尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ の法会開示 – 2010年6月

2010年6月3日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、わ ざわざ自らマレーシアに行って、三恩根本上師─尊き怙主 直貢チェツァン法王が台湾にいらっしゃるのを迎えた。寶吉祥仏法センターの弟子の 600人は空港に向かって出迎えに行った。

今度、尊き怙主 直貢チェツァン法王はわざわざ台湾 にいらっしゃって、「チベット仏教直貢噶舉派祖師ジッテン・サムゴン793年記念大法会」を 催して、台湾をチェツァン法王の2010年世界弘法の旅の第2駅とする。チェツァン法王の根本弟子とするリンチェンドルジェ・リ ンポチェはわざわざ飛行機にてマレーシアに向かって、チェツァン法王の身辺の世話を致して、台湾まで出迎えに行った。これだけではな くて、リンチェンドルジェ・リンポチェは事前にとっくにチェツァン法王を接待することについて、きわめて綿密で整っている計画を手配 しておいて、チェツァン法王が台湾空港に入ってから、安全で心地良い環境の下で弘法なさることができるようにして、リン チェンドルジェ・リンポチェは三恩根本上師の恩に感じる心を表した。

出迎える空港現場で、寶吉祥仏センターの600人の 弟子は、最も人目を引く出迎えに行く団体であり、人数は多いが、しかし秩序が整然とする列に並んで、尊き チェツァン法王とその愛弟 子リンチェンドルジェ・リンポチェのご光臨をお待ち申し上げた。尊き チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェは空港の到着 ロビーに踏み込むと、寶吉祥仏法センターの弟子が整然とする挨拶の声及び、教派と寶吉祥仏法センターの旗幟にて尊き チェツァン法王 とリンチェンドルジェ・リンポチェを出迎えた。現場では、直貢噶舉派の台湾にある他のセンターの住職上師、ラマ僧だけではなくて、今回の大法会のため先に台湾に到着した数名のリ ンポチェ、ラマ僧が、すべて一緒に熱烈に尊き チェツァン法王のご光臨を迎えて、そして喜んでリンチェンドルジェ・リンポ チェと握手して挨拶をした。

しかも、空港で台湾のいくつかの重要な新聞マスコミ (中国時報、自由時報、聯合報、アップル日報)とテレビマスコミ(中国電視公司、台湾電視公司、TVBS、三立、壱電視)は、尊 き怙主 直貢チェツァン法王が台湾に到着する画面を撮影して、それに簡単で短い取材を行った。その夜、各大マスコミは、四大教派の法 王の一人である チェツァン法王が台湾に着いて弘法して幸福を祈る法会を催すことをテーマとして、尊き チェツァン法王は台湾に到着するニュー ス、及び6月6日に14000人の大法会を催すニュースを報道された。

引き続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェが自 ら、尊き チェツァン法王身辺の世話を致して、事前に五色のハーダを結んでいる車に乗って、車隊が護送されるもとに空港を離れた。

2010年6月4日

尊き チェツァン法王は2010年6月4日に亜都飯店(The Landis Taipei Hotel )で、記者会見を催して、台湾のいくつかの主な新聞とテレビのマスコミ機関はすべて記者を派 遣して取材しに来た。午後2時、多く記者及び直貢噶舉派寶吉祥仏法センターの弟子が宴会ホールで尊き  チェツァン法王が会場にご光臨なさるのをお待ち申し上げた。2時15分に、尊きチェツァン法王は根本弟子の リンチェンドルジェ・リンポチェ、ラ ブサン・リンポチェ、及びガムポ、ラマ僧達を連れて入場された。

記者会見が始まって、尊き チェツァン法王は前方の 発言する席に座って、マスコミに写真を撮らえてから、チベット服装を着る八供女が歌にて供えて、そして果物を捧げて尊き  チェツァン法王に供養して、チェツァン法王は八供女が恭しく捧げたハーダを慈悲に受け入れた。

そして、尊き チェツァン法王はメディアに、チェ ツァン法王が始めて直貢噶舉派の教法を台湾に持ってくる人であると諭された。 約1987、86年に、チェツァン法王は第1回台湾に来て、その時密蔵院及びいくつの仏教団体の招待を受けるので、当時田 壁雙様がまたいるのである。

今回は台湾に来て、主にこの土地のために幸福を祈って、大法会を催す。過去のこの数年間、台湾では絶えず水 害、干害、地震が頻繁に起こり、その中の一つの原因は建設のせいであり、環境を破壊した。宗教の立場から見ると、建設の過程の中で、た くさんの無形の神、動物がすべて傷つけられて、それらもたくさんの恨みを生んで、報復の心がある。だから法会を行って、それらの苦痛 を解除して、台湾地区の平安や、世界平和をせるのである。

マスコミに写真を取られた後、チェツァン 法王は発言席に戻された。リンチェンドルジェ・リンポチェ及びラブサン・リンポチェはチェツァン法王の両側に座っていた。チェ ツァン法王はマスコミの取材を受けて、以下の如く返事された。

今回の日程は他の宗教団体に訪問せず、政治家に会う 計画もない。しかし、故宮博物館へ行きたい。故宮にチベット文の大蔵経があって、綺麗に保存された。昔故宮の管理人から聞 いて、以前現代的な設備が無いので、防湿のため人力で搬送して、日照りを受けた。繰り返しに搬入したり、搬出したりしていた。故 宮は今大蔵経を複製することを着手したと聞いたが、200本しか限定しないから、極めて貴重である。

幼い時、成績がよく記憶力も強いことについて、チェ ツァン法王は「苦行」によると言った。授業が終わってから、家に勉強しなければならない。法王の尊き身分としても、夜十一時、十二時 まで勉強しなければならない。非常に精進である。また、チェツァン法王は上手にサッカーをする事、アメリカのファースト フードレストランにアルバイトした経験及び優れた表現、尚更に如何なる養生する事など、全て現場のマスコミに対して、極めて興味があ る題材である。チェツァン法王もマスコミの質問を回答した間に環境 保護の重要性及び慈心、悲心の習いを開示された。

記者会の中には、チェツァン法王はすらすらと答え た。上手な中国語で話して、通訳も要らなかった。取材の記者は十分驚いた。チェツァン法王は話した内容の中に、常に衆生の 関心を表した。現場に居た皆は全て無比な慈悲と感じた。其の間に、リンチェンドルジェ・リンポチェが必ずチェツァン法王をよく追随して世話して、チェツァン法王が発言する時に、リンチェンドルジェ・リンポチェがいつも恭しく聞いて、総てのところはチェツァン法王に心からの恭敬を現れた。

一時間の記者会見は円満に終わった。当日 各主なメディア(中国テレビ、TVBS-N、中天新聞テレビを含む)及び翌日の新聞もこの記者会見の内容を報道した。

2010年6月5日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターにて、65位の信衆の為に、世間の一切の苦しみと仏法の開示を解決した。信衆を接見し終わった後には、リンチェンドルジェ・リンポチェが昇座して、総ての弟子を率いて直貢噶舉の不共護法を修めて、護法に6月6日の大法会が順調な円満なる事を祈った。この前に、リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子に指示させて、5月31日の月曜日から、毎日の夕方に寶吉祥仏法センターにて護法を修めて、また、金曜日と土曜日に台北アリーナ体育館に留守番をした少数の弟子を除いて、総ての人々が寶吉祥仏法センターに護法を修めてきた。一切のは台北アリーナ体育館で「チベット仏教直貢噶舉派の祖師ジッテン・サムゴン793年記念大法会」の行いが円満な無数な衆生を利益するためである。

2010年6月6日

2010年6月6日に尊き怙主直貢チェツァン法王は 台北アリーナにて「チベット仏教直貢噶舉派 祖師ジッテン・サムゴン793年記念大法会」を自ら主法した。一万四千人余りは参加した。そこにはチェツァン法王の根本弟子リンチェン ドルジェ・リンポチェ、トリサブ・リンポチェ、ブヒューマン・リンポチェ、パルンキェンツ・リンポチェ、センゲテンジン・リンポ チェ、ラブサン・リンポチェ、イシ・リンポチェなど七名直貢噶舉教派のリ ンポチェであり、ナンジュガムポ、ヤキガムポ、ジゼンガムポなど三名直貢噶舉教派のガムポ、21名の直貢噶舉教派、ガマ噶舉教派、タロン噶舉教派、サ キャ教派の密教出家衆及び44名顕教出家衆を含まれた。参列者は台湾、中国、インドネシア、ベトナム、ミャンマー、フィリピン、マ レーシア、日本、韓国、香港、マカオ、インド、ネパール、チベット、タイ、アメリカ、カナタ、ドイツ、フランス、オランダ、オースト ラリアなど信者を含んでいる。

今回大法会の主催者は直貢噶舉派であり、社団法人中華民国寶吉祥仏教交流協会の協力の基で行われる。今回法会を催す一切經費はリンチェンドルジェ・リンポチェの監督下におい て、中華民国寶吉祥仏教文化交流協会の会員の共同負担となっておった。全ての法会会場も最高な規格で極めて荘厳に装飾された。今 回の大法会は尊き チェツァン法王は寶吉祥仏法センターの住持上師 リンチェンドルジェ・リンポチェの懇願のため、2002年6月30日に台湾桃園ドーム体育館で 万人大法会の後、再度台湾で主法する久しぶりの万人大法会である。毎年、リンチェンドルジェ・リンポチェは 寶吉祥仏法センターの大法会を主催するように、今回の大法会も相変わらず、入場券と点灯など全て費用が要らなかった。今回、法 会を挙げる経費は全部リンチェンドルジェ・リンポチェの監督の下に、全数が中華民国寶吉祥仏法交流協会会員に護持された。法 会の会場は全て最高規格で非常に荘厳雄偉に飾った、一週間前から台北アリーナ体育館の外を宣伝品を準備して、法会開始の一日前にビル に大幅のチェツァン法王の写真を揚げて、総ての参列者が会場に入る前に直貢噶舉の伝承とチェツァン法王の加持を受け入れさせた。会場 には、壇城の後ろの壁に祖師ジテン・サムゴンのダンかを揚げて、壇城の上に108組の八供を壮観な装飾して、館内の2、3階の壁に《伝記 十方三世》と《教法広弘祈願文》の祈る経文を揚げて、教派の旗と交互に掲げて、会場の回りを廻って揚げた。南珠カンポの指 導と教派の多くのラマ僧の指導の下、台北アリーナ体育館がその時に仏国浄土に成った。寶吉祥仏法センターはリンチェンドルジェ・リ ンポチェの指導と加持の下、様々な装飾、準備と訓練を進行して、これは法会に参加する信衆に早めに法会の荘厳殊勝を感じて、一 層に心を落ち着いて法会に参加する事を望んだ。

沢山法会を参加する信者は朝06:30、入場始める前、すでにアリーナ体育館の外で列を並んで待っていて、法会に対しの希望と仏法に対 しての望みを満ちている。信者が入場するとき、係員の手から1本大法会記念手帳を貰った。この手帳の中に今回大法会の縁起、法会に関して資料、直貢噶舉派の歴 史、祖師ジッテン・サムゴン及び二名法王の略歴、直貢噶舉は台湾にての各仏法センターの資料及び各センター住持上師の紹介を載せてあ る。この手帳の内容の編集、文字出所は全てリンチェンドルジェ・リンポチェが自らでご指導である。

午前8:30に尊き怙主直貢チェツァン法王はタル チョー、楽器、八供女の導かれてリンポチェ、ガンポ、顕密出家衆の伴い、14000名参列者の恭しく迎えた供に、法会会場に入り、壇 城に登った。チェツァン法王はまず諸仏菩薩に恭しく頂礼されて、次は灯を点けて、仏様に供養した。後は主法座に昇った。チェ ツァン法王の根本弟子リンチェンドルジェ・リンポチェは法王及び仏菩薩に頂礼した後、チェツァン法王右側の法座に座った。トリサブ・リ ンポチェはチェツァン法王左側の法座に座った。他のリンポチェ、ガンポ、ラマも順序に座った。

参列者は皈依、発心など経文を唱えた後、尊 きリンチェンドルジェ・リンポチェはナンジュガムポを率いて尊き怙主直貢チェツァン法王に曼達を差し上げた。此れは仏菩薩に供養する 最高な儀軌である。また法を請求する儀軌である。寶吉祥仏法センターの八名女弟子が構成された八供女はチェツァン法王に八 吉祥に差し上げた。

続いて、チェツァン法王は開示された:2002年桃園アリーナ(巨蛋)体育館にて万人の法会を行ってから8年後、台北アリーナ(小巨蛋)にて大法会を挙げるのは非常に嬉しい、それに、 14,000人が参加したなんでこれはすごく殊勝な得難い因縁である。この8年間にて、チェツァン法王は閉関したり、修行したり、研 究したり、また創作した。これ等はとりあえず終る時、チェツァン法王は今年の半全世界の行程を展開し、マレーシアを始め、それに、地 元の直貢噶舉センターにて数回の法会を行った。台湾なら2番目で あり、アジアの後、また中南アメリカ及びアメリカへ行くことになった。

近年,全世界にて水害、風害、地震、火災 等の災害が絶えなかった、それは人類達は環境を保護する議題に気が付いてなくて、地元の鬼神を怒らせて、彼の報復心を起こらせた。台 湾は二年前、水害が起こったため、チェツァン法王に今回の法会を行わせて、この土地の災難を取り除き、また、全体人民の幸せを祈る。

今日の大法会は直貢噶舉教派全体が主催し、寶吉祥仏法センターのリンチェンドルジェ・リンポチェが 協力する。直貢噶舉派は現在今、すごく盛んで、八百三十数年の歴史があ り、祖寺はチベットのディクンティ寺で、今、中国チベット、青海など百余寺院があり、全世界中にも百余り仏法センターを持ち、台 湾こんなに大きくない土地に、既に二十を超えた直貢中心があり、即ち、センターが一番多いところである。チェツァン法王は 数年前大乗仏教の招きで、台湾にいらっしゃった時、まだどんな直貢センターもないのに、今まで、センターが林立して、その中に、あ るセンターが如法らしくなければ、チェツァン法王も責任を負って処理する。

今日、台湾にて大法会を行って、丁度旧歴四月であ る。これは仏陀様の誕生、成道、涅槃出来た月で、チベットにてSAGA DAWAと言われていて、百番倍増長する月で、この頃、法会を挙げる功徳は特に大きいである。直貢噶舉派の祖師ジッテン・サムゴンの涅槃記念日もこの月で、だから、今日の法会は ジッテン・サムゴン793年を記念するため、上師供養法を行う。

法会を参加するとき、一番大切のは動機であり、今 回法会を挙げるのは地元の災難を取り除いて、また世界を平和させる。皆は法会を参加するとき、自分を利益する心をこの土地に多少役に 立つから全世界衆生を利益するまで広ければ、これは即ち菩提心である。菩提心は慈心と悲心より培養してきて、皆が知ってい る観音菩薩は、釈迦牟尼仏の慈悲の代表である。

祖師ジッテン・サムゴンの上師パクモドゥ パ尊者はかつて申された、慈心は我らが生活している土地で、悲心は即ちこの土地を滋養する水で、この両方が存在するため、茂 る菩提大樹が成長出せて、三果が出来て、即ち自分を利益する法身及び衆生を利益する報身と化身の仏果を得て、これこそ金剛乗の学ぶ方 法である。

その他、パクモドゥパ尊者も仰った、そな た達は可愛い赤子が笑うこと或いは、始めて子供が話していることを見て心より起こった嬉しいとは慈心である。現場に沢山母親はこんな ことが理解でき、こんな慈心と愛とは違う、愛とは区別して分けているのである。慈心を修めるとき、一ヶ月の閉関をするのは必要で、毎 一週次第により学び、先ず、自分にとって、この一生に一番親しくて、大切な者を観想して、自分にお恩がある者を始めてから、慈心を一 番親しい親戚、友達及びその他世界中にの衆生まで広げる。悲心については、そなたは自分が一番親しくて、尊敬する者が悪い目にあった とき、すぐ彼(彼女)を助ける心である。閉関している時、この次第により、この心をその他者に広げて、ついで菩提心が起こ らせた。

正信の仏法を学びには、一番大切な事は具 徳の上師に従って勉強しなければならないのである。ここには仏法が盛んでいるが、法に従わない修行者が多い。それに、出家衆と在家衆 との学ぶ方式も違い、例え、那洛六法及び度母とは出家衆が修める法門で、行者は如法具徳の上師及び正信仏法に従って勉強しなければ習 い間違ったら地獄に堕ちることになる。

チェツァン法王は参列者の為に今日の法会の流れと修 める儀軌を簡単的な紹介させて、先ず法本の「自身が刹那に本尊になる」の意義を説かせて、観空咒を唱えるとは我々の体が因 縁和合で平凡な肉身で、空性の中にいる。それ以外に、ここに述べた本尊とは、特定な仏菩薩ではなくて、却ってそなた達が各 自修められる本尊で、そなた達が自分の清浄な本性を観想するべきで、つまり、誰でもが持っていて、無始以来、輪廻を落ちた 事の前の清浄本質である。自分は平凡な考えを取り除いて、自分が清浄する事を観想してから、諸仏菩薩に供養して行った。

事実には、此の話の前が「法界清浄衆」を補充して並 べるべきで、衆生は全て仏性があるが、一念無名の故に、輪廻を堕ちていて、自分の清浄、真実と理戯の本性を再度認識する事が出来れ ば、それが仏果を悟りを得るのである。根気を具える行者は、往生した後に中陰身に証果する事が出来で、少しよくないのは未 来の何世に仏になる事が出来で、累世に修行した事があって、根気が良い行者であれば、直ちに仏になる事が出来る。

皆が見た仏菩薩の像は忿怒尊、寂靜尊、千手千眼尊、双 身と単身の様々等で、チベット仏教が勝楽金剛、大威徳とプルバ金剛等法会を行う事を聞いた事があって、忿怒尊の法会が人に降頭をする を誤解して、業障の消除するに関する方面である。実には、忿怒尊が瞋恚の心を消させて、忿怒の相を現れて、然し、本体が清 浄である。そなた達も双身尊に誤解があるべきではない、実には双身尊が欲望を消させて、特定の戒律を守らなければならなくて、そ の意味を認識がないなら、表面から判断して、一般的な交配だと思っている。

自身が清浄する事を観想して、諸仏菩薩に供養するの で、六道の衆生に利益させて、これは「生起次第」の修めて習うのである。ずっと本尊を観想している事も執着で、だから、諸 仏菩薩が光りを放って、種子字を変わって消えて成るまで、これは「円満次第」である。「生起次第」が福徳を修めて、「円満次第」が 智慧を修めるのである。

それから、チェツァン法王が上師供養法を始めて修め て、また観想の方法を開示されて、法本における真言に意義を解釈された。法座が下りて30分を休んだ後で、チェ ツァン法王再び法座を上げて修法して行った。八供女は壇城を上げて、献供歌を唱えて、清らか響き声を以って上師と仏菩薩に供養して、ま た衆生の感恩が代表した。それから薈供の儀軌を行って、全ての参列者は主法上師と諸仏菩薩と一緒に食べ物を得た殊勝な得にくい因縁を 獲得した。それから、灯供であり、チェツァン法王は壇城にいるリンポチェ、カンボスと出家衆に率いて、法座を下りて、雄壮 で厳粛な八供台の前に祈願文を唱えて、そして点灯して仏に供養した。

其の後、チェツァン法王は瑪尼廻向文を修めて、参 列の皆を率いて六字大明咒を唱えて、また観音菩薩を観想する方法を開示させて、其の上、六字大明咒の意義を簡単に解釈していて、大衆 に注意させて、現世が無常で、毎日に多くの人々が死亡し、そなた達が唱える時に、慈悲心を起こして衆生を利益することができて、彼たちに苦しみを離せた。観音菩薩が如意宝を手に挙げて、此の意味は求めるのが願いを叶うのである。観音菩薩が蓮花 を手に上げるのは、蓮花が泥の中で生長したが、依然として清浄無垢の花を咲いて、我々が泥と糞の如く輪廻世間にいる事を象徴するが、衆 生が清浄な仏性を具えて、少しも汚染を受けないことができて、意義がとても深遠である。

祈請文、廻向文と菩提心を発する事を唱えた後で、此 の法会が円満的な終った。チェツァン法王が法座を下りた時には、参列者が絶えずに拍手を以って尊き怙主直貢のチェツァン法王が苦労 して修法して開示されたことを感謝して、大衆に法喜を満たさせた。総ての参列者は会場を離れた時に、チェツァン法王が加持した護身の金剛結を受け取って、また、リンチェンドルジェ・リンポチェが特に注文して作らせた直貢噶舉のマークとチェツァン法王の写真の精致な徽章を受け取った。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは今回の大法会 の為に、弟子に多くの準備事項を自ら指導して、すべてのチェツァン法王に関する行程、安全、飲食と住んでいるなどの事を極 めて心掛けて対応して行った。法会の過程には、リンチェンドルジェ・リンポチェが不動如山の威儀を以って入定して法を聞いた。チェ ツァン法王が法座に上げて下りる等時に、リンチェンドルジェ・リンポチェが一層にチェツァン法王に心を尽くして世話をした。様 々な事により、リンチェンドルジェ・リンポチェが三恩根本上師に対応するのは最大の恭敬心と感謝心を以って対応して、上師が自 分の生命より更に重要なことを考える事を現れている。当日、いくつかの重要なテレビの番組の中で、すべてかなり明らかな記事にてこの法会のニュースを報道した。例えば、中国テレビと八大テレビ第1台など。

2010年6月12日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、95名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

2010年6月13日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、三恩根本上師──尊き怙主 直貢チェツァン法王が台北寶吉祥仏法センターへ弟子達と茶会 にいらっしゃるのを招請致した。

茶会が始まる前に、2人の弟子はすべての参列者に、リ ンチェンドルジェ・リンポチェの衆生済度の事跡と徳行を分かち合った。第1名の男性の弟子は彼の家族と自分自身がリンチェンドル ジェ・リンポチェの助けを獲得した経過を分かち合って、2004年末、彼は眠っている所に電話の音のため目覚されて、父が 運動の過程の中でつまずいて転んだことを知って、しかも状況はよくなくて、すでに応急手当を受けた。彼が病院に着く時、機 械が父の胸部をおさえていることを見ていて、告知されるのはすでに第2本の心臓機能を強める注射をしたので、年長者達の提案に従っ て、父を家に連れて帰って、後事を取り扱い始めた。最初の2週間には、父が突然他界したのでとても悲しくて悲嘆だと感じるから、ほ とんど毎日むせび泣いていて、それに、父が過ぎるのがよくないことをも心配して、仏寺へ「做七(七回忌などの法事)」ということをや りに行って、父の名義として寄付金を寄付したが、しかし心の中では疑問がなおあって、本当に役に立つのか。父は本当に済度 されたのか。友達の紹介で、リンチェンドルジェ・リンポチェが父を済度することができるのが分って、全然知っていない兄弟子がお供 で、逸仙路にある寶吉祥宝石店にいって、リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して、父を済度することを願い出た。リン チェンドルジェ・リンポチェは父の姓名と生まれ年を聞いて、それから、彼にいくつか父の気にかける事を教えてあげて、彼は聞いて相当 に驚かせた。これらの事が家族でないと知ることができないためである。リンチェンドルジェ・リンポチェも父がよく済度され ていないことを教えた。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに父を済度して助けてくれるように願って、 リンチェンドルジェ・リンポ チェはきっぱりと承諾して、彼に施身法に参加することを申し込ませて、しかもいかなる費用がいらない。さらに、彼が来年子 供が出来ると自発的に教えてあげた。

殊勝な施身法に参加した後に、彼はもう、父 が過ぎるのが良いかどうかと気にかけなくなって、父がどちらに行ったことも理解したくなくなって、ただ偶に父と一緒に過ごした日々だ けを思い出して、もう心配しなくて、苦しくなっていない。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの恩に感謝する。

この弟子が法会に参加してから間もなくて、妻 を連れて一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見に行った。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の妻に体の注意しなければならな い所を教えた後に、また自発的に彼女に来年子供が出来ることを教えた。この弟子は家族がとても子供がいることを期待されるのを知って いてるが、しかし彼らは既に10数年一緒にいて、妊娠がないから、子供が持っていない事実を受け取った。やはり翌年の 2005年2-3月に、妻がすでに妊娠したことを発見して、産前の検査もすべて正常であり、リンチェンドルジェ・リンポ チェに感謝しに戻った時に、リンチェンドルジェ・リンポチェは自発的に彼の妻を加持してあげて、そして彼女に一つの貴重な甘露丸があ げて服用させる。それから、彼の妻の出産する時に、朝4時ごろ破水して羊水が大量に排出されるが、しかし痛くない。病院ま で着く時に、看護婦に子宮口の開き具合がすでに2指ぐらい開いたことを告知されて、午前9時半まで待って、医師はとても羊 水が殆ど流れてしまったため心配して、妻はまだ痛くなくて、もしまだ痛くなく感じると手術を行わなければいけないことに告知し た。この時に妻はやっと陣痛を始めて、10時半まで、妻は我慢できなくなって、無痛分娩の注射をしてほしいのを望む時、医 師は子宮口が既にほとんど開いたことを教えて、直接に産室まで送って、間もなく、とても健康な赤ちゃんは生まれた。計算すると、第 1胎の陣痛の時間は発生して2時間にならない。妻と子供を連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する時に、リンチェンドル ジェ・リンポチェは子供をとても長く加持して、弟子と妻の願いで子供に名前をつけてあげた。

彼の母は父が亡くなった時に、いくつか パーキンソン病の振戦病状(右手、足が不随意のリズミカル運動を始める)があることを発見されて、その時、嘗て大病院へ検査を受けに 行って、医師は母がきっとこの病気に罹ったことを告知して、母の頸椎の第3-4節の間で1つの巨大な骨増殖体があることを も発見して、すでに約3分の2の神経を圧迫して、母に手術を受けて薬を飲んで治療するように要求した。母が薬を飲んだ後 に、頭がくらくらすること及び尿失禁の状況と感じているから、持続的に治療を受けたくない。それ以後、母の病状はどんどん 悪化して、2008年の初め、母は背中の筋肉が持続的に痛くて、寝つくことができなくて、手足が震えるのは更に深刻になって、歩くの が大変になって、さらに、常に息子と娘に、本当に死んだら苦痛を解脱したいと思っているまで言う程度痛い。彼は母、姉を連 れてリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見に行って、リンチェンドルジェ・リンポチェは、これが母の小さい時に殺生した因果応報であ り、彼に母のかわり法会に参加するように要求して、母の病状はすこしずつよくなることができると開示した。母は車の上で、 幼少から祖母に家の養うニワトリ、アヒルを殺すことを協力して、母が捉えて手伝って祖母が殺した。リンチェンドルジェ・リンポチェの 加持のもとで、母は何名の良い漢方医、西医師に出会うことを始めて、半年以内、母の背中の筋肉がもう痛くなくなって、手足 の震えることも明らかに改善して、気持ちもよくなるように回転した。母の親友と隣近所の友達は、すべて母の進歩について不可思議だと 感じた。さらに2009年から、すでにおば達と一緒に海外の長距離旅行を始めることができた。

