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【ヨーロッパ弘法】尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはラトビア、ハンガリーで弘法利生紀行

尊勝なる直貢チェ・ツァン法王の言いつけ及び加持の下、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはラトビア(Latvia)・リガ(Riga)のDrikung Ngaden Choling仏法センターのVictoria Baukova様の要請に応じ、寶吉祥弟子及び信衆90名を引き連れ6月2日ラトビアで殊勝な「阿弥陀仏灌頂法会」を主法し、更に阿弥陀仏静坐法を伝授された。6月3日「長寿仏法会」を主法された。6月5日ハンガリー・ザラサント( Zalaszántó)の和平ストゥーパ(Peace Stupa)で不動明王火供が執り行われた。3時間に及ぶ法会の最中は、不可思議な殊勝なる瑞相として、晴れたり降ったりし、時おり雷鳴も轟き、雹さえも降った。法会は円満となり、参会者は心から感激した。

• 2018年5月31日(木曜日)午前中 •

深夜11時、リンポチェは寶吉祥仏法センターの弟子を率いて飛行機で台北からラトビアに向かった。ご一行は6月1日午後、ラトビアの首都リガに到着して、翌日の法会を準備した。

• 2018年6月2日(土曜日)午前中 •

諸仏菩薩、歴代の伝承上師、殊勝なる直貢チェ・ツァン法王、殊勝なる直貢チョンツアン法王及び、アキ護法の加持庇護の下で、法会は清浄円満に終了した。現地住民42人及び、雲南のナンジュ・ケンポスに、台湾、アメリカ、オランダ、そしてフランスの信衆及び弟子総勢90名が参加し、法会は殊勝円満であった。

2018年6月2日午前10時、ラトビアの首都リガのバルチックビーチホテル(Baltic Beach Hotel)にて阿弥陀仏灌頂法会が行われた。大衆が合掌し、恭しく迎える中、楽器の音やタルチョー、薰香、そして宝傘の先導の下で、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座へ昇られた。

まず、出家衆の弟子が率いて皈依発心、四無量心を唱える。続けてナンジュ・ケンポス及びリガのDrikung Ngaden Choling仏法センターのメンバーが、衆生を代表して尊きリンチェンドルジェ・リンポチェへマンダを捧げ、供養して法を請うた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは参会者に貴重な仏法の開示を下された。

今日は縁あってここへ来た。殊勝なる直貢チェ・ツァン法王の許可を経て、ビクトリア(Victoria)さんが今年台湾にまで来られ、私を招聘したからである。去年(2017年)、私は法王と共にこの地へ来たが、法王は私が再度この地を訪れて、直貢の佛法を続けてこの地で教えるようにと望んで居られた。私がこの地へ来る前、電話で法王へこう伺いを立てた:「その地へ着いた際、私に何か指示はありますか?」法王はこう指示された:東洋と西洋では文化が多少異なる為、あまり厳格、厳粛すぎぬようにして欲しいと。なので、私は今回はなるべく笑顔でいるよう心がける。なぜなら、私は直貢噶舉派で最も厳格な上師と知られているので、今日はそれを改めてみようと思う。
今日皆に、阿弥陀仏の灌頂を賜える。法王は去年、この地でポワ法を教導されたが、そのポワ法とは阿弥陀仏が自ら伝えられた密法なので、もしポワ法を修めたいというのなら、必ず阿弥陀仏の灌頂を受けなければならない。灌頂とは:第一、古代インドの国王は息子へ王座を譲る際に、清潔な水を瓶に入れ、息子の頭に注ぐ。それは私の王座をあなたに譲る事を意味する。

第二、我々が灌頂を受けた後は、阿弥陀仏本尊の許しを得たという事になり、この法を修める権利を得る。釈迦牟尼仏が地球で仏法を伝える宗旨は:衆生が皆仏になれるよう、輪廻から解脱できるようとの希望である。阿弥陀仏本尊の願力は、我々がこの一生で輪廻からいち早く解脱する手助けをする事ができる。この一生で阿弥陀仏を修め、阿弥陀仏の住む国土へと往生するよう発願さえすれば、ひとたび阿弥陀仏の国土へ往生し、成仏するまで、輪廻の苦痛を受けることはない。

本来灌頂を与え、それを受けた信衆は多くの戒律を受けなければならない。だが、法王の指示により、私はそこまで厳しくはしない。なので今日は皆に灌頂を通して、阿弥陀仏と深い縁を結ぶ。そなた達がいつか、私のように厳しくない上師と縁あって、引き続き阿弥陀仏の法門を修められるよう望んでいる。

チベットの密教の中で、灌頂を賜ることができるのは、必ずリンポチェの果位まで修めた者のみである。阿弥陀仏の灌頂とは、法王が自ら私に伝えた法門である。今朝はまず皆に事部と行部の灌頂をする。密法は、事部、行部、瑜伽部と無上瑜伽部に分かれている。厳格に言うと、信衆と弟子にはほとんど瑜伽部、無上瑜伽部の灌頂は賜れない。

灌頂の意味を理解できたら、次に皆に伝えるのは:そなたがここへ来た動機はなんだ?動機はそなたの未来の修行と果位に影響する、とても重要な事である。チベット仏教の密法は、又の名を金剛乗と呼ぶ。金剛はとても堅固である事を表す。世間には、それを打ち砕く何ものもない。と言う事は:世間に於いて、何一つ金剛乗を学ぼうとする行者の心を打ち砕く事はできない。彼が修行し、衆生に利益して成仏する動機と煩悩を打ち砕く事はできない。学ぶ金剛乗は、又の名を菩薩乗と言い、これも成仏する方法である。今日は皆に事部と行部の灌頂を賜る、あなたの動機が世間並みの事を求めるのでない限り、以後必ず金剛乗を学ぶ機会をえて、しかも成就出来るまで修め得る。

動機又の名を前行、そなた達が唱える皈依發心が動機である。ただ単純に唱えるのではなく、思考模式が必ず必要である。前行とは世間の人が何かを行う前に、万全の準備をする事で、後に必ず良い結果がつく。本来ならば、このまま話し続けたい所だが、そなた達に私がとても厳格な上師だと思われてはならないので、ここで話すのを止めよう、それでは法を修めよう。

そなた達が、法本の第一句である:「上師と本尊を敬う」が出来ている事を望む。ここに居られる人は、私に対して、又本尊阿弥陀仏の功徳に対しても、それほど知らないであろう。そこでそなた達に、簡単な考え方ですぐ上師に対して恭敬心を起こす事ができる方法を教えよう。私は今年70歳になる。台湾からここまで来るのにかかった時間約20時間、それだけではなく、一部の皈依した弟子を連れてきたので、お金も少なからず掛かったが、何も見返りを求める事なく、ただ法王が来いと言付けたので、来たのである。密法の三昧耶戒とは:第一、上師の言付けた事は必ず行うこと。第二に、本尊に対して承諾したとは、本尊が絶え間なく広大な衆生に利益する事を表す。第三、衆生を助ける承諾に決して背かない。私はビクトリアさんの招聘を承諾したので、必ず来なければならない。

皆さんは私の凡夫の体を敬っているのではなく、私が終始守り続けている三昧耶戒の戒律を敬っているのである。我々が恭しく礼拝して敬うのは、阿弥陀仏が仏であるからではなく、世間の如何なる財宝を以っても、阿弥陀仏が我々に教える仏法に値しないからだ。だから我々は阿弥陀仏に対して、恭しく礼拝しなければならない。上師と本尊を敬い礼拝することは、供養することに繋がる。そなたが供養する事で、福報が起こり、仏法の教えを学び受け入れる事になる。

