尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ の法会開示

2010年8月1日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、共修法会を主催された。

法会開始前、ある医者をする男性の弟子が発露懺悔して、父母、リンチェンドルジェ・リンポチェと諸仏菩薩に、大いに親不孝なことに対して懺悔して、リンチェンドルジェ・リンポチェは比類がない恩徳に感謝した。この弟子の父はすでに98歳であり、6月に入院して、検査結果は肺がんの末期を疑われて、7月28日に施身法の前の2日間に他界して、息子としてよく仏を学んでいないで、しっかりと行っていないで、その故に、リンチェンドルジェ・リンポチェのポワ法で済度されることを求め得る因縁がなくて、そのため、もっと2日間の死亡の苦しみを受けて、施身法に至るまでやっと済度された。

父が生前に受けた病気の苦しみ、及び死亡の時の苦しみを見て、彼の心の中には心や骨を刺すように痛みがある。悔やむ原因とは自分が依教奉行してないため、直ちに布施供養していないで、甚だしきに至ってはリンチェンドルジェ・リンポチェの千百回の教えについて、心の中ははっきりと分かるが、しかし直ちに遂行していないで、本当に悪いと知りつつわざとして、罪は1割増しにする。最近暫くの時間に、リンチェンドルジェ・リンポチェは法席の上で何度も彼をののしったことがあって、彼にしっかりと供養するように注意したが。彼は自分で独りよがりで、まだ多くの時間と機会があると思って、良く教えに従って遂行がしなくて、これは両親の最大の親不孝であり、そのため父が亡くなる時にとても大変になった。

皈依して7年間以来、多くの皈依する弟子及びその家族がポワ法を得たことを自ら見て、不思議な瑞相がはっきりと現れて、亡者の頭のてっぺんが発熱して、顔つきが優しくて、甚だしきに至っては10数時間を経ても体がまだ柔軟である。彼の父の息が絶える時に、口はとても大きく開けていて、遺体に死体のぶちも現れて、家族は8つ時間念仏を唱えた後に、口は少し小さく合わせたが、しかし依然として開けていた、体も依然としてこわばって、遺体のぶちは退かなくて、ここから父が他界する時に、直ちに済度を得る因縁福報がないから、亡くなる時にも依然として、苦しみ、気にすること、心配することと恐れがあるのが分った。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の父への加持と助けに恩に感じて、もとは肺癌が末期で3ヶ月ぐらいの時間がまだあると予想されて、その意味は即ち父が多く3ヶ月の病気になる苦しみを受けなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェの加持のために、父の病気の苦しみを終えて、早めに離れて、多くの苦しみを減らして、この苦しみは患者の自身と家族のを含む。

一般には癌の末期はすべてとても深刻な痛みがあって、同じくリンチェンドルジェ・リンポチェの加持のため、彼の父に少しも痛くないと感じさせて、これまで一回も止痛薬をも注射したことがなくて、他界する時には、非常の落ち着いていて、もがいていないで、これはすべてリンチェンドルジェ・リンポチェの加持及び助けのためである。彼の父は7月30日の施身法法会で済度を得られて、だからリンチェンドルジェ・リンポチェは大恩大徳に感謝した。

彼は長年仏を学んで、異なっている宗教を経て、自分もSARSの死亡の脅しをも経て、リンチェンドルジェ・リンポチェに命を助けてもらった。彼は十分に知っているのは、この世界で、リンチェンドルジェ・リンポチェを除いて、自分或いは家族が輪廻生死の苦しみに解脱するのを助けることができる他の人、事、物がない。自分で医師として、父が病気にかかる時に、みすみす父が苦しみを受けることしか見てなくて、それから父にもう癌の末期であるから、医者も治療する方法がないと婉曲に教えた。

もともとは、彼の父はいかなる信仰を受け入れたくなくて、だんだんリンチェンドルジェ・リンポチェの加持された甘露丸を受け入れたいようにになった。、自分に代わって、彼にリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを願うことをさせるようにさせて、だからその時彼の父の自身と家族の決定は自然に任せて、切片、手術や化学療法など治療を受け入れないで、そのため冤親債主と更に悪縁を結ばないで、これらはすべてリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝しなければならない。

彼のよく分るのは自分が皈依したリンチェンドルジェ・リンポチェが、1名の数百年以来めったに会えない修行者であり、すでに大菩薩の果位まで証得して、リンチェンドルジェ・リンポチェの海のように無量な慈悲及び智慧は、衆生に不思議な助けをすることができて、輪廻生死に解脱する。弟子として、教えに従って遂行すれば、頭が白くなるまでお経に没頭したり、苦しく修行したり苦しく唱えたりする必要はなくて、仏を学ぶ者に数十年も修行して、渇望して得られない輪廻生死に解脱する大功徳を得るように助けることができるが、しかしその前提は遣り遂げることである。

彼はよく分かっているが、しかし何度もむだに流れ去って、機会と時間がまだあると思って、これは生死無常ということを深く信じていないで、同じく直ちに自分の身、口、意を改正するべきで、心念が転ずなければならないということをよく分っているのに、しかしやはり世間法に未練を持って、ほんの少し保留しても構わないと思っているのであろうか。自分がリンチェンドルジェ・リンポチェに恭敬心と信心があると思っているが、しかし依教奉行しないで、よくしっかりと供養を行わないで、それは恭敬心がなくて、自信もない。ちゃんと仏を学んでいないと、よく両親に親孝行をしていないで、だから両親に申し訳なくて、同じくリンチェンドルジェ・リンポチェが7年前にSARSの時に死亡の中から彼の命を救ったことにに申し訳なくて、更にリンチェンドルジェ・リンポチェは彼の生命で弟子に教えることや、弟子を助けることに申し訳ない。

このように大いに親不孝で、両親に大いに親不孝するだけではなくて、それも上師に大いに親不孝して、仏菩薩は親不孝で、更に衆生とすべての冤親債主に申し訳ない。だから、発露懺悔して、同時に誓いを立てて、これから依教奉行して、皆さんが彼を戒めにすることを望む。リンチェンドルジェ・リンポチェに恩に感じる。

その後に、もう一人の若い弟子は分かち合った。約3年前に、全家族はリンチェンドルジェ・リンポチェが衆生を済度するための『施身法』に参加して、当日、リンチェンドルジェ・リンポチェは始めて直貢チェツァン法王の賜れた人の足の骨の法器を使って法を修めて、そして最後に人の足の骨を吹き鳴らして衆生のために加持した。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは、「もし帰った後に病気にかかったら、そなたが1筆の借金を返したことをおめでとう。」と開示した。その時、彼はこの前参加した法会と同じに思って、終わった後に宿を借りる兄弟子の家に帰った。翌日の朝に起きて突然ひとしきりみぞおちが痛いと感じて、頭も少し意識がぼんやりして、その時、それは心理の問題にすぎないと思って、外出して学校へ行ってしまった。しかしずっと学校の授業が終わって病状がまだずっと続けていて、はじめてやばいと感じて、兄弟子の家に帰って少し片付けて、大衆輸送機関に搭乗して汐止に戻った。家に戻る前に先に近くの診療所に行って診察してもらって、医者が診断してから、彼が先に薬を持ち帰って飲むように要して、そして:「もし日をあけて依然として改善していないならば、気胸だかもしれない。」と言った。(気胸とは気体が胸腔に入って肺部を圧迫する病気の一つである)。彼は「気胸だったら、どうしたらいいのか。」と聞いて、医者は:「1、2ヶ月の医療を行わなければならなくて、ようやく完全に治れる。」と答えた。彼は自分が大学に進学したばかりと思い付いて、気胸のため休学したくない。

家に帰った後に、晩課をしているところ、もう1年間休んだ大礼拝をやり直した。彼の母は彼が大礼拝をすることを見て、彼に対して:「ふだん修行をしないで、今用事があってやっと護法にあなたを手伝うことを求めにきて、ちょっと遅すぎではないか。」と言った。

翌日、両親は彼に付き添って近くの病院に着いて胸腔科の診察を受け手、医者が彼の陳述を聞き終わった後に、彼はこれが気胸だと言って、彼が先にレントゲン写真を摂りに行くように要した。医者がレントゲン写真を見てから、「左側の肺部はすでに縮めて3分の1つに残って、あなたはどのようにあちこち歩くことができるのか。早く入院の手続きをして、床で休みなさい。」と更に言った。医者は肺部のなえる地方に挿管して、彼に肺部を圧迫する空気を抜き出すように手伝うのである。その時は大体11時過ぎで、両親は直ちに彼に入院手続をしておいて、12時過ぎ待ってやっと病室がある。医者の診察はまだ終わっていないで、彼と母がずっと待って5時過ぎ頃医者がやっと彼の挿管をしてくれに来た。

翌日は毎週の法会であるから、両親は彼が『重要な検定がある』と言ういい訳にて、病院に休んだ。彼を連れて法会に参加した。当日の法会はリンチェンドルジェ・リンポチェは指示された仏法の録音を聞いて、その時リンチェンドルジェ・リンポチェは諭されたのはすべて彼の心の中の問題だようである。ひとしきりが涼しい感じが心の中から湧いてくる。病院に帰った後に、看護婦さんは「あなたのこの器具の水位はあまり高くなくて、中の空気を抜き出すことができない。」と言って、換言すれば、彼が一日中掛けられているのはただ一つ何も作用がない器具である。看護婦が彼に十分な水を注ぎ込んだように手伝って、更に彼が自分で注意することを要して、足りない場合には水道水を使って補充して、彼は病院の中で六日間続いてから退院した。

彼は横たわってベッドの上でリンチェンドルジェ・リンポチェの開示された仏法の録音を聞いて、或いは学校の授業を復習する。母は毎日彼を配慮し、励ましに来て、そして彼に入浴するように手伝った。母は更に『寶吉祥診療所』の作った寶圓膏で点滴注射している部位を塗って、応接時間が終わるまでやっと帰って、彼は母の配慮に恩に感じる。

3日目、病院は全身レントゲンのスキャンを手配して、当時彼の病状は既にほとんど消えてなくなって、4日目にベッドの上で座る以外、もう病院内はあちこち歩いて行き来した。2日間以降の午後に医者は退院することができると言って、そして彼にゴム管を抜き取って手伝って、しかし毎週に一回、再発有無を確認する診察を受けた。退院した翌日、恩に感じる心を持って法会に参加した。もしリンチェンドルジェ・リンポチェの加持と諸仏菩薩の加護をなければ、彼がこのように回復することがこんなに迅速であるのが不可能である。そして、その痛みはこのように軽くて、大礼拝も続けてやれることも不可能である。

彼の従弟もかつて同様に気胸の病気に罹ったことがあって、従弟が7日入院した後に退院して、しかし3週間の後でまた病院に戻って手術を行って、多くの苦痛を受けた。同じ病症であるが、しかし同じ結果ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェに恩に感じる。その後、彼はただ2度再診するだけで、医者は彼の肺はすでに癒合して、体を調理することさえ注意すればもう再発しない。

彼は『仏子行三十七頌』で自分を点検して、一つさえやり遂げていない。彼はよく懺悔しなければならない。依教奉行してなくて、言うことを聞き入れていないのに、こんなに多くの加持を得られた。更にリンチェンドルジェ・リンポチェが教えた仏法が、彼に心の中の貪、嗔、癡、慢、疑を減らすことができることに恩に感じる。ごく短く一週間の入院したのは彼にリンチェンドルジェ・リンポチェに自信をできて、ずっと動揺しているからしっかり固めるように変わって、行為の挙止もいっそう収斂するようになった。注意深く考えて見て、もし今回の事がなければ、今彼は一体どこにいるか。リンチェンドルジェ・リンポチェの説かれたように「仏法がないと、そなた達が何でもなく、そなた達は今の生活を持つことがあり得ない。」である。

リンチェンドルジェ・リンポチェ、諸仏菩薩とすべての護法の加持に恩に感じる。もしリンチェンドルジェ・リンポチェの教えた仏法がなければ、今彼はあちこち行き来することができる健全な人ではなくて、ただ一人のよく頻繁に病院に通う病者であり、心の中に怨念、不満、悩みが絶えない悪人である。恩に感じる。更に恩に感じる。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法席に昇って、次の通り開示した。7年間皈依してきっとポワ法を求め得ることができると思わないでください、弟子は家族を代表して大供養して、恭敬心や大懺悔心を起こしないとできない。今年2月から、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの医者弟子の顔色が暗く見えるから、今年彼の家の中が葬儀があるのを知っていて、その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは根本はこの弟子の家で年を取っている父がいることを知ってない。そのためリンチェンドルジェ・リンポチェはずっと彼が供養しなさいように注意して、彼に寶吉祥グループに行って商品を買わせるとわざと言ったが、彼は意外にも家に帰って計算すると答えた。彼はこのように計算して、結局はリンチェンドルジェ・リンポチェではなくて、自分の父を計算するので、父に他界した時にすぐにポワ法の済度を得る機会がなくさせて、もっと二日間の苦を受けてしまった。これはこの弟子は自分で懺悔しなければならなくて、大いに親不孝である。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは依然として慈悲に施身法の時に彼の父を済度した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、そなた達の今の病気に懸かった痛み、物事が順調ではないことなどは、死亡の苦痛と比べると、すべては大した苦しみではない。人が死亡する時に非常に苦痛で恐れていて、一人が1つのよく知らない地方まで置かれるそうに、いかなる人が見えないで、どこへ行ったらいいかも知らないと開示された。一部の言い方は死亡の時には1つの白色のトンネルが明かりがあることを見えると言われているが、実はそうではなくて、後でそなた達に教える。だから、ポワ法はどうしてこのように殊勝であるか。と言うのは、亡者にこのような過程を通らないようにさせることができるから、亡者は息が絶えた後で、すぐリンチェンドルジェ・リンポチェを探し当てて、法を修めて、彼を浄土まで送ることができる福があるようにする。

ポワ法は密法である。阿弥陀仏は自らポワ法を蓮師に伝えた時、嘗てこの法を広く伝えられないとおっしゃった。しかし、その後の者はこの法の凄さを分かってから、益々多くの者は始めてこの法を伝えてきた。今ではポワ法は一つの儀軌になって、法本に従って唱えれば済度できると思った。しかし、そのような簡単ではない。ある者は法会に一万や二万人の人前にポワ法を修めると言った。呪文を唱えた後、参列者は自分は得て、往生する時に浄土へ往生できると思った。実はそうではない。また、あるリンポチェは亡者を助けてポワ法を修めると言って、修めた後落ちた髪を少し取って成功に修めた事を言った。そのような簡単な事ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは勝手にポワ法を修めなかった。しかし、皆は知っていた。また多くの者もリンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を修める威力を見た。リンチェンドルジェ・リンポチェは法を修めないならいいけど、法を修めると必ず梵穴に貫通された丸い穴が顕われた瑞相が現れて、浄土へ往生した。嘗てある葬儀社のオーナーはリンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を修めた瑞相を見たことがあるから。このオーナーは昔多くの遺体を見たが、多く所謂済度の事も見た。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を修めた瑞相しか認めない。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェは求めずに衆生を助けることを見て、何故自分は改めないと思ったから。

この弟子の命はリンチェンドルジェ・リンポチェに救われた。2003年台湾でSARSが流行っていた時、この弟子はSARSに罹った。リンチェンドルジェ・リンポチェの加持の御蔭で、彼は死亡を免じる上、回復の状況も医学が治療できない。一般的にはSARSに感染された患者は例え死ななくても治った後肺及び心臓の性能は多く影響された。階段に登るや歩くととても喘ぐ。しかし、この弟子は通常の健康の者と同じだ。実はリンチェンドルジェ・リンポチェはお金を足らない事ではない。弟子のお金を貰うことではない。唯機会を作って、弟子に上師を供養する機会を与えて、福報を貯めさせた。リンチェンドルジェ・リンポチェは何回も皆を勧めた。阿弥陀仏国土へ行ける者は全て諸大善人であり、十善法を行う者である。十善法の中に第一は殺生しない事である。まだ肉を食べている者は行けない。リンチェンドルジェ・リンポチェは全ての弟子の眷属や家族がポワ法の済度を得る事を望んで、亡者は苦しみを離れて、生きる者に仏法の偉大殊勝を知らせて、心から喜びを起す。

何故ある弟子の家族は殊勝のポワ法を求められないだろう。それは阿弥陀仏浄土は必ず福がある者しか行けない。上師は方法を教えて、そなたに機会を与えて家族を助けて福報を起させた。上師は弟子に因縁を作ったが、弟子は必ず上師の言った通りに従えば、福報がある。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て言ったが、例えリンチェンドルジェ・リンポチェはポワ法を与える事を約束しても、亡者の福報が足りないと、往生の時家族はリンチェンドルジェ・リンポチェを探せない。人は寿命があるのは福報があるから。体は健康も福報であり、地獄に堕ちないことも福報である。福報を何処に使えるだけだ。有る者は家族が既に全身に管を挿したのに、リンチェンドルジェ・リンポチェを求めて、暫く生きさせる事を願った。リンチェンドルジェ・リンポチェはそう言った。若しそなたは全身に管を挿して一日に横たわれば、耐えられるだろうか。快適と感じるだろうか。若し福は寿命に用いると、家族の果報は地獄に堕ちる。先の弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに90歳以上の父を加持する事求めた。だからリンチェンドルジェ・リンポチェは彼に大礼拝を500回させた。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェの言った通りに行ったから、福報を起した。90歳以上ガン末期の父は痛みを感じなくて速めに亡くなった。しかし、此れはリンチェンドルジェ・リンポチェの指示なので、このような結果がある。そなた達は自分が拝んでも役に立たない。

この弟子は本来命を失ったはずだ。命がないのにお金を貰っても無駄だ。しかし彼は命よりを金銭を大事にする。彼は命よりを金銭を大事にするから、リンチェンドルジェ・リンポチェは特に彼に供養を指示して、家族に福報を与えた。そうではないと、何故リンチェンドルジェ・リンポチェは千人の弟子を持ったけど、特定な弟子に供養を要望した事がない。

六月の時嘗てある弟子は部屋を売って、一千万以上台湾ドルの供養金を持って、リンチェンドルジェ・リンポチェに供養を受ける事を求めた。五回を繰り返して現金を一つ箱持ったけど、リンチェンドルジェ・リンポチェは受けなかった。何故受けないだろう。この弟子は供養をした後、全ての事はリンチェンドルジェ・リンポチェは彼を助けて成功させたと思った。リンチェンドルジェ・リンポチェは供養を受けるために仏法を広めて衆生を済度する事ではない。寶積経には上師として、供養を欲するために信衆を媚び諂って、仏法を歪む事が出来ない。若し心は間違って、例え厚い札を供養してもリンチェンドルジェ・リンポチェは同様に受けない。心は正しいなら、例え一銭でもリンチェンドルジェ・リンポチェはポケットに受け入れた。若し供養者の心は間違うと、何故機会を与えて福報を貯めさせるだろう。正しい供養の心は何だ。輪廻を解脱するために、仏果に成って、衆生を利益するために供養だ。しかし、そなたたちは全て供養した後、家族は健康できて、子供はうまく出来ることを望んだ。全ては上師及び仏菩薩はそなた達の貪欲を満足するのを願った。

供養は量を見る事ではなくて、最も重要なのは供養の質だ。嘗てあるお婆さんは良く言った。供養は一銭でも少なくない。一千元でも多くない。このような仏菩薩を仕えて、掃除の仕事をするお婆さんなのに、最も供養の心は最重要である事をはっきりに分かった。通常リンチェンドルジェ・リンポチェは信衆の供養を受けない。何故だろう。それはリンチェンドルジェ・リンポチェは信衆を欠けたくないから。唯非常に少ない例外がある。信衆は本当に恭敬心を持って、信衆に仏菩薩と縁を結ばせるために、リンチェンドルジェ・リンポチェは受け入れた。弟子は必ず上師を供養しなければならない。それは上師毎日修めている功徳を全て一切衆生に迴向して利益するから。リンチェンドルジェ・リンポチェは今でも引き続きに法王を供養して、閉関修行の時毎日の功徳は全て法王を供養した。閉関修行が終わっても、直貢チェツァン法王を供養した。直貢チェツァン法王も絶えずに仏菩薩を供養し続けている。

この弟子は医師なのに、用心に患者の苦しみを体験するかどうか。真剣に患者を治療するかどうか。毎日如何なる投資すればいいと考えている。如何なるお金を儲けられると考えている。法会の中にリンチェンドルジェ・リンポチェが不動産の景気循環を話した事を聞いて、すぐ部屋を買った。更に不動産を投資した。二年前に基金を買って数百万を失ったが、相手は女性なので、構わないと思った。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て彼の命を救ったのに、よく報わなくて、大きい感謝の気持ちを起さなかった。何故そなた達に供養を指示しただろう。それはそなた達に日常に最も捨てられない物を捨てさせる。若し此れさえ捨てられないと、往生する時も必ず如何しても捨てられない。そうすれば亡者の苦しみを加えて浄土へ往生する事を妨げる。

そなた達は先この弟子の話を聞いた。彼の父は往生した時、全家族は一緒に八時間に仏を唱えたのに、父の口は相変わらず開けた。また、体は非常に硬かった。そなた達は経を唱えれば済度する事を思わないで。若し清浄な心がなし、亡者を利益する心がないと、如何なる唱えても亡者を済度できない。インド昔マザー・テレサは多く善を行った。ハンセン病患者でも抱けた。しかし、彼女は亡くなった時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の写真を見た。口は多く開けた。その後の写真の中にガーゼであごを固定した。しかし、口も相変わらず開けた。他の宗教も人は往生する時に口は開けた事が悪いと分かった。しかし、亡者を助けて口を閉めさせる方法がない。しかし、ポワ法で亡者を済度した後、亡者はいい所へ行って、肉体は楽になったから、口は自然に閉まった。何故人は死んだ時口を開けただろう。それは人が即死の時、最後に息が入らないと発見した。例えばそなた達は鼻づまりの時、自然に口を開けて呼吸と同じだ。亡者は鼻で呼吸できなくて、自分がまだ死にたくない。まだ息を吸いたいから、結局息を吸わないのを気付いて、びっくりして緊張すると、口腔の骨をロックしたままに閉められない。

ある者はリンチェンドルジェ・リンポチェを求める時、リンチェンドルジェ・リンポチェに自分の両親が病気に罹った事を報告して、同時にリンチェンドルジェ・リンポチェに開示を請求して、子女として、病気に罹った父母のために何を出来る。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆が父母の病気のために大供養をする事が出来ないと分かった。だから、毎日父母のために大礼拝を200回出来ると聞いた。ある者はすぐ約束した。その時リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に今すぐ道場に200回をした。通常にこのような信衆はその後姿を失った。そなた達は父母の病のために行う能力がない。そなた達は一人の修行者が衆生を助ける事を行えない。だから、貢高我慢せず、誠に恭しくある具徳の上師を求めて、しっかりに従った。

次リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きに皆前回法会の中に話した「分別心念」を開示された。修行者は若し即身成仏して衆生を利益する事を望むと、仏を習う事に対して、異なり方向及び態度がある。前回嘗て開示された。ガムポパ大師は始めて大手印を習う修行者について、心の中に如何なる状況が現れても、必ず分別心念を確認しなければならない。本性を確認まで修めた後、更に本体性の実相を観修する。無生法身、空性を証するに至るまで。法身は即ち仏性であり、本性であり、空性である。仏を習う修行者は最初の段階の時、全て顕教の基礎を分かってから、始めて金剛乗の法門を修めなければならない。方向性及び目標性を備えず、そうすれば空性を証する事が出来る。そうしないと、仏の説法―衆生を助けて苦しみから離れて、輪廻を解脱する観念と逆らった。

そなた達が見た仏像、仏経は法身とは言えない。金剛経には法身について最もすばらしく説かれた。色相で我を求めず、音で我を求めない。法身は形がなくて、色がなくて、様子もない。どんな機械でその光を測られない。そなた達は慈悲心を発した後、始めて段々に衆生は我々と無分別という事を体験した。そうすれば、宇宙万物の中に融和できる。仏経にはもはや人体に虫があることとある。この虫とは人の体内に多くの衆生がある。つまり細菌だ。彼達は小さいなのに、生き物だ。そうすればこの体は私に属するか衆生に属するだろう。私と衆生は如何なる分別だろう。平等心を修めれば、宇宙一切万物に融けられて、仏菩薩、衆生と一体に成る。それは自性、法身つまり仏性を証する。

最初仏を習う段階とはそなた達現在始めて法会を参加する者或いは菜食する者ではなくて、顕教の基礎に対して、既に完全に認識があり、始めて金剛乗を習う者である。始めて仏を習うと、多くの者は自分或いは家族の健康のためだ。それは構わない。しかしそれは仏を習う事ではない。現在そなた達は見た多くの者が道場の中に大礼拝した。彼達は自分が仏を習うと思った、実はそうではない。彼達の心は家族の健康などためにした。そうすれば仏菩薩と縁を結ぶだけだ。始めて金剛乗を習う者は目標性或いは方向性を持って仏を習わない。そうすると自分に狭い枠の中に限られた。枠に限られるとは進歩できないわけとは言えないが、法執を起した。数年前ある皈依弟子は昔ある出家師父に皈依した。あの師父は三十年を出家していた。目標性で仏を習って法執を起した。いつも自分は願いに従って再び衆生を済度する事を思って、間違いに修めた。

初心者は若し目標性、方向性に限られて仏を習うと、仏菩薩が衆生を助けて苦しみを離れる観念と逆らう。ある者は仏を習うのは浄土へ往生して輪廻を解脱する事を発願した。そうすれば先に目標を設定するだろう。実は此れは前に討論した目標性と違う。浄土へ往生する事を発願するのは二つ状況がある。一つは本当に此の世に修めた菩薩は浄土へ行って尚更に多くの衆生を利益する。もう一つは下品下生の者は大修行者の助けてを通して、浄土へ行った。初地菩薩から修めて、仏果に成るまでまた衆生を利益する。だから、途中のステップなので、最後の目標ではない。例え阿羅漢でも自了漢を呼ばれても、利他の心が有れば、業を変えられて、生死を解脱するまで修められる。発願とは願力である。先開示した出家師父は何故自分は浄土へ行けないだろう。それは固い出離心を持ってないから。彼達は全て発願して再び衆生を済度するために来る。若し菩薩果位を証しない修行者は願に従って来る事が出来ない、その代わりに業に従って来る。衆生を利益するのは願力であり、目標ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは今の考えは必ず阿弥陀仏浄土へ行く事を執着しない。何処の浄土へ行っても衆生を利益できる。

何故先に阿弥陀仏浄土へ行かなければならないだろう。ミラレパ尊者は嘗て次の如く開示された。若し修行者は此の世に、中陰身の中に或いは来世に仏果を証しないと、未来輪廻の中に大きい機会があって地獄に堕ちる。地獄に堕ちる事はとても簡単である。再び輪廻すれば、十分の機会があって地獄に堕ちる。我々は此の世に避けずに必ず殺業がある。例えそなたは菜食しても、また殺生する。農薬を使用する事を問わず、有機栽培しても泥土を掘っても衆生を傷付けた。歩いても避けずに蟻や小動物を一匹踏んだ。この殺業はそなたに従って、この業報身に累積した。だから地獄に堕ちる因を植えた。今日この医師弟子を叱って上師に言ったとおりに行わず、自分の小さい執着のために自分の父に苦しみを受けさせた。此れは親孝行しない。既に地獄に堕ちる因を深く植えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼を助けるために彼に懺悔させて。今日彼は人の前に発露懺悔しないと、彼は地獄に堕ちる根がかなり固い。

一旦地獄に堕ちると、出るのはとても長い。釈迦牟尼仏は衆生が諸仏の浄土まで修めるのが難しいと分かった。だから慈悲に阿弥陀仏を紹介した。阿弥陀仏の願力なので、そなた達は阿弥陀仏浄土へ行くと他の浄土より簡単だ。阿弥陀仏浄土は。釈迦牟尼仏が自ら紹介した。阿弥陀仏経には浄土が黄金で地面を敷き非常に綺麗である。どんな物を食べたい時食べ物は自然に地下から現れる。勿論必ず肉が現れない。食べた後に皿や箸は自動に消えた。物を食べる事が好きな人、皿を洗う事が嫌い者はあそこに行けばいい。実はあそこにいて本当に食べることではなくて、食べるとは唯一つの念だ。仏経に浄土の美しさを示すのはそなた達の希望を満足する。

自分の念は何処から起したのかを了解しなければならない。そなた達は常に他の人がどんなことをしたため、それとも外在する環境がいくつかの変化があるため、初めてそなたたちの念が発生することをさせると思っているが、事実上さもなくば、念はもともとそなたの心の中が存在しているので、念は自性から起したが、外在の物事或いは他人のせいでそなたに念を起させた。だから責めないで。他の人があなたに対してある事をしてあなたに怒らせて、あれは他の人のしたその事のためではなくて、そなたの心性の中にもともと怒る考えがあるから、やっとこの境地の下でこの考えが出てくるのである。もしそなたの代々の心性の中で怒る考えを貯蓄してなければ、それなら他の人がこの事をする時に、怒る反応が起きることはできない。そなたの心が動いているので、考えが発生する。我々の自性は累世の分別心から業力を起して此の世に連れた。分別心があるから我々に輪廻させた。そなた達は地蔵経に言った事―凡夫は心を起して念を動いたのは全て業であり、罪である事を信じない。科学者も既に証明したが、人の念を起すと脳電波は宇宙に広がって宇宙の波動に影響した。

そなた達が起きた考えは全て自分のためである。自分のお好みによって分けて 自分のを意見が正しいと思って全く他の提案を耳に入れられない。自分が作った料理が一番美味しいと思って、他人の言うことを問わずに、料理の作り方を変わりたくない、これらは全て区別で分けて来た。先程話した出家衆、彼女は既に数十年出家したのに、往生する前目を閉じる勇気がない、阿弥陀仏が来るのを見えなくて、仏に従って浄土へ行くことが出来なくなることに恐れた、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に開示された後、彼女はやっと安心寝た、往生した後、リンチェンドルジェ・リンポチェが行った貴重なポワ法を得て浄土へ行った。この出家師父は必ず仏様が目の前に来るのを見ることに執着する、これこそ区別執着の考えで仏法に対して法執が起こった。仏を学んだ方が良くて、仏が学ばなければ良くないとの考えさえも区別心念である。

そなた達は全部利己的で,表面的に会社のため、家庭のためで、徹底追究すると全て利己である。そなた達は幼いより受けた教導は全て自分の利益のためで、教育さえもこのようで、教育を受けるのはてそなた知識ある、礼儀する者にさせて、それになっても自分の利益のためで、礼儀があることで人に愛される。これと仏法が他人を利益する見方と同じではない。

善念と悪念があるため、外界の誘惑が生み出した後、業報身は感覚があって、心こそ動き、ついに善業と悪業が生じてそなた達を輪廻させる。しかし、そなた達は仏性、法身が持たなければ、累世も十善法が修めなければ、この一生の業報身を得た。

例えば、我らは黒雲が日光を遮ぎったと思ったが,実に白雲も出来る,今日のように、空には全て白雲で相変わらず日光が見えない。これと我らの心性と同じで、どんな善念、悪念とも全て我らが本来清浄の心を遮って、私達の自性の光が現れることができない。また、例を挙げて、鉄鍵、金鍵全て人を掛け閉められるが一般な人は金の方が割合に値打ちで;これは恰もどんな善、悪念とも我らを掛け閉めて我らを続いて輪廻させて、実は本質は全部同じで、見分ける必要はない。

あの出家法師は自分が作った善業は自分に対しとても助けたと思って、以前全て作った善を執着してなかなか下ろしたくなくて、善の執着に対して、彼女が離脱することが出来なくて、やはり、リンチェンドルジェ・リンポチェの助けを受けるまで彼女が浄土へ行くことを出来させた。だから、必ず1人具功徳の上師に従って仏を学ばなければならない、それで、そなた達が功徳を人天福報に変わらない事を助け始める、リンチェンドルジェ・リンポチェがかつて申された廻向するの重要のように、そなたが全て修め得た善業を廻向するこそ、功徳は福徳に変わる事を出来させない。特定の対象に廻向することもしない。例えば、そなた達は惜しまずに廻向するならば、善の業力に引っ張られて、まだ特の親友に廻向すれば、彼らを害して従って輪廻させた。

阿弥陀仏浄土へ行くには必ず福徳因縁を揃えた大善人でなければならない、福と徳は二つことに分けて言っている,善行ばかりで済むことでは無い。例え梁武帝、幾ら善事をして、仏教に対してどのぐらいの貢献をしたか?同席の皆より沢山したと思った。そなた達は≪梁皇宝懺≫を聞いたことが有り、梁武帝は死んだご姫様のため、寶誌公様にお願いして書いた懺である。梁武帝は中国仏教歴史の上に、重要な地位があった,梁武帝の前、出家衆あるいは仏を学ぶ者は精進料理を食べる者が余り少なかったが梁武帝は全ての出家衆に精進料理を食べなければならないのをさせて、精進料理を食べることを唱導した,彼の≪梁皇宝懺≫も後世に華美に流れるが、梁武帝は最後に敵軍に囲まれて、全く餓死した,これこそ、彼は累世の業を転化させる功徳がないのであった。そなた達はすべてした善は梁武帝と比べるとすごくさがあったが、梁武帝さえおさめえたのは只福徳で、功徳ではなかった。だから、1人如法の上師は弟子にとって非常に大切だ、それは、彼が弟子にどのように福徳及び功徳を見分けて蓄積するのを教え、どのように功徳が福徳に転化するのを避ける。

平等で分別心念に対処すれば遠近、長短に分ける事は無い。リンチェンドルジェ・リンポチェは例として、リンチェンドルジェ・リンポチェが印度に,亡者が2000キロ以外遠い台湾にいて、飛行機に乗っても6時間がかかる必要だが、リンチェンドルジェ・リンポチェはポワ法を修めて只15分間で亡者の梵穴に穴を打つことが出来て、法を成功に修めて、亡者は一切円満な瑞相が現れた。これこそ、平等で分別心念に対応した,さもないとこんなに遠くて出来ないだろう。分別心無しとは、良し悪しのない、長短のない、無距離、無衆生との分別である,この者は良い或いは良くないとの感覚がない、リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生を利益するのは全て平等心で,誰がお金持ち誰がお金がないと分けない、衆生は苦しみがあれば、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず助ける。金曜日1300名に近く者はリンチェンドルジェ・リンポチェが主催した施身法法会を参加した,法会が終った後、そなた達が全部とても喜んだが、リンチェンドルジェ・リンポチェは家に帰った後、気分が長く悪かった。リンチェンドルジェ・リンポチェは亡者を済度するとき分別心はない,当日済度を受けに来た衆生は海の浪のように一波一波で湧いて来て、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの鬼が割合に恐くて、この鬼の顔つきが比較的に綺麗と分けない、この鬼の業がとても重くて彼を助けないとの考え方も全部なかった,完全に平等心の助けこそ限りがない衆生を利益するのが出来る。あの日、火地獄が振られて開けられて沢山衆生が地獄を離れる事が出来た。

もちろん,こういう平等心で分別心念に対治する修習は初心者にとってあんなに易く出来ものではない,だから、必ず上師の教導に依止して、法に従って習い,多くとも少なくともいけない。最後、本性が無生法身のを再確認して、空性を証悟する。

仏経の中で「号叫地獄」を言及した,及した,字面の上より体得し難いのである。 一回リンチェンドルジェ・リンポチェは夕方に病院の腫瘤科へ、患者を加持しに行った,ある患者が癌の激しい痛みを耐えずに悲しく叫んだ声を聞いた,あれは1つ痛くて堪られなく、全力を尽くして叫んだ声である。ついで、他の患者も相継いですごい号叫声を出して、聞くと号叫地獄にいるらしかった。癌症はなぜ痛いか?顕教より言うと、それはそなたの寃親債主がそなたを痛ませた;金剛乗によって、そなた達は分別心念があったから,例え平等心を修め得れば自然に痛くなくなった。これはそなた達が出来ない、リンチェンドルジェ・リンポチェに助けを求めるしか出来ない,しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは自らで確かに出来た:リンチェンドルジェ・リンポチェは脊椎側側湾症があって、常理にこんなに真っ直ぐ座ることが出来ないが、リンチェンドルジェ・リンポチェは長く座っても、歩いても非常に痛みを感じる事は無い,昨日道場で信者を面会して、午後4時半から夜10時まで座席を降りて、脊椎側湾症で座れなくなることもない、これは、リンチェンドルジェ・リンポチェが既に平等で分別心念に対治出来るのを修め得たのである。この脊椎側彎症は依然として存在しているが、、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェがの心の中で、すでに「痛い」という考えがなくて、だから痛みを感じない。

顕教の定とは、禅坐、念仏、拝懺、或いは自分の心の力量を集中して、1つ仏号の上に定まって,このように考えを圧伏する。金剛乗修行とは考えを魔鬼として見る或いは棄却するのではない,考えは修行の工具としてするべきで、自分の考えを減らさせて、自分は考えが現れる時間をいを鬼と見なしてあるいは放棄したいではないて,思いで修行するために工具を時ました 自分の思いを減させた,自分の思いが現われる間隔を久しくさせて,ついで定を修めて智慧を開ける。

信者がリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見するときに、自分が仏を学びたいと言う場合には、リンチェンドルジェ・リンポチェは、彼が帰って、どうして仏を学ぶかとよく考えなさいようにを要した。実は彼がどんな解答を考え出しても重要ではなくて、重要なのは、リンチェンドルジェ・リンポチェは、彼が帰って詳しく考えたら、初めて自分が多くの考えがあることを発見して、同時に、これらの考えはすべて自分が考え出したものだということに発見する。

六祖慧能は広東の一つ寺院に来て、二人法師は幡が動くことを見た、1人は風が吹いて旗を動かせて、もう1人は、風は幡に従って動いた、そなた達が聞けば全てとても禅意をしていると思おうか!しかし、六祖慧能は彼らに話した:仁者、それはそなた達の心が動いた!法師が聞いた後、すぐ座席を降りて六祖慧能が法を説くように座席を昇らせるのを願いした。

そなた達は皆車に乗る経験があり、人が車の中に座って窓外を見て、窓外の家屋と樹は走るように我らを離れて行った,家屋と樹は実際に動かなくて、車が移動していた。しかし、車の中にのあなたはそなた達の心のようで、そなた達の心が動いたので分別が生じた;そなたの心が動いたため全て見たものが全部動いている,心が動かなければ、外在の一切も変わることが出来ないだろう!しかし、そなた達がこの事を見通すが出来るのはあまりやさしくない。

ある男弟子が言った,自分は他の教派で出家した時も、かつて沢山上師に従って、沢山の経典を読んだ。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェが今日開示された内容は彼がいままで聞いた事はない,そんなに分かりやすい言葉で、生活化の例えで心性と考えを開示される者はあったことも無い。リンチェンドルジェ・リンポチェが申された,今日開示された内容は全てガムポパ大師が書いた著作より出たが、そなた達は本の中の文字を見ても体得することが出来ない。特に乗車の体験は毎人があったが、遠くチベットに住んでいる者さえも車に乗ったことがあった。しかし、そなた達は乗車さえも仏法と関係あるのを気づくことが出来ない、誰が毎人が全てあった乗車の経験で心性を解釈するだろう?証得ないものは言い出すことが出来ない。空性を証得た行者は、彼の智慧が開かれて、随意に取って、宇宙の中にどんな物でも仏法を開示するに用いることが出来る。

釈迦牟尼仏はかつて仰った、皆全て仏になる条件があり、なぜ我が仏になったが衆生はまだ仏にならないだろう?

