尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ の法会開示

2010年11月6日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、午後4時30分から夜10時45分まで、138名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

2010年11月7日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、台北寶吉祥仏法センターで、殊勝な「上師供養法」法会を主催した。、法会開始前、ある男性の弟子はこう分かち合った。先週、リンチェンドルジェ・リンポチェは共修法会で往生した一人の女子の弟子にポワ法を修めて、これは非常に殊勝で得難い。その上、この地球でこのようなことができる人がいなくて、このような能力もない。彼は過去の9年間、別の教派の教法に従って、とても真面目に学習して持戒していて、その教派の中で数人のとても重要な上師に従ったことがあり、彼らの大上師達は彼に教えている過程が、決してこのような能力を示現しなくて、彼らはただ非常に真面目に法を伝えて、彼に教理上どのように取捨選択したらいいのか、業界上どのように自分で決定するべきであるのか、どのように真面目に持戒するのかということを教えた。かつ リンチェンドルジェ・リンポチェが千数人の場所の中で、誰が息が絶えたことを発見できるのは不思議な事であり、同席する各位は隣の人が息が絶えたことさえ分ることができないかもしれなくて、まして1千数人の場所はなおさらであるか。ある人は亡くなって、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ「彼女を担ぎ上げて法を修める。」と言って、彼を含む会場に座っている人は、すべて状況がよくわからなくて、ただ兄弟子を加持してあげると思っている。しかし彼女は既に亡くなって、リンチェンドルジェ・リンポチェはその場で彼女にポワ法を修めて助けた。このような悲心と願力を持つことができて、すべての衆生まで関心を持つことができて、この上師が本当に不思議である。

彼は彼自身を例にして、彼は以前の学習過程の中で、非常に苦労して、非常に真面目に学んでいて、彼に教える最も能力がある一名の上師は、その時に彼はインドにいて、母を連れて1つの灌頂法会に参加して、彼女の母は心臓病があって、ある日の晩、たいへん気分が悪かった。翌日の明け方、彼はすぐ母を連れて、彼の上師は母に加持してもらうように彼の上師に会いに行って、彼の上師は真言を唱えた後に、そして母に1つの祈願文を伝わってあげて、直接に口伝して、そして彼の母が多く唱えるように要求して、法を伝え終わった後に、母は別に何かを言わなかった。しかしインドに行く前に、彼の母も心臓が気分が悪かったことがあったので、その時彼はまだリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子ではなくて、しかし兄はすでにリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。彼らはその時に母に急診を受けるように運ばれるつもりがあるのであるが、その時に彼の上師も台湾にいたが、しかし彼は、どうしたらいいだろうかと何も分からなくて、何もただ電話をかけて上師のお付き者を経由して、彼の母がとても危ないと説明して、ICU病棟に入れたほうがいいかどうかと確認したりすることしかできなかった。それから彼は車を運転して、兄の案内に従って、母を連れて、リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見に行った。寶吉祥宝石店に着いて、母は車を降りて、彼は自分で駐車しに行く過程の中で、とても短い時間であるが、彼が宝石店に帰る時、彼の母は既に宝石店を出てきた。彼の母は、自分のみぞおちの上でひとつの大きな石がリンチェンドルジェ・リンポチェが加持してくれたところ、すぐ無くなって、彼女は呼吸することができて、彼女は息を喘ぐことができると言った。同様に加持でも、こんなに大きく異なっている違いを持っている。

彼の前の皈依した教派のやり方では、多くの時に信心を持って、条件を持つ弟子に対して、上師はすべて1つの法門を口伝して、弟子は自分で修行しなければならなくて、彼のその時の一名のとても重要な上師を含んでも同じ、その上師は若い時に嘗て災難に遭って、自分がもうすぐ死ぬことがとてもはっきりと見えて、彼もこれが1つのとてもよくない徴候がはっきりと分かったが、彼は彼の上師に会って、しかし彼の上師は別に彼にどんな法門を修めて助けることをしなくて、或いは彼がどうなるのかと保証しなくて、彼に1つの白度母の火供という法門だけを伝えて、彼に自分で修理させる。その後、彼のこの上しは自分で白度母の火供を絶えずに修めて、彼のこれらの災難を受ける現象が全て除去されたまで修めた。彼らはすべて法を伝えて、弟子は自分で修理するだけであり、上師があなたにどんな事をして助けてあげることができることがなくて、上師があなたにどんな事を遮って助けてあげることができることがなくて、彼は学んだこのように長年の教理の中では、別にこのような事がないのである。だから多くの時に、彼らはすべてとても真面目に法門を求めて、求めた後に自分で一生懸命に修法するが、しかし寶吉祥仏法センターに来た後に、はじめてリンチェンドルジェ・リンポチェが弟子達乃至信者達に対して、本当にとても非常に慈悲であることを発見した。多くの時、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の命を顧みないでみんなのために法を修めることができるが、しかし皆の見えるいわゆる供養及び恭敬心がべつにとても高くなくて、以前彼らは伝法の上師に対して内心から恭敬して及び信心を起こすから、いかなる違犯することができない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは一名の非常に完璧な上師であり、彼はこんなに多くの場所でこのように多くの修行者を見たことがあり、更にはこんなに多くの大上師に従ったことがあり、リンチェンドルジェ・リンポチェと同じように彼の話が及んだ事をこのようにやり遂げて、その上、完備にやり遂げることができる人がいない。リンチェンドルジェ・リンポチェの伝承はとても清浄であり、これはリンチェンドルジェ・リンポチェの依止法の中から見抜くことができる。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に追随している過程の中で、皆さんが耳にしたのは、リンチェンドルジェ・リンポチェが1つの物語を言ったことだけでありるが、しかし、この弟子は過去嘗て依止法を修めたことがあるから、彼はそれが非常に非常に難しいことをを知っていて、仏学院の校長の依侍法をリンチェンドルジェ・リンポチェのと比べると、彼もたいへんリンチェンドルジェ・リンポチェの依止法を賛嘆すると言うことしかできない。最も簡単な例を挙げて、リンチェンドルジェ・リンポチェは以前オランダへ伝法しに行くつもりであるが、それから 直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに自分がニュージーランドに行くと言って、リンチェンドルジェ・リンポチェがついて行くように要して、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐオランダの日程を期日に直して、このように連続して4、5回を直して、最後まで、 リンチェンドルジェ・リンポチェはオランダの法会を開催しないことを考えた。初めてオランダへ転法に行って、且つすべては外国人であるが、しかし 直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェが同行することを要して、リンチェンドルジェ・リンポチェは何も言わないですぐ法会を開催しないと決まった。これは本当にある程度の証量まで修行して上師になれる位置にある人にとって、非常に困難である。もう一つの例は、以前彼に師父法を伝えた学院の校長は、嘗て中国語の翻訳の担当者を連れて香港に伝法しに行って、その時ダライラマは何故か分からないが突然彼の中国語の翻訳の担当者を異動させた。何故かと言うと、彼の中国語の通訳担当者はとてもすごいから、彼をインドに呼び戻して法王に翻訳を手伝うのであるが、しかしあの校長はこれらの人達がすべて既に現地で整っているから、インドに戻すことができないと言って、彼は伝法することができなくて、強情に香港に残って法を伝える。結局インドに帰った後に、校長と翻訳担当者は彼らの居住した地方で刀に殺された。私達は上師が私達に1件の事をやらせる背後の起因が分からないが、しかし一旦やりたくない場合なら、多くの状況が出来る。

しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に依止している過程の中で、この男性の弟子が耳にした短い物語或いは他の部分は、内心はただ感心して、賛嘆するのである。以前は経典、典論にこのように多くことを習って、リンチェンドルジェ・リンポチェは「聴話(言い付けを聞くこと)」という2つの字と濃縮した。これはリンチェンドルジェ・リンポチェが伝わってくる口訣である。以前は彼は多くの法を修めなければならなくて、多くのものを学ばなければならなくて、更には絶えずに師長の功徳を観しなければならなくて、師長の恩恵を思わなければならないが、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェがただ簡単に皆に教えるのは、言い付けを聞くことさえすれば、後のすべてのものを全部覆うことができた。彼は以前にまだ《華厳九心》を学ばなければならなくて、弟子はどのように上師に依止するのか、9種類の心構えを練習しなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェはこのような口訣の教授や、自分自身が十分に伝承する証量の経験を備えて、本当に非常に非常に感心して賛嘆するということしか言えない。

更にリンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲心の部分を見た。リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生の苦しみに非常に関心があり、衆生の苦しみを完全に取ってくることができて、自分の心身の上に置いて、自分が所有する福報と功徳を瞬間に衆生にあげて、リンチェンドルジェ・リンポチェは法席の上で公然とこのことを言ったことがある。これは菩提心の修行し方の中でとても高い修行する方法であり、「自他相換」と称して、この地球の上、やり遂げることができる人は本当に多くなくなった。練習上、概念上でこの男性の弟子はすべて知っていて、且つ彼もとても真面目に練習しても、しかし効果は大きくなくて、或いは完全にまったく効果がなくて、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の悲心と願力を使って衆生にこのように与えることができる。かつてある友達は彼に、どのようにリンチェンドルジェ・リンポチェが十分に菩提心及び大悲心を備えていることを証明するのかと聞いて、彼はただ1件の事だけを答えて、リンチェンドルジェ・リンポチェは3、4時間の内でかつて連続して4人にポワ法を修理して助けて、自分の息が無くなって命が亡くなったまで修めたことがある。このようなことができる人が誰もいないであろう。この亡者たちが、リンチェンドルジェ・リンポチェの知り合いではないが、これらの衆生のためにポワ法を修めて、自分の息が止まったまで修めて、これは普通の人が絶対にできないのである。。これは仏法の中でいわゆる菩提心であり、その上後で支持しているのはとても強烈な大悲心であり、このような大悲心の強さが、彼が従う上師の中で、会ったことがない。リンチェンドルジェ・リンポチェは言及する所を本当にやり遂げることができて、そして法を講じる部分は非常に非常に善巧であり、彼がとても驚いたのは、リンチェンドルジェ・リンポチェがどのようにこれらの事をこんなに簡明でわかりやすく言うことができて、更には少し口訣の教授の方式と似ているように、皆にこの理念の最も重要な重点は何なんであるのかを教えることが出来るのである。

2つの最も簡単な例を挙げて、あの教派が非常に強調するのは聞思修だから、法を聞く過程の中に最も恐れるのは断器三過とのことである。本当に修行する人は、器汚、器覆という状況を恐くない。器覆という状況はひっくり返って完全に聞き入れていない;器汚という状況は内心に他の考え方と邪見があるから、聞き入れたのは上師の伝わる意味ではない;修行者が最も恐れるのはを器漏であり、聞いたことが忘れてしまう。だから、経論を論争することにたくさん時間が掛かって、一日少なくとも7、8時間論争して、恐れるのが修める時に忘れてしまうことであり、彼らは経典と暗唱の上に非常に多くの時間を使って、すべてはこれらの法義を深く自分の心の中で刻むことができることを望んで、永遠に忘れないようにする。彼は嘗てある上師がいて、今まだ法台の位置で座っていて、論争が最も凄い上師なので、若い時に嘗て肝臓の病気に罹ったことがあり、その病気で自分がどんな人だかさえも知らないが、しかし彼氏と論争しに行くと、論争のすべての教理と法義が、この上師が1つの字も忘れていないで、彼らはこんなに工夫を深くした。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはとても簡単に言ったら、法を聞き終わった後、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持の下、ちょっと定すると、これらのすべての法義が皆の第八意識の中に保存して、内心の中まで保存することができることが彼にとってたいへん不思議な殊勝な教授であり、最も恐れる「忘れる」ということは、リンチェンドルジェ・リンポチェは意外にもこんなに簡単に言って、こんなに直接に述べて、このように話し言葉で言ってて、ひと言で言うと、みんなの2、30年を修行して論争していること、しかも、まだとても真面目に学ぶことを解決することができた。

その他に一つ件の事は思惟である。その教派は如理の思惟を非常に強調するが、しかし彼の学習の過程の中で、彼にどのように如理の思惟をするのかと教えた上師が一人もいなくて、彼の知っていることができるのはただ、皈依する念力が起こす時、心が一つの事の上に専念することができる時、はじめて思惟をすることができる。しかし、日ごろの時、念力がどうしようもない状況の下で、いかなる法義の思惟を行うのはとても困難であり、心が乱れていやすいから、なかなか集中することができない。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェが教える方法はとても簡単で、法を聞き終わった後に、上師の仰った重点の上に念頭を定すると、結局がどうなるかと思わないでください。内容意味が何だかと思わないでください。ある日に自分で解答が出てくるから、これは思惟である。これは彼にとって、頭が破るまで考えても全然考え出せない事である。これはリンチェンドルジェ・リンポチェの証量である。

この弟子は寶吉祥グループで勤めていて、ちょうど新しい会社に運んだばかり、嘗て2回のとても大きな問題を出たことがあり、すべてはリンチェンドルジェ・リンポチェの加持の下で、完全に取り除いた。一回は、彼の座る仕事する机の左側は1つのとても大きな変電箱であり、とても大きなスイッチ装置であり、毎日多くの音を耳にして、だから左側の頭はとても気分が悪くて、偏頭痛がして、以前はこのような病状がなくて、ある日にこの病状でとても苦しく感じる時、突然1つの問題を起こって、それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは、事務室のすべての同僚の目の前で、容赦なく彼の左後の後脳を打って、彼の初めての考えはリンチェンドルジェ・リンポチェの手が痛いか、ということである。しかし、彼は言い出さなかった。なぜかと言うと、事実上その時、打たれて彼が本当にとても痛くて、晩まで続けて痛いが、しかしその事件を通った後に、その変電箱は彼にいかなる作用に起きないで、彼の偏頭痛がもう無くなってしまって、再発するいかなる状況がもうなくて、これは上師の加持である。上師の加持は身、口、意の中にある。更には上師が忿怒相を示現する時もすべて、皆に1つの事を教えるためであるが、しかし、皆さんはすぐ上師の加持を受け入れることができるかどうか、上師の加持を領受することができるかどうか、これらは弟子の自身の問題である。

もう一つの事がある。嘗て彼はとても深刻な椎間板ヘルニア病があって、その病症は左側の足がすべて麻痺していて、腰はとても痛くて、曲がることができなくて、ベッドをおりられないで、右足も同様な病状がある。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェが国内にいないから、彼は奇怪だと感じて、これまでこんなに深刻な病症がないから、。按摩の先生は彼の背にぶつかると、ひどく痛くて我慢できないで、椎間板の突出した所を押しつぶす方法がなくて、或いはいかなるマッサージの動作をすることができない。それから、リンチェンドルジェ・リンポチェが帰った後に、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して、どうして彼はこの病因があるかと伺って、彼はただその原因だけ知りたくて、別にリンチェンドルジェ・リンポチェに彼のため病気を治すように求めていない。リンチェンドルジェ・リンポチェは1つの重点を言って、彼は以前に出家する戒律を受けたことがあって、還俗する過程の中で、不如法の所があるから。が、リンチェンドルジェ・リンポチェはあっさりと描写すると言ったが、しかし彼は全身の冷や汗である。漢地の戒とチベットの戒と彼はすべて受けたことがあって、最も主要な戒律はチベット地域から来て、チベット地域で還俗している過程、そのやり方はとても厳格であり、しかし彼の還俗した過程は漢地の方法を使ったので、これはとても入念な違いであるが、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはひと言で言い出した。この事はただ彼の師父と彼だけが知っていて、知っている第3人がいないのに、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはなぜ知っているのか、その上、肝心な点を言い出した。

多くの所から、リンチェンドルジェ・リンポチェの修行は一般人の修行と同じではないのを見られた。口から話した事は全て経、律、論に合わせて、要点を指摘した。あの時、椎間板ヘルニアの病に罹って、とても長い時間に苦しんだ。足は全然上げられなかったのに、毎日左足を引っ張って仕事をして、真剣に仕事していた。リンチェンドルジェ・リンポチェは多くの時に皆が思った通りに彼達の頭を触って、加持や或いは息を吹くなどしなかった。何もしなかった。商品を運ぶべきの時運び、すべきの事をしていた。しかし、其の後ゆっくりにこの症状は消えた。其の時にこの弟子は内心でずっと考えていたが、戒を守った間に特に出家戒について、少し犯すと必ず地獄に堕ちる。交換の条件がないが、唯大きい地獄、小さい地獄、時間の長さという違いだけだ。この間に儀軌を円満しないなら言うまでもなく、尚更に多く犯した。だから、其の時に真面目に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔の法門を求めたが、リンチェンドルジェ・リンポチェは法会の中に公開に求めると言った。現在彼は法会の中に公開で誠に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを求めて、最も殊勝な懺悔法門を伝えて、末法時代悪業が重い弟子は自分の罪障及び業障を消滅させる。

彼は自分は行った事が有って、多くの上師のやり方を聞いたり、観察したりしたが、本当にリンチェンドルジェ・リンポチェは多く不思議な所を見た。リンチェンドルジェ・リンポチェは身口意の多くの行為、一般人から見ると、特別で重要ではない事だけど、全ては経教に説かれた事に合わせた。前回リンチェンドルジェ・リンポチェは法会の中に自分は余りショッピングが好きではなくて、買い物は全て先に決めて、到着して、買った後すぐ返ると開示した。皆は唯一語と聞いたが、この弟子に対して此れは持戒の内包だ。昔彼達は四種類の資糧、四件の事を修めて、彼達に道業に精進する事を助けられた。一つは正知で行いである。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたのは正知で行い事である。そなたは正念正知が有って、一つの事を行う。到着すると、この事だけ行ってから返るのは完全に持戒の内包であり、一般人は話す事が出来ない。もう一つの件について、リンチェンドルジェ・リンポチェは常に法席に自分は好い服を着て、好い物を使っているから、多くの者は此れについて批判して、更に誹謗した。この弟子は此処で公開に話したが、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの行為は菩薩戒に合わせた。また、この弟子はこの菩薩戒の戒論を見た事があった。現在伝えている菩薩戒本は二冊があって、一冊は梵網経菩薩戒本である。漢地に常に伝えている菩薩戒である。もう一冊は瑜伽菩薩戒本である。この本は現場にいる人は見た事がないはずだ。この戒本には若しそなたは本当に大乗道の菩薩を修めれば、好い服を着ず、好い者を使わないと、戒を犯した。若しそなたは出家者である或いはそなたは苦行を修める。しかし、そなたは大乗道菩薩であれば、必ずそうしなければならない。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは多くの習慣と身口意は宿世から連れてきたが、極めて高い証量を修めないとこの事を行えない。この弟子は過去に習った全ての経教、全ての内包により、全ては尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは具徳、具量、不思議な上師である事を証明できた。

尊き直貢チェツァン法王は2007年リンチェンドルジェ・リンポチェが閉関修行円満後、リンチェンドルジェ・リンポチェは既に空性を証したと説いた。空性を証するのは教理に於いて八地以上の菩薩を実証する事である。皆は初地菩薩に登る事もとても難しいが、更に言うまでもなく、リンチェンドルジェ・リンポチェは果を修めた菩薩である。ある者は勇気が有って、凡夫の果位で菩薩を批判する事を考えられない。この悪業は極めて深くて重い、とても怖ろしい。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは大悲心が現れたが、この前ある兄弟子は嘗てリンチェンドルジェ・リンポチェを誹謗した事が有って、其の後口は話せなかったけど、またリンチェンドルジェ・リンポチェのポワ法を得た。昔、この弟子は仏法を習った時、上師を誹謗だけではなくて、尚更に上師に観過心を起した。そなたは上師の前に懺悔して、上師はそなたの懺悔を受けた事以外、自分は一生にしっかりに懺悔法を修めなければいけない。浄罪相に至るまで修める。つまり、そなたの罪業は既に清浄して、そなたの夢の中に光景があって、そなたの定境にも光景がある。浄罪相が現れる前に、そなたの悪業はとても深く重い。また、教言にはそなたに字母を一個教えた上師でもそなたは彼を一念の観過を起されれば、そなたは以後如何なる法王レベルの大リンポチェに従っても修行は成就を得ない。教派を変えれば大丈夫と思わないで、縁起悪業の力はとても強いから、そなたはこの問題について、しっかりに懺悔して修法すれば、この悪業を消すかもしれない。

昔リンチェンドルジェ・リンポチェもこの弟子を叱ったが、彼は皈依してから間もなく四年になった。彼は今でも昔の習った事と比較した。現在彼も公開に発露懺悔して、自分は確かに比較した。一つは昔他の教派にいたとき、全て伝承祖師の伝記を読んで、彼達に不共の信心を起した。しかし、我々の直貢噶舉派に来て、多くの上師は唯名前しかを聞いていないが、彼達の過去或いは伝記を知らず、特に信心を修めたないが、この上師達は夢の中に彼に不共の加持を与えた。其の時、彼は一つの考えを起したが、何故昔多く習って修めたのに、この上師達は少しでも加持を与えないだろう。しかし、此れはリンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、我々の直貢噶舉派の加持力は特に大きいである事だ。此れは簡単に一語を話せばいいとは言えない。彼は自分は9年の時間を渡って、此れを証明できた。もう一つ彼は比較したのは昔、彼達はある境界に遭って、煩悩を起した時、彼達はある法義を思惟して、心境の転化を行った。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの数ヶ月間に開示された大手印は直接念を起した時修行できる。此れは煩悩を消す力と速度はとても速い。彼はこの法は速過ぎで、殊勝すぎると思った。昔に習った事はいくつかカーブを曲がって、いくつのステップを歩いたが、現在大手印を習って、一歩すれば到着できる。更にリンチェンドルジェ・リンポチェの加持力はリンチェンドルジェ・リンポチェの悲心の摂受下、本当に我々の心に残って、我々は本当に使うときにこの法義は不思議で不意に心の中から浮かべた。本当にとても不思議で得難いだ。此処で彼は力が無くて、条件がないから、何を話しても行っても出来ないが、唯誠に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを求めて、未来際に入る時、未成仏前、生々世々に彼を摂受して、彼にリンチェンドルジェ・リンポチェの根本弟子になる。成仏した後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェも永遠に自分の頂上の最も殊勝な荘厳である。

