お知らせ

佛陀の足跡を追って~インド舎衛城巡礼の旅

2017年11月7日、リンチェンドルジェ・リンポチェは、直貢チェツァン法王の言いつけに応え、寶吉祥の弟子535名を引き連れインド舎衛城へ向かい、巡礼をした。敬しく法王の開示を聴く以外にも、もう2人の大修行者と、佛陀が説法されたと言われている場所、祇樹給孤独園にて燈供祈願を行った。この意義は非凡であり、至心感恩だ。6日間の日程が殊勝円満であった。

私はこのように聞いた。あるとき仏陀は舎衛国の祇樹給孤独園におられた……」仏経で言及する、佛陀が所在された舎衛国とはインド北部の舎衛城、2500年前に仏陀と僧達が此処で、25年間夏安居を行っていた。佛陀時代、舎衛城は六大都市国家の一つで、著名な祇園精舎の所在地、数多くの重要な仏教経典は此処で説かれた。そこは非常に殊勝な仏教聖地だが、今では、インドの境内の廃れた場所とされ、多くの仏教徒達から忘れられている。

尊き直貢チェツァン法王はこの舎衛城の以前のような輝かしい風采を再現しようと、2013年に舎衛城再起大計画を起動された。舎衛社の建設及び緑化の完成は約25年。この地に、全世界の仏教徒が巡礼できる機会があり、そして仏法聖教に浴する事が出来るようにする。
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、法王がこの大掛かりな舎衛城計画を始めた当時も、全力で加持し支持し、今までに200万ドルを寄付した。この企画内で最も重要な功徳主である。この因縁ゆえに、法王が2017年新春寶吉祥仏法センターへに来られた折、リンチェンドルジェ・リンポチェに500名の弟子を連れて、11月に舎衛城で行われる法会に参加することを望んだ。2017年はちょうど祖師である吉天頌恭が円寂して800周年記念の法会をするのと同時に、世界平和を祈祷するものであった。

2017年11月07日(火曜日)

早朝8時、リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥仏法センター535名の弟子を連れてインドへと向かった。夕方7時、リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子に、上師と共に食事をするという殊勝で得がたい機会を賜ったのだ。食事中、数々の因縁を通して、絶え間なく弟子達に加持及び教えを説いた。

寶吉祥インド支店の社長Mr. J. P. Singhとその娘も晩餐会に参加し、洗双糖の花で飾った手作りのチョコレートケーキをリンポチェに差し上げた。又、その場にいた11月生まれの誕生日の皆にも祝い、誕生日の歌が響く歓喜の中、弟子達はリンポチェにケーキを献上し、供養した。上師の徳澤に感謝したのである。晩餐会の終わりを迎える頃、リンポチェはケーキの上に飾っててあった砂糖作りの白いバラを、その場にいる弟子皆へ賜った。師徒共にこの感動に包まれ、心温まる、楽しいインドの夜を過ごした。

2017年11月08日(水曜日)

デリー在中の数日間は、ずっと霧に包まれれいた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、弟子達にくれぐれも外出する際はマスクを着用すること、自分自身の健康と安全には注意するようこまごまと言い付けられた。

お昼時間、弟子達は幸運にも、リンポチェとお昼を共にできた。食後、ホテルのスタッフ数十名が、インド支店のマネージャーSunilを通して、リンチェンドルジェ・リンポチェに長跪合掌、リンチェンドルジェ・リンポチェに加持して下さるよう恭しく祈り求めた。リンポチェはその要求に慈悲深く応えた。数十本のミネラルウォーターを準備するよう指示し、金剛杵を以って一つずつ加持した後、ホテルのスタッフへ賜った。リンポチェは特にSunilを通してにこのミネラルウォーターをどのように使用するのかを皆に説明し、身近な友達にも分け与えてよいと伝えられた。ホテルのスタッフは皆歓喜し、そのミネラルウォーターを受け取り、声揃えて感謝の言葉を述べた:Thank You Rinpoche!更には中国語を話す者も出てきて:謝謝 仁波切(ありがとう、リンポチェ)!と誠心誠意の感謝を表した。