どの衆生の自性は全て清浄で、ただ累世の好悪分別に遮られた。末法時代、五濁悪世の中に、とても修行し難いが、全てのことには全部両面があり、こんな苦しい環境の中にのため、我らは更に仏を立派に勉強することを決心させて、幸せな感覚の内に生まれれば仏を学びに来るのが難しいだろう!阿弥陀経はかつて話した,この五濁悪世にいて、われらは皆全て清浄の自性があり、私達の本性も蓮花のように泥より出でて泥に染まらず。心花怒放とは仏法の名詞で、人の心は一輪の花のように層層で包まれた。ここに話した心は心臓ではなく、人が生まれつき本性で、五毒に覆われて,心には執着が無ければ開かれて、心が開かれると分別心はなくなり、衆生、仏と私との分別はなくて、森羅万象の宇宙の中に融和して、全ての事物を包容することが出来た。

2007年、リンチェンドルジェ・リンポチェはミラレバ尊者がかつて閉関した拉其雪山にて閉関した時、自分の目で六道衆生の苦しさを見た。親見とは、想像ではなく、見たことではなく、体得したではない。本性が現れた時、六道衆生と一緒にいて、分別無し、すこし法身を証した、六道衆生は輪廻の中に全て受けた限りの無い苦しさを分かって、数時間ひどく泣いた。出関した後、この事を直貢チェツァン法王に報告して、直貢チェツァン法王が申された,リンチェンドルジェ・リンポチェは既に空性を証悟した。ミラレバ尊者は嘗て仰った、六道衆生が全て受けた輪廻の苦しみは考えさえも考える勇気がなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは法性に入るとき輪廻の苦しさを見たがミラレバ尊者は既に考えが起きるとすぐ輪廻の苦しい境界を知ることが出来た。

以上話したこれ等はそなた達が家に帰って座って自らで勉強することを始めないで、特にまだ皈依しない者,今日そなた達が来られて只物語を聞いた,そなた達はまだ皈依しないため、家でどんなに勉強しても絶対に役に立つことはあらない。

法本には載せてあり、どのように勉強すれば、不死の身を得ることが出来、どのように日月と同じ寿命で、即ち太陽と月がどのくらい存在するならば、どのくらい生きられる,しかし、この法は全く修めえた者はない、それは人の群れを遠く離れる必要があったから、リンチェンドルジェ・リンポチェも修め得ない。沢山者はリンチェンドルジェ・リンポチェに病気のかかった父母親を死なせなくて、彼らをもう少し長く生かせるように願いに来た。昨日ある信者はこんなにリンチェンドルジェ・リンポチェに求めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に仰った、家に帰った後、病気がかかった父母親のように全身にパイプをお挿されて横になるのをさせた,彼は我慢ができればリンチェンドルジェ・リンポチェは彼の父母親を死なせない。そなた達は沢山見た,パイプを挿された老人の反応は全部とても気分が悪くてすごく取り除きたかった。多い者は全て執着して肉親の失う感覚を受けたくなくて肉親に無駄に苦難を久しく受けさせた、ただもう一目を見る貪欲を満足するためである。不健康なお体がどんなに長く生きても何の意味があるだろう?リンチェンドルジェ・リンポチェはこんなに沢山衆生を助けたが、どのように父母親が往生した後の苦しみを減るのを求めに来る衆生は1人もいない、リンチェンドルジェ・リンポチェに父母親が往生した後良い所へ行かせるのを求めに来るのはない。児女しか父母親の代わりに学ぶことが出来ない、リンチェンドルジェ・リンポチェは良く勉強したため、福報のお陰で母親をお体の病苦も減らせた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは昨日に午後4時半から130位の信衆を接見して、夜の10時に至るまで法座から下りて、中間にはお休みが無かった。時にはそなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが一寸首を回転して、それはリンチェンドルジェ・リンポチェの首の位置が間違うので、回転しないならば、気が通る事が出来ない。リンチェンドルジェ・リンポチェの脊椎が大きく曲がっていて、厳重な程度は鉄衣まで着るはずであるが、しかし、そうしなかった。胡坐を組んで長くて真っ直ぐで座って衆生を助けて、これも心が動念しないの痛みを感じ得ない、分別の心がない。が、今日そなた達は下の方に座る人が足が酸っぱくて、一つが仏法に渇望する心がなくて、も一つがそなた達が法会に参加する前にある目標を持って来て、家族が良くなっていて、自分の事柄が解決する事が出来で、或は自分が病気に罹らないことを望んでいる等、だから、リンチェンドルジェ・リンポチェが開示させる内容がそなたが聞きたくない時に、そなたが自身と関係ないで、一心をしない開始して、足が酸っぱくて痛んでいく。何故足は酸っぱくて痛んでいるでしょうか?肉食して殺生してくるのわけである。

皆が「骨棘」を聞いた事があり、多くの人々は骨棘に直面する方式が手術を行う事を選択する。ある外科の女の医者弟子も表示して、多くの人が手術を行った後、暫く気分が良いと思いきや、組織の増殖の故に第二回の手術を行わなければならない、彼女のお祖母さんがこのようである。何故骨棘が痛みでしょうか、此れは分別の考えである。人々は六道に数万世に輪廻させて、そなたと因縁がある衆生が計算できない。そなたは法会に参加する時に、そなた達がこの世の苦しみを解決する事を望んでいるが、累世にそなた達と因縁がある衆生が続けて苦しんでいる事を忘れてしまう。骨棘が再発生するのは因果がよく対応しないのである。今回によく対応した後で、他の衆生が再度借金を取り立て来る。そなた達は仏の大能力を言われて、我々が法会に参加してすべての冤親債主が済度するのか?何故残るでしょうか?此れは仏の問題ではなくて、そなた達の分別心がこの世に局限して、自分を限りを設定して、だから、多くの衆生が助けを得る事が出来ない。衆生はそなた達身にいて、そなたの腹にいて、仏経に記載されたが目と眉毛の間に我々に助ける虫があり、腹の中にも消化を助けさせる虫もあり、ここに言うのは寄生虫と回虫ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは皮膚癌なので努力して、全ての命を尽くして修行をして行って、全ての物が身に居る癌細胞をくれて、リンチェンドルジェ・リンポチェが修めて得れば、身に居る細胞も利益を得ていて、だから、彼たちがそなたの面倒を引き起こす事をして来ない、そなたに痛めさせられない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは真言を唱えて加持する時に、これらの衆生が真言を唱える人が心から彼たちに助けたい事を知っていて、だから、暫くそなたに痛ませる事を停止する。そなた達が真言を唱える事が自分の為に、これらのそなたに害される衆生も同様に知っていて、そなた達に取り合わない。

リンチェンドルジェ・リンポチェはまだ皈依しない信衆に開示して、そなた達が「入定」にて仏法を聞いてから修めて得る事と思ってはいけない。そなた達は皈依しないなら、上師に依止しないなら、上師の加持が無いならば、生々世々に尽くしても、成就を得る事が出来ない。チベット仏教は時に上師の重要性を強調していて、此れは上師が仏菩薩により重要ではない、これは我々に末法時代に生まれて、仏菩薩に自身から見る福報がない、ただ上師に依る事だけで、仏法を学び始める。

金剛乗の教法には、上師が最も重要である。そなた達は、現在ひとつの弱点を犯し、自分が仏経を見る事が出来で、経を読めて真言を唱えるので修め得ると思っていて、此れは無理である。六祖慧能はある人が金剛経文を唱える事を聞いた説きに、累世の善業の為に、彼をすぐに悟りを開いて、然し、依然として上師が無ければならない、五祖を通して心法を開示して衣鉢を伝えなければいけなくて、一生懸命に修行してから、衆生に利益して始める。上師がないならば修め得ない。なぜ上師がこんなに重要でしょうか?此れは上師が経験したがある修行者である。経験した事がある上師の引率の下、そなた達は仏を学ぶ道が間違って行く事がない。経験がある上師は如何にして真に弟子に利益させ始める事を知っている。

今日、ガムポパ大師の仏を学ぶ前、中と後段を開示して、この三つの階段の分ける方法も方便法で、方便な説明為である。宇宙に仏になる衆生が言語で疎通させる事が重要し、ただ地球のみの人類で、だから、仏経の現れが有って始める。上師はある根気が良い弟子に多く説く事が要らない。仏経の記載によると、釈迦牟尼仏が一言を説かなくて、花を取って微笑んで、大迦葉尊者がすぐに悟りを開いて阿羅漢の果位を認めた。直貢チェツァン法王は嘗てリンチェンドルジェ・リンポチェに伝法させる時に、本来1週の時間が要ったが、結局1時間だけで伝わった。毎年には、リンチェンドルジェ・リンポチェが主催する「阿弥陀仏無遮大超度法会」が大きな法であり、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに伝わった時に、法本を開いて、こちに少しを変えて、そちに少し変えて、1冊の法本を一回で唱えて終った。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェの累世の善根なので、多く説く事が要らなくても修めえるわけである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは転世するリンポチェではなくて、、この一世に成就を修め得てリンポチェの果位を証得したので、もとはそなた達と同じ信者であり、そなた達と同じに読経したり、懺悔したりするのが仏を学んでいるのだとも思っているが。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは一つの所があなた達と異なって、皈依して仏を学んでから、リンチェンドルジェ・リンポチェが焼香したり、仏を礼拝したり、懺悔したりする時に、心の中がとても自然で衆生を代表してしているのだと感じる。反対してそなた達を見て、リンチェンドルジェ・リンポチェがたとえ何度も開示しても、あなた達はやはり私利私欲であり、自分が礼拝して、自分で修行していると思っている。この相違はなぜかというと、リンチェンドルジェ・リンポチェが代々の善根が持って、そなた達は持っていない。そなた達は代々の善根がなくて、必ず懺悔しなければならない。何故ある弟子はどのように懺悔したらいいのか分からないということを言ったのか?この数回の法会には、リンチェンドルジェ・リンポチェは精進、専心から皆に教えて、此れは皆に毎日に自分を検討する事を知らせて、何度も間違いを犯して衆生を続けて傷害する事が出来ない;間違うならば、懺悔して再び犯す事を許せない。

過去の数年には、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏法に対して多くの開示があり、が、現在再び諭さないで、此れは多く諭しても、先の医者弟子の同じように、リンチェンドルジェ・リンポチェが繰り返して説いて、7年を説いても聞き入れなかった。一人は良く修めるかどうか、福報があるかどうか、現在の暮らしによることではない、真に福報がある人とは彼が往生する前に苦しみがなくて、往生する後に浄土へ行けて輪廻が解脱するかどうかの判断して、此れは大きな福報である。誰でも死なない事がない、釈迦牟尼仏は往生する前に病気を示して、依然として返金しなければいけない。我々の肉体は業報身で、この悪業まみれの肉体により累世の債を返還できれば、返金しましょう!釈迦牟尼仏は往生する前に病気を示しても、然し、病気の苦しみを経る事がなくて、死亡過程の苦しみがないで良く去っていた。直貢チェツァン法王の顔は円くて、より福報があって、リンチェンドルジェ・リンポチェという弟子を収めて、こんなに苦労する事が要らない。が、リンチェンドルジェ・リンポチェの顔は長くて、そなた達の累世の善根が足りない弟子に直面していて、リンチェンドルジェ・リンポチェがやむを得ず繰り返して諭しして、勧めていて、非常に苦労している。昨日、ある癌に罹った信衆はリンチェンドルジェ・リンポチェに求めて、病気と一緒に平和な生きている。こんなに多くの衆生を傷害させて、如何に彼を求めて平和な共存でしょうか?跪いて額ずいて彼の許せを求める事も間に合わなかった。

仏法は必ず生活には使って出て、或は多く聞いても宗教だけである。他の宗教と同様にただ彼らの神と上帝を崇拝して、神と上帝が高く位置にいて、ただ神と上帝だけで修めえている。然し、仏法は我々に教えて、全ての人々が仏性を具えて、全ての人々が仏になる事が出来で、重点とはそなたが決めて行けることかどうかにより、仏から我々に教導された方式に激しくて自分に修生していくであろうか。

リンチェンドルジェ・リンポチェは仏を学ぶ過程がそなた達とおなじくない、リンチェンドルジェ・リンポチェは法本の要求を見てから修行をしていくのではなくて、累世の善根のわけであり、常にある境界を修めて至るまでには、因縁に達して、戻って法本を見て自分が既に法本のある条件を認める事を発見した。リンチェンドルジェ・リンポチェは前週に停止せず専心があって精進して始める事が開示されて、専心は仏を学ぶ事に用いる事ではなくて、そなた達は仕事、生活、学業には停止せずに専心して間違わない。専心が出来る人はなにをしても他人により勝って、此れは他人に物凄く或は他人に速めに働くのではなくて、此れはそなたが他人を害する事ができない、間違う可能性が殆ど無いである。此の世界に生きていて、自分の錯誤なので衆生を傷害する事が出来ない。金曜日に施身法を行う時に、リンチェンドルジェ・リンポチェは離戯瑜珈を修めた行者が完全な分別ない平等心を以って衆生を助ける事が出来る事を開示されて、平等心を修め得るとそなたが間違う機会は殆ど無いで、間違わなければ如何なる衆生を害する事が出来ない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは前週の土曜日に250人を接見し、一目を見ても加持し、250人が其々を一目を見て、眼球も凸であり出て来て、況して真言を唱えて、大変な苦労している。金剛乗の上師は分分秒秒に弟子に世話している。今日のこの医者弟子のように、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼が98歳高齢の父親が病気に罹っている事を知らないが、如何に各種の方式に彼に助ける事が出来るでしょうか?此れは上師として時々刻々に自分の弟子を考えいる。リンチェンドルジェ・リンポチェは既に60歳余り、直貢チェツァン法王は同じように弟子リンチェンドルジェ・リンポチェに世話して考えている。金剛乗上師と弟子の関係は夫妻或は子供により緊密している。リンチェンドルジェ・リンポチェは説く勇気があって、リンチェンドルジェ・リンポチェが説いて行って考えて、全て衆生を利益させて、或は法座から下りる場合に説くすべて事が衆生に利益させている。

リンチェンドルジェ・リンポチェは人間の様々な苦しみを経験して、父親が早死したり、事業が何回めで上げて下げたり、家庭感情が不調和したり、癌に罹ったりするなど、全ての小説に描かされる事情が全て経験した事がある。リンチェンドルジェ・リンポチェは当時に罹った皮膚癌が医者弟子の診断により、極めて厳重な黒色素皮膚癌で、普通にこの癌の拡散速度も極めて速くて、然しリンチェンドルジェ・リンポチェが診療を受けた事がないで、それを気にしないで、ただ専心に仏を学ぶ事だけで、最近に至るまで、顔の斑が痂になって始めて落ちていった。数週間前の時に、ある信者は病気にかかった母のためにリンチェンドルジェ・リンポチェと会いに来て、リンチェンドルジェ・リンポチェの助けのもとで、彼女の母にICU病棟から普通の病棟に転送され、今すでに家の中に帰った。結局、彼女はまだ満足しないで、またリンチェンドルジェ・リンポチェに求めにきて、母にもっと多く話を言うことができるようにさせて、彼女と家族に母が何が要るのかを知っていることができる。リンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示した。彼らが母がもっと多く話せることを望むのは、母の言うことを聞いてそのまましたらいいということを望んで、1日中ベッドで付き添う必要はなくて、彼らは子女として、自分の母に対して根気がない。一方から言えば、もしリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を手伝って彼女の母に多く話をさせたら、もしかすると彼女の母は多く人をののしる可能があるのであろうと考えるか?

直貢噶舉の祖師ジッテン・サムゴンはハンセン病に罹った時に、「衆生が発病する時に何も依頼もない、然し自分が上師の加持と世話があって、私が死んでも、また上師がいて、心には何も恐れが無い」という事を説いた事がある。ここに言うまでも、リンチェンドルジェ・リンポチェは上師の恩徳を考えていて、涙まみれ流して、長い間に涙にむせんで諭すことが出来ない。

感恩をしなければならない。古人曰く、ある人はそなたに一勺の水をくれて、そなたが湧泉ほと報いて戻る。然し、真に感謝の心が要って、衆生の恩に感謝したり、上師の恩に感謝したり、菩薩の恩に感謝したりしている。真に感謝心があれば、上師に関する事柄が必ず躊躇がない全力していて、自分の立場を考えていない。直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに三ヶ月に閉関させて、リンチェンドルジェ・リンポチェがただ「はい」と返事した。ただ直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに何を指示させて、リンチェンドルジェ・リンポチェが全ての命で完成していく。真に感謝心があれば上師に尊敬し、上師に真に尊敬とは上師から伝わる法を修める事ではなくて、上師が説いたのがすべて聞き入れて、すべてう受け入れて、全て日常生活に運用していく。

ある良い弟子とは上師に迷惑が掛かる事をさせない、上師と仏菩薩から教導される方法を持って、完全に従って、完全に遣り遂げる。そうすると、リンチェンドルジェ・リンポチェは他のところを他の事をしても、台湾のこれらの弟子をずっと心配していない。今日の開示はそなた達が聞き分かる事が重要しない。重要なのは聞き入れて、そなた達に未来に機会があって修行する時に助けがある。仏を学ぶとは次第に修行して、徳を具えて経験がある上師の引率の下、1歩1歩で着実な如実な修めていく。そなた達に勉強する時にと同じように、小学校から、中学校、大学などの階段で順番に向いていく。それから、灌頂、閉関、生起次第と円満次第の修行過程を経なければならない。

それから、リンチェンドルジェ・リンポチェはアチ護法を新しき皈依弟子に伝わって、リンチェンドルジェ・リンポチェは下記のように開示された。アチは我々の直貢噶舉の祖師ジッテン・サムゴンのお祖母さんで、直貢の不共護法である。護法は家庭的な、共と不共的な分けることがあり、家庭的な護法は家族に対して特別な護法で、共的な護法は各教派に共同に奉る事として、不共的な護法は特にある教派を護持させる。護法も世間護法と出世護法に分けて、そなた達が常に行く寺にいる鬼と神は世間の護法である。出世間の護法は既に八地菩薩以上を認めた護法である。アチ護法は出世の護法で、既に仏果を認めた。アチ護法の法本が様々があって、現在皆に伝わるのがそなたが家に修める一種類の法である。法本はほかのまだ皈依しない或は伝授しない人に見させない、彼に一寸見させても構わないと思ってはいけない、これも戒を破って、そうすると、そなたが仏を学んで多くの障りがある。アチ護法は仏法と仏法を学ぶ人を保護して、そなた達はアチにやたらにもとめてはいけない、法本に述べた内容を除いて、他の事がそなた達が求めれも役に立たない、此の前にある弟子がアチ護法に筊を投げた事も学ばない。

アチ護法は正法を護持して、毎日に修めて皆と家族に助けがあって、良くない事を発生するのを避ける事が出来る。

今日、弟子に伝わった後、毎日に修めなければいけなくて、普通で午後の5時過ぎて、一日に全ての仕事を完了してから修めてきて、若し今日真に事情があって、夕方で修められないなら、朝で修める事が出来で、どれだけ忙しくても、必ず毎日に修めている。アチ或は仏菩薩に休暇を提出して、此れは仕事ではなくて、休暇ということがない、休暇を取るならばそなたが取って停止して似せるのである。アチを修める時に、お茶を供えて、供えたお茶が、芝生に倒して衆生と縁を結び事が出来で、ある人のように自分で飲んでしまってはいけない。

2010年8月8日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、共修法会を主催された。

法会開始前、ある女子の弟子は大衆に、尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の甥を済度して、そして彼女の姉を助けた経過を分かち合った。

彼女の甥は今年29才であり、彼女の姉の唯一の息子である。彼女の姉は嘗て3回のリンチェンドルジェ・リンポチェの主催した阿弥陀仏無遮大超度法会に参加したことがあったが、しかし、甥に大法会に参加させる因縁がまだない。7月20日の夜明け方、彼女の甥とある友達が運転して家に帰る途中、スピード・オーバーでUターンする関係かもしれないが、うっかりと歩道にぶつかって、そして急速に中央分離帯にぶつかって、目撃者の陳述によると、その時にその車が連続にころころと転んでから、車の両側に小さな火炎ができたことを見て、ごく短く瞬間、火勢は大きくなって、車が爆発して、彼女の甥と友達がこのように一緒に火に焼かれて亡くなった。この意外事故の当日でのニュースが報道されて、新聞の上で1台の車が爆発した後の怖くて心を驚かす写真を見て、更にこの弟子に彼女の甥と家族を失う者の被った苦痛がそんなに大きいと感じさせて、尊き 金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェだけは彼女たちを助けることができる。

人も車もすべて既に黒焦げまで燃やしたから、彼女の甥の身につける証明書も焼却されて、遺体がまた法医解剖したりされない前に、そしてまた検察官が事故の経過に関する記録を完成しない前に、遺体は暫く葬儀場の大型の冷凍する倉庫の中に置くことしかできなくて、家族も痛いの側で仏号を暗唱することができない。彼女の姉が倒れるようにすごく悲しくて、ずっとこんなに両親に優しい息子がこの事故で亡くなったことが受けることができない。この弟子は姉に、彼女の息子はこのように大きな恐れと苦しみを受けたから、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェしか彼を助けることができなくて、姉がリンチェンドルジェ・リンポチェが先に彼女の甥に法を修めて、彼の神識を保護して、彼に恐れることと感じさせないように助けることをお願いすることができると言ったが。しかし彼女の姉が長年、すべて顕教と道教の方面しか接触しないので、またとても個人的な主観的な考えを持ち、最初はべつにこの弟子の言った話を聞き入れないが、しかし、口の中では絶えず観音菩薩に彼女と息子を助けるように祈求している。その時、この弟子はとても助けることがないと感じていて、彼女の甥が苦を受けていることを心配していて、それに、尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェが絶対に彼女の息子を助けることができることを姉に信じさせるため、どのようにするべきであるか分からない。

習俗には、年長者が目下の人の葬式などことを直接に処理するべきでなくて、だから亡者の姉がすべての事務に責任を負って、彼女も最後に弟のために全力を尽くして何か事をすることができるよう望むので、母の代わり、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに弟を助けることを願いたいと、この弟子に言った。当時は午後2時ごろであり、この弟子は寶吉祥骨董会社の兄弟子に電話をかけて、リンチェンドルジェ・リンポチェが亡者を助けるようにお願いしたいことを表明して、そして伝言を獲得していただいたが、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェの折返し電話の時にはじめて求めることができる。それから、法医、検察官が葬儀場に来て遺体を検証する時、この弟子は姪に同伴して甥の遺体の側に着いて、遺体の上半身が全部黒焦げになったことを見て、下半身の皮や肉が裂けて、四肢はくねくねして萎縮するので、事故の発生の突然性と突然火勢の猛烈さが想像できて、更に彼女の甥が極めて大きな苦を受けたことが感じられた。遺体を検証し終わった後、彼女は直ちに甘露丸を姪に手渡して、更に姪を経由して彼女の弟の口の中に入れた。この弟子は彼女の甥に、「これは尊き リンチェンドルジェ・リンポチェの加持した甘露丸であり、あなたは恐れないでください。リンチェンドルジェ・リンポチェはあなたを助けることができる。」と言った。

それから葬儀場で事故の記録を完成した後で、家族は車で事故の発生した現場に向かって、法師が魂を呼び戻す儀式を行って、その時間は午後4時半頃、日はまた見せていて、道路の上の車が多かった。最初には、法師が歩道の上で魂を呼び戻すが、しかし彼女の姪が「筊杯(台湾での道教の占いに用いられる二つ一組になった赤い三日月状のアイテム)が投げて、すべて聖杯にならなくて、彼女の甥の魂魄がまだ位牌に帰らないと表して、その後に、道中の車を遮り止めて、法師が道の中央まで歩いてついて、魂を呼び戻させて、道の中央で依然として明らかに自動車の焦げる痕跡にわかって、法師が何度も何度もこのような儀式をして、日がすべて暗くなって、彼女の姪が筊杯を投げてずっと聖杯がなくて、家族は更に苦しくなる。その時、この弟子は魂を呼び戻すことを代表した意義がわからなくて、しかし彼女の心の中は絶えず、彼女の甥がとても恐れると考えているから、尊き 金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに彼女の甥に法を修めて彼の神識を保護して彼に恐れることをさせないように助けることをお願いした。大体夜の6時過ぎまで、彼女の姪が筊杯を投げてやっと聖杯になって、皆が乗車して位牌を家に持ち帰る所、この弟子は電話を受け取って、尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の甥の姓名と生まれ年を聞いて、既に先に彼女の甥に法を修めるように助けたことが分かった。

当日の晩、彼女がアキー護法を修める時、護法が彼女の甥を助けて、尊き 金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の甥を済度することを求める得る因縁があるように祈求した。翌日、彼女の姉は依然として悲痛がやまないで、彼女は再度姉に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェしか彼女の甥を済度することができないから、彼女たちは一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェに願いに行かないかと言った。これは彼女たちが最後にこの子のためにするべきな事であるので、彼女の姉は意外にも承諾した。彼女の姉と姪は7月24日に道場に来て尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに来る時、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に直ちに彼女の姉に7月30日の施身法に彼女の息子を済度するように助けると承認して、そして、この子供がこの1世にすでに代々の業をすべて完済したことを彼女たちに開示した。このような意外を発生する原因は非常に複雑であり、同時に意外で亡くなった友達について、別に工夫を凝らして彼の家族とどんな手配を連絡しなくてもよくて、すべて自然に任せて、意外事故の当日に彼らはちょっと論争があった。その他に、亡者の考えは自分の預金をもって、あの病院で医薬費を払えない人達を手伝って、自ら持って行って助けを必要とする人に手渡して、基金会に寄付しないでください。亡者が生前に確かに常に寄付して布施したことをある。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェはまたはっきり亡者の寝室の装飾品を述べて、部屋の中に一つの机があって、机の上にコンピュータが一台あって、当日に亡者がそこにいた。あの日、会社の友達はちょうどこのコンピュータを会社から家に運んで戻して、亡者がふだんコンピュータの前に隠していることが好きである。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた開示して、これは神通が現れるのではなくて、彼女たちに、リンチェンドルジェ・リンポチェが確かに亡者を助けることができるということと教えた。意外事故で死亡した者が特別法で済度することを必要として、普通の法会は仕方がないので、お金を浪費しないでください。お金を持って助けを必要する人を助けに行きなさい。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼を済度して助けることができる。亡者の母はとても恩に感じて、尊き リンチェンドルジェ・リンポチェに絶えずに祈って、且つリンチェンドルジェ・リンポチェに供養したくて、リンチェンドルジェ・リンポチェは原本、彼女の供養を受け入れないが、しかし彼女は恭敬心が起きたため、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に供養を受け取って、彼女の息子のために福報を累積したのである。

この弟子と姉は施身法の法会前に、尊き リンチェンドルジェ・リンポチェの指示した通り、彼女の甥のお金を持って病院に行って、あれらの医薬費を払えない人を助け始まると思っていて、やはり、ある病院で頸椎を脱臼してちょうど第4次の手術を受けて治療材料費が9万元を必要としている低収入の患者をとても速く探し出した。彼女の姉は先ずはここ数日受け取った香典の共に86,900元を寄付するつもりであり、あの日、意外にもまたある友達は香典の3100元を届けに来て、だから総計はちょうど9万元になって、彼女たちがすべて不思議だと思って、更に尊き リンチェンドルジェ・リンポチェが衆生を済度する大願力と大慈悲力を賛嘆した。

彼女の甥の肉体がこのようにすごく傷害を受けたことについて、姉はもともと非常に気にかけるが、尊き リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て彼女の姉に「人は死んだら、相を持って行けるのか。」開示した。火葬した後、彼女の甥の骨はピンクで白い色が表して、とても綺麗に見えて、頭蓋骨には、縁が整然として貫通された小さい穴が現れて、これらの瑞相はすべて彼女の甥が確かに尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの済度を得たことを表示した。彼女の姉もとてもうれしく思って、子を失う痛みは時間がかかって穏やかになることであるが、しかし彼女の甥はこれから清浄に仏を学んで修行することが出来るようになって、これは母親とする彼女が期待する事である。

この弟子は、尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の甥を済度して、彼女の姉に助けたり加持したりしたことに非常に恩に感じて、そして数多くの兄弟子の協力や、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持した甘露丸を彼女にくれたことや、および自ら彼女の姉を慰め、関心しに行った。最も重要なのは、もし尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェがいなければ、彼女の甥はこのように殊勝な済度を得る機会があることはできなくて、尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェに恩に感じる。諸仏菩薩に恩に感じる。

そして、もう一人の皈依弟子は、リンチェンドルジェ・リンポチェがその末っ子を救って、そのてんかんの苦しみを離れたこと及びその義理の父を施身法にて済度した経過を分かち合った。

2007年のある日に、この弟子が昔の同僚からの電話を受け取って、彼と奥さんが(すでに皈依した)全家族台湾に帰って定住を決定することに言及して、なぜかと言うと、彼の奥さんは脳が血管腫に罹って、彼女の命がリンチェンドルジェ・リンポチェのため救われた。会談から2人の兄弟子は海の中で浮かぶ木を探し当てるように、心の中には溢れる上師に無限な恩に感じることを体得できた。

彼は結婚して長年が経ったがまだ子が生まれたことがなくて、昔の同僚は彼らにリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに行くことを提案した。その時、彼と奥さんがすでに医師の試験管ベビーの提案を受け入れたが、しかし胚胎の細胞分裂の過程の中で発生したかけらがとても多くて、別にとても順調ではない。彼らにとって、たとえ1パーセントの機会があるとしても、彼らも試してみなければならない。もしこの子供は彼らと縁があったら、そのまま生き残るはずである。因縁福報が備えないから、たとえ寶吉祥宝石会社の入り口まで着いても、依然として尊き リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見できる縁がないのである。

