たい物、肉類と海鮮が食べてはいけない。悪を止めて善を行って、少しの悪でも作られない。そなたは悪を止めて善を行わないなら、簡単に悪の共業に巻き込む。だから、全世界は如何なる事を発生したら我々に関係があり、我々は一人で生きている事ができない、我々の全ての考え方がこの世界に影響させる。現在の科学技術は人が電波を出す事を既に発見し、その上とても長い距離に至る事が出来る。我々の全ての考え方は全宇宙が知ってる。もしこの所の人が仏を学んで、常に他人の事を考えて、自分の考えを執着しない、考えが全て善であれば、このところによい影響させる。自分は何か責任がないと言ってはいけない、人類の貪念が減らすなら、地球も段々に良くなっている。宇宙に、全ての事が我々と関係があり、例えば太陽黒子が変動があったら、地球に大きな影響させる。そなた達が現在に得るのは過去にした事で、現在にする事もそなた達の未来を影響させられる。だから、そなた達は今日から、如何なる悪因を起す事が出来ない。

なぜ最近のインフルエンザはこんなに厳しいか?此れは北極の氷を融かして下に流して、皆は多く過ぎる寒い空気を吸入してしまって、だから今回のインフルエンザ患者が全て肺部の問題で、肺部が寒さを受けて、特に肺部の真ん中に寒さを感じている。実は、此れは人の心が貪って過ぎるわけである。そなた達は考えてみて、自分が何か物が欲しいなら、一口の息を吸入し、肺部も寒い感じもある。今回インフルエンザがこのようで、此れも貪念から起させる。皆は冷たい、氷と言うものを食べられない、肺部を影響させられる。最近、一部のインフルエンザにかかった信衆が来て、リンチェンドルジェ・リンポチェのが手の平を相手の手の平の上に置いて、これ等の信衆の肺部が全て凍りと感じた。

将来地球の環境はますます悪くなっていて、これからの地球が好い生活が出来ない、早く阿弥陀仏浄土に仏を学んで行く。自分は若いと思ってはいけない、死ぬ事とは年齢を分ける事がない、地獄の門口の前にお年寄りと子供を分ける事がない。お年寄りは先に死ぬ事がない、若者が易く死ぬ。普通に仏菩薩、上師と密接な関係を保持している。そなた達は何か事があったらリンチェンドルジェ・リンポチェに求めて、事を解決したら、会わない。一部の人々はリンチェンドルジェ・リンポチェが彼に菜食する事を勧める時に、振り向いて離れて、此れも縁が無い。縁があれば自ずから聞き入れて、法会に参加して来る。施身法に参加出来る事とは、そなたが好奇或は他人からそなたに紹介してくれて来る事ではなくて、必ず累世にこの法と因縁があり、嘗て参加する事があって、この世にこの因縁福報があって参加する事が出来る。リンチェンドルジェ・リンポチェは先に法本の中で既に皆に求めて助けた。一切な法は因縁で、縁により起こして、善の因で善の果がある。今日の開示はそなた達が聞き入れるなら、そなた達の此の世に大きな変わりに与える事が出来る。

2011年2月26日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、午後4時20分から夜10時10分まで、119名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

2011年2月27日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、台北寶吉祥仏法センターで、殊勝な共修法会を主催して、観世音菩薩の功徳と願力を開示して、しかも19位の信者達のために皈依の儀式を取り扱った。

法会前、ある女子の弟子は彼女の一家がリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを受けたストーリをを分かち合った。彼女は15歳から家を離れて北上して、苦学して高校の学歴を完成して、実は、たくさんの恐れと不安がある母性愛がない家庭を逃避したいと思っているので、精神病に罹っている母親を父親に残して一人で配慮しておく。2004年、80数歳の父親が嘉義で1人で生活を過ごすことを心配して、しかも体の具合がよくないから、小学校の学友の紹介により、リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに行って、父親の体の状況に伺いを立てる。リンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示した。彼女の父親は心臓の疾病であり、過去世に鳥の巣を破壊したことがあるため、この一世の家庭が調和がとれていないことに影響して、家族の縁が浅薄であり、集まることが少なく離れることが多くて、彼女の家庭関係が確かにこのとおりである。父親はたくさんの恨みと不満があって、どうして彼女の母親を娶ったことに不平をこぼした。母親の精神病のため、母方の祖父、祖母はあちこち医者に治療を頼んで、長年神様にお祈りして、当時の伝統年代にはそれが恥ずかしい疾病だと感じた。このような家庭で成長して、彼女たちの姉妹に卑屈にならせて、そして他の人の家庭の温かみを羨ましがった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の父親に会ったことがないが、父が慢性病に罹っていること、彼女の家庭のむつまじくない状況、家族の成員の4人がそれぞれ南北に分散して単独で生活して、正月さえも集まることができなくて、たとえ集まっても安寧になってはならないことなどを知っている。

母親は発症40年以上、父親は栄民(退役軍人の意味)で、1949年に台湾に着いた。彼女の両親は台湾で仲人の紹介を通じて結婚したので、彼女を生んだ後に、母親の体が虚弱になり、精神病が現れて、父親はやっと仲人にだまされたことを知っていて、しかもその後にその仲人は脳卒中になった。彼女が生まれた時に、父親はすでに50歳になって、小さい時から彼女の父親が彼女たちの姉妹に、必ず母に定期定時的に薬を飲ませて、母が怒ることを誘発してはいけなくて、さもなくばナイフで彼女たちを殺すように教えた。年長者達の話によって、母親は不良少年に霊符と呪文をやられたので、しかし彼女が皈依していない前に、嘗て阿弥陀仏を閲覧して、精神病の患者の前因は累世の中に人を殺したことがあると記載されている。

彼女の父親は多くの精神科の医者に教えてもらって、すべては根治できる方法がないと言われて、しかも発症する循環の期間が年に約2~3回あって、精神科の医者はただ入院して、半年の急性期病棟での治療を受けて、3ヶ月の慢性病棟に変わって、薬にてコントロールしたり、電撃したり、保護室を閉めたりする方法しかない。深刻に発症する時に、乱暴な力を使って看護駅の床板をめくったり破壊したりして、警備員と喧嘩して全身鬱血になったことがある。ある時、精神病棟に行って母親を見舞って、寝室のルームメイトとするある教授の娘が、手の上で血をいっぱいつけた生理用ナプキンを持って彼女に求めて、「助けてください。私は多くの血を流して、私に止血するように手伝っても良いか?」と言った。この数年間、彼女は精神病棟が現世の地獄に似通うことを自ら見て、患者が入ると数年間も待たなければならなくて、永遠に空と太陽がない。毎回病院へ母親を見舞いに行って、いつも可愛がってしょうがないと思っているが、ところが母親はじっと我慢して、勇敢に耐えて、こんなに極めて悪い環境の病棟に約10年間通って、世の中は誰かこのような患者を救うことができることを知らないか。

もとは彼女は母親の病気が救いようがないと思って、ただすこし聞いてみる心構えを抱いて、再度リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して、リンチェンドルジェ・リンポチェはとても慈悲深くて優しくて、母が累世にたくさんの悪業を行って、歴代一族は殺業に従事していて、たくさんの衆生を傷つけたことがある、と開示した。彼女はその時に無明にごまかされて、罪業が深刻なことが分からなくて、どのようにしたらいいのかと引き続き伺いを立てていなかった。しかし、このすべては、リンチェンドルジェ・リンポチェが及び諸仏菩薩が既に手配を済すませた。

斗六道場での法会に数回参加した後に、初めて仏法に接触した彼女がすこし試みて信じない疑念が起きて、母親のこのような患者も皈依することができるか。2005年にある一回の斗六での皈依法会に、母親は皈依した。彼女はもとはまた非常に母が入院して菜食を食べることができないことを心配しているが、リンチェンドルジェ・リンポチェはとても楽に開示して、「病院で菜食の弁当があるから、心配する必要はない。」と言った。その時彼女の心が不思議に落ち着いた。法会が終わった後に、リンチェンドルジェ・リンポチェは斗六の弟子達と一緒に菜食レストランで昼食を共にして、まだ皈依していなくてぼんやりしている彼女が、食事する時にリンチェンドルジェ・リンポチェに1つの問題:「母親のあれらの皈依していなくて知り合う患者は死んた後にどこに行くのか。」を伺いを立てた。リンチェンドルジェ・リンポチェは「地獄に行く」と開示して、その当時に彼女はすぐ信じない目つきで応対した。リンチェンドルジェ・リンポチェは「そなたは因果を信じない!」と叱責して、「因果」2つの字は彼女が初めて耳にした名詞である。昼食の終わるところ、ひざまずいてリンチェンドルジェ・リンポチェに母のため法名を与えるように祈っている時に、リンチェンドルジェ・リンポチェは再度笑顔を公にした。リンチェンドルジェ・リンポチェは重度の精神病患者の母を直貢噶舉弟子として収めることを承知したことに感謝して、今再び回想して、どの宗教が慈悲に収容するのか。

