尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ の法会開示

2009年2月1日

台北寶吉祥仏法センターの共修法会:弟子と信衆は道場で恭しく「如何にして上師に従うか」の仏法テープを聞いた。テープは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが2002年12月8日に開示した内容で、弟子は上師を検視する方法に基づき、上師が具徳上師の二十の条件を満たす事を確認した後、、一心に依止すべきで、己の考えで上師の行為を見るべきではない。具德上師の行為は、凡夫には理解出来ない。リンチェンドルジェ・リンポチェはご自身が修行した過程を例にして、顕教密教を問わず、その上師の教えすべてに従い、少しも疑わなかったので、早く成就出来た、と。

リンチェンドルジェ・リンポチェは仏を学ぶには「解門」と「行門」があると開示された。我々が実際に修行に入る前に上師は仏を学ぶ際の心掛けを解説する。それは密法を学習する場合、非常に重要だからである。現世で受ける数々の事は全て自分の過去世の行い結果だ。何も驕ることではなく、謙虚が一番大切だ。それでこそ恭敬心が起こる。傲慢な心掛けでは仏法を学ぶことは出来ない。密法は学ぼうと思えばすぐ学べるものではない。布施、供養をして福を積み、自分の行為を正しくして「徳」を貯め、長い日にちを掛けて上師の試練と観察を受け、それではじめて教えて頂ける。上師は心から皈依弟子が生死から脱離することを希望されている。これは非常に難しいため、弟子を厳しく監督なされる。上師が笑ったり、怒ったりして教えてくれるのは全て仏法だ。叱れると業が消える。福徳が足りなければ仏法は学べられない、それで毎週必ず法会に参加し、法の布施をして福徳を蓄積する。毎回の法会には、私達だけではなく、数えきれない衆生が聞きに来るのだ。仏法の修行の程度は自分でいうのではなく、上師の確認を頂かなければならない。「不共四加行」を学ぶ時、上師の心と相呼応じなければ何回勉強しても無駄だ。

上師に依止する事については、敬う、仕える、誠信、実修四つの面から上師に依止する。『敬う』の依止:必ず上師に頂礼をする。頂礼する時、上師は福報を与える。頂礼する時、傲慢の心が減らされるか、消滅させられる。頂礼は大きな恭敬心を起こし、心中の雑念をなくし、専心仏を学ぶことが出来る。更に、上師の許しが無ければ、座ることができず、上師が「立て」と言えばすぐ立つ。歩行する時は上師の後ろを歩き。上師の影を踏まず、上師が座する時、腰をかがめて其の前を通り、上師の背後からは通らない。食事の時、上師がまだ箸を取らなければ、私たちは食べられない。上師には会い難く、生じ難く、参拝し難い。上師に一度会うことは、百方の本尊を見るより大きな功徳がある。福報が無ければ上師には会えない。我々は一旦上師に会えば、敬い依止の心を堅くし、命を捨てても、上師の意志に背かない。2005年リンチェンドルジェ・リンポチェは非常に貧しく、弁当を買う50元さえなかったし、助けてくれる友達も無かった。唯、観世音菩薩の「仏法に照らして修行する人を、菩薩は衣装も、ご飯も、部屋も与えない事は有り得ない。」と言う言葉だけを覚え、これ等の話を支えとして、仏法を学ぶ心を固めた。仏菩薩は我々を騙さない。

上師のいかなる言葉も聞き、、上師を深く信じる。上師は仏と同じと見る。上師の言葉のすべては自身を利益するわけではなく、皆私たちが生死から解脱するのを助ける。上師の言葉は知恵に満ち、深くて広い。私たちは上師に対して敬虔で上師に皈依した誓いをしっかりと守り、必ず外道に従わない。三門(身口意)の寂靜を保ち妄念を抑えて上師の教えを受けて、初めて出離心を持つ。そうしなければ魔だ。仏と魔の差別は仏は私たちに生死から解脱し輪廻から離れるのを教え、魔は私たちを再び輪廻させる。慈善事業をすることを教えるだけでは仏法ではない。上師の恩に感謝し供養する。金子の多寡は問わない。細々と計算しないで、できる範囲で喜んで供養する。仏は私たちに簡単な方法を教えた。収入の四分の一を供養するのだ。仏が私たちに福報を求めるのなら必ず供養し布施することと教えた。上師に怒りを向けない。本当の善行は仏を学び生死を離れる事だ。善行は善人としての標準だ。しかし仏を学ぶには更に多くの条件が必要だ。生死を離れ成仏し、懺悔の法門を習って業力を消し、死亡の苦痛から離れる。例えば一生善行をしていたマザー・テレサは死ぬ時はやはり苦痛があった。それは仏法の懺悔法門を学んでいなかったからだ。

