お知らせ

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子を率いてインド・ラダックの平陽寺へ赴き、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王が主法なさる法会に参加し、また法王の寿誕吉祥を謹んでお祝い申し上げた

尊勝なる直貢チェ・ツァン法王の親諭の下、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは2019年7月30日、寶吉祥仏法センターの200名近い弟子を率い、北インド・ラダックの平陽寺へ赴き、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王が御自ら主法くださる「菩提心戒教授」、「直貢大ポワ法」、「長寿仏灌頂法会」に参加し、法王の寿誕を謹んでお祝い申し上げ、すべては吉祥円満となった。

2019年7月30日(火曜日)

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥仏法センターの200名近い弟子を率い昼間にインド・デリーに到着した。

夜6時、弟子達は宴会場にリンポチェを恭しくお迎え申し上げた。リンポチェは席に着かれると、加持くださったナッツを弟子達にくださり、食後、リンポチェは弟子達を気遣い「明日ラダックに到着後は、皆しっかり休むように。腹七分目が良い。今日はみな相当な早起きをした。十分な睡眠を取るように注意し、高山病に注意するように」とお言葉をくだされた。

同時に、七月誕誕生日の13人には、リンポチェからのバラの花束が贈られ、「ハッピーバースデー」の歌で誕誕生日を祝った。

2019年7月31日(水曜日)

7月31日早朝の微光の中、弟子達はリンポチェに率いられ、2班に分かれてラダックへと出発した。機内へ一歩足を踏み入れると、入り口の一列目にお掛けになったリンポチェが、搭乗する全ての弟子に、眼差しで加持くださるのが目に入った。弟子に対する上師の余すところのない心遣いは、時間も場所も分かたず、あらゆるところに存在するのだ。

飛行高度が上昇するに従い、ヒマラヤ山系の険しく壮麗な景色が見えてきた。遠くに近くに見える山の峰々は重なり、また連なり、山の頂きは清らかな雪で白く輝いている。だが植物は少なく緑は少ない。飛行中、雲に飛行機の姿が映っているのを弟子達は窓外に見た。それは、七色の光の輪に囲まれ、リンポチェと弟子達が順調にレーに到着できるよう仏光が一路守っているかのようだった。弟子達は感動して讚歎した。上師が慈悲なる加持をくださり率いてくださるおかげで、弟子達は直貢噶舉派の、この重要な法会に参加する機会を頂戴しているからだ。

飛行機が9時過ぎにラダックの中心都市、レー空港に到着した時、現地の信衆は鮮やかな色彩の伝統衣装を身に纏い、両手にハタを持って、リンポチェの到着を歓迎申し上げた。一時に鼓楽の音が鳴り、辺りはにぎやかになった。リンポチェは道を挟んで並ぶ群衆に一人一人加持をくだされた。

リンポチェは、降機を迎え道を挟んで並ぶ群衆に一人一人加持をくだされた

リンポチェはホテルで出迎えた群衆に加持をくだされた

この時レー上空には殊勝なる日暈瑞相が出現した。その景象は極めて稀で素晴らしく、しかも感動的なものだった。日暈はほとんど天空全体に広がり、明晰で壮観だった。日暈は諸仏菩薩の背光を表す。大地を普く照らし一切の六道有情を加持くださる。大修行者が至るところには、諸天菩薩も護佑讚歎くださるのだ。その功徳は無量だ!

リンチェンドルジェ・リンポチェがラダックの空港に到着すると、レーの上空には殊勝なる日暈瑞相が出現した

空港を出る時、リンポチェは出家弟子に、同じジープに乗ってホテルへ向かうよう指示なされた。道すがら、現地の人がリンポチェに対して恭敬し合掌するのが見られた。リンポチェは出家弟子に「現地の人はこんなにも恭敬だ。それは彼らがリンポチェの尊貴と果位を知っているからだ。だが、弟子達はリンポチェの果位と尊貴を理解せず、みな揃って恭敬心がない」と開示なされた。

夕食の際、リンポチェは食事を共にする機会を弟子にくだされた。席に着いておられる間、リンポチェは何度も食物と甘露水に加持し弟子にくだされた。高山病の症状が出ていた多くの弟子も、リンポチェが加持くださった食物と甘露水を口にした後、一人一人症状は軽くなった。

2019年8月1日(木曜日)

直貢噶舉派は11世紀にラダック地区に伝わり、16世紀に入り、その影響は拡大した。中でも平陽寺は直貢噶舉のラダックにおける最も重要で、最も歴史ある寺院だ。数百年来、現地住民にとって主要な信仰の中心となってきた。

平陽寺はラダックにおける直貢噶舉の最も重要で最も歷史ある寺院

早朝8時30分、リンポチェに率いられ、寶吉祥の弟子は約60台のジープに分乗し平陽寺へ向かい、12年に一度の豚年(亥年)大法会(The great drikung pig year teaching)に参加した。平陽寺到着時にも、前日同様、空には極めて大きな日暈瑞相が出現した。その最も外側の虹の光の輪を肉眼でも見ることができた。

平陽寺での法会の際、午前中に空には極めて大きな日暈瑞相が出現した

寶吉祥の弟子達は寺院脇の坂道に居並び、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王及びリンチェンドルジェ・リンポチェのお越しを奉迎申し上げた。法王の御座車が最初に会場に入り、リンポチェが乗られた車は法王の御座車そのすぐ後に続いた。

平陽寺の総管、旺給ラマと現地の有力者達はリンポチェにハタを献上し、リンポチェは金剛杵で加持をくだされた

法会が始まり、リンチェンドルジェ・リンポチェは法王に従い、法王が壇城主法座に上られた後、リンチェンドルジェ・リンポチェは主法座左側の最上位に着かれ、教派の摂政王であられる赤札リンポチェは主法座右側の最上位に着かれた。これらすべては法王に最も近い位置で、左右両側の法座及び法卓の高さは同じで、しかも向かい合っていた。

法王は貴重な開示をくだされた:

「チベット仏教には12年毎に三つの重要な法会がある。それは蛇年、申年、亥年だ。今年2019年は亥年の大法会を行う。この二日のテーマは菩提心、菩提行の開示と菩提心戒の教授だ」

法王は「ジッテン・サムゴン祖師はかつて、菩提心は修行者に対する真に保護で、修行者が菩提心を発するのは、すべての衆生、さらには敵までもが得度できるよう願ってのことだ、と仰せになった。修行者は一切すべては無常であると考え、今世の行善と悪業はすべて次の一世にまで続くと深く認識しなければならない。仏果を証するまで、菩提心の種子を植え付け、菩提心を生起することができれば、永遠の楽を得ることができる。菩提心生起のために行わなければならない一つ目的事は、具徳の上師に皈依することだ。修行者は、自身の上師と仏との無二無別を観想し、常に七つの供養を修習しなければならない」と開示くだされ、法王は開示の中で、七つの供養の重要性について何度もお話しになった。

供養の発心は最も重要で、最も中心のものだ。そなたの起心動念が正しいなら、行うことはすべて正しい。修行者は正しい心持ちを発起し、すべての善事を行わなければならない。

法王は「菩提心で最も基本的なものは、慈悲心と皈依心だ。衆生を自身の母親と同じだと考え、衆生の離苦得楽、輪迴苦海離脱を助けなければならない。我々は十方諸仏菩薩と上師の傾聴と加持を祈請し、菩提教法を受け入れ、菩提願力を発する。そしてさらに、慈悲喜捨の平衡を修持しなければならない。我々は上師と仏とを無二無別と見なさなければならない。アティーシゃ尊者は仰せになった:上師を仏と見なせば、仏の加持が得られる。上師を菩薩と見なせば、菩薩の加持が得られる。上師を凡人と見なせば、凡人の加持を得るだろう」と開示くだされた。

寶吉祥の弟子達は寺の礼遇を受け、専属の着席区域が割り当てられた

法王は菩提心が破壊される原因について「第一は懺悔しないことだ。第二は密法教導の上師を騙すことだ。第三は菩提心戒を破壊する悪行を犯すことだ。第一種の悪行はすでに菩提心戒を発した人を批判することで、同時に自身の菩提心戒を打ち砕いてしまう。第二種の悪行は、他人の供養、何らかの善事を批判或いは阻止することだ。第三種の悪行は、自身の名聞利養のために、他人と衆生を騙すことだ。菩提心はダイヤモンドの如く硬く、何かによって砕かれるものであってはならない。菩提心は円満成就と正果までの修行の始まりだ」と開示をくだされた。

法王が法座を下りられると、リンポチェ必ず素早く立ち上がってお支え申し上げた

法王が休息室にお入りになるのに、リンポチェは恭しく付き従った

法会の終了後、リンポチェが乗られた車が会場を離れようとしていると、多くのチベットの民は老人や幼児を支えながら、リンポチェが乗られた車の脇に列を成して加持を求めた。老人の中には手にした杖を放り投げ、群衆の中、急いで前の方に出てリンポチェの加持を求める者もいた。現地の人にとって、この生で大修行者を目にできたのは殊勝な得難い因縁なのだ。

