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【ヨーロッパ弘法】ラトビア|ハンガリー法会巡礼紀行

2017年8月25日から9月3日まで、リンチェンドルジェ・リンポチェは根本上師直貢チェツァン法王の指示に従い、寶吉祥の弟子を連れてラトビア、ハンガリーへ向かい、法王が主法される法会及び巡礼に参列された。法会は殊勝円満に終わり、無数の衆生に利益した。

2017年8月25日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは20人の寶吉祥の弟子を連れ、バルト三国の一つラトビアの首都リガへと向かわれた。到着時は、多くの直貢噶舉派のラマ、ヨギーニ、顕教法師、地元の信者、そして台湾から付いてきた弟子が入国ロビーにてリンポチェを恭しく迎え、ハタを捧げた。

2017年8月26日

リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子を引き連れ、リガにあるソリジ(Sorig)禪修センター和平塔へ行き、直貢チェツァン法王が主催される、菩提心教法と授戒法会に参列された。

午前、リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子を引きつれ和平塔へ入り、佛塔で奉っている「彌勒菩薩」と「アティーシャ護法」にハタを捧げ法を修めて供養された。寶吉祥の弟子は順に佛塔内で佛を拝み、リンポチェは弟子を率いて「六字大明呪」を唱えながら、佛塔の周りを21周された。

回り終えた後、リンポチェは弟子達に貴重な開示を賜った。

皆さんが今日佛塔の周りを回った功徳は、十方法界一切の衆生と現地の衆生に回向するべきである。台湾では、ここまで良い条件の土地に建てられる佛塔は、なかなか無い。地元の住民がここまで美しい土地で佛塔を建てられるのは、非常に簡単な事ではない。

皈依した時、あなた達に佛像、仏経そして佛塔を敬うべきだと教えたはずだ。今日あなた達は佛塔の周りを回る機会を得たが、皆恭敬心を持ち、塔を回る際の呪文は、佛菩薩と上師に供養し、功徳は一切衆生へ回向するべきだ。佛塔を回っているのは自分だと思ってはいけない。仏を学ぶのは自分だけの為ではなく、衆生を利益する為である。これこそが、仏を学ぶ事の意義である。今日塔を回って得た一切の功徳は、この土地がますます良くなるようにと地元の住民へ回向される。

リンポチェは、出家衆に率先して寶吉祥の弟子達と共に《求生極樂淨土祈請文》と《發菩提心》を唱えるよう指示された。そして、弟子達を園の入り口まで引きつれ、恭しく法王の来園を待たれた。多くの現地信者がハタを持ちながら、長い列をなし、歓喜して大修行者の到来を待っていた。

法王が車で到着された際、リンポチェはすぐさま歩み寄り、恭しく法王を出迎えて、ハタを捧げられた。法王はリンポチェの姿を見て、非常に喜ばれた。そしてリンポチェを供い、緩々と会場へ足を運ばれた。歩行中、寶吉祥の弟子を見かけると、法王は優しく「あなた達は、台湾から来たのか?」と問われた。弟子達は恭しくそうですと答えた。現地の信者は法王にハタを捧げ、又伝統舞踊を披露し、法王への供養とした。

法会が始まると、直貢チェツァン法王は主法座に昇られ、リンチェンドルジェ・リンポチェの法座は法王の右側で、大衆に面と向かったやや低めの位置にあった。

直貢チェツァン法王は英語で開示され、現地の信者がラトビア語に通訳した。法王は直貢噶舉の清らかで穢れの無い伝承、教派並びに祖師ジテンソンゴンに関して、簡単な紹介をし、同時に菩提心戒の伝承と意義について開示された。法を修めている過程で、法王は供養の意義、皈依と主尊観想の仕方を開示、更に、大衆と共に観音菩薩、不動明王とヴァジュラヴァーラーヒの呪文を唱え、大衆は皆、歓喜し、信受した。

午後の法会で、法王は再度法座に昇られ、七支供養法と釈迦牟尼佛が菩提心を修行された過程を開示され、また菩提心の願いと菩提戒の実行を伝授された。そして大衆を率いて六字大明呪文を長らくの間唱え続けられた。

法会は円満に終了し、尊き直貢チェツァン法王が法座から降りると、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐさま法王の傍に就き、共に会場をあとにされた。

其の夜、リンチェンドルジェ・リンポチェは、弟子が上師と共に晩餐ができる機会を賜った。その席で、ある一人の出家衆の弟子を指名し、今日の法会に参列した感想を聞かれた。出家衆の弟子は以下のように報告した:現地には、仏法を教える決まった善知識がいなく、尊き直貢チェツァン法王はここでは皆と一緒に呪文を唱え、佛菩薩と縁を結ぶことしかできない。リンチェンドルジェ・リンポチェのように、長期間弟子に因縁果報、又仏法の縁起性空の道理を教導する者は此処にはいない。寶吉祥の弟子はとても幸運である、リンチェンドルジェ・リンポチェのような大善知識が皆を教え導いておられるから。これはまさに寶吉祥の弟子の福報である。仏法は上師の教導無しには、修めることは出来ない。私は出家して早くももう30年になるが、やはりリンチェンドルジェ・リンポチェのような善知識にお願いして教えてもらわなければならない。

その時、リンポチェは「お願いではない。」と開示され、出家衆の弟子は直ちに:「善知識に教えを祈り求めるのです。」と訂正した。彼はこのような仏法を得られるのは、簡単なことでは無く、寶吉祥の弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェの教導があって大変幸せだと、今日の感想を述べた。

続いて、リンポチェはまたもう一人の出家衆の弟子を指名され、今日の感想を報告させた。この出家衆の弟子は、リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子を放棄しないことに非常に感謝している、と述べた。彼は出家してもう結構経つが、未だに善知識に出会えていない。その事から、因縁あって、上師から教導して頂けるのは、極めて容易でないことであり、それは台湾でもラトビアでも、同じことだ。どこへ行けばこのような善知識に出会えるというのであろうか?彼にとっては、この地球上にもはや二人としてないだろうと考えている。

台湾は仏法が盛んであると知られているが、その中で真の仏法を教えているのはどれほどであろうか?まして、このように生活上で仏法を活かすような教導をするものはいるか?善知識が教え導いていなければ、仏経は開ければそれが仏法であると勘違いをする。事実上、もし仏法を生活の中で取り入れていなければ、仏法は仏法、私達は私達、と永遠に生死の輪廻から逃れることは不可能である。自分は今上師に就いてはいるが、上師のなす所まで辿り着けるのは容易な事ではない。だが、それでも上師は我々を見捨てず、どんなに我々の根器が低く劣っていようとも、一人一人救度されて下さる。このような、恩徳は一世や二世では返し切れない、まさに生生世世どの様にして恩を返すのか分からない。私は上師の恩義に大変感謝している。

