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尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが寶吉祥仏法センターにて「阿弥陀仏大済度法会」を主法し、法会は円満に終了

2015年5月3日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北の寶吉祥仏法センターにて殊勝な「チベット仏教直貢噶舉派阿弥陀仏大済度法会」を主法し、当日は日本、カナダ、ドイツ、アメリカ、中国、台湾各地からの弟子と信者が1298人参加しました。

この法会の縁起は、今年(2015年)4月25日に起きたネパール大地震でネパール、バングラデシュ、インド、中国、そしてヒマラヤ山岳地帯において合計8019人の死者と17866人の負傷者が出たことでした。死者は事故で急に命を失った恐怖を抱き、生き残った人々は急に親族を失った痛みを背負い、生死両方とも無辺の苦しい境地に立たされています。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、衆生がこのような耐えがたい苦難を受けたことに忍びなく、地震後直ちに1500名の皈依 弟子を率いて10日間で1億回もの六字大明咒を共同に唱え、この大地震で被害を受けたすべての衆生に回向しました。その上、寶吉祥仏法センターにて「チベット仏教直貢噶舉派阿弥陀仏大済度法会」を開催し、遭難した全ての有情衆生を済度し、生き残った人と死者ともの苦しみを和らげました。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは当法会において貴重な大済度法を修持し、六道輪廻の衆生の離苦得楽に助けたと共に、密法の貴重さと仏法における自利利他の深義を次第に開示し、参加者の方々に生命に対する仏法の真義を理解させました。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた、法本、法会の有り難さを開示し、慈悲心、懺悔心、恭敬心を構えて法会に参加して衆生に利益を願いべきと教えました。最後は更に、悪を止め、善を行い、善念を抱いて善の共業をため続け、善の理念を堅持するよう皆を励ました。

今回の法会は、祖師ジッテン・サムゴン、歴代伝承上師、三恩根本上師直貢チェツァン法王、直貢チョンツァン法王及びアキ護法の加持と加護のもとに、清浄で円満となりました。リンチェンドルジェ・リンポチェは亡き者を済度し、苦しい衆生を救い、この無量な功徳は無辺な衆生を広く被いました。法会現場は清浄で穏やかな雰囲気に溢れ、参加者らは皆法喜に満ちていました。

午後2時、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは薫香炉、楽器、宝傘の先導及び護送のもと、八吉祥図模様の白い絨毯の上を歩いて壇城に上り、諸仏菩薩に恭しく頂礼しました。また、尊勝なる直貢チェツァン法王の如意寶法座にハタを献上し、灯をともして仏を供えた後、法座に上がりました。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはまず、密法の貴重さ、修行次第と仏法における自利利他の深義を開示しました。リンチェンドルジェ・リンポチェは以下のように開示しました。「仏法は『顕』と『密』の2つに分けられ、『密』は経典において『続』とも称されます。顕教は仏法の根本概念と基本理念です。密法を学ぶ前には、まず10年の顕教を修める必要があり、上師は弟子の根器によってはじめて密法を伝えます。仏法において最も大切なことは心を修めることです。伝法上師の口伝と仏法解釈を受けた後、仏弟子として自らの思想、振舞は仏陀の教えを違反していないかと、仏法で一々に評価すべきです。」

「密法は事部、行部、瑜伽部と無上瑜伽部に分けられ、事部を伝える前に、まずは『不共四加行』を伝えます。『不共』とは修める法門を金剛乗の行者のみに与え、小乗、大乗と共に修めないことです。「四加行」とは、10万回の大礼拝、10万回の金剛薩埵真言、10万回の献曼達(供養)と10万回の上師相応法のことです。この4つの10万回が円満になった後、直貢噶舉においては大印契を伝えます。大印契は直貢噶舉派において禅を修める法門であり、漸進的な啓発を重んじています。大印契は4つの次第があり、各次第は更に3つに分けられ、合わせて12個次第があります。この世で12個次第の円満が実現できれば、必ず法身を証得することができます。何れの本尊を学ぼうとしたければ、『不共四加行』を修めてから、大印契を伝え始め、この時に上師が本尊灌頂、口伝を授与し、生起、円満次第を教え、それから期限を定めて閉関します。閉関にも次第、儀軌、口伝、心法等があり、何れも上師の伝承と教導が必要です。本尊法の修行が終わってから、初めて自修できます。」