以下の過失を避ける事。上師を批判すること、悪友と交際して懈怠すること、及び三宝に対する誠信を失うこと。ある人は上師の前ではても誠信だが、離れるととすぐ忘る。好ましくない事に遭うと上師に助けを求め、暮らしが好くなると上師を忘れる。或いは、法を求めたり、助けを求めたりする時にだけ供養する。これらはすべて上師に対し不敬だ。あるいは移り気を持つなど、これらの行為はすべて切り捨てるべきだ。上師の教えに基づいて、実修して自分の行為を直す。良い方向へ進んでいるとすれば、それはすべて上師の教えにより、上師の大恩大徳に感恩しなければならない。そうすると、自然に強烈な誠信が起こり。決して自分で修行したものだと思わない。さもなくば高慢や尊大になる。常に師を喜ばせる方法は、上師に対する誠信と上師が教えられた一切の法門で、着々と自己の行為を直すのが最も重要だ。上師の教えた得難く貴重な仏法を大切にし、上師に「恭敬」と「誠信」であれば、即ち開祖 ジッテン・サムゴンの伝法を得たのだ。私達が上師に「財物、承事、観修」を捧げるのはすべて供養です。人を騙して取った財物(賭け事や宝くじなどを含む)にて供養してはいけない。傲慢でない態度で上師を承事し、常に修行することで上師を喜ばせる。この3種類の中で、「着実に仏法で修行する供養はいちばん良く最高だ」。

2009年2月7日

リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥宝石会社で、信眾のためにこの世の一切の苦しみを解決し、仏法を開示された。

2009年2月8日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターにて共修法会を主催し、「灯供」と「阿弥陀仏、観世音菩薩、蓮師の三位一体法」を修法した。リンチェンドルジェ・リンポチェは先ず次の如く開示された。チベット仏教の「灯供」は一般の灯明を点けるのと違い、悪事を焼き尽くすものではなく、虚空を仏光で普く照すことを意味する。衆生は明かりが無いので、太陽の光より明るい仏光によって照らす必要がある。生前極悪非道の罪か無間地獄に落ちる過ちを犯した者でなければ、死後49日以内に、7日おきに本尊、仏菩薩が来られて引接する。仏陀の放す光はとても強い故、生前に密法を修めなければ、中陰身はこのような強い光に恐怖を感じ、比較的に弱い光のところへ行って、最後には六道輪廻に至る。

リンチェンドルジェ・リンポチェは仏教に皈依したその日の夜に夢を見た。夢の中で、リンポチェはある仏寺の外に立っており、皈依法師が御寺に導き入れた。リンチェンドルジェ・リンポチェが寺の戸を押し開けると、とても強い光を放つ釈迦牟尼仏が見え、思わず後退してしまう。しかし、又、皈依法師がこう言うのを聞いた。「恐れる必要はありません。中に入りなさい。」そこで、やっとまた仏寺に入った。リンチェンドルジェ・リンポチェは、その後密法を学んで、ポワ法を修めた時に、死亡の過程を経て、中陰身は仏光に恐れを抱くことを初めて完全に知った。若しその時に上師の指示を聞かずに仏寺に入らなかったら、後の密法を修法できなかったかもしれない、と開示した。

この物語もまた、上師を固く信じていれば、利益を得ることができることを語っている。灯明を点けて、仏に供養したことがある人は、来世では、皮膚には艶があって、肌が白くきれいになるだろう。顔色の良くないのは、過去世に供養した事がない、或いは、供養の心が正しくない場合である。灯を点けて、仏に供養することは恭しく御恩を感謝する心で灯を点けて、仏の光に結び合わせることを祈るようにすれば、仏光を恐れることはない。その他、光は智慧を表している故、仏教を学ぶ際の障害を取り除いて、仏光と同じ清浄なる本性を修め、智慧を得て、世世代代仏智慧の光に照らされる事を祈る。灯供を修める時に、十方の衆生は灯が一切の暗黒を照らすように、仏の智慧を学ぶことができるように祈る。悟りを開く前は暗い部屋の中にいるようで、常につまずいて転んでいる。仏の光に照らされたいのなら、悪事を働いてはならない。上師の教えを一糸一毫でも放棄して信じないと、この灯は消える。

リンチェンドルジェ・リンポチェは今日の「灯供」において二つ事を望んでおられる。一つは皆に今年の明るい方向と道を与えること、もう一つは皆が無事にこの一年を過すこと。殊に今年は火災が多々あり、人々の心は怒りっぽく成る良くない一年であるので。続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは灯供儀軌を修められた。灯火はリンチェンドルジェ・リンポチェから伝わり、参列者の皆の手に持った酥油灯に点火された。これは、仏の光が先に壇城に伝わった後、法王及び歴代伝承者に伝わり、更にリンチェンドルジェ・リンポチェに伝わって、それから全ての人に到達して、一切衆生を普く照す事を表す。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深く参列者はこの灯明を持ち帰り、続けて点火してもよいが、口で灯火を吹き消してはいけないと指示した。

そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは三位一体法の内の「阿弥陀仏法」を修法し、皆を率いて阿弥陀仏心咒を唱えた。実際に仏と縁を結ぶということは、法に基づいて前行(皈依発心)、正行(本尊と同じ発願をする)を修め、廻向することにある。阿弥陀仏の願力は。衆生が再度輪廻しないで、阿弥陀仏浄土に行き修行して成仏する事で、もし私達の発願と阿弥陀仏の願いが同じなら、浄土に往生し、衆生に利益する希望がある。

それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは観世音菩薩儀軌を修め、観音法門の「六字大明咒」は全てのマントラの精髄であると説かれた。観世音菩薩は阿弥陀仏の弟子だけではなく、阿弥陀仏の継承者である。観世音菩薩は沢山の密法本尊と因縁があり、特に地球の衆生との縁が深く、苦しみの声を聞くだけで救の手を差し伸べる。よって、観音法門を修めることは大いに私達の助けになる。観音法門は「生起次第」と「円満次第」に分かれ、法本では、仏法に従って、「生起次第」と「円満次第」を結び、観音法門を修めても解脱する事ができないなら、金剛総持が嘘をついていることになる。つまり、このように修行すれば、必ず清浄なる身、口、意を得ることができるのである。「円満次第」は上、中根器の修行者が修める法である。私達のような下根器の仏教修習者者は「生起次第」を修行し、皈依、発心から学び、悪事を止めて善行をして、絶対に皈依戒を破る事なく、正しい発心をして、成仏する前の一切の行為が衆生に利益することを望む。

最後にリンチェンドルジェ・リンポチェは蓮師儀軌を修めた。蓮師は蓮花生大士で、蓮花より生まれ、チベット仏教の密法においては釈迦牟尼仏と比べ更に重要な本尊である。密法は蓮師によりチベットに伝わった。当時、アティーシャ(Atisa)尊者は寺院を建立しようとしたが、悪魔の妨害を受けて建立を阻まれていた。そこで、蓮師をチベットに招聘し、大神通力により鬼神を降服し摂受した後、鬼神らは仏教の護法神となり、密法がチベットに伝わった。蓮師は嘗て予言した事があった。将来人類は鉄で作った機械に乗って空を飛び、世の中には戦争、天災、疫病が絶えることなく、男は不義で、女は不貞、子供は親不孝だ。まさに今の社会の描写である。蓮師はまた、以下の事を予言した。チベットにおいて、寺院、仏法、経文及び仏教を学ぶ修行者を壊滅する国王が出現するだろうと。それで、沢山の密法の仏典を空、岩石、洞穴、水の中に隠し、後世の大修行者が取り出すか、護法神から渡されるのを待って密法が伝わることになる。これは即ち、岩伝密法である。

蓮師は密法を学ぶ人に対して大切で、若し蓮師の因縁がなく、蓮師の教導がなければ、密法を学ぶ事は無理だ。蓮師は威厳に満ちている本尊で、戒律儀軌の要求に非常に厳しい。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は、修法の過程で、六道の衆生は光に変わりリンチェンドルジェ・リンポチェの体に入り、リンチェンドルジェ・リンポチェはそれで初めて清浄な身口意で助けを与える事が出来る。一切の悪業は絶えざる五慾に由来するので、若し貪瞋癡を起こさなく、仏菩薩の教導を受け入れれば、自然に平安を得る。若し念を起こさない事が出来れば、清浄を得る。即ち一切罪業の障害を受けない。皆はただ上師の加護、加持を求めに来るべきではない。平安は香を焚き仏を拝んで求め得る物でもない。五毒を取り除き修行して得る物なのだ。戒律を破っても、上師に懺悔すれば、仏菩薩と上師は慈悲深いから、必ず許してくれると思ってはいけない。戒律を破ることは自分自身に良くないので、自分の仏を学ぶ因縁を障害して遮断する。上師が口伝した「上師五十頌」の法門中に明確に開示されている、皆は常に自分の身、口、意を反省し、日常生活は五戒、十善法、仏子三十七頌に従い、上師を煩わせるべきではない。

そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは往生したばかりの弟子の物語を開示された。この弟子は第一回目の皈依をする前は鼻喉癌に罹って、非常に苦しんでいた。リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見した時、リンチェンドルジェ・リンポチェに厳しく責められたが、彼女は全てを受け入れた。三回続け来た後、彼女の首の腫瘍が膿を出して段々に小さくになり、最後には消えた。そしてリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの為に何でもすると言ったが、いざ仕事を与えると、彼女は給料が少ないと言いそれを拒んだ。自己の利益を考えて上師に報いると言う事を忘れたのだ。これは貪りである。其のとたんに全部の福報を使い果たし、業報が再度現れ、癌がまた再発した。リンチェンドルジェ・リンポチェは貪念が重い人は他界すると餓鬼道に落ちると開示する。事実上、彼女は他界する前にすでに頭が小さく、首が細くて、腹の突き出ている餓鬼道衆生の様子が現れていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲で、わざと一年間構わなかったが、彼女は本当に心服し、初めて福報が積まれて、地獄に落ちる果実が癌に変わった。しかし彼女は癌の苦しみはなく、しかも往生する前に、以前失っていた聴覚が意外にも回復して、彼女に仏法を聞かせる事ができた。彼女夫妻は貧乏だったが、彼女は往生間際に、心からの懺悔と敬う心で供養し、供養は少なかったが福報は有った。リンチェンドルジェ・リンポチェは一年待って、彼女に福報を積ませ、再度皈依させた。彼女は再度リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依すると、完全に降参して癌の事も求めなかった。此の故に、彼女は死んた後、珍しいポワ法を得る因縁を有し、今は最も幸せに浄土に暮らす。

リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女が癌を罹った因を開示された。一つは前世の殺業で、もう一つは彼女の父親が取るべきでない他人の救命の為のお金を取った事だ。それはたかが数千円だけだったが、災いが子孫に及んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の夫(彼も皈依弟子である)の彼女に対する愛情はもういい、すでに足りているとも開示された。リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女にポワ法を修めた時は日本にいて、死者は台北にいた。だがリンチェンドルジェ・リンポチェが死者の家族に伝えた死者が気に掛けていた二つの事柄は、全て家族から間違いないと確証を得た。

