尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ の法会開示

2010年12月1日

尊勝直貢チェツァン法王、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ及び寶吉祥仏法センター弟子は六十人余りはニュージーランド南島クイーンズタウンで昼食を食事した時、当地の新聞記者は特にレストランに来て、直貢チェツァン法王、リンチェンドルジェ・リンポチェ及び寶吉祥仏法センター弟子は、ニュージーランドに訪れた目的及び日程を取材訪問した。

直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェはクイーンズタウンで当地新聞社の特別取材を受けた。

翌日当地の新聞The Southland Times(写真1)及びMountain Scene(写真2と3、ウエブサイト:http://www.scene.co.nz/282517a1.page)は顕著な記事で直貢チェツァン法王、リンチェンドルジェ・リンポチェ及び直貢チェツァン法王の従者ラマ僧の写真を登載した。また、「重要な仏教領袖」で直貢チェツァン法王を呼ばれた。更に直貢チェツァン法王が自ら主導し、リンチェンドルジェ・リンポチェが護持して、建設している直貢噶舉教派「ミラレパ閉関センター」を報道した。更に、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏法で多くの癌の弟子を助けて、薬を飲まなくても病気を治癒した事、多くの人を瀕死の状態から救った事も報道した。

写真1

写真2

写真3:現地の新聞社は直貢チェツァン法王及びリンチェンドルジェ・リンポチェを取材訪問した報道内容だ。

直貢チェツァン法王は寶吉祥弟子に開示を賜った。

その夜、尊勝直貢チェツァン法王は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ及び寶吉祥仏法センター弟子は六十人余りはレストランで晩餐を食事した時、直貢チェツァン法王は特に寶吉祥仏法センター弟子達に短く貴重な開示を与えた。釈迦牟尼仏は2554年前、インドのブッダガヤで涅槃された。また、仏陀の教えはブッダガヤを中心として外へ伝えた。我々は仏法の伝承が小乗、大乗、金剛乗に分けると言ったが、当時の仏法は小乗である。其の中に「乗」とは負担という意味である。小乗は自分が一人のために解脱できて、別に衆生を考えない。「地域」から見ると、「南伝仏教」でも呼ばれる。ブッダガヤから南へスリランカ、タイ、ミャンマーなど地区に伝えられた。500年後、龍樹菩薩から始めて大乗仏教があって、北伝仏教でも呼ばれた。ブッダガヤから北へインドの北部、ラダックの西部、パキスタン、アフガニスタン、西域、中国など地区に伝えられた。それは負担されたのは一人の利益だけではなくて、衆生のために修行するから、大乗仏教を称す。台湾に於いて中国仏教歴史を研究する本に小乗は仏教が始めて形成した時期、大乗は仏教の発展した時期、チベット仏教は仏教の後期とある。チベット仏教は約西元第7世紀から始まって、当時チベットで苯教の影響力がまだ深かった。仏教は蓮花生大士の時始めて仏教に深く植えつけた。中国から先に伝えられたのは禅宗である。この部分について、直貢チェツァン法王は現在研究して本を出版された。資料はパリ図書館と大英図書館での蔵書、シルクロードの敦煌の石窟第十七穴に発見された資料であり、直貢噶舉基金会は大英図書館と協力して出版した。

直貢噶舉の直貢は地名で、噶舉とは口伝という意味である。直貢噶舉の伝承はインドの東部バングラデシュのテロパ及び彼の弟子―一インドの西部スリランカに生まれたナロッパ尊者から始めて、二人共は在家上師である。それに、ナロッパは那瀾陀大学(Nalanda University)と超戒寺大学(Vikramashila University)の住持を担当した事があった。その後、マルパ聖者は嘗てインドへ3回で、ネパールへ4回で法を求めに行って、那瀾陀大学(Nalanda University)と超戒寺大学(Vikramashila University)の重要な経典をチベットに持って帰って来た。マルパ聖者の弟子はミラレパで、ミラレパはガムポパに伝授して、ガムポパの下には四つ噶舉教派に分けられた:噶瑪噶舉、察巴噶舉、巴絨噶舉、帕竹噶舉である。ガムポパの一番重要な弟子パルマ・ツォクパで、帕摩竹巴は500名成就を得た弟子があって、その中に重要な伝承は八つの噶舉派である。直貢噶舉、竹巴噶舉、達隆噶舉等を含んで合わせると噶舉には「4大八小」があるとは言える。

ジッテン・サムゴン祖師は紀元1179年に、ラサ市の東北の180キロメ-トルの所で直貢梯寺を建って、直貢噶舉派も創立した。あの頃、「山は直貢山で、地は直貢地である」との一言が伝われていた。全盛時期には18万の出家衆がいた。この目覚ましい数字は直貢噶舉の歴史に載せてあるばかりではなく、5世のダラィ・ラマさえと噶瑪噶舉等其の他教派の歴史にも載せてあり、それで、真実で嘘ではない。あの時、ジッテン・サムゴンは嘗て別々に何百名、何千名より、最後まで5万名あまり僧達をカンティセ山脈(Gangdise Mountains)へ派遣して、5万名あまりをラーキ雪山で、5万名あまりはツァーリ(Tsari),と3ヶ所の聖地へ閉関して修行させた。この3ヶ所は勝楽金剛の聖地である。直貢チェツァン法王はカンティセ山脈地区へ言った事があった。あの地区には過去大勢の僧者が閉関して修行した遺跡をまだ見える。地元のある者も修行者が別の山地区より飛んで乗り越えた等沢山仏法の物語りが流伝している。

直貢噶舉がチベットに於ける最も重要な寺院とはラサの北東の直貢梯寺で、直貢チェツァン法王は直貢梯寺の金頂がリンチェンドルジェ・リンポチェにより護持して造られた事を再度説いた。直貢梯寺と尼瑪旃陀羅は直貢噶舉がチベットで二つの閉関センターで、主に大手印五支道とナロ六法を修めるのである。現在、直貢噶舉はチベット、インドで2百個余りの寺院があり、海外で1百個余りのセンターがあり、今迄には、大体で既に軌道に乗り、これらの寺院とセンターが自主管理が出来で、最近の5、6年間に既に仏法の修め習う事に著して、重大な事柄があったら、直貢チェツァン法王により処理が要る。

これからの10年後、直貢チェツァン法王は多くの力が三つの海外閉関センターの造りをあげて、一つが西徳(西欧地区)に於け、二つがハンガリー(東ヨーロッパ地区)に於け、三つが今回、皆に参加して訪問したニュージーランドのニュージーランド(南太平洋地区)で、此の三区は直貢チェツァン法王自ら管理して造られて、此の所に三年の閉関をする予定である。直貢チェツァン法王はこの三つの閉関センターを作って、意義の上に祖師ジッテン・サムゴンが過去にカンティセ山等の三大閉関センターの伝法事績を見習った。直貢チェツァン法王は最後全ての寶吉祥弟子に愉快を祝福している。

2010年12月4日

船長と副船長は直貢チェツァン法王が安定して運転することを褒めて、一緒に記念の写真を撮った。

尊勝な直貢チェツァン法王、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ及び寶吉祥仏法センター弟子の60人余りは、観光遊覧船の乗って著名なミルフォードサウンドを遊覧した時には、遊覧船の運転手が主動的に直貢澈賛法王に遊覧船を運転してみる事を要請した。直貢澈賛法王は操作要領が速くて熟知し、専業運転手と同じように安定して運転した。リンチェンドルジェ・リンポチェは感動させて「法王は法船を運転して衆生を済度する」を説いた。全ての寶吉祥仏法センターの弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに極めて感謝し、弟子にこのような殊勝な機会を作ってあげて、大修行者と一緒に船を乗って渡す福報因縁を累積した。

直貢チェツァン法王はどこまでも行っても、リンチェンドルジェ・リンポチェは何時で側にいて、身辺の世話をして、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに可愛がって、師弟の間柄は父と息子の関係のように見える。

2010年12月11日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、午後4時50分から夜10時まで、139名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

2010年12月12日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、台北寶吉祥仏法センターで、殊勝な共修法会を主催して、心の体性を開示して、しかも法会が円満に終了した後に、信衆に接見して、午後4時10分から5時30分まで、41名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

法会前、ある女子の弟子はこう分かち合った。彼女の父親は2010年6月~11月の間に、何度もリンチェンドルジェ・リンポチェの助けと加持を求め得て、既に11月3日午前中病院で安祥に他界した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの大恩恵と慈悲加持に感謝して、彼女の父親の受けなければならない病苦を短縮させて、そして施身法を修めて済度させて、彼女の父親に善道に往生できるようにさせた。

今年(2010年)の6月中旬に、同僚の紹介を通じて、彼女は初めてリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに来て、その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは既に彼女の父親の問題を見て、そして明確に彼女が父の心臓及び尿道のことに注意することを強調して、彼女は父がふだんとても養生しているだけと表して、これらの警告を決して気に掛からない。彼女の父親はこの前にもう2ヶ月間入院していて、リンチェンドルジェ・リンポチェはサポートに加持されていただき、その後に順調に退院して、彼女もリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。

しかし娘とする彼女はあまりリンチェンドルジェ・リンポチェが諭した仏法を生活の中によく用いていなくて、直ちに父の来世のため準備することが分からなくて、ずっと父の病状の好転をむさぼり求めて、彼女の父親は7月2日に風邪で尿道の炎症を引き起こして熱が出るから、そして病院に入院して治療してもらって、当日に病院はすぐ、彼女の父親が急性の呼吸衰弱にて敗血症を誘発したことを教えて、そして危篤になることを宣告した。すぐ、全家族人はほとんどこれらの事実を信じることができない。その同時に同じく上師がよく弟子を教えるように人生無常を信じて死亡がずっと身の回りにあることを検証した。自分自身は上師、仏菩薩に恭敬心で清浄に供養していなくて、且つ自分がはすごく親不孝であり、父のために福報を累積していないで、その故に、リンチェンドルジェ・リンポチェのポワ法の助けを得ることができなかった。

この女子の弟子は、こう深く懺悔した。彼女はずっと因果を深く信じなくて、無常を信じなくて、すべては目、耳、鼻、舌、身、意で独り善がりに事をしていて、貪、嗔、癡、慢、疑など五毒で暮らしていて、永遠にただ他の人の間違いだけを見て、自分の間違いを見ていないで、いつも感じの中で暮らしていて、考えが多すぎて、比較する心が多すぎて、分別心が多すぎて、自分に要求がたくさん多くて、他の人にも要求が非常に多くて、独りよがりな考えが多すぎて、妄想も多すぎて、良し悪し、是非に固執して、慈悲心がなくて、絶えずに悪事をしているのである。皈依した後、上師の教えた仏法を信心が深く日常生活の中に用いていることができなくて、依然としてずっと過去を後悔するままに生きていて、執着して手を放さないで、未来を心配し悩んで、1日中妄想をしていて、無数な考えはあちこち走っていて、ひっきりなしに続く動いて、修行していないで、具徳の上師が絶えずに繰り返す教導を無駄にした。

女弟子は自分が親孝行しない事を後悔した。父の体から警報が出た時すぐに父の体調を関心しなかった。また、父が病気に罹った四ヶ月間、すぐに父の来世のために準備できなくて、引き続きに父の病状はよくなれるようにむさぼり求めた。いつも医師の指示に従っていた。そうすれば父に対して最もいい手配だと思った。短く四ヶ月間に父は三回の挿管の苦しみを受けて、往生前五日二回カテーテル手術を受けた。カテーテル手術を受けた後、意識不明になった。また、父に心臓マッサージされて一時半救命処置を受けて、ECMOをつけて、人工透析など治療方法を受けた。しかし、ECMOをつけた後、父の病状はよくなれず、口及び尿管から血が流れた。この全ての苦難及び苦痛は表面的に父を助けて、命の現象を維持し、奇跡が現れると望んだ。実は父に地獄にいるように苦しみを受けさせた。身の回りの眷属は全て父の冤親債主だ。必要がないお金及び力を浪費して、父の使えない肉体を世話した。同時に父のために福報を多く積み縁を遅延させた。最後全家族は非常に苦しくて、仕方がなくて、助けを得ない状況で彼女の母は道場に行って、抑えられない気持ちでリンチェンドルジェ・リンポチェに請求して、父に苦しみを離れて楽を得る事を求めた。大慈大悲なリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、信衆を五時間以上接見した後、悲しい母を見て、すぐ父の名前と生まれ年を聞いて、真言を長く唱えていた。更に悲し過ぎた母を加持した。女弟子はこの夜病院に戻って、父の面容は落ち着くようになった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、父を助けて、苦痛を減少させた。

11月3日11時49分、彼女の父は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持で呼吸は益々弱くなって、最後寝るように往生した。全家族は交替で仏号を唱える事に伴い、もがき苦しまなかった。全てはリンチェンドルジェ・リンポチェの助けと加持を感謝して、父に苦痛を減少させた。また、家を助けて、大金の医療費用を節約した。彼女は供養を惜しんで、教えに従わなく、いつもこうすれば自分のお金が足りるかどうかを計算しながら、少なく供養すればいいと考えていた。完全に教えに従わず、奉じなくて、恭敬心で清浄に供養しなかった。だから、上師は彼女の供養を受けなかった。しかし、大慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェは悲しい母を見ると、母の苦痛を非常に関心して、母と必ず父を済度する事を約束した。同時に父のために告別式の日付-旧暦10月19日(新暦11月24日)を選んだ。更に慈悲して、母に施身法法会に参加させて、正法を聞かせた。再度リンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲を感謝して、福報が薄い彼女に父の初七日の間に道場で大礼拝して、父のために福報を累積した。

11月24日父の告別式が円満に終わった。火葬した後、骨は薄いピンク色及び薄い緑色が現れた。兄弟子の協力ではっきりに父の頭蓋骨に縁が整然として貫通された丸い穴があることを見えた。また葬儀社の人に知らせ、父の身の一部分の骨に舎利花を見つけた。葬儀社の人はこの人が必ず大能力、大修行者が法を修めた成就だと話した。女弟子は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、引き続きに弟子を助けて、慈悲に法を修めた。全ての事は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは具徳で具量で不思議な上師を証明できた。

女弟子は自分が恭敬心で清浄に供養しなく事を懺悔した。自分が教えに従わなく、エゴ、死亡、痛み、損なわれる事を恐がり、福報がなくて、悪業が深く、仏法を聞き取れなく、教えに従い奉じなかった。皈依以来、毎回法会に参加して、いつも仏菩薩の守りを求めて、人天福報を求めていた。欲望の中に絶えずに追って、エナジー及び命を消耗して、自分に仏弟子としてなれなかった。更に上師が教えた仏法をしっかりに思惟しなくて、上師に恭敬心をもって依止しなくて、本当に供養、布施しなかった。彼女は自身の体調もよくなくて、歩いた時に常に目がくらんで、頭痛していた。更に腰が痛くて眠られない。また、漢方医の処方に従って薬を飲まなかった。此れは全て彼女は上師に信心が足りないから。彼女は自分の心の恐ろしさ、自分が独り善がりを懺悔して、仏を習う人と似ていない。リンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、弟子を諦めなくて、完全に無私で弟子に与えて、引き続きに機会を作って、弟子を助けていた。また、弟子に機会を与えて仏を習える。彼女は決心して、必ずしっかりに仏を習って修行しなければならない。必ず上師リンチェンドルジェ・リンポチェに従って、教えに従って奉じて、自分を改めなければならない。そうしないと、上師の恩に返さない。

続いてある男弟子は以下の通りに報告した。彼は2004年11月に始めて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。当時妻と妻の姉と一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェにを求めた。その時にリンチェンドルジェ・リンポチェは親切だけど、少し厳しいと感じた。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の心通及び宿命通を表して、彼に長年の結びを解けて、また彼に長い間に苦しんで追った事も終わらせた。

彼の父は1983年に亡くなった。その時彼はまだ師範専科学校に勉強して、生死と因果に対して全く分からなかった。父が彼を離れて、命は巨大な迷いと悲しみに落ちた。父は厳しいから、幼い頃から父に対して愛したり、憎んだりしていた。父は亡くなって、彼たちを守る大きい樹が突然に倒れたようだ。「樹静かならんと欲すれども風止まず、子養わんと 欲すれども親待たず」(子供が孝行しようと思ったときには親はなし、親は待ってくれない。)という事は彼の命の中に最大の遺憾になった。死亡について、あの時の感覚は永遠の消えと離れだ。世の中にどんな時間でもどんな場所でももはや父の姿を見えなくて、父と話せなかった。

寶吉祥宝石店に入って、待った時間の間に兄弟子を感謝して、熱心にリンチェンドルジェ・リンポチェが様々な衆生済度事跡を説明した。彼たちにリンチェンドルジェ・リンポチェに信心を起させた。リンチェンドルジェ・リンポチェの法席前に跪いて、恭しく三回を頂礼した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは親切で慈悲に妻と妻の姉が問う事を開示された。彼たちに因果を信じて、菜食して、引き続きにリンチェンドルジェ・リンポチェが主法する法会に参加すれば、苦痛を軽減して、求める事も円満になると開示された。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲の顔を見て、彼は久しぶりの父を見えるようだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた開示した。「家は殺業が重いなら、眷属は睦まじくなく、求める事は思った通りに進めない。若し家で亡者は地獄道にいると、在世の親族は胸にうっけつと感じた。もう生きる魚、海老などを食べないで、上海蟹を食べないで。」続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは彼に「貴方は肉を食べない」と言った。彼はうっとりして、「何故リンチェンドルジェ・リンポチェは知っているだろう。」

感謝して離れた後、宝石店外の廊下で妻は妻の姉と話した。「何故リンチェンドルジェ・リンポチェは私たちが上海蟹を考える事を知っているだろう。」彼の心の中に驚いたり、喜んだりして、元々経典や古代世界の中に祖師大徳の神通と知恵は真実に彼たちの目の前に現れた。

二十数年以来、彼は努力に勉強して、仕事していた。家の経済は少し改善したけど、心の遺憾と家庭の雰囲気は相変わらず変わっていない。更に嘗て思ったが、「家庭は本当に苦痛と負担しか存在しない所だ。引き続きに争って、落ち着かない。」上師、諸仏菩薩は慈悲なので、彼のような薄い福を持つ人を諦めない。嘗て学生に「弟子規」を教えたが、其の中:「両親が亡くなったら三年喪に服し、泣いて親の恩情を忘れないこと。 住まいは簡素にし、酒肉や情欲は慎まなければならない。」彼の生活、命は改善できないと、経典だけ読め、経典に従って確実に実行したほうがいい。だから、彼は古代人を真似して、父のために三年間菜食して、父に喪に服さない過失を補った。四年間に菜食していた後、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会えた。

数週間後、再びリンチェンドルジェ・リンポチェの法席前に父の事を尋ねた。「父は亡くなってから長く時間に経って、今どの道に輪廻しているだろう。」慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェは知恵の言葉で話した。「貴方は父の生前に何を行った事を考えれば、はっきりに分かった。」彼は父の一生を考えてから返事した。「父は生前に犬を殺した。」尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは更に開示された。「そうだ。引き続きに法会に参加して、早いのは数回で遅いのは一年、二年であれば、祖先は済度を得られる。」彼は最初リンチェンドルジェ・リンポチェが主法の施身法しか参加していないが、毎回仏法を聞くと、彼が「本当に聞くのは得難く、真実であり嘘ではない。」と感じた。今まで彼は学問として仏本を読んで研究していたが、虚栄心、傲慢心で仏を習った。本当に間違った。ある一回に法を修めた前、リンチェンドルジェ・リンポチェは突然に指で彼を指して、「この人は専念なのは祖先は済度を得たいから」と言った。彼はまたうっとりしてぼんやりした。よく考えると、父は其の法会に済度を得たはずある。