2006年不安、恥ずかしい気持ちを持って、15年に暮した台北を離れて嘉義に戻った。両親を世話したくて、同時に菜食が始まった。毎回母を連れて、斗六の法会に参加した時、兄弟子達は皆母が元々薬を飲み、副作用を起した手が震え、太過ぎ、ふらふらとして歩くから、他人に支えられる必要な状況は精神状態は安定になった。彼女は始めてリンチェンドルジェ・リンポチェの加持及び慈悲力を感じた。その年、自分は菜食が出来ると確定した後、皈依した。また積極的に母を連れて毎週台北に法会に参加していた。

それで一年近く続いた。施身法に参加した後、母に病室に送ると、ある時もう夜中2時になる。ある一回に夢の中にリンチェンドルジェ・リンポチェは法衣を着て、荘厳で慈悲に微笑んだ姿を見た。目覚めた後、台北に引越したくて、法会に参加したいと思った。父と相談した後、母を台北の病院に転院した。医師の兄弟子を依頼して、母が入院する事を手伝った。また、リンチェンドルジェ・リンポチェに報告した。慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェは再び母を加持した。その時心の中に感謝の気持ちが溢れた。今まで親戚や友達などこのような重病な母を関心しなかった。

2007年3月母は十数年の人間地獄-病院の精神病棟を離れて、コミュニティのリハビリを受けた。最初月に台湾ドル二万元余りの費用を払う事、負担できないと心配したが、リンチェンドルジェ・リンポチェの仏法テープの開示を聞き、「仏を習うなら、歩く道がないと心配する必要がない。仏を習うのは食事が出来ないわけではない。仏菩薩は人に能力があって、お金があって困苦な生活に向き合える事を手配できるが、しかし大金持ちにならない。」奇跡が現れた。台北市社会局託育補助及び建保局の補助を申し込んだ後、経済の負担を軽減した。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝したが、2005年から台湾で連続に「直貢噶舉教派阿弥陀仏無遮大超度法会」を主催して、信者が供養した供養金以外、リンチェンドルジェ・リンポチェは自らも大金を内政部社会司に寄贈した。公益慈善事業の費用として、母も間接的に恵みを受けた。よく考えてみると、台湾に多くの寺、宗教があるのに、どんな基金会或いは社団法人機関は台湾政府の社会福祉のためにこのような大きい貢献を行っただろう。リンチェンドルジェ・リンポチェしかいないが、慈悲で一心に台湾の社会が順調に安定に発展できるように考えた。

再び台北に戻った彼女は学歴が空大在学、更に35歳に近い。このような条件で仕事を探すのは難しいと思ったが、幸運で親戚の紹介を通して、老人ホーム及び介護療養の家に社会福祉士に担当した。今までもう5年近いだ。仕事の中に老人や心身障害者を接触した。彼女のお婆もこの老人ホームに数年を泊まった。お婆は農作して農業に従事し、鶏、鴨、ガチョウ、羊を飼った。転んで大腿の寛骨は骨折したから、台北に手術を受けて、急性期リハビリ時期をずれた。だから、老人ホームに入って、15年に経った。両足はひどく曲がって、往生した時98歳だった。

2008年6月お婆は呼吸する時、喘いだから、彼女は伯父を騙して、お婆を連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。また施身法法会に申し込んで、6回や7回に参加した。毎回法会が終わって、老人ホームに戻った時約10時なので、介護者の仕事を影響したから、介護者に喜ばなかった。電話をかけて、彼女が菜食する事を反対した伯父に話した。それで彼女はお婆の側に懺悔して、伯父たちに仏法に反感を抱かせないように此処までしか出来ないと言った。お婆は始めて老人ホームに入った時、いつも安心する事が出来ない。常に「貴方たちは皆離れて、私が一人しか此処に残らない。」と言った。リンチェンドルジェ・リンポチェが開示された《仏子行三十七頌》の通りに、「長く交わった親友も散り散りになり、努力して得た財産も後に残し。」

2010年12月お婆は腎臓機能が衰えたから、常に口から泡を吹き、鼻管を使って呼吸を補助した。更に昏迷に陥った。伯父も慌てて度を失ったから、すぐ12月12日土曜日にリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁する事を同意した。伯父はお婆が老人ホームで15年に泊まって、長年苦しんで、もう救急を諦めると説明した。若し寿命がないなら、ポワ法を求めて、済度をお願いしたいと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは観想した後開示された。身の管を取れば亡くなる。家族が自分が決める。お婆に臨終する時静かな場所があって遺体を動かないため、伯父と一緒に医師に依頼して、病室を手配した。お婆の管を自然に取られれば、再び挿管しない。その夜病院にお婆を見舞い時、お婆は昏迷に陥って、全身水腫なので、皮膚は透明になった。全身が震えて、両眼はしっかりに閉めた。特に両腕は膨らんでとても可哀想を見えた。貴重な甘露丸を与えた翌日、お婆は目覚めて、右の手の水腫は三分の一を消えた。呼吸も順調で安心に寝られた。第三日目甘露丸と甘露水を与えた後、両腕の水腫は消えて、皮膚は元々の皺を戻った。とても不思議なのはお婆は意識に戻って、目覚めて自分を見て話せた。若しリンチェンドルジェ・リンポチェの加持がないと、此れはありえない事である。

おじさんは世俗の圧力を堪えることが出来ないので、穏やかに医者さんが協力してくれる転院するチャンスを断って、12月22日に唯一の男の孫が海外より帰って来て母方の祖母と最後の会いを待って望んだ。彼女は怒っておじさんに言い返した、人が息を絶えて往生する時は、亀が殻を剥がれるように苦しんで、8時間を滞在する必要で、母方の祖母の痛苦を増やすな。しかし、おじさんに謗佛をさせないため、言い続けをやめた。

彼女は続いて母方の祖母を見舞って、綿花が甘露水に濡れた時、母方の祖母が強く吸って喉の渇きをとめた。単純な漢方薬の寶圓膏で裂けた頬を拭った、それに看護婦に拭かないように頼んだ。1月22日、母方の祖母は自分で排尿することが出来たので、お医者さんは主動的に尿管を除いた。果たしてパイプを除いた後、1月24日にお医者さんの電話を受け取って、母方の祖母の呼吸が止まったと知らせた。この弟子は先寶吉祥骨董屋に電話をかけて相弟子に知らせて、リンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を修めるように祈って、母方の祖母の往生時間、名前、生まれ年を登録して、リンチェンドルジェ・リンポチェの返し電話を待っていた。同時に、母親と連れて急いで病院へ行って、母方の祖母の口の中に1つの甘露丸を置いて、絶えずに母方の祖母に教えて、彼女ら一緒に道場へ、リンチェンドルジェ・リンポチェが主催の施身法を6、7回参加して、必ずリンチェンドルジェ・リンポチェに確り従って、はじめて浄土へ行くことが出来る。彼女は六字大明呪を読みながら、母親がコントロ-ルを失うかを観察した。おじさんとおばが急いで来た時、看護婦は大体を移すのことを促して、続いて葬儀社のスタッフは祖母がお風呂に入ったことを助けようと来て、彼女を階下待たせた。

深く懺悔した、2009年の夏、父親、母親と妹と連れて台南古城へ遊んで台北に戻って来た後、母親はまた発病して、夜中はやかましくぶらぶらして、目つきは異常であった。宝石店へリンチェンドルジェ・リンポチェn加持を求めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは加持を仰った:「そなたは私が無敵鉄金剛と思ったか」意外に母親がご自身にて言った:とても気分が悪かった。慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェはもう一度母親を加持した後、供養を取らなかった。あの時、頭が雷に打たれようになって、自分が皈依したが仏を良く学ばなくて深く信じて固める信心がないと分かった。皈依したのに、また鬼が身について母親を発病させたと疑った。常に供養することが出来ないため、母方の祖母が息を絶えた後、大体が全て受け取った苦しみは自分を深く懺悔させた。 当夜彼女は祖母が安祥な顔を夢見た。彼女は深く信心で母方の祖母が是非リンチェンドルジェ・リンポチェに従って外魔に取られることをさせない。