この弟子は自分がいつも重視されると期待している。学 生時代は学業が順調なので、自分も自慢だと思った。更に自分は社会事業を習ったから、自分は人間関係、特に家族の関係を上手に対応で きると思った。しかし、実は仕事に圧力を感じて、妻と生活する事も重圧を感じた。妻がエゴだと思って、投資するお金があるのに、引 き続きお金を求めた。仏法を習う事について、絶えずに与えていると感じたが、自分は能力がない。実は真に納得ではなく、圧力を感じ た。表面に助ける様子のふりをしても、心はそう思わない。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは彼を訓示して、供養を受け ないまで、彼は始めてリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲を深く感じて、自分をしっかりに検討した。自分は今までリンチェンドル ジェ・リンポチェを利用して、リンチェンドルジェ・リンポチェの大能力によって、自分にいい生活を過ごせた。今まで依教奉行せず、自 分を改めない。自分及び他人を騙して、貴重な時間を無駄していた。仏を学ぶふりをして、実はリンチェンドルジェ・リンポチェから離れ る事を恐がる。若しリンチェンドルジェ・リンポチェを離れると、未来のいい日々から離れる。仏を学ぶ事について、リンチェ ンドルジェ・リンポチェや兄弟子に褒められると願い、自分は改めるかどうかを構わない。家には妻が人の前に自分を褒めるのを願い、妻 が遇った困難は完全に無視して助けを与えたくない。仕事に対して、補導の相手は自分に従う事を願い、自分は上司の重視及び賛美を得る ためである。補導された者の実際の困難は完全に無視して、助けを与えたくない。此れは全てリンチェンドルジェ・リンポチェ は法座で開示されて、やってはいけない事である。しかし、自分は聞き取れない。

リンチェンドルジェ・リンポチェの教導の御蔭で、彼 は今仕事に補導の相手を要求して、自分の欲望を満足する事がしない。人間関係も柔らかくなり、反って補導の相手の困難を見えて、サー ビスを提供していた。仕事の圧力も少なくなった。だから、彼は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な教法及び加持を 非常に感謝して、自分を検討させた。

もう一人女弟子は大家が2010年6月6日に 尊き  チェツァン法王は台湾台北アリーナにて自ら主法する「チベット仏教直貢噶舉派 祖師ジッテン・サムゴン793年記念大法会」を参加した感想を報告した。この大家自身は他の有名な仏教道場で仏を習っている、今 回自分の同修は合計八人で一緒に大法会に参加した。女弟子は今回の法会について改善する必要が事を聞いた。大家はそう言った。毎 年寶吉祥仏法センターが主催する大法会を参加していた、彼は引き続き観察して、全ての活動は益々好くなって来た。彼は一万人余りの大 法会がどのように秩序を維持したのか、騒がないように催したと疑問を持っている。彼等の道場は通常の法会は数百人しかいないのに、食 事の時既に混乱した。女弟子は大家に、此れが金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの教導及び監督しないと出来ないと答えた。大 家は更に「大法会を開催するのは必ず大金がかかるので、多くの功徳主は護持しているであろうか」と聞いた。弟子は「功徳主がない!全 てはリンチェンドルジェ・リンポチェの加持及び弟子達の護持である」と返事した。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェが偉いと言っ た。そう言えば法会の主役はリンチェンドルジェ・リンポチェだのに、リンチェンドルジェ・リンポチェは始めてから最後まで 恭しくチェツァン法王の側に座って一語を言わなかった。高潮に人の前に表現せず、低調に黙って座った。女弟子は大家に「此 れはリンチェンドルジェ・リンポチェが上師に対して恭敬心である。此れは我々はしっかりに行なわない。」と言った。大家は「リ ンチェンドルジェ・リンポチェは誠にチェツァン法王を敬って、本当に珍しい。」と言った。

大家は嘗て彼の同修たちに寶吉祥仏法センターが催す 大法会での点灯は無料だと話した。皆は不思議だと思った。しかし、法会を参加した後、くじを引いて灯を点けられ、それは事 実だとを信じた。彼達の道場に毎年万人法会を行なっていた。しかし、点灯は供養の金額によって、大金額であれば、コサー ジュを飾って、灯を点けられた。コサージュがないと、灯を点けられない。彼もこのようにすればよくはないと思った。しかし、台 湾では寺や法会での点灯は無料という事を見たことがない。寶吉祥仏法センターしかいない。女弟子は「リンチェンドルジェ・リンポチェ は嘗て仏の目では衆生平等であり、貴賎の別がないと開示したから。」と言った。

弟子は報告した後、尊き怙主 直貢チェツァン法王は 寶吉祥仏法センターに到着した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ及び尊き摂政王 トリサブ・リンポチェはチェツァン法王に従った。尊 き直貢チェツァン法王は楽器、八供女、タルチョーの導かれたともに法座に昇った。直貢チェツァン法王は壇城に敬虔に頂礼した後、すぐ灯を一つ点けて、仏様に供養してから、法座に昇った。摂政王 トリサブ・リンポチェとリンチェンドルジェ・リンポチェはお互いに謙遜した後、二人とも灯を一つ点けて、仏様に供養した。次は寶吉祥仏法センターの住持金剛上師 リンチェンドル ジェ・リンポチェはナンジュガムポ、寶吉祥仏教文化交流協会理事長及び出家衆弟子達を率いて尊きチェツァン法王に曼達を差し上げた。

其の後、直貢チェツァン法王は法座から降りた。茶 会の席に座った。リンチェンドルジェ・リンポチェ及びトリサブ・リンポチェも直貢チェツァン法王の両側に座っていた。短く 荘厳な茶供の儀軌中、寶吉祥仏法センター弟子はバター茶で尊き怙主 直貢チェツァン法王、リンチェンドルジェ・リンポチェ、トリサ ブ・リンポチェ、ガムポ、ラマ僧などに恭しく供養した。

次はリンチェンドルジェ・リンポチェは挨 拶して参列者を開示された。今回6月6日の大法会は皆お金、力を尽くしたから、特に尊き直貢チェツァン法王に招待し、道場にいらっ しゃって、相談の方式で皆に話した。今回直貢チェツァン法王は台湾に大法会を主催して、其の以外の時間は台湾で休んで、著 作の資料をまとめる。其の後、南アメリカ及び北アメリカに赴き、仏法を広めている。台湾で他の仏法を広める日程を手配しなかったか ら、直貢チェツァン法王は寶吉祥仏法センターに来るのは特別に感謝しなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェも 尊きトリサブ・リンポチェのご光臨を歓迎し、トリサブ・リンポチェは直貢噶舉派のとても重要なリンポチェであり、過去世にも攝政王を担当したことが有り、今は印度ヂャンチュウブリンの寺院 及びネパールのいくつか重要な寺院の住持である。リンチェンドルジェ・リンポチェはまだ開示された、今回の大法会はチェ ツァン法王の許可の下に、寶吉祥仏法センターが協力することになり、また、特に沢山ラマの全力的に手伝ってくれることを感謝し、特 に南珠ケンポスも相当な心力を尽くして大部分の法本を通訳完成した。今日、皆はこんな福報を得て、直貢チェツァン法王を招いて皆と一 緒にデザートを賞味して、皆と話をかけることが出来て、これはすごく殊勝得難く機会であり、皆は直貢チェツァン法王に感謝 するべきである。

リンチェンドルジェ・リンポチェが挨拶終 わって皆は熱烈に拍手をして、直貢チェツァン法王、トリサブ・リンポチェ、ケンポス及びラマのご光臨を歓迎した。ついで、尊 い直貢チェツァン法王は挨拶なさって述べた、今回の大法会は、他の法会のように宣伝するのため沢山お金を使うようにしなくて、只、寶 吉祥仏法センターの弟子の口耳伝えることにより、どんな宣伝もせずに、14,000人が参加したなんで、非常に得難い、一 部のマスコミ記者にもどうやって出来たかと聞かれた。直貢チェツァン法王はこれが寶吉祥仏法センターの発心と努力で出来たものと知っ た。

あるラマ僧はこんな大場面を見て、全ての手配はこん なに順序、条理のことでやまなく驚きを感じた。尊き直貢チェツァン法王は法座より見て行くと、特に供品を配るとき、係員の 組織がよくて、すごく速いスピードで供品を転送することはまるで軍隊の訓練を受けたようである。今回大法会の準備作業は係員がとても 辛くて、事前にとても真面目で企画した。ちょっと今月は百倍増長月であることで、そなた達が努力で蓄積した功徳も、広めに なり、そなた達が未来仏を学ぶ資糧になった。ひとつ仕事がよく出来るのはとても容易事では無い、大切なことか小さなことを 問わず、沢山心力を尽くすことは必要である。こんな大きな法会を開催することは沢山衆生を利益することが出来、その中に必 ず多い障碍があって、それは普通なことを見なさないで、修行の一つと言える。寶吉祥仏法センターには何年前から、こんな大 法会を催す経験があったため、今回の大法会のいろんな事項を妥当に処置出来られた。

寶吉祥仏法センターの弟子はよく知っている。こ れは全て尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのご教導及び監督でなければさもない出来るものではない、弟子達はもう一度熱烈 に拍手して、チェツァン法王の励ましと恩に着た。

何日前、ある他の教派、論文を書いている若い者、彼 は各大教派の沢山センターへ行ったことがあった。彼は尊き直貢チェツァン法王に、彼は直貢噶舉が台湾で本当に非常に盛んでいることを見たことを申し上げた。台湾では沢山 センターが林立していて、14,000人の大法会を挙げた。それで、チェツァン法王にお祝い致した。チェツァン法王は直貢噶舉派が台湾でこんなに隆昌できるのは、絶対にリンチェンドルジェ・リンポチェ が今までの努力及び皆が発心することと離れることができない、と諭された。

尊き チェツァン法王は慈悲で、今日茶会 に参加する皆に心の中にある疑惑を提出する得難いチャンスを賜わり、それに、自らで、一々に皆が聞いたことを詳しく開示された。

まず、ある男弟子はチェツァン法王にどう いうふんに仏法を生活中に用いるか開示して頂くことをお願いいたした。チェツァン法王は申された、これはとても大きいテーマで、そ れに、慈心と悲心を培養することからと仰った。チェツァン法王は例を挙げた、かつて、ラダックにはあるお医者さんはとても学問があ り、医学上の病状、薬の用法及び学理などよく分かるが、彼が病人を治療効果はあまりよくない、病人も多くない、それは、彼 は商売の考え方で病人を治療しているから。もう1人お医者さんは、学問が前あの医者さんに及ばないが、彼は病人を治療するとき、心よ り病人がよく治ると望んでいて、それで、彼の患者は薬を飲んでからとても早く治った。

また、例え、家でペットを養い、そなたは かれに食物を食べさせるだけにしないで、こう考えるべきである、もし彼は食べ物がなければ飢死するので、彼に食べさせる、これもそな たの慈悲心を訓練することである。花に水をやる時も考えて、植物に水をやらなければ、枯れてしまい、故に慈心及び悲心で水を注げば、修行である。

続けて、ある女弟子が、チェツァン法王に伺ったの は、弟子達の過ちでリンチェンドルジェ・リンポチェが怒られて、法座を降りて、弟子達の供養を受け取らなくて、それに、既 に一ヵ月半法座に上がって法を説くことをしない。弟子達は自分が間違ったことを知っていて、よく後悔して、如何にもならない。この世 界中に、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王の話しか聞かない、リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥弟子達の上 師、父親みたいでそれより、直貢チェツァン法王はまるで弟子達の祖父である。だから、祖父のような直貢チェツァン法王にお 願い、弟子達はどうすれば上師リンチェンドルジェ・リンポチェをまた法座に上がって法を説かせるか?

この時、寶吉祥弟子全体が長く跪いてチェ ツァン法王にお願いして、弟子達を憐れんで開示されて頂く。直貢チェツァン法王は弟子が言ったことを聞いてから申された:「間 違いをしたら、懺悔すればいいだ」。女弟子は直貢チェツァン法王の開示を恩に着る、また、全体弟子の代表として願い、それに、弟 子達が自分が間違ったことを知ったと申し上げた。直貢チェツァン法王は申された,そうであれば、上師が懺悔を受け取れば結構だ。リン チェンドルジェ・リンポチェは慈悲で、誰が懺悔するか聞いた?弟子達は全部懺悔すると言った、リンチェンドルジェ・リンポ チェが弟子達の懺悔を受け取ったことを見ると、斉声恩を感謝した。

この弟子はまた直貢チェツァン法王にリンチェンドル ジェ・リンポチェが弟子の供養を受け取るように請い願った。それはリンチェンドル ジェ・リンポチェもはや二ヶ月に近く弟子の供養を受け取れなかったから。直貢チェツァン法王は慈悲で、すぐリンチェンドルジェ・リンポ チェに弟子達の供養を受け取るべきだと仰った、そうして、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ承諾した。女弟子はまたお願いした。 そうするとリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上がって法を説くことをねがっても宜しいか?直貢チェツァン法王は寶吉祥弟子達の お願いを応じて、リンチェンドルジェ・リンポチェはやっと法座に上がって法を説くことを承諾した。直貢チェツァン法王を感 謝し、リンチェンドルジェ・リンポチェを感謝し、寶吉祥弟子達は恥ずかしくて感激する。直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リ ンポチェの慈悲を感謝する。

リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達 に座る事を指示させた後に、チェツァン法王が参列者から質問を続けて受け入れた。ある女の出家弟子は法王が平等心と平常心を開示させ る事を頼んだので、チェツァン法王が平等心とは「四無量心」における「捨」である事と開示させた。ジッテン・サムゴン上師 が諭した事がって、「慈心」を修めるには赤ちゃんを見るような歓喜を考えたり、「悲心」を修めるにはある者が苦しみに陥るような様子 を考えたり、「喜心」を修めるにはとても長い会わない親人に会いたいのを考えたり、「捨心」を修めるには自分が 寝る前に喜悪が無い状態を考えたりする事である。大手印の平常心とは、大手印における平常心がわざらしくない心と諭させて、そ なたが空性を修める事を求める事ではなくて、どんな境界を修める事などを求るならば、これらは平常心ではなくて、過去を思わず、未来を思わず、現在も思わなくて、工夫を凝らす事では なくて、菩提心を以って自ずからして行くのである。事をするのは大きい事や小さい事を問わず、全ては力を尽くせばいい。

それから、ある女の弟子は「我々の上師リ ンポチェと仏法センターが他の仏法センターやリンポチェの連合排除と誹謗を受け入れれば、どのように我々お上師、仏法センターと教派を保護する事が出来る か?」と質問した。直貢チェツァン法王は下記のように慈悲な開示された。多くの人々は自分の考えがあって、皆が輪廻の人ですので、不 同な業力を持って来るのである。チベットには「人の涎が毒ですが、手が黄金である」ということわざがある。人々の口が多くの聞き難い 話を言えて、然し、我々のてが此の世界の多くの物を作られる。このような事が重要ではなくて、気に留める必要がないし、自 分がするべき事を良くしたら十分である。チベットには糞に触らないでという話があって、此れはこのような小さなことが気に留める必要 がない、多く触れてそなたが重大な事柄をする事に影響られるのである。

それから、ある女の信衆はチェツァン法王の開示を伺 いを立てた。先日に、彼女はある人がサッカーを偏って蹴った事に遇って、ボールが彼女が其の時に立った所に来て、彼女が足 に動いてボールを蹴って帰って、然し、歪んで蹴って、結局が相手に見張られた。其の上、前日にある者が他人を救うために、結 局が自分が列車にぶつかられて亡くなった。これらの事が発生するので、彼女は人として、余計なお世話をしない方がよいでしょうかとい う事をチェツァン法王に伺いを立てたかった。直貢チェツァン法王は下記のように慈悲に開示された。最も主要なのは何の動機 に基づくのか。我々も他人の欠点だけで注意する事をはずではなくて、自分の欠点だけ集中すればいい。如何なる事をする時に、慈心と悲心を動機にして、周りの 人々が助けが必要であれば、自分の力を尽くしてしたら良くて、他人を要求する必要がない。

ある男の弟子は質問した。自分の年齢が26歳で、理 屈から言えばとても良く遊ぶ年齢で、然し、彼がこれらを捨てて、却って皈依して仏を学びに来て、今回、親友に6月6日の大法会を誘っ た時に、親友が彼が長年で菜食して毎週に法会に参加する事が極めて理解できないで、彼がこんなに若いから、青春をよく把握 して遊ぶはずである事を思っている。だから、彼は尊き直貢チェツァン法王が子供から仏を学んで、若い時に同じ悩みがあるかどうか、ま た、仏を学ぶ道にはとても孤独な感じがないかを伺いを立てた。

尊き 直貢チェツァン法王はこの男の弟子に「そなたの選択が正 しい」と開示された。チェツァン法王は現在の多くの若い人が辛く生きている事を見て、自殺で死亡する人数も多くて、よ く彼が愛する人が彼を離れるので自殺をする。人生が無常で、嘗てある癌に罹った若い人がチェツァン法王に自分が若いのに、癌に罹って 生命がただ2ヶ月を残る事実が極めて受け入れられないで、極めて苦しいと感じる事を表示して、此れは彼が無常を信じない故で、自分が 若いと思っていて、仏を学ぶ因縁も無い。だから、そなたが仏を学ぶ事は正しくて、事実には自分に世間の多くの若い人の苦しみを免れさ せて、そなたが絶対にあきらめつかないで自殺する事があり得ないのである。簡単でユーモアの回答は皆に拍手させて、直貢チェツァン法王の大知恵を賛嘆させた。

それから、ある女の信衆は二つの質問を提出した。一 つは、夏に蚊が多くて、自分が生命を傷つけられないを知っているが、自分の足が一杯刺されたを見ると、矢張り我慢できないで、こ のような状況をあうと、如何に対応したらいいのか?もう一つは、読経と真言を唱える以外には、観想に如何に精神を集中して妄想をふけ ないか?どの仏を観想するはずであろうか?如何に修行して障碍を減らす事が出来るか?

直貢チェツァン法王は下記のように開示させた。先 に家の環境を整理して清潔して、必要時に、殺傷力がない虫下しを用意して、蚊が入ることを免れて、蚊に刺される事を免れて、彼らを傷 付ける事も免れる。それ以外に、観想する時には、時順を追って漸進する事が出来で、一回に長い時間を維持する事が出来ないなら、先に 1分、5分を観想して、少し休んだ後で続けてして、それから次第に観想の時間を延長する。市中に広める仏像が多くの造形が あるので、どちらの仏像を観想しても構わなくて、若しはっきり観想する事ができないなら、先に仏像の写真を5分或は10分 を見てから、目を閉じてイメージを思い出せる事が出来るならば、それから観想しても良い。

もう一人の信衆は質問を提出して。初めて仏を学ぶ人 に対して、読経して真言を唱える事を除いて、またどのような修行をするべきであろうか?直貢チェツァン法王は下記のように 開示させた。修行の障碍を減らしたいなら、先ず懺悔して、金剛薩埵を修行するのも修行の障碍も減らす事も出来で、また上師 に保護する事が出来る。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの信衆はまだ皈依しないので、法を伝授しない事と話した。その場に、直貢チェツァン法王は慈悲にリンチェンドルジェ・リンポチェに、金剛薩埵法門を伝授することを指示 されて、リンチェンドルジェ・リンポチェが直ちに承諾した。全ての弟子と信衆が全て非常に歓喜して感謝した。

尊き直貢チェツァン法王は特に下記のように開示させ た。そなた達は今後団結して、相互に助けて、多く善行して、其の上、慈心と悲心を修めるはずである。それから、直貢尊き チェツァン法王、リンチェンドルジェ・リンポチェとトリサブ・リンポチェはお茶とお菓子を召し上がる、参列の皆も大修行者と一緒に同 時にお茶とお菓子を食べる事が出来て、チェツァン法王が寶吉祥仏法センターの弟子達に殊勝な機会をくれた事を感謝して、上 師リンチェンドルジェ・リンポチェが一切な払いと努力がないならば、寶吉祥仏法センターの弟子が如何に此の福気があって、尊 き直貢チェツァン法王と一緒に飲食して、直貢チェツァン法王が慈悲な殊勝な開示を聞いた事ができるのか。茶会の間にリンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王の左後方に座って、引き続きに直貢チェツァン法王を近づいて、いつも直貢チェツァン法王に弟子及び信衆の質問を補充して解釈していた。例え身分は尊きリンポチェであっても、完全に誠の心で上師を仕え、本当の弟子という表現を表した。

茶会は廻向文を唱えた後に終って、参列の皆が尊き直  貢チェツァン法王、リンチェンドルジェ・リンポチェとトリサブ・リンポチェが寶吉祥仏法センターが離れる事を恭しく見送って、其の 上に、口をそろえて尊き直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。

2010年6月19日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、95名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

2010年6月20日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターのあらゆる弟子達の絶えずに願い、及び衆生の切実な期待のもとで、ついに再び法座に昇って、弟子達の発露懺悔を受け入れて、そして貴重な仏法開示をして与えた。

法会前、ある女子の弟子は皆と、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女たちの家族を助けた過程を分かち合った。6月9日の水曜日に、彼女は母の電話を受け取って、父が転んだから、朝起きて水を飲んで吐いて、頭がくらくらして痛くて、病院の急診室に送り届けられた。夕方ごろ、母からの電話をもらって、医者が検査してから脳部の出血が止まるため手術を行うかもしれないと言われた。彼女は焦って、そして多くの後遺症が出来ることを避けるように、母に先に手術を受けないでくださいと要求して、すぐ中部の家に戻ると言った。台中に住んでいる兄弟子をも連絡して、台中の兄弟子が直ちに急診室まで甘露丸を持って父に食べさせることに非常に感謝して、当時に意識のとても明らかである父にリンチェンドルジェ・リンポチェを観想してくださいと教えた。

その女子の弟子はすぐ組長に父の状況を報告して、急速に組長は電話をかけて、リンチェンドルジェ・リンポチェはあなたの父がくも膜下出血に伴う網膜出血だと諭して、正しいのか?女子の弟子は「はい、そうだ」と答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた次のとおり諭した。手術を受けるかどうかについて、そなた達が自分で決定して、この2時間に嘔吐、頭がぼうっとすることがあるかどうかを観察してみて、もしあるならば、医者の意見に従って、もしなければ、そなた達が自分で状況によって判断しなさい。そして、彼女にあまり緊張しないでくださいと注意して、さもなくば母親も緊張しているようになるから。

彼女は台中に帰った時に、父がすでにICU病棟にいて、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの加持した状況を母と弟に言って、リンチェンドルジェ・リンポチェがとてもすごいであろうと母に言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは加持すると、父の状況をすぐ分ることができて、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏陀であり、知っていない事がないからである。そして、母と弟に「手術をしないでください、手術を行った後遺症がとても多くて、父親は糖尿病、肝臓の病気、高血圧に罹ってあって、もし脳部の手術を行うなら、多くの管に挿し込まなけらばならないから、とても苦しい」と言った。それから、父は自分で手術を受けないと決まった。

翌日、組長が父の状況を聞く電話をもらった。リンチェンドルジェ・リンポチェの関心が断ち切れないことに本当に恩を感じて、父は頭が少し気絶すること及び咳によって頭が痛いこと以外、嘔吐していないで、意識は依然としてとても明らかで、顔色が悪くなくて、いくつかの話を言えるようになった。ICU病棟の十数人の患者は、父のように気管挿管や気管切開が要らないで、まだ話ができて、母と弟はとても落ち着いていることができて、これはすべて リンチェンドルジェ・リンポチェの大加持のため、家族に恐れることをさせていない。

家に帰って、母と、リンチェンドルジェ・リンポチェが多くの人を助けた事例を分かち合って、同時に「快楽と痛苦」という本の中に、死亡に直面する時のある開示を分かち合った。リンチェンドルジェ・リンポチェは次のとおり諭した。もし寿命がまだある場合であれば、病気が自然に良くなることができる。寿がもうすぐ終わる場合であれば、彼が生きているように無理に強要したら、彼に苦痛と恐れを生むしかさせなくて、とても大きな悪い作用ができる。だから、私達は上師と仏菩薩の助けを得て、その結果を期待しないで、完全に仏菩薩と上師が私達に対して良くすることができることを信じるのでさえすれば、私達を助けることができて、このようにするともう十分である。

1日後、母の電話をもらって、父が家に帰りたい、たばこを吸いたい、酒を飲みたい、病床を離れたい、自分で注射の針を抜きたいと言い争って、ICU病棟での安寧を乱して、病院は仕方がなくて普通の病棟に移すと手配した。リンチェンドルジェ・リンポチェが土曜日に道場で苦難がある信衆を接見する時に、この弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェの加持に恩に感じに行った。道場を離れた後に、家に電話をかけて、母は父が寝ていて、もう騒がしくなくて、くも膜下出血に伴う網膜出血の地方も出血しなかったと言った。彼女は次のとおり母に教えた。これはすべてリンチェンドルジェ・リンポチェの加持に恩に感じなければならなくて、このような病気に罹ったら、人事不省か死亡になるしかない。もしごく短い何日間には、上師リンチェンドルジェ・リンポチェの助けてくれないと、彼女は手の施しようがないので、苦痛がたいへんである。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て、他人の因果を変えることができる者が一人もいなくて、果の味を変えるしかできなくて、それを消えてなくなることができなくて、父母を代表して仏を学んで本当に親孝行をする者は仏を学ぶのであり、仏法を学ぶことを通して、慈悲心、懺悔心、菩提心を修めて、はじめて父母の因果応報の味を変えることができる、と言ったことがある。