2005年7月10日彼は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。11月リンチェンドルジェ・リンポチェと八十数人兄弟子と一緒にインドのヂャンチュウブリンへ行って、リンチェンドルジェ・リンポチェの根本上師尊き直貢チェツァン法王が主法の喜金剛灌頂法会に参加するつもり。出発前の一週間10月31日月曜日朝、妹から電話を貰って、「継父はもう亡くなったかもしれない。今救急車にいて病院へ行く途中」と泣き声で話した。男弟子はすぐ悲しいと感じたけど、幸いリンチェンドルジェ・リンポチェのいつもの教えを覚えた。彼は妹に伝えて、医療関係者に高度な応急処置を施されない。家に帰ってすぐ仏に頂礼した後、皈依証を持ちながら、大慈大悲なリンチェンドルジェ・リンポチェを観想して、病院へ行った。

病院の往生室の中に、彼は皈依証を継父の前に捧げて、彼に話した:「これはリンチェンドルジェ・リンポチェで、継父安心してリンチェンドルジェ・リンポチェに随って行って下さい。」それから皈依証を病床のそばの小テーブルの上に置いて一番上の妹、妻と一緒跪いて仏陀、直貢チェツァン法王と上師の法照の前に、順番に「阿弥陀仏」仏号を8時間唱えた。8時間を経てから、継父が元来開けたまま口は少し閉めて、顔つきも大分落ち着いた。後事は礼儀会社にお任せて、彼は続いて上師リンチェンドルジェ・リンポチェを観想、憶念して、上師に継父を済度するようにお願いした。翌日の午後、彼と母親、妻、一番目上の妹、及び3才の息子と寶吉祥宝石店へ、継父を済度するように、リンチェンドルジェ・リンポチェに面会を求めた。彼は先、側で跪いて懺悔しながら祈っていた。彼はとても恥ずかしかった。継父のため仏号を唱えていた数時間の中に、あんな危急の時間で、やはり妄念が起こした。考えて見ると「人」は本当に大変かわいそう、自分の肉親をどう助けるか?逆に、宝石店の中に跪いて、リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲力の加持で、彼がやっと自分を安定して、心の中に雑念がなくてリンチェンドルジェ・リンポチェが信者へのご開示を聴いて見るのが出来た。

彼等の番になって、リンチェンドルジェ・リンポチェの座席の前に跪いた。継父が生前リンチェンドルジェ・リンポチェに伺った事がなくて、病気が重かった時、リンチェンドルジェ・リンポチェに面会を求めるのを承諾したが、案外に継父がその日の前に亡くなった。彼がリンチェンドルジェ・リンポチェに継父が善道へ往生することを助けるとお願いした。慈悲的なリンチェンドルジェ・リンポチェはもう一度彼に聞いて、彼は相変わらずに言った:「尊きリンチェンドルジェリンポチェ、継父が善道へ往生するのを助けてください」。リンチェンドルジェ・リンポチェはそれで呪文を唱え始めた。事後、相弟子が彼に教えた:リンチェンドルジェ・リンポチェは継父のため、一番殊勝で、慈悲な「ポワ法」を修めた。

リンチェンドルジェ・リンポチェが修法した後彼らに継父が嘗て働いた職業を聞いた。彼らは答えた:彼は船員になったことがあった、その後、鋼鉄工場で働いた。リンチェンドルジェ・リンポチェはついで開示された、継父がこの法を貰えるのが、彼ら子供達の親孝行と祈請を除いて、継父が船員だった時海の上で人を救った事があったのである。母親ははいと回答した。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた特別に母親に覚えさせて、肉で亡者を祭ってはいけないと言いつけた。母親はいえと答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた仰った:「覚えておいて。」母親はあれから一、二年間に、いつも自分が忘れっぽくてとても苦しいと言った。但し、この二年間、薬を飲まずに治った、もう彼女がこのように言ったことを聞かなかった。これはリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲の加持力である。リンチェンドルジェ・リンポチェは常に衆生を心配して加持している。こんな事はあの頃、彼が全て気づかなくて恥ずかしかった。

彼の継父の告別式の中に、最後遺容を仰ぐ儀式中で、彼は継父の元来開けたまま口が既に閉めて、顔つきが嬉しくて安祥したのを見た。ところが継父が全く赤くなった顔は、葬儀社の者に化粧されたと思ったが、後ほど相弟子達が自分の事を共にするのを聞いた後、これは「ポワ法」で済度され得た前兆の一つをやっと分かった。継父の遺体を火葬した後、骨灰は白くて綺麗で、沢山の所にピンクと浅緑の舍利があった。大勢の相弟子が嘗て共にした物語のようである。 葬式を取り扱った過程の中で、家族皆は安心で和楽と感じた。一生苦労で奔走して正直に人を扱った継父はやっと離苦得楽が出来た。時時感念してこの全てはリンチェンドルジェ・リンポチェの無限な慈悲と恩徳で得たのである。

彼の一番目上のおじさんは継父と全部同じで一生苦労した者である。学歴があまり高くないが、若い頃、肉体労働をしてから建設産業の責任者までになって、粗末な労動者からした,橋を作ったり、道を開けたりして、沢山の大工程をして、いっぱいお金をもうけた事があった。惜しんだ仏を学んで善を修める事が出来なくて、晩年はお金を使ってしまって、子供は身の側にいなくて、母親の家の上に住んで多くの病気にかかった。彼は母親とあまり遠く住まなくて、帰って訪ねる時一番目上のおじさんと出会って、彼の身の後事も心配した。2006年6、7月の間、一番目上のおじさんはだんだん病気が重くなって、検査で非伝染性の肺結核であった。2006年8月、この弟子は祥楽旅行社がインドのヂャンチュウブリンへ、直貢チェツァン法王のお誕生を祝いに挙げた500名巡礼のツアーを参加しようと思った。行く前妻に言いつけて、一番目上のおじさんは彼が出国期間中に亡くなったら、彼にインドの法会の中に彼を観想させ出来るように、彼に電話或いはメールをして欲しかった。

「福徳因縁がなくてはいけない善男子、善女人」こそ、臨終する時呪文を唱えて浄土へ往生するのが出来た。リンチェンドルジェ・リンポチェはたびたび《阿弥陀経》で皆に福報の蓄積する必要のを教えた。佈施、供養、持戒することは全て自分の能力を尽くすべきで、その上、法会に持続参加する。これも嘗て開示された:「因縁福報が足りなければ、臨終する時リンチェンドルジェ・リンポチェの法照を見るチャンスもない」これは真実語で、彼の一番目上のおじさんは因縁福報が足りなくて、臨終する時、リンチェンドルジェ・リンポチェの法照を見るチャンスもなかった。彼が印度より帰国したと一番目上のおじさんがすでに数日間亡くなったことをやっと分かった。彼が印度での法会期間、ヂャンチュウブリンにいた時、携帯は何のメッセージも受け取られなくて、電池も使い果たした。デリ-に戻って電池を取り替えても台湾より何のメッセージも届けなかったので、大丈夫べきと思った。しかし、この間、彼の一番目上のおじさんの検査報告は意外に伝染されたのが開放性の肺結核との事を発見した。病院に緊急で一般な病室より隔離病室にかわって、間もなく、病室で亡くなって、翌日遺体が火化してしまった。これははこんな病例が必要な手順である。彼の母親の話により、一番目上おじさんが去った時、お体は縮こまっていて、顔つきは青白くて、表情は寂しくて苦しくて、見ると本当に悲しくさせたそうである。

2006年8月13 日 リンチェンドルジェ・リンポチェが台北のドーム球場で主催した殊勝な「チベット仏教直貢噶舉派阿弥陀仏無遮大済度法会」の済度リストの上に幸いに一番目上のおじさんを申込んで、彼をこの大慈悲の大法会の中に無数な衆生と一緒浄土へ往生することを出来させた。この道で曲折と苦難を受けた後。恩に着て、限れない慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェは一切の苦難な亡者を救って済度した。父親、継父と一番目上叔父さんに恩を着て、生、老、病、死諸な苦しみ、無常の速さを示現した。是非いつも自分を注意させて教えに従って実行する。師恩の重いさを始終心にかけて、師恩を報いて、怠けをしない。

もう1人男の弟子は続いて自分のことを共にした:尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに恩を着て、弟子達にチャンスを賜った。リンチェンドルジェ・リンポチェが引き連れる下に、上師に従って一緒にニュ-ジランドの関関センターに行った。同時に恩に着て、上師が随行した弟子達に尊い直貢チェツァン法王にお辞儀するチャンスをさせて、それに、直貢チェツァン法王が自らで、随行した弟子毎に加持するのを得た。

男弟子が皈依した二年目、リンチェンドルジェ・リンポチェが引き連れた下に随行してチベットのラサへ赴いた。あの頃、教派のチョン・ツァン法王は自らで全ての直貢噶舉教派の責任が全部リンチェンドルジェ・リンポチェの身の上と申された。男弟子が皈依してから今まで全て見たのは、リンチェンドルジェ・リンポチェが自分の根本上師直貢チェツァン法王に絶えずに大供養をして、教派に対して引き続いて護持して、衆生にいつも慈悲で利益して助けるのである。

2010年の始め、上師が北印度の寺院へ赴いて閉関した時、ニュ-ジランド閉関センターが建てていたが直貢チェツァン法王に一部巨額な金額を負担すると承諾した者がしなかったことを知った。それであの金は見当がなくて、直貢チェツァン法王に心配をさせた。リンチェンドルジェ・リンポチェが知った後、すぐ直貢チェツァン法王に報告して、リンチェンドルジェ・リンポチェは始めた時、既にお金をニュ-ジランドの口座に預けた。それは何が起すと直貢チェツァン法王がこのお金を使うように用意したのである。直貢チェツァン法王が知ってからすごく嬉しかった。皆はそれより、リンチェンドルジェ・リンポチェが直貢チェツァン法王に対しての心は天よりもっと広くて、直貢チェツァン法王にどんなに尊敬しているかを知ることが出来た。

直貢チェツァン法王はニュ-ジランドの閉関センターでの住所が既に完成した。 続けての大工程はニュ-ジランドの閉関センターの建設で、閉関センターの範囲の面積はおよそ60ヘクタ-ルである。この責任が非常に困難で重大である。まるで直貢チェツァン法王が仰った:全て教派の責任は全部リンチェンドルジェ・リンポチェの身の上である。リンチェンドルジェ・リンポチェがどのように自分の上師を大供養して、教派を護持して、衆生に利益するのを示現したのを見て、リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子をとして、同じように上師を大供養して、教派を護持するべきである。

今回ニュ-ジランドを随行した過程の中で、リンチェンドルジェ・リンポチェが自分の根本上師にいつも側に従って、同時に全体の行程の中に、随行した弟子に対しても絶えずに慈悲加持を与えた。上師に恩を着た。

ニュ-ジランドの南島の行程の中に直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェがレストランで食事をした時、地元の一番大きく、有名なニュ-スのメディアがニュ-スを知った後、直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェに取材が出来るようにお願いした。リンチェンドルジェ・リンポチェはすごく直貢チェツァン法王を恭しくて、特別に弟子に直貢チェツァン法王だけを紹介すれば結構で、リンチェンドルジェ・リンポチェを紹介する必要がないと言いつけた。これより、リンチェンドルジェ・リンポチェがどのように直貢チェツァン法王を敬うことを知った。翌日、地元の新聞とホ-ムぺ-ジは顕著なタイトルで,直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェとの訪問を掲載した。

今回の行程には、二人のニュージーランドの現地の信衆は、リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲的な大摂受力の下に、リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する事を伺いを立てて、リンチェンドルジェ・リンポチェも慈悲的な同意した。行程には、リンチェンドルジェ・リンポチェは極めて辛労であったが、同じように外国の信衆を接見し、また、長い時間に病気に罹って治さない者も加持を求めて、リンチェンドルジェ・リンポチェも慈悲深く信衆のために加持させた。行程には、リンチェンドルジェ・リンポチェの為に運転した外国の運転手もリンチェンドルジェ・リンポチェに極めて賛嘆し、その上、弟子に「リンチェンドルジェ・リンポチェはイギリスのオックスフォード大学或はケンブリッジ大学にで教育を受けたのでしょうか?」と問い合せた。彼は運転手に「リンチェンドルジェ・リンポチェは香港にて教育を受けて、その上高校が卒業したのである。」と回答した。その外国の運転手とても驚いて賛嘆した。

上師は自分の根本上師に大供養を絶えずにしていて、教派に絶えずに護持していて、衆生に絶えずに慈悲深く利益して助けている事を見てから、全ての弟子の皆が上師と一緒に連れで、一緒に供養して護持している事を望んでいる。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座を上げてから、参列者に殊勝な仏法を開示された。今日、心の体性を開示し続けて、そなた達が聞いてからくらくらする事を感じるかもしれないし、リンチェンドルジェ・リンポチェが何をおしゃっべる事が分からないし、然し、時間がが有限で、リンチェンドルジェ・リンポチェが依然として心の法門を伝わらなければならなかった。最近、リンチェンドルジェ・リンポチェが「心」に対する開示とは、そなた達が現在聞いてから分からないでも構わない、そなた達が将来に絶えずに修行では、未来に、上師と諸仏菩薩の開示が必ずある時に作用を発揮しているのであった。

事実上、仏法を聴く時には、分かってほしくしてはいけない、大学教授の知る事により考えてみて、小学校の学生に完全に教えても、小学校の学生が依然として分からないのである。世間の学問はこんなにすることで、況して仏法であるのでしょうか?自分が速成班に参加する事が出来ると思っていはいけない、数日の密集的な訓練を経て、仏法に対して何か分かられると思ってはいけない。仏法を聴く事は、各々の福も関係があり、時には上師がある意味をおしゃっべるが、そなた達が他の意味を聴いて入れて、福が足りないなら、上師が開示される話でも多くて聴いて、或は聞き違うのである。

心と意識は違うのであり、心は衆生が生まれてから、本来に具える仏性のであり、意識は「眼耳鼻舌身意」の作用により変動がある。仏法と人生の経験は完全に相反し、経験が如何に来るのでしょうか?実には意識の変動により累積した結果のであり、そなた達は経験により仏法を判断したら、自ずから分からないと感じていて、此れは仏法が全ての経験法則を離れて、つまり「離戯」のである。人生は遊戯のように、子供の時に、皆が役を演じる遊戯を遊んだ事があり、そなた達は子供に「何か遊ぶのでしょうか」を問い合せて、彼達も自分がある役を演じる事も回答し、実には、此れはとそなた達の現在の暮らしが違う事がない、皆はただある役を演じて暮していくのである。若し「離戯」の心構えがないなら、そなたの現在の暮らしが真実で、快楽が欲しいで、一切の良い事を失う事出来ない事を執着し、失うと極めて苦しみを感じでいる。此れはある遊戯のみ事を認知しないなら、何かを失うなら、一切の方法を尽して、それで多くの苦しみを作らせられたのみである。

仏陀が在世する時には正法時代と呼ばれて、その時の人々の業力がより軽いので、持戒したら明心見性という事が出来て、然し、明心見性に至っても菩薩の果位に至らないのである。仏は仏を学ぶ事が8万4千種類の法門がある事を開示した事があり、実には、衆生の8万4千種類の執着と悩みを対治し、仏は各々の衆生の根気と因縁により、法門を伝えて、仏を学ぶ事とは全てお4万8千種類の法門を学ぶ事ではない。

家にて宿題をしたら仏を学ぶ事と思ってはいけない、嘗て、リンチェンドルジェ・リンポチェが顕教を学んだ時には、そなた達と同じように、他人が何か経を読むと良くなっている事を聞いたら、自分が家に唱えていて、所謂宿題をする事とは、毎日に少なくとも4時間から5時間までに仏法を研究したが、自分が何を修行する事が真に分からなかった。当時には、リンチェンドルジェ・リンポチェの顕教師父は金剛乗の上師がいつも弟子の状況を気に成る事というようなではない、結局、リンチェンドルジェ・リンポチェが唱えてからボトルネックを会って、厭世の考えを生じて、此の厭世とは自殺したい事ではなくて、変わりに周囲に一切の発生した事に嫌気がする事を感じて、世間のめちゃくちゃ事を気にしたくない、ただ自分が修行をする事をしたいだけのである。実には、此れは小乗仏法に退転して修める願いになって、自分が修めて修行を得て衆生を利益願力を持ってないのである。

当時、リンチェンドルジェ・リンポチェある夢を見て、自分がおしゃれで着て、市場の外に、ある街の距離で、もう一人のおしゃれで着るの自分を見て、然し、その自分が人々に居て、皆に仏法を開示されて、彼達に喜ばせた。リンチェンドルジェ・リンポチェは夢から覚めてから、自分の昔の考えが大乗仏法と違反する事を知っていて、此れは後退して阿羅漢道の小乗の願いを修めていて、大乗仏経が「大乗」を呼ばれるとは、もっと多く荷重を受けられて、心量をもっと大きさのである。自利利他とは。自分の解脱する事を求めるだけではなくて、一切の衆生を利益する事のである。だから、ある具徳である上師に従って仏法を学んで、仏を学ぶ道に間違う道に行かないのである。金剛乗の上師はずっと弟子に監督して、何か間違いがあったら、直に指摘させる。そなた達は何故仏を学んで来て、開始する時には出発点が何の事に拘らず、若し自分を利益するなら、そなたが唯自分が利益する事をえて、仏を学ぶ道に多くの障碍があり、此れはそなたが自分を良い事を求めて、衆生が利益を得る事が有り得ない、冤親債主がそなたに順調な仏を学ばせる事が無理である。然し、直に衆生を利益する事ができる事を思ってはいけない、仏経には、仏を学ぶ事が薫陶し、香りにて極めて長い時間により薫りを染み込ませて、ゆっくりしなければならない、然しこの「ゆっくり」とは順序に従って行う事で、そなたが仏菩薩に1日、2日を欠勤する事ではなくて、一年2年以降に仏を学んで続ける事ではなくて、常に欠勤したら、結局10年以降に至ってから仏を学んで始める事になった。

常々でたくさん人はリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来て、口を切ってから「私は多くの責任があり、仏を学ぶ事がまだ出来ない」と話した。リンチェンドルジェ・リンポチェは「そなたが大統領でしょうか?一体に何か重大な責任があるのでしょうか?」と問い合せた。謁見してくる人々は「私の子供が若いので世話が要る」と常に話した。リンチェンドルジェ・リンポチェは「それでは、彼が成長してから、子供を生んで、子供の子供がまた子供を生んでから、このようなずっと完了しないのでしょうか?」と問い合せた。そうすると、そなたが死ぬ事に至るまでには仏を学ぶ因縁も無い。自分がどの位重要である事を思ってはいけない、歴史に記載された世界の多くの偉人としても、これらの偉人が居なくても駄目ではない、彼達が死んでから、世界が同じように運転しているのである。

そなたたちは今日聞いてから直に分かる事を思ってはいけない、此れはそなたの累世の善根に関して、ミラレバ尊者が文字を読めないが同じように成就があり、そなた達が六祖慧能ではなくて、金剛経を聞いてから明心見性ができる事が出来ない、今日の末法時代に、ある人がこのような根気があったら、リンチェンドルジェ・リンポチェから法座を上げる事になる事が無理である。どんな上師であれば、どんな弟子を教えるのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の根気が良い事ではない事を謙遜的なおしゃったので、弟子達の根気も良い事ではない、けれども、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが神通があるので、自分が神通があるはずと思ってはいけない、神通があるかどうかは上師の願力で、此れは何も求めずに衆生に助けれ上げるわけである。

昨日、ある信衆はリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来て、新家を引っ越して、身体が余り気分が良くないで、眠る事が良くない事になった。リンチェンドルジェ・リンポチェが見ると、此の部屋の前任屋主が市場で鶏を殺す商人で、殺業がこんなに重くて、磁場が自然に良くないであった。その屋主は家に鶏を殺す事ではないし、けれども衆生の恨みが家に従って、人が引っ越しても、良くない影響も続けている。何故此の人がこのような部屋を住んでいるのでしょうか?此れは共業のである。此の信衆は嘗て鶏を殺した事があるので、ここに引っ越してきた。若し家に殺虫剤でゴキブリと蚊を殺せば、家の磁場も良くないのである。