翌日骨董屋へ施身法を参加するため識別証を取りに行った、相弟子は説明してくれた、「ポワ法」を得るのは大変大きい因縁と福報である、すごく努力して願ってはじめてチャンスがあった。それに、彼女が土曜日に父親、おじさん、徒妹、妹等一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェに願って済度を求める面会の申し込みを協力した。それに彼女に施身法を行う時母方の祖母を観想するのを覚えさせた。結局土曜日はちょっと母方の祖母の頭七法要で、おじさんと一番小さいおばは生前極めて少なく見舞ったのに、母方の祖母が死んだ後、特に頭七を重視して、親友らに是非皆参加するように要求して、それに後悔して、徒妹達を道場へ行かせなかった。最後、結局この弟子と父母家族4人に面会を申し込ませた。

リンチェンドルジェ・リンポチェはなんのご用かと聞いた?母親は大変急いで台灣語でお母さんは死んだと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェはもう一度義理祖母の生まれ年と名前を聞いた後すぐ観想して、義理祖母が腎臓疾病にかかって、喉にはパイプがあって、右側の肩のほねが沈下したと仰った。慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェは直ちに「ポワ法」を修めた、あの頃、彼女が全身へ発熱して、あるの熱気がしきりに頭を突いて、頬は真っ赤で、それは義理祖母が死んで悲しくて震えてしくしくと泣いた、それはリンチェンドルジェ・リンポチェが自分のエネルギ-と福報で未皈依の義理祖母を済度した。リンチェンドルジェ・リンポチェに恩に着て不肖な弟子の供養を受け取って、また88才未皈依の父親に頼んで両手で供養して、リンチェンドルジェ・リンポチェに恩に着て、父親に福報を蓄積するチャンスを与えて、供養を受け取った。道場を離れて電話でおじさんにお知らせて義理祖母が既にリンチェンドルジェ・リンポチェが修めた殊勝な「ポワ法」を得て浄土へ行った。それに、いとこ達にこのよいニュースを伝えて、また皆にポワ法を得た後頭蓋骨の上に丸い穴があるはずと教えた、おじさんの認めを貰って、撮影組の相弟子に写真紀録の撮影することを賛成させた。

2月16日、お祖母さんは火葬した後、骨が非常に綺麗な鴇色を現れて、親戚達に頭蓋骨の丸い穴の写真に見させられた。兄弟子は丸い穴は非常に珍しい現象で、リンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を修めてから現れる現象である。リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝し、98歳で、一生に苦労し、出国して台湾に離れて享楽せずお祖母さんに浄土に行けた。告別式には出席した13位の兄弟師に感謝し、告別式の親戚達に寶吉祥仏法センターに始めて聞いて見させた。こんなに一続きの過程により、親戚達に彼女が菜食したり、供養したり、毎週に道場に仏を学んだりする事を反対しなかった。母の兄弟は同様に仏法が要る親友に紹介させて彼女に聞き合わせる。

彼女は養護ホームで働いてある長者に出会ったことがあって、2代の敬虔な外道信者で、癌の末期で全身が水腫で、病院の進出が頻繁で、往生した前に昏迷に落ちて、全身の厳重な水腫が退去する事が出来ない。家族、息子及び教徒たちは極めてお見舞いに来て、この長者の病状と本来のイメージが大きな差別を受け入れない、誰でも率いて礼拝をして行く事がない、自分で生んだ息子でもお見舞いに来る事もなかった。だから、病人に世話する事とは供養を止めて金が替わった。ただ大慈悲願力のリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲願力はこんなに多くの重病の弟子或いは信衆を受け入れて、清浄な道場に入られる。毎年に、大法会の会場に入って一緒に大法会に参加する事が出来て、その上、道場に往生者にポワ法を修めて済度した事がある。

彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝し、母親に人間地獄の苦しみを解脱させて、再び精神が渙散しない、2年余りの加持してから、再び発病して入院した。2008年11月、幸いがあってネパールツアーに参加し、帰国してから日曜日の法会に参加した後で、モーターバイクを乗って母親に率いて帰宅の途中で、不思議なタイヤが滑ってそれで転倒して、幸い前後が車がなかった。母親の左手は骨折して、入院して手術を行って、その上、寶吉祥中医診療所で一回に診察させて、2ヶ月以降に治していった。骨科の医者は驚いて彼女に話させて、母親の年齢により、1ヶ月に早めて石膏を解いて治す事が簡単な事ではなかった。精神科及び骨科医者は「X線断層撮影に、頭の中に血が溢れる状況により、母親が既に中風し、手が壊れて、足が壊れて、その上、膝もカルシウム化が厳重し、手術しなければならない」と説いた。でも今までには、手術がしなくて、薬も飲まない、母親が手と足が何か問題がない、依然として歩んで走る事が出来る。リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝し、母親の冤親債主に仏法の利益を得て、苦しみを減らさせた。2年前に、高齢88歳の父親に告知し、皈依した母親が再び入院した事がない、父親は肩から重荷を下ろしたような長嘆した。リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女達の家族に救った事に感謝し、ある家庭の怨みと恨みを治めて、益々円満なる集まっている。

リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝し、彼女の心に安定させて、仕事も安定させて、表情が再び恐れさせない。もしリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依しないならば、毎日に気管切開術を行って、極めて重病な病人に接触し、健康なる人間の心理を難しく調整し、仕事に長くて働かない。皈依してから、彼女はただある事を正しくして、ある日に通りでレストランの前にある鉄篭にいるねずみが恐れることを見て、誰でもいない際に彼女を勇気を出して鉄篭を開いてねずみに早く離れさせた。

仏を学んでいる4年間に一心して仏法を日常生活に応用しない事を懺悔し、左耳に入って、右耳に出して、お祖母さんに往生した時に7日間に苦しめて済度を得て始めた。普通に焼香しない、苦しい時に神頼みの助けを得られない事を体得し、供養する事が出来ないのも自分に反省させた。彼女は良い主人を選ばなくて、家庭暴力にあって、不倫なので離婚してしまった。自分が常に母親に吼える事を懺悔し、会社で働いて、看護婦と社長さんの事を文句を言った事を懺悔した。リンチェンドルジェ・リンポチェの繰り返して忠告する教誨に背かないため、彼女に勇敢で仏を学ぶ心を引き起こさせて、彼女が必ず素直に従って、自分の心をよく掌握し、仏法を真剣で学んで暮らしに応用していく。或いは、お年寄りになったら、身体の病苦を受けて、出かせぎ労働者に頼み依頼の苦しみを受けて、もし業力を現れて、精神医学認知症に罹るならば、必ず戒律を破って何も食べて、最後記憶力に完全な瓦解してしまう。現在の多くのお年寄りは「現世を知らない事は何世であるのでしょうか」の病状が益々多いで、これにより業力の恐れを体得する。現在、深く体得し、生々世々にリンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏を学ぶ重要が分かっている。

リンチェンドルジェ・リンポチェの母親のお祖母さんに感謝し、貴方が居ないなら、弟子達はこの世にこんなに偉大な修行者に出会う事が出来なくて、命を要らずに苦しみ衆生を済度している。お祖母さんに感謝している。お祖母さんに安康吉祥を祈っている。尊貴なる金剛上師の仏法事業を栄えている事を祈っていて、常に世間に住んで、六道の有情衆生に利益して、衆生の輪廻の苦しみを解脱させる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上がった後に、大衆にこう開示した。先週皆に観世音菩薩の灌頂を与えて、そして修める方法を教授して、今日先ずはこの本尊を紹介する。観世音菩薩は東方でほとんど誰でも知っているので、南伝仏教――いわゆる上座部—-伝わっている地区(即ちスリランカ、ミャンマー、タイなどの地区)の者は、観世音の菩薩を知らないのである。南伝仏教の地区は小乗仏法を修めて、釈迦牟尼仏の初期開示された《阿含経》と《雑阿含経》を主として、これらのお経の中にはまだ観世音菩薩を講じていない。それから釈迦牟尼仏が《妙法蓮華経》を説き伝える時に、たくさんの仏陀の弟子が離れた。これがすべての人の縁が異なって、根器が異なって、適する修行する法門は異なるから、一部の阿羅漢を修める弟子達は釈迦牟尼仏の講じる法があまりに複雑だと感じて、受けることができなくて、聞きたくなくなり離れてしまった。