そしてリンチェンドルジェ・リンポチェは別の二人の弟子の親戚がなぜポワ法を得ないかを開示された。一人は供養心が無く、自分が要らないもので上師に供養した。もう一人は懺悔心がないのである。故に、彼らの家族が往生した時にポワ法を得られなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェはリンチェンドルジェ・リンポチェの教法は別の法師と同じくないと開示された。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏法を生活に応用している。故に、リンチェンドルジェ・リンポチェは上述の例を挙げて皆に注意を促した。やりたい放題のことをしないで、戒律を守り、力を尽くして貪瞋癡を抑える。果報は熟す前に変わる機会があるが、心は移りかえるべきではない。それ故に、リンチェンドルジェ・リンポチェは、例えリンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を承諾しても、得れないかもしれないと開示している。此の理由は死者の福徳因縁が足らず、リンチェンドルジェ・リンポチェに頼み込んでも、丁度リンチェンドルジェ・リンポチェが一番忙しい時に当る。しかし死者の福徳因縁が備われば、リンチェンドルジェ・リンポチェに頼み込んだとき、丁度法を修める時間があるときである。今回ポワ法を得た女弟子の如く、リンチェンドルジェ・リンポチェが日本で朝御飯を食べ終えた時に修法を頼んだのであった。リンチェンドルジェ・リンポチェはこうも開示した。修行者にとって、弟子が多すぎたり、或いはある事に執着していると、いずれも業報が現れる。リンチェンドルジェ・リンポチェは何回か外道の法師或は師父を済度しているが、いずれも多くの衆生に付き纏われるのを見る。いずれも彼らが弟子或は信衆を済度することが出来なく、それで弟子或は信衆は付き纏って、なにかの因縁で共に済度されるを待つ。弟子が教えを聞かないと、上師にまで害を及ぼす。

2009年2月10日

リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥宝石会社で、信眾のためにこの世の一切の苦しみを解決し、仏法を開示されました。

2009年2月11日

リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥宝石会社で、信眾のためにこの世の一切の苦しみを解決し、仏法を開示されました。

2009年2月14日

リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥宝石会社で、信眾のためにこの世の一切の苦しみを解決し、仏法を開示されました。

2009年2月15日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターにて共修法会を主催し、極めて殊勝な「プルパ金剛((Vajrakilaya))法門」を修めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは先ず次の如く開示された。仏法は八万四千種類法門があるが、密法は次の四部に分けられる。「息」は災難を収め、観音法門または済度法のように、一般人でも修め得る。「増」は富或いは権勢を増やす。「懐」は敵の心を懐柔し、仏法を受け入れさせる。「誅」は殺すことである。一般人は修める事が出来ず、済度能力がなければ修め得ない。(法王はかつて、インドにて別の教派の在家リンポチェが常に「誅法」を修めていたが、後に自分自身が悪くなった事を話されたことがある。)少なくとも十年の経典と教えを学び、「四加行」を修め、空性の菩提心まで修めなければ此れを修めることが出来ない。「誅法」は、慈悲の言葉を聞き入れない愚劣な衆生に対して、殺してから済度する法である。「誅法」を修めるのは、通常、本尊が金剛部の行者であり、「誅法」を修める事は非常に難しいのである。

密法修行の行者は仏部、蓮花部、護法部と金剛部に分けられ、その中の護法部と金剛部を修めるのは特に苦労する。金剛部本尊は忿怒相を現しているが、それは不慈悲ではない。早くから敦煌の壁画に忿怒相を現す金剛力士が描かれていたが、実は観音菩薩が「焦面大士」に化身したように、餓鬼道と炎地獄の衆生を済度するもので、鬼衆の相を現している。菩薩が済度するのには四摂法を必要とし、其の一つのは「同事」で、其れは同類と解釈される。普門品の記載では、観音は違う衆生の相を現して違う形の衆生を済度する。それ故に金剛は忿怒相を現し、嗔念と執着心が非常に強い衆生を済度する。これが同類の意味である。金剛部を修めると、特に業が重い愚劣の衆生を済度出来る。金剛の心が十分に堅固な為、衆生を利益する心が変わらず、退転しないからだ。所謂「退転」とは、衆生が愚劣で済度し難いため、菩薩が衆生に利益する心が減少し、厭う心が生まれるので、先ず自らが修行する事で、初地から八地までの菩薩は全て退転の可能性がある。菩薩果位に至らない者は退転と言えず、怠惰である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは今日「プルパ金剛法」を修法する理由は、第一、皆が仏教を学ぶ障害を減少乃至止める手助けをする。第二、皆がこのあまり良くない一年を無事に過す事を手助けする。第三、リンチェンドルジェ・リンポチェは今年三月に50名の弟子を率いて閉関修行するが、この法を修めないで闇雲に閉関修行をするのは極めて危険であり、この法を修めることにより弟子が順調円満に閉関修行を行える。人が他界すると、7日ごとに寂静と忿怒本尊を含めた文武百尊が現れる。若し生前に見た事がないと、往生際に金剛部忿怒尊が示す勇猛な相と巨大な音声に恐れおののいてしまう。金剛乗の修行は必ず金剛部本尊の助けが必要で、「上師相応法」の本尊も金剛部である。釈迦牟尼仏は成仏前に、魔女の妨害があったが、金剛部本尊の助けで追い払うことができた。プルパ金剛は誅法に属し、極めて勇猛な本尊であり、力が強く、且つ、速度も極めて速く、修法者が祈請すると瞬く間にやって来て衆生を救済する。プルパ金剛は一対の翼を持つためである。

