2011年阿弥陀仏無遮大超度法会に関して、信衆の感想

1 二ヶ月ごとにインドと台湾の間を往復しているが、台湾でこのような大法会を知りませんでした。法会は非常に殊勝なので、今後機会があれば、必ずリンチェンドルジェ・リンポチェが主催します大法会に参加します。(追伸:ゲルク教派のリンポチェです。過去は既にチベット、インドで三十年余り修行しています。)
2 十数年前に嘗てダライ・ラマの法会に参加した事があります。長い間もうチベット仏教の大法会に参加しておりません。非常にリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝して、全ての法会は非常によかったです。インドに帰る前に再びリンチェンドルジェ・リンポチェに会いたいです。(追伸:ゲルク教派のゲシエです。過去は既にチベット、インドで三十年余り修行しています。)
3 リンチェンドルジェ・リンポチェは法水甘露で加持します時、まるで我々の身の業を一本一本除きそうです。此れは第二回目でリンチェンドルジェ・リンポチェの大法会に参加しました。ある日バイクを運転した時、トランクとぶつかってバイクがダメージされました。私は救命救急センターに運ばれました。医師は私がとても好運と言われて、唯何針縫いました。リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝して、幸いリンチェンドルジェ・リンポチェの阿弥陀仏無遮大超度法会に参加して、自分に重い報いを軽く受けました。非常にリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝しました。
4 不思議なのは法会に参加した後から今まで菜食し続けます。全てはリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲力の加持のためです。
5 この前母の目は出血しているから、毎月病院に通っても改善していません。しかし、私は母と一緒に連続に六年間の大法会に参加していました。非常にリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝して、母の目はもはやに出血しなくて、視力も0.1から0.4に進歩しました。しかし、今年は母は当日中元節で必ず先祖を祭ると主張して、臨時に法会に参加しませんでした。結局目はまた出血して視力も減りました。
6 法会の中に子供は非常に多いなのに、感動されたのは法会が相変わらず非常に荘厳で、参列者は非常に恭しかったです。8月14日に法会に参加した後、その夜すぐ熟睡しました。不思議なのは法会に参加した当日の夜に仕事の問題を発見して、タイムリーに上司に伝えました。翌日日本へ行って、リンチェンドルジェ・リンポチェが主法します日本法会に参加して、癌に罹った兄弟子に接触して、心の中に深く感触して、リンチェンドルジェ・リンポチェの仏力を感じて、リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依して欲しいです。
7 1. 上師が広大で限りが無い慈悲心で苦難の衆生を済度した事に賛嘆します。

2. 上師が名聞利養を超脱した事に賛嘆します。夫は少し成就がある時、すぐ傲慢になるから、私は深く感じました。

3. 上師の大威神力で摂授した事に賛嘆します。私は阿弥陀仏の真言を唱えた時、ぼうっとしました。その時柔らかい物を口に入ったと感じて私に目覚めさせました。他の同行します友達も磁場の強さを感じて、両手が痺れたと感じました。

4. 上師の大悲願力に賛嘆します。苦労と思わないで大衆のために必死に甘露水を撒き散らしました。

5. 法会の経費は対外的な募金を一切せず、済度牌位も料金を取らない事に賛嘆します。

8 1. 私は多くのスタッフと寶吉祥のベストの人員が全て若い人です事に対して、印象はとても深いです。朝早起きしたけど、若い人の笑顔を見ると、明るい雰囲気に感染されて本当に誠で情熱でした。

2. リンチェンドルジェ・リンポチェは入場します時、外形がとても長いラッパの音が響きました。(法会の儀軌に使われた楽器「夾鈴」です。)私は言葉で形容できない気及び光(黄金色)を見て、全ては私の頭と肩から大雨のように注ぎました。あの光と気について、私は寮で見た事がありました。それはリンチェンドルジェ・リンポチェの本が私の側に置いた時に同じ状況を現れました。最後リンチェンドルジェ・リンポチェは退場する時、同じな楽器の音が響いて、同じな状況は繰り返して現れました。

3. 法会は全てリンチェンドルジェ・リンポチェが法を修めました。誠に感謝しました。

4. 法会の中でリンチェンドルジェ・リンポチェは「オン」と言う音を三つ発音しました。毎回発音した時にはっきりに音波が綺麗に広がって全ての会場に震動した事を見ました。