続いて、リンポチェは修法を始められ、まず念誦して、伝法を祈請された。

リンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示された:現在修めているのは灑水である。法を修める前に灑水を行う。そなた達が入ってくる前に、私は一時間余り準備法を修めた。それは、我々が仏法を聴聞する事の邪魔をする、ここへ入るべき者ではないもの達が来ないよう、この場所を保護したのだ。そなた達がこちらへ入る前に飲んだ甘露水は、そなた達の身口意を清浄にする為である。安全の為、壇城の中で再度灑水をした。

先程、持ち出したのはトルマといい、呪文を唱え加持を通して或る食べ物に変り、虚空中の鬼神に食べさせる。食べれば、彼らは嫉妬心からこの法会を邪魔しには来ない。先程唱えた段落は、山林の中に彷徨っている鬼魅魔衆がこのトルマを食べて、この清浄な地から離れ、私達を傷つけないよう願った。又魔鬼衆生へ今日法会に参列された人を傷つけないよう促し、法会に参列した事のある衆生に様々な煩悩を与えぬよう、また我々から瘟疫や疫病神が遠ざかるよう願ったのだ。

続けて唱えるのは、この法会会場全体の保護である。皆は私の発する吽の音を真似なくていい。そなた達が行っても、鬼は去らないし、返って自分の体を傷つけるだけである。

その後に行うこの儀軌は本尊と上師、護法の供養である。法会に参列すると、仏と本尊、上師等と共に供品を享用する事ができる。皆も少し食べるがいい。

法を修める過程では、薈供と供茶、そして供飯の儀軌を進める。皆各人はリンチェンドルジェ・リンポチェが加持した供品を得る事ができ、同時に法会中に、上師、仏菩薩と共に食を頂くという、何とも得がたい殊勝なる縁を得る。

護法を修めた後、リンポチェはこう開示された。灌頂を行う前、法本の開示では、灌頂に参列する衆生への態度について説かれている:限り無く無数の衆生を助ける為に、法会に参列した者は、殊勝なる菩提心を発しなければならない。菩提心を解説するには、長い時間掛けなければ、そなた達は理解できまい。簡単に解釈するなら:今日法会に参列する動機は、自分が参列するほか、全ての衆生も今後このような法会に参列する機会があるよう願うのである。

釈迦牟尼仏が我々に教えられた仏法は、この8種の苦痛から遠ざかるか、又は切断できるのである。私は釈迦牟尼仏と直貢チェツァン法王の教えに沿ってきたので、一般よりは老ける苦が遅く、またとても少ない。私は現在でも、スポーツカーを運転している。これも仏法のお陰である。ただこれは副産物で重要な事ではない。

第三に、正法を慕い求めないこと。法を求めるとは何か?例えば、今回のビクトリアさんのように、私をここへ招聘し、法を求めることである。

第四は散漫なこと。人はここにいるのに、心はどこか遠くへ行ってしまっている。

第五に、心を内側に閉ざすことである。例えば、今そなた達は今話を聞いているが、心には留めていない。

第六に、疲れて嫌気がすること、くたびれて嫌だ。時間を短く取り、早く過ぎて、早めに昼飯を食べたいとそなたは思う。ちょうど今日は土曜日で、外はいい天気だ、せっかくなので私は多く話そうと思う。

もしこれ等の6つの考えがなければ、そなたの動機は素晴らしい。もし今日法を伝える上師を阿弥陀仏と同じだと観想するなら、体がではなく、内心清浄の本性が阿弥陀仏と同様だと観想する。又、今日仏法を聞きに参列した皆の者は、全てそなた達の眷属と見なすべきで、この法会に一緒に参列した者達は、いつか一緒に阿弥陀仏の浄土へ辿り着く。

先程説いたそれらの事は密法を学ぶうえで不共の動機である。今日は少し時間が長引く、70歳の老人の話は長い。

皆は私に続いて、チベット語で私は正法を受け取る事を発願すると唱えよ。この四句は、呪文でもなければ、誓いの言葉でもない、ただ本尊が我々を加持するよう祈り求めるだけだ。今回の灌頂を通して、我々がこの輪廻の大海原から逃れる機会を得るよう祈る。後は、私は皆を代表して七支供養を唱える。

続いて、懺悔する。

どうしてこの赤い帯を掛けるのか?それは我々が本尊の清浄な仏法の加持を受けるからである。しかし、凡夫の肉眼で見れば、そこには多くの欲望が充満している。なので、我々は先にこの赤い帯をここへ掛け、凡夫の眼を閉ざすのだ。上師が加持をする際は、衆生は皆自分に備わる清浄な法眼を開け、その眼で本尊を見るのだ。

続いて、灌頂の儀軌を行う。リンチェンドルジェ・リンポチェは大衆に花を頭の天辺にある梵穴へ置く様指示された。開示:我々が浄土に往生する際は、そこを通って出て行くのだ。この花を置く意味は、そなた達はまだ梵穴が開いていない、この花を置くことで、今後そなた達がポワ法を修める機会を得た際、自分でその梵穴に穴を開ける事ができるようにする為だ。これは神話ではない、本当にできる事だ。もちろん、正しい法を修めなければならないのだが、外科手術で頭蓋骨に穴を開けるのではない。これは密法だ、この話は又今度話そう。

それから我々は赤い帯を取り除き、法眼で以って壇城を見る。甘露が満ちた瓶を、上師が持ち上げた時、そなた達は清浄な法水が先程述べた頭のてっぺんにある梵穴から流し込まれると観想する。この灌頂を得ると、我々の眼耳鼻舌身の煩悩は五智へと転換する。

続けて阿弥陀仏のタンカ、私が呪文を唱えれば、それは阿弥陀仏と諸仏菩薩が我々に灌頂して下さった事を現し、我々の身体にある障害を清浄する。

その次はカパーラ、中には甘露がある。私が唱えている間、カパーラがそなたの喉に触れるのを観想する、そうする事で、そなたの喉の脈の結びが解かれ清浄され、呪文の真髄を得られる。

また、この鏡を用いるのだが、この鏡を解説するには30分程かかる。そなた達には耐えられないであろう。とにかく、そなた達にとって良い事であると分かればいい。私がこの鏡を動かしたとき、そなた達は、自分の意にある障害が清浄されたように観想する、そして意の原智(本来の智恵)の灌頂を得る。

引き続き言葉の灌頂。我々の外在と内在の一切障害を清浄し、未来に明空は二つで無く、違うのでもない事を悟り証するのである。

これ等の句の意味は:本尊の加持の下、完全に愉悦の心で本尊に奉仕し、身口意共に尊き上師に供養し、生生世世上師の弟子であり、離れる事なく上師を頼りとし奉仕する、どうか我に何なりと命じよ。本来なら、そなた達は私について3回唱えなければならないが、今回は唱えるのは一回だけにしよう、なぜならそなた達ができるかどうか心配だからだ。更に、生生世世弟子であるという意味は、そなたが成仏するまで、今日そなたに灌頂を行った上師がそなたを手助けをするという意味である。これは、金剛乗上師の誓いの言葉である。もし、そなた達が法を学ぶと決心したのなら、彼の誓いは応じられる。

それから、阿弥陀仏の呪文を唱えながら、リンチェンドルジェ・リンポチェは法座から降りられ、苦労を惜しまずボトルで以って大衆を一人一人加持され、阿弥陀仏の灌頂を賜った。

リンポチェは法座へ昇った後、ユーモアー的に開示された:少し遅くなったが,それほどでもない。通常なら時間を守るのだが、あんなに遠くから来たのだから、当然少し多めに話すだろう。