加持を終え、スタッフ皆で赤誠の感恩の心を込め、うやうやしく跪き、リンポチェに一束の鮮やかなバラを供養した。リンポチェは歓喜して、金剛杵を以ってスタッフ一人一人の頭の上で加持された。ある者には、特別に肩を軽く敲かれるという加持を賜った。
毎度リンポチェが海外にて弘法する際、いつも因縁に沿って衆生を利益される。そして、種族、宗教や国籍の分け隔てなく、皆リンポチェの大攝受力を感じ、進んで加持を祈り求め、リンポチェも色々な方便法でもって彼らを助けれる。その場に居合わせた者は、全てリンポチェの慈悲と衆生の信受に心から感動するのであった。

晩餐後は、現場で再び繊細且美しい睡蓮の花型の手作り洗双糖チョコレートケーキを出し、11月生まれの弟子を祝った。

蛋糕上栩栩如生的玫瑰與蓮花糖花,皆以日本進口的洗雙糖製作。仁波切進口洗雙糖的緣起,是日本一處芝麻園全毁於風災,仁波切心生不忍,協助重建,日本廠商因 仁波切的慈悲而感動不已,特別向 仁波切推薦此一珍貴的糖品。
ケーキの上にある、まるで本物のバラと睡蓮のような砂糖菓子は、全て日本から仕入れた洗双糖で作ったのだ。リンポチェが洗双糖を輸入し始めたきっかけは、日本のある胡麻農園が自然災害によって全滅した。それに大変胸を痛めた事から、再建の協力を進んで申し出された。この日本の業者は、リンポチェの慈悲に心から感動し、特別にこの一級品である砂糖を推薦した。

洗双糖は一番最初に、サトウキビから搾取して出来た砂糖で、ミネラルや微量元素を豊富に含み、日本天皇へ捧げる貢物であった。それが、リンポチェの善因縁によって台湾に輸入される事が可能になり、皆がこのような健康食品を手にする機会を得ることが出来た。晩餐会が終わりを迎えた頃、リンポチェはケーキに飾ってあった砂糖作りの蓮の花を、その場にいる今月誕生日の弟子達へ賜った。

2017年11月09日(木曜日)

尊き リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子を引き連れ、舎衛城へと向かった。人数が多いのと、道のりが長いので、出発前リンポチェは、一人一人弟子を目で追って加持された。約500人もの弟子が7台の飛行機に分かれ、それぞれが北方にある首都ラクナウへと向かう。到着後、又5時間程車で走り、やっと聖地舎衛城に到着する。

2017年11月10日(金曜日)

早朝、古き舎衛城の清らかに響き渡る鳥のさえずりで目が覚める、2017年佛教文化サミットがこの地で展開される。会場には「Welcome to the Great Shravasti Buddhist Cultural Assembly」の横幕が掲げられ、世界各地から訪れた巡礼者を迎えていた。

500名もの多くの寶吉祥仏法センターの弟子は会場外で、手に直貢噶舉派の旗と寶吉祥佛法センターの旗を掲げ、尊勝なる直貢チェツァン法王と尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを恭しく出迎えた。法王が会場へ入る際、リンチェンドルジェ・リンポチェは恭しく法王の後に就いておられた。会場の中央には、尊勝なる直貢チェツァン法王の法座、及び直貢チョンツァン法王の写真を設置していた。左側にはリンチェンドルチェ・リンポチェ、右側には執政王チザ・リンポチェが座られる。

この殊勝なる法会は、尊勝なる直貢チェツァン法王が壇城に灯を点されて始まった。そして、デヘラードゥーン佛学院のヨギーニが頌歌を歌い、またシッキム州政府の法律顧問があいさつした。

続けて、Wangchuk Dorjee Negi教授が挨拶をし、この舎衛城文化イベントを主催した法王に感謝の言葉を述べられた。全ての宗教、教派が此処へきて、我々が与えられる全てをこの世界に捧げ、人々を助ける。近い未来、比丘、比丘尼が25回の閉関を実行する、そしてそれが、恒例となっていく。

悠々とした音楽の中で、大衆は皆起立し、恭しく法王を壇の上に迎え、お話をしていただいた。

法王は、まず遠い所から来た台湾、ブータン、シンガポール、シッキム、マレーシア、ネパール、ラダック、そしてヒマラヤ地区の貴賓を歓迎された。法王は、ここには佛陀の主な弟子の大佛塔が多々あり、多くの僧侶が此処へ寄って巡礼し、佛陀は以前この地で最も重要な108部の佛教経典を伝授されたと言われた。その為、ここでマンダラ寺院を1宇建立し、今後の計画としては、様々
な宗教の特色、様々な文化を結合し、全ての教派が此処を訪れるよう、希望と期待する。予定では来年寺院が落成する。