何故嘗ての大修行者の聖地へ多く行く事を言い、此れは向こうに大修行者の息と磁場があり、仏を学ぶ者が聖地に行く事も福報を累積する方式であり、然し、福地へいけるかどうかもそなたが福報があるかどうかにより、若し福報が無いなら至らない。此の前、ある者が観光団に参加してチベットの直貢噶舉派祖寺直貢梯寺に至って、全部の人々が仏寺に至り、その日、ただ一人だけで急に高山症状で卒倒して、福報がないので至らなかった。彼女の母親も至ったが、彼女が至らないで、此れは彼女が他の宗教を信じているので至らない事ではないが、此れは彼女の心が問題があって、自分の上司に信じなかった。2007年、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに連れで閉関をして、地点がミラレバ尊者が閉関して修行した聖地であった。当地に多くのの巖穴があり、此の中の一つが金剛亥母の穴で、直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェに連れでこの穴に来た後で、リンチェンドルジェ・リンポチェが直貢チェツァン法王に此の穴を封じる事を勧めて、その後で穴の入り口に鉄門を設けて始めた。何故穴を封じる事が要るのでしょうか?此れは若しある人がここに観光地と思っていて此の穴を遊覧して、上師の引率をえないで入るなら、護法に怒らせてよくない影響を得るわけである。

昨日、ある家族はリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来て、子供が病気に罹ったので、リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来た。過去には、子供に連れであちこちに診療を受けて、その上多くのリンポチェに謁見した事があり、これらのリンポチェが彼達に子供の業が重いので、修法が要り、その上、子供に出家相に現れて、然し、問題が依然として解決しなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェから見ると、家族の誰かが蛇をころした事がある事を問い合せて、子供の母が直に、数年前に、蛇が家に来たので、彼女が確実に4匹の蛇を殺した事がある事と回答した。蛇の瞋念が極めて重くて、仏経には1匹の蛇を殺したら、100匹の豚を殺す果報であり、仏経には家に蛇がいったら、此の家の人々が善業を行う事がない、つまり十善法を修める事がなかった。然し、嘗てリンポチェが彼のために修法した事があるので、彼に此の因縁があってリンチェンドルジェ・リンポチェに見させて、彼に助けれ上げた。若し住んだ人の心が善良なら、諸神が此の家を保護してこれらの事物を家に入られない。古代人は炉神を知っていて、広東人がお正月の間に飴にて炉神に祭るという習俗があり、炉神に口が甘くなって、玉皇大帝に良い話を報告した。炉神はこの事を真に存在していて、然し、若しそなた達が仏をよく学んで善行をするならば、神を祀る事が要らない、炉神が自ずから此の家が仏を学んで善を向く人と報告するのである。

私たちは一般的に蛇を見たら、恐れる事を感じて、毒がない蛇でもそなたに恐れさせて、此れは蛇の瞋念が極めて重いのである。そなたは羊を見たら恐れる事を感じられない、そなたが羊をあやしても、羊も構わないのである。けれども、そなたが獅子を見たら恐れて、此れは獅子の攻撃性が強いのである。この母は自分の子供が妊娠してから菜食者なので何か問題がないはずと思っていて、此れは間違った。この母親は4匹の蛇に傷害した事があるので、子供が如何に無事のでしょうか?菜食をする事はそなたに慈悲心を培養したり、衆生と悪縁を止めたり、衆生に再び傷害しないで、そなたの身体に健康したりする事である。菜食してから修行する事がある事を代表しなくて、菜食する事は何も素晴らしさがなくて、今回、ニュージーランドへ行って、こんなに多くの羊が菜食をする事を見えて、まさかそれを全て修行する事が有るのでしょうか?細菌としても命があり、自主性があり、況して動物のでしょうか?仏経には、人々の身体に多くの虫が居る事とは細菌であり、その場である医者弟子も細菌が実は極めて賢い事と話した。最近、皆の知るとおりに、インドであるスーパー細菌を発見し、細菌はこれを殺される薬により変化を生じる事ができるので、何か治療の薬に対して抗薬性があり、殺されない細菌になった。人々の身体には数多の細菌が居て、若し精進して修行してから済度を得るならば、身体には全ての衆生も一緒に済度を得るのである。最近、そなた達は、ある者がクロイツフェルトヤコブ病に罹った事を聞いた事があり、基本的に、牛が草を食うのにクロイツフェルトヤコブ病がないが、一部の人々が牛に大きさに生長し、速めに生長させるのために、一部の動物と骨を粉に混を磨きて、牛達に食べさせるので、クロイツフェルトヤコブ病があって始めた。初めてこのようなした人はイギリス人なので、初めのクロイツフェルトヤコブ病の例がイギリスに居て、現在一部の鶏と家鴨もこのような方式により食べさせて、そなた達がまた食べる勇気があるのであろうか?

仏法は大乗、小乗、金剛乗を分けた。金剛乗は菩薩果位から修めて、直接に心から修めて、慈悲心、菩提心を修習して、空性に至るまで。大乗仏教は凡夫果位から始めて発願して修める。皈依、持戒、懺悔して、慈悲心、菩提心を培養して修める。登地菩薩から十地菩薩まで修める。経典に「菩薩は十地菩薩まで修めると、全て諸仏菩薩は密法を習う事を勧める。更に引き続きに十六地以上に至ると仏果を証する。」とある。仏教は他の宗教と最も大きい違いは心の修行である。外在の行為ではなくて、根本から修める。しかし、例え六祖でも明心見性になると、五祖を依止して仏法を習った。それはチベット仏教は特に上師の重要性を強調する原因である。例えそなたは根器がよくても、修行経験がある上師が導く必要があって、仏法を習う資糧をためて、福慧を修める。そうすれば、間違い道に歩かない。邪見とはそなたに悪い事を教える事ではなく、そなたに生死を解脱できない見解だ。そなたに斜めの方向に向いて、間違いに歩かせて、引き続きに輪廻苦海に陥る。正福を貯めるなら、解脱の障碍を除ける。業を消すというのは仏を習う障碍を取り除くことだ。病気はすぐに治るわけではなく、因果はまだ存在している。以前から今まで、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に心の修行方法を教えて、心を抑え、降伏から心を理解、はっきりにするまで、更に心は空性である事を開示された。

心の体性はあるではなくて、ないてはない。常ではなくて、断ち事ではない。お互いに継続して断たない。切っても断たない。破っても壊れられない。変わっても変化できない。妨げても止められない特質である。

心は如々不動である。リンチェンドルジェ・リンポチェは何故亡者のためにポワ法を成功に修めただろう。それは心の力を分かって、心の作用をコントロールできるから、時間と空間の距離がない。科学では光年で一つの恒星から一つの恒星までの距離を表す。しかし、インドから台湾まで飛行機はせめて六時間を飛んで、ニュージーランドから台湾まで十数時間にかかる。理論的にはリンチェンドルジェ・リンポチェはポワ法を修める時、せめて六時間或いは十数時間の時間にかかって、法はこのような遠い所に届いて正しく亡者の頭蓋骨の梵穴に穴を開いた。しかし、実はそうではない。リンチェンドルジェ・リンポチェはポワ法を修める時、常に修法の十五分間にかかっただけ。それはリンチェンドルジェ・リンポチェはこのように行って、皆に見せるから、完全に仏経に説く事は真実で嘘ではない事を証明した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは亡者のためにポワ法を修める。リンチェンドルジェ・リンポチェは心の体性は済度される者の心は同じなので、亡者の心を招いて、法を修める。衆生は心の体性は同じで、仏の心は人の心の体性も同じである。

金剛経に無寿者相とある。多くの人は寿者を寿命として解釈したが、実は時間である。時間とは人が作った。それは地球が回るから、時間が現れる。若し一人を宇宙にいれば、他の恒星の動きを見えないと、時間は存在しない。若し地球は回らないと、二十四時間にならない。地球の半分は永遠に暗く、他の半分は永遠に光だ。若し太陽さえ消えないなら、四季も現れない。時差と言うのは太陽の光は違う所を照らすから、人は時差という観念を作る。例えば、台湾はニュージーランドと時差がある。米国東岸、西岸も何時間の時差がある。だから、多くの不便になる。時差の意識があるから、米国東岸、西岸を旅行する時に疲れると感じた。古代中国は貧乏かもしれないから、一つの腕時計は次の世代に残して使うため、腕時計を調整すれば壊れやすいと心配なので、中国は広いけど、全ての中国は共同に一つの時間を使って、中国に彼方此方に移しても時差がなく、疲れると感じない。そなたは不便と感じたか。ないだろう。だから、時間も無常である。人は作った物は自然にある事ではない。そなたは心の体性は時間がなしという観念を体験すれば、そなたは過去、現在或いは未来を執着しない。非常に楽しい事が現れる時、そなたは余り気にしなくて、非常に苦しい事が来る時、そなたも其の中に陥って離れない。だから苦痛と快楽も空性である。

心は元々継続に断たない。人の意識で切れたが、本体は相変わらず断たない。切っても断たないとは過去、現在、未来は人が分別したことのようだ。実は過去、現在、未来は分割できない。例えば、人の呼吸の間に過去、現在、未来同時に現れて、完全にはっきりに分けられない。そなたは息を吐き出したのは既に過去で、再び息を吸うと現在であり、未来である。仏法は三世因縁を説いたが、仏法しかこの言い方がない。他の宗教はこのように話さない。

破っても壊れないというのは人の体は偽物である。業力因果の異なりから、因縁に合わせる下生じた。異なり世は違う外見が現れる。この体は最終に壊れる。人は最も長生きのは84000歳まで生きれるが、最終いつかに滅びる。しかし、心の体性はある人は仏性と呼ばれるが、永遠に壊れない。体は壊れると言っても心は壊れない。

妨げても止められないとは物質の障碍があっても、止められない。リンチェンドルジェ・リンポチェは数千キロ距離の所にいても、亡者のためにポワ法を修められるという例で説明する。物理学から見ると、例えばリンチェンドルジェ・リンポチェは関房の中に法を修めて、空間の中に関房の壁に妨げられ、遠い数千キロの距離の間に風、他の物質に妨げられるかもしれない。また、遺体は通電のステンレス製の冷蔵装置に置いて、ステンレス及び電流電子など障碍がある。更に銅製の棺があるかもしれない。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの障碍の下亡者のために法を修められる。此れは妨げても止められないことである。

ここまで言うと、リンチェンドルジェ・リンポチェが笑いながら皆にまもなく眩みになったかと聞いた。ある弟子が表した、因明学が説いた「宗、因、喩」とは仏法の最終の主旨で、一切の事物の原因と様々な喩えである。リンチェンドルジェ・リンポチェはすごく浅近な方式でこの三者を全て非常にはっきり説明された。特にリンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を例として時間は空性との喩えを申された。これは彼が過去聞いた事はない。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェの教法が真に深くて測らないと賛嘆した。リンチェンドルジェ・リンポチェは直ちに謙虚で自分がそうではなく、直貢チェツァン法王の教法こそ深くて測らないと仰った。

ある言葉は、心が転境出来る。そなた達なら、心が境に転化される。台湾の高速道路の休憩所の公衆トイレが普通に日本の公衆トイレよりあんなに綺麗ではなく、そなた達は日本に行って、公衆トイレを使うと自然に割合に綺麗にする。これはこそ心が転境されたの喩えである。そなたは本当に心の作用を体得が出来れば、輪廻を断つことが出来る。皆は覚えておいて、仏を学ぶのが自分を修正するのため、自分の正しくない行為を言い訳としてするのではない。心の体性は去来がない、時間の区別がないとはっきり分かれば、輪廻と涅槃とも無二無別ことを分かりになった。輪廻と涅槃を見ると二つ相違することが、実は、時間の区別がなければ、輪廻と涅槃とも始め及び終わりの差別がない。

衆生は無明を懸念するので世間に輪廻することになった。それは始めにあった考えが仏法に対して信じなくて業力が起こられて輪廻になった。。一つ一つ考えのスピードが速くて驚いて想像が出来ない。宇宙の一切は全て因縁に生まれた。ただ心は因縁とあわせて生じたものではなく、自性がある。「心」とは始めにどう生まれたか、何時生じたか仏経の中に載せてない。十地以上の菩薩まで修めないと分かりが出来ないのをしか載せない。リンチェンドルジェ・リンポチェは十地菩薩まで修め得なかったので分からなくて、我らがここで討論しない。我らは只仏が全て説いて話が真実と信じすれば結構である。弁論、考えしなくてもいい、それは、こうしても全てそなた達の人生経験法で解釈する、しかし仏法と人生の経験法と全く同じであらない。一般な世間の学問は人の意識の変わりによって生まれた。つまり、心念の動きにより、絶えずに色々な学問を生み出して、今のところの研究は全て人の意識の上で集中して、本当の心まで探究しなかった。だから宇宙の真理の答えを見つけない。

金剛経に載せてあり:人の心は不思議である。心の力は限りなく大きくて、只衆生の心は六賊に騙されて分かることが出来なかった。そなた達は嘗て郊外へ空を見て、突然に大変気分がよかったと感じて、どんな考えもなく、これこそ心の本来の面貌が少し現れた。心は実いつも存在して、只そなた達は貪、嗔、痴、慢、疑五毒に遮蔽されて、そなた達は心の従来の面貌が見えなくさせた。本当に心性を悟れば、あの楽しいは何の他力を借りらなくても生まれた。即ちそなた達がよく聞いた楽を自得するのである。楽を自得するとは自分を閉めて部屋の中にゲームをしてとても楽しいのではなく、その本当な意味は心を示している。衆生は始めから本来仏性を備えた。しかし無明を懸念して、貪欲が起きられて、業力が生まれてついに輪廻の中に堕ちた。本当にこんなに簡単か疑う者がいるかもしれない。輪廻するのが非常に容易で、一秒の内に起きられた考えはそなたの意識を浄土より三悪道に変わって往生させた。直貢噶舉教派の教法は心から修め始め、全てのやり方は全部心により、だから、直接一番根本の心からとができるあなたの意識は生まれて浄土はそれに三つの悪道を陥るへからでした。 まっすぐな貢ガロンの教派を挙げた教え方は心は修理するから すべてのやり方はすべて根源が心に,だから直接的にいちばん根本的な心から着手する。そなたが心の真な体性をはっきり体得すれば、世間にはそなたにとって難しいことはない。本を読んで試験をしなくて、ちょっと聞けば事柄の全貌がすぐ分かった。心を支配する能力があれば、もう悪業をするはずがなかった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは45才時皮膚癌にかかって、化療、手術を受けなくて、更に、一日中も恐れなくて、全て平常心で日を暮らした。即ち自分の心を支配することが出来て、癌症或は外在の事に自分の心を邪魔されなかった。

嘗てある信者は再婚した夫と夫の前妻が生まれた子供の面の前でリンチェンドルジェ・リンポチェにこの子は業がとても重くないかと伺った。リンチェンドルジェ・リンポチェは当時、頭を回ってきて直接彼女に仰った:「そなたの業こそ重かった」。あれから、この者がもうリンチェンドルジェ・リンポチェの面の前に現れない。実は、我らは全て業がすごく重いため、この一生はまだ地球に現れた。既に返済すみであれば、もうここに現れることがしない。所謂業は、只悪業ではなく、そなたを絶えずに輪廻させる力は即ち業で、善もあり、悪もあった。ある者は突然にいっぱいなお金があって、お嫁がもらって、子供を生んで、生活が円満になってから、もう仏を学ばなくて、これも善業が邪魔しに来た。人生がそれで「満足」と思わないで、そなたが臨終する前に冤親債主が現れるのをやっと分かった。そなたの神識が頭頂の梵穴より出て浄土へ行くのが出来なくさせて、直接に足元から出て地獄へ行った。三悪道に堕ちるのが本当に大変容易で、そなたが一息を吐くより易しかった。

現在、台湾には「再来人」と言う事を流行し、そなた達が真に再来人としても、但しミラレバ尊者が「ただそなたは浄土で修行する事がないなら、そなたが必ずある世に地獄道にいる」と仰った事がある。我々は一回で輪廻し、多くの業力がある。多くの人々は生れ変ったリンポチェを盲信し、生れ変る者が素晴らしいと思っていて、実には前世の修行が此の世に持って来る事が出来ない、生れ変るリンポチェとしても、この世に修行しないなら無駄であり、重要なのはそなたの此の世にどの位ほどに遣りどける事である。嘗て、ある何回目で生れ変るリンポチェは自分の過去世に飛行の能力を修めて得た事を常に仰って、然し、この世に遣り遂げるのでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェは仏菩薩、歴代上師、貴き直貢チェツァン法王とアチ護法の加持の下に、神通があって衆生の事を知って始めて、多くの衆生が六道に輪廻する折に無尽な苦しみを受ける事を見ると、非常にいらいらしている。

多くの人々は仏法と他の宗教と同じように、善行をする事を勧める事と思っている。然し、仏法曰く善とは十善法のである。仏法と他の外道の違いのは外道がただ主を信じる事が足りる事を話す。然し、仏法が皆に教えるのは因果であり、自分から修めなければならない。

「ただ菩提の心を発して、懺悔をしないでも構わない」ということは、法王果位とリンポチェ果位の人々が仰って始めて、そなた達が懺悔しなければいけない。そなた達は懺悔しなくてもよいなら、それでは直貢チェツァン法王い伺いを立てれて、そなたに法座を上げさせられてリンポチェになる。毎回、法会が完了する前に、我々は「極楽浄土に生まれしことを求める祈祷文」を唱えて、此の中に「菩提心妙寶」に言及して、菩提心が妙寶で、そなたが菩提心を発するならば、一切が全て因果と因縁である事をはっきり明白し、そなたの心を影響させられない、快楽であれ、苦しみであれ、分別が無い、そうすると、業力がそなたに修行して仏を学ぶ事を障碍させない、そなたに浄土に往生する障碍に成らない。

以前から今まで、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に「心」の修行方式を教えて、抑圧し、調整して安んじて、それから心を了解してはっきりして、さらに心が空性と言う事を開示された。今日の開示する内容はそなた達が現在聞いてから分からないが、将来にそなた達に必ず助けがあり、つきまして何時に役に立つ事が個人で仏法に対する学習の程度による。そなた達は帰って考えたくなくて、此れはそなた達が現在考える事とは全て意識で考えて、このような思惟方式が役に立たない、然し、そなた達は時間が空性である事ので、出勤し、他人に会う事を遅刻する事ができない、此れはそなたが世間にいて、皆がこのような暮すなら、そなたもこのように守らなければ成らない。仏法は我々に自分の心を修正して来るので、自分で間違いを犯す口実に成ることではない。

現在、すでに年末に至り、来年の一月から旧暦のお正月の間には、リンチェンドルジェ・リンポチェは毎週の日曜日に皆に修法させて、皆の未来の一年に順調で渡す。一部の人々がより長くて皈依し、暮らしがより順調で、此れはそなたが修めえる事を示す事がない、傲慢が出来ない。実には、此の不安定な年において、そなた達が上手く暮らしを渡されるこは、諸仏菩薩、直貢チャツアン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェがずっとそなた達加持しているわけである。一年で一年で経て、仏を学ぶ時間も一年で一年で減らし、そなた達が時間を探してよく考えてみて、此の過去の一年に、自分の慈悲心を増える事があるでしょうか?自分が三寶に恭敬する心は増強する事があるでしょうか?自分の悪癖を幾ら改める事があるでしょうか?仏法に対する理解が少しでも増える事があるでしょうか?時間をがさして静かって反省し、年寄りになって、往生する前に至ったら、自分を検討する力がないのである。

法会を円満的な完了してから、リンチェンドルジェ・リンポチェは信衆を接見し続けて、午後の4時10分から夜の5時30分まで、41位の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解決し、仏法を開示された。