リンポチェは金剛杵で沿道で加持を求める信衆を加持なさった

夕食時、リンポチェは弟子に食事を共にする機会を再びくださった。弟子の人数が多いので、二軒のレストランに分かれての食事となった。リンポチェは昨晚リンポチェと同じレストランでなかった弟子に、今晚は交換するよう特別に指示された。こうしてリンポチェは一人一人の弟子に目配りすることができる。

弟子達が料理を取ろうと列を作っている時、リンポチェはビュッフェボードで弟子が料理を取る状況に気を配われたが、弟子達が料理を取る時に他人のことを考えることなく、また順番に列に並ばないのを発見し、厳しく弟子達を叱責した。料理を取る時には、取りたいだけ取っており、列についている他の人をまったく顧みておらず、順番に列に並んでいない人もいた。

リンポチェは席に戻った後、男性出家衆をさらに叱責した。「先ずは少し取ればいいではないか。必ず全ての料理を取らなければならないのか?自分が満足するまで取り、後ろに並んでいる人のことをまったく考えない。出家人らしさがない。出家とは読経するだけではないのだ。出家は一つ一つの動作のすべてが出家なのだ。女性出家衆もだ。幸せに暮らし過ぎたか?出家衆が法会に参加するには、その費用は他の弟子達が負担するのだ。誰もが同じだ。満足するまで料理を取る。これで宗教団体か?誰もが加護を求めるだけだ!」

リンポチェは、前回ラダックに来た時、弟子達が何軒のホテルに分かれて宿泊したかをお尋ねになった?(弟子達は「11軒です」とお答え申し上げた)リンポチェは開示くださった。「旅行会社は今回の法会の準備を一年余りも行ってきた。それはみなが同じホテルに泊まれるのを願ってのことだ。今日の法会時には9人が身体に不調を来したが、医療スタッフがケアした。上師が特別に手配した24時間の医療スタッフが弟子達のケアをしているのだ。

続いてリンポチェは、今朝リンポチェがレストランに入った時、上師に気づかず立ち上がらなかった三人の弟子を叱責した。

リンポチェは「そなた達はVIPか?他の人はすでに出発しようとしているのに、ツアーリーダーが探しにやって来ていた。ここでそなた達に4つの選択肢を与えよう。第一は、明日直ちに出て行くこと。法会団にはVIPはいないからだ。第二には、VIPなら、そなた達のために専用車を準備しよう。いつ出発しても構わない。第三は、ここにいるすべての者が、そなた達が毎日最も早く車に乗り出発することに同意する。第四は、リンポチェの果位まで修め、出発しようと思う時間に出発する」と叱責なされた。リンポチェはその場にいる弟子に「彼らが毎日最も早く出発することに同意するか?」と尋ねられたが、同意する者はいなかった。

リンポチェは旅行会社のツアーリーダー長を「今後は遅れている者を待ったりせず、時間通りに発車するように。一秒二秒遅れてもダメだ」と叱責された。

リンポチェは劉という姓の弟子を「会社で幹部を務めているといって、こんなにも威張っている。そなたは、私が二分早く到着するとはまったく思わなかっただろう。アキ護法はほんとうに素晴らしい。この事から、そなた達の心構えを見て取ることができる。私を誤魔化そうなどと思う必要もない。私はすでに72歲だ。凡夫からリンポチェ果位まで修められたのだ。これまで経験して来た事は、そなた達が分かるようなものではない。そなた達がこれ以上改めないなら、私は法王に、今後の法会には参加しないとご報告申し上げよう。私は何一つ怖くない。ただ因果だけを恐れる。そなた達は何一つ怖くないようだ」と叱責なされた。

リンポチェは続いて「あと三人入り口に座っていて、集合しなかった弟子は誰だ?」と叱責なされた。蕭という姓の弟子が前に出て、二人はリンポチェの食事の準備を担当する林という姓の弟子と鍾という姓の弟子だと報告申し上げた。リンポチェは林という姓の弟子と鍾という姓の弟子を「私の食事を準備すれば私に供養していると考え、思い上がり、自分は特別だと考え始めている。私はラプチ雪山で閉関した時、三ヶ月間精白麺を白湯で煮て食べていた。私は米の飯など食べなくとも良いのだ」と叱責なされた。リンポチェは蕭という姓の弟子を「体力がないなら来るべきではない」と叱責なされた。

リンポチェはツアーリーダーに、この六人のVIPのために専用車を二台準備し、何時に出発し何時に帰ろうが自由にさせるよう指示なされた。

「さらに今日の法会の最中、侍者を務めた林という姓の弟子は、私の真後ろに座っていたのに、寝ていた。私の後ろに座っているのに、私が気がつくなどとは思ってもみなかっただろう。ちょうど振り返った時に寝ているのが見えたのだ。もし水があったら、ぶっ掛けてやるところだった。

リンポチェは最後に思いやり深くお話になった:楽しく食事せよ。辛い表情をしていれば、消化に良くない。明日の法会は一日中だ。大変になる。料理はすべて食べるように。残っていれば、料理人は自分達の料理を我々が好まないのだと考えるだろう。

夕食の最中、数年前リンポチェがラダックに来られた時にいっしょに撮った写真を持って、ホテルのオーナーが恭敬に拝謁を求めて来た。リンポチェは金剛杵で加持なさり、いっしょに写真を撮られた。

ホテルのオーナーがリンポチェに恭敬に拝謁を求めた

2019年8月2日(金曜日)

午前9時、弟子達が法会会場でリンチェンドルジェ・リンポチェを奉迎申し上げた時、頭を挙げて天空を仰ぎ見ると、極めて大きな日暈瑞相が平陽寺の上空に出現していた。

リンポチェは法王を奉迎された

リンポチェは法王が法座に上られるのに恭敬に付き従った

法王が法座に上られた後、リンポチェは恭敬に法王に頂礼申し上げた

法会が始まると、リンチェンドルジェ・リンポチェは200名近い寶吉祥の出家及び在家弟子を率い、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王にマンダを献上申し上げた。

リンポチェは法王のお側に隨侍し、手を伸ばして弟子を前に出し加持を領受させた。法王は慈悲深くも経典をお手に持ち、寶吉祥の弟子の頭上に一人一人加持をくださった。

主催側は10人の寶吉祥の弟子が代表して台上でマンダ献上を行うよう計画していたが、リンポチェはすべての衆生を大切にお考えになり、そのおかげで同行の200名の弟子は法王に対してマンダを献上し、経典をお手にした法王の加持を領受し、金剛結を賜る機会を得ることができた。この一切の因縁福報はすべてリンポチェの法王に対する完全なる恭敬と供養、教派に対する絶え間ない全心全力での護持の賜物である。弟子達は自身の無大福報、無大供養は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの福徳庇蔭であり、そのおかげで法王の加持を幸運にも領受できたのだと深く思い知り、内心で上師の深く厚い恩澤に無限の恩を感じた。

マンダ献上儀軌の終了後、リンポチェは出家弟子に指示し、参加しているラマに供養金を供養申し上げた。

続いて、法王は参会者に貴重な開示をくださり、菩提心戒を教授くだされた:

菩提心戒を得る三種の方法は:一に菩提心、二に菩提行、三に勝義菩提だ。菩提心と菩提行の異なるところは、一つは発心で、一つは実際の行動だということだ。菩提心開示を得るには、二種の起因がある。一種は因縁因果で、もう一種は授戒上師と仏の無二無別を理解し、上師と仏の無二無別を観想することだ。それが菩提心を得るための必要条件だ。

午後法王は座に上られた後再び開示くださった:菩提心発起及び菩提心戒授予はすでに円満に終了した。この両者は仏果を証するための無上因縁だ。簡単に言えば、遵守しなければならない戒律には三種ある:第一は福徳因縁の累積、第二は六波羅蜜の修行、第三は一切有情への利楽だ。我々は全力を尽くして一切の衆生を助け、五戒十善を守らなければならない。我々は布施時に、他人が必要な一切を供養しなければならない。その目的はすべての衆生の利のためである。人類だけではない。すべての衆生が利楽を得られるようにしなければならない。

「諸悪莫作」の中心思想は:仏が教える戒律に服従する。出家衆は出家衆の戒律を守り、在家衆は十善法を修める。簡単に言えば、他人への傷害を回避することだ。我々のすべての行いは菩提心に適合していなければならない。例えば、食事の際に食物に執著しない。執著するなら、食事も一種の負の行為となってしまう。大乗仏法中では、食物は我々の肉体及び肉体中の寄生虫を維持するだけのものなのだ。食事は彼らに餌をやることだ。これこそ食事時に持っているべき簡単な念頭だ。金剛乗の方法は、食事は食物により諸仏菩薩を供養する。自分が観世音菩薩になり、食事は観世音菩薩を供養する行為であると観想する。

修持の過程では、自分の善念、無上の喜悦、珍宝のような上師に対する恭敬心があるので、至るところで善の縁起がみられる。こうして上師の心と過去仏、現在仏、未来仏の心と意識の無二無別を理解することができる。

法王は菩提心戒を教授くださった後、輪迴苦海を離れるまで、上師と永遠に離れるないことを示すため、参会の誰もが薬指をつなぎ合うよう求められた。続いて法王は身を起こし、参会者にも立ち上がるよう求められ、すでに輪迴苦海を離れたと仰せになった。