2007年12月6日に、母は仕事が終わって帰る途中に、急に歩けないようになって、しゃがんで道で座って、父が迎えに来ることを待ったことがあった。この弟子は家族が台北に来て、リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見することを要求する時に、母は全身関節が腫れて痛くて、車椅子に座らなければならないのであるリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する時、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ彼女の母を加持して助けて、そして施身法に参加できることを求め得た。施身法に参加し終わった日に、母はよく寝ていたと言って、足の腫れも消えてしまって、ゆっくりと歩くことができて、数日後、退院して台中に帰った。翌月、母がもう自分で台中から台北に二回目の施身法に参加しに来ることができて、これはすべてリンチェンドルジェ・リンポチェの加持のためである。

家は抜かしてどうしてもその夜すぐ雨に会って、間もなく、小さいときから絶えず厄介事を引き起こして、いつも両親がごたごたしているのを手伝ってあげる弟は事故が起きた。弟は工事現場の寮でトイレに行く時につまずいて転んで、一本の手を持ち上げることができないようになって、湯飲みを持つのさえ力がなくて、一日の食事はすべて母が食にえさをやってくれる。彼らは再度リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見に行って、その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは籐つるを取って弟の背を指して加持して、これは兵隊にいた時から始まった問題であり、兵隊の時に何を担当していたのかと諭した。病院で精神的な疾病の患者を配慮することを担当したと答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、あなたがただ今苦しいと感じるであろう。あなたは当時にどのようにあれらの患者を対応したか?憐憫の心、同情の心がないから、これは因果応報であり、あなたはさらに母親さえ知らない一つの事をやったことがあるので、帰って懺悔しなさい。思い付いたら再びリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに戻ると諭した。リンチェンドルジェ・リンポチェがとても慈悲に弟に施身法に参加させて、弟の手もだんだん良く直って、自分で日常生活を処理できるようになった。

しかし、事はまだ終わっていないで、弟が魚や海老を釣ることが大好きで、多くの衆生を殺したため、去年(2009)12月4日に食道癌が診断されて、彼は意気消沈して自分があきらめてしまって、いつも自殺の考えを持ってあって、自分が36歳でとても若いなのに、どうして癌に罹ったのかと感じた。この弟子は弟に手術を行わないでくださいように勧めて、そして、リンチェンドルジェ・リンポチェの「快楽と痛苦」という本を弟に見めてあげた。今弟はすでに仕事をしに行くことができて、比較的に笑顔で自分に直面して、また病院へ父を世話しに行った。リンチェンドルジェ・リンポチェの「快楽と痛苦」という本が、多くの衆生を利益して、仏法を聞く因縁がない衆生が助けを得ることができるようにして、非常に恩に感じる。

この弟子も懺悔した。自分は常に言葉で他人を傷付いた。自分は身、口、意をしっかりに改めなくて、常に両親に腹を立てて、すごく親孝行していない。其のせいで家族は今まで因縁がなく仏を学べない。彼女は努力して、懺悔して、仏を習い、父母養育の恩を報いと決断した。また、リンチェンドルジェ・リンポチェが不断に加持されて、開示されて、勧告されて、異なる法門で衆生を助ける事に感謝した。リンチェンドルジェ・リンポチェ、有難うございました。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターの弟子が全て不断に希求すること及び衆生が強く願うことによって、ようやく再び法座に昇った。全ての寶吉祥仏法センター弟子は深く慙愧して、尊き上師リンチェンドルジェ・リンポチェは法座に昇った後、皆は跪いて、リンチェンドルジェ・リンポチェの許しを祈った。前週茶会の時、尊き怙主 直貢チェツァン法王は嘗て寶吉祥仏法センター弟子の希求に応じて、リンチェンドルジェ・リンポチェに法座に昇って、弟子達の供養を受け取って、弟子の懺悔を受け取る事を指示された。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王の指示に従って、法座に昇って弟子の懺悔を受けされた。弟子達はこの得難い機会を持って、上師及び皆の前に発露懺悔させた。

その時全ての弟子は跪いて号泣しながら、尊き直貢チェツァン法王及びリンチェンドルジェ・リンポチェが賜った恩徳を感謝した。多くの弟子は壇城の前に順番にマイクを持って尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ及び皆の前に発露懺悔して、自分の間違いを素直に話した。

寶吉祥仏教文化交流協会の理事長はまず懺悔した。理事長として、監督指導の責任を尽くしていなくて、協会の中の多瑪グループでは、ある人が資金を募集して、上師が道場のために定めた規則を違反したが、しかし自分が何も知らない。リンチェンドルジェ・リンポチェがいつも我々に教えたのは慈悲心であるが、しかし、自分がリンチェンドルジェ・リンポチェの教法を生活上、協会の事に使っていない。道場の係り員は土曜日にリンチェンドルジェ・リンポチェと謁見しに来る信者達に一階に列に並んで待たせて、これらの苦しみを受けている信者達に苦労して列に並ばせて、また列に並ぶという事で苦しみを受けさせてしまって、私達が完全に衆生の苦しみを体得していないと表して、リンチェンドルジェ・リンポチェと謁見しに来る衆生は体それとも心理がすべて最も苦い衆生であるから、そこで、主動にリンチェンドルジェ・リンポチェから処罰されるようにお願いした。自分がもう数年間帰依して、リンチェンドルジェ・リンポチェの極めて大きな恩恵を受けたが、しかしリンチェンドルジェ・リンポチェに一心不乱に弘法することができるようにさせないで、往々にして道場に気をつかって、彼はたいへん恥ずかしく思う。リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも最も良いのを弟子達にあげるが、しかし弟子達は今まで最も良いもので、リンチェンドルジェ・リンポチェに恩返しをしなかった(依教奉行をしないから)。上師がいなければ、仏法がない。弟子達は法会が必要なだけでなくて、更に計算しきれないで見えない衆生はリンチェンドルジェ・リンポチェが仏法で衆生を済度することが必要であるから、尊き リンチェンドルジェ・リンポチェは愚鈍な衆生を悲しんで、再度法座に昇って説法して、衆生を利益するように祈請した。

そして、ある女子の弟子は次のとおり懺悔した。彼女は自分が最もこん畜生だと感じて、皈依した時間は一番長くて、もう十年たった。リンチェンドルジェ・リンポチェは10年前から、繰り返し繰り返し教えているが、弟子は繰り返し繰り返し間違いを犯した。弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェが教える仏法を修めていなくて、依教奉行しない。リンチェンドルジェ・リンポチェは最も気にかけたのは衆生の苦であり、衆生に苦を離れて楽を得ることができると望むが、私達は衆生の苦が見えなかった。特に、彼女はずっと欠点を改めないで、いつも独りよがりで、利己的で仏法を生活の中に実行して自分を改正しない。リンチェンドルジェ・リンポチェの福報に背いて、リンチェンドルジェ・リンポチェの体力に背いて、衆生に背いて衆生が仏法が聞こえないようにさせて、そんなにあわて恐れる。リンチェンドルジェ・リンポチェが修行する証量がますます高くなって、直貢噶舉の法脈はンチェンドルジェ・リンポチェが発揚されることに頼らなければならない。しかし弟子は見込みがなくて、しっかり縛って、上師がもっと重要な事をすることができなくて、上師は遅らせること上で、衆生を遅らせて、まったく極悪非道であり、処罰を求めたい。でも、やはりリンチェンドルジェ・リンポチェが混沌としている衆生を悲しんで、弟子達にもう一回の機会をくれるようにお願いした。そして、上師がずっと各種の異なっている方法を使って、弟子に自分の見えない間違いを見させことに感謝した。上師は私達を放棄しないことに感謝した。

ある弟子は次のとおり懺悔した。彼女は毎週の土曜日にリンチェンドルジェ・リンポチェが信者を接見する時、すべて関連している仕事を手配する担当者としているが、毎々、長く列に並んでいる信者がリンチェンドルジェ・リンポチェにうかがうチャンスがあるのを見るとき心は彼らの変わりとてもうれしいが、多くの信者が昼ごろから道場のビルの一階で列に並ぶことを苦しませた。自分がこの問題を見たが、彼らが風に吹かれれ、日に焼けられて、雨に降られる苦しみを我慢するのを体得していないで、なかなか改善する反応をしなくて、沢山信者に悩みが起きさせた。結局、われらがリンチェンドルジェ・リンポチェを保護すべきな者は、かえってリンチェンドルジェ・リンポチェを害した者に成るのである。自分がリンチェンドルジェ・リンポチェの菩提心と慈悲心を無駄にして、最悪な人である。

ある弟子は次のとおり懺悔した。自分が協会の理事として、ふだん壇城の仕事を担当しているだけではなく、理監事会議の中で多瑪グループの事務に参与することを任命されて、今度の多瑪グループは金銭上の事件が発生して、自分も何回も多瑪グループの会議を参加したことがあるが、意外にも問題を発見しなくて、ちゃんと細い所を理解して即時に理監事会議まで反応してなくて、その結果は更に深刻な事件の発生をもたらした。これは弟子がふだんリンチェンドルジェ・リンポチェ定めた規則と教法を実行していないのを表す。確かに監督の責任をしっかりと行ってない。リンチェンドルジェ・リンポチェは諭したように、今日みんなに給料がないため道場のいかなる仕事を担当するとき、みんなはすべての事を心の上に置いていないで、努力して処理してない。これは弟子がべつに依教奉行をしてなくて、一心に事をしてなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェに最も厳しい方式で弟子を処罰するようにお願いした。

ある弟子は次のとおり懺悔した。リンチェンドルジェ・リンポチェはずっと出離心、菩提心及び慈悲心を教えているが、自分が本当に起きることがないから、リンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔した。仏を学んで20数年間に見た修行者は、リンチェンドルジェ・リンポチェと同じような大成就者はとても少なくて、その上仏法を説するのがこのように透徹するのはとても稀有です。さらに歴史の上でも同じである。リンチェンドルジェ・リンポチェが法輪を転じることを継続することができるように祈請した。リンチェンドルジェ・リンポチェのように証量する成就者がもしこれから説法しなければ、それは我々の衆生の大損失である。

ある弟子は次のとおり懺悔した。彼女は多瑪グループのメンバーとして、基金を寄付したことにも参与して、リンチェンドルジェ・リンポチェがみんなの問題を指摘するまで、自分がすでに間違いを犯したことを全然気にしなかった。注意深く思い出して、自分でまた多くの間違いを犯して、これは巡回する根源である。自分が悪人から悪な弟子になるが、でも心もって、リンチェンドルジェ・リンポチェが自分とみんなの懺悔を受け入れて、再度法座に昇って説法するように祈請した。

ある弟子は次のとおり懺悔した。自分がきっと過ちを改めて、もう事なかれ主義の人をしない。リンチェンドルジェ・リンポチェが法座に昇ってない期間に、日曜日に道場で仏法の録音を聞くことができなくて、自分は魂がない生ける屍だと感じる。リンチェンドルジェ・リンポチェに、みんなに再度貴重な仏法の開示を聞かせることができるようにお願いした。

去したまで、その因縁で、リンチェンドルジェ・リンポチェにあって、やっとこのような大修行者は自分に着実に頼らせることができるのを理解した。しかし自分は今まですべての事を依教奉行しなくて、やはりただ自分だけを思い付いて、私利私欲で、独りよがりである。今まで家族はやはり仏を学びにきていないで、紹介してくる人が依教奉行しているのは非常に少ない。みんなが自分をを戒めにすることを望む。自分の過ち、こんなに多くの衆生に仏法を聞くことが出来なくて、恐れる状態にいるようにさせた。そのため、深く懺悔した。上師が衆生に仏法を聞く福報をあげるようにお祈りした。

ある弟子は懺悔した。長い間皈依して、やはり加護を求める心構えであるが、日曜日ごとに仏法を聞こえることが当然な事だと感じて、どのように自分の行為を改正して、生活の中に実行するのかと考えていない。ボランティアとして、自分が他の人を助けると思う時に、実は自分を皆の前に置くことで、衆生の苦しみを第1位に置くのではなくて、衆生の立場でよく考慮することではない。上師にこのように大変にさせて、何度もみんなによく言いつけたが、皆はやはりやり遂げていないで、とても懺悔する。

ある弟子は次のとおり懺悔した。自分が医療関係者として、土曜日ごとにみんなに体温を量ることを手伝って、苦しい信者達がとても早くて列に並んで番号の札を受け取りにきて、とても大変なことを見て、はっきりこれが間違いだと知っているが、人との感情を害する恐れのため、質問する勇気がなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェの厚意は人に誤解さたように害させた。これは道場の幹部の間違いだけではなくて、我々は道場と上師を心に留め置いてなくて、自分を外人として、この大家族を溶け込んでいないで、道場の事を管理する人がいたらいいと思っている。家庭を維持するのはすべての人の責任であり、みんなが道場で何か問題があった時に勇気に提出しなさいと望む。かつて組長は、リンチェンドルジェ・リンポチェが3時から始まると諭して、どうしてあなた達のボランティアはこのように早く席につくのか?という指摘を受けたが、しかし彼女たちは誰も答えなかった。というのは、質問すると罵られるからである。彼女はとても懺悔して、リンチェンドルジェ・リンポチェにみんなの懺悔を受け入れるように祈請する。

ある弟子は先にリンチェンドルジェ・リンポチェが弟子に懺悔の機会を与えることに恩に感じた。自分が懺悔する資格がないと思って、罪業がすごく深刻で、自分さえまで恐れることと感じるためである。彼女は彼女の紹介者に尊き上師 リンチェンドルジェ・リンポチェを誹謗することをさせて、そして法本を落ちて無くなって、自分も多瑪グループの成員で、すべての間違いは私達が共にしたのである。彼女はすでに6年余り皈依して、前の3年間、自分が教法を聞いて懺悔して仏を学んでいると思っている。彼女は宜蘭に居住して、その後に台北にきた。私がリンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏を学びたい。リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて、最大の恩に感じることが仏を学ぶことであると開示した。最大の親孝行は仏を学ぶのであり、自分で親孝行をしない娘なため、仏陀を学びたいが。しかし自分で全然やり遂げなくて、仏法を生活の中に用いてなくて、衆生に恩に感じてない、兄弟子達に恩に感じてない、上師に恩に感じてない、護法に恩に感じてない。去年、A型のインフルエンザの発生した時に、彼女は3回も法会に参加しなかったことがあって、この時にたくさんの衆生は苦しみを受けているから、法会を必要とするのに、彼女はとても苦痛だと感じた。彼女は大礼拝をしたり、大きな力で自分の心を叩いたり、自分の貪、嗔、痴が強めて、彼女はとても法会に参加したくて、本当にとても苦痛であり、彼女はこれが自分の間違いだと知っていて、リンチェンドルジェ・リンポチェの教えを本当に生活の中に用いていない。しかしリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を放棄しない。今、1000数人が法会に参加できなくて、このような苦しみは彼女は深く経験したことがあって、尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェに引き続き法座に登って弘法するようにお祈りして、衆生に仏法を聞く機会があるようにさせて、衆生に仏を学ぶ因縁があるようにさせる。リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて衆生の代々の悪習を直しにくいことを開示した。仏法で絶えず薫陶しなければならなくて、尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェに法座に登って、弘法して、衆生に仏を学ぶ因縁があるようにさせるようにお祈りして、衆生はリンチェンドルジェ・リンポチェを必要とする。

ある弟子は特にリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝したが、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの間法座に登って説法してなくても、しかしべつに弟子を放棄しなくて、みんなにこの時深く自分の過ちを反省させて、リンチェンドルジェ・リンポチェの意図については私達は体得しに行かなければ成らない。彼女が事をする時にはただ自分ための便利だけを求めて、衆生の需要を考慮に入れていない。もし私達が自分が苦を受けるからリンチェンドルジェ・リンポチェが説法すると求めるならば、私達は本当に資格がない。リンチェンドルジェ・リンポチェは自ら教派の重責大任を負っているから、弟子達はリンチェンドルジェ・リンポチェの福報を無駄にするべきではない。弟子達も衆生の1人であり、リンチェンドルジェ・リンポチェが衆生を捨てないで、引き続き仏法を教えるようにお祈りした。

ある若い弟子は次のとおり懺悔した。もしリンチェンドルジェ・リンポチェがいなければ、自分は今日ここにある機会がない、大学にも行くことがあり得ない。しかし自分でこれまで本当に懺悔していないで、家にいても親孝行をしないで、両親に口喧嘩する。リンチェンドルジェ・リンポチェの良いところを外に広めることができなくて、友達と一つか二つの文だけ話して、相手が反応していないことに気がついて、相手はもう話を聞いてくれないと思っている。彼女は懺悔してリンチェンドルジェ・リンポチェにみんなへもう一回仏法を聞く機会をいただけるように求めた。

ある弟子は次のとおり懺悔した。彼女は第1回にリンチェンドルジェ・リンポチェの法会に参加した時に、自分が地獄の中から済度されて出てきたと感じたが。しかし自分の行為のため、衆生が苦の海に済度されないようにさせた。彼女が過去に参加した道場は、権力闘争のため2つに分裂して、私達は今日道場に問題を出させて、衆生がリンチェンドルジェ・リンポチェの開示する仏法を聞くことができないように害させた。彼女の家族、友達はすべてリンチェンドルジェ・リンポチェの大きな助けを受けた。彼女の母は更にこういった。リンチェンドルジェ・リンポチェは天帝と同じであるが、しかし私達はリンチェンドルジェ・リンポチェを安値する仏法の労働者だとする。リンチェンドルジェ・リンポチェは先頭に立って前に向かって走るが、ところが弟子がこれから反対に走って、非常に懺悔した。

ある弟子は自分がよく修行していないことを懺悔した。ただの表面の工夫をして、小学生がやむを得ず授業を書くように修行の事をして、心からの喜びでしていない。他の人にもらった意見に心の底から受け入れてなくて、ただ我慢するだけ;自分自身を管理するのさえしっかりと行っていない。勇敢に懺悔するべきで、自分の欠点を受け入れて、やむを得ないでやっと懺悔するべきではない。彼女の命は リンチェンドルジェ・リンポチェに救われて、父と祖母もすべて リンチェンドルジェ・リンポチェに済度された。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェのグループの会社で仕事の機会を得ても、ちゃんとしっかりしていないで、常に同僚に面倒をかけた。

ある弟子は懺悔した。彼女は長年に皈依して、理監事の1人として、多瑪グループで、リンチェンドルジェ・リンポチェの教法を守ってなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェは道場の清浄のために、弟子達が決して金銭の貸し借りをするなという規則を定めて、すべての弟子のためである。しかし多瑪グループはこの規則を忘れて、自分自身の便利さを求めて無断でお金を募集して多瑪グループの必要とする材料品を買った。彼女は 上師或いは協会の理監事に報告しないことに懺悔して、この事件は1年間余り続いたことをさせて、このことに対して全責任を取るべきである。

ある弟子は次のとおり懺悔した。彼女は道場と関係がある事をする機会をもらっても、リンチェンドルジェ・リンポチェは法会の中で開示したとおり、多瑪を製作することが引き続くために、事なかれ主義になって、他の人が自分が好きなことを望んで、いかなる事をしてすべて仕返しが欲しいのを望んで、少しも懺悔する心がない。もしリンチェンドルジェ・リンポチェの助けがなければ、彼女はすでに世の中に亡くなって、仏法がなくて、人生も先が見えなくなるから、尊き金剛上師に懇願して、リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子の懺悔を受け入れて、引き続き法座に昇って弘法をしていただける。

ある弟子は懺悔した。彼が自分が悪な弟子であるのを懺悔した。上師の教えた仏法について、依教奉行をしてなくて、多瑪グループ、或いは会場案内サービスの仕事を担当して、一部の事がおかしいと発見しても、すべては事なかれ主義になりたくて、他の人或いは兄弟子に感情を害したくなくて、完全に慈悲心がなくて、両親に親孝行をしないで、依教奉行をしないで、ちゃんと自分の行為を改正することではなくて、自分の母に上師と道場についてなんとかしてマイナスな考え方が起きたことをさせた。それ以外に、彼が道場の資料の日本語翻訳を担当する時に、よく自分の仕事を主として、いつもぎりぎりまで翻訳の仕事をして、いつも締め切りの時間内にやり終えたらいいと思って、法事と教派を第1の順位とつけていなくて、ここで彼が懺悔して、かつ、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の懺悔を受け入れて、そして、引き続き法座に昇って弘法することができるように祈った。

文化宣伝の仕事を担当する弟子は懺悔した。幸運に貴重な機会をいただいてこのような仕事をすることができも、自分は少しも大切にしなくて、法会開示について、よく重要な内容を書き落として、更に書き間違ったこともある。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに、またたくさんの精神や力を使ってこれらの文章を審査したり、改正したりすることをさせた。大法会の文化宣伝をする時に、やはり同様にいいかげんにごまかして、仕事をやり終わたらいいと思って、誤りは途切れなくて、 リンチェンドルジェ・リンポチェに何度も注意されてくれた。弟子の自身と家族はすべてリンチェンドルジェ・リンポチェの多くの配慮を得て、完全に恩に感じる心がなくて、一心に事をしないで、ここで懺悔して、そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは更に弟子達にもう一つの機会を下さるようにお願いした。

ある未皈依の信衆はリンチェンドルジェ・リンポチェに報告して、これらの弟子達が完璧に行わなかったが、力を尽くして行ったと思った。彼女も自分がよい受付と助けを得たと思っていて、リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子たちの過ちを許す事を懇請致した。彼女も自分がリンチェンドルジェ・リンポチェに疑った事を懺悔した。実は全て自分の問題である。

本来、多瑪グループを率いた弟子が下記のように懺悔した。彼女は自身が一番悪い人感じて、彼女の両親の体がリンチェンドルジェ・リンポチェの助けで健康をいじられて、彼女の往生した娘がリンチェンドルジェ・リンポチェにて済度して、祖母もリンチェンドルジェ・リンポチェに済度された。彼女の自身の命も何回もリンチェンドルジェ・リンポチェに救われて、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の経済状況が良くない事を知っていって、彼女を引き取って寶吉祥骨董店と珠寶店に前後で働いた。然し、彼女は率先してドマグループをの基金を募集した人で、協会の理監事に多くの力を尽くしてこの事件を処理する事を巻き添えにした。ドマを長年を学んだが、ドマをよく作られない。彼女は自分の意見を一番多くて、独りよがりで、自分がとても有能だと思って、仕事をよく対応し、皆が彼女の話を聞きなければならない事を懺悔した。彼女は自分が許される資格がないと思って、昔道場を損なった悪弟子より悪かった。自分は悪いと知ったのにわざと犯したから、罪は尚更に増えた。彼女は如何なる懲罰を受け入れたくて、然し兄弟子達に仏法を聞かない事を巻き添えにしないを望んでいて、これは仏を学ぶ慧命を断ち事が最も良くない事ですので、リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子と衆生の為に法座を上げて説法する事を求めて祈った。

ある未皈依の信衆は次のように懺悔した。自分は先日四十数万台湾ドルを供養した後、すぐ後悔して、悪口でリンチェンドルジェ・リンポチェを批判した者だ。彼女は自分がこのような間違いを犯したのに、自分の瞋恚のせいでずっと懺悔していなかった。自分の間違いを考えると、非常に悲しかった。此処で発露懺悔して、機会があって引き続きに仏法を聞く事を祈った。

ある弟子は次の通りに懺悔した。彼女はこの前に昔リンチェンドルジェ・リンポチェが仏法テープに開示された事を聞いた。会社に先輩を尊敬せず、新人を助けないなら、寶吉祥仏法センターの弟子になる資格がない。だから、自分は弟子になる資格を持っていない。昔会社に解雇された。しかし自分の間違いを反省しなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を助けて、会社に勤めさせたのに、彼女は恥ずかし気もなくて、「よし、私はリンチェンドルジェ・リンポチェの会社へ手伝えに行きましょう」と大言を吐いた。今更考えると、自分は非常に恥ずかしかった。結局会社に不断に間違って、上司及び同僚に迷惑を掛けて責めさせた。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの会社から辞めた後、常に上司及び同僚に謝りに行きたいと思ったが、既に一年以上なのに、面子のために謝る勇気を出さなかった。今回大法会の時、彼女は間違い物を渡せた。翌日に発見した時、兄弟子に「貴方は間違い物を受けた。」と言った。彼女は自分がもうだめだと思った。長い間に改めなかった。また、夫に「貴方はこの様子で仏を習う人だろうか。」といった。自分の子供は法会に参加したが、二度と参加しないと言われた。此れは全て自分は完全に改めなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェの期待に背いた。彼女の命もリンチェンドルジェ・リンポチェに救われて、部屋もリンチェンドルジェ・リンポチェの会社が協力して捜されて、祖母はリンチェンドルジェ・リンポチェに済度された。此れに対して彼女は非常に懺悔して、発露懺悔機会を通して、彼達に謝って、またリンチェンドルジェ・リンポチェに自分の間違いに懺悔した。

ある弟子は次の通りに報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは生命、いろんな方式で弟子を教えるが、前提弟子は必ず本気で仏を学ぶ心があるこそ、リンチェンドルジェ・リンポチェのように直貢チェツァン法王に依止する行為が出来る。リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な教えのため、彼は少しずつ自分の問題を発見してやり直すことが出来始めた。しかし、現在自分が大部分の精神、心力を世間の俗事につぶして、家に帰って静かで法を求める心はかえって非常に微弱で、仏を学んで法を求める心が真誠でなければ、上師に依止する、上師を仏としてする心が起きることが出来ない、つまり、信心が起きることが出来ない、そうして、上師に丁寧、供養、教えに従い奉行することが出来ない。前、出家した時、仏法を希求する心があるが現在、還俗した後、極めて弱かった。仏を学ぶ心と言うなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏を勉強してから、仏法は珍貴で、さらに、金剛乗の密法はどんなその他の教法より希有得難く、殊勝と分かって、一生懸命修めている。リンチェンドルジェ・リンポチェは上師ー直貢チェツァン法王に依止して、全部の生命、供養が出来るものは全て供養した、リンチェンドルジェ・リンポチェの内心はそんなに仏法を切望しているこそ、直貢チェツァン法王の伝授を得た、密法はリンチェンドルジェ・リンポチェより教証二量を見ることが出来、これは全く不思議で、漢地にてすでに久しぶりにそんなに証量がある金剛上師が現れることはない。われ等の目の前には、こんなに証量、仏のような上師である!弟子が真誠法を求める心が欠けるので、上師との動き、道場の事務の処理の上、自然に放逸、懈怠、さらに、不如法な行為が現れた。経論の中に、現在は賢劫と言われる、賢劫とは千尊仏があるが、その中に密法を宣揚するのは七尊しかない、だから、本当な密法は仏法より珍貴である。1人上師にあうのは得難いが密法で衆生を利益する金剛上師の方はもっと得難いである。リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて申された、ある弟子は頗瓦法を学び出来て往生するとき自在を得るのを望んでいるが自分が真剣に勉強しなければ、本当にリンチェンドルジェ・リンポチェが教えたのを修証する心が起きなければ、どうやって、リンチェンドルジェ・リンポチェの教法を勉強できるか?懺悔とは、法会に参加して、仕事が少しスムーズになって、生活が少し良くなるしか望んでいないのである。まったく、リンチェンドルジェ・リンポチェが金剛乗密法を漢地に残る心願を考えない、弟子達が健康で順序とはすべて副産品である。彼は非常に自分の仏を習う心を懺悔して、同時にリンチェンドルジェ・リンポチェは継続に法輪を転する事を祈った。