Wangchuk Dorjee Negi教授は閉関修行の計画について述べたが、法王も既に3年連続、9月の雨季に閉関修行を行うよう手配していると述べられた。中国語では結夏安居と言うが、来年には大よそ108名の僧侶達が此処で閉関修行を始め、今日のような活動は舎衛城で恒例の行事となる。これで、舎衛城が歴史上の佛法聖地だったという事に留まることなく、現在に於いても、大規模で緑豊かな都市に発展し、世界で光り輝き、更に多くの衆生に利益するよう希望する。最後に法王は皆が充実な人生を送り、悪い業障を除き、身も心も健康で楽しいよう祝福された。

最後に、直貢チェツァン法王は特にリンチェンドルジェ・リンポチェが教派内外に貢献した事を絶賛された。そして、参列した大衆に英語で:「今年は国際直貢噶舉協会がデヘラードゥーンで直貢噶舉教派の祖師ジッテン・サムゴン800周年を記念するイベントを主催し、世界80国を超える国家、180箇所のセンターに参列して頂いた。当時私はこのサミットに協力して頂いた360箇所の寺院に感謝状とジッテン・サムゴンの聖像を贈る。

この800周年記念イベントを挙行する際、寶吉祥のリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達を引きつれ舎衛城へ来ていた為、デヘラードゥーンの記念イベントには参加できなかったが、この場を持って特にリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝する。20年以上に及ぶ長い間、絶え間なく支持し、教派を助け、教派の内部や外部を問わず、多くの貢献をしてくれた。この舎衛城復興計画に於いても、リンチェンドルジェ・リンポチェは既に200万ドル以上のサポートをしている、個人的にこの機会を借りてリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝する。」

烈々の拍手と歓声の中、チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに、ハタ、祖師ジッテン・サムゴン像を2体、そして感謝状を賜った。法王は特に日本仏教センターにも触れ、リンチェンドルジェ・リンポチェが日本で直貢噶舉派の仏法センターを設立した先駆者である事を述べられた。法王はこの贈呈式で、リンチェンドルジェ・リンポチェは教派に於いて、とても重要な柱で、台湾又は日本の寶吉祥仏法センターを問わず、どちらも直貢噶舉派を受け継ぐ重要な道場であることを公に確認された。

贈呈式が終了後、尊き直貢チェツァン法王は座に昇り、佛陀殊勝教法《法句經》中の偈頌:「心の貪著を離れ、思慮擾亂せず、已に罪福(よしあし)(の想)を離れ、覺悟せる人には怖畏あることなし。」

を開示された。法王は皆の為に、佛を学ぶ際に最も重要なのは菩提心だと開示された。偈頌は、人の苦痛はすべて「貪瞋癡慢疑」からくるものだと説く。佛陀は8万4千種の修行法門を伝授し、修行を透して、初めて五毒へ陥る事なく、煩悩と苦痛から離れることが出来る。法王は皆に瞑想(Meditation)の仕方を指導され、それで清浄な心を保ち、瞑想の訓練を借りて、心識を恒定し、覚醒できる。まるで、霧が去った後に見える太陽の光のようだ、それが佛性である。

法会が円満に終了された後、法王は大衆を引き連れ回向を行われた。

午後の法会開始が2時15分、法王はこう開示された:「今日はとても特別な日だ、佛陀が忉利天へ登り、母親の為に説法し、人間界へ戻った日である。それと同時に、チョンツァン法王の誕生日である。この場を持って、チョンツァン法王の誕生日を祝おう。」

歓喜余るバースデーソングの中、チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェの恭しいお供の下、自らケーキを切り、第一皿を佛法僧へ供養し、残りを大衆と共に分け合うよう賜った。

会場では、特別にチョンツァン法王に関する動画を準備していて、チェツァン法王はそれで、大衆にチョンツァン法王を紹介された。チョンツァン法王の生まれはチベットで、国王の家族に属する。そこは、今では国際連合世界遺産保護区になっている。チョンツァン法王は76歳だが、なかなか健康で、60歳余りとしか見えない。今はチベット協会で仕事をしていて、以前にネパール、日本、台湾等の地を訪れ、直貢噶舉の寺院の開光、リンポチェの為の坐床大典等を行われた。

