尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ 仏行事業年代表

1985年

● リンチェンドルジェ・リンポチェ37歳のとき、広欽老和尚と謁見。帰宅後、肉食を見ると吐き気を催すようになり、以降、菜食に徹する。

1986年

● 顕教の今能法師に皈依。顕教経典の研鑽を始め、心から礼拝、懺悔と供養を行う。全心全力を以って寺院およびあらゆる法会活動を護持。

1988年

● チベット仏教直貢噶舉教派チェツァン法王に帰依し、法王の根本弟子となる。

1989年

● リンチェンドルジェ・リンポチェは台北における最初の直貢噶舉教派の仏法センター「直貢噶舉教派顕密精舎」の設立を援助。護法会の会長に就任した。

1993年

●直貢チェツァン法王の口伝により密蔵の基本法門「四加行」を伝授された。

1994年

● 閉関と同様の勇気をもって精進修行をし、1年間で「四加行」の修得を円満な終了。

1995年

● チベットにある直貢噶舉教派の祖寺ディクンティ寺を訪問しました。リンチェンドルジェ・リンポチェは寺院の入り口で、この寺院で最も年配の修行者に会いたいとラマ僧に伝えました。ちょうどその時、テンジン・ニンマ・リンポチェの侍者が通りかかり、これを耳にして、「テンジン・ニンマ・リンポチェが数日前、今日は地方から来た誰かが彼に会いに来るとおっしゃった。あなたがその方ですね」と言うなり、リンチェンドルジェ・リンポチェを海抜約4200メートルの所から5100メートルの場所に連れて行き、生死関を閉関していたテンジン・ニンマ・リンポチェと引き合わせました。直貢噶舉教派の大成就者テンジン・ニンマ・リンポチェは、リンチェンドルジェ・リンポチェを漢民族出身の唯一の在俗根本弟子と認め、「公処甘滇」の法号を賜り、また口伝で教派の「大手印」を伝授しました。

1997年

● インドの菩提寺で、初めての閉関修行を円満に終了。20日間で金剛薩埵百字明咒を10万回唱え、直貢チェツァン法王から「ナロ六法」と「大手印」心法を授けられた。

● 直貢チェツァン法王が坐床大典を行い、法衣と法帽を授けてリンチェンドルジェ・リンポチェが直貢噶舉教派で唯一の在俗漢人伝法上師であることを公の場で認めた。

● 「寶吉祥仏法センター」を設け、定期的に「施身法」と共修法会を開催。

● 初めて大成就者ドラブ・ワン・リンポチェに謁見。ドラブ・ワン・リンポチェは、リンチェンドルジェ・リンポチェが「善男子だ」と褒め称えた。

1998年

● 直貢チェツァン法王より「噶舉密咒蔵」を伝えられ、大灌頂を行った。

1999年

● チベットに赴いてテンジン・ニンマ・リンポチェを拝謁。テンジン・ニンマ・リンポチェは2分間ぐらい舌で舐めたスプーンを使って、ヨーグルトをリンチェンドルジェ・リンポチェに与える。リンチェンドルジェ・リンポチェは迷わずこれを食す。これはリンチェンドルジェ・リンポチェの心が清浄で、上師を敬っていることを表した。

2000年

● 1月、台北社教館で直貢チェツァン法王が主法する「普巴金剛大法会」を開催。参列者1000人余りを超えた。

インドの菩提寺で、2回目となる閉関修行を円満に終了した。直貢チェツァン法王の「施身法」潅頂を授かられた。また、「息」「懷」「增」「誅」事業法の「火供」法門を伝授した。直貢チェツァン法王は、将来、弘法利生の事業が盛な勢いで発展する事を予言した。

チベットにある直貢梯寺の「蔵経閣金頂」の再建を護持した。また「南瞻部洲荘厳大殿」金頂の修護を護持した。

● 「ジッテン・サムゴン記念法会」を開催。

● チベットに赴いてテンジン・ニンマ・リンポチェを拝謁。リンチェンドルジェ・リンポチェは心の中で大慈悲心および菩堤心を発起して、一切の衆生を代表して関房に向かって頂礼した。このとき、晴れていた空から瑞雪が飄然と降り始めた。これは関房前の空き地だけに舞い降りた。この、非常に珍しい瑞祥は、諸仏菩薩および竜天護法がリンチェンドルジェ・リンポチェの功徳を称えていると解釈された。

2001年

● インドの菩提寺で、3回目となる閉関修行を円満に終了。チェツァン法王は直貢噶舉教派の巳年大法会で、リンチェンドルジェ・リンポチェが教派の為に力を余す所無く出していると、公の場で賞賛。

● 直貢噶舉教派の殊勝な「金剛の舞」の台湾巡回公演を主催し、また、直貢チェツァン法王がインドで「ソンツェン図書館」を設置するのを支援するため、20万ドルを募集。

● 直貢噶舉教派の三大リンポチェの1人、ローチェン・リンポチェより文殊菩薩憤怒尊の「紅閻摩敵」を灌頂された。該法がチベット地区以外の場所に伝えられたのは初めてのことである。

2002年

● インドの菩提寺で、4回目となる閉関修行を円満に終了。直貢チェツァン法王より、信徒に灌頂することと「阿弥陀仏大超度法」を修持することを許された。

● チベットに赴いて直貢噶舉教派第36代チョンツァン法王を拝謁。直貢チョンツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェを教派の中で最も重要な弟子であり施主であると讃えた。

● テンジン・ニンマ・リンポチェを拝謁。リンチェンドルジェ・リンポチェチが関房の中に入って頂礼すると、テンジン・ニンマ・リンポチェは部屋の中や座布団の下からお金を取り出し、また手元に持っていた紙幣と貨幣を集め、合計約500人民元をリンチェンドルジェ・リンポチェに渡した。リンチェンドルジェ・リンポチェチはその受け取りを拒否したが、テンジン・ニンマ・リンポチェの強い勧めと、その現場にいた直貢チェツァン法王の兄の勧めを受け入れ、これを受け取った。それは、リンチェンドルジェ・リンポチェが人と天の供養を受け、教派を伝承する重大な任務を負ったことを意味した。

● 台湾の桃園で、直貢チェツァン法王が主法する「阿弥陀仏浄土法門―ポワ法」と「本尊パルナシャバリ袪病」万人大法会を主催。参列した信徒は1万人以上を超えた。

● 台北で、ローチェン・リンポチェが主法する「金剛手菩薩袪病法会」を挙行。参列した信徒は1300人あまりを超えた。

2003年

● インドの菩提寺で、5回目となる閉関修行を円満に終了。関房を出たとき、大成就者ドラブ・ワン・リンポチェはリンチェンドルジェ・リンポチェチと会うなり親指を立て、リンチェンドルジェ・リンポチェが「大ラマ」であると称賛した。ドラブ・ワン・リンポチェは侍者を派遣し、リンチェンドルジェ・リンポチェに果物の差し入れを届けさせた。

● 寶吉祥センターの弟子を引き連れてソンツェン図書館の開光式典に参加。式典の前、ドラブ・ワン・リンポチェが正殿の入り口で座ってチェツァン法王を待っていたため、弟子が椅子を取り出してリンチェンドルジェ・リンポチェをその側に座らせる。儀式の会場でチェツァン法王は、ダライ・ラマ、サキャ法王、各教派の代表、国際名士たちの前で、リンチェンドルジェ・リンポチェが直貢噶舉教派の重要な弟子であり、法王の根本弟子であると述べた。法王は特別にリンチェンドルジェ上師を指名して、ダライ・ラマが主法する観世音菩薩灌頂法会で、教派を代表してダライ・ラマに法会円満のマンダラを捧げさせる。