リンチェンドルジェ・リンポチェによって本日修められた「プルパ金剛法」はチェツァン法王よりリンチェンドルジェ・リンポチェに伝えられ、当時、リンチェンドルジェ・リンポチェは2ヶ月間の閉関修行を経て成就し、本尊と相応した。成就すると本尊が来られ、晴れ渡っていた空に突然恐ろしい雷鳴が轟き、全ての関房が揺れ続け、揺れは地震よりもひどかった。この様な光景に遭って、若し慈悲心がなく、上師に対する信心もなければ恐怖を感じることだろう。だから、金剛部の本尊を見たいと思わなくてもよい。若し本当にまみえたのなら吃驚して死してしまうかもしれない。リンチェンドルジェ・リンポチェは、高さ4500メートルのラチ雪山で三ヶ月の閉関修行をした。これは多くのリンポチェとラマ僧には出来ないことである。その時は金剛部の本尊を修め、ある日の食事前に、突然空に雷の音が響き渡り、それは一般の雷鳴とは異なり、経験のある行者はすぐ金剛本尊が来られたこを知る。丁度侍者が御飯を運んできたが、おぼんの中には、ガーチェン・リンポチェが送ったこの本尊のカードがあった。ガーチェン・リンポチェは、我教派の中の偉大なリンポチェである。その日、ガーチェン・リンポチェは、山に登ってカードを送ってきたが、その心念が起きるとすぐ、人が到着する一足前に、金剛は来られたのだ。つまり、金剛部の一本尊を修めて成就する時、金剛部の全てが護持に来られたのである。

誅法の修法は、特に儀軌を重視する。儀軌により衆生に降伏心を起こさせ、自己の誤りがどこにあるのかを知る。この法は「岩伝法」であり、伝承が清浄である。プルパ金剛の由来は釈迦牟尼仏の時代の前に、この娑婆世界の地球において四尊の仏が既に出現していた。ある世にとても狂暴な悪魔が現れ、無数の衆生を傷つけた。その威力は非常に大きく、諸護法神、本尊でもそれを降伏させる術が無かったが、その後、金剛薩埵がこの悪魔と全く同じ姿に化身し、しかも更に大きくすごい形相でこれを降し、摂受した。この悪魔は後にプルパ金剛と称されるようになる。その故に、金剛薩埵を修める大部分の行者は、プルパ金剛も修法するのである。

続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは、プルパ金剛を修めた。並びに、全ての参列者に上師に対する恭敬心を求め、この法には恭敬心さえあれば十分であると説いた。修法してマントラを唱える過程において、リンチェンドルジェ・リンポチェは極めて低く沈み雷鳴のような叫び声を発し、眉を逆立て、目を突き出し、口を歪めて、極めて獰猛な表情を表した。それは、プルパ金剛の忿怒相と全く同じで、声と表情は人が為せるものではなく、本尊と相応する殊勝な兆候を現した。修法の間、道場の1000近くの人は一人も歩く者がなくひっそりと静まりかえり、道場内の数十名の赤ん坊も全く泣かなかった。摂受力とは実に不思議なものである。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深く自らプルパ金剛杵で参加者の一人一人を加持され、また貴重な甘露丸及び甘露を賜った。

最後に、リンチェンドルジェ・リンポチェは、仏法に関する事は、必ず上師やリンポチェによって決定し、自分が何でも出来ると考えてはいけないと弟子を訓戒された。リンチェンドルジェ・リンポチェは特に閉関修行の重要性を開示された。ディグン・カギュ派は実修を重んじ、特に厳格であり、仏教を学ぶのには系統的な学習を必要とし、順序に従い修習、訓練する。金剛乗は在家にとって学ぶ法門が特に多いが、在家者は罪業が比較的重く、借りも多い。密教の方式は呪文を唱える。しかし、本当に経典に記載されたような修行は必ず閉関修行を行わなければならず、家で唱える呪文はばらばらに唱えられるので、功徳を修め得ることは出来ない。

釈迦牟尼仏は密法を説いた事はないという者もいるが、実は華厳経、妙法蓮華経などの経典の中にも密法の記載がある。しかし、密法を修めない人が、それらの段落を読んでも、それが密法である事を理解することはできない。その境地に至っていない故に分からないのである。浄土宗の説く、仏名を七日唱えれば浄土に往生できるというのは、閉関修行の方式で唱えなければならない。目下、沢山の人が称する「八関斎戒」は、多くの人が集まり、朝に行って、夜は家に帰るもので、これではただ賑やかさを求めただけである。正真正銘の閉関修行は単独で一つの部屋にいなければならず、このようであれば心が散ることはない。例えば百万回の六字大明呪を唱えるにしても、同じように閉関をして唱えれば、功徳を修めえて、衆生を利益できる。通常の唱え方では、観想をしたとしても、心を散らせたまま唱えるよりも少し良いだけである。閉関修行中は、会話を完全に禁止する。独り言、咳、欠伸、くしゃみをしたり、身体を伸ばし、背中を寄り掛かからせたり、横たわって唱えたものは唱えたことにならない。最初からやり直ししなければならない。