午前中の阿弥陀仏灌頂法会は円満となり、参会者は皆尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座から降りるのを恭しく見送った。

• 2018年6月2日(土曜日)午後 •

午後2時30分同じ会場にて阿弥陀仏静坐法を伝授された。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは再び法座へ昇り、皆を率いて暫く阿弥陀部心呪を唱え、そして貴重な仏法開示を賜った。

午後は阿弥陀仏静坐法を伝授された。阿弥陀仏は仏経の中で無量光無量壽仏と訳されている。阿弥陀仏は釈迦牟尼仏が紹介された本尊で、経典の中で、釈迦牟尼仏が阿弥陀仏の功徳と果位について説いている仏経は計3巻ある。本来伝統チベット仏法では、まず10年の顕教を学ぶ。顕教とは、仏が説く仏法の理論で、釈迦牟尼仏が説く一切仏経、私達の拝仏、焚香、祈祷等を含めすべて顕教の範囲である。

伝統上、顕教は仏を学ぶ基礎に等しい。例えば、家を建てる際にも地盤から作るように、基礎ができた後、初めて密法を伝授する事が出来る。だが、現代人は時間がなく、毎日が忙しいので、今日はまず密法の事部と行部を伝授する。今後機会があれば<阿弥陀経>を開示しよう。

仏経で述べていた通り、釈迦牟尼仏と阿弥陀仏が成仏する前、同じ世界、同じ時間に共に菩薩道を修めて居られた。二尊の仏は修行の過程の中で、修めた法門と発願力が異なった為、成仏する時間も異なった。阿弥陀仏浄土は、阿弥陀仏が願力を修行された際にできた国土である。阿弥陀仏は成仏された刹那に四十八願を発された。この四十八願が、阿弥陀仏成仏の条件であり、阿弥陀仏浄土成立の条件でもあった。

もし、そなたが他の仏の浄土へ往生したいのなら、この一生全ての善悪業を消去しなければならない。だが阿弥陀仏浄土であれば、この一生仏法を通して全ての悪業を取り払えば、たとえ善業が有っても往生できる。阿弥陀仏浄土へと往生できた衆生は、そこで引き続き成仏できるまで仏法を修行できる。この阿弥陀仏国土での過程では、輪廻の苦痛を受ける事はない。

どのような人が、何の条件でこの阿弥陀仏浄土へ往生できるのか?<阿弥陀経>で説かれている、善男子善女人である。善の解釈としては、この一生で十善法を修めたこと。ここで簡単に十善法を紹介しよう:第一不殺生、第二不偸盗、第三不酗酒、第四不悪口、第五不両舌、第六不綺語、第七不妄語、第八不慳貪、第九不瞋恚、第十不痴。

不慳貪の定義は:我々は在家衆である、自分に属さないものは、一切の手段を使ってでも手に入れようとする考えは止めることだ。釈迦牟尼仏が開示された<寶積経>では、在家で菩薩道を修めているものは商売やお金を稼ぎ、貯めたり、家を買う事は許されている、だが出家衆はそれらを行ってはならない。

不瞋恚とは、報復の心を持たないという事である、そして不痴とは因果を信じることである。因果は仏教名詞ではなく、釈迦牟尼仏が発明したのでもない。これは、宇宙自然の定律である。

もし、十善法を修めるのなら、まず不殺生だ。まだ肉を食べているのなら、殺生する事があるだろう。

次に善男子善女人だが、これは福徳の因縁を欠かしてはいけない。所謂福というのは、布施供養から得られる。今朝のように、私が皆を代表して本尊に多くを供養し、そなた達の福報を累積した。徳は功徳である、ではどうやって得られるのか?それは仏教の戒律を守る事だ。

我々が戒を守ると、自然に定を修めることが出来、戒があって初めて禅定が生まれる。我々が戒を守れば、禅定を修める際に自然と本来から具備する智慧が開く。それぞれの衆生が具備する清浄な智慧が開いた後、続けて修行をすれば、自身がいち早く成仏できるよう手助けをしてくれる。又、智慧が開けて、初めて多くの衆生に利益できる。この条件があった後、我々が本尊阿弥陀仏に浄土へ往生すると発願すれば、阿弥陀仏は必ず我々が事切れる前に迎えに来られる。

<阿弥陀経>にて、釈迦牟尼仏は十方一切諸仏も阿弥陀仏の功徳に賛嘆したと言われた。なので、午後皆に伝授した阿弥陀仏静坐法は、そなた達が身口意を清浄にする手助けをする、これは密法の事部と行部である。西洋人はmeditation(瞑想)が好きだが、meditationでは禅定の真意は解釈できない。中国には達磨祖師が伝えた禅宗が有るが、チベット仏教の4つの教派では各々異なる名詞と修行過程があり、直貢噶舉派の禅定は大手印と称する。

私は確か1997年に初めて法王のインドに在る閉関センターで閉関したが、其の時は一ヵ月半の閉関だった。閉関を始めて約半ヵ月後、法王は私を呼び出し、私に大手印の口訣を口伝しようと言われた。それを聞いた私は、すぐさま跪いき、そして法王にまず私を関房へ戻し、百字明呪を10万回唱え終えてから、法王の口伝を受けたいと願った。百字明呪は100字あるので、10万回では1000万字になる。私は20日以内に終えて初めて関房を出て、法王の伝授を受けた。その結果、法王は私に何句か述べただけであった。つまり、深い仏法ほど口訣は簡単なのだ。

なぜ私はそう法王に願ったのか?第一に謙虚、第二に私が大手印を受ける際に累世の業力が阻害するのを恐れたからだ。これは私の修行の経験である、そなた達にはその必要がない。過去に直貢噶舉派の成就者がこう述べていた、過去の上師や祖師が既に衆生の為に、やるべき一切の事は行った、後は衆生が上師の教法に従って行うだけでいいのだ、なので上師のように辛く、苦しい修行を行わなくてもよい。

仏法の静坐は何かを探すことや何かを得ること、又何かを諦めることでもない。ただ禅定の方法を通して、我々が本来備わっている本能を徐々にはっきり認識していくのだ。そして、ある日仏法訓練を通して自分の清浄な本性を目の当たりにしたら、それが悟りを開く時である。どのくらいかかるのか?皆それぞれ異なる。もし禅宗を解説するなら、多くを語って始めてそなた達はほんの少し理解できるであろう。

禅定の「定」は、何も考えない、又は頭の中を空にするわけではない。簡単に例えるのなら、ラトビアは海に面している、ラトビア人はきっとよく海を訪れるだろう。皆も思い返してみよう、そなたが煩悩を多く抱えている時、機嫌が悪いとき、海辺へ座って一心に海を眺めていれば、ふと多くの事を考えなくなっているのに気づくであろう。ある人はこれをpeaceful(平穏)、とても平穏な感覚だと捉えるが、実際はpeaceful(平穏)ではなく、我々が眼を使って海を眺めている時、海の領域は広く、心の中にある雑念をこの広い領域に投げ出すと、多くの考えがまるで止まったように思える。これはなんとか「定」の体得の説明に近づける。何故この事に触れたのか?後で教える事がこれを助けるだろう。

阿弥陀仏静坐法の法本を開き、観想する前にまず胡坐を組み静坐をする、組み方は両足でも片足でも構わない。坐る場所は、できるだけうるさくない場所で、空気は良く流れるが、風はあまり強すぎてはならない。運動後や食事後に静坐は良くない、そなた達は学び始めたばかりだから、毎日決った時間に行うとよい。