ある弟子は下記のように言った。幼いから今まで事なかれ主義の人だ。家族や身の回りの者を喜ばせた。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て事なかれ主義の人でも地獄に堕ち、結局身の回りの者は苦しみを受けると開示された。彼は元々寶吉祥日本食品の加盟店を開いて、リンチェンドルジェ・リンポチェを協力して商売していると思ったが、結局自分は用心に経営しなくて、業績が悪かった。リンチェンドルジェ・リンポチェは加盟店を回収して、自分は経営した。このように上師を妨げた事は随分間違ったが、彼は自分の過失を懺悔した。

ある弟子は下記のように言った。自分はまだ若いなので、懺悔する必要がないと思った。相変わらずエゴで親孝行しなくて、いつも遊びしか考えていなくて、日曜日に法会に参加する時に心を少し戻して、法会が終わった後、また繰り返した。いつも安楽を求めて守りを求める心で道場に法会を参加して誠に仏を習わなかった。上師が教えた授業も中途半端な態度でした。自分は懈怠な心を懺悔して、リンチェンドルジェ・リンポチェの許しを祈った。

ある弟子は次の通りに懺悔した。彼女の母は癌に罹って亡くなった前、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を得て、苦しみを受けなかった。往生した後もリンチェンドルジェ・リンポチェのポワ法を得て済度された。若しリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲及び恩徳がないと、彼女の家は既に無くなった。現在このように安楽にしていなかった。自分はしっかりに改めなくて、身口意を改めない事を懺悔した。彼女はしかっりに懺悔して仏を習って、リンチェンドルジェ・リンポチェの恩を報い事を決断した。また、自分は道場にボランティアを担当して自分は功徳があると思ったが、自分の便利しか求めていなくて、他人にサービスする心を持っていない。道場内にカバンを保管する事をしたのに、先週他人の荷物を無くなった。非常に懺悔した。

ある弟子は次の通りに懺悔した。今回大法会にでマスコミに関して仕事していた。繰り返して間違ったから、リンチェンドルジェ・リンポチェは何回も指摘した。しかし用心に直さなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子に機会を与えて事をするのに、よく行わなかった。深く懺悔した。

ある弟子は次の通りに言った。自分は既に長年に皈依したが、めったに他人にリンチェンドルジェ・リンポチェの衆生済度の事跡及び修行功徳を賛嘆していなくて、大法会も用心に宣伝しなかった。今回親戚は新聞を読んだ後、何故誘われなかったと聞かれた。深く懺悔した。

ある弟子は次の通りに懺悔した。彼の友達は何回も大法会を参加した。全て殊勝と感じた。ナンジュガムポも今回大法会を極めて殊勝に行った。以後直貢噶舉教派の責任を全てリンチェンドルジェ・リンポチェに任せると言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは世間に得難い大修行者である。しかし、我々見込みがない弟子に此処で縛れてて、最も重要な事が出来なかった。そう考えると求めたくても恥ずかしい感じて求められない。

ある弟子は次の通りに懺悔した。あの時彼は自分の双子のため、リンチェンドルジェ・リンポチェに済度を求めた時、嘗て百パーセントリンチェンドルジェ・リンポチェを信じると大言を吐いた。しかし、今まで心の中にまだ貪、瞋、痴の思いを持って、尚更に最も基本的な供養、布施の心も起さなかった。此処で深く懺悔した。

ある弟子は次の通りに懺悔した。彼は八年に皈依して、助けを受けた事を言えば、如何なる話しても話し尽くさない。最も重要なのはリンチェンドルジェ・リンポチェが指示した事をうまくしなかった。今後必ず深く改めて、全力を尽くして行う。彼は寶吉祥仏法センターは台湾の浄土と同じようと感じた。皆は功利を言わなくて、外と違い。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て若し寶吉祥弟子は皆が一人で十人の力を発揮すれば、台湾は平和になると言われた。上師を祈って若し弟子達はまだ希望があれば、引き続きに仏法を習う機会を与える。

あある数人の外場の案内を担当するボランティアの弟子は次の通りに懺悔した。自分は道場にリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した信衆は重病に罹ったり、いい生活を過ごさなくて、困難な事をリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを求め、ある者は車椅子を座りに来て、ある者はかなり年寄りるのを見たのに、強い日差しに行列して数時間に待たせた。自分はまだこのような事はとても普通ですべきだと思った。信衆は何時に行列したほうがいいと聞いた時、出来れば午後一時や二時に行列して番号を引いた方がいいと回答した。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て弟子達を責めた通りに、自分がいいであればいい、周りの衆生の苦しみを無視して、慈悲心、憐憫心をちっとも持っていなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て事をすれば福報があると思わない。と開示された。しかし、弟子は相変わらず改めなくて、自分はリンチェンドルジェ・リンポチェを手伝って、事をすると思った。

ある弟子は一番早いリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した弟子は昔基隆に住んだ家は幽霊があった。リンチェンドルジェ・リンポチェは自ら車を二回用意して、彼の家に洗浄を撒いた。母は精神状況の問題もリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを得たから、改善し始めた。彼達の別れた家族に再び集まって、数年間一家団欒の楽しみを受けた。その後家は事故があった。母及び長女は事故に遭って亡くなった。リンチェンドルジェ・リンポチェは情報を受けた後、食事中なのに、仏堂にポワ法を修めて、彼の母及び娘を済度した。妻の命もリンチェンドルジェ・リンポチェに助けられた。二年前妹はひどい交通事故に遭って、リンチェンドルジェ・リンポチェの助けを得てから、死ななくて順調に治った。彼一家はリンチェンドルジェ・リンポチェのこのような大きい恩を受けたのに、自分は協会理監事の役を用心にしなかった。今回大法会を行なった時、警察に依頼して、直貢チェツァン法王を守るために、勝手に直貢チェツァン法王を守る理由を書いた。自分はしっかりに考えなくて、自分は書いた言葉は他人にリンチェンドルジェ・リンポチェを誤解させて、更にリンチェンドルジェ・リンポチェを傷つけるかもしれない。全ては自分が上師の安危を第一優先しなかったから。去年インドで法会を行った時用心に手配しなくて、上師を正確に休憩室まで導かれなかった。若し尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに損害させて、教派は続かないと、数えられない衆生は仏法の助けを得られない。自分の愚痴及び無情に対して、非常に懺悔した。

ある弟子は次の通りに懺悔した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に組長をやらせたのに、リンチェンドルジェ・リンポチェが生命で仏法を護持することを全て相弟子達に了解させることをしない。彼の家庭はリンチェンドルジェ・リンポチェが救った;二人子供は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが救った;婚姻も尊きな金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが救った、仕事も尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが与えたのである。彼は懺悔した。自分がそんなに長く皈依して、沢山の間違いを犯して、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは絶えずに彼に教えて、チャンスを与えたのに、彼は相変わらず同じの過ちをしてしまった。彼は懺悔した、仏を数年勉強したのに、勇気は不足で、意志力は欠けて、決心は足りない。組長をとして、組の相弟子達にリンチェンドルジェ・リンポチェが仏法のため犠牲の苦心を本当に分からせるようにしない。皈依して10年来小間違いが絶えず、やり直させて懺悔してもまた犯した。彼は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに誓った、衆生の目の前誓いを立って、今後また戒を破れば、金剛地獄へ堕ちる果報を得る。自分の身口意全部尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに供養差し上げる。最後、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにまた法座に上がって法を説きように懇請した。衆生が苦しい過ぎて、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがなければ、本当にいけない、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに懇願して、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェ、恩に着る。

協会の理事を担当する1人弟子は年初の時のことを回想して、リンチェンドルジェ・リンポチェが皆を引き連れて三十五仏懺をした。あの頃、自分がまた真面目に過ちを絶対二度と犯さないように誓ったのに、思い掛けなく、またこんな大きい間違いをしてしまった。自分がまだ利己的で、いままでまわりの者によく関心を持たなく、さらに、仏をまなぶことをもっと話さない。自分の過ちこそ、全て痛苦の衆生に仏法を聞くことができなくさせて誠にすごく懺悔した。上師が憐憫で、また法座に昇って仏法を説きように祈請しておる。

ある弟子は先ず尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに受けた恩を感謝する。リンチェンドルジェ・リンポチェはそんな年を取った彼の皈依を請けてすでに5年近く。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示された、人生は50才頃、福報が足りない者がお体と財産は全部降りる。彼はこの数年間、平安の日を暮らすことが出来るのは全部尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの福報のお陰で、彼は大変恩に着る。毎週日曜日、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは法座で仏法を教えて苦労を厭わず、報酬も要求しないが、弟子は良く勉強しなくて、十善法は良く修めなくて、ついに自分の出家子供は修行することで反発した。リンチェンドルジェ・リンポチェも法座で弟子に仰った。自らは良く修めない、当然、子女もついでに良く修めない。彼は誠心誠意で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔する。

ある弟子は次のとおり懺悔した。皈依して10年を越えた、5年前彼は誤ちを犯した,上師はかつて彼を訓戒した「皈依して5年、まだ油を売っている」、思い出さなく、一瞬にまた五年を過ぎて、自分がまだ誤ちを犯した、さらに、上師が仏法を説きたくなくなって法座を降りることをさせた。彼は深く悲痛を感じた、悲痛したのは数年来まだ勉強した仏法で上師の恩徳に報いあがることができなくて、また、仏法が伝播できないのをさせて、衆生が仏法を聞くことが出来なくなった。なぜ、教えに従わない、ずっと繰り返して過ちを犯したか?検討して全て、一心で上師に供養,お世話をしなくて、仏法を護持しないので知恵が開けなく、福報が得なく、修行がよく出来ない。実は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはずっと弟子に供養、教派の護持、道場の仕事と法会の仕事チャンスを与えて、弟子が福報を蓄積及び衆生を利益することが出来るのをさせたが自分が恩を知らず、真剣に上師の教導、言いつけたことをしなくて、自分の習性でいいかげんにごまかしてしまって、自らは沢山のことをしたと思ったがやはり上師及び道場を守る責任を尽くすことが出来なく、これらは全て真剣に懺悔するべき。彼には良く分かった。上師に供養することは弟子の責任と義務で、さらに、福徳と因縁を蓄積するのが出来て一切仏を学び、衆生を利益するの根元である。上師はなければ、仏法はない、彼は一番の真摯と堅実な心で尊き金剛上師に懺悔して発願した。これから丁寧及び清浄の心を上師に供養して仏法を良く学ぶ。尊き金剛上師が法座に上がって仏法を説き、一切の有情を利益するように懇請した。

ある弟子は金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに弟子に公開な懺悔のチャンスを与えることを感謝し、彼女は今回の大法会のことで自分がいつも自分のことが良く出来るのをしか考えなく、この大法会は衆生のため行ったのを忘れた、自分が自らのことを早めに出来上がるのをしか考えない、これは利己的である。衆生がなければこの殊勝な法会がないのを忘れた。上師がわれらに教えてくれた慈心、悲心、菩提心をまじめに培養して生活の中に用いることをしない、現場の信者の苦しさも注意しない、それは一番最悪のことである。自分が良く出来ないため衆生が仏法を聞くチャンスを切ってしまった。沢山大法会をしか参加しない友達、同僚達と討論した。大法会のみ参加したが沢山考えか観念は全てリンチェンドルジェ・リンポチェの加持を受けたことで変わって、仕事と生活にもとても正面の影響があった、ひいては、同僚が仕事のことを討論していた時、この場合はリンチェンドルジェ・リンポチェはどうなさるか?これ等は全てリンチェンドルジェ・リンポチェの大加持力である。現在、自分の過ちで衆生がこんな縁を切るのをさせるかもしれない、深く懺悔及び罪悪を感じた。彼女は心より輪廻とのことが非常に苦しいと思って、衆生が全てもう輪廻をしないことが出来るように本当に望んでいる。だから、こんな縁は衆生に対して非常に重要で殊勝得難くである。彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに誠心懇切で懺悔して上師が法座にあがって法を説きように願った。衆生に仏法を聞く縁を得て教誨を受けて皆輪廻の苦しみより離脱することが出来させる。

ある弟子は次のとおり懺悔した。自分がいい人と思って、元旦時、リンチェンドルジェ・リンポチェは三十五仏懺をする前、彼女は全て懺悔することを書こうと思った。驕って自分が犯した過ちは二三枚くらい手紙で書き尽くすと思ったが案外に二分の一冊を使ってもまだ書き終われない、これは思った間違い、思わなかったのはどのくらいあっただろう?ご両親に親孝行をせずに、父親は施身法会の途中で退席したことをさせた。また、大法会の志願者として、内場のサービスの仕事をさせたが、よく出来なくて、信者を喜ばせなくて、深く懺悔した。リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子達にもう一度チャンスを下さるようにお願い致す、リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子達に公開懺悔チャンスを与えるのを感謝致す。この期間で、彼女は亡くなっては自分が苦しいと言っていることを夢に見た。彼女はついに、自分が往生するとき、リンチェンドルジェ・リンポチェもうなくなるかも知れない、そうすると自らはどんなにくるしいだろう!リンチェンドルジェ・リンポチェが皆に今回の反省チャンスをくれるのを感謝致す。

ある弟子は次のように懺悔した。自分は前、其の他の道場にて仏を学ぶ、従来遠くから上師を仰ぐことしか出来ないが、リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後、上師に親しいことが出来てとても幸せと感じた。リンチェンドルジェ・リンポチェの教えは弟子に自らの細微の間違いさえも見させて、これは其の他のところには無いのである。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの間もう法を説かないように法座を降りた説き、彼女は悲しくてリンチェンドルジェ・リンポチェの足を引き止めようと思ったが敢えなかった。自分の外観は健康で朗らかに見えるが、実は、リンチェンドルジェ・リンポチェの助けがなければ、自分はもうこの世にいない、かつて自殺の考えがあった。自分が仏法を生活の中に用いないのを懺悔し、子供にの教育管理は不当で、家族に上のなすこと下これに倣うように考えさせて、周囲の人に悪い口をさせた、彼女が仏を学ぶものではないと批判した。彼女は必ず自らがよく出来て、他人が仏を勉強する道を断つことをしない。

ある弟子は次のとおり懺悔した:自分がリンチェンドルジェ・リンポチェの会社にて仕事をして、会社の福祉とても良いが、するべき仕事が良く出来なかった。ある者が上師を批判するのを聞いたが止めなくて、また何の反応もなかった。これにたいしてすごく懺悔した。

ある弟子は次の如く懺悔した。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェにまだ皈依しない前に、心が極めて苦しくて、此れは心には貪瞋痴慢疑が普通人により強いである。皈依してから、リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲な加持の下、それで段々に苦しみを離れる。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェの教法が衆生が利益られる事を信じていて、衆生がリンチェンドルジェ・リンポチェの助けが要って、だからの此処にリンチェンドルジェ・リンポチェが法座を上げて説法させる事を請求した。このほか、彼も今日に自分が楽器を吹奏してリンチェンドルジェ・リンポチェを迎える事を良くしなかった事を懺悔した。

ある弟子は次の如く懺悔した。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の両親と旦那さんを救われて、彼女が何を以ってリンチェンドルジェ・リンポチェに報うでしょうか?彼女はインドの仏学院に人を罵った事があって、其の時に、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女を懺悔する事を言い付けたが、彼女が遣り遂げなかった。其の後、インドの法会には、兄弟子に嫉妬と瞋恚心を生じて、リンチェンドルジェ・リンポチェが懺悔していく事を言い付けでも、彼女もしなかった。それから、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェから指示する事を心を尽くしてよく対応した事が無くて、不真面目な人で、「寶圓膏」が拡販したいが、漢方診療所と商売を争って、自分の兄弟子に売って行った。リンチェンドルジェ・リンポチェから教導した仏法は彼女も心を尽くした事が無くて、従来からよくした事が無い。大法会には点灯の抽籤を担当したがよく対応した事ないし、信衆に次回から法会に参加したくない事を言わさせられた。彼女は毎回に両親がこんなに健康する事を見ると、此れはリンチェンドルジェ・リンポチェの加持と考え得て、然し自分が良く修行する事がないので、リンチェンドルジェ・リンポチェの血と肉を損耗する事を感じさせて、彼女が之を懺悔して、其の上リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子に機会をくれて、再度法座を上げて説法する事を請求した。

ある弟子は次の如く懺悔した。リンチェンドルジェ・リンポチェに約10年に皈依して、又、理事を担当したが、今回の事件を経緯を知らないで、理事がするべき責任を尽くさないで、処罰させる事を請求しなければならない。弟子は自ずから考えて、道場には2005年から悪弟子が道場を離れた重大な事件を発生してから、今回もこんなに厳重な過ちの事件を犯して、それは何回目の過ちを犯して、許しをいけない、「懺悔」を言う資格が真にないである。此れは上師リンチェンドルジェ・リンポチェが常に次の如く訓示させた。弟子達は普通の懺悔は唯謝罪していて、謝罪してから再度過ちを犯して、此れは懺悔ではない。上師リンチェンドルジェ・リンポチェの願力とは「一切の衆生を済度する」で、2005年で道場に発生した悪弟子の重大事件について、実はこれらの悪弟子の全ての悪い習性が道場に来て皈依する前に、上師リンチェンドルジェ・リンポチェが早くから既に知っていて、ただ話したくなかっただけである。上師リンチェンドルジェ・リンポチェが人々を済度する事とは、良い人であれ、悪い人であれ、分別する事が無いで、ただ如何なる衆生であれば、上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼らを機会に与えて、彼らを済度して行く。此の弟子は心から反省して、多年以来道場の一部の仕事をよく対応した事が無くて、過ちを犯した事を計算出来なくて、リンチェンドルジェ・リンポチェがその場に全て心を尽くして・って加持させて、弟子が毎々に自分が何故絶えずに過ちを犯す事を深く反省し、同時に心からも恐れと畏怖を生じることができて、自分が何時かが再度過ちを犯す事を恐れて、心の奥における無知と悪習が底を知れないブラックホールのように、常に待っていて、余すところが無い人生の道に、随時に「醜い死ぬ」に臨む。ただ上師リンチェンドルジェ・リンポチェが居て、其の上、上師リンチェンドルジェ・リンポチェの教導の下、弟子が自分の犯した過ちに直面する機会があって、一層に自分の無知と悪習を直す事が出来て始める。上師リンチェンドルジェ・リンポチェは教派には、無二の漢民族のリンポチェとして、宗派にたくさん不満であることを受けて、唯上師リンチェンドルジェ・リンポチェが全て話さない。今回の大法会の間に、上師リンチェンドルジェ・リンポチェが準備している間にに、同様に多くの不満である事を受けて、然し上師リンチェンドルジェ・リンポチェが同じように何も話しなっかた。上師リンチェンドルジェ・リンポチェが仏法の広めには、絶えずに弟子を教導する以外、日常生活に、仏法を生活の対応する法門を入れて、また、絶えずに弟子達に見られさせている。だから、弟子が深く体得して、弟子として学ぶのが上師リンチェンドルジェ・リンポチェが仏法法本の開示と教導だけではなくて、一層に重要なのはリンチェンドルジェ・リンポチェが日常生活に身を持って体験して努力して実行して、また仏法を生活を入れて、此れは弟子がよく真剣に考えて体得して学んでいるのである。上師リンチェンドルジェ・リンポチェに懇請して、際限がない苦しみの衆生の為に、仏法の助けを渇望して、我々数百位の弟子だけではなくて、上師リンチェンドルジェ・リンポチェが法座を上げて説法する事を頼んで、法輪を常に転じさせて、上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。

ある弟子は下記のように話した。11年前にリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の父親に済度した。彼女の母親がずっとリンチェンドルジェ・リンポチェが世話した。彼女の兄の精神病が10年余りに1粒の鎮静剤を飲んだ事が無くて、状況も益々良くなっている。10年以来には彼女の仕事がリンチェンドルジェ・リンポチェから与えた。此の前、彼女はある子供に「あなたはリンチェンドルジェ・リンポチェを恐れるか?」と問い合せた。子供は「恐くない」と回答した。彼女は「自分がすごく恐れます」と話した。子供は「此れはあなたが慈悲心がないです」と回答した。此の弟子は子供でも及ばない事を懺悔した。彼女は仕事がない時に、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に寶吉祥骨董屋に出勤させて、数日に彼女が皆に自分が骨董屋に「手伝い」と話した。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの恩を心に入れた事を懺悔して、まして人間ではない。去年に自分の軽率なので、数多の人々を害する。リンチェンドルジェ・リンポチェが教えた事をしないで、自分が暗さ中の鼠の様に、潜って出来れば潜って、隠れて出来れば隠れて、ただこのようにだけで暮しては十分である。彼女は数日前に皆と一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェに頼んで従って、実には仲間入りをすることに来た。彼女は壇城の前に座って懺悔し、全ての問題が自分の貪念から生じた。其の夜に黒い蛇が家にいる事を夢見た。今までにはこのような貪、瞋と痴夢をして、多くの貪、瞋、痴、慢、疑を学んでいる。彼女は懺悔が要る事を知っているが、如何にする事が分からなくて、自分が間違った事を分かったが、何処に間違う事が分からない。彼女が何も求める勇気がない、ただ上師が法座を上げて説法して続ける事だけで求めた。

ある弟子は下記のように懺悔した。自分は既に3年半に皈依したが、自分が完全に上師寶に依止しなくて、上師寶を恭敬しなくて、上師が諭す事を専心しなくて、上師に喜ばせた事が無いのを反省した。これらの時間以来、彼は壇城の前に、最初、皈依を求めた時に、第一回目に恭しくなかったので、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを求め得なかった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲に感謝し、彼に第二回目の求めに皈依を同意した。今日の午前に外出前に、ニュースを見て、全世界の天災と人災が絶えない、上師寶が「衆生の苦しみがそなた達が見る事が無いでしょうか?」と開示した事がある。然し、台湾は尊き直貢チェツァン法王の加持と尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持があって、また円満なる希有得難い殊勝な大法会があって、台湾がただ数日の雨が降っていて、多くの災難がない。弟子は悲痛に懺悔した。自分は請求する勇気がないけれども、衆生の苦しみが弟子が如何にするほうが良い事が分からなくて、どのようにすればよいも分からなくて、ただ悲痛と懺悔だけで、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが法座を上げて説法する事を祈る。

ある信衆は下記のように話した。彼女の友達はリンチェンドルジェ・リンポチェが主催する大法会に参加した事があって、リンチェンドルジェ・リンポチェに極めて褒めて、此れは彼女の友達が何個かの名山道場に居た事があって、そこに信衆が肉が混ざる野菜を食べたり、一部の人がただ旧暦の1日と15日だけで菜食して、多く殆ど菜食しない処があって、道場も信衆に肉食を許容し続ける。然し、リンチェンドルジェ・リンポチェは全ての弟子が菜食しなければ皈依する事が出来ない事を教えて、また、大法会に何回目に信衆に菜食する事を勧めた。このような慎み深い教法は非常に珍しくて、人に感服させる。リンチェンドルジェ・リンポチェが法座に登って、千万の衆生を救うことができるようにお祈りした。

ある弟子は次のとおり懺悔した。自分が長年に皈依しても、今なお同じ場所で回転して、よく直していないで、依然として我が道を行く。上師に真な恭敬がなくて、かつて心に上師に怒った事がある。皈依した後にかえって更に地獄に堕ちる可能が高くなるかもしれなくて、悪いと知りつつわざとするのなためである。自分が早く生死を解脱して、更に苦い衆生を助けると思ってなくて、非常に懺悔した。

ある弟子は自分は見た事を報告した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは上師及び教派を護持するために、全力を尽くした。絶えずに身、口、意で弟子達に仏を習う模範を表した。リンチェンドルジェ・リンポチェは漢民族出身の在家者の身分で此の世にリンポチェの果位を確実に修めて証した。無数な難しい苦難及び様々の障碍が経てて、仏法のために、教派のために、弟子のために自分の家庭さえ失った。目的は全て学んだ得難く貴重な仏法を世間に伝えて、もっと多くの衆生を助けた。長年以来、リンチェンドルジェ・リンポチェは毎週法座に昇って仏法を説かれていた。各の教えで不断に苦労に繰り返しに話して、勧めて、弟子を厳しく勧告して監督していた。絶えずに法会を開催して、法を修めて、衆生に会って、弟子、其の家族及び一切有縁の衆生を助けていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の身を無視して、衆生のために命を捨てても構わない。また、施身法を修めた後、自分は大量出血しても、止まらずに一日中にポワ法を四回に修めてから、気脈を止めても引き続きに行っていた。様々な状況は目の前のように現れて、弟子達は恥ずかしく慙愧させた。尊きチョンツァン法王も嘗て直貢噶舉派の責任がリンチェンドルジェ・リンポチェに頼んだと開示された事がある。教派の中にアゴン・リンポチェの仏母は直貢噶舉派がチベット、青海に於いて数十間の寺は全てリンチェンドルジェ・リンポチェの護持に頼った事を話した事もある。リンチェンドルジェ・リンポチェはこのような重荷を負っても何も話さなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは教派にあるリンポチェに連合排除と誹謗をされた。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは何も言わなかった。弟子達は極めて貴重な宝物のような上師を惜しまず、長年の間に常に間違いを犯した。口で仏を習うと言ったのに、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの教えにしっかりに実行しなくて、仏法で生活の中にしっかりに運用できなかった。最悪で恩知らずの人だ。弟子は皆生きるに値しない。唯跪いて懺悔を求めて、昔の過失を改める事を決断した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを祈って、継続に法座に昇って仏法を説かれて、弟子及び衆生達に機会を与えて、再びリンチェンドルジェ・リンポチェの貴重な教えを聞かせて、無比の仏法の益を受領させて、輪廻の苦海から解脱させた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは堂々に法座に座って、弟子達は順番に発露懺悔した事を辛抱に聞いた。弟子達に機会を与えて、自分の間違いを直面して改めた。数十人の弟子は順番に懺悔した後、慈悲のリンチェンドルジェ・リンポチェは皆に座らせて、弟子達は声を失うまで号泣した。感謝して、長く拝んだ。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達の懺悔を受ける事を感謝した。リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生を捨てない事を有難うございました。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皆が全て座ってから、会場が静かになると、皆に以下の殊勝な開示を与えた。