法会の終了時、寶吉祥の弟子達はリンチェンドルジェ・リンポチェの車が会場を出るのを恭しくお送り申し上げた。多くのチベットの民は、群衆を押しのけ前に出て来て、リンポチェが乗られた車の脇に走り寄り加持を求めた。さらにはリンポチェの車がすでにゆっくりと動き始めている時、敬虔なチベットの民は去りがたい様子で車に従い走っていた。リンポチェは慈悲深くも金剛杵を挙げて中空で一一加持くださり、衆生に願いに応えてくださった。チベット人にとって、この生で大リンポチェを自ら目にできたことは、すでにとてつもなく大きな福報であり、加持を得られればなおのことだ。

夕食時、リンポチェは食事を共にする機会を弟子にくだされた。

リンポチェは「明後日は法王の誕生日と釈迦牟尼仏の記念日だ。明日は長寿仏を修める。法王はこの二日菩提心戒を開示くださった。菩提心が説くのは菩薩道修行だ。菩提心戒と顕教の菩薩戒とは違うのではない。菩提心戒の儀軌の方が複雑なのだ。

私はこの二年『寶積経』を開示する時、はっきり言って来た。在家衆には修められる他の法門はない。菩薩道だけだ。出家衆も今のところは他の法門はない。菩薩道を修行できるだけだ。そうでなければこの一生で生死を解脱することはできない。だが、心の中にやはり多くの個人的な考えがあり、『仏子行三十七頌』さえもまったく心の中に留めようとしない。どうして修められるだろうか?菩薩道が説くのは何も要らない。そなた達はすべて要る。

今日昼は法王を食事にお招きするのに、驚いたことに膳食組の弟子は料理二品とスープ一品しか用意していない。しかも、米飯も子供が食べるような量だ。茶碗半分食べてそれ以上食べられない。多過ぎて食べきれないのではなく、飲み込めないのだ。食事会で料理が二品ということがあり得るだろうか?昼食にそなた達が食べたビュッフェは何品あった?」と開示くださった。弟子は「十数品でした」とお答え申し上げた。

膳食組の二人の弟子が青菜を二品しか作らなかったのは、食べきれないのを心配したからだ。リンポチェは「なぜ膳食組の弟子はこのような考えがあったのか?私の修行分析によれば:第一に、彼女らはひたすら金を使うことを惜しむ者達だ。第二に、彼女らは私に対して余りにも良くするからだ。食べ過ぎると、私のスタイルが変わってしまうのではないか、と心配し、私のスタイルを維持しようとしているのだ。私がスタイルを維持するのは、少食によるのではない。運動だ。第三に、自分で分からない時には、他人に聞けばいいのだ。他人に食事をご馳走するのに、緑色の野菜が一品と白い野菜が一品だなどありうるか?私一人ならどうということはない。だが法王がおられるのだ。しかも過ちを犯しながら、なお理由をつけている。リンポチェに食物を無駄にさせてはいけないと思ったなどと。

リンポチェはツアーリーダー長に「ビュッフェでは毎回余りが出るが、この二人の弟子は食物を非常に大切にするので、彼女らはビュッフェを食べなくとも良い。今夜からだ。ホテルの廚房が作ってくれるなら、メニューの料理を注文しても良い。ホテルの廚房が作ってくれないなら、外に食べに行けば良い。ホテルのビュッフェで食べているのを見つけたら、明日送り返せ」と言い渡された。

リンポチェは「そなた達はみな、なんでもないことでも重大な命令であるかのように大騒ぎする。ちょっとのことで、自分が中心になれると思っている。この一点から学べただろう。一つの団体内では勝手なことは許されないのだ。こんな有様で、自分は修行していると思っている。なにを修行しているのだ?自分勝手と利己的なやり方を修めている。

ここラダックのチベットの民は、私が加持すると非常に喜ぶ。そなた達は毎週日曜日私を見ても苦虫を噛み潰したような顔をしている。機会を見つけて私を懲らしめようとしている。今私に害を及ぼすのはすべて弟子だ。他所の人は害を及ぼすことはできない。今日の事は面子が潰れたとは言えない。自分についていて最も重要な弟子が、自身の弟子を教えることさえできないで、大事を行えるのか?と法王は思われてしまっただろう。私はこれからもたくさんの事を行わなければならない。昼間この事が起きたのは、法王の今日の菩提心戒教法を領受する資格が、本来はそなた達にはないということだ。私がそなた達のために、すべてを受け止めてやろう。

昨日四人の出家弟子を叱責したのは、出家人は自分自身があってはならないからだ。衆生だけなのだ。食事は楽しみではない。ただ仕方がない事なのだ。ところが、この四人の出家弟子は楽しんでいた。出家弟子は私が供養している。それなのに楽しむとは!少しでも福を享受したなら、すぐになくなってしまう。在家衆は楽しんでも良い。それは、自分が苦労して働いて稼いだ金だからだ。私は非常に厳格だ。それは私は再来しないつもりだからだ。法王は再来なさる。そのため、法王はひたすら多くの種を蒔いておられる。

今回法王はそなた達にこんなに良い機会をくださった。法王はこの法をすべて私に伝えてくださるともお約束くださった。みな良く考えてみよ。自分が何を行なったか。菩薩道を行なっているような様子か?私は二年間『寶積経』を講じているが、誰も聞き入れていない!やはり自分のことばかり考えて修養を積まないと、天と地がその人を滅ぼすと思っている。自分のことを考えるのは当たり前だと思っている。

昨日あの六人のVIPを、私の正面のあのテーブルに座らせた。はっきりと彼らを見るためだ。彼らはリンポチェをさえ見下している。どうしてツアーリーダー長を大切にするだろうか?」と開示くださった。

食事が一段落したところで、リンポチェは、ジムのインストラクターをしている張という姓の弟子に、弓を引く動作、呼吸の方法を指導し、毎日の練習の回数と重点を教導なされた。同時に数人の教官に対して武術、馬術の手本を示され、馬の歩みが堅固なら相手の心は動かないと指摘された。リンポチェは同時に拳法の手本も示された。定中で拳法を行う時、気はスムーズに流れ、すべての拳が滑らかで力強く正確だった。続いて、インド人教官と台湾人教官が技を披露した。リンポチェは自ら技の重点について手本を示し指摘された。

リンポチェは自ら技の重点について教官に手本を示された

最後にリンポチェは、女子の防身術を行なって見せ、押さえ込まれた時、いかにして脱するかを教導するよう台湾人教官に指示なされた。リンポチェはいついかなる時も弟子に関心を寄せ、様々な方法、様々な機会に、自分自身と他人をいかにして助けるかを弟子に教導くださる。

2019年8月3日(土曜日)

午前9時20分、リンポチェは弟子を率い、法王主法のポワ法及び長寿仏灌頂法会参加に向かわれた。

その日の法会には約5万人が参加したため、会場へ向かう道には、大量の車が流れ込んだ。もうすぐ平陽寺という時、渋滞でまったく動かなくなってしまった。沿道では多くのチベットの民、各国から訪れた人が老人や幼児を支え、食物と座布団を持ち、唯一のメインストリートを歩いているのが見えた。道程はいささか遠く、道路は平坦とは言い難いが、仏法への恭敬と渴望は、老若男女の顔に満面の笑顔をたたえさせ、12年に一度の得難い殊勝なる法会に参加する歓喜があふれていた。

参加者が多いため、平陽寺法会会場への道路は深刻な渋滞をきたした。法会は10時30分に始まる予定だったが、その時リンチェンドルジェ・リンポチェが乗られた車はなお道半ばにあり、緊急措置として救急車により道を開けた。沿道のチベットの民は、リンポチェが乗られた車が通過すると知ると、直ちに極く自然に道を開け、両手を合わせて奉迎した。そのため、リンポチェはスムーズに会場に到着できた。リンポチェの到着後、法王は主法座に上られポワ法の教授をくだされた。時間は11時だった。この一切は、法王とリンポチェとの間の師弟の暗黙の了解を示している。法王の伝法は、重要な弟子が法会に到着してからでなければ始められないのだ。

午前の法会で、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王はポワ法の教授をくだされた。

午後3時、長寿仏灌頂儀軌を行い、法会は最後にミルクティー、寿酒、長寿丸が参会者に配られた。

法会スタッフは寿丸を参会者に配布した

法会後、平陽寺総管であられる旺給ラマは、寶吉祥の弟子達を寺の大殿に招き入れお話しくださった。

「平陽寺はすでに300年余りの歷史を有する。平陽寺へようこそお越しくださった。法会への参加に感謝する。前回舍衛城において、我々はリンチェンドルジェ・リンポチェの法会への参加を祈請した。準備委員会は非常に喜んだ。尊勝なる直貢チェ・ツァン法王の法会にみないっしょに参加しているのだ。我々はすべて法友だ。亥年大法会に法王とリンチェンドルジェ・リンポチェの加持が得られたこと、みなが参加してくれたことに心から感謝する。我々は法会の開催に長けていない。出来るだけ行う事しかできない。もし何か行き届かないことがあったなら、どうかお許しいただきたい。我々には、教派センターが行うような水準の開催はできない。寺の僧尼衆と若者の力を結集して全力で行うだけだ。