法王は皆と共に尊きチョンツァン法王の長寿祈請文、回向及菩提心を発する文を唱えられた。参列した大衆は大成就者が衆生を痛む慈悲心を深く感じた。

その後、法王とリンポチェは大衆を引き連れ祇樹給孤独園 (Jetavananathapindi Karama)へ赴き、法を修め、灯を点して祈願された。

法王は昔佛陀が説法当時の如く、園内遺跡の高台に座られ、リンチェンドルジェジェ・リンポチェは法王の手前に、執政王チザ・リンポチェは左側に座られた。

灯火の供養の際、リンチェンドルジェ・リンポチェは特に寶吉祥の弟子に中国語で《供燈祈願—除無名闇》を唱えるよう指示された。その時、法王とリンチェンドルジェ・リンポチェ師徒二方は、手に明灯を捧げ、共に灯火をつけられた。そして大衆はそれを仰ぎ見ながら、心を合わせて歌い唱え、祇園で善の念願を集め、世界平和を祈願した。

回向文を唱え終えた後、法王は慈悲深く開示された:

「世界では多くの苦しみ、憎悪、そして戦争と環境問題、更に死亡や事故が多発している。我々は一切衆生の苦痛を想うべきだ。特にこの特別な場所では、菩提心を発し、全世界が平和幸福である事を祈ろう。この場にいる大衆も願望が叶うよう祈ることが出来る。今日、この大曼荼羅の中では、あなたの願望は全て実現される。」

法王は続けて大衆を率いて《求生極樂淨土祈請文》及び発菩提心を唱えられた。当時佛陀はここ祇園で《佛説阿彌陀經》を開示され、衆生に六道輪廻を解脱し、浄土へ往生する事を教え導かれた。リンチェンドルジェ・リンポチェも上師と佛陀を受け継いで法を説かれ、絶え間なく弟子に十善法を修め、福徳因縁を貯める様教え導き、そしてポワ法で無数の縁ある衆生を浄土に往生する様助けられた。法王はリンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を修めて成功する事を知っておられるので、ここで大衆を率いて求生極樂淨土祈請文を唱えられるのは、特に深い意味がある。

法を円満に修めた後、法王とリンチェンドルジェ・リンポチェは、園内を出て、この法会が歴史上に残る記念として、門の前で共に写真を撮られた

現地の人達は、寶吉祥の弟子はこれほど大勢なのに、一糸乱れないのを見て、引率者に上師リンチェンドルジェ・リンポチェは教えが良い、だから寶吉祥の弟子は紀律が良いのだな、まるで軍隊のようだ、と褒め称えた。

法王とリンポチェは帰り道の途中、車を駆って大神蹟紀念塔へと向かった。そして弟子達にこの聖地を一周するよう言付けた。現地の人はこの場所を佛陀の空港(Buddha Airport)という。此処は佛陀が母に説法を行うため昇天された場所であり、伝える所によれば、嘗てそこには紀念塔があったと言われている。今ではレンガ造りの遺跡が残っていて、現代の人に弔われているばかりである。ここに登って遠くを眺めると、舎衛城の景色が目の下に広がる。

2500年前、佛陀の孝行心は、忉利天宮へ昇り、母のために説法をされた。そして3ヵ月後、再び人間界へと戻られた。法王は開示された、今日はまさに佛陀が忉利天へ行かれ人間界へ戻られた記念日である。また、佛陀が忉利天宮で開示された佛法は、即ち《地蔵菩薩本願經》である。リンチェンドルジェ・リンポチェは2014年12月に日本で《地蔵經》を衆生に開示し始め、2017年8月に開示が円満に終えた事から、寶吉祥弟子達は、今回上師に就いて聖地を巡るという殊勝な因縁を得る事ができたのだ。

弟子達が山岳を登ろうと準備をしている時、法王とリンポチェが車でその場を離れられたので、弟子達はお辞儀をして恭しく見送った。法王は窓の向こう側から寶吉祥の弟子に手をお振りになった。夕焼けの余韻の中に、二方の大修行者が去って行くのを見送ると、心の底に上師への無限に感謝の念が溢れた。