《妙法蓮華経》は仏を学んで修行する基本的な概念をたくさん言って、大乗仏法を修行するのに対してとても重要であり、最も重要なのは確かな出離心を講じているのである。日本では《妙法蓮華経》に基づいて創られた1つの宗派「日蓮正宗」があって、主要にこのお経の名称を唱える。昔、ある一つの修行する方法は妙法蓮華経の経文を唱えて、1つの字を唱えて1つの字に礼拝するが、今の人は既にこのように修行しなかった。

阿弥陀仏は、私達が今五濁悪世にあり、私達の本性──即ち仏性が貪、嗔、痴、慢、疑など五毒にごまかされると仰った。《妙法蓮華経》の「蓮華」は蓮の花であり、その意味は私達は身が五濁悪世にあっても、しかし、もし仏陀の教法に従って努力して修持することができるならば、依然として清浄で汚染がない本性を回復することができて、蓮花は泥水の中に育つが清らかなままで、泥に出るが、しかし依然として清らかで美しい花が咲くことが出来る。だから、仏法の中で大量に蓮の花のシンボルを使って、私達も仏像がすべて蓮の花の席の上に座るようなことを見ることができる。

《妙法蓮華経》は1部のとてもおもしろい経典であり、その中では多くのストーリを運用して比喩を行ってたくさんの観念を解説する。例えば、そのお経には、衆生が世の中の安楽で戸惑って、輪廻が一番大きな過患であることを了解しなくて、まだ急いで仏法を学んで生死に解脱することを知らなくて、だから、衆生は1群の子供が1基の広大で華美な大きな家の中で身を置いて、遊び戯れて遊びに似通うように講じた。この大きな家は既に火事になって、急速にこれらの子供まで燃やすが、しかし子供は全然に気にしないで、たとえ両親があれこれと説得しても、やはりこの火事の家を離れることを承知しない。しょうがない、両親は2台それぞれ牛と鹿に引かせる大きな車を用意するほかなくて、車の中はおもちゃをいっぱいに積んで、子供を誘い込んで部屋を離れて、この車に搭乗して、火事になる大きな家を離れる。

この火の家は輪廻の過患を比喩して、火事になる家のように同様に危険である。両親は仏菩薩を代表して、衆生が苦しみを受けることに会って見過ごせないで、方法を考えつくして衆生を救度する。この二台の車は小乗と大乗の仏法を代表して、衆生を載せていて輪廻の苦海に脱離することができる。車の上のおもちゃは衆生の欲求を代表して、いわゆる「以欲勾之」で、衆生のある方面の欲求を満足させて彼に仏門に入るように教え導く。例えばそなたは禅定が好きであれば、そなたに禅定をあげることができ、そなたは浄土が好きであれば、そなたに浄土をあげることである。

しかしお経の中にも講じて、例えようやく子供を連れて危険な火の家を離れても、少し注意しないと、子供はまたあっという間に、暗くて危険で、野獣や化け物がいっぱいある恐怖の森林の中に走って入って、仏陀はまたその中へ入って探しなければならない。まるで両親が子供を教えるように、子供にいくつかの地方に行くことができないのを教えたが、しかしちょっと注意しないと子供が走っていった。仏菩薩はどうして衆生を度し終ることができないか。というのは、衆生がすべて言うことを聞かないため、救助したことを得た後にまだ戻る。そなた達はこの話を耳にして恐らく何もないことだと感じ、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは初め大衆を度し菩薩道を行った後に、だんだん妙法蓮華経の中で言われるこの比喩を体得して、確かに衆生を度することが難しい。

そなた達は仏菩薩に救い出されてまた走って戻って、ずっとぐるぐる回って、ある時には、私達は犬が自分の尾を追ってかむことを見て、巻いてずっと輪を回転して、そなたはそれを見ると、とてもおかしいと感じる。実は彼は遊んでいるのではなくて、お経の上にも言及されて、犬がこのような行為がある原因は、一部の悪霊が犬の尾を引き延ばしてそれをからかって、一部の悪霊が塀の上に座って笑わせるからである。もし家は自分の尾を巻いてかむ犬があることを見るならば、通常悪霊があり、この霊は通常家の霊であり、家の霊はすべてよく済度されていない祖先或いは傷つけられた衆生であり、家でこのような状況がある人は懺悔するべきである。

だから、出離心がとても重要であり、即ち輪廻の家を出離する。出離心があるのは仕事を働く必要はなくて、男女関係が結婚しなくて、子供をもうけてなくないのではないて、これらはすべてそなたの因縁であり、そなたが仏を学ぶかどうかと関係がなくて、最も重要なのはそなたの心構えである。そなたが肯定的な出離心がある時に、輪廻の中から解脱して、そなたは世の中の事に対する見方も違う所がある。固めていない出離心であれば、そなたはどんな法門を修行するに関わらず、すべてはそなたに浄土に着くように助けることができない。

仏がまさにそなたを連れて火の家を離れるようである時、そなたは離れることを決心して、まだ動作がなくてはならなくて、ようやくあの車に乗って行くことができる。もし決心しないならば、足は火の家の外に急に伸ばして往復して、外でもしあちこち走っても乗車したくないならば、仏陀もそなたを手伝えない。浄土に往生して、輪廻に解脱するよう発願することは、仏陀が私達に教えるのが最も重要な事である。もしかすると一部の人は私達が再び帰って来て大衆を度することを要するのではないか。世の中の1つの団体は信者が発願して再びこの団体の者になりに帰ってくることを求めているが、仏法から見ると、これは無常を信じないであろう。史書を開けて、どの団体、組織が永久不変に存在するのかを見たことがあるか。もしこれらの信者たちは生まれ変わり帰って来た後に、原本の組織が探し出せないで、彼らにどのようにさせるか。もし菩薩の果位まで修行するならば、ようやく願に乗って再び来ることができるが、さもなくばそなたはただ業に乗って再び来ることになり、そなたの業力に従って再び輪廻しにくる。輪廻過患、輪廻はは1種の深刻な過失である。この世の中ではただ仏法だけがまったく輪廻の問題を解決することができて、その他の宗教はすべて駄目である。

発願するのはとても重要であり、仏菩薩の願力は彼のすべての事業と功徳の総集である。嘗てある女性の出家者は彼女が50願だと公言して、阿弥陀仏の48願を除いて、もっと多くの2つの願を増えて、50個願になった。このような言い方は妄語を言うのである。阿弥陀仏の48願は阿弥陀仏がすでに菩薩の果位まで修行してから、累世に菩薩道を行う長い時間の中に、よくしっかり思惟して、自分がある願をやり遂げることをできるのを確認して、やっと発する願であり、気軽に考え出して発する願ではない。この48願はすでに仏陀のすべてのやり遂げることができる願を含むのである。この女性の出家者がまたこの48願以外に更に2つの願をプラスしたいのは、これは貢高我慢であり、独りよがりな心である。

願力は口で言うのではなくて、もしやり遂げないと、ただ幻覚だけになる。小さい時に、私達はすべて作文を書いたことがあって、私の志願は何であるか、本当にやり遂げる人は何人いるのか。どうしてできないか。なぜかというと無常のためである。発願してただ1つの目標に向かって前に歩くだけでなくて、自分がちゃんとできることを肯定してやっと発願する。

ある米国から帰って来る偽密宗の上師は活仏と自称するが、もし生きている仏があるならば、それでは死んだ者もあるのか。仏はすでに不生不死であるから、その故あの人も妄語を言う。中国大陸でリンポチェを活仏だと称すことに慣れるように、これらはすべて誤った用法である。事実上、「活仏」という言葉は清の朝臣が慈禧太后に歓心を買うためにこの呼び方を始めるのである。お経に記録があり、釈迦牟尼仏は涅槃した後、56億万年をたってから弥勒仏はようやく地球に来て成仏するから、その期間は住世する仏がいない、たとえ行者が仏果まで証得してもそなた達に知らせない。