リンポチェは、この弟子は重点に触れていなく、今日法会に参列して得られた感想を話していない、と開示された。

弟子は話を続けた:尊き直貢チェツァン法王はここで、法会を主催し彼等を教えてくださるが、寶吉祥の弟子達が常に上師から言動を正してもらう様には出来ない。彼は、仏法の習得は最終的に上師に頼るしか方法はない、と身にしみて実感し、上師には非常に感謝していると述べた。

リンポチェは更に医者の弟子を指名され、彼にリンポチェと一匹の黒猫の話をするよう言い渡された。

彼はこう話し始めた:今日、リンポチェと法王が部屋の中で対談をされておられる時、法会の通訳者がこういう話をした。本来この会場全体を警備する番犬が一匹いたが、残念ながらその番犬は狩人に射殺されてしまった。その後一匹の猫がきたが、自ら大仏塔へ入り、そのままそこへ居座ってしまった。

その猫は非常に野性が強く凶暴で、誰にも触れさせない。もし触ろうとする者がいれば、必ず引掻くか噛み付く。しかしリンポチェが食事の際、手でその猫に触られた所、その猫はおとなしくリンポチェに触れさせたのだ。現地の人がそれを見て、リンチェンドルジェ・リンポチェには間違いなく大きな能力、スーパー•パワー(超能力)を持ち備えているので、その猫はおとなしくリンポチェに触れさせたのだと言った。現地の人は、その猫は不思議なことに、自ら佛塔全体の敷地を見回り、そして決して境界線を越えることは無かったと語った。

リンポチェはある出家衆の弟子にこう問いかけた:「其の時、リンチェンドルジェ・リンポチェはその猫にただ触れただけか?」出家衆の弟子は、その猫はリンポチェが軽く触れただけで、目覚めたようだと答えた。出家衆の弟子自身も猫に触れたが、その猫は全く構ってくれず、リンポチェが触れた時だけ目を覚まし、リンポチェの顔を伺っていたように見えた、と述べた。

リンポチェはこの二人の弟子を、常に上師の傍にいるにもかかわらず、上師が行う事に対して全く気を留めていないと叱責した。そしてリンポチェは続けて開示された:

どうして、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王の事を何から何まではっきりと覚えていると思うのだ?医者である弟子がよく犯す悪い癖は、自分が好きな事しか覚えていない事だ。では患者が話す事は、あなたは聞かなくてもいいのか?この弟子は、一日中緊張しているように装っているが、このような者が医者になる資格があるのであろうか?

リンポチェは先ほど発言をした弟子達がでたらめな事を話している、ときつく叱責した。今日リンポチェは、皆に何かについて崇め褒め称えるように言っているのではない。ただ、どの程度まで修行が出来ているのか、という事を衆生はよく知っている、という点を弟子達に理解して欲しかったのだ。だから医者である弟子に、この事の次第を話すように差し向けたのだ。なぜなら、現地の者はこの猫が非常に野生的であることをしっているが、リンポチェがその猫を撫でに行った際、彼等は一切それを止めなかった。

あなた達は異国に来て浮かれてはないか?ただ法会に参列するだけ、や旅行感覚でいるのではないか?あなた達は皆心して日々を過ごしていないので、リンチェンドルジェ・リンポチェが行う一つ一つが単純に見えるのだ。その為医者である弟子もリンポチェが行っていることに気を止めず、猫を触る事は単純だと思い、”撫でる”と言わず、”触れる”と表現したのだ。”撫でる”と”触れる”では意味が全く違う。彼は傍でリンポチェが何度もその猫を撫でていたのを見ていたはずだ。

もう一人の出家衆も同じだ、自分がまるで慈悲を修めているかのように勘違いしているが、何処が慈悲だ?あの猫は畜生道に堕ちたのだ、可哀想なことだ!あなた達は、リンチェンドルジェ・リンポチェが済度するのは人だけだと思うのか?あなた達はただ、リンチェンドルジェ・リンポチェ、そして直貢チェツァン法王に就いて来て、ここで法会に参加しただけだと思っているだろうが、実際は事ある毎にあなた達にどこまで自分の修行が出来ているかを示しているのだ。

どの弟子も皆自己中心で、勝手に修めていると思っているが、何を修めているのだ?自分を修めているのか?あなた達は皆今日このような良い日を過ごせるのは、自分の努力で得たものだと思っているのか?自分が菩薩道を学んでいると本気で思っているのか?菩薩道を学ぶとは、どんな所だろうと、衆生を見かけたら済度するものだ。何故、リンチェンドルジェ・リンポチェがわざわざ立ち上がり、その一匹の猫を撫でたのだ?それは、リンポチェがその猫を済度するためだ。二人の出家衆弟子は、リンポチェの傍にいながら、その事に気が付かず、ただ面白がっているだけだと勘違いした。外国人でさえ、リンポチェがその猫を撫でている事に気を留めていたのに、長年リンポチェに付き添ってきた医者である弟子は、リンポチェが一匹の畜生道に堕ちた衆生を済度するという、この重要な出来事を覚えておらず、人間が済度された事だけしか記憶に留めていなかった。

あなた達は今日、リンチェンドルジェ・リンポチェがどれだけの鬼衆を済度したか分かっているのか?上師は秒毎に物事を行っている。医者である弟子が、記憶に留めない理由は、その猫を見下しているからだ。彼は以前学んでいた外道の余孽がまだ心の中にある。出家衆の弟子も同じで、修行者は大きな道理を語るものだと思っているが、実は日頃の小さな行いが重要なのだ。道理なんて誰もが語れる。

その猫が凶暴かそうでないかは別として、皆が知っての通り、猫は知らない人には撫でさせない。リンポチェはスーパーパワー(超能力)を持っているわけではなく、菩提心を修め得ている。医者弟子はリンポチェの傍に十数年乃至二十年いながら、この事を忘れたとは畜生道の見下しているからだ。

リンポチェは何度も、修行人はまず三悪道を済度するとも開示された、彼らは我々よりも更に苦しんでいるからだ。あなた達人間は既に、三善道内の1つに属しているのにも関わらず、何を苦しいと嘆いているのだ?せっかく人道で修行ができる機会を得ているに、その機会を無駄にしている。あなた達は、一日や二日の修行で好いと思っているのか?今日法王が伝授した菩提心戒は、表上は外国人へ向けているが、実際はあなた達を呵責しているのだ。あなた達は、菩薩道を修めるどころか、心の中にでさえ菩薩道はない!