5. 此れは私が先祖を済度する法会に参加した以来、始めて三道の衆生或いは先祖達が制御できない状況を発生せず、唯一の事であり、非常に秩序と紀律がありました。この前に他の法会に参加しましたが、秩序と紀律が無いから、私の身は常に陰気をつけてとても苦しかったです。今回は非常に気持ちよく誠に感謝しました。

6. 法会の最後リンチェンドルジェ・リンポチェは甘露法水を撒き散らしました。私は始めて自ら殊勝な法水を体験して、本当に全身は心地よいでした。特に煽てる或いは他の団体を軽視するわけではなく、本当に始めて功徳力がある法水が本当に存在する事を体験しました。

7. 法会の中に私は偶然に自分の名前、お爺の名前と二番目の叔父の名前を見て、とても喜びました。

8. 私はその後に一番目の伯父の名前を済度リストに追加しました。心を起して念が動いて彼の名前に入りたい時、私はとても長く尋ねました。私の母と二番目の叔母とも偶然に私の電話を受けられなくて、とても順調ではありません。しかし、思わなくて最後順調にリストに追加できました。あの時私は多くの者が私を妨げて、一番目の伯父の名前を取れさせませんでした。私はとても疑ったけど、親戚なので何とか助けたいと思いました。法会が終わった後、私は母に一番目の伯父が生前の事を聞くと、始めて彼がとても親孝行しない事を分かりました。一番目の伯父は肝癌で亡くなった後、私のお婆は涙を一滴も流さなくて、完全に悲しくありませんでした。私の母も主動的に一番目の伯父の事を話したくないです。唯簡単に彼がどんな私利私欲でお爺とお婆に悲しめた事を行ったのを話しました。私はようやく何故ある者が絶えずに私に名前を得て、リストに入る事を妨げたのを分かりました。あの時心を起して念が動いて彼の名前を知りたい時、訳が分からなくて母と叔母とも電話を受けなくて、尚更に可笑しいのは全然に折り返し電話をくれませんでした。(通常に彼女たちは電話をくれないと見れば、空いている時必ず折り返し電話をして、半日以上を過ごしません。しかし、あの時一日以上完全に電話を受けず、折り返し電話もしませんでした。本当に考えられません。)他の名前は簡単に得たから、唯一番目の伯父の名前を難しく得て、私は頑張って長く取れました。尚更に引き続きにあの者が妨げた事を見ました。私はこの過程、自分が印象が深い経験を書きました。母はあの者は彼達の祖先だと思って、自分の子孫がこのような親孝行しないから、許さないかもしれない。

9. 今後他の法会があれば、私に連絡してくれませんか。当然に信衆が参加できる法会です。今回参加した後、とても喜んで感動しました。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は予想外で気楽に面白いです。(追伸:この信衆は道教を学んだ事があって、能力を少し修めました。指南宮の道士は彼に許可をして、一般人が見えない物を見せました。そう言われても彼はいつも自分の先祖を助けて済度して欲しいです。ある人は彼に自分が先祖と憎みを深く結んでいる事を話しましたから、いつも順調ではありません。大法会の二週間前に、彼はようやく願い通りに施身法を求めました。)