若し肯定的な出離心がないと、執着が現れるて、他人が必ず我々に優しくしなければならないと思った。ある人は父はいい人なのに、何故この事に遭ったと言ったが、仏法は善いや悪いなど分けなく、全ては因縁、因果である。しかし、そなた達は彼は自分に優しくすれば、いい人だと思った。何故他人がそなたに優しくしなければならないか。若し生きる時にこの感覚を気になれば、往生する時も皆は私に優しくすべきだと思った。その時、若し他人が出来ないなら、瞋恚を起す。リンチェンドルジェ・リンポチェは多くの衆生のためにポワ法を修める時、嘗て亡者は自分の足を動かれ、布団をうまく被らず、道士は側に鈴を鳴らし、ある人は側に聖歌を歌い、慈悲心を使わず助念など原因により、瞋恚心を起した事を見た。そうすれば、地獄に堕ちるかもしれない。実は99%の人は必ず地獄に堕ちるとは限らない。それは多くの人は大悪ではないが、小悪は少なくない。唯1%の人は必ず地獄に堕ち、他の99%の人は因縁に従い、亡くなる前に最後の考えはそなたが行くところを決める。冤親債主とはそなたを批判して、仕事を順調にさせない人ではなくて、本当の冤親債主はそなたが臨終の際に、側にいる最も愛する人であり、そなたに心掛かりを起させて離れたくない人だ。ある人は自分の子供をとても愛したから、最後に子供の顔を見ないと、息を止めず、死んだ後子供を思いから再び人に転生する。

法会に参加する時、自分の裁判が解決されるように求めない。元々三年を判決するのに、法会に参加するから、一年を判決するかもしれない。果報は消えないが、最も重要なのは裁判のお陰でそなたに機会を与えて、仏法を接触できた。そなたはこの火宅を離れる事を決めるはず、出離心があるべきだ。六道に輪廻すれば、限らない苦しみを受ける。リンチェンドルジェ・リンポチェは宿世の因縁があって、この家に生まれたかもしれないが、父は道教を修めてとても高いレベルを修められた。リンチェンドルジェ・リンポチェは幼いから父に従って、道教を習った。色々な世間の事を見たから、リンチェンドルジェ・リンポチェは堅い出離心がある。リンチェンドルジェ・リンポチェも嘗て天道の最低なレベル欲界天に行った事がある。天界に行くのはある試練を通さないと行けない。天道の最低のレベルだけど、欲界天の美しさは地球に何処でも見えないだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは当時も戻れたくないが、父が引っ張らないと戻れない。欲界天は既に美しいが、阿弥陀仏浄土は言うまでもない。早く出離心を持って、浄土に行って再び地球に来ないで。

観世音菩薩は釈迦牟尼仏が紹介された菩薩である。我々は始めてその聖号から見よう。観世音菩薩の「観」は目で見る事ではない。我々が言われた五眼のは肉眼、天眼、知恵眼、法眼、仏眼である。菩薩は知恵眼、法眼、天眼があるが、仏と違うのは仏眼を持っていない。此処に言われた「観」とは少なくとも知恵眼で見る。それは肉眼で見るのは制限が有るから、たとえ天眼或いは法眼で見てもある所も見えない。知恵眼しか宇宙の中に全て苦しみを受ける衆生を観察できない。「観想」とも肉眼で見るわけではない。観と想は二つの事だ。観とは知恵眼で見て、想は意識で考える。そなた達はまだ知恵を修めないから、先に意識で考えなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは亡者を済度する時、自分が衆生を助ける事を感じなくて、自分が亡者であるのを見る。リンチェンドルジェ・リンポチェは知恵眼で亡者の執着を見た。知恵は根本智及び後得智を分ける。全ての衆生は皆仏と同じな根本智を備える。しかし、後得智は仏を習う事を通して得られる。後得智は得れば、我々の根本智を開発しなければならない。根本智がないと仏果を修められない。

「世」は六道の有情衆である。ある時ある者は植物は音楽を聞けば、よく生長できるや細菌が危険に遭うと逃げるから、そなたは菜食しても食べた物は命があると言うかもしれない。仏法は命を言わず、仏法は有情衆と無情衆を分ける。有情衆は好き、嫌い、変転浮沈に対して感じる衆生だ。例えば動物は別れると悲しいと感じる。菩薩は覚有情であり、覚悟した有情衆である。人から修めた。六道の衆生はこの地球だけではなくて、全ての宇宙虚空の中に全ての衆生を含める。宇宙とは単純に我々にいる銀河系だけではなくて、全ての虚空である。仏教に記載されたが、宇宙の真ん中は須弥山である。つまり、我々が言われた銀河系であり、四部洲がある。合計四つの惑星も人間が泊まっている。宇宙人があるかどうか。必ずある。地球人は宇宙人である。人間がアダムとイブから生じた事ではない。仏経に記載されたが、地球人は所謂「光音天」の天道から飛んできて、UFOに乗るわけではない。当時の地球はとても美しい惑星である。天人は地球にある「地肥」という食べ物を食べたせいで、体が重くなるから飛べないから、地球に泊まって、部屋を建設し、生活など事をした。何故歴史がある宗教は全て死んだ後、天上に戻ると言っただろう。それは人の意識の中に最初天から来た意識を残ったから。

「音」は衆生が苦しみを受ける音である。此れは発音した音ではない。人道は声でコミュニケーション以外、鬼道、地獄道、阿修羅道、天道は全て心で感応して、話す必要がない。だから、心から発した音なら皆分かる。たとえそなたは何処にいても六道の衆生は誠心で祈れば、観世音菩薩は助けに来る。我々も「苦難から救い出す観世音菩薩」と言われた。必ず大きい声で観世音菩薩の聖号を唱える必要がない。若しそなたは苦難の中に懇切に観世音菩薩の聖号を唱えれば、自然に大きい声だ。若しそなたは大きい声で他人の声を覆って、他人の声を聞きたくないなら、このやり方は余りに適切ではない。

観世音菩薩は古仏から再び転生された。古仏とは人類文明の前にまだ他の文明があった。観世音菩薩は今回文明前の仏である。仏経に記載されたが、合計七尊仏は地球に住世された。観世音菩薩はこの七尊仏前に既に成仏された。何故既に仏に成るのに格下げされて、菩薩に成って再びこの娑婆世界に来ただろう。仏は菩薩の区別は菩薩がまだ衆生を済度する念を持つから、衆生に近づいて、そなたが求めれば、難しくない。仏はもう思いを起さないが、衆生を済度する念さえ持っていない。此処に仏が慈悲ではないと言えないが、唯仏と菩薩が行う事は違うと説明した。我々は仏が自ら教えを得られないから、仏が行った事は我々が想像できない。仏が行った事は初地、登地以上など菩薩を教える。それは菩薩を教えて仏果になれば、多くの衆生を利益できる。例えば観世音菩薩は大学の教授であれば、仏は大学院の教授である。だから、観世音菩薩は我々に近づいた。そなた達は幼稚園の学生のようだから、観世音菩薩のような大菩薩は直接教えられない。若しある者は観世音菩薩を見る事を言えば、それも嘘だ。例えば、直貢チェツァン法王はリンポチェを教えて、リンチェンドルジェ・リンポチェはガムポ、信者、一般根器の人に仏法を教える。自分が直貢チェツァン法王に皈依したから、弟子になると思わないで。直接に仏法を教えるかどうか判断する。直貢チェツァン法王が主法した法会に参加しても直接に伝授を受けると言えない。リンチェンドルジェ・リンポチェのように直貢チェツァン法王が一対一直接に伝授しなければならない。菩薩は衆生を済度する時、菩薩の願力によって違って、異なる衆生を教える。

我々は観世音菩薩が「法身大士」と呼ばれた。それは十六地菩薩を証し、仏果に成る大菩薩である。故に我々は菩薩摩訶薩を称された。つまり、法身菩薩という意味である。観世音菩薩は菩薩を呼ばれても、法性が既に法界に入ったから、声を聞き、苦難を救い出す事ができて、専念に衆生が苦難を受ける事を聞いて、普度衆生した。知恵眼で見て、心で宇宙六道衆生は苦しみを受ける声を観照して、分別心を使わない。此処までに言うと、ある者は始めて信じないかもしれない。しかし、自分の考えで論議しないで。そなたは習わず修めないから、言う資格がない。