続いて、寶吉祥仏教文化交流協会理事長は皆にある女弟子は道場の規則に違反して、他の一人の女弟子に借金した経過、この二人の弟子資格を除いた事を報告した。借金した女弟子は自分は保険の仕事を担任したが、顧客は保険の契約を解約した。彼女は必ず会社にお金を返せなければならないから、非合法な私営金融機関に借金したが、お金を返済できなかった。だから、4月から始めて他の弟子に借金した。合計百万元台湾ドルあたりだ。また其の中に何回も自分の夫は知らない状況で夫はお金が急用なので、借金した。彼女の夫も皈依弟子だ。更に夫の小切手を借金された女弟子に書いた。彼女は自分の債権者に小切手の期限は切れるまでに小切手現金に替えないと言った。また彼女を恐喝して、誰にも二人の貸借関係を言わない。そうしないと、二人と家族とも道場を追い払われて、仏を習えない。更に彼女はこの債権者は道場のある弟子と親しく姿を見て、多く話しを話せば、債権者にこの弟子の悪口を言った。この事の経過は2005年の時に、ある弟子は道場で他の十数人弟子に嘘をついて借金した事と同じだ。寶吉祥道場に於いて既に三令五申して、絶対に金銭の貸借行為を禁止したから、この行為があれば、借金する人と借金された人も必ず道場を離れれなければならない。寶吉祥仏教センターはリンチェンドルジェ・リンポチェが苦労に建てた清浄な道場であり、維持するのはとても簡単ではないから、決して弟子は上師が定めた規則を破る事を許さないから、今後の戒めとする事を望んだ。

他には10月3日の阿弥陀仏無遮大超度法会について、ある台湾の平面媒体の責任者は参加した後、理事長に言った。この大法会の規模はこんなに多くて、更に既に第六目を開いた。また今回参列者の人数は二万人を達したが、この媒体の責任者は全然知らなかった。これから見ると、リンチェンドルジェ・リンポチェは本当に名利を求めずに命で衆生を利益した。この媒体の責任者はまた言ったが、台湾では十人を超えて集まると、必ず大騒ぎしていた。しかし、あの日二万人の法会では鴉鳴かず雀も鳴かずで非常に静かなことで、非常に不思議だ。更に全て細かい所もうまく手配した。理事長は彼に言ったが、此れはリンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲及び大摂受力のお陰だ。それ以上、リンチェンドルジェ・リンポチェも何回も会議を開いて、少しつづ弟子達に如何なる行うと指導した。この媒体の責任者はリンチェンドルジェ・リンポチェにポワ法で済度された亡者の頭蓋骨に貫通された丸い穴の瑞相を見ると台湾顕教の法師が出来るかどうかを聞いた。理事長は顕教法師が出来ないだけではなくて、全世界チベット仏教のリンポチェの中にポワ法を修めて、このような成就を得たのは指折り数えるほどわずかだ。この媒体の責任者は非常にリンチェンドルジェ・リンポチェを賛嘆した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、今日修める上師供養法は漢地では修めない。これはチベット仏教の特有な法門である。「上師」とは漢地の仏教の中に唯皈依、受戒、法を伝授する法師である。チベット仏教では上師は最も重要だと思って、尚更に仏菩薩より重要である。それは末法時代の衆生は自ら仏を見る福報がなくて、直接仏の教導を得る機会がないから、具徳で如法の上師により、仏を習って修行しなければならない。歴代の上師は絶えずに修行、法を伝授していないと、現在仏法は世間に残っていないかもしれない。

チベット仏教に於いて、出家者はであれば上師を呼ばれるとは限らない。家で5年や10年間仏経を読むと、上人として仏法を教える事ではない。仏法を説く資格とはせめて必ず10年顕教の基礎があって、上師の審査を通して、彼は仏の意義及び仏教理論の認識は偏差しないと確認した後、始めて正式に仏法を説ける。数年間仏学院を勉強して、或いは何年間出家すれば、仏経を持って法を伝授できて、弟子を取って衆生を教えるわけではない。若し仏理及び仏義を確実に把握しないと、段々に自分の観念と経験法則で仏法を解釈した。

《寶積経》には末法時代で法師は名聞利養を求めるため、阿諛追従して、仏法を歪めて、信衆を奉承するとある。昨日ある出家法師は二人の信衆を連れて、リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。二人の信衆は法会に参加したがった。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼達に菜食したかと聞いたが、彼達は自分は肉料理の中に菜食した。この法師は彼達に要求できないが、彼達の供養が必要から。上師或いは法を伝授の人は若し供養を得るために、仏法を歪めて、菜食を要求しなくて、信衆にゆっくり変えて、彼達に種を撒くならいいと思っている。このような言い方は正しいような見解を見えるけど実は正しくない。必ず厳しく仏の教えに従わないと出来ない。そなた達は小学生の時に必ず先生の言った通りに行ったが、仏法を習った時に返って自分の考えがある。仏ははっきりに言ったが、この事をすればどんな果を得ると言ったのに、却って自分は見えなくて、本当にそんなにひどいかと言われた。此れは信じない。そうすれば、仏を唱えても仏を拝んでも無駄だ。仏陀は三千年前信衆と法を伝授する人の心について、はっきりに説明した。だから、《寶積経》には若し法席を昇って法を説く上師は必ず22個条件を満足しなければならないが、一つを欠いても出来ないとある。仏を習うのは必ず貢高我慢する事が出来ない。まだ仏法を伝授資格がない前自分の身口意で行って、他人を影響して、仏を習うのは好いことであるを知らせた。仏法で人を批判しないで、いつも他人が業障は重いと言わないで、自分は菜食して仏を習って出家したから、偉いと思わないで。

昨日ある精神状態が問題ある若い比丘尼はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。彼女はある有名な寺に出家されて、二年間余りを住んだ後離れた。それは彼女は上師が彼女に霊符を書いて、呪文を唱えたと思ったから、心の中に瞋恚が満ちた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に彼女の上師は如何なる呪文を唱えたと聞いた。結局彼女は「ウン、ア、ホン」と言った。実は「ウン、ア、ホン」は呪術ではなくて、仏菩薩を供養する方法である。しかし、彼女の上師は使い方をはっきりに分からないから、此れを使って、この比丘尼を助けて病気を治したがったが、彼女に自分に呪術をしたと勘違いさせた。リンチェンドルジェ・リンポチェもこの比丘尼を開示されたが、彼女の師父は彼女を傷付けなかったが、彼女の上師はどうしても彼女を二年間あまりを世話していた。しかし、彼女は心の中に感謝しないのに、上師に瞋恚を起した。彼女は仏を習ったのは一体何を修めただろう。若し本当に真言の作用を分からないと、使わないほうがいい。そうしないと弟子に誤解されるかもしれない。現代上師としてとても難しく苦労だから、そなた達は上師にならない方がいい。

釈迦牟尼仏は成仏した時、波旬魔王は仏の前に来た。仏の福報功徳はとても広いから、魔王は仏を損なわなかった。彼は仏に言って、末法時代に魔の子孫を命じて、無数な仏弟子を変化して、仏法を滅びる。まるで勇猛な獅子に寄生されるシラミと同じでゆっくりに獅子の血を吸って死に至るまで。仏は聞くと何も出来なくて唯悲しくて涙が流れた。仏も因果を変えられない。現在末法時代は確かにこの徴候が現れた。在家者でも出家者でも皆上師になる事が好きだ。例え公開に法を説かないでも他人にこの経を唱えたり、この仏や菩薩を拝んだりするとかを教える。此れは間違った。そなたは法を伝授する資格がないのに、他人に仏法を説くのは不妄語戒を破った。若し衆生は仏法を習う事が必要すれば、そなたは彼を連れて 上師に合う。 上師から彼に教えを与える。衆生によって因縁が違うから、そなた達は能力がないから、如何なる方式で他人を助けたほうがいいと分からない。若しいつも同じな方法で人にアドバイスを与えると、却って最後他人に信じない心を起させる。

漢伝仏教は四衆があり、チベット仏教にも四衆があり、寺院の中に沙弥、比丘、比丘尼があり、彼が法を説くことが出来たら、教派の法王或いはリンポチェは堪布との果位を与えて、彼は仏法とある儀軌を教導することが出来るとの表すである。普通堪布は顕教の方面を伝え、リンポチェなら顕密の方は全部有る程度まで修め得た。

仏経には載せてあり、末法時代には邪師がとても多くて、邪師は必ず外道とは限られなくて、多勢仏法を説くのは全部含んでいる。邪師とは彼が全て教える法は仏に対しての意味を正確理解して、衆生が生死より離脱するのを助けるのが出来させない、このようは邪法である。

そなた達は学生になったことがあって、そなたは家に帰って先生が出た宿題をしなくて、只聞いて、勉強がどう出来るか?なぜリンチェンドルジェ・リンポチェは1人平凡な信者より今日のリンポチェの果位を修め得たか?これはリンチェンドルジェ・リンポチェは従順で、尊い直貢チェツァン法王のご指導に従って、どなん自分の考えはなく、完全に全ての善が出来て、こんな善は即ち純善で、はじめて力を生じて、やっと短い時間の内に、凡夫地より菩薩の果位を修め得た。2007年直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに3ヶ月を閉関させた時、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェが商売をしているのを知っているくせに、リンチェンドルジェ・リンポチェに時間的に出来るかどうか問わず、リンチェンドルジェ・リンポチェに何時ネパールに到着するしか教えなかった、リンチェンドルジェ・リンポチェは従順で、自分の商売は影響されるかほっといた。不従順でなければ供養はない;従順であればはじめて供養があった。

嘗て1人大堪布は直貢チェツァン法王に伺った、リンチェンドルジェ・リンポチェはなぜ法を伝えるか?直貢チェツァン法王は仰った、リンチェンドルジェ・リンポチェは沢山仏経を読んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは申された、実は自分が沢山仏経を読まなかった、しかしどうして仏法を分かるか、これは上師に対して十分な信心、恭敬心があって、また従順で、全く直貢チェツァン法王のご指導を従って、自然に多い仏法の中にの意味が良く分かった。それで何度も直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに質問した時、リンチェンドルジェ・リンポチェは全部適当な答案を差し上げられた。仏学経典は広大で、すべての仏経の内容は、実がすべて同一のことを話している:どうやって衆生が生死輪廻より離脱して仏果を成就するのを助けるか。只仏は衆生の違う縁と福報により沢山修行法門を申された。これは主旨で この目標はよく知ったら、全ての仏経の内容は読んで見ればその中の意味を分かることが出来た。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏を学ぶのは一般な者のと同じではなく、始めから終わりまで一つの文字は漏らさないように読まなくて、自身の修行の過程の中に仏法を験証してからやっと振り返って仏経を読んだ。チベット仏教は、全部の経典が全て上師より口授してからはじめて見られる、坊間のように何年仏学院を勉強して、出た後先生になって他人にどんな経典を読ませる。誰でも違う縁があり、小さい出来事であるようと思ってはいけない。

直貢噶舉教派はすでに830年余り歴史があり、教は祖師はジッテン・サムゴンで、十地菩薩を証得した法身大士である、ジッテン・サムゴンは帕摩竹巴の重要な弟子で、ジッテン・サムゴンの累世は全部大修行者で、前一世は印度の大成就者―龍樹菩薩で、釈迦牟尼仏は《寶積経》と《般若経》の中に中観を多く仰ったが、あの頃の者は注意しなかった、象法の500年前皆は中観論に対してまだはっきり分からなかった、それで龍樹菩薩はその後特に中観論を唱導した、菩薩道を修めて成仏に成れば、必ず中観論に対してある程度理解しなければならない。龍樹菩薩のもう前一世は仏が在世時代にの維摩詰居士で、在家の大修行者で、文殊菩薩さえも嘗て仏法を聞きに行った。

「噶舉」とは口授で、全ての仏経、法本全部上師が口授してからはじめて見ることが出来るべきで、それよりそなたがこの経文を読む権利をやっと得た。しかし現在多い信者は全部自分のお好みで各経文を取って読む、昨日リンチェンドルジェ・リンポチェに伺った信者のように、自らで《薬師経》を読むと言った、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に聞いた、御宅はこんなに狭いのに、十二薬叉の壇城を置く場はない筈だろう?どう修めるか?彼はなにも言えなかった。大勢者は知らず、仏経が述べたようにある本尊の法門を修める時、仏が説いた方法と相違することが出来ない。例え地蔵菩薩を修めれば、是非地蔵菩薩像を南方にかけるべきで、それに、供物を飾りつけるとか、経文を読む前自分が身口意を清浄しなければならない;経文を読むため成就になることをすれば、毎回経文を読む前必ず新しいい着物を取り替えるべきで、それに、在家者は夫妻の行為をすることも出来ない、こんなことはそなた達が出来るか? 経典に説いた儀軌に従ってして、このように経論を読むと本尊と相応することがやっと出来るかもしれない。

帕摩竹巴の後、噶舉派は四大八小支派に分けたが、今法輪がまだまわしているのは直貢噶舉、噶瑪噶舉、竹巴噶舉、達隆噶舉と一つ小さい支派である。ジッテン・サムゴンはすでに予言した、直貢噶舉の法脈は非常に清浄で、それに加持力は特に強いである。清浄とは伝授の中に代々全て法王が持法することがあって、中断することはなかった、教派の内に教法の伝承することを中止する問題も起こさなかった、伝承の絶えずことはすごく大切で、仏教はとても縁起を重視する、そうするととても良い縁起である。チベット仏教の上師と弟子との関係は極めて密接で、生々世々で、成仏になるまでに上師は全部弟子の世話をする。尊きリンチェンドルジェリンポチェは今世嘗て祖師ジッテン・サムゴンの助けを頂いた、一回はリンチェンドルジェ・リンポチェの命を助けた、もう一回はリンチェンドルジェ・リンポチェに法を伝えた。

仏は法を伝える後期に《妙法蓮華経》を述べた時、沢山既に阿羅漢を証した弟子は席を外して行った、これは即ち彼らは大乗仏法の教法を受け取る福報がないのである。なぜ上師供養法を修めるか?それは衆生の福報が薄かった、学仏は福報と知恵この両大資糧を蓄積するべきで、そなた達が今全てしたのは全部人天福報である、そなた達が今世の累積した人天福報はこの一生に使うことが出来なく、来世に残って使いしか出来ない、こんな福報は使い尽くすもんで、終わってしまって、またもう一度蓄積しなければならない。まるでお金を使うように、福報は使い早くて蓄積するのがかえってとても遅かった。我等が本当に必要のは無漏の福で、これは「功徳」で、我らが仏法を学んで生死より離脱するのが出来させる福である。功徳を修め得るしかそなたの業を転化出来ない、この一生で使うことが出来て、それに功徳は生々世々に使い尽くさないのである。そなた達は自分のため特定の対象に迴向すれば、こんな福は消耗しようとする;例えそなた達は衆生を利益するため全て学仏の功徳を迴向するならば、はじめて無漏の福を得られて、そなたに引き続けて仏法を聴く、修習するチャンスをあらせる。

福報はお金のように儲けられて、無くすかもしれない、それも使い尽くすものである。そなた達は母親のお腹に転生してからそなた達の福報を使い始めた。そなた達は食べ物があり、着物があり、住みところがあり、これらは全部福報である、そなた達は一口肉を食べる同時に福報もはじめて少し減少した、そなたは福報を使い終ると死になった。福報は一番大切な時に残って使うべきである。福は佈施供養することでより得て、六波羅蜜の中に一番重要のは佈施で、即ち学仏の福徳資糧を蓄積するのである。凡夫の福は全てとても浅くて、上師に頼ってそなた達のために修法するべきで、今日リンチェンドルジェ・リンポチェが修める「上師供養法」はそなた達のために福報を快速で蓄積出来る。そなたは決心して上師に従って仏を学んで生死より離脱する法門を修行して、上師に対して完璧に敬って依止すれば、そなたは上師と歴代祖師と同じな功徳大海の中にいる、福報はそなた達にいい生活を暮らして享受させるのではなく、そなた達を助けて学仏の障碍を取り除いて、今世仏を学んで修行して生死より離脱するのを把握させる。決心して出世法を修めれば、世間法にも障碍があるはずはない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て開示された、供養するには一番大切のはそなたの心である、上師、仏菩薩に対して恭敬の心を清浄恭敬すれば、一本髪の毛さえも供養である、しかし、そなた達は本当に髪の毛を持ってリンチェンドルジェ・リンポチェに供養しに来ないで、これは仏経上の例えである。インド古代の阿育王は八万四千棟の仏塔を建て、一番権勢があった国王である。しかし、仏経の中に既に載せてあり、彼の名前も含んで書いた、釈迦牟尼仏が生存していた時、嘗て砂浜を通した、二人子供は砂浜辺で遊んで、その中にの一人子はとても敬って砂で仏塔を積んで仏に供養した、後世この子供はあの頃積んだ仏塔を仏に供養したため、国王になる福報を得た。

リンチェンドルジェ・リンポチェは多い衆生のためポワ法を修める、その中に二つ特別な例がある。リンチェンドルジェ・リンポチェは殊勝なポワ法で済度した亡者の中に、二人は皈依した弟子ではなくてただ信者で、なのわけもなく因縁があってリンチェンドルジェ・リンポチェのポワ法を得た。リンチェンドルジェ・リンポチェは一番目の人のため修法した時、彼女の前世は魚を捕る者を見た、あの世、リンチェンドルジェ・リンポチェも一人修行者で、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェにご飯一杯を供養した、そのゆえでリンチェンドルジェ・リンポチェが今世は彼女に一つポワ法を借りた。もう一人亡者も女性で、死法はすごく特殊で、自家のお風呂で帯をかけ干しに縛って、座り姿で自分を首吊って、鴨の丸焼きのように首から引き上げた。一般的に自殺する者は地獄に堕ちてポワ法を得て済度することは不可能だが彼女もすごく特別な因縁でリンチェンドルジェ・リンポチェの修法を得た、修法の中にリンチェンドルジェ・リンポチェがはじめ見た、彼女は前世鴨の丸焼きを商売した、あの世代リンチェンドルジェ・リンポチェも一人修行者で、ちょっと出関して店の後ろを通って、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに大変恭しく合掌した、それでリンチェンドルジェ・リンポチェは今世はじめて彼女のためポワ法を修めた。この二人の女衆は前世全て男で、一般的にこの二人の前世は殺業がこんなに重くて必ず地獄に堕ちるはず、これも何故彼らは今世寿命が短かったのである。しかし、彼女達は嘗てリンチェンドルジェ・リンポチェに恭しく供養したので、この一生にはじめて福報、因縁があって、リンチェンドルジェ・リンポチェに彼女達のためにポワ法を修めさせた。

供養はすごく大切で、絶対に騙す、脅かす、恐喝する方法でお金を取って供養してはいけない。是非家に帰って家族をこのように恐喝してはいけない:そなたが供養しないと大変惨めになって、家族のお金を騙して彼らのために供養する、こんなにまったく役に立たない。尊きリンチェンドルジェリンポチェは一番窮困な時、自分が食事するお金はなくても仏の前のお線香、油燈と花は絶対にかけなくて、それに一番良い線香、これは諺のまず腹、次は仏とまったく逆である。

今日の上師供養法は一、上師に供養するのを通じて福報を蓄積する、二、上師に供養して上師と良い縁を結んで、そなたが仏を学ぶ決心を固める、三、衆生の代表をとして、多い衆生は福報が足りないのでこんな殊勝な法会に参加することが出来ない、我等は彼らの代表として上師に供養して、全ての衆生に仏と縁を結ぶことが出来させた。

続いて尊きリンチェンドルジェリンポチェは皆のため殊勝な上師供養法を修めて、その中に茶供、薈供儀軌を含んだ。特にマンダを捧げ供養する時、1人、脳瘤が拡大して目を圧迫して視力が殆ど完全に無くなった弟子に其の他弟子に支えられた下に自らで尊きリンチェンドルジェリンポチェに福報を蓄積するように供養させた。リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも弟子のことを考えて大変感動させて、恩に着た。

供養するには外供養、内供養と秘密供養と分けてある、内供養と秘密供養はそなた達が出来ない、外供養とはそなた達は食べ物、花、果物、油燈、線香等の供養である、仏菩薩は本当に食べられたかと聞く者がいた、実はそなた達は常にお米を地面に散らしてまた幾ら呪文を唱えて鬼に食べさせられると思ったが、それは不可能で、そなたが全て散らしたお米を数えないお米に変わって鬼道衆生に食べさせるには限られない。修め得た行者は、観想と禅定の力を通じて、物質のエネルギ-を変えることが出来たこそ、鬼神がやっと食べられる。 供養では一番良い物を供養しなければならない、自分の能力の範囲で、自分が要らないものを供養してはいけない。線香、酥油燈、花を仏に供養して、必ず一番良い物を使って、ある線香は全部化学成分を含んで仏に供養してはあまりよくない。果物を添えても良いが、ある者のように夫、子供を市場へ連れて行って、そなた達がどんな果物が好きかと聞いてお好みの方を買って仏に供えて、こんな供養の心は効果がない、そなた達は仏に供える時懇切丁寧な心で供養すれば、仏菩薩が食べられるかどうかそなた達とは関係ない!内供養即ち身、口、意を上師及び諸仏菩薩に供養する。お体の労働、労動奉仕、他人を助けてこんなはまだ外供養の範囲である。内供養とはそなたのお体を甘露に変わって供養して、口は口の中に唱えた経文、呪文を全て供養するべきで、意とはどんな考えが起きると全て供養で、そなた達は出来ないのである。一切上師に供養して、全部の財産、寿命、子供、妻...を含んで供養する。これらはそなた達が言うさえも勇気がない、リンチェンドルジェ・リンポチェが皆のために話して、皆のために供養上師法を修める。

先ほど説いた二人の弟子は貸借の関係があったので。道場に離れ、供養布施を惜しくないので、福報がない。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達に道場にて貸借の関係がある事を許してはいけない事を何回目を説いた。借金が出来ない事ではないし、道場には誰かが借金をしたら、最後に必ず問題がある。道場に来るのはそなたに友達を結んだり、商売をしたり事ではない、仏を学んでくるのである。借金した人が人様の善心を様々な理由をして、少なくとも「不偸盗」と「不妄語」の戒律を既に破戒した。借金をしてあげた人の人々は相手に憐れんで、自分が慈悲心がある事と思って、自分が善事をして、実には供養を惜しくないので、他人が借金する事をして来て、お金が不思議な無くしてしまって始まった。この借金をした人が極めて可笑しい、毎回で極めて可笑しい物をリンチェンドルジェ・リンポチェにあげて、リンチェンドルジェ・リンポチェが依然として彼女に返却した。ある弟子は供養を惜しくないので、基金を買っていって、結局に30%だけで残って、此の弟子は自分がもっとも多くのお金を稼いで供養をしていく事を言うかもしれないし、然し、そなた達は供養してから幾らかが得る事を知らない。実には、1台湾円でも少ない事ではない、1千台湾円でも多く事ではない、自分の供養する心が恭しくて清浄するかどうかによるわけである。若し他人に借金したら、他人が返却する事を思えない。借金をする人は真に困難があれば、グループ長を経由し、理事長に伝わって、それから報告して、リンチェンドルジェ・リンポチェも対応する。リンチェンドルジェ・リンポチェも多くの人々を世話した事もあり、多くの人々に仕事を与えた。