大舎衛城計画の推進は、法王とリンポチェの慈悲願力で、現在建設中の舎衛城聖殿は、1宇の曼荼羅建築で、そこは教派を隔てない佛教聖殿である。予定では2018年に落成するが、其の時には当地各方面の発展を促すだろう。

リンポチェは弟子に、現在建設中の舎衛城聖殿を参拝すると同時に、閉関センターの回りを一周するよう指示された。それは、弟子達に建設中の閉関センターと法を説く場所に因縁を結べるようにする為であった。工事はまだ途中だが、三階建てで、すでに聖殿の形が見られ、又聖殿周辺を囲む建築物も見られた。舎衛城聖殿の建設は、将来佛教の各宗派が団結し、世界宗教の和諧社会を促進する。その時、舎衛城は昔のように光り輝く栄光の復興を遂げる。

2017年11月11日(土曜日)

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは午後、法衣姿でラクナウ空港へと向かった。その時、ある若いインド人男性が威風堂々としたリンポチェの姿に圧倒され、自ら前に立ち、一緒に写真を撮ってくれますかと許可を申し出た。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲で、彼はその許可を得ることが出来た。大修行者の慈悲願力はいつなんどきとも、衆生を引き寄せる感受力をもつ。

その晩、尊き リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥の弟子に上師と共に食事をする機会を賜った。リンポチェは同席している弟子の黄氏に質問された。「最近、体調はどうだ?」弟子の黄氏は:「グリーンターラを唱えたおかげで、体調が随分良くなり、呼吸も前より順調です。」と報告した。リンポチェは続けてこう質問をされた:「あなたはなぜ上師が自分に加持して下さり、呪文を唱える機会を与えて下さったと、上師に感謝しないのか?」弟子の黄氏は:「感謝しています!こっそり念じています。」リンポチェは又もやこう言われた:「ならなぜ、今この場で言わず、こっそり言うのだ?」弟子の黄氏は、とても困りながらも笑って:「ちゃんと感謝を述べています、プライベートで!」と答えた。リンポチェは又もやこう問われた:「私は、なぜ今この場で言わず、こっそり言うのかときいているのだ。あなたが言わないのは、それはあなたが、自身で修行して得たものだと勘違いしているからだ。あなたは全く上師の恩を感じていない。もし、私があなたにグリーンターラの呪文を伝授しなければ、あなたはどのようにして唱えることが出来よう?そして、あなたに道場に来る機会を私が与えなければ、あなたはどのようにして道場で唱えることができる?私は今ここで、あなた達にグリーンターラの呪文を唱えさせない事も可能なのだ!何がこっそり上師に感謝していると話しているのだ。なぜ公に上師に感謝をしないのか?媚を売っていると思われたくないからか?これは媚でも何でもない、上師を崇め讃えているという事だ!上師の功徳を崇め讃えるのは、上師の前、大衆の前で行うことで、着実に上師を崇め讃えるのだ。リンポチェの前でプライバシーも何もない。あなたの事を言っているのに、口答えまでしおって。」

その席で、あるチベット仏教長年の弟子が供養の重要性を皆に自分の経験を持って語った。チベットでは、法を求める際は、満ちる恭敬心の他に、それなりのお金も必要とする。それは昔から変わらず今もなおそうである。以前、自分のいとこの旦那さんが、上師に財神火供を求めた所、500万の供養をした。

また話を続けて、我々の上師は、毎週共に法会を修め、毎月施身法を修められ、毎年年末には縁度母、上師供養法、金剛薩埵、普巴金剛、四臂觀音法門、黒財神、象鼻財神等を修められる。これ等の法は慈悲深いリンポチェが、進んで弟子の為に修められているのだが、それに私達は甘えていて、それが当たり前のように思ってしまっている。これらの法は本来、弟子である私達が供養し、願い求めるものだ。お金の問題ではない、供養をしないと、福報がなく、法を修めても、功徳はあなたと関係がなくなる。更に言うと、我々の上師は大リンポチェである。皆さん、上師の慈悲と尊さをしっかりと知らなくてはいけない。

そしてリンポチェは、また開示を始められた:

「最近<龍蔵経>の演説をする際、私は1300人要ると言ったが、あなた達は、上師の事に対して全く無関心でいた。それを私が叱ったので、始めて人数が集まった。あなた達は、この<龍蔵経>が世に出ることが、どれ程まで大きな福報であるか知っているか?これは、チェツァン法王の指導の下、私が完成させた事なのだ。あなた達は私の弟子である以上、同じように福報を得られる。だが、あなた達の人集めの動きは全くもって遅すぎる。

午前中法王が開示した通り、私は教派の内部であろうと、外部であろうと関係なく、教派全体を支持している。これには莫大なお金も要する。だから私は事業を経営しているのだ、稼いだお金は全て衆生に利益する為に使う。」

確かに、我がグループが輸入している日本の豆乳は、全て大豆で作らている為、香りが濃厚で、栄養価値も極めて高く、まさに価格を遥かに超す良い品である。子供と年配の方に特に良く、栄養士と医者に大絶賛されている。一日に4本飲んでも、多すぎない。

リンポチェが経営しているレストランやカフェが政府から【優良店】として賞され認定されたのも、我々が良い食材を慎重且厳選しているからだ。例えば、油も日本から輸入した玄米油、オリーブオイルを使用している、だから今も尚、赤字である。リンポチェがレストランを経営したのも、そもそもは弟子達が悪い物を食べて、健康に影響する事に対して心を痛めたからである。出来る限り優質で無毒の良い物を皆に食べさせようとしているのだ。

リンポチェはこう開示された:「我々がこの【優良店】を得られたのも、もちろん衛生条件が整っているからだ。以前ある店長をクビにした事がある。なぜなら、その人は洗剤と野菜を一緒に置いていたからだ。私はその光景を見るなり、すぐさま洗剤と一緒に置いていた野菜を捨てなさい、とその人に指示した。あなた達は家で食事をする際、洗剤と野菜を一緒に置くのか?もし、置かないのなら、どうしてお客様にこのような物を出すのか?あの日は大声でその店長を叱った。」

「私はあなた達を慈しみ、面倒を見る。あなた達が悪い物や不清潔な食べ物を口にして欲しくない。佛教を学ぶものは、淡白であっさりしたものを口にする、昔の出家衆がこの淡白であっさりしたものを口にしていたのは健康の為である!以前にも、皆に開示したように、我々は眼や鼻をコントロールすることは出来ないが、味覚は比較的コントロールし易い。」

「私がこの【優良糧商】の資格を得たのも、当グループがコシヒカリを日本からラッピングの袋ごと輸入し、一切他の米を混ぜていないからだ。現在では、食の問題が多々ある、あなた達は市場のクコの実の有る物には、農薬が付いていたと聞いた事が無いか?私だけが、青海で唯一無毒のクコの実を探し出せたのだ。今では、干し柿も我々の市場に出ているが、あなた達はこの干し柿が年配の方の身体や肺、気管にとても良い事を知っているか?もし、良い物を食べず、病気をした際には、今後の医療費は現在食に使っているお金より遥かに高いぞ!」

「多くの者がちまちま計算をしているのは、貸越が怖いからだ。私は怖くない。私はいつでも貸越をしている、お金はいつでも供養として出ている。あなた達が自分で健康に気をつけていれば、私の負担は少しは和らぐであろう。もし、供養に対してけちけちしているのなら、来世ではお金持ちの貧乏になるであろう!何がお金持ちの貧乏かって?それは、お金は全て銀行にあずけ、自分では使う事が出来ないという事だ。」

リンポチェは続けてこう開示された:「あなた達がこの二日間舎衛城で見た通り、法王が行っているのは、決して小さな事ではない。全てに於いて、お金がかかる、それを私は護持している。今まで、既に200万ドルだ。当時、法王が財団を設立した際に必要とした台湾ドル3000万も私が供養した。未来の建設にはまた膨大な経費がかかる!」

「あなた達はこの舎衛城に訪れる事が出来て、さぞ喜んだであろう。だが、誰のお陰でここへ来られたと考えた事はあるか?法王とリンポチェがいるから、あなた達はここへ訪れることが出来たのだ。午後の祇樹給孤獨園で法王が灯火儀式の供養を行われた際、あなた達を率いて共に唱え、慈悲深くあなた達の願いは実現すると述べられた!《求生極樂淨土祈請文》もし真剣に唱えていない弟子、又は出離心が無い者、上師に対して恭敬心が無い者は、たとえ唱えても実現しない。もし、あなた達の願いが孫の体調が良くなるように、や、家族円満、人間関係の良好、財運向上等ならば、それらも実現しない。」