● 直貢チェツァン法王の指示を受けて、青海に赴き、教派を代表して山壁に祖師ジッテン・サムゴンの法像を刻むことと記念館を建てる準備をした。至るところでリンチェンドルジェ・リンポチェを現地の寺院のリンポチェ、ラマ僧、チベット人たちが出迎えるという盛況だった。

● チベットに赴き、教派の大成就者ユンカ・リンポチェを拝謁した折、ユンカ・リンポチェによって、リンチェンドルジェ・リンポチェの仏法事業が円満であることが認められた。ユンカ・リンポチェは、リンチェンドルジェ・リンポチェに法を伝承する際、リンチェンドルジェ・リンポチェに食事(食塩だけを入れたお湯で煮る麺を昼食とする)をしながら、聞くことを要求した。しかし、非常に厚い法本を開いたユンカ・リンポチェは、何ページか開いて伝法すると、すぐにそれを閉じて「リンチェンドルジェ・リンポチェは多くの説明を必要せずとも、すっかり悟ってしまった」と仰った。ユンカ・リンポチェは自ら岩蔵密法を灌頂して授け、虚空の中から釈迦牟尼仏像と蓮師を取り出して贈った。それはユンカ・リンポチェの上師とユンカ・リンポチェが修行のために使っている仏像であった。これは、ユンカ・リンポチェがその殊勝な法をリンチェンドルジェ・リンポチェに伝承したことを意味していた。そしてユンカ・リンポチェは、リンチェンドルジェ・リンポチェに対して、独力で1体の15メートルの高さを持つ大威徳金剛仏像を立てることを許可した。そして、六道のすべての衆生達は、リンチェンドルジェ・リンポチェが「六字大明呪」を一言唱えるのを聞くだけで救われることになる、と述べた。この行程では1つ特別な瑞象が見られた。リンチェンドルジェ・リンポチェがユンカ・リンポチェの関房がある山のふもとに到着したとき、10数匹の昆虫が飛んできて、リンチェンドルジェ・リンポチェの額の前をぐるぐる回った。そして、山を登る間、ずっとリンチェンドルジェ・リンポチェのそばを離れたなかった。リンポチェが関房に入っても、昆虫たちは依然としてユンカ・リンポチェの部屋の天井の中央付近で何時間もぐるぐる飛び回っていた。昆虫たちは、リンチェンドルジェ・リンポチェが関房を出るとようやく飛び立っていった。

● 直貢梯寺を護持。毎年250人のラマ僧が、連続45日間、毎日24時間にわたって「六字大明呪」を唱える殊勝な伝統法会を行った。

● チベットのラサにある大昭寺で、釈迦牟尼仏の12歳の等身仏像に金箔を貼る事を一人で護持した。

● 祖師ジッテン・サムゴンが青海を離れて以来最大となる、100名あまりのリンポチェ、4000名あまりのラマ僧、および8万人以上の信徒が参加する盛大な法会を護持。

● 台湾で、チェンアン・リンポチェが主法する「釈迦能仁金剛座灌頂法会」を支援。参加者は1000人余りを超えた。

● 台北で、ドラブ・ワン・リンポチェが主法する「観世音菩薩六字真言実修浄土大法会」を開催。参加者は4000人余り。ドラブ・ワン・リンポチェは法会の席上、リンチェンドルジェ・リンポチェは稀で得がたい大根器の修行者だと称賛。

● 台北で、ローチェン・リンポチェが主催する「大白傘蓋仏母灌頂法会」を開催。参加者は1500人余りである。

● 世界各地で新型肺炎(SARS)が蔓延。台湾が疫病の拡大防止につとめる中、リンチェンドルジェ・リンポチェはが主法する法会が休むことなくて、また、法会の参列者は全員、平穏で事なきを得た。さらに、リンチェンドルジェ・リンポチェは密呪を以ってSARS患者に治される事を助けた。

● 寶吉祥仏法センターが台湾中部に斗六分会を設置。リンチェンドルジェ・リンポチェはローチェン・リンポチェを誘って開光儀式を一緒に行った。

2004年

● インドの菩提寺で、6回目となる閉関修行を円満に終了。

● 弟子200人余りを連れて釈迦牟尼仏の生誕の地、ネパールのルンビニに赴いた。直貢チェツァン法王が建立した直貢噶舉教派「蓮花舍利塔」の開光大典、および申年大法会に参加。この会場で、リンチェンドルジェ・リンポチェは3キログラムの純金で鋳造した祖師ジッテン・サムゴンの聖像を直貢チェツァン法王に供養。これは直貢噶舉教派の1000年の歴史において初めて、純金で鋳造される怙主ジッテン・サムゴンの聖像となった。

● 直貢チェツァン法王が数位のリンポチェとラマ僧を引き連れて台湾を訪問。自ら寶吉祥仏法センターの新道場の落成を祝う開光法会を主法。この席で直貢チェツァン法王は寶吉祥センターの弟子たちの求めに応じ、「リンチェンドルジェ・リンポチェ長寿祈請文」をみずから書いた。

● 青海に赴き、教派の大修行者で、当時114歳の老ヨギーニ(ギェ・ラルカ・ジョルマ・リンポチェ)を拝謁。老ヨギーニは、リンチェンドルジェ・リンポチェの今後の仏法事業について、心で思ったとおりに全て成功するであろうと述べた。今回の青海の旅では、護法が姿を変えた白馬やハムスターが、川辺や断崖の上でリンポチェを歓迎しているのを見ることができた。車が川辺に沿って走っている際、リンチェンドルジェ・リンポチェは真言を唱えて、絶えず竜たちのために加持した。そして、1つの山を遠くから指差して、その中に聖物があるはずだと述べた。車が1カ所の風水よいところに到着し、リンチェンドルジェ・リンポチェが車から降りると間もなく、空の両側に対称の形をした赤い光の瑞像が現れた。この旅では、寺院に到着するごとに、僧侶たちは松の枝を燃やし、ハダを振って踊り、列を成して行進したり、音楽を演奏したり、宝傘を掲げるなど、仏教で最も盛大な儀式を行って、リンチェンドルジェ・リンポチェを恭しく出迎えた。また、寺院に入ると、ラマ僧たちはマンダラをリンチェンドルジェ・リンポチェに供養し、また「リンチェンドルジェ・リンポチェ長寿祈請文」を唱えた。

● ガーチェン・リンポチェ主法の「長寿仏灌頂および金剛薩埵超度大法会」を挙行。参加者は1300人余り。

● ローチェン・リンポチェ主催の「蓮師」と「大白傘蓋仏母」共修大法会を挙行。その後、ローチェン・リンポチェは青海聖湖での修法ビデオを放映。ビデオには数多の聖跡が撮影されており、リンチェンドルジェ・リンポチェの前世が直貢噶舉教派の大伏蔵師であることが認められた。

2005年

● インドの菩提寺で、7回目となる閉関修行を円満に終了。閉関の前に伝承上師ミラレバとマルバ尊者の記念日の活動と、教派が新たに建立した密乗仏学院の開光式典に参加。席上で直貢チェツァン法王は、リンチェンドルジェ・リンポチェが今回の閉関修行を、これらの活動の日程と合わせて行ったことは、よい選択だと述べた。そして直貢チェチャン法王は、教派のほかのリンポチェたちの前で、リンチェンドルジェ・リンポチェのことを「リンポチェ」と呼んだ。自ら、リンチェンドルジェ・リンポチェ、ダロンカジュ法王、チザ・リンポチェ、ドンバ・リンポチェと五人で点燈して仏に供養し、開光儀式を挙げた。

● 青海に赴き、「岩蔵八大ヘルカ」の灌頂を受けた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、この灌頂を受ける100年ぶりの在俗リンポチェとなった。これはまた、リンチェンドルジェ・リンポチェが在俗修行者の代表として直貢噶舉教派の「八大ヘルカ」の殊勝な伝承を受けたこと、そして同時にこの殊勝な法門が初めて漢民族の居住地に入ってきたことなどを意味した。このとき、大地が揺れ、天から雹が降り、稲妻と雷鳴がとどろくという瑞相が起こった。これは、金剛護法が降臨された兆候であり、この法会が殊勝であることを示した。