9 リンチェンドルジェ・リンポチェは皆を率いて阿弥陀仏の真言を唱えた時、非常に濃くビャクダンのいい香りを嗅ぎました。全ての会場に満ちました。リンチェンドルジェ・リンポチェは法席から降りて甘露水を撒浄した時もくビャクダンのいい香りを嗅ぎました。しかし、この前の匂いと違いました。法会は非常に殊勝であり、来年自分の母と姉を連れて一緒に参加したいです。
10 義理祖母は数年前より老人性認知症に罹って、今年もう88歳です。今年の6月始め頃から既にお医者さんに重度のアルツハイマー病と診断されて、毎日15時間以上昏睡して、それにあまり飲み下ろそうとしなくて、また殆ど話せなくて、一日中100ccの豆乳、200ccのお湯と蒸し卵の半分しか飲みませんでした。本来義理祖母と一緒に嘉義に住んでいるおじさんは義理祖母が長距離に北上することが出来ないまた法会に長く座る事が無理と心配したが、結局法会が終わった後、義理祖母と共に車椅子区で座った外国人労働者は伯父に教えた。法会の中に義理祖母は大きいカップ一杯の濃い南瓜五榖米乳と500ccの黒豆茶を全部飲んでそれにお湯ボトルの半分を飲んでまた元気で中継放送のスクリーンを最後まで見た。外国人労働者とおじさんは全て非常に不思議で、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに恩に着ます。
11 法会に参加した後、なんとも言えないさっぱりした気分で、心理的な負担は瞬間に全部無くなってしまったようです。夜勤する時、案外に疲れなくて元気で、37度高温の仕事環境で、昼休み時思いがけなく冷房をつけなくても良く寝ました。非常に不思議と感じました!(註:この信者は社工(社会工作者)で、常に夜勤して精神病患者と葬儀社との接触があって、この前、世話する患者が飛び降り自殺したことがありました。)
12 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは外の法師のように信者が間違っても言うことが出来ないのではなく、リンチェンドルジェ・リンポチェはとてもはっきりに信者の正しくない行為を指摘します。例えば、会場で行き来すること、便所へ行くこと等。リンチェンドルジェ・リンポチェは大変すごくて、法を行っていた時すこしも動かなくて、法座を降りると直ちに高速的に歩くことが出来ます。
13 6/25の法会でリンチェンドルジェ・リンポチェのご開示を聞きました。法会に参加する時、正座してはじめて恭敬心がありました。それより、今回まだ全行程椅子の半分しか座りませんでした。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが会場を回って灑浄していた時、我は何時も従って阿弥陀仏の心呪を読んで、なんのわけが知らず、涙は自分がずっと流れて、拭いてまた流れて、これは今まであったことが無いです。リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲は我等は全て感じることが出来ました。
14 本当にすごく大きい法会で、現場で満席でした。外でこんなに大きい法会がなく、それに大変珍しくて秩序がとても良かったです。外の小さい法会は騒がしかったです。
15 これは二回目阿弥陀仏無遮大超度法会に参加しました。今年の法会の二週間前、お久しぶり連絡しない友人の無くなった母親を夢見ました。一週間前また自分のすでに亡くなった友達を夢見ました。あの日、法会会場に入ったと、お肩は大変だるくて痛くて、とても重だるかったです。わけも知らず、法会が終わったまで両肩が極めて緩みになって、もうだるくて痛くなかったです。しかし大変疲れてしまって、午後他人のため着物を修正した時知らずに寝てしまいました。翌日まで元気になって良く直りました。同行の友人の反応は、法会が終わった後、我の顔色は色っぽくて白くて、すごくきれいになるのを発見しました。同行者の中にもう1人女性も良く法会に参加し、法会の中にもずっと涙を流れて、法会終了後、同行の友人も彼女の顔色がきれいになったのを発見しました。彼女ら全部リンチェンドルジェ・リンポチェの摂受力の強さに大変賛嘆しまいた。
16 もともと社区のお盆祭りに参加しなくて良くないかと心配して、早めに離れようと思ったが、阿弥陀仏無遮大超度法会の殊勝さとリンチェンドルジェ・リンポチェの摂受力を聞いた後、お決まりを変わって参加することになりました。当日会場に入って、法会が始めたとわけもなく泣きました。我は分からなかったが、恐れが無い、泣かないように強く抑えたが涙はやはり抑えられなくて、自然に泣きました。自分がなぜ泣いたか知らなかったが、法会に対して大変賛嘆しました。特にこんなに多く人の法会を主催出来るリンチェンドルジェ・リンポチェをさらに尊敬しました。