2010年12月24日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、台北寶吉祥仏法センターで、殊勝な直貢噶舉施身法法会を主催して、約1300人は法会に参加した。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、以下の如く開示された。今日修めるこの施身法は、たくさんの人が既に参加したことがあるが、しかし一部の人達が初めて参加するので、その故に、リンチェンドルジェ・リンポチェは再び皆さんに本日修法する法門を紹介する。中国語はこの法を施身法と称し、布施の「施」、身体の「身」であり;チベット話はChodと称し、「断つ」の意味である。何を断つか。断つのは煩悩を断つことを表す。衆生は一念無明のため煩悩を起こして、六道輪廻の苦海の中に落ち込んで、そのため煩悩を断ってから、はじめて生死輪廻の中に解脱することができる。ある人は輪廻が彼と関係ないと感じて、ある人は輪廻を受け取っているが、しかし深く信じていない。ある人は輪廻という言い方を受け取らなくて、自分が死んだ後にどの道に生まれることをどのように知っているのかと思っているから、この一生が最も重要だと感じて、この一生をもっと良く過ごしたり、自分の欲求を満足させたり、自分が好きな事をしたりすることなど、目的を達成するために手段を選ばなくて奪い取って、このような人は因果を信じないのである。一部の人が家賃を支払うお金がないから仏菩薩にお金持ちになれるよう求めて、このようにすると、求めることができないのである。たとえそなたに道でお金を拾いるとしても、そなたが最後にもっと何倍の金額を返さなければならない。そなたはこの一生に貧困な苦しみがあるのであれば、更に懺悔心にて使わなければならなくて、貪る考え方にて求めるのではない。私達はこの一生どうして病気にかかったのか、一家が四散するのか、商売が失敗するのか、お経には記載されてあるのは、これがすべて人犯した悪業のためであり、因果は宇宙間の自然な真理であり、仏が発明したのではない。

釈迦牟尼仏は成仏する前にまだ輪廻しなければならないから、更にまして私達はなおさらであるか。お経は記録があって、釈迦牟尼仏が地獄道に、餓鬼道に生まれたことがあり、鹿になったことがあり、人道と天道に生まれたことがあり、5道の輪廻の中では、お経には阿修羅道に生まれたことを記載していない。

今度、リンチェンドルジェ・リンポチェはニュージーランドに向かって、現地に居る信者の夫妻は名を仰慕して謁見しに来た。彼らがはじめてリンチェンドルジェ・リンポチェと会いにくる時に、ただ一名のリンポチェがあることを耳にするため、その開示を聞いた後に自分にとってある程度助けることが出来るかもしれないと思っている。彼らがリンチェンドルジェ・リンポチェが普段着で普通な人と同じにホテルのソファーで座っているから、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼らと違っていないと思っていて、その故に貢高我慢になって、リンチェンドルジェ・リンポチェに頂礼しないで、リンチェンドルジェ・リンポチェと対等に座って話し始まった。リンチェンドルジェ・リンポチェはとても人付き合いが良くて、袈裟を着ていないから、この二人の信者の縁に従って、彼らのためにたくさんの仏法をも開示した。それから、話の内容と言葉遣いの中から、彼らは目の前のリンチェンドルジェ・リンポチェが確かに修行者であることが分かって、夫は自発にリンチェンドルジェ・リンポチェに跪いて、跪くと、恭敬心を起こして、恭敬心が出ると供養がある。その故に、リンチェンドルジェ・リンポチェも自ら加持を与えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼を加持すると、彼の父が他界したばかりのことを知っていて、葬式の事をしたがよく済度されていないから、また彼についていて、亡者がせっかちでリンチェンドルジェ・リンポチェに知らせたいのである。もともと、この夫妻はいくらかの時に台湾に帰って法会に参加するつもりだと考えたが、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは亡者の苦痛と差し迫っている気持ちを開示してから、彼らはすぐ直ちに台湾に帰ることを決定して、そして今回の施身法法会に参加しにきた。

地蔵経には、亡者の眷属は亡者のため広く仏事を行わなければならないということを諭される。ある人はあちこちへ法会に参加しに行ったり、お金を寄付したりするのが広く仏事を行うのだと思っている。が、ここで言う仏事は何であるのか。それは仏陀の事業であり、仏陀の事業は何であるのか。衆生が輪廻に解脱することができるように助ける。そなた達は法会に参加して或いは仏を学ぶことは、そなた達の病気をよく治れて、体が健康であり、事業が順調に進んで、家庭が和楽であると思っている。これはすべて仏陀の事業ではなくて、それはただ仏菩薩がそなた達に仏法の偉大さを信じるように助けて、そなた達をあやして仏陀の教えを受けることを、いわゆる「以慾勾之(その欲を満たすることにて仏を学ぶのを引き起こすこと)」である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、もしこの人の父が既に済度されて、よい地方まで行ったら、リンチェンドルジェ・リンポチェも彼の事を知っていることはできないと開示した。亡者はまだ済度されていないで、とてもせっかちに助けを必要とするから、ようやくリンチェンドルジェ・リンポチェに見られた。もし彼はその時に跪かないと、リンチェンドルジェ・リンポチェとの会談はただ純粋なチャットになって、それなら、リンチェンドルジェ・リンポチェとの縁がなくて、縁がないのは済度できない。そなたが今体が病気に罹って、事業が順調ではなくて、一家が四散するのがとてもつらいと思わないでください、本当の痛苦はそなたが死んで、はじめて分かるのである。いわゆる「六神無主(中国語の諺)」は事故に遭うと驚き慌ててどうしたらよいか分からないことを指すのではなくて、死んた後で、そなたの「目、耳、鼻、舌、身、意」この6つの意識が、自分がどこへ行くのか知らないで、そのような彷徨って助けが無い気持ちは本当な痛苦である。

お経の上に、縁がない衆生が済度できないと諭された。仏陀が不慈悲ではなくて、縁がない衆生が、たとえ仏菩薩は済度したくても済度することができない。何が縁であるか?例を挙げて、子供は病気にかかっていって医者を見に行って、医者が脈診して薬を与え、両親が子供に薬を飲むことをして、子供は薬が苦くて食べることを承知しないため、たとえ両親はあめで騙すとしても、甚だしきに至ってはあくまで薬を子供の口の中に詰め込んで、子供はやはり薬とあめをいっしょに吐き出した。同じ道理で、仏陀は私達に輪廻に解脱する方法を教えて、それは私達に輪廻に解脱する薬を与えた。上師と仏菩薩は両親のみたいで、各種の方法を使い尽くしてそなた達をあやして仏陀のつけた薬を食べこんで、衆生が苦くて嫌だと思って食べない、たとえ口の中に食べても、ほどなくまたそれを吐き出して、受けることを承知しないのは縁がないので、たとえ仏菩薩はそなたにも助けても仕方がない。

そなたが念仏すること、仏像に礼拝することがあったら、死んで阿弥陀仏の浄土に行くことができると思わないでください、。阿弥陀仏経に諭すのは、不可欠な福徳因縁の善男子、善女人は発願してはじめて阿弥陀仏の浄土に着くことができる。いわゆる善男子、善女人は、10善法まで修め得るので、今日は時間の関係で、深く説明しない。ただ10善法について、仏陀が1冊のお経を諭した。簡単に言えば、10善法の第一は殺生しないことである。ここに参列する皆さんは肉を食べたことがない人がいるのか?このように何に基づいて浄土に行くことができるか。少なくともそなたの生きている時はこれらの債務を弁償して、はじめて浄土に行く機会がある。法会に参加した後に、もしよくない事の発生があるならば、くれぐれも法会に参加してどうしてまた発生するのかと言わないでください、仏陀が効き目がなくなるとと思って、そなたはどのようにこれも一つの債務を弁償したことではないかを知っているか。もとはそなたはもともと大きな交通事故に遭うかも知れなくて、かえって法会に参加してそなたの足を骨折にならないようにさせるためである。

そなた達も法会に参加し終わって、すべては順調になると思わないでください。気分が良い婚姻の伴侶を探し当てて、子供を結婚して、子供を生んで、とても幸せで、それから道場へ仏を学びに来ない。ある嘗て皈依したことがある弟子が離れた後に、最近リンチェンドルジェ・リンポチェにメールを書いて、結婚した後に夫に打たれて、子供も婚姻が不幸である事など状況がある。当初、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女が結婚する前に、彼女に縁に従って無理強いしないでくださいと開示したことがあるが、しかし、彼女は話を聞いてくれないで、愛情が偉大だと思って、仏法は先に片側を放した。リンチェンドルジェ・リンポチェがとっくに彼女の婚姻がとてもよくないことを知っていて、しかし直接に言い出すことがあり得なくて、言うと、ほかの人は「仏を学んで結婚することができないと言るか?」と疑問して、これは口業をつくるのである。リンチェンドルジェ・リンポチェのぜひとも彼女に縁に従うように要して、彼女は言うことを聞かないで、そなた達も、自分の20才が更に苦しいと思って、或いは自分が50歳が必死で事業が働くと思って、いわゆる事業に成果があってから責任が終わると思っているが、最後に臨終になってから、肉を食べることをやめて、仏を学ぶのではない人はきっと「三線斉下」の苦しみをうけなければならない。実は、リンチェンドルジェ・リンポチェはただそなた達のこの数年だけを見るのではないて、そなた達の生生世世を見るのである。

チベットのラマも肉を食べると言う人がいたかもしれない。仏経には確に載せてあった。草が生えない所では仏菩薩が衆生を憐れんで沢山の牛、羊に化現して人に食べさせた。但し、これら牛は仏菩薩が神力で変化して、中には神識がなかった。ところが、以前チベット、青海の者は毎日肉を食べるのではなく、必要な時こそ、少しの干し肉を食べて,普通の食べ物は酥油茶(すうよう茶、牛や羊の乳を煮沸し、お茶の葉と塩を加えて作ったバター茶)と青稞粉(ハダカムギこ)で作られた糌粑(ツァンパ)である。現在チベット及び青海これらところさえも既に野菜を植えることが出来た。1995年リンチェンドルジェ・リンポチェはチベットへ行った時、一杯ご飯は人民幣1元で、あの頃人民幣はとても大きかった。 今はとても安くて、地元もお米を植える事が出来て或いは輸入する。我らは直貢噶舉教派の祖師ジッテン・サムゴン、尊勝な直貢チェツァン法王及びその弟子 リンチェンドルジェ・リンポチェは全て素食する。直貢噶舉の印度の寺院の出家衆も素食するのである。

従順しなくて肉をまだ食べ続けているなら、今は大丈夫だと思わないで、用があったら後悔先に立たない。往生する前三本一緒にするの苦しみを受ける。三本とは鼻胃管、呼吸管及び導尿管である。リンチェンドルジェ・リンポチェは前常に病院へ患者を助けに行って、見たのがもう一杯である。ひいてはある患者のお体を割って、機械を入れて彼に強引に生きさせた。このようにすると生きる事も死ぬことも出来なくて、どんなに苦しんでいるだろう。これはとても苦しいと信じなくて、まだそなた達の父母かお爺さん、お婆さんにカテーテルを挿入して生命を維持させるのを堅持して、こうして、毎日加護病室で彼の顔と手を触って、彼の耳元でそなたを見に来たと言ったり、彼の肩を揺ったりして親孝行と思えば、そなた達は自分が横になって、カテーテルを挿入されて一日間でやってみよう。そなたは我慢が出来るならば、世の中で全ての父母、目の上者も我慢出来る。そなたはとても苦しく思うと保証する。リンチェンドルジェ・リンポチェは植物人間は全部意識があるさえ分かる能力があり、そなた達はこのように彼を揺って触って、彼は大変腹が立ったのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは沢山医者弟子があり、そなた達に手配させることも出来る。そなた達に、身の上に三本一緒に挿入された感じを体験させて見る。

今日修めた施身法は、坊間でのある道場でも行うが、参加者が1300名に高く達したのは、過去にあった事がないと言えないが、リンチェンドルジェ・リンポチェが施身法を学んでから今まで、聞いた事はない。この法を修める行者は空性の慈悲を修め得たべきである。所謂慈悲とはそなた達が好い人をして、労動奉仕を担当して、すこしの金を寄付するのではなく、これは只人間になるの根本で、人になる本来するべきである。所謂「人道成、仏道成」とはまず人をよくして、完璧な人になってはじめて仏を学ぶ事が出来たのである。

そなた達は偶に他人の苦痛を見ると心も苦しくなった、それこそ慈悲の感覚で、但し、そなた達の慈悲は全てそなた達の意識より作られで自然であらない。そなた達は耳で聞いて、目で他人が苦しんでいるのを見た時、やっと悲しい感覚があり、これは全部わざと、特に思い出したのである。そなたの生活と関係がなければ感じが出来ない、例え、そなた達はヨ-ロッパでは雪が大変降ったとの報道を見ると、そなた達はあまり感じない、それはそなた達と関係ないから。比較的に、そなた達は台湾では大水害があったのを見ると感覚があった。自分と切実で関係があるから。これは全て空性の慈悲心であらない。空性慈悲を証得した行者は親疎を問わず、衆生と縁があれば助けるべきである。

慈と悲は二つ事で、慈とは自分が全て珍貴なものを全部必要がある衆生にあげる。悲ならば、衆生が輪廻の苦海を離れて彼岸に済度されるのを助けるのである。そなた達が仏を学ぶことは、十善法より、慈悲心を勉強して、慈悲心を修習して、慈悲の力を証得するべできで、こうすればやっと生死輪廻を解脱して浄土へ往生する事が出来た。慈悲は即ち一切仏法の元で、慈悲が修め得なければ、全て学んだ仏法は役割がないはずである。今までリンチェンドルジェ・リンポチェはこのニュ-ジランド夫婦信者の名前が何とおっしゃるか分からない。リンチェンドルジェ・リンポチェが知りたくないではなく、衆生を助ける心は空性の慈悲心の故である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生に欠けるはずはない。リンチェンドルジェ・リンポチェに丁寧に頂礼すれば、リンチェンドルジェ・リンポチェは是非そなたに欠けない、リンチェンドルジェ・リンポチェこんな修行者さえ衆生に欠けないのに、仏菩薩は言うまでもない。そなたが仏菩薩に供養して、頂礼すれば、仏菩薩が必ずそなたに返す。どんな物でかえすか?すぐあなたに見せるとは限らないが、そなたが一番需要な時、仏菩薩の加持と助けが現われる。そなたをリンチェンドルジェ・リンポチェのところで、助けを得るかもしれない。

最近テレビの上にある法師がスプレーボトルを持って、呪文を唱えながら、水をまわり吹き付けて、このようで衆生を済度すると思った。リンチェンドルジェ・リンポチェがそれを見ると不思議と思って、直貢チェツァン法王に伺って、直貢チェツァン法王も適宜ではないと感じた。例えスプレーボトルで済度が出来れば、仏経にははじめから記録するべきである。台湾人は本当にとても発明することが好きである。こんなに簡単で衆生を済度する事が出来るなら、今日この施身法が必要ことであらない。仏経の中に確かに一滴水は千万滴の水に化すると説いたが、この修行者は真にこの能力を持つ必要である。慈悲心がなければ、吹き付ける時鬼も逃げようとする。

施身法は古代チベットある女ヨーガ者マジラ尊者によって創られ、大般若経の中の空性の智慧を以って、行者がこの法の修習を通じて衆生に佈施が出来て、仏を学ぶ福報を蓄積するためであった。但し、その後、沢山者が病気にかかって、この法を経てそなた達に害された衆生を済度するので、衆生に病気を治すことを助けるに変える事を始めた。施身法を学ぶ行者は、まず自分を助ける法を修め得てから、衆生を助ける法を学ぶことがやっと出来る。そなた達が通常思ったと同じではなく、そなた達が自分で二年間真言を唱えて他人を助ける事が出来るとの考えともであらない。所謂「自利利他」、自分がさき修め得たこそ、他人が苦しみを離れることを助けることが始めて出来たのである。

施身法を修める行者は必ず大手印の修行がある程度の成就を証得する必要である。大手印は直貢噶舉が禅定によって成就を得る法門である。心と言うと、四つの次第があり、次第毎に三つの階段があり、合わせて12の階段がある。施身法を修習する者はせめて大手印の第二次第の一番目の「離戯瑜伽」の境界を証得必要である。所謂「離戯」、この境界を証得した行者は世間の全てのをゲームとして見て、その中に執着しない。だから、そなた達は今日参加するのは珍しくて得難い密法である。

チベット古い伝統に於いて、施身法は法を求めた人の肉体で供養し布施する事である。チベット人は行えるが、そなた達は出来ない。若しそなたにさせれば、そなた達は必ず論議する。しかし、昔のチベット人は此れは最も大きいな福報だと分かった。一部の道場で施身法を修めた時、信衆に寝袋を持たせて、床に敷いて横たわった。施身法の中に主法者は患者の頭を越えて、加持する儀軌があるが、実は横たわるかどうかは重要ではない。主法者の禅定の力は深いなら、同じで行える。更に今日1300人は法会に参加した事により、皆に横たわらせるスペースがあるわけではないだろう。重症患者しか横たわらせた。その故に、現在の方式は修法者が皆に自分の体を供養させて助けた。先法席に昇った前にリンチェンドルジェ・リンポチェは壇城の諸仏菩薩に頂礼した時、虚空に一切衆生は全てこの法の助けを得られるように祈った。そなた達は共同にこの法会に参加したのは善の共業の中にいる。

今日リンチェンドルジェ・リンポチェは開示した仏法は虚空に一切衆生を利益できる。そなた達は仏法を聞く時に心を空っぽな容器として見る。そうすれば、清浄な法水は入られる。分かる事は聞くと違う。例えば、そなた達は講演を聞く時、聞きながら自分の人生経験のデータベースを捜して、聞いた内容を比較した。それは分かりたい。しかし、仏法は人の人生経験法と違う。例えば、施身法の法本に巻頭において全書の主旨を明らかにするが、施身法を修める修行者は身に守る聖物を持たれない。それは施身法を修める時、修行者は自分の体を全て甘露に化したと観想し、先に諸仏菩薩に供養した後、衆生に食用に布施する。若し修行者は身に聖物を持つと、強い光を発して、衆生に近付きかねて、仏法の助けを受けられない。このような死亡を恐れず、何も捨てて、何も衆生に与える心はそなた達が慣れた「持ち帰る」と言う観念と違う。だから、我々はこのような生活経験と完全に異なる事に遭うと、一歩退いて考える。本当にそうだろうか。自分は出来るか。それで反抗的な心を起す。このような疑惑は有情衆は全てあるが、所謂疑情である。

我々は人として有情衆である。有情衆の習性は一つの事を聞くと、習慣で我々の目、耳、鼻、舌、身、意を使って、外界の物事を判断した。例えば、そなた達はある新しい所へいって、ある者はそなたに行わないことをさせると、そなたは暫く止まって疑いを起す。此れは有情衆の習慣だ。仏は慈悲なので、仏経に始めて仏を習う人はこのような「疑情」が有っても構わないとある。しかし、そなた達が思った仏法を疑う事ではない。疑うと、仏法はそなたに作用が起こらない。若し、そなた達は修法の間に、リンチェンドルジェ・リンポチェは法本の内容を唱える事を見て、心の中に「リンチェンドルジェ・リンポチェが唱える事を分からなく、私に役に立つか」と思うと、此れは疑う事だ。若し、リンチェンドルジェ・リンポチェは法本の内容を唱える事を見て、心の中に「リンチェンドルジェ・リンポチェは何を唱えるだろう。」と思えば、此れは疑情である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、直貢チェツァン法王が主法した法会を参加した時、直貢チェツァン法王はチベット語で法を伝授し、リンチェンドルジェ・リンポチェは完全に分からなかった。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは如如不動で入定して、直貢チェツァン法王が伝授した仏法を聞いた。そうすれば、仏法の清浄な水は注げる。「心浄国土浄」とはそなたの心は清浄なら、自然に聞くのは、見るのは全て清浄である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは修法する時、そなた達に如如不動させるのは不可能だ。そなた達は唯恭しく参加すればいい。役になるか或いは自分はリンチェンドルジェ・リンポチェの唱える事、行う事を分からないなど考えない。1300人は法会に参加して、皆の効果は違う。それは人によって恭敬心、信心、懺悔心、慈悲心は違うから、法会に参加する結果は必ず違う。そなた達は仏法の真実性を疑うべきではない。仏が皆に教えるのは宇宙の間に存在しない事はあると言えないが、存在した事は必ず言う。これはお経に言われる不妄語とのことである。仏は皆に不妄語を教えた上、仏は絶対に我々を騙さない。仏経に話したとおりに、仏は説いた事は真実語であり、仏法は真実に存在している。