● 当時115歳のギェ・ラルカ・ジョルマ・リンポチェに謁見。リンチェンドルジェ・リンポチェが頂礼すると、晴れた空から瑞雪が舞い降りた。リンチェンドルジェ・リンポチェが老ヨギーニの関房の中にいるとき、向こうの空に護法によって化身した白い鷹が現れ、リンチェンドルジェ・リンポチェを歓迎した。旅の途中、空には菩薩の背光を示すコロナが現れ、ダーキニーの化身である禿げ鷲が列を成してリンチェンドルジェ・リンポチェを迎えるという瑞象が見られた。

● チベットに赴いてユンカ・リンポチェに拝謁した折、ユンカ・リンポチェより岩伝密法の灌頂を得た。また、法本を授けられて、この法の所有者となる。ユンカ・リンポチェはまた、リンチェンドルジェ・リンポチェがすでに「大手印離戯瑜珈」の果位を得たことを認めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、ユンカ・リンポチェから密法の灌頂を受けた唯一の漢民族出身のリンポチェとなった。

● 直貢チョンツァン法王が青海の玉樹で法会を主法することを護持。現地のチベット人が法王を目の当たりにするのは数百年ぶりのこととなる。リンチェンドルジェ・リンポチェは他の仏法センターに頼らず、すべての航空券、宿泊費、供養などを自力で準備。

● リンチェンドルジェ・リンポチェが自ら主法して、台湾で「直貢噶舉岩伝阿弥陀仏無遮大超度法会」を開催。参列した信徒は5000人に達した。その中にはチベット仏教の別の教派に属するゲシェー、ケンポス、ラマ僧など28名が含まれた。法会終了後、リンチェンドルジェ・リンポチェはその場で100万台湾元を寄付し、会場の弟子たちが寄付した352万台湾元と合わせて、合計452万台湾元を全額、社会福祉などに役立てるため、台湾の内政部に寄付した。

● 青海で進めている教派の重大事業を護持。内容は「釈迦牟尼仏大タンカ」の製作、「石刻大蔵経」の製作、世界最大の「大威徳金剛仏像」の鋳造、「ジッテン・サムゴン紀念図書館」の設立など。

● インドの菩提寺に赴いて、ダロンカジュ法王と4名の大リンポチェと共に、直貢チェツァン法王が自ら伝える「喜金剛」灌頂を受けた。

2006年

● インドの菩提寺で、8回目となる閉関修行を円満に終了。関房に入る時、空に金の翼を持った大鵬の形をした雲が現れる。関房を出た時、法王は弟子たちの前で、リンチェンドルジェ・リンポチェの手を取り、額を付け合う。

● 法王は、自身が「施身法」を修める時に使う重要な法器をリンチェンドルジェ・リンポチェに授ける。これは、リンチェンドルジェ・リンポチェがディクン・カーギ派「施身法」の法脈を所有したことを示す。

● 法王に同行し、仏法の推進のためにニュージーランドを訪問。

● 信徒の求めに応じて、仏法の推進のためにオランダを訪問。

● ガーチェン・リンポチェが主法する「菩提心」の開示と「白度母」灌頂法会を開催。

● チェツァン法王は「リンチェンドルジェ・リンポチェはわが弟子の中で最も秀でている。彼の修行は自然に修めえたもので、良く学び、良く修めてる。それは、わが教派の大成就者テンジン・ニンマ・リンポチェと同じである」と述べた。去年と今年の大法会では、リンチェンドルジェ・リンポチェは常に法王のそばに座り、法会の進行中も法王と行動をともにしていた。これは、リンチェンドルジェ・リンポチェの果位を顕著に示すものである。さらに、2005年の喜金剛灌頂大法会においては、6人(法王2人と大リンポチェ4人)が代表として供養と灌頂を行ったが、そのうちの1人がリンチェンドルジェ・リンポチェであった。

● 青海に赴いて、「ジッテン・サムゴン記念図書館」の建設準備を行う。

● 弟子500人あまりを引き連れてインドに赴き、法王の誕生日を祝賀。祝賀活動の準備のために資金的援助を行う。この活動には、インドの省長も参加した。チェツァン法王は、リンチェンドルジェ・リンポチェにガムポパ法帽と五方仏法螺を下賜した。リンチェンドルジェ・リンポチェは長寿法要会場でガムポパ法帽を頂き、法王にマンダラを献上した。法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに対し、カジュ派の宝瓶と祥雲の標識を黄金で鋳造して、ガムポパ法帽に飾り付けるよう指示した。法王はまた、「リンチェンドルジェ・リンポチェは我が弟子の中で最も秀でている。そして、仏法センターを最も成功させている弟子でもある。これは、皆が認めるところである。直貢噶舉教派には多くのリンポチェがいるが、多くのリンポチェが出来ないことを、リンチェンドルジェ・リンポチェはほかのリンポチェよりうまく行っている」と称賛した。さらには、「私はリンチェンドルジェ・リンポチェの事業が、多くの衆生を利益することを信じる。我々は永遠に共にあり、仏法というこの大きな道のうえで、より多くの衆生を利益することができるだろう」と述べた。

● 8月13日、リンチェンドルジェ・リンポチェが主催した「チベット仏教直貢噶舉教派岩伝阿弥陀仏無遮大超度法会」に1万人が参加。集まった468万台湾元は、内政部に寄付し、社会救助、心身障害者の厚生などの社会厚生費用に当ててもらう。

● 10月29日、リンチェンドルジェ・リンポチェはインドの国家首相に引き続き、チベット仏教伝法上師として、インド北部シーク教区の名門校M.G.N.で講演した。これは前例のないことで、当地のメディアは「リンチェンドルジェ・リンポチェは天が我々に下された秘宝だ」と称えた。

● 12月1日、リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子50人あまりを引率して、根本上師の1人であるユンカ・リンポチェに拝謁。ユンカ・リンポチェは文殊菩薩像を賜ったほか、「十方三世一切諸仏の功徳は、すべてリンチェンドルジェ・リンポチェに有る」「リンチェンドルジェ・リンポチェは、六道の一切衆生を救済することができる」などと祝った。リンチェンドルジェ・リンポチェは、ユンカ・リンポチェから密法の灌頂を受けた唯一の漢民族出身のリンポチェである。

2007年

● 2月、リンチェンドルジェ・リンポチェはインド北部シーク教区に赴き、シーク教徒に観音法門を伝授した。現地の民衆500人が参加し、共に法に喜んだ。シーク教の長老は、年に2回、この地で現地の民衆を導いてほしいと要請。また、ニューデリーの近くのGurgoan市で阿弥陀仏大超度法を修め、多くの衆生を利益した。

● 5月から7月にかけて、リンチェンドルジェ・リンポチェはチェツァン法王の指名を受けて、直貢噶舉教派の祖師密勒日巴尊者が修行した聖地ネパールのラーキ雪山で、法王の指導の下、3ヶ月間の閉関修行を行った。閉関修行が円満に終了した際、法王はリンポチェに「リンチェンドルジェ・リンポチェ」という法号を授けた。これは「宝金剛リンポチェ」という意味である。また、宗祖ジッテン・サムゴンの殊勝な法脈の伝承を受けたことを意味した。

● 8月中旬、弟子300人余りを引き連れ、インド北部のラダック首府レーに赴き、ラダックの平陽寺で12年に1度開催される亥年大法会に参加。尊きチェツァン法王が自ら主法する。法会が行われている間、リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも法王のそばにいて、弟子として上師に最高の敬意と供養を示した。