坐禅を始める前に、部屋があまり明るすぎず、暗すぎないように調整する事。胡坐が組めるのなら胡坐を組み、出来ればひざ掛けをかける。もし、胡坐が組めなければ、椅子に坐ってもよい。胡坐であろうと、椅子であろうと背筋を伸ばし、左手の手のひらを右手の甲の下に置き、親指は軽く触れ合い、手は自然とお腹の上の方へ置く。腕を前に曲げたり、後ろへ引っ張らなければ、自然と胸を張れる。頭を下げたり、顎を上げたりせず、顎を引っ込め、舌の先を軽く上の前歯の後ろににあて、唇を軽く閉じ、特別な方法で呼吸する事はなく、自然な呼吸で良い。

正しい坐り方が出来たら、静坐を始める。ある人は、静坐の際に眼を閉じるのを好むが、それは間違っている。仏像の眼が正しい。目線を下に向け、半開きにする。静坐1、2分後、少しずつ自分の念頭が減っていくのを感じるだろう、そうなればさっそく阿弥陀仏静坐法を始める。そなた達の今の程度だと、念頭が浮かび上がらないわけがない。ただ減っていくのを感じただけで十分だ。

もし、まだ肉を食べているのなら、禅定は比較的に困難である、我々の祖師であるジッテン・サムゴンは、菜食者である。もし、衆生の肉を食べているのなら、その衆生の栄養が我々の細胞に入り、我々の血液循環に影響を与えると共に、高血圧、癌などの病を患う。我々がもしこの一生で衆生を傷つけた事が有れば、手足が容易に怪我を負う。

我々が静坐して1,2分後に、法本に沿って観想を始める。観想のし始めは、必ずしもはっきりしないが、そなたがこの法本を唱えて、少しその文字を考えていれば、助けになるであろう。

我々が呪文を唱える時、一切衆生は阿弥陀仏と無二無別になり、我々と共に阿弥陀仏の心呪を唱えると観想をする。以上の全てを観想し終えて、初めて阿弥陀仏の呪文を唱える。呪文を唱える際は、必ず数珠を用いて、自分でどのくらい唱えるかを決める。例えば、一日1000回唱えるとすれば、1周は108回、10周は1000回、1000回を唱え終えると、種子字の「シュ」を唱える。この部分は重要なので、皆静かににしてよく聞くがよい。

我々は、「シュ」は我々心輪(アナーハタ・チャクラ)の阿弥陀仏の口から出ていると観想する。我々自身の口ではなく、心中にある阿弥陀仏の口からである。「シュ」という音が出てきたら、我々の前の阿弥陀仏の口から心輪にまで届き、種子字はそのまま阿弥陀仏の臍輪(マニプーラ・チャクラ)へと降りていき、前の阿弥陀仏の臍輪まできたら、「シュ」の種子字は、我々の心中の阿弥陀仏の臍輪へと返る。この「シュ」とう字は、我々心中の阿弥陀仏の臍輪から、彼の心輪へ、口へと行き、更に向かえに立つ阿弥陀仏の口へと伝わり、循環を続ける。そなた達はまだ力不足なので、まずこの文章を読んでから「シュ」を唱えなさい。

我々が赤色の「シュ」の循環を唱えると、「シュ」の五色の光が極楽世界の阿弥陀仏へ届くと観想する。我々は浄土の阿弥陀仏の身体に、多くの大小異なる阿弥陀仏と同じような仏が現れ、雨のように我々の身体へととけこんでいくと観想する。仏が我々に加持して下さるのを観想する時、仏像が埃のように小さい、又は山のように大きいと観想できる。我々は浄土にいる阿弥陀仏の喉輪(ヴィシュッダ・チャクラ)から、「シュ」の種子字が雨のように降り注ぐと観想する。すると我々が説く言語は仏と一致する。

続けて浄土に居る阿弥陀仏の心中から一くさりの赤い金剛杵が現れたと観想する。もし、我々が毎日心してこのような観想をすれば、自然と健康になり、身体も二度と悪いことはせず、衆生からも傷害を受ける事はない。そなたが発した言葉も、今後悪口等はなく、周りからも信頼される。そして金剛杵が我々の心を加持し続けるなら、そなたが修行をする際も、心は金剛杵のように一切退転しない。この方法が身口意に与える利益の話をするなら、更に多くを語れるが、見るからにそなた達の中に、既に辛抱できない者がいるので、早めにこの法本を教え終わるとしよう。

最後に、我々は全ての衆生が五彩光に変化すると観想し、先程は一切衆生と阿弥陀仏が無二無別であると観想したので、彼らは全て浄土、つまり阿弥陀仏の国土に溶け込み、又西方の三聖(阿弥陀仏、四臂観音及び金剛手菩薩)に溶け込んだ。我々は四臂観音及び金剛手菩薩が阿弥陀仏の心中に溶け込み、更に阿弥陀仏が五彩光に変化して我々の心中に溶け込むと観想する。我々は自身が「シュ」に変わると観想し、さらに「シュ」の種子字が五彩光に変化すると観想する。

法本の第1ページで、阿弥陀仏心呪の最後の文字は「シュ」である事が判る。「シュ」の字は2つの円があり、我々は上の円が五彩光に変わり、下の円に入ると観想する。そして下の円も五彩光に変わって、上の一筆に至り、上から徐々に五彩色に変化すると観想する。種子字の最後の下の一筆は、馬の毛のように細い。我々がそのように観想する際、全ての集中力をそれに注ぐ。その念頭がどれだけ長いか久しいかは重要な事ではない。

此処まで話した所で、又もう一度この法本の使い所を説こう。密法は二つの部分に分かれる、一つは生起次第、我々の福報を累積する;次に我々が「シュ」種子字が徐々に消えていくと観想するのは、圓滿次第だ。これは智慧を開くのを手助けする法門だ。全ての法本には生起と圓滿次第がある。もし、上師の教導通り修行を行えば、そなたはこの一生で成就を得るであろう。もし、違う考えが浮かんで来たのなら、それは出定である。その際、自分が四臂観音と観想する。これはあなたの肉体が四臂観音に変化するのではなく、重要なのは、我々の本性が四臂観音であると自覚する事である。続けて西方三聖(阿弥陀仏、四肩観音及び金剛手菩薩)が我々の頭上にあるのを観想する。以上が阿弥陀仏静坐の観想である。

もし、そなた達が今日私の解釈した内容を覚えていなくとも大丈夫だ、毎日唱えれば効果はある。最後に、我々は回向をする、今日修めた功徳は衆生と分け合い、我々が絶え間なく累積した善業は、いつか衆生を浄土へ往生する手助けを得る機会があるように望む。我々は自身が既に阿弥陀仏の浄土に居ると考え、また衆生も阿弥陀仏の浄土に居ると望む。

後の2句は、金剛乗を修めるのにとても大切な事だ、我々は一切の有情衆生は仏菩薩だと見るべきで、この話の通りだと、そなたが衆生の肉を食べるのなら、それは仏菩薩を食べる事になる。私達が聞く声は、すべて阿弥陀仏の呪文である。だからある人が、我々を罵り、良くない言葉を口にしても、もしあなたがそれらを、阿弥陀仏の呪文だと思えば、悪い気はしないであろう?我々は、自身の全ての考えが、阿弥陀仏知恵の思想であるよう訓練する。阿弥陀仏の智慧の思想とは、衆生を輪廻の苦海から解脱するのを手助けすることである。先程述べた身口意の3件は、初心者には困難で、遠いものだ。だが重要なのは始めることである、絶え間なく続けることで、いつか自分が自然と出来たのに気づくだろう。