「仏法の中でよく触れられる自利利他ですが、リンチェンドルジェ・リンポチェは何かの因縁で今年牡丹社事件の死者を済度したことがありました。その後すぐ健康上の問題が現れました。リンチェンドルジェ・リンポチェは68の高齢で、健康回復には少なくとも2年以上かかると、医師である弟子はそう言いました。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは僅か1ヶ月で回復しました。何故にこんなに速く回復できたでしょうか。修行のほか、最も大事なのは心構えです。菩薩道を修行する行者たちは何で衆生の苦痛を取り換えるのでしょうか。言わば、『慈』とは自分が持っている良いもので衆生の悪いものを交換すること、密法では自他交換といい、即ち『無縁大慈、同体大悲』です。」

「『無縁大慈』については2つの面から解釈できます。無縁は縁がないことでなく、縁を分別しないことです。縁は空性であるため、縁起の時に縁滅になります。もう1つの面では、縁が生起すれば、菩薩はこの心が生起すれば、衆生を助ける因縁が生じます。菩薩が覚有情とも呼ばれるのは、起心動念があるからです。起心動念をもすれば、衆生を利益すると同時に、縁も消滅してしまいます。」

「《金剛経》では、我相、人相、衆生相と寿者相を破ることについて触れました。何により破るのでしょうか。それは、釈迦牟尼仏が開示した慈悲喜捨です。慈悲喜捨を自己実現するには、命を捨てなければできません。死亡無常、縁生縁滅が体得でもできれば、自分の命については、衆生利益のためになれるか、衆生の生死解脱のためになれるか、衆生の福徳因縁の持続増加のためになれるかと考えるようになれます。空性の福徳がなければ、自分の生死解脱を助けることができません。衆生を助けることもできません。」

「直貢噶舉の亡き大成就者であるユンカ・リンポチェは曾てご自分でリンチェンドルジェ・リンポチェに、最も速く福徳を累積できる3つの方法を教えてくれたことがあります。その一は石に大蔵経を彫刻すること、その二は天馬を掛けること、その三は大型法会を開催することです。天馬を掛けることで福報が得られるのは、加持された経文や真言が風に吹かれて通過する衆生は利益が得られるからです。大型法会とは、人数の多少のことではなく、その法会は衆生利益のためであるかどうかのことです。テレビで宣伝でもすれば、法会に大、小功徳主が現れ、名聞利養のためになってしまい、大型法会ではなくなります。寶吉祥仏法センターの法会の何れも、全ての弟子が共同の力を合わせて開催するものです。弟子がリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは当然、上師としてあらゆる方法を通じて福徳因縁が累積できるよう弟子を助けます。」

続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの法会の縁起、及び法本、法会の有り難さを以下の開示しました。「今日の法会はネパールの地震が起因です。リンチェンドルジェ・リンポチェは今年正月1日の開示において、今年は地震がたくさん起きることを言いました。リンチェンドルジェ・リンポチェはネパール大地震で多くの衆生が苦しんでいることを見ました。尊き直貢チェツァン法王もこのような苦痛から一刻も早く離れようと衆生に呼びかけています。そのため、リンチェンドルジェ・リンポチェは念が生じ、寶吉祥仏法センターで阿弥陀仏済度法会を開催することに決めました。」

「今日修める法本は蓮師が伝えてくれた岩伝法、直貢噶舉でも大変特別な法です。この法を修める行者は前に触れた密法次第の修行をするほか、最も大事なのはポワ法 を修めて成就を得ることです。ポワ法は阿弥陀仏ご自身が伝えてくださった法です。阿弥陀仏は釈迦牟尼仏が紹介した大変重要な本尊です。皆がよく知っている浄土五経のほかに、《宝積経》において釈迦牟尼仏は何回も阿弥陀仏浄土を紹介し、また弥勒菩薩も時々、西方極楽世界に行くためにどのように発心すればよいかと、釈迦牟尼仏に教えを求めました。しかし、釈迦牟尼仏は如何に阿弥陀仏の法で衆生を済度するかについて説明しませんでした。ただ、我々にどのように自己修行したら、浄土に行けることを教えてくれました。」