数日に経つと年末になり、2010年は間もなく終わった。皆はこの地球にいる日も一年少なくなって、仏を習う時間も一年少なくなった。これから数日間、皆は落ち着いて考えるべきだ。自分はこの一年間、行った事、言った事だけではなく、心の中に考えた悪はいくらあるか。済度とはそなた達の冤親債主を済度するではなく、そなた達の心も済度する。死んだ後済度が必要ではなく、「超度」とは二つ事で二つ動作だ。「超」とは修行者は慈悲の力で輪廻苦海の中の衆生を救え、「度」とは彼を彼岸浄土に済度する。そなた達はこの一年間、悪をいくら行っただろう。自分は菜食したから悪を作らないと言わないで、よく考えてそなた達はこの一年間心の中で人を叱ったか。人を叱ったなら、悪を作った。自分の息子、嫁、女婿を叱るのも間違ったか。そなたから見ると、そなたの息子であるが、しかし「息子」とは唯肩書きで、顕教から見ると、彼も衆生の一人であり、密法から見ると彼は未来の仏である。子供は間違いを犯して、そなたは教えるべきだ。ある母と同じように自分の子供が短命を叱らないで。若しそなたは福報がいいなら、自然にいい嫁、女婿に出会う。人を叱る事が好きなら、通常に歯は悪く、叱れば叱るほど歯は速めに落ちた。リンチェンドルジェ・リンポチェは人を叱るのは衆生のため、慈悲の心である。また、お正月の時に人を叱れないと限らない。リンチェンドルジェ・リンポチェはお正月の時に皆のために三十五仏懺を修めて、人も叱った。しかし、それは慈悲心であり、衆生のためである。

間もなく中国の正月になる。そなた達は必ず肉で祖先を供えないで、そなたは鬼神に供えた肉を食べると、そなたは唱えた経と真言は完全に作用を起さない。唯そなた達が話したよりいい。まだ肉を食べているのは修行は利益を得られない。祖先は生前にこの物が食べ好きなので、供え物は肉を供えないと親孝行しないと言わない。若し祖先はまだ済度されないと、鬼道にいる。鬼は物質を食べられなく、物質化になれない。若し物質化になれると鬼ではない。仏経に鬼は煙より軽いと記載した。信じないなら、煙を上げてみよう、煙は肉を食べられるかどうか。結果は供えた肉は誰に食べられたのか。祖先は帰ってくるのは唯そなたはどんな物を置くと見た。正統な道教も肉を食べなく、天道まで修めた衆生も尚更に肉を食べない。昔リンチェンドルジェ・リンポチェの父は道教を修めた。リンチェンドルジェ・リンポチェの家は旧暦12月23日から旧暦1月9日まで菜食していた。それは道教の言い方だが、天神はこの時間に毎戸に行って、この家の人は悪を作るか善を作るかと見ている。若し、この家の人は肉を食べると、天神は天庭にこの家は悪を作ったと報告して、彼たちを守った神も全て離れた。華人は元々そうだが、台湾に来ると全部変わった。多くの物事は皆が言われるは必ず正しいとは限らない。皆が間違いと言われるのも必ず違うとは言えない。考えた後行える。

所謂気が付かないので肉食を食べる事がない、そなたの心には肉を食べる事を貪るので食べるわけであり、また、肉を以って祭る事が依然として自分が肉食する事が好むわけである。肉により祖先を祭る事とは祖先を害する。これから、そなたの母親がそなたに菜食する事を許されない、ご主人或いは奥さんがそなたに菜食する事を許されない事が言ってはいけない、要するに、そなたは菜食する事がしたくないのである。誰かが商売して常に出国するので菜食する事が出来ない事を言うのでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェも商売をして、常に彼方此方に出国して仏法を広めていて、同じように菜食する事が出来る。リンチェンドルジェ・リンポチェは胎児から菜食する事ではない、そなた達は遭う問題がリンチェンドルジェ・リンポチェが遭った事があった。嘗て、リンチェンドルジェ・リンポチェは一年間に菜食してから顕教を皈依して始めた。最初に菜食する時には、家族も反対し、菜食しだら体力がないと言った。が、リンチェンドルジェ・リンポチェは肉を食べると吐いて、考えてみて、如何様にハンサムで綺麗な人でも、吐いたら始終で美しくない。リンチェンドルジェ・リンポチェは何回目に吐いてから、結局、家族も要求しなかった。これはそなた達に騙される事ではない、却って巧みな方法を用いて、自分に良いし、他人に悪口をするチャンスをさせない。これは善意で、騙される事ではない。

2009年の年末、リンチェンドルジェ・リンポチェは、2010年に火山と地震の活動があり、天気の状況が極めて極端になる事を予言したことがあり、結局、この一年以来、リンチェンドルジェ・リンポチェが予言のとおりである。最近、欧米も大風雪の襲撃に遭った。台湾には、一部の天災があったけれども、最も厳しい傷害を起こさせない、これはこの土地に常に道場があって法会に行うわけであり、依然として一部が処理出来ない状況があるけど、台湾が同じように福地であり、皆が大切しなければならない。若し、皆は真に仏を学んだら、台湾に災難が無いはずである。

今日、法会に参加する人々が多いので、次回の人数が必ず一層多くて来て、そなた達がこのような緊密な座って、クーラーが強くなっても寒くない事を以外に、これも浄土にはそなた達が将来に会われる事を表す。法会に参加する時には、足が痛くて痺れる事はそなた達に返済してあげて、リンチェンドルジェ・リンポチェは脊柱側弯症に罹るが、同じようにまっすぐに座る。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏を学ぶ事を開始する時には、そなた達の足が痛くて痺れるという階段を経験する事があり、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはこれを気にしないで、一心に法会に参加し、暫く後とで自ずから痛くない。そなた達は動いたら心が一心ではない。実には、皆が死なないので、身体の血気を抑圧される時には自ずから突き進んで欲しくできて、これは自然な現象である。多くの人々が暫く法会に参加してから、足が痛くて痺れる問題が解決し、一つはリンチェンドルジェ・リンポチェが厳しいので、そなた達が動く勇気がない、もう一つは肉を食べた身体が数回目の法会に参加してから、自分の業を少しを減って行った。そなた達はこの少しの痛みと痺れが我慢する事が出来るならば、そなたに往生の前にベッドに身を横たえるの苦しみを二日ほど減らさせる。仏を学んで菜食をする事があっても同じように病苦を受けない事を思ってはいけない。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て肉食した事があり、子供の時には、ゴキブリを追いで殺す事を好んで、行動も敏捷で、だから多くのゴキブリを殺した。一匹の蟻を殺しても返済しなければならない!だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは今までには偶々皮膚を破って少しの血を流して、これは早く債務を返すわけである。

それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは殊勝な施身法を修めて開始し、その上、参列者を率いて「六字大明咒」を長くて唱えていた。

その後、参列者は廻向文を唱えた時には、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深く侍者弟子に加持した甘露丸をある重病で横になっていて施身法に参加する信衆をあげた。それから、参列者にまっすくで座って、殊勝な人腿骨の法器を響いて吹いて、衆生に加持してあげる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは下記の如く開示された。この人腿骨の法器はリンチェンドルジェ・リンポチェの三恩根本上師の尊勝直貢チェツァン法王が前世からこの世まで使って、それから自らリンチェンドルジェ・リンポチェに伝えた法器で、加持力が極めて強いのである。修行者が使った法器の上には護法がいって、その上、本尊の願力、功徳と上師の加持がある。先、この法器を吹いてから、皆にこの一年に作った悪業を吹いて行って、そなた達が今夜、より眠る事が出来る。仏経には、行者は衆生の悪業を風で吹いて、水で水洗して、火で燃やして尽きる事が出来るのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェはこれを吹いてから、自身が修行した功徳と能量を参列者に吹いて出るのである。だから、皆は、リンチェンドルジェ・リンポチェが修法した後、話す声とも修法の前に下げる事を明らかに感じることが出来て、これは真言を多く唱える事ではなくて、これは多くあげるわけである。リンチェンドルジェ・リンポチェはこのような命知らずで衆生を助けてあげて、行者とする責任を既に尽くして、衆生に欠ける事がない、そなた達は今後肉を続けて食べるならば、如何様にリンチェンドルジェ・リンポチェに直面するのでしょうか?微かな可哀相だ心があるのでしょうか?再び肉食するとは承知するがわざと犯す事であるならば、その罪が十倍になって、今後、三つ、四つ或いは五つの挿管治療をするかもしれない。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達を恐喝する事ではないし、仏菩薩と上師がこのようなしない、これは冤親債主がそなた達に許せないのである。だから、肉食をしてはいけない、肉食をしたいならば再び法会に参加する事をしてはいけない。そなた達に綺麗して、帰ると再び肉食をしたら、騙す事で法会に参加したら、ある修行者を消耗し、罪が極めて強いのである。リンチェンドルジェ・リンポチェはアチ護法に、若し肉食を止めない人々であれば、彼に来られない事を頼んだ。

参列の一部の人々がつまらないを感じて、然し大部の人々が喜ぶを感じている。どのようなにしても、ただそなたが寶吉祥のこの道場に入ると、リンチェンドルジェ・リンポチェは命知らずで自分の全部により衆生に助けてあげて、そなた達が素直に従わなければ成らない。リンチェンドルジェ・リンポチェはとても大変で、千人余りの弟子を世話する。これは会社の社員を管理する事により難しいのである。会社の社員が良く働かなかったら、給料を減らして、或いは彼を解雇する事が出来る;弟子は素直に従わないなら、戒を破って彼を締め出すなら、上師が慈悲深くない事を言う。尊勝直貢チェツァン法王もリンチェンドルジェ・リンポチェにこのような苦労して新しき道場を行う事をさせない、リンチェンドルジェ・リンポチェが他の事が作らなければいけない事を説いた。

今日の施身法の時間は極めて特別で、一寸西方の平安夜である。リンチェンドルジェ・リンポチェは再度懇ろに言い付けて、法会が完了してから早く帰って、多くのパブにある所へ行ってはいけない、絶対に平安ではない。そなた達の冤親債主は今日に済度してあげるので、未婚者が出てから誰かが運命の人に会う機会がある事と熱望したくなかった。参列者はリンチェンドルジェ・リンポチェにのユーモラスな開示を納得、リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な修法、開示、と加持に対して法喜が充満して頂礼して感謝し、リンチェンドルジェ・リンポチェに恭しく見送った。

2010年12月25日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、午後4時から夜10時30分まで、143名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

2010年12月26日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、殊勝な長寿仏法会を主催した。法会終了後、続けて信衆に接見して、午後5時25分から6時30分まで、29名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

法会前、1人の出家の女子弟子はこう分かち合った。彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に1つの新しい生命及び仏法を学ぶ機会を賜ったことに感謝して、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに依止してもうすぐ8年2ヶ月になり、尊き上師に追随して仏法を学ぶこの時間の中で、深く尊き上師リンチェンドルジェ・リンポチェ心身の配慮及び仏法の教導を受けて、リンチェンドルジェ・リンポチェいは弟子に仏法を生活の中に用いることを教えるので、仏を学んで因果を深く信じて、因果を了解しれ、離苦得楽、死亡無常、輪廻過患、出離する心が要して、大懺悔心を起こして、恩に感じる心が要し、師を尊敬して道を重んじる心が要し、五戒を守り十善を修め、慈悲心、菩提心を修め、それにまた弟子にすべての違いは全部自分の間違いということを教えて、衆生は間違いがない。心から出発して、内から自分の問題を見て、常に衆生が自分より苦くてを考え、人天福報を求めなくて、常に諸法無我、人生無常、全て受けるのが苦いを考えなければならない。

リンチェンドルジェ・リンポチェの厳格な教えの下に、彼女に自分の以前の身、口、意が犯した様々な過ちを見せて知らせて、彼女は世世身、口、意のわざと或いは気がない間に殺害して傷つける衆生に懺悔して、そして尊き金剛上師と諸仏の慈悲な加持をお祈り、彼らに輪廻苦海に解脱するように助けて、早く成仏にあり。彼女は更に尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に過ちを改める機会を懺悔することを与えることに感謝して、上師がいないであれば今の彼女もいない。

ある日曜日の共修法会に、ある兄弟子は青海にいる一名のリンポチェからリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝する書簡を読んで、手紙の中で、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼らの道場を助ける事に感謝して、またリンチェンドルジェ・リンポチェいは法門の「竜象」であることを褒め称えた。仏道の辞典の中で説明があって、竜象との意味は修行するのがとても勇猛で、しかも大きな力がある人という意味である。以前は顕教にいる時に、この名詞を聞いたことがあるが、あの時に何の意味かまだあまり明瞭ではなくて、心の中で1人のとてもすごい修行者を言うのであろうと思っている。今ついに分かって、福報があって自分の目で見ることができて、内心は比類がなく恭敬及び賛嘆することと感じた。

寶吉祥仏法センターでは一つの特色があって、多くの兄弟子は全家族がいっしょに仏を学びに来るので、年上、子供、病気にかかった者、車椅子に座る者、横たわった者、これはその他の場所で見えないのである。皆はこんなに安定して道場の中で座って、恭しく尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが殊勝な仏法の開示を聞くことが出来るのは、なんとの容易ではない事である。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェいは無私で無我であり、犠牲・奉献して、意図、命知らずにずっと黙々として払って、やっと皆にこの因縁福報の新聞があるようにさせて。弟子として、本当に心に銘記して、よく護持する。

毎週土曜日、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは台湾にいる場合には、必ず寶吉祥仏法センターで信衆に接見して、信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。今謁見を求めたい信者がだんだん多くなって、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは午後4時に法座に昇ってから、時には10時半までやっと法座を降りることができるが、まだ接見していない信者がいて、翌日共修法会が終わる後で、続けて接見する。本当に何も求めがないで命知らずな払うから、とても大変である。弟子達はそれを見てとてもかわいがって感動させた。

嘗てあるインドの信衆は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは一冊の生き生きする百科全書であると褒めた。本当であり嘘ではない。信衆はどんな疑問が会ってもどんな苦しみが有っても恭敬心で求めれば、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず仏法の助け、答え及び加持を与えられる。全ては尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは無縁大慈、同体大悲の表れである。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢噶舉教派直貢チェツァン法王の根本弟子である。だから、直貢噶舉教派に多くの事は尊勝直貢チェツァン法王に指示されれば、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは努力に完成して、貴き直貢チェツァン法王の願いを満たした。それで尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子として、上師の精神を習って、用心に努力に上師が指示する事を完成して、上師の願いを満たすべきである。

多くの衆生は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの仏法の助けが必要だ。我々は弟子として、上師を大切して、皆は団結して、お互いに励ましてしっかりに仏法を習うのを望み、この世に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲の願力、加持の助けの下で、皆は生死を解脱できて、浄土を往生できると願う。この女弟子は今から、未来に至るまで尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの教えを確実に行い、教えに従って、身口意で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに供養する事を願う。法界一切衆生を代わって、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが健康で法輪常転、常住在世、財、寿命増加を備えて仏法事業の隆盛を祈る。

続いて、ある女弟子は今年(2010年)夏に自分に遭った事を報告した。今年七月初めに彼女は家のベランダの窓外にエアコンの室外機の上、突然に一つスズメバチの巣を発見した。また、多くのスズメバチは巣の周りに飛んでいる事を見て、その中に一匹は彼女がドアを開けた時に室内に飛び込んだ。当時彼女はとても驚いて、どうしたらよいか分からなかった。暫くしてスズメバチは窓に近づいた時、彼女は急いで窓を開けて、スズメバチに飛ばせた。しかし、中心市街地の部屋は何故二つの握りこぶしの大きさ、こげ茶色のスズメバチの巣が有っただろう。彼女は今までまだ分からない。

当時彼女は始めて浮かんだ思いはこのスズメバチは彼女と家族に傷付かないと望んだ。二つの思いはこの蜂の巣はスズメバチの家なので、自分は破壊する事が出来ない。それで彼女は非常に恐がって、どうしたらよいか分からなくて、心の中にとても不安だった。数日後、彼女はちょうど新聞からこのような状況があれば、消防局に依頼して取り除けると分かった。しかし、彼女は消防局に依頼して、蜂の巣を取り除いた後、如何な蜂の巣を処置するか分からない。だから、彼女は消防局を連絡して、彼たちは取り除けると確認したけど、蜂の巣を取り除くとすぐ滅びる。その時彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは常に弟子達を教えて、衆生を傷付けない事を思い出したから、消防局に依頼する事を止めた。その後彼女は組長の兄弟子に聞いて、組長の兄弟子は彼女に毎日アチ護法を修める時にアチ護法の助けを祈って、自分はスズメバチを傷付きたくなくて、スズメバチ達は自分が離れる事をアドバイスした。組長の兄弟子も自分が助けられた例を彼女に話して、励ました。だから、彼女は毎日アチ護法を修める時に護法の助けを祈った。

このような数日を求めた後、ある日彼女は再度尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは常に弟子を誡めて、若し祈る時に自分のためなら、求められない。本当に衆生のために求めれば、求められる事を思い出した。それで彼女は過去数日間に求めた事を反省して、自分が傷付く事を恐れるや衆生のためだろう。その時彼女はすぐ自分にこのような考え方を持つ事が出来ない、必ず衆生のために求めると言った。彼女も仏菩薩は必ず最もいい手配をすると信じる。例えスズメバチはすぐ離れない或いは離れなくても構わない。自分は永遠にあのドアを開けられなくてもいい。念を変えると、彼女はアチ護法に祈って、スズメバチに最もいい手配をさせて、いい所へ行かせて、自分もスズメバチがいつ離れる事を求めない。唯コミュニティの人を刺さないように、スズメバチが傷付く事を免じるように、仏菩薩に最もいい手配を祈った。彼女は念を変えた後、再びアチ護法に祈らなく、常に蜂の巣の状況を見なかった。

8月始めある日の朝、彼女は窓のカーテンを引いた時、とても大きいスズメバチが一匹「オン、オン、オン」と飛んでいると見た。彼女は若しかしてスズメバチの数量が増えたかと考えた。それで彼女は窓の外へスズメバチの巣の様子を見た。彼女に驚かせたのは蜂の巣は全て壊れた。かけらは蜂の巣の中心の周りに落ちた。蜂の巣の中心はきれいになって、一匹のスズメバチも残っていない。この前彼女は若しスズメバチは離れて、蜂の巣はまだ残っていると、自分は如何なる処置するか分からないと心配した。現在スズメバチは全部離れて、蜂の巣も自分が滅んだ。自分は何もしなかったが、唯仏菩薩を信じて、事は円満に解決できた。彼女は本当に仏菩薩の慈悲を感謝して、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な教えも感謝した。仏法は本当にとても偉大である。同時に彼女も現場にいる皆に呼びかけて、生活の中に苦境、挫折或いは難問に遭っても確実に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの教えに奉じて、仏菩薩の手配は最もいいと信じなければならない。本当に深く信じる。この女弟子も現場に撮られたスズメバチの巣が滅んだ写真を提供して、皆に見せた。

続いてある弟子が皆に彼の友人がリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを得た経過を報告した。この弟子が1人十何年会わない仲良しが一ヶ月前突然に彼に訪ねに来た。この弟子が友人を見ると驚いた、彼が大変やつれてまったく昔のように朗からしくない。話の声から彼の心がもつれたと感じた。この友人は自分が憂鬱症にかかったと言った。自分の妻を除いて,ほとんど知っている者がいないのである。彼は常にわけもなく心が落ち込んで手も足も出なかった。ある有名な大手企業に勤めて、悪くない職位を持った。しかし、他人に自分は何年以来、盲目的に名利を追求して自分に迷った事を後悔すると話した時、他人は彼が既に名利を手に入れたので病気でもないのに呻く声をあげると思われた。それで、心の中の苦しみは理解する者はいない。心理のお医者さんが毎回診断すると彼の病状は想像より酷かったと思って、一層な高い分量を彼に与えた。もうしばらくして、彼が毎日抗うつ薬と催眠薬で日を暮らすことになった。