● 9月9日、リンチェンドルジェ・リンポチェが自ら主催した「チベット仏教直貢噶舉教派岩伝阿弥陀仏無遮大超度法会」に、信徒1万2000人が参加。法会が円満に完成した後、集められた489万台湾元は内政部に寄付し、社会救助、心身障害者の厚生などの社会厚生費用に当てられた。

● 10月末、リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥仏法センターの弟子および信徒50人あまりを引率して、ネパールのカトマンズにある直貢噶舉教派の新しい寺院「直貢噶舉教派仁欽巴利寺」の開光大典に参加。

● 12月中旬、寶吉祥仏法センターの弟子および信徒300人あまりを引率して、日本の京都に赴き、嵯峨野観光鉄道株式会社社長の要請に応じて、トロッコ列車で施身法超度法会を行う。法会当日の明け方、空にコロナが見られるという瑞象が現れる。走っているトロッコの中で施身法法会を行うということは、チベット仏教史上、初めてのことであるだけでなく、全世界、古今東西を見ても初めての例となった。リンポチェが主法しているとき、空に突然、地蔵王菩薩の瑞像が現れた。これは、衆生に利益するリンポチェの大願力および大慈悲心が、時空を超越して現れたことを意味している。

2008年

● 4月13日、台北寶吉祥仏法センターで、自ら殊勝な「金剛薩埵灌頂」法会を催す。また、法座から降りて、自ら千名近くの灌頂に参加した弟子と信衆を、いちいち加持した。

● 5月6日、自らインドに赴き、直貢チェツァン法王を台湾に迎える。直貢チェツァン法王は寶吉祥仏法センターの道場で、台湾直貢噶舉各仏法センターのリンポチェ、ガムポ、ラマおよびその皈依弟子と茶会。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢噶舉各仏法センターのリンポチェ、ガムポ、ラマおよびその皈依弟子を代表して、今回の四川大地震とミャンマーのサイクロン災害の被災者を祈ることを直貢チェツァン法王に祈請した。直貢チェツァン法王は慈悲を以って同意し、参加者を率いて真言を唱え、被災者と家族のために祈った。

● 5月中旬、直貢チェツァン法王とともに中華テレビの番組「点灯」のインタビューを受ける《番組「点灯」のインタビューについては、「中華テレビの映像チャンネル」を参照のこと》。番組のなかでは、直貢チェツァン法王の建立した「ソンツェン図書館」が紹介されたほか、 直貢チェツァン法王が現在、敦煌史料を活用して、チベットの歴史に関する書物を著述していることについても報道があった。師徒の二つの心がいかに緊密に結びつき、また、人生無常、因果因縁及び六波羅密などの仏法精髄を陳述した。

● 直貢チェツァン法王が自ら認可書(認可日:5月19日)を賜りました。チベット仏教直貢噶舉教派が日本にある仏行事業のため、チベット仏教直貢噶舉教派尊勝なる直貢チェツァン法王が、特にリンチェンドルジェ・リンポチェが日本で弘法して、それには、「寶吉祥仏教文化交流センター」を主持することを任命し派遣しました

● 5月20日と21日は、直貢チェツァン法王とともに台北を出発、全台湾直貢噶舉各仏法センターに赴いて(寶吉祥仏法センター斗六分会を含む)慈悲を以って開示し、加持し、そして祈福して、全ての衆生への利益を図った。

● 5月29日、自ら貴き チェツァン法王を迎え、日本に赴く。京都で新築された直貢噶舉寶吉祥仏法センターの開光大典を執り行う。この道場は直貢噶舉教派が初めて日本で建立した道場であるのみならず、チベット伝統仏教の四大教派が日本で成立させた初めての道場でもある。当日、日本、およびインドと台湾からの貴賓、さらに台湾寶吉祥仏法センターの皈依弟子ら合計百余人が盛事に参加した。法王はネパールのラチ雪山聖地から迎えた長寿仏像、および経典一冊を リンチェンドルジェ・リンポチェに贈る。長寿仏がここに迎えられた事は、ディクン・カジュ千年正統の伝承を象徴し、日本において広められることを意味する。開光式を終わってから、チェツァン法王は リンチェンドルジェ・リンポチェを率いて、道場の庭園で火供の次第を行い、虚空無数の衆生に仏法の利益を齎された。

● 6月、リンチェンドルジェ・リンポチェは チェツァン直貢チェツァン法王の指示に従い、「直貢噶舉教派オフィシャルサイトの中国語版サイト」を設け、正式に公開した。

● 8月16日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは京都寶吉祥仏法センターに於ける初めての施身法会を行う。日本の信衆及び台湾の弟子合計80余人が殊勝な法会に参加。2007年12月京都のトロッコ列車上に於いて施身法を執り行なって以来、日本での第二回目の施身法会だ。

● 8月31日、リンチェンドルジェ・リンポチェは台北アリーナで第4年目の阿弥陀仏無遮大超度法会を主催し、参列者数が14000 人に達した。そこにチベット仏教の直貢噶舉教派、ヅバカジュ教派、ニンマ教派、ゲル教派等31人のガムポ、ラマ、ヨギーニ、および顕教出家衆の6人、および日本、フランス、インド、オランダ、香港などからわざわざ参加した信者らも含まれる。法会が円満に終了した後、リンポチェは参列者の供養金とご自身が寄付した金数合計416万元を内政部社会司に廻し、公益慈善社会福利事業に寄付し、社会的弱者や助けを必要としている人々の支援に充ててもらって、衆生に代わり広く善縁を結んでいる。リンポチェは過去四年に総額台湾元1800万元あまりを寄付している。

● 11月7日、リンチェンドルジェ・リンポチェはインドの北にあるパンジャブ省で最も有名な学校M.G.N. Public School, Kapurthalaの要請を受け、再び2008年度祝賀大会(2008 Annual Function)の授賞する貴賓として、講演をした。これは2006以降、再度この有名な学校の年度授賞する貴賓をする要請を受けた。リンチェンドルジェ・リンポチェは講演をする時に、特に4名のラマ、2名の出家衆及び50名の寶吉祥弟子を連れて、「極楽浄土に生まれしことを求める祈祷文」を唱えて、すべでの人々のために祈福し、場面はとても感動的だった。

● 11月9日、リンチェンドルジェ・リンポチェはインドの北部のパンジャブ省のシーク教区にある有名なジャランダーで殊勝な施身法法会を催し、インド人250人あまり及び台湾寶吉祥仏法センターの弟子200人近くが法会に参加した。リンチェンドルジェ・リンポチェの根本上師直貢チェツァン法王は、特に4名のラマに命じて、法王自らが使用する寶傘、法座、法机のテーブル掛け、法座背板布、楽器、ラダックからの小さい法机等を携えて、法会の催しを手伝った。今回の法会はこんなに多くのインド人が参加しており、特にシーク教の教徒が多数を占めた。これは史上初めて仏教(顕教と密教を含めて)がシーク教の重鎮で催した法会である。特筆するべきは此れほど多くのインド人が参加し、しかもシーク教徒が参列して、始終席を離れず、恭しく開示を聞き、法会をまっとうした事だった。リンポチェのこの創挙は、その慈悲無私及び仏法の不思議な力により、種族、地域、言語文化の垣根を越して、遠くの衆生に利益を行き渡らせることを象徴している。