善と悪を共に小さい所から累積し始める。真に善とは他人が定期でそなたにお金を納めて、そなたが寄付する事ではない。真に善とは、お金を自ら助けが要る人々に与えて、他人自分を感謝する事ではない。そなたは相手の苦しみを見てから、心の中に彼の苦しみと一緒にいて、慈悲心を起こして、このような布施が真に善である。そなたは他人に悪因を行ってから悪果を受けた事を見る時に、そなたの心の中に警戒と憐憫の心を起こすことができて、そなたが却って彼達に感謝して、そなたに果報の怖さを知られさせた。若し、普通の時には、小善をして福報を累積しないなら、行善をする機会でも探す事が出来ない。そなた達は有る人がお金をお金がないので診療を受けない患者に寄付したいが、病院に行っても、相手に探さない。

仏を学んでから、友達の付き合うが慎重なえらなければならない、一部の人々が仏を学んでから、友達が多く少なかったと話した。女の子は同時に二人の男の子と一緒に付き合うので二人のお金を取るなら、このような貪念が極めて良くない、これが邪淫の戒律を破って、在家衆がこの弱点を易くて犯して、慎重をしなければいけない。若し一回で一人だけで付き合って、終らせてから他の人を付き合うなら破戒することがない。「一夫一妻」を超える事とは邪淫ではない、邪淫の範囲が極めて広いので、今日、この部分だけで説いた。女の子は主人がいるが、他の人を付き合うなら、邪淫の戒律を破戒する。相対的で、男の子は他人が既に彼氏、婚約者或は主人がいる事を知るが、他人と付き合うなら、同じように邪淫の戒律を破戒する。そなた達はこのような友達に付き合うなら、同類の人々が集る事を表示し、そなた達も同じような心持ちがあって、早いことと遅いことで、そなたも同じような間違いを犯す事が出来る。そなたが他人を影響させる事を思ってはいけない、そなたが仏になって、彼達に済度する能力がある事を除いて、或は、結局、そなたが却って彼達に率いて仕舞う。真に損友とはそなたに仏を学ぶ事を障碍させる人で、そなたに彼を嫌う事ではないし、ただ彼と君子の交わすことを保持し、最も密接な付き合いをしてはいけない。

リンチェンドルジェ・リンポチェにとって、仏法が主業で、その他の事業が副業で、そなた達は一寸相反し、仏を学ぶ事を副業になり、自分が暮したい生活がやっと主業である。仏経と曰く、真に仏を学ぶ人は部屋が住んだり、衣服を着たり、餓死したりする事がない。リンチェンドルジェ・リンポチェは最も貧乏なその年には、文無しので部屋代を納めないが、家主からの督促する事もないし、依然として部屋を住んだり、衣服を着たり、不思議なお金を探して出て食事する事が出来たりする事があった。有る人はリンチェンドルジェ・リンポチェに仏像を売って、お金があるなら又迎えてくる事を勧めて、リンチェンドルジェ・リンポチェが売る事をしない、仏像を売る事が自分の両親を売るようである。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分がある世に供養を惜しまないのでこの貧乏な果報を得て、嬉しくて受ける。その後、段々に益々良くなっていく。リンチェンドルジェ・リンポチェも如実な仏法を修行するので、癌も薬を飲まないが治し、運命が殆ど変わって、リンチェンドルジェ・リンポチェの以前のある友達も、リンチェンドルジェ・リンポチェが今までに生きている事をとても意外し、死ぬ事を恐れないなら、却って死なれない。

供養は清浄な求まず心をして、何か報いがある事を問わない、そなたは清浄な心を供養して行って、得る結果が却っもっと多くのである。有る弟子は嘗て2千万台湾円で供養し、然し、心が間違うので、リンチェンドルジェ・リンポチェが同じように納めない、4回で納めた。そなた達は少しのお金を供養してから、上師が何もそなたに遣り遂げてあげると思っている。そなたは清浄な心を供養したら、福報を累積し、この福報がそなたに最も需要の時、そなたに助けてくれて、そなたが三悪道に落ちる予定し最も苦しむ時に、そなたに助けてくれる。上師はそなたのお金が要る事ではない、これはそなた達に福報を累積ができる方式である。そなたが自分の福報が足りないと思っている時に、もっと多くの福報があって仏法を学ぶので、上師に供養し、このような力が出現して始める。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て皆に教えた事があり、最も良い供養の方式とは、考えを起こしたら、その考えに向かってしていく。そなたが幾らを供養するという考えを生じて、そうすると自分のお金が足りないので、少しを供養して、このような供養が役に立たない。

有る弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来て、彼女の父に済度する事を求めて、この前、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に彼女の父の心臓が既に使って堪らない事を説いて、然し、彼女はお医者さんの方式により、体外膜型肺(*ECMO/extracorporeal membrane oxygenation)にて彼女の父に命を維持させて、前後も約1百万台湾円余りにかかって、それは極めて苦しいで、ある死者に対してそなたが機械で彼の生命現象を維持させるようである。彼女はそれから母に連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の母が泣いた事を見たので、真言を唱えてこの弟子の父に加持させて、彼に少し苦しみを受けなかった。それから、この弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェにポワ法を修める事が幾らでしょうかと意外に問い合わせた。この弟子はこのように問い合わせて、彼女が供養心がないと表示し、彼女の父がそのためにポワ法を助けを得なかった。チベットには、多くのお金にかかってあるリンポチェに迎えてきてそなたにポワ法を修める事が出来て、然し、リンチェンドルジェ・リンポチェがお金により修法する事ではない、死者と眷属の因縁福報によるわけで、先話した二つの例のように、過去世に彼女達に欠けて、彼女達と眷属が弟子ではないが、彼女達にポワ法を修めた。仏法がお金を説く事ではない、お金を説くなら、このような殊勝なポワ法がそなたが千万台湾円にかかっても買う事もできない、そなたがお金を問うと、リンチェンドルジェ・リンポチェが必ずそなたにそなたが支払わない値段を教えなければならない、仏法が極めて貴重なのでお金で得る事が出来ない。

今日の法本は外供、内供と秘密供養を含めて、歴代の伝法上師とこの法本を書く上師がそなた達の為にそなた達が要る事を既にこの法本に書き済み、法本には寿命と財富を共に増える事を祈って、財富と寿命を求めてそなた達に楽しませる事ではないし、仏を学ぶ事を使うわけである。台湾の2千万の人口は、この道場に法会に参加して仏を学ぶ人がただ1千人余りだけで、この1千人余りの中に真にリンチェンドルジェ・リンポチェが説いた内容を聞き入れる人がただ1%だけでいる。仏を学ぶ人は真に得にくい、特にリンチェンドルジェ・リンポチェがこのような発願して衆生を利益する人々が真に希有で得にくい、仏菩薩が必ずこのような人々を保護してきて、これはこのような人々が多くて多くの人々に助けられる。そなた達がこのような人々が仏菩薩がそなたにすぐに保護する事が来ない、仏菩薩が分別心があるではないし、これはこのような人々が彼方此方に居て、総て自分の利益の為に生きている。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子に打ってから彼の頭痛の問題を解決し、これはこの弟子の心が上師に恭しいので、上師がこの法にて彼に助けれて始めて、上師は一切の脈絡を知るので、如何に衆生を助ける事が分かって、そなた達が他人に打つなら、他人が傷害を訴えられるかもしれない。

そなた達は六道輪廻の苦しみが知らなくて、若し知ったら、泣いて出る事が出来ていて、真に極めて苦しいのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは去年の2009年に2010年が良くない年を予言した事があり、異常な天候、水害、火山の爆発等の物事が既にいちいち出現した。この末法時代には、仏法だけで皆に保身する事ができて始める。

法会の前に分かち合う男の弟子は上師に大懺悔の法門の伝えを祈って求めて、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示はこの法門を伝うと、物事がすぐに変わって、リンチェンドルジェ・リンポチェの当年のように、商売がすぐに崩れて、妻が離れて、子供が素直に従わなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子に真に学ぶかどうかを再度問い合わせて、この弟子がこの考えがないと堅くて回答し、リンチェンドルジェ・リンポチェの笑って開示させて、この弟子は皆に彼がまだ結婚しない事を皆に教えて、それから、慈悲で同意して、因縁が至るなら伝う予定である。リンチェンドルジェ・リンポチェは懺悔法門が極めて重要だと開示させて、当年、リンチェンドルジェ・リンポチェが顕教を学んでいた時に、とても努力して、毎日に少なくとも49回の大悲咒を唱えて、45分で座禅を組んで、2冊の「普門品」と「観音菩薩聖号」1万回を唱えて、出家者により精進したが、力が依然として足りない。どんな力でしょうか?懺悔の力はまだ不十分で、懺悔が極めて重要である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に菜食をしなければならない事を再度勧めて、そなた達は自分が因果を信じている事をが言うが、する事が因果を恐れない物事である。昨日ある女の弟子の兄は足が行動できないので車椅子を座ってからリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来た。この弟子の二人の兄と義兄は総て漢方医者であるが、自分の足の問題でも解決できない、自分の妹も助けれない。この女の弟子は医者が治さない病気に罹って、リンチェンドルジェ・リンポチェを救って、現在既に多く良くなっていく。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の兄に、既に漢方医者であるが、自分の足が何故こんなにする事が知るか、と問い合わせた。相手の回答は、肉食をし過ぎた。肉食をする事が良くない事がはっきり承知して通り、肉食をしなければならない、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの漢方医者に彼が自分に間違う薬をくれてと開示させて、筋骨からの方面が自分の足の問題が不都合で、処方を調整して別の方面から着手しなければいけないことを説いた。

何故この世に手と足が痛める事が出来て、問題があるのでしょうか?これは総て殺生して肉食をしてくるのである。そなた達は肉食をして殺生する事が良くないが分かるが、ただ信じらない。衆生は総て未来仏で、そなたが肉食をしたら未来仏を食べるのである。そなた達は総て六道に輪廻した事があり、衆生が過去世に必ずそなたの両親で、だから衆生の肉を食べるとそなたの有る世の両親を食べる。そなたに情けと恨みという関係がない者がそなたが食べられない、そなたに欠けるので食べれて、そなたは何故市場にこの肉、魚を一寸選ぶのでしょうか?肉と魚の販売者がそなたにどれかを良い事を教えても、そなたが依然として他の者を選んだ。そなたは彼を食べると相殺済みでしょうか?そうではない!そなたはこれを食べると、そなたがこれを欠ける事になって、極めて複雑である。人々がこの世に来て人に欠けて或は欠けれられて、償却して完了するとこの世が終る。有る人は菜食をしたら家族に罵られる事を恐れて、リンチェンドルジェ・リンポチェは当年で菜食してから、友達も同じようなに何故菜食をするか、多くの悪事をするでしょうかと問い合わせる。リンチェンドルジェ・リンポチェは「そうです」と回答し、自分が多くの悪事をした。そなたが自分の悪い承認してから、相手が言う事をしない。若し彼氏がそなたに肉食をする事を追い詰めるなら、このような男が酒肉友達、良くないである。如何なる理由で菜食する事できないわけがない、決心があれば必ず遣り遂げる事が出来る。

肉食をして殺生をしたら自分の福報を切って、リンチェンドルジェ・リンポチェが今まで60歳余りを生きていて、福報を修めて出た。そなた達のこれらの若者は総てそなたの福報を消耗している。ある真に因果を信じている者は果報の怖さを知っていて、微かな良くない因を再びする事をしない、だから自分の言語と動作を謹厳なである。どんな理由に関わらず、そなたが良くない因をすれば、果報の力をすぐ生じてくる。

この弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェが家族と自身の助けを再度感謝し、リンチェンドルジェ・リンポチェが先ほどに彼女の家に二代の漢方医学をして、彼女がまだ理解できない、現在思い出した。彼女の姪子は5回の漢方医学試験を受けたが、毎回に0点何分わけで合格できない、最近リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見してきて、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の姪子に自慢と無視部分という数点を開示させて、結局、今回彼女の姪子が順調に合格した。その上、この弟子の命もリンチェンドルジェ・リンポチェから救ってきて、彼女が極めて感謝している。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に悪を止めて善を行う事を心を尽くして勧めて、その上、すぐに悪を止めなければいけない、再びゆっくりする事が出来ない。ある者は良くない事がする予定のように、そなたは彼に大丈夫でゆっくりする事を言ってはいけない、今日はすこしだけ盗んで、他人に見えないなら大丈夫で、却って彼がする事をすぐに禁止する。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達のお金を納めないので、とても厳しく要求する事が出来る。

多くの人々は飲酒して雑談することが好きで、とても楽しい事と思っていて、リンチェンドルジェ・リンポチェは以前から雑談する事が好きではない、人々が座って飲酒して、何か雑談するか?時間がかかって雑談してはいけない、有る人が「Happy Hour」を喜ぶ事が常に見て、人々が集って飲酒して、未来人生に助けない事を雑談して、我々の人生が極めて短くて、時間が早くて、また一年を超えて、時間を再び浪費してはいけない。仏を学んで修行することをよくしていて、自分の未来を制欲して始める。

今日の「上師供養」は皆に福報を累積して、上師ととても良い善縁を結ぶ事をさらに歴代上師の加持を祈って、良くない友達が段々に離れて、そなたに仏を学ぶ障碍を減らす。

時間は速く過ぎて、またたく間、1年はもうすぐ過ぎて、私達はまた仏を学ぶ一年を減らして、人生が苦しくて短いである。年末がすぐに来て、2月の初めに旧暦の正月が来て、今から年末まで、リンチェンドルジェ・リンポチェが台湾に居たら、皆に修法してくれる。この世にリンチェンドルジェ・リンポチェはこのような勤める上師が殆どない、毎週の日曜日に法会があり、毎週の土曜日にリンチェンドルジェ・リンポチェが1百人余りから2百人までの信衆を接見して来た。リンチェンドルジェ・リンポチェもこの人世を離れる事が出来て、何時かに離れる事が分からない、もしかしたら就寝してから去るかもしれない、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェがそなたに助ける事を頼んではいけなくて、自分の人生が自分によりよく把握して、決心をして良く仏を学んで修行していく。

何故こんなに多くの法会を行うのでしょうか?これはそなた達の福が浅くて、法会に参加してそなたたちの福報を累積して始める。有る人は上師が彼に法会に参加する事に教えて、彼は会社が周年記念日があるので来ないと回答した。そなたが来ないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェにとって構わないが、そなたが理由を探して、そなたか一回で来ないなら、福報を一回で外に押して、そなたが福報を累積機会を減らして、決定権がそなたである。そなたは法会に参加する事ができないなら、自分を警戒しなければならない、自分の悪業の力が善業に強くて、だから自分に法会に参加する事を決定し、だからよく懺悔をしなければならない。直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに閉関させて、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに影響させて、然し、最後までリンチェンドルジェ・リンポチェが決めるわけである。今日の法会はそなた達に福報をくれて、そなたたちに決心があって仏法を学んで修行していく。

有る外国の信衆が用事があるのでリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼にオーストラリアのメルボルンにおける部屋の庭にある巨木がある事を説いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼のオーストラリアの家に行った事がないが、彼の家の状況をはっきり説く事が出来る。だから、そなた達はどんな用事があって、どんなラベルであるか、リンチェンドルジェ・リンポチェは知らない事可能でしょうか?医者は患者の状況により処方をくれて、そなたに毎日に3回で薬を飲む事を要求させて、然し、そなたが毎日に1回で薬の飲まれるかを言う。勿論出来ます。然し、どんな効果を得るかを知らない。リンチェンドルジェ・リンポチェは上師として、衆生の不同な因縁根器により不同な教授をくれて、そなた達はただ素直に従うと十分で、自分の意見と考えが要ってはいけない。

2010年11月20日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、午後4時から夜10時45分まで、189名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

2010年11月21日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、台北寶吉祥仏法センターで、殊勝な「普巴(ブルバ)金剛」法会を主催した。法会開始前、ある女性の弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェの許しをいただいて、道場で次の通り発露懺悔した。この弟子は先ずは尊き リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の父を済度されたことに恩に感じて、2003年12月に彼女の父が他界したから、彼女の父親の主治医師の紹介を得て、リンチェンドルジェ・リンポチェに彼女の父を済度することを求めに行く因縁が有り、そして施身法に参加し始めて、更に毎週の共修法会に参加することができた。自分自身が福報がなくて悪業が深刻であるから、法会に参加する時にいつも居眠りをして、仏法が耳に入らないで、この弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲に加持なされたことに恩に感じて、彼女に法会に参加し続けることをさせて、絶えずに絶えずに加持されて、彼女が2005年7月10日に彼女の姉と一緒にようやくリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依して、リンチェンドルジェ・リンポチェに追随して仏法を学んでいる。彼女の母親も2008年1月にリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依して、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女達への配慮と助けに感謝する。

この弟子は小さい時から子供の中で最も父母に心配される子供の1人であり、体がよくなくてそれに兄弟のうちで最年少の子であるから、また体がよくないのにいつも両親が彼女にあれこれをやらせることを責めると思っているが、実は両親と兄と姉は彼女に可愛がることが分からない、彼らは何も彼女を譲っている。自分の悪習(不精である)のため、どんな事は他の人におする、他の人を要して自分にしっかりと行うように手伝って、同じく自分のが不精なのためみんなの悩みに持ちます。職場の中で努力して働かないので、自分の仕事に対して責任感があって、だらけて、まめで、私利私欲をむさぼりません。以前は自分で商売をする時、たとえ毎日積み重ねてまで(へ)3、4の時間に寝ますとしても喜んで、双方の対比、自分のこのような私利私欲をむさぼる考えは本当にとても恐ろしい。

まだ尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに会っていない前に、彼女は本当にとても苦痛であり、自分が植えた悪因で悪果を得た。自分の貪念のため、商売して儲けたお金で株を売買してもっと多くのお金を儲けたいと思っているが、結果は事業が倒れて、投資する不動産も火事ですっかり無くなって、体の状況もとてもよくなくて、歩くのはいつも歩いて意識がぼんやりするとなって、いつも偏頭痛で、その上腰が痛くて掃除することさえもできなくて、1日中ベッドの上で横たわって他の人に依存して、働きに出て行くことができない。。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに会ってから、この弟子の生命に再び明るくつけ始めさせた。リンチェンドルジェ・リンポチェが絶えずに加持されたため、彼女は腰が痛くなくなって、偏頭痛の回数も大分減らして、歩くのもややもすれば意識がぼんやりして倒したことができない。リンチェンドルジェ・リンポチェのサポートに感謝して、彼女は上師の教えた仏法を如実に生活に用いていなくて、教えることに従って遂行していなくて、因果を深く信じない。また自分が仏を学んでいると思って、他の人と異なって、他の人が自分がいい人だと感じることを望んで、しかし境界が現前して、彼女の利益と衝突すると、上師が彼女に与えた恩恵を完全に忘れた。上師は皆に生死に解脱する教導を教えて、毎日自分の身、口、意が衆生を傷つけるかどうかを点検しなければならない。もしすれば、すぐ懺悔しなければならない。しかし自分が貪、嗔、癡に占有して、全然に修めていない。

彼女は既に上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依て5年間を立って、上師の絶えずに配慮されたことをいただき、上師が既に頼ることを与えたが、しかし私利私欲してただ自分だけを思い付いて、あれこれを恐れて、上師のことを心の中で並べていなくて、上師が自分への恩恵と功徳を少しも思ってない。上師リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の生命をもって衆生に利益を齎すが、自分が気ままにして、因果を深く考えなくて、、因果を深く信じなくて、意外にも今年にリンチェンドルジェ・リンポチェが大法会を開催するかどうか決定すると言うことに不賛成票を投票した。そんなに多くの衆生を傷つけても自分がまだ分からなくて、依然として独りよがりでどのみち投票することだと思っていて、もし将来に開催すれば更に全力で護持したらいいと思っている。悪因を植えても自分が分からなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェが指摘されてから、はじめて自分が間違っている所がそんなに大変だと分かった。もっと酷いのは、心の中で悪念を起こして、兄弟子がどうして毎月の金額に計画を立てたことを責めた。ここで兄弟子達と懺悔して、兄弟子達は皆が法会を円満に完成するため、心と力を尽くしてできるだけ努力して、これは上師の願であり、一切の衆生に輪廻の苦海から解脱することを助けたくて、弟子として必ず上師の願を満たしなければならなくて、上師が弟子への恩恵は両親の恩より更に深くて、たとえすべての財産を使い尽くしても上師が私達への恩恵にあまり応えない。

彼女は私利私欲で、独りよがりで、ただ自分の経済能力だけを思い付いて、あれらのまだ仏法の助けを受ける因縁がない衆生の苦しみを忘れた。上師リンチェンドルジェ・リンポチェはサポートが絶えずに加持しているから、衆生に私達が仏を学ぶ機会をあれせて、上師リンチェンドルジェ・リンポチェは絶えずに弟子達に機会を造るように手伝って、弟子達に福報を累積させて仏を学ぶことができる。さもなくば自分の日は過ぎ続ける方法がないので、が、彼女の心がこのように悪で、このように悪くて、私利私欲で、上師に、衆生に恩に感じる心、恭敬心、懺悔心、慈悲心がなくて、仏を学ぶ資格がない。この弟子は深く懺悔すると感じて、これからきっと決心して上師リンチェンドルジェ・リンポチェの教えに従って、絶えずに自分の悪習を改正して、自分の毎日の身、口、意を点検して、更に衆生を傷つけないで、願をかけて浄土に往生して、何回も生まれ変わっても上師リンチェンドルジェ・リンポチェに追随して仏を学んで、上師に更に彼女に上師を供養する機会を与えるようにお願いして、福報を累積して仏を学ぶことができる。上師の仏法が長く住世することを祈って、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝する。