リンポチェは、ある寶吉祥弟子のベストを取り上げられた信者を名指し、彼女に元所属していた組の弟子仲間へ、自分が弟子に戻れるよう署名集めをしてどれくらい日にちがたったか?と質問された。彼女は1年9ヶ月と返答した。リンポチェは続けて、こう指示された:もし9月10日までに署名が集め終わらなければ、永遠に帰ってくる必要はない、と。リンポチェは、彼女は仏法を見下しているので、1年9ヶ月かけて署名集めをしても、まだ全員の署名を得ていない。自分が今良い暮らしを送っているとでも思っているのか?あなた達は皆ただ、自分が良い暮らしを送れるよう望んでいるだけで、それぞれ自分が何の目的で仏法を学んでいるのか分かっていない。今日因縁あってここへ来れて、良い物を食べ、良い物を使用した。これはリンポチェがあなた達に良くしているのではなく、衆生があなた達にこの機会を与えてくれた事に感謝しなければならない。リンポチェは、元弟子がもし9月10日以前に署名を集められなければ、家族全員もう来てはならない、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らを必要としない、自分の大金を抱えて晩年を過ごすがよい、と指示された。

この末法時代に、皆自分勝手な学び方で仏法を学べると思ってはいけない。一つ間違えれば、問題が生じる。リンポチェは今日既に、条件を緩めている、でなければあなた達誰一人上師の傍に居られる資格など持っていない。

リンポチェはあなた達の為を思っているが、あなた達は改めようとしない。あなた達は皆自分は運が良いし、良い暮らしを送っていると勘違いをしている。今日この件で、医者弟子は全く菩薩道を修めていないことが分かる。心の中はただ人間あるのみで、畜生道へ堕ちたものは死ねと考えている。畜生道のものはリンポチェのような良き修行人が現れるとすぐさま駆けつけ服従するが、あなた達は本当に調教しづらい上に、服従もしない。正に《地蔵經》の中で説いていた通り、地球上で最も扱いづらいのが人間である、と特に人間について触れている。あなた達は自分の思うままの方法で仏法を学んでいるが、本当に仏法とはそのようなものなのか?

今日直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェをこの場にこさせたのは、第一にリンチェンドルジェ・リンポチェとヨーロッパの縁を結ぶ為、その次にリンポチェがあなた達を呵責する機会を与える為である。

人生は僅か何十年いう間に過ぎるものだ、仏法を学ぶという事はとても緊張、又はすごく厳粛なものという訳ではない。ただ、仏法を学ぶ者の心の姿勢が一般の人と違っているのだ。我々はどのように自分の未来を変える事が出来るかを理解し、そしてどのように人生を制御できるかを学んでいる。自分の未来を制御するのだ、適当でいいのか?概念がころころ変わっていいのか?

リンポチェが普段あなた達と話をしているのは、仏法と関係ない事だと思ってはならない。そう思っていたらこの医者弟子のように、リンポチェは、ただ自分とお喋りしているがけだと勘違いする。彼は医者だから、人の苦痛を和らげるのが仏法だと考えている。だが、リンチェンドルジェ・リンポチェは修行人だ、だから六道のどの衆生も重要だと感じ、最も優先して済度すべきが畜生道の衆生である。この点から、医者弟子には分け隔ての心がある事が分かる。

仏法は我々の心を改めるものだ、今日あなた達は皆叱られた。あなた達は皆リンチェンドルジェ・リンポチェを供養したので、私はあなた達の為に呵責する。リンポチェはあのラマ達には丁寧且にこにこしているが、それはもうあなた達が見た事もないようないい顔をする。でもそれは彼らが私の弟子ではないからだ。彼らとは縁を結ぶだけでいい。

いかなる場所であっても、あなた達は随時自分はしっかり仏法を学んでいるのか、と検討する事だ。たとえ仏法を学ぼうとしなくても、自分は良い方向へと向かっているのかを検討すること。ただ話を聞くだけで、それを実行しないのは良くない。もし、聞くだけで改善できるのなら、正直言ってリンチェンドルジェ・リンポチェは閉関修行も行わなくていいし、こんなにも多くを修める必要もない。上師はあなた達に教えることしか出来ず、あなた達を助ける事も一度しかできない。それであなた達が自分を改めなければ、手のうちようがない。

あの署名集めをしている元弟子の信者も、自分が良い暮らしを送っていると思っている。リンポチェは待ち続けていたが、とうとう今日彼女を呵責した。彼女はリンポチェは記憶力が悪いと思っているに違いないが、リンポチェは年を取ったが、記憶力はいまだに長けている。彼女は毎日とても快適に日々を過ごしているが、このままでは仏法を学ぶ福報までも使い切ってしまうだろう。リンポチェは皆に良い日々を過ごしてはならいないと言っている訳では決してない、ただ同時に、どのように多くの衆生を助ける事ができるかを常に考えているのだ。リンポチェはとても慈悲深い、そうでなければ、こんなにも多くの衆生を助けることはない。だがこの慈悲は、あなた達に利用されるものではない。

この数日中にまだ法会があるが、ここで他人の欠点を見つけ、自分がどれだけ優れているかと思うのではなく、自分の心の在り方を整えられているかを各自自身で検討することだ。あなた達は良い上師に恵まれたと言うが、改めようとしなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェは何の為にいるのだ?

だが、仏法を学ぶ者は、自らを改める必要がある。今日リンポチェが呵責した事は、皆帰ってしっかり反省しなさい。こんなに多く仏法を聞いているのだ、一体自分の心の在り方はちゃんとしているか検討し、いつまでもリンポチェの加持に頼ってはならない。どんなにリンポチェの加持力、又仏菩薩の加持力が強く大きくとも、あなた自身の心の在り方を整えなければ、何時まで経っても同じような心構えで、どうにもならない!自分がまだ良い日々を送っていると勘違いしてはいけない、時間は一日一日と過ぎていき、あっという間に過ぎ去ってしまう。

人生は過去世の借りを返す事で、一生懸命努力して稼ぎ、良い日々を過ごすのではない事を皆理解すること。あなたの貸し借りを清算し終われば、この世を去るのだ。自分の未来世をどの様に変えるかは、今に懸かっている。先ほどの出家衆の弟子が、自分はリンチェンドルジェ・リンポチェのように修める事は永遠に出来ない、と言っているが、当たり前だ。なぜなら、あなた達は自分を改めないからだ。だがたとえ、あなた達が、リンチェンドルジェ・リンポチェ程まで修める事が出来なくても、自分自身で調整するべきだ。法とは唯心である、もし心を改めることが出来れば、自然に全てが改まる。もし、心を改めないのなら、先ほどの弟子が言っていた通り、何を学んでも役に立たない。

どうしてこの出家衆の弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェの元へ来たのだ?彼は出家してもう数十年も経つし、リンポチェは大仏寺も持たない。彼は現実的な人だ、ここで何か得することが無ければ、ここへはこないであろう。ここでの得といえば仏法だ。だが、仏法はリンチェンドルジェ・リンポチェのではなく、皆のものだ。どうしてあなた達は仏法を得る事が出来ないのか?なぜなら、受け入れないからだ。まだ自分の前に壁を作り、自分の心の整理ができるまで待っているからだ。ならばそのまま待ち続けるがいい!多くのものはリンポチェに会うのを恐れている、プレッシャーがあるとか言うが、それは仕方がない。リンチェンドルジェ・リンポチェは在家で修行した。あなた達を追い込まなければ、あなた達は機会を逃してしまう、一回その機会を逃せば来世には次がないことを、私はよく知っている。