● 11月11日から15日まで、インドのデラドンのヂャンチュウブリン寺に貴き直貢チェツァン法王が主催する世界平和祈福法会と「恆河大手印」の口訣法会に参加した。リンチェンドルジェリンポチェは教法伝承の尊さを重く見て、特に台湾より200名近くの弟子を連れ、みずから伝法を拝聴し、法輪が常に回ることを示した。法会が始まると、リンポチェは 法王にマンタを差し上げた。また、法王に稀有で貴重な水晶球と貴重なタンカを供養した。その玉は直径150mmにも及び、透き通って光り輝き、丸く無傷で、大手印の意義を象徴していた。法王は、それを法卓の上に置いた。伝法が終了した後、法王は自ら特にチベット語、中国語及び英語で、各国からの参列者の前で、公然と褒め称えた。「簡単に話せば、寶吉祥のリンチェンドルジェリンチェンドルジェ・リンポチェは1988年に出会って以来、ずっと私の根本弟子で、すでに20年になる。その後絶えなく伝承を助け、非常に敬虔であり、チベットのディクの主寺の金頂をつくり、インド、ヂャンチュウブリン(Jang Chub Ling)のソンツェン圖書館を助成し、直貢噶舉で助けを必要とするあらゆる寺院と閉関センターを助けた。ゆえに私は此処で彼が教派の為に大きな力を出した事を表彰する。又此処で、寶吉祥の作業人員は、リンチェンドルジェリンチェンドルジェ・リンポチェの引率の下で、非常に敬虔で苦労を惜しまず、各事々で発心をしている。この度の世界和平点燈もリンチェンドルジェリンチェンドルジェ・リンポチェが弟子たちと共に遥遥台湾から持ってきたものである。インドで直貢噶舉が必要とするものは、事の大小に関わらず、リンチェンドルジェリンチェンドルジェ・リンポチェが助けてくれる。私はこの機会を借りて、感謝の意を表し、リンチェンドルジェリンチェンドルジェ・リンポチェにハタを一つ差し上げたい。阿弥陀仏!」

● 12月20日、リンチェンドルジェ・リンポチェは、日本の京都寶吉祥仏法センターで殊勝な長寿仏法会を催した。日本現地の貴賓と信衆、インドからの信衆、及び台湾からの貴賓と弟子ら合計140余人がこの法会に参加した。リンチェンドルジェ・リンポチェの根本上師――尊き直貢噶舉教派第37世チェツァン法王は、2008年5月29日、京都寶吉祥仏法センターの開光大典を主催した折、ネパールのラチ雪山聖地からお連れした長寿仏像を リンチェンドルジェ・リンポチェに贈られた。それは長寿仏がここに来られたことを象徴する。だから、今回、リンチェンドルジェ・リンポチェが今回京都寶吉祥仏法センターで長寿仏法会を初めて主法するのは、特に仏法の伝承の意義を持つ。

2009年

● 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは2009年1月31日、日本京都寶吉祥仏法センターで、午前黒水財神法を修め、午後象頭財神法を修められた。日本現地の信衆、オーストラリアからの信衆、及び台湾からの弟子ら合計85人が此の法会に参加した。

● 3月、リンチェンドルジェ・リンポチェはインドのヂャンチュウブリン菩提寺にて第10回目の閉関修行を円満な行った。今回の閉関はリンチェンドルジェ・リンポチェは同時に51名の寶吉祥弟子が7日の閉関修行を円満を行う事を連れて指導した。

● 5月29日、30日に、リンチェンドルジェ・リンポチェは日本の京都寶吉祥仏法センターで開光周年記念法会を行った。リンチェンドルジェ・リンポチェは29日に「灯供祈願第2品」と「珍宝自成灯供」と「上師供養法」を修めて、また、30日に殊勝な得難い火供を修めた。参列者は日本現地と台北からの信者の貴賓で、インドからの貴賓、台湾寶吉証仏法センター皈依弟子と含めた。29日と30日の二日に合計129人と131人が法会に参加した。

● 8月16日、リンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥仏法センターでチベッ仏教直貢噶舉派の施身法を主催した。日本現地の信者と台湾の弟子を含めて、総計108人が法会に参加した。

● 2009年9月9日昼ごろ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、日本京都臨済宗妙心寺霊雲院住持則竹秀南老大師、臨済宗妙心寺本光寺岡島南圭住職、則竹秀南老大師の台湾の弟子玄恕法師等の随行する貴賓一行を台北の寶吉祥仏法センターに迎えた。則竹秀南老大師はチベット仏教はとても素晴らしいと賛嘆された。また、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示の後に、寶吉祥仏法センターの弟子達に「あなた達は非常に幸せだ!」と説いた。

● 9月、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの珠玉の著作『快楽と痛苦』の中国語版が出版され、本書は、米国国会図書館、米国ハーバード大学燕京図書館、米国コロンビア大学東アジア図書館、米国コーネル大学図書館、米国ジョンズ・ホプスキンス大学図書館、米国マサチューセッツ工科大学図書館、米国カリフォルニア大学バークレー校東アジア図書館とイギリスのオックスフォード大学ボドリアン図書館に寄贈されている。

● リンチェンドルジェ・リンポチェは、『快楽と痛苦』を書き始める前に、根本上師である尊き直貢チェツァン法王に教示を請い、並びに、序文の執筆をお願いした。直貢チェツァン法王は、リンチェンドルジェ・リンポチェの為に序文を書くことは加持であると、願いを聞き入れられた。なぜなら、直貢チェツァン法王は本書を見て、これが「文字般若」であることを理解し、諸仏菩薩は本書が衆生を利益できることを認められたことを表しているからである。よって、皆さんが本書を読まれる時は、簡単な字句であっても大きな収穫を得ることだろう。それは、仏菩薩と伝承の加持を受け取る所以である。リンチェンドルジェ・リンポチェは細心の注意を払って本書の文章内容を構成しただけでなく、表紙もまた自らデザインされ、非常に深い修行の境地と内的意味について示された。一冊240頁の內容は簡潔であるが深い内的意味が含まれている。本書がこの世に出て以来、大きな反響を呼び、利益を受けたのは弟子ばかりでない。多くの仏教徒および非仏教徒達も、本書の中から大修行者の智慧の甘露を汲み取り、更に健康な正しい心持ちによって生活の中に存在する幸せと苦しみに立ち向かうことができる。2010年1月まで、この本はすでに15,000冊以上販売した。

● 10月4日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、台北アリーナに於いて、第五回主法の殊勝な「チベット仏教直貢噶舉派阿弥陀仏無遮大超度法会」を開催した。そこには台湾の弟子や信徒の他に、14名の顕教出家者、青海雲南からのチベット仏教直貢噶舉派、ニンマ教派のガムポ、ラマ等18名出家者、及びオーストラリア、日本、インド、フランス、フィリピン、カナダ等を含む信徒も参加し、合計一万三千人余りが集まった。今回の「阿弥陀仏無遮大超度法会」には、尊き直貢チェツァン法王は弟子のリンチェンドルジェ・リンポチェを通じて、今回の水害の再建費用にして被災民の助けになるよう、新台湾ドル二百万元を台湾の内政部社会司に寄付された。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェもさらに200万元の現金を寄付した。法会が円満に終了した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは、現場の弟子たち及びすべての信衆がリンチェンドルジェ・リンポチェに供養してもらった供養金合計新台湾ドル423万元余りを内政部代表、公認会計士、銀行代表、弁護士が共に見守る中、八八水害への再建費用にと、内政部社会司にすべてを寄付した。2005から2009年の間には、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの寄付金額は総計新台湾ドル2,400万元を達した。毎年、内政部は時に専文或いは感謝状にて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。