2007年11月末に、彼の息子は順調に生まれて、産後の3日間に–間もなく退院する時、看護婦は彼の息子の黄疸指数が正常値より少し高いと言って、彼らに子供を病院に残して紫外線を照らすかどうか聞いた。その時彼らが花蓮看護センターに帰って産後1か月間の養生をすることを決定したため、そのため脳と心臓の超音波の正常な報告を受け取った後で、退院する手続きを取り扱った。4日目の朝に、病院でのベビーシッタは彼の息子を入浴する時、この子供が全然活力がないことを発見して、普通に生んだばかりの赤ん坊の持つ盛んな活力ととても大きく違って、そこで彼らに小児科の診察を受けるように提案して協力した。当時医者が検査して、子供の血糖が低すぎてそして黃疽の現象があることを発見して、そのため子供のために紫外線を照らして点滴注射した。彼らの夫婦は病院の中で子供を助けている医療チームがあるから、急速に安定的になって退院することができるべきだと思っている。しかし5日目の早朝、医者は彼らに子供がチアノーゼ(つまり呼吸が停止して、顔色が青紫色になった状態)及びクローヌスの現象が現れたことを知らせて、そのため、彼らに脳神経科の医師が診療してもらうことを紹介した。子供は診療してから小児ICU集中治療室に送られた。とても多くの検査をして、2回の脊髄液を引き出してそれぞれ2つの医学センターまで分析しに送ることも含んた。検査の結果はすべて正常で、別に細菌に感染されてないが、しかし子供のてんかんは依然として制御することができない。毎回小児ICU集中治療室に入って子供の体の上にいっぱいに検知・検出するセンサーを貼っておいて、あまり動かないで、静かに赤ちゃんの保温箱の中で横たわって、彼の心の中では、非常が助けることがないようにと感じた。この時、兄弟子の上師 リンチェンドルジェ・リンポチェのことを思い付いたが、しかし親戚と友達はすべて先に祖先を拝んで且つ祖先が自分の子孫を守ってくださってもらうように祈ることを提案した。因縁福報が十分に備えないで、彼がリンチェンドルジェ・リンポチェと面会する考えを障害した。彼は先ずは長兄の家に戻って、祖先と両親に子供が無事に今度の難関を過ごすように守ってくださることを願うと考えた。子供は小児ICU集中治療室で数日間に居住した後で、医者は彼にもしけいれんする現象が取り除いて無くなることができないと、侵入式の治療を行わなければならない。彼の心はこの上なく悔やむと感じて、子供の小さい生命がそのため生きないかどうかと思い付くと、心の中ではあれこれと小さい生命がこのような苦難を受けることについて悔しい思いをする。幸いなことは医師が翌日B6注射液を使った後で、子供のがクローヌスの現象を制御することができた。しかし医師は彼に、子供が脳の異常電波の放電をコントロールするため、この一生にてんかん薬、ビタミンB6錠を飲まなければならないと言った。

医者は彼に、子供の脳が異常に放電して脳のの灰質と白質にすべて傷つけさせられることため、多くの空洞を生んで、損壊された面積はとても大きい。そのため医師は1ヶ月分のてんかん薬、ビタミンB6錠をあげて、そして子供が定期的に復建治療を受け入れることを要っとした。彼はすでに子供の病状をよく知っていて、しかし彼は更に病因を知りたいが、しかし医者はべつにこの方面の解答を提供しなくて、この問題はずっと彼の心の中で回転している。

子供は約7ヶ月頃、彼らは子供を新店の方へ移った,この変わりは子供の癲癇をもっと良くさせなかった,医者様は処分してくれた薬量がだんだん増えて種類も多くになった。2009年2月子供は薬品反応によって起こった急性肝炎で入院した。医者様は彼らご夫婦に肝臓に対して割合に影響低いの癲癇薬品をしようとすることを教えた、なお、ケトン食療法は薬品の不良反応を減らせるが出来、子供に対して割合に良いことだと薦めた。子供は禁食、復食過程を繰り返して、彼と妻にケトン食療法に信心をだんだん無くさせた,もうケトンの試験をやめるのを決心した,それに、花蓮に戻って元々の医者様が治療してもらうようとした。

2009年6月相弟子は彼と家族皆の状況の関心をもって、電話をかけた,あの時、彼は相弟子に子供の病状を教えた。あの頃、子供はすでに1才七月になって、相弟子は幼児時期の脳の発展はすごく早くて大切と思って、だから非常に急ぎで彼をすぐにリンチェンドルジェ・リンポチェに伺うように頼ませた。翌日の昼間、彼が寶吉祥宝石店へ番号札を取って、リンチェンドルジェ・リンポチェに伺うように願いに行った。宝石店の相弟子は彼に、リンチェンドルジェ・リンポチェは当日に用があったで宝石店へ行けないことを教えて、彼を翌日また来させた,あの時店の相弟子は彼に教えた。恭しい心でリンチェンドルジェ・リンポチェの法照の前お辞儀して願えば自然にリンチェンドルジェ・リンポチェを見られるようになる。翌日の昼間、順調に番号札を取った後、家へ帰る途中で彼は絶えずに考えた,どのように助けを願った方がいいか?彼の心の中に続いてこの問題を考えていた。午後4時、彼は妻と子供を連れて宝石店へリンチェンドルジェ・リンポチェに伺いに行った,宝石店の中に面会を申し入れた者が非常に多かった。お待ちところに、ある信者がリンチェンドルジェ・リンポチェに漢方薬の方が良いかまたは西薬の方がいいかと伺ったことを聞いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示された,漢方医は三千年、西洋医は二百年でどちらを信じるかそなたが自分で決める。彼は漢方医を信じると思った,子供に漢方医の治療を受けさせるように決めた。

彼は子供を抱いて妻とリンチェンドルジェ・リンポチェの前に跪いていた頃、心が異常に平静だった。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに息子が生まれた後間もなく癲癇症の現象が起こったことを報告した,リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を願った。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲で聞いた:どのように加持するか?彼はあの頃加持の本当の意味が分からないのでついにリンチェンドルジェ・リンポチェに子供が平安で健康で成長するように加持を願った。リンチェンドルジェ・リンポチェは申された:「子供がこうなったのは、そなた家が出来たのである」あの時、彼の頭が白くなって、もう何も聞かなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは続いて彼らにもう精進料理を食べていたと聞いた。その前、彼らはリンチェンドルジェ・リンポチェに伺うことを決めた後始めて精進料理を食べることになった。彼の妻は丁寧にリンチェンドルジェ・リンポチェに回答した:「私たちと子供は以前肉を食べたが、今現在は全て精進料理を食べることになった」リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らを法会を参加するよう申し込ませた,また開示された:こんな病状のある子供が多くて、子供は治ることが出来るがいつか分からない。当時、彼はとても愚昧に指示を仰ぐ時,彼は子供の西薬をすぐ漢方薬を飲んだことを変えることで止まることができましたか。 仁は敬ってたくさんのめでたい仁のなみは切って示しました  ‘ あなたたち自分決める。 ‘彼心考える: 漢方薬を飲むと正しかった。 彼の妻はそれに言って彼の岳父についての病状を指示を仰いだ 仁は敬うたくさんのめでたい仁のなみは切って彼の岳父の名前および生まれ年は開催して示したと聞きました  彼は命の危険がないんで,ちょっと苦しみを耐え忍びたいです。 仁は敬ってたくさんのめでたい仁のなみは切ることを聞くのてから開催して示したあと,彼の妻の気持ちもずっど気楽でしたです。 彼は頼んで法律を告白してつれたあと,妻ととても楽しく宝石店を離れた,その以上なくて以前のように子供の状況のために悩んだらしいです 心の石はおろしたらしいです。

そのあと彼らは花蓮へ醫師たちに子供に漢方薬を飲ませたことをことにすることを教えにもどりました。 その時醫師は彼らに漢方薬の癲癇の治療に対する助けを教えるのはあまり大きくなかった 彼女の実例の中に子供がいるのが薬の飲み量はますますすくなくなって,彼らに漢方薬を打ち消し使用するように頼んだ思いです。 醫師はまたたくさんの漢方薬のさんざん西薬の成分を言った 彼らに慎重に気をつけるように頼みますが,彼は妻とはやはり漢方薬を使用したことを堅持しました。 一か月のあと子供の血の報告は西薬の成分がないです。 醫師は安心して一か月の癲癇の薬品を開けた それに彼らに注意して一朝筋がひきつることが起こる現象はすぐ西薬で癲癇は起きたことを抑えなければならない,それに引き続き丈夫に返事したい。

リンチェンドルジェ・リンポチェに伺った後、二週間目、子供の筋が引き攣る回数が明らかな改善した,元来1日間に30回近くから個位数まで落ちた。三週間目後,痙攣する現象はもう起こらなかった。本来活動力が悪くて、一日中力が無くてベッドに横たわることしか出来なくて、引っ繰り返す能力さえもない,また視覚の反応もない、音しか反応しなかった。尊いリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後、子供の活動力はとてもよく変わって、ベッドの上で思いのままに引っ繰り返して,また数度ベッドの下に転がった。暫く後、子供が既に彼の妻の支えで全身振れることが出来て、それに光の反応も現れて,携帯電話の微弱な光源でも,子供の目は全て従いながら回すことが出来た。

2009年12月5 日 彼は妻と子供を連れてリンチェンドルジェ・リンポチェへ彼の義理お父さんを済度するため願いに行った。リンチェンドルジェ・リンポチェは法座で開示された,通常そなたの顔を見えないが用があった時現われた,そのため、彼は非常にはずかしく感じた,確かに、悪い目にあった時、上師にご迷惑をかけに来た。それにしても、リンチェンドルジェ・リンポチェは相変わらず慈悲で彼の義理お父さんの名前及び生まれ年を聞いた後彼の義理お父さんのため持呪加持して,彼らに義理お父さんが施身法を参加するように申し込ませた。彼はとても恩に着た,リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲で彼の義理お父さんのため修法した。

彼の子供が回復センターに戻った時,物理治療先生は子供の目つきが前のとまったく違って、とてもすばしこくなったのを見つけた,それで彼の妻に聞いた,どの治療をして子供にそんなに大きな変化をさせたか?彼の妻は子供が何の治療もしなかった,全部リンチェンドルジェ・リンポチェの加持で、子供の動作、反応がそんなに速めに進歩したと回答した。彼は大変恩に着た,リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らが一番助けがない時,彼らの心を安心した。彼らがもう子供の病状を悩まなくさせて、専心でよく仏を勉強することが出来た。現在、彼が回想したら、前の愚かな考えは何時も科学及び医学の進歩を信じて,子供の病状が改善されるのは出来、たびたび異なった種類の西薬で癲癇の起こりを抑え,しかし、癲癇の現象を止めさせなくて、かえって脳部活動は減らせてゆっくりになって間接的に子供の勉強の能力を影響させた。恩に着て、リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲加持は子供の癲癇を控えることが出来させたばかり出なく子供の活動及び学習力も同時に増加させた。子供の縁起で彼と妻と仏法を受けるのを出来させて、リンチェンドルジェ・リンポチェの教導の下に従って勉強実行する、それに、仏法を生活化させて日常生活の中に応用する。

リンチェンドルジェ・リンポチェは法座に昇ってから申された:先週開示された、ガムポパ大師は嘗て仰った,仏を学ぶ最初階段の修行者にとって、全ては分別考えだと全部確認するべき。初心者とは、此処に法会を参加に来たそなた達、精進料理を始めて食べるの、ひいて皈依したばかりの、平安、加持を求めに来た者ではない,これ等はそなた達とちっとも関係が無い,これ等と生死より離脱する仏法を学ぶのと関係ない。皆はまだ初心者の階段までも行かないが、リンチェンドルジェ・リンポチェはまだ慈悲で先々週の内容を開示された,それは、あれらが直貢噶舉の大手印、禅定を学ぶことにとても重要な基礎である。

未来大手印を伝える時,この基礎がしなければ,禅定を勉強するとき、坊間の禅坐を学ぶ者のように、感応があるように望んで、仏菩薩が見たくて或いは禅坐時後ろに鬼が付いているのを感じて沢山問題を生じた。禅定を学ぶには経験のある上師が引導するのは必要である,間違い方式で禅定を修めれば、軽いの方は禅病が起こった,重いのはひいて神経病になってしまった。禅病はお医者さんも良く治さない,これは行者が禅定を勉強するとき方法は間違って、気が体内に正しく運行しなかったのである。

禪座に関して、釈迦牟尼仏は衆生が間違いなく修めるために、特に二本経文を説いた,1本は楞厳経でもう1本は楞伽経である。楞厳経の中に載せてあり、修行者は禅坐する時、自分が既に良く修めて、気持ちがとても良くて、とてもよかった時、これこそ間違った。貢高我慢の心が起こると魔は口に入って、行者のお体の中に入って、行者が自分の心に思った境界に達成するのを助けて、行者が間違って無念は入定だと思った,これによって持続して、自分が既に大定にはいって空性を修め得て、執着して生死より離脱することが出来ない。ひいてはある者は自分がとても良く修めた、念仏持呪する時、鬼が聞きに来ると思った,そなたが鬼道衆生を助ける能力はない、彼らがそなたを相手にするはずは無い。

法会前、共にする弟子は招魂との事を言い及んだ,実は役に立たないで,招魂が10回すれば10回共招くのが出来なくて、其の他の魂を招いて亡者の眷属に連れて帰ったかもしれない。意外で亡くなった者は彼らは死ぬ前良く分かっている,ひいては表面的にそなたが見たら昏迷らしいが、死ぬ前のあの瞬間にははっきり分かっている,それでかれらは非常に恐ろしかった。息が絶える時、彼らはちょっと痛く思ったが自分がすでに死んだ事は知らなくてまだそのまま元々事故が発生した所に滞在する。なぜある者が言った。意外事故があったところには特に事故が起こりやすい。多勢者はこれ等亡者が罪をかぶるものを捜すと思った。そうではない。そなたがこれ等の意外死亡者と同じ業力があった時、寿命が間もなく尽す時、これらの事故が起こった場所で、意外で死亡して、これこそ類は友を呼ぶ,鬼は同類をもって集まってから意外が起こってなくなった。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前かつて一の報道を見た,ある警察車は一匹の狗をぶつかった、ぶつかれた犬が死んだ,警察は現場にて二枚の写真を取った,一枚目はすでに死んだ犬は車輪の前に倒れたのである、次いで、二枚目は狗の死体を移った後取った写真が,かえって写真の中にまたこの犬が車の側で行ったり来たりしたことを見た。これはその意外に死んだいぬは、自分が既に死んだことが分からなくてまだ現場で歩いた。

ある者は招魂する時杯筊(ポエ)を放り投げて、肉親の魂を招いて家に帰ったと思った。しかし、そなたと連れて帰ったのは自分の家族で他の魂では無いのをそなたはどのように見分けたか?一部の者は息が絶えた後、大悪行をしたので直接地獄へ行ったが、大善行をしたのはある者は直接天道へ行ったが、大部分の者は、彼らの輪廻の業力がまだ熟しなかったので、鬼になってあちこちはためいた。至る所は溜ためきました。 道場を除いて,出ると街道にはどこでも全て鬼が満ちた,沢山者の家にはすっかり鬼がいた。鬼は光に恐れるので昼間に出てこないが、馬時が過ぎたら福報のある鬼は活動を始め出す。彼らは面白いと思ってそなた達を悪戯して、そなたに杯筊(ポエ)を放り投げて聖杯とさせて、本当に招いたと思わせた。法会前ある弟子が言い及んだ彼女の意外死亡した甥は家族が数時間杯筊(ポエ)を放り投げた後やっと聖杯が出来た,実は、これがリンチェンドルジェ・リンポチェ当時既に彼を加持した,だから聖杯をあらせ出来た。

鬼は人のお体に付き、或いは人に従うのではなく、鬼も外の物の上でつけ加えようとする,リンチェンドルジェ・リンポチェは数年前、弟子或いは伺いに来た信者に彼らの家にの有る物を捨てさせた,それは即ち鬼道衆生がつけ加えていて,あなたを病気にならせる或いは家の中には不安定させた。しかし、この二年間はもうあまり弟子のため見てあげる。家には仏像にお辞儀して鬼は家に来ないとわ思わない,またそなたが皈依した上師の修行境界によって、またはどの護法が護っている。家庭が良く悪行をして、肉を食べれば勿論不安定だ。例え、道上で人と1つの話が合致しなくて喧嘩したら,それも鬼が災いをしている,そなた達は側で野次馬或いは喧嘩の仲裁をしないで、電話をかけて警報すれば結構である。生前外道を勉強したことがあって、福報が多ければ、死んだ後大力鬼になって、近所の孤獨な魂、乱暴な鬼を集めて彼の部下になって、彼がさしつかう。現在沢山者がお寺の神様にお辞儀をする寺,実は、あれらは全て鬼である。台北県にある大きな土地公お寺に行ってお辞儀すれば、全て早く大懺悔をした方がいい,原因は以後また話そう。

リンチェンドルジェ・リンポチェはこの時ある弟子を呼び出して彼の学歴を聞いてあの弟子は自分は職校卒業したと回答した。リンチェンドルジェ・リンポチェもう1人弟子に訊ねて、職校とは職業高校で、中学を卒業してから進学の1つ道で高校に当たってると了解した。リンチェンドルジェ・リンポチェはついでこの弟子に職業高校を卒業したかと聞いた。この弟子は:「え」と回答した。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分も高校卒業と表した,この弟子は「え」と上師の質問に回答したのは高校卒業した者を軽蔑するか? すぐ寶吉祥仏教え文化交流協会の理事長は皆さんにこの弟子が全てしたことを説明させた。理事長の報告は:この弟子が事前に組長或いは理幹事長に相談せずに、自分勝手に総統府へメールして、大統領を10月03日にリンチェンドルジェ・リンポチェが主催の「「阿弥陀仏無遮大超度法会」を参加するように招いた。それに、大統領を言い及んだ時直接的に「あなた」を使って、「あなた」を招いて「貴殿」ではなかった;リンチェンドルジェ・リンポチェは正法を発揚して、衆生が平等で、大功徳主はいない,個人の特殊な身分地位により特別な差別待遇を與えるのもしない。それに、信者を招いて法会を参加するのは必ず口から出してそれにリンチェンドルジェ・リンポチェが正法を広める苦心,無遮大超度法会を行う意義及び法会に参加する態度を説明して、信者に主催者―尊いリンチェンドルジェ・リンポチェ及び参加する法会を恭敬心及び信心が起こらせる。リンチェンドルジェ・リンポチェも嘗てたびたび訓示した:弟子は政府、大統領に感謝するべき,政府と大統領が国の安寧和諧を維持しなければ、皆は仏を学ぶ良い環境はない、だから政府及び大統領に必ず心より感謝して、恭敬する。協会は政府機関或いは団体に対して公文書を出すのはある規範および流れは非常に厳密である。しかし、この弟子の手紙の中に言葉の使いも「あなたは私に連絡してもいいよ」などの内容も大統領及び政府にたいしてすごく軽く冗談で、他人を誤解させ易かった,協会或いは寶吉祥仏法センターの弟子が政府或いは元首に対してそんなに軽くて、失礼で、厳密ではないのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは本来、今の弟子を処罰しないが、彼の方法が間違っているし、ただ彼が最も人が法会に参加してもっと多くの衆生を利益させる事を望んでいるにより、しかし、彼が先にリンチェンドルジェ・リンポチェの話を回答した時に、喉元によって「ン」で回答して、自分に対して恩と助けがある上師にこんなに失礼して、彼が大統領先生に直接的に「そなた」と称する行為でも可笑しくない。リンチェンドルジェ・リンポチェは下記のように・られた。「ン」という方式により回答する事が弟子が上師にあるはず態度でしょうか?こんに長年に教えて、ずっとこのように人を教えている。此の弟子はただ自分が多くの人を要請して法会に参加しなければならないので、直接に電子メールで大統領府へ送信して、自分がこのようにして他人に迷惑を掛ける事を考えない。人数が足りないならそなたに処罰でしょうか?或はそなたは多くの人を要請してより多くの受賞があるでしょうか?全てはない!大統領府の従業員たちは遠慮していて、ただ「貴協会は正式な案内状を発送する事をお願いいたします」という事だけで回答してくる。リンチェンドルジェ・リンポチェは何回目で諭させて、ただ教派、上師に関することは、この事をして他人に利益させても、必ず予めに上師直貢チェツァン法王にお伺いを立てて、同意を得てから、リンチェンドルジェ・リンポチェがして始めていく。人とする態度はそなた達の学歴と関係なくて、幾らの本を読んでも関係ない、リンチェンドルジェ・リンポチェも高校の学歴で、然し他者と行儀を注意して尊敬している。然し、此の弟子は最も基本な礼儀もない、人とする道理も遣り遂げない、独善的に、貢高我慢で、仏子をようでなくて、だから此の弟子の寶吉祥道場の赤いベストを取り戻すことを指示させて、信衆のなって、今後彼の供養を収める事を許せない。

旧暦の7月がすぐ来るので、最近多くのテレビは地獄の入り口が開く事を話して、また、ある人は地獄の入り口が少しで段々に開けて、鬼がやっと全て走り出す事が出来で無い、実は地獄の入り口を開くという事がない。地獄の入り口を開いてから大変である。経典の記載によると、地獄道の衆生は降雪のような泡雪があんなに多い、地獄道がこんなに苦しみので、若し獄の入り口が開いて全て走り出で、また帰るでしょうか?当然に帰られない。若し7月だけで鬼を助けて、それでは、他の月度に彼らを助ける事が要らないでしょうか?そなた達は此の道場の大門を離れて出で、外にあちこちに鬼がいて、多くて多くてそなた達が見えられない!時に月度に至ってれば、助けて始めていけない。

ある人は他人にそなたの後ろに鬼に従っている事を話して、このような恐喝される行為がしてはいけない、真に能力がある人が彼らを済度してくれて、話して他人に恐れさせる事ではなくて、真に助ける事とはあそなたに効果を見えられる。ある癌に罹っている男の信衆はリンチェンドルジェ・リンポチェに始めて謁見した時に病弱なで、リンチェンドルジェ・リンポチェの助けの下、最近此の人が多く良くて、顔色も段々に回復していく。リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生に助けるとはそなたに彼の変化を見させて、此れは真に衆生を助ける。

そなた達は全て鬼を恐れて、実は鬼は何か恐れているでしょうか?それらを助ける事も間に合わなくて、恐れる事を存在しない。リンチェンドルジェ・リンポチェはある映画を見た事があって、ある子供が自分の影を見て、ずっと叫んで泣いて、恐れるので彼の母親の助けを求めればならない。此れはそなたたちと同じように、ある人がそなたの後ろに二人の鬼に従うを聞くと、極めて恐れて、そなたの後ろには勿論二人の鬼がいて、一つがそなたの影で、も一つがそなたの祖先である。ある人は自分の体が同じく無いので鬼を見れて、此れはテレビ放送の影響を受けて、実には自分が見える事を言うのは99%幻覚で、1%だけで前世に菩薩果位を修めて、この世に願に従って来る大修行者が見えられて、或は彼たちと同類の鬼道衆生である。台湾における宮と寺には祀る鬼神は多くが鬼を祀って、インドには多くの様々な鬼神を祀って、一部が修行が悪くない天道の神で、リンチェンドルジェ・リンポチェは鬼道の衆生を見えられて、天道の衆生も見えられて、多くの例により知られている。インドでは、釈迦牟尼仏陀期には、インド教を広めていて、仏教ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは多くのインド教の信衆に彼たちが家に祀る神の様子と服装を教えて、彼たちは非常に怪訝であった。その上、彼たちに神像の位置が間違ったので、体が良くない等である。鬼を恐れてはいけない、これらの鬼衆を助ける事により、我々に成就させる事が出来る。真に能力がある大修行者は現場に至らないでも、済度する事が出来る。皆が知っている通りに、リンチェンドルジェ・リンポチェは無数な鬼道の衆生を助けて、現場に至らないでも衆生に済度する事が出来る。

一部の人々は子供が泣いて騒ぐと、子供を連れで「収驚」をしていく。2日を経て、また泣いて騒ぐならば、再度「収驚」をしていく、またお金をかかる。家庭式の「収驚」とは、神壇があるも同じ、家に済度せず家鬼と祖先を通す。子供は鬼を触るから恐れて、暫く素直で、その後、此の鬼を彼をいたずらをして、再び行かなければならない。自分でも済度を得る事がないなら、如何に子供を助けるでしょうか?事もは何故問題があって易く世話する事ができないでしょうか?一つは因果で、二つは祖先が善を行わない、三つは肉食をして殺生するので、懺悔と仏を学ぶ事をしならなければならない。それらの占い、鬼を討論する番組を見てはいけない、母親として見る事が好きで恐れて、枕を抱いていて見て、子供に見ない事を言いでも、手に子供がつかんでいて放されない、だから、番組の話を見てはいけない、自分が恐れて子供を影響させている。テレビに放送する鬼神の番組が全て詐欺し、そなた達が見てはいけなくて、子供も見てはいけなくて、テレビ番組を見れば、あれらの地球、人生と常識増加に助けがある番組が観覧する。

多くの人々は7月が鬼月だと思っていて、然し、仏経には鬼月に言及することがなくて、地獄の入り口を言及する事もないし、旧暦7月に鬼に祭る習俗とは目犍連尊者の物語に基いて進化してきて、それから日本と韓国に伝わる。釈迦牟尼仏陀の両大弟子の神通第一の目犍連は神通力により自分の母親は餓鬼道に落ちて苦しみを受け入れて、餓鬼道の衆生は、食べ物、水も含めて、喉に入る時に火になって、丸呑みにする事が出来ない。布施供養をしない、他人が供養する事を阻止し、或は供養してから後悔の人々が餓鬼道を落ちいれる。目犍連尊者は神通により、食べ物になって餓鬼道に連れて母親に食べさせて、然し、母親が同じように食べられない。目犍連尊者は心には苦しんで何も出来ない、仏陀に如何に母親にお伺いを立てた。仏陀は彼に指示させて、仏の弟子が結夏に閉関完了してから食べ物を供養して、この斎僧の功徳を彼の母親に廻向して、母親に餓鬼道を離れさせる。

ここには、何点が注意する事が必要。釈迦牟尼仏陀時代には仏寺がなくて、仏陀が多くの弟子に連れでインド、ネパールに彼方此方に歩いて、仏法を広めて、固定な住所がなかった。4、5と6月にはインドの最も暑い季節で、多くの昆虫が出できて地面に活動し、8月と9月から涼しくなって、だから、夏季の時には僧人がある固定な所に閉関して出で来ないとは「結夏」と呼ばれている。インドには陽暦と旧暦の暦法を採用し、閉関を完了する時間を推算してから、約中国の旧暦の7月15日、確実な時間も確認しなければならない。その上、目犍連尊僧は初果を修める阿羅漢に供養して、そなた達の普通の出家衆ではない。以前の僧人は鉢を持って、鉢で食べ物を持って、現在、斎僧大会は要請会の方式で、七菜一湯或は八菜一湯で、此れは後人の発明である。目犍連尊者の斎僧物語により、最後、そなた達の「盂蘭盆」会になっている。ある経は、目犍連尊者は河に多くの餓鬼道に堕ちる衆生を見て、彼たちが一人一人に目犍連尊者に何の原因で餓鬼道に堕ちる原因を教える。目犍連尊者は完全に仏陀の指示に基づいてして、母親に鬼道を離させる。釈迦牟尼仏陀が在世の時には、済度する事がない、ただ済度を求める人に如何に修めて助けを得る事を教えて、また、多くの機会を弟子に製造し、此れは因である。弟子は上師の教導を如実にして行って縁に生じる。

多くの顕教の礼儀は、実には仏経には記載がなくて、風俗文化の影響を受け取って変動がある。多くの顕教は信衆に食事する時に腕が腋の下に挟まって、手の指を共に碗を持つ事を要求させて、此れは龍口が珠を含むことと呼ばれる。此れは仏経の威儀ではなくて、此れが唐朝から伝わっている規則であり、日本は唐朝文化を影響させて、だから、日本のお金持ちがある程度の教育水準を受ける人が食事する時に此の礼儀も重んじている。現在の顕教出家人が着る僧服は仏教出家人の服装ではなくて、唐朝からの服装である。多くのというような事がずっとそのまま使って、時間を経て、皆が此れは正統な仏教の威儀と僧服と思っている。「盂蘭盆節」の習俗もこのように日本などのところへ伝わっていて、民間の習俗になる。多くのこれらの事情はわれわれがはっきりしなければいけなくて、随意に従わなければならない。

祖先或は天道の衆生を祀る時に、肉を以って祀る事が出来ない。そなた達は世間の物質により、例えば食べ物にて祖先を祀る時に、彼たちが見えるが食べられない、天道の衆生がただにおいがして、食べる事ではない、真言を唱えて加持してから、これらの食べ物の性質を変わって、彼らが食べられる。リンチェンドルジェ・リンポチェの父親が道教を修める時には言った事があり、ある人が道の側に食べ物を準備して鬼に食べさせて、これらの鬼を来てから、見るだけで離れて、此れは食べられない。リンチェンドルジェ・リンポチェは施身法を修める時には、自分の体を布施して鬼道の衆生に食べさせるとは、真言を唱えて観想して体を鬼道衆生が食べすぎ物になっている。

鬼は明るい光りに最も恐れて、そなたは善行する人であれば、体が自然に光りをちらって、鬼がそなたに接近する事が出来ない、まだそなたに頂礼して、そなたが彼を助けている。リンチェンドルジェ・リンポチェは常に出国して、毎回に旅館を住んでいる時に、修法をしないでも、あれらの鬼もリンチェンドルジェ・リンポチェの部屋に入る勇気もない、ただ外に接近して、助けを得る事を望んでいる。此れは護法がリンチェンドルジェ・リンポチェを保護して来る。そなた達は鬼にこんなに珍奇ならば、そなが多くの悪業をして、死んでから鬼道に向いて彼らを了解していく。

多くの人々は済度法会を参加してから祖先が何処にいることかを問い合せる。そなたに祖先が何処にいることを話しても、そなたも見えない。そなた達は知っている後、そなた或は祖先に対して何か助けがありませんか・リンチェンドルジェ・リンポチェは施身法会に諭したことがあり、リンチェンドルジェ・リンポチェは平等心、分別なし衆生を利益して、祖先を済度する事が出来るかどうか、そなたが法会に参加する心により、そなたが祖先が何処にいる事を問い合せて来れば、仏菩薩への不信と不恭敬である。実はそなた達は祖先が済度する事かどうかを知りたいなら、極めて簡単で、家族をみてから知っていて、若し家族の眷属も常に喧嘩するならば、ある人が可笑しい病気に罹って、此れは祖先が必ず地獄道に苦しみを受けている。家には、何も順調し、何も大事な事を発生しないなら、誰かが治さない可笑しい病気に罹らないなら、それでは祖先が済度を得て、古人により善を累積している家が必ず残る福があり、悪を累積している家が必ず残る禍がある。

数年前に、ある信衆はリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して、此の信衆がある大きさ建築業の娘であり、母親がベッドに身を横たえて、行動が出来なくて、言うも出来なくて、だからリンチェンドルジェ・リンポチェに母親に加持して母親に話させた。リンチェンドルジェ・リンポチェは此の信衆に問い合せて、財産の配布がまだなので、母親に話させるでしょうか?信衆も正直に回答して、財産に分ける事がない。母親も生きている死者になって、息子が自分のわがままで、ある60万ドル余りの器械を買って、胸腔を切り裂くことができて、体外循環の方式を用いて、母親の体を維持している。医者の弟子も証明して、この「ECMO」という医療器械が極めて騰貴し、彼が働く病院にこの機械がない、肉体が壊れてしまう程度に至らないなら、この機械を使うなら、心脈を停止しても生きている。この命を維持する系統を使用すれば、毎週の費用が何百万に至る可能である。リンチェンドルジェ・リンポチェ開示して、彼女の息子は今にして、ただ母親の瞋恚心を増えてしまっただけである。そなた達は、自分の胸腔が裂けられて、身に一杯な插管があってベッドに身に横たえる生活を想像できるか?どれだけ哀れがあんなにあって、自分が位一日でも我慢できない、何故両親に苦しみを受け入れさせるか?娘さんはリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞くと、リンチェンドルジェ・リンポチェに母親に苦しみを受け入れない事を頼んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは回答、リンチェンドルジェ・リンポチェが加持したから、すぐに離れて苦しみを受け入れない。暫く、この信衆は再度リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来て、リンチェンドルジェ・リンポチェに報告して、リンチェンドルジェ・リンポチェが母親に加持する3日後、彼女が母親に病院にお見舞いしてから、家門に入ると、母親に応接間に座って、彼女の母親が彼女に感謝する事を言われて、、此れは彼女が苦しみを受け入れない。それから、母親が消えて行って、此の時に、病院が電話が来て、母親も去っていくことを話した。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の母親を見た事がないし、此の機械を見た事もないし、然し、観想により、此の使用の状況を知っていて、胸の胸を切り裂く必要があって、非常に苦しんでいる。そなた達は誰かが彼女の母親にこのような暮してるならば、速めに予約する事が出来で、医者弟子がそなたに助けて手配している事が出来る。

科学技術はますます発達して、人類の業障が益々重いである。リンチェンドルジェ・リンポチェは何回目開示して、ただ陽寿がまだ終わらなくて、維生系統が要らないでも、自然に死ぬ事が出来ない。若し、陽寿が終るなら、この先進な医療科学器械を使用しても、病人の苦しみを増える事だけである。陽寿が終らないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず力を尽くして助ける。命の長さが重要ではない、重要なのはそなたの法身慧命を助ける。そなた達は全て利己的で、両親に延壽をさせて、速めに去らないを言って、実は自分に哀れを受け入れない、自分が親人を失う苦しみを受け入れない、自分が傷害を受け入れない、それから、周りの人々に悩むを起こす。妻は夫に早く去らないとは、彼を愛する事が、彼になしなら生きていない。然し、此れようの利己的な心、相手い苦しみを受け入れるでしょうか?夫がない時に如何に暮していて、このままこのように暮している。

何は親孝行でしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェのように、父親が済度を得ない事を知っていて、父親に代わって2年間で仏に頂礼して、或は自分が親孝行という事言わない。然し、そなた達は遣り遂げる事が出来ない、金遣いを惜しんで、大礼拝をしたくない、ただ加持を求めてきて、両親に延壽をさせる事を望んでいて、そなた達は両親に仏菩薩に与える。世間には、不老不死の薬がない、誰かが死なない事もない、若し死ぬ事が出来るなら、リンチェンドルジェ・リンポチェが予め修法して自分に死なない。努力したくなければ、修法してお金持ちになる事でが出来るなら、リンチェンドルジェ・リンポチェも自分にお金持ちになって、そなた達に得る事が不可能である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは続いて開示した。先週言及された初めの段階の仏を学ぶことは、心の中の考えを分別心念と見なす。初めの階段の仏を学ぶのはそなた達がこれらの毎週仏法を聞きに来る信者達を指すのではなくて、そなた達のこれらの大礼拝をする者ではなくて、それは大手印を伝えられて修行し始まる人のことを指すのである。この間の数回の開示はとても重要であり、そなた達はいくら理解することができるのに関わらず、リンチェンドルジェ・リンポチェはそれともきっと言って、これは続いてリンチェンドルジェ・リンポチェが大手印の禅座を伝えるとよく関係があって、基本的な概念であり、もしそなた達は仏を学ぶことに対する心構えは正しくないならば、大手印の禅座を学ぶのはとても危険である。