17 ある学生は数年憂鬱症にかかって、最近状況はまた良くなくなって、もう一度上師に面会を申し入れて、上師は慈悲で加持しました。この学生は病状が悪くなったため、療養院に入院して治療されて、状況はいつも不安定です。法会の一週間前、彼女に1本の甘露水をやって、ただ一日間を飲んでから翌日話すは流暢になって、また、甘露水を飲んだ後ずっと吐きました。この学生が表れまし。それが上師の加持と分かりました。それで彼女に良くない物を吐かせました。一週間後、法会が間もなく始まって、彼女はとても参加したかったが、病院の方が彼女を外出して法会に参加させないと心配しました。彼女は上師に対して信心があるため、彼女のお医者さんは意外にも彼女を出掛けさせました。あの日、彼女は会場に来て、上師のご開示を聞いて多く理解しました。彼女は表れて上師が仰ったのはちょうど彼女が全て必要なもので、彼女はとても感謝しました。数日を経て、彼女は案外に病院より休暇を貰うことが出来ました。毎日家に帰って、四時間を出掛けて、不思議に進歩しました。これは全部リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な加持です。
18 二つグループの友人は主動的に私にお礼の電話がかかって来た。我の招きのため、彼らにこんな殊勝な法会に参加させることが出来ました。また、彼らが非常に感動されたと言いました。彼らも他の法会に参加したことがあったが、今までリンチェンドルジェ・リンポチェのような主催者を見たことがない、全て法を行った過程、儀軌ひいては呪を読むとか全部自らで、本当に大変疲れたと感じました。それに、電話の中にすぐ私に次の法会の申し込みを願いました。
19 今年の始め頃、我ととても仲良しなお爺さんが往生しました。お爺さんは生前多病で、既に老人ホームで数年を住みまし。往生したあの日の午後、我は急いで休暇を取って家に帰る時ちょうど相弟子の林さんと出会って、我に貴重な甘露水をくれて、またこの甘露丸の珍しさと臨終者に対しての助けも教えました。我は大変嬉しくて、それにすぐ家に帰って、家の中にの目上の者に教えて、目上達は全部大変好きで、すぐ甘露丸をお爺さんの舌の下に置きました。今年阿弥陀仏無遮大超度法会に参加して、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが亡者のため済度しますのを見た時、涙が泣きながら、自分の心の中にお爺さんに速く仏菩薩に従って浄土へ行って良く修行しますと話しました。リンチェンドルジェ・リンポチェがこんなに疲れて皆のため法を行って、灑浄しますのを見て大変感動されました。側にいた知らない者は灑浄しますルートが彼らが座る所を通じなかったのを悔しかった時、我は主動的に彼らに教えました。リンチェンドルジェ・リンポチェは本当に大変疲れて、これはただ一つの儀式で、実は全会場の参列者は皆全部灑浄されました。法会が終わった後、すぐ南部の母に電話をかけて、法会は既に円満で終わって、お爺さんはもう仏菩薩に迎えられて浄土へ修行しに行ったと教えました。母は聞いた後極めて嬉しくて、また主動的に来年チャンスがあれば、一緒に北上して、大法会に参加しに行くと言いました。
20 私は義理祖母の名前を歴代祖先の中に入れようと思って、数日間後、昼休み時一、二十年を夢見ない義理祖母を見ました。満面の笑みで夢の中に来て、それで私はあらためて訂正して、義理祖母の名前を済度します名前リストの中に入れて、義理祖母がとても喜んで大超度法会に参加したくて、義理祖母の名前を書き込むのを注意させました。
21 法会の前の日に、夢の中に父親は私を探しに来たことを見ました。彼女は既に十数年父親を夢に見ませんでした。夢の中に、父親は私と話しをかけました。リンチェンドルジェ・リンポチェの大きい力は不思議だと思って、非常にリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝しました。
22 ある顕教に皈依した同僚が参加しました。彼は翌日に我にこの法会に参加したチャンスがあって、大変感謝したと表れました。彼は無形衆生を感応出来る者で、彼は我に言いました。現場で無数な衆生が法会に来たのを感応したので、彼は頭が非常にくらくらして、痛かったです。但し彼はまだ敬って座って、リンチェンドルジェ・リンポチェが全て進んでいた儀軌に従って、迴向した後、彼のくらくらとの症状は突然に消えて、かえってサッパリしました。彼はずっとあの頃、あの感覚が大変言えないと強調して、「すごい」しか形容できません。彼は衆生がリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを得て済度されたと感じました。リンチェンドルジェ・リンポチェは法会の中にあれら助けが必要な衆生の苦痛を見て、心の中に惜しんですすり泣いて、彼をリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲と感情を非常に感動されました。またリンチェンドルジェ・リンポチェはこんなに多くの衆生(彼は現場が少なくても百万で)ひいては最後に、現場にまだ離れたくない衆生が多くて、リンチェンドルジェ・リンポチェも全部解決出来て、リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲力の広大は彼を大変感佩とびっくりさせました。