● 2009年11月9日から10日まで、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは366名の寶吉祥仏法センターの弟子達を率いて、ネパールのカトマンズで、尊きチェツァン法王が自ら主催される直貢噶舉教派リンチェンリン寺(Rinchen Ling Monastery)の開光式典や、及び尊きチェツァン法王は自ら主法された葉衣仏母の灌頂法会に参加された。法会の開始前に、リンチェンドルジェ・リンポチェは、チェツァン法王の休息室の階下に立ってチェツァン法王を待っておられ、チェツァン法王と摂政王のすぐ後を階段からお寺の法会会場まで歩かれ、主法のチェツァン法王が大殿にお入りになるとき、リンチェンドルジェ・リンポチェも、チェツァン法王及び摂政王の後についてお入りになった。法会中、リンチェンドルジェ・リンポチェの座席は壇上の一列目で、チェツァン法王の法座に非常に近く、このことからも、リンチェンドルジェ・リンポチェの修行の果位と教派の中での重要性が分かる。典礼が円満終了し、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏寺内の休息室へ招かれ、昼食を召し上がった。開光典礼に参加なさったほか、リンチェンドルジェリンポチェは、上師チェツァン法王の要求により寶吉祥漢方医診療所を経営する郭院長を、台北からネパールのリンチェンリン寺に招いて、出家した人々を無料診察し、二日間で合計45人が診察治療を受けた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、この度の無料診察による薬と費用を自分ですべて支払われたが、それも最良で最高級の薬材を使用なさった。リンチェンドルジェ・リンポチェはその夜、無料診察を引き受けた寶吉祥漢方医診療所に診察状況をお尋ねになり、出家した人々の健康に関心を寄せ、今後長期的に必要な薬材の供給についても細かい準備手配をなさった。リンチェンドルジェ・リンポチェの衆生に対する関心と心配りは、行き渡らないところは無く、しかもずっと黙々と行われており、全く見返りを求めないのである。

● 11月15日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、北インドのパンジャブ省のジャランダーにあるリージェント パーク ホテルにおいて、殊勝な長寿仏法会を主催され、当地の320名のインド人信徒(その内の20名の信徒は当日法会が開かれることをホテルで知りこの殊勝な法会に自ら参加するのを希望)及び台湾からの144名の寶吉祥仏法センターの弟子と14名の信徒を含む合計482名が法会に参加した。これは、リンチェンドルジェ・リンポチェが当地のシーク教徒の願いに応えて、2007年以来三回目のシーク教の重要都市で行うチベット仏教の直貢噶舉教派の殊勝な法会であり、仏法で衆生を利益する。貴き直貢チェツァン法王は、特別に三名のラマを派遣して、北インドのヂャンチュウブリン寺より高座、楽器、テーブル等物品を持って、壇城と高座の配置と装飾、及び法会儀軌の進行を協力しに来た。雲南のナムギャル・ガムポもまた、わざわざ法会の手伝いに来られた。三名のラマが北インド・ヂャンチュウブリン寺から持って来られた鈴及びチベット式長いトランペッはチェツァン法王御自身が法会を行う時に使用される楽器である。今回の法会でリンチェンドルジェ・リンポチェが使用された小さな机もまた、チェツァン法王ご自身が使用された机である。

● 12月26日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥仏法センターに殊勝な「プルパ金剛法会」を行って、総計109人がこの殊勝な法会に参加し、この中に日本貴賓と信者21人、日本皈依1人、台湾信者1人、また、皈依弟子76人である。修法して真言を唱えている過程には、リンチェンドルジェ・リンポチェは極めて低く沈み雷鳴のような叫び声を発し、眉を逆立て、目を突き出し、口を歪めて、極めて獰猛な表情を表したそれは、プルパ金剛の忿怒相と全く同じで、声と表情は人が為せるものではなく、本尊と相応する殊勝な兆候を現した。

2010年

● 2月20日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥仏法センターで殊勝な財神法会を主催して、参列した大衆の中には、日本の貴賓の13人と信者の10人と台湾寶吉祥仏法センターの弟子の59人など合計で82人がこの殊勝な法会に参加した。

● 3月21日から3月28日まで、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはインドのヂャンチュウブリン仏学院で第11回の閉関を行った。今回の閉関は同時に13名の台北寶吉祥仏法センターの弟子を引き連れて指導して閉関しに行った。

● 5月2日、尊き リンチェンドルジェ・リンポチェはわが教派の中のとても重要なリンポチェであり、前生はかつて直貢噶舉教派の摂政王である尊きガーチェン・リンポチェを台北寶吉祥仏法センターに迎えてきて、法会現場で参列した信者及び弟子達にとても重要な仏法の教導と開示を与えた。

● 5月22日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥仏法センターでにて殊勝な上師供養法及び燈供を行って、参列した大衆の中には、インドと日本の貴賓及び信者及び日本の皈依弟子、また、台北の信者と皈依弟子など合計で125人がこの法会に参加した。

● 5月23日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥仏法センターでにて殊勝な得難い火供密法を修めて、参列した大衆の中には、インドと日本の貴賓及び信者及び日本の皈依弟子、また、台北の信者と皈依弟子など合計で132人がこの法会に参加した。

● 6月、尊き怙主直貢チェツァン法王は寶吉祥仏法センターの住持上師リンチェンドルジェ・リンポチェの懇願のため、台湾に来て、殊勝な「チベット仏教直貢噶舉派 祖師ジッテン・サムゴン793年記念大法会」を主催し、その上、台湾に1ヶ月に留まった。6月3日尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはマラシアに自ら向いて三恩根本上師尊き怙主直貢チェツァン法王を要請して台湾に来て「チベット仏教直貢噶舉派 祖師ジッテン・サムゴン793年記念大法会」を主催した。

● 尊き 直貢チェツァン法王は2010年6月4日に亜都飯店(The Landis Taipei Hotel )で、記者会見を催して、台湾のいくつかの主な新聞とテレビのマスコミ機関はすべて記者を派 遣して取材しに来た。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ、ラシャン・リンポチェ、カンポ、ラマ僧たちと寶吉祥仏法センター弟子達の数10人が現場で恭しく聞いた。その日、各主要なマスコミ(中視、TVBS-N、中天新聞台などを含めた)及び翌日新聞、この記者会の内容報道を記載された。

● 6月6日に尊き怙主直貢チェツァン法王は 台北アリーナにて「チベット仏教直貢噶舉派 祖師ジッテン・サムゴン793年記念大法会」を自ら主法した。今回の法会は直貢噶舉派を主催して、寶吉祥仏法センターを協力して、台湾行政院内政部が指導単位である。一万四千人余りは参加した。この中に、トリサブ・リンポチェ、ブヒューマン・リンポチェ、パルンキェンツ・リンポチェ、センゲテンジン・リンポ チェ、ラブサン・リンポチェ、イシ・リンポチェなど七名直貢噶舉教派のリ ンポチェであり、ナンジュガムポ、ヤキガムポ、ジゼンガムポなど三名直貢噶舉教派のガムポ、21名の直貢噶舉教派、ガマ噶舉教派、タロン噶舉教派、サ キャ教派の密教出家衆及び44名顕教出家衆を含まれた。参列者は台湾、中国、インドネシア、ベトナム、ミャンマー、フィリピン、マ レーシア、日本、韓国、香港、マカオ、インド、ネパール、チベット、タイ、アメリカ、カナタ、ドイツ、フランス、オランダ、オースト ラリアなど信者を含んでいる。。今回の大法会は尊き チェツァン法王は寶吉祥仏法センターの住持上師 リンチェンドルジェ・リンポチェの懇願のため、2002年6月30日に台湾桃園ドーム体育館で 万人大法会の後、再度台湾で主法する久しぶりの万人大法会である。毎年、リンチェンドルジェ・リンポチェは 寶吉祥仏法センターの大法会を主催するように、今回の大法会も相変わらず、入場券と点灯など全て費用が要らなかった。今回、法 会を挙げる経費は全部リンチェンドルジェ・リンポチェの監督の下に、全数が中華民国寶吉祥仏法交流協会会員に護持された。

● 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、三恩根本上師──尊き怙主直貢チェツァン法王が台北寶吉祥仏法センターへ弟子達と茶会 及び仏法開示にいらっしゃるのを招請致した。