平陽寺はラダックで非常に重要な寺院であり、直貢噶舉の四大寺、直貢梯寺、ラマ玉如寺、夏卓庫寺、平陽寺の内の一つだ。平陽寺は16世紀に建立された。現在非常に有名だが、それは多くの絵画、古い仏像があるからだ。機会があれば、明日みなに紹介しよう。ありがとう」

散会後一時間余り後でも、チベットの民の一部は、リンチェンドルジェ・リンポチェの休息室外で恭敬合掌して待ち、リンポチェの加持を求めていた。加持を求める人並みは長く続き、リンポチェが乗られた車がゆっくりと通り過ぎると、道端で待っていたチベットの民は次々に恭敬合掌して、車が遠くなり見えなくなるまで車の後に付き従った。

各国から訪れた人がリンポチェ休息室のドアの前で加持を求めて恭しく待った

虔誠的藏民依依不捨地跟著 仁波切座車祈求加持

法会参加者は5万人に達したため、チベットの民はお互いにぎっしりと膝と膝を付き合わせて座り、身体を動かす隙間がほとんどなく、無理に細い通り道を作りようやく動けるほどだった。チベットの民と共にこの殊勝なる法会に参加し、仏法に対する彼らの恭敬と渴求を強く感じた。翻って寶吉祥の弟子達は、寺側の礼遇を受け、専属の着席区域が割り当てられたため、十分な広さのスペースがあり、厚みのある柔らかい絨毯に座っていた。頭上には日を遮るテントも張られ、それは周りのテントよりも厚くてしっかりしたものだった。この他、寺院大殿内には専属の昼の休息室があり、專用の現代式トイレも標示され、しかも専用スタッフが世話していた。これら優遇はすべて、教派に対する尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの余すところ無き数十年来の護持のおかげであり、弟子達はだからこそこのような礼遇を受けることができているのだ。弟子達は心の中でリンポチェの加持とお与えくださることに無比なる恩を感じ、上師の訥々たる教誨を決して忘れてはならないと自分自身に言い聞かせた!

チベットの民は法王の開示を恭敬、集中して傾聴した

チベットの民は混雑の中ぎっしりと座り、樹林区に座っているものもいた

夕食時、リンポチェは食事を共にする機会を弟子にくだされた。

リンポチェは、六人のVIPの席は、今後自分の正面のこのテーブルにし、卓上に名札を並べるよう指示なされた。この時、張という姓の弟子は、不同意の表情を顔に浮かべたので、リンポチェは「それは何の表情だ。こんなことが、どうしてこんなに厳しいのだと言いたいのだろう。そんなに大切だと思っていないなら、今後旅行会社はそなたを顧客とすることはできない」と叱責なされた。

食事が終わると、リンポチェは「明日は朝9時に法会会場に到着する。明日は法王の誕生日と釈迦牟尼仏記念日だ」と開示くださった。リンポチェが出家衆に「何の記念日だ?」とお尋ねになったが、出家衆は直ちに答えることができなかった。

弟子達は恭敬してリンポチェの殊勝なる教法を傾聴した

リンポチェは開示くださった。「ラダックは小チベットとも呼ばれる。それは気候がチベットと非常に似ており、主要な信仰もチベット仏教だからだ。およそ六十%の寺は直貢噶舉の寺だ。

法王が伝授くださる菩提心戒は菩薩道を修める特別な法門だ。法王は非常に慈悲深い修行人であられる。そなた達が修めようが修めまいが、とにかく先ずは伝える。修めないなら、法王に借りを作ることになるのだ。この法本は以後台湾でも修め始める。今日午前、法王はポワ法を口伝くださった。もしかつてポワ法口伝に参加し、上師の様子を覚えており、その声を覚えていさえすれば、三悪道に堕ちることはないとも言われている。そのため普段、私の話に注意を払っていない者は、ポワ法を伝えられても役に立たない。それは上師に歯向かっているからだ。その張という姓の弟子のように、上師が弟子を叱責するのを、面白くなく思っている。

『寶積経』を開示した時言ったことがある。釈迦牟尼仏も弟子を叱責すると。張という姓の弟子は空腹で食事がしたいため、いつまでも弟子を叱責する価値があることがあるのか、と思っていた。私がどんな方法で度衆するか知っているか?私の度衆の法門は他のリンポチェとは異なる。私はそなた達にとって近づきやすいものではない。そなた達に良い顔もしない。それはそなた達の業障が深重だからだ。世を去る時には絕対に業障に邪魔される。私が弟子に対して厳しいのは慈悲があるからだ。それは叱責の方法でなければ、そなた達は私の様子を覚えていないからだ。上師の様子を覚えていさえすれば、死後地獄に堕ちることはない。その時私が業障を遮ってやろう。そのため私が叱責するのを嫌う人は、離れていくように勧める。学密する人は上師に対して完全に服従しなければならない。一昨年法王は、今年ラダックへ来るとお言いつけになった。法王のお言いつけなので、どんなに疲れようと私は行わなければならない。車を追いかけて加持を求める人を見ただろう。彼らは三宝を尊重しているのだ。そなた達とは違う。そなた達は、三宝は自分達が利用するものだと思っている。

法王の六十大寿時、私は500人の弟子を率い法王をお祝いするために訪れた。当時ガーチェン・リンポチェと法王は前にお掛けで、私は後ろに座っていた。お二人のご老人は中国語でおしゃべりされていた。普通に考えれば、チベット語で話すはずだ。法王は、私というこの弟子は人を打つし人を罵る、と仰せになった。ガーチェン・リンポチェは、それでは無慈悲だ、と仰せになったが、法王は、これこそ慈悲だ、と仰せになったのだ。つまり、これに法王は賛同なさっているのだ。これこそ慈悲だと公に認証くださったのだ。楽に暮らしたいなら、私のここに学仏に来ないことだ。

今回ラダックに来て、多くの事が発生した。自分自身の身の上に発生したこととは限らないが、すべては修行の道具だ。今回は楽しみに来たのだ、と思っているなら、今回出て来た意味は失われる。

マンダ献上を行なったすべての人には、法王は経典を用いて加持くださらなかった。我々だけだ。それは私が大供養を行ったからだ。この6人のVIPは普段からこの様子だなどと思ってはならない。彼らは合わせ鏡に過ぎないのだ。彼らが犯した過ちは、そなた達も犯す。ただ、そなた達が幸運で、福報があり、改める時間があるだけなのだ。そのため、帰国しても、なお死んでも改めないなら、離れるよう勧める。あのサービススタッフを見よ。何を言っているか分からなくても、私が話しさえすれば、跪いて聞いている。それは彼らにとって、リンポチェが口を開けば、それは仏法だからだ。

法王は、明日の法会は昼までだと指示された。そなた達を連れて平陽寺を拝観する。明日はアキ護法の寺院へも行く。非常に古い寺院だ。非常に多くの古いものを見ることができる」と開示くだされた。

食事の最中、ホテルの多くのスタッフがリンポチェのそばに来て加持を求めた。廚房のスタッフもいれば、サービススタッフもおり、ツアーリーダーなど、約34人いた。リンポチェはご自身のお疲れを顧みず衆生の願を叶え、金剛杵で一人一人に加持し、開示をくだされた。リンポチェはあるスタッフに、先ずはどこの出身か、と質問された。そのスタッフは、インド北方のデラドゥンの出身だと答えた。リンポチェは、怒りっぽく喧嘩で手を出しやすいので、暴力的な喧嘩をしないよう、お諌めになった。リンポチェはまた別のスタッフに、このスタッフの家ではヒンズー教の神を祀っており、非常に手厚く祀っている。続けて祀り、さらに父母に良くしなければならない。父母をほったらかしにするのは良くない。そうすれば自分の未来にも良い、と開示くださった。

リンポチェはさらにもう一人のスタッフに、非常にたくさん酒を飲むが、それは喉と身体に良くないので、酒は嗜む程度にし、飲み過ぎは良くない。いつか身体にさまざまな症状が現れるだろう、と開示くださった。リンポチェはさらに、6年前に一度リンポチェに仕えたことがあるスタッフに、息子は3年後には自分の考えを持ち、出家しようと考えるだろう。父母として反対してはならない。帰宅したら、妻に言うように、と開示くださった。

リンポチェはレストランのスタッフに加持をくだされた

リンポチェはこれらスタッフへの加持を終えられた後、そばにいた人に「あれらインド人が跪く時、みな手でリンポチェの靴や足に触れるのを見たか。インド人はリンポチェは尊貴であると考えているからだ。これはインド人にとっての崇高な敬意を表す方法なのだ」と仰せになった。

2019年8月4日(日曜日)

今日はチベット歴の6月4日で仏陀初転法輪日であり、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王の73歲の誕生日だ。平陽寺では法王の生誕祭が行われた。多くのラダックの仏教団体が参加し、歌、舞踊などの出し物で法王を供養し、法王の貴体の勝妙康を恭祝申し上げた。

法会の開始前、法王のお許しを得て、リンポチェは、弟子に2組に分かれて平陽寺を参観するよう指示なされた。平陽寺は16世紀に創建された。直貢噶舉教派のラダック地区における最大規模の寺院だ。