23 大法会に参加しますのは今年で二年目で、毎回違う感想を得ています。今年は大法会があるため、父との吹っ切れないところを一気に解消しました。七月は孝行月で、親孝行は子供としてすべきことです。私に自分の過ちを分からせ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝し、大法会のスタッフにも感謝し、そして佛菩薩に感謝します。私の心の中気になるのは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが再三に精進料理をするように呼びかけることです。軍隊の中では精進料理の提供もなければ、自炊しますこともできないから、精進料理しますかどうかは常に悩んでいます。最後に、リンチェンドルジェ・リンポチェが健康で、吉祥如意、長久在世、法輪常転をお祈りします。
24 初めての法会で、私は好奇心と虔誠の心で参加しました。地下鉄を降りてから大勢が会場に向かっているのを見ました。更に途中にはたくさんのスタッフを見かけ、笑顔で参加者を案内してくれました。会場に入った途端、目に映った舞台での設置はまさに壮観、ゴージャスそしてエレガントです。これが二、三万人が集まる大法会だとすっかり視野が広がりました。過程中では、もっとも印象深いのは、リンチェンドルジェ・リンポチェが我々が思うような厳しくて無言な様ではありません。お経を唱える前に、リンチェンドルジェ・リンポチェが暫く開示されたが、リンチェンドルジェ・リンポチェは我々に「タバコを吸う人は亡くなってから必ず地獄に落ちる」との秘密を教えてくれました。すべてのことに因果関係が存在し、タバコを吸わないようにと勧めました。これほど印象深く残ったのは、父親がこの問題を抱えているからです。体の具合が良くない父親に、医者さんからもタバコを止めるようにと勧めたが、定めのせいか、父親にとって難しいらしい。そして、お経を唱える時、巨大スクリーンに字幕が出ているため、参加者の我々も参与できて中に溶け込めるから、法会と一体感させて、こうした一方通行ではない雰囲気が好きです。今回の法会に参加できて嬉しく思います。新しい体験と経験ができて平和な雰囲気の中で、忙しい生活ぶり、複雑な情緒が静まり、こうした得難い静かな時間をもっと大切にしました。
25 リンチェンドルジェ・リンポチェはどんどんすごくなりました。他所の道場のように、信者さんに合わせるのではなく、信者にトイレへ行かないようにと仏法に恭敬すべきとしてもらうリンチェンドルジェ・リンポチェは素晴らしいと思います。
26 本当に感動した。リンチェンドルジェ・リンポチェにお会いしたいと思う。リンチェンドルジェ・リンポチェが甘露水を参加者にかけるのが大変だったと思います。
27 これこそ済度だと思う!リンチェンドルジェ・リンポチェが咽び泣くのを見て、リンチェンドルジェ・リンポチェが衆生への心が観音菩薩みたいと感じた。機会があればまた参加したいと思います。
28 リンチェンドルジェ・リンポチェが亡者のため点灯して導いて済度する時、リンチェンドルジェ・リンポチェは修行を通じて着実に衆生の苦を体感できるが、我々一般の人はまだ苦が感じられなく、修行の大切さが分からなくて目的なく生活しています。
29 法会の日に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェっを見た時、自分の亡くなった父親を見たような気がしました。そして、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法会に来るのは祖先や亡くなった家族があなたに来て欲しいからと開示された時、私は泣きまし。父が私に来て欲しいと感じたから、泣きました!おばあちゃんと同行の友人は帰ってきてから精進料理を始めようと言いました。ちょっと残念に思ったのは、おばあちゃんは台湾語しか分からないから、同時通訳しなければならないから、前に座った人にうるさいと言われたことです。最後まで尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を全部おばあちゃんに通訳できないのは実に残念です!