今日ある外国人が私にある状況を話した。そこから、法を伝授する者と仏弟子は、もし仏法をしっかり修めなければ、悪い影響をもたらすばかりでなく、影響する範囲もかなり広いということが分かる。これらの外国人は幸いにも少しの福報と、変わらない信念を持ち続けていた。だがこのような状況で有るべきではない。どうしてこの外国人はリンポチェにこのような話をしたのか?それは、リンチェンドルジェ・リンポチェが厳しいことを見出したからだ。リンポチェが法座の上で見せた威厳さと厳粛な姿勢が、多くの人の身を引き締めたからだ。でなければ、外国人の参加者なら誰が法会の間、トイレにも行かず、席に座り続けられるものか。リンチェンドルジェ・リンポチェが席から一歩も動かない上に、サングラスもかけているので、リンポチェが誰を見ているか分からない。だから皆怖くて動けないのだ。

今日皆がここへ座っている際、リンチェンドルジェ・リンポチェは黙々と全部で3人を追い出した。一人は後ろで、パーカを着てポケットに手を入れながら立っていたが、リンチェンドルジェ・リンポチェが少し念じると、彼は手をポケットから出し、上着を脱いだ後、跡形も無く消えた。

又、柵にもたれ掛かっている者がいたが、リンポチェが彼にしっかり立つよう念じると、彼は何故かしっかり立った。もう一人は法会中皆が合掌している中、彼だけ合掌しなかったので、リンポチェはもし合掌しないのなら、この場から出なさい、と念じたら、それに応じてこの場から立ち去った。

リンチェンドルジェ・リンポチェは法座の上でも仕事をしておる。表向きは彼ら3人を懲らしめているように見えるが、実際には、彼らに仏法に対して恭敬心をもつようにと示したのである。その時は約100メートル程の距離があったが、それでもリンポチェは彼らの考えに影響を与えた。あなた達はリンポチェの弟子でありながら、全く影響されない。これで自分達がどれだけ扱いづらいか分かったであろう。だからリンポチェはよく自分の業は深い、と自嘲する。なんせ、《地藏經》で説かれている内容通り、調教しづらい上に服従もしない。それに頑固で、善事の行いも少なく、何事もすぐに忘れてしまう弟子を、こんなにも多く抱えているからだ。仏経で説かれている事は全て正しかった。

今日、直貢チェツァン法王が菩提心戒を皆に伝授したが、あなた達が修め得る機会は極めて低い、だが少なくとも自分に注意を呼び起こすことだ。皈依している、していないに関わらず、一度菩提心戒を受けたのに、まだ菜食を取らず、皈依しない者には、この菩提心戒の効果はでない。また、菩提心戒を破った者は、生生世世仏法を学ぶことが難しくなる。ただ戒を受けただけ、と思ってはいけない、菩提心戒を破るという事は、所謂三昧耶戒を破るのと同じ事で、生生世世仏法との縁が浅くなり、仏法を修め成就する機会は絶対にないのである。

どういう事が菩提心戒を破るという事なのか?それは、仏法に聞く耳を持たず、修めようともしない、自分はまだ行う時期ではないと思う事;第二に今まで学んだ仏法で衆生を助けようとしないこと。今日の医者弟子がその例だ、彼は人を助ける準備はしているが、衆生を助ける準備はしていない。だから、あの猫がリンチェンドルジェ・リンポチェに済度された事に気づかなかったのだ。

仏法は心を説く、心は非常に繊細で、不可思議なものである。あなた達は、リンポチェが毎日あなた達と同じよな日々を過ごしていると勘違いするな。あなた達と違って、リンポチェは常に衆生と上師を気にかけている。あなた達は上師の傍に居ながら、上師がどんな仕事をしているかも分かっていない。それであなた達の心の中に上師がいない事、あなた達にとって上師はただ単に利用するものだと考えている事が分かる;あなた達が上師を利用するのは構わないが、それならばやるべき事をやり、自らを改めるのだ。因縁は一瞬で消え去る。リンポチェは、直貢チェツァン法王へ皈依した後、どうして法王に追従する事が出来たのか?それはリンポチェは今までに一度たりとも、自分を甘やす事なく厳しく構えて、仏法を学ばざる言い訳を自分に一切与え無かったからだ。

もし、リンチェンドルジェ・リンポチェが出家人であれば、あなた達を言い負かす事が出来なかったかもしれない。だが、リンポチェは在家だ、リンポチェの修行を妨げるものは何もない。本来リンポチェは、今回の旅に来る心算はなかったが、高齢な法王が、リンポチェに自分がここへ来られるのはもうこれで最後であろう、と話した。上師がここまで言うのだ、弟子として来ないわけにはいかない。台湾ではリンポチェが処理しなければならない事が山積みだが、この度は上師の願いを叶える為だ。

あなた達は一匹の猫を撫でた話だけで、ここまで喋れるのか、と思っているだろうが、リンチェンドルジェ・リンポチェは喋れるのだ。

あるちょっとした出来事で、本来話さないつもりだったが、せっかくあなた達はこの法会ツアーに参加したのだ、リンチェンドルジェ・リンポチェが少し多く話しても良かろう。今朝リンポチェは直貢チェツァン法王の部屋へ入る際、法王はベットの上に、隣には一つの椅子が置かれていた。法王はリンポチェにここへ座るように言った。だが、リンポチェは座らなかった。なぜなら、椅子が法王よりも高かったからだ。だからリンポチェは地面に座った。もし、立場が変わってあなた達なら、きっと得意げに、法王が言うのだから座っていいに決まっていると思うだろう。又午後部屋に入った際、ラマにもあの椅子へと案内されたが、リンポチェはいけません、法王より高いのはだめです、と答えた。

早朝、部屋の中には、法王とリンポチェの二人だけで、法王はリンポチェに座るよう促し、座っても構わないだろう?と説いた。法王は二回、リンポチェに座るよう促したが、それでもリンポチェは堅持して座らなかった。なぜなら、直貢チェツァン法王が仏法をリンチェンドルジェ・リンポチェに伝授したので、リンポチェはこんなにも多くの衆生を済度する機会を得て、多くの弟子をもつ事ができた。直貢チェツァン法王は、リンポチェだけでなく、一切衆生の恩人なのである。

立場が変わってあなた達なら、法王が直接2回も言ったのだから問題はない、まず座ることにしようと思うだろう。法王は時にリンポチェに冗談を言う、今回医者弟子が車の中でリンポチェが話した事は冗談と捉えたように。でなければ、彼がこの件を覚えていないわけがない。ところが今日最も重要なのはこの猫なのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが一匹の畜生道の衆生を済度した、だがあなた達はでたらめばかりを言っておる。