「『理事円融』という言葉をよく耳にしますが、『事』とはできることです。何かができて仏理も学んだにもかかわらず、衆生を利益することができない、これを理事円融と言えますか。『事』を実践するには『密』を学ばなければなりません。リンチェンドルジェ・リンポチェはまず皆に顕教の基礎を教え、福徳の因縁を蓄積し続けるよう助けます。皆に輪廻の家を離れようと決心するよう教えます。この世にはこの世で悟れるような福徳因縁がないため、釈迦牟尼仏は慈悲の心で阿弥陀仏を紹介しました。リンチェンドルジェ・リンポチェは曾て《宝積経》の内容で開示したことがあります。修行と善行の功徳を西方極楽世界に回向し、この世を通して十善法を修め、三宝と上師を恭敬すれば、必ず往生浄土に行けます。阿弥陀仏を読むことを主張する人が多いです。阿弥陀仏を読まなければ、往生浄土に行けないと言っています。しかし、《宝積経》によると、発願すれば行けることに記載されます。」

リンチェンドルジェ・リンポチェは法会の参加者に、慈悲心、懺悔心、恭敬心を備えるよう温かく励ました。「慈悲心を持つことは、法会に参加できない全ての衆生を憐れみ、その全ての衆生が将来に法会に参加できるようと願うことです。大懺悔心が必要なのは、生生世世の悪業で我らはこの世において業力の障害を受けて生死から解脱することができないからです。また、恭敬心を持つことは、上師の言葉を信じることです。上師の全ては法であり、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏典、上師の教えに従って実践し、直貢噶舉、釈迦牟尼仏を伝承しています。」

「また、法会に参加する時皆の心は大切です。参加動機が慈悲喜捨と一致すれば、ただ1つの字だけでも役立ちます。一致とは必ずしも実践できることではなく、意念がこの範囲内にあることです。衆生を苦難から離れようと助けるには、まず慈悲を実践することが要件です。そして、喜とは、自分は何が得られる、福報が得られることでなく、衆生が自分と共に成仏できるように願うことです。捨とは、嫌い、嫌ではない、好き、好きではない心構えを全部、平等に捨て、全く分別していないことです。これはかなり高い修行の境界で、実践することは大変難しいです。しかし、慈悲喜捨の意念を持って法会に参加すれば、法会の功徳は全部あなたに関係するようになり、福報も増えます。仏法学習の障害を徐々に排除し、障害が減少すれば、世間法の障害も自然に減っていきます。」

「仏法を学んで自分は少なくとも他人より良くなり、少なくとも善い人になり、少なくとも変えていると多くの人はこう思っています。このような考えに、リンチェンドルジェ・リンポチェは滑稽に思えます。皆は誰でも業障が深いため、変えるのは当たり前のことです。成仏の前に必ず問題を抱えています。仏法は自分を変える方法を教えてくれます。悩みに対する金剛経の考えは、悩みを消すことでなく、悩みを道用に変える のです。金剛乗の特徴は時間が節約でき、速くできるため、特別な根器を持つ人だけが実現できます。皆はこんな境界に着く前に、ちゃんと教えを聞かなければなりません。」

リンチェンドルジェ・リンポチェは修法の直前にまたハタを献上する意義を開示しました。「密法を修法する前にハタを献上する儀軌があり、修法の上師が諸仏菩薩、護法、伝承上師、勇父、空行母を代表して衆生の供養を受けます。供養を通じて衆生は初めて福報因縁があって仏法を受けることができます。ほかの所では、功徳主がハタを捧げることがよくありますがリンチェンドルジェ・リンポチェには出家弟子がいるので、出家弟子が皆を代表して供養します 。皆が随喜の意があれば、心に歓喜と称賛な気持ちがあれば、このような功徳があります。」