今回6月6日に直貢チェツァン法王は主法した大法会は表面から見ると、寶吉祥仏法センターの弟子は用心に発心にこの法会を行なった。しかし、主法の者及び主催の者は大きな菩提心がないと、出来なくて、円満に行えない。今回の大法会のために、直貢チェツァン法王はインドから出発の前日に懐法の火供を修めされた。大法会を行なう数日前、リンチェンドルジェ・リンポチェは中国から台湾に戻った当日の午後にまた息法の火供を修めされた。其の中に誅法の観想も含まれた。火供を修める主法者は必ずリンポチェの果位を持って、一般人は法本を持って修めても修められない。このような無数の衆生を利益できる大法会は行う前に必ず多くの障碍が現れた。若し主法者は慈悲心及び菩提心がないと、今回の大法会も円満に終わられない。

今回の法会はリンチェンドルジェ・リンポチェは個人の人脈を多く使って、政府機構、民間、警察など含めて、始めて法会に順調に行った。そなた達に思ったように簡単ではない。どんな法王或いはリンポチェはこのような大法会を行ないたがっても、出来ない。皆は知ってる通りに今回の大法会は公開に新聞や雑誌などマスコミに宣伝しなかったのに、14000人は参加した。世間にある法会はお金がかかって、新聞に宣伝したけど、このような多くの者は参加しなかった。

今回のような大法会を行うのは、台湾この土地及び世界平和及び六道衆生を助ける以外、また非常に大切なのはこの法会に参加した者、お金を出す或い参加に来た者を問わず、全部仏法と一つとても深い因縁を結んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはどんな事をしても名利のためではない、自分の名利のためであれば、大法会する前、まず登場されて何分話をして、14000名の参加者にリンチェンドルジェ・リンポチェを認識させる。しかし、法会の主役は直貢チェツァン法王なので、リンチェンドルジェ・リンポチェは始めから終わりまでずっと一語もかけなくて黙って直貢チェツァン法王の後ろについて行った。

直貢チェツァン法王は台湾のあるテレビのメディアの取材を引き受けたとき、司会者にリンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王の心子であり、心子とはなんだろうかと聞かれて、直貢チェツァン法王はとても簡単な話で開示された、チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに何をさせたら、リンチェンドルジェ・リンポチェは従ってして出来上がって、これは心子である。どうやって上師を喜ばせるか?ガムポパ大師は仰った、上師を喜ばせる方式は三つが有り、一番下級は全ての財産を供養する、それより上のは身、口、意の供養で、一番上級とは自身の修め得た果を上師に供養するのである。そなた達はなんとも出来なくでも少なくとも随喜、従順をするべき。そなた達は現在衆生を利益することが出来なくでも、6月6日のような大法会、主催者及びこの大法会を挙げる者に対して、随喜くらいをするべき、随喜の心で大法会の一切を参與する必要である。随喜の功徳は極めて広大で、それは、こんなに大規模の法会は衆生を仏菩薩、主法上師及び教派ととても深い縁を結ばせるのである。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが出来ることが出来なくてもせめて従順しなければいけないで,さらに自分の考え方で仏を勉強するな。

ある弟子は、リンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上がらない期間に、一通手紙を書いて葬儀社のボスに、リンチェンドルジェ・リンポチェに渡すように頼んで、それに、寶吉祥の弟子に渡してはいけないと言った。このボスは博識で経験が多くて、手紙を読まなくてもどんなことか想像できるので、もともとこの手紙をリンチェンドルジェ・リンポチェに渡さないと思ったが、リンチェンドルジェ・リンポチェは人を彼に伝達させた:そなたはあの頃にこの手紙を受けなくても結構であるが、そなたは既に受け取ったら、他人に頼まれたようにしなければならない。彼は自らでリンチェンドルジェ・リンポチェに渡した。この手紙の内容は道場がどんなに順序にすればいいか、また、彼自分の息子を推薦した。彼は自分の息子が大学を卒業して才幹があると思って、また、自分の子供はどんな背景があったなども言った。

リンチェンドルジェ・リンポチェは申された、寶吉祥仏法センターのこの道場がよく運営して進むため、リンチェンドルジェ・リンポチェは沢山の規則を決めたが、しかし、問題は人であり、そなた達は従いしているか?この国家は法律があるか?あるだよ、しかし、毎日やはり罪を犯す者が多い。会社には会社の規則があるがなぜ間違いをした者はまだ多いか?それは人の問題である。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に意見を表すチャンスをさせないではなくて、この者は方式は正しくない、彼は彼の上師がどのように用事をするか了解しない、この弟子は道場幹事を経由して報告しない、彼らはリンチェンドルジェ・リンポチェを誤魔化すと思った。上師は弟子に誤魔化されて沢山ことは知らないとの考えは全く上師の修行証量を信じない、上師の大能力を信じないのである。

それに、この者は寶吉祥仏法センターの弟子を見下げた,相弟子の過ちに対して憐憫の心はない、慈悲心はない。誰は間違いをしたことが無いのか、自分は葬儀社社長さんとの関係がよいと思って、こんなことをしてもいけるか?あの葬儀社のボスは見聞が広くて、この世界には彼は誰にも負けず、ただリンチェンドルジェ・リンポチェに心服する。リンチェンドルジェ・リンポチェをみると頂礼する、彼の商売がよいのもリンチェンドルジェ・リンポチェの関係である。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの十数年間、衆生を利益したのは台湾のある何個有名な仏教団体がしたの総合より多い。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェがすごいと知っているが、リンチェンドルジェ・リンポチェはどんなにすごいか分からない。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェを批判する資格を持つとは思わないで、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが出来ることが出来なければ批判資格は無い。この方は来週まだ公開に發露懺悔しなければ、彼も来るな。

そなた達はそなた達の関係で道場を助けて、よくさせればリンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達がこのようにしたことを歓迎する。同席のも沢山お金持ち、権力を持ち者が知っている、ひいてはある者は自らがお金持ちである。しかし、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが誰かに彼の関係でリンチェンドルジェ・リンポチェを助けさせたことを聞いたことはあるか。そうではない、そなた達はきいたことあるか?リンチェンドルジェ・リンポチェは誰かを毎日つき合わせるとか、リンチェンドルジェ・リンポチェを手伝わせるか、そうではない。 リンチェンドルジェ・リンポチェはこうするとあの者にすこし福報を蓄積することを助けて他のあることを避けない限りしない。リンチェンドルジェ・リンポチェを見下げ、軽視するな。リンチェンドルジェ・リンポチェは腕前がなければ法座に座ることが出来ない。リンチェンドルジェ・リンポチェはことではなく人によりすればそんなに沢山衆生を利益する事が出来ない。そなた達の目が見たとおり、リンチェンドルジェ・リンポチェはこんなに沢山皈依弟子があって、すごいでなければ、できるものはない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは仰った、先ほどある弟子が発露懺悔したとき6月6日の大法会を行う前、リンチェンドルジェ・リンポチェが沢山の者に批判されたが、リンチェンドルジェ・リンポチェはいままで話さなくて、何も言わない。如何して話さない?それは、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分がまだきっとよく出来ないところがあって、他人に気分が悪く感じさせたので批判されて、これも返済することである。さらに、人は全て過ちを犯す、間違いがなければ、仏果を修め得るだろう。自らは間違いをせず、懺悔をする必要は無いと思えば、仏を勉強しに来る必要も無いだろう!

仏法を学ぶには二つ段階があり、仏を勉強することを始めたばかり時、上師が教えた方法に従う必要がある、固定な仏法の宿題をやって、固定な量をたっぷりする。第二階段は、そなたは量が足りたら、ひいては数えなくて、まるでリンチェンドルジェ・リンポチェ現在の状況で、全ての行為、考えが動いたら全部衆生を利益し、全て菩薩道を歩む。そなた達は自らが家にて念仏して、拝懺すれば仏を勉強すると思わないで、必ず上師が一切教えたのを確りする。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが特に何もしないと思わないで、そなた達が見た表面的なものではない、そなた達は量が足りなかったら、自然に勉強し続けない、さらに、一歩よりの仏法を修めることが出来ない。

そなた達は本当の苦しみの階段に至らないので、苦しい苦しみを体得られない、そなた達は真に苦しみにあうまで、仏法の貴重さが体得して始める。そなた達が思っている苦しみとは、そなた達が不平の心構えに感じさせた。そなた達が皈依しない時には、苦しみがあって、リンチェンドルジェ・リンポチェが1回、2回でそなた達を救って、此れは仏経を諭す欲で之を引く事が合っている。然し、そなたの事が解決してから、そなた達は自分にて自分を助ける事を始まらなければならない、唯リンチェンドルジェ・リンポチェのみ頼む事が出来ない。リンチェンドルジェ・リンポチェが死ぬ事がないと思ってはいけなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分が何時に死ぬ事が知っていて、年を取ると、時間もそろそろで、換言すればそなた達により死なれる。

参列者は99%の命がリンチェンドルジェ・リンポチェから救って、古代の人々が如何に救命恩人に報いるでしょうか?婢僕として恩に報いるのである。そなた達は?そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェに会わないなら、そなた達の内輪の問題がどの位のお金が解決られるでしょうか?家産を傾けてさえでも解決られない!現在、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達を救って、そなた達がそなた達の生活を再度計画したり、そなた達のお金を再度割り当てたり、細かく計算したりする事になっている!リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達のお金が要る事と思ってはいけない、リンチェンドルジェ・リンポチェが返す供養が百台湾円、千台湾円ではなくて、却って何百万台湾円、何千万台湾円で、家屋でも返し、供養の心が輪廻を解脱することに関わらないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなたの供養を収める事を必ずしない、此れはそなた達が如実な仏を学ばないで、収めればそなた達に欠けるのである。

地蔵経に記載されたのは、衆生の心が極めて怠り易くて、釈迦牟尼仏が之を知って、特に地球にいる人類で、だから、特に諸仏菩薩と護法に、人類の心を加持させて怠られないで、仏法を護持する善神を人類の心をよく看護する事を教えてくれた。四大教派には、皆は寶吉祥仏法センターの教法がリンチェンドルジェ・リンポチェの指導の下に有名な厳格と深い慎みで、完全に仏経と直貢チェツァン法王の教導に従って仏法を広めて行っている。ある道場には、弟子が菜食しないでも彼を法会に参加して、信衆の機嫌を取って、信衆がよく修めて、様子が観音菩薩らしい事を言われて、実には供養金の為に仏法を発揚していく。表には信衆の為に種を蒔かせられて、然し、種が何時に発芽するでしょうか?種が発芽しないなら、そのままで置くのも苦しみである。そなた達が仏を学んで来るのは、過去世に仏を学ぶ種を蒔いた事があって、リンチェンドルジェ・リンポチェの仕事とはそなたの種を発芽させて、良く成長してくるのである。リンチェンドルジェ・リンポチェが経験したがある修行者で、其の上、そなた達同じように在家者で、そなた達が今日に経た問題がリンチェンドルジェ・リンポチェが嘗て経た事があって、そなた達が遭った苦しみがリンチェンドルジェ・リンポチェが体得した事がある。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは如何にそなた達を助ける事が知っていて、種を発芽させて、成長して、巨木になっている。発芽する為に、施肥して耕す事が必要である。施肥とは時時にそなた達が聞きやすい話を話して、耕すとはそなた達が間違って良くないところを掘り出して、そなた達に直させて、そなた達を監督する。

そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェに助ける事と思ってはいけなくて、が、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達に善縁を蒔く機会をくれて、衆生と善縁を結ぶ機会をくれる。そなた達は平常な徳行により、皆と良い縁を結可能でしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達の助けが要らなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェの能力に対して、どちらを見たいならば、連絡すると見られる。リンチェンドルジェ・リンポチェはただ上師の直貢チェツァン法王だけで需要し、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達が要る事がない。寶吉祥仏法センターのこの道場は人が益々多くになっていて座られなくて、空間が足りない。これらの皈依せず信衆は、そなた達が何か疑問心があれば、此処の雰囲気が好きではないなら、来た事に及ばない。今日には、5名の弟子は道場に離させた。リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子が多い事が嫌って、一人を増えるなら多くではなくて、一人を減っても何か差別も無い。

リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の修行の果位を良く知っていて、此処で仏法を広めるとは限らなくて、そなた達に仏法を説くとは限らない。直貢噶舉派の多くの大成就者は晩年に法座に登って説法する事をしない、此れは衆生が仏を学ぶ因縁がないわけである。然し、彼らは閉関して人をあう事をしないでも、同じようにずっと絶えずに衆生に利益している。そなた達は今回直貢チェツァン法王に求めえたと思ってはいけなくて、直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェに再度法座に上げさせて、次回にそなた達が再度間違われれば、必ず求められない。チェツァン法王が説いた事がないけれども、リンチェンドルジェ・リンポチェが確定てきなそなた達に話して、直貢チェツァン法王が今回だけでそなた達い助けて、此れは直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェが何故法座に昇らない事をよく知っているのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは何時も縁に従って済度して、衆生の縁に従って説法して、ある弟子が先発露懺悔に話したばかりのは、そなた達が仏を学ぶは、出離心がないなら、仏法に対して懇切な求める心がないなら、生死を解脱する事を求めないなら、輪廻を断つ心が無いなら、自ずから信心を生じる事が出来ない。此処に来て仏を学ぶのは守りを求めるなら、来る事をしないで下さい;全ての人が間違って、唯自分だけで間違わないことと思っていて、自分を直さない人も再び来るをしないで下さい。そなた達が仏を学ぶのは良い事を早く来て、良くない事を発生しないなら、此れは無駄な考えで、仏を学ぶのがそなた達に楽しいではない。仏経に説かせた心の花が満開するのはそなたに愉快させる事ではなくて、此れは仏を学ばない前に、そなた達の心が全て結んで、唯仏法だけを通して修行してそなた達の心を開く事が出来始める。そなた達は自分の考えにより仏を学んで、自分を直す事をしたくない、同じのような様子であれば、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達に説法しない、リンチェンドルジェ・リンポチェが離れる事を準備しておく。
そなた達は何故いつも間違っているでしょうか?職場に経験があった先輩を尊敬しないし、後輩も世話しない。これは他人能力を承認したくないのである。そなた達は仕事をして圧力があって、これはそなた達が自分が間違わないと思って、自分を直す事をしたくない。若し、人々は自分が良くしないなら、自分を絶えずに修正したいなら、圧力を感じる事が必ずないです。リンチェンドルジェ・リンポチェが分かる以来、何もしても圧力この二つ文字を感じた事がない、自分の一切の力を尽くしてよく対応して、結局を執着する事をしない。

今日は直貢チェツァン法王の故で、そなた達に 機会をあげた。直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに法座に昇らせて、然し法座に昇るなら、法座に下りる 事が出来ない話を説かない、そなた達に2回目で犯すなら、リンチェンドルジェ・リンポチェが依然として法座に上げて説法する事が要る 事を説かなかった。修行者が言ったら絶対に遣り遂げて、言わないならする事とは限らない。リンチェンドルジェ・リンポチェ が説いた事があって、自分が変わるのは宇宙には最も困難な事で、真に聞き分けが良い事が出来ないなら、教法に従ってしっか り実践しないなら、リンチェンドル ジェ・リンポチェが消えて行って、第2回の機会が無 い。

2010年6月25日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台 北寶吉祥仏法センターで、殊勝な直貢噶舉派の施身法の法会を主法した。まずはリンチェンドルジェ・リンポチェは次の とおり開示した。今日、多くの者は初めて施身法の法会に参加したのである。仏教は小乗仏教、大乗仏教と金剛乗仏教に分けられる。小 乗仏教は、いわゆる南伝仏教であり、インドから一部分がミャンマー、タイ、スリランカのこれらの地方に伝われて、大乗仏教は、中 国と日本などで広く伝われるのであり;金剛乗はただチベットで広く伝われる。これらの三乗の仏法が全て釈迦牟尼仏所が教えるのであ り、ただ修行の方法と目的は異なっている。

釈迦牟尼仏は初めて法輪を転ずる時に、ま ず小乗仏法をお伝えなさって、十二因縁法と四聖諦法をご伝授なさって、その後、更に37道品をお伝えなさった。これはその 時のインドの社会背景と関係があるから、古来より今まで、インドは依然としてカースト制度が盛んに行われて、カーストの間 の隔たりは明らかで、もしある者は貴族の階級に生まれたら、一生は貴族であるが;もし賤民の階級に生まれたら、一生にはど のように努力するに関わらず、まだ賤民であり、たいへん苦しい。人々はカーストの束縛を離れるため、小乗仏法を学ぶ。いわゆる「事大 業大」とは、家があると必ず業があって、事があると必ず業があって、家はたくさんの悩みを持ってきて、悩みは全て毒薬で、触 れてはいけなくて、同じく世の中の俗事、例えば家庭、仕事などとある程度関連することができない。そのため、小乗仏法を修める行者は 全て出家の様子を現して、彼らは6道輪廻の痛苦を知っていて、だから輪廻を解脱したいのである。釈迦牟尼仏の弟子の中では、多 くのは阿羅漢である。小乗仏法を修めるのは主に《阿含経》に従って修行するので、最高は阿羅漢の果位まで証得することができるが、し かし、もし行者は生死を解脱する心が起こらなければ、たとえ経典をすべて暗唱することができても、少しも作用がないことで ある。

中期まで、釈迦牟尼仏は大乗仏法を発揚し始めて、 つまり菩薩道を行う。菩薩はほぼすべて在家衆であり、地蔵菩薩が髪の毛がない以外、その他の菩薩は観世音菩薩、文殊菩薩、八大菩薩… を含んで、皆は髪の毛がある。大乗仏法は主に 釈迦牟尼仏の経典に従って修行しなければならなくて、お経は仏がかつて諭された話であ り、仏は自分の修行した経験を言い出して、仏法のすべての道理のありかで、だから大乗仏教を顕教だと称する。大 乗仏教を修める者は六道輪廻の痛苦を知っているから解脱したくて、その上、ただもし自分だけで輪廻を解脱しても、しかしもし輪廻の中 で苦を受けている他の衆生がいるならば、自分も同様に苦しみを離れることができないと思っていて、だから、自分が苦を離れた後に、衆 生に苦を離れるように手伝うことができると望んで、六波羅蜜を修習して、菩薩の果位を証得するのである。大乗仏教は、人さえならば必 ず煩悩、欲望があって、仏法の薫陶を通して、悩み、欲望を精錬してツールとして、衆生を利益するためと思っている。

小乗仏教は煩悩を断つのであり、大乗仏教 は煩悩をツールと精錬して修行するのであり、金剛乗の仏法は煩悩を直接に1種のツールとして衆生を助けることに用いる。金 剛乗を修行する者は自分が成仏することができてから、更に一切衆生が成仏するように助けることを望む。しかし、仏法を生活の中に用い るため、方法がなくてはならなくて、仏法を実行する方法は金剛乗である。

今日修める施身法のように、衆生の食べる欲求を利用 して、修行者の観想を通して、自身の体を衆生の生前の最も好きな食べ物になって、壇城まで食用に呼んで来て、特に鬼道の衆 生、彼らを満足させた後に、更に仏法の開示を通して彼らに苦しみを離れるように助ける。この世の中で1世に修行して成仏す る人に出会うことができるのは、とても稀有であり、たとえ出会っても、普通の人も見分けられないで、理解しない。まるで小 学生が大学生の生活様式を理解できないが、大学生は小学生が何をしているのかを知っているようである。もし小学生の見方で大学生の生 活様式を評判すれば、誤解が発生する。ましてそなた達は現在小学生さえまだ及ばない。

仏法は求めるものではなくて、何度の法会に参加した ら、すべてはよく直すことを望むのではない。もし法会に参加して、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を貰って因果応報 を変えることができれば、それでは リンチェンドルジェ・リンポチェは最初に手を挙げて修行しない。尊き 直貢チェツァン法王は最近 台湾に滞在しているので、それでは、リンチェンドルジェ・リンポチェは1日中、直貢チェツァン法王のそばにいて加持を求めたらいいで あろうか、別にこんなに苦労に修行する必要がないであろう。事実上、仏法はそなたたち自身がやり遂げたり使ったりすることに頼って、は じめてそなた達の業を転ずることができる。リンチェンドルジェ・リンポチェはただずっとそなた達に繰り返し忠告し教えて、そ なた達を勧めることしかできない。しかし、そなた達が決心して直すことに頼らなければならない。仏菩薩の手の平が上へ伸ばして衆生を 引接するので、下を向いて抑えるのではない。そなた達は手が伸ばしてから、はじめて仏菩薩はあなたを引接することができる。

ある者は母が癌に罹らないように求めて、自分が単親 の家庭で、母が一人であなたを育てて成長するので、良い人だと言った。それは因果を信じない。多くの癌はすべて肉を食べるためであ る。しかしそなた達の食べられた動物も助けを求めにくることがあって、そうすると仏菩薩はどのように手伝うべきだったらい いかと分からない。仏菩薩は私達の因果を知っていて、彼は最も良いことを使って私達を手伝うことができて、もし私達は因果 を違反して求めたら、癌に罹った母が死なせないようにすると、それらのあなた達の食べられたブタ、殺されたニワトリも子女 があって、彼らも両親であり、かつてそなたの両親かもしれなくて、誰が彼らを手伝うのか?肉を食べる人は惻隠の情さえない。ど うしてそなた達は今までまだ肉を食べているのか。なぜかというと、貪のせいであり、あのような味を貪る。現在の疾病はすべて肉を食べ て殺生することで引き起こされるので、今日の参列者はまだ因果を信じない人がいて、事実上、西洋医学も何の食べ物を食べたら、何を やったら、いくつかの疾病に罹ると教えているから、これは因果ではないか?

リンチェンドルジェ・リンポチェは自分が 幼いから大人まで悪い事をせず、親孝行して、友達はトラブルがあった時、出来るだけ助けあげた。此れはいい人と言えるだろう。仏を学 ぶ前にリンチェンドルジェ・リンポチェは特に海鮮が好きである。魚は海から釣られたか、養殖されたか或いはレストランで飼われたか全 て味わえた。海鮮を食べれば、新鮮のを食べるから、生きる海鮮を殺して食べることは易いだ。「この魚だ!殺してくださ い。」他人に依頼して殺すのは罪が尚更に増えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは三十六歳から仏を学び始めた。習い速度は速かっ た。四十五歳になると、始めて衆生を助けた。しかし、四十五、六歳の時に皮膚癌に罹った。癌のために手術を受けるや治療或いは薬を飲 まなかった。自分の因果を分かったから、若し癌や短寿で地獄の果報を代われば、一番いい事だ。癌に罹ることを分かった後、 リンチェンドルジェ・リンポチェは唯護法を求めて、若し全ての業を返済できて、死亡はリンチェンドルジェ・リンポチェに対していい事 なら、リンチェンドルジェ・リンポチェに死なせよう。若し生きて、衆生を利益できれば、リンチェンドルジェ・リンポチェに 活かせよう。仏菩薩は我々の因果を分かるから、最もいい方法で我々を助けてくれた。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは全てを 仏菩薩に任せた。リンチェンドルジェ・リンポチェは今六十数歳になっても、この二十数年以来よく過ごしていない。

そなた達は多く癌末期の患者は腹が膨らんで積水があ ると見た。此れは貪欲から起した。例えそなた達に食べられた衆生は転生しても、彼等の恨みや憎みはまだそなた達の体内に 残って苦しみを受けされた。如何なる証明できるだろう。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェに済度された亡者を見て、済度され た後、腹中の水は消えた。しかし、腹水は体外に排出されない。此れは済度されたから。そなた達は貪欲を起して、味を味わい たいから、引き続きに衆生を傷つけた。そうすれば、貪欲は腹水となってそなたに苦しませた。科学者も言われた。そなた達は肉を食べる から、畜牧、養殖業は大いに盛んでいて、地球暖化になって、地球の生態を壊れた。そなた達の中にある者は菜食すれば、不便 で商売できないと思った。リンチェンドルジェ・リンポチェは菜食しても商売できる。フランスへ行った時もブランド店のオーナーもリン チェンドルジェ・リンポチェを五星ランクのホテルへ招待して、わざとシェフに依頼して必ず菜食料理を作った。何故商売が出 来ないといえるだろう。

現在多くの仏法センターは弟子達が肉を食べる事を許 した。彼達にゆっくり変えさせてもいいと思った。しかし、悪を断ち事はゆっくり出来ないわけではないだろう。例えば、毎週 五回を盗む泥棒に週二回に盗む事を勧める。しかし、彼は相変わらず泥棒で悪を行っている。全て同じだ。仏経には肉が好きなら、必ず地 獄に堕ちるとある。若しそなた達はまだ改めたくないと、他の道場へ行けばいい。現在ある道場は信衆が足りないので、そなた 達は行けば彼達は必ず喜んでいる。此処は益々詰めてもうすぐ座れない。しかし、安心して、そなた達は離れても、自然に誰か来てまた詰 める。

そなた達は自分の心を溺れ、いい生活を過ごす事を慣 れた。だからお酒を飲んだり、肉を食べたり、悪を行った。ある者はリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後、道場を離 れて、数年後また戻りたい。上師、仏菩薩、衆生に対して、誓言を破ったのに、また戻られるだろう。何故ある者は男に騙されただろう。 此れも因果である。彼女は昔上師、仏菩薩及び冤親債主を騙したから、ある者は愛情とは人生に最も重要な事と思った。しかし、愛 情はそなた達を助けて長生きをさせるだろうか。そなた達に金持ちに成せるだろうか。仏法から見ると、此れは唯そなた達の貪欲だ。愛情 は唯人の因縁である。

何故ある者は如何なる懺悔する事を分からないと言っ ただろう。何故懺悔の心を起せないだろう。それはそなたは今まで衆生を利益する心を持っていないから。懺悔を分からない者 は自分が間違い事をしたと思わなかったから、懺悔の心を起さない。そなた達は他人の間違いしか見なくて、自分を検討する事を分からな い。例えば、ある者は毎日不断に他人の間違いを批判していた。常に無常を念じれば、執着しない。