リンポチェはあなた達の前での法王への態度と、裏での態度が違うと思ってはいけない。リンチェンドルジェ・リンポチェはどんな時でも変わらない。弟子の前だからといって、わざと法王を敬っている訳でも、弟子が居ないからといって、法王への態度がお粗末になることもない。リンポチェが法王に対して少し無礼でも、法王はリンポチェを叱る事は無いが、重要なのは人の心根で、何事にもそのほんの少しの差、ちょっとした差で未來を大きくかえるのだ。

今日リンポチェがこの件について話したのは、あなた達にリンポチェが法王に対する敬う態度を学んで欲しいのでは無く、三寶への尊敬は永遠に変えてはいけないと言う事だ。だが、あなた達は何時でも変える。今日、リンポチェがあなた達を呵責すると、あなた達は変える;リンポチェが自分達の欲するように叶えてくれないと、あなた達は変える;又は;リンポチェが言う事に自分は納得できないと、あなた達は又変える。だからあなた達と仏法は永遠に距離があるのだ。

リンポチェは開示をここまでにし、全ての弟子の宿泊用意が整っているかを心づかってから、その場を去られた。弟子達は立ちあがり、上師この上ない教導に大感謝し、恭しくリンポチェを見送った。

その晩、遠方エストニアから10時間かけて車できた、2名の癌患者が尊きリンポチェに会う事を求めたが、残念ながら因縁が足りず、その日はリンポチェには会えなかった。その為、二人の信者はそのまま宿に泊まり、次の日謁見を求める事にした。この事で、現地信者の懇切な心が分かるだろう。彼らが大修行者に会うのは、こんなにも難しい。我々は日々リンポチェの傍に居られ、毎週日曜には決まって法会へ参加ができる、だが其れを大事にする事を知らない!

【一分一秒絶えず衆生を思い、止むことは無かった】

2017年8月27日

朝方、朝ごはんもまだ用いていない中、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、苦労を惜しまず、2名のエストニアからの信者に会った。

この信者は二人共癌患者(一人は直腸癌、もう一人は乳癌)で、法王はエストニアの閉関指導者(ラマ)に彼らをラトビアに連れて来て、リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見を求めるよう指示された。二人の内一人は、エストニアの離島に住んでいる為、まず船に乗ってから車でラトビアに向かわなければならなかった。二人はもう十数時間の移動であったが、リンポチェへの信心が非常に強く、頑なに尊きリンチェンドルジェ・リンポチェへ謁見を求めたのだ。
リンチェンドルジェ・リンポチェは、慈悲で彼らを加持された。年配の患者は直腸癌を患い、既に手術で治療を行っていた。リンポチェはこう開示された:彼は肉食なので、もし牛肉のタンパク質を摂取すれば、それは癌細胞が最も好物としているものなので、更に悪化するであろう。その為リンポチェは彼に菜食するよう勧めた。又医者は手術後、患者に余命はどの位かを伝えている。この患者はその事に関して非常に恐れていると言った。なのでリンポチェはこう開示された:誰もが必ず死ぬときが来る、だから死を恐れるな、と。

リンポチェはこの信者に、現在住んでいる場所の右手斜め45度の方位に樹木があると言った。信者は驚きつつも確かであると答えた。彼らはつい最近引っ越したばかりで、部屋は小さめだが、前方一面が森林である、がしかし、その森林は彼の私有地ではない。リンポチェは彼に、この家の気はもうほぼ無いので、森林の前に花を一列植えるよう教えた。そうする事で、森林内の神へ供養することになる。それで、気がこの家に入り始め、彼自身も良くなるだろう、と伝えた。

もう一人のまだ若い信者は乳癌を患っている。リンポチェが彼女の手に触れることなく、手をかざすだけのスキャンを始めて、こう彼女に言った:片方の乳に乳癌細胞がある、と。彼女は激しく動揺しながらも、そうだ、と答えた。右側の乳に癌細胞があり、左側にはない。こちらも既に手術が完了し、現在はホルモン治療を行っている。リンポチェはさらに彼女の生理不順も伝えた、彼女は;ホルモン治療を受けているからであると答えた。

彼女は全くもって驚きを隠せなかった。なぜなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の状態をこれ程までにも把握し、医学よりも早い診断であったからだ。リンポチェは先ほどと同様に、彼女にも必ず菜食するように伝え、そして彼女の現在15歳になる息子についても、今は身体が細くて小さいが、15歳以降からぐんと大きく育つので、彼女に心配はないと開示された。

この2人の信者はリンポチェの大能力に深く驚き、感服した。遠くエストニアから謁見を求めてきて、無駄ではなかったと思った。

午前、リンポチェは寶吉祥の弟子達を連れ、和平佛塔へ行かれ、佛塔内でアキ、金剛薩埵と普巴金剛の3つの法を修められた。法を修める際、リンポチェはある特定の方向を指指し、現地の信衆にそこは何か、と尋ね、即刻にそこには障害があると開示された。現地の人は、そこは以前農業であり、確かに殺業も行われていた、と答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは法を修め、多くの精霊を済度し、現地の障害を降伏された。

リンポチェは、法を修める際、普巴金剛本尊を降臨させられた。加持の過程に、数回極度に猛々しく壮烈な怒鳴り声を発し、それはまさに雷の音、獅子が吠えているかのようだった。顔の部分が、眉が険しく、目が飛び出るかのように突き出し、口先が裂けるような、猛烈な威容の表情を浮かべ、まさに普巴金剛本尊と相応な法相であった。国外の多くの信者が修法の瑞相を目撃すると、自然と涙が溢れ落ち、啜り泣き声も響いた。リンチェンドルジェ・リンポチェの大いなる威力と徳望に、皆賛嘆したのだ。

前日の法会に続けて、尊き直貢チェツァン法王は皆を率いて、不動明王とヴァジュラ・ヴァーラーヒー呪文を唱え、同時に慈悲と菩提心を修める方法を開示された。

続けて、チェツァン法王は、リンチェンドルジェ・リンポチェに法本中の菩提心の英語の口伝を中国語に翻訳し、大衆へ開示するよう指示された:

“上師が我々を受け入れると考慮する事は、まるで過去に仏が本当にあらゆるものを清浄に換えられた殊勝な加持と似ていて、我々に一切の加持力を得させる。我々が加持を得た後、輪廻から福報、そして最も良い仏法を得る、それは無条件の真実と空性である。我々が仏法を修行する際、主体はなく、物件もない、自我もない、利己的等の現象が一切ない。我々が仏法を学んだ後、法本上の英語はdiscrimination(差別)、我々は一切全ての事を差別してはならない、良し悪しを分けてはならないし、誰が高く誰が低いとも分けてはならない。つまり、分別心を持たずに修行するのだ。続いて、法本上には、primordial(原初)とあるが、ここの英語翻訳は間違っている様だ。どの衆生も仏と同様に清浄な佛性を持ち備えている、この空性を理解した後、我々は佛陀と上師の教導に従い、この教導を下に、我々は無限の菩薩道へと発展、――衆生へ利益する菩薩道となるのだ。”