お経には、仏を学ぶなら二大の障害があると説かれて、1つは煩悩障であり、もう1つは所知障である。、実はこの2種類の障害はすべて対治する方法があって、取り除くことができて、二つどもまだ最も困難で深刻な問題ではない。最も深刻なのは禅座を学ぶ時にとても危険な2つの情況があって、一つは掉挙(じょうこ)、もう一つは昏沈(こんじん)である。掉挙とは、そなたが座禅する時に非常に興奮して妄想が多いと感じて、心はずっと静まることができなくて、多くの人はすべてこのような状況があって、このような状況は比較的に危険ではなくて、対治する方法もある。昏沈とは、そなた達の思うように寝つくことではなくて、寝つくのは肉体が休むことであり、同じではない。もし寝つくことを言うなら、仏は直接に寝つくと言うはずであるが、、昏沈という言葉を言い出さないから。昏沈はそなたは座禅する時に心が深く沈んだように、完全に外部に対していかなる感じることがないので、自分で1種の無念の定の境にあると思って、外部の音が聞こえないで、自分の呼吸、動悸の音をも感じられないで、悟って大定の境界の中に入ったのを感じ違って、その中から出ることができない。科学的な考え方から見ると、自分がすでに脳波、心の動くことがないと思っているのである。本当にこのようになることができるか。実はできない。脳は体の指揮する中枢であり、体の各種の作用を指揮して、脳は1部分の作用を停止することができて、しかし脳波がやはりひとつ最も体の基本的な運営作用を維持しなければならなくて、例えば、呼吸、心の動悸など、別に体のすべてが作用されてないを言うのではなくて、事実上はやはりこの体を利用して修行しなければならない。前世に座禅を学んだことがあって或いはこの世に仏をある段階まで学ぶと、昏沈の現象が発生する可能性がたかいくて、事実上、このように座禅するのがとても危険である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは以前に顕教の座禅を学ぶ時に、このような経験が二回あった。一回は自分の家である。リンチェンドルジェ・リンポチェは毎晩も座禅を組んで、ある夜、座禅を組む時、すぐに心の沈む境界に入って、人はその中に陥っていかなる音が聞こえないで、リンチェンドルジェ・リンポチェはある女子の笑い声を聞いてからやっと目が覚めた。この笑い声は家族が決して出したのではなくて、家族が皆すでに寝ついたため、ずっとリンチェンドルジェ・リンポチェを保護しているアキー護法であろう。時計を見ると、すでに3、4時間を過ぎたことを発見したが、しかし、ただ1分だけを過ぎたと感じた。もし護法が救ってくれないと、リンチェンドルジェ・リンポチェの心は鍵をかけられてしまった。

もう一回は、リンチェンドルジェ・リンポチェが友達と一緒に基隆のある寺院に行って、リンチェンドルジェ・リンポチェは石観音の仏像の前で座禅を組んで、同様に急に心の沈んだ境界に入って、外は雷鳴しても大雨が降っても、すべては聞こえないで、友達の携帯電話の音が突然鳴り響いたまで、やっと驚いて目を覚ました。リンチェンドルジェ・リンポチェはすこしだけ座禅したと思ったが、結果はすでに1時間あまりである。もし目が覚める因縁がなければ、ずっとその中で出ないかもしれない。他人が一人の植物人のように見える、生命現象があっても、外在の物事に対していかなる反応がなくて、ものをも食べる必要はない。リンチェンドルジェ・リンポチェはこのことを上師 直貢チェツァン法王に訴えて、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに、マレーシアで、ある修禅する者が嘗て昏沈まで修めて外に出ることが出来ないと仰った。この2回の経験を通った後に、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の方式が間違ったことを知っていた。でも、この経験があるため、決して簡単に弟子達に座禅を教えなくて、初めて更にどのような座禅が弟子達にとって最も役に立つかということを知っている。どうして閉関する前に、上師はあなた達に加持するのか、それはそなた達を保護するため、閉関する時に、上師がそなた達の部屋の側にいて、そなた達をこのような状況が発生しないようにする。禅定を修行することは必ず経験があった上師に従ってやらなければいけなくて、間違った方向を修行しないのである。

修禅するのは必ず座禅して禅を修めるのではないが、しかしどうしてまだ座禅を組まなければならないか?人は眠る時或いは立つ時に、体の姿勢が違って、心の気の変動は同じではない。座禅このような姿勢はその他の姿勢と比べると、心、気の専一、気脈のコントロール、心念の専念にとって、最も役に立って、最もそなたに定を修行することをさせて、だから普通の人は座禅を組む修禅するのである。

この間の数週間に、専念、分別心、念頭などの法門を開示して、なぜかというと、リンチェンドルジェ・リンポチェは大手印の禅定を伝授する前に、先に弟子が生死を解脱する仏法を学習することに対して、はっきりと確定する基礎があるように要求した。直貢チェツァン法王は嘗てこう言ったことがある。リンチェンドルジェ・リンポチェは毎週にそのように苦労して法座に登って仏法を開示する必要がなくて、その代わり2人を探して代表として仏法を言ってもよくて、そなた達が根器ではないから、ただストーリとして聞くだけである。リンチェンドルジェ・リンポチェはそれとも苦労して開示して、そなた達はきっとリンチェンドルジェ・リンポチェこの数週間の開示した内容をしっかりとしっかりと覚えてください。

初心者は一切の境界が分別心念を確認して、それから、これらの分別心念を自分の本知本覚を確認して、これらの心念が外在環境或は他人のために起こす事ではない事を了解し、総て自分本性、自性と仏性を起こしている。分別心念は自性の中に引き起こして、本性が外界の妨害と誘惑に遭って、自分がこの故に反応を起こし、これも縁であり、それから心が動いて、分別心念を起こしていく。だから、そなたは他人が何をする故にそなたに怒られて、他人がそなたの何か短所を話すのでそなたに彼を嫌いで、或は他人がそなたに褒めるのでそなたに彼をすきさせて、これは総てそなたの分別心である。そなた達は現在常に自分の間違いを他人に移転して、実は総て自分の分別心念を起こして事柄の良さと悪さを分別させていく。多くの人々は仏を学ぶのが総ての考えを消えさせて、念が自分の本性から、念の消滅が自分の本性を消滅ではないでしょうか?実は縁を起こして縁を消えて、同じ時間で発生して、考えの由来をはっきり認識してから、考えを生じる縁を断絶する事が出来るならば、自然に分別心念を引き起こさせない。「心経」とは「心経」と呼ばわれる理由が本性、自性と仏性を諭す。

人と仏は相同な本質を持っていて、心が清浄な、不動のようにある。「心経」は心性が本に不生、不滅、不垢、不淨、不増と不滅という事を曰く。心念は既に消滅ではないので、考えが毒蛇猛獣と見なす事が要らない、金剛乗の殊勝なのはここにあり、人が就寝に夢を見る事も考えの現われである。リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて座禅を組む時に目を回す現象が、「無念」が「入定」をしてから起こす事を思っている。考えがないならば如何に修行していくか?考えがある故に「明心見性」を修め得て始める。

「明心見性」は二つを分けて事であり、「見性」が肉眼により見える事ではない、考える事ではない、「観見」であり、心にははっきり本性と法身を認識していて、一般的な人の説法が自性の光である。「明心」とは菩提心と慈悲心を知っている。仏を学ぶ道には「明心見性」が一つを欠ける事が出来ない。金剛経曰く:色相にて我に求め、声にて我を求め、総て邪説である。生死を解脱する事を教えるのは邪ではない。法身が形、重量、大小、色とスペクトルがない、それでは我々に如何に法性を分別することが出来るか?我々の考えにより法性を発見し、考えが如何に来るのか、心性から引き起こして、分別心念をはっきり認識してから、本知本覚も知っていて、本性だけで知っていて明性がないならば作用する事が出来ない、慈悲心と菩提心があるので、衆生に利益して始めている。

仏経はかつて言った,修行が最後に至ったら仏法さえ全て捨てるべき,まして非法である。人は五毒で執着が生じて,執着があったので輪廻が生まれて、限りがない輪廻の苦しみを受けた。ひいては、仏を勉強するため法執が起こった,これ等は全て注意しなければならない。釈迦牟尼仏は仏になった時仰った:衆生と私と同じな清浄な本性があった,私は覚悟したが何故衆生はまだ覚悟しないだろう?それは、衆生が自心と本性とあわせて一緒に作用が出来ないのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて申された:全宇宙には一番大きな力は慈悲心で,そなたは明心見性が出来た時、そなたの本性慈悲の力は自然に現れるのが出来た。リンチェンドルジェ・リンポチェは癌の患者に加持する,それはあの患者を助けるのではなく、寃親債主を加持するのでもなく、寃親債主に一切全て分別心が生んだのを知らせて,彼らを執着しなくさせて,悲心を表れさせて暫く患者に害をするのをやめさせた。

そなた達は覚えておいて、全ての感覚は全部自らの分別心念より起こった,全部そなたの心が動いて生み出した分別と執着である。六祖慧能の「心随幡動」物語りのようで、そなたの心が動かなければなぜ幡が揺れていたと感じたか?でから、一切全ては自性分別心念が生んだわけである。つまり、リンチェンドルジェ・リンポチェは先週かつて仰ったの通りだ,そなた達が車の中に座って、周りの景物が動いていたと感じたが周りの景物はそのままで動いた事がなくて、車が移っていたのである。しかし、車の中にのあなたは、そなた達の心のように、そなた達の心が動いたので分別が生じた;それは、そなたの心が動いたので全て見た物が全部動いていて,心が動かなければ、外在全てのも変更しない,同じ道理である。

良く考えて見るとそなた達がどのことをする前に、全てまず自分が傷害を受けるかどうか考えるのを発見した。目、耳、鼻、舌、身、意との六賊が制御する下にこの肉体を守るため、沢山の精力を尽くして食べ物を捜して食べて、衣服を買って着て、沢山の用品を買った。そなた達は美しいのが見たくて、きれいのを聞き、いい物を使う、実はそなた達が恐れているのはそなたの清浄本性が傷害を受けるのではなく、只この悪業、善業で累積して出来た業報身―肉体であろう!人はそなたが醜くて、太すぎて、痩せすぎるのを言う事に恐れるのもこの肉体が害を受けるのを恐かった。そなた達は利己のため、無自覚に他人に害をすることを沢山したがまた自分が間違ったと思わない。実は人の肉体を構成した基本の原子、分子の配列、組み合わせは全て同じで、密法を修め得たとは限りない,組み合わせる方法がもう一度配列する,さもないと皆さんは全て同じである。この肉体は死んだ後、何も残らなく、一亀の骨しか残らない,年が取れば取る程さらに少なく残った。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示された:骨が唯一出来る事は大地に散して,大地を滋養するしか出来ない。

中段階の修行者は住むべきではなく、所謂「不住」とは、まったく、はっきり分かった,世間の一切の全て自心の分別心念に起こられた,一切に対して執着しない,全て善悪の分別心念を断つと心識が疲れになって平静になった。疲れるとはどんなことに飽きたのではなく、世間に対して、善悪分別を問わず、好き、嫌いはしない、思いに起こるはずがない,ここには言葉で形容難いので疲れる言葉で表す。行者は良くわかった、善念、悪念全て善業、悪業を起して自分を輪廻させる,それでこんな欲望に満ちた輪廻生活方式を厭きた,祖のゆえ心はゆっくり平静になって、無念の境界に至る,しかし、この階段まで修め得た行者はこんな無念の階段に満足して滯在すべきではない。行者は自分がある境界を修め得るのを体得出来た時,「私が修め得た」これらの考えはあるべきではない,それは、自分の心にこの考えを執着させてなかなか解脱することができない。清浄の本性は累世執着の分別心に隠されて、分別心の執着により善、悪業が起こられて本性を汚染した,そなたは続いて勉強して明心見性まで至った時、そなたの本性の慈悲の力が自然に現われたことが出来る。此処に話したのは金剛経が説いている「無所住而生其心」の境界である。

リンチェンドルジェ・リンポチェはご自身の修行経験を例として挙げた,リンチェンドルジェ・リンポチェは昨日4時から衆生を助けて、9時あまり終わった。リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生を助けるとき、どのように自分を保護するかいままで考えたことはない、どのように衆生を助けたいのである。リンチェンドルジェ・リンポチェはどんなに衆生を叱る或いは加持する,リンチェンドルジェ・リンポチェはこの叱れ或いは加持がこの衆生の未来に対して助けがあるかどうかしか考えない。助けがあればすぐしていままで自分のことを考えたことは無い。リンチェンドルジェ・リンポチェが済度することは人によって、縁によって異なったである。まるで、リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生を利益するにはどんな欲望もない、どんな報いも求めない。衆生に開示された一語或いは叱れは全て衆生にとって助けがあったこそ仰った。ある者はまたリンチェンドルジェ・リンポチェに言わないで、リンチェンドルジェ・リンポチェの叱れに恐ろしくてこれは一番最悪である。

ある弟子は表明した,以前沢山祖師大徳の文章を読んだが,前皈依した先生ひとりのでしが以前たくさんの祖師の大きいドイツの文章を勉強したことがあったと表した 以前帰依した法師もそんなに細微な方式で心性の作用を解釈することが出来なかった,今回申された「無所住而生其心」の内容は、過去に聞いたことはない。もう1人弟子も示した,リンチェンドルジェ・リンポチェが我らに仏を学ぶの一番基本の概念を教えてくれて、我らに間違い方向を行かせなくてとても殊勝である。ご自身が実際的に修行出来た経験がなければ、こんなに詳しく解釈することが出来ない。

ミラレバ尊者はかつて申された、この世或いは来世には修め得なければ、つまり生死より離脱するのを修め得ない,未来にある世が必ず地獄に落ちる。地獄に落ちるのは非常に苦しい,少なくとも人類の時間によって千年で,これまだ只小さい地獄である。地獄より出た後まず牲畜道に投じようとして、苦難を受け切れた後、人道に来られて、人になっても絶対に幸せ生活をさせて沢山お金があるのではない,とても貧しくてつらい人である。そなた達は台湾生まれたのが福報があったから,着物があって、家に泊まる、食べ物があって、もう文句言わないで,至るところに恨みが満ちていて、この国は良いかそなたが言え釈迦牟尼仏は知った,末法時代の衆生が一世で生死を離脱するのを修め得難くて、仏陀様は衆生に憐れみをかけて、衆生が輪廻して地獄にて苦しみを受けるのに恐れて、後期、特に阿弥陀仏の浄土を皆に紹介した,徳因縁があれば、まず阿弥陀仏浄土へのを修め得てまた成就に至るまで修行し続く。

リンチェンドルジェ・リンポチェは何週間にずっと皆に専心の重要性を開示させる。専心の為に、一つは我々に要らない執着を段々に減って、二つは考えに乱雑をしない。我々の執着が戒を守らない事を来て、懺悔を知らない、或は益々独善的にできて、或はある人が自分の間違いが知らないなら、懺悔ということを知らないなら、此れはより間違っている。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に大礼拝をする時に専心を教えて、体でする事ではない、心でしている。余計な考える事がいらない、体に対してよいではなくて、業障を消す事ではない。両親或は衆生に代わって仏に頂礼する事が考える事が出来で、此れは真に専心である。業障を消すとは業障を消失させる事ではない、一部の人々が暫く学んで、不思議であるい人が彼に修めさせない、此れは業障である。ある人は仏を学んでから、ある人を彼に結婚して修めさせない、此れは業障で、そなたに仏を学んでいる力を障る。此の何回目の法会に開示する内容は仏を学ぶ為に非常に大切し、そなた達が聞き入れて、ある日にそなた達に役に立っている。

金剛乗が修行する方式とは、そなたに考えを取る事ではなくて、石を草を圧して、草に生長させない事ではなくて、草に生長する事を助ける事もではない、縁に従って、草を生長すれば衆生に助ける可能性もある。若しそなた達は一切の妄念を消す事を執着するならば、多くの執着と苦しみを生じている。正座をする時に、蚊が飛んで来てあなたを噛んで、心には自分の業が重くて、正座をしても蚊が噛むことに来て、この考えを消す事も出来ない。ある法師は慈悲心がある事と言われて、蚊にゆっくりと噛んで、それが気をつけて腹を破ることをしない、このような話し方も余り過ぎている。実には蚊がそなたを噛むことに来る事とは因縁因果で、同様に返金して、縁が無いなら彼がそなたを噛むことへ来ない。

リンチェンドルジェ・リンポチェ再度説いて、旧暦の7月には特にあちこち道場にいって済度する事がしない、する事が出来ないのではない、7月に必ず済度する事が要る事がない、あちこちに法会へ行って済度をして、まだ、お金を持って自ら持っていて、お金が無いので診療を受けない人とお金がないので進学できない人を助けるほうが良いである。

護法儀軌を修めて、廻向をした後で、リンチェンドルジェ・リンポチェは再度開示して、祖師ジッテン・サムゴンが「専心が極めて重要である。専心がないなら、定がない、定がないなら、道が無い。」と開示させたことがある。道とは修行の道で、専心がないならば道を修める事が出来ない。簡単の一言で専心の重要性を開示させた。

仏法上に専心を求めて、専心とは、上師と仏陀がどのように説いて、そのまま如実いして、独善的に増えて変わる事ではない。広欽老和尚は専心で全ての事をする事を諭した。何事をしても同じような専心で、そなた達は何故会社に上司の叱りを受け入れるでしょうか?此れはそなたの学問が足りない或はあほうではない、此れは上司からそなたに教える順序が第一、第二それから第七、然し、そなたがわざと第一をする後で、直接に第七になって、また第八にして、そうすれば勿論問題があって、会社に損失をさせて、社長さんが直接に現場にいる人ではない、状況を知らないので、自分が変化して対応する事が道理がある事を言わない。何故社長さんはこれらの規則を決めて、此れは社長さんが会社の全ての利益関係を考えて、決められる規則である。全ても部門を関係があり、一つでもかけない。自分は独りよがり、知ったかぶりをして、会社が社長のであり、若しそなたが能力があって、自分が社長になる事もできる。出勤して給料をもらって、上司の話を良く聞いて、自分の仕事をよく対応している。独りよがり、表現が好き人が良く間違っている。自分が此の部分だけで対応して、残りのは自分の事ではないという考える事もできない。そなたに他の部門で他人の事を管理する事ではないし、他人に関心する事が出来るでしょうか!

戒体が守るよい人は自然で「定」を得て、働き間違えた機会も減っている。戒を守る良くない人は自分の考えでも分からない、しばしば事後に、このようにすれば戒を破るかどうか?正しいかどうか?するかどうかを考えている。こんなに多くの考えがあれば、如何に定を得るでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェは清浄な戒を守り、全ての考えが衆生に利益させて、考えのがこの事が他人に利益する事出来るかどうか、如何にすれば彼に助けがあって、自分に如何にするのか考えない、自然に考えがすべて善念である。

多くの人々は他人に自分を理解する事を求めて、自分で自分を理解しないで、他人に如何にそなたを理解するか?そなたは自分の肺如何に呼吸でしょうか?心脈が如何に躍動するか?自分は分からないなら他人に分かる事を求めるでしょうか!

仏教が曰く方法とはそなた達の生活習性が違って、仏は大能力があって、若し仏は我々に助けがある事を考えて、仏経には必ず記載があって、水にどれの種類の魚がある事も仏経に記載する事もある。数千年前に、仏は水泳或は潜水が出来ないが、如何に知っているでしょうか?此れは仏の大能力で、だから、そなた達は発明家にならてはいけない。仏経の内容は多くて、多くの事も話して、そなた達がそれらの内容を言うではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏経の内容を読めて、ただ一つの信じる考えがあって、必ずそのようにして、そなた達が懐疑を持って、するかどうかを躊躇して、する原因も推測している。仏を学ぶ事はよりあほうらし方がよい、多く勉強してよく学ぶ事ではない、ミラレバ尊者が読書がないが、この世に修めて得る。損にしてはいけない、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの世にずっと損にしている。「仏子行三十七頌」の内容には説いた事もあり、敵に上客を対応して、敵がないならば修めて得ない。自分はリンチェンドルジェ・リンポチェに修めるなら十分だと思ってはいけない、リンチェンドルジェ・リンポチェはよく修めている事がそなたと関係がない。そなた達は仏を学ぶ資格がない、菜食したり、拜懺したり、仏経を読んだり、真言を読んだりする事ではない。上師が教える仏法を確実に聞いて、聞き入れて、用いて、此れは真に仏を学んで修行していく。

2010年8月14日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、105名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

2010年8月15日

台湾寶吉祥仏法センターの弟子と信衆は、台湾寶吉祥仏法センターで、恭しく尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが2004年2月8日に開示された仏法の録音を聞いた。内容は「口伝四加行」である。

2008年7月、彼女は七ヶ月妊娠していて、友達を連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに来て、その時に慈悲的なリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に何のために来るのかと聞いた。彼女は微笑んで「いいえ、ありません。」と答えた。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは1冊の経書を持って彼女に加持してあげて、しかも呪文を長い間唱えて、当時彼女はただすごく驚喜すると感じて、しかし、どうしてこのように殊勝な加持を得られたのか、リンチェンドルジェ・リンポチェは別に解明しなかった。同年10月末、病院で自然分娩した時に、助産をする医師から、子供は臍帯が首を2周巻いている状況で、とても無事に出来たことを聞いた。その時彼女はかなり驚いて、妊娠過程に産前の検査を十数回も受けたが、すべての医師はいかなる異状を検査されてなくて、しかし尊き上師は、とっくに今度の妊娠が異状があることを知っていいる。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェに加持されたことがなければ、娘は恐らく既に身の回りにいなかったかも知れない。

2009年11月中旬のある土曜日の昼ごろ、彼女の長男は家の床の上で緑豆を愛玩して、突然にあらかじめ警告しなくて、叫んで泣き叫んで、彼女は大声で責めて、息子のわざと悶着を起こす情緒を制止したいと思うが、完全に無効であり、子供は泣けば泣くほど深刻になって、甚だしきに至っては凄く吐き気をしてしまって、彼女はやっと事態が怪しいと感じて、試みて子供を落ち着かせる。ひとたび尋ねると、子供が二人の無形の衆生に恐がれたことを知ていて、息子のヒステリックに泣き叫ぶことを見ていて、その時彼女はしっかりと子供を手でぐるりと取り囲むことしかできなくて、狼狽して助けがない情緒で、彼女に自分を制御できなくなってあれらの無形の衆生を怒ってしかりつけさせて、どうしてこのように少しも抵抗する能力もない子供をいじめるのか。彼女の憤怒にほえてののしった後に、子供がやっと落ち着いてきた。彼女は慌てて子供を連れて外出して、ある道場に駆けつけて、そこの法師に、先ずは法器で加持して子供を保護するように頼んだ。その時法師は占星術で占うと、彼女に、これは祖霊の騒擾のためかもしれないと教えて、できるだけ早く処理しなければならなくて、さもなくば加持力はどのくらい支えることができるか、彼も保証することができない。息子は目つきがあわてて恐れて、家に帰りたくなくて、ずっと泣いていてやかましくて、たとえ家に帰っても、彼女はどこに行っても息子はいつも側にいて、子供その恐れる模様を見て、母親とする者ならら、問題さえ解決できれば、たとえほんの少し可能性があっても、例えば、宮か廟或いは有名な先生にも関わらず、すべては彼女に慌てて試みに行きたいことをさせた。

あの間、彼女は焦って電話を掛けたり、ネットワークは何回も何回も探し求めたりして、一心に解決する方法を探し当てることができるのだけを期待して、この事件に句点を書く。しかし、電話の相手から教えてもらったのは、問い合わせを一回だけ聞いたら、その費用は3万元台湾ドルをかからなければならないが、しかしきっと解決することができるとは限らない。さもなくばもしも子供を騒擾する無形の衆生は祖霊であるならば、処理してくれることができないと言われた。子供のあわて恐れて助けがない目つきを見ていて、彼女は焦るが何も助けがない。夜が更けて人が寝静まる時に、どこから出来る霊感が分からないが、内心の深い所から1つの音声がない喚声を出して、「リンチェンドルジェ・リンポチェ、助けてください。」とのことである。

翌日出勤して、昼ごろ、長い間会わないで寶吉祥のある兄弟子はわざわざ彼女を探して、彼女に近況が変わりがないかどうかを聞いた。この時に、彼女は感激の涙が目にあふれるように感動させて、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の叫びが聞こえて、兄弟子に彼女と息子に土曜日に道場までリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに助けてくれるように連れて行くことをさせたのを信じた。リンチェンドルジェ・リンポチェは親切に家の住所を尋ねて、ほどなく禅定に入って、彼女に近ごろ新しく買った寝室のベッドの上に覆う毛布及び家の中のある人形が問題の根源であることを告知して、更に彼女が来週土曜日に道場まで持ってきて処理してくれるように要求して、同時に彼女の息子に身をかばう金剛結を一つあげた。次の土曜日に、彼女は息子を連れて、リンチェンドルジェ・リンポチェの諭された物品を持って、道場に向かって再度リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに行った。まさに、リンチェンドルジェ・リンポチェの諭したように、確かに毛布と人形の原因であり、外の法師の言った祖霊の妨害ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェに加持されたことを通して、息子は顔が昔の笑顔を回復して、家に帰ることを恐れなくなった。彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがあれらの衆生を助けて、同時に彼女に仏法に対して正しい観念があるようにさせたことに感謝した。

2010年3月16日明け方、彼女の夢うつつの間で、それはリンチェンドルジェ・リンポチェが道場の法座の上に座って、彼女がリンチェンドルジェ・リンポチェの目の前に立って、両手の合掌しているまま、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞いて、しきりにうなずいたとのことをはっきり夢に見た。目が覚めた後に、彼女は夢の中でただ覚えているのは非常にリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝することだけであり、詳しい開示の内容を完全に覚えていない。当日の夜7、8時ごろ、彼女が台所で料理に忙しくて、長男と娘は客間の中で、急に絵を描くためにボールペンを奪い取って口論して、彼女は制止したいが、しかし現場に着いた時に既に間に合わなくて、目の前で妹が手の中にある奪い取ったボールペンで、ひどく兄の左目に刺していって、兄は左目を覆って、涙が狂って出て、あわて恐れる彼女はゆっくりと息子の手をそっと左目からのけて、ボールペンの挿した傷口がかなり左目と近くて、傷つける深さはとても深くて、明るい赤色の血はゆっくりと傷口から流れ出すのを見て、この時にやっと、どうして朝の夢の中でリンチェンドルジェ・リンポチェに会ったのかと悟った。  リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝して、長男が幸いにも今度の災難をよけたことが出来て、貴重な左目を失わないようにする。この時に急いで寶円膏を取り出して厚くて傷口の上でつけて、意外にも1日経って傷口を癒合して、とても非常に不思議なことは今に至って完全に傷あとにも見えない。

2010年3月23日、彼女の弟は電話をかけて彼女に救助を求めて、彼が食べられなくて、排便することができなくて、よく呼吸困難だと感じて、既に多くの医師を見に行ったことがあって、彼が恐慌症だと言った。彼女は弟と、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の2人の子供を救助した経過を分かち合って、弟がリンチェンドルジェ・リンポチェに助けてもらいに来ることができるように望む。その夜、弟は自分が1つの木造の家の中にいることを夢に見て、向こうで坐っていて1位が赤くて黄色の服を着ていつ修行者は、あの修行者は髪の毛がなくて、眼鏡をかけていて、弟が修行者を眼鏡を下ろして拭いて付けたことが見えた後に、ほほえんで彼に加持するように手伝った。夢の中で、修行者の加持を通して、弟は体内の中で逃げまわっている1筋の気流があると感じて、たちまち滞っている呼吸が順調になって、気流の行くところはしかもすべて彼に比類がない心地良い感じがあるようにさせた。加持が終わった後に、弟は急いで修行者に向って五体投地の礼をして、そして:「ありがとうございます、リンポチェ!」

翌日目が覚めて、彼女の弟は非常に不思議だと感じて、急いで電話をかけて彼女に告知して、彼女はすぐ弟にインターネットを利用して、ウェブサイトでリンチェンドルジェ・リンポチェの写真を見なさいと要して、思いがけず弟の見つけたのは、リンチェンドルジェ・リンポチェの数年前の写真であり、弟は身につけている服装がとても似ているが、しかしリンチェンドルジェ・リンポチェの本人かどうかは不確定であると説明した。4月2日、弟は依然として気分が悪いと感じて、彼女は弟に4月3日土曜日に道場に向かって、リンチェンドルジェ・リンポチェが手伝うように願いに行った。リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して、特にリンチェンドルジェ・リンポチェに加持された後で、弟はきっぱりと彼女に教えて、夢の中で会った修行者はリンチェンドルジェ・リンポチェである。今弟の体の状況は既に全快して、たとえ皈依していない弟でも、このように気を使って助けてくれた。上師の慈悲に恩に感じる。

そして、もう一人の皈依弟子は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の家族を助けて受けた経過を分かち合うこと。数年前に、この弟子が寶吉祥の兄弟子から分るのは、ある修行者が不思議な願力があるのであり、しかもいとま請いをせず苦労してひとを助けて、もし両親の健康を尋ねたら、必ずその慈悲な助けを得ることができて、しかしくれぐれもこの修行者を一般な占い先生だと見なして、感情の結果を尋ねてはいけないとしないでください。その時、彼女はとても震撼すると感じて、一つはこの上師がとても特別だと感じて、大能力があってもこれによって自分の利益を図るようにしなくて、同時にまた慈悲でいっぱいで子女の願を満たす;もう一つは自分自身がかなり恥ずかしく感じて、彼女は自分が平日あまり父と母を思い付くと感じてなくて、更に閑に彼らの健康に関心を持つことを議論しなくてもいい。この兄弟子が同時に彼女に金曜日ごとの施身法及び毎週の日曜日の共律法会に参加するように励まして、彼女は2人の子供が幼いため、年を取った姑に配慮することに忍びないで、そのため婉曲に断った。

2006年の夏、幼児が少し成長したため、彼女は先生と相談して、かつ姑の賛成をいただいてから、宝石会社にきて、リンチェンドルジェ・リンポチェに彼女に月に一回の施身法に参加させることに賛成するようにお願いして、慈悲的なリンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ承知した。彼女が恥ずかしく感じて、涙にむせんでただ「祈りたいのは両親が・・・」などの字だけを言い出して引き続き口をきくことができなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェはつまり慈悲的に彼女を問い合わせて、両親が病気の苦しみを減らすことを望むかどうか?尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の考えに対して、心ではっきり分る。

2007年春、彼女の姑は肺腺癌末期になった。しかし、激しい副作用のせいで、分子標的治療薬を使用する事を止めなければならない。元々にうまく抑えた肺腺癌の病状は段々悪化になった。彼女は夫にアドバイスして、姑を連れて一緒に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを求めて、姑に苦痛を減少させた。当時彼女は夫に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの色々な衆生済度の事跡を詳しく説明しなかったので、夫はすぐ忙しい仕事を手放せず、姑と間もなく三ヶ月閉関修行へ尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに会えなかった。姑の体調は悪くなってきたが、夫は非常に心配して姑が八月迄生きられなくて、此の世は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁する縁がないかもしれない。嘗てある兄弟子は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが閉関修行の時、毎日宝石店へ行って、リンチェンドルジェ・リンポチェの写真に頂礼しても同じで加持を得た。当時彼女はまだ皈依していなかったけど、常に宝石店へ行って、リンチェンドルジェ・リンポチェの写真に頂礼してリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲を感謝して、姑に長い三ヶ月を無事に過ごした。また、リンチェンドルジェ・リンポチェは始めて姑に会った時にすぐ加持を与えて、苦痛を減少させた。更に姑に時間及び機会を与えて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞かせて、正信仏法を接触できて福報を累積させた。

彼女の姑は体調は益々悪くなった。ある時に非常に迷って法会に参加したくないと思った。兄弟子は彼女達に絶えずに法会を参加するのを励ました。結局毎回法会を参加した後、姑の精神状態は出かけた前よりよかった。ある癌末期の病者は道場に四時間に座ったのに、精神状態がよくなった。此れは全て尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持を感謝した。

彼女の姑は肺腺癌に罹ったけど、末期に苦痛及び排泄障害以外、咳をしなかった。彼女の姑はその後家に平和に亡くなった。当時土曜日の午後なので、彼女の夫はすぐ宝石店へ行って尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ皈依せず姑に施身法を賜る事を同意した。また先に姑の神識を守って、姑に苦しくさせなかった。夫はリンチェンドルジェ・リンポチェを供養しようだけど、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に断った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは亡者を重視して、亡者を助けたのに、一銭でも受けなくて、一般人が行えない大成就者の風格である。

彼女の姑の遺体は火葬した後、非常に綺麗なピンク色を表した。此れは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが姑を済度した瑞相である。

2008年8月この弟子の父は病院で検査して大腸癌に罹る事を発見した。彼女の父はもう八十歳を超えたけど、速めに発見して、体は健康なので、医師は手術をアドバイスした。彼女が高雄にある大病院に勤めた二番目姉の夫は彼女の父にすぐ高雄に行くと言った。特別に病院の名医を手配して、手術を受けさせた。

母の世話の御蔭で、父は手術を受けた後よく治った。しかし、世話の事は楽ではない。母の心身は既に疲労した。だから、父は専門の老人ホームへ移した。間もなく老人ホームから連絡があって、検査により、父はAIDSに感染する事を疑った。老人ホームはまた彼達を提示して、早めに母を連れて検査して、また伝染する事を注意した。彼女の父は検査を二回受けた。検査結果は感染する可能性が高いと現れた。二番目姉の夫は献血の時に必ず検査したけど、無症候期があった。或いは手術及び輸血した時に感染した。そのために彼女三姉妹は非常に心配した。父はもう年取ったのに、また癌に罹った。これ以上このような病気を受けられない。一方非常に母のことを心配した。嘗て父のために傷を洗った時に不注意に感染されたかどうか。彼女は両親が彼女達を育てるために心力を尽くしたのに、年を取ってもこのような苦しみに耐えなければならない。また、若し本当に感染された結果を考えると、非常に助けのあてもなく恐がった。毎日尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの写真の前に不断に上師の慈悲及び加持を祈った。ようやく彼女の父は三回目の検査報告が現れた。父は完成しなかった。彼女は非常に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持を感謝した。

彼女の父は老人ホームに慣れなかった。食欲は非常に悪くて、常に風邪を引いた。しかし、父は台中の家に帰る事を強く要求した。2009年1月彼女の父は帰宅後、嘗て非常に寒気を恐がって、布団を三つ覆って、ストーブを開けても寒いと感じた。或いは10センチ以上の枕に寝ても高くないと感じたなど状況があった。当時彼女はまだ分からなかったが、此れは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは開示された四大分解の現象である。間もなく医師は検査して、父の癌細胞は既に肝臓及びリンパに転移した。家族は全て非常に驚いた。父は最初大腸癌は殆ど零期であった。更に名医の手術を受けて、病巣を取り除いたのに、僅か四ヶ月が経ってそんなに速めに転移したわけないだろう。実は此れは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが開示された事である。懺悔しなくて、手術を受けて捨てたいのは問題を解決できない。