本来、一枚の三聖の画像を今日参列した皆に与えようとしたが、弟子が間違って直貢伝承でない画像を持ってきてしまったので、台湾に戻ってから、正しい画像をビクトリアさんに送る。欲しい者は、必ずビクトリアさんに登記するように。会場にいる信衆の皆で、午後教授した法本が欲しい者は、法本を敬い大事にするように、置きっぱなしで散らしたり、適当な場所に置いたりしてはならない。そして、今日法を聞いていない、又は灌頂を受けていない者には、その法本の内容を聞かせたり、見せたりしてはならない。これはなにも法本が秘密という事ではないが、密法では縁がないか福報がない者に見せるのは正しくない行為である。

続いて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達を率いてアキ護法及び回向儀軌を修持なされた。法を修めるのが終わると、現地信衆は、リンポチェの元へと並び、ハダを捧げた。リンポチェは慈悲深く1人1人に加持を賜った。

午後、阿弥陀仏静坐法の伝授は円満となり、参会者は皆尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座から降りるのを恭しく見送った。

• 2018年6月3日(日曜日)午前中 •

諸仏菩薩、歴代の伝承上師、殊勝なる直貢チェツァン法王、殊勝なる直貢チョンツアン法王及び、アキ護法の加持庇護の下で、法会は清浄円満に終了した。現地住民36人及び、雲南のナンジュ・ケンポスに、台湾、アメリカ、オランダ、そしてフランスの信衆及び弟子総勢90名が参列し、法会は殊勝円満であった。

午前10時、ラトビアの首都リガのバルチックビーチホテル(Baltic Beach Hotel)にて長寿仏法会が行われ、大衆が合掌し、恭しく迎える中、楽器の音やタルチョー、香を焚いた香炉、そして宝傘の先導の下で、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座へ昇られた。

出家者弟子は参会者を率いて、皈依發心、四無量心、祈請伝法を念誦した後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは参会者に貴重な仏法の開示を下された。今日の午前中は、長寿仏を修める。これは、瑪吉珠貝傑摩仏母により授かり、殊勝なる直貢チェツァン法王が私に伝えた法本だ。長寿仏は阿弥陀仏の報身仏である。仏と菩薩には、皆法身と報身、化身の三身があり、どれも衆生を助けるに効果がある。化身は、仏菩薩の一切事情の代表である。それは仏経であり、仏塔であり、更には伝法上師も含め、すべて仏や菩薩の化身という事が出来る。<阿弥陀経>ではこう説く、人が往生したいと願った時、その人が死ぬ間際に阿弥陀仏の化身が迎いに来る;報身仏と報身菩薩は菩薩乗を修める修行者を護持する;法身仏とは我々の修行が成仏という果位まで達する寸前に、法身仏が現れて、そなたを手助けする。簡単に法身、報身と化身を説明する。我々が小学生の時、中学の先生が教えることは無かろう;また同じように中学の時に大学の教授が指導するはずがない;大学生になって初めて教授の授業を受ける。このような簡単な説明で、皆が三身の概念を肌で感じることを望む、もしこれを仏経から解釈するとなれば、相当な時間を要する。

今日修める長寿仏は阿弥陀仏の報身仏である、つまり我々がもしこの一世で菩薩道を修めると決め、しかも既に菩薩道を修めた場合、報身仏はそなたを助け、仏法上でそなたを護持し続けるだろう。もし、菩薩道を修める信衆でなくとも、今日法会に参列したものは、少なからず利益するだろう。

皆誰しもが、自分の寿命が延び、出来るだけ長く生き続けたいと望むが、それは不可能である。密法には不死身という法門があるにはあるのだが、歴史上から見ても修め得た者は数少ない。皆が比較的知っている蓮師が不死身を修められた。直貢のアキ護法や、直貢噶舉第十三法王も不死身を修められたし、もちろん何人かの大修行者もこれを修めた。

長寿仏の法本で最も重要な意義とは:人は事故で死亡する事が多々あるが、仏法ではこれを称して時にあらずして死すという。この法本を修めることによって、これらの事が消去され、真の修行人の寿命が延び、修行して衆生を利益するのに十分な時間を得る。一般の信衆はこの法会に参列したことにより、あなたがあるべき寿命を取り戻すことが出来る。

この一生での寿命は過去に行った全ての福報によって決まる、だがこの一生行った善悪事も我々この一生の寿命の長短に影響する。良い事を行う事で、寿命が延び;悪い事を行うと、寿命が縮む。どのような動力や元素が我々の寿命を産むのか?釈迦牟尼仏が仏経で説いた通り、衆生の寿命には2つの事柄がある。第一に寿命、もしそなたが過去世に殺生を行ってなく、善を多く行ってきたのなら、この一生の寿命は過去に行ってきた事と直接肯定的に関連する。その反対は悪事をする事である。第二に、財富である、財富はお金のような簡単な物を指している訳ではなく、健康を含めた一切の事柄と持てるあらゆる物がこの範疇に入る。釈迦牟尼仏は、人の死に様は以下の4つがあると説く。第一に寿命はあるが財富がなくて死ぬ。これは通常寿命はまだあるが、お金が無くて、餓死や貧乏で死亡も含め、この範囲に入る。貧乏は必ずしも発展途上国だけではない、先進国でも見受けられる。第二に、財富はあるが寿命が無くて死ぬ。我々は時にとても金持ちの人が突然の心臓病、脳卒中、癌を患い死んでいくのを見る。又もう一種は、寿命も財富もあるのに死ぬのが、戦争や意外、そして流行病によって死ぬ事だ。そして最後は財富も寿命もなくて死んでいく。

如何にして我々がこの一生で、財富と寿命のバランスを取れるのか?この一世努力して、布施し供養する、これは財富の部分。寿命の部分は、殺生しない、衆生の肉を食べない、自然環境を壊さない、以上の事を努力する。昨日は阿弥陀仏を伝授したので、今日は長寿仏を修める。そなた達がこの一生で仏法修行を行える充分な時間が有るよう希望する。さて、簡単な紹介だが、皆が少し理解出来たところで、法を修め始めよう。

前半に唱える祈請文は、歴代祖師が我々に長寿仏の貴重な悉地(成就)を賜るよう願い、護法に我々の一切逆縁を消去するよう祈り求める。我々は最も懇切又悲痛な態度で、本尊に我々と虚空の一切衆生を憐れみ、我々が阿弥陀仏の浄土へ辿り着けるよう、祈り求める。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは大衆を率いて長寿仏心呪を長らく唱えた後、開示された。

先程我々が本尊に祈り求めたのが、吉祥上師の寿命と事業の繁栄、一切衆生の時であらざる死亡、八大災難、十六種の恐怖から解脱するよう、祈り求める。我々が干害も無く、戦争もない平和な時間を享受するよう望んだ。我と弟子と施主の時であらざる死亡、一切災難が息滅し、一切仏法の求める事が実現するように。悪因や逆縁がなく、寿命福報財富がますます延びるよう望み、最後に無量光佛の果位に成就するよう望む。成就する迄は、生生世世長寿仏が我の本尊であり、我々から離れることなく、いつまでも加持し続けこの二つの悉地が成就するよう祈り求める。

続いて修める儀軌は、多くの上師が通常修めることのない部分である、それは摂受だ。我々がこの一生で行ってきた間違いは寿命を損ねる。寿命が散らばり、破壊や曲がったり、魔物に盗まれたりする。仏経中で説かれているのは、にんにくや葱、玉ねぎが大好物の人が呪文を唱えても護法神は来ない。ある一種の魔物と鬼はこの匂いが大好きなので、そなたが寝ている隙に口からこの匂いを吸取る、これは同時にそなたの寿命を吸取るのだ。ある人は、鬼神の助けを借りて自分の欲望を叶えるのだが、それで魔物と鬼は引き換えに、そなたの寿命を吸取る。