法を修め、一段落した頃、リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続き第二段を翻訳された。

“先ほど、仏法のある一段に英語でOmni(オムニ)とあるが、実は一切全ての法界の有情衆生の本性は、皆清浄であり、生滅せず、我々がわざと生み出したものではなく、もともと備わっている条件である。ならば、我々が現在仏を学んでいるのはなぜか?それは、仏法の薰陶を通して、再び我々の自然な本性を現すためである。仏法を学んで何かが生まれるわけでも、修行をしたからといって何かが消滅するわけでもない。ただ、我々が必要でないものを取り去り、自然な本性を現すのだ。法本上に英語でunbornとある。これは説明するのが難しいが、つまり、我々の本性は生み出したものではなく、もともと備わっているものなのだ。もし、生み出したのなら、消滅もあるだろう。だから、これに関しては生滅法ではない、自然に存在していた本性で、我々はまだ自分のこの本性を認識していないだけだ。だから、仏菩薩と上師の加持を通して、我々はゆっくりと仏法の薰陶に携わり、それで本来備わっていた自然な本性がはっきりしてくる。”

チェツァン法王はラトビアの法会にて、リンチェンドルジェ・リンポチェに菩提心の口伝を中国語に翻訳するよう指示されたのには、極めて深い意義がそこにあった。リンポチェに現地の衆生と善縁を結ばせる以外に、上師と弟子の関係が緊密に連なっていることを現しているのだ。これは清浄の伝授教法を尊き直貢チェツァン法王が自らリンチェンドルジェ・リンポチェへ伝授されたことの顕れ、そして又リンチェンドルジェ・リンポチェが自ら寶吉祥弟子へと伝授されたということだ。

昨日、リンチェンドルジェ・リンポチェに服従した黒猫は法会の進行途中で会場に入り、見回りの如く壇城を一巡した後、そのまま壇城に上がって、現地翻訳者の隣に座った。現地の信者が立ち上がり、その黒猫を追い払おうとすると、法王はその猫にかまうな、と指示をされた。その為、黒猫はそのまま壇城の席で法会が円満に終わるまで、座り続けた。ここから、動物であっても霊性があり、仏の恵みを受けとる事ができるのだと理解できる。

お昼、法王とリンポチェは共に食事をとられた。リンポチェの慈悲で、寶吉祥の弟子は大修行者と同席して食事をとる事ができた。同時に、現地信者がチェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェの為に準備した、音楽と踊りの催し物を観賞し、弟子達は皆心から感激し、歓喜した。

食後、現地の信者達はさくらんぼの苗木を準備し、チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェに佛塔園内で、それを植えて下さる様求めた。又、このさくらんぼの木に花が咲き、実が生った時に、再度ここへ法を広めにこられる様祈り求めた。

午後の法会で、尊き直貢チェツァン法王は再度法座へ昇られ、会場の大衆に菩提心戒を授けられた。其れが円満に終了すると、現地信者が手作りで刺繍したアキ護法タンカを献上し、法王は仏教物語の絵巻を賜れた。そして現地信者はリンチェンドルジェ・リンポチェに贈り物と百合の球根を供養し、この百合の球根を台湾へ持ち帰るよう望んだ。同時に遥々台湾からきて法会に参列した皆にはチョコレートを贈った。

法会は円満に終了し、参与した大衆は皆感無量の思いで、法の喜びに浸っていた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、現地信者にこう開示された、法律の規定で、百合の球根は台湾へは持って帰れない。よってリンポチェは佛塔周囲に、自ら球根を植え、ラトビアと台湾の両国が善縁で結ばれたことの象徴とされた。

40分の休憩後、現地の信者が聖者ミラレパの物語劇を演出し、尊き直貢チェツァン法王へ供養した。演出中に使われた小道具や衣装は美しさを極め、演出は非常に素晴らしかった。全ての役者や裏方は皆、尊き直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェと共に記念写真を撮りたいと敬恭しく願い出た。そして、大衆は歓喜溢れる音楽の中、直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェを佛塔へ迎え入れ、一同佛塔を一回りした後佛塔前に戻り、法王とリンポチェと共に記念写真を撮った。

佛塔園内から離れる際、慈悲のリンチェンドルジェ・リンポチェは、特に狼犬を飼育している鉄の檻へ近づき、そこにいる二匹の大型狼犬に呪文を唱え加持された。

大衆は、ハタを持って長蛇の列を成し、歓喜と感謝の声が絶えない中、尊き直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェが佛塔から離れるのを恭しく見送った。

2017年8月28日

リンチェンドルジェ・リンポチェは、寶吉祥の弟子に共に食事をとる機会を賜った。食後、リンポチェはある一人の出家弟子にこう問われた:今回あなたは何をしに来たのだ?出家弟子はこう答えた:侍者を務めた。それを聞き、リンポチェはこう開示をされた、彼女の話し方はまるで在家弟子のようだ、自分の身分を忘れている。これでは、傍から見れば仏教なんてどうってことない、と見下される、還俗した方がましだ、在家衆と同じような日々を過ごせばいい。この出家衆の弟子は、前回の日本法会でも既に説教されている。まさか、以前三壇大戒を受ける際、威儀を学んでいないというのか?今回リンチェンドルジェ・リンポチェが開示した仏法を、あろうことか彼女は7、8句しか覚えていない、旅行に来ただけなのか?もし、そうならば、彼女は自分で旅費を払うべきだ。

如来衣を着ている者は、そのような行為をしてはならぬ。と言う事は、在家とは違う生活なのだ、在家信者と意気投合し、わいわい騒ぐなんて以ての外である。この事を在家信者が知らないのは当然だ、だが、三壇大戒を受けた者にこのような行為があってはならない。如来衣を着し、如来飯を食する者には、あってはならぬ事である。もし、リンポチェが訓戒をしなければ、出家の者は容易に気を緩めてしまう、まさかリンチェンドルジェ・リンポチェが在家上師故に好き勝手しているのか?何事にも限度というものがある。彼女は在家信者と話して喜んでいるが、彼らも一緒に喜ぶと思うのか?彼らは出家の様子が現れているというが、リンポチェは在家上師だが、一分一秒たりとも気を緩めない、あなた達出家者は自分に気を留めているか?或いは上師に指摘されて始めて改めるのか?それならば今後どうやって閉関修行をするのだ?其の時は誰が指摘するのだ?