4月末、彼女の父は既に自ら食事できなくて、必ずチューブを頼って食事しなければならない。大小便も完全に自分がコントロールできなかった。段々友達を分別し難い状況は現れた。また癌の痛みのせいで、始めて軽い鎮痛薬を使用した。彼女の夫は父に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの写真を見せて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが彼を助けて、安心しなさいと言った。昔から宗教を信じていない父は安心に頷いた。27日朝彼女は姉の連絡を受けて、父は血圧は急に下げた。急いで台中へ戻ろう。慌てたが、幸いある弟子の提示を貰った。急いで宝石店へ行って、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの写真の前に頂礼した。リンチェンドルジェ・リンポチェに祈って彼女の父を助ける。帰宅して、亡くなった父は口が閉めて寝るようで、面容は落ち着いた様子だ。通常のように厳しく威厳ではない。この弟子は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持及び甘露丸を賜る事を感謝した。

他の癌患者に比べて、彼女の父の苦痛は本当に多く軽減された。彼女は姉と一緒に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、また父を済度する事を祈った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは同意した上、同時に父は中国にいる弟も往生したかどうかを聞いた。姉は「はい、そうです。」と返事した後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ彼女を指示して、一緒に叔父のために施身法法会に申し込んだ。当時彼女はかなり驚いて感謝した。彼女は今まで父に叔父が有って、約十年前に既に往生した事を聞いてないが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは分かった、同時に慈悲に自ら叔父を済度する事を表した。この弟子は再度尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝した。彼女は始めて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した時に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに彼女の両親を助けて苦痛を離れる事を祈った。この希求は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは一度も忘れなれない。今までもいつでも国内或いは中国を問わず、皈依したかどうかを問わなかった。不断に彼女及び全ての家族を加持し続けた。

続いて、寶吉祥仏法センターの弟子及び信衆は始めて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが2004年2月8日に開示された仏法録音テープを恭しく聞いた。内容は「口伝四加行」である。

チベット仏教の不共四加行は仏教が我々を教えて八万四千種煩悩を対治する全ての重点を含めた。ある者はどんな法門を修めればいいと聞いたが、どんな法門を修めても不共四加行を修めないと無駄だ。未皈依の信衆に対して、今日そなた達に縁を結んだだけでまだ修める資格がない。例えそなたに如何なる大礼拝をする事を教えて家でしても役に立たない。唯そなたに運動させて、仏菩薩と因縁を少し累積した。

今回リンチェンドルジェ・リンポチェは四加行を伝授する前に殆ど一年にかかって共の四加行を説かれた。つまり、仏子は仏を学ぶ全ての概念である。特に《仏子三十七頌》は全て仏子一切身口意の規範、標準である。若し標準を行わないと、仏を学ぶのは木に縁りて魚を求むのように得られない。台湾顕教では余り《仏子三十七頌》を重視しない。それは台湾人は仏経、名相を聞く事が好きで自分が分かる事は好きだ。東洋や西洋も常に仏法を学問として研究した。若しこのような心があれば、仏を誹謗である。仏を誹謗するのはそなたは仏の意義を誤解して、独り善がりで自分は分かると思ったのは仏を誹謗する。何故台湾で多くの道場は《仏子三十七頌》を重視しなかっただろう。それは厳しい条件である。しかし、そなたは生死を解脱して、持戒するのは《仏子三十七頌》を修めないと不可能だ。四大名山に皈依して、拝懺して、仏経を唱えて、仏号を唱えて、禅七、仏七をした事があったのは仏弟子ではなくて、《仏子三十七頌》にはっきりに説かれた。そなたが行えば仏子であり、行わないと違う。

多くの者は仏経を多く聞けば、知恵を開けると思って、仏を多く唱えれば必ず知恵を開ける。それは出来る。しかし、問題なのはこの条件をそなた達は出来ない。この条件は上根器の者を適用した。上根器とは仏法、仏菩薩及び上師に対して、ちっとも疑わなくて、また因果法則を深く信じる者である。六祖慧能と同じように《金剛経》を聞くと見性した。広欽老和尚は一緒に阿弥陀仏を唱えて、八地以上の菩薩を証した。何故彼達はできただろう。それは累世の善根を持った以外、最も重要なのはそなた達と同じではない。そなた達は自分の考え及び疑いは多くて、そなたの標準で上師、仏菩薩は説かれた事を見た。だから、そなた達は単純に仏経を聞くや単純に菩提道広論を一冊聞いて、単純に仏を唱えて坐禅する事を頼って、仏弟子に成れない。明心見性も言えない。

仏法はそなたの生活に用いる。この前、ある者は部屋を買う前にリンチェンドルジェ・リンポチェは既に彼にこの部屋は水を漏れるので、問題があると言った。しかし、彼は安いと思ったから買った。買った後、部屋は海砂屋だと発見した。リンチェンドルジェ・リンポチェに相手を告訴するかどうかを聞いた、世間法から見ると、訴訟を起こすべきが、出世法から見ると、此れもそなたの福報因縁である。どんな事が大変ではないと、以和為貴しよう。そなた達は何でもいいだけど、損ないたくない。何故そなた達は業がこのような重いだろう。それは自分は損ないたくないから。何故リンチェンドルジェ・リンポチェは学べただろう。それはリンチェンドルジェ・リンポチェは自分が損なっても構わない。そなた達はいつも自分が良いところを表す事が好きで、上師はそなたを注意する事を望んだ。そうすれば《仏子三十七頌》に説かれた事と逆らった。だから、過去リンチェンドルジェ・リンポチェは説かれた八正道、聞思修、戒定慧など仏法テープを繰り返して聞かなければならない。もう聞いたから分かったと思わないで、我々は必ず生活に用いて、この基礎の概念があれば、不共四加行を修めるのは役に立つ。

大礼拝をするのはそなたがよく出来るか?標準にやっているかどうかではなくてなぜ我がこれをするかよくわからないといけないのである。どうしてそなた達が繰り返して誤ちを犯しているか?何も無く、因果を信じない、仏と上師がそなたに教えたのを信じないのである,それで、ずっと絶えずに誤ちを犯す,間違ってもまだ自分に理由を作って弁解させた。我らは一生に絶えずに過ちを犯せば、輪廻することはそなたがするべきだ、三悪道にもそなたが入るべきだ。この一生にはある仏法を聞いだのできっと三悪道に堕ちないと思わないで、そなたが皈依したことがあったと三悪道に堕ちないとも思わないで,それは条件があるー深く因果を信じる。そなた達は因果を信じなく、皈依したと関係ないと思えば、それはいけない。

1人上師の福報は絶対にそなたの累世の業を起こらないように抑えることが出来るがそなたが少し疑いがあれば、そなたを助ける福報はすぐ消えてしまう。仏菩薩はわれらに助けをくれるのは、我等の累世の障碍を暫く邪魔しないようにさせて、我らにたっぷり時間をくれてこの一生にて仏果を修め得ることが出来る。仏経の中にとてもはっきり説いてあり、仏は業を転化することが出来ない、誰に頼るか?自らである。リンチェンドルジェ・リンポチェを例として,直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェの根上上師で、教派にもある年寄り大成就者は全て非常にリンチェンドルジェ・リンポチェを可愛がっている,そなた達の考えにより、リンチェンドルジェ・リンポチェはもう修める必要は無いはずで、彼らは毎日リンチェンドルジェ・リンポチェのため、呪文を唱えて、リンチェンドルジェ・リンポチェに迴向すれば結構で、なぜこんなに苦労して修め得るだろう。この考えこそ間違った。彼らはリンチェンドルジェ・リンポチェを加持するのはリンチェンドルジェ・リンポチェが仏を学ぶ道に障碍が少しを減って、仏になる時間をすこし短くさせるのであるが、やはり自分に頼らなければならない。仏と上師はお米と野菜を料理に煮させて、机の上でそなた達にやる,そなたはやはり食べなければ成らない、それを見てばかりでお腹はいっぱいになることが出来ない,必ず食べて、お腹がいっぱいになることが出来られる,仏法はほぼこの意味である。だから、あなたは是非しっかりしなければならない、決してなまけないて,絶対にまだ時間があると思うな。

何日前、リンチェンドルジェ・リンポチェは大通りで1人女弟子が運転して天窓を開けて子供の頭が天窓を出させて、とても大様と思ったことを見た。なぜ、こんなにうっかりしたか?ひとりよがりでこんな人は普通生活の中に全部危機意識がないのんで,彼女は絶対に自分が仏を勉強する方法に対しても危機意識がなかった。危機意識とはなんだろうか?良く知って、我らが三悪道に堕ちるのはただ指先で弾き出す間のである,三悪道に堕ちるのがとても難しいと思わないで、すごく易しいである。ある物語、1人出家衆がひとつの文字を言い間違ったので五百世にて狐になった。ちょっと考えて見てそなた達はこの一生にどのくらいの話を言い間違ったか?何人を叱ったか?どのくらいのことをし間違ったか?そなた達がこの短い何十年間の中に毎一日にすこし時間を割いて仏法で我等の意識を陶冶するのを決心しないとそなたの危機意識が足りなくてそなたは三悪道に堕ち易いのである。この運転をしている女弟子のように、この大通りにはどんな車がなくて、子供を遊ばせて、こんなに運が悪いと思わなかった。なぜ、子供はこんなに従順ではないだろう?全部これらの父母がやり出したのである。

多勢者が仏を勉強するのがとても難しかった,それは、そなたはまだ自分が正しいと思っている。そなたは自分が正しいと思えば、当然仏法を受け取ることが出来なくなった。仏法には正と誤がない、仏法は二分法ではなく、比論ではなく、仏法は絶対論で,我らになぜ六道に輪廻するか?我らはどこで間違ったか?それで、我らにどうやってするか教えてくれた,しかし、そなた達はするべきだろう!現在台湾で菩提道広論を聞くのが流行っているように、グループで捜査と検討の意味を聞いたと修行、仏の学ぶだと思った,この考えは間違った。仏報はそなたに研究討論ものではなく,話題ではなく,仏法は生活の中に用いるのである。毎衆生の根器は同じではなく、習慣も違って、仏法を受け取るのも異なる,それより、同じではない者が座って仏法を討論して、結局喧嘩になった。チベット仏教にはラマ僧が経典を弁論することがあり、動作が喧嘩しているみたいが彼らは上師が説いた仏経を聞いた後,授業が終わってから皆が上師がくれた議題を弁論する,誰の方がよく勉強して、多く覚えて、いっぱい聞いたの比較ではあらない。

仏は人、根器によってこんな沢山話しをそなた達に仰って、経典には多聞というのは違う方式の仏法を沢山聞くのではなく、上師が申された後、よく心を遣って気をつけて、沢山を聞いて一体本当な意味はなんだろうか?どのくらいの数量を聞くことではない。例えば《仏子行37頌》は何割したか。なぜできないか?多聞がなく、只一回しか聞かず、ひいては今までまだ聴かなくて、そなたの業を変わるわけはない。我らは生々世々怠けになって、他人が作ってくれるのに慣れて、それで、我らが仏を学ぶさえも非常に怠惰で、生ける屍みたいである。毎日出勤して御飯を食べて寢ることになって、頭の中に考えるのは全て子供、夫、妻、仕事の問題で,自分の人生のことについて何も考えてない,全部自分が間違いなく、間違いことをしない、我が法律に違反しなくてすでにとてもいい人と思っている。

経典には載せてあり,本当に仏に恩を返す、上師の恩に報いるのが自分は大菩提心が起きるのを決心して、仏を学ぶ者こそ報いだと言える,だから、そなた達は返報ではなく、仇討ちであり、リンチェンドルジェ・リンポチェを握ってリンチェンドルジェ・リンポチェを忙しくさせた。そなた達が聞いた事は全て仏法と関係ない:最近私の息子が従順ではないとか、家は水が漏ったとか…。昨日リンチェンドルジェ・リンポチェは一つ夫婦を叱った,あの奥さんは以前仏を信じなくて,妊娠したときお医者さんが彼女の娘の脳部には水こぶがあることを検査出して、彼女に取らせなければならない。結局、リンチェンドルジェ・リンポチェ及び仏菩薩が彼女を助けて、現在生まれた子供はとても健康で水こぶがないのである。昨日、腰を検査しに病院へ行って、塊が発見されてまた恐れ始めた,リンチェンドルジェ・リンポチェに切るか伺った。

なぜ彼らが聞いたか?それは、彼らはお醫者さんが権威的で、修行者は副産品で、占い師だと思うんである。リンチェンドルジェ・リンポチェが仰った通りに従って、その後、何にがあればリンチェンドルジェ・リンポチェは責任を負おうとした。彼の娘は確かにリンチェンドルジェ・リンポチェが助けたのに、用があると疑うのを始めた、あれは復讐ではないか?

仏は人がお醫者を見に行くのを止まることをしない、しかし、ある因果の病気は、お医者さんは仕方がないのである。彼の女房が仏を信じたのはお医者さんが彼女に娘をあきらめさせたから,お医者さんは胎児の頭の水こぶを消えることが出来なくて、仏ならば方法がある。しかし、彼女は問題があり始めるとまた疑い心が起きた。彼女の心の中に本当に信じてあれば、聞く必要さえもない,前、リンチェンドルジェ・リンポチェが元来皮膚癌にかかって、リンチェンドルジェ・リンポチェが直貢チェツァン法王に聞いたことをせず、これは自分の業力だと分かったから。どうして、そなた達が聞きに来たか?それは、まだ間違いを承認しなくて、第二は、死に恐れる。何のため仏を学ぶか?我らが毎秒に死ぬかもしれないことを用意する。仏はよく人生が無常だと申された,無常がいつも変わっていて、そなた達はそんなに恐れたら、そなたの人生はどう過ごすか?そなた達は仏菩薩の信心がどこにあるだろう?

また、あるものは他人を控訴するかどうかさえも聞きに走って来たが,リンチェンドルジェ・リンポチェに仏法を聞いた者はない!そなた達は仏弟子とは言えるか?業力を変わるには自分に頼って、上師が法を伝授するのは貴女にお自身にてさせて、疑いはしない。そなた達は今日仏を聞きに来たのは、リンチェンドルジェ・リンポチェがすごいだと分かった。そなた達は全部お金を惜しんでいる。

二年前、ある弟子のお母さんは調子が悪くて、彼の収入があまり多くないが黙って供養をした,リンチェンドルジェ・リンポチェは法を行わなかったが、彼の母親はかえってすぐ治った。先週の日曜日にリンチェンドルジェ・リンポチェと一日中に計算しないで仏が仰った仏法に従って実行すると申されたばかりなのに。教えに従って実行するとは何だろう?しろう,さもないとリンチェンドルジェ・リンポチェがなぜこんなに沢山仏法を仰っただろう?リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達のようであれば、直貢チェツァン法王は厭わしく感じないか?上師がそなた達を助けるべきが方法は正しくて、信心が有らなければならない。過去、こんな数年間、そなた達は沢山を見て聞いた,そなた達の問題を解決しなければ,あなた達は皈依して仏を学びに来るか?絶対にできない。リンチェンドルジェ・リンポチェは有名な修行者ではなく、台湾で無名である。それで、リンチェンドルジェ・リンポチェはずっとそなた達を注意させて、出世法をおせめるのを決心すれば世間法は必ず問題がなく,そなた達は聞かず、ひいては毎日読まない。日曜日、リンチェンドルジェ・リンポチェが叱って、そなたの業を沢山を消えさせて、家に帰ったら気分がとてもよく感じて、月曜日には昔のふるまいが又出たことを始めた,あなた達は全部棺を見ないと涙が流さない者である。

不共四加行の前には説いた,上師はとても重要で、上師がなければ仏法を聞くことが出来なくて、そなたに仏法を聞かせてもそなたが理解するには限られない,1人修行経験のある上師がそなたを助けなければ,この法門に入るのは一つとても難しいことである。それで、1人修行のある上師がそなたを教えているとき、そなた達は必ず受け取って,耳に入れって、それに、如実に実行して、割り引きしないで、いやしいことをしないで、リンチェンドルジェ・リンポチェをごまかすようにしないでそなた達がいくら修め得ても自らのである、リンチェンドルジェ・リンポチェとは関係ない。直貢チェツァン法王はいつも精進して、リンチェンドルジェ・リンポチェも引き続いて修行している,しかし、これらをそなたにやることが出来ない、そなたは自らでなければ修め得ない。
毎人は全て仏になるチャンスがあり,このチャンスは仏菩薩がそなたに作ってやった後、そなたが把握して引き続いていくかそなたご自身に頼らなければならない。

何故今回「四加行」を伝わる前にこんなに多くを説くでしょうか?正確な心を建設しなければいけないのである。理解してから「大礼拝」をするならば、そなたが完璧なするではないでも、心が正確すれば、同じように役に立っている。これらの今回大礼拝をする人々は愚昧な問題に提出して来て、上師に汗が出でクーラーを開く事が出来るかどうかを問い合せていはいけない。これらの愚昧な問題を提出して自分を傷害を受ける事だけで恐れて、自分を保護する為に問い合せるが考えいけない、そなたがチベットへ行ってそれらのチベット人が大礼拝をしている事を見れば、本当に涙を流れられる。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て自身の眼で道中にポタラ宮まで大礼拝をしている人を見た事があった。台湾に生まれて、そなたの過去世に良く修めたので、こちらに福を享受している。台湾に最も貧乏な人でもチベットと青海の人によりよい生活を暮らし、そなた達は現在仏を学ぶ事に直面する問題が苦しみと痛みを恐れて、身体が全て貴重なので傷害を受ける事が出来ない。仏菩薩と上師はそなたに害させるでしょうか?そなた達は自分の問題がどこから起こす事を先に検討したくない、ただ上師にだけで問い合せて行く。これらの愚昧とはリンチェンドルジェ・リンポチェが諭した仏法がそなた達が繰り返して聞いた事が無いし、気をつけて聞いた事が無いし、若し気をつけて聞いたり、遣り遂げたりするならあ、これらの愚昧な問題を問い合わせて行くのであろうか?

リンチェンドルジェ・リンポチェは仏を学ぶとは必死の心を持たなければいけない事を諭した事がある。ある弟子は此の話を聞いてから顔色が変わって行った。本来、人々は死ぬはずで、大礼拝をして痛んだり、苦労したり、頭が脹れたり、胸が行き苦しんだりする事が良くないになっている事を考えてはいけない。業障が来るのでしょうか?先に一寸止みよう。再び良くないならば先に上師に問い合せて行く。これらの心構えとは菩提心を発する事が無いし、自己中心的で、苦労をする事が不可能である。だから、富貴なのは修道する事が難しいと曰く。富貴とは極めてお金持ち事が要らない、他の未発達の地域に比べてそなた達がお金持ちなので、そなた達が極めて困難である。苦しみの中の苦しみを直面すれば、人の中の人になり、苦しみを受けるならば福があって始めて、そなたが不精して享受すれば、そなたの福を尽くして、大礼拝をして福がある理由がそなたが苦しみを直面するわけである。人が老いて行って、去っていく事とは自然定律ではない、却って福報を尽くして済みわけである。「ドラブ・ワン・リンポチェ」、「テンジン・ニンマ・リンポチェ」と「ユンカ・リンポチェ」は彼らを何年を生きたいならば何年で生ける事が出来で、何故彼ら遣り遂げるでしょうか?此れは彼らが苦しい生活を暮していて、福報が絶えずに増えていて、彼らが生きるかどうかを決められる。そなた達は決められない、此れがそなたが業力の牽引を受け入れるわけである。

大礼拝は懺悔をする以外に、そなたに肉身の苦しみを知らせて、我々が普通で肉身の苦しみを知らなくて、まだ良い生活を暮す事と思っていて、人生を楽しんでいると考える。が、仏は我々に此の肉身が一切の業力の現れを諭して、仏も我々に何故重病に罹り或は三悪道に堕ちる事を諭す。此れは我々がこの肉身を貴重して絶えずに悪を行っている。大礼拝は我々に此の肉身を大切してはいけない、肉身が我々に仏を学ぶ為であり、享受或は何かが感じを体得する事ではない!大礼拝の最も重要な意義は我々の貢高我慢の心を殺させて、我々に謙虚をさせてはいけない、我々に諸仏菩薩と一切衆生に恭しく感謝していて、最も重用なのは苦しみを受け入れる!多くの人々は仏を学ぶ事学ばないとは、苦しみを受け入れないわけである。苦しみを受けるとは苦修行ではない、釈迦牟尼仏も仏法が苦修ではないのを諭して、苦修が義理に合わない苦しみである。我々が説く苦しみを受ける事とは、「苦、集、滅、道」とは、「四聖諦法」には曰く苦しみと集り。大礼拝を通して、良い根気の人は此の肉身が一切の苦しみの集りを体得する事が出来で、だから、決心をして確定的な出離心が持っている。何故多くの人々は仏を学ぶが出離心が持たないでしょうか・此れは彼が同じように六根を通して此の肉身の感じを絶えずに享受しているが、此の肉身が一切の業の結びえ、此の肉身を正確な方法を利用できないならば、つまり仏を学び、修行と衆生を利益する事で、そそなたの肉身が蛇足である。だから、大礼拝が最も重要なのは我々に苦しみを体得して、苦しみを了解して、それではそなたが衆生の苦しみがどこにいる事を知って始めて、以後に衆生を利益する方法があって始める。

大礼拝をする時にはただ自分が完了してから密法を学ぶ事が出来ると思っているならば、この観念を学びてはいけない。大礼拝はチベット仏教には一つの特別な修行方法で、チベットに「大きく叩頭」と呼ばれている。今後、気脈明点を修める時には、そなたの脈を通さないなら、修める事が出来ない。だから一言がある。身が不動なら気が不動、気が不動ならば脈が通さない。現在そなた達はこんなに多くの病気があって、普通で運動しなくて、たとえ運動しても局部性だけで、大礼拝が全体性で、特に大礼拝をする時には我々の体に筋と脈を引いて真っ直ぐで、普通に我々座ったり立ったり眠ったり姿が我々の筋と脈を縮むので、気が通さない。大礼拝をする人がよいすれば、動作が良いではない、彼の心構え、大礼拝に対する理解が正しいならば、完了してから体が良くなっていて、顔色も美しくできる。

多くの人々は大礼拝が完了してから変わられない、此れは理念が間違って、概念も誤る!概念が誤るならば彼に重複してさせる事が困難である。何故11万回をするでしょうか?此れは10万回の中に一部が良くないので、1万回を加えて補うわけである。大礼拝をする過程には仏像あるいは何処に向く事が大切ではない、重要なのは足りる空間があって礼拝していく。最初、一日に多く回目をしてはいけない、毎日に50回目して、数日間にしてから感じがよいならばまた加えて、加えるならば減らす事が出来ない。苦労を感じる事をしてはいけない、菩薩に欠勤して、此れは台湾で仏を学ぶ口癖で、菩薩がそなたの社長ではないし如何に欠勤するか?その通り自分が不精である。我々は一回目の不精があれば、第二回目と第三回目があって、それから最後にする事をしない。絶えず事が出来ない事を覚えてはいけない、毎日にしなければならない。大礼拝をする時には多くの汗を流すので、水分を補充してはいけない、体力がないならばすこし高い熱量の食べ物を食べて、例えばチョコレート或はミルク、太る事を恐れてはいけない、此の話も先に諭して、或はある人が必ず問い合せてくる。だから仏経には「凡夫の心が不思議だ」と曰く。凡夫の心の複雑程度が不思議である。

何故「五体投地」をするでしょうか?此の意味は我々が五毒の「貪、瞋、痴、慢、疑」を捨てるのである。手が上がる姿は仏菩薩に頼んで我々に苦海を離れるを助けて、この動作がするかどうかが重要ではない。重要なのは礼拝する時に時間を追ってはいけない、其々がはっきりをしなければならない。最も重要なのはそなたが礼拝する事と思ってはいけない、我々は一切の衆生に代わって礼拝して、衆生が痛ましくて、仏法を接触機会がない、六道に絶えずに苦しんで輪廻していく。多くの人々は自分が礼拝してから、自分が功徳があって、自分が福が有って始める事と思っていて、此の観念と金剛乗菩提心の考えが相違なので、そなたが加持を得る力が小さいである。

今回の鳥類インフルエンザの様に、また何匹の鶏を殺さなければいけなくて、死亡として大変で死んで、業力が重い!地球には虚空さえに、全て衆生が我々に関係があって、これらの鶏を死亡すれば、私と関係ないと思ってはいけない、イラク側が戦争をする事が私と関係がないと思ってはいけない。科学も証明させて、ただ宇宙にある星体が何か変化があれば地球も影響を受けさせる。だから、仏と曰くのは宇宙の真に道理で、仏の智慧が「我々が一人善がりする事が出来ない」を見て知っている。我々は宇宙の一部で、宇宙の全ての者と同じ、他の者が災難にあって、苦しみがあって、我々に同様に影響をさせて、だから、われわれがそながすると思いきや、衆生がまだ苦しみを受ければ、そなたも良い生活を暮す事が出来ない。そなたの家は如何にきっちんと整理しても、外在の環境がよくないならばそなたに影響させている。

我々の生命体は単独ではないである。「我執を破る」とは「我」がないとは言えない、此の「我」の各別の肉身が存在しているが、我々の本質が存在しない、我が如何に来るでしょうか?「我」は執着で、「我執」とは独善的なことで、そなたが考えたり、話したり、したりする事が全て正しいと思ってはいけない。独善的な人は彼の心が必ず利己的で、利己的に慈悲を学ぶ事が出来ない、自分を済度してから他人を済度する事が出来ない。そなたは幾らの苦しみであれ、良くない事であれ、これらがそなたの因果を体得するはずで、苦しみを楽しみに関わらず、仏法により全て偽で、永遠ではなくて、ずっと変化していて、長期性がない、然し、衆生が事が永遠が出来る事を誤解していて、だから多くの事を執着している。例えば一部の人がお金を重視して、一部の人が損を得る事を従来から受け入れなくて、他人が彼を助けてくれる事でもしたくない、損を得る事を恐れて、攻撃する事を恐れて、自分の仕事が大切して、これような人が慈悲心を学ぶ事が出来ない、他人を助ける事でもしたくない、如何に自分の良いものを与えるのでろうか?

上師は心から繰り返し忠告していて、何を求めない!そなたの此の一生に真に仏法の重要を了解する事を望んでいて、真に上師が説いた事により自分の良くない習慣を変える。我々は常に捨てないなら得ない事を言って、そなたに対して最も執着で、最も捨てなくて、最も諦めない事とはそなたに害する事である。実には、そなた達が自分を検討する事が出来で、そなたが最も捨てなくて諦めない事は何でしょうか?検討する事が出来れば、この事に対して仏法により変わって、そうすれば、そなたの一生がまた救いがある。若し自分を検討しないならば、自分の執着が正しいならば、そなたが救う事が出来ない。仏法が多く諭した事があるが、そなが今他人に害すなら、他人に欺くなら、他人に奪うなら、前因はあって、皮膚を少しだけで剃られれば、少し血を流れれば前因があり、そなたが衆生を殺して傷害させる事がある。仏は仏の脚の趾が血を流れて、これが前世に殺生した事があり、つまりそなたの此の世に如何に自分を保護しても、業力が来るなら、同じようにそなたに清掃してしまう。

だから、大礼拝に礼拝する過程に我々も検討する事を助けて、そなたは何か一番諦めなくて、最も捨てなくて、何か一番好きか或は一番好きではないでしょうか?此れは全てがそなたの業である。そなたはある事が好きでそれを執着すれば、そなたに輪廻させる。嘗てある物語と曰く、ある出家者がよく修めて、禅定を良いし、が、往生する時に彼が食べ好きな桃を考え出して、すぐに桃子の上の虫を作って、毎日に桃子を食べている。彼は食べる考えを起こして、享受が好きなので、畜牲道に堕ちて、だから、「貪、瞋、痴、慢、疑」とは我々に三悪道に堕ちさせる根本的な条件で、だから享受が好き、家事をする事が嫌い女が必ず畜牲道に堕ちてしまう。

仏と曰く因果は仏の発明ではない、真相である。我々は作る其々のが「有記」と「無記」に分けて、寝る事が無記で、何も業力がない、有記が心を起こして考えを動いて、自分に利益がある事が業力を起こして、我々に六道に輪廻させる能量である。だから、全ての事が此の原因があり、大礼拝が我々に苦しみの中に自分を検討していて、問題が何処でしょうか?何故自分を気にしないか?自分が見えないでしょうか?このようにすれば救う可能性があって、輪廻苦海を離れる事が出来で、全ての事が上師に頼んで助けして加持させる事ではない。大礼拝は遅くまで1年以内に完了して、60歳以上を超えるならば礼拝する事が出来ないならばしょうがない、ポワ法を学ぶ事が出来ない、上師の以降の助けにより、然し、礼拝できるならば礼拝して、或は業が清算できない。

大礼拝が出来上がった後に、第二不共加行は「金剛薩埵」であり、金剛薩埵は顕宗でこの本尊を修めていないが、しかし密法では、チベット仏教で金剛薩埵はとても重要な本尊のである。金剛薩埵は普賢王如来仏の化身であり、すべての諸仏の知恵及び願力を代表する。もし釈迦牟尼仏は諭された如く、衆生の生々世々の犯した悪業がもし固体であれば、空虚が無辺なのに全部置かれないが;同じく地蔵王菩薩の開示されたように、凡夫が心が起こして重いが動くのは全て業であり、全て罪である。というのは、凡夫の起きた念はすべて自分のため、すべて私利私欲であるから、そなたが私利私欲である時に、業と罪が現れる。過去世を見ないで、ただこの一世に私達が犯した業が既に限りがないから、例えば、母さんの腹の中で、既に魚や海老を食べることを始めて、生まれてから、貪、嗔、癡、慢、疑など代々の習慣が成長し始めて、兄弟姉妹と口喧嘩したり、物を奪い取ったりして、師長の教導を聞いてくれなくて、両親に対して口答えをして親孝行ではなくて、卒業した後に出勤するのが名声と利益を争って、心が起こして思いが動くのはすべて他人を陥れて、これらの様々な悪業はそんなに簡単に解決できるのではなくて、きっと願力と能力がとても強い本尊を通して私達を助けにくれなければいけない。金剛薩埵はまさにその本尊である。私達がとても深い証悟が出来る前に、私達はきっとすべての障害は取り除かなければならなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェは顕教を学んでいる時に、拝懺してお金を寄付するのはとても多くやって、あの時に業力がもう清めてしまうと思った。チベット仏教を学んだ後に、初めてまだ清めてないことを知っていて、以前にした事がただ1つの福徳因縁だけを造って更に仏法を聞くことができる。金剛薩埵この法問を習った後に、初めて分るのは業力が本当に自分に頼る。懺悔及び業障を消える法門を除いて、最も重要なのは更に再び間違ったり、再び犯したりすることができないことである。一日中上師の許しを求めに行かないでください。上師に陳謝しに行かないでください。もしそなたはいくつかの根本的な戒律を犯したら、帰りたくてもそなたを帰って来させない。リンチェンドルジェ・リンポチェはあまり慈悲でないのではなく、仏菩薩が慈悲でないのではなくて、そなたが家風を傷つけることができるのである。今外はすべて寶吉祥道場の戒律がとても厳しいことを知っていて、もしも、リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子が戒律をよく守っていないと、特に男女の間でどんな問題が発生すると、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず厳格に実行して、絶対に遠慮しないで、特に両親に親孝行をしない者である。

以前、ある弟子の父は病気に罹って、リンチェンドルジェ・リンポチェに加持を求めに行って、リンチェンドルジェ・リンポチェは加持しに行った時に、この弟子に、彼の父が12日の寿命しか残らない、とはっきりと言った。この弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに、自分がどのようにするべきだかと問い詰めて、リンチェンドルジェ・リンポチェは、あなた達の夫妻の2人が順番に父の身の回りで6字大明呪を唱えて、そなたの父がポワ法を得られるように求めるためである。結果は、この夫妻二人は順番に唱えていないだけではなくて、最も比べるものがないのは、11日目、夫妻は行方不明になって、彼の父はまだ12日目でないまで、つまり11日目半に息が絶えて、病院はあちこちこの夫妻二人を探しても探し出せないで、もとは彼らはどこかへ休みを過ごしに行っていた。13日目まで、やっとこの夫妻を探し当たった。彼らの夫妻2人が探し出せないため、彼の父親はポワ法を得る機会を失った。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの弟子をひどくののしって、この弟子の嫁さんもリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子であるが、結果は彼らはやはり懺悔したくなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェに追い払う。上師の話について、そなた達は話を聞き取れないと、すでに戒を破って、三昧耶戒を破れて、親孝行をしないと更に五戒を破って、十善法も修行していない。だから皆は注意しなければならないのは、ここに来てちゃんと仏を学んで、気を散らさないでください。集中力が切れないでください。ここは社交の場所ではなくて、結婚紹介所ではなくて、そなた達は本当に縁があってよく付き合っても良い。もしすこし試みてやるならば、面白くて、どうぞ止めてください。そなた達の男女がここで付き合いをする場合では、万一にいい結局がなくて、絶対に一人がもう仏を学びに来ない。この罪はとても重い。他の人の慧命を切るのは仏を謗る罪より更に重くて、すぐ五無間地獄に落ち込む。寶吉祥仏法センターは、研究班がなくて、娯楽の活動がない。なぜかというと、皆が毎日すべてとても忙しいため、生活に忙しくて、さらに仏を修めなければならなくて、時間はすでに足りないから、基本的には、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達をあまり煩わさない。──道場の仕事、教派の仕事でない限りである。寶吉祥のこの道場はまったく仏を学んで修行する地方のであるから、リンチェンドルジェ・リンポチェは俗世間の事がここですこしを減らすことを望む。

私達は証悟するため、すべての障害を先に取り除かなければならない。だから、修行し始める者が業障を清浄することを主とする。それで、多くの人はリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来て、リンチェンドルジェ・リンポチェはきっと彼らを先に懺悔の録音テープを聞きなさいと要求して、その理由は何なんであるのか。そなたの業を清めていないと、何もできない。そなたは懺悔しないと、業を清めることができなくて、そなたは自分が間違いがあると思わないと、業も清めることはできない。業が清めてから、そなたが仏を学ぶ道が障害を減らすことを始めることができる。

業障は大体、業障、煩悩障、所知障及び習気障など4種類に分けることができる。業障とはつまり私達のした事で、善と悪を生んだ。業はよくないとは限らなくて、業は白業、黒業に分けられて、白業は善であり、黒業は悪である。どうして白業も障害になるのか。もしも善之をやった後に、迴向することに分らないで、自分が善行をすると思って、この善業の力は私達を牽引して、私達に来世に人天福報を得ない。人天福報を得てよくない地方はどこであるのか、第1は、やはり輪廻する;第2は、私達が人天福方を得たため、私達は引き続き悪事を犯す機会があるかも知れない。だから善業か悪業にも関わらず、当然な仏を学ぶ者は、悪業はもうしてはいけないから。私達は善業を取り扱う方法は、はん縁しないでください、縁に従ってやりなさい。;2はこのことをしっかりと心の上で覚えないでください、やり終えたらそれを忘れる。3必ず迴向しなければならない。