そして、もう1人の女子の弟子が続いて分かち合った。彼女はある重病で口を開いて話すことができない新しく皈依した兄弟子に代わってリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝する。この新しく皈依した弟子が2年間前に嘗て癌末期の従姉に同伴して、リンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来たことがあり、その時リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の従姉に、もう化学療法を施さないで、ちゃんと仏を学んでくださいと開示した。しかし何度も化学療法を施しても失敗した従姉が、やはり化学療法を選んで、だからとても苦痛に他界した。その時リンチェンドルジェ・リンポチェもこの新しく皈依した弟子に、「本当に親孝行をする人は仏を学ぶ人である。」と開示した。彼女の父親はパーキンソン病にかかって、彼女の年を取った母親が配慮していて、だから非常に苦労したが、彼女は依然として友達の間との付き合いに未練を持って、断固たる決意して菜食精進料理を食べることができなくて、だから入門して仏を学ぶ機会を誤って、両親の恩を応える機会を誤った。これは彼女の最大の過ちであり、病気にかかる時になってから、すでに間に合わなくて後悔する。

今年(2010)年に、彼女は将来一つの安定している仕事の機会をむさぼりもとめるため、兄弟子の家で子守りの仕事をやめることを決定して、ある基金会に訓練を受けに行って、訓練を受ける過程の中でまた肉入りの食物を料理し始めて、肉料理を食べて、殺業をつくって、課程はまだ終わっていなくて、8月の時にすでに胃癌にかかって、すぐ食事することができないようになって、病院の生活に離れられないことを始めて、完全に自主できなくて病院の中で拘禁されるように、本当にとても苦しい。

昨日彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見に来て、生きている間にリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依することができるように望んで、リンチェンドルジェ・リンポチェのポワ法を懇願した。リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に加持して与えた後に、彼女のこの一生に離婚して、情の苦しみ、お金の苦しみ、病気の苦しみがすべて、まるでリンチェンドルジェ・リンポチェの加持に従って立ち去った。リンチェンドルジェ・リンポチェはその場で彼女のために皈依の儀式を行って、そして彼女と「リンチェンドルジェ・リンポチェはあなたに承諾するよ。」と言った。苦痛に直面して、私達は海の中の浮かぶ木のように拠り所が探し出せないで、ただ リンチェンドルジェ・リンポチェだけはこんなに確かな解答を与えることができる。この女子の弟子が昨日新しく皈依した兄弟子に代わって、衆生に代わって、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに恩に感じて、各位の兄弟子のお手伝いにもお礼を言った。

続いて、他の一人男弟子は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、機会を与えて、皆にリンチェンドルジェ・リンポチェが四年間妻を助けた経過を報告した。

彼の妻は10月31日に法会の中に落ち着いて往生し、すぐ尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのポワ法を得た兄弟子だ。彼女は2005年腎臓病に罹って、嘗て病院に生体組織診断を受けた。結果は医学に治られない糸球体腎炎の病に罹って、蛋白質は患者の体内に残られず、不断に失っているから、重い水腫が起こる。一年や二年まで悪化して人工透析を受けなければならないかもしれない。西洋医学は原因を見付かれなくて、唯自己免疫疾患と解釈した。其の後の一年間、ステロイド治療を受けて、治療の間に病状は繰り返して良くなったり悪くなったりしている。多量のステロイドを飲んで、炎症を抑えた。しかし、薬を止めた後、また起こった。ステロイド治療は病状を抑えられないと、医師は化学療法薬を飲むことを勧めた。彼の妻は自分は看護婦なので、化学療法薬が体を損なうのを分かるから、断った。西洋医学は自分を助けられないことをはっきり分かった後、2006年6月リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。リンチェンドルジェ・リンポチェは当時彼女に開示された。ステロイドを飲むのは体を損なって、漢方医の診察を受けることを勧めた。また彼女に法会に参加させた。

2006年8月祥楽旅行社に従って日本に行った時、兄弟子からリンチェンドルジェ・リンポチェが彼たちを助けた事跡を聞いた。彼女は当時リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する事を決めた。またすぐ二ヶ月前にリンチェンドルジェ・リンポチェが自分にステロイドを飲むのは体を損なう事を思い出した。しかし、自分は8月になってもまた飲んでいた。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁して、皈依を求める前にステロイドを止める事を決めた。日本に短い数日間、元々毎日四粒のステロイドを飲んだのに、すぐ止めた。彼女は自分が看護婦なので、自然に西洋医学ではステロイドを早速に止められないと分かって、麻薬中毒の治療のような離脱症状がある。台湾に帰って、離脱症状の苦しみを受けて、離脱症状が現れた間、常に道場へ法会に参加した途中に歩きながら吐いた。行列を並んでエレベーターを待つ時、青白い顔をしていたが、道場に着いた後、顔色はすぐよくなった。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェの加持のお陰で、彼女にこの苦しみを受ける勇気を与えた。

2006年10月、ある法会の中に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはある法会の中に往生した兄弟子の家族を助けて、ポワ法を修めた事を見た。始めて亡者の側に怖れを感じなくて、殊勝を感じた。夫婦二人は2006年11月12日に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。

2007年7月彼の妻は始めて蜂窩織炎に罹った。急病なので、西洋医の診察を選んだ。医師は彼女に入院させて、抗生物質を用いた。十数日後、蜂窩織炎を抑えた。腎臓病に伴って起こった長期水腫も西洋薬利尿剤を用いたから、暫く消えた。しかし一ヶ月間に利尿剤を用いた後、徐々に水腫が起こった。つまり、利尿剤は失効した。彼女は西洋医学に於いて根本的に治る方法がないと深く分かったから、西洋医の治療を求めない。最後彼女は水腫で体重は十五キロ増えた。この間彼女は引き続きに漢方医の診察を受けて、漢方薬を飲んでいたが、水腫はちっとも消える症候が現れなかった。漢方医師は色々な方法を使っても、回復していなかった。そうしても彼女は心の中に如何なる二度と自分は西洋薬を使って体を傷付けないと決めた。

2007年11月彼女は再び蜂窩織炎に罹った時、例え自分が死ぬかもしれないと分かっても、漢方医の診察を選んだ。彼女は嘗て自分がリンチェンドルジェ・リンポチェに供養したいのに、まだ行わない事を思い出した。自分が死ぬ可能だと思うから、死んだ後他人から供養するより、自ら生前に供養して欲しいという心を起した。其の時、漢方医の診察しか受けなかったけど、一週間後治って、水腫も10キロを消えた。西洋医学の理論から見ると、利尿剤やステロイドなど薬を使わないと、体重は短く10日間に10キロを消える事が出来ない。自由に行動できた後、彼女は自ら自分が大好きな翡翠の首飾りをリンチェンドルジェ・リンポチェに供養した。次の日曜日の法会の中にリンチェンドルジェ・リンポチェは開示された。彼女は心の中に供養心を起した時、まだ行わないでも仏菩薩は既に彼女を助けた。また、死亡を恐れず、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示に従うのも速めに治れる一つの原因である。

2008年彼女は再びに水腫が起こったから入院した。30キロの水腫してもリンチェンドルジェ・リンポチェの加持を求めなかった。却ってリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の極めて重い水腫を見ると、主動に彼女を加持した。入院期間、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェは8月中旬に日本道場で施身法法会を行なう事を分かって、自分がまだ入院中、更に水腫で体重が30キロ増えても祥楽旅行社に申し込んだ。この男弟子は車椅子で妻と一緒に日本の施身法法会に参加した。最後の日日本空港から台湾へ帰った時、彼の妻は足が力不足なのでバスに登るとき両足がバスの階段に跪いた。右の足は大きい腫れが起こった。二週間後腫れが破った。更に傷口から水が流れ始めた。また一週間後左の足も水腫で大きい水泡が起こった。水泡が破ってから水も流れ始めてm水の量は極めて大きい。漢方医師はまるで二つの蛇口だと比喩した。そうすると、水腫の状況は良くなった。

2008年9月二週間の日曜日に台風に遭って続けた。第二回目の台風に遭った法会後の月曜日、彼女は第三回目に蜂窩織炎に罹って右の足が痛んで高熱を出した。相変わらず漢方医に診察を受けて、炎症は一週間以内で抑えられて、足の傷口及び水泡は高熱のお陰で、余計な水分を蒸発して、傷口から水が流れなかった。最後彼女は水腫で増えた三十キロは奇跡のように消えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは其の後、法会の中に開示されたが、蛇口の穴は仏菩薩が開いたから、如何なる感染しなかった。こうして、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に二年の仏を習う時間を多く与えた。また、二年間に水腫が発生しなかった。2010年彼女の体調は人生無常と同じように急落に起伏していた。3月の時、リンチェンドルジェ・リンポチェは大礼拝を伝授して、彼女は始めて100回から其の後毎日400回まで出来た。彼女の体調で400回をしたのはかなり感心された。また、彼女の体調も一日より良くなって来た。6月、7月の時、彼女はほぼ一般人と同じように回復した。9月、10月になって体はまた状況が起こった。10月の始めの時、下痢、嘔吐、舌が破れの症状が現れたから、難しく食事していた。

10月25日朝、彼は出勤しようと思った時、部屋に入ると彼女は全身に痙攣を起した。すぐ救急車を呼んで病院へ送った。病院へ行く途中彼女は意識の反応がないが、リンチェンドルジェ・リンポチェの法写真を彼女の前に置くと、明らかに目は法写真をじっと見た。病院に着いた後、彼女は意識を戻ったが、どんな事を発生したか覚えなかった。だから、彼たちは転院して、予約して診察を受けた。診察されたとき、彼女ははっきりに応対できて、自分が疲れて休みたいといった。それで兄弟子は彼女に入院させて検査を受けた。当日血液検査結果が出て、クレアチニン濃度は28になった。(正常は0.5~1.2で一般人はクレアチニン濃度は2.5になれば、人工透析を受け、また痙攣して、心停止する。)医師は医師になって30年以来、このようなクレアチニン濃度が高くても、意識がはっきりしている患者を見た事がない。一般的には7~8くらいなれば、昏迷した。しかし、彼女は28まで高いでもはっきりしていた。此れは全てリンチェンドルジェ・リンポチェの加持である。思い出すと、若し仏菩薩と護法の手配がないと、彼女は五分を遅れ発作すれば、家で亡くなるかもしれない。また、彼は退勤したまで発見できる。

住み込み医師は彼女に緊急に人工透析を受ける必要だと言った。彼女は人工透析を断った。病院もすぐ危篤の知らせを発行して、急性腎不全及び尿毒症性脳症を診断した。彼たちもすぐDNRをサインした。彼は妻に「此れからどうなると分かるか」と聞いた。彼女は自分は死ぬかもしれないが勇敢に死亡を向き合うと言った。

夕方になると、ある兄弟子は彼女を見舞いした。彼女ははっきりに兄弟子と話した。8時、9時くらい、彼女は再度痙攣して、発作した後尚更に喘いだ。だから、看護婦は彼女に酸素マスクをかけた。しかし、彼女は掛けたくないから、彼は酸素マスクを彼女の鼻の近く所に持った。彼女はこのような苦しみを受けた事を見て、心は気の毒だと思うから、すぐ兄弟子に連絡して、リンチェンドルジェ・リンポチェに加持を求めて、彼女に落ち着いて離れさせる。また、リンチェンドルジェ・リンポチェを求めて、彼女を助けてポワ法を修める。夜11時頃兄弟子から電話を貰った。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、彼たちはとても急いだ。また、彼たちに伝えて、リンチェンドルジェ・リンポチェは今彼女のために法を修めている。彼女を話した後、当時彼女は自分がアチ護法を修めてから休んだ。

一晩中、彼は酸素マスクを持って彼女の口鼻の近くに覆って、酸素マスクは離れると彼女の酸素濃度は落とした。嘗て思った、酸素マスクを下ろして、彼女は早めに抜け出すことができるかもしれない。しかし、心の中に彼女が喘息するのを惜しんで、またこんなする権利もなさそう。26日の朝に、彼女は既に昏迷に堕ちて、意識の反応もなかった。彼は長く考えた。彼女が喘息及び昏迷に苦しんでいるのを惜しんだので、彼女の為に、緊急腎臓の透析療法の同意書をサインした。緊急な情況の下に急病を先処理して、この難関を越えてからまた漢方医者を見に行こう。それで26日の朝緊急に加護病室へ、加護病室で腎臓の透析療法を受けた。

26 日の夜、相弟子が電話をかかって来て教えた:リンチェンドルジェ・リンポチェは申された「彼女は恐れて、心はすごく速く跳んでいて、休みが出来なかった。彼に彼女を言わせた。恐れがなく、リンチェンドルジェ・リンポチェがいるから」言い終わった後、元来いつも100回あまりを維持した心の跳びはやっと8,90に堕ちることが出来た。28日、続いて腎臓の透析療法と輸血した二日間後、彼女はまた意識が戻ったが、全て発生したことは忘れてしまった。それに、舌にはひどく傷があったので食べ難くなった。彼女は思い出した。リンチェンドルジェ・リンポチェが嘗て開示された耕舌地獄は多分あんな苦しみだろう。29日施身法の当日の午後、彼女は順調に一般な病室に移った。夜、救急車を呼んで彼女を道場まで送って施身法に参加した。覚えていて、あの日の施身法、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らにゆっくり《求生極楽浄土祈請文》を3回多めに読ませた。

30 日夜明け、彼女は電解質不平衡みたいで、時期毎に全身は筋肉がひきつった。寶吉祥漢方医者さんを感謝する。当日時間を割いて病院へ彼女を見に行った。あの日の夜、救急車を呼んで彼女を道場まで送った。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を見ると開示された:男弟子を彼女に激しくしないと言わせた。それに主動的に彼女に仰った:「時間が来ると、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたを迎えに来て、そなたのためポワ法を修める。」加持した後、また彼女に一粒甘露丸を与えた。それに、彼に彼女の目の前に泣かないと指示した。彼女の二番目の姉さんは事後言い及んだ:本来既に意識の反応のない彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェを見た時、意識があるように見えた。

相弟子が彼に注意させたことを感謝する。リンチェンドルジェ・リンポチェは申された:返すべきやはり返し、返し終わるとやっと一層な良いところへ行ける。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女のためポワ法を修めると承諾したので、眷属の気持ちも全て割合に平静で面対する。リンチェンドルジェ・リンポチェが加持した後、筋肉がひきつった頻度はやっとゆっくり減った。31日夜明け4時まで、筋肉はもう引き攣ることがなかった。あの日の昼頃、酸素濃度は70くらいしかなかった。彼女はそろそろ時間がないと分かったが、彼女は必ず法会に参加する意志を知ったので、工夫して救急車を呼んで彼女を運んで来て法会に参加した。

31 日あの日、リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生のために緑度母を修めていて、薈供終了後、彼女はとても安祥で往生した。リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ彼女の大体を壇城前に運ぶと指示させて、それに彼女のためポワ法を修めた。修め終わった後、大体の頭の梵穴には温かくて、医者弟子も確かめた。梵穴の所には温かくするの外に、凹んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはあの頃開示された:彼女はこの病気にかかったが、従来天に恨まなく、人にも憎まなかった。彼女が眉をひそめるとか相手に文句を言うのを見たこともない。毎回リンチェンドルジェ・リンポチェに従って海外の法会に行って、絶えずに自分の福報を蓄積してやっと10月3日の大超度法会に参加して、まだ一昨日の施身法会に参加した後、31日の緑度母法会の中に往生した。なお、薈供した後、阿弥陀仏の迎えを得て、往生する苦しみを受けなかった。それも皆に仏法の殊勝を見せた。

リンチェンドルジェ・リンポチェはまた申された:彼女は生前リンチェンドルジェ・リンポチェに非常に恭敬で従順なので、福報が引き起こした。31日に緑度母を修める特殊な時、この弟子は平静で、口さえもいつも閉めて、死亡の苦しみを経えずに往生して、本当に大変福報があった。リンチェンドルジェ・リンポチェは仰った:皆が常に仏を学ぶためはこの一刻に、尊厳があって、苦しみがなくて去る。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示された:彼女は一般な者が言った業が重くて、不治の病にかかったが、彼女は上師に十分な信心があったため、やっと今日の善果があった。

この4年間を回想して、彼女は病苦のため、リンチェンドルジェ・リンポチェに加持を求めることはなかった。2年前、リンチェンドルジェ・リンポチェが主動的に彼女を加持しなければ、彼女は既に亡くなったはずである。彼女は皈依する前、何故彼女が病気にかかったかを聞いてから、皈依した後、彼女は自らで回答した「とうして病気にかかたのは彼女ではなくて、よかった病気にかかった。そうでなければ、大修行者リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依するチャンスがないかもしれない。」彼女は嘗て言った:彼女は少し勇気があると見えれば、あれは全てリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に出来て見せたのである。

彼女の大体を病院へ運んだ何時間後、梵穴は相変わらず温かくて、四肢が柔らかくて、とても容易で彼女を着替え出来させた。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは葬式日が農暦の初五或いは初七の午前中に終わると開示された。葬儀社と連絡した後、初七の朝11時しか告別式会場を使うことが出来ない。(つまり11月12日、あの日は彼ら夫妻がリンチェンドルジェ・リンポチェに帰依した四年間になった日のである。)当日火化した後、骨頭は全て小さく砕けたがやはり彼らに見つけさせた。頭蓋骨の上の方に丸くて滑った丸の穴があって、骨頭は殆どピンク色で深く浅くがあった。告別式した後、淡水へ行った。 舟が出航する時およそ11時50分で、しかし、早めに船長は進行が出来ると言った。やっと骨灰を大海に撒く散らして衆生と縁を結んだ。席を戻って座ったとき時間を見たらちょっと12時であった。彼女の二番お姉さんは骨灰を撒く散らすとき、光柱を見た。リンチェンドルジェ・リンポチェとアチ護法の助けを感謝して、あの日の事をとても円満に終わらせた。

リンチェンドルジェ・リンポチェのポワ法は相当な殊勝で、彼らの家族は彼女がとてもいいところへ行ったと分かったのであまり多い悲しみもなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェが申されたようで:亡者はよい所へ行ったので、家族は自然に悲しくない。勿論偶に彼女を懐かしがって、本来他人が彼らを慰めるはずが、かえって常々に彼らは其の他の親友を慰安する。尊きリンチェンドルジェリンポチェ、諸仏菩薩、アチ護法を恩に着て、彼女のため一番よい手配をやった。寶吉祥漢方醫学診療所も感謝して、この四年間で彼女のお世話をしてくれた。祥楽旅行社を恩に着て、彼女にリンチェンドルジェ・リンポチェに従って国外へ法会に参加させて彼女の福報を蓄積するのが出来させた。

最後、彼は尊きリンチェンドルジェリンポチェに懺悔して、父母親の代わりにも懺悔する。男弟子は皈依する前沢山殺業をした。家は南部に住んで、稚魚池があって、魚、海老、蛙を養殖した事があって豚を養った事もあった。皈依する前数えない衆生を害した。大勢の魚、海老、渓の中にの衆生を害した。大量な昆虫(蟻、ごきぶり、蚊、コオロギ、蜘蛛、蜜蜂)、釣った魚、蛙、食べた鶏、あひる、牛、豚、羊を傷つけた。彼は帰依した後嘗て計算した、家族が全て害した衆生は、数えれる数字は既に億以上、況してまた沢山数えないの、皈依をしても、家族は今まで相変わらず養殖漁業である。

其の他、男弟子も懺悔する。帰依してからいつも絶えずにリンチェンドルジェ・リンポチェが時時彼らに訓誡するのを犯した。利己的で、独りよがりで、自分の考えは多すぎで、自分しか他人のことを考えなくて、我慢、怠けやさしくて、よく人生の経験法則で仏法を考えて、従って絶えずに貪・瞋・痴が引き起こした。妄念が起きられた時、これらは悪の考えとはっきり分かったが、やはり自分の心はこれらの悪念を引き犯さないのが支配できない。これも弟子の心はリンチェンドルジェ・リンポチェに対してまだ完全に投降しなくて、恭敬心は足りなくて、十分の信心はないとの表すである。彼は今年の始めに労動奉仕を担当した時、只自分の任務を完成するために、他人の権利を問わなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェに指摘されて、この故でもう道場の事務を担当できないと罰された。

彼は自分の罪が重くて極悪と懺悔して、一切の果報も受け取りたい。只リンチェンドルジェ・リンポチェのご教導に従って、自分の行為をやり直すのを努力して、はじめてこの世を無駄にさせなくて、輪廻より離脱するチャンスはやっとある。男弟子は一切苦しめている衆生の代わりにリンチェンドルジェ・リンポチェに弟子達に金剛薩埵懺悔法門を教えるようにお願い致す。弟子達が今世に全ての債を返す次第に、輪廻の苦しみより離脱が出来させて、阿弥陀仏浄土へ往生する。リンチェンドルジェ・リンポチェにも願って、彼の父母親を加持して、彼らは因縁があって、この世に輪廻の苦しみより離脱できさせる。

今日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターにて「普巴(ブルバ)金剛法会」を主催し、リンチェンドルジェ・リンポチェが法座を上げたばかり、ある男の弟子の奥さんが法会に開始する前に、約午後1時45分ぐらいに去った。そして、此の弟子と彼の娘に壇城の前に大礼拝をさせて、この弟子の奥さんのためにポワ法を修めて済度してくれた。リンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を修める過程が極めて短くて、約10分ぐらいに修法して円満になった。リンチェンドルジェ・リンポチェが修法する折にある特定な声を発する時に、参列者の皆が極めて大きな能量を感じさせられて、眼でリンチェンドルジェ・リンポチェが法座で修法したが、道場に設立させた同時に放送した蛍幕で、リンチェンドルジェ・リンポチェが毎回にこの修法の声を出す折に、身体から瞬間にある燦然との金光を囲んで、仏と無別の荘厳なる聖像を現れて、此の殊勝な現象が人々に驚嘆させて、その上極めて不可思議である。

ポワ法が円満になり、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがお休みをしなかったが、直に今日の「普巴(ブルバ)金剛法会」を主催し、また、参列者に下記如くの殊勝な開示を与えた。