弟子達は先ず喜金剛殿を参観した。喜金剛殿は6年前にリンポチェが出資して建立した仏殿だ。チョン・ツァン法王とチェ・ツァン法王の居所は階上にある。喜金剛殿が祀る主尊は釈迦牟尼仏で、仏殿内外は美しいタンカと壁画で飾られている。仏殿は静謐かつ荘厳で、総管の旺給ラマは、リンチェンドルジェ・リンポチェに対する感謝を表明した。

二つ目の仏殿は大黒天殿だ。16世紀に建立された非常に古い仏殿で、主尊として四臂マハーカーラを供奉し、直貢噶舉派の不共護法アキ護法も供奉している。しかもアキ護法は立姿であられる。殿内の壁画も16世紀に完成したもので、希少な珍宝鉱石を研磨して作った粉末で描かれている。普通の顔料ではない。四壁には白マハーカーラ、黄マハーカーラ、度母、ミラレパ、祖師ジッテン・サムゴン、勝楽金剛等が描かれている。殿内には16世紀の国王が小有していたヤクの角で作られた弓が収蔵されている。

三つ目の仏殿は平陽寺で非常に重要な共修殿だ。平陽寺の僧侶は毎日ここでお勤めを行なう。一般の観光客がここを参観するのは、ここの壁画のためだ。これら壁画は16世紀から保存されているオリジナルだ。仏殿は今に至るまで16世紀初めの創建時の様子を保存している。冬に融雪水が滲み込むので屋根を簡単に補修しただけだ。殿中には毘盧遮那仏、阿弥陀仏、ジッテン・サムゴン、アティーシャ尊者、二人の法王を供奉し、四壁には多くの仏像が描かれている。当時は珊瑚、ラピスラズリ、金などの貴重な珍宝を研磨して粉末に描かれた。法相は荘厳かつ優美で、画風は精緻で優雅であり、ラインは清麗で滑らかだ。今日に至るまで、色彩が鮮明かつ柔美に残されている。総管旺給ラマは「政府の官僚が参観に来た時には口々に賞賛し、これら貴重な文化財をしっかり保護するよう寺側に望んだ」と説明された。

これら非常に貴重な仏教の珍宝をこの目で見る機会を賜ったことに、弟子達はリンポチェに感謝し、法王に感謝申し上げた。祝寿会場に戻ると会は始まり、リンチェンドルジェ・リンポチェの席は、法王の左手第一位の最上位に手配され、法王と共に誕生日をお祝い申し上げた。

誕生慶祝の会の最中、法王はお言葉を述べられた:

リンポチェ各位、信衆各位、官僚のみなさん、ラダック代表、寺院協会会長、他教派の代表各位、インド以外の地区から来られた貴賓各位、ここに集まってくれた諸氏、今回の誕生会に参加してくれたことに感謝する。古くは上師の誕生日を祝う伝統はなかった。涅槃の慶祝だけだった。だが、時代は変わった。そのため、誕生を祝ってくれることに感謝する。

今日は殊勝なる日でもある。仏陀初転法輪の日だ。仏陀はルンビニでお生まれになった。クシナガラで涅槃され、サールナートで初転法輪なされ、苦、集、道、滅の四聖諦法を開示された。四聖諦法において、我々生命の真理を教導くだされた。我々が痛苦という時、痛苦はどこから来るのか?痛苦の根源を見つけたら、断除しなければならない。いかにして断除するのか?一切の悪業をなさず、一切の善を行うことで、一切悪の根源を断除するのだ。一旦福徳資糧を累積すれば、現在の願望を満たせるだけでなく、永遠の願望を満たすこともできる。仏陀は一切善を行い、正道上を歩くよう教導くださった。正道上を歩くことができるなら、苦集道滅四聖諦法を完全に修習し、最後には涅槃を得ることができる。

今日は非常にうれしい。多くの人がここに集まってくれ、多くの出し物があった。舞踊を見て、少し疲れただろう。さまざまな楽器の演奏も非常に素晴らしかった。ありがとう。我々はこんなにも幸運だ。この非常に殊勝なる日を共に祝うことができたのだから。

法王はケーキを切って参会者に配ろうとされ、リンポチェは側に隨侍しておられる

リンポチェは法王にハタを捧げられた

ラダックの仏教団体が歌、舞踊などの演目で法王を供養申し上げた

法会は円満となり、リンポチェは法王を恭しくお送り致した

1時過ぎになって会は終了した。昼食を取った後、リンポチェは弟子を率いて一時間余りの時間をかけて、車でアキ寺院(Dharma Wheel Monastery of Alchi)を訪れた:

アキ寺院はラダック最古の寺院の一つだ。11世紀に仁欽桑布(Rinchen Zangpo)大譯師が創建された。すでに世界文化遺産に登録されている。11世紀仁欽桑布(Rinchen Zangpo)はこの地に来て、まったく寺院がないのを発見した。そのため、村民に供養された珊瑚などの各種珍宝をすべて集めて、いっしょに寺院を建造した。この寺院中の壁画の風格と外部の木彫りはすべて、カシミールの絵師が描いたもので、カシミールの風格を深く備えている。

リンチェンドルジェ・リンポチェが先ず参謁されたのは、曼荼羅設計を模した三層の聖殿だ。殿内の主尊は彌勒仏で、彌勒仏の腿の上には、仏陀の物語が書かれている。右側に供奉されるのは文殊師利菩薩で、文殊菩薩の腿の上には、八十人の大成就者が描かれている。左側に供奉されるのは、観世音菩薩だ。リンポチェは仏像に頂礼なされた後、文殊師利菩薩仏像にハタを献上し入定された後、少しの金剛吼を発声された。リンポチェは平陽寺総管旺給ラマに「この文殊師利菩薩仏像の背後には破損がある。詳しく検査して補修しなさい。さもなくば倒壊するだろう」と仰せになった。リンポチェは、弟子達に一人一人内に入って仏像を仰ぎ見るよう指示なされた。

リンポチェはアキ寺院で現地の信衆に加持なされた

続いて毘盧遮那仏殿に入った。狭くて古い仏殿に200人が入れば非常に窮屈だ。後ろの人が入って来られるよう、前を向いて座るようリンポチェは弟子達に何度も促された。リンポチェは、すべての弟子が入って来たかと何度も尋ねられた。すべての弟子が仏殿に入ったのを待って、リンポチェは以下の開示をくだされた:

ここの仏像には千年余りの歷史がある。そなた達こんなに多くの人が入って来た。それは内部の仏像にとっては一種の傷害だ。108遍六字大明咒を唱え、続いてアキ護法の咒語を108遍唱える。

持誦が終了すると、リンポチェは弟子達を率いていっしょに迴向した:

願此持誦功徳
供養十方三世一切諸仏菩薩
供養ジッテン・サムゴン
供養直貢噶舉歷代伝承上師
供養アキ護法
迴向給直貢噶舉一切修行者
願直貢噶舉法脈長流
直貢弟子修行得成就

リンポチェはアキ寺院で古寺のラマからのハタ献上を受けた

夕食時、リンポチェは弟子達に食事を共にする機会をくだされた。リンポチェは食物に加持し、女性弟子に最も頭の良い弟子に食物を与え、その人からみなに分配するよう指示された。女性弟子が食物を隣りのテーブルに渡すと、受け取ったのは陳という姓の男性弟子だった。陳という姓の男性弟子は一瞬にして顔から耳まで赤くなり、すぐには食物を受け取らなかった。この時、リンポチェは「あの者に与えるな」と叱責された。それで女性弟子は食物を他の弟子に分けた。

食事の間、リンポチェは出家衆に、先ほどの陳という姓の男性弟子の過ちはどこにあるのか、5分間考えるように求められた。5分後、出家衆は「上師に不恭敬だからです」と報告申し上げた。リンポチェは半分だけ合っていると仰せになり、もう5分考えさせた。このように3回の5分間の時間、出家衆は相手の過ちを正しく言うことができなかった。リンポチェは「衆生が何を考えているか分からないで、どうして度衆するのか?」と開示くだされた。

食事が済むと、リンポチェは出家衆に事情の経過を説明するよう求められ、出家衆は報告申し上げた:

「先ほどリンポチェは食物に加持なさり、女性弟子に、最も頭の良い弟子に与え、みなに分配するよう仰せになりました。女性弟子はリンポチェが加持なさった食物を受け取り、最も頭の良い一人の兄弟子を探し、その結果、陳という姓の男性兄弟子を見つけました。リンポチェの観照は非常に微細で、陳という姓の男性兄弟子の起心動念、顔色、耳が赤くなり、顔色が変わったのを、リンポチェはすべて捉えられました。しかもリンポチェは『君子の良き配偶』と仰せになりました。もう一言は仰せでないので、私は言いません。彼は女色を見たと言う意味です。

一般的には、リンポチェが食物に加持されたなら、その時の心念としては直接受け取り、受け取って処理するでしょう。ところが彼は止まってしまった。それは美色を見て、耳が真っ赤になったからです。そのため彼は上師に恭敬でなく、上師は諸仏菩薩が応化して来られ衆生を度化するのだと信じていないのです。つまり、リンポチェの禅定功夫は一流です。起心動念し顔色が変われば、リンポチェはすぐに分かるのです。先ほどリンポチェは兄弟子がなぜ叱責されたか考えるよう、私に仰せになりました。私はいくら考えても正しく答えることができませんでした。後でリンポチェの開示を求めた後にようやく悟ったのです。