上師は、我々弟子の問題点は出来るか出来ないかではなく、やるかやらないかであると指摘された。リンポチェは信者の頃から修めておられる、その時から彼の供養心は一般の人とは全く違っておられる。例え、ご飯を食べるお金がない程貧乏になっても、供養を止めることは無かった。リンポチェが以前我々にも開示されたように、仏経には、上師を敬い、法の通り修行をすれば、仏菩薩は私達に食や衣服、そして仕事や住まいが不自由になることはさせない、と説かれている。

阿弥陀佛無遮大超度法会では、総勢21000人程の参加者がいたが、法会の清潔さを保つ為、リンポチェは佛寺を建設するからと言って、法会中大衆に向かって募金を呼びかけたりしなかった。ご老人は戒律を守り続けておられる。長年に渡り、リンポチェは法王を供養し続け、教派を護持し、全ての責任を一人で背負っておられた。その弟子である我々は、ほんの少しも其の責任を分け合うことが出来ない。なんて情けないことだ。

法王の願いは、リンポチェの願い、リンポチェの願いは我々弟子の願いである。この事は全ての弟子が認知するべきで、また全力でやらねばならないことだ。リンポチェの佛法事業に対して、護持であろうと、支持であろうと、我々はリンポチェが法王への心遣いに学び、努力を惜しまず、全力を尽くして、初めて金剛乘弟子の名に恥じないのだ。

有り難い事に、リンポチェは我々弟子を口を酸っぱくして教え導き、又厳しい呵責を持って、弟子の緩んだ心を再び引き締められた。だが、同時に尽きることの無い慈悲を持って、弟子に対して関心と期待をされておられる。リンポチェは弟子は上師へどのように仕えるのか、始終模範を示されておられる。上師が与えてくださる一つ一つの良き事を大切する事で、初めて上師と共に衆生を利益する功徳大海原へ参与できる。

2017年11月12日(日曜日)

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、弟子達を率いてインドの首都デリーへ向かわれ、空路台湾へと帰国された。

ホテルで空港に行く準備をしていると、前日呵責を受けた弟子の黄氏が、ホテルの階段で二回転んだ。一回目は無事だったが、二回目に転んだ時は、非常に重症で、右側の額に深い傷跡を残した。

リンポチェはその事を知った後、直ちにその弟子に以下の上師の開示を伝言させた。:「彼はその場で懺悔するべきだった!転んだのは、リンポチェが罰したのではなく、昨晩口答えをしたからだ。口答えするのは、言う事を聞かない事で、それで師徒の関係も断たれる、そうなれば自然と加持も無くなる。彼がこのグリーンターラの呪文を唱える事ができるのは、リンポチェの恩である事、リンポチェが伝授したものである事、でないと弟子が呪文を唱える機会を持つ事は不可能である事を、全く考えていない。彼が重病の際、命はリンポチェが救ったのだ。尚更上師に感謝し、上師の功徳を崇め讃えるべきだ!」

デリー空港の搭乗口の前で、リンポチェは遠くから怪我をした弟子の黄氏を見つけ、手を振ってその弟子を呼ばれた。弟子の黄氏はすぐさま跪き、リンポチェの前で懺悔をした。リンポチェは慈しみの眼で弟子を視、怪我した所に軽く吹きかけ加持された。この場面は人々の心を動かし、リンポチェの慈悲心に深く感動した。たとえ弟子が話を聞かず、教えを受けなくても、リンポチェは衆生を見捨てず、慈悲でお助けになる。

535名の弟子は、リンポチェの加持とご加護によって、安全に家へ帰りついた。インド巡礼は円満に終了した。

この度の旅行は、上師の恩澤と引率の下で、弟子達は舎衛城を訪れるというこの上ない幸福な機会を与えて頂き、佛陀聖跡を礼拝し、行者達が様々な苦難を経て、数え切れぬ程の衆生を助けた事跡を偲ぶ事ができた!それは、法王とリンポチェの師徒二方が、この末法時代に衆生を捨てるに忍びず、慈悲と大きな願で、世尊聖教の跡を継ぎ、それを世に広め続けている事と同じであった。

2017 年 11 月 27 日 更新