今日、皆に修法してくれるのは忿怒尊の普巴(ブルバ)金剛であった。顕教には、そなた達が見た仏像とは全て寂靜尊で、例えば釈迦牟尼仏、観世音菩薩等で、何時も喜ばせることをに見え、忿怒尊は顕教にない、金剛乗だけがある。ある人は仏菩薩が慈悲の模様はずと思っていて、何故忿怒相を現れる事が知らない、実には、嘗て敦煌石窟の壁にて、多くの彫刻している大力金剛が忿怒相を現れる。顕教は水陸大法会を行う時に、後で設立させる壇城にある焦面大士が居て、つまり観音菩薩が鬼衆に済度する折に変わる様子で、「普門品」には、仏菩薩が衆生の同類になる方式にて衆生に済度してくれて、居士を済度する時には居士を現れて、出家衆を済度する時い出家相になって、鬼を済度する時に鬼のようすになっている。忿怒相とはそなた達が怒り、或は鬼を追い払う事を思っている事ではない、却って慈悲の至りで、特に、末法時代の衆生の瞋恚心が極めて深く重いである。ある簡単な例を挙げて、両親は間違ったを犯す子供に教えて罵る時に、彼たちの様子も美しくできなくて、然し、子供のために良い事である。

此の法門は普通な人が随意に修める事が出来ない、少なくとも菩提心を修めて開始して、その上、菩提心を認めた行者を修行して始める。その上、チベット仏教には、本尊を修めるなら、閉関しなければならない、閉関の折に、本尊に相応する事に至るまで修めなければならない。閉関とは、そなた達が7日に部屋に居る事ではなくて、気楽して、他人に雑談する事が出来る事と思っているのではない。閉関には多くの儀軌を守らなければ成らない、例えば、風呂に入らず、髪を切らず、話さず、外に見えず、外界に一切の連絡を止めず、一日中に一心に本尊を修めて、相応に至るまでのである。本尊に相応するならある兆候があり、これらの兆候が必ず法本に記載された事に応じるべきである。若し法本に記載されないなら、閉関の間に一切の兆候を上師に伺いを立てて、上師からこれらの兆候が法義に応じるかどうかを認めて、つまり生死を解脱し、そうすると、吉或は悪い兆候を知って始める。

リンチェンドルジェ・リンポチェはその時、閉関して普巴(ブルバ)金剛に相応して修める至った時に、全ての部屋が揺らいで、地が絶えずに震動して、屋根上に雷が鳴って、完全に法本の記載に符合した。若し修行者の定力がないなら、本尊を見ると恐れる感じを生じるなら、普巴(ブルバ)金剛が直にそなたを連れでから死んでいく。本尊を見ると恐れる事を感じる人とは業が極めて重い人で、普巴(ブルバ)金剛が直に彼の命を取ってしまう。

普巴(ブルバ)金剛は「新続」には金剛手菩薩で、菩薩の忿怒の化身である。事部、行部、瑜珈部と無上瑜珈部の四続の中に、普巴(ブルバ)金剛が事続での摧破金剛である。「旧続」では、つまりニンマ教派の伝承で、普巴(ブルバ)金剛と呼ばれていて、つまり金剛薩埵の忿怒尊である。古代に、ある物凄い魔があり、多くの衆生を害して、金剛薩埵は彼と同じ魔を化けてから此れを降伏させれ、忿怒尊に普巴(ブルバ)金剛と呼ばれていて、密法に極めて重要な本尊になって、仏法に護持している。そなた達は仏経を読む時に言った事があり、釈迦牟尼仏が仏に成る前に、魔王が邪魔して来て、然し釈迦牟尼仏が魔王に降伏させて、然し仏経に釈迦牟尼仏が如何に魔王を降伏させる事を説明する事がない、此れは密法での忿怒尊を使っている。

普巴(ブルバ)金剛を護法にて修めてきて、そなた達に一切な仏を学ぶ障害を消却してくれた。普巴(ブルバ)金剛は阿弥陀仏、文殊菩薩、金剛手菩薩、大勢至菩薩と大威徳金剛神の意化身である。チベットにはあるリンポチェは大威徳金剛だけを修めて、大威徳金剛を修める行者が閉関して出てから、毒がある草を喰わなければいけなくて、毒草を食べてから問題ないなら、修行が成就になる事を表して、修行に至らない行者が毒草を食べてから直に死んで、すぐにポワ法を彼に済度してくれて、彼にまた人になって再度修行して行って、このような修行態度がそなた達に体得できない。

普巴(ブルバ)金剛は諸仏菩薩の意化身で、仏菩薩の意とは一切の有情衆生に生死を解脱して、普巴(ブルバ)金剛も諸仏菩薩事業の総集である。こちらの事業とはそなた達が普通に言われる事業ではなくて、そなた達の事業が全て自分のために名利、自分の欲望を満足している。仏の事業とは、慈悲事業ではなくて、学校、病院あるいは放送局を作成する事ではなくて、事があったら業がある。仏の事業とは真に衆生に輪廻の苦海を遠く離れている。真に仏法とは衆生に輪廻を解脱してくれて、そなた達は仏法を修めて習う真意を体得しなければならない、区別できる事が知っている。菜食して、仏を礼拝する事とは仏教である事ではない、多くの外道も菜食して、彼らの寺に同様に仏と観音菩薩を奉って、然し、信衆に生死を解脱する事を教えないので、仏法ではない、善行をする事が仏を学ぶ事ではない、善行をする事が人とする標準で、他の外道も人々に善行をする事を教える。仏法と他の外道が最も大きな違いとは、仏法事業で、衆生に如何に輪廻苦海を離れる事を教えてくれる。

仏を学ぶとは良い暮らし或は長寿を求める事ではなくて、却って死ぬ時によいで死んで、苦しみがない、先、リンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を修めて済度したばかりこの弟子の奥さん、本来ポワ法を得る機会がない、此れは彼女が皈依した事があるが、但し脳腫瘤を発見してから、本来特に問題がないが、実家の家族が手術を行って、化学治療を受ける事を堅持して、ある功徳会の委員さえ、この男の弟子に仏を学んで慈悲がない、奥さんを連れで診療を受ける事をしなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェもこの男の弟子に彼女の実家を反対する事をしない事を指示させて、結局、彼女が手術を行って化学治療を受けて、本来綺麗な人から全部変容した。幸い、彼女は最近何回目の施身法に参加してから、考えが変わる事があり、昨日、自分が供養する心を起こして、リンチェンドルジェ・リンポチェに供養して、昨日供養したばかり、今日が去って、早目で病痛の苦しみを終らせて、その上、今日がこのような良い死んで、死んだばかりポワ法を得た。本来、彼女はポワ法さえ得る事が出来ないし、然し、この男の弟子が常にリンチェンドルジェ・リンポチェの教訓を受けるので、彼の奥さんが福報があってポワ法を得て始める。

普巴(ブルバ)金剛の修法が多くがあり、今日修める法はリンチェンドルジェ・リンポチェが直貢チェツァン法王に頼んで、2002年に自らか台湾に来て2千人の法会に伝わる「祕密無上了義如意寶灌頂」のである。この法本は岩伝法で、直貢噶舉の第29任法王から伝われた法本である。嘗て蓮師(蓮花生大士)は密法をチベットに連れで、嘗て多くの法本を岩、水或は空気の中に隠れて、そなた達の若い人が信じてはいけない、此れは神話の物語りと思っていて、空気の中に如何に法本を隠れて、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達に騙す事をしない。このような隠れる法とは伏藏法と呼ばれていて、今日の法が伏藏法に属して、伏藏法が釈迦牟尼仏から伝わる法ではない、本尊の自ら伝われる法で、非常に殊勝である。例えば、ポワ法は蓮師から直接に阿弥陀仏に求めてきて、釈迦牟尼仏から伝われる阿弥陀仏経と違う。本尊から直接に伝う法と釈迦牟尼仏を経由して伝う法が当然に違い、学校に本学科先生が教える事と他の学科の先生を経由して教える内容が異なっている。

普巴(ブルバ)金剛の修法が多くがあり、今日修める法はリンチェンドルジェ・リンポチェが直貢チェツァン法王に頼んで、2002年に自らか台湾に来て2千人の法会に伝わる「祕密無上了義如意寶灌頂」のである。この法本は岩伝法で、直貢噶舉の第29任法王から伝われた法本である。嘗て蓮師(蓮花生大士)は密法をチベットに連れで、嘗て多くの法本を岩、水或は空気の中に隠れて、そなた達の若い人が信じてはいけない、此れは神話の物語りと思っていて、空気の中に如何に法本を隠れて、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達に騙す事をしない。このような隠れる法とは伏藏法と呼ばれていて、今日の法が伏藏法に属して、伏藏法が釈迦牟尼仏から伝わる法ではない、本尊の自ら伝われる法で、非常に殊勝である。例えば、ポワ法は蓮師から直接に阿弥陀仏に求めてきて、釈迦牟尼仏から伝われる阿弥陀仏経と違う。本尊から直接に伝う法と釈迦牟尼仏を経由して伝う法が当然に違い、学校に本学科先生が教える事と他の学科の先生を経由して教える内容が異なっている。

伏蔵師は虚空、水中に伏蔵法本を見付かれる大修行者で、最後の伏蔵師が直貢噶舉の上師である。チベット仏教の四大教派には、噶舉とニンマ教派が多くの伏蔵法を修めて、しかしゲルとサキャが少ない。伏蔵法本の真偽を知りたいなら、法本と仏陀の教えと一致するかどうかに基づいて、つまり生死を解脱する法門を教えるかどうか、直に法本の真偽を判断できる。

蓮師は嘗て開示されたことがあり、普巴(ブルバ)金剛を修行してから成就行者が、吉祥、具徳、長寿、財貨、幸福、眷衆円満、政教興旺、威力無窮、円満到底を得られる。具徳の「徳」は道徳、福徳と功徳の三種類に分けた。道徳が人類社会に認める美徳で、地方、時間と文化の違いにより、違う道徳標準があり、全ての地方に適用する事ができない。福徳が使って済みが出来て、福徳を使って済んだからこの世に終らせる。そなたがこのよにして得るのは全て福徳で、福徳がそなたのこのよに使う事が出来ない、来世に使って始められる。然し、功徳を修める事がそなたの業を転じて始めて、功徳とはそなたが修めた福と慧で、使って尽くす事が出来ない。ここに曰く具徳とは、衆生に生死を解脱してくれる事を具える功徳である。「長寿、財貨、幸福」とは、楽す事ではない、衆生に助けてくれる。「眷衆円満」とは家族の眷属ではなくて、弟子の意味で、密乗を修める上師が能力があって自分の弟子に助けてくれる。前回の法会に皆が見えて、あの往生した弟子が死亡の苦しみを経ないで、死亡の折に普通に身体と心理の2種類の苦しみを通して、然し、あの弟子が完全ない、一声でもない、去る時にも、口が開く事もない、身元の弟子達も彼女が死んだ事を発見しなかった。「政教興旺」とは普巴(ブルバ)金剛を修める行者は、証量が早目に昇格させる事が出来る。

「威力無窮」とは、行者は大きな能力があるので衆生に助けてくれる。例を挙げて、昨日ある弟子は彼女の妹を連れでリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来て、突然に発病して、地上に横になって絶えずに溜めて、呼吸する事を殆どできなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に付ける鬼を降伏させて、普巴(ブルバ)金剛の法門を使った。リンチェンドルジェ・リンポチェは此の弟子に問い合せて、彼女の妹が帰ってから如何するのでしょうか?医者は彼女の妹が何の病でしょうか?嘗で発病した事があるでしょうか?此の弟子が回答した。リンチェンドルジェ・リンポチェの加持が感謝し、すでに良くなった。昨日、妹が帰ってからの1、2時間以内にある程度が気分が良くないが、それから平静して寝られた。医者は彼女の妹は4種類の免疫系の疾病に罹って、既に8、9年ぐらい、医者が原因が知らないので治されなかった。彼女の妹はこのような発病した事がなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは下記のように開示された。鬼でも地方に選んで発病して、表面的にそなたの妹が免疫系の疾病に罹って、実には鬼を着けた。鬼を付けるとはそなた達がテレビで眼を上げて、髪を半端にする事ではない、あるのはそなたの身体に入って、そなたが感じなくて異状もないし、然し、此れがそなたの性格を段々に変わって、益々可笑しくなっていて、此の弟子の妹が実にずっと法会に参加して彼女にとって良いである。此の弟子は直にリンチェンドルジェ・リンポチェに頼んで彼女の妹に施身法法会に参加する事を許させて、その上、彼女が往生した弟の名前も一緒に書いて、リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲的な同意を得た。鬼を付けるわけがあり、肉食して、悪行をして、特に鬼を付ける事をし易い、此れは鬼が肉が大好きのである。何故皈依をするのでしょうか?皈依してから、「非人」が近く事ができない、然し条件があり、そなたは戒律を守らなければならない、戒律を守らないなら役に立たない。だから普巴(ブルバ)金剛を修める威力が大きくて、皆がリンチェンドルジェ・リンポチェが物凄い事を知っているが、如何に物凄い事を知らない。「円満到底」とは障碍がないで修行していて、仏になるまでのである。

普巴(ブルバ)金剛を修める行者は菩提心まで修め得なければならない。慈悲まで証得しなければ、普巴(ブルバ)金剛を修めても何も効用がない。それ以外に、行者は大手印の四つの段階(専一瑜珈、離戯瑜珈、一昧瑜珈及び無修瑜珈)の離戯瑜珈の果位を証得しなければならなくて、つまり全てに対して分別心と執着がないのである。そなた達の人生はドラマのように、たとえそなたが社長になってもただ1種の役しかなくて、子供がロールプレイングゲームを遊ぶ時にとても真面目に先生か学生を演じると同じすように、人生もこのようではないであろうか。

そなた達は今日普巴(ブルバ)金剛の法会に参加して、6種類の利点を得て皆さんを助けることができる。。一、精神、情緒及び脳方面等の疾患と内分泌を助ける事が出来る。二、亡霊、妖怪、竜や神が引き起こすすべての無名病と癌を駆除する事が出来る。「妖怪」は死んだ動物の魂であり、竜は林、石、土の中と水の中で住んでいて、人の肩の高さを上回る木の上にいずれも衆生が居住しているから、1株のこのような木を切ったり石を回したりすることはすべて、衆生を傷つける。そなた達は中秋節(中秋の節句・旧暦8月15日)に肉を焼いて、或いは側で人が肉を焼くことを見て、人が肉を焼いてそなたに食べさせることは全部同じで、すべては癌に罹る機会がある。なぜかと言うと、竜は焼肉の味が好きでなくて、かいで病気にかかるから。現在、癌と珍しい病気はそんなに多くて、その理由は人類が極端に地球を開発して、多くの衆生を傷つけてしまったからである。

三、年、月、日、時の動きと違えて起こる意外事故を避ける事が出来る。仏を学んでいるのはいわゆる意外な事故がなくて、殆どは年、月、日、時の動きと違えて起こる意外事故である。どうしてこのような年沖、月沖、日沖があるのか。なぜかというと、あなたは過去世のこの時間に悪の因を犯したから、この時間に因果応報が現れる。地球の上で発生したいくつか災害は地球の自身が引き起こしたのではなくて、事実上、星座の変動も地球に影響していて、科学者も太陽の嵐及び月は地球の潮汐の変動に影響していることを発見した。一つの星は生んで消えて無くなることはいずれも地球の気候と温度に影響する。。四、星宿の変化による水害、火災と地震などの天災を避ける事が出来る。五、他者が毒を盛ったり、詛咒をしたりして引き起こす傷害を防止できる。六、累世業障を消去することができる。いわゆる業障が消えるのはあなた達の思ったように体がよくなったり、事業は順調になったりするのではなくて、仏を学んで成仏する障害が取り除いてしまうことを指す。

引き続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェはとても殊勝な普巴(ブルバ)金剛の法門を修めて、修法が円満に終わった後に、出家衆から修法儀軌の中で仏に供える甘露と甘露丸を1つ1つずつすべての法会参列者に賜って与えた。しかもこう開示した。皆さんはもう肉を食べないでください。そなた達が今日この法会に参加した後に、普巴(ブルバ)金剛はそなた達にすべての仏を学ぶ障害を取り除いて助けたが。しかし、もしそなたがここを離れてから、また肉を食べると、今日普巴(ブルバ)金剛の法会に参加したのはただほんの少しの福報だけに累積して、来世に残って使う。もしそなた達はこの忠告を聞いてくれないと、後でもうここに来ないでください。リンチェンドルジェ・リンポチェはこのように命でそなた達を助けていて、そなた達は自分で自分を助けて、更に肉を食べない。仏陀も「殺生するな」、「仏陀の話を聞いて」ということを仰ったことがあり、仏陀の言う話はすべて正しくて、すべては私達に良い。イスラム教徒はすべて彼らの戒律によりブタ肉を食べられないと言って食べないが、そなた達が何に基づいて肉を食べながら自分が仏教徒だと言うのか。密宗を修めているのは肉を食べることができると言わないでください。直貢チェツァン法王、リンチェンドルジェ・リンポチェ及び、多くの教派の中の大成就者は菜食精進料理を食べているので、だから知らない事は無責任に言ってはいけない。リンチェンドルジェ・リンポチェは法に基いて事を進めるので、仏法に基づいて事をやるのである。

仏を修める目的は何だろう。それは離れるときに苦しみがないためだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは数えられない亡者を助けて、死ぬ前に苦しまない人は殆どいない。少数のリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子は例外だ。例えば先程話した法会の中に往生した女弟子は死亡の苦しみを経てず、往生した。そなた達は毎日いくら修業をすれば修行だと思ったが、実はこの女弟子は本当にうまく修めた。彼女は毎日唯六字大明呪を唱え、アチ護法を修めていただけが、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに完全に信心を持ったから、彼女に苦しくなくて死なせて、一般人の挿管、救急の苦痛を経てない。またそなた達に仏法の偉大を見せた。先程法を修めて済度された弟子の妻も挿管なし落ち着いて亡くなった。多くの人は危篤になると医療処置を受けて、救急や挿管して命を救うのを試す。実は挿管は極めて苦しい。チューブを自分の体に挿される事を考えると、如何なる苦しいと思う。此れは何故多く年寄りは自分がチューブを取り除いた。若しそなたは挿管や救急は当然だと思えば、自分が信頼できる医師を頼んで挿管して見よう。それは一時でも耐えられない苦しみだ。若しそなた達はしっかりに修行しないと、此の世に終わる時必ずこのような苦しみを受ける。

リンチェンドルジェ・リンポチェはこの前にある弟子の父を助けてポワ法を修めた。結局頭に梵穴が暖かくなくて、心臓は温かかった。それは阿弥陀仏浄土に行かず、人道に転生する事を現した。リンチェンドルジェ・リンポチェは法を修めた時、あの弟子の弟は絶えずに父の側に泣いていて、父に離れたくない気持ちを起した。例えポワ法を修めても彼も昇られたくなかった。結局転生して人になる。本来この亡者は福報があってポワ法を得られるが、冤親債主に妨げられた。彼に離れず放せなくて、浄土へ行けなかった。この冤親債主は誰だろう。他人ではなく、自分の息子だ。人に転生すれば構わないと思わないで、人として、とても苦しい。

我々は転生した時、父の精及び母の血を結んで生じた。精とは性交する時射出される精液だけではなく、内分泌も含める。事を考える時も精を消耗する。若い人は記憶がよく反応は早いのはまだ精血があるから。精血は徐々に消耗して補充できない。そなたは血液が引き続きに代謝して新しい血を起すわけではないか、精も引き続きに生じるわけではないかと聞くかもしれない。それは違うだ。人は一生に使える精及び血の総量は固定だ。父母は唯そなたに精及び血しか与えないが、そなたを助けて補充できない。色々な事を考える事が好きなら、速めに消耗した。常に貪欲、瞋恚を起している人も早めに消耗する。消耗が終わった後、人は死んだ。しかし、密法の中に方法がある。例えば今日リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に賜った白い汁及び赤い丸は精及び血を代表した。そなた達は先程リンチェンドルジェ・リンポチェはこの二つ物に息を吹いた事を見た。それは上師及び諸仏菩薩の精及び血を中に入ると表した。この中に起こった微妙な変化はそなた達が見えない。若しそなた達は信心がないと、食べられたのはジュースと練り粉だ。若し上師に敬って信心を持つと、精及び血の補充を得られる。此れも密法の殊勝である。リンチェンドルジェ・リンポチェは不断に衆生を利益している。例えば土曜日に午後四時から夜十時半まで信衆を六時間以上接見した。一般人なら絶対耐えられない。更にリンチェンドルジェ・リンポチェは既に六十三歳であり、脊椎側湾症に罹ったのに。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェは既に慈悲心を修めた以外、密法があるから。密宗では特別なのは方法があって、そなたに体がよくなる事を助けた。そなた達は法に従って修行し、悪を断ち善を行えば、上師に賜れた精及び血を早めに消耗しなく、体はよくなれる。体が悪いと修行できない。坐禅を問わず、阿弥陀仏聖号を唱える事さえ出来ない。体が悪いのも一つの障碍である。

リンチェンドルジェ・リンポチェが修法して亡者の頭のてっぺんに穴を打つ事が出来て、すでに人間ではなく、そなた達は人間の頭でリンチェンドルジェ・リンポチェを考えれば、どう理解できるか?まるで、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の考え方で尊き直貢チェツァン法王を考えても想像が出来ない。学仏するのはそなたを自分が他人と同じではないと思わせるのではない。、また新しい主張を標榜し,異なった意見を表明するのもなく、主に考え方はやり直して、外観であらない。例え、リンチェンドルジェ・リンポチェは法衣を着ずに便服を着て、外で走って、知らぬ顔もリンチェンドルジェ・リンポチは1人リンポチェのが分からない。仏を学ぶのは走火入魔(取り付かれて理性を失うこと)にならない。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達所謂正常人よりもっと正常である。

選挙は間もなく来る。皆を注意させて、慎重しなければならない。投票とはそなたは彼の行為を同意する。彼が全てした悪はそなたも一部の責任があった。そなたと関係ないと思わないで、どんなに分けてもそなたも少しをもらえる。自分が好きか嫌いは投票の根拠をしない。学仏する者は人に対して分別心はない。やはり過去立候補者は嘗てやった事によって、誰に投票するか決める。政局は平穏であれば、そなた達にはじめて環境があって良く仏を学ばせる。自分が投票しないとも思わないで。これはそなた達が中華民国の公民としての義務である。既に只で色んな道路な福利を受けて、自分の公民の義務を尽くして投票しなさい。

法会が円満終了後、リンチェンドルジェ・リンポチェはまだ続けて寶吉祥仏法センターで信者を面会する。午後5時から夜6時30分、54名信者を助けて、一切世間苦しみを解決して、及び仏法上の開示である。