リンポチェは、これが最後の警告だと、この弟子に伝えた。もし、彼女が好き勝手、在家信者と共に不真面目な行為を続けるなら、出家しない方がいい。密法を修めていないなら、威儀が戒律だ、自分自身でしっかり管理するべきだ。出家人の生活は元から在家人と違う、孤独や弧寂を享受する事であって群れを享受するのではない。彼女はどこからこのような事を学んだのだ、自分が群れの皆と楽しく過ごす事で、彼らを済度できるとでも思っているのか?どうやって済度できるのだ?最後にリンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲心から、2名の出家弟子に、毎晩百字明咒を唱えるよう指示された。

【法王はリンチェンドルジェ・リンポチェが心を尽くして教派を護持し、力を惜しまない姿勢を褒め称えた。】

2017年8月29日

その日の明け方、リンチェンドルジェ・リンポチェは不可思議な力を顕にされた。遠く8191kmも離れた台湾で往生した弟子の為に、ポワ法を修められたのだ。ポワ法は円満に終了し、死者には多くの瑞相が現れた。例えば、死体が保冷庫から移出され、髪にも霜がかかっている程の冷たさだったが、死者の梵穴は相変わらず温かく、霜がかかっていなかった。20時間も経っていたが、死斑さえ出ていなかった。肌の皮膚は柔らかく且弾力が残っており、唇を閉じたその表情は非常に安らいでいて、まるで寝ているかのようだった。

この弟子は、皈依した当時、既に頭頸部に癌があり(舌癌、リンパ腫末期)、末期にはモルヒネを一般の三倍の量で、密集注射を行って激痛を抑えていた。それが、皈依したその日からなんとも不思議な事に、モルヒネを使用せずとも、安らかに眠ることができた。こればかりは医者も驚きを隠せなかった!

その晩、法王はリンチェンドルジェ・リンポチェと寶吉祥弟子を率いて、ラトビアのリガにある直貢紮登秋林センターへと向かい、法会を主催した。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法座は、直貢チェツァン法王の右側の壇城に位置する。空間は狭いが、リンポチェはそれでも法会中は結跏趺坐をして座ったまま、姿勢を崩されなかった。至極恭敬であられる。

法会が始まってからすぐ、直貢チェツァン法王は大衆に向かって、リンチェンドルジェ・リンポチェを紹介し誉め讃えた。

「紹介しよう、こちらはリンチェンドルジェ・リンポチェ。台湾で始めてセンターを設立する際、リンチェンドルジェ・リンポチェは当時、取締役会のメンバーで、その後に自分のセンターを設立、現在では毎週1000人を超える弟子が法会に参加し法を修めている。」
「リンチェンドルジェ・リンポチェは自からも事業を経営し、チベットや他の地方にも、多くの資金を直貢噶舉に提供している。例えば去年、リンチェンドルジェ・リンポチェは大陸の四川でチョンツァン法王を参拝された。ある一宇の直貢噶舉陽日噶寺院の建築がまだ完成されていなく、チョンツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに100万人民元が必要であることを伝えられた。それを聞いたリンポチェはすぐさまその費用を供養した。

「他にも、約10年前には、ジッテン・サムゴンの上師帕摩竹巴(Phagmo Drupa Dorje Gyalpo)の仏寺が廃棄され、中には何も無かったので、リンチェンドルジェ・リンポチェはまず2、3階程の高さの金色仏像1体を護持し、中国の成都市で製作して、既に寺の中へ安置したが、まだ開光はしていない。

「事実上、この仏寺は直貢噶舉2つの主法座の内の1つで、上師帕摩竹巴がこの世を去った後、ジッテン・サムゴンが3年もの間ここで法座を持った。それは、帕摩竹巴の200名の弟子に受け継がれるまでの期間であった。それからディクンティ寺。この2宇の仏寺は1つが上方にあり、もう一つが下方にある。帕摩竹巴寺からそれほど離れていなく、黄河を下れば、ガムポパの主寺へと辿り着く。そこでも、リンチェンドルジェ・リンポチェが先に護持した様な2階建ての高さの仏像を一体必要とする。これはやはりリンチェンドルジェ・リンポチェにより護持され、今ラサ市で製作中である。

なので、リンチェンドルジェ・リンポチェは事業で得たお金はすべて直貢噶舉に護持している。それだけでなく、リンポチェは前に青海へ何度も訪れているが、現地にある貧困の直貢佛寺、哲學院、竹彭等にも、リンポチェはそれぞれ多くの支援をした。又、リンチェンドルジェ・リンポチェは、今まで舎衛城を護持するのに、総額100万ドルを超える資金を出している。
リンチェンドルジェ・リンポチェは、毎年台湾で死者の為の阿弥陀仏法会を開催し、今年で十二年目だ。毎回1、2万人が参加し、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者からの供養金は全額政府へ献金し、社会救済への手助けとした。以上で、少しだがリンチェンドルジェ・リンポチェについての紹介とする。」
続けて、チェツァン法王は直貢噶舉の伝承、及びアキ護法、ジッテン・サムゴンの法脈を紹介した。

回向の儀軌を進行している際、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは現地のセンターが供養した葡萄を加持され、寶吉祥の皆に賜った。上師はいつどこに居ても、弟子の事を思っている。慈悲で弟子達に大修行者と共に供養品を頂くという、殊勝なる機会を与え、弟子達皆感謝の気持ちで溢れていた。

2017年8月30日

今日の日中は、法会の日程は無かったが、リンチェンドルジェ・リンポチェはその間も休む事は無かった。

午前中、多くの現地信者が尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの泊まるホテルに集まり、謁見を求めた。漢方の先生は2名の男性と、男の子と女の子、2名の子供を連れて来た。漢方の先生が言うには、この男の子は癲癇を患っているので、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに助けて欲しいと求めた。リンポチェが男の子に加持をしようとすると、男の子は口を手で覆い、くすくす笑った。続けてリンポチェは、この病気は何時頃から始まったのか、と問うと去年のクリスマス頃だと彼らは答えた。リンポチェはそれを聞くと、微笑みながらこう言ったのだ。その家族の中に、ある女の子が小さい時に亡くなったという。彼らはそれを聞き、それは自分達の娘だと答えた。だがリンチェンドルジェ・リンポチェは彼らを一目見て、それは違う、あなた達家族の目上の者で、それは父方の者だと言われた。

二名の信衆は、リンチェンドルジェ・リンポチェの言われる、亡くなった先祖の事が、さっぱり分からず、家に帰るなり他の家族に聞いてみた所、祖母は昔双子の姉妹である事が分かった。その子は小さい時に亡くなってしまったのだ。この男の子がその家に帰ってクリスマスを過ごした際に、身体の中へと乗り移ったのであろう。リンポチェはこう開示された、この子供は癲癇を患っていない、ただ幼い時に、滑り台で遊んでいた際、後頭部の側面をぶつけてしまい、血が通らなくなり、結果彼の身体の半分は冷たく、もう片方が熱いのだ。その原因でよく癲癇症状と似ていると思われるが、実は違う。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは一緒に来た女の子にも加持され、こう言われた。この女の子は足を怪我した事がある、と。女の子はそれを聞きすぐに頷いた。なぜなら、この女の子は以前大腿骨に重症を負った事が原因で、それから痛むのだ。女の子のお父さんはそれを聞き、どうして私達はあなたの足が痛い事をしらないのだ、と女の子に問いた。すると、女の子は:もし、私が痛いと言えば、お父さんはそんな事はないと思い、本当に痛いのは弟だけだと思うから。