● 6月30日、尊き怙主直貢チェツァン法王は今回の世界弘法の旅の台湾での日程を終えて、夜に飛行機に乗って、台湾を離れた。直貢チェツァン法王の根本弟子とするリンチェンドルジェ・リンポチェは自ら 直貢チェツァン法王の身辺の世話を致して、空港まで到着して、更に一緒に飛行機待合室に入ることを護送した。台湾桃園空港では、直貢噶舉派の台湾にある数名のリンポチェ、ラマ僧や信者及び寶吉祥仏法センターの400百位弟子が尊き怙主直貢チェツァン法王を恭しく見送った。

● 2010年8月16日に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、日本京都寶吉祥仏法センターにて殊勝な阿弥陀仏済度法会を主催して、参列者が日本現地の信者、日本人の皈依弟子、台湾人の弟子及び信者、合計で133人が法会に参加した。法会の昨日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは今回日本法会に参加する皈依弟子達に日本京都寶吉祥仏法センターでアチ護法と六字大明呪を唱えさせて、その上、一切な功徳を今回の大法会に迴向させた。

10月3日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、台北世界貿易センターの南港展覧館で、年度の殊勝な「チベット仏教直貢噶舉教派阿弥陀仏無遮大超度法会」を主催し、これは リンチェンドルジェ・リンポチェが台湾で第六回目にこの大法会を主催して、且つ、この展覧館で開催するのは初めてであり、参加者の人数も既に2万人を上回って、日本、香港、オランダ、フランス、インド、ニュージーランド、オーストラリア、米国、イギリス、カナダ、フィリピン、ブラジルなどを含む国外の信者達がわざわざ台湾へ参加しに来た。法会が円満に終了した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは弁護士、会計師及び銀行專員を招いて立会いして頂き、参加者が供養した新台湾ドル600万元余り供養金を公益慈善事業の費用として全額内政部に寄贈した。リンチェンドルジェ・リンポチェは円満に修法し終わった後、更に苦労と思わないで自ら電動車の上で立って会場全体を回って、甘露水を参加者に撒浄して(撒浄は浄水を撒き散らして浄める儀式)加持して、皆の身、口、意を清浄する。すべての撒浄過程は40分間続けて、リンチェンドルジェ・リンポチェは少しも休まないで甘露水を吸い込んでいる重い吉祥草を振って、清浄な甘露水を、首を長くして渇望する衆生に撒き散らして、衆生の願を満たすため、自分の体の負荷を大切にしなくて、その場面がとても厳粛であり人を感動させた。

● 11月27日、 尊きリンチェドルジェ・リンポチェは、60名の弟子を率いてニュージーランドへわざわざ尊勝三恩根本上師 直貢チェツァン法王の建設中の「ミラレバ閉関センター」を訪れに行って、しかも直貢チェツァン法王がニュージーランドの南島で行って、この土地と衆生を加持したり加護したりなされることを祈った。

● 12月1日、尊勝直貢チェツァン法王は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ及び寶吉祥仏法センター弟子は60人余りはニュージーランド南島クイーンズタウンで昼食を食事した時、当地の新聞記者は特にレストランに来て、直貢チェツァン法王、リンチェンドルジェ・リンポチェ及び寶吉祥仏法センター弟子は、ニュージーランドに訪れた目的及び日程を取材訪問した。翌日当地の新聞The Southland Times及びMountain Sceneは顕著な記事で直貢チェツァン法王、リンチェンドルジェ・リンポチェ及び直貢チェツァン法王の従者ラマの写真を登載した。また、「重要な仏教領袖」で直貢チェツァン法王を呼ばれた。更に直貢チェツァン法王が自ら主導し、リンチェンドルジェ・リンポチェが護持して、建設している直貢噶舉教派「ミラレパ閉関センター」を報道した。更に、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏法で多くの癌の患者を助けて、薬を飲まなくても病気を治癒した事、多くの人を瀕死の状態から救った事も報道した。

● 12月30日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、雲林県斗六寶吉祥仏法センターで、殊勝な直貢噶舉施身法法会を主催して、約360人が法会に参加した。

2011年

● 1月3日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥仏法センターにて、殊勝な三十五仏懺及びプルパ金剛法会を主催して、参列者が日本の信者15人、インドの信者1人、ニュージーランドの信者1人、日本の弟子1人、台湾の弟子146人及び信者20人を含んで、合計で184人が法会に参加した。

● 4月25日から28日まで、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは再び52人の寶吉祥仏法センターの弟子を連れて、ニュージーランドに行って、、わざわざと尊勝なる三恩根本上師 直貢チェツァン法王及び直貢チェツァン法王の建設中の「ミラレバ閉関センター」に訪れて、しかも直貢チェツァン法王が閉関センターの近くの観光地で休むことを招待した。随行する弟子達が先に大型の観光バスに搭乗して、丘で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを恭く迎える。その時、舌を鳴らしたり言い立てたり珍しさに感心するのは、もとは丘のあちこちで数十匹草を食べている牛群が、意外にもすでに道の両側の籬の中でひっそり整然と並んでいて、静かに列に並んで、頭は道に面して、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの到来を恭しく迎える。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て、動物がすべて霊性を持つと開示したことがあり、牛が大修行者に対する恭敬心を見てから、すべての弟子達は自分が牛に及ばないと嘆いた。

● 5月25日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥仏法センターにて、「上師供養法」法会を主催して、参列者が日本人の皈依弟子1人と信者10人、インドの信者1人、台湾の信者8人と皈依弟子152人を含んで、合計で172人がこの法会に参加した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥道場にて、「火供」法会を主催して、参列者が合計で187人である。

● 6月25日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北市信義区台北国際センターで「チベット仏教直貢噶舉派祖師ジッテン・サムゴン794年記念大法会」を主法した。参加者の人数は3,200人である。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは特に今年初めに自ら、ニュージーランドへ尊勝なる直貢チェツァン法王に謁見しに行って、2011年6月6日、尊勝なる直貢チェツァン法王はその弟子の尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが主持する「寶吉祥仏法センター」が、直貢噶舉派尊勝なる直貢チェツァン法王が台湾台北アリーナで主法される14,000人の「ジッテン・サムゴン793年記念日大法会」を開催することを協力するように命じた。この伝統と伝承を続けるため、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは特に今年初めに自ら、ニュージーランドへ尊勝なる直貢チェツァン法王に謁見しに行って、この記念大法会を引き続き開催することを願い求めた。尊勝なる直貢チェツァン法王の許可をいただき、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは自ら今回の記念大法会を主法した。今回法会の前に内政部江部長は特に「福佑群黎」の掛け軸を一幅贈って、リンチェンドルジェ・リンポチェが統なる仏法を広める善行を褒めた。蒙蔵委員会羅委員長も「円満成功」の掛け軸を一幅贈って、法会の円満を祝福した。

● 8月14日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、台北世界貿易センターの南港展覧館で、殊勝な第7回目の「チベット仏教直貢噶舉教派阿弥陀仏無遮大超度法会」を主催し、2万2千人を上回った人数が参加して、ゲルク派のリンポチェ、ゲシェ及びラマ、直貢噶舉教派ガムポ、ラマなど7人のチベット仏教出家衆を含み、比丘18人、比丘尼53人、及びインド、中国、日本、フランス、オランダ、イギリス、米国、ベトナム、インドネシア、香港など世界各地から参加しに来た信衆をも含んだ。中華民国総統(大統領)の馬英九様と総統府の秘書長(事務総長)の伍錦霖様は、別々に花束を贈って、「功徳円満」を題辞して、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが主法する「第七屆チベット仏教直貢噶舉教派阿弥陀仏無遮大超度法会」大法会が円満で殊勝でることを祝福する。それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは殊勝な阿弥陀仏無遮大超度法会を修めて、無数な衆生を済度してから、半時間の電動車を乗って全ての法会の会場を回って、甘露水で皆に灑淨して加持させた。手で吉祥草を持って、絶えずに甘露水をいっぱいつけて、力の限りの尽くして参列者に撒いた。参列者もとても感動し、何度も拍手して、リンチェンドルジェ・リンポチェの無私な払いに感謝していた。法会が円満に終了した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは弁護士、会計師及び銀行專員を招いて立会いして頂き、参加者が供養した新台湾ドル613万元余り供養金を公益慈善事業の費用として全額内政部に寄贈した。