2010年11月26日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、台北寶吉祥仏法センターで、殊勝な直貢噶舉施身法法会を主催して、約1300人は法会に参加して、施身法の参列者の数が多いから、法会に参加する信者達と弟子が寶吉祥仏法センターの道場の内の通路さえ座っていて満席になった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、出家の弟子が恭しく迎えて、薫香炉と楽器の先導で、また宝傘の導かれたともに、金剛法座に昇って、そして大衆に以下の如く仏法を開示された。

施身法法会の参列者の人数はだんだん増えてきて寶吉祥仏法センターは間もなく座れないで、最初に道場の空間が300坪なら足りると思っているが、もう足りない。リンチェンドルジェ・リンポチェは一度もいかなる広告をしたことがなくて、どうして人は絶えず増加するのか。更に、そなた達がリンチェンドルジェ・リンポチェにそなた達に施身法に参加させることを願う時に、リンチェンドルジェ・リンポチェはいずれもそなた達に法会に参加したい原因を聞いて、因縁と恭敬心は備えているのではないと、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達が参加することを許せなくて、そなた達は全部、リンチェンドルジェ・リンポチェに問合わせされた経験をあり、施身法に参加しにくるのがかなり困難であることが知っている。今日1300人は施身法法会に参加したことが、台湾で他にない。今晩はちょうど選挙の前夜であり、多くの人は選挙の事で忙しくて、そなた達はまだここで集まって、過去世に嘗て善の共業にあったことを表して、累世の善業のため、ようやく共にこの殊勝で得難い法会に参与することが出来る。

多くの人は今日初めて施身法法会に参加するので、何度も施身法の意義を開示したことがあるが、しかし リンチェンドルジェ・リンポチェは依然として再び施身法法会の意義を紹介して与えて、そなた達に法会に恭敬心を生むことをさせてから、法会に参加することが役に立つようになる。

施身法はチベット仏教の密宗の八大成就法の1つであり、成就の意味は一生にこの法門を専修すると、必ず輪廻生死に解脱することができるので、甚だしきに至っては仏果まで修め得ることができる。施身法を漢字で翻訳すると、断つという意味であり、すべての輪廻の悩みを断ち切って、世間の人は自分の起きた貪心、嗔心で、仏法を信じないで悩みを生む。釈迦牟尼仏は地球に来て49年間弘法するのはただ一つの大事のためであり、それは衆生に輪廻の苦海に解脱することを教える。施身法の法本は釈迦牟尼仏の大蔵経の中の大般若経に基づいて書かれて、単に「般若」2字の含まれている意味について、釈迦牟尼仏は約12年間を使って解説して、その意義がきわめて深遠なことに分かる。「般若」は漢文に翻訳しなくて、一部の人は知恵で説明したが、実は其のすべての意味を含むことができない。施身法は約1200~1300年前に、あるチベットの女ヨガ士に書かれて、名号はマギラー尊であり、彼女は一名の在家の修行者であり、結婚して子供を持っている。

施身法は他に釈迦牟尼仏の菩薩道を行う六波羅蜜の中の布施に基づいて書かれたのである。布施が財施、法施と無畏施に分けられ、財施はそなた達のような人間がやり遂げることができるが、法施と無畏施は菩薩の果位まで修め得た者ではないと、やり遂げることができなくて、そなた達はできない。法施はそなたが他人に呪文を唱えたり読経したりすることを教えると、法施と言えるのではなくて、輪廻に解脱する仏法を教える能力があることである。無畏施は人に因果を信じさせて、彼らに死亡が怖く恐れないように教えるのではなくて、衆生に生死輪廻の恐れを離れるように助ける能力があるのは無畏施である。2週間前、リンチェンドルジェ・リンポチェのある女子の弟子のように、彼女が法会中で亡くなって、彼女は死亡に直面する時に少しも恐れていないで、とても安詳に他界して、これは上師の無畏施の助けのため、この弟子が安然に死亡に直面して、恐れが起きないことができて、これは普通の人がやり遂げることではない。

経典の中で記載されて、釈迦牟尼仏は雌の虎が子にえさをやる乳がないことを見ると、すぐ自分を犠牲にしてトラにえさをやって、雌の虎に乳があわせて子を養う。それ以外に、釈迦牟尼仏はまた嘗て自分を犠牲にして鳩を救った。嘗て釈迦牟尼仏は1羽の鷹が間もなく鳩を食べることに会って、この鳩を救いたいと思う。この鷹と鳩は全て天帝に化身したのである。鷹は、鳩を救って鷹が食がないからと釈迦牟尼仏に言って、釈迦牟尼仏が自分の体からこの鳩と同等な重さの肉を切って鷹を与えた。これは天帝が釈迦牟尼仏の布施を行う菩薩道を試すのであり、それに世間の人間に仏の空性な慈悲心を示現した。

施身法を学ぶ行者はまず10年の顕教の基礎が必要であり、お経と論などを入念に読まなければならなくて、これは理論の部分であり、更に不共四加行をすべて修行しなければならなくて、いわゆる10万遍の大礼拝、10万遍の百字明呪、10万遍のマンダラ盤儀軌、及び10万遍の上師相応法である。もし真言は6つの字以内であれば100万遍唱えなければならなくて、もし6つの字を上回って10字までであれば、10万遍唱えなければならない。一部の人は念仏しながら、計数器を持って自分が唱えた回数を数えるが、実は回数は別に最も重要ではなくて、最も重要なのは如法に唱えるかどうかということである。いわゆる如法に唱えることは、如法の上師がそなたに灌頂して法本を伝えて口訣を教えて、そして上師が本尊の灌頂閉関を与えて、自分が相応するまで本尊を専修しなければならない。もし3ヶ月閉関するならば、この3ヶ月の中で外出することができなくて、人と話をすることができない。閉関する部屋の中で顔やを洗ったりお風呂に入ったり、髪の毛や爪を切ったりすることができなくて、それに修行している途中に、頭が痛くて体が気分が悪くて、修行を止めようということが許せない。たとえ閉関する部屋で亡くなっても早めに閉関を止めることができない。もしいかなる理由で早めに閉関する部屋を出たら、その後で更に閉関して修行する機会が無くなってしまった。どの本尊を修めるのは上師が皆のおのおのの因縁を見て決まるから、すべては観音菩薩を修行するのではない。その他に禅定の修行について、直貢噶舉の大手印まで修め得なければならない。寧瑪派がこれを大圓満だと称する。大手印は4つの段階に分けられて、一つの段階ごとに更に3つのレベルに分けられるから、合計で12次第があり、少なくとも第2段階の離戯瑜伽まで修め得てから、はじめて上師はそなたが施身法を修行し始めることができるかどうかを決定する。離戯瑜伽の修行者は世の中の一切に分別心がなくて、既に平等な慈悲心、つまり空性な慈悲心まで修め得るのである。

施身法を修める行者はますます少なくなって、原因はとても多くて、一つの原因は法器が得難い。施身法を修める時に使われる人の足骨の法器の出所と形は、法本の中ですべてある程度決まっているから、勝手に人の足骨ならできるということではなく、これがどんな人の足骨から作られたのを見て、その上嘗て成就者が使ったことがあるかどうかを見て、もし大修行者は使ったことがあるならば、威力がとても強い。リンチェンドルジェ・リンポチェが今日施身法で使う人の足骨の法器は尊き 直貢チェツァン法王が前世とこの1世で自ら使ったことがある法器であり、わざとリンチェンドルジェ・リンポチェに賜った。修法する過程の中でこの法器を吹く時、そなた達と関係がある悪鬼道の衆生は法器の音を耳にして、同類が呼びかけていることを感じて、道場に入ってきて、仏法の助けを受け入れることができる。勝手な人が吹いて役に立つことができると思わないでください。必ず菩薩果位まで証得した行者はこの法器を吹いてから、はじめて役に立つ。一部の人はわざわざと屍陀林に行って施身法を修める。というのは、屍陀林が古代インドの天葬(鳥葬)をする場所或いは火葬の場所であり、悪鬼道の衆生はとても多いから。

済度とはとても重要なことである。人の肉体の死亡は果報ではなくて、唯花の報いであり、花が咲くにより、果が結べる。そなた達は死亡の様々な苦痛を経歴すれば、此の世の悪業が返済できると思ったが、此れは間違いだ。本当の果報はそなたの来世に現れる。つまり、此の世に行ったのは来世に得ることである。仏経に亡者のために広く仏事を作すこととある。広く仏事を作すとは多くに行うことではなくて、彼方此方に寺へ行って法会に参加する事ではない。引き続きに菩薩果位を証した修行者が主法した大型の法会に参加する事である。そなた達は仏事を作す資格がない。例えば今日行った施身法法会である。仏経に決して助唸という事を言わない。しかし、今の人は亡者に助唸する事が好きだ。彼たちは亡者に助唸すれば、自分に助唸される因となると思ったが、助唸する人の心は間違って、名利のためにするなら、亡者に瞋恚を起させて地獄に堕ちるかもしれない。慎重しなければならない。

そなた達は事業が成功や退職するまでに仏を習うと思わないで、時間はそなた達を待たない。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達と同じで仕事があって、先程も会社に忙しくて仕事して管理したばかりだけど、其の後はすぐ法会を行うために来た。更に明日ニュージーランドへ出発して、リンチェンドルジェ・リンポチェの根本上師直貢チェツァン法王に会う。会社の事は指示した後ほっといて、帰国して会社は倒れたなら構わなく、若しまだ存在すれば、自分が儲けると思う。そなた達のようにいつも多くの言い訳を見つかって、全ての事を中途半端しておく。またリンチェンドルジェ・リンポチェが自分を叱るとは思わない。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分が修める時間も足りないから、そなたを叱るのはそなたが間もなく輪廻の苦海に堕ちることを見て惜しんだ。わずかな小悪さえ行えない。構わなくてリンチェンドルジェ・リンポチェは自分をかわいがるからのを思わない。リンチェンドルジェ・リンポチェは特別に誰をかわいがる事をしなく、リンチェンドルジェ・リンポチェは全ての衆生を憐憫して、衆生のために多くの良い縁を作って、衆生に善縁を結ぶ機会を多くに与えるだけだ。しかし、そなた達はこの機会を把握するかどうか、そなた達が決める。

寶吉祥仏法センターはある規則がある。若しある者が伴侶が納得しないと、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの人が法会に参加する事を許せず、彼の伴侶が納得するまでに参加させる。若しそなたの行為は相手に仏法の影響のお陰で変わると感じさせると、彼は自然に行かせる。若し相手を騙すなら、相手に仏を誹謗する機会を与える。若し仏を習う事、このような良いことさえ騙すと、尚更に多く事をは伴侶に騙すのを見える。天主教徒、ギリス教徒、一貫道の信徒も公開に自分の信仰を言える勇気があって、そなた達は自分は仏教徒を称するのに言えない。仏はそなた達に悪い事をするのを教えただろう。それはない。例えば、リンチェンドルジェ・リンポチェはビジネスをする時、全ての人は皆リンチェンドルジェ・リンポチェが仏教徒を知っている。リンチェンドルジェ・リンポチェが仏教徒という関係で、リンチェンドルジェ・リンポチェと商売しないなら、しなくても良い。縁がないから。仏を習う事は決して我々の日常生活を影響しなく、仏を習う人は正常な人である。リンチェンドルジェ・リンポチェは誰よりも正常である。そなたは仏を習って菜食すれば、そなたの生活を影響と思うのはそなたの心はそなたを影響して、自分は自分を障碍する。故に必ず悪を断ち善を行い、もう肉を食べないで菜食しなさい。

そなたは引き続きに肉を食べると、福報と寿命は引き続きに減少している。

リンチェンドルジェ・リンポチェはもう一度皆に忠告した。法を修める前、そなた達は恭敬心を持たなければならない。恭敬心が有れば、福報を起せて、法会に参加する事はそなた達に助けがある。第二は懺悔心である。累世に行った悪業を懺悔する。第三は慈悲心があって、無縁に法会に参加する衆生を代わる。この三つの心で法会に参加しなければならない。法を修める前、皆に六道衆生を我々の後ろにいて、両親、目の上は我々の右側にいて、同輩は我々の左側にいて、累世冤親債主は我々の前にいて壇城に向くと観想するよう開示された。一回だけ観想すればよい。

続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは施身法を修め始めた。また皆を率いて六字大明呪を長く唱えた。

法を修めた後、リンチェンドルジェ・リンポチェは次の如く開示された。上師は通常に保護する仏像、護輪などを持っている。しかし、「施身法」を行う時、修法者は保護する仏像、護輪などを一切取り去り、自分の身を守る物をつけない。それは自分の血、肉、骨を甘露に化したと観想し、全ての鬼道衆生を利益する。そうすれば、自分を完全に衆生に与えられる。若し、慈悲に証しない修行者ではないと行えない。この地球に同時に千人以上人のために施身法を修める修行者は殆ど見えなないから、皆は共同に法会に参加する機会を大切して欲しい。

密法は必ず上師に口伝され、法本を持って法本に従って唱えればいいわけではない。嘗てある活仏を称する者は弟子を指示して、彼方此方に法会に参加して法本を貰った。自分は法本に従って唱えれば修められると思う。此れはだめだ。法本は原則的に二種類を分ける。一つは自分のために修める。もう一つは皆のために修める。今晩施身法法本は皆のために修めた。密法の法本は仏経と異なり、多くの観想の方式、口訣など法本に書かれなく、必ず上師が口伝しなければならない。今晩皆リンチェンドルジェ・リンポチェは法を修めた時、「ペ」という音などを発音した事。見たが、帰ってから真似しない。リンチェンドルジェ・リンポチェは密法によって修めて、この音を発したのは衆生を助けられる。そなた達は帰宅後真似してすると、結局頭がくらくらし、勝手にしない。

施身法法本の最後、修法者は衆生を代わりに祈った。チベット仏教は常に上師の加持を祈って、仏菩薩の加持を求めない。それは我々の福が足りないから、仏が在世の時代に生れず、仏の開示を聞けない。唯歴代伝承の上師が仏法を広める事に頼って、仏法を習わなければならない。故に仏を観想する事より、上師を観想するのは最も親しい。上師の加持を祈るのはチベット仏教に極めて重要な部分である。他には法本はまだ祈って、ある病に関して医師に診察されなくて自然に滅んだ。病は三種類がある。中気不足、胆熱、つまり肝の病である。痰はつまり肺部の疾病である。男女の身の竜は全て離れるなど。世間に流行っているが、ある雪山呪を唱えると、痔を治れる。実はそれは痔を治る事ではなく、昔インドが天気が蒸し暑くて、多くの人は背中に無名な瘡を生じた。ある者はこの呪文は痔を治る事を間違いに伝えるから、引き続きに唱えても効果が出ない。

今晩およそ1300人が法会へ参加に来た。例え、毎人全て1000回六字大明呪を読めば合わせて130万回で、台湾の道場には一晩でこんな多勢な者を読む事はない。皆は全部同じな心で法会に参加すれば、一緒にこの130万回の功徳を共にする。しかし、自分のために唱えて、自分の健康が欲しくてするならば、それば只1000回を読んだことである。

ある信者はリンチェンドルジェ・リンポチェに手紙を書いて、家の中に沢山事をお知らせた。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示された。この信者は殺業のことをしていて、衆生の肉でお金を儲ける者なので、きっと良くない果報があるはず、そのゆえ、家には始めてこんな多い良くないことがあった。人は病気で死ぬのではなく、寿命がなくて死ぬのである。ある者は短寿で死んだ。ある者は意外で死んだ。仏法で言えば、意外との二つ字がなく、一切全て因果因縁である。そなたは短寿で、意外にあったのが、全て沢山殺業をして得た果報である。施身法は意外で死んだ、重病の衆生にとって、特に役に立つのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生を20年あまり助けた、往生する前間苦しめた無数な衆生を見た。それで絶えずに衆生に善行、素食、学仏との事を勧めた。大勢者が全て親友が往生する前苦しみを受けたのを見た事があり、これらは必ず受けるとは限れない。現時は所謂三管齊下とは、鼻管、口、尿管で、ある者はまた点滴を注射する。そなたは肉を食べて、仏を学んで修行しなければ、百パ-セント一カニュ-レの苦しみを受けようとする。ある者は往生する前、無意識に手を振ってものを追い払って、何故だろう?これはそなたが全て食べた肉がそなたの先祖のかっこうになって、そなたを誘って来て、これら臨終な者は彼らを手を振って追い出したかったのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは法座の上に全て喋ったことは全部真実で嘘ではなく、一言を言い間違ったと地獄に堕ちる。そなた達は信じなくてはいけない。そなた達は誰でもリンチェンドルジェ・リンポチェの果位はどこまでするか知らないので、誰でも批判する資格はあらない。

自分が特殊な体質を持つと言う者がいた。実はこんな事はない。鬼は勝手に人に見せる事はしない。鬼と恩或いは仇があらない限りない。恩か仇か、それは以前の因で、今は返すべき;恩か仇がなければ、鬼はそなたを探しに来ない。そなたは彼を助ける能力がなくて、彼こそはそなたを相手にしたくない。自分が鬼を見た、鬼の妖怪が易しく近く来る、或いは地蔵経を読んだら鬼が来ると言う者は、実は自分の心の中に鬼がいた。昨夜リンチェンドルジェ・リンポチェは良く寝なくて、衆生が多すぎて待っていたから。今晩そなた達が連れて来た往生した衆生は突き込んで、黒山のほどであった。リンチェンドルジェ・リンポチェは仰った、法会は円満でそなた達が済度したい往生した衆生は今晩全部済度された。しかし生きているものは判明できなくて、そなた達の心はいつも変わって、考えは多すぎである。地蔵経には載せてあり:「全宇宙の中には一番済度し難い衆生はやはり地球の人類で、剛強で自己的で、難しく調伏する」。

リンチェンドルジェ・リンポチェは二つ物語を例として往生する時周りの者は亡者にすごくすごく影響するのを説明した。1人、リンチェンドルジェ・リンポチェと長く知り合った信者は、この方の母親が癌の末期で、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の母親に沢山助けを与えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは入定の中にこの者の母親の心跳はとても微弱で、血圧も大変低くて、間もなく息が絶えると分かった。結局、午後までまだ絶えなくて、去らなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは入定して見るとやっと発見した。彼の妹は少し人を誘って側で詩歌を歌って、母親を恐れなくさせて,主は彼女を天堂へ迎えに来る。しかし、それはかえって母親に息を絶えなくて、順調で去ることが出来なくてとても苦しめた。それで、リンチェンドルジェ・リンポチェは電話を掛けて彼らにもう歌わないとさせた。歌が止まると亡者はすぐ息が絶えた。リンチェンドルジェ・リンポチェはもう一度注意させて、決して亡者の側に泣かないで、或いは彼の事を討論しないで、遺産、往生した後の手配などを含めて、全部亡者に心配を掛けさせる。または昏迷する者或いは植物人が意識がないと思わないで、実は彼らの意識はまだとても明らかで、ただ表わすことができない。リンチェンドルジェ・リンポチェはすでに植物人さえが甘いものが好きさえも修め得た。だから、決して植物人に安楽死をさせない。

もう一つ物語は、,先頃にリンチェンドルジェ・リンポチェはある弟子の父親のためにポワ法を修めたがどうしても亡者が上に行きたくなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは定の中に見ると亡者のもう1人息子は側に大きい声で泣いているのを分かった。とても孝行のようだが、亡者の眷恋を引き起こして、惜しく離れた。結局、ポワ法が終了した後、亡者の胸には発熱して、人道へ行ったとの現われであった。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示された:冤親債主は全部家族の者で、そなたが死ぬ時、誰がそなたの冤親債主はやっと分かる。

先週の日曜日、リンチェンドルジェ・リンポチェはある弟子の妻のために、ポワ法を修めた。彼女は本来ポワ法を得る因縁がなかったが、亡くなる前の日に供養の心が起こったので、やっとポワ法をもらう因縁があった。しかし、上師が彼女を助ける能力があっても、肉体はまだ彼女がもともとの果報を受けるべきで、ちょっと踏み躙られた。他の家族メンバーは違う考え方があったので、大体は台北より花蓮まで運ばれて、どうするかまだ分からなくて、今まで既に一週間も過ぎたがまだ埋葬しない。

日頃前に、ある信者がリンチェンドルジェ・リンポチェを伺いに求めて来た。彼は言った。彼の母親は往生した。仏教では火葬と主張するが彼の母親は生前土葬を決めた。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェはやはり彼の母親のために一つ土葬日を選んだ。思い出さなくて、この信者はかえって1人家相を伺った。この家相はこの日が彼ら二人兄弟と合わなくて、彼らにとって良くないと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは知った後、とても悔しかった。この日は彼らの往生した母親のために選んで、彼らの母親にとって良いなのに、在世の家族のため選んだのではない。これら家族は喪家で、勿論全ての直系の家族と会わなくて彼女ははじめて往生しただろう!家相はお金を儲けるため、勿論一つ物語りとか理由を作って、これらは全部民間の習俗である。

そなた達は仏を信じて、因果を信じている事言うが、真に信じている事ではないである。真に仏を信じて、因果を信じている人々は必ず精進な努力して仏を学んでいく。そなた達は何故仏法の偉大を体得出来ないか、これはそなた達がやり遂げる事しないわけである。今夜は何人の子供、若い人とお年寄りがお手洗いへ行って、1千人が2時間の腹を減って、手洗いへ行かない事を我慢して法会に参加していって、これも仏法の偉大である。リンチェンドルジェは絶えずに勧めさせて、話させて、衆生に仏を信じさせて、因果を信じさせている。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の往生する前の最後の話が必ず同じの「仏を信じていて、因果を信じている」を信じている。

来月は今年の最後の1ヶ月で、そなた達は西洋人が祝日を過ごすことを慶祝し、或いは新年を過ごす事を学んではいけない、何も慶祝する事に堪える事がない、新年とは仏を学ぶ寿命がまた一年を減らす事を現れている。リンチェンドルジェ・リンポチェは既に63歳で、1ヶ月後で64歳で、衆生に助けられる時間もますます不足になっている。我々は両親に私たちを生まれた事に感謝し、我々にこの珍しい人身を得るので仏を学ぶ事が出来て、だから、みなは時間を無駄してはいけない、肉食をしてはいけない。この末法時代には、何故尖らせた顔の型を流行するか?我々は顎が年寄りを重んじて、顎が薄くて尖っていて、これは人々のお年寄りの福がますますよくない事を現れている。多くの人々は若い時代にあちこちに遊んで楽しむ事をして、自分の福報を早めにして尽くして、お年寄りになると、ますます良くなくなっている。