この弟子は友人の自分の事を聞いた後、リンチェンドルジェ・リンポチェが全て仰った仏法と衆生を助ける事を話して、また彼に一本リンチェンドルジェ・リンポチェの著作「快楽與(と)痛苦」をあげた。また、彼に本の内容を読む以外に、本の中にのリンチェンドルジェ・リンポチェの法照に祈って、ひいては心の中にリンチェンドルジェ・リンポチェの名号を黙って読むとも彼の痛苦を解決するのを助けると話した。

3、4日間を経て、この友人はこの弟子に電話を掛けた。彼は本を読んで中の沢山内容が全て彼の問題に対してずばりと要点をついて回答もやって、とても役に立ったと教えた。彼は苦しい時も黙ってリンチェンドルジェ・リンポチェの法号を読んでみた、或いは本の中にリンチェンドルジェ・リンポチェの法照を見て、果たしてすぐ平静になる事が出来た。おおよそ一ヶ月を過ぎて、この友人はまたこの弟子と会った。自分が毎日「快楽與痛苦」を持ってたびたび読んで、重要な文を見るとしるしを付けて、それにあのページの角を折って、マークをしたと表した。ある時本を持ち上げるとしるしが付けられないページを読む事になり、その中にきっとあるポイントが見漏られたと信じたから。やはり彼の手の上にあの本は隅折りが多くため、非常に厚くなって、彼も既に本の中に多くの文を大変はっきり覚えた。

一層大切になるのは、彼が思いがけなくこの一ヶ月あまりに、抗うつ薬を1、2回しか食べなくて、催眠薬もとてもすくなくなったのに、平穏に平静で暮らすことが出来た。彼は酷かった憂鬱症から、只リンチェンドルジェ・リンポチェの本、法号と法照でとても速く殆ど完全に憂うつ症の困りを離脱した。ひいては自分が運転する時以前より根気があって心が穏やかと気がついた。リンチェンドルジェ・リンポチェの功徳は本当に不思議である。この弟子が非常にリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝し、仏法を伝授するの外に、またいろんな事業を経営して、事業を経営するらしいが,実は全てやったことが全部衆生に利益する。リンチェンドルジェ・リンポチェの助けでなければ、自分が至親好友の痛苦を直面する時も只手をつかねてなす所を知らぬのである。リンチェンドルジェ・リンポチェの門下で仏を学ぶなんで、真にとても幸せ、リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは法座ののぼった後、皆に開示された:今日皆のため長寿仏を修める。長寿仏は阿弥陀仏の報身仏で、顕教にはこの本尊がない。同席のある者は仏を学んだことはなくて、報身仏との意味は分からない。仏は法身、報身と化身に分けて、衆生が成仏する前、生々世々全て化身仏の助けと迎えがもらえる。仏経の上に載せてあり、修行者は菩薩の果位を証得すると報身仏に代わって、迎えに来て仏法を教導する。顕教には菩薩が十地まで、密法は初果菩薩を始めて十六地菩薩まで修めるべきである。行者が仏に成って、無生法忍を証得して、法界の中に入り込む事が出来たと法身仏が迎えに来ることになった。化身仏は小学校の先生のように、小学校程度の衆生を教えて、報身仏はそなたが大学に入って、教授程度の先生の指導が必要である。法身仏なら、既に仏法をはっきり了解して、また仏法を運用して衆生に利益する事が出来る行者を教えるのである。

阿弥陀仏のもう一つ名号は無量寿仏であり、寿命が長くて計る事が出来ないとの意味である。人間はこの一生の寿命と財産は全て自分が過去世にした事に決められるのである。寿命は過去世の善行或いは悪行によって、財産は過去世にした幾らの供養と佈施によって決める。しかし、この一生に全てした事はまた寿と財を変わる事が出来る。例え、ある者は元来90才まで生きるが、この一生にある良くない悪業をして、耗命鬼(命を耗虚させる鬼) と耗財鬼(財を耗虚させる鬼)を引き起こして、彼の寿命と財産を奪った。仏経の上には先祖を祭るには葷食(即ち三厭五葷:肉・鳥・魚、ネギ・にんにく・にら・らっきょう・あさつき)をしてはいけない。そなた達が肉で祭る次第に、鬼達を招いて来て、鬼が来ると絶対に好い事はない。そなた達は信じなくではいけない。以前そのまましても何もなかったと思わないで、福報が尽くしてしまうと、用が出来た時もう後悔先に立たなかった。

そなた達の其々の寿命は母が妊娠してから減ってしまって、此れは母が妊娠してから胎児の栄養が足りない事を恐れるので、肉食してから補う事になり、一旦殺生して肉食を食べるならば、赤ちゃんの寿命に減る事に成る。その上、子供が生まれてから、母が産褥期に身体の良い為に、胡麻油にて料理した鶏を食べて栄養を補充し、だから現在の医学をとても発達しても、夭折して死んだ赤ちゃんがますます多くなっていく。

我々の身体は父の精と母の血と結び付けてから生じて、我々が肉食をしたり、自分の欲望を放任したりする時には、精と血が絶えずに消耗し、一部の人々は自分がまた若いので、存分な放任する事が出来ると思っていて、然し、このようにすれば、自分寿命を早く消耗し、精と血を消耗したら死んでいく事になる。

昨日、ある信者の家族達はリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来て、娘達が問題を問い合せてから、何度もに父に口を開いてリンチェンドルジェ・リンポチェに伺いを立てる事も要らせて、然し、此の父親が彼の身体がよいので特に問題がないと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深く、主動的なこの父の年齢を問い合せて、また夜に就寝してから何回目に起きなければいけないと言う事を問い合せた。此の父は、「63歳、真夜中に2、3回目に起きなければいけない、」と回答した。リンチェンドルジェ・リンポチェは「リンチェンドルジェ・リンポチェが一回でも要らない」と笑ってから説いた。此の父はリンチェンドルジェ・リンポチェより一つ年上であり、何故真夜中にこんなに何度も起きなければいけないのでしょうか?此れは身体に何か問題があると表す。

年寄りになったら身体が必ず多くの問題がある事と思ってはいけない、リンチェンドルジェ・リンポチェは特に問題がない、直貢チェツァン法王も同じであり、唯身体が機械のように数十年間を用いて、幾らで摩損があり、然し、リンチェンドルジェ・リンポチェの老化の速度が普通の人々により遅いである。眼科医師の弟子は「リンチェンドルジェ・リンポチェは閉関してから眼が益々良くなっていて、老眼の状況が再び悪化する事ではなくて、逆に減らした」と話した。昨日、リンチェンドルジェ・リンポチェは信衆を接見してから離れるところには、眼鏡を描ける事を完全に忘れて、側にいる弟子の提示により眼鏡を掛けて行って、此れはリンチェンドルジェ・リンポチェが眼鏡を掛けないでも同様にはっきり見えるので、自分が眼鏡を掛けず事を少しでも気づかなかった。多くのお年寄りのようなではない、身元に眼鏡がないと出来ない、リンチェンドルジェ・リンポチェが眼鏡を掛けるのは乱視があるので、夜に運転する時には眼鏡を掛けないとはっきり見える事が出来ない。

仏経では、我々のこの銀河系は地球を除いて、それから他の三つの惑星があり、地球と同じように人類が住んでいる事があり、即ち四大部洲である。地球は此の四大部洲の南瞻部洲である。地球の人々は此の四つの惑星に一番苦しくて、寿命が一番短くて、だから地球人だけえ仏を学ぶのである。仏経では、地球の人類の顔の形が倒しの三角形で、此れは出生する時に福報が最もよい、年寄りすれば福報が薄いのである事を表す。例えば、赤ちゃんが出生する時には、食事と睡眠が誰かが世話し、好きではないので吐いたら、依然として我慢強くて世話させて、両親が彼に何をしても喜んでいる。逆に年寄りであれば、病気に罹ってベットに身を横たえて、誰かだ食事させ、若しし食べ物を吐いたら、看護婦或は嫁が「直に死んで行って、また食べたくない!」と罵る。此れは福報の差異である。此の以外、初産乳児の脚は全部豊かで、人々が老いてから痩せて薄くなっていて、此れは福報が消耗し、精血が消耗してしまった。だから、若し女の子は足を痩せたいならば、早く年寄りになったら痩せられるのである。人々の顔の形も顎がより尖っていて、此れは老いてから福報がないと表す。

そなた達は自分がどんな悪い事をしたことはないと思わないで、リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗てそなた達に何回も仰った、地蔵経には記録があり、凡夫の心と考えが起きたり、動いたりするのは全て業、全て罪のであり、そなた達は一つ良くない考えを引き起こすと全部そなた達の寿命をを損なおうとする。

仏経には載せてあり、人類の寿命は長くとも84,000才まで生きられる、100年毎に、人の寿命は1才を減って、10才までを減ると、また100年毎に1才を増えして84,000才までずっとして、このような循環は一つ小劫と呼ばれている。我らは現在減劫中で、人の平均寿命は70才で、減少しているところである。仏経の中に述べた、人の寿命が終わるには四つの状況がある:第一種類は有寿無財で亡くなった、つまり窮困のため亡くなったである。第二種類は無寿有財で死んだ。死んだ後財産を残った、例え保険を買って、死んだ後賠償金を家族に残って使わせる。また交通事故で亡くなったとか訴訟して勝って、賠償金も家族に残して使用させる。第三種類は無寿無財で死んだ、寿命と財産は尽くした後亡くなった、戦争とはこの種類に属した。第四種類は有寿有財で死んだ、このような者は寿命と財産がまだあるが、この一生に多くの悪行をしたため、非時意外で亡くなった、または過去世に悪をしたか悪の共業中為に意外で亡くなったのである。

法本の中に記載があり、人の寿命は刀兵の劫を受け、つまり戦争である。但し、現在は戦争がなく、交通事故である。だから長寿仏を修めてそなたが非時ではなく死ぬのをさせる。非時で死ぬとはそなたの寿命が本来何才まで生きられるが、意外に早めに死んだのである。そなたに非時ではなく死ぬのをさせる、例えそなたは50才まで生きられるなら、そなたをそれより早く死ぬことをさせない。しかし、そなたは善を修めなくて、まだ悪業をするなら、そなたのため長寿仏を修めても役に立たない。まるで、リンチェンドルジェ・リンポチェは毎年そなた達のため一回財神法を行う。財神法を行ってもそなた達はやはり仕事を努力するべきで、それで得るはずお金が得られる。そなた達が思ったように毎日財神法を修めれば仕事をしなくてもいいのであらない。財神様が黄金をそなたに投げてあげても、五両黄金がそなたの頭にぶつけると頭も割られて血が流れるだろう。

昨日ある信者が家族のためリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼にお金を診療を受けるお金がない者にあげさせて、家族のため福報を蓄積させた。この信者は直接親戚にあげて良いと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼を反問した:「そなたの親戚はお金がないか?」彼は有ると返事した。リンチェンドルジェ・リンポチェにとって彼女が怠けで自らでしたくなかった。善行するさえも怠ける者は福報あるわけがない。

今日そなたが病気にかかって、短寿することが出来たのは全て過去にしたことと関係がある。この一生に肉を食べたことがない者はあまりいない。先祖の業とそなたと関係が有り、そなたがまた私がしたのではなく、なぜ我と関係があるかと言った。そなたが過去世彼らと悪の共業がなければ、同じ家庭の中に生まれることはない。だから深く懺悔するべきである。今日の法会は、そなた達が深く因果を信じて、徹底的に懺悔するこそ、そなた達に対してやっと助けがある。

地球温暖化の状況は段々厳しくなり、ある者は何のものを焼いて引き起こしたと思った。リンチェンドルジェ・リンポチェはそうと思わなかった。地球には60億あまり人口があり、人毎に1つ息を吐き出すと、地球が温暖化をしなければ可笑しくないか、それは地球の人が多すぎである。そなた達はこの世界の上で生きて、地球の人はとても多いから。 あなた達はこの世界の上で生きて、この世界に対して少し役用もなく、全部自分の利益の考え方で、これら事をすると全てそなた達の寿命と福報を損なおうとする。

昨日ある昏迷している信者の家族がリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れた。お医者さんが脳膜炎と疑って、しばらく治療をしたが、まだ昏迷で目が覚められないと言った。その後、お医者さんはまた検査で子宮には腺こぶがあったらしくて、子宮を切除して見ると提案した。理論的に、昏迷する者は手術を受けることが不適当である。昏迷しているのは体力が下がって、意識的な活動を支持することが出来なくなったのである。お医者さんがこういう決定をするのもとても普通であらない。そなたは福報が足りない時、自然に良いお医者さんに出会うことが出来なくて、福報が足りるなら、一錠薬で治すことが出来た。しかし、脳膜炎はなぜ子宮の問題とひっぱって、ちょっと遠かった。

リンチェンドルジェ・リンポチェはまた仰った、人のお体は地、風、水、火と四大要素の結合である。しかし、現代人は毎日頭を使ってお金を多くもうける為水と火を消耗した;殺生して肉を食べるのが好きのは地と風を消耗した;お酒が好きのは火と水を消耗した;タバコが好きのは風と水を消耗した。

多くの人々は人が老いてから老人性認知症に罹らなければならないと思っていて、実には、人は老人性認知症に罹る故が因果を信じないで、仏法を学ばないで、リンチェンドルジェ・リンポチェの母が既に87歳で、老人性認知症に罹らないだけではなくて、頭が同様にはっきりし、またリンチェンドルジェ・リンポチェに「昨日が帰ったではないか?何故今日やっと連絡してくれるのでしょうか?」と問い合せた。一般的に老人性認知症に罹って開始して、5年に超えないで精血が消耗してから死んで行って、死ぬ前にベットに身を横たえるならば地獄に落ちて、若し、くそを投げて或は塗装したら、此れは彼が死んでから地獄に落ちる事を表す。

勢力を頼みにして人を騙して、リンチェンドルジェ・リンポチェの名義により他人を躾けたら、自分の寿命も消耗して行った。所謂忠心である弟子は他人に「此れはリンチェンドルジェ・リンポチェが説いた事で、信じないならば、リンチェンドルジェ・リンポチェに問い合せて行ってください」と話した。これらは悪弟子で、リンチェンドルジェ・リンポチェの名義で他人に気に障って、他人を恐喝して、リンチェンドルジェ・リンポチェと他人の関係も離間していくのである。リンチェンドルジェ・リンポチェに忠心しないならリンチェンドルジェ・リンポチェを害する事をしない、時時に忠心である者は此の問題が易くある。中国の明朝と清朝の宮廷ドラマのように、一部の忠臣は皇帝の名義で彼方此方に他人に気に障って、如何に皇帝を続けて担当するのでしょうか?反対に、奸臣は皇帝を以って利益を得るのために、皇帝に上手く言ってくれる。だから、古代の皇帝は建国してから常に予め忠臣を殺してから奸臣を殺し、鰲拝(オボイ)のように、清朝に忠心する功臣であるが、康熙(コウキ/中国、清朝の第4代皇帝)は即位してから鰲拝を予め殺して行った。だから、「忠」と「奸」と言う事は時々に一つの標準で判断する事が出来ない。時々には、時間と空間の変わりの故に、正確と錯誤の標準も調整して行く。以前の時代のように、若し日本人と緊密な付き合うならば、皆は彼に売国奴を罵った。現在とは?日本と国民外交をする事を言われた。以前に中国と何か付き合うがあったら非難を受けてもらった。現在とは?彼達に頼んで勧める事を求める。

一昨日の施身法には、リンチェンドルジェ・リンポチェが皆に開示した事があり、全部の人々が正しい事を言っても、そなた達も依然としてはっきり見て如何に正しい事を判断し、全ての人々が間違いを言っても、智慧により判断しなければならない、自分の意識、好き嫌いにより決定する事ではない。

長寿仏を修めてから、そなた達に出生から今まで消耗する精血を少し補充してくれる事ができて、そなた達に悪事をしたので減った寿命を少し補充してくれた。そなた達は寿命を求められて、然し全て求められない、此れは如何に求める事が分からない、自分が長くて生きたり、世間の福を喜んだり、子供が成長して結婚する事を見たりするのという自分の為に求める寿命であれば、求める事が無理である。リンチェンドルジェ・リンポチェのように真に修行者は自分のために求めないで、一切に衆生にくれて、仏を学んで衆生に利益して、却って死ぬ事が出来ない。

そなた達は学校で勉強していた時には、先生が教えた後で、宿題も自分でして、先生からそなた達にしてくれる事が無理で、先生がただそなたが完成した宿題をマルを書いて、或はバツを書いて、それでは何故皆が現在仏を学ぶなら、自ら宿題をする事が要らない事と思っているのでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェはただ皆に法を伝える事だけで、皆に修めてくれる事が出来ない。そなたはリンチェンドルジェ・リンポチェに信じているだけで十分である事と思ってはいけない、そなたに大礼拝をさせて、護法を修めさせて、そなたが好く修めないなら、そなた達がしないなら仏法を軽視する。お年を経てから、リンチェンドルジェ・リンポチェは整頓して開始し、現在、道場が既に座る空間がないである。そなた達が皈依する時に説いた事があり、そなた達に教える仏法をしたくないならば、上師が善事をくれないし、同室をくれないし、つまり仏法をそなたに教えない、そなたに道場に入られないのである。自分が仕事をするのでとても疲れて、リンチェンドルジェ・リンポチェがまたそなたに大礼拝をさせる事を言ってはいけない、リンチェンドルジェ・リンポチェが厳格を要求する事ではなくて、そなた達がするかどうか、リンチェンドルジェ・リンポチェと関係ない、リンチェンドルジェ・リンポチェが医者のように、そなた達が問題がある事を見てから、そなたに処方をくれて、そなた達が処方により飲まなければ成らないのである。リンチェンドルジェ・リンポチェが事を見るとは現在で見える事ではなくて、そなたの未来が見える。

法本には説いた事があり、長寿仏を修めれば非時で死ぬ事を避けられて、8大災難、16種類の災禍を消却する事が出来て、障碍と戦争を消却する事が出来て、行者の財産、健康と寿命を増えさせて、そうすると、仏法を学ぶ事が出来て、仏になって生死を解脱する事出来る。

これから、リンチェンドルジェ・リンポチェは長寿仏法門の修めを開始し、その上、皆に代わって本尊と諸仏菩薩に供養してあげる。一部の儀軌にはリンチェンドルジェ・リンポチェが法帽をかぶって、参列者に真っ直ぐで座らせて、リンチェンドルジェ・リンポチェが五色旗を振って皆に加持させて、また、参列者を連れで長寿仏心咒を長くて唱えた。後ほど、参列の信者と弟子は一人一人で壇城に向いてリンチェンドルジェ・リンポチェの自らの加持を受け入れて、また珍しい甘露丸と甘露水を獲得した。リンチェンドルジェ・リンポチェは辛労をものともせずに自ら法座を下りて、寶瓶で行動不便な信者と弟子に一人一人に加持させた。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くて、衆生を惜しがって、参列者の人々が感動するので涙を流した。

修法完了してから、リンチェンドルジェ・リンポチェは下記のように開示させた。先五色旗を振った動作が、上師の自身と本尊の「地、風、水、火」の四大精華にによりそなた達に加持させて、然し、そなたが真に仏を学びたくないなら、作用が余り大きくなかった。法本には如何に長寿仏を求める事を記載した事があり、そなた達の自身から求めたい事が全部求めない、が、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達に求めてあげた。そなた達今年に何か間違いが無いことが無理で、此れはそなた達が考えてする事とは自分を利益して、そなた達の寿命をずっと消耗して行った。リンチェンドルジェ・リンポチェのようにする事とは衆生に利益すれば、寿が消えていくが消耗が無かった。人間の寿命は日常生活に自分が作らせて来て、長寿仏を修めればそなた達に今年で自分が作った良くない事で消耗してしまった寿命が少しで増えて来てくれる。けれども、両親の寿命はただ子女だけで助けられる。