法王の慈悲は、本来、今回閉関の寶吉祥弟子に、話さえしなければよいので、昼食と夕食時に関房を出て食堂で食事をさせる予定であった。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは、弟子達の習性を十分に知っていて、皆が会うと、例え口を開かなくても、互いに目配せしたり、口を動かして連絡したり、手足で意志を伝えたり、メモを回したりするだろうと考え、弟子達を七日間、関房に篭らせるように法王の許しを請い、法王は同意した。

仏典の中には、六字大明呪を十万遍唱えると、三悪道への扉が閉ざされる。四十万遍唱えると、浄土に往生する機会が持てる。百万遍唱えると、唱えた呪文によって衆生を救済できる。当然ながら、閉関での清浄な心を前提とし、自分の為、健康の為、心の落ち着きの為等ではなく、自己を済度し、他人をも済度するという大願を発して閉関するのである。一つの道場に閉関する人が多ければ多いほど、道場は栄える。栄えるとは、道場の人が多いことを指すのではなく、仏教を学ぶ慧命を延ばし、絶えず衆生を輪廻の苦から解脱させる手助けをすることを言う。リンチェンドルジェ・リンポチェは、閉関修行ができる弟子を自らくじを引いて選ばれた。これは弟子と上師の縁の深さに拠るものである。体力がなく、心が正しくないと、閉関修行中に唱え続けることが自然に出来なくなる。

閉関は体の心配をする必要が無い。若し閉関中に死んだのであれば、それは大福徳の果報であり、すぐに済度される。また、累世の悪業をこの世の一回で除く事が出来る。二年前にあるヨギーニが閉関中に往生した。閉関中に病気に罹れば、それで自己の業を除く事が出来る。功徳を修め得た修行者は、例え病気に罹っていたとしても、往生する時には座禅して逝く。ディグン・カギュ派のある年老いたラマ僧は、胃癌の末期であったが、やはり座禅で逝った。自己の生理状況を把握しておいて、初めて心も把握でき、執着を減らすことが出来る。往生間際に絶えず仏を唱えたとしても、執着の念頭を抑えることは不可能である。それ故に必ず閉関で修めた功徳を加えて、初めて「定」の力を生じる。リンチェンドルジェ・リンポチェは、次の如く開示された。ある王子が仏陀に尋ねた。「貴方は既に大神通力があるので、私に天上の星がどのように来たかを教えて欲しい」と。続けて3回聞いたが、仏陀は何も答えなかった。王子が仏陀に「何故答えないのか」と聞くと、最後に仏陀は「そなたの問題はそなたの未来の命に何の助けにもならないゆえ、私は答ない。私が来たのは一切衆生の未来の命を救うためである」と答えられた。三十六世のチョン・ツァン法王も同じく、仏法と関係のない問題には返答しない。三十七世のチェ・ツァン法王は、仏法と関係がある事にも極めて厳しく慎重である。リンチェンドルジェ・リンポチェが語られ、為される一切は、私達の修行成仏に利益する法門である。

2009年2月17日

リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥宝石会社で、信眾のためにこの世の一切の苦しみを解決し、仏法を開示されました。

2009年2月18日

リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥宝石会社で、信眾のためにこの世の一切の苦しみを解決し、仏法を開示されました。

2009年2月22日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターにて、共修法会を主催され、殊勝な「施身法」を修められた。法会が始まる前に、弟子の一人が彼の妻高采慧が鼻喉癌に罹り、リンチェンドルジェ・リンポチェの助けを得て皈依し、往生際にはリンチェンドルジェ・リンポチェのポワ法を得て浄土に済度された過程を話した。リンチェンドルジェ・リンポチェは升座された後、仏を学ぶ理由は、心の安らぎを求めたり、体の健康、事業の順調、子供達の孝行、良い連れが見つかる等の事や、富、子宝…等を求めたりするのではなく、将来自身及び他人を済度し、衆生を利益する事だと開示された。多くの人は「ポワ法」は自分で求め得たと思ったり、リンチェンドルジェ・リンポチェが哀れんで修法したと思ったりしているが、其れは違う。これは各人の因縁福報に関わる。 リンチェンドルジェ・リンポチェはいかなる人をも哀れむ事は無い。人を哀れむ事は、その人の行いが同情に値する所が有ると言う事で、同情するという事は分別心が有る事で、分別心があれば、上師とは言えない。仏菩薩は分別心がない。仏経には、仏が国王に説法したと記しているが、あれはそれらの国王が輪迴を解脱する決心をしているからで、事実上地位の貴賎に関わらず、富があるなしにも関わらず、ただ生死を解脱したいと思うなら、仏菩薩と上師はいずれも彼に仏法を教えるだろう。

仏菩薩は苦しむ衆生を救うが、衆生は懺悔の心を持たねばならない。観音菩薩は苦しむ声を聞けば救ってくださる。だがその苦しみは自己が犯した悪行を懺悔する苦しみで、病気の苦しみは本当の苦しみとは言えない。仏菩薩は衆生に仏をよく学ぶようにお導きになるが、それは自分で修めなければならない。例えば病気に罹って、医者に診察してもらうと、医者は薬を調合してくれるが、言われた通りに薬を飲んで、はじめて病気がよくなる。上師が色々な修法と加持にて私達を助けて下さるのは、私達の冤親債主に暫く返済を迫らないで、仏を学ぶ時間を与え、将来彼らを助けるようにする事だ。もし私達がこの機会を逸し、決心をせず、教えに従わないと、冤親債主がすぐに帰ってきて返済を迫り、私達の色々な悪果がすぐ現れる。これと仏菩薩の霊験か否かは少しの関係もない。例えリンチェンドルジェ・リンポチェが私達の冤親債主を済度しても、悪臭を放つアワビのような海鮮を長く置いた部屋で、悪臭を放つ物を取り除いても、部屋にはまだ臭気が立ち篭もっているように、自分自身が修めなければ、悪業を変る事が出来ない。