寶吉祥仏法センターで法会に参加する時、参 列者は皆胡坐をかいて、座布団に座った。寒いと感じると、足を被る布で覆って、痛いと感じると足を上げた。何故皆苦労にさせただろ う。そうすれば、仏法は得難い事を分かった。ある者は座っても欠伸をした。何故欠伸をしただろう。それはこの者は今日自分 は小さい事のために法会に参加して、リンチェンドルジェ・リンポチェが説いた大道理を聞く必要がない。この道理は自分に関 わらないと思ったから、自然に欠伸をした。疲れた時欠伸をするのは間違いだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは自ら模範を示し た。例え昨夜に二三時間しか寝ても、直貢チェツァン法王は主法した法会に恭しく正座して、疲憊な姿は現れなかった。そなた達は大法会に投影された大型の幕を通して、壇城に座ったリンチェ ンドルジェ・リンポチェの動きを見えて、はっきりにリンチェンドルジェ・リンポチェは始めから最後まで専念に法会を参加したことを分 かった。そうすれば、直貢チェツァン法王に恭敬し、仏法に恭敬し、衆生に恭敬した。若し、リンチェンドルジェ・リンポチェ はそなた達は正座すると、千万元台湾ドルを得ると言えば、そなた達は必ず動かないと信じる。仏菩薩、上師に恭敬心、懺悔心 がないと、自然に心を起さない。仏法を聞くのは道理を聞く事ではない。そなた達は道理を聞きたいと、お金を払って他人の講演へ行け る。此処に来ないでください。

リンチェンドルジェ・リンポチェは既に皆に優しくし た。若し釈迦牟尼仏の教法に従うと、もはや彼女を叱れて離させた。相変わらずこのような心を持って法会に参加する者は他の道場に行っ て、快適にソファーに座って仏法を聞けばいい。疲れても少し眠ってから、その後また聞ける。

今日皆は参加した施身法法会はチベット仏教八大成就 法の一つである。つまりとても大きいな法である。ニンマ派、カジュ派及びゲルク派の中に全て修めた。施身法を習う事は非常 に困難で苦しいである。大きい勇気が有れば、修められる。また、この法を修めるのは極めて困難で苦しいである。例え成就を 修めても他人を助けて修めるのは非常に少ない。若しこのような多いの者を助けて、公開に修めるのは尚更に得難い。現在この世に此処以 外、殆ど見つからない。施身法の法本には衆生を助ける祈りとあって、若し修行者は知恵、功徳及び福報を備えないと、衆生に 対して役に立たない上、自分も損害された。そなた達は大事にしないのに、此処に欠伸をした。若し自分のため或いは家族を済度するため なら、累世の冤親債主はそなたに仏法を聞かせない。それはそなたはまだ悪い。この道場は他の所と違って、欠伸をしても叱ら れた。

そなた達は済度法会を参加することは、亡 くなった親友及び歴代祖先を済度する以外、衆生が三悪道を離脱して善道へ往生することを助けるのである。其の他、一番重要のはそなた 達自らを済度するのである。そなた達は亡くなったらやっと済度がいるのではなく、そなた達がまだ生きている時、そなた達の心を済度す るべき、そなた達が浄土へ往生することを發願するべきのを分からせて、未来のため用意する。済とはそなた達が輪廻の苦しい 海を越えるのである。そなた達は現在毎日輪廻の中に苦しんでいるのを分からない、度とは、そなた達が彼岸に渡すことを助けるのであ る。

そなた達は親友が亡くなることを見たことがあった、彼 らが臨終苦痛を見たかリンチェンドルジェ・リンポチェは多年以来、1人90何才の老人、また、かつてリンチェンドルジェ・リ ンポチェに従って仏を学ぶ弟子を除いて、死ぬ前苦しみを通じないものを見たことはない。現場沢山医者弟子はどうやって臨死の患者が死 ぬ前肉体、精神上の痛苦を減るのを助けるか分からない、仏法にはしか教えない。特に、現在法令規則により、ある者は家の中 にに死亡すると、必ず検査官に検死されなければならない、それで、沢山者はまもなく無くなる親人を病院に送った,救急手当 がすれば親友の命を挽回することが出来て、また、親友のそばに、大きい声で泣いて叫んで、こうしたら彼を生かせるのを望んだ。

実は、人の寿命は彼の福報により決っていて、医療と は関係なく、現在西洋醫学界さえも患者はもう生命がなければ,救急手当を実施する必要がない、亡者が臨終の安寧を維持する ためだと思っている。人が死後8時間の内に、もう息が絶えたらしいが、彼の聴覚、觸覚は全て在世時よりずっど敏感で、どん な言葉と触れあいは亡者に痛苦を与える。だから、そなた達は亡者のそばに泣き叫んだら、彼の生命を呼び止めることができないばかりで なく,いっそう彼に無上な苦痛を引き起こす。今、西方の醫療方式は、人は息が絶えた後の救急手当は、かえって、亡者に巨大 な苦しみを生じさせて、それに恨みの心を増やす。リンチェンドルジェ・リンポチェは亡者のため法を行う時亡者の考えも知っている。亡 者は救急手当が通じれば、巨大な苦しみを受けて、憎みと恨みを起す。リンチェンドルジェ・リンポチェは済度した衆生は、生前に救急さ れることがあれば、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェの目に前、全てリンチェンドルジェ・リンポチェに彼の胸がとても痛 いと言った。

お醫者さんは患者が臨終前精神と肉体的の痛苦を解決 することが出来ない、そなた達は自分がこの世は終ったら、次の世はどこかへ行くか全く知らない。この全ては、仏法のみ解答 がある。

そなた達は今日法会を參加するには、三宝 に丁寧心を揃える以外に、懺悔心はあるべき、自分が累世に全て犯した悪業を懺悔する。また、慈悲心もあるべき、自分は他人より福報が 多いだと思わない、そなた達は今日此処に来られるのは、そなた達は過去世に因縁があるのでなければ、そなた達の歴代祖先と 仏菩薩と縁があるこそ、此処に来られるのである。しかし、まだ大勢衆生は因縁が揃えないので、参加することができなくなっ て、そなた達は法会に参加できない衆生に対して、憐憫心を起こさなければならない。そなた達はただ自分が参加すると思わな いで、あれらの無縁衆生の変わりに、法会を参加する考えがあるべき、自分が法会を参加するため、彼らが苦しみより離脱する のを助けられると望む。

リンチェンドルジェ・リンポチェが法を行う過程の中 に、皆に自分の名前と助けたい親友の名前を三回読んで、それに、助けたい往生した者と歴代祖先の名前を三回読むのをさせる。皆 はちょっと目上たちは自分の右手で、同輩と後輩達は自分の左手で六道衆生は自分の後ろに、累世の寃親債主は自分の目の前、壇城の相対 面にあると思う。続けて、リンチェンドルジェ・リンポチェは殊勝な直貢噶舉施身法を行うのを始めて、また、参加者を引き連れて六字大明呪を長く唱えた。

法が円満に終った後、リンチェンドルジェ・リ ンポチェは続いて申された、大勢者は沢山仏法を聞きたくて、見たくて、了解したい。仏法はそなたに了解させるのではなく、そなたは了 解が出来るならば、そなたは仏である。法会するまえに申されたのように、この世界に戦争があるのも、肉を食べて殺生することから。宇 宙の間にどんな起こったことは全てわれらと関係があり、例え、台中に地震が起こって、台北にも影響があり、南部に水害が発生して、北 部の野菜値段も影響がある。全世界に全て起こったこと我らと関係が在り、ひいては全宇宙に起こったのも我らと関係があり、わ れらはもう独善主義にしてはいけない。仏法の珍貴とはここのである。

法会が終った後、また肉を食べに行く者ももう来ない で、あなたはどうせ千人あまりが法会に參加し、こんなに多い者の中に誤魔化して来ることが出来させると思った。リンチェン ドルジェ・リンポチェは知らなくてそなたに誤魔化させるかもしれないが、そなたの寃親債主、諸仏菩薩は知らないとはありえない、す べて因果がある。そなたが上師と仏菩薩を騙しても、上師と仏菩薩は構わなく、因果はまだそなた自分が責任を取るから。なぜ、法会の中 に、あくびするとリンチェンドルジェ・リンポチェに叱れたか?それは、この者が法会を参加する動機は自分を利益するから、た だ自分の利益のためである。そなたは法会を参加する動機はただ自分のため或いは自分親戚のみの済度であれば、そなたの累世の寃親債主 は助けがもらえない、そうして、あなたを疲れさせて、仏法を聞くのをさせない、そなたの心はまだ悪から。

なん年前、台灣の社会にはかつて盗撮事件があった、あの 頃、リンチェンドルジェ・リンポチェは厳しく弟子達がその隠し撮ったディスクを読みのを禁止した。ある者はただ 好奇でちょっと見てもそんなにひどいかと思った。考え見て、今日はそなたが主人公であれば、そなたは隠し撮られたのを公然で他人に見 せてもいいと思うか?同席にもいいとする者はない。 数日前のニュースにより、あの頃、隠し撮った者は腎臓病で死んだ,70才あまり死ぬのも早死にと言える。彼の娘も監獄に入って、法 律の制裁を得た。腎臓病にかかれるのは、邪淫の戒を破ったのである。邪淫とはただ有婦あるいは有夫との淫行することではない、人 に見られて淫欲を起させたレザ-デスクを発行することも言える。全て見た者は自然に果報がある。かつてこのデスクを見た者の果報は、未 来に他人に見られるのである。

仏経の内容は浩瀚であるが、全ての法本が「諸 々の悪を作すこと莫く、諸々の善を行い、自ら其の意を浄くせよ、是が諸々の仏の教えなり」という四句を述べる事がある。此 れは仏法が最も重要な精髄である。全ての自分を利益させる行為であるが、彼らを傷付けるのは「悪」である。ある者が善をする事を見た ら、そなた達が妬んではいけなくて、却って随喜の心を生じるはずである。そなた達は現在常に犯す問題が小悪が断つ事をしな い、此れは小悪なので構わないと思っていて、因果を深く信じない。小悪を累積していくと大悪になって、此の世界が一人が悪 をしないと、一部の悪報を少なくなっていて、他人が悪をする事が自分と関係がない事と思ってはいけない。仏菩薩の目の中に、正しさと 間違いがないで、ただ因果だけがある。

これらの内容とは、全ての悪事を再びしてはいけなく て、全ての衆生を利益する善事を絶えずに行わなければならなくて、行為を始めて、身が遣り遂げるのが善であれば、話した言 葉が全て善である。20年余り前に、リンチェンドルジェ・リンポチェは台湾に来て中国語を学ばなくて、三つの荒っぽい言葉 を予め学んだ。仏を学んで修行してから2年後に、ある日に、突然に以前が常に話したあの三つの荒っぽい言葉もう話さなかった事 を発見した。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェがわざわざ話さないではなくて、これが身が清浄してから、語が自ずから清浄になっ て、悪の心構えが再び現れる事がない。法本に「身戒が清浄するので、言戒も善になって、意戒が自ずから清浄になる」を記載 されている。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗てこの句を見た事がないが、リンチェンドルジェ・リンポチェが自身からの修行経験の 中にこれを検証して、リンチェンドルジェ・リンポチェの身に仏法の顕れを見える事が出来る。

清浄な戒を守るのは自分を保護して傷害を受けないで はなくて、此れは如何なる衆生を傷付けない事を望んでいる。戒は奨励或は懲罰の工具ではなくて、戒はそなたに何か出来で何 か出来ない事を教えて、そなたに悪をしない事を助けて、戒律を良く守るならば、自ずから過ちを犯さない。「諸々の悪を作すこと莫く、諸 々の善を行い」とは、そなた達に仕事を遂行する範囲を教えて、そなた達に何かがしないべしを知られる。戒は善の始めである。戒を守り たい者は行善の範囲に開始していく。そなたの行為が善の方向へ向きたいならば、善の意念の力が生じて初めている。他人を利 益する事を遣り遂げないならば、仏の教導を聞き入れて自分の行為を始めて直していく。悪念が難しく断つのは、行為の上にする事ではな い。行為が遣り遂げれば、段々に考えも善になる事が出来で、それでは過ちを犯す事がなくて、自ずから善に行う事が出来る。「自 ら其の意を浄くせよ」は自然でわざわざしてはなくて、工夫を凝らして抑制してはいけない、そなたの意が自ずから清浄になって行く。仏 法の貴重は自然で、無理ではない。そなた達が仏法が非常に難しいと思っているのはそなた達の心が複雑し過ぎで、全ての仏が 人間から修行して出で、リンチェンドルジェ・リンポチェのこの世も凡夫から修行して出だので、皆も必ず遣り遂げられる。 「是が諸々の仏の教えなり」とは、以上が仏法の真意である。

前回に、読経をする時に何故心に乱れて一 心する事が出来ない事はまた直貢チェツァン法王に伺った事がある。何故良くない考えがずっと生じて控えることが出来ないか?此 れはそなた達の心が悪なので、悪の考えが持っている。そなたは自分読経があって、菜食があって、どこには未だ悪があるでしょうか?あ る!そなたは仏を学ぶ事を通して、悟る事が出来で、自分の事がより順調させて、これらは自分の為である。自分の為であれ ば、必ず他人を傷付ける。そなた達の心は貪、瞋と因果を信じず考えが充満している。因果を信じないので、戒を守る事が出来ない、此れ は悪の人である。多くの人々が皈依する勇気がない、自分が遣り遂げない事を恐れる事を話した。仏経に諭されている仏法は必 ず遣り遂げる事で、釈迦牟尼仏も人間から修行して仏になって、諸仏菩薩も人道から修行して果を認めて、そなた達が唯決心が つく事をしたくないだけである!リンチェンドルジェ・リンポチェが遣り遂げて、そなた達も同じように遣り遂げる事が出来る。そ なた達は現在自分の全ての行為、言語と考えが将来に必ず果報がある事を知るなら、そなた達が遣り遂げる事が出来る。そなた 達が遣り遂げない事を言って、此れはそなた達が因果を信じない。因果を信じている人は何か行為をする前に、何か話しを言う前に、衆 生を傷付けるかどうかを考えている事が出来る。自分が何か話したいなら、他人を如何に感じる事を気にしないてはいけない、一 気で全部話して出る。

今迄には、リンチェンドルジェ・リンポ チェは毎日に自分の身口意を懺悔していて、未だ自分の行為を直している。修行とは、朝課と晩課をする事ではなくて、毎月に 何回の法会に参加する事ではなくて、毎年に固定的な巡礼していく事ではない。真に修行とは、仏から教導してくれる方法に基づいて、自 分の行為、言語と考えを直していく。そなたの行為が遣り遂げないならば修行ではない。そなた達が皈依するかどうかに関わら なくて、そなた達が自分を直さないならば、そなた達が再度来る事をしない事を求めてください。

そなた達は真に身語意の清浄を遣り遂げるはずで、仏 法を遵奉して、遣り遂げるならば、上師と仏菩薩の加持を得て始める事が出来で、法本に記載されている長寿、富等の受用得る事を出来て 始める。人間として、毎日に如何に自分に凄くなっていて、強くなっていって、自分が綺麗するかどうか、事業が成功するかど うか、読経を良く唱えるかどうか、礼仏が正しいかどうか、様子が出家人らしいかどうかを考えている事ではなくて、仏を学ん で修行する事とは、毎日に悟りを開く事を求めたり、生死輪廻を求めたり、自分を済度して他人を済度する事を求めたりする事が考えるの ではなくて、そなた達はこのような話を多すぎ聞き入れて、そなた達の思惟方式がそこに閉鎖してもらっている。

ある者は何故リンチェンドルジェ・リンポ チェが様々な商売を経営する事が出来る事をしりたい、多くの人々がただ一種類の商売だけを経営する事が出来で、然し、リンチェンドル ジェ・リンポチェが全ての商売が出来ようである。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェが何も求めないで、自ずから世間事をはっきり 見える事が出来て、それで余裕があってする事が出来る。

今日帰宅以後に、下記の事をよく考えている。人 間とは何でしょうか?人生とは何でしょうか?よい仕事があって、結婚して、部屋をかって、金持ちで、最後に去る事とは人生でしょう か?動物は食べ物を探して、子供を生んで、子供に如何に食べ物を探す事を教えて、子供が食べ物を探す事が出来る以降離れることが出来 で、最後去るのではないか?此れは畜生の生活方式である。人間と動物の相違とは、動物が話す事が出来なくて、容貌ではなく て、猿が毛を全て剃るなら人間のように、ただ容貌だけで少し同じくない。一部の人々がお釣りをもらって、魚が話すことが出来ないの で、釣りをして殺して来て食べられることと思っている。動物は話す事が出来ないのではなくて、ただ彼らが話すのが我々が分 からないだけで、ある者がインド語で話して我々も分からないのようにである。リンチェンドルジェ・リンポチェは現在犬の話 を聞き分かる事を修めて得る。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て多くの植物人或は昏睡する人を加持して行った事があっ て、彼らは依然として考えがあって、リンチェンドルジェ・リンポチェが加持すると、自然に彼が何を考えいる事が分かっている。今夜戻 ると、半時間が掛かって、人間とは何であろうかを良く考えている。

2010年6月26日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで、105名の信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法を開示された。

2010年6月27日

法会開始前、ある出家の弟子が次のとおり発露懺悔した。彼女は尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェが上師と諸仏菩薩に懺悔するこの機会を与えることに恩に感じて、この機会のため、悪業の力の増加を止めることができて、尊き上師に従ってよく仏を学ぶことができると願った。彼女は出家してもうすぐ20年であり、尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する前に、ずっととても自分の福報を消耗する日々を過ぎているので、3、4年前に福報を使い切る所、体の健康はだんだん悪くなって、やせていてまた暗くなって、2年余り前に上師に皈依する時に、顔にやはり明らかに一層の暗い息があって、今は大部良くなったが、ただ自分が怒ったり、けんかしたりして、貪嗔癡など毒を生む時、あるいは腹のの腸が痛くて、腹の中の冤親債主が起こっている時に、顔色がまた暗くなってくる。彼女は31歳に出家して、出家する前にぼんやりしている日を過ぎて、若くて単純で、性格が楽観的で、因果が信じるが、深く信じていなくて、道徳的な情操があって、しかし事を扱うときにすべて人情にごまかされて、またとても気軽で、かまわないと思って、だから、その時とても多くの悪業を造ったが、しかい、その後に「大丈夫、船が橋のたもとに着くと自ずと真っ直ぐになる(案ずるより産むが易し)」で自分自身をを慰めた。多くの悪業を造って心の中にすこし不安と憂いがあるが、しかしその時、自分の生活を変えると思惟ができなくて、このように無知に日々を送り続けた。

小さい時ごろから、父の仕事は税務人員であり、屠畜場の税金を収めて、豚を殺す役員はいつも彼女たちに豚肉、豚の内臓(例えば:豚のレバー、腎臓、心、腸、脊髄、骨髄など)を送って、母はいつも豚骨でのスープを煮込んだから、これらのものがたくさん食べてしまって、殺業をすごく造った。彼女は時に殺された豚のような苦しい表情を見て、心の中ではいくつか同情を産んで、しかし母は食品をよく煮て捧げて、彼女は忘れて、やはり食べてしまって、今思い出したのがとても恐怖である。今、彼女の肝臓が良くなくて、肝臓の火気は強くて、心臓も時に不規則に動いて、血の脂肪は高くて、腸が痛くて、腸が腫れているそうである。その後 リンチェンドルジェ・リンポチェはとても慈悲に医者をする兄弟子に彼女に検査させてくれるように手配するが、しかし彼女は大腸内視鏡検査を受けたくなくて、それをかまわないで、ただ尊き リンチェンドルジェ・リンポチェの教導だけに従って、自分の業報を受け入れて、責任を負った。だから彼女は皆にもしまだ皈依しなくて、肉のを食べている者であれば、ちゃんと注意するように勧めた。

彼女はとても尊き殊勝な金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェが大知恵、大慈悲と修行する大功徳力にてあらゆる弟子達にすべて菜食の精進料理を食べさせことができて、未来の多くの苦の果を切って落として、たくさん仏を学ぶ障害を減らして、多くの畜生道の衆生の生命を救うということに賛嘆する。これは各大顕教の道場の法師がやり遂げることが出来なくて、彼女を含む顕教の法師は、自分だけが菜食料理を食べるしかできないから、たとえ信者に勧めて聞き入れなくて、その上、大道場の法師も信者に対してまあ大丈夫、ごゆっくり..と言うので、信者がやれなくて離れると恐れている。最も主要なのは実はこれらの法師はリンチェンドルジェ・リンポチェと同じような苦心と知恵がなくて、衆生を利益する。今毎週土曜日、リンチェンドルジェ・リンポチェは信者達に接見する時、やはり彼の功徳力を使って、あれらの善根がすこしある信者に精進料理を食べさせることができる。

ある時、ある奥さんはすでに自分の事がとても凄かったため、どうしても菜食料理を食べることを受け入れなければならなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェはまた彼女に「必ず食べ続けてください。」と言った。彼女はいやいやながらうなずいて、リンチェンドルジェ・リンポチェはまたと「本日から食べて。」言った。彼女の反応は少し苦しくて、それから肉の味を味わうことができないためである。こちらの出家の弟子は自分もちょうど菜食料理を食べる時も少し難しいと感じるが、しかしもちょっと可笑しいと感じて、実は食いしん坊をしないで、決心したらいいであろうか。彼女がこの点から悟ったのは衆生が上師と仏菩薩の助けがなければ、本当にこのような小さな悪さえ切れ割ることができなくて、また生死の事に解脱することを話す必要がないのか。本当に難しすぎる。

出家した後に、彼女は顕教の善知に出会って、仏法の教義に対して比較的に深く理解して、《広論》をも読んで、その上、道前基礎の下士、中士、上士、曹長だけではなくて、そして応成派月称菩薩の止観に入って、入中論から中論までであり、それから宗喀巴大師の《入中論善顕密意疏》についても多少研究討論した。つまり実は彼女がただ1つの学問僧であり、経論を勉強するのが修行することを信じて、勝義諦と世俗諦を理解することができるため、心霊のレベルを昇格させることができて、多くの細かい悩みを減らして、とても自分のあのような楽観的で、小さい礼節に拘泥しない個性にも相当して、たとえ怒ってもいいで、この経典で彼女にたくさん啓発させるため、空性であり、つまりこの世の中の事はとても執着する所は何もない。

時には リンチェンドルジェ・リンポチェは厳しく弟子をどなりつける時、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが別に本当に怒ってないことを理解して、知恵、権巧便利にて弟子に教えているので、弟子に過ちを改めるように手伝って、だから、リンチェンドルジェ・リンポチェの境界は仏菩薩の境界で、私達が理解できないのではない。

台湾の仏教の寺院の環境は、たくさんの出家の師父は法義に対して理解してなくて、、信者を接待して、常住の事に忙しくて、多くの法会があって、すべて自分の時間がない。少し良いのはお経を唱えて念仏して福報を修行して、それから供養を収めて平安を求めて、生死に解脱する大事について、自分が能力が全然なくて、命が終わる後には浄土に行けるかどうか自信がない。彼女は自分でもっとひどくて、空性の理解があるが、しかし空性の実修をやってない。だから境界が来る時、業に従って回転しかできなくて、過去累積した貪嗔癡の習性によって回転して、このような悪業を止める力がない。彼女はいつも理事が解け合うことができなくて、常住するいくつかの事に対して意見を発表しやすくて、私は一部の法師に欠点を正すように手伝いたいが、しかしちょっと言ってもすぐ喧嘩し始めて、だからいくつか恨みたねをまいた。たとえ尊き殊勝な金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後に、自分の欠点はやはり絶えず現れて、上師にまだ理解してない時に、時にはなんとかしてめちゃくちゃなことがいくらかあって、共に居住する規則に対しても多少不満に思って、独りよがりで、共に居住する金剛兄弟子は何度も言い争って、人に不当な待遇を受けさせて、だから彼女は今懺悔する。今思い出して、穴があったら入りたいようにとても恥ずかしく思って、自分が成熟していないと感じて、このように年をとった年齢になったのに、またこんなに荒っぽくて理不尽である。尊き殊勝な金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェが何度も寛容されて無量の恩恵に恩に感じる。彼女は何度もリンチェンドルジェ・リンポチェの諭された「心」、「懺悔」及び「慈悲」の仏法の録音を聞いて、どうしてにやれないで間違いを再び犯すことを検討して、はじめてリンチェンドルジェ・リンポチェは言われた仏法を生活のなかに用いるのはどんな意味だか心を制御するのはどんな意味だかをだんだん理解できるようになってきた。しかしこれはとても難しくて、境界があるとすぐ心を制御してない。すぐ自分の考えばからで、引き続いてすぐ自分の是非及び正しいことと正しくないことを判断する基準が生んで、それから衆生を傷つけて悪業を造った。

自分も衆生の感銘をも考慮しなくて、もし懐疑の心を抱いて人に無実の罪を着せたらそれはさらに罪の上に罪を加えて、罪過は更に重い。彼女は再度尊き殊勝な金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェの恩徳に恩に感じる。この前に、宝石店に行って リンチェンドルジェ・リンポチェに、皈依する前に造った悪業を懺悔して、あれは無理して行ったので、あれらの悪業が口に出しにくいため、言い終わって我慢できなくて泣いた。紙の上にいくつかの懺悔する事を書いてまだ言い終わないで、リンチェンドルジェ・リンポチェは「わかった。もう再び犯さないでください」と言って、彼女に事を発露したばつが悪さを免除させて、とてもリンチェンドルジェ・リンポチェに恩に感じる。あれらが出家する前に犯した誤りが本当に口に出しにくいから。

ある時に、彼女は左目が具合悪くて、稲妻のように少しよけると感じて、その上、ますます頻繁になって、それから明らかに電光がよけているようなことを感じて、自分が恐れることを始めて、まだどの部分の神経が問題があるかを知らなくて、心の中ではリンチェンドルジェ・リンポチェの第1回の助けを求めることを生んで、彼女が皈依する前にべつに体の健康な類の求めがなくて、一人如法な上師に皈依して仏法を学んでういただければ、だから自任するのがとても孤高である。しかしその時は本当にリンチェンドルジェ・リンポチェに助けを求めるのを生んで、心が助けを求めると、すぐリンチェンドルジェ・リンポチェの磁場は着いたと感じて、それはぱっと光るものが無くなって、すぐ直してよくなって、だから リンチェンドルジェ・リンポチェの神力にとても感心した。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏法を生活の上に現れて、菩薩の生活を過ぎて、事業があって、更に多くの弟子と従業員を配慮しなければならなくて、土曜日の午後にもまだ皈依してない信者達の生・老・病・死の様々な困難と痛苦を解決しなければならなくて、上師の慈悲は私達の凡夫の心が推測することができないのである。例えば、リンチェンドルジェ・リンポチェは赤ん坊を抱くとき加持しているような慈悲の輝きは彼女にとても感動させることで、リンチェンドルジェ・リンポチェは人の中の精華で、苦修と衆生に対して恨みも後悔もしない払いにて、菩薩の果位まで昇進させた。だから弟子達は本当に幸運であり、このような上師は、生々世々に成仏するまで私達を配慮してくれて、とても得難い。