我々身体の構成は、父親の白明点と母親の紅明点(血)、又地風水火に分かれる。地は我々の肉と骨;水は我々の血液と一切内分泌;火は我々のエネルギー;風は体内の気だ。もし、この四大のバランスを失うと、人は病気になる、そして寿命も減る。人が老いる時、この四大が絶えずバランスを崩す。一番分かりやすいのが、人は歳を取ると特に寒さに敏感になる、なぜなら火が減り続けているからである。後ほどこの部分を修める。上師と長寿仏を通すことで、あなた達が失った四大を多少補う事ができる。

そなた達が、歳をそんなに早く取りたくないと思うなら、必ず密法を学ぶべきだ。だが、密法を学ぶには必ず皈依をしなければならない、それは上師を取り替えず、ただ一方に就いていけば、学び得る。私は、この一生で一方の上師 直貢チェ・ツァン法に皈依し、仏法を学んだ。法王が私に他へ行けと指示をされた場合を除いては、絶対に他へはいかない。だからこそ、四大元素を補う密法を学び得たのだ。今日はうっかりして、皆に密宗の秘密をすこし聞かせてしまった、通常はこのような事は滅多に公に話さない、もしかすると、ここと縁が一寸良いのかもしれない、だから多く話してしまった。もうこれ以上は話さない、多くを語りすぎるのは良くない。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは暫く法を修めた後、法帽を被り開示された:先程の段落は、まず上師が本尊へ加持を祈り求め、本尊が上師に充分な四大の加持を与えてから、初めて衆生の四大を補う事ができるのだ。

リンポチェは皆に、椅子に靠れず、姿勢を正すよう指示され、そして開示を始められた:第一に、そなた達の地の精華を強くする、第二に水の精華の部分、第三に火の精華と次々に強化していく、それが終われば次に皆に加持して、風の精華を補う。この一段は、空中の寿を攝受し、増加するよう手助けをする。

続いて、薈供と供茶の儀軌を行い、会場の各人は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが加持された供物を得て、法会中で上師、そして仏菩薩と共に食べられると言う、何とも得がたい殊勝なる因縁を得た。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは自ら法座を降られ、参列大衆に加持された。その間、リンチェンドルジェ・リンポチェは絶え間なく、鈴を鳴らし、長寿仏の呪文を唱えられ、慈悲深い眼差しは果ても無く深く広く、一切有情に行き渡った。会場の大衆は心の底から感激し、恭しく合掌し、上師の殊勝なる加持を得て、感無量であった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、再び法座へ昇られた。続いて出家弟子と法会前に抽選で選ばれた会場にいるお客様が、衆生を代表して尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにマンダを捧げる供養を行った。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達を率いて、アキ護法及び回向儀軌を修持された。また、自ら参列大衆を率いて《求生極楽浄土祈請文》を念誦された。

修法は円満に終了した後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは続いて参列大衆に開示された。

この二日間リガでの法会はとても円満に終了した。まず感謝すべきはビクトリアさんの招待だ。彼女はこの二日間の法会を主催するのに大変忙しく苦労したであろう。そしてここにいる信衆の皆にも感謝する、多くがこの法会の為に動いてくれた。私は毎年8、9月に台湾で25000人が参列する「阿弥陀仏無遮超度法会」を主催する。今年で第14年目に入る。台湾の弟子や信衆以外にも、全世界各地の国々の人が、この法会に参列する、来年にはラトビアの人も参列するよう望む。飛行機のチケットとホテルを手配すれば、この大法会に参列できる。私の身体が持つまで、この大法会を主催し続ける、いつまで続けられるかは、私にも分からないが。

今回はとても急がしかったが、それでも非常に楽しい日々だった。明日には此処リガを離れ、ハンガリーの首都へ向かう。明後日には、直貢噶舉の和平塔で火の供養を行う。前回は8月、今回は5月末、ここの天気は去年の8月とは違う。現在私が泊まっているホテルは、早朝4時から日が昇り、それから夜11時までも、太陽を見る事ができる、これは以前では見た事がない現象である、ここはきっと住むには心地よい場所に違いない。

私は以前法王にこう教えを請うた。ラトビアの人口はこんなにも少ないのに、比率から見れば、仏法を学びたいと思う人の数は、他よりも多い。これに法王は、なぜならラトビアという国家は、あらゆる宗教に対し、受け入れる率が高いからである、と答えられた。私は今回此処に来て、ラトビアの地と人民に役立つよう望む。

今回私はいくつかの甘露丸を持ってきたが、これらは直貢噶舉の根本仏寺――ラサの直貢梯寺で作られたものである。もしかするとある者は知っているかもしれないが、直貢噶舉には大成就者ドラブ・ワン・リンポチェが居られる。約11年前、ドラブ・ワン・リンポチェは私に毎年ある事を行うよう指示された。それは直貢噶舉にある伝統で、毎年チベット暦の年末になると、直貢梯寺の戒を守る比丘が、連續45日、全ての出家衆が24時間絶え間なく六字大明呪を唱える。歴史上の関係で、この伝統は十数年途絶えてしまった。だからドラブ・ワン・リンポチェは、毎年この伝統を行えるよう功徳主として、この伝統が再度復活するよう支持して欲しいと私に望んだのだ。毎年私の支持でこの法会は再開された。その支持とは、この45日間の法会の費用全てである、もちろん僧人が食べ、使うものも含めてだ。だがら、毎年彼らは私に甘露丸を一袋供養する。チベットでこの殊勝なる甘露丸を得たら、彼らは容器に入れて、お守り代わりとして首にかけている。

甘露丸の効果は何か?甘露丸は薬材によって作られ、本尊の絶え間ない加持を得ている。たとえ今生で、仏を信じない人でも、往生する前に口の中にこの甘露丸を含ませると、往生後地獄や餓鬼、そして畜生道に堕ちることはない。又重病にかかり、寿命ではまだ死ぬべきではない人が甘露丸を服用すると、症に合った薬と医者に出会い、病を治す手助けをしてくれる。通常、我々は閉関前に1つの甘露丸を服用し、閉関の妨げになる障害を取り除く。今、各人に3個ずつ甘露丸を与えので、皆上がってくるがいい、私自ら与えよう。(会場は歓喜に溢れ、熱烈な拍手が沸き起こった。)

六字大明呪を唱えている中、会場の大衆は一人一人台に上がって、リンチェンドルジェ・リンポチェの手の内から大変珍しく貴重な甘露丸を自ら受け取り、感激の心情は、言葉や表に溢れ出ていた。

リンポチェの指示:もし、ラトビア信衆でリンチェンドルジェ・リンポチェ及び長寿仏の法写真を受け取りたいと希望するものが居れば、自主的に壇城前にきて受け取るがよい。現地の信衆は、心の底から歓喜と感謝の気持ちを持って列に並び、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにハダを献上した。リンチェンドルジェ・リンポチェはそれを慈悲を込めて受け取り、そして自ら加持を賜った、そして出家弟子に門口で、寿丸と寿酒、そしてリンチェンドルジェ・リンポチェ及び長寿仏の法写真を配るよう指示された。

ついで、ビクトリアさんが英語で挨拶を述べた:

I would like to say some words to Rinpoche, the words of gratitude for such wonderful teachings that we had during these three days, almost three days. Thank you so much for accepting our invitation. These teachings have happened only because of the great blessing and provision of Drikung Kyabgon Chetsang Rinpoche. We are extremely grateful that Rinpoche came all this long way because normally teachers coming here are from India or Tibet, which takes about 8 hours of flight, and Rinpoche took 18 hours of flight to come here and he was teaching the next day. This had extra power and no normal human beings can do that, so we are extremely happy. Thank you.