菩薩は顕教に於いて、初地菩薩から十地菩薩に修め、十地菩薩から仏果を修めると、極めて長い時間にかかる。密法は初地、八地菩薩から一気に十六菩薩まで修めて、十七地まで修めると仏果になる。故に仏経に記載されたが、若し十地菩薩を修めた後、仏菩薩は彼に勧めて、密法を修める。注意なのは「勧める」が、受けるかどうか自分が決める。仏法はそなたを強引して何をするわけではない。「退転」とは菩薩は衆生を救済する心は消えて、自分が修める状況を変える事は退転と言える。八地菩薩を修めた後、衆生を救済する心は永遠に退転しない。そなたたちは仏法の名詞を勝手に使わないで、法会に参加しないのは自分が退転と言う。そなた達はこの状況は懈怠と呼ばれる。つまり怠惰だ。何故自分が怠惰だと承認しないだろう。現場にいる皆はリンチェンドルジェ・リンポチェより忙しい人はいない。リンチェンドルジェ・リンポチェは年寄り、幼い子供を世話し、また1000名以上弟子があって、尊勝の直貢チェツァン法王の事、教派を護持しなければならない。また会社の社員を世話する必要がある。忙しい状況はそなた達は想像出来ない。たとえそなたは10万人以上の社員を管理する社長だ。しかし、社長でもどんな事でも自分がするわけではない。下にまた手伝い人がある。

観世音菩薩は修めて成就を得る法門は「耳根円通」である。耳根円通とは耳の形が丸くて、敏感ではない。人は六つの感覚器官があって、「六根」と呼ばれる。即ち目、耳、鼻、舌、身、意である。「所」とは一つの場所で、そなたは外界のメセッジを受けた後、このメセッジは根の「所」に入る。若しそなたはこの情報に反応があって、作用を起せば、「能」を生じる。能は一つのエネルギーであり、このエネルギーはそなたの第八意識田-阿賴耶識に残る。感覚器官はメセッジを受けても必ずそなたの心はメセッジを受けるとは言えない。若しあのエネルギーは起こらないと、メセッジは入り込めない。

二人の医師弟子も臨床に於いて、確かにある病例があると言った。患者の目或いは耳など感覚器官はとても正常で神経も問題がないけど、脳中枢はメセッジを処理する部位は問題があって作用を起さない。だから、患者は自分が見えない或いは聞けないと思った。この病例はリンチェンドルジェ・リンポチェが開示されたメセッジが内部に入られない状況と似ている。仏菩薩はとても特別なので、医師を多く手配して、リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。医学を通して解釈して、そなた達に知らせた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは続いて開示された。若しこの「所」の情報はそなたの内在、外在でも作用を起さず、エネルギーを起さないなら、そなたは定めの境界にいて、意識を起さず残らない。所謂「聞所聞尽」である。聞とは聴聞の意味だ。入定とは完全に考えがないとは言えないが、一つの考えに定めることである。例えば、そなたは専念に一つの事をした時、ある者は側に歩いてもそなたも感じない。若し耳根から修めるのはある音に専念にし、他の音も取り除くようだ。例えばある者は経験があって、自分が好きな音楽を聞く時、この音楽だけ聞き、他の音は聞けない聞こえないかもしれない。また、例えばそなたが好きな人から愛してると言うとき、この言葉以外他何も聞こえないと同じである。

そなたは耳根が入定するのを修め得た時、1本が五本をあなたはきっと修理耳のつけねへ入りに来ることができる時一本は五本を摂受して、外の五本も従って役に立たなくて、即ち耳根圓通と言う、只1本を修め得れば、他の五本も一緒修め得たのである。これは観世音菩薩が尋声救苦(助けの声を聞き苦しみから救う)の願力と関係が有り、観世音菩薩は助けの声を聞き苦しみから救う、それで自然に耳根より修める。耳根から着手して、耳根より入定して、耳根が入定すると、その次第に他の根も入定させた。だから、顕教で、人のお体は仏を学んで修行するの法器と言う事があり、我らのお体の毎部分は全て修行することに用いられる、但し、必ず先生が引き連れてそなたにどのように一歩一歩を修めるのは必要で、そなたの六根より修める。

しかし密宗は「眼根」より定を修める、それでリンチェンドルジェ・リンポチェが入定したとき、眼は全部動かない。只眼で修めるのが割合に容易ではなく、眼が比較的に鋭かったから,ちょっとすこしの黒影が過ぎると、そなたの眼球は全て動いて見る。耳根より修めるのは他の根より比較的にしやさしかった。

ここで特に入定と言及入った、ある者は入定とは思いがあらなくてあそこで定めるのである。そなたが見て机があそこですこしも動かなくて、机が入定したか?ある者は全ての物が要らなくて、全部放空するとはじめて入定と言う。しかし、そなたが「私は放空して欲しい」と思えば、これは1つ考えが起きられた;「私は考えが要らない」と思うと二番目の考えである;まだ「なぜまだ空にならないか」と思ったら、三番目の考えである;続いて「私が死んでも放空する」と四つ目の考えである。

ある者は入定する時眼が閉じないとどう定めるか?リンチェンドルジェ・リンポチェが申された、眼がものを見ると入定が出来ないため眼を閉じるなら、また耳が声を聞こえて、鼻が味を嗅ぐことが出来る。耳、鼻が全て詰め切るとしても,まだ皮膚があり、そなたはどうする?仏法の修行はとても自然で、他人にそなたが大変可笑しいものと思わせない。そなた達が見える、リンチェンドルジェ・リンポチェは入定するとき、眼球は動かない。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェを真似ないで、学ぶと目玉の子は突然出て来たかもしれない。

入定であれば出定があり、大迦葉尊者はまだ雲南の鶏爪山に入定していて、五十六億年後、彌勒菩薩が地球に来て大迦葉尊者がはじめて出定して、釈迦牟尼仏の衣缽を彌勒菩薩に伝える。彼は感覚がないか?そうではなく、心が起きられないから。

六道の衆生の中に只人類がとても特別で、声より通じる、それで、仏が仏法を宣伝する。地獄道、鬼道の衆生は声ではなく心で通じて、天道もっと言うまでもない。鬼はそなたに教えたいことがあれば、そなたの目の前に立つとそなたの心がはっきり分かった、だからあれら観落陰が言っている鬼の話は全て嘘ばかり、鬼にあったという者も可笑しいである。人類は心で通じなくて、そなたの心がもう感応しても,やはり信じない。

密法、呪文は全て「嗡啊吽」三つの文字を始めた。我らは1つとても静かな所にいて、何の声もなかったが、まだ耳の中に「嗡」との声が聞こえる。ある者は言った、静寂する時、自分の心臓の跳び声が聞こえた。どんな静かな所でもそなたが自分の心の跳び声を聞こえることが出来ない。聞こえれば良いことではなく、心臓に問題がるとの現われで、検査されるべきである。空気の中に陰、陽離子があり、これは空気が摩擦に生じられた静電な声である。そなたが呼吸している時、空気摩擦するも音が起きられて、これは自然現象だ。宇宙縁起の初めての声は「阿」である。だから、天主教、キリスト教ではア-メンで、イスラム教ではアラで、仏教では阿弥陀仏と言う。ム-ンに上がった一番目の宇宙飛行士アムストラン、彼はム-ンの上で唯一聞こえた声こそ阿であり、それで帰って来た後イスラム教を信じたことに変わった。「吽」とは宇宙の爆発した音である。

所謂「耳根清浄」とはそばにくどくどしく言う者がいらないのではなく、これ実も仏法の名詞で,自分が好き、好きではないに区別せず、まったく自分の考えが要らず、清浄な心で聞いて自意識が起きられたことはないとの表れである。我らの耳は好き、好きではないもの;良しと悪しと分別する。我らは賞賛、お世辞を聞くことが好き、批判の話しを聞くのが好きではない。何故、ある者は良く他人の話しを聞き間違った、1つの原因は自分の主観的な意識の役割で、他人はまだ言い終わらない前に自分がすでに自分の考えがあって、事前に立場をを設立したて、相手が何が言いたいのを勝手に思った。。もう1つの原因は自分の「所」に障碍があった。もともと彼にとって、有利的、助けがある話、ひいては仏法は全て耳に入られなくて、或は入った後かえって違う考え方があった。

直貢チョンツァン法王の中国語は北京の口調であり、ある記者は直貢チョンツァン法王に訪ねる時、直貢チョンツァン法王が記者の質問を分からなくて、直貢チョンツァン法王が記者の質問を回答する時、ある記者も分からなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェはあのとき側に少し説明した。なぜリンチェンドルジェ・リンポチェが聞き分かったか?リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チョンツァン法王の根本弟子のためではなく、リンチェンドルジェ・リンポチェは耳根清浄であって、直貢チョンツァン法王が全て仰った事を了解できた。直貢チョンツァン法王は若いごろ嘗てアメリカで住んで英語を勉強した、ある外国人が直貢チョンツァン法王に質問を聞いた時、直貢チョンツァン法王は英文で回答して、たまに言葉の使いはあまり相応しくなかったが、あれら外国人は全部直貢チョンツァン法王が仰ったことを分かった。それは、彼らの心が大変恭しくて、自然に聞き取った。そなた達のように絶えずにリンチェンドルジェ・リンポチェが全て言ったことをいちゃんもんをつけたのではないから。