だから私達の犯した業障は受戒していない者と既に受戒した人など二大種類に分けられて、犯した罪は軽いのもあるし。というのは、受戒していないため、たとえ犯しても、少し彼が知らないことをも釈明することができる。受戒した人であれば、悪いと知りつつわざとして、だから罪は一等増しにする。だから戒はもっと上がっていくと、罪はもっと重くなる。例えば、凡夫は殺生したら、得た罪は殺生罪障のためできたのである。もしもしかし菩薩が殺生したら、殺生の罪障だけではなくて、その罪は父を殺すような過ちに等しいから、すぐ五無間地獄に堕ちる。しかし自分のこの1世の父母ではないため、無間罪は成立しないが、しかし地獄に堕ちる罪は成立する。もし呪師が殺生したら、つまり、リンチェンドルジェ・リンポチェがこのような修行者であれば、もしも殺生したら、殺生の罪障、母を殺す罪障、更に本尊を殺す過ちがあって、とても深刻である。だからどうしてそなた達を勧めて、そなた達が6字大十明呪を唱え始めてから、殺生しないでください、そなた達を菜食料理を食べて、今日知ったであろうか?そなた達はまだ呪師でない階段であるが、しかしそなた達が呪文を唱えることを始める時に、すべての衆生はそなた達にとってすべて本尊である、だからそなたが衆生の命を傷つけたら、この罪はとても重い。

第二は煩悩障である。煩悩障は自己が執着するためすべての悪業の動機を引き起こして、広く言えば、八万四千種類あって、ようするに、五毒す──貪、嗔、癡、慢、疑である。去年、リンチェンドルジェ・リンポチェは悪業、善業を非常に詳しく釈明されたことがあるから、、今日はもう言わない。簡単に言えば、真理を会わないで行ったすべての妄想である。

第三種は所知障である。所知障とは我々身口意を執着する確実妄念である。意味はこの人の身、この肉体と我々が学んだ学問及び累積した経験を確実として思った此れは妄念である。だから、所知障が重い者は仏法を難しく納得出来ない。彼はいつも自分が賢いと思って、多く分かって、多く学んで世間に対してはっきりに見えて、人性にもよく体験できた。彼は仏法は余計だと思った。自分が賢いなら、煩悩を持つ事は不可能だ。また悪い事があるのも不可能だ。だから、所知障が重い者は邪道に堕ちる事が簡単だ。邪師に従って仏法を学んでまた邪師に従って学ぶべきではない法門を学んだ。何故この者はそうであるか。それは彼は仏を学ぶことはそなたに知らせる事ではないのを分からない。仏を学ぶのはそなたに悟らせる。何を悟るだろう。自分の間違いを悟る。そなたの能力を増やし、学問を増やし、賢いを増やす事ではない。だから、学問が高いほど仏を学ぶのはもっと難しい。地位が高い者も仏を学ぶのも難しい。それは彼が所知障に妨げた。だから、所知障は厳しく言えば、煩悩障より大変だ。それは煩悩障は多い者は煩悩を感じて、煩悩を減少するために、彼は仏を学んで、仏法を聞く。更に仏の教えた方法に従って自分を改めるかもしれない。しかし、所知障が高い者は孤高を標榜するので、自分は多く学んだと思った。かえって彼は邪道に堕ち易い。

第四種は習気障である。習気とは我々が累世生活習慣、我々の考え方、我々に六道の中に輪廻させる習気である。最も大変な習気は何だろう。淫欲である。我々は引き続きに六道の中に輪廻し続けていた。それは我々は淫欲の習気を持っている。声聞縁覚乗を修める中に、淫欲は洪水猛獣であり接触できない。考えられなくて、話しても出来ない。菩薩乗を修める中に淫欲は正淫及び邪淫を分けた。夫婦の道は正淫である。勿論詳しく説明すれば、正淫及び邪淫の範囲はまだ多く解釈がある。我々の習気の障碍は我々に不意に間違い事を行なっても分からない。例えば。ある者はこの世に布施する事をを吝しんだ。この者は必ず過去世に餓鬼道から来た。過去世も布施供養する習慣を持ってなかった。例えばある者は死を恐がって、臆病者である。過去世は必ず鹿であった或いは小さい動物を恐がった。この習気は我々に此の世に仏法に対して正しい観念を影響した。だから、何故上師が必要してそなたを導いた。それは彼はそなたの習気を見える。上師は色々な方法を持って、そなたの悪い習慣を破った。障碍は我々全ての知恵の種に妨げられて、道を証する機会を持たせない。我々にその後仏法を学ぶ過程の中に、障碍を消えられる。だから我々は金剛薩埵の法門を修めなければならない。障碍を除く方式が多い。例えばチベット仏教では心経で障碍を除く方法である。あるのは火供、煙供など方法を用いる。最も殊勝なのは金剛薩埵を修める。特に末法時代の者に対して、金剛薩埵はとても重要である。

我々は現在言った甘露はとても大きい意義である。以後密法の中に解釈する。実は本当に甘露がある。我々は太陽は太陽能があることを分かった。太陽能の中にエナジーがある。このエナジーは一本の線ではなくて、点である。密宗ではある修法は太陽の明点を吸収する事である。つまり太陽のエナジーだ。全ての本尊はエナジーがある。このエナジーは我々を助けて、我々の消耗したエナジーを補充できる。しかし、そなた達はそなたの上師に絶対の信心を持たなければならない。金剛薩埵は上師と無二無別であることを観想する。それはそなた達の凡夫の心は本尊に会えない。そなた達は本尊の姿を分からない。しかし、そなた達は常に上師を接触できる。だから上師は根拠として観想すれば簡単である。上師は本当に金剛薩埵の様子を修めた事ではなくて、此れは唯方便法である。

観想する時本尊は実体ではない。法本には本尊はタンカのように貼り付けではなくて、そなた達の目で見た確実に銅で作った仏像ではない。虹のようで見えたけど触られない。何故我々は観想しなければ成らないだろう。凡夫は有る事を習慣して、無いことを習慣しない。だから方便法でそなた達を教えて先に観想した。心経には「色不亦空、空不亦色;色即是空,空即是色」とある。つまり、虹のようだ。そなた達は虹が色があるを見えた。色が有ると言えるだろう。ない!ないと言えるだろう。しかし、ある!詳しく言えると、色、空は我々の分別心である。実は二位一体である。我々は分別を起したので、虹を見えない。若し我々は分別がないと、虹を見えない。心はもっと繊細すれば虹は七種類の色がある。もっと繊細すれば、虹は如何なる起した事を研究した。此れは全て不断に起した分別心である。

心経にはこの言葉は意味は我々見えのは彼の相である。本当の本体は変動して無常で永遠ではない。凡夫の心は色、固体を分別した。相は我々凡夫の六識から感じた。凡夫は本当の意義及び内容を感じられない。我々は見た外相は偽物だ。固定して変わらない外相がない。だから我々は色で相を現した。体は空である。空はないではない。全ての物事及び現象は縁生縁滅である。縁があれば集まって物を起して我々に見せた。縁が失うと、無くなった。科学としては我々見た全て物体は分子及び原子の組み立てである。分子、原子は分れても組み立てられる。つまり仏が説かれた縁起縁空である。色不亦空、空不亦色とは所謂体と相は我々凡夫が区別した。仏の知恵から見ると、全ては縁である。縁に従って起した。縁に従って消えた。だから本尊を観想するのも縁起である。我々累世に起した習慣なので、接触できる、見える、聞ける事を慣れる。観想を通して我々に確実に感じさせた。我々は本尊を修める事を感じた。実は仏果或いは菩薩果位を証すれば、必要がない。しかし、凡夫は必要である。

だから、本尊は我々の頭の上に居て、必ずその足は蓮の中にいるか外にいるか確認しないと、水は流れられるとは限らない。元々本尊は固体ではない。我々意識の作用を通してこの本尊を起した。本尊は空性の中に、足の水は何処から流れるのはそなたの観想範囲がある。そなた達は足は蓮の外に置くと、そなたの頭に流れてもいい。そなたは水が蓮を通してそなたの頭に流れてもいい。足の位置を余り気にしなくてもいい。気にすれば執着である。

我々凡夫は業を除く力が足りない。だから、観想意識の作用を通して心は本尊と同じにさせれば、本尊の加持を得られて我々の業力を清浄した。そなたたちは業力は本当に清浄出来ると思うかもしれない。そなたの心は本尊と同じの時、本尊の心は清浄で、思想及び妄念を持ってない。本尊、上師を信じると、そなたの心は清浄する。そなたの業は必ず消える。しかし、若しそなたは僅かに疑って心の中に本当にそのような不思議だろう、本当にそうであるかと思うと、そなたは間違った。仏経には我々の心は心王である。心は全ての王様である。我々はどんなことを思うときは全て我々の心を頼って作った。例えば現在全ての者は家の装飾が異なる。これはそなた達の心から考えた。凡夫の心は不思議である。そなた達は人によって家の装飾が異なって、着る服、料理の味皆も違う。何故本尊を思えないだろう。心の作用はとても強い。全ての事は心は思った。そなたの心は清浄なら、上師、本尊を疑わなくて、全て納得すれば、そなたの業は必ず除けた。若しそなたはまだ「本当にそうだろう。どんな程度を行えばいい、分からない」と疑えば、それは悪念である。つまりそなたの業はまだあって除けない。何故ある者は金剛薩埵をうまく修めたが、ある者は修められないだろう。差別はまだ妄念を残して、まだ疑惑、信じられないから、行わない。そうすれば自分は出来ない。

チェツァン法王は嘗て次ぎの如く開示された。凡夫衆生の本質は塀、木、山など物質に障碍された。若し菩薩、仏に成れば、この障碍を持ってない。如何なる精神物質に妨げない。彼の事業は妨げない。若し聖者であれば、彼は上師が言った事は必ず行えて、従って行えばいい。完全に考える必要がない。そなたたちは多く考えがあるのはそなた達は人生経験法で使った。そなたたち自分は学問があると思わないで、人類の経験は唯毎世代の経験から累積していただけ。人にしか使えられない。台湾の経験は必ず香港に役に立つとは限らない。香港の経験も必ず中国に約に立つとは限らない。中国の経験も必ずアメリカに約に立つとは限らない。所によって、方法が違う。しかし仏法は全ての衆生に役に立つ。故に全ての精神及び物質障碍の学習法門を倒れた。

数年前太平洋深海にある火山口の側、そこの温度は一千度くらいなのに、生物があると発見した。この生物の存在は我々が知っている原理を違反した。しかし、仏は随分の昔からはっきりに言った。衆生は湿生、胎生、卵生、化生がある。火山口の側の生物は湿生だ。つまり湿ったから生じた生物だ。その中に化生は死んで鬼になるのは化生と言われた、だから、リンチェンドルジェ・リンポチェはいつもそなたたちに提示し続けた。仏を学ぶのは独り善がりではなくて、上師の言った通りに従う。此れは独裁ではない。それはそなた達の方式は自分を制限したが、仏の方式はそなたたちを教えて、この範囲を破って、そなた達に狭い空間に制限させない。

どうして終始そなた達を従順させなければならないか?それは、上師がすでに修め得た,もう経験があった、この方法でそなた達がきっと出来ると知った,とっくにそなたが思った知っている方法を加えることは必要がない、またそなた達が思った間違い方法を減る必要もない、従ってすれば結構で、必ず出来られる。仏法は教えに従って実行するのを強調していて、仏の知恵は凡夫の私達が理解する者ではない、仏ガ全て見たものは科学よりもっと最新的なものである。仏がすでに我らに宇宙の状況を教えた,只、沢山法師はこの方向へ仏法を説明しない、かえって迷信の方向へ行ってしまった,あなた達に拝懺をして、大悲呪を読めば結構で、どこがいいかえって説明しない。しかし仏法は知恵を説いて,一切真理を洞悉している,それで、そなた達はまだ知恵が開けない時、是非教えに従って実行する、割り引きすることをしてはいけない。今日、リンチェンドルジェ・リンポチェが申された仏法さえは、前そなたが聞いたと違っても従ってするべきである,それは仏法には定法がない、仏法は永久変わらないもんではない、衆生の心によって生んだ一切の教法のである。1人具徳上師が仰った仏法は、そなたが遵ってすれば絶対に大丈夫で、そなたが自分の考えですれば是非状況が生じる。

直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに伝授する時よくいくつか字をしか申されなくて、ある時15分間に終わった,只精華を仰って、ある細かいことを話す必要がなくて、その後、そなたがどうするか見ていた。しかし、そなた達にたいしてかえって絶えずに言って、続いて叱っても相変わらず、それは、そなた達は過度賢かったから,かえって妨げはとても多かった。ヨンガ・リンポチェはリンチェンドルジェ・リンポチェを見たとき、リンチェンドルジェ・リンポチェに沢山仏法を話して、半分時、ヨンガ・リンポチェは突然にリンチェンドルジェ・リンポチェに:そなたにそんなにたくさん話さなくてもそなたが知った。所謂知るとは、リンチェンドルジェ・リンポチェは一つ特色があり、どんな目の上人が彼に一言を話せば、リンチェンドルジェ・リンポチェがすぐしに行って、疑いがなくて、考えなくて、彼にリンチェンドルジェ・リンポチェすぐ死に行くとさせてもリンチェンドルジェ・リンポチェも死に行く、そなた達とは同じではない。ある弟子がリンチェンドルジェ・リンポチェが旅行社を経営するのを知っているくせに、一枚チッケとを買っても良く考えて、割合に高く買ったことに恐れた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らの家族を沢山助けて、ひいては、かれが息子を産むのを助けたが、彼はかえって恩に着るのが知らない。そなた達は絶えずにお詫びに来る事しかできない、尊師重道をしない。

仏法はとても簡単で,そなた達が多くて細かいと感じだのはあなた達の妄念が多すぎで、考えが過多なので、簡単なものを複雑化にした。仏が十二部大経を説いたが、これらの経典は最後まで全てそなた達に生死より離脱して、仏果になるのを教えた、しかし、衆生の需給及び根器が同じではなく、仏を学ぶ過程は違いになった。結論は全部同じである。今日そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェの門下に皈依して、これこそ因縁で、リンチェンドルジェ・リンポチェが全て教導した方法は、自分が経験したもんで、リンチェンドルジェ・リンポチェが出来るならば、そなた達もきっと出来る,そなた達が出来なければ不従順であるから。

私たちは観想は物理学ではないのを理解できた後、あんなに多い困惑があらない,ずっとはっきりさせる必要はない、しかし、修行観想が良く出来るならば、本尊の髪の毛、目玉の色、衣服の結びさえも全てよくはっきり観想が出来る。そなた達が観想が出来ないのは、そなた達はそそっかしくて、妄念が多すぎで、当然仕事が良く出来ない。そなた達はいつも水をひっくりかえして、ものを打ち破って、御飯を焼き焦がして、全部気がつかなくて、集中出来ないので、集中出来ない者はどんなことをしても成功出来ない。

直貢チェツァン法王がかつて仰った:無始以来、諸仏が絶えずに一切有情衆生を加持している。しかし、衆生は必ず受け取る程度の能力が有らなければならない,それで、我らは心の中に金剛薩埵が直接加持するのをしか考えなくても結構である。これは信心が足りて、仏菩薩はいつまで我らを加持することをやめたことはしない、只我らが知らなかった、今日我らが平安の日が暮らせば、全て仏光が我らを照っているから。地球は仏光が普照しなければ、この地球は既に毀れた;六道衆生は仏光を照らなければ六道衆生は永久離脱することが出来ない。仏経の中に載せてあり、我らが生まれたとき、仏は36名善神を派遣して、毎人を守り、何故ある者はまた死ぬか?これは彼の共業、定業と関係が有り、一番大切のは殺業である。まだ生まれた前、披露宴のこととか、出産して満月祝いとか多い衆生に害をした。

直貢チェツァン法王はそなた達は本尊に対してたっぷり信心をあるべきで、直貢チェツァン法王は仰った能力はリンチェンドルジェ・リンポチェが修めた程度、即ちそなたの信心である、リンチェンドルジェ・リンポチェは過去嘗て:「聞思修、戒定慧、信願行」と申された。

「信」とは一切功徳の本で、この全ての功徳は「信」を始めて生んだ、この「信」は迷信ではない。「迷信」はなんだろう?「アイドルをとして崇拝して、どんなことでも彼がそなたが解決するのを助ける」これこそ「迷信」と言っている。所謂「信」とは、我らは仏菩薩は能力があって、上師が経験をもってそなたに仏の学ぶ正確方法を教えるのを信じて、この方法はそなたが信じて実行して、そなたは自分がそんな能力があって、必ず出来るのを信じるのを「信」と呼ぶ。

そなた達は出来なかったのは二つことを犯した、第一:「疑い」自分がしなくても、千円をリンチェンドルジェ・リンポチェにやって、リンチェンドルジェ・リンポチェが自分のため法を行ってくれると思った。そんないいことがあろう?外の顕教が梁皇宝懺を挙げたかったら百万元がなければ出来ない。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達とお金のことを話すのではなく、そなた達はとても貪欲である。そなた達が貪欲を言ってもリンチェンドルジェ・リンポチェは1人上師として必ず悲憐の条件を揃えて、そなた達を憐憫して、そなた達が餓鬼道に堕ちるのに恐れる。リンチェンドルジェ・リンポチェは先ほどあの男弟子を叱った、リンチェンドルジェ・リンポチェといちいち計算して、500とか1000とか拘れば絶対に餓鬼道に堕ちて、即ち大便を食べる餓鬼である。上師がそなた達を憐憫するのでずっと叱ったのはそなた達がお金をリンチェンドルジェ・リンポチェにあけるのをさせるのではない、そなた達はこの言葉を覚えなければならない。前回法会時、リンチェンドルジェ・リンポチェはある者がお金を患者へ持って行かせた、彼が自分にお金をくれさせなかった。

だから、皆さんはそなた達の問題を知るべきで、なぜいままでまだ沢山問題があったか?その差別はそなた達は受け取る能力がないのである。何の能力?信心の能力、そなたが十分の信があれば、仏菩薩、上師がそなたへの加持はそなたは必ず受け取ることが出来る。仏の光はどんな遠くても照られる、どんなところでも照られる、どこでもいて、そなたが本尊、上師に対して信心が十分であれば、直接加持を得られる。リンチェンドルジェ・リンポチェは毎日全ての衆生のため修法して、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子、当然前の列に並んで、そなた達はまるでリンチェンドルジェ・リンポチェの眷属である。

そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェに何か悪念、懐疑と計算心があれば、アチ護法が必ず知っている。リンチェンドルジェ・リンポチェは何故あの男の弟子がリンチェンドルジェ・リンポチェに計算する事を知っているか?ある日に食事する時には、リンチェンドルジェ・リンポチェは突然にこの男の弟子が投票が要らない、此れは彼が外国パスポートがある事を説いて 、男の弟子の姉は「はい」と回答して、リンチェンドルジェ・リンポチェも何故彼が出国が要らない事を怪しむと感じる。男の弟子の姉は出国した事がある。出国してリンチェンドルジェ・リンポチェの旅行社に飛行券を買わないでしょうか?このように爆発させて、この男の弟子と息子がリンチェンドルジェ・リンポチェに縁があり、男の弟子の息子が彼を救った。あの運転して子供に上に立ちさせる事と同じように、全て護法が助けてくれる。そなた達は上師に信心があって、不思議に事情はすぐ発生していく。真に計算したいならば、リンチェンドルジェ・リンポチェの仏法が世間法により高価になっている。酣貪の人々は衆生を利益する事が不可能で、衆生を利益しないならばどちらの本尊を修めても役に立たない。

我々は金剛薩埵を修める時には、必ず4つの力と懺悔の力を結ぶつけて、若し我々は此の4つの力により懺悔しないならば、悪業をして汚染を増える致命的な過程を止まらなければならなくて、同様に我々の身に残す事業と悪行を浄化する事が出来ない、また、我々は四力を以って不善的な業を対治しなければならない。

四力懺悔は最初懺悔力である。我々は懺悔する時に、過去に自分が一切なした不善業を思わなければならなくて、必ず思っている。ある顕教の宗師が「懺悔が一回だけで十分である。再び考える事が要らなくて、再びを考えると、この業力は依然として存在してる」と言った事がある。この正しいらしいが間違うである。嘗て、リンチェンドルジェ・リンポチェは多くの拝懺をして、自分が懺悔する事があって、自分が遣り遂げる事があって、自分の業が清算済みと思っていて、金剛薩埵を学ぶ事に至って自分がそうではない、此れは我々が懺悔する時に「昔がした諸悪業、全て無始の貪瞋痴があり、今日から語意を生じて、我が全て懺悔していく」此の四言を唱えている。多くの人々は唱えてから自分が懺悔して完了すると思っていて、然しこのような懺悔が役に立たない、此れはこの種が心に依然として残っている。何故でしょうか?此れは此の四言を唱えてから、我々が自分の間違いがとこにいる事が知らない、我々が此の問題を提出する事がない、我々が発露して懺悔する事をしない。仏経ははっきり曰く、真に懺悔とは発露して懺悔する事で、「発露」とは何でしょうか?思え出して話して出すことである。此の四言を唱えるのは唱えないに比べて良いで、小さい業が出来るが、大きな業が必ず出来ない。リンチェンドルジェ・リンポチェは最も重い業が第一回目に閉関する時に解決して始めて、リンチェンドルジェ・リンポチェが修めるのがそなた達により何倍があり、然し、閉関に至るまで解決して始めて、解決とはそれを返済していく。

チベット仏教の懺悔は顕教により厳しくなっている。懺悔する時には我々の此の一生、今迄に何処で間違っている事を思えてはいけない。自分を利益する事が間違って、実にはそなた達が自分が間違い事を知っているが、全て格好が悪く話して、それを心の中で深く埋めて、若しそなたの此の世に処理しないならば、来世いこの事も同じように発生していく。金剛乗の力は何故強いでしょうか?しないならを除いて、すればよくにそれを良くして、そなたと縁を結ぶ事をしない;顕教は毎日にえんを結び事を言って、役に立たない。末法時代の衆生は業がこんなに重くて、縁を結びにより問題を解決する事が出来ない、だから、深くはっきりして問題を解決しなければいけない。

懺悔力はリンチェンドルジェ・リンポチェが説いた仏法のテープを除いて、我々は心により自分がした一切な不善の事を思っていて、我々は警戒をしなければならない。懺悔の意味とは間違ってから今後再び間違う事が出来ない。そなた達は何故繰り返して間違うでしょうか?此れは警戒心を持たない。警戒心とは再び間違う事が出来ない、我々は間違いを累積して正しさになる事が出来ない。そなた達は自分を検討したくない、ただ他人だけを検討する事したい、仏菩薩と上師を含めて検討していく。自分を検討するかどうか?自分をはっきり見えるかどうか?ないならば、懺悔力はどこに来るでしょうか?如何に業障を消すでしょうか?それを考えないなら隠す事が出来ると思ってはいけない、隠す事が出来ない。ある男の弟子は隠す事が大好きで、間違っても多くの解釈もあるし、ネパールへ向いても、彼の妻が10日の行程を参加する事も、彼が聞き間違えと話して、また時間が探して仏像を買うことへ行きたいを話して、多くの解釈があって、懺悔心がない。決定してから何で後悔するか?彼たちの後悔はお金を考えるとすぐに後悔する。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達と同じくない、話した約束が必ずして、リンチェンドルジェ・リンポチェの命が要ってもしよう。何故我々は悪業をするでしょうか?言った話であれ、約束した話であれしないなら業がある。そなた達は何故言ってから簡単に後悔するでしょうか?此れはそなた達は自分を検討する事をしない、自分を間違っている事をはっきり見ない、一生にはずっと「謝る」この言葉に暮していく。謝るが懺悔ではない、懺悔とは再び間違う事が出来ない。謝ることはそなたの未来を変わる事が出来ない。だから、チベット仏教の懺悔法門、四力中にの第一番目が自分の長年の古い債が肥だめを掘るように全て掘り出し、如何に臭いでも掘り出し、そなたが自分の心を起して考えを動くという恐いがはっきり見られて、自分の問題を見て始める。

懺悔はとても難しく修めて、自分が間違う人が殆どないで、此れは勇者の行為で、猛者の行為で、同様に聖人になる行為である。そなた達は自分の間違いを掘り出すならば、最少そなたが警戒性があり、同様な事を犯しない、此れはそなたがこの事が間違いを知っている。そなた達は繰り返して間違って、リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲なのに、リンチェンドルジェ・リンポチェに求めれば無事である。此れは慈悲と関係ない、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなを・るのがしたくない、リンチェンドルジェ・リンポチェが・る力もない、多くの衆生がリンチェンドルジェ・リンポチェが要るし、そなた達は聞き入れないならば、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなたに帰りましょう。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの世に弟子を欠けない事を確信して、此れは前世に多くの人を欠けて、この世にこれらの人が全て現れる。そなた達は何故繰り返して間違うでしょうか?此れは問題を掘り出し無い。そなた達はずっとある誤解があり、仏菩薩が極めて慈悲なので、仏菩薩に謝るならば十分である。仏経の懺悔とは、間違うならあそなたが間違うところを責任を任せて直面しなければならない、今後間違う事をしてはいけない。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェと仏菩薩がそなたに許すかどうか、そなたの懺悔を受けるかどうかの問題ではなくて、そなたは繰り返して間違うならば、そなたの業力が来て、すぐに現れる。我々は仏菩薩の上師に懺悔して、自分が間違って、上師に頼んで自分を教導して、自分を助けて再び間違うのをしない、自分も今後再び間違うをしない事を準備しておいて、此れは懺悔である。一部の弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェの鼓の皮が全部壊れて剃って、なぜ間違うでしょうか?此れも軽率である。此れは此の鼓がリンチェンドルジェ・リンポチェの物なので、リンチェンドルジェ・リンポチェが構わない、他人の物であれば、リンチェンドルジェ・リンポチェがすぐ罵る。

懺悔とは、真に自分をはっきり見て、問題が他人ならば、他人が問題を作ってそなたに与えて、間違いを作ってそなたを与えるならば、このような人が進歩しない。ある成功的な人は、ある進歩的な人は自分を検討していて、彼は必ず自分の問題を先に探して出で、それから他人の問題を探していく。然し、現在、我々は他人の問題点を探していて、それから自分を検討して、此れは既によい人を含めている。ある者は他人の問題を探して、自分が問題が無い。だから、我々は何故考えているでしょうか?此れは我々の警戒心を上がる。此れは我々が此の影響力が極めて強くて、だからこの世の開始と過去世にした一切悪業が、我々が一心してまた心から誠心な懺悔していく。我々も了解して、我々の一切な行為と邪の本質を懺悔しなくて離れさせないならば、未来に我々に非常に恐い結果を引き起こす。此の意味は、そなたがの心には悪念があっても、そなたも堀でして、この悪念なのに、それからそなたが行動を起こして、それをそなたの未来に行為と言語を影響させる。そなた達は掘り出さないならば、そなたがそれを残って、今後そなたを影響させて、する事が正しいと思いきや、そうすると、あおなたが悪の行為を起こす。だから、懺悔は仏を学ぶ事に対して極めて重要で、修めなければ成らなくて、必ず経て、必ずしていく。仏ははっきり曰く、彼は我々の衆生の業が変わる事が出来ない、彼が我々の果報を変わる事が出来ない。誰により変わるでしょうか?自分です。何の方法でしょうか?懺悔である。リンチェンドルジェ・リンポチェは益々厳しくなって、此れはそなたが懺悔しないなら、続けてそなたを許すならば、そなた達は段々にある習慣を養成して、事柄があるかどうか、謝ってきて、謝る事とは懺悔ではない。

第二個は防護力であり、我々が確定な決心をしなければならない、今後犯さないことを誓っている。以前、リンチェンドルジェ・リンポチェは金剛薩陲を修める時は説いた事があり、虚空を尽くしても、「身口意が今後悪業をしない」という誓いを永遠な尽くす事がない。この意味は悪業をしなくてこの誓いを永遠な存在していて、これは防護と保護の力である。そなたは繰り返して間違うなら、そなたの業が現れる。何故現れるでしょうか?これはそなたが仏と上師の教導を素直な従わない、そなたの業を押す石を移動して、この業がこのように引き起こした。だから、多くの人々はこのように、素直しないならば、彼の問題がすぐに現せる。

有る一年に、ある男の弟子とある女はリンチェンドルジェ・リンポチェがそれぞれにこの二人の息子に法会に必ず参加させて、参加しないなら意外がある。結局、その男の弟子の息子は法会に参加して、あの女の息子が法会に参加しなかった。暫く、この二人の子供は同時に交通事故にあった。結局、あの男の弟子の息子は今まで生きていて、スターを作りたいと考えいて、あの女の息子がその場で死んだ。これは聞かなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェが随意に説いて、彼らを聞かなくて、こんなに不幸がないと思っていて、自分も観音菩薩を信じて、毎日に線香を立てて、多くの功徳をした。そなた達はどのぐらいの功徳をするでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェに比べて、1万の1もない。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に比べて100万の1もない。だから、そなたはリンチェンドルジェ・リンポチェの御掛けがないなら、そなた達が素直しないなら、そなた達の業がすぐに現れる。その男の弟子の息子も同じ現実で、死なないと行けない、今回の事故をへてから死ぬことがない、行く事が要らないと思っていた。このようなすれば、スターになる可能性がない、これは恩があっても報わない。仏菩薩が彼の命の救っても仏を学ぶ事もしない。このような人はこの世に遣り遂げるでしょうか?総て修行者が来て、過去世に多くの衆生と多くの善縁を結んで、この世に来る人である。

2010年8月15日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、今度日本へ法会に参加してくる皈依の弟子達に、日本京都寶吉祥仏法センターにて、アキー護法及び六字大明呪を修めて唱えて、
そしてすべての功徳を今度の大法会に回向することを指示した。

2010年8月16日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、日本京都寶吉祥仏法センターにて殊勝な阿弥陀仏済度法会を主催して、参列者が日本現地の信者が20人、日本人の皈依弟子が1人、台湾人の弟子が93人、台湾の信者が19人、合計で133人が参加した。

法会の初め、リンチェンドルジェ・リンポチェはまず法会の壇城の上の酥油灯に点灯して、皆を連れて皈依、発心の祈願文を読誦して、そして尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは自ら皆を連れて、「弥陀讚」を唱誦する時に、美妙な讚頌は虚空に盈満して、それで法会に参列する大衆に、歓喜心、恭敬心及び供養心を生じることをさせて、大衆にリンチェンドルジェ・リンポチェの連綿に続いて絶えない慈悲撮受力を感受させて、満面に涙を流して、なかなか言えない。そして、今日法会道場に入場する時に、法会に参加者から自分で抽選して選出された日本人と台湾人の信者代表は、恭しく主法する上師リンチェンドルジェ・リンポチェに曼達を献上して、衆生を代表して法を祈請する。

修法する前、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者に以下の如く貴重な開示をした。

今日修める阿弥陀仏大済度法門は、普通な済度法会と違う。仏を学ぶ方向が2種類に分けられて、一つの種類は顕教であり、そなた達の日本人が普段お経に従って唱えたり、仏像に礼拝したりするように顕経に属する。もう一つは密法であり、金剛乗とも称される。金剛乗は顕教よりもっと高い一層の修行する方式であり、古代にインドから中国に伝われて来て、唐代は金剛乗が最も盛んな時期であり、それから日本に伝われて来て、東密と称する。金剛乗は唐代の時に、インドからチベットに伝われて、日本の東密は金剛乗の中の2部しかなくて、チベット仏教は完備している金剛乗の四部がある。

阿弥陀仏の名号は、中国人、日本人、韓国人に関わらず、アジア人がすべて聞いたことがあるはずである。阿弥陀仏は釈迦牟尼仏が末期に紹介してくる一体の仏であり、諸仏の願力はすべて衆生に輪廻に解脱させるように助けるのを望んで、いかなる人さえ浄土に往生することを祈願すれば、きっと阿弥陀仏の助けを得るのである。

今日修める阿弥陀仏の済度法門は、普通な仏を学ぶ人と修行者が勝手に修めるのではなくて、修行者は先ずは皈依しなければならなくて、顕教を十年間勉強したことを通じて、そして金剛乗の根本的な基礎を3年間習ってから、更に上師はそなたが資格に合うかどうかを確認して、ようやく阿弥陀仏の灌頂を受け入れることができて、それから上師の指導のもとで閉関して、阿弥陀仏の心呪を少なくとも1百万遍以上唱えなければならない。京都ではある仏寺が百万遍根本道場と称して、即ち阿弥陀仏の仏号を唱えるのであるが、しかし金剛乗にとって、1百万遍はただ始まるだけである。それ以外に、唱え終わったらいいということではなくて、本尊と相応することまで修行しなければならなくて、ようするに行者が本尊とコミュニケーションする能力を持つ。修行者が本尊と相応することまで修行するかどうかについて、第一は上師の確認を得ることが必要である。第二は法本に記載される徴候に合うことが必要である。

修行者は閉関修行を終わって成就を得た後、また阿弥陀仏が自ら伝授された法門-ポワ法、つまり遷識法を修めなければならない。人が死んだ後、直接亡者の神識を阿弥陀仏浄土へ送られる。ポワ法を通して済度された遺体は極めて柔らかくて、大きい変化を起した。更に修行者はポワ法を成功に修めた時、自分自身も死亡の過程を経歴した。阿弥陀仏済度法を修めれば、必ずポワ法を成就しなければならない。

そなた達は死にたくない。また死亡を恐がる。しかし自分を速めに死なせることを行うのが好きだ。例えば、タバコをする事、お酒を飲む事、肉を食べる事など。去年2009年にリンチェンドルジェ・リンポチェは既に日本では今年暴雨を降る事を予言した。結局日本人は皆信じなかった。最近降っている暴雨は金閣寺さえ水浸しになった。このような災害がある原因はこの地域の鬼神はまだ済度されていないから。

済度とは何だろう。今日時間が足りないから、暫く詳しく開示していない。今後機会があれば説明する。簡単言えば、済度とはある者はある所へ行きたい時、他の者は彼を連れて能力がある。例えば、ある者は京都から新幹線に乗って東京へ行きたいが、彼はお金がなくて、行ったことも無い。ある者は彼に駅の場所を話した。この状況はそなた達が寺に名前を書き、経を唱え、焼香する事と同じだ。もっと親切な人は彼を駅まで連れる。しかし、彼はある者がお金を与えて、切符を買えて乗るまでにあそこで待っている。此れは自分の眷属は引き続きに経を唱えて、仏を拝んでいて、そなた達の祖先が三悪道から離れられるまでという状況と同じだ。この時若しある者は彼に駅を案内して、切符を買えさせて、また彼を連れて一緒に東京へ行く。更にこの者は自分は嘗て東京へ行った事があって、乗車の方法を分かる。そなたはこの助けを得た者の感じが何だと思う。今日修める阿弥陀仏超度法はこのような方法である。

阿弥陀仏大超度法は日本に於いて、始めて修める。本来チベットでこの法を修めるのは必ず一日をかかる。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは商業社会の中に皆時間が足りない事を分かるから、自分は苦労して、今日の法を数時間で短縮する。しかし、短縮とはある物が漏られるとは言えない。唯そなた達がエスプレッソを飲む時と同じで、コーヒーを濃縮したけど、その中の成分は欠かない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは阿弥陀仏超度法を修める間に、そなた達は多くの儀軌を見える。分からなくても構わない。そなた達は元々分からないから、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェを信じて、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ずそなた達が済度したい亡者を助けて浄土へ行く能力があればいい。