For those people who don’t know the activities that Rinpoche really spreads all around the world and he is attending to students from many countries, like Taiwan, Japan, Bhutan, Nepal, India, and Tibet, and now Rinpoche’s teachings came to Europe, to Latvia. Thanks to Rinpoche, the purest teachings of Drikung Kagyu Lineage sound far and wide, giving comfort and showing path to Buddhahood to countless sentient beings.

We rejoice the precious Amitabha and Amitayus Pujas have sounded on the shore of the Baltic Sea. We are very aware these teachings served not just for people in this room, but also in the air, in the sea, under the ground and everywhere around. We do hope and are sure that these teachings will bring prosperity and good health and a lot to the whole country.

And we also ask forgiveness from Rinpoche and the Dharma Protectors for our forgetfulness and all the mistakes that we made during the practice and meditation. We ask forgiveness for our meager offerings and lack of discipline. We hope very much that the health of Rinpoche will never decline and he will teach again, again and again, and his life and his activities will never face any difficulties and obstacles.

And a lot of thanks and good words to the all Taiwanese practitioners who came here a long way too. Rinpoche mentioned his teachings were held so successfully only because of the help of the Taiwanese practitioners. We are very much aware only due to your diligence and discipline that everything was arranged in such a nice way. So thank you so much indeed. Thank you, everyone.

(日本語訳)

私はリンポチェに対して、一言お礼を言いたいと思います。この三日間、私達にこんなにも勝妙な仏法を聞けた事に大変感謝しております。私達の招聘をお受け下さり、本当にありがとうございました。これは、直貢チェ・ツァン法王の殊勝なる加持と賜りを受け、これらの法会が実現したのです。私達は、リンポチェが遥々この地までお越し来られた事に心の底から感謝します。なぜなら、通常インドやチベットから来られる上師は、約8時間のフライトで此処まで来られますが、リンポチェはなんと18時間のフライトで此処まで来られました。更に到着した翌日には法会を行われ、まさに非凡で卓越したお方であり、一般人には到底出来る事ではありません!それらを含め、私達は大変嬉しく感じ、感謝します。

知らない人もいるかも知れないのですが、リンポチェは、世界各国で仏法事業を広めていて、多くの台湾、日本、ブータン、ネパール、インド、そしてチベット等の地域で仏を学ぶ者を多く教え導いています。そして今、リンポチェの教法は、この地ヨーロッパのラトビアへと足を運びました。リンポチェが故に、直貢噶舉が伝承する最も清浄の教法は、果てしなく遠く広く伝わり、無数の有情衆生に利益し、仏の道へと導きます。

私達はこの最も貴重な阿弥陀仏と長寿仏の法会が、バルト海の海岸で光り輝く事に大変嬉しく思い、そしてこの法会が此処に座っている参列者にだけではなく、空中、海中、地下各所の衆生をも助けるという事も理解しています。私達は、法会が祥和と健康等諸々の利益を全国にもたらす事を切実に希望しまた確信します。

又、私達はリンポチェと護法に、我々の修行と座禅時の見落としや過ち、そして私達の微々たる供養と紀律の足りなさを許して頂きます様願います。私達は、心からリンポチェの健康が永遠に衰えず、今後、次々にと絶え間なく仏法を教え導かれ、そして寿命と事業が永遠に困難や障害に出会う事がないよう願います。

そして、遥々台湾からお越し頂いた弟子の皆様にもお礼申し上げます。リンポチェは以前に彼が法会を順調に主催できるのは、全て台湾の弟子達の協力のお陰だと仰っていました。私達は、あなた達の努力と紀律によって、今回の法会の手配もスムーズに出来ました、大変感謝しています。皆様、ありがとうございました。

法会は円満となり、参列大衆は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの修法及び開示に感謝して、皆立ち上がって、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座から降りるのを恭しく見送った。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、台湾から8191km離れたラトビアに来られ、移動時間約20時間、到着した翌日にはすぐに2日間の法会を行なわれた。71歳という高齢のリンポチェは、衆生に利益するため、苦労を省みず、仏陀の貴重な正法をヨーロッパ大陸でたたえ広め、無数の衆生をして法益を蒙らせた。

• 2018年6月3日(日曜日)午後 •

午後2時から5時20分まで、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは同じ会場に30名の現地信衆のためにこの世の一切の苦しみを解き、仏法の開示及び助けを与えた。

• 2018年6月4日(月曜日) •

午後1時、リンポチェは寶吉祥仏法センターの弟子を率いて飛行機でハンガリーに向かった。

• 6月5日 (火曜日) 午前中 •

2018年6月5日、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王の慈悲なるお許しの下、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは初めて欧州ハンガリーのザラサント( Zalaszántó)和平ストゥーパで、不動明王火供法会を執り行われた。これには直貢噶舉の南珠ケンポス、Drupon Lundrup(竹奔倫珠)、Drupon Jigmet(竹奔吉咪)(Druponとは閉関老師の尊称)、和平ストゥーパの創建を発心された韓国のVen. Bop Jon法師を含む、現地信衆105人、及び台湾、アメリカ、オランダ、フランスからの信衆と弟子87人が参列し、法会は殊勝かつ円満となり、無数の衆生が法益を受けた。

午前9時30分、快晴だった空から突然雨が降り出したが、法会の開始前にはそれも止み、太陽は再び輝き、陽の光が火供法会会場に差し込んだ。悠揚たる楽の音の中、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは幡、薰香、寶傘に先導されて会場へ進まれ、参会者はみな手を合わせてお迎え申し上げた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上られると不動明王本尊と無二無別の忿怒相を現され、続いて持咒修法を始められた。侍者の助けを受けながら、数キロに達する骨飾法衣と法帽子を身につけられた後、火供壇城の周囲に吉祥草を置かれた。火供壇城に点火すると、わずか数分の内に、炎は数メートルもの高さに燃え上がった。炎は轟音をとどろかせながら形を絶えず変え、濃密な檀香の香りが辺りに漂った。

火供儀軌を執りおこなう際、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは持咒しながら供物に加持をくださり、参会者が手に持つ盆の中に供物を速やかに入れてくださったので、参会者は自らの手で供物を火供壇城に捧げることができた。こうして仏菩薩と本尊を直接供養し、助けを必要とするすべての衆生に布施することができたため、学仏の福報と慧命を積むこととなった。
供物を賜る際、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは韓国法師のために特別に観想方式について開示くださり、参会者が壇城の周囲を整然と巡ることができるよう、修法供物を受け取ったら、先ずは南珠ケンポスが出家衆、寶吉祥弟子を率い、現地の信衆はその後に従うよう指示なさった。荘厳な儀軌は、参会者に虔誠な恭敬心を湧き上がらせた。

リンポチェの修法時には、黒雲が四方八方からストゥーパ上空へと突然集まり、続いて雷鳴が轟き、大きさもさまざまな雹が降り出したと思ったら、すぐに大雨となった。リンポチェの大威徳力の慈悲なる攝受により、火供は滞りなく進行し、大雨によっても、参会者の供物の受け取りが中断することはなかった。しばらくの後、雨は徐々に弱まり、ストゥーパ上空の黒雲は雲散霧消し、再び陽光が降り注ぐ快晴となった。不可思議なほど目まぐるしい天気の移り変わりは、諸仏菩薩と龍天護法が賛嘆し護持してくださっていることの証だ。参会者は殊勝なる瑞相に驚歎し、大きな信心と恭敬心を抱いた。法会の終了まで、清らかな鳥のさえずりは止むことがなかった。