ハタを献上する儀軌が終了後、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆を率いて広大な衆生のために『弥陀讃』を唱えました。リンチェンドルジェ・リンポチェの荘厳な法音は虚空を満たし、参加者は皆歓喜心、恭敬心と供養心が湧き、リンチェンドルジェ・リンポチェの脈々たる慈悲な摂受力を受領しました。

それから、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは修法を開始し、各段落の修法過程において修法の儀軌と意義の深みを分かりやすく開示しました。リンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示しました。「先、修めたのは心と皈依でした。これからは魔除けです。魔は2種類、1つは外魔、もう1つは内心の魔です。事故死になったのはたくさんの悪業をしたからです。そのため、死んだ後、たくさんの魔が阻害してきて済度させてくれせん。魔除けは真言を唱えることと観想で魔を離させ、亡き者が済度できるようにします。魔が離れようとしないなら、誅法を用いて離させます。」それからは智慧本尊を修めました。最初に修めたのは修法者が本尊とは無二無別になるための自修でした。供養終了後、第二段階は法身の阿弥陀仏本尊の修法で、その後は八供養と本尊の供養でした。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは修法を続け、第一段階は衆生の悪業解消の修法、第二段階は衆生の業障解消の修法が行われました。

今回の法会において、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは参加者を率いて阿弥陀仏心咒を唱えました。参加者らは貴重で殊勝な機会でリンチェンドルジェ・リンポチェ及び千人以上の信者と共に法本真言を唱え、八供女による献供歌を聴き、諸仏菩薩の広大無辺の加持を得ることができました。参加者らはまた、薈供儀軌から諸仏菩薩に共同に役立つ貴重な因縁を獲得し、仏法学習の資糧と福報を蓄積し、将来に往生浄土に行ける因縁を得ることができました。

済度儀軌の進行中、リンチェンドルジェ・リンポチェは参加者に、済度を助けたい方の名前を何度も言わせ、起立するよう皆に指示しました。領衆の出家弟子が参加者の祖先と傷つけた衆生を代表し、壇城上の仏菩薩に頂礼し、並びに参加者らを率いて法本内の祈請文を念誦して修法と済度を続けました。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲な摂受力と大威徳力が虚空に満ちて荘厳な法音は延々と続き、無数の有情衆生に利益を与えました。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが修法していた時、本尊の壇城は眩しい黄金色の瑞光が輝きました。尊はきリンチェンドルジェ・リンポチェの尊身も金色の光が煌めき、阿弥陀仏本尊の荘厳な法相と無二無別でした。その瑞光で衆生が解脱できるよを加持しました。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの修法が円満になり、亡き者を済度して苦しむ衆生を救う無量の功徳は無辺の衆生を広く庇いました。回向儀軌の時、リンチェンドルジェ・リンポチェはご自身で参加者全体を率いて「求生極楽浄土祈請文」を唱誦しました。その法音に慈悲で殊勝な加持力が満ち、全ての有情衆生のために熱心に祈願しました。参加者全体は、弘法利生のために上師が抱いた慈悲願力と菩提心願を深く感じました。

リンチェンドルジェ・リンポチェは円満に修法を終えた後も、悪を止めて善を行い、善念を抱いて善の共業を蓄積し続けるよう参列者に励ました。リンチェンドルジェ・リンポチェはこのように開示しました。「《阿弥陀経》に明白な教えがあります。浄土に往生するには福徳因縁を欠けられない。善男子、善女人の『善』とは、十善法のことです。十善法の修行が円満にならず、福徳因縁が少ないならば、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが阿弥陀仏大済度法を修めていくら殊勝で円満であっても、発願しても無駄です。」

「本来、チベットでは、阿弥陀仏済度法会はまるで1日が必要です。リンチェンドルジェ・リンポチェは定境の中で修法し、呼吸も細長いため、速く修法できます。今日、リンチェンドルジェ・リンポチェは地震で往生した衆生のために修法します。この発心はいいですが、あなたたちが来なければ、法会を開催することはありませんでした。皆が善い事に参加することは大変良いことです。今日、1300人は善の共業の中にいます。このような善の共業を蓄積し続け、ゆっくりと社会、国、そして全世界を影響すれば、災難をたくさん減らすことができます。」