30 初めてこんなに盛大な法会に参加できてたくさん収穫しました!リンチェンドルジェ・リンポチェに法会に初めて参加して思いがけないことが発生しました。法会が始まる前8時30分にトイレへ行ってから法会が終了した後の一時過ぎまでの間、一回もトイレへ行ってありませんでした。祖先がトイレの我慢をしてくれたと思います。リンチェンドルジェ・リンポチェの説法とお経を集中して聞いているから、時間が早く過ぎたと思います。済度が必要な六道一切衆生のために済度し、悪い習慣を段取りよく改めるべきだと思います。なるべく早く殺生、飲酒、お肉、タバコをやめよう!因果があると信じるから、ただ時間の問題だけです。だから、今から斬新な自分をスタートし、すべてゼロから始めたいと思います。不可能の中の可能があると信じ、不可能を可能にします!今からよく修めて、六道一切衆生が苦海、六道輪廻から解脱できるよう、西方極楽世界へ辿り着けるようと祈ります。
31 壇城にいるリンチェンドルジェ・リンポチェを見て本当に慈悲だと思います。法会を主催しますにはどれだけの人力そして財力が要りますか?でも、リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも順調に進めるように支えられます。本当にすごい!そしていちばん大事なのは、リンチェンドルジェ・リンポチェはなんのフィードバックも求めないこと。私が毎回法会に参加します前に、何を求めようかと心で考えるが、会場についてリンチェンドルジェ・リンポチェの説法を聞くと、自分が良くないと思います。リンチェンドルジェ・リンポチェは何も求めず、一切衆生を済度しますが、自分は?法会に参加します毎回は禁じられず涙を流すのは、多分こうしたリンチェンドルジェ・リンポチェで感動したのでしょう。(私は特定な往生者に回向しますが、リンチェンドルジェ・リンポチェはあらゆる知らないでいる有情衆生を済度します)
32 殊勝一:リンチェンドルジェ・リンポチェはちっとも動かず、衆生の苦を感じて悲しみより生じる慈悲です。殊勝二:甘露水を参加者にかける時、いちばん遠くいる衆生まで利益できること。殊勝三:衆生を済度しますCD-ROMが先進的で、非常に殊勝です。
33 法会に参加してから、旦那から家族全員が精進料理を始めようとの要請がありました。私は子供二人が学校では精進料理を続けないから、昼食だけ縁に任せると思ったら、旦那が私に「肉食が良くないと知っていながら、子供に殺業をさせるのは何故?」と聞かれました。
34 友達から電話かかってきて、道場での法会の進み方を聞いて、そしてどうやったら参加できるかと尋ねました。私が参加のできる方法を教えてから、友達は、日曜日の午後は子供がボーイスカウトに参加しますから… と答えたが、一緒に法会に参加した主人と相談した結果、主人から佛を学ぶのと、ボーイスカウトとどちらが大事なのか?と聞きました。彼らの答えは もちろん佛を学ぶのが大事です。
35 法会が終った後、ある仏を学んで、顕密に多年で皈依していた友人はわざわざ電話をかけて、今回殊勝な法会の情報を分かち合った事に感謝しました。その上、自分が仏を学んでいるけれども、菜食します事をしなかった事を懺悔しました。また、意外に、5歳の子供は三分の一の時間で阿弥陀仏心咒を従って唱える事が出来る事を話しました。
36 一緒に参加します友人のご主人はリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞いたので、帰宅してから嫁さんに自分が性格を改正します事を決定したと話して、そして、すぐ行動を始めて行きました。友人は私に主人が性格を始めて改正します事が彼女に一寸慣れさせないけれども、これがよい事だと感じていました。
37 リンチェンドルジェ・リンポチェと全てのボランティアの無私の払いと献上にとても感謝しました。ただ2万本余りのミネラル・ウォーターは一つ一つ甘露丸に入る事が既に大工事でした。
38 2万人は法会に参加します事は如何に殊勝でしょうか。法会に参加します事はこんなに面白い事を思った事がありませんでした。とても楽しくて、雰囲気がとてもよいと感じました。
39 自分が法会を行う中に寝つくと思って、然し、お手洗いに行かないで、眠らない事が我慢出来た事は自分でも驚く事と感じました。
40 家に帰った後にとても疲れたので、眠って目が覚めて、下痢をして、下痢をした後に自分はとても澄んでいてきれいな感じがあると感じました。
41 仏法は依然として分からないが、リンチェンドルジェ・リンポチェが懇切な済度する心が見えて、リンチェンドルジェ・リンポチェが涙を落とした事を見ると、リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深く心も感じました。