私は出家衆であり、比丘ですが、ひたすら自分を修めています。それは自分がうまく修められなければ、衆生を済度させられず、リンポチェのようになれないからです。いつでもどこでもリンポチェの心持ちのすべては衆生を救うため、衆生に利益するため、喜怒哀楽のいずれでも、すべては衆生を救うためで、情緒に流されているのではなく、意識型態のすべては真に菩提心の作用であるのです」

リンポチェは「私は批文、朱批(許可、朱入りの許可書)を加えよう。古書を読んだことがある人はこの二文字を見たことがあるだろう。読んだことがないなら、仕方がないが。私は道場内での男女交際を禁止したことは一度もない。そうだろう?」と開示くだされた。その場にいた弟子達は「そうです」とお答え申し上げた。

「なぜ陳という姓の男性弟子は私に見られたのか?それは至極簡単だ。因果を信じ、上師を信じていさえすれば、過ちを犯すことはないからだ。女性弟子は『リンポチェの言いつけです。あなたに分けます』とすでに非常にはっきりと言っている。もし私なら、誰であるかは重要でない。重要なのは、この物が上師がくれたもので、すぐに行わなければならないと言うことだ。出家弟子は彼の正面に座っていたのに、彼の反応を見ていなかった。

彼の一つ目の反応はsurprise(驚き)、why me?(なぜは私なのか?)二つ目は耳が赤くなる。三つ目は先ず一度相手を見て、次に皿の上の料理を見て、再度相手を見る。このようにすれば長く見ることができる。もし彼の心の中に、上師しかないなら、上師が言いつけた事に対して、集中しないと言うことがあろうか?こんなザマで、この者はなお私に従い学仏できるか?」と開示くだされ、リンポチェは「どんなザマだ?法会参加のために来ているのに、女色を考えているとは!」と叱責なさった。

「彼にとっては、一瞬念頭を動かしただけだが、これこそ『地蔵経』が講じる『起心動念はすべて業であり、すべて罪だ』だ。自分の念頭にいかにして業を起こさせず、罪を起こさせないか?それには上師を信じるのだ。上師は日常生活には干渉しない。仏法上の事だけを管理する。

今日私が言いつけた事で念頭を起こした。この念頭は起きるや否や、他の悪業もそれに従い起きる。考えてみよ。もし誰かが他人に代わり何かを行う。ところが、そなたはこの人をそこに立たせて時間を無駄にしている。これで因果があるか?学仏とは毎日持咒読経することだなどと思ってはならない。心を『仏子行三十七頌』を用いて調整しないなら、永遠に生死解脱はできない。

私の心はますます細やかになっている。見ただけで、そなた達が何をしたかが分かる」と開示くだされた。この時リンポチェは「VIPテーブルの鍾という姓の弟子、先ほどそなたの眼差しはこの辺りを漂っていた。その女性が誰か見たいと思ったのか?私が仏法を説いているのに、そなたの心は飛んで行ってしまった。自分がなぜVIPになったのか、今になっても分からないのか?学仏はそなた達が想像するように、読経、拝仏、菜食、法会に参加すれば修行だと言うのではない。私の果位は僥倖で得られたのではない。私は命をかけて学仏している。そなた達に能力がないなら、つまりこの種の根器がないなら、言いつけに従わなければならない!だが、そなた達は従おうとしない。私はここで話しているのに、そなたの心はあっちの方へ飛んで行ってしまっている。時間を無駄にしてどうするのだ?これ以上無駄にするなら、仏を学ぶこともできまい。誰もが、ここに来て、楽しく学仏できることを望んでいる。ここに来て、『リンポチェが加護くださる。リンポチェは非常に素晴らしい。なんでも解決してくださる』と言う。私にはこの種の能力がある。だが、そなた達のこのような学仏態度で、どうして行えるだろうか?

誰もが私に対して疑心暗鬼だ。昨日そなた達を叱責したばかりなのに、今日また再来だ。衆生の劣根性は非常に改め難い。そなた達は自身の心が見えていない。学仏などやめてしまった方が良い。特に鍾という姓の弟子、学仏するな。ストレスが減るだろう。そなたは今なお自分自身を変えようとしないからだ。戻ってよく考えよ。学ばなくとも良い。なぜこんなに大変なのか?ここラダックの人達は、リンポチェ果位を具備した人を目にすれば、自然に尊重の心が湧き上がる。教える必要はない。昨日叱責したばかりなのに、今日また同じだ。心が飛んで行ってしまっている。私がここで話しているのに、そなたは自分の事を考えている。こんなに苦しんで何をするのだ!学仏は永遠の断苦、永遠の幸せを教えるのに、そなた達はひたすら煩悩を探している。

特に菩薩道修行は凡夫の念頭でできるものではない。凡夫の念頭とはなんだ?起心動念はすべて貪嗔痴だ。あらゆる念頭はすべて自分自身のためだ。二人の出家人がビュッフェから料理を取り過ぎただけでも、私は彼らを打つ。それは彼らが後ろの衆生が並んでいるのを思いもしなかったからだ。我々の心はこの程度まで細やかなのだ。そなた達は俗家弟子として、当然私のように細やかな心を持つことはできない。だが、少なくとも信じて、言いつけを守らなければならない。「私は学仏に来ただけだ。法会が終われば、他の事は関係ない。管理できるものか」と思い続けないでもらいたい。そなた達は私の皈依弟子だ。私は管理できる。私の弟子を辞めても良い。いつでも私の弟子を辞めることができる。

一人目の出家弟子の報告︰

リンポチェはとても大変です。法会団は修行の法門で、みなに福報智慧を累積してくれます。リンポチェが商売しているなどと言ってはいけません。リンポチェが行なっておられるのは仏法事業、六度万行です。私の理解では、これは一種の法門です。我々はすべて世俗の心、凡夫の心で、リンポチェを見ているのです。私の少しの理解を報告致します。

4日間の法会は非常に殊勝でした。みなが福報と智慧を得ることができました。法王は、誰もが菩提心を有すると開示及び伝授くださいました。リンポチェもしばしば「我々は貪嗔痴慢疑に覆われているので、菩提心が顕現できないのだ」と開示くださいます。私の菩提心も顕現していません。そのため私は出家して30数年経ってから、超凡入聖し衆生を済度でき、菩提心を顕現し、菩提心まで証できるよう、リンポチェを師と仰ぎ、リンポチェに教えを求めたのです。リンポチェは喜怒哀楽のすべてで衆生を救い、衆生に利益し、自分自身の心は全く不動です。なぜでしょうか?それが菩提心です。これは私の理解です。

そのため法会団は観光団でも、旅行団でもないのです。私は、リンポチェに従いしばしば外国へ行きます。まだリンポチェに従っていなかった時、外国へ行くのはすべて旅行のためで、楽しんでいました。今ではそのような心はありません。なぜなら私は法会だけが衆生を救え、衆生に利益離苦させられると分かったからです。私は現在この種の心構えでいます。あちらこちらを観光しようという、以前の心構えとは違います。私が修行したからではなく、リンポチェが真に衆生に利益し、衆生を救おうとしておられると知っているからです。こんなに大変なのに、みなに誤解されています。当然リンポチェは定力をお持ちです。どうであろうと、どうということもないのです。不動で心は常に清浄です。これは私の理解です。ですが、衆生を教導し怒目金剛相を現され、衆生を目覚めさせ、衆生の習気を治め、衆生に日常生活で仏法を運用させ、『仏子行三十七頌』を日常生活で運用させるのです。

リンポチェはしばしば「日常生活で仏法を運用できるなら、いつか必ず因縁が合和し悟るだろう」と開示くださいます。何を悟るのでしょうか?それはリンポチェがしばしば開示くださる「清浄自性の本来の面目」です。超凡入聖できるのです。悟れないなら、習気、我執、法執は非常に断ち難く、業力に影響されるます。

二人目の出家弟子の報告︰

多くの人が仏法修行の概念を理解し難く思っているおり、因縁とは何かが分からないようです。私の剃度師父、大兄弟子、さらにはリンポチェまで、すべて怒目金剛相を現されます。修行を始めたばかりの頃は叱られます。自分が叱られるのは当然だと私は比較的理解できる方です。それは全身業障であり、叱られないなら、進歩するなどありえないからです。ですが、もし顕教から出てきたのでないなら、このような考えはなく、最初からこのような教法に触れれば、どうしてこんななんだ、あんななんだ?と感じるでしょう。私も出家したばかりの頃は、何かをする度にほんの少しのことで、ひどく叱られました。その頃は私も「なんなんだ?普通に過ごせばいいんじゃないのか?」と思っていました。その後私は、これは師父が弟子を成就させようと、弟子の業障を消そうとしておられるのだとようやく分かりました。もし楽に日々を暮らしても成就できるなら、諸仏菩薩に恭敬する必要などないのです。つまりリンポチェはこの種の方法を用いて、迅速に我々の業障を消し、障礙を解除し、我々の心がより集中できるようにしてくださっているのです。そうでなければ、こんなに集中することはできず、みな必ず散漫になってしまうでしょう。