続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは始めて「阿弥陀仏大超度法」儀軌を行った。最初発心及び悪魔を追い払う祈請文を唱える。悪魔を追い払うのは悪魔に今日の法会を妨げさせない。次は祈請文の中に阿弥陀仏荘厳の寶相、観音菩薩及び大勢至菩薩を含めて、また阿弥陀仏国土の光景を描いた。更に阿弥陀仏を壇城に迎えて、主法者は本尊と無二無別させて、仏菩薩に八供を供える。また、再び阿弥陀仏及び浄土を紹介して、リンチェンドルジェ・リンポチェは法本の文字を唱える同時に観想をした。

実はこの描写は済度されたい亡者に聞かせるためだ。そなた達に聞かせない。例えばそなたはある者に会わない者を紹介する時に相手の様子を説明するのようだ。相手に行かない所を話す時も当地の風景を説明する。その後、八供及び五種供養でリンチェンドルジェ・リンポチェは代表して、仏菩薩を供養する。祈請文の中にまた阿弥陀仏の功徳及びそなた達を助ける方法も説明した。阿弥陀仏の願力は今日時間が足りないから暫く解釈しない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは参列した大衆を連れて、阿弥陀仏の心呪を唱えた。茶供儀軌する時、リンチェンドルジェ・リンポチェは開示された,長く読むので、主催者はこのお供茶で喉を潤しても結構で、これも1種類の供養だと言える,それに、法会を参加する皆に茶品を一緒に受けさせた。薈供儀軌を行った時、リンチェンドルジェ・リンポチェも慈悲で皆と共に供品を享受した。

済度儀軌を進んでいる時、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に起立することを指示されて、領衆出家弟子が代表として法会の参加者の祖先及び害された衆生と仏菩薩に頂礼した。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆を引き連れて一段の祈請文を唱えた,祈請文の中に「中陰恐懼閻魔關、煩惱痛苦所折磨、淒涼處境徘徊者、慈悲之力祈救護」と言及した。リンチェンドルジェ・リンポチェは特に日本語の通訳者にこの一段大切な祈請文を現場で日本語を通訳させた,法会を参加する日本信者が従って唱えるのをさせた。その後、法本の内容を読んでいたところ、リンチェンドルジェ・リンポチェは極めて慈悲で、衆生が輪廻の中にの苦しさを憐憫して、思わずすすり泣いて涙を落とした。

壇城上の済度ネームリストはそなた達今日助けたくて済度したい歴代祖先で、また歴代祖先の寃親債主も入れた,今日済度されたこれ等亡者は累世の業障が全て整除することが出来た。

リンチェンドルジェ・リンポチェが修法円満に終った,予定時間より早かったことを気が付いた、修法時間は短くになったので、ついに仰った、今日の参加者は割合に恭敬で、主催するのリンチェンドルジェ・リンポチェが比較的にあんなに疲れる事はしない。

見ると仏菩薩がそなた達を助けに来られたようだが実は全てそなた達は自分を助けた。なぜ供養することは要るかそれは我らは福報が足りない,お金を儲けて、事業があって、結婚したことは福報があるには限られない,仏経の中に載せてあり、仏を学ぶものこそ本当な福報のある者である。沢山者は全部幸せな人生とはお金を持ち、家庭があって、事業をせいこうするのである,前、法を行っていた過程の中にの祈請文の中に、リンチェンドルジェ・リンポチェは既に皆のために福報、寿命、知恵共増長するように祈った,しかし、それらはすべてそなた達が仏を勉強させるには用いるもんである。

今日、法会を参加に来た者は只100人あまりようで、しかし、そなた達の後ろに連れて来て、そなた達が見えないのはまた多かった。我ら中国人は1つの言い方があって、お酒を飲むのがとても好き者を酒鬼と呼び、酒を飲みすぎると鬼みたいになって、そなたと一緒にいた友も鬼みたいである。お肉、お魚を食べるのがすき者は鬼道に堕ちろとする,または生肉で、日本人みたい刺し身が好きで、生肉を食べるのが好きであれば、そなたがこれ等生肉を食べるとき、そなたは既に鬼のようで、それは鬼も生肉を食べるのが好きである。

リンチェンドルジェ・リンポチェはこれらを開示させるのがそなた達に恐喝する事ではない、これはリンチェンドルジェ・リンポチェが魚と肉を食べる人々の未来が何か起こる事を見えられて、嘗て、リンチェンドルジェ・リンポチェも魚と肉を食べて、その上、そなた達により多く魚を食べて、その後、以前にそれらのお酒を飲んだり、肉食をしたり友達が以後にリンチェンドルジェ・リンポチェに害する。「害する」とは、傷害する事ではなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェに貪欲を益々重くなっていく。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたが仏を学んでも結婚しなくて付き合わなくて商売をさせないのである。菜食すると、付き合わない事ではなくて、商売が出来ない事ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェも菜食しているが、ただ商売が益々上げって行く。

リンチェンドルジェ・リンポチェは1996年から衆生を助けて、この20年余りの修行の経験により、仏が諭すのが全て正しくて正確で、そなた達が必ず遣り遂げる事が出来で、今日、仏菩薩がそなた達に助けてくれようが、実にはそなた達が自分が自分を助けてくれて、仏菩薩の一切が我々によい事で、そなたたちが素直にするはずである。して行っても、一つの条件に符合する必要があり、つまり上師がいなければならなくて、上師に従って、また仏菩薩の教導を遣り遂げなければ成らない。

リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子は現在、既にヨーロッパとアメリカを広く及んで、また、現在、欧米の多くの国も菜食する事を提唱していく。菜食をする事はそなたの健康に対して良いだけではなくて、また此の土地の為に、そなた達の後代を愛護するわけである。リンチェンドルジェ・リンポチェは「全世界は何故災難が益々多くなるか」と開示されて、今年には多くの地方が雨を降ると土石流になって、此の時代が仏経に諭す事と同じ、此れは人の心が益々悪くなっていて、土地神、山神と龍神が人々にとって怒って、報復する心を生じる。此れは何故現在台湾、日本また全世界に癌に罹る人が益々多くなっているわけで、主な原因は肉を食べて殺生したためである。

今日の法会は皆に阿弥陀仏と良い縁を結ぶ事を助けてくれて、リンチェンドルジェ・リンポチェも今日の法会が皆と日本に助けがある事と望んでいる。今日、法会に参加した人々は全京都に最も福報がある人で、法会に参加するだけではなくて、晩御飯も食べられるし、「大文字祭」も観賞する事が出来るし、居酒屋に行く事に比べて良くて、唯ビールと焼酎だけが無かった。

後で、リンチェンドルジェ・リンポチェは未だ皈依しない信衆に先に戸外で食事をして「大文字祭」を観賞させて、それから弟子に率いて護法を修めて行った。法会が円満に完了した後に、リンチェンドルジェ・リンポチェは苦労を厭わないで日本現地の弟子と信衆を続けて接見して、衆生に様々な苦しみを解決し、殊勝な仏法を開示して加持された。

2010年8月21日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、140名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

2010年8月22日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台湾寶吉祥仏法センターで、殊勝な共修法会を主催した。

法会開始前、ある弟子は大衆に、リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲に彼女の父を済度した事跡、彼女が皈依して弟子になった経過、及び皈依して仏を学んでから自分の点検と反省などことを分かち合った。

2005年末のある日に、彼女は台中へ出張して台北に戻る道中に、警察からの電話を受け取って、彼女に父が家で死亡したことを教えて、彼女が早く家に帰って処理するように要した。彼女はたいへんぎょっとして、彼女の母が他界した後に、父は一人で住んで、家は彼女の家まで遠くなくて、父は高血圧と狭心症に罹っているが、しかし生活は自分で処理することができる。彼女が家に駆けつけた時に、客間に入って、こわばって暗くて冷たくなった父の体を見て、心が非常に苦しくと感じて、一滴の涙を流すことができない。

父の往生の翌日から、日さえ沈めば、彼女は言い表せないほど恐ろしくて身震いして、一人で暮らす勇気がなくて、心が非常に恥ずかしくと感じた。仏寺の師父は彼女に一心に念仏して父親に回向することを要したが、しかし彼女の内心の不安と恐れをずっと取り除くことができなくて、今、父が臨終に際してきわめて恐ろしくて苦痛だったことがやっと分った。彼女の長年の親友は  リンチェンドルジェ・リンポチェの皈依弟子であり、彼女を寶吉祥までリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに来るように連れた。これは既に彼女が二回目リンチェンドルジェ・リンポチェに会ったが、第1回リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見するのは約2004年9月に、当時彼女は息子が反逆して厄介事を引き起こすため、リンチェンドルジェ・リンポチェの指示をお願いして、過程の中で彼女が息子の行為に対して弁解したため、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を厳しく責めたが、しかし依然として慈悲に彼女に仏法を多く聞きなさいと教えたが、しかし彼女は少しも気にかけていないで、リンチェンドルジェ・リンポチェの苦心に背いてしまった。今度は父を済度するため、彼女は再度リンチェンドルジェ・リンポチェの目の前で跪いてあって、リンチェンドルジェ・リンポチェは父親の名前と生まれ年を聞くとすぐ定に入って、引き続いてとても慈悲に彼女に対して「お父さんの生活習慣はよくなくて、お経には福徳因縁を備える善男子と善女人が浄土に往生することができると説かれて、私はあなたの父親を三悪道に堕ちさせないことしかできなくて、あなたとお父さんとの縁は比較的に浅くて、たとえあなたは父親の身の回りに残しても、他界する時に彼が苦しくないとは限らなくて、だから苦しくならないでください」と開示した。そして、「お父さんは、今彼の居住した家をあなたがどんなに処理してもよくて、あなたは仏法を多く聞いて。」と教えた。父親が出棺する日の晩、彼女は施身法法会に参加した。リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見した翌日から、彼女の心の中は二度と恐れていないで、これはすべて  リンチェンドルジェ・リンポチェが父親に苦を離れて楽を得るように助ける加持力の顕現である。しかし彼女はご恩に感じることが分からないで、法会に二回しか参加しなくて止めた。仏菩薩の慈悲を利用して、自分が仏を学ぶ因縁と福報を失ってしまって、四年間の時間をむだに流れ去って浪費した。父の住居は、父の他界した3ヶ月の後、彼女が突然ふと思いついて不動産の仲介屋さんに電話をかけてに販売委任契約を締めて、その時家を買いたい買い手があるが、しかし隣近所の者に、ある人が嘗てこの家の中で亡くなったことを告知されると、買い手がすぐ止めてしまった。非常に不思議なのは、調印した3日間の後に、キリスト教を信じる買い手が少しも気にしなくて、意外にもごく短い半時間で交渉してすぐ取引が成立して、今思い出して、この事がこのように順調に進むことができて、これはすべてリンチェンドルジェ・リンポチェの加持に恩に感じなければならない。

2009年の春節(旧正月)休暇期間に、彼女の内心は精神が集中できなくて、気もそぞろで、ただ外へ行きたいだけと感じて、彼女は自分の心が病気になったことを直覚して、その間、またある有名な法師が往生したニュースを見て、仏法がこんなに良いから、仏を学ぶことを通して彼女の問題を解決することができるべきであろうと思ったが。しかし誰に従って仏を学ぶか。仏を学ぶのは必ず皈依しなければならないか。仏を学ぶのは必ず道場まで共修法会に参加しなければならないか。心の中の疑惑が一つずつ浮かんできた。この時に、私はまたリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依したあの親友のことを思い出して、親友に自分の状況を言い出して、親友は彼女に、リンチェンドルジェ・リンポチェだけが彼女を助けることができるのを教えた。そこで、彼女が勇気を奮い起こして第3回にリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見しに行った。尊き金剛上師  リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に再度仏法を学ぶ機会を賜り、彼女は2009年7月5日に皈依して弟子になったのである。

皈依した後に、彼女が8月16日の大文字祭りの京都道場の法会に参加したが、法会の当日に、彼女は生理のため、経血量があまりに多すぎて座席のカバーをよごして、法会が終わって彼女が人に発見されることをひどく恐れて、直ちに座席を逆さにひっくり返って、便所に突進していって長ズボンを着替えて、道場に戻るところ、すべての座席が既に整理して収納した。メンツのため、彼女はボランティアの案内スタッフの兄弟子に告知する勇気がなくて、台湾に帰ってやっとこのことを担当する兄弟子とグループ長に通達して、そして連続2日間、宝石会社まで懺悔を求めに行って、二日目に宝石店で待っている時にある兄弟子に出会って、彼女に教えたのは、懺悔をしなければならないが、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェがとても大変で、このような小さな事なら彼を煩わさないでください。この兄弟子が日本まで電話をかけてある人に処理に行ってもらった。彼女は自分がこのように責任逃れをすることを思い悩んで、私利私欲を貪るから、大いに苦心がかかって兄弟子の時間と体力を浪費して、非常に恥ずかしくと感じて、同時に自分の様々な欠点と罪深さの一面をも発見して、まさにリンチェンドルジェ・リンポチェの開示した如く、地蔵経が凡夫が心が起こして思いが動くのが全て業で、全て罪だいう通りである。

2010年6月12日に彼女は中国雲南(昆大麗中甸曹渓寺)のツアーに参加していた所、彼女は同じ部屋に泊まる兄弟子の生活時間を不満に思うため嗔心を生んで、朝晩の修業時間になると、彼女は自分の良心に尋ねてみて同じ道場の兄弟子に対して包容して許すことができなくて、まして云々の衆生はなおさらで、更に慈悲心と菩提心までを言う必要もない。彼女は自分の間違った所を知っているが、しかし境界が来るに際して、自分の念頭を制御することができなくて、このように循環する。6日目の午後、曹渓寺に着いて、曹渓寺はリンチェンドルジェ・リンポチェの前生に修行した地方であり、リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て弟子に対して運命判断、占い、くじ引きなどのことを許さないと開示したが、しかしガイドさんはここの韋陀護法と観音の籤引きは非常に霊験であり、嘗て寶吉祥の弟子はここまでおみくじを引いて情報を求めて、その結果は くじの内容はリンチェンドルジェ・リンポチェが弟子に開示した内容に対してそっくりですと言った。同じ一行の兄弟子達は聞いてその話を聞いてから次から次へとおみくじを引いて、彼女に観音菩薩の前で跪いて、どのようにして慈悲心を育成するのかとお願いして、彼女がどのように揺れても、竹筒の中に入れるくじは出てこない。彼女はせっかちです顔中に汗をかいて、「リンチェンドルジェ・リンポチェ、私を助けて」と思って、ついに1本の下くじに揺れてきて、くじの中で「紅顏多薄命,少小即輕浮,若不同心轉,惶惶到白頭」と書いてあって、その時彼女は見てたいへん驚かせて、本当に自分の欠点にちゃんと指摘するので、彼女に自分の心の念を転ずることを要するように注意した。彼女は金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはが各種の機会を作って、弟子に異なった人、事、物を通じて自分の起心動念(心が起こして思いが動く)を反省させることにたいへん恩に感じる。 金剛上師が絶えずに因縁を造って弟子に福報に累積させて、仏法を聞こえて、仏法の薫陶にて1歩自分の行為を修正することができることに更に恩に感じる。

7月22日彼女はある友達の母が入院して昏迷に陥った。母の苦痛を見るに忍びないから、彼女は友達を連れて7月24日に道場へリンチェンドルジェ・リンポチェを求めて彼の母を助ける。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に開示されて、彼の母は観音菩薩を拝んだ事があるから、この因縁があってリンチェンドルジェ・リンポチェに会えた。また次の如く開示された。彼の母はこのような昏迷の現象は仏経には「彌留」と言われた。それは嘗て教師として、学生に好き嫌いの分別心を持って、仏弟子なのに、肉食したから。現在は唯花が咲いたけど、果報は畜生道に堕ちる。子女として親孝行するのは父母に美味しい料理や綺麗な服を用意して、或いは遊びに連れさせる事ではない。この時に発心して母を代わりに礼仏して懺悔する事は本当の親孝行だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の友達に菜食させて、月曜日と火曜日に道場に大礼拝を百回ずつして、7月30日の施身法法会を参加すれば、役に立つ。その後、友達は依教奉行して、彼の母も施身法法会の翌日午後平静に往生した。

この前に友達はこの弟子に言って、リンチェンドルジェ・リンポチェを昔の師父と比較できる。だから彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが友達に開示を終わった時にリンチェンドルジェ・リンポチェに「具徳上師の条件を検視する」仏法テープを請求した。リンチェンドルジェ・リンポチェは顔を向いて彼女を無視した。また供養を受けなかった。彼女は当時自分は間違いを犯した事を分からなくて、自分の間違い事も分からなかった。翌日共修法会にリンチェンドルジェ・リンポチェはこの事について、頂門の1針の開示を与えたまで、彼女はこの後数日に繰り返して考えていて、自分は大間違い事を発見した。

第一はリンチェンドルジェ・リンポチェの教えに従わなくて、信は功徳の母ということを基準として守ってなかった。前回法会の中に兄弟子達はリンチェンドルジェ・リンポチェに「具徳な上師の条件」を回答した。また、自分が一人の大成就者金剛上師に従う事を分かったのに、自分は仏法テープの中に説かれた具徳な上師の条件の内容を知りたい。心はかなり悪い。

第二、彼女は法を貪った。早期皈依した兄弟子達は仏法テープを数百巻貰えたことを聞くと、彼女は羨ましくて、自分も貰いたい。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏を学んだ一年以来、貰った仏法テープを繰り返して聞いてなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示、《快楽と痛苦》も繰り返して読んでいなかった。しっかりに中の道理を考えて、仏法を生活の中に融け込む事を言う事も無い。更に仏子三十七頌で自分の身口意を反省しなくて、生死無常を深く信じなくて、毎日無知のように日々を過ごしていた。実はリンチェンドルジェ・リンポチェは既に多く教えられたのに、彼女はしっかりに依教奉行しなくて行わなかった。

第三、慈悲心がない。あの日リンチェンドルジェ・リンポチェは信衆に会って、後補の信衆を含めて百二十数号があった。非常に苦労だった。エゴの彼女は自分しか考えなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェの時間を浪費した。

彼女は自分が好運と感じて、此の世に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに出会えた。今後厳しい上師の教え及び監督によりいつも自分の起心動念を注意して、依教奉行して仏法を日常生活の中に融け込んで、自分累世の悪習と無明をしっかりに改めて、輪廻の因を断ち生死を解脱して、仏恩、上師恩及び父母恩を恩返す事を決意した。

続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に昇って引き続いてガンポパ大師の著作内容で参列者に心念に関わる開示を与えた。この前の法会にリンチェンドルジェ・リンポチェは既に初めて学ぶ段階及び中間段階の仏を学ぶ者の習い方式を開示された。此処は初めて学ぶ段階者とは初めて菜食して、法会に参加する信衆或いは暫く皈依して経を唱え拝懺する者ではない。また、長く皈依している弟子は中間段階に達することが出来るとは限らない。顕教理論に対して、既に了解してはっきりして既に修行し始める修行者である。仏法について、理解ではなくて、開悟する事だ。そなた達は今はまだ修行し始めない。経を唱えて仏を拝んで、拝懺するのは修行である事を思わない。此れは全て助縁だ。若し法会を多く参加して、唯聞いただけ改めないと、修行とは言えない。修行とは仏法を習って、全て凡夫の行為を修正する事だ。若し一点を改めないと、修行ではない。六道輪廻居れば、行う事、話す事、思う事は全て凡夫の行為だ。しかし、仏法に於いて説かれた全ては凡夫の世間法とは全く違う。だから、そなた達は独り善がりで自分が学んで、修めていると思えば、本当に仏法を理解できない。仏を習うと必ず具徳な上師を一人依止品けらばならない。上師の段取りをふんで事を進める教導を通して、更に閉関修行を知れば本当に修行し始められる。

凡夫は起心動念が全て業であり、全て罪である。六道輪廻に居る衆生なら、どんな道にいても例え天道にいても凡夫だ。凡夫なら地獄に堕ちる機会がある。ミラレパ尊者は嘗てそなたは此の世にまだ輪廻を解脱できないと、未来は必ず有る世に地獄に堕ちる。地獄に堕ちる事は難しいとは思わない。不意に自分の考えを注意しないと、地獄に堕ちる。そなた達は此の世に肉を食べたことがあるなら、必ず地獄に堕ちる。若し上師の教導に従わなくて、大願を発しなくて、修行しないと、この一生の業を変えられない。仏経には地獄道の衆生は雪が降る時に雪の花のような多くて、はっきりに見えなくて、数えられない。お経に書かれているのは、現在の人類の文化は第三回であり、次は第四回で、数回がある。この間、科学学者も発見したのは、今の人類文化は第一回ではない。だから、人類はまだ全滅にならなくて、そなた達はまだ輪廻する。

最近リンチェンドルジェ・リンポチェは初めて日本京都寶吉祥仏法センターで阿弥陀仏超度密法を修めた。弟子達はリンチェンドルジェ・リンポチェに従って日本へ法会を参加した。ある女の弟子の子供は去年に日本に往生して、リンチェンドルジェ・リンポチェ殊勝なポワ法を得て済度された。彼女は元々観光バスにリンチェンドルジェ・リンポチェが子供を助けた過程を他の弟子達に話して、上師の功徳を褒めようだけど、結局他の女弟子に止めた。理由は同じ皈依弟子の子供父はまだ苦しみから離れないから、子供の母に言わないほうがいい。この止めた女弟子は自分が多く聞いてから、よく分かると思った。仏を学んだのに益々独り善がりである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲に今日の法会の時に上師を褒める人を止めた女弟子を叱った。ある者は上師を褒める時、随喜すべきだ。しかし、この弟子は随喜しなかったのに、他人を止めた。非常に悪かった。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に「自分は神通があるから、他人の考えを分かるだろう。或いは心理学を勉強したから、自分が分かると思っただろう。」聞いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女にどんな学科の出身したと聞いた。彼女は社会学科と回答した。リンチェンドルジェ・リンポチェは次の如く開示された。ある社会学科出身の社会福祉士はうまく行って毎日人を関心している。しかし、ある者は本当に人を関心しなくて、自分の考えで他人の身に覆う。この女弟子はそうだ。若しある者は苦しみに陥った時、周りの者は共鳴を起さないほうがいい。彼と共鳴を起すと、返って彼に自分が可憐と感じさせた。そうすれば自分を検討しない。一部の社会福祉士はあれらの家庭暴力被害される婦人がとてもかわいそうだと思っているが、しかし、これも因果応報である。どうしてそなたを殴る男を主人と選ぶのか。そなた達は今「man」らしい男が好きで、彼は「man」らしいから、そなたを殴られるのである。この人を止めた女弟子は長く皈依して、仏法を多く聞いたのに、リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て開示された。事なかれ主義の人になるなら、地獄に堕ちる。自分が弁舌の巧みな人と思って、この話を言うと、他人を慰める事が出来ると思った。他人に自分が助けを与える事を知らせるため。長年に仏法を聞いたのに、一体何を聞いただろう。彼女は今回この話を言ったのは彼女に過去累積した功徳を半分以上減らせた。この女弟子は近年はうまくいて、リンチェンドルジェ・リンポチェに叱れなくて、自分はうまく習って、話す事は全て正しいと思うのは傲慢だ。この女弟子は因果でこの事を見ていなくて、自分の人生経験法、学問でこの事を見た。若し自分はこの子供の母なら、必ずとても悲しいと思った。此れは自分の生活経験から事を見る。生活経験は仏法ではない。仏法は道理を話すことではない。この女弟子は仏法の偉大を信じない。上師の能力は既にこの家族、この夫婦を助けた。彼女はまだ独り善がりだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェはあの子供の父親に法会の中に現在彼が子の無くなった事についてのお考えを皆で分け合わせた,子供のお父さんは子供が無くなったばかりの半年間確かにとても耐え忍び難くて、続いての半年間は毎回子供を思い出したら、子供が四才で亡くなったのを惜しんだが、最後に、子供は福報があったのでリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを貰うことが出来たと思った。子供が病気にかかった半年間、子供がかつて甘えて自分が仏菩薩になりたいと言って、浄土へ行ったらまた戻って来るのが可能かと聞いた。子供に回答した,リンチェンドルジェ・リンポチェが嘗て開示された,浄土で仏菩薩の果位が得れば、願に乗って世間に戻って済度するのが出来る。子供が間もなく亡くなるあの期間、子供が気分が悪くなったのに泣くことはしない。またよく家の仏堂の中に、おばさんが彼のために放送していたリンチェンドルジェ・リンポチェのテープを聞いた。子供が生きていた時大変父母親に纏い付いた,あの頃、日本で亡くなる前呼吸が速くて短ように見える時,リンチェンドルジェ・リンポチェと連絡を取って、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を貰ってから呼吸が穏やかになって、数分間後子供が両親の胸の中で最後の一息を飲んだ、それに、すぐリンチェンドルジェ・リンポチェが済度する助けを頂いた。この子供の母親も自分が既に陰鬱より踏み出したと表れた。実は、彼らご夫婦がもう踏み出したと言うのも正しくない、本当に踏み出したと言うと道場を離れることになった、それより、彼らがとうに子供の因縁と福報に従って、子供の往生することに対して執着しないと言うべきである。

リンチェンドルジェ・リンポチェが注意させたことで、彼は子供があの時白血病にかかったのを補充して言った,つまり、俗称血癌であった。リンチェンドルジェ・リンポチェは申された,この子供只四才のに,大人よりよく修めた,この子供は往生する前の考えはリンチェンドルジェ・リンポチェしかない、仏法に対して信心が十分で、彼は自分が日本で亡くなるのを良くわかった,それに、臨終時どんな醫療の苦痛を受ける事がない。

なぜ、この日本で往生した子供は生まれてから父母親に纏いついた,それは、この父母は前世かつてこの子供に苦痛をさせたから,こんな状況があった子供は殆ど生まれつきでとても大人しくて、美しい顔で、成長の過程はすべて極めて順調だが、突然にある日ある情況が起こってなくなって,彼の父母を非常に苦痛させた,こんな子供は復讐に来た,だから、そなたに心まで痛くさせる,彼が往生してもまだあなたをずっと苦しくさせる。逆に、ある子供はままな顔で、また悪戯で、特にいいところがない、こんな子供はかえってそなたを苦しませるはずがなかった。この子は生前とても大人しくて、また利口で,只四才なのになくなって、彼ら2人夫婦を極めて苦しませた。なぜ、この家族に生まれたか?父母親両方の家族には殺業がとても重くて、こんな子供を連れて来て、所謂積善の家には必ず余慶あり、積悪の家には必ず余殃ありのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは仰った、子供は癌にかかったのがとても苦しかった、それに、どんなお医者さんとも化療を受けた後副作用がなく、再発をしないのを敢て保証しない。前、ある弟子の子供が癌にかかって、いろいろな化療の苦しみを受けて、毒を飲んでお体に害をするようで、すごくかわいそうだった。現場で1人お醫者さん弟子は皆に報告した,実は現在西方医療方式、化療、電寮或いはゴール治療を問わず、全て自分のお体の健康に害をして、現在お医者さんはこれ等の治療の後遺症が既に少ないと言ったが、実際に、まだあり、それに、臨床の上に見た化療を受けた後遺症が多かった。只、始めごろあまり明らかではないかも知れないが、結局やはり情況が現われようとした; 彼はまた自分の医者とする友達を例としてあげた,鼻喉癌にかかった友人は化療を受けた後一時癌細胞を控制して、良くなったらしくて、しかし、化療がすでに彼の頸の中にの食道を害したので、飲むのが難しくなった,ひいては十年後癌が再発した時、全体の顎もなくなった,医者さんが検査する時脳部のある神経が傷害を受けたのを発見した,それは、脳部にの腫瘤で起された大膿疱が原因であった,末期時、半分の顔がなくなって、臨終する前彼は妻を入れてどんな親友でも見せなかった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは申された,病気は三種類があり、第一種類は医者さんが治せるのである,即ち我等が四大不調和で起こられた一切の病通、例え、風邪を引いた;第二種類はこの世我等が全てした悪業で起こられた病気、この病気は医者さんが治すことが出来ない;第三種類は累世が全てした悪業で生じた疾病,これも医者さんが治療出来ないのである。皆さんは氣切が知っていて、多勢者は亡くなる前氣切された,これは、現代人が殺業が重くて,在世する時、鶏、魚を殺すのが全て咽喉より切った。しかし気切は患者に対してどんな役に立つか?現場に1人医者弟子は気切の目的を解釈して、気切をするのが医療と世話をする便利のため,鼻或は口にパイプ・レンチを差し入れる時,圧迫或は分泌物が起こりやすくて整理が不便で、気管に直接に差し入れるのが鼻から気管までのパイプ・レンチはおよそ20センチを短縮することが出来た、しかし、病状に対して何の役にも立たない。リンチェンドルジェ・リンポチェは申された、気切された患者は話が出来なくなって、往生する前念仏が出来なくて、上師の法号さえも呼び出せない、仏を学ぶことは全く出来ない。

嘗てある弟子が1人信者に紹介して、リンチェンドルジェ・リンポチェに面会を求めにて、彼女は重病の母親のためリンチェンドルジェ・リンポチェに助けを願った,リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に母親のため福徳を蓄積して、母親が亡くなる時痛苦を減らせると申されたが、この信者は母親のなくなるのを望まない、結局この弟子が彼女を連れてもう1人リンポチェを見に行った,このリンポチェは彼女の母親のために長寿仏を修めて彼女の母親をまた何月を生かせた。その後、加護室にいた母親は高熱が退かない,お醫者さん、看護婦でも原因を見つけなくて、偶然に彼女は母親の気切された傷口の上に蛆虫をみた,よく検察すると母親の口の中に蛆虫が一杯あるのを発見した、こんな生きているままで蛆虫に噛まれて死なせた。加護室の中に重々隔離しているので何故蛆虫があっただろう?これは彼女の母親のため、長寿仏を修めたリンポチェは因果を見ずに法を行ったから,修法するのが確かに役に立つが、業力を変わる事が出来ない、寿命が延びたがさらに苦しく死んだ。蛆虫が口の中にずっと噛まれて、口を開けて助けを言えない苦しみが想像できるか?彼女は植物者で感覚がないと思わないで、実は全部感覚があり、只表すことが出来ない、リンチェンドルジェ・リンポチェは植物人を加持すると彼が何が話したいのを分かった。そなた達はやはり信じない、福報はただ一箇所に用いない,彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの話を聞かなくて、母親のために福報を蓄積して彼女を早めに往生させなくて、母親を長く生かせて結局、母親の福報を尽くしてしまって、むしろ日本で往生したあの子、福報を残して臨終する前使って、彼に何の医寮方式で起こられた痛苦を受けるのを少しもさせなかった。

子供が病気にかかって、複雑な醫療過程を受けるのが非常に苦しかった。昨日リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥仏法センターで信者と面会して、ある先天的な糖尿病の子供は入り口に入ってから号哭始めて泣き声が絶えなくて、ずっと家に帰ると騒いた,声は外の者がリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞こえないように大きかった。リンチェンドルジェ・リンポチェが見たらこの子がどんなものでも身に付かなかった。彼らがリンチェンドルジェ・リンポチェの目の前に来ると、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの子に、ここには注射針がないと言ってよく見るのをさせた。子供がよく見たら針がないとの事を発見してから泣くことをやめた。実は、この子は既に注射することにとても恐れた。子供を注射させるため騙した,子供がこんなに苦しんでいるのを見て、母親として我慢するものか。その上、このようにすると本当に問題を解決できるか?リンチェンドルジェ・リンポチェは子供の母親に、毎日絶えずに子供にインシュリンを注射して、糖尿病を治すできるかと聞いた。子供の母親は回答した:仕方がない。そなた達は全部すごい矛盾な考え方があって、病気が治せないのを分かるくせに,子供にこんなに大きな痛苦を耐えさせた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは自身を例を挙げて、リンチェンドルジェ・リンポチェの曾祖父は蚕を養って、殺業が重くて、曾祖父のこの一代からリンチェンドルジェ・リンポチェの此の代まで、全ての男性が高血圧がないなら心臓病に罹って、家にはリンチェンドルジェ・リンポチェを除いて全ての人々が手術した事があって、母親も手術した事もあって、脳部がないならば胃部である。曾祖父からリンチェンドルジェ・リンポチェまでの此の代に、既に4代を経て、この殺生の業力も残っている。そなた達は現在上師の話を聞き入れない、此れはそなた達の体が苦しみを受ける事を開始しないわけである。そなた達は現在迄依然として高慢で、仏が諭させる内容が真に事を信じない。そなた達は、家には家族が死亡する前に多くの病気の苦しみを受ける事を見た事があり、現在、多くの人々が去る前に医療の苦しみを受けて、然し、全ての人々が去る前にこのような苦しみを受ける事ではない。

先日、ある密宗大師と呼ばれそうな人が去って、了解により、痔のため流血して、大量で出血して内部器官を弱くて去る事になった。密宗の観点により、このような血がずっと下に流れる事が彼の気が下に向いて、必ず三悪道に堕ちる。この法師は生前に人々に善事を行う事を教えたが、最も大きな問題が人々に因果を深く信じている事を教えなくて、この果報を得て始めた。彼はただ人々に簫を掛けて、或は護符を書いて他人に吉を向いて凶を避けさせて、おひねりを収めて、然し、因果角度により弟子を教導しないなら、果報がある。また、先程、発表したばかり弟子はある知名な法師が暫くに往生して、病院に救急に送り届けて、それから救急車に乗って寺へ戻って、死ぬ時に口が開いたのである。禅宗を学ぶ人であれば、生死に対して平等心を対応して、座禅を組んで死ぬ事がないでも、死ぬ時に口も開いた事も出来ない。人が往生する時には、一口の息を上げらないとは死なない心構えで、口が開いて再度一口の息を呼吸したい。これも此の人が成就を修めて至る事を代表して、自分の死亡として制欲して或は掌握する事が出来ない。

ある人は、出家者が衆生の業を担ぎあげるので病気が起る事と言われて、明明に自分が病気になってまだ衆生の為に業を担ぎあげると話すか?修行者は言われる「病を示す」という事があり、此れは衆生に対して利益がって示現し属す。維摩詰居士はわざと病気が起るように、釈迦牟尼仏陀は文殊菩薩と阿難尊者を派遣してお見舞いに来て、維摩詰居士がこれにより仏法と空性を開示させた。そなた達が病気になるとただ痛みと苦しみだけで呼んでいて、此れ病により衆生に助けて仏法を接触する事ができなくて、衆生に仏法の貴重が知らさせない、然し、リンチェンドルジェ・リンポチェは病気を示現して衆生を済度する事が出来る。リンチェンドルジェ・リンポチェは体により衆生の債を返すこと、或は衆生に代わって業を担ぎあげる事を考える事がない、ただ単純な受け入れるだけである。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェは因果を深く信じていて、此れが自分の果報と知っていて、ただ受け入れるだけが十分である。だから、医療を受け入れないが病気が治していって、仏法がリンチェンドルジェ・リンポチェに治す良薬である。然し、此れはそなたが病気になって医療を受け入れない事ではない、却ってそなた達に因果関係を諭させた。だから、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが何故病気になるかを考えてはいけない、仏菩薩がこれによりリンチェンドルジェ・リンポチェにもっと多くの衆生を利益させるかもしれない、これによりリンチェンドルジェ・リンポチェに多くの癌に罹る患者に済度させられる。