この瞬間、漢方の先生はリンチェンドルジェ・リンポチェの大能力に心から讚歎し、そして、この状況を理解するに当たり、これからどうやって彼らの痛みを和らげるかを検討する事が出来た。リンポチェは、漢方の先生に対し開示を賜り、次第に仏法に対して信心と恭敬心を起こす様仕向けられた。

その晩、チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェと寶吉祥の弟子を率いて、ラトビアのリガの直貢紮登秋林センターにて法会を開催された。

法会中、尊きチェツァン法王は直貢大ポワ法の伝承と修法を教授され、大衆と共に法を修めた。現地信衆が法王にマンダを捧げ、同時に贈り物を献呈した。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは初めてラトビアに来られたのだが、たった短い3日間の滞在で、既に多くの現地民衆を利益された。皆がリンポチェに対して強い信心と恭敬心を持ち、リンポチェに再度ラトビアへきて仏法を広めて頂ける様懇切に祈り求めた。リンポチェはこう開示された:それはチベット仏教の規定に従うべきで、個人の意見で好き勝手にしていい良い訳ではない。彼らが例えリンチェンドルジェ・リンポチェに法を求めても、リンポチェは必ずまずチェツァン法王へ指示を求める。許可と加持を頂いた後、始めてその誘いを受ける事ができる。現地の信衆はその言葉を聞き、まず法王へ報告し、許可を得た後、必ず正式に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを招待する、と恭しく述べた。

2017年8月31日

リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥弟子を連れ、チェツァン法王に従ってハンガリーへと向かった。出発前、ある現地政界要員の婿がリンチェンドルジェ・リンポチェが著作した殊勝なる<快楽と痛苦>へサインをして欲しいと祈り求めた。リンポチェは慈悲心からそれを許可し、同時に直筆で一言の開示を賜った。

先日、リンポチェに謁見を求めた小さい男の子の家族がきて、リンポチェに祖母の早死にした双子の姉妹を超度するように祈り求めた。リンポチェは慈悲深くそれを許し、施身法を修める際の超度リストへ名前を追加し、彼らには菜食するよう言付け、それをなるべく長く続けたほうが良いと言い渡された。

彼はリンポチェに、妻が鬱病と精神障害を患っていると告げた。リンポチェは慈悲に妻を加持された後、こう述べた。彼女はそのような病気を全く患ってはいない、ただパソコン、携帯の使いすぎで、脳神経を損傷していて、その他にも腎臓の気血が通っていないと述べられ、リンポチェは彼女の気分を和らげる手助けをされた。

この妻はリンポチェに大変感謝し、又自分の家族の中に癌を患っている者がいるので助けて欲しい、とリンポチェへ祈り求めた。リンポチェは入定後、彼女にこう述べられた。彼女の家族は癌を患ってはいない、そしてその症状の原因を開示された。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、どんな時でも、何処に居たとしても衆生を利益し、善縁があれば、大修行者は自身の疲労を顧みず、慈悲心で衆生を済度され、止まることが無い。

尊き直貢チェツァン法王と尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがハンガリーのブダぺスト空港へ到着した際、直貢噶舉のラマ、現地の信衆達が恭しく法王とリンポチェを迎え入れ、又ハタと鮮やかな花束を捧げた。

2017年9月1日

チェツァン法王は、リンチェンドルジェ・リンポチェと寶吉祥弟子を率いてハンガリーザラサント(Zalaszántó)の和平佛塔へ巡礼された。寶吉祥弟子は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが弟子達に大修行者と同席して食事をとる幸いを賜った事に、大変感謝感激した。

昼食後、現地のラマは法王に、仏塔に亀裂がる問題を報告した所、リンポチェはすぐさま建築業の弟子にその仏塔の写真を撮るよう指示し、来年の春頃に専門業者を数人派遣させて処理、及び現地の人にどのように修復するかを指導する計画をたてた。

その後、法王はリンポチェと寶吉祥弟子を連れて、仏塔のそばにあるマニ石の方へと向かった。法王は慈悲深く皆で一緒に大きなマンダラを積み上げよう、と開示され、リンポチェの引率の下、弟子は一心に協力し合って、周囲の石ころを外側から内側へ集め、大きなマンダラを形作った。リンチェンドルジェ・リンポチェは法王に最上方に置く石に、加持していただけるよう祈り求められた。法王はとても喜び、その大きなマンダラの前に集まって写真を撮るよう指示し、同時にこの新しく大きなマンダラを積み重ねた後は、現地の障害を取り除き、一切円満になると開示された。

続けて、仏塔を一周した。リンポチェは随時法王の傍から離れず、険しい階段を登る際も細心の気配りで、法王の手助けをされた。同時に、弟子達に仏塔前で香を点し、仏に礼拝した後、法王とリンポチェに続いて仏塔を回り、一緒に六字大明咒を唱えるよう言いつけた。

途中、森林を通る小道があり、そこは涼しく爽快であった。法王の住処も其の中にあり、法王は慈悲深くリンポチェが弟子を連れて中を見学する事を許可された。法王は周囲の各種多様な果樹を紹介され、その後皆青りんごを1個ずつ摘んでも良い、と言い渡された。法王はまずその場でどのようにりんごを摘むのかを披露され、皆にここのりんごは有機栽培で、無農薬、だから非常に美味しいし、安心して食べられると言われた。

その後、法王とリンポチェは皆を率いて二階の仏堂来られた。リンポチェは弟子達に、いくつかのグループに分かれて順良く仏堂へと入り、諸仏菩薩に頂礼するよう指示された。和平仏塔巡礼の旅はまたもや感謝感激の中、円満に終えた。

2017年9月3日

その後、法王とリンポチェは皆を率いて二階の仏堂来られた。リンポチェは弟子達に、いくつかのグループに分かれて順良く仏堂へと入り、諸仏菩薩に頂礼するよう指示された。和平仏塔巡礼の旅はまたもや感謝感激の中、円満に終えた。

今回、リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子を引き連れ、遥か遠くヨーロッパへ赴き、直貢チェツァン法王が主法する法会へ参加、日々耳聞目見を透し、リンポチェ自ら、弟子に如何に仏法を生活の中で生かせるか、自らを改め修める事を教えられた。法王とリンポチェから殊勝なる教法と慈悲加持を賜る事で、六道衆生は無限の法益を得た!

2017 年 09 月 13 日 更新