リンポチェは「農業に関わる仕事に就いている者がいるのではないか」と参会者にお訊ねになった。9人のハンガリーの信衆が「そうです」と答えた。リンポチェは、彼らに特別の加持を下さるが、但し米、麦、野菜を栽培し、家畜を飼っていない農民にだけ加持を下さる、と開示なさった。一人の地元の信衆が、自分は葡萄を栽培しているが加持を受けられるか、と訊ねたところ、リンポチェは慈悲深くもお許しくださり、この9人の農民に、加持した供物を火供壇城へと焚べさせ、ケンポスのところで、火供灰の受け取りを登録するよう指示なさり、「火供灰を農場に撒けば収穫が改善され病虫害が減るが、農場内で動物を傷つければ加持の効果はない」と開示くださった。一人の農民が「自分の農場には柵がないのですが、どうしたらいいでしょうか?」と訊ねた。リンポチェは、自分でなんとか考えて処理するよう開示くださった。

リンポチェは、すべての参会者がタイミングよく供物を受け取れるよう、皆の歩みと状況に常に心を配られ、眼差しで衆生に加持を下された。右肩の関節には軟骨組織がないというお身体の状態でありながら、絶えず持咒、観想し、法本を唱え、供物を数千回にもわたり分け与えておられ、これらがお身体にもたらす負担は想像を絶するものだ。火供修法は3時間にも及んだが、リンポチェは一度も休息を取らず、ご自身の命の限りを尽くして衆生に利益くださった。大菩提心と金剛乗の殊勝なる成就を備えておられるのでなければ、長時間の修法に、身体が耐えられるはずはない。ましてやリンポチェはすでに71歲とご高齢であられる。それなのに、修法においては少しのお疲れも感じられない。リンポチェの修行の成就には、誰もが賛嘆せずにはおられない!

修法円満となり、リンポチェは開示された︰

火供法会の最中には陽光、降雨、雹が出現した。これは、衆生が布施を受け取り、諸仏菩薩が供養をお受けくださったことを示している。リンポチェは、この法会の参加者と無量衆生を代表して供養布施を行われた。これにより、今後この土地、さらには周辺の土地も吉祥となるだろう。今回の法会が地元住民とこの国の国民に利益できることを願う。今日ここに来ている住民は、ここにストゥーパがあること、直貢噶舉の仏寺があることを知っておろう。なるべくしばしば参拝に来るがよい。この土地と住民にとって恵みとなろう。

今回私は台湾から先ずはラトビアへ行き二日間の法会を執り行った。昨日ハンガリーに来たばかりだが、今日は火供法会を執り行っている。私は今年71歲だ。ここに来て法会を行っているのは、昨年(2017年)尊勝なる直貢チェ・ツァン法王が私をここにお連れくださったからだ。当時ストゥーパのそばで食事した際、一人の山神が来て、私に修法を依頼したのだ。法王もご覧になり、私がここで修法することにご同意くださったのだ。これこそ、今日こんなにも強い雨が降ったのに、火供の火が消えなかった理由だ。これはリンポチェの功力ではない。皆の信心のためなのだ。この信心の力が火供の火を消さなかったのだ。皆が将来も平穏であることを願う!

私は今週帰国するが、今後もこの二人の直貢噶舉のケンポスがここに残る。みなに紹介しよう。一人は、Drupon Lundrupで、もう一人は Drupon Jigmetだ。この二人のケンポスに挨拶するように」と仰せになった。
リンポチェは二人のケンポスを前に呼んで紹介し、参会者との善縁を結んだ。火供は円満となり、参会者は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なる修法と開示に感謝し、起立して尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座を降りられるのを恭しく見送った。

現地の信衆は「ここ三週間雨が降っていなかったのに、先ほどの雨が大地を潤した。大修行者の福報庇護で、この地の無数の衆生に利益されたのだ」と述べた。


3 時間の火供法会の間は、日が差したり雷鳴が轟いたり、大雨や雹が降ったりし、法会が円満となった時には再び陽光が降り注いでいた。このような殊勝なる瑞相は実に不可思議だ。

• 6月5日(火曜日)午後 •

午後2時、リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達を率いて仏寺に入られ、慈悲深くも金剛薩埵を修持し、みなの修行上の障礙を消してくださった。リンポチェは参会者を率いて金剛薩埵の心咒、アキ護法儀軌、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王と尊勝なる直貢チョン・ツァン法王の長寿祈請文、回向儀軌を持誦なさり、自ら参会者を率いて『求生極楽淨土祈請文』を持誦なさった。

修法後、仏寺の大殿は全体が明るくなった。ストゥーパに駐在する二人の直貢噶舉のケンポスと南珠ケンポスは、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに円満マンダを献上し、リンポチェが苦労を厭わず遠路修法にお越しくださったことに感謝した。

リンポチェは「修法後、リンポチェは今週中にハンガリーを離れる。今後はこの二人のケンポスが皆に引き続き仏法を説く。みなが吉祥如意であり、健康に恵まれることを願う」と開示くださった。

法会は円満に終わり、参会者は皆立ち上がって、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座から降りるのを恭しく見送った。

• 後記 •

リンポチェは大殿での修法が円満となった後、寺を管理するDrupon LundrupとDrupon Jigmetに対して「修法時に、寺の右前方に黒い龍がいるのが見えた」と開示され、毎日必ず寺の右前方の龍宮で修法し、龍に牛乳を供養するよう、Druponに指示された。

リンポチェが火供を修めた後、この地の龍、山神、天龍八部は皆喜んでそれを受け入れたので、今後この地はいろいろな面で事態が好転するだろう。Druponはリンポチェに「以前自分は毎日あそこで修法していたが、やはり平穏ではなかった」と報告し、リンポチェに感謝した。

三日後、Druponから以下のような喜びのメッセージが届いた。

「ハンガリーのこのストゥーパ周辺では数週間にわたり降雨がなかったのに、リンポチェが修法くださった後には、毎日午後大雨が降るようになった。雨が止んだ後には同じ場所に虹が現れる。これが既に三日も続いている。とても不可思議だ。ストゥーパで修法くださったことを、リンポチェに感謝申し上げたい。私達はこれらは、リンポチェがここで修法くださったので、天龍八部と護法がリンポチェの加持を受けたことで現れた瑞相だと考えている。我々もリンポチェが修法に来てくださったことを非常にありがたく思っており、リンポチェが仰せになったように、ここがより良くなると信じている。
感謝を込めて!  Drupon Lundrup、Drupon Jigmet」

Drupon Lundrup、Drupon Jigmetの二人のケンポスは、リンポチェの修法時に出現した瑞相を、非常に特別な現象であると称賛し、現地では三週間に及ぶ干ばつが続いていたのに、修法のおかげで雨が降り、水不足が解消されたと述べた。

雲南出身の南珠ケンポスは、リンポチェの修行成就を賛嘆し、「リンポチェの修法時には陽が差し、雨と雹が降り雷鳴が轟いたが、このような現象は普通に出現するものではない非常に特別な現象で、息懐増誅四法成就により出現する瑞相だ。修法時に雹が降ったのは、リンポチェが誅法成就の大修行者であることを表している。雨水が万物を潤すからこそ万物は成長できる」と述べた。

諸仏菩薩、直貢伝承祖師の加護を受け、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王の加持の下、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェのラトビア、ハンガリーの弘法の旅は円満に成功し、無数の有情衆生に利益した。これにより、清浄正法は欧州に弘揚され、現地信衆の恭敬心は高まった。またこれが、善因縁をつなげ、学仏の福報を積み、殊勝なる成仏の道を指し示すこととなったのだ!

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2018 年 06 月 14 日 更新