法本には記載した事があり、人々の寿命は「損、散、破、彎、裂、搖、破」と言う事が出来て、鬼が掠められ事がある。「損」は品性不良なので、寿に減らせる。その上、勢力を頼みにより人を苛めて汚職する者は自分の寿を損害を与えた。そなた達は「私はお金を取れないよ!ただ食事して贈り物を受け取っただけ。」と話すかもしれない。日本の役人は公務の為、民間企業と一緒にコーヒーを飲んでも汚職を属し、極めて厳格である。台湾はゆったり過ぎで、お正月が来るようで、多くの人々が贈物を取る事を待っていて、その上、多くの人々が贈物をする予定で、これらは自分の寿命を損害を与える事である。若し会社には団体を為せば、自分のスタッフの人を為せば、此の種類を属すのである。

最近、リンチェンドルジェ・リンポチェの会社の一人の社員は新しき設計した紙袋をリンチェンドルジェ・リンポチェに審査して呈するには、リンチェンドルジェ・リンポチェが此の色を見えてから、此れと企業識別系が不統一で、その社員に「我々会社の色は青いではないでしょうか」だけで問い合せてからどれだけ説かなかった。結局、此の社員は修正しなくて、その上、他人から問い合わせたら、「リンチェンドルジェ・リンポチェは既に審査完了で、何も説く事がない」と回答した。自分が間違いがあった事を承認しなくて、何か間違いがあったら全て他人の間違いであった。特に会社には、社長を運び出して勢力を頼みにして人を騙すならば、此の範囲も含めていて、同じようにそなたの福を減ってしまった。

「散」とはそなたの心が散るので一心出来ない、或は就寝を好んで、怠けを好む人であれば、自分の寿を散ってしまう。「破」とは、そなた達が会社で働いて、社長さんがそなた達に給料をくれるけれども、社長さんの給料を無駄して、一心をして働く事をしなくて、これらは自分の寿命を破らせる。

「彎」とは、人々の寿命が本来真っ直ぐで前に向くけど、現在曲がった。例えば、本来仕事してよくするけれども、急にしたくないと言い、2ヶ月に休んでから再び戻って働いて、此れは曲がって行くのである。「裂、搖、破」とはまた他の種類である。そなた達は自分欲望を放任したら、自分に放任させて、利益と欲望を絶えずに追求したら、そなた達の寿命も減られた。一部人々が商売をする時には、「水商売」の場所で応対する事が好んで、そうすれば商売が出来ると思っていて、然し、誰かが商売をしたら応対をしなければならないと言うのでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェも商売をして、然し応対をする事が従来以来でしないで、同じで商売が遣り遂げれる。商売を遣り遂げれるかどうかのはそなたの福報に関係があり、福報がないならば、応対しても何か助けがなかった。そなたは「なぜそのような場所へ行くならば、悪果があるのでしょうか?古代からそのような場所に存在するのではないでしょうか」と話すかもしれない。確かに、古代からそのような場所に存在した事があり、釈迦牟尼仏は在世の時にインドもあり、然し、そなたが行くならばこのような業界を助長するのである。地蔵経には、情欲を重んじる者は死んだから地獄に落ちた事を説いた事があり、だから、そなたが行くならば此の業界に居て、悪果があり、古代の一部の行者のような修めるならば、能力があってこれらの行業の人々を済度する事出来るならば、このような場所へ行って、彼らの未来世にそのような環境を生まれない事を助けれくれる。此の以外が出来ないのである。

「鬼が掠められ事」とはそなたが悪をしたら、心が悪いであれば、鬼がそなたの寿を掠められて来るのである。

長寿仏法本は多くの種類があり、今日、修めたのは珍しい岩伝法であり、ある仏母から自ら伝えて来た。岩が法は蓮師の自ら法本を洞窟、岩、水と空の中に隠れて、龍と空行母に保管してくれる法でり、効果が特別である大きさである。密法が四部に分けて、今日修めたのは「事部」と「行部」で、「瑜伽部」と「無上瑜伽部」を修めない、此れはそなた達は「瑜伽部」と「無上瑜伽部」の法を受ける資格がないわけであった。密法を修める弟子に対して、「瑜伽部」と「無上瑜伽部」を修めて彼を助けてくれるわけである。密法とは神秘或は秘密ではない、此れは仏果を修めて、衆生を利益する心が金剛のような堅くて破壊出来ない。だから、法本には長寿仏を修めると、縁を具える金剛弟子に修行の道に大きさの助けがあり、そなた達のこれらの修行しない弟子に対して、ただそなた達に予め本尊と縁を結んで、助けが限りがある。

法会には、リンチェンドルジェ・リンポチェは多くの儀軌を行って、此れは主にそなた達の心をとてもやさしくて散る事で、これらの儀軌によりそなた達により一心する事が出来てしてくれた。皆はそなた達が壇城へ上がってきて加持を受ける時には、リンチェンドルジェ・リンポチェもそなた達の一人一人で加持させて、そなた達は縁がありこの金剛乗の密法法会に参加できれば、過去世で修めて得て、此の福報を惜しまなければならない。ただ素直に従う事だけである。当年、リンチェンドルジェ・リンポチェと直貢チェツァン法王の縁も一念だけで、ただリンチェンドルジェ・リンポチェの良友がリンチェンドルジェ・リンポチェに此の中国語が出来る直貢チェツァン法王に謁見して来る事を勧めて、リンチェンドルジェ・リンポチェが好奇なので直貢チェツァン法王に謁見して来て、此の縁が結んでいった。

仏法がないならば、此の地球は存在できない。仏法があるのえ、世の中に多くの災難がこんなに厳重えはない、人々がやっと続けていく。今日、人身になれるならば、過去世に必ず仏を学んだ事がある。そなた達は縁があって法会に参加する事は過去世で修めて、よく惜しまなければならない。仏を学ぶ事とは世の中に最も重要なことであり、私の子供が成長し、大学を入るし、私の商売が良くなっている事に至るならば、仏を学んでいく事を思ってはいけない、全ての事をよく遣り遂げて仏を学んで始めるならば、その時、そなたが既に土に居る。台湾の此の土地は皆に安穏で暮す事が出来るならば、福をよく惜しんで、ひどく乱れている事をしてはいけない、福報を使用完了に至ったら、苦しみを良く知っているのである。

昨日、リンチェンドルジェ・リンポチェは午後の4時から法座を上げて、夜の10時ぐらいで法座を下りて、多くの事がリンチェンドルジェ・リンポチェの立場で何でもないように思っていて、子供が勉強が好きではない綺麗さを好む事でもリンチェンドルジェ・リンポチェに伺いを立てて、此の子供が小学生の際に成績が良い、中学生になると素直ではないし、勉強が好きではないし、綺麗が好んだのである。中学の二年生の学生はお洒落が好き事が普通で、恋愛をしたいのである。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの母親に「子供のためにジーパンを買って幾らがかかるのでしょうか?」と問い合せた。この母親は「3,000台湾ドル」で回答した。リンチェンドルジェ・リンポチェは五分埔で数百台湾ドルだけである事と説いて、この母親が直に子供が五分埔をつけないと回答した。リンチェンドルジェ・リンポチェはつけないならつけさせないと開示させた。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は全てが因果であり、この子供がこのようになるならば、母親とする寵愛してきて、子供から寵愛し、中学生になったら変わるはずであり、父は側に何も言いたくなかった。最後、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の父に「何か用事があるでしょうか」と問い合せて、彼も彼達が平安だけで十分である事と回答した。このような事をリンチェンドルジェ・リンポチェに問い合せるならば、修行者に浪費し、仏経に記載した事があり、ある王子に釈迦牟尼仏に仏法に関係ない事により伺いを立てて、釈迦牟尼仏は完全に回答しなかった。我々のチベットのチョンツァン法王も仏法以外の問題を回答しないのである。

朝、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に連絡したばかりで、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに自分の体を注意し、疲れすぎる事をしてはいけないと説いた。だから、法会に参加してからまた肉食をしたら、そなた達にリンチェンドルジェ・リンポチェの前に現さないてはいけない事を頼んで、護法が極めて素晴らしさ、人々を追いかけらるのえある。そなた達は素直に従わないならば来ないてはいけない。素直に従わないならそなた達に理解しない事ではなくて、分別心がないのではない、慈悲がないのではない、此れはリンチェンドルジェ・リンポチェが同じでこの身体の限りがあり、何時までに使用可能も知らない、リンチェンドルジェ・リンポチェのこの身体が多くの衆生に助けられて、また多くの事をしなければならない、そなた達に無駄してはいけない。そなた達は素直に従わないならば、予め側に置いて、ほかの素直に従う衆生を予め助けてくれた。学生が先生の話を聞かないのように、先生はこの学生を予め側に置いた。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に法会に参加しなければならない事と思ってはいけない、そなた達が居ないでも、リンチェンドルジェ・リンポチェが何処へ行っても済度できて、人々を済度しないでも、鬼或は畜生道も済度する事が出来る。

先刻、リンチェンドルジェ・リンポチェは法座を下りて、車椅子に乗った信衆と弟子たちに一人一人で加持して、一部の人々が重病が床に横になって法会に参加した。一部の人々がリンチェンドルジェ・リンポチェの立場により何か大きな問題がないと思っていて、何故床に横になるのでしょうか?根本的な、他人から彼に世話してくれたいのである。病気に罹る時に、子女がそなたに世話し、親孝行することがはずであるが、超える事が出来ない、横になって憐れむ動作をしてはいけない、そうすると、自分の寿命を損害するだけである。リンチェンドルジェ・リンポチェにより苦しむ者がない、そなたが自分が出来る事が自分でしなければならない。

2010年12月30日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、雲林県斗六寶吉祥仏法センターで、殊勝な直貢噶舉施身法法会を主催して、約360人が法会に参加した。

法会中、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法会に出席する大衆に、以下の如く貴重な仏法の開示を与えた。

リンチェンドルジェ・リンポチェはもう2年ぶりに斗六で法会を主催した。この数年、 リンチェンドルジェ・リンポチェはとても忙しくて、今年台北で万人を上回る大法会を二回も主催して、毎週土曜日に台北寶吉祥仏法センターで信衆に接見して、毎回も少なくとも200人がリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見し来た。リンチェンドルジェ・リンポチェは段々年をとってしまい、何度も奔走することができなくなった。それ以外に、リンチェンドルジェ・リンポチェは日本の京都で1つの道場が持ち、この道場は地元の人から創立したのではなくて、それはリンチェンドルジェ・リンポチェが独力で創建し、弟子が護持することを通して、完全に日本の法規に従って正式に創立する道場である。数日後の2011年元旦に、日本京都の道場で日本人のため法会を催す。

今日修める法門は中国語で「施身法」と称して、チベット語では「断つ」との意味であり、つまりすべての私達に輪廻させる悩みを断つ。リンチェンドルジェ・リンポチェの三恩根本上師──直貢噶舉第37世法王 直貢チェツァン法王は、施身法をリンチェンドルジェ・リンポチェに伝えている時に、施身法は密法の中の八大成就法の一つであり、いわゆる「成就」とは行者がこの世にこの法を専修するならば、この一生に確かに輪廻に解脱することができると開示なされた。根器の良いのはこの1世に仏果を証することができて;根器の少し悪いのは中陰身(息が絶えた後)に仏果を証することができる。仏果を証得するのはまたもう一人の釈迦牟尼仏が現れることではなく、この法を修習すれば仏果を得ることができるのである。施身法は1300数年前のチベットの1位の在家で既婚して子供を持つ女ヨーガ者マジラ尊者によって創られた特別な修行法門であり、それにこの法を彼女の次世代に伝わった。皆さんが知っているとおり、チベット仏法がインドと中国から伝われてきたが、施身法は唯一のチベットからインドに伝える法門であり、その時、インドの多くの行者はチベットに行って、マジラ尊者に仏法を教えてもらったのである。

マジラ尊者は釈迦牟尼仏の諭された《大般若経》の精神により、この法門を創られた。《大般若経》は10万頌と8万頌に分けられて、施身法は10万頌の内容により創られたのである。大般若経の中の《心経》はそなた達がすべて聞いたことがあるかもしれなくて、一部の人が嘗て暗記したことがある。「般若」この2つの字は、含まれている意味が広大で奥深いから、その故に唐三蔵法師は中国語に翻訳しなくて、梵文の音を保留したのであり、ある人は直接にそれを「知恵」に翻訳したが、もしこのように簡単に説明できれば、釈迦牟尼仏も12年の時間が掛かって「般若」を開示しなくてもいいではないだろう。施身法が一切衆生の様々な悩みと執着を破って、だからチベット語で施身法を「断つ」と称して、──私達に輪廻苦海に落ち込ませるすべての悩みを断ち切るのである。

この法門は普通に読経して真言を呪うだけではなくて、行者は禅定において、ある程度まで必ず修理しなければならない:直貢噶舉の禅定の法門《大手印》は4つの次第に分けられて、一つの次第はまた3つの段階に分けられて、全部で12の段階である。施身法は衆生を利益することができるまで修める場合には、行者は少なくとも2つ目の次第――離戲瑜珈の果位を証得しなければならない。

施身法の本尊は観音菩薩であり、唱えるのは六字大明呪である。行者は自身の体、骨、血をすべて十方三世の諸仏菩薩を供養して、一切有情の衆生に布施を与えて、これは思うことだけにより、やり遂げることができるのではなくて、必ず閉関など過程を通しなければ、このような力を発揮することができない。チベットでは、施身法を学ぶ者は10年の顕教の基礎がなくてはならなくて、これは理論の方面で何冊の経典を読み終わってすむのではなくて、そなたが本当に仏法を理解することができて、そして心のこもっている体得があってから、そして上師による確認を得なければならない。引き続いて、3年間以内に、10万遍の大礼拝、10万遍の百字明呪、10万遍の曼達を捧げること、及び10万遍の上師相応法を完成する、つまり、直貢噶舉の不共四加行である。不共四加行を円満に完成した後に、行者は瑞相が現れて、身体と心構えはある程度変わる──凡夫から聖人の道に転向するのである。

引き続いて上師は本尊の灌頂を与えて、通常は観音菩薩である。観音菩薩は慈悲の代表であり、慈悲がなければ仏法がなくて、慈悲とは善人美挙をするのではなくて、善人をするのがただ人の根本であり、そなたが過去世に善事を行ったからこの世に人身を得るためである。「慈悲」は仏教の名詞で、その他の宗教は言っていない。慈悲は考え出したのではなくて、学習、絶えずに運用することを経てから、ようやく慈悲の力が発生することができるようになった。すべての衆生は善の意念を備えているが、しかしお金を寄付したり、法会に参加したり、皈依したり、菜食料理を食べたりすることのが慈悲と言えるのではない。「慈悲」は2つの字を、2つの事を、2つの動作を言っている。「慈」は自分が持っている最も良いのを衆生にあげることで、衆生の苦しみを交換するのであり、そなた達はここまで耳にしたら恐らく既に頭が痺れるだろう。「悲」は衆生を輪廻苦海から済度できる能力があることであり、これは普通な人がやり遂げることができるのではない。慈が先にあってから、はじめて悲がやり遂げることができる。慈悲の力はやり遂げたら、続いて菩提心を学ぶ。菩提心を修め得た後に、この法門はようやく用いることができる。

顕教では観音菩薩を修めるのは《大悲呪》を唱えるのである。その他の一部の人は「白衣神呪」を唱えるが、しかし大蔵経にはこの呪文がないから、この呪文の真実性は依然として討議を待たねばならない。ただ《大悲呪》と《六字大明呪》がお経には言及されることがあるので、六字大明呪が《大悲呪》の精華であり、観音菩薩の心呪であり、観音菩薩の代々修行する功徳、願力、慈悲と福報を含んだ。六字大明呪は表面上、この6つの字のようにこんなに簡単ではなくて、仏陀は開示したことがあって、もし仏陀の知恵で、その中の含まれる意味を釈明するならば、1大劫の時間が掛かっても言い終わることができなくて、1大劫の時間はそなた達の想像できないようにとても長い時間である。

上師は灌頂及び口伝を与えた後、閉関修行が出来る。自分が法本があって、真言を唱えれば、密法を修められると思わない。必ず上記の過程を行わないと出来ない。続いて皆に閉関修行の状況を説明する。閉関修行する時、通常は静かな場所が必要である。普通は道場、閉関センター或いは大修行者が嘗て修行した所を選ぶ。つまり、人を遠く離れる。自分の家や都市の寺で閉関修行が出来ない。仏経に菩薩は成就していない前、必ず人を離れて修めなければならない。それは人が多い所に於いて誘惑が多くて、トラブルも多すぎる。また、閉関修行は多くの種類を分ける。若し本尊の閉関修行し、閉関修行した後本尊と相応できるなら、規則はもっと厳しい。閉関修行する前、若し上師と閉関修行の時期を約束して、例えば二ヶ月間に閉関修行するなら、この間に重病に罹っても予定より早めに終わられなく、一分間を満たさないといけない。事前に約束した閉関修行の時期を満たさないと、今回の閉関修行は全て認められなく、あらためてしなければならない。上師が早めに終わると指示しない限り、予定より早めに終わられない。閉関期間は話が出来ず、人と合えず、通話も出来ず、風呂に入れず、頭も洗えず、爪切り、ひげ剃り、うっかりして独り言を言う事は全て禁止され、電話も全部片付ける、経典を引き写せず、閉関修行に関わらない経典も見えない。つまり24時間に全てこの事しかしない。ある者は此処まで聞くと頭は痺れ、行えないと思うかもしれない。リンチェンドルジェ・リンポチェは2007年ネパールのラプチ雪山で閉関修行した時に、尚更に人跡の絶えた所で水や電気もなく、粗末な板屋も冷たい風が吹き込んだ。

閉関修行して真言を唱える時、若し字数は10字以下であればせめて百万回を唱えなければならない。左手で数珠を持って、右手で計算機を持って回数を計算する事はない。真言は閉関修行の中に唱えるなら役に立つ。そなた達は通常に車の中で、歩く時に唱えるのは全て散乱に唱えるから、此れは役に立たない。唯そなたが他人の噂を話す事よりいい。閉関修行の規則は多いが、閉関修行の間に指定された本尊しか修めない。本尊と相応まで修めるのは上師が認証されないと出来ない。相応とは観音菩薩を見えるわけではない。菩薩の報身―菩薩の果位を修めない限り見えない。或いは死んだ後、観音菩薩の化身が迎えに来る。ある者は夢の中に観音菩薩を見えると言った。実はそれは全て嘘である。顕教に菩薩は三十二相があり、チベット仏教の菩薩は壇城の四臂観音である。如何なるどっちは菩薩だろう。全ては我々が思い出したから。

ある者は常に自分の過去は菩薩の見回りの童男童女であると言ったが、実は全ての人は昔そうだった。そうしないと、そなたは今日此処に現れてこの法会に参加するわけではない。他人から自分の外見は観音菩薩と同じように修めるという話も聞かない。観音菩薩はどんな顔だろう。唐朝に於いて、観音菩薩の外見はひげがある。歴史の変化に従って、その後は徐々に女の姿に変わった。日本京都に於いてある古い寺に観音菩薩の仏像はまだひげを残っている。観音菩薩はどんな様子だろう。男相或いは女相が現れるのは実は人の心に従って起こった。似ているかどうかは重要ではない。菩薩は行う事をするかどうかは大事である。行えればそなたは千手観音の一つの手である。行えないなら、先に正々堂々にいい人になった。観音菩薩は夢の中にそなたに誰を戦うと伝えないから、菩薩を利用して人を恐喝しない。当然ある者は本当に夢の中に観音菩薩を見たが、それは特別な状況なので、今日は論議しない。