「皆は仏と仏法に確信を持ち続けなさい。仏が衆生を助けることは因果に背くわけにはいかないため、求めても無駄だと感じる時があります。しかし、仏はあなたを助けているから、時によっては求められることは必ずしも良いことではないし、失くすことも必ずしも悪いことではありません。現場にいる皆の多くは在家衆ですが、仏は修行者だから、商売や政治に係わってはならないと言っていません。仏法で世間の事をすれば、後遺症なんて殆どなく、何事も調和になります。」

「仏法は消極なものではなく、隠れて世界のことをほって置くことも教えていません。世間にいるこそ修行しやすいのです。毎日たくさんの悩みを見ているから警戒、注意することができます。今日は、衆生が私たちを助けているのです。これら苦しむ衆生がいなかったら、私たちはこの善い事をするために集まる機会、因縁がありませんでした。苦しむ衆生がいなければ、仏菩薩もいなかったです。苦しむ衆生がいるからこそ、仏菩薩が現れるのです。苦難の中にいたくなければ、絶えずに実践することです。リンチェンドルジェ・リンポチェは36歳の時から今まで仏法を学んできたにもかかわらず、実践し続けています。それは、観音菩薩の言うとおりに、済度すべき衆生の数の多さに、観音菩薩も間に合わないことで涙が流れました。」尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは無数の輪廻衆生を憐れみ、ここまで開示すると思わずに咽ぶようになりました。その深くて広い菩提心に参加者全体は深く感動しました。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは開示を続けました。「金剛乗の願は、衆生が輪廻している限り、願力は存在するということです。金剛乗の回向は、最後に『衆生が仏になることを願う』ということです。これは一種の思想と理念、社会で奉仕する時は心に善を抱き、相手が悪をするのは相手のことだと教えてくれて、我々は善を念頭に置けば、悪いことは少なくなります。仏法は皆が思うようにつらいもので撃たれても相手にしないことではありません。まず礼儀正しく交渉し、うまく行かなければ強硬手段を用いることです。先ほど、リンチェンドルジェ・リンポチェは修法の時に、魔除けとは魔を離させることを開示しました。それでも魔は離れようとしないなら、対処しなければなりません。まず忠告し、それでも帰ってきて反抗したら、修法者はその頭を7枚に割って、7枚に割った後、魔を済度して浄土、天界に行けるよう助けてあげます。これは先礼後兵(先に礼を尽くし、それでもダメなら兵を送る)です。金剛乗において上師が修める法はたくさんあります。一見したところ、顕教には受け入れがたいものですが、善意を持った心があり、全ては相手のためです。」

「この社会に、悪いことを聞かないと多くの人はそう思っています。たくさん聞くことは確かに何らかの影響を受けますが、悪い事に対してはある程度の理解が必要です。そうすれば、他人の悪い行為を予防し、他人に悪い事をしないように忠告することができます。このような複雑な世間にいると、独善するのは難しいですが、善の宗旨を何度か守り抜かなければなりません。」

阿弥陀仏大済度法会は円満に終わり、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはご自身の生命で広大な苦しい衆生のために修法し、宝石のように貴重である仏陀の教法を開示し、寶吉祥仏法センターを荘厳な仏土に変えました。参加者らは恭敬に殊勝で有り難い法会に参加し、言葉にできない感謝の気持ちで心一杯になりました。法会の後、空から慈雨が降り、干ばつの大地を潤い、十分の水が使えない衆生の苦しみを免除してくれました。この瑞相はまさに、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの修法功徳の無量さの証であり、諸仏菩薩と天竜八部も皆歓喜し、称賛しました。甘露の法雨が虚空に満ちて輪廻する無数の有情衆生に法益を受けさせて解脱させました。

 

 

 

 

2015 年 06 月 11 日 更新