仁波切問︰「你這4天有什麼心得呢?」
リンポチェは「この四日間で何か得たものがあるか?」とお尋ねになった。

この出家弟子は「私はこの四日間で、法王が伝授くださる発菩提心、お伝えくださる菩提心戒、行菩提心を聞き、非常に嬉しく思いました。ですが、非常に細やかで、行うのは難しいとも思いました。ですが、リンポチェの加持の下、また自分自身の心を起こしていくことができれば、必ずゆっくりと成し遂げられると私は信じています。今回は特に、法王が菩提心戒をお伝えくださったことを非常に嬉しく思っています」と報告申し上げた。

リンポチェは「この弟子が前の方で言ったのは非常に道理にかなっている。だが後の方で、法王の伝授の下、我々がこの心を起こしていけば菩提心を修められると言った。もしこのようなら、法王は「リンチェンドルジェ・リンポチェ、私の横に座っている必要はない」と仰せになるだろう。試してみよ。私の教えがなく、いかにして菩提心を修めるのか。10年賭けようか?」と開示くださった。

弟子は「リンポチェがおられなければ、絕対に修められません」とお答え申し上げた。

リンポチェはこの出家弟子を叱責なさった︰だが、先ほどはこの言葉を述べなかった。先ほど言ったのは、すべての弟子の心中の思いだ。法王に法を伝えてもらえば、自分自身で家で修められる。もしこのようなら、法王は、法王のお側の一番近い位置に私を座らせている必要はない。もし上師がいなくとも、成就を修められるなら、そなたを尊敬する。それは、私でさえも上師が必要だからだ。台湾人の非常に深刻な病は専門家を信じないことだ。どんな分野の専門家であっても、そなた達の前では全く価値がない。それはそなた達が自分でできると思っているからだ。そなた達の論理で考えれば、法王のお側には、こんなにも多くの在家弟子がいるのに、なぜ私だけが証果のリンポチェなのか。しかも大リンポチェだ。私が金で買ったと思っているのか?中国語を上手に話せ、英語も上手に話せるからだと思っているのか?

前回そなたは「リンポチェ、私は懺悔申し上げます。あなたを尊重しなかったからです」と言った。私は「私を尊重しないのは、三宝を尊重しないことだ」と返した。今になっても、そなたはやはり分かっていない。私は三宝を代表しているのだ。そなたが私を尊重しないなら、三宝を尊重しないということだ。三宝を尊重しないで、なんの仏を学ぶのだ?多くの人が、仏を誹謗し法を誹謗し僧を誹謗するのは罵ることだと思っている。実はそうではない。そなた達の思想なのだ。鍾という姓の弟子の思想は三宝を誹謗している。私はここで彼女を叱責する。彼女は目を逸らしている。それは気分が悪いからだ。この人は誰か見つけようと思い、心の中で「そんなに深刻だろうか?」と思っている。そなたと、昨日のあの張という姓の弟子の考え方は全く同じだ。なぜこんなに多くの人が密法を修めているのに、ほとんど誰も成就しないのか?それは上師に対して完全に降伏している者が一人もいないからだ。降伏しないなら、行えないし、成し遂げることはできない。

私は予言しよう。私はますます厳しくなる。それは私が再来したくないからだ。そなた達のほんの少しの供養を受け取る。そなた達は学ばないし修めない。その結果、私はそなたに借りを作る。どんなに疲れることか?正しくないなら、追い払う。皈依時に言っている。上師が言うことを学ばず聞かず、怠けるなら、同室せず、教導しない。そなた達を法会団に参加させたのに、交流会の心持ちでいるとはなんとしたことか。

法王は菩提心戒をそなた達に伝授したのではない。私、赤札リンポチェ、法王が認可した何人かの人に伝授したのだ。そなた達には結縁させただけだ。もし今日法王の言葉をいくらか聞いて、すぐに菩提心を修められるなら、そなた達をリンポチェとしよう。この出家弟子は前に出て話したが、その後に質問したら本性を現した。この出家弟子に10日間を与える。しっかり考えるように。この習気を改められないなら、帰ったほうがましだ。残らなくとも良い。この数日間、そなた達は法会に参加した。そなた達にはこの福気があると言えるし、実に悲惨だとも言える。それはすべてをリンポチェに見られたからだ。皈依時に言った。上師に近づかないなら、上師はそなたを追い出すことができる。私に近づくとは、一日中私といっしょにいるということではない。遠くに隠れて、私に姿を見せないようにしている、あの者たちのことだ。私の面前に弟子が跪くと「そなたは誰だ?」と尋ねることがある。皈依して7年になると答える者もいるではないか。それなのに私は誰か分からないのだ。なぜ分からないのか?それは普段現れないからだ。何かがある時しか現れない。

この四日間で、そなた達が自分の過ちがどこにあるかを理解するように願う。「福報があるから、法王が伝法してくれた」と先ほどの者が言ったように、勘違いしないことを願う。もし、法王がこの200人には自ら伝法しても良い、とお考えなら、「リンチェンドルジェ・リンポチェ、そなたは下がれ」と仰せになるだろう。あの場所は座り心地がいいと思うのか?潘という姓の弟子は密教を長く学んでいる。法会において、どんな人が法王のお側に座る資格があるのか言ってみよ。

潘という姓の弟子は「普通のリンポチェは法王のお側には座れません。必ずAクラスの、しかも法王が心中で真に認証しているリンポチェでなければなりません。教派の関係で、リンポチェは多ければ多いほどいい、と考えている法王もおられ、そのため非常に多くのリンポチェを認証しています。その果位に達しているリンポチェとは限らないのです。リンポチェと聞くと、偉大だ、と思うでしょうが、そうでもないのです。ですが、今はリンポチェにAクラス、Bクラス、Cクラスとの呼び名がないため、仕方がないのです。リンポチェとは人中の宝です。ですが、法王のお側に座れるリンポチェは、必ず法王の心中で重きを占めており、しかも真のリンポチェだと認証されています。私は心子(愛弟子)だとはとても言えませんが、絕対に『私の法はあの者に託す』なのです。必ずこの種の認知をしなければなりません。

教派中にはこんなに多くのリンポチェがおられます。赤札リンポチェは摂政王です。私は申し上げません。なぜ法王の寿を祝うのに、我々のリンポチェだけが法王のお側に、しかもこんなに近くに座っておられるのか。これは簡単なことではありません。必ず非常に多くの心力を費やして、苦労して修めたものなのです。教派を護持し、法王を供養し、直貢噶舉の法脈を護持し、必ずこの程度まで行い、自分自身の修行に認証があり、証果も証量もなければ、法王のお側に座ることはできません。法王は表面的には慈悲深く朗らかです。ですが、法王の心は雪のように明るく、我々のリンポチェを本当に可愛がっておいでです。ですが、我々のリンポチェがどのように上師を承侍するか皆も知っているでしょう。

リンポチェは私に感想を述べよとは仰せになりませんので、私は言いません。私はただ、金剛乗で見たものをお知らせします。もしリンポチェが十分な苦労をしていないなら、今日このように大きなリンポチェにはなれず、この種の気力を費やして、我々のこんなに微細な過ちを指摘したりはなさいません。我々は心念が動いても、自分では分かりません。ですが、リンポチェは開示されました。死が訪れるその時、これら微細な心念により畜生道に堕ちてしまうと。そのため、上師は癇癪を起こしているのではなく、自分の考えを偉大だとひけらかしているのではなく、威風を示しているのでもありません。70歲になってまで、癇癪を起こしたいとは絶対に思わないはずです。『こんなにも多くの気力を費やして、こんなに細かい事に構わなければならないとは』と思うはずです。

大リンポチェには山洞内におられる方もいます。山洞と言っても本当の山洞ではありません。もちろん本当に山洞におられる方もいます。そういう方は最初から出て来られません。我々のリンポチェのように、こんなに大変な方はいません。私は以前『リンポチェ、私はあなたを苛み過ぎています』と思ったことがあります。なぜこのように言うのでしょうか?私は実に慚愧に堪えません。英語の教師が10年教えてくれたとします。それなのにABCさえできないとしたら、教師が教えてくれないせいだと思いますか?それとも、自分は先生を苛んでいる、と思いますか?我々はたくさんの学費を支払っている訳でもありません。それなのに、こんなにご苦労なことに10年、20年とお教えくださるのです。きちんと学んでいないのは、リンポチェを苛んでいるのです。

そのため、リンポチェが『本当に放っておきたい』とおっしゃるのを聞く度に、もし自分なら、心の中で、本当に放っておきたいと考えるだろうと思います。この数日間の様子を目にし、『機会があっても、リンポチェにはなりたくない』と思いました。本当です。ですが、この比喻はあまり適切でないでしょう。もう一度言います。リンポチェが法王のお側に座れるのは、絕対に簡単なことではありません。教派全体で、摂政王は別ですが、誰が法王のお側に座る資格があるでしょうか?みなさん、考えてください。我々は本当に有り難みを理解していないのです。