廻向文を修了してから、リンチェンドルジェ・リンポチェは、2004年、直貢チェツァン法王により「リンチェンドルジェ・リンポチェの長寿祈請文」を賜った内容である。チベット仏教の伝統には、長寿祈請文は普通に教派の法王を擁して、或いは教派の法王からあるリンポチェ或いは自分の根本弟子に書いてくれて、そなた達がほしいなら擁する事ではない。祈請文の内容は実は一種類の授記で、祈請文を書く上師は既に完全なこの弟子の未来が必ず如何に行く事をはっきり知っているので、ある授記をするわけである。もしこのようなではないなら、祈請文を書く者にとって良くない結果がある。

長寿祈請文とはそなた達が思っている修行者の長寿を祈り、世間に長くて生きられる事ではない、ここの長寿とは、修行者の仏法事業が長くて久しくて広大出来る事を祈り、だから、弟子とする者が毎日に唱えなければならない、上師の仏法事業が長くて久しい事を祈っている。「リンチェンドル・リンポチェの長寿祈請文」を唱えた者は、未来世にリンチェンドルジェ・リンポチェを見付かる機会が必ずあり、けれども、どの世が知らないのである。

この長寿祈請文には、直貢チェツァン法王は早くから既に予め伏線を残して、「リンチェンドルジェ・リンポチェ」の法号を書き出してきて、2007年に至るまで、法号をリンチェンドルジェ・リンポチェに正式な賜ってくれた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは「リンチェンドルジェ・リンポチェの長寿祈請文」の意味を一々開示された。「希有なる珍宝のような勝利者のご教法、悲心を持って踊りの威力瑞、諸善縁が自在し諸の州に治まり、金剛を執る者が百劫に住むよう祈願する。」

「希有なる珍宝のような勝利者のご教法」とは、希有なる珍宝はリンチェンドルジェ・リンポチェが衆生を教導する方法が極めて希有して殊勝なる珍宝であり、勝利者はこの修行者が輪廻の力を取り除く事が出来て、一切の衆生に真に輪廻を解脱する事を助けれるのである。

「悲心を持って踊りの威力瑞」とは、悲心を持っている修行者は空性の慈悲心を既に証し、「踊り」はリンチェンドルジェ・リンポチェが仏法を広める方式が踊るような、極めて自在である。踊りが基本のダンスのステップがあるように、この基礎があれば自由的多く種類の踊りを創作する事が出来る。リンチェンドルジェ・リンポチェが正統な方式により出身する事ではない、例えば、普通にの顕教は5年の仏学院の勉強が要るし、或いはチベット仏教が10年の勉強するリンポチェのではなくて、返って直貢チェツァン法王から教導してくらる仏法と自身から実際な修行の経験により仏法を広めている。仏法を開示する方式はある名相を説く事ではなくて、そなた達が仏法を聞く時には、リンチェンドルジェ・リンポチェの教法が極めて活発し、生活と接近し、自分なりの方式になってから自在なる運用している。「威力瑞」とはリンチェンドルジェ・リンポチェの強大な加持力であり、一切が自分で考えるのためではなくて、すべて衆生に利益するのために、すべて善である。

「諸善縁が自在し諸の州に治まり」とは、此処に極めて明かに皆に教えて、ただどの所に仏を学ぶ善縁衆生が居れば、リンチェンドルジェ・リンポチェがどこに居る。「自在」とは工夫を凝らして探す事が要らない、自然にある所で善縁があってリンチェンドルジェ・リンポチェに行かせて、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェもこの故に特別な苦労し、彼方此方に奔走して世界各地に仏法を広めて行って、だから、リンチェンドルジェ・リンポチェの顔も比較的な長い労碌相を現れるのである。

「金剛を執る者が百劫に住むよう祈願する」とは、「金剛を執る者」はリンチェンドルジェ・リンポチェが金剛乗を修めるのである。「百劫に住む」は世間に百劫で住んでいて、百劫が極めて長く時間である。直貢チェツァン法王は、リンチェンドルジェ・リンポチェの願力が「衆生が仏にならず、我が仏に成らず」を知っているので、だから長い時間に掛かって衆生に助けて、直貢チェツァン法王からリンチェンドルジェ・リンポチェへの厚み愛を知っている。この長寿祈請文には、リンチェンドルジェ・リンポチェが仏に成る事を説かない。

文末には、「誠懇なる書く。善哉!善哉!善哉!」がある。これはこの件が良いことであるので、誠懇なる書いた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは明日に直貢チェツァン法王の指示によりニュージーランドに出向し、これは直貢チェツァン法王がニュージーランドにある閉関センターを間も無く成立し、本来、直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェにニュージーランドに長くて留まる事を望んでいて、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェがまた多くの衆生がリンチェンドルジェ・リンポチェを待っている事を慈悲なる考えているので、直貢チェツァン法王に要請して、だから、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェ早くて台湾に帰る事に同意した。

明日に間も無く遠出するが、リンチェンドルジ・リンポチェは依然として衆生を惜しいで、その上、下記のように開示された。リンチェンドルジェ・リンポチェが台湾に居ないが、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは既に慈悲の証量を修めて居たって、ある信衆が「快楽と痛苦」という本にリンチェンドルジェ・リンポチェの写真に300回に恭しい頂礼してから相応する事が出来た。リンチェンドルジェ・リンポチェの分身を現れる事が出来ないが、慈悲を証したので、慈悲の力の分身がある。リンチェンドルジェ・リンポチェは台湾にいないが、仏法がいつもある。リンチェンドルジェ・リンポチェが台湾にいない期間には、ただそなたは懺悔の心と恭しい心によりリンチェンドルジェ・リンポチェに祈るならば、リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲の力の分身がすべてそなたに助けてくれる。

2010年11月27日

11/27 ~ 12/5 尊きリンチェドルジェ・リンポチェは、60数名の弟子を率いてニュージーランドへわざわざ尊勝三恩根本上師 直貢チェツァン法王の建設中の「ミラレバ閉関センター」を訪れに行って、しかも直貢チェツァン法王がニュージーランドの南島で旅行したり休憩したり、この土地と衆生を加持したり加護したりなされることを招待した。

2010年11月28日

台北寶吉祥仏法センターの共修法会で、弟子及び信衆は尊きリンチェドルジェ・リンポチェが2003年5月11日台北市大同区役所講堂で主催された法会での開示の録音テープを恭しく聞いた。この法会が開催された時は、ちょうどSARS疫病が全世界に広がった期間で、リンチェドルジェ・リンポチェは特に疫病神に対する真言と憤怒蓮師が伝えられた白金剛袪百病の真言を修め、また密法にて加持された密呪護輪及びSARS疫病を防ぐ甘露水を各参列者に賜った。同時にみんながこの殊勝なSARS疫病を防ぐ甘露水を必要とする衆生にあまなく分かち合う事を望まれた。

法会開始前、ある男性の弟子はこう分かち合った。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが父を済度して絶えずに家族を助けた経過を分かち合う機会があることについて上師に感謝する。彼の父親は2010年11月7日に火葬して、火葬した後の頭蓋骨がとても完備して、葬儀社の社員が探して手伝ったもとに、頭蓋骨の梵穴の近くに、一つの直径約2 mmで縁が整然として貫通された丸い穴を発見されて、その上すべての骨はとても白くて、頭のてっぺんの上に大部分の所がとても明るいピンク色であり、一部が緑色と青い色である。彼は以前に顕教で多くの経典と《往生浄土聖賢録》を見て、すべては浄土に往生した者が梵穴の上に穴があることに言及することが何もなくて、ただ尊者密勒日巴大師伝記で見たことがあるので、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な大能力と仏法の偉大さを十分に証言することができる。

彼の父親は軍隊から退役した人で、体がずっと非常に丈夫で、3高(「血圧高い」「体重多い」「血糖値高い」)という状況が全然なくて、ただすこし耳が遠くて老眼だけである。 2006年8月、彼の父親は82歳であり、ある日の昼ごろに彼はポンという音を耳にして、すぐに2階の父親の部屋まで行って、父の後脳が壁にぶつかって血を流していることを見て、直ちに薬を塗って、そして父と話し合って、大したことではないのを知った後に、父が眠った。しかし、ぶつかってから、家が安寧ではなくなって、穏やかで安定していない日々を約一年間続けた。父の気性は大いに変わって、いらいらして怒りやすくなり、疑念がとても重くて、いつも彼らが彼の財物を盗むことを疑って、甚だしきに至っては母を殴ったり、刀や鋏を持って母親と家族を恐喝し脅すことを言いふらした。いつも家に帰って母のさびしい表情を見て、体にあちこちうっ血があることを見て、今日どんな事が発生したかを知っていた。毎回このような状況を見ていつも理性を失って父と論争したが、しかし往々にして事後に思い付いたのは リンチェドルジェ・リンポチェの開示したように家の中の不安寧はすべて過去世の自分と祖先の殺業が重くてその因果応報であるから、考えてみると、懺悔することしかできなくて、我慢することしかできない。一方は父、一方が母であり、一つは天、もう一つは地であり、心の中で戦闘していて、そのため常にしたのは父親の前でひざまずいて彼が怒りをしずめるように望む。彼の家は三世同堂(三世代同居)で子供がいるから、息子の嫁達も昼間働いていて、晩によく眠れないで、この前も3ヶ月間の眠れないことを続けていて、この情況の下で立っても座ってもあまり落ち着くことが出来ないので、1日中恐怖感を持つと落着かないものの類のようであり、しかも精神が焦ってそわそわしてもう崩壊する限界に達するから、今度家の中、近所の人、甚だしきに至っては警察局からの電話を受け取って、どんな以外な事故の発生することを非常に恐れた。

彼の父の生活は大いに乱れ始まって、昼夜逆さまにして、やったことをすべて忘れて、毎日ほとんど夜11時になって1階から4階まで1つ1つすべての部屋を叩いて、そして大声で「もう朝だよ。おなかが空いて食事をしたい」と叫んだ。ある日、父は風邪を引いて、体にはあまり力がなくなって、診療所へ診察を受けに行って、医師は状況がおかしいことを見ると、父の左側の頸動脈を触って、彼らに軽微な脳卒中である(これは彼に、リンチェンドルジェ・リンポチェが男が女を殴ったら脳卒中になる因果応報を言う開示を思い出させたのである。)。すぐに転院するように要して、大病院に行って脳部のポジトロン断層法の検査を受けて、検査結果は医者がアルツハイマー型痴呆、いわゆる老人性痴呆症なのだと言って、そして入院を求めた。当日は水曜日であり、リンチェンドルジェ・リンポチェが信者達に接見する日であるから、彼はすぐに宝石店へリンチェンドルジェ・リンポチェと謁見に行って、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の父があまり妨げてないと諭したが、しかし彼はリンチェンドルジェ・リンポチェが父のために真言を唱えて加持して助けることを見た。入院しタ三日間、彼は親戚と隣近所の人の口で賛美されたような以前常に家庭を顧みて子孫を可愛がる父の様子を殆ど忘れてしまって、とてもよく知らなくなって、甚だしきに至ってはとても恐ろしいと言えるであろう。退院した後に医師は彼らに教えるのは、父が3つの後遺症がある。第1は脳の水腫である;第2は大小便失禁である;第3は両足が不自由になることである。

家に帰った後に、彼の弟は父に医師につける薬を服用させることを堅持して、彼は弟に次の通り教えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て、現在の医学では脳の疾病に関する方面の処方した薬剤はとても毒であり、疾病を完全に治すことができないだけではなくて、かえってもっと多くのひどい後遺症を引き起こして最後何もならないようになる。最も重要なのは父の往生をすごく障害して三悪道に堕ちる可能性がもっと高くなったことを開示した。彼は極力反対して、その故に強烈に論争をしているが、しかし彼は必ずこのようにしなければならないと堅持した。その後寶吉祥漢方医の診療所まで診察を受けに行った後に、続々と水薬を食べて大体半年の時間を続けて、この期間に医師はかつて彼らに、3つの後遺症が全然発生しなかったことを教えた。この後の3年間、外国者は綿密に配慮しておりて、彼の父はとても静かになって、顔色も比較的に赤くてつやつやしている。再度リンチェンドルジェ・リンポチェは父と家族のずっと絶えない助けに対して切りますに感謝する。

2010年10月18日昼12時25分、弟の電話を貰った。母の伝言を伝えて父の状況はとても悪くて、呼吸は極めて難しかった。12時40分父の側にいると、すぐ父の口が開けた状況を見た。彼は父の息を感じると、既に息が止まった。更に脈を触るとも止まって、体は冷たい。彼の母は側にいてとても緊張して不安で結果を知りたかった。彼は母に父は亡くなったと言った。またすぐに外国労働者を命じて、母を世話して父の遺体を触らなく、泣かない。彼はすぐ仏堂に行って、リンチェンドルジェ・リンポチェが賜った甘露丸を恭しく持って、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはの法写真に三回を頂礼して、リンチェンドルジェ・リンポチェに父が往生した事を報告した。また、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを祈って、父を助けて、再び輪廻の苦しみを受けさせない。それで甘露丸を父の口に入れて、更にリンチェンドルジェ・リンポチェの法写真を父の頭の上に放置した。其の後、すぐ電話をかけて兄弟子に父が往生した過程を報告して、兄弟子に伝言を頼んだ。兄弟子は自分に提示したが、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを観想して、また上師に無比な信心を起さなければならない。更に葬儀社を見つかるかどうか関心した。彼の母は父が往生した事実を受けられなく、既に号泣した。彼は外国労働者を頼んで、母を側に連れて行った。早速に妻及び弟、妹に電話をかけて、すぐ帰宅させた後、父の側に始めてリンチェンドルジェ・リンポチェが父の頭の上に座って、父を加持する事を観想した。午後一時くらいから六字大明呪を唱え始めた。30分後、弟、妹、妻及び眷属は合計十三人は次々に帰って、恭しく六字大明呪を唱えた。約二時に葬儀社の納棺師は家着いて、親切に彼たちが注意が必要な事を伝えた後、先に離れた。また約9時に父を着替えさせた後、遺体を葬儀場に放置するのを言った。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを感謝した。世間法や出世法を問わず、いつも弟子及び衆生を周到に世話して、家族に葬儀の処理を全てうまく進んで、皆に安心させた。皆は専念に約三時間六字大明呪を唱えた後、明らかに父の口はもはや緊密に閉まって、面容は通常に寝たままのようだ。彼の母は側に客家話で話した。「人は亡くなったが、怖れをさせなかった。」彼は母及び家族に言った。「此れは全てリンチェンドルジェ・リンポチェの加持であり、父を助けたから、このような良い顔がある。」続いて専念に六字大明呪を唱えた。約五時兄弟子の電話を貰って、リンチェンドルジェ・リンポチェの話を伝われた。「生前求めず供養がなく、因縁は具えないから助けたくても助けられない。」しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは亡者を非常に懸念していて、施身法の時に済度する事を約束した。聞いた後、気掛かりな心はようやくほっとした。しかし、彼は自分も非常に懺悔していた。皈依以来五年過ぎなのに、リンチェンドルジェ・リンポチェは我々に教えた最も重要な生死無常を無視した。だから、父が間もなく亡くなる様子を細かく気付かなかった。独り善がりで父が速く亡くなると思ったから、父の生前に父を連れて自らリンチェンドルジェ・リンポチェに供養して、福報を累積し、リンチェンドルジェ・リンポチェに求めてポワ法を修める因縁を失った。それで父に数日間に苦しみを受けさせた。その時自分は非常に悪くて、親孝行しないと感じた。自分の愚痴、頑固、独り善がりのせいで、補正できない間違いを起した。夜九時、葬儀社の納棺師は家に着いて、父を着替えした。父の足の底は暗い赤色で、背部にも多くの所で蜘蛛の網のような暗い赤色が現れて、手足は強張った。彼の妻は此れは死斑だと言った。彼はとても悲しかったが、父にもっと数日間苦しみを受けさせないと出来ない。其の後、父の遺体を葬儀場の冷蔵庫に放置した。当日夜台風の影響で帰る道に長雨が続き、気温は始めて下がった。父の遺体はまだ冷蔵庫の中にいることを考えると、心の中にも寒かった。リンチェンドルジェ・リンポチェに恥じて、父にも恥じた。其の夜眠れなくて、黙って土曜日にリンチェンドルジェ・リンポチェが信衆を接見する事を祈った。

この数日間に心はとても苦しめた。ようやく10月21日木曜日に「リンチェンドルジェ・リンポチェは10月23日土曜日に信衆を接見します」のメールを貰った。今までこのメールを見て、唯リンチェンドルジェ・リンポチェはとても苦労だと思った。しかし、その時彼は長く窒息して、突然フィトンチッドの新鮮な空気を吸い込んだと感じて、喜んで跳んだ。当時彼はリンチェンドルジェ・リンポチェは土曜日に信衆を接見する事は極めて得難いと深く感じた。また、時間が来て、境界が現れる時両親を失って、死亡に直面する苦痛と無力は本当に何も出来ないと感じた。彼は非常に感謝した。あの日々は唯出来るのは大礼拝をして、懺悔して、アチ護法を祈って、自分が10月23日にリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁する機会を与えた。ようやくこの願いが叶った。彼は眷属が全て集まって、台北へ行って、皆は一心リンチェンドルジェ・リンポチェに父を助けて済度する事をを求めた。更にこの唯一リンチェンドルジェ・リンポチェに供養できる機会を把握した。再び上師を感謝した。アチ護法を感謝した。

ようやくリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁できた。先日の夜母、弟、妹と相談して、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示に従って、父の財物で供養するつもり。それで供養金及び父が残った三十年を超えて、母さえ見た事がない金貨、銀貨など記念貨幣を全て用意して、上師リンチェンドルジェ・リンポチェに供養しよう。彼たちはリンチェンドルジェ・リンポチェの前に跪いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に彼たちに何のようだと聞いた。彼は先にリンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔した後、父が往生した事実を報告した。話がまだ終わってないけど、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ父の名前及び生まれ年を聞いた後、真言を唱えた。真言を唱えた後、皆に開示された。神識は既に守ったが、10月29日の施身法に済度する。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲なので、自ら母及び家族に話して、皆に安心させた。また、開示されたが、「そなたの父は亡くなった時、余り苦しくなく、素直に亡くなった前の体調を受けた。」彼の父は往生した四年前、認知症に罹った。つまり、痴呆を苦しんだ。続いて開示された。「そなたの父の魂は今庭が有る古い部屋の中にいる」また、父が他の兄弟があるかどうかと聞いた。彼はまだ三人の兄があったけど、唯三番目の伯父はまだ生きている可能だと返事した。(其の後、実家に聞いて、三番目の叔父も今年(2010)年明けに亡くなった)彼は2003年父と一緒に河北の実家に見舞いした。一番目の伯父、二番目の伯父は既に往生したが、三人の伯父とも家の中に庭がある。家へ帰った後、当時撮った写真を見て、二番目の伯父の部屋は百年の歴史があってまだリフォームしていない。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた話した。「一人の伯父は生前に非常に父を世話したが、済度されないので、引き続きに父を長く連れている」其の後、彼たちに言って、父の兄の名前を調べて、一緒に施身法の時に済度しよう。このような家族の私事は話さないが、リンチェンドルジェ・リンポチェは唯短く入定の中に、このような秘密で重要な事を言った。当時家族は全て、特に母は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲及び大威徳力について、心から感服して、感謝に咽び泣いた。

其の後リンチェンドルジェ・リンポチェに求めて、父に火葬の日付を賜る。当時リンチェンドルジェ・リンポチェは二つの日付を与えた。また、若し前の日付けは間に合わないなら、旧暦10月2日に決めよう。彼たちは上師に全家族は皆施身法に参加する事を求めた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ約束して、更に菜食する事を強調した。最後全家族はリンチェンドルジェ・リンポチェに求めて、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に弟子達に父を代わり、供養させて、福報を累積する。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェも供養を受けた。帰った途中、彼は突然母は幼い時亡くなった三人の妹を思い出した。彼は母に聞いて、翌日高雄にいる伯母に聞いて、三人の叔母の名前を生まれ年を分かった後、心の中に黙って、リンチェンドルジェ・リンポチェは施身法の時も三人の叔母を済度するのを祈った。帰った後、母と弟、妹にリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲及び殊勝な大能力を話した時、母は非常にリンチェンドルジェ・リンポチェの偉大を賛嘆した。家族にこのような細かいことでもはっきりに話せた。彼は母に言って、常にリンチェンドルジェ・リンポチェの姿を思って、常にリンチェンドルジェ・リンポチェの法号を唱えて、忘れない。

10月24 日の共修法会に、リンチェンドルジェ・リンポチェは開示された、ある男弟子は父親が往生したのでやっとリンチェンドルジェ・リンポチェに供養するように来て、リンチェンドルジェ・リンポチェにポワ法を修めて彼の父親を済度するように願った。リンポチェは仰った、ポワ法はそなた達が求めると得られるのではなく、亡者は必ず大福報があってはじめて得る事が出来る。チベットの伝統により、家の中にある人が間もなく往生すれば、家族は家の中に一番いい物を供養しようとする。仏寺院から家まで1人リンポチェを迎えて、家の中で暫く泊まらせて、それで、毎日このリンポチェに供養するチャンスがあって、リンポチェも毎日臨終者のため修法する。人が往生した後、リンポチェがポワ法を修め終って、家族はまた一番良い物を供養して、はじめてリンポチェを寺院へ送り返した。リンチェンドルジェ・リンポチェは既にそなた達のため沢山手数を省いた。そなた達はこんなに迎えたり送ったりするのが必要なかった。それはリンチェンドルジェ・リンポチェは亡者の側で修法必要がないのである。リンチェンドルジェ・リンポチェはインドにいて、亡者の大体は台湾にいてもポワ法が終了した後、やはり亡者の頭のてっぺんで一つの穴を掛ける事が出来た。この悪い弟子は彼である。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた仰った。彼が済度を求めた時父親が大陸より来たのをリンチェンドルジェ・リンポチェに言った事がなかった。ところがリンチェンドルジェ・リンポチェはやはり父親の神識が大陸の二番目おじさんの原籍地へ行った。それは、二番目のおじさんは父親より12才上で、若いごろ大変父親のお世話をしたのである。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェが1999年5月2日に開示された《生死大事》のCDの中に、一段が申された。人が往生した後、生前一番行きたい所へ行く。やっと分かった。それに、この弟子が常に惜しく供養する。父親が往生した後はじめて供養したくなって、既に間に合わない。亡者のためにポワ法を得るように福報を蓄積する事が出来なかった。それで、彼は心から望んで、相弟子達は彼の事をまねないように必ず父母が在世する時、父母を連れて、自らで尊き金剛上師リンチェンドルジェリンポチェへ供養して、十分な福報資糧を蓄積する。一旦父母親が臨終する時、因縁があって、リンチェンドルジェ・リンポチェの済度を得て苦しみ海より離脱する。