引き続いて、先週の法会で、リンチェンドルジェ・リンポチェは言及されたあの弟子は次のとおり懺悔した。この弟子がかつて手紙を書いて葬儀会社の支配人を経由してリンチェンドルジェ・リンポチェに渡してもらった。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女のやり方が正しくなくて、上師の証量をも信じなくて、かつ彼女が一週間以内懺悔するように開示した。この弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に注意してくれて、一週間の時間をいただいて、自分が何を間違ったのかと反省することに感謝した。弟子の心はあまり清浄ではなくて、事をする前に、先ずは自分が仏弟子のあるべきな戒律を犯すかどうかと観照していない。今度、葬儀会社を通してリンチェンドルジェ・リンポチェに手紙を渡す事件は、先に幹部の兄弟子に対して嗔念が起こったために、身、口、意の上で連続に5毒を犯して、貪、嗔、癡、慢、疑など罪を犯した。

5月16日、リンチェンドルジェ・リンポチェは法座を降りた時に、彼女は独りよがりなままで、当日の新聞の社説を思い付いて、リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて弟子達が意見があると言い出さなければならないと教えて、そこで衝動的に体制外の方法を使って、道場以外の友達を通してリンチェンドルジェ・リンポチェに自分の意見を渡した。家の恥は外に出さないという諺によって、彼女はしょうがないが、しかし、あの兄弟子のため口業を造った。だから彼女は自分の人生経験法で物事を見るべきでなくて、そして、リンチェンドルジェ・リンポチェの大能力をなおざりにしてしまった。リンチェンドルジェ・リンポチェに本当にとても尊敬されない。

同時に彼女が慈悲心もない。弟子は「あらゆる間違いはすべて私の間違いだ」としっかりと心に刻んでいない。当初、慈悲心にて兄弟子を寛大に許したら、兄弟子の立場から考えたら、そして放下したら、大きな間違いを犯すことはできなかった。前回 リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に聞いて、:金があって大したことであろうか。間違いない。お金は資源であるが、慈悲心の作用を発揮することができるとは限らなくて、甚だしきに至っては五毒を造ることができる。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に聞いて、息子が大学に進学するのは大したことであろうか。間違いない。もし息子の生活の習慣と人生の態度をよくすると教えれば、たとえハーバード或いはイェール大学で勉強しても、大したことではない。以上はすべて仏法と尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェは日ごろ弟子達に教える知恵である。

間違いを犯して、懺悔に分らなければならなくて、その上、同じ間違いを再び犯さない。

現在彼女は思い出したが、昔自分も色々な独りよがりの間違いを犯した。更に多くの者を傷付いた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを懇切に求めて、彼女が知るのが遅く、覚悟するのが遅い事、平日に反省をしない事を許せる。若し彼女の人生は上師の監督がないと、知らないままに多くの間違いを犯すかもしれない。

今週彼女は月曜日の煩悩心から、今日までの歓喜心となった。非常に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、彼女に頂門の一針を与えて、彼女が如何なる悪いのを分かってくれた。上師を懇切に求めて、彼女の謝り及び懺悔を受ける事を願った。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェ及び全ての傷付けられた衆生達、申し訳ございません。

次はある弟子は次の通りに報告した。ある弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェは法座を昇らず、仏法を説かない間に調度雲南昆明の曹溪寺へ訪れた。此れもリンチェンドルジェ・リンポチェは前世に嘗て出家修行した所である。だから、彼女は御神籤を引いて、リンチェンドルジェ・リンポチェはいつか法座を昇って仏法を説かれる事を求めた。結局大大吉と出た。神籤には「大極は初めて五気が現れ、陰陽は和合して良い縁を撒き、生き止まれ天地だけ、必ず今日百の一の御籤を期待に背かない。」とある。また、後象には「造化は無私の意であり、源は絶えずに流れ、広い功徳は必ず起きて、旧徳は紹の芳香である」とある。この御籤は極めて古かった。長い間に籤引かれなかったと現れた。得難く引かれた御籤である。御籤の意味:リンチェンドルジェ・リンポチェは陽であり、話した事と行った事は全て正しいである。我々弟子、衆生は陰である。陰陽和合とは我々はリンチェンドルジェ・リンポチェに従って習えば、この良い縁は続かれて、仏法は継続に伝える。我々は必ずこの百の中に一つしか求めない御籤を期待に背かないで。リンチェンドルジェ・リンポチェは完全に無私無欲に仏法を伝授された。旧徳とはリンチェンドルジェ・リンポチェの法脈は最初祖師ジッテン・サムゴンから一脈で伝えた。紹の芳香とは貴重な仏法は衆生を利益して、絶えずに流れる。此れは凡夫が引かれない大大吉の御籤で、天の御神籤である。我々は必ず上師の得難いのを分かって、しっかりに依教奉行しなければならない。

もう1人の弟子も次の通り補充した。、リンチェンドルジェ・リンポチェは1998年にかつて何の要求もなずに青海当局に2台のジープを寄付したことがあって、このように何の要求もなずに払いのため、教派の青海にあるたくさんの仏寺がわりに良い配慮されて保護を獲得することができて、旅行団は現地まで行ったら万に1つの失敗もなく安心して旅行することができる。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは青海でべつに商売をしなくて、だから リンチェンドルジェ・リンポチェがこの人民幣150万元が掛かって車を寄付したことは、自分のためではなくて、教派のため、弟子のため、現地に行く旅客のためである。その他に、リンチェンドルジェ・リンポチェは法座に登って説法してない時、多くの人はリンチェンドルジェ・リンポチェが怒ったと思っているが。しかし、実は リンチェンドルジェ・リンポチェは怒っていないで、リンチェンドルジェ・リンポチェは心がすでに離れて、とてものびのびする。直貢チェツァンも2007年に、リンチェンドルジェ・リンポチェはラキ雪山で閉関が円満に完成した後に、リンチェンドルジェ・リンポチェはすでに空性を証得したと確認して、リンチェンドルジェ・リンポチェもすでに離戯瑜珈まで修行した。このような果位の上師の心はすでに人の世間の喜怒哀楽に感染されなかった。私達はリンチェンドルジェ・リンポチェが怒ったから、みんなはとても恐れて、もっとしっかりと行っ他方がいいと思うべきではない。弟子とする私たちは、リンチェンドルジェ・リンポチェが再び説法していただいて、弟子にもっと多く学んで、もっと多くやれると望んだら、主に弟子達の心を見るのである。この縁が続けることができるかどうか、弟子達に次第であって、リンチェンドルジェ・リンポチェに次第ではない。弟子達は考えなければならないのはどのように上師を礼敬したり、上師に喜ませたり、上師の話に集中したりするのか。

尊き リンチェンドルジェ・リンポチェは法座に登って次のとおり開示した。今日皆に教派祖師ジッテン・サムゴンが説かれた内容を開示して、皆に如何なる精進に修行する事を教えた。精進とは不断に専念する事である。もしもこの道理を理解することができないと、修行が苦しくなる。どうしてそなた達は仏を学べば学ぶほど苦しいのか。学べば学ぶほど圧力をあるのか。学んでから、貪嗔痴がもっと重くなるのか。仏を学んで長年に皈依しても、やはり進歩的になっていなくて、やはり修め得ることができないか。これは精進がないからである。リンチェンドルジェ・リンポチェは法座の上で仏法を諭して、そなた達が下で座って、考えはサルのようにあちこち跳んでいる。六波羅蜜には布施、持戒、忍辱、禅定、精進、知恵がある。何故特に精進を示すのか。精進はそなた達の思ったように、朝晩授業をしたり、仏を礼拝したり、読経したり、呪文を唱えたりするのではなくて、専念のことを指すのである。先週に、皆さんに諸悪莫作、衆善奉行と注意したことがあって、もし身口意が悪なことを断って善行をすることができたら、戒体は清浄を得て、心はやっと専念になることができて、ようやく定に入ることができて、更に、知恵を現れさせる。そなた達は戒めを守っていないで、自然に専念できなくて、知恵つけないで、どのように生死に解脱できるのか。そなた達が皈依する時、リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て戒を授けて、そして自身で皈依した後に、利益が誘わないで戒律を固く守るという例で、皆に開示した。私達はわれわれの貪、嗔、癡を満たす心に絶えず仏を学んで修行する中に専念させて、すべての考えは自分の身、口、意が上師が教える仏法を違反するかどうかと思惟しなければ成らなくて、毎日毎日は絶えずやり続けて、仏法を生活の中に実行して自分を改正しなければならない。故に祖師は仏を学ぶのは象の穏やかな歩みのようにすると話した。そなた達は象は歩いた時に穏やかに一歩一歩と歩いたのを見えただろう。象は走っても相変わらず一歩一歩を続いて、非常に穏やかであり、仏を学ぶのもその通りです。

仏法の戒はそなた達に自分の心をしっかりに支配させて、戒で縛れる事である。心は散乱すれば、悪を行い易い。戒は清浄すれば、身、口、意は善になり、心は始めて定めて専念できて、智慧を修められる。仏教は伝授された戒はそなた達に制約する道具ではない。外道は話したとおりに戒を守らないと、神様或いは主の罰を受ける事ではない。そなた達は戒を破れば、リンチェンドルジェ・リンポチェはどうなるかとやってみようとは思わないで。リンチェンドルジェ・リンポチェは絶対にそなた達に何もせず、そなた達は自分が悪い果報で、因果は宇宙で既に一定の定律である。もしこの道理が分からないと、戒がわれわれを控えて、我々を懲罰するツールだと思って、それでは仏を学べば学ぶほど苦しくなって、煩悩は仏を学ばない人よりもっと多くなった。戒を守るのはそなた達が衆生を傷付ける身口意の範囲を限定し、国なりの法律のように、一切の人民を守るのである。そなた達は戒を守って、継続に悪を行わせない。そなた達を助けて、未来に定めを起して、そうすれば、智慧を修められる。智慧は総ての人々が生まれてから具えるのであり、智慧とは求めれば求められる事ではなく、開発された事である。外道も定めがあるが、しかし、智慧を修めない。例えば他の宗教も信徒に閉関修行をさせるが、しかし、此れは全て修行に関わらない。唯最後神は彼達に話す事を祈った。仏教に於いて定めを修めるのは智慧を開くため、そうすれば生死を解脱できて衆生を利益するために成仏できる。

顕教の禅定は密法の定めとは違う。顕教の禅定は自分の思いはある物事に定める。例えば仏の名号の上に定める。昔中国の顕教は皆に考えさせて、参話頭をさせた。そなたに「誰かが仏を唱えるか?仏なるを唱えるのは誰でしょうか?」を考えさせて、心をこの句を一心させて、或は「山を見れば、山である。山を見ても山ではない。山を見れば、相変わらず山である」どこのような参話頭の方式で修行すれば、末法時代の衆生に対して、修められない。そなた達の心はとても複雑なので、本当に何句の話に専念できない。多くの人々はこのような方式の考えがとても深くて、実はこのような方式で仏法を唱えるのが極めて簡単で、ただ何句の話をくれて、そなたに「りんごは何故りんごか?」を考えさせて、然しこの方式がそなた達に適用しなくて、そなた達はこの話しを参話頭すれば、自我定義の概念を多くに思い出す。この概念はそなた達の人生経験であり、修行に役に立たない。ある者はチェツァン法王に読経した時専念できないと尋ねた。何故だろう。ある者は坐禅する時目を閉めると、専念できると言った。そうすれば耳はどうしよう。耳栓を使うだろう。耳を塞いでも、オンオンオンの静電の音を聞こえて、これは我々の人体が電を連れて、一人が極めて静かな部屋にいて、このような音が聞こえて、それに血液が流す音が聞こえる。聴覚障害があって聞こえないでも、そうしてもまた皮膚の感じがあって、蚊や虫に刺された感じ、風の流れなどあった。だからすべての感覚器官を閉鎖して、はじめて集中することができるのではない。

真に禅定とは感覚器官を切る事ではなくて、感覚器官がそなたの心を影響させないのである。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが坐禅する時、目は開けたままに目は下に見ないと見た。例えある者や物を目の前に現れて、目が見てもリンチェンドルジェ・リンポチェは専念して心は動かないから、影響を受けない。此れは密法の基礎が必要だ。そなた達は真似出来ない。真似すれば、最後目の玉は落ちるかもしれない。上師に身、口、意の供養しないと、密法を修めるのは不可能だ。例えばそなた達は根器ではなくても、上師に身、口、意の供養すれば、自分の修行に役に立つ。若し自分は読経して、呪文を唱えるのは唯自分が来世に小さい人天福報を増やすだけだ。

この前大礼拝を伝授した時、リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て皆に話した。毎回に拝んだ時必ず衆生を利益する事を考えて、動きは確実に行った。毎回を拝むと必ず専念して、衆生のために仏を礼拝した。しかし、そなた達は行っただろうか。そなた達は大礼拝をした心は小学生が宿題をするようだ。小学生が間違い事をして、帰宅した後、罰を受けるような気持ちであり、喜ばない。そなた達は全て仏を拝むと業障を消えられて、体は健康になって、痩せられて、太くなれて、拝まないとリンチェンドルジェ・リンポチェに叱られて、追い払われるなど考えた。これ等は全て専念しない心であり、効果がない。リンチェンドルジェ・リンポチェは四加行を修めた時、僅か一回を修めると瑞相が現れた。瑞相とは自分の間違いを分かって、未来仏を習う方向をはっきりに分かる。もし四加行を修めて、更に人を喧嘩したり、罵ったりすると、それは修行していないで懺悔心がないことを表した。理論的には大礼拝をして一万回を超える時、始めて自分の間違いを分かった。しかしそなた達は多くの者は何回もの10万回の大礼拝を拝んでも自分の間違いをはっきりに分からなかった。それは上師の教えに従って専念に行わなくて、心理的には専念がないし、体にも専念がないし、精進しなかった。

仏を学ぶのは精進の修行を分からないと、学べば学ぶほど苦しくて、学べば学ぶほど圧力がある。あなた達は専念していないで、考え方が多すぎて、生死に解脱するために仏を学ぶのではなくて、ただ加護だけを求める。そなた達の心はあまりに複雑で、単純に仏を学ぶのではなくて、もし本当に衆生のためならば、まずは自分が先に解脱して、初めて衆生を利益することができて、結果はそなた達がもっと学べばもっと利己的になって、もしそなた達の心は衆生のためならば、今日圧力があると感じてないのである。専念は仏法を習い事しか用いなくて、日常生活にも専念するのが必要だ。何故ある者は精神病、鬱病に罹っただろう。累世の業力以外、最も重要なのは彼達の心が多くの思いを持っていて、専念できないだ。そなた達の中に多くの者は事をする時、始めないのに先に次はどうなるかと考えた。ある者は水を飲みたい時、まだカップを持ってないのに、始めて後は水が胃に流れて、次は腸に流れて、いつか排尿するだろうと考えると同じだ。そうすれば、必ず安心に水を飲まない。飲む時水は必ず彼方此方に噴出した。何故ある者は不注意に事をして、軽率にしただろう。それは専念しなかったから。ある者は下に座って仏法を聞いても、専念しないから、幽霊のように聞き取れない上勿論行えない。例えば、ある者は車を運転する時話したり、音楽を聞いたりするのは専念しない。そうすれば必ず危ない。ある者は車を運転する時事故に遭った事は速度が速いと思ったが、実はそうではない。専念しないから。

集中とは最も重要なのは上師を諭すに一心して、リンチェンドルジェ・リンポチェは毎週に心を尽くして仏法を開示させて、そなた達が下の方に座って、一心する事がない、幽霊のように、上師が開示した仏法を聞き入れなくて、上師が諭すの通り、毎回の法会に参加して、毎日に帰って宿題をして、そうすると、自分が守りがあると思っている。このような心構えで仏を学んできて、自然に教に従ってする事を出来なくて、当然に仏を学ぶのが圧力があって、自分がどこに間違っても、どのように懺悔しても分からない。あなた達は専念しなくて、あなた達が恭敬ではないためで、上師を安値の仏の労働者にして、あらゆる事がすべて当たり前だと思っている。上師が言ったものを信じて、教えた物にしたがって、自分の考えがなくて、或いは自分で思った変化にてやって、独りよがりである。

祖師ジッテン・サムゴンはそなた達は自分の呼吸及び体の内在を専念すれば、仏法に関して正しい見地を持てると説かれた。リンチェンドルジェ・リンポチェはまだ呼吸の法門を伝授しなかった。此れは数息法はそれらの一心できない人に助けることできない、仏法に関して見地とは正確な見解である。地とは道地である。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェは既に多く開示された。仏を習い修行は主な衆生を利益して輪廻を解脱するためだ。自分の体の内在を専念するのは人はどうなるかと考える事である。一心できないなら、世間の事を起きて下げて、悩みが停止する事が出来ない、何か事をする前に、心が一寸定して、それからしていく。仏経には多くの者が正しいだと思った事は必ず正しいとは限らない。多くの者が間違いだと思った事は必ず悪いとは言えない。心を静めて、因果の角度で事を見なければならない。人生の経験は人の習慣で、現地の風俗習慣に関して、例えば、インドの一部の田舎の所に、何年前にまで、旦那さんが死んだら、奥さんそ一緒に陪葬する風俗があって、彼らはに対して普通で、我々に対して受け入れない。人生の経験は全て自分の利益のためだ。結婚して子供を生んで、仕事を探して、お金を稼いで部屋を買うのは全て自分の後半の人生のために努力した。此れは動物と何か違うだろう。ある鼠や狐も冬を過ごすために、食料を貯める。人の体は動物より弱い、昆虫と比較すると、彼らのように動物の排泄物を消化し分解して、肥沃な土地を潤すことができない。

仏を学ぶ心構えが変われるなら、自分を利益させる心構えを変わって、一切のが衆生に利益するため、そなた達の考えも同じくなくて、自然に一心出期で、色々な事をはっきりする。金曜日の施身法法会の時に嘗てそなた達に人は何だろうと考えさせた。人間と動物の差異はどこでしょうか?人生は結婚、子供、事業ではなくて、これらのが動物も出来る。ただ人間だけで考える事が出来て、実は動物も考える事が出来る。ただどのように良く住んで、食べ物を探して、動物が食べ物を探す時にもどのように配置するほうか良い事も考える事が出来る。人々と動物の差異とは、人々が自分心を制欲する事が出来て、戒を守る事が出来て、精進して仏を学んで、それから衆生を利益させる。私達はいつも1件の事が発生した後で、心の中の考えは何度も過去の生活経験を産んで、そしてこれらの累積した経験にて、物事を判断したり決定したりする。過去の生活経験はただ生存を図るために累積したのであり、これらの生活経験のため、ただいま私達に発生している事の上に集中することができなくて、事の本当な全貌が観察することができない。私達はもし集中することができたら、また注意深くないか、見えないのか、うっかりするのか。

近代的な科学の理論からいえば、物質を組む基本の成分は原子である。原子はまだ一つの原子を分けた。二つの原子は同じであり、母子という分別があるだろう。後の原子は元の原子の子供と言えるだろう。彼等は二つの異なる物だろうか。例えば人の体を構成する最初物質の成分父の精子及び母の卵子であり、細胞の分裂を通して、最後子供或いは子犬になる。この分裂の状況は何故異なる生物を行っただろう。科学者は答えがない。唯物理現象で解釈して、遺伝子で説明する。しかし、仏法は因果から説明して、そなたの体は過去世に行った因に此の世に連れた。現在行ったのは未来の因である。宇宙の間に全ては因果である。因縁があって母の体に転生した。科学の解釈は精子及び卵子の結んで分裂を起してから形体を起した。仏法に於いて何故このような形体を起したのはそなたの業力である。科学に言われた遺伝子は業である。

因はそなた昔既に行った事である。しかし因と果の間に助縁がある。果はまだ成熟しない時に助縁を通して、人体で仏を学んで修行して、果の味を変えて、苦しくなれない。ある者は病気に罹って仕事が出来ないが、家族全員は驚いた。癌に罹ったのは果報を得ると思わないで、此れは唯花報である。本当の果報は地獄に堕ちる。種は果が結ぶ前に必ず先に花が咲く。しかし、花が咲いても必ず果が結ぶとは限らない。だから花が咲いた後、我々は出来るだけ悪い果に味を変えさせて、小さくなって、更に現せない。全ては因果である事を分かって、遺伝子は変えられる。癌の遺伝子は必ず起すとは言えない。現在の業報は過去に行った因となり、未来の業報は現在は行う。現在は未来を変えられる。遺伝子は変えることができて、たとえ癌の遺伝子があっても、病気は発するとは限らない。そなたは此の世の人体で仏を習って修行しないと、唯役に立たない骨である。仏を習わない者は生ける屍のように波に従って一生を無駄にする。

所謂生命は、この世に多めにの寿命があるのではなくて,人は結局死亡にむかい合わせなければならないのである。生死は同時に存在した現象で,私たちは受胎した頃から、即ち死亡に向かって始めたのである。生滅方は同時に存在してこれも空性である。まるで、我らは電気をつける時、この電灯を燃やす同時に、消えていく。というのは灯が必ずある日に消してしまうためである。電灯でも、一旦我らはスイッチを開けたら、消さなくても電灯は開けた,たとえ電燈を消さないとしても電燈も結局悪くなる。生即ち死である。それで、この肉体がどのくらい生きているのを祈らないべき、肉体が死んでも、我らは只業力に引っ張られてもうひとつ形式に転換して六道の中に存在する。業は我等が輪廻するをさせる1つ力で、業障の現れは、我等がし間違った言い分けてくなく、消業とは、業を無くならせるのではなく、我等が仏を勉強する障碍を取り除いて、業の力を我等の修行の邪魔に成らせない。阿弥陀経に載せて在り、阿弥陀仏の浄土は諸大善人こそ行けるところであり、小善ではなく大善人である。それに、業を持って往生が出来、只善業が持って行け、それに、まだ僅か悪業ある者は行くことができない。どのように自分にもう輪廻させないのか。衆生の縁起を理解して、衆生は貪嗔癡を起こして輪廻に堕ちるからである。そのため貪嗔癡を切るのも、すべての縁起を切ることであり、輪廻の因をも切った。

そなた達は他人を害する言葉を言い出したのに、また、故意では無いを口実にして科学にの本能反応のようと言った。仏法の中には本能との言葉はない、そなたが常に強く考えがなければ、思わずに言い出した或いはしたことはありえない。そなた達が注意であれば、直貢チェツァン法王御来台する時、空港で出迎えのテレビニュースの中に、護衛の手が直貢チェツァン法王の頭の近くに伸ばしたとき、すぐ、リンチェンドルジェ・リンポチェに遮られた、こんな短い一瞬間にリンチェンドルジェ・リンポチェの動作は全く考えずに反応して、そんなに速く反応したのはリンチェンドルジェ・リンポチェの心にはずっと直貢チェツァン法王を守ることを思っているから。

ある新しく皈依した弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに法を伝授依するように伺ったが、法を求める考えは間違って、丁寧の心もなく、生死より離脱する懇切な心もない、皈依してから上師が必ず法を伝え、また、不公平と思って、前皈依した弟子に全て法を伝授したのに、現在リンチェンドルジェ・リンポチェも彼らに伝授するべきだ。そなた達の心が良く変わるのに、なぜリンチェンドルジェ・リンポチェが方式を変わることが出来ないだろう?法を賜っても真面目に勉強しなければ、どんな役にも立たない。リンチェンドルジェ・リンポチェはたとえ長年間皈依した多くの弟子に既に伝法してあげても、彼らは依然として途切れずに間違いを犯したのを見た。逆に、法がまだ伝授されないが、上師の言うことに従って努力すれば、仏を学んで修行するようである。歴史上、沢山の成就者は一生懸命、一つ呪文、一つ仏号を修めてもやはり達成することが出来で、それで、あなたに伝授した法は多少が重要ではない。直貢チェツァン法王はテレビの取材を受けた時にも仰った。リンチェンドルジェ・リンポチェこそ、上師はどう話せば、彼はどうするべきだ。

昨日、ある外道を信じる信者はリンチェンドルジェ・リンポチェにう伺うことを求めた、彼はとても自慢する。自分が数年間にて精進料理を食べて、また、子供も胎の中に精進料理を食べる。実は、精進料理を食べることはそんなに大したものではない、牛と羊も全て精進料理を食べている。外道を信じる衆生は一年中精進料理を食べていのに、なぜ、顔色は食べるほど黒くなるんだろう?これはかれらはまだ卵を食べている、彼が精進料理を食べるのは全て自分の利益のため、お体が健康することを望んで、衆生を害しないのではなく、慈悲心がないのである。直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェの顔は全て明るくて,それは、精進料理を食べるのは衆生を害しない、殺生することを断って、悪を止めるの始め、慈悲心を育成するのである。精進料理を食べて、念仏して、拝懺すれば修行だと思わないで、ある出家衆は出家してから数十年を経て、長い時間精進料理を食べて、毎日すべて念仏して、懺もたくさん参加したのになぜまだ病気にかかるか?また、ある者は自分が病気にかかることは衆生の業を負うと思ったが、こっそり医者さんを見に行った。あるものは何十罐の魚を持って法師に連れて海辺で放生する、海辺で水を撒きながら、呪を唱えるのは放生だと思った。実は、ただ精進料理を食べて、殺生をしない、肉を食べなければ放生である。

第二次世界大戦後、工業革命で牧畜業を強く支えるため、雨林を伐採して環境を破壊した、また西方の短見、目の前の利益で、今日の生態環境がひどい影響されることになった。現在全世界、大腸癌が一番多いところはオ-ストラリアである、オ-ストラリアには気候が乾燥で、土地が瘠せて、回りは海に囲んでいるがめったに雨が降る。オ-ストラリ人は肉が好きで、生活はぶらぶらしていて、享受を求めて、お酒が好きで、人が怠けるところは土地があまり肥えない。仏経には載せてあり、最後、地球は砂漠化になって毀して、空には二つ太陽があり、天気はますます耐えないくらい熱くて、仏法は壊滅して、植物は死んで地球が絶滅する前、ある禅を良く修める者は仏を学んで修行する者を連れて他の星へ行く。

中観は大般若経及び宝積経の中に沢山説かれている、龍樹菩薩は中観論を紹介して、菩薩道を修めるの重要法門である。中観とは、中に立って左右を見るのではなく、無空無有を言うのもなく、中観は世間経験法で話せるものではなく、世間が変化を生じる前ある状態で、空性の境界の中にのである。過去、1人仏教界の長老が沢山中観を話したが、どう言ってもその真意を言い出すことが出来ない、それは、かれは自らまだ空性を修め得ない。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に大手印を受け取った時、直貢チェツァン法王に中観論を修めることが要るか伺った。直貢チェツァン法王は要らないと仰った。リンチェンドルジェ・リンポチェは中観論を学ばなくても相変わらず修め出来る、当然、これもリンチェンドルジェ・リンポチェは累世の善根因縁、教派と上師に対して絶対丁寧にするからのである。そなた達は中観を修めないが、やはり、そなた達にすこし見地を遣らせる。現在外で菩提道広論を広めて宣伝しているが、実は、仏法はそなたが学問、知識をとして吸収消化するものではない、そなたが自分を変わって、改めるのであり、そんな沢山を勉強してまだ改めなければ、依然として衆生を利益することが出来ない。

知恵は二つ種類を分けて、一つは、人々が生まれついた根本智、変化しないはず、もう一つは修行を通じて衆生を利益するため、生んだ後得智であり、後得智は自分に生死より離脱させ、また、衆生が生死より離脱することも助けできる。後得智を修め得た後、根本智こそ開発することが出来て、即ち証悟空性で法報化三つ身が一つにあわせるのである。

土曜日、ある母親は中学生の息子が従順ではないので、連れてきてリンチェンドルジェ・リンポチェに伺った。この息子は話がすごく上手で、跪くと言った。自分がタバコを吸う事は母親を不愉快させたので、リンチェンドルジェ・リンポチェの目の前に主動的にもうタバコを吸わないと懺悔した。今日、そなた達ならば、きっと、心が柔らかくてこの息子を賛成した。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは事柄の筋を分かる能力があるので、この子は暴力団に入っていることを知ったがこの子は承認しなかった。そうして、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの子に聞いた、どの学校を行っているか?続いてこの学校ならば甲でなければ乙暴力団のである。この子は聞くとすぐ彼は甲暴力団ではないと言った。つまり彼は乙暴力団である。リンチェンドルジェ・リンポチェは方法を使ってこの中学生を自分が暴力団と関係あることを言い出すことをさせて、また彼の問題に対して彼に開示と助けをやった。社会の状況が了解しなければ、彼を助けることも出来ない。誰でもリンポチェが暴力団ことさえも分かると思わなかった。知恵が修めえなければ、どうやって衆生の因縁を知って彼らを助けるだろう?