今日目にした光景について語りましょう。実に感動的でした。我々がリンポチェを休息室に奉迎した時、二、三人のチベット人の老婦人が我々の側ににじり寄ってきましたが、リンポチェの後ろ姿だけを目にしました。私が「あの方は私の咕嚕(私の上師)リンチェンドルジェ・リンポチェです」と言いました。私たちは遠くに立っていたので、リンポチェには私たちは見えなかったはずです。老婦人は一目見るなり、頭の上の毛糸の帽子を取り、リンポチェに対してお辞儀をしました。リンポチェ、ご覧になりましたか?「見ていない」。老婦人のこの動作は内心から自然に出たものです。私は非常に恥ずかしくなりました。兄弟子の皆さん、いっしょに努力し、これ以上リンポチェを苛むことがないようにしましょう。いいですか?菩提心のように、そんなに高くまで修めることはできないかもしれません。ですが、我々は『仏子行三十七頌』をしっかり行い、少なくともご老人に少しは喜んでもらいましょう。いいですか?」と報告申し上げた。

リンポチェは開示くださった︰潘という姓の弟子はまた間違った。私には喜ぶも喜ばないもない。もしなお喜ぶも喜ばないがあるなら、それは四無量心だ。「遠離愛憎住平等捨」を修められていない。私が喜ぶなら、それはなお愛があると言うことだ。

潘という姓の弟子は「間違いました。上師を喜ばせる、と言うべきでした」と報告申し上げた。

リンポチェは開示くださった︰チベット密教では、もし主法者が出現したなら、法王であろうと、リンポチェであろうと、毎日迎え、法座に上るのに付き添い、法座を下りて休息するのにも付き添う者は、その人にとって最も重要な人だ。自分でにじり寄っていけば、それでいいと言うのではない。ラマが遮ろうとするだろう。この数日、法王が法座に上られ、法王が休息され、法王が食事される際に、法王のお側に私が付き添っているのを目にしただろう。そのため、そなた達は私を見下している。弟子の中には、私が何か話し間違わないかとジロリと見る者もいる。そなた達は法王よりすごいのか?こんなに思い上がっている人がどうして慈悲を学べるだろうか?自分の起心動念を管理できないのに、他人のことにかまけている。リンポチェは気分がいいだろうなどと思ってはならない。大リンポチェであれば、非常に多くの事が起きるのだ。私がどれだけの事を処理しているかそなた達は分かっていない。

我々は四日間の法会に来た。平陽寺のすべてのラマは非常に喜んでくれた。それは法会が大成功したからだ。そしてそれは我々が来たからだ。我々は最大の団体だ。今日ケンポスは「リンポチェ、もう少し長く留まってください」と我々に言った。通常私は二日か三日で発つからだ。彼らは「あなた達が出ていかれると、会場が空っぽになります。皆さんがいつもより長く残ってくださったので、みなとても喜んでいます」と言うのだ。そなた達が支払った旅行代金で、こんなにも多くの人に歓喜心を起こさせることができた。これこそ結人縁だ。修行人は修行が良かろうと悪かろうと、人縁がないなら、修められない。衆生を済度させようと思っても、人縁がなければ、どうやって済度させるのか。多くの事が小さなところから始まっている。一つの念頭から始まっているのだ。

今日持咒が終了し迴向時に「すべての直貢噶舉の弟子がみな成就を得られることを願う」と言った。そなた達に直貢噶舉の弟子としての資格はあるか?資格があるか考えてみよ?法王が伝法くださり、自分の心が起きれば修められるなどと言う。それでも直貢噶舉の弟子か?直貢噶舉の伝承とはなんだ?一代伝一代だ。上師さえ心の中に留めておらず、直貢噶舉の弟子としての資格がどうしてあるだろうか。上師を凡人だと思っているのか?私は凡人の身体を備えているが、私の心は人道内で人としての事を行なっていないと私は信じる。

自身の地位や身分を捨てられない者、学仏は平安を求め、安楽を求め、祥を求めるものだと思っている者は、出て行くように勧める。それは菩薩道修行は一般人が修められるものではないからだ。だが菩薩道を修めれば、自分は必ず生死を解脱でき、必ず未来世で広大衆生に利益することができる。これは我々学仏人の目標と方向だ。

この時、法王の侍者が法王を代表し贈り物をリンポチェに届けた。リンポチェは非常に歓喜して受け取った。

2019年8月5日(月曜日)

午前、リンポチェは弟子を率いてラダックを離れデリーへ向かおうとしておられた。リンポチェがホテルを出る時、ホテルのスタッフは全員が出口に立ち、列を成してリンポチェを恭送申し上げ、リンポチェにハタを献上した。リンポチェは金剛杵で彼らの頭上に一々加持をくだされた。

リンポチェが空港の待合室で搭乗を待っている時、空港のスタッフがリンポチェに加持を求めた。清掃担当の婦人も、リンポチェを見つけると、手にしていたモップをたちまち放り投げ、リンポチェの面前へと走り寄り加持を求めた。リンポチェは一々彼らに加持をくだされた。

昼、リンポチェは弟子達に食事を共にする機会をくだされた。

夜リンポチェは弟子達と食事を共にしてくださった。弟子達はリンポチェ及び出家衆弟子が席に着くのを待ち、立っていた。リンポチェは出家衆弟子を叱責なされた。「そなた達は領衆であるのに、自分が席に着くことだけにかまけて、後ろの方の弟子達が座っていないことに留意していない。そなた達四人は、まさか何も感じないのか?

『寶積経』では、少し驕るだけで、すべての功徳は福徳に転じてしまうと言う。こんなに傲慢で、どうやって修めるのだ?引率として、どうやって上師に恭敬するか衆生に教えなければならない。上師への恭敬は表面上の恭敬ではない。心からの恭敬だ。法会参加時に、そなた達も見ただろう。会場にいた出家衆は何を食べていた?そなた達のように、こんなにいいものを食べていたか?そなた達はみな楽な暮らしをしている。5秒の違いで、私は見てしまった。そなた達四人の出家衆は立って食べるように。

食事時間は80分が過ぎた。リンポチェは開示くださった:今日の昼食は美味しかったか?(弟子達は「とても美味しかったです」とお答え申し上げた)今日の夕食は美味しかったか?(「とても美味しかったです」との答えがあった)四人の出家衆は座って良い。そなた達の後ろの者たちは全員立つように。そなた達は出家衆が立っているのを見て、それでも楽しげに食事していた。何が起きたのかを、そなた達が考えている様子は見られなかった。出家衆が立って食べさせられたのは、すべてそなた達のせいだ。

そなた達は「リンポチェが座るように言わなかった。私と何の関係があるのだ?このような事は、四人の出家衆が決めれば良いではないか」と言うだろう。いつそんなによく言うことを聞くようになったのだ?出家衆が座ったのを目にして、誰かに聞きに来させることをしなかったのか?人と人との間をこんなにもはっきり分け、誰もが他人に構わず、それぞれでやっている。一つの団体の中で、こんなにはっきり分けることなどできない。出家衆が立っていた時、なぜこのようになったのか、考えていた者は一人もいなかった。自分が楽しむことしか考えていない。

前半は出家衆を罰として立たせ、後半はそなた達が立つ。この時点でどこまで食べた?(「デザートです」との答えがあった)それなら9時まで立っていよ。この間、食事しないことは許さない。話さないのも許さない。先ほどと同じように、首を回して私を見ることも許さない。

この時一人の女性出家衆弟子が座った後、頬杖をついた。リンポチェは「なぜそうするのか?」と尋ねた。出家衆弟子は「訳はありません」とお答え申し上げた。リンポチェは男性出家衆弟子に指示し、比丘尼の戒律に基づき、この女性出家衆に、このように行うのは戒律に合うかどうかを、説明させた。男性出家衆弟子は説明後に、戒律に違反するとリンポチェに説明申し上げた。リンポチェは、比丘尼戒律に基づき、この事をいかにして処理すべきか研究し、大法会の後に上師に報告するよう指示なされた。

食事の後半、インド人ガイド、教官、計十数人が跪き、リンポチェに加持を求めた。ホテルスタッフはリンポチェの殊勝教法を目にし、自然に恭敬心が湧き上がり、同じように面前において加持を願った。リンポチェは金剛杵で一々加持をくださり、一人のホテルスタッフに「母に良くするように。母はそなたに非常に良くしてくれるからだ」と開示くださった。リンポチェはインド人教官に対しても「左の肩を良く養生するように。インド伝統のマッサージを用いてケアすれば良い」と開示くださった。その後このインド人教官は、かなり以前に左肩を確かに痛めたことがある、と述べた。

リンポチェは食事の後、インド人教官に武術を教導し、相手と技を掛け合う方法を示された。リンポチェは文武両道に秀で、衆生の根器と必要の違いに応じて、臨機応変に教化なさり、各種善巧方式を運用して衆生をお救いくださる。千手千眼観音菩薩が様々に化身して衆生を度化なさるかのようだ。リンポチェの慈悲なる救怙の下、リンポチェの無辺無際に衆生を救度する悲心を、職業も種族も分かたず誰もが感じた。

2019年8月6日(火曜日)

午前中、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは一行を率い、デリーより飛行機で台湾に帰国した。リンポチェの加持と庇佑の下、みな無事に帰国でき、インド・ラダックの法会は円満で順調であった。


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2019 年 08 月 26 日 更新