10月29 日の施身法会、既にリンチェンドルジェ・リンポチェに参加すると承知したが、義理弟は廈門に出張して戻って来られるか判明できなくて、そろそろ時間で、とても焦った。意外に義理弟は道場に現れて、すごく神奇だと感じだ。それは彼の義理弟はいつも信じなくて、今まで大超度法会に参加した事もなかったのである。このようで、彼の父親の往生した事で、父親と母親の生前一番心配を掛ける肉親を連れて全部一緒に済度されてしまった。家に帰る道で、皆はとても嬉しそうであった。それは父親がリンチェンドルジェ・リンポチェの済度を得たのである。家に帰った後、母親と弟、妹達とリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲及び度衆事蹟を共にした。あの頃、母親も非常にリンチェンドルジェ・リンポチェを賛嘆した。特にリンチェンドルジェ・リンポチェが開示された、今沢山所謂親孝行の子供は、病気にかかった父母親を病院において、三管一緒にした例えを聞いた時、更に極めて深刻感じた。彼は有難くて父親が去った時何の苦しみもなくて、自家のベッドで安祥で往生した。彼は非常に恩に着て生命を尽くして一人具徳な金剛上師、大成就者、慈悲度衆の心の広いと不思議を賞賛するべき。

11月7日、日曜日は公葬日で、当日、リンチェンドルジェ・リンポチェは上師供養法を修める予定で、相弟子は彼らがどうしても法会に参加するように注意させた。彼ははい、必ず参加すると回答した。朝9時公祭で、蓋棺をする前、彼は父親の大体を触ったら大体が柔らかくてまだ弾性があった。考えてみると、父親の大体は10月18日に日冷凍室にはいって,11月6 日に出て来て、およそ3週間の時間で、これは医学および科学が解釈できない。これはまた証明された、リンチェンドルジェ・リンポチェの不思議な大威徳力であった。

葬儀社の儀礼師は彼に教えた。もともと11月7 日に火化する火葬炉が空いてなくて、関係を通じてやっとあった。しかし1時間くらいを待たないと火葬炉が空いてなく、即ち11時ごろであった。火化することは冷却を含んで1時間半がかかるべきである。しかし、不思議で話が終わってまた5分も掛からないのに、彼らが入る事が出来ると知らせられた。それで1時間を早めにして、ついに11時30分頃拾骨する事が出来た。火化した後、頭骨が非常に完璧で、葬儀社の係員が捜すのを助けた下に、梵穴の近くに一つの直径が2 mmの滑らかな丸い穴を発見した。それに、骨はとても白くて、また頭のてっぺんの上である部分はとても明らかにピンクで局部は緑と青いのであった。彼は後の片つけを家族に頼んでから、すぐ道場へ急ぎ行って法会に参加するのは1時ごろになった。彼は深く信じた。このいろんな所謂偶然は全てリンチェンドルジェ・リンポチェ及びアチ護法の配置であった。

尊き金剛上師リンチェンドルジェリンポチェに恩に着て、リンチェンドルジェ・リンポチェがなければ今日我らの一切はなかった。我らは自分の身、口、意と全部の一切を上師に供養しても上師の大恩大徳の万の一を返すことも出来ない。心より祈って、同席の大徳、相弟子達と一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏を学ぶ珍貴な時間を大切にして、仏の浄土へ往生する十分な福報資糧を蓄積する。全て苦しんでいる衆生は全部リンチェンドルジェ・リンポチェと仏菩薩の助けを得る因縁があって、永遠に生死輪廻の苦しみ海より離脱するように願っておる。

続けて寶吉祥仏法センターの弟子と信者は、尊きリンチェンドルジェリンポチェが2003年5月11日大同区役所の講堂で主催する法会に全て開示されたテープを恭しく聴いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示された:ある諺「臨時抱仏脚」(必要な時だけ仏陀の足を抱くという意味)である。即ち常に絶えずに仏菩薩と友達になるのである。それは毎秒に、不思議な多い衆生が仏菩薩に願っていて、そなたが突然にちょっと現れて、仏菩薩はそなたを見えなくて、聞こえないのである。大勢者は仏菩薩にちょっとお辞儀をすると何でもかんでもがあるようと思って、これはとてもいけない迷信である。沢山者は前数回法会に参加しなくて、人が多くてSARSにかかると恐れた。リンチェンドルジェ・リンポチェの法会は絶えたことがなくて、どんな弟子もSARSにかかった事もない。あれらは普通来なくて、今日SARS対策の法会があるのを聞いてやっと現れて法会に参加した。こんなに分別心の者は、護輪がもらっても助けも限りがあった。実は、上師に対して信心があれば、どんな法会でも役に立つ。

チベット仏教は呪文の唱えるを主として、また真言宗と呼ばれている。実は、皆毎日読んでいる大悲呪、十小呪、楞厳呪が全部真言宗と関係がある呪文である。ある者はチベット仏教を排斥して、これはあまり理知的ではなくて、実は自分が毎日唱えているのは全てチベットと関係がある呪文である。呪文は毎尊本尊、仏、菩薩の願力で、累世が累積した福報功徳は全部呪文の中にある。我らは一回呪文を唱えると、本尊の願力、功徳、福徳の加持を得るようである。

チベット仏教では呪文を修める法門がとても長期の禅定訓練を通じて、厳しく戒を守って、それに、閉関して、限定期間で本尊の一定な回数の呪文を読むべきである。法本の中に、閉関期間で、呪文を唱えて得た成就はどんな前兆が現れるか載せてある。これら前兆の現れは、衆生を利益する能力があるとの表すである。一切呪文は全て衆生のため唱える。即ち「清浄四法」で、すこしも自分を利益するのではないこそ清浄と呼ぶ。呪文を唱えて自分を利益するのは不清浄である。四法とは息、懐、増、誅である。具徳上師は全部この四法を閉関で成就円満まで修め得てやっと衆生を利益する事が出来た。そなた達は通常唱えている呪文は只本尊と縁を結ぶのであり、衆生を利益するのに役に立たない。

呪文を唱えるのは方法がある。まず呪文を読む前、特別な呪文を唱えて数珠を加持する。その後、観想してはじめて呪文を唱えて、呪文を唱えて終わった後、またあらためて持呪観想する。毎日朝晩1回の十小呪、7回の大悲呪を読んで役に立つのではなく、こんな簡単であれば、リンチェンドルジェ・リンポチェは毎年苦労して閉関する必要がない。チベット仏教では、呪文で衆生を利益して自分が成就するのは呪師と呼んでいる。真言宗を学び始めてから、口業は必ず清浄で、人を聞き難い話で罵って、特に上師を批判すれば、以後すべて読んだ呪文は役に立たない。ある者は法会に一回参加しなくても構わなくとおもった。実は、皆の程度によって、法会に一回参加しなければ十年を少なく修めるのようである。それは皆がこれらの標準にいかないから。

リンチェンドルジェ・リンポチェは顕教を学んだ時、毎日49回の大悲呪、2000回の南無大悲観世音菩薩の聖号、普門品一本、49回の心経を読んで、禅定1時間で、夜が華厳経を読んだ。皆はこんな程度が出来なく、皆はひいては法会に参加するさえも怠けて、常に現われなくて、いい事があるとやっと来て、このように仏菩薩はそなたを加護するか?仏法に対して必ず絶えずにひきつづく恒心があるべき、一回法会に参加してなんでも変わろうとするのではない。今回法会の参加者は先週より40名が多くて、それは利点があるのを聞いてやっと来たのである。仏を学ぶのがこんなに現実であれば、人生もきっと現実で、今後決して沢山情況がある。

弟子にあげる護輪を用意するため、事前に弟子に申し込み名簿を出させたが結局3名組長が名簿を差し出さなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは申された、衆生を奉仕するのは自分を奉仕するのである。彼らは名簿を出さないので護輪の用意することを難しくさせた。用意が足りらなければある者は取れなくて、多めに用意したらお金が無駄にした。それで、直ちにこの3名組長に組長の担当をやめさせた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは仰った。今回疫神に対しての呪文と忿怒蓮師が伝えた白金剛袪百病呪、この二つ密呪は従来漢人に伝えた事がない。我らの直貢噶舉教派にはある何名特別なリンポチェがリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子が多くのを知って特にリンチェンドルジェ・リンポチェに伝授して、弟子に今回SARS疫病の発生情況を無事に過ごすことが出来させた。この法会のため支度することが多くて、朝皆がまだ寝ている所で、リンチェンドルジェ・リンポチェは既に予備法を修め始めた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは修法終了した後開示された、SARSは空気で伝染するのでなく、主に接触伝染である。例えば、手洗い場で、手を洗った後蛇口を洗わずに蛇口を触ったとか、手洗い場を離れる時ドアの取っ手を接触するとか、或いはおまるのフラッシュする時ついて上がって来たウイルスを吸い込んだとか、エレベ-タ-のスイッチを接触してから手で目、耳、鼻などを触ったなどである。リンチェンドルジェ・リンポチェは医学界より早めに正確な伝染方法を指摘して、また皆に様々な衛生習慣の動作で自分を保護するのを注意させた。例え、エレベ-タ-のスイッチを押すとき、直接的に手ではなく鍵で押す。手洗い場のドアを開けるとき、ティッシュ‐ペーパーでドアの取っ手を包んだ後開く。ところが子供が習慣的に手で目、鼻、口を触るとか、或いは手で顎を支えるなども伝染し易いのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは更に下記のように指摘させた。SARSの伝染の力はインフルエンザに及ばなくて、今回の疫病発生の情況を引起す理由が皆の殺業の共業である。我々は多くの衆生に死亡の折に大きな恐れを起させて、だから、今回の不思議な病が皆に恐れさせて、これは報応である。多くの病は殺業から来て、そなたが菜食したくないなら、毎秒に仏菩薩に求めても役にただない。我々は如何なる理由があってこれらの有情衆生を殺す事がない。SARSは動物を経由して人に伝染させる事も証して、広東に鳥獣の肉を殺す人から伝わったのである。ずっと肉食をしても、SARSに罹らないでも、狂牛病も罹り、現在、多くの人々は脳部の問題があり、医者としても調べる事が出来なくて、漢方医学は把脈してからただ気血不調だけで言い、実には、人々が食べる動物が多くのホルモン、抗生物質といろいろな分からない物を注射してしまって、抗生物質があっても他の細菌と病毒も依然として存在して、肉を食べる事に従って体に入って、脳部に入ってしまった。

仏はずっと皆に肉食を止める事勧めていて、これは皆の命を少し延ばす事を望んでいて、多くの時間があって仏法を聞ける。菜食してから出家していく事ではないし、牛と羊も菜食して、出家した事もない。両親はそなたに菜食したくない理由は、一つ、そなたが剃髪して出家する事を恐れて、もう一つが菜食してから栄養がない事を心配している。一部の菜食した人々も極めて太っていて、そなたが太るタイプであれば太るのであり、何も食べても太る。痩せるタイプであれば痩せる事であり、何もたべても痩せて、何を食べる事を関係ない。仏法と曰く、ただ心には分別心がないなら、何もたべでも栄養がある。今回のSARSは中国人の殺生と利己の気風に変わる事が出来る事を望んでいる。公共トイレはすべて汚れて、これは利己的な心構えのである。そなた達の多くの人々は菜食をする事が障害があり、これは菜食する事がしょうがない選択で、菜食しないと道場から離れさせる事を恐れている。

リンチェンドルジェ・リンポチェは広欽老和尚からの目で1分の加持した事をえてから、帰ると肉食してからすぐに吐いて、これから菜食していった。1年の菜食した後で、リンチェンドルジェ・リンポチェは顕教を皈依した。リンチェンドルジェ・リンポチェは菜食する初期も同様に多くの障害があり、友たちが「多くの悪事をしたので菜食するか?」を嘲笑された。リンチェンドルジェ・リンポチェは「はい!そうです」と回答した。人々は有意無意で多くの衆生に傷害し、自分が間違った事を承認した勇気がない。我々は生々世々に肉食する感じを忘れて、自分に多くの理由をくれて菜食しない、例えば、両親が同意しないなどである。リンチェンドルジェ・リンポチェは下記のように開示された。実には人々が食べる自由があるし、そなた達が菜食が好きで肉食を食べる事が好きではない事を言う事が出来る。ずっと他人が間違って、自分が間違う事がないで、すべて他人をそなたに善行を行う事を阻止する事を思っていけない。我々は悪を止めて善を行う時には、自然に多くの試練があることがあり得て、そなたが善行をする永遠な善行の心であれば、冤親債主がそなたに許して、ただ自分の善行をする事により、自分が利益を得る事と思っているならば、冤親債主から妨げることが出来る。

皆は肉食をし続けるならば、今後SARSだけではなくて、またたくさんの問題が出現する事が出来て、戦争であるかもしれない。参列の皆は約380人余り、もし皆が菜食する事が出来て、周りの人々に影響させて、5年、10年後に、彼たちに菜食させる事が出来るかもしれない。菜食をすると妖怪と可笑しい者を見なさせる事を恐れてはいけない、例えば、前に肉を食べると全部で熟する事が要り、現在、そなた達はビーフステーキを2、3分の熟を受け入れて、そなた達が既に同化されて、血を持っている肉が美味しいと思っている。実はこれらはそなた達の考え方で、ただ変われると、衆生の肉を食べる事が極めて残忍である。一切の有情衆生は未来仏で、そなたが彼を食べると、嘗て西遊記の物語のように、蜘蛛妖怪は唐三蔵の肉を食べて、食べてから栄養があると思っている。実には、衆生は我々に一体で、分別がない。長期で肉食をする者は怪病に罹って、短命で多病になる。表面的に、そなたは一匹の鳥を殺して、鳥の肉を食べるが、鳥の体が人との同じくない事がない。日本人は毒があるふぐを食べる事が好きであり、河豚の皮を剥いで来て、この様子が人の髑髏と一致である。このらの動物とは一層に言うなら、そなたの過去世或いはこの世の祖先かもしれない。菜食する事とは、衆生に悪縁を結ぶ事を止める。一部の人々はこの世に火傷する可能で、熱湯で面目を傷つけて、過去世に魚を揚げて、肉を揚げて、或いは魚を炒める事が好きである。そなた達が何をするならば、絶対に何を得られる。血光、と手術を行うとは過去世の殺生した事があり、そなたの運が悪い或いは体が良くない事ではない。仏は我々に殺生の動作を予め停止し、殺生をする考えを止める。これらは殺生の考えがあれば、慈悲心を修める事が無理である。慈悲とは自分の快楽を他人をくれて、他人に痛苦を作らせる事が出来ない。そなたは真言を唱えてながら、肉食をしたら、仏を学ぶ事ではない、魔道を学ぶのである。仏は如何なる衆生が苦しみを受ける事を受け入れない、だから、我々は既に帰依したら、仏から教えた話により素直にしていく。

皈依するとは再び仏陀の教えを受け入れる事で、皈依すれば仏がそなたを保護して下さると思うべきではない。若し仏の教えを受け入られないのなら、皈依した意味がない、ただ仏に縁を結んでいる。仏を学ぶに当り、上師の教導を聞かなく、自分の考えで事を運べば、そなたの事を変えるのは難しい。そなた達の顔に黒い気配が漂うのは、累世の業を清め尽くしていない為で、業気が有るからであり、皮膚の顔色と関係ないである。仏菩薩はそなた達に一回で救う事が出来て、そなた達に永遠に救う事が出来ない。そなた達に災難があれば、仏菩薩は先ずそなたをあけるが、その後は自分自身に頼る外は無い。多くの仏教団体は先ず人達を皈依させてから、肉食の問題をゆっくりと是正し、これは正しくない方式である。リンチェンドルジェ・リンポチェは今の地球上の共業がますます恐ろしくなることに気が付き、すぐに悪を断たなければ、たやすく共業の中に巻き込まれてしまう。

今日、機縁があって密呪護輪を頂けたので、その福を大切にしなければならない。福を大切するとは食べ物を残さない事や、お金を使わない事ではない。福徳を得たのち、それを浪費しない事だ。今日の法会のため、リンチェンドルジェ・リンポチェは法を得てから密呪護輪と甘露水を作るまで一ヶ月の時間を費やした。リンチェンドルジェ・リンポチェは真言を持つ能力を備えないと、これを作れない。簡単には得れないのだ。今日福報があってこの殊勝な物を頂けて、どう恩返しをするべきか?教えに従って行えばいい!まだ時間があると思ってはいけない。以前の悪報は幾つかの世を隔てて始めて現れる。今は今世での報いで、善と悪共にこのようである。リンチェンドルジェ・リンポチェの自身はある例である。リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ懇切に仏法を習ったので、すぐ運命を変えられた。

護輪を着ければそれで問題が無くなるのではない。それに加えて、仏が我々に教えた方法を信じなければ成らない。その上、自分は仏から教えた方法が必ず遣り遂げると信じていて、これは一番大切だ。そなた達は自分には出来ないと思うが、それは自分には学べないと思うからである。仏を学ぶのはそんなに難しくない、上師の教える方法により、着実に生活の中で行えば、これで一つの法門に深く入るのである。一つの法門に深く入るとはそなたが真言を如何によく唱える事ではなくて、禅組を如何に良いする事ではない。各上師の教える方法は、皆自分の経験であり、そなたに合う方法で教えている。言われるとおりに行えば、必ず出来る。この間違いを犯した弟子達は、自分は出来ないと思うから、そのまま教えに従って行わない。リンチェンドルジェ・リンポチェは多忙な日々をお過ごしになられているが、桃園ドームでの万人大法会を含め、覚書も書きとめていらっしゃらないが、物事をお忘れになる事はない。これは雑念や妄想がなく、仕事に専念されておられるからである。そなた達はこれらの小さな事さえ忘れてしまい、これでは生死の大事がうまく行く筈は無い。

リンチェンドルジェ・リンポチェが随意に弟子を叱るのは、リンチェンドルジェ・リンポチェが罵ると、事柄が半分に解決して、果報が修正できないし、しかし重い報いを軽い受ける事が出来て、この果が依然として成熟する事が出来るが、このような苦しみ事ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子に罵るとは、弟子の業を消しているからである。多くの弟子は叱られるのを怖がっている。リンチェンドルジェ・リンポチェは在家修行者故、在家の弟子が会う問題をよく知っている。そなたに笑顔で対処する方法では、そなた達の為にならない。今の方法はそなたが好きではないとしても、少なくとも未来世で間違った道を歩まない。もしこの方法を受け入れるなら、多くの問題を変えれる。若し未来を変えたいと思うなら、自我、尊厳、メンツを犠牲しなければならない。さもなくば平等な慈悲を学べない。仏を学んで恩に報いるこそ、真に福を珍重するのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは四加行を学んでからポワ法を修める事を開示された。ポワ法を修める過程は極めて簡単し、最も困難なのは何でしょうか?仏に対して信じで、このような信じとは我が信じる事のような簡単だけではなくて、完全な受け入れて、堅くて退転をしない、少し疑惑もない。我々はこんなに忙しい時代には、浄土宗は極めて簡単し、しかし、我々の在家者が修めても少しの困難があり、ポワ法とは、そなたに確定的に西方極楽世界に往生していく。この法は密法には八大成就法の一つであり、福報を備えないなら、そなたがこの法をえない、得ても修める事が出来ない。福は如何様に来るのでしょうか?仏法を聞いて、布施供養によりくる。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェの要求は極めて高い、実には、古代には、ポワ法は簡単に伝う事をしない、そなたが根気がないと、聞かせないし、言わないである。しかし、現在の末法時代には、衆生の根気は益々良くない、そなた達に救う法門はただポワ法だけであり、そなたが学んだ後で、この世に必ず救う事を得て、その上、他人に利益する事が出来る。リンチェンドルジェ・リンポチェはこれからポワ法を伝える折に、得る者がすべて修める事が出来る。法会がある時には、必ず参加して、必ず有益があり、害がないのである。

2010年11月29日

尊きリンチェドルジェ・リンポチェは、60数名の弟子を率いてニュージーランドのオークランドの近くの直貢噶舉教派の「ミラレバ閉関センター」を訪れて、尊勝三恩根本上師 直貢チェツァン法王に拝謁した。この閉関センターは、2007年に直貢チェツァン法王はリンチェドルジェ・リンポチェを連れて初めてニュージーランドに訪問した時に、選定した場所である。その時、様々な現れてくる瑞相から見ると、直貢チェツァン法王とリンチェドルジェ・リンポチェは二人ともこの場所が閉関修行にとても適すると思っていて、その故に直貢チェツァン法王とリンチェドルジェ・リンポチェは師弟2人の力を合わせてこの土地を買い入れて、そして一歩ずつ閉関センターを建設することに着手した。

ミラレバ閉関センターはオークランド市から約一時間半ほどの丘の地区に位置していて、場所は秘密且つ静寂であり、大型の自動車は通行できない。今まで既に完成したのは管理センター及び直貢チェツァン法王のお住まいの部屋など建築であり、これから続いて数十間の閉関部屋を建てる。ニュージーランドの現地では建築物の建築材料と工事の仕事法についてとても高い規格と環境保護の標準があるため、その上、建築所在地は市街区まで遥か遠くて、建物を建築するコストはとても高い。尊きリンチェドルジェ・リンポチェは上師の願を満たすため、教派を護持する誓言のため、閉関センターの建設に絶えずに大量の金銭を投入し護持し、しかも引き続き強力に護持する。

直貢チェツァン法王は当地で閉関センターを建設する間に多くのニュージーランドの信衆は直貢チェツァン法王に拝謁したいが、直貢チェツァン法王の許可を得なく、閉関センターを訪れない。しかし、寶吉祥仏法センターの六十数名弟子は幸いにこの殊勝な所を訪れて、更に直貢チェツァン法王は自ら加持を得た。また、直貢チェツァン法王は自ら特に当地の信衆に、昼食及びニュージーランドに特産の果物を用意して寶吉祥仏法センター弟子達を招待することを指示して、更に親切に気を配った。寶吉祥仏法センター弟子達は皆上師リンチェンドルジェ・リンポチェがこの殊勝な因縁を賜ったことを非常に感謝した。

寶吉祥弟子は直貢チェツァン法王に恭しく迎えた。

2016 年 04 月 21 日 更新