前日ある20歳余りの弟子は、直貢チェツァン法王に問題を提出する時には、道場の多くの若者が彼と同じように遊ぶ事を愛して、仏を学びたくない、その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に寶吉祥弟子の資格をキャンセルする事を罰して信衆になっている。彼のお母さんも弟子で、息子さんが甘いために、特に他の信衆を探して伺いを立てるの為にリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見していって、結局母子の二人が混じてリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する事を求めて、母親が息子に如何にリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する事を教えた。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの女弟子をられて、そなはがリンチェンドルジェ・リンポチェがどのような方式によりそなたの息子を助ける事を知っているでしょうか?信衆を探して仮に伺いを立てて、実には息子の為にリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する事をして来て、リンチェンドルジェ・リンポチェが知らないでしょうか?息子もう26歳になって、彼を如何に話す事を教えるでしょうか?若し教えたいならば、子供の時には何故教えないでしょうか?このような大きくになって教えて始めて、息子さんが素直でしょうか?素直ならば現在のこのような状況ではない。彼は何故ベストを抜けることを罰されて、彼が直貢チェツァン法王に問題を提出する事ではない、却って彼の自身が明明に欲望があって遊びを貪って、自分が遊ぶ好きと言われるが十分で、却って他の人と一緒に話して、道場の他の若者も同様に、彼らをパッとになり、こんな行為が非常に我慢がならない。そなた達はこんなに上師に皈依して、全て行為がリンチェンドルジェ・リンポチェがそなたの心の中の考えを全部知っている。

今回、初めて日本京都寶吉祥仏法センターに、リンチェンドルジェ・リンポチェは殊勝な「チベット仏教直貢噶舉派阿弥陀仏無遮大超度法会」を主催し、参加人数が約100位余りで、然し来る衆生が極めて多くて、此の中に、衆生があるラダックのラマ僧に従って来た事がいる。リンチェンドルジェ・リンポチェは日本に来る前に、あるラダックからのラマ僧がリンチェンドルジェ・リンポチェに水災で死んだラダック亡者に済度する事を求めて、リンチェンドルジェ・リンポチェは此のラマ僧に台湾に主催する施身法を待つであれ、或は今年の10月3日に台北で行う阿弥陀仏無遮大超度法会を待つであれ、或は今回日本へ行う「チベット仏教直貢噶舉派阿弥陀仏無遮大超度法会」の中にこれらの亡者を済度する事を問い合せて、此のラマ僧が待ちきれなくて、今回に日本で行う済度法会を参加してこれらの亡者に済度する事を回答した。

今回、リンチェンドルジェ・リンポチェは日本から台湾に戻す時には、飛行機に乗る時に法衣を着付けないが、リンチェンドルジェ・リンポチェの風采が荘厳で、味わう事があるので、コックピット長の注意を引き起こして、コックピット長がリンチェンドルジェ・リンポチェの説く声と聞いて「阿弥陀仏無遮大超度法会」を主催するリンチェンドルジェ・リンポチェを思い出した。このコックピット長は嘗て何年目の大法会に参加した事があり、然し、彼女を法会に参加する事を誘う弟子が既に往生して、だから連絡を切れて今年に「阿弥陀仏無遮大超度法会」を申し込まれない、このような因縁なので、このコックピット長にまた大法会に参加する事が出来で、また7、8位を連れで参加して来る。リンチェンドルジェ・リンポチェの風采と服装わけではないなら、コックピット長の注意を引き起こされない、大法会に参加する因縁がある。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェの服装が如何にするかという事を言ってはいけない、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェがどのような方式により衆生を済度する事が分からない。

2006年時には、リンチェンドルジェ・リンポチェは500位の弟子を率いてインドへ向いて三恩根本上師直貢チェツァン法王に祝寿して、此の間に何回目の寶吉祥弟子とインド仏寺のチベット僧衆の綱引きの試合を手配した。直貢チェツァン法王は自らさえ笛を吹いて試合を主催した。表面的な綱引きの遊戯と思いきや、実には機会を作って漢民族とチベットの弟子と一緒に遊んで、距離を近くなって、両方の蟠りを消えた。普通には皆は分別があり、あなたがあなた、私が私である。実にはチベット仏教と漢傳仏教の顕教の部分が同様で、ただ密法だけの部分がチベット仏教が残って、チベット地区にはまた多くの人々が「楞嚴經」、「金剛經」と「心經」を唱えて、直貢噶舉の祖師の多くの教法著作も「楞嚴經」と「寶積經」に基づいている。

ある者は直貢チェツァン法王に伺いを立てて、リンチェンドルジェ・リンポチェがチベット語が分からないで、如何に仏法を説くでしょうか?直貢チェツァン法王は、リンチェンドルジェ・リンポチェが多くの経典を唱えるので問題がない、と回答した。直貢チェツァン法王は常にリンチェンドルジェ・リンポチェにテストして、そなた達が考える理論の方面ではない、ただ一言だけで問い合せて、回答の方式或いは眼差しにより、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェが仏経の内容に対して分かるかどうかを知っている。多くの人々はチベット仏教を学ぶとチベット語を学ばなければならないと思っていて、チェツァン法王は「要らない!時間が無駄だ!」と回答した。そなた達は仏を学ぶとは仏経を読む分かると仏を学ぶ事が出来で、然し、仏経が仏の修行の経験で、そなた達が修行をまだ開始しあいので読み分かる事が出来ない、だから、修行の経験がある上師を通してそなた達い教導してくれる。直貢チェツァン法王はインドとネパールに法会を行う時には、チベット語で諭させて、リンチェンドルジェ・リンポチェが完全いチベット語が分からないが、同様に入定して真剣に直貢チェツァン法王が諭させる仏法を聞いて、その場で聞き分からないが、その後知られて完全に遣り遂げる事が出来る。

リンチェンドルジェ・リンポチェはガムポパ大家の教法を引き続き開示して、その前の数週間に既に初段階及び中段階の修学の観念を開示したことがあって、これらの仏法の正知正見は、そなた達の多くの人は聞いて分からないと感じるかもしれなくて、特にあのちょうど皈依したばかり仏法に接触する人である。しかし仏法は分るのではなくて、悟るのである。今日開示した内容について、そなた達が聞いてどのぐらい分かるか覚えるかのは、あまに重要ではない。重要なのはそなた達が一心に真剣にそれを聞いたり、信じたり、受け入れたりすることで、そなたがこれから仏を学ぶことに対してきっと助けがある。

そなた達がわかりたい時に分別心を生んでしまって、そなたが聞いて分からないで、受け入れたくないと感じるに関わらず、或いはよく分りたくて、もっと多くのを聞きたくて、これらはすべて分別心であり、このような心構えで仏法を聞けば、聞く時に自分の過去の記録にて仏法と比べるこことをして、自分の経験と違う所に気がついて、心が抵抗の考え方を生んで、耳にした仏法はそなたの末那識に残すことしかできなくて、第八意識―ー阿頼耶識に残すことができない。私達は六根の中の耳根を通じて聞いた仏法が、末那識に入って動作を実行することができて、そなたが仏法を一心に聞いて、完全に信じて受け入れる時に、この記憶をあなたの阿頼耶識に残して未来の1世まで持って連れてくることができる。後ほど因縁は熟した時にそなたが自然にこの記憶を動くことができるから。例えば、コンピュータの記憶装置の中ので電磁波による信号が存在するように、必要な場合に合うと、この電磁波による信号を記憶装置から作用し始まる。しかしそなたの仏法を聞く時に、もし分かりたいが聞いて分からないと感じたら、そなたの心は抵抗を生んで受け入れることができなくなって、仏法をそなたの阿頼耶識に預け入れることができない。

私達はすべて衆生に頼らなければならなくて、自分が独力で過ごすことができると思わないでください。もし、コンピュータの中の電磁波による信号を読み取りたいならば、まずある者が電力を供給しなければならなくて、そしてある者がコンピュータ設備を作って、ある者がさらに適切なソフトウェアを研究・開発することが必要である。これらのすべての縁は備えてから、始めてコンピュータの中の電磁波による信号を読み取ることができる。ようするに、どこには私達個人があるであろうか。衆生と私達は密接な関係にあるので、一体になるのである。

そなた達が嘗て数学を勉強したと同じように、先生が教室で解説する時に、そなた達が聞いて分からないと感じる場合、家に帰って自分で見ても分からなくて、その後に先生の引き続き教える内容について、そなた達は完全に何を言っているのかを知らないで、更に耳にしたのは記憶が完全にない。仏法も同様にで、目で見ることではなくて、耳を使って聞くのではなくて、心をもって受け入れるものであり、そなたが上師の諭した内容を聞いて分からないと感じることがある以後、そなたの心は抵抗を生んで、聞いた仏法を接収することができないから、それを排除して、たとえ聞く能力があっても、耳の所に入ることができなくて、仏法は阿頼耶識に残して記録を残すことができない。

お経には、一歴耳根、永為道種(耳根を経過すると永遠に道種になる)ということを説かれたことがある。ある者は1つの仏号を聞いたことさえあれば、心の中に入ることができると思って、ある者は臨終の患者の側で念仏する機械にてひっきりなしに仏号を放送されて、このように患者に聞き入れることができて、さらに患者の心の中から彼を助けることができると思って、事実は別にこのように簡単ではない。可能性が低い。そなたが1つの仏号を耳にする時に、先ずは如法具徳の上師はそなたに解説することが必要で、そなたにこの仏号の意義及びどのように修行するかどの種類の効果を得るかを教えてから、そなたは全部極めてはっきりと理解できる後に、ようやくそなたの意識の中に入ることができて、そうすると仏号を修習し唱えることはやっと作用がある。どの本尊を唱えて修めると、別にあの本尊の浄土に行かなければならないことではなくて、そなた達が自分のやった事に対して執着を生みやすいから、このようにして業を生んで、すべての浄土の中で、ただ阿弥陀仏の浄土は善業を持って往生することができるので、そなた達がどの本尊の仏号を唱えても、すべては助けを受けられて、阿弥陀仏の浄土に往生することができる。事実上、早く阿弥陀仏の浄土に行きたいならばも可能であるが、しかし、自分が阿弥陀仏の仏号を修める時に祈請したら、有効である。この考え方を持っている人は少ない。なぜかというと、誰も死にたくないからである。たくさんの菜食料理屋は店の中に多くのゴキブリがいるが、しかし殺生することができなくて、そこで1日中ひっきりなしに観音菩薩の聖号を唱える録音テープを放送して、これでゴキブリを追い払うことができると思っている。実はゴキブリが離れたのは各種の原因があって、衛生がよくなったかも知れない。リンチェンドルジェ・リンポチェは、もしゴキブリが仏号を聞いて分かるならば、彼らはゴキブリではないと開示した。以前は、リンチェンドルジェ・リンポチェはある店を経営する時にも、店の中で鼠がいるが、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らを追い払わないで、かえって固定な所で餌をやって、結果は時間が長く立つと鼠にあわないようになった。もし慈悲心があれば、彼らを追い払うのではなくて、、彼らが早く解脱してその上済度されるように望むのである。観音菩薩が一切の衆生を済度して、どのようにそなたにゴキブリを追い払うように手伝うであろうか。

リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の父親の教えを例にして、小さいごろ、父親は他の大人と話をする時に、いつもリンチェンドルジェ・リンポチェが側で聞くことしかできなくて、口で話すことを許さないで、目つきもむやみに動いてはいけないと要求した。父親はリンチェンドルジェ・リンポチェに、注意深く聞いてしっかり覚えることさえすれば、大人達の談話が今わからないが、しかし将来リンチェンドルジェ・リンポチェに必ず役に立つと教えた。今一部の人はすべての事はどうしてと聞くことが好きだと違う。

この数回の法会で心念について開示された内容は、非常に奥深くて、とても重要な観念である。これは、将来リンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達に大手印禅定を教えることにとても大きな影響があって、もしそなたの観念は間違ったら、大手印の禅定を学ぶことはとても危なくて、魔に入るまで修めるかもしれなくて、六道の中で輪廻して離れることができなくて、たとえ既に四禅天の非想非非想天まで修めても、依然として六道の中で、決して生死に解脱しない。

いわゆる根器とは、そなたは代々に仏を学んで修行して累積した善根がそなたの意識の中に存在してこの一世に持ってきて、善根は多いほどそなたの根器もよい。法王或いは生まれ変わりのリンポチェに関わらず、生まれ変わったら皆はこの一世に再び仏を学んで修行しなければならなくて、ただ彼らの学んで修行するスピードは比較的に速くなることができる。しかし普通の人がこの一世に決して修め得ることではないと表してない。生まれ変わりのリンポチェが修行しなくても成功を成し遂げことができるとも表さないで、完全にそなたの善根、やこの一世の努力によって、そなたが仏を修行するスピードを決定する。ある弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェの企業グループに出勤して、自分がリンチェンドルジェ・リンポチェに手伝っていると思っているが、実は、誰が誰に手伝うのか、まだ分からない。リンチェンドルジェ・リンポチェは根本上師 直貢チェツァン法王と仏菩薩のお手伝いだけが必要である。

ある癌に罹った信者は、自分の子供がまた小さいから、リンチェンドルジェ・リンポチェに、彼女に亡くなるようにさせないようにお願いした。事実上、参列する皆さんはだれでも死亡して、リンチェンドルジェ・リンポチェも含む。そうすると、もしリンチェンドルジェ・リンポチェも死亡するから、どのようにしてこの信者が死亡しないように助けるのか。密法の修行の中で、確かに不死の身まで修めることができる法門があるが、例えば直貢教派の第13代法王は不死の身まで修めて、今また五台山で生きていて、今すでに第37代法王まで伝承されるが、しかし、不死の肉体まで修行し得る者はただ1人しかいない。この法門を修めるのは非常に難しくて、現代人はほとんどすでに肉体が不死になるまで修め得る条件を持ってないと言えるであろう。リンチェンドルジェ・リンポチェも修め得ることができない。しかし、不死の身まで修め得るのは世の中のすべてを懐かしく思うためではなくて、輪廻の過程を通る必要がなくて、修行する時間を短縮することができるためである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは仏を学んだ前に既に死亡をはっきりに見た。それは十八歳の時に父が死亡の過程を見て、死体安置場で父の遺体を捜した時に死体を勝手に床の上に置いたままを見た。墓に骨を拾った時、父の遺体をまだ完全に腐った姿を見た。生前を問わず死亡が来た時全て同じだ。この全てはリンチェンドルジェ・リンポチェに人生の結局は死亡という事を深く悟った。此の世は何のために来ただろう。如何なる楽に死んだだろう。

初めて学ぶ段階及中間段階の後、ガムポパ大師は尚更に後の段階の習いを説かれた。我々は一切の思いの本質は全て空性である。主な観念は三つがある。

第一は欲望に従って全ての念は空性である。つまり、煩悩、欲望と分別心念は全て空性という事をはっきりに了解しなければならない。全ての念の本質は空性であり、全て変動で固定ではない。空性はないとは言えない。空性は「自性有り」ではなくて、縁から生じて、縁から滅びた事であり、全て永遠ではないと言った。実は生滅も空性であり、同時に起こした。生じた同時に始めて滅びた。唯そなた執着心の程度により、生滅の時間の長さは異なるから。我々は分別心念に対して、始めた時に除く。例えば森の中に僅かな火は燃え始めた時に風は簡単に消す。しかし、火は激しく燃えた時、縁に逆らう風は火を吹くほど激しくなって益々消されない。火は大きくなると、風も大きくなった。此れは《仏子三十七頌》に言われた。貪など煩悩は初めて生じた時、速めに除かなければならない。此れはどんな風だろう。貪風、瞋風だ。人は生きていると、必ず念がある。実は念がないと、衆生を助けられない。

リンチェンドルジェ・リンポチェも同じで念がある。しかし、念が起こると、すぐ入定した。そなたたちのようではなくて、一つの念は一つ念を追いかけて、絶えずに思い続けて、念が消えるまでも引き続きに追いかけて、思いほど悩みは多くなる。リンチェンドルジェ・リンポチェは念が縁から生じて縁から滅びたことを分かった。わざと自分の念を除かない。実はそなた達は遭った事、仕事、家庭などは全て縁である。来ればいい、去ればいい全ては来たり行ったりするだけである。ある者は性格によって人の運命を決るといっているが、実はこれは正しくない言い方であり、人間の個性も固定なものではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前もとてもせっかちであるが、しかし、仏法の陶を通して、絶えずに自分を修正して、同じ成就になる。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェはとてもせっかちであるから、仏を学ぶのもは勇猛で、決まることを必ず一生懸命にやり遂げる。

後の段階に達した修行者は念の観念に対して、全ての念は空性である。縁から起して縁から滅びた。だから、念が起こると、追いかけず、抑えない。念を抑えないのは不可能だ。そなたは呼吸があれば念がある。そなた達は皆習慣がある。念が起こると、執着に追いかける。そうすれば尚更に多くの念を生じた。人と付き合う事もそうだ。道に会って合わない事を言うとお互いに激しく相手を殴った事以外、初めてある会社に行って、一目でそなたの同僚を見れば、敵として見る人は無いだろう。通常は暫く付き合ってから、そなたに対して、相手は申し訳する事があると思った。この念を起した後、初めてから考え続けて、引き続きに追いかけた。相手はそなたに申し訳すべきという数えられない念を起した。また、そなたの周りに全ては敵や小人がいる。何故小人がいるだろう。それはそなたは狭い度量なので、起した。金剛乗ではある習い方式が有って、周りの人を全て本尊として見る。このような心が有れば、小人は自然に起こらない。諸仏菩薩に対して、全ての者は未来仏である。

現代科学は既に世間に於いて一切物質の構成は全て同じ元素がある事を証明できた。分子、原子作用から組み立てて、そなた達は動くことが出来るのを動物、動くことが出来ないのを実物だと言って。そなた達はある机があそこに動かないと見たが、実はこの机の内部にその分子、原子は不断に作用し続けていた。唯我々の目は見えない。だから、全ての物はいつか滅びて、永遠に存在できない。現代科学者は欧州に於いて、多くのお金をかかって、機械を作って宇宙のエネルギーを測る。現在既に最小の原子は極める僅かなエネルギーから構成した。しかし、まだその形と色を見えない。科学者は既にエネルギーの源は二つ物質の衝突作用から起すという事を発見した。エネルギーは昔に思った通りにエネルギーは不滅ではなくて、無限できる。しかし、如何なる最初の構成は全て同じだ。我々の心はエネルギーであり、累世の業を加えて、業力を起した。更に此の世の業報身になる。世の中に全ては分子と原子から構成した。我々の体も同じなので、分子、原子の変動は全て我々に影響した。

此れも仏法に説かれた衆生は皆平等である事を証明できる。全ての衆生は本質は同じである。つまり、仏法は宇宙の中に最も最先端の科技である。仏法は説かれた全ての事は今はまだ多くの事を科学で証明できない。歴史では鶏及び卵はどっちは先に出るという論議がある。現在科学者の見方は先に卵があるべきと思う。それは細胞により卵を起して、更に鶏に成るから。しかし、細胞は何処から起しただろう。鶏がないと、細胞が無いだろう。この細胞は何処から来るのか。この細胞は必ず卵になるのか。部法は因縁を説いて、縁は一つの偶然であり、卵になる縁があれば卵が出来る。

リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後、リンチェンドルジェ・リンポチェの法会に参加した。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたに時に在らずして死ぬことを免れる。しかし、そなたは戒を守られて上師に完全に降伏しなければならない。仏を学ぶことは勉強と同じな道理だ。そなた達は幼稚園から大学卒業までせめて十八年をかかった。仏法は浩瀚なので、僅かな数年で理解できるわけではない。たとえそなたは仏法を聞くと、すぐ全部を出来るわけではない。必ず上師の教えに従って段取りをふんで事を進めなければならない。学校にいた時、先生は授業を終わって、宿題を作ってそなたに持ち帰った。そなたは行わず、出来ないなら、先生も仕方がない。たとえ罰を与えても、そなたは相変わらず宿題をしないなら、また出来ない。そなた達は信じない。仏法を確実に生活の中に実行するのは本当の修行である。仏法について、そなた達は受けて、信じて、排斥しないで。今まである者は根気のよく引き続きにそなた達に仏法を説いている人が無い。リンチェンドルジェ・リンポチェに頼って、そなたを助けて全ての問題を解決する事をしないで。初めてリンチェンドルジェ・リンポチェはそなたを助けられて、続いてはそなたは自分に頼って、改める。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に仏法を説くのは既に大恩徳だ。そなた達は懺悔を分かって、自分の行為を修正しなけれなならない。懺とは自分が起こった事を全て認めて、受けて、直面して、責任を取る。悔とは再びに行わないのは本当の懺悔である。今日法会の前に話した弟子は相変わらず自分の感じのために仏を学んだ。

一切の現象、物事は全て因果、因縁の作用から起こった。しかし、因果、因縁の本質は実は同じだ。全て空性である。若し、我々の心は外界に影響されないと、念を起さなくて、作用を起さないなら、エネルギーがない。そうすれば一切現象、物事を起さない。心を動かないと、念を起さない。しかし、心は何だろう。無生法身は形、重量、色が無くて、自性有りである。心経には心は不生、不滅、不增、不減、不浄、不垢とある。心はエネルギーであり、縁起から心を動くので、全ての分別心念を起した。

二番目観念は違縁を変わって修行の助伴になって、分別心の根本を断って迷うことにならない。前説いた子供が往生した弟子、子供が短寿の違縁にであった。短寿とは福報が足りなくて、例え、子供がこの家を選んだ事実を受け取って、この一切が全て因果、因縁があったのを認めて、一切ご自身がやったことと関係があって、受け取れば、自然にすっかり返した,自分の運が悪くと思わなくて、一切違縁が全て空性だと了解して、自然にこれらの違縁を修行する助伴に変わる事ができる。人が病気になったのは必ずそなたが過去に全てしたのと関係があった,仏法は我らに一切ものが全部因果の角度より見るのを教えた、そなたがこの点をはっきり分かって、人のお体は一つ業報身だと受け取って承認すればこの世にすっかり返せば来世に持って行かない。ある者はまだ間違い観念があった,例えそなたがこの世で癌にかかって、この病を執着すれば来世に連れて行く、だから癌にかかった鬼もあった,これらは全部そなたが独りよがりの間違った考えで、この世の病通は来世に連れて行かなく、我らは意識に残った業を来世に持って行く。

リンチェンドルジェ・リンポチェはご自身が皮膚癌にかかったことがあった、脊椎S字側湾症,頸椎にも問題があり、一般な者はこの病気にかかったら必ず鉄の衣服を着て、ベッドに横になって、頭も全部垂れてしまった。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはかえって3、4時間で法座に座ることができて、それに、法座を降りるとすぐ歩ける。前、かつてある信者は脊椎錯位で彼は沢山道場へ行った、多い修行者を見たが全部彼を信服させることが出来なかった。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェが主催した阿弥陀仏無遮大済度法会を参加してリンチェンドルジェ・リンポチェを観察したまで、リンチェンドルジェ・リンポチェが大法会時とても安座して、4時間あまり跪座して法会が終わると速かに法座を降りることが出来て、お体を伸びる必要もなく、直ちに歩いて離れのをすぐ彼を信服させた。 それは彼が一般脊椎問題のある者を深く分かって,長く座ってから必ずまず止めて、少し動いた後歩くのがはじめできるから。彼はあれから非常にリンチェンドルジェ・リンポチェに尊敬して深く信じて、同時にリンチェンドルジェ・リンポチェを助ける。リンチェンドルジェ・リンポチェはいままで考えたこともない、彼がこんな病気にかかったことで一人信者が深く仏法を信じさせた。

実はリンチェンドルジェ・リンポチェは医療を反対するのではなく、因果を申された。中国は漢朝華陀時代に既に手術の技術があった、中国人の知恵により手術との方法が出来ないのは不可能である,しかし、その後なぜ手術との医療方式を放棄しただろう?それは、こうしたら沢山の後遺症のを発見したから、もう使わない。一方的、現代人の方は業が割合重くて、医療方式さえも人を比較的な苦しみさせる手術、切除するのでる。現代人は沢山可笑しい病気があり、癌症患者さらに多くて、以前、これらひどい病気がなかった,せいぜい癩病で大変だった。昔のチベットでの者は空気、水の汚染が少なくて、そして、あまり肉を食べてないから、癌にかかる人は比較的に少ない。だから、彼らはよく癩病を酷い病気の代表を表している。というのは、醜くなるから。ある者は皈依した後癌症になった、それは皈依したことがそなたをさせたのではなく、そなたが元々得るはずで、それに皈依したとき発心が師間違って、上師の教導によりよく修行しないのである。

三番目観念は不二の平等性を証した後、般若知恵で正法の門を開けるのが始めてできる。正法とは:衆生に生死輪廻を解説のを教導するものこそ正法である。人生には全ての人事物は全部縁生縁滅で、来たり行ったりして執着するな。我らの心の中に一つよく分からなければ大切な宗旨は生死を離脱のである,これは変わってはいけないのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェが衆生を利益するように、衆生の善悪或いは違う宗教を信じていることにて、分別心があるはじがない、おしなべて平等で苦しんでいる衆生を対処する。例え、以前、交通事故で無くなった亡者を済度するのを助けて、一般な者は交通事故で往生した者が悪業が深く重いと思って、同じではない考えがあった。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはそうしない、だから往生する者に一番大きい助けを與えることが出来た。この前、弟子が分け合うのをとめた女弟子こそ平等心がない,自分が社会学の背景があって、人の心理を分析出来て、割合に人を了解すると思って、仏法平等心の角度から出発するのではなく、だから迷って他人に間違い提案をあげた。仏法と其の他の宗教とすごく大きい違いは外の宗教は全部彼の神明或は創造主が万能で、一般な人が出来ない;しかし仏法には衆生が平等で、仏が出来るならば、人々がある日全部出来て、仏になるのが出来ると説いた。

確かめて一切は全部そなたの分別心念で、一切は全て縁起性空で、ついで自心を確定して、それも無生法身である。リンチェンドルジェ・リンポチェは一回インドへ閉関して、あの頃部屋の中の温度は40度に高かった,窓があけなくて、扇風機がなくて、冷房がなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは熱くて着物が着なくてもまだ耐えなくて、あの時、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分が衆生の代表として火地獄で苦しんでいて、衆生のため持呪して、衆生の苦しさを体得すると観想した。こんな考えが起きると瞬間にとても涼しくなって、一滴汗さえもなかった。これこそ心が境界を変わることが出来るのである。そなたは一切外界の現象が全てそなたの分別心の作用で生んだのをよく理解できて、さらに、一切全部自心の考えで生じたのを確定したとき、只自心が掌握できるならば無生法身を修めえることができ、宇宙実相を悟った。だから、仏経の中に説いた、一念即ち万念で、善念或は悪念を問わず、追究すれば全て自性及び法身である。そなたが確かに毎考えの本質とその原理が全て同じだとよく分かれば、そなたは宇宙万万念と認識するのができる。まるで、そなたが湖中の水を一口飲むと、全体湖水の水質とその味を知ることが出来る。

共修法会が終わる前、リンチェンドルジェ・リンポチェは何度も皆に勧めて、もう肉を食べない。仏はかつて寶積経のなかに言い及んだ、末法時代にある法師が信者にお世辞をして、仏法を歪曲する。現在坊間に沢山道場が信者を勝手きままなことをさせて,彼らが聞きに来れば結構で出来るかどうか彼らの好きにしようとする。リンチェンドルジェ・リンポチェの厳密の教導したに毎回法会は既に千三百人が参加した,ゆったりして、他の道場のよう信者にやさしくすれば、リンチェンドルジェ・リンポチェが毎週二百名信者とあう増加速度で、現在恐らく既に十万人が法会を参加する。

仏法を聴く時には、好き或は好きではないという心構えにより聞いてはいけない、そうすると排斥を生じることが出来て、それで仏法を聞き入れる事が出来ない。仏法は学問ではないし、ただ聞いてしないてはいけない、修行とは、仏法を生活に用いて、我々の全体の人、全ての事を変わって、少し残る事も許せない。仏法は苦修ではない、仏を学ぶ事が自在で、苦しみを生じられない。上師は多くて通じた方式により我々を助けれくれて、枠の方式ではない。今日、開示させた内容は全てリンチェンドルジェ・リンポチェが過去の修行の経験である。諸仏菩薩が教導してくれる方法は必ず遣り遂げる事が出来で、そなた達が遣り遂げないのが決心がない、若し決心を決めるなら、上師から教える方式により自分の行為を改正し、素直にすれば業が変わる事が出来始める。

此の何週間に開示された心念は未来に大手印を修める事に対して極めて重要し、全ての一切が一つの考えから生じて、例えば、そなたが喉が渇いているので水を飲みたい考えを生じて、それからある茶碗を要る事を考えて、それから冷水を飲むか或はホット水を飲むでしょうかを考えている。それから水方がいいか?或はお茶、ミルク、コーヒー或はラッテでしょうかを考えている。一つの考えからずっと追いで、追いでから無数な考えを生じて、実には最初にただ水を飲むというだけの考えがある。仏を学ばれれば学ぶほと苦しみではない、心構えが正しいならば、仏を学ぶ事が極めて楽しくて自在な事である。彼氏がそなたが要らなくても、そなたが「何故彼が私と付き合わないか」を考えるなら、ずっと考えていって、此れはそなたがこの考えを追いで、考えれば考えるほど複雑になっている。実には一つの「彼と付き合いたくない」という考えがあり、ただ一人が先に話して、もう一人が話さないだけで、心念を複雑させてはいけない。

此の前、弟子が直貢梯寺へ行って、リンチェンドルジェ・リンポチェに呈する物を委託して、リンチェンドルジェ・リンポチェは今日の法会に委託させる物事を収めて、また参列の皆に直貢梯寺の淵源を説明させた。直貢梯寺は直貢噶舉祖寺で、祖師ジッテン・サムゴンから作らせて、800年余りの歴史がある。直貢梯寺の金頂は直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェに指示させて作って、金頂を作る前に、直貢チェツァン法王が「金頂が作って完成すれば、直貢噶舉の法脈が再度盛んで来る」を予言した事があり、金頂が作って完成してから、直貢噶舉教派は直貢チェツァン法王の予言の通りに益々盛んで行く。

当時、蔵経閣金頂は既に長くて造作することがなくて、同様ににお金がないので造作出来ない、その故にすでに破損する。本来、あるスイス籍のチベット人が金頂を修繕する事を護持したいが、当時中国政府は外国人にチベット仏寺を資金の援助に対して管制がある。リンチェンドルジェ・リンポチェは香港住民の身元を持っているので、この事をする事が出来るので、尊き直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに金頂の修繕を担当する事を指示させた。その時に、リンチェンドルジェ・リンポチェの財務が不如意が、尊き直貢チェツァン法王が指示させると、必ず衆生に利益があり、リンチェンドルジェ・リンポチェが直ぐに応答して、最後も真に完成した。

二人のより長くて皈依した弟子は、当年で機会があってリンチェンドルジェ・リンポチェに従って金頂を護持し、リンチェンドルジェ・リンポチェにこのような殊勝な機会をくれる事を非常に感謝し、その上リンチェンドルジェ・リンポチェに従って直貢梯寺へ向いて、目で金頂の修繕の過程を見られる、と発表した。当時にそちらの交通が不便で、直貢梯寺を向きたいならば車を山の腰を駐車してから、歩く方式で仏寺へ向かなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは希薄な高原空気の苦しみを受けていたが、力を尽くして弟子を率いてだんだんに仏寺へ向いて、これはリンチェンドルジェ・リンポチェが自分が止まるなら、多くの弟子たちが必ず落胆していて祖寺へ登る事が出来なかった。弟子たちは当年の状況を回想してから、リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子への世話と愛護に感謝致した。

もう一人より短くて皈依した弟子は下記のように発言した。彼女は去年に直貢梯寺へ行った事があり、過去により、当地の交通建設がリンチェンドルジェ・リンポチェの護持の下多く改善して、かだら、彼女立ちが車に乗ってまっすぐに直貢梯寺の前の広場で到着して、車から下りると金頂が青い空に金色の光芒を見られた。仏寺の執事僧は彼女達に率いて藏經閣の金頂の下にいて、この金頂が寶吉祥のリンチェンドルジェ・リンポチェが護持して修繕した事を再度強調していて、言う間にリンチェンドルジェ・リンポチェに十分な感謝を含めている。その上、アチの関房を見て、執事もこれは寶吉祥のリンチェンドルジェ・リンポチェから護持修繕する事を言われた。この弟子は「彼女はある友達が紅教の弟子で、嘗て彼女に以前ただ竹巴噶舉と噶瑪噶舉を知っていて、直貢噶舉派を知らないと話した事がある、」と言った。でも、現在の直貢噶舉派は極めて盛んで、主に直貢噶舉派は尊き怙主直貢チェツァン法王及び根本弟子リンチェンドルジェ・リンポチェを現れたわけである。両師徒の努力の下、又直貢梯寺金頂の完成を加えて、今日直貢噶舉派の盛りを育成させている。

リンチェンドルジェ・リンポチェは下記のように開示させた。2000年に金頂を作成した後で、直貢梯寺の近くの多くの住民は、特に直貢噶舉派の年寄りの信徒が極めて楽しくて涙を流れて、多くの人々が金頂に多くの回目に礼拝して行った。チベットには、各々仏寺の周りの住民の日常生活に緊密な関係があり、仏寺の非常に重要な任務が一般的な民衆に助けて、これと漢地仏寺が主に出家者に優れた居住環境を供える事が同じくない。何年前に、台湾には大仏寺に、仏寺に出家する子供の家族が仏寺に彼らの探訪する時には、出家衆がパラソルの下に座るが、探訪した家族が大きな太陽の下にいて、これは余り正確ではない観念である。

チベットの直貢梯寺の藏經閣は、祖師ジッテン・サムゴンが自ら場所を選んで、修法して開光をして、加持力が極めて強いである。仏経により、仏が住んでいる所に金で作る屋根である。だから、仏寺は銅を金メッキをして屋根を作ると、仏がいる所を象徴していて、仏法を住世を象徴している。黄金伝承の説法もこれにより来て、伝承教法が黄金のように光って、だから金頂の意義が極めて重大である。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達が皈依する時に、そなた達が五つの事をすれば、上師の加持を得なくて、上師が善事をくれる事もない事を開示した事がある。直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェに金頂を修繕する事を指示させるのが「善事をくれる」のである。これは何故上師がいなければならなくて、これは上師が弟子のために功徳を累積する機会を作らさせる。

2010 年 12 月 19 日 更新