高采慧は、リンチェンドルジェ・リンポチェの助けを得て癌の病状がなくなると、牛か馬の様になって上師の恩に報いると言った。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女にオペレ-タ-の 仕事を与えると,彼女は給料が低い事を嫌って職に就かなかった。これは供養心が無いので、欲念が起り、自己の誓いを守らなくなるのだ。実は、上師のためにどんなことをしてさし上げても供養なのだ。彼女の心は餓鬼の心になり、ついに首が細くなって食事が出来なくなり、水を飲んでも噎せるようになった。これは餓鬼の相だ。彼女を法会に参加させないのはリンチェンドルジェ・リンポチェの不慈悲ではなく、彼女に餓鬼道を断絶する機会を与えたのだ。幸いに彼女は往生する前に、心から懺悔し、貪瞋痴が無くなり、最後に預金を全て供養したため、福報を得て、往生するとすぐリンチェンドルジェ・リンポチェを見付けて「ポワ法」を修法してもらえた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは次の如く開示された。本当の助念は済度能力を持つ上師に従って唱えるべきだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの出家弟子の内に、かつて助念を仕事としていたものが居た。真面目に唱えていたが、亡者を本当に助ける能力を持たないので、最後には自身が病気にかかり、もう少しで目を壊す所だったが、リンチェンドルジェ・リ ンポチェに皈依してからは体がだんだん良くなった。亡者を助けるのはただ経文を読むのではなく、自身も能力を持たなければならない。さもないと、溺れる人を救出する術を持たない者が水中に溺れる人を救うが如く、結局二人とも溺死してしまうのに似ている。死後、人の感じる力は生きている時の百倍にもなる。彼等は我らが助ける力があるかどうかを全て知っている。亡者を助けられなければ、亡者は怒って三悪道へ落ちるが、それは助念の人にも責任がある。 だから、誰かが往生したら、済度能力を持つ修行者に頼んで助けてもらうか、家族が呪文を唱えるべきだ。それも駄目ならば、無料の方に助念してもらう方が、有料よりはいい。

施身法は夕刻修めるのが普通だが、リンチェンドルジェ・リンポチェは2月中非常に忙しく、一晩も時間が取れないので、今日は午後法を修めるが、それでもいい。午の刻になると、鬼道の衆生は出てきて、修行者の吐く痰を見つけると競って食べ、ある者は糞便と尿を食べるが、大部分が食べたくても食べられないので非常に苦しむ。修行者は午の刻を過ぎると食事をしないというやり方があるが、一つは夕方の食事はその後の座禅に差支えがあるし、もう一つは福報のある鬼が午後出てきて、私達に食べ物があると、彼らは傍らで行ったり来たりするので、私達に対しても邪魔だ。六道の衆生は未だ食べたいと思っているし、淨土であれ、下品に生まれた衆生もある。施身法を修める際、上師はこれら衆生が最も好きな食べ物に化し、彼らの食欲を満たし、それで始めて仏法の教えを受け入れさせる。というのは食べることが六道衆生の共通の欲望だからだ。教派の大成就者テンジンニンマ・リンポチェの弟子の一人が、飲まず食わずの域まで修業したことがあったが、実際にはお経の所謂「禅を以って食に為す」で、呼吸と皮膚を通して養分を吸収する。たとえ天道の衆生でも、宇宙間のエネルギーを吸収しなければならない。

施身法を修めるには3つの重要な法器がいる。一つは人の大腿骨で、これは法王よりリンチェンドルジェ・リンポチェに授かった、一つは鈴、一つは鼓だ。鈴は鐘で、鈴の音は耳から脳に届き、私達の元来ぼんやりしていた心を助け、私達の感度を高めて仏法を学ばせる。鼓の音は耳から入った後心臓に至り、私達の揺れ動く心を落ち着かせることができる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは続けて非常に殊勝な直貢噶舉教派に伝承される施身法を修めた。修法が円満完了の後、次のように開示された。今年は祥瑞な1年ではなく、火災が多く、火山の爆発があり、人の心はとてもいらいらする。その上、最近のように飛行機は空中で常に乱流に遭う。このような気候の変化は仏法から見ると、衆生がとても乱れ、そして、一部の地方は旱魃になる。リンチェンドルジェ・リンポチェが先ほど施身法を修めていられる時、数多の衆生が食べ物を奪い合うとても恐ろしい様子を見た。

輪迴の原因は貪、瞋、癡の3文 字の域を出ない。「貪」を対治する方法は布施及び供養;「瞋」を対治する方法は慈悲の法門;「癡」を対治する方法はよく仏法を聞く事。浄土に往生する者は少なくとも必ず善男善女でなければならない。よって、まず十善法を修めること。十善法は仏陀の発明ではなくて、仏陀はこれが人として必ず備えなければならない条件と見て、私達に告げたのだ。すべての戒律は仏陀が私達を懲罰あるいは褒賞する標準ではなく、私達が生活の拠り所とする基準なのである。はじめ仏陀の弟子はすべて阿羅漢の果位で、戒律を説く必要が無かった。その後弟子が多くなり、さまざまな根器があるので、戒律を伝授することを始めた。