仏法は変えるのが見えるんである。たとえば 一般的な人の胸のどきどきは毎分70回で、リンチェンドルジェ・リンポチェの方は現在毎分61-64回である。それはそなた達が呼吸を2回してやっとたっぷりの酸素の量を取って、リンチェンドルジェ・リンポチェの方は割合に深くで、只一回で十分である。これらお体の変化は求めないで、思わないで、相手にならないで自然に現れる。そなた達がいつも求めてかえって求め得ない。

「妙法蓮華経」の中に観世音菩薩を紹介するのは「観世音菩薩普問品」であり、「普門品」この名詞は観世音菩薩の専用で、どうして普門品で観世音菩薩酷い品と呼ばれないか?或は慈悲品か?この名称は観世音菩薩の聖号に呼応する。「普」とは普通、普遍の意味ではなく、六道衆生を普及済度して、全ての衆生を全部済度出来て、宗教を問わず、そなたは天主教、キリスト教、イスラム教、モルモニズムにもかかわらず,そなたが苦難の中にすれば、観世音がそなたを救いに来ようとする。「門」は一門深入との表れである。一門深入とはそなたがある1つ法門を専修するのではなく、どの法門の中には禅、座禅、浄土がある。所謂門は解脱門で、そなたは解脱門に入るこそ正確な道である。

「観世音菩薩普問品」は無盡意菩薩が釈迦牟尼仏に観世音菩薩の功徳を申されるように願って、釈迦牟尼仏がはじめて観世音菩薩を紹介した。それは無盡意菩薩が観世音菩薩を知らないのではなく、なぜ聞くか?仏法は「縁」を重んじるから、ある者が口を出すこそ、仏が申される。それで、ある者が道場に伺いに来た時、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず彼にどのご用かと聞いて、彼が口を出して聞かなくて、求めなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼が何の事かあったと観て分かっても言わない、縁がないから。

仏は始めから無盡意菩薩を善男子と呼んだ。此処の善男子は生死より離脱出来る聖者との表れで、此処の聖者は我らがすべて知ったヤソまたは孔子とは同じではない。普問品の中に説いた、観世音菩薩は衆生と同じの身を現われて彼を済度する。天神、国王、居士、四衆(比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷)を問わず、全部彼と同類の相を現われる。

普問品は多くの者が全部読んだ、中には多い重要な観念があって、本尊の功徳、修行の方法、供養の重要を紹介する。経文の中にまた観世音菩薩が多くの災厄、刀兵、首枷など災難を救った、これらは全部真実である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは二つの小話を申された、訴訟或は監獄の災難があれば観世音菩薩を読んでも助けがある。何年前、ある男の子、彼の彼女が心変わりをした、彼が仕事をしているレストランのコックも徒って彼の気を済ませるため、二人が一緒に相手を切って傷つけに行って、現場で捕まられて、すぐ現行犯の名義で警察官へ連れて行った。あの頃、この子の父親は関系を通じてリンチェンドルジェ・リンポチェを見つけて、彼の息子を救うように望んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの父親が跪いて絶えずに額ずいて願っているのを見ると心が柔らかになってしまった。この子が毎日道場で千仏懺を拝むのを要求した。リンチェンドルジェ・リンポチェが側に観世音法門を修めて、あの子も従ってした。リンチェンドルジェ・リンポチェは一人検察官の弟子に聞いた、検察官はどのように現行犯を処理するか?この検察官弟子が回答した:現行犯のため、直接的に警察署に引き入って記録をしてから、刑務所まで送って拘留して、続いて起訴して、判決する。リンチェンドルジェ・リンポチェはまだこの弟子に聞いた、相手がまだ病院に横になって、また現行犯であれば起訴しないかもしれないか?この検察官弟子が回答した:不可能である。とても不思議で、この事は後不起訴になった。勿論、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に相手に謝って賠償して、沢山をさせて、一番大切のはこの子は懺悔心を起こって初めて有効であった。例え懺悔心がなければ、観世音菩薩がそなたの目の前に立ってもそなたを助けることが出来ない。

もう一つの物語はリンチェンドルジェ・リンポチェの息子に関した。彼は未だ就学していた期間に、リンチェンドルジェ・リンポチェが息子に午後10時半以降に外出する事が出来ないと提示させた。ある夜、急に彼が会わなかったと発見し、それから、真夜中の3時に保安大隊からの連絡が来て、息子が警察局に居ていた事と言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは警察局に着いたら下記の事を始めて知った。彼らのクラスメートは三つの西瓜刀が買って、2台のモーターバイクを乗って、ある者に殺す予定であったが、幸い相手が居なくて、或は厳しくなった。その時に、彼らはあるモーターバイクが壊れて、品物が全てリンチェンドルジェ・リンポチェの息子のモーターバイクに置いて、真夜中ので警察から塞き止めて、刀を捜し出された。この中の一人のクラスメートは前科がある様に、リンチェンドルジェ・リンポチェの息子が極めて正直で、この三つの刀が殺させる用と回答した。本来、リンチェンドルジェ・リンポチェはその場で息子を持って帰れたけれども、然し、当時に息子が牢獄の災を持っている事を知っていたので、彼に警察局で一夜を残させて、この報いを応じて、翌日の9時余りに彼を率いだした。それから、毎日に息子が道場に拝懺させて、リンチェンドルジェ・リンポチェは側に観音法門を修めて、事柄が終ったまでである。結局がもっと不思議で、訴状は検察官向こうに送り届けて、訴状が如何に書いた事が分からなかったが、リンチェンドルジェ・リンポチェの息子を累犯者を書き上げて、実は、彼が違法した事が無かった。基本的に、訴状は書記官が見てから問題点をマークして、検察官がみずから見ることが殆どないで、然し、この検察官は極めて詳しくて、この問題点を見つけて、この案件は警察が潅水した容疑があることと考えて、最後も訴えないで処理した。

そなた達は、必ず子供を持って帰りたい、他の件が後でまた考えている。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは息子が牢獄の災難が知っていたので、息子にこの果報を発生させて、息子にある教訓を与えて、彼に監獄に一夜に泊まって、このようなよくない事を知らさせた。これは観音法門の力で、然し、当事者が懺悔心を起さなければならない、もしリンチェンドルジェ・リンポチェが観世音菩薩と相応する事修め得る行者は居ないなら修法しても役に立たない。そなた達は果報を発生しないと望んでいて、然し、全ての事の発生がこの原因があり、何か運が悪い事がない、ただ福報を使い尽きて、果報が出現してしまう。そなたは逃げる事を思ってはいけない、果報を発生してから何でも無くなる。福報が足りるならば、自ずから解決出来る。我々は福慧があってから生死を解脱する事が出来て、福徳が業が変わられない、ただ一部の人天福報を累積し、そなたに来世に使わせられる。功徳がそなたの業が変わられて、我々は功徳を修めて、智慧も修めなければならない。

もう一つの物語りがあり、リンチェンドルジェ・リンポチェは前日運転してある道路つくりを経て、駐車した時に不注意なので、少しだけで道路つくりに入って、結局工人は凶悪的なリンチェンドルジェ・リンポチェへ見て、然し、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に見た時に、その工人はすぐに10余りの歩みを後退し、まだお辞儀して謝罪した。経典には、観音法門を修める行者は如何なる傷害を受けない、観世音菩薩の光は彼に世話させて、悪鬼を悪の眼に見ても出来ない、と記載させた。

この何個かの小話は一同を教えることで、観音の法ドア中所が話す都は眞です。ただ、条件がそのとおりあって、方法で、ただ条件と方法は経ることにはっきりしていることを書かなかった。なぜ仏陀ははっきりしたどれの条件を話さないか?仏陀在世間は話す品が余計であったことを求めて、時間がすべて到達すると話さなくて、やむを得ず先にあなたの観世音菩薩にこれらの大きさを教えて有能に、つきましては内面の話した事をどんなにか頼むことができて、依然として師に上がってあなたのもののために忙しくしなければいけない。だからなぜあなたたちが師に上がることに対してうやうやしいことを求めるか?上師の光はやっとあなたたちを覆うことができる。里有を経って「一心に唸の観世音菩薩と称する」を求めることを話して、これはそうでなく唸の1の唸の観世音菩薩の聖の号を願った、身体はすぐよくできて、亭主の狐のお化けはすぐ走ってしまうことができる。頼んだ方法はまちがってすぐ有用でなかった。「心を一つに」は誠心誠意に切望することで、なくてあらかじめフィールドを設立して観世音菩薩にあなたのためにあなたをやり遂げることを願った欲しい形、仏陀菩薩のどこにまだ一定のどんなを要求可能なことを要求する結果?