42 母は前の顕教の法師が大法会の数日の前に往生し、母がその弟子に法会に参加して法師を済度する事を誘ったが、拒まれました。そこで、8月14日に、母が法会に参加した時に、リンチェンドルジェ・リンポチェに此の法師に済度する事に頼んで、法会が完了した翌日の午前、その法師の弟子は母に連絡して、法師の財産を処理します件を協議し、母が法師が残した貴重な品物をリンチェンドルジェ・リンポチェに供養する事を薦めて、此の弟子がすぐに同意し、その上、リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する事を恭しく詳しい尋ねました。此の態度の大きな転化とはリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深くと殊勝な済度したわけです。
43 ある信者は下記の事を話しました。彼女の主人は6月に自分の息子に刀を持って殺されて、その時に胃袋の破れていて腸が流れて、死亡の状況が凄く悲惨で、彼女とします妻と母の役割がとても悲しんでいました。リンチェンドルジェ・リンポチェが往生者に済度します時に、彼女は主人が法会の現場に至る事を観想し、慈悲深くのリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の主人の惨死の状況を既にみた事を感じていました。リンチェンドルジェ・リンポチェは一度に涙に噎んで言う事が出来なくて、彼女は先生が既にリンチェンドルジェ・リンポチェの助けの下に浄土に至って解脱します事をもらえる事をはっきり分かりました。彼女の心の中にある苦しみも今回の大法会でリンチェンドルジェ・リンポチェの済度をもらえました。
44 友人は子供を連れで阿弥陀仏無遮大法会に参加して、が、彼女の主人が法会に参加しないで、家に留守して祖先(中元節)を祭りました。彼女は明け方に外出します前にすぐ祖先に線香を立てて、彼らに彼女に従って法会の会場に行かなければならない事を話して、リンチェンドルジェ・リンポチェの済度法会があるので、絶対に来なければなりませんでした。彼女の主人は約10時半、祖先を祭る事を始めて、慣例によって、果物を納める前に、祖先にお腹いっぱいになるか、納めるかどうかを尋ねました。が、不思議な事を発生し、いつも聖筊をしないで、彼女の主人がいつもいつもしても、ただ笑筊があって、またその甥を交換して筊をしても結局も同じで、最後諦めなければなりませんでした。午後1時ぐらいに、この法会に参加した友人が帰宅してから、主人はたまらないで彼女に教えて、此れは発生した事がありませんでした。その時、此の参列者は笑ってから下記のように話しました。今日明け方に私が先に線香を立てて彼らに私と一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェの大法会に参加しますことを教えたので勿論いませんでした。彼女の主人はやっと分かって、心の中にもとても嬉しかったです。
45 長い間に両側の肩はとても重くてだるくて痛くて、胸もとてもむっとして、非常に気分が悪いで、ある易経を学ぶ人が私の後ろに二人が私に従うわけで、しかし、如何に対応します事もわかりませんでした。法会に参加した後、これ等の状況は全て無くなって、爽やかになって、リンチェンドルジェ・リンポチェが本当に素晴らしくて、来年も参加したいのです。
46 今回にはリンチェンドルジェ・リンポチェの法会に始めて参加しました。前に目まいがして耳鳴りがあったので、数位の医者さんの診断の結果が全て異なって、すでにしばらく治療を受けて、が、やはり良い時と悪い時があって、心の中にはずっと回復しますかどうかを心配していました。何時まで回復します事が出来るのでしょうか?法会の一週間の前にまた気持が悪い事を始めて、しかし、依然として、主人が私と一緒に法会に参加します事を誘いました。法会の中にリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞いて、病気に罹るのが三つ種類があって、此の中の一つが因果病です。帰宅してから、私はずっとリンチェンドルジェ・リンポチェの諭しを考えていて、罹った病気は因果はずです。非常に不思議なのは、法会した後、目まいがして耳鳴りがします情況が意外に改善があって、此れは全てリンチェンドルジェ・リンポチェの加持で、リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝しました。
47 当日、法会が暫く開始し、入り口から子供の泣き声が伝来しますことを耳にして、「母、母、私は入りたい!私は入りたい!」とずっと泣いて話して、その上、一人の子供が泣く事がだけではなくて、多くの子供が入り口にいる事を聞くように、大声で泣いて、とても騒がしくて、すべて法会に参加する事を言い争って、しかし、入られないように、泣き声は整場の法会を続けて、リンチェンドルジェ・リンポチェは法席から降りて灑淨をする時にまで、泣き声がやっと停止しました。此の間には、どれらの子供が泣いているのなことを見つけたいで、しかし、子供が泣く事を見付からないで、自分が聞き間違ったと思って、しかし、感じがとても真実です。これ等の入らない衆生が真にかわいそうです。リンチェンドルジェ・リンポチェは真にとても慈悲で、此の殊勝な法会に参加した後、私はそれらのリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子とします兄弟子に羨ましい、彼らが運がよいでこのようないい上師が居て、私は真にリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依したくて、残念で身の周りの人がまだ賛成しませんでした。その日に法会に参加してから、私は肉食をします事をしたくなかったです。ただ肉の味を嗅いでから気持が悪くなっていて、だから、現在嬉しくて菜食して行きました。此れは全てリンチェンドルジェ・リンポチェの加持です。リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝しました。
48 法会に参加します1週間の前に、仕事をしていた時に、パレットを下ろして私の後脳と頚部にぶつかって、医者さんが軽微な脳震盪があった事を診断し、心の中にずっと恐らく後遺症がある事を心配していました。法会に参加した数日後、出勤します途中に、私はオートバイを乗って民権大橋に行って、上り坂の道路が籬を囲んで施工したため、ブレーキが間に合わないので前の車を触って、相手と私を共にオートバイで滑って、両方とも傷ついて、車が部分で損傷し、幸い何も大きな傷害がありませんでした。此れはリンチェンドルジェ・リンポチェの法会に参加したわけだと思っていました。リンチェンドルジェ・リンポチェと菩薩の加護をもらって、とても厳重がありませんでした。リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝しました。現在、法会の前後の傷害は回復している中で、リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝しました。
49 当日に法会の現場のの後で隅に座って、法会が行う中で、突然私達の3人は同時にとても濃厚な檀香をかいで、リンチェンドルジェ・リンポチェが此の段落を修めてから皆に開示し、先の段落が阿弥陀仏の到来を祈って、皆がやっと分かって、此れは仏菩薩の到来したので、こんなに香ばしい味がありました。リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝し、真にとても殊勝になりました。
50 隣近所は大法会に参加した後、お母さんが本来ICUで三管をして、翌日に医者さんがお母さんの為に2本を抜いて、明日に医者がお母さんの為に最後の1本を抜きました。最も殊勝なのはお母さんが明日に普通な病棟に転送しますことができて、リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝しました。
51 友達は8月14日に大法会に参加して帰ってから、考えていたのがリンチェンドルジェ・リンポチェの法相です。此れは彼女もある上師に従って仏を学んで、彼女の上師も毎日にしますはず功課を教導した事もあり、此の中に観想の部分がありました。然し、8月14日に帰宅してから、その日に功課をしていた時に、彼女が観想していたのがリンチェンドルジェ・リンポチェを観想し、心の中に自分の上師に観想します事を思っていたが、しかし、如何に自分の上師に観想できないで、観想しますのが依然としてリンチェンドルジェ・リンポチェです。リンチェンドルジェ・リンポチェの加持力は真に大きすぎで、我々がただ賛嘆する事しか出来ませんでした。
52 当日に籤を点灯を引きがあって、8月14日の法会に参加してから、当日の夜にとても明らかなのは母が家にベットの上で横たわる事を夢見る事を覚えていました。夢の中で昼ごろの時間のため、母に一緒に食事します事を呼んで、しかし、母が現在空腹ではないと回答しました。それから、母がいすに座る事を見て、再度、母に食事して病気に治す事が出来る事を呼びました。母は「既に直した。その上、全然空腹ではないで、現在らくらくしていて、自在です」と回答しました。

2011 年 09 月 08 日 更新