● 8月16日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥仏法センターにて、殊勝な地蔵菩薩息災法及び施身法法会を主催して、参列者が日本の各地から来た信者28人、インドの信者1人、及び日本と台湾の弟子162人を含んで、合計で191人がこの盛会に参加した。

● 9月17日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは226人の寶吉祥仏法センターの弟子を連れて、チベットに赴いて、そして17日に尊勝なる第36任直貢チョンツァン法王に謁見しに行った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは18日にまた弟子達を連れて、直貢噶舉教派祖寺である直貢梯寺を訪問して、そして弟子を率いて仏寺の主殿で金剛薩埵を修めて、更にアキ護法殿でアキ護法儀軌を修めた。その時直貢梯寺で、雨が降り、雪が降ったことが現れて、また同時に太陽があるように珍しい天象であり、そして大型の黒色の鷲群が上空にぐるぐる回っていて離れなくて、これらはすべて天竜護法がリンチェンドルジェ・リンポチェが衆生を利益する広大な功徳を賛嘆して、現れた瑞象である。

● 11月10日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは北部のパンジャブ省重要都市ですジャランダー、当地のシーク教徒の恭しい祈請に応じて、一回殊勝な「普巴(プルパ)金剛」法会を主催します。当日は週末の休日ではないが、しかしインドの貴賓308人、台湾からの信者7人、皈依弟子250人を含んで、合計で565人も参加して、そして4名のラマ僧はわざわざヂャンチュウブリン(強久林)から法会に配置して行うように協力しに来ましました。法会の中に、地動の瑞相が現れて、法会に参列する大衆は地面が2度上下に震動したことを感じて、これは法会の殊勝で円満な瑞相で、大衆は法会の殊勝さにしきりに賛嘆しましました。

● 11月12日及び13日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達を連れて、北インドのドランドンにあるヂャンチュウブリン(強久林)寺に向いて、直貢噶舉教派の冬季法会に参加して、喜金剛灌頂を受けた。11日の午後6時頃、リンチェンドルジェ・リンポチェの車はメーン幹線には入って松賛図書館の道に行く時、尊勝なチョンツアン法王の侍者揚佩(Yanpei)、ヂャンチュウブリン寺院の普卡(Puka)秘書及び拉達克(Ladakh)皮揚(Phiyang Monastery )寺のラマ僧曲尼(Konchog Chönyi)はリンチェンドルジェ・リンポチェを迎えてハッダを差し上げた。車は約10分間がかかって松賛図書館に着いた後、噶舉仏学院院長ケンポス藍道(Rangdol)、ヂャンチュウブリン寺院の家職畢立(Bili)ラマ僧及び楚旺(Tsulwang)ラマ僧皆はリンチェンドルジェ・リンポチェを迎えに来て、それにハダを差し上げてこれは大リンポチを迎える規格である。12日と13日の法会には、リンチェンドルジェ・リンポチェの車が強久林寺に着いてから、仏寺の管理人のラマ僧ビリが自らリンチェンドルジェ・リンポチェに迎えてハダをあげて、そして、自らリンチェンドルジェ・リンポチェに仕えて会場に入った。13日、強久林仏寺の住職――尊きのチザギャラ・リンポチェは自ら壇城においてリンチェンドルジェ・リンポチェに誘って壇城に向いて座らせた。その上、尊きガチェン・リンポチェの要求の下、リンチェンドルジェ・リンポチェが、主法上師――ガチェン・リンポチェの法席の左側の第2位の高座で座った。

● 13日の午後の法会を始めてから、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは首位の出家衆と出家弟子を連れて、一切の衆生に代表して、主法者の尊きガチェン・リンポチェにマンダと供品にあげた。マンダをあげる同時に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台湾から持ってくる2010年尊勝直貢チェツァン法王が台北ドームで主法する「チベット仏教直貢噶舉派祖師ジッテン・サムゴン793年記念大法会」の500枚DVDをラマ僧により出家衆と信衆に与えた。反応が熱烈なので、また、最も多くの人々は尊勝なる直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェに認識する事が出来るの為、リンチェンドルジェ・リンポチェが一ヶ月以内に、又、5カートン(500枚)のDVDを強久林寺に与えて、信衆、出家衆に提供した。法会が完了する前に、ラマ僧はガチェン・リンポチェから提供するルピーの現金を全ての参列者に与えた。リンチェンドルジェ・リンポチェはとても慈悲深く全ての弟子にもらったルピーを揃えてから、全部主法上師にガチェン・リンポチェに供養した。最後、法会が完了する予定前に、ガチェン・リンポチェは多くの甘露丸をリンチェンドルジェ・リンポチェに与えて、リンチェンドルジェ・リンポチェは多くの甘露丸を全て今回法会に参加して来る弟子達に与える事を指示させた。

● 直貢チェツァン法王に仕えるの為、リンチェンドルジェ・リンポチェが随意に下敷きを持って直貢チェツァン法王の法席の側の地面に着席して、上師への注意深いと恭敬を自ずから現れて、直貢チェツァン法王に無比な従順し、一心で上師の需要を注意し、自分を以って弟子が上師に仕えるベスト模範になった。

● 11月13日の夜、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは尊き直貢チェツァン法王の指導の下、強久林で第12回目の閉関を行った。11月19日まで、第12回目12次閉関修行が円満に終了して、出関後には、すぐ尊勝なる直貢チェツァン法王に謁見しに行って、衆生のために閉関したことによるすべての功徳を尊勝なる直貢チェツァン法王に捧げた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが出関した時、閉関の部屋の上空の群雲が盛んに沸き始めていて、突然太陽が雲から抜きん出て、眩い光芒を放っていて、雲気の変化が凄く多くて、きわめて殊勝な竜の形の雲が現れた。黄金色の日光は群雲の中から四方八方に放って、群雲がだんだん散っていって、かすかに広大な青空が現れて、まさに仏光が世間にあまねく照らす如く、衆生は殊勝な仏法の助けを得て清浄な本性を回復することができるようになって、大修行者の閉関修行が円満に終了した瑞相に賛嘆した。

● 12月31日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥仏法センターにて、自ら殊勝な施身法及び長寿仏法会を主催して、参列者が日本の貴賓、日本と台湾の皈依弟子、及び台湾からの信者が合計で200人が今回の殊勝な法会に参加した。

2012年

● 1月1日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥仏法センターにて、自ら1セットの貴重な《龍蔵経》を開封して壇城の上で陳列して、しかも真言を唱えて加持された。同時、台湾の寶吉祥仏法センターには、リンチェンドルジェ・リンポチェの指示の下、領眾の出家弟子は貴重な《龍蔵経》を開封して壇城の上で陳列して、その上、寶吉祥弟子に連れで「妙法蓮華経」を唱えていた。この『龍蔵経』は、康煕時代に製作され今まで伝われてきた台北故宮博物院の《龍蔵経》の複製本である。『龍蔵経』が再度世に現れるのは尊き直貢チェツァン法王の大願力である。2005年、直貢チェツァン法王はこの『龍蔵経』の複製本を貰えることを指示した。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王の願いを叶うため、巨大な財力及び心力を尽くした。2010年、全ての複製本をついに完成した。《龍蔵経》は此の世に現れたのは素晴らしい事である。仏法は住世の時間は尚更に長く続けると代表した。

2012 年 04 月 08 日 更新