「普門品」には、常に恭しく観世音菩薩を唱えるを記載した。瞋念が重い、愚痴、男女の欲望が特に重い人も観世音菩薩を多くて観世音菩薩を唱えなければならない。常は恒久を指して、唱えるのは口でずっと唱える事ではなくて、却って全ての考えは観世音菩薩に恭しくなる。恭敬は最も速めに福報を生じる方法で、此れは何故そなた達に上師に恭敬させる訳である。だから、そなた達は観世音菩薩を唱える時に、全ての話し、全ての字は恭しく唱えて、唱えてから何か効用がある事と思ってはいけない。100回で唱えてから、観世音菩薩が来るかと思ってはいけない。何故未だ来ないのでしょうかと持ってはいけない。観世音菩薩を見える事も思ってはいけない。仏経には観世音菩薩が32個相があり、32個応化身があり、どちらの相が観世音菩薩のでしょうか?そなたは観世音菩薩に恭敬したら、観世音菩薩の化身が来てそなたに助けてくれる。観世音菩薩がそなたに助けてくれる方式はそなたが知らない、時にそなたは観世音菩薩がそなたに助けてくれる事も分からない、此れは観世音菩薩が報い事を気にしないわけである。時にそなたの事が急に好くなって言って、時に変わって、立場を設立してはいけない、欲望を持っていって求めてはいけない。観世音菩薩がそなたに助ける方式はそなたの欲望を満たす事ではない、却って永遠なそなたの問題を解決し、ただ菩薩が私に助けてくる事を信じている事は自分である。リンチェンドルジェ・リンポチェのように衆生を助けてくる方式が色々があり、時に打ち、時に罵り、時に供養できない事を処罰させて、供養出来ない事を処罰させないと、そなたが如何に自分の間違いを知っているのでしょうか?

現在、一部の人々じゃリンチェンドルジェ・リンポチェに頼んだ時、威嚇的な心構えで用いた。口には我々が何回目の施身法に参加し、何回目の共修法会に参加し、心には「このようなすれば、どの程の効用があるじゃない?もし効用がないならば、貴方が駄目であるのでしょうか?」といわれた。此れは威嚇で、少し恭敬心がない、如何に助けを求められるのでしょうか?

リンチェンドルジェ・リンポチェは何回目に「普門品」には最も重要な一段落を供養に関する物語に開示された。無盡意菩薩は釈迦牟尼仏が観世音菩薩の功徳を聞いてから、大歓喜心を生じて、既に頸に百千両価値の黄金の珠宝の瓔珞を取って観世音菩薩に供養し、観世音菩薩を取れなかった。無盡意菩薩は菩薩に衆生を憐憫させて、供養を受けてる事を求めて、仏を説いて観世音菩薩に衆生を憐憫させて受けさせて、観世音菩薩が始めて受けて、その上供養を二部を分けて、一部が釈迦牟尼に供養し、一部が多寶仏塔に供養した。此れは無盡意菩薩が最初の心が大歓喜心を起して、自分の歓喜の為に供養したので、観世音菩薩を受けない、後で衆生の為に祈って、此れは「法施」にて供養するので、観世音菩薩が供養を受けて始めた。供養は財施、法施、無畏施を分けて、此処に特に説いたのは法施で、仏法を以って供養して行った。リンチェンドルジェ・リンポチェはこのようであり、供養の心構えが間違ったら受けない。無盡意菩薩は10万両の瓔珞を供養しても拒否させて、そなた達は如何に随意に供養して受け入れるのでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェは随意に供養を受けない、受け取ると渡して出して、その上、そなた達の供養により多くなっていく。

次回に再び観世音菩薩の修行方法を説く。それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは既に皈依を申し込んだ信衆の為に皈依儀式に行った。リンチェンドルジェ・リンポチェはこれ等の信衆を率いて皈依の誓いを唱えてから、皈依した後に注意しなければならない事を解説させた。
(1) 天神に頂礼する事が出来ない、つまり寺へ神に求めて祀る事をしてはいけない。
(2) 有情を傷つけない。そなたは皈依した後は、一切の有情衆生を傷つけてはならない、もちろん菜食しなければならない。
(3) 外道に依止してはならない。
(4) 三宝を見る時、恭敬心をもって対応しなければならない。仏、法、僧という三宝を見る時、恭敬心をもって対応しなければならない。頂礼をする事を都合が良くないでも、合掌して礼をしなければならない。僧は出家者ではなくて、四衆が輪廻を解脱する法門を一緒に修行したら、僧団と呼ばれている。
(5) 別な事に遭遇しても、他の方便を求めようと、皈依戒を破ったことになる事が出来ない。上師が居ないので、御籤を引くことや、他所で占うことなどをしてはいけない。
(6) 時間通りに供養するべきである。道場に供養するべきである。そなた達は皈依してから義務と責任があってこの道場及び教派の活動を護持しなければならない。道場の全ての費用は、全て「使用者が支払う」という観念を以って、皈依弟子に共同で護持する。道場に供養する金額の多寡は重要ではなく、しかし、毎月に護持しなければならない。

そなたたちが皈依したのはチベット仏教の中の直貢噶舉教派である。直貢は地名で、噶舉が口伝の意味である。直貢噶舉は830年あまり前に、祖師ジッテン・サムゴンから創立させられた。「有部根本毘奈耶経」には、五つの事柄をしてはいけない事と記載された。これら五つの事柄とは、因果を信じなく、怠惰(上師が教える法門はそなたが修めず)、悪口(上師或は同じ道場で修行する兄弟子を誹謗する)、考えに恥を知らず(同様な間違いをずっと犯して再び犯す)、悪知識に近づく(そなたに生死を解脱する事が出来ないのは悪知識である)。

皈依した後、五戒を守るべし、戒律は上師から伝授するべし、自分が上に守る事が十分だと持ってはいけない。五戒は「不殺生、不偸盗(海賊版、贋物を買う事は全て含めて居る。人様の品物はまだ人の許可を受けないで取る事は全部盗用の範囲を含める。)、不飲酒(煙草を吸わない、麻薬を吸わないを含める)、不邪淫、不妄語(誑語をしない、悪口をしない、綺語をしないのを含める」。

皈依後我々は八つの利益を得る。
(1) 仏教徒になったことだ。
(2) 一切戒律の拠り所になる。
(3) すべての非人が危害を加える事が出来なくなる。
(4) 一切の罪業が軽くなり、さらには消すこともできる。
(5) 心に広大な福徳資糧が増える。
(6) 死後悪道に堕ちない。
(7) 心には殊勝な道が生じる。
(8) 学ぶ事を絶えずに、無上菩提の証を得て、有情に利益する事までである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皈依証の法相、直貢噶舉派のマークを紹介させて、その上、皈依文を口伝した。それから、皆に教えて、以降に皆をかくグループを分けて、其々グループ長が皆に対応させて、何か意見或は問題があればグループ長に反応出来る。グループ長は皆にサービスし、そなたの上師ではない、仏法の問題をグループ長に聞かない、如何に修める事に聞いてはいけない。

それから、皈依儀式に進行し、リンチェンドルジェ・リンポチェは儀式の中に、皈依に一撮みの髪を切り取って、一方は悩みを切る事を代表し、もう一方は出家を代表する。ここに出家するのは三界輪廻の家を出離する。リンチェンドルジェ・リンポチェは髪を切る同時に、皈依者があるチベット語を唱えなければならない、金剛薩埵の心咒を唱える声に、リンチェンドルジェ・リンポチェは皈依の髪を切る儀式を行って、今回19位信衆はリンチェンドルジェ・リンポチェの門下に皈依し、寶吉祥の弟子になった。皆はとても法喜を充満した。

法会が完了した後、リンチェンドルジェ・リンポチェはまた信衆を続けて接見し、午後の4時40分から5時20分まで、13位の信衆の為にこの世の一切の苦しみを解決し、仏法を開示された。

2011 年 03 月 20 日 更新