本尊と相応まで修める後、施身法を習える。何故そんなに厳しいだろう。施身法を修める人は法器を吹くと多くの衆生は来る。若しそなたは衆生を呼んで済度出来ないと、彼たちは怒る。衆生はそなたに怒る事ではなく、そなたは彼たちに瞋恚心を起させて地獄に落ちるから。だから、古代にこの法を得た人は多くではなく、現代は尚更に少ない。多くの人は施身法を習ったが、直貢噶舉教派に於いてリンチェンドルジェ・リンポチェは唯一施身法を修められる漢人のリンポチェであり、唯一の公開に同時に数百人、千人のために施身法を修める修行者である。

施身法を修める時必ずこの人のすねの骨で作られた法器を使わなければならない。いかなる人の普通なすねの骨がすべて法器として使うことができるのではない。女のすねの骨だけがよくて、男のはだめだ。チベット仏教に於いて女性は慈悲の化身であり、男性は事業を代表して頑張って行う。しかし事業があっても慈悲の基礎がないといけないが、両者とも必要である。如何なる人のすねの骨が法器として使うだろう。その形、起源とも規定があるが今はこれ以上話さない。そなた達は聞く資格がないから。すべての法器に護法があるから、勝手に触るや吹く事が出来ない。台湾中部にある偽密宗法師は多くのすねの骨を持って、テレビに吹いたが、全ては「ブ」と一つ音しか発さない。音を吹き出せるかどうかは密法に関わる。信じない人は家で勝手に豚のすねの骨で吹き見よう、そなたが音を吹くことができないことを保証する。

昔チベットで施身法を修める時、殆ど一対一或いは一対二の修法である。通常は患者に寝かせて体で供養とした。今日のような同時に数百人のために修法する事はとても珍しい。それは台湾の人口はかなり密集で好奇心が有る人が多いかもしれない。若し本当に仏を信じる人、因果を信じる人ならもはや肉を食べない。肉を食べている人は必ず多病、眷属と不合、死後地獄に堕ちる。そなたは死後何処に行くか分からないと思うかもしれないが、実は必ず死後を限らないが、往生前数年間に過ごす日々は地獄にいる様子である。そなた達は皆も見たが、ある者は気管切開を行われ、動けなくて、話せない。このような日々はとても苦しい。人は年寄ると、必ずこのような苦しみを受けなければならないのか。そうでは限らないが、直貢噶舉教派に於いて多くの年寄り修行者は死ぬ前に病院に入らず、挿管しない。

現在多くの人は気管切開を行われたが、何故気管切開を行われただろうか。そなた達は鶏、魚を殺す時に、何処から始めて処置するだろう。首の気管からである。此の世に鶏を殺した、他人が殺した事を見た、他人が殺した時側に手伝った、或いは市場にある者に依頼して殺したのは全て該当である。リンチェンドルジェ・リンポチェは能力があって因果を見える。リンチェンドルジェ・リンポチェは台湾にいる時毎週の土曜日に200位余りの信衆を接見したが、肉を食べず、殺生せず人を見えない。来た人は全て病気に罹った。特に現在多くの子供は生れてから無名な病気に罹って、医師も治されない。しかし、寶吉祥仏法センターに来た後、徐々によくなった。そなた達は漢人は既に三千年以上肉を食べたと言うかもしれない。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示したが、漢人の歴史から見ると漢人も三千年以上に殺されたことがある。台湾もそうであった。いつも戦争があって、最近数年まで安定した。しかし色々な意外事故、交通事故など起こった事も見えたが、全ては殺生のためである。

今日の施身法は昨日までそなた達に食べられ、殺された衆生を済度する。しかし、若しそなたは今晩また肉を食べるなら、悪いと知りつつわざとし、罪は尚更に重い。もうすぐお正月になるが、多くの人は自分は若し肉を食べないと家族に叱れると言う。リンチェンドルジェ・リンポチェは昔始めて菜食する時、家族も反対した。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは肉を食べるとすぐ吐いた。何回も繰り返した後、家族はもう肉料理を作らず、リンチェンドルジェ・リンポチェに食べさせなかった。菜食するのはそなたの決心で、そなたは誰と結婚するのを決心する事と同じである。菜食するのはそなたに離婚させると思わない。そなたは離婚するかどうか、仕事があるかどうかは全て過去世の因縁である。菜食と関係がない。

リンチェンドルジェ・リンポチェはもう一つ身分は商人であり、しかし今日商売を休んで斗六道場に来て法会を行うのは弟子がリンチェンドルジェ・リンポチェに祈請したのである。修行人として承諾は一番大切するので、リンチェンドルジェ・リンポチェが経営している会社にはまだ多くの仕事が処理してはいけなくても、リンチェンドルジェ・リンポチェがやはり台北の商売を休んでわざと斗六に来て皆のため今日の施身法法会を主催する。

法会が終わった後、そなた達が因果を深く信じるならば、この法会はそなた達のこの一生と未来世にとって大変役に立った。しかし、そなたが聞いて見ると思えば、この法会はそなたに観音菩薩と縁を結ばせるしか出来ない。いつかこの縁はそなたを助けるか?誰も知らなく、未来世になるかもしれない。法会に参加した後、お体がすぐ良くなるか?とは限らない、悪くなる、ひいては事故が発生するかもしれない。法会に参加しなかった方が参加したより良かったと思わない。角を変えて考え見て、そなたが本来死ぬかもしれなく、法会に参加した後、そなたをただ病気にかからせたとか、喧嘩させたとか、お金を使わせたとか、即ち一つ債を返した。

先週の土曜日、二人姉妹は僅か30才突然に亡くなった弟のため、リンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れに来た。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示された、これは彼らの家は殺業が重かったせいで、彼らの祖父は包丁を売って、父親は飼料を売って、、母親はレストランを経営していて、全て殺業と関係がある。仏経にも載せてあり、殺業が重いものは生きているとき多病短寿で、眷属が不円満で、死ぬと地獄に堕ちて、殺業を參與した者も同じである。これもなぜ彼女らの弟が意外で死亡したのである。しかし、弟が死んだ後どうしてリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを得る因縁があったか?リンチェンドルジェ・リンポチェが申された、彼女らの弟は生前子供に対してすごくやさしくて、沢山の孤児のお世話をして、多くの善事をしたから。もともと半信半疑の姉妹二人がここまで聞いてやっと信じて泣き出した。善有善報、悪有悪報(中国の言葉で、日本風に言うと因果応報)、善業と悪業は別々である。彼女らの弟は悪業で非時死亡したが、彼が嘗て善業をした事でやっと因縁があって、リンチェンドルジェ・リンポチェの済度を受けた。何故、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の因果を言い出したか?そなた達に教えて、一切は全部自分が出来たの、仏菩薩と関係ない。だから、仏経は皆に一切悪をやめて、一切善を行うと薦めた意図はこれである。

今日この法会に参加するのは善の始めで、この善をし続いていくかそなたのお決りで、仏菩薩とリンチェンドルジェ・リンポチェはそなたのため決めてあげることが出来ない。前、直貢チェツァン法王は従来リンチェンドルジェ・リンポチェがリンポチェになると言ったことはなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェが直貢チェツァン法王の側にいてよく仏を学ぶしか言わなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェを閉関させると、リンチェンドルジェ・リンポチェが閉関しに行って、これもリンチェンドルジェ・リンポチェのお決まりである。仏菩薩と上師はそなたのためチャンスを作って、ドアを開けてあげたがこのドアに入るかどうかそなた達の決まりである。

上師が修法するのはとてもつらいので、そなた達が上師にどんな疑いもしないで、上師はまったく何の求めもなく法を行うから。そなた達は懺悔心を起こして、自分が今まで生きてやっと仏法を聞くことが出来て、仏法の重要性が知ったのを懺悔するべき。リンチェンドルジェ・リンポチェは36才から仏を学んで現在2010年すでに63才になって、さらに体得が出来るのは何よりも仏法が一層大切である。そなたはあれがリンチェンドルジェ・リンポチェに対して重要で、自分ならそうではないと言うかもしれない。間違おう!誰でも同じ悩み、同じ問題があり、その差別はそなたが何が信じているのである。今日リンチェンドルジェ・リンポチェが皆のため行った法を得て、このチャンスを大切にするべきである。疑心をそばに置いて、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたに何の求めもなく、そなたが順従で疑心を下ろせば結構である。また、我らは助けが必要な衆生に対して大慈悲心を起こすべきで、今日の法会はこれら苦難を受けている衆生に済度を得させるように望んでいる。第三は、この法会のため、この地区、全ての家庭が全部無事で、良くないことが発生しないように希望している。一番大切のは自分はこの法を学ぶチャンスがあるように、誓いを立てるのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは参加者皆に、目の上の者は右手で、同輩は左手で、冤親債主は後ろに、そなたに害された衆生、そなたに殺された、食べられた、叱れたのを含んで、全て冤親債主であり、六道一切の有情衆生はそなたの前にいると観想させて、一回で結構である。この法を行うのは本来何時間がかかったが、今日リンチェンドルジェ・リンポチェが一時間しか掛からなく、それは過程が濃縮したから。濃縮とは何が減ったのではなく、リンチェンドルジェ・リンポチェが高度な入定で修法の過程を加速したのである。

なお、施身法は始めから終わりまで全部上師が1人で法を行い、其の他の法会のように、法の主催上師の外に、まだ多くの儀軌の進行を助けるラマ僧がいるのであらない。それで、施身法を行っている時全部の責任は全て上師1人であり、そのゆえで沢山の上師があまり行いたくないのである。通常意外で死亡した衆生を修法して済度するのはとても容易ではない。意外で亡くなった衆生の業は割合に重くて、憎み心も比較的に重いから。しかし、施身法を修めてやはり済度出来る。

リンチェンドルジェ・リンポチェは学んで、施身法を修め得た後、始めて済度した衆生は数年前1人重大犯罪者に殺された看護婦で、その後、ますます多くなった。施身法で衆生を助けるから、この数年間、法会に参加しに来た人数がいよいよ多くになった。宣伝、広告もせずに、今日がこんなに多い者が参加したのは全て仏菩薩がそなた達を押して来たのである。リンチェンドルジェ・リンポチェはこんなに多い者が来るのを知らなかった。人数が多ければ多くほどリンチェンドルジェ・リンポチェが辛くなった。

実は観音菩薩が分秒全て我らの世話をしていて、絶えずに、只我らが知らない。今日そなたがこれからもうどの悪もしないと決めれば、だんだん仏法の偉いさを体得することが出来る。一般的に、上師として、全て守りのような護輪、普巴(プルパ)などを身に付けて、それに、修法する前に結界を設置するが、施身法を行う時、上師が身につける守り見たい物はすべて取り除いて、結界もせずに、全て防護がなくて、衆生のために門戸が大きく開けた。そなたが衆生を呼んで来て彼らを助けることが出来なければ、結果はとてもひどい。それで、多勢なチベットのリンポチェはこの法を行わなく、他の法を修めた。皆は心を静かにして、また一ヶ月後新年が来て、ここで皆のため過去の一年間に全てしたことをちょっと整頓して,新しいの一年に皆が無事で良くないことが現われないように望んでいる。

続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは施身法を行い始めて、それに皆を引き連れて六字大明呪を長く唱えた。護法を修め終って、迴向した後、リンチェンドルジェ・リンポチェが開示された:

修法終了後、リンチェンドルジェ・リンポチェが申された、今日済度を受けた衆生には牛、豚、鶏、野生の鳥、魚苗、1人腰をかがめたお婆さん、1人清代の服飾を着るお婆さん、頭の上に布を纏った、1人交通事故で死んだ、生産する時往生したの、また1つ宗族皆が一緒に来た。ある黒い顔の神、普通見た文と武のではなく、多分そなた達の中にある者がこの神を辞儀している。

法会完了後に、リンチェンドルジェ・リンポチェは同じように皆に菜食する事を勧めて、肉食をし続いているならば、晩年が必ず良くない。菜食する事が不便だと言ってはいけない、リンチェンドルジェ・リンポチェは世界の彼方此方に奔走しても、菜食する事も出来て、フランスに居ても、ある者が菜食する事を招待し、そなたが決意が固めたら何も遣り遂げる事が出来る。そなたが結婚した時にも決意を固めてから結婚する事が出来た。菜食をしたら友達と一緒に食事する事が不便だと言ってはいけない、酒肉の友達(*友人等が順境のときだけの、まさかの時に役立たない)の需要があるのでしょうか?我々は菜食する事を提唱する事だけではなくて、西方国家でも菜食する事も提唱し、環境保護を提唱するアメリカの科学者は地球温暖化を引き起こす主要な要因の一つが牧畜業だと言った。南部で住んでいる者は養殖業を作らなければならないと思ってはいけない、発心をして仏を学ぶ者は仏菩薩がそなたに餓死させないのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは当年に発心して仏を学ぶと、昼食を食べてから夕食するお金が何処にある程度の貧乏になって、ある者はリンチェンドルジェ・リンポチェに仏像を売る事を勧めて、此れはリンチェンドルジェ・リンポチェの仏像が極めて貴重で、然し、リンチェンドルジェ・リンポチェが売る事をしなかった。お金が無い時にも、仏前の灯、香と花に欠けた事がないのである。

そなた達は、仏菩薩の加護とはそなたに好い生活を暮していて、多くのお金を稼ぐ事が出来たり、部屋を買ったり、好い車を買ったり、其々の所へ行けたりする事と思っている。これらはそなた達の福報であり、仏菩薩と関係無いのである。仏菩薩が加護する者は、真に仏を学びたくて生死を解脱する者であり、珍しくて得難いわけである。この法会に参加出来るのはそなた達の縁であり、若し、そなたの過去世に仏を学ばないなら、そなたは今日ここに来る事が無理である。皆は、寶吉祥仏法センターがいかなる媒體で宣傳も廣告もしないで、完全に口コミにより、今日、200人ぐらいが参加する事できて、一部の人々が好奇心で、但し、こんなに多くの宗教があり、そなたが何故好奇して今日に来るのであろうか?此れは過去世の因縁わけである。

仏を学んで修行する事は直にしなければならない、我が子が成長して大学に入ったまで、私はやっと時間があって仏を学ぶ事が出来る事と思ってはいけない、その時に至るならば、そなたがまた彼が結婚し、子供が生まれる事を待ってて、子供が生まれてから、そなたがまた彼に代わって育て上げて、苦しいのである。子供はこの世に来て、私たちと縁を結ぶだけで、縁がおよそ終る時間があるのである。子供は18歳に至るならば、彼を再び躾けをする事が要らないのである。子供を愛する事は心に留めるが、そなた達が彼に躾けしなければならない、先生に教えられるが十分だと思ってはいけない、家庭教育が極めて重要である。台湾人は現在子供を愛する事が超え過ぎて、ある者が30歳に至ってもまた勉強して家により養って、外に仕事をする必要がない、福報が好く過ぎである。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェの年代では不可能な発生した事である。

子供に対する愛が心に留める事が十分で、教える筈である事が依然として教えなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェはこのように子供を理解する事とは、自分が多くの子供が居る事ではなくて、此れはリンチェンドルジェ・リンポチェが千人余りの弟子が居るわけであり、おおくの人々は道場に来て皈依して仏を学んでから結婚して子供が出来て始めるのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏法によりこれらの弟子に結婚、子供が出来る事と子供の躾けという事を一つ一つを教えてくれる。これらの子供は母胎に居るから仏法を聞いて、生まれてからより躾けし易い、子供たちが試験を受けてから全て1位になる事ではないでも、勉強する事が両親に心配してくれる事がない。子供は母胎にいるから仏を学ぶはずであり、此れも胎教である。リンチェンドルジェ・リンポチェは子供も居るし、多くの方法により子供を教育してみた事があるけれども、一部のが心理学のような事など、そなた達のお金を稼ぐ事であり、結局、ただ仏法だけで真に効き目がある事を発見する。

時間は分分秒秒で経て、また1ヶ月を過ぎてから間も無くお正月に来て、此れは我々がこの世に仏を学んで修行する時間が再び1年を無くす事を表すのである。仏を学ぶ事は世の中に最も重要な事である。仏法がないならば、リンチェンドルジェ・リンポチェは現在此処に法座に座られる事が出来ない。仏法がないならば、リンチェンドルジェ・リンポチェは早目にこの世に居ないのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは45歳に皮膚癌に罹ってから今まで63歳に至り、この間には診療を受けなくて薬を飲んだ事がない、仏菩薩に求めた事がない、三恩根本上師の貴き直貢チェツァン法王でもこの事が知らなかった、直貢チェツァン法王に修法してくれる事を求めた事もない、完全に仏法により従って、現在、皮膚癌を全部に治した。

リンチェンドルジェ・リンポチェはとても焦って、此れは多くの物事がまだしない事が分かるわけである。末法時代の衆生の業が極めて重い。此処に言う業とは悪であるとは限らなくて、善業が多すぎてお金持ちなのでよく暮す者が仏を学ぶ事が来ないわけである。だから、皆は現在この安穏な暮らしを大切にしなければならない。

法本には最後の一段の内容を皆に教えなければならない。

「諸々の悪を作すこと莫く、諸々の善を行い、自ら其の意を浄くせよ、是が諸々の仏の教えなり。」

身戒は清浄の為であり、言戒は善をする為である;意戒は清浄の為であり、意戒は善をする為である。清浄の意味とは、我が全てする物事は全て衆生を利益する事が清浄する事であり、自分を利益する事が完全な存在しない。身体の戒を清浄にしたら、口が悪口、両舌と約束を守る事等の事が自ずからがない。仏を学ぶ者は一つの大きい弱点が妄語にする事であり、この果位を修め得ないと他人に何々お経を唱えさせる事が妄語にする事である。

一部の人々は仏を学んで戒を守るならば功徳福報があって、福徳資糧を累積する事と思っている。「戒定慧」を説いても、然し、戒を守る事は衆生を利益するわけで、此れは衆生を傷付けないのでこの戒律を守るわけである。戒が最も重要なのは心の戒であり、出家衆が特に比丘尼が多くの戒律を守らなければならない、戒を守るのに自分が功徳福報があって高慢をしてはいけない。これはとても重要なところであり、特に注意しなければならない。

ある者は蚊を殺す事が出来るかどうかを問い合せた事がある。一部の人は蚊が飛んで来れば彼に噛まさせて、彼に満腹したら離れる事が出来る事と思っている。この考えは正しいかどうかを判断しない。若し蚊が病菌があって伝染する事があるならば、そなたが彼に噛む事が出来るのでしょうか?仏を学ぶ事は融通が出来る事が要る。仏を学ぶ事は全ての話しを言う事が出来ない事ではないし、何々事が出来ない事ではない、若し衆生を利益する出発点によるならば、正しいのである。

法本の最後には「この法を修めて成就を得る者は疾病、悪業及び業障を消える事が出来て、健康で無病な青春を得る事が出来て、その上、若返る事が出来る」に言及した事がある。リンチェンドルジェ・リンポチェの身に検証する事が出来る。リンチェンドルジェ・リンポチェの身体は同年齢の人の身体の調子に比べてより好い、若し身体の調子が悪いならば、世界の各地に行って仏法を広める事が出来ない。福報が足りない者は、法会に参加する折に胡坐をかいてから足が痛くなってしまって、法会の中途にお手洗いへ行ってしまった。そなたは年を取るので絶対にこのようなになる事と思ってはいけない。前日、3人の姉妹は父と一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来た。3人の姉妹は問い合せてから、父にリンチェンドルジェ・リンポチェに自分の身体の調子を伺いを立てさせたいが、父が自分の身体の調子がいいので何も状況がないと言ってしまった。リンチェンドルジェ・リンポチェは相手に「夜に、お手洗いへ何回目に行くのでしょうか?」と慈悲深く問い合せた。この人は「2、3回目」と回答した。リンチェンドルジェ・リンポチェは、自分も63歳が、一回でも行く事が要らない、寝てから夜明けにまでである。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェの身体の調子がいいし、福報が足りるわけである。身体の調子いいである事は如何に来るのでしょうか?供養、布施と仏法により遵っているのである。

2016 年 04 月 21 日 更新