十善法の第1は不殺生で、リンチェンドルジェ・リンポチェはまだ皈依していない信衆に、必ず菜食をするように、さもなくは法会に参加した福徳を失うと注意された。特に現在の衆生は瞋恚の念が深いので、肉を食べると私達によくない。法会に参加する時に、あぐらをかくと足が痛くなるのは肉を食べるからだ。法会に参加して足が折れたり、びっこになったりした話はいまだ聞いた事がない。足を上げたりもじもじ動いたりするのは、仏法を敬っていない証拠だ。敬いがないと供養がない。供養がないと福報がない。それでは法会に参加しても無駄になる。

肉食以外に、多くの人たちの問題は他人に借りを作っている事だ。他人に約束した事を果たせない。長年仏を学んで、往生間際に老人痴呆症になる事がある。これは所謂「示病」ではなく、もう仏号を唱える事が出来ず、仏法を考える事も出来ない事を表す。往生際に心臓麻痺を起こし、意識不明で死ぬ者がいる。このように意識不明のまま死ぬのがいいと言う者がいるが、実はそうではなく、これは心が清朗でなく、自分で自分の行く先を決められない。

仏経の記載では、仏は地蔵菩薩と観音菩薩に、特に地球上の人類を見守るよう頼んだ。何故ならば、弥勒菩薩が仏になる前に、地球には他の仏が現れる事がないからだ。故に、誰かが自分は何々仏と称すれば、それは全て偽者である。チベット仏教が掲げている経幡に書かれている経文咒語は、空性慈悲心を認められた修行者が法を修め呪文を唱えて加持して、始めて衆生を助ける作用が起こり、普通の法師が物まねで掲げても、作用を起こせるものではない。

誰かがリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する際、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず「何事ですか?」と問う。実はリンチェンドルジェ・リ ンポチェはこの人はどんな事を問いたいかをすでに知っているのだが、当事者の口で問うて、始めてこの人は懺悔心があるか、敬う心があるかが分かる。自分が過去にしたことに対して何か身をもって悟っただろうか?それで、この人の縁は深いかどうかを知る。釈迦牟尼仏はこう示現したことがある。ある女子は過去世に仏と縁がなく、未来世にも縁がない、故に、仏が彼女の前まで行っても、彼女の目には仏が見えない。皆さんは今日この法会に参加できたので、縁がある。しかしこの縁を続けられるかどうかは、自分で決める事だ。

最後に、リンチェンドルジェ・リンポチェは特に来る三月にインドに連れて行って閉関する弟子に対して開示された。今回閉関に行ける弟子は、一部分が四加行において、十万回の五体投地の大礼拝、十万回の百字明呪及びマンダを捧げる修行を積み、その他は四加行を修めた上、11月インドの大手印伝口訣伝法法会に参加した人だ。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの中から一部分を選び出し、他は先週の法会で抽選して決めた。仏菩薩がリンチェンドルジェ・リンポチェの手を握って抽選されたのだ。それは生死を離れる心が百パーセント確定することを表す。

リンチェンドルジェ・リンポチェは特に閉関に関して色々な注意事項を開示された。閉関したからと言って他人と違わない、くれぐれもこのように考えるべきではない。閉関の規則は昼食後に関房に入り、朝関房を出る。これは幽冥から光明に行く事を現す。毎日4~6座を修め、各座に二時間かかり、一連の数珠の数を唱えないと座布団を離れる事を許されない。実はリンチェンドルジェ・リンポチェの域に達すると、座布団に火がついでも離れる事は無い。閉関期間は風呂に入れず、頭も洗えず、ひげ剃り、散髪、爪切り、石鹸と香りのある乳液等の使用、窓の外を見る事等すべて禁止され、外部との連絡(メモで伝えたり、隣部屋の壁をたたいたり)もできず、話も禁止、うっかりして独り言を言えば、すぐ百字明咒を唱えて懺悔しなくてはならない。咒を唱えている時、咳、くしゃみ、あくび、げっぷを出したりすると、15粒先の数珠に戻って、再び続けて唱える。四臂観音と護法儀軌法本を修めるが、其の他の法本経典は持込む事が出来ない。一つの法門に深く入るためである。

閉関でとても大切なのが孤独を学び、また慣れる事だ。何故なら往生する時は必ず自分ひとりで行く。平時は外界の妨害が多く、閉関して始めて孤独になれる。閉関に入ると、自分はすでにこの世から離れたと思い、他の事一切は自分とは無関係とし、仏菩薩と上師だけが在る。24時間本尊を観想し、便所へ行っても例外でない。若し呪文を唱えている最中に如何なる下品で、みだらな考えが浮かんでも構わないで、続けて呪文を唱え、呪文を唱える事によって私達の良くない考えを抑える。呪文を唱える速度は速くも遅くも無く、一文字一文字をはっきり読んで、一連の数珠の粒のようにする。閉関は将来大手印を学んだり、はては密法を学んだりするのに極めて重要な事である。

2009 年 02 月 12 日 更新