リンチェンドルジェ・リンポチェは接いでガンポパ大師の上師 ミラレバ尊者が病気の開示を申された。仏の学ぶ者を守るのは内、外との二つ甲冑であり、外甲冑の方は話さなくて、先ずは内般若甲冑について話す。第一は、体の病苦を諦めない。所謂病苦を諦めないとは、三つ部分を分けて見よう:病気が来たとき、病気の自身の筋、病苦を道用に変わる。リンチェンドルジェ・リンポチェは自らあの時、皮膚癌の例を挙げて病気の発生、初めて病気にかかたの考えなど申された。

あの時、ある医者弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに知らせた。一つとても毒の黒色素皮膚癌で、手術を受けて切除しなければならない、それに、2年まで生きない。リンチェンドルジェ・リンポチェは聞いたら心がとても嬉しくて、やっと、自分を毒殺するものがあった。それは、リンチェンドルジェ・リンポチェはこれが自分が肉を食べて得た果報である。リンチェンドルジェ・リンポチェ只護法に願った:病気にかかたのは私に対していいことならば私を病気にならせて、健康は私にとっていいことであれば私を健康させて、死亡は私にとっていいならば、私を死なせた。何ゆえ?例え、病気になることは私にとっていいならば、つまり、私は全て累世衆生を傷害したの債務を返済することが出来させ、それで私を病気ならせる。例え、死亡が私にとっていいならば、即ち、私はこの世界に生きる意義と価値がないとの現れ、死んだら我が地獄に落ちる果報を免除させるならば、私を死なせる。例え、私の健康は私がもっと衆生を利益することを出来させば私を健康させる。リンチェンドルジェ・リンポチェは医者さんを見に行かなくて、手術、化療もなく喜んで病気結果を受けた。リンチェンドルジェ・リンポチェは只、自分がまだどのくらい時間があって、仏を学んで衆生を利益するか知りたい、この一生は犠牲して仏法を広めることを奉献する。

病気を治されるかどうかも福報に関して、福報が足りないなら、手術を行っても間違う足をする;福報が足りるなら、正統ではないお医者さんでもそなたの病気を治されて、間違う薬を飲んでもそなたの病気を治される。リンチェンドルジェ・リンポチェを診る漢方医師はただリンチェンドルジェ・リンポチェが薬を飲み終わると、リンチェンドルジェ・リンポチェに再び脈を取って薬を配分する事を伺いを立てる。然し、リンチェンドルジェ・リンポチェがただ前の薬だけで十分だと説いて、もう何月に脈を取ったことがない。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分が最も操労を過ぎて肉体の負荷を超過する事を知っているが、この肉体が薬の助けが要るけれども、ただ心がこの薬を受け入れれば、自然に助けがあって、これも福報に関するのである。5年前に、リンチェンドルジェ・リンポチェのひざもあまり気分が良くないで、皆が大骨スープを飲んだ事があるので、筋骨が良くない、リンチェンドルジェ・リンポチェは半年の骨を保護する薬の飲んでから、もう止めて飲まなくて、現在、ひざの問題もないである。これは極めて複雑な原因で、下記のような言われる事が出来よう。これはリンチェンドルジェ・リンポチェが多くの衆生を利益する事をして、善の事柄が細胞の組織が変わって、細胞に自発的な復元させた。これはそなたが治療を受け入れなくて薬を飲まない事ではない、風と腸胃などの問題も診療へいかなければならない、他人がそなたに盲信すると話すことを避ける。

リンチェンドルジェ・リンポチェの脊椎は厳重なS型に大きな曲がりがあって、首の部分の骨も位置を移動した事がある。嘗てある医者はこの病気に罹ってから鉄衣を着なければならなくて、この世にペットに身を横たえなければならない事を照会した。若し他の部分を影響すれば、大小便が失禁すして、手と足が力がないので上げない、頭も垂れる事が出来で、腰猫背を曲げて、神経が抑圧されてすぐ麻痺して歩まれない。ある医者弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに手術を行う事を勧めて、またリンチェンドルジェ・リンポチェに連れて脊椎を治して、一回目に行った後で、リンチェンドルジェ・リンポチェ再び行かなかった。これはリンチェンドルジェ・リンポチェが修行の間にはこれが累世の悪業を知っているわけである。ある世に、リンチェンドルジェ・リンポチェが将軍で軍隊を引率して城を攻めて、殺しずぎる将軍が城に入って人を見ると殺して、ある平民婦人に腰で殺させて死んで、だからこの世に厳重なS型に大きな曲がりに罹った。リンチェンドルジェ・リンポチェは子供から武芸を学んで、馬歩をして、体も端正で、厳重なS型に大きな曲がりに罹る可能性が殆どないが、これは総て業力の関係である。リンチェンドルジェ・リンポチェは服を買う時にも、服を売る人もリンチェンドルジェ・リンポチェが立ち端正な事を言った。金曜日の施身法会、また土曜日の午後の5時から胡坐をかいて信衆を接見し、9時余りに法座を降りて初めて、依然として降りてからすぐに歩まれて、猫背を曲げることがなかった。ただ疲れ過ぎで、首っ玉が一寸酸っぱい麻痺だけである。リンチェンドルジェ・リンポチェはこれが自分が蒔いた悪因なので、悪果を得る事を受け入れる。この世に病気で返済できないなら、来世に再び来て返済しなければならない。だからこの二つの厳重な病気が現れて、リンチェンドルジェ・リンポチェは総て極めて嬉しくて受け入れている。

リンチェンドルジェ・リンポチェは何回目にあるハーフの弟子の信衆を助けて、この人がリンチェンドルジェ・リンポチェが在家なのに、何も素晴らしい事がないと思っている。この人が微かなS型に大きな曲がりがあって、長い時間で座ってから足が麻痺するのですぐに歩む事が出来ない。ある一年に至っては、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェが主法する大法会に参加した後、リンチェンドルジェ・リンポチェが法座に5、6時間に胡坐をかいて、法座を降りてからすぐに早足で歩くことができて、非常に感服と讚嘆し、その故にリンチェンドルジェ・リンポチェに信服している。

リンチェンドルジェ・リンポチェは病気の苦しみを道用が変わって衆生に利益して、此れはリンチェンドルジェ・リンポチェ自身が皮膚癌と厳重な脊椎がS型に大きな曲がっており、だから、癌にかかる信衆がリンチェンドルジェ・リンポチェに手術と化学療法を行うかどうかを伺いを立て来る時に、リンチェンドルジェ・リンポチェが聞いて身につまされて、また自身の仏を学ぶ例を挙げて他人を開示して勧めていく。近年以来、西方医学にはそなたが癌細胞があって手術と化学療法を行わないなくて此れを動かないなら、此れをそこにいて、然し、そなたが手術を行って化学療法をすれば、表面的に暫く5年或は6年が問題がないが、結局に再度再発してかつ移転する可能であるという事を述べた。本来にはそなたの其のところの肉を喰って、そなたが此れを動かせてから、それをあちこちに動いて、そなたの全身の肉を喰っていく。若しそなたは此れを気にしないなら、此れをそなたと一緒に生きていて、そなたが20年で生きられるならば、此れがそなたと一緒に20年で生きていて、最後に一緒に死んでいくのである。

脊椎がS型に大きな曲がっておるのは突起片を引き起こすことが出来で、突起片がしン神経の圧迫を引き起こす事が出来で、大小便が失禁する可能で、歩かれないので麻痺になってペットに身を横たえて、痛みが耐えられない。多くの人々は突起片を生成する時には、最も常に手術の治療を受け入れる。一人の外科の医者弟子は突起片が手術を行う可能のリスクを提示された。増える細胞組織が切ってから、最も良い状況とは原状を維持して再生しないことで、暫くの何年間の苦しみを解決する。然し、手術を行って復元する細胞組織の増えて生じる問題が再度起こさせるので、再び手術を行わなければならない。鋭な骨釘が打って入れる時に、前の動脈に追い込んで大出血を引きこした事もあって、骨セメントを注ぐ時に過敏性のショックを起こされて、これらは嘗て発生した問題がある。再三全てリスクと苦しみである。リンチェンドルジェ・リンポチェは次の如く開示された。今日は突起片があって殺生から起こさせて、そなたが自ら殺すかどうかに関わらない、ただ中国人として大骨で煮つめた大骨スープを食べて事があって、大骨スープが此の骨を煮てなって、骨を喰った事があって、骨髄を食べた事がって、自ずから骨が問題があって、此れは蒔いた因なので、それで来る果を得る。

ある皈依弟子は絶えずに戒を破って、教法に従ってしっかり実践したくなくて、前週にリンチェンドルジェ・リンポチェが皆に懺悔の機会をくれて、下のほうに隠して公的な発露して懺悔したくなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェは理事長に彼の道場ベストを取り戻させて、今後信衆とする事だけ出来で、再び弟子ではない。此の弟子は上師の教導を聞き入れないで、知るがわざわざ犯して、このような続ければ彼を仏を誹謗させるだけである。このような懺悔したくない衆生はリンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲しなくて彼を助けないのではなくて、却って未来に至って彼が死んで苦しみを知る後に再び彼を助けていく。金曜日に、施身法を行った時には、死んだ女衆が来て、彼女が激しく泣いて自分が犯した間違いを懺悔した。リンチェンドルジェ・リンポチェのインド支社の総経理の奥さんは生前に肝臓の病気に罹るが、しかし医者さんから肝癌に罹る事を検査して得て、当時に、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女を話して、此れは癌ではなくて、此れはインドの水質衛生の条件が良くないので、多くの水道管が全部で鉄と鉛にて作って、其の上に長い時間が修理ではないで、錆びること或いは鉛が水道水の中に放しだすことがあって、このような原因で肝に問題を起こさせた。然し、彼の奥さんはリンチェンドルジェ・リンポチェが諭したのを信じたくない、依然として化学治療を選んだ。彼女が去った迄に、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の為にポワ法を修めて、彼女がリンチェンドルジェ・リンポチェの前に絶えずに泣いて自分が其の時にリンチェンドルジェ・リンポチェの話が聞き入れたくない事を懺悔した。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェが随意に話して皆に恐れさせる事と思ってはいけなくて、此れはリンチェンドルジェ・リンポチェが戒を守る修行人で、彼たちが自身から話した言葉ではないならば、リンチェンドルジェ・リンポチェが必ず随意に説く事をしない。

何故人が生前には自分の間違いが知らなくて、死ぬ以降かえって知っている?仏経に記載されたのは、人の貪、瞋、痴、慢、疑が51ヶ心所を充満し、人が在世する時には、自分の51ヶ心所から生じる作用で清浄な本性をごまかして、自分の間違いところをはっきり見えない。往生に至るまで、此の51ヶ心所が断つので、作用を停止してこの五毒をごまかさない、本性が顕れる時に、真に苦しみをよく知っていて、自分が間違う事を知っていて、真に懺悔して初めて、真に仏法の偉大をよく知っている。実には、仏法で言えば心が修める事が要らなくて、衆生の心が本来清浄で、自分が複雑の考えによりごまかすので、心を修めなければならない、複雑な物を全て取り付けて、本来の面目を回復していく。

リンチェンドルジェ・リンポチェの嬉笑怒罵は仏法であるから、様々な巧みな方式を以って衆生を助けて、喜怒哀楽を顕れて衆生を教えてくれる。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが怒っている事と思っていて、リンチェンドルジェ・リンポチェが怒る事が出来ない、離戯瑜加を修めて得る行者の心は世間な機嫌が牽制されられないで、見えた衆生が全て本尊で、聞いたのが全て本尊の真言で、そなたと同じく無いで、よく修める事をしないので、見えるのが全て敵と誹謗した言語である。そなた達がリンチェンドルジェ・リンポチェが怒る事と思っているのはそなた達が・られる事を恐れて、ある因果を信じる人が事柄をすれば如何に過ちを犯すでしょうか?如何に・られるでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェの様々な顕れは唯不同な衆生だけで済度していく。もし全ての方式を使い済んで依然として変わらないなら、そなたに離させる。最後の方式はそなたが死ぬ事に至ってからそなたを助けてくる。

リンチェンドルジェ・リンポチェの皮膚癌はリンチェンドルジェ・リンポチェが仏を学んでから衆生を助けて以来、癌細胞がずっとそこに痂を結んだ。2007年にネパールに向いてミラネバ尊者が閉関したラチ雪山が閉関した後、皮膚癌痂の痂が自動で落ちて始めた。当年、リンチェンドルジェ・リンポチェが必死な心を以ってこの閉関をして行って、此れは衆生を助ける心で、病魔でも助けたい慈悲な菩提心なので、病魔に自動で離れた。

一部の人は家族が癌に罹って、彼を話さないで彼に悲しい事を避けて、此の考えが正しくないで、患者が自身の体の状況が自分が最も知っていて、そなたが彼を話さないなら、彼が往生する前に知って始めるならば、彼が必ずそなたを非難して、そなたが彼を早めに言う事を非難して、もし早めに彼を話せれば、何か薬を飲んで、どちらの医者さんへ診てもらって、或は何か事柄をする事が出来よう。患者は色々な事を非難して、此れを責めて、あれも責める。ある者が風邪を引いて他人から彼を伝染させる事を非難し、若し福報が足りるなら、伝染病に罹る事ができない。そなたが病気に罹って、此れは体の抵抗力が弱くなっていて、病毒に敵わないのである。此の方面から考えないなら、因果の角度を以って事柄を見ないなら、ただ他人の間違いだけを話して、人々が「頼怪」の名前をつけて、何か問題があれば、全て他人のせいで、他人に非難していく。

仏を学ぶのは必死な心を抱いてはいけない、ある皈依弟子は仏を学ぶのが死ぬ事が要る事を聞いてから、驚かして離れた。仏を学ぶかどうかを最後に死んでいくのである。多くの人々は自分が癌に罹ってから、非常に苦しんで、自分が死んでいく事と思っていて、家族の前に泣いて、全ての親友に悲しませて、食事をしたくない。ある者が病気に罹ってから心が極めて悲しさ、彼が両親、妻と子供が未だ生きるので、自分が死ぬ事が出来ない。此れは泥棒と同じではないでしょうか?泥棒が盗む時警察に取られる後、これらの話を言って寛恕を請うのである。此れは何の意味でしょうか?此れは懺悔したくなくて、弁済したくないのである。我々の此の体が何でしょうか?実は廃物で、私たちが生きている時に、食事をしたり、寝たり、働いたりする事をして、此れと動物に比べてなにか同じくないでしょうか?結局には、ある日にこの体が腐るので使用してはいけない、この廃物を利用して私の累世の債務を弁済できるならば、良いではないでしょうか?リンチェンドルジェ・リンポチェは皮膚癌と厳重な脊椎がS型に大きな曲がりに罹って、これらの事が今迄には母親に知らさせない、彼女が心配する事を心配して、リンチェンドルジェ・リンポチェの身に病気の感じを考えない。そなたが仏を学ぶかどうか、癌に罹るかどうか、人々は必ず死んで、ある者が百歳余りを生きていて死なないなら、気持ちが嬉しいでしょうか?何故そなた達は死ぬ事を恐れるでしょうか?此れはそなた達の累世の死亡の記憶がまた存在しているので、死亡の苦しみを知っていて、病気の苦しみがないなら、そなた達も仏法を学んでくる事をしない、病気の苦しみも一つの助ける縁で、我々に苦しみを離れて欲しい心が要らせる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皮膚癌に罹った事を知った時に、病気に罹った事をすごく嬉しくて、病気が小さいから大きくになる事を望んでいて、癌細胞が早めに大きく成って拡散する事を望んでいて、却って早めに治して行く。西洋医学も同様に話して、人々が常に嬉しい雰囲気にいると、病気も早めに治して行く。漢方医学の立場にて、そなたが風邪を引いて、或は毒があってら、漢方医学の方式が毒気をそなたの体内に発して、西洋医学の方式が毒の細胞を消滅させる。一部の細胞は小さく、顕微鏡まで使っても見えないので、癌細胞が極めて小さいで、ただ一つだけで残しても、病気が再発する可能性がある。アメリカ医者の臨床証明とは、化学療法、電療と手術を行いがそれを邪魔させてそなたに許さない。果報が返済しなければならないので、それを発して、このような心構えを持っていて、既に楽しく出来る。そなた達は病気の自身の原因を考えて、どこからくるか、どこに止まるか、どこで行くかなど事を考えていると、実は病はこれまで存在したことがないことを発見して、すべてはただ因縁だけで、ただ過程だけで、過ぎたら終わる。。

リンチェンドルジェ・リンポチェは冤親債主がこの世に借金を取り立てる事来ないなら、今後もリンチェンドルジェ・リンポチェをさがしないで借金を取り立てる事ができないので、この世に彼らをすべて返済墨である。人の体は業報身で、累世の善悪業のでこの業報の体を得ている。人々はこの世にただ借金を取り立てて、返金して、恩返しをして、これらの事柄を仕上がったことになって、すぐにこの世を離れて、此の体も無駄な廃物で、食事をしたり、寝たり、排泄したりする事だけで、ただある腐肉で、若しこの無駄な廃物を使って自分が累世に欠けた債を返済できるなら、早めに浄土へ行く事が出来るなら、足りるのではないでしょうか?空性の考えにより、病気がないのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは法座に座って何時間で仏法を開示して、脊椎が痛めるかどうか、気持ちが良くなくできないでしょうか?勿論であるが、リンチェンドルジェ・リンポチェの心が肉体の苦しみを影響させない。

仏を学ぶのは自分が亡くなる前の何分間に、少しも苦痛がないように感じさせて、これは急にできるのではなくて、時間が掛かって修行しなければならないので、そなた達は仏を学ぶ機会があって、まだ菩提心、慈悲心を起こさないと、本当に仏菩薩の教導を聞いて自分を直して、どのようにこの一生が終わる時の苦痛を取り除くことができるか。更に、生死輪廻に解脱して、他の衆生を助けるのか。

病気に対して、必ず治す心構えを執着をしないてはいけない。無二法、苦しみと楽しみの分別がない。病気に対して怨んではいけなくて、憂慮してはいけない。毎日に時間がかかって直に治す事を考えていて、全ての時間を病気を治す事をかかるが仏法を受け入れる時間がない。リンチェンドルジェ・リンポチェの母親が毎日に時間にかかって自分がどんな薬を飲む事を注意しなければならないので、仏法を学ぶ時間が不可能である。病気の苦しみを受け入れれば、快楽が直に来て、リンチェンドルジェ・リンポチェが運転が速い事が出来で、ある自動車レース選手のような弟子がリンチェンドルジェ・リンポチェの運転の境界が「台北市内に車が多いので、リンチェンドルジェ・リンポチェが速くて車道が変わる時に、非常に順調で、また近くの車を嬉しくない事を引き起こさせない」と形容した。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェの体が病気の苦しみを受け入れないので、体の反応が一層に速いのである。多くのお年寄りがただ転倒して骨折を引き起こすことができて、リンチェンドルジェ・リンポチェの母親が80歳余りで何回目に転倒したが骨折をひきおこさなかった。ある息子が命が要らないで衆生を助けるので、福報のお掛け様である。ただ地球に生きるなら、「生老病死」の苦しみが必ずあって、人々は440の病気がある。病気の苦しみがないなら、老い苦しみもある。目がはっきり見えなくて、耳がはっきり聞えなくて、動作が遅くなって来る。若い人が速い律動の音が好きて、お年寄りが煩いと感じている;お年寄りが聞き好き歌は若い人が煩いと思っている。そなたにお年寄りになると、そなたも若い人が好き歌を聴かない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは遣り遂げるならば、そなた達も遣り遂げる事が出来る。そなた達ができないのは決心がないわけである。時間が速いで、6月6日の大法会の前に、皆が緊張して法会の事柄を準備しておいて、法会を完成した後、何か事がないと思っていて、直に6月末に至って、一年がまた半分になる。時間が把握しなければならない。自分身口意を注意しなければならない、自分の悪業を再犯する機会をくれてはいけない。

今日、法本を諭す内容とは、リンチェンドルジェ・リンポチェが読んだ事がないけれども、リンチェンドルジェ・リンポチェが全て遣り遂げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の前世にミラレバ尊者と縁を結んだ事と信じていて、此の開示をまだ読めない前に遣り遂げた。

2010年6月30日

尊き怙主 直貢チェツァン法王は今回の世界弘法の旅の台湾での日程を終えて、夜に飛行機に乗って、台湾を離れた。直貢チェツァン法王の根本弟子とするリンチェンドルジェ・リンポチェは自ら 直貢チェツァン法王の身辺の世話を致して、空港まで到着して、更に一緒に飛行機待合室に入ることを護送した。台湾桃園空港では、直貢噶舉派の台湾にある数名のリンポチェ、ラマ僧や信者が直貢チェツァン法王を恭しく見送って、かつ寶吉祥仏法センターの400人の弟子は、早めに空港で秩序が整然とする列に並んでいて、直貢チェツァン法王とその根本弟子リンチェンドルジェ・リンポチェをお待ち申し上げた。寶吉祥の弟子は金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェの謹厳な教導に従って、秩序が整然としている400人の隊列が人目を引くが、しかし旅客について齎す影響がとても少ない。直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェの護送で、空港の出国ホールに到着する時に、各位のリンポチェ、ラマ僧や信者は、前に向って、直貢チェツァン法王にご挨拶して、寶吉祥弟子達は教派の旗と寶吉祥仏法センターの旗を振り回して、そして恩に感じる挨拶語で、直貢チェツァン法王とその身辺の世話を致すリンチェンドルジェ・リンポチェを迎えた。現場で居合わせて待つ台湾の各マスコミの記者は、この熱烈な画面を摂ることだけではなくて、更に「恭送 直貢チェツァン法王」との赤い布を持っている寶吉祥弟子の歓迎列の前で、直貢チェツァン法王に簡単で短い取材を行った。

今度、直貢チェツァン法王が台湾にいる最も重要な日程は、6月6日に、台北アリーナにて、「チベット仏教直貢噶舉派 祖師ジッテン・サムゴン793年記念大法会」を催した。この大法会の主催者は直貢噶舉派であり、社団法人中華民国寶吉祥仏教交流協会の協力の基で行われて、一万四千人余りも参加した。リンチェンドルジェ・リンポチェが法会のすべての仕事件を綿密に手配して、更に尊き怙主 直貢チェツァン法王及び直貢噶舉派の歴代伝承上師の加持のため、法会は非常に荘厳で円満であった。台湾の重要なマスコミはすべてすべてかなり明らかな記事にてこの法会のニュースを報道した。それに中華テレビ局、年代テレビ局などのマスコミを含んで、更に直貢チェツァン法王に個別な特別取材をした。直貢チェツァン法王は今度台湾でリンチェンドルジェ・リンポチェの祈請で、6月13日に寶吉祥仏法センターでリンチェンドルジェ・リンポチェ及び弟子達と茶話会をなさって仏法を開示さらた。

空港でのマスコミの取材が終わった後に、直貢チェツァン法王はほほえんで見送る寶吉祥弟子に向って手を振って名残のご挨拶をして、そして、リンチェンドルジェ・リンポチェが身辺の世話をしているままで、飛行機待合室に入って、飛行機に乗って台湾を離れて、弘法の旅を続けた。尊き怙主 直貢チェツァン法王は自ら台湾に臨んで法会を催したことをいただいて、法会に参加した者が多くの利益を得ることができるだけではなくて、全体の台湾はすべて殊勝な加持を獲得できる。尊き 直貢チェツァン法王は苦労して弘法をなさることに恩に感じて、同じく尊き リンチェンドルジェ・リンポチェは全力を尽くして台湾この土地と衆生のため、大成就者及び殊勝な教派の伝承と良い縁を結ぶ機会をつくることに恩に感じた。

2010 